コードギアス 【ロスカラ】 (1000)
需要無いよね?
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「はぁ……はぁ……っ」
走っていた。
夕暮れに染まる都会。人の目を避けながら、ひたすら走っていた。何かに追われている。確証は無かったが、確かに何かから逃げているのだ。
喉が痛い。呼吸の仕方が分からない。それでも足は止まらない。酸素が足りていないにも関わらず、頭の一部は冷静で、どこを行けばいいのか明確に伝えてくる。
自分の体の調子も理解していた。怪我は擦り傷が三つと軽い打撲が少々。いずれも無視出来る。内臓機能も今のところ問題は無かった。
しかし、脱水症状と栄養失調は大きな問題だ。この調子で走り続ければ、恐らくは半日で動けなくなるだろう。
それでも足は止まらない。行く宛も無いのに走り続ける。心臓の鼓動は早まるばかりで、肺も悲鳴をあげている。喉からは血の匂いが上ってきていた。
「────」
何処からか、人の笑い声がした。何人もの笑い声だ。今まで人のいない場所を選んで移動していたのに、何故だか足はそちらに向いた。まるで、灯りにまとわりつく羽虫のように。
五メートルはあるだろう高い外壁をよじ登る。これにはそれほど苦労しなかった。しかし途中で体の自由が効かなくなり、どこかの施設内に転がり落ちた。
必死で息を殺す。体から酸素を欲しがる声が聞こえるも、それは無視した。
「────」
「────」
二人分の話し声。とっさに身を隠す。敷地内は景観を重視しているのか、木々が豊富だった。話し声が近づいてくる。
木の影から辺りの様子を窺う。一組の男女が近づいてくるのが見えた。どちらもこちらに気がついている様子は無い。
一人は黒い髪に黒い服を着た、端正な容姿の少年だった。もう一人はウェーブの掛かった長い金髪に、クリーム色の服を着た美しい女性だ。見た感じ、女性の方が年上に思えた。
二人は談笑しながら廊下を歩いてくる。女性の方が少年をからかい、少年は肩を竦めながら皮肉を返す。二人の間には特有の気安さがあり、親しい関係である事が窺えた。
目を細める。
(……どうしてだろう)
不思議に思った。彼らは単に取り留めの会話をしているだけなのに、それがどうしようも無く眩しい。
気がつけば、右足が前に出ていた。落ちていた小枝を踏んでしまい、折れる音が静かな中庭に響いた。
「──誰だっ!?」
少年は一瞬にして表情を険しく変え、こちらを威嚇してくる。女性の方は突然の事に驚いたようで、形の良い目を丸くしていた。
それを見て、何かが切れたかのように意識が遠のいていく。一気に疲労が込み上げて、気がつけば地面が目前に迫っていた。
「はぁ……はぁ……っ」
ルルーシュ・ランペルージは肩で息をしていた。たった今、重労働を終えたばかりの彼は、ベッドに寝かせた不審者を恨めしそうに睨む。
「お着替えは終わったー?」
扉が開き、金髪の女性が入ってくる。厄介者を引き入れ、厄介事を押し付けてきた張本人である彼女は、疲労困憊のルルーシュを見て、
「……もしかして、興奮したの?」
と軽蔑するような視線を向けてきた。キレそうになるが、ルルーシュは理性を総動員して笑顔を作った。
「これは会長。言われた通り、身元不明の不審者を運んでおきましたよ。では、俺はこれで……」
まともに相手などしていられない。こういう場合は適当にあしらい、離脱するに限る。時間とは常に有限であり、それを無駄に浪費するというのは不毛極まりない。
しかし、女性はルルーシュの腕を取り、言った。
「あ、もう皆呼んであるから」
「そうですか。では、俺はこれで」
細い指が腕にめり込む。信じられない力だった。それを振り払えない自分の腕力は、もっと信じられなかった。
「ここに居てもらわなきゃ困るわよ。生徒会での重大発表だもの。会長と副会長がいなきゃ」
「……念のため、その重大発表とやらの内容を聞かせてもらいましょうか」
「とりあえず、ここの彼。うちで面倒見る事にしたから」
「……は?」
予想外の答えに思考がフリーズする。再起動までに三秒を要した。彼女は強敵だ。説き伏せるには入念な準備がいる。まず、理論を組み立てなければならない。そして、相手の反論を予測・封殺し、こちらの思い通りの展開に──
「簡単なメディカルチェックは済ませたし、お祖父様の伝手で身元も確認したけど該当は無し。このままじゃ、どうせ施設送りだろうから……ね?」
駄目だあちらの方が早い。ルルーシュは驚愕したが、持ち前の負けず嫌いが発動して再び頭を回転させた。先手を取られたのは痛いが、次はこちらのターンだ。絶対に論破してみせる。
「……正気ですか?」
「もちろん?」
「危険です。目が覚めた途端、襲いかかってくるかもしれないでしょう」
「こんなに衰弱してるのに?」
「……俺は将来的な事を言っています。学園の生徒に危険が及んでからでは遅い。速やかに警察へ引き渡すべきです」
最近、ライは生徒会のメンバーと交流を深めているようだった。
ルルーシュと読書やチェスをしているところを良く見かける。スザクとはノートを貸したり、租界で共に買い食いをしているらしい。教室でリヴァルと異性について話し合っていて、変な知識を植え付けられているようだ。
そして、女子メンバーとの会話も増えてきた。
生徒会の仕事を手伝う事でミレイの助けになっているし、彼女の良き遊び道具になっているようだ。シャーリーとは、つい最近、一緒に買い物をしたらしい。それからは親しげに話しているところを頻繁に目撃する。
唯一、ニーナとはまだ疎遠だった。ライが不用意に話しかけ、読書中だった彼女が驚いて悲鳴をあげるという事件があってから、お互いに距離を測っているようだ。二人とも人見知りなので、仕方ないだろう。後は時間が解決してくれる。
「けっこう慣れてきたんじゃない?」
近頃、お世話係主任に昇進したカレンは、後ろをとことことついて来る少年に言った。
「何にだ?」
「学園での生活よ。最近、生徒会のメンバーと良く一緒にいるから」
「ああ……」
「色々な人達と関わるのは良い事だと思う。そろそろ、何か記憶の手掛かりも見つかりそうなものだと思うのだけど」
「すまない……」
申し訳ないと思っているのだろう。ライはいつものように謝ってくる。時間の流れとは早いもので、カレンは二週間近く租界での散策付き合っているのだ。最近では日課になりつつある。
「だから、気にしなくて良いって言ってるでしょ」
「だが、君の体の事もある」
病弱(という設定)なカレンを付き合わせている事に、ライは強い罪悪感を抱いている。その過保護具合といったら、何度か本当の事を言おうかと思ったほどだ。
「まったく……。あなたは、自分の事だけ気にしてればいいの」
こんなセリフも、最近では口癖になりつつあった。渋々分かったと言うライを尻目に、再び歩き出す。既にアッシュフォード学園を中心として、徒歩で行けるところは殆ど回っていた。
後は租界全体に通っているモノレールで行くぐらいだろう。カレンの頭の中では、そちらのプランも整いつつあった。
「前々から思っていたが、カレンは体力があるんだな」
「そ、そう?」
突然、ライがそんなことを言った。ギクリとした。
「ああ。筋肉の付き方で分かる。運動は得意だろう」
立ち止まったカレンの体を、ライはつま先から感慨深そうに眺めてくる。まるで観察されているようで、彼女は身をよじった。
「ち、ちょっと……」
「カレンはスタイルが良いと、シャーリーも言っていた」
普段、そんな事を話しているのか。
「…………」
「どうした」
顔を赤くしたカレンを見て、ライは眉をよせた。怪訝に思ったのだろう。彼はこういう小さな変化に良く気づく。
「な、なんでもないから」
「そうか。体調が悪くなったなら……」
「分かってるって、もう」
これでは、どちらが保護者か分からない。カレンは状況を仕切り直すべく、足を早めた。そうして、話題を切り替える。
「租界の方は一通り見て回ったでしょう。だから、今度はあなたの見てみたい場所に行ってみようと思うんだけど、どうかしら?」
「……僕の見てみたい場所か」
「うん。何かない? 見て回った中で気になった場所とか、どこかで聞いて何か手掛かりになりそうと思った場所とか」
「…………」
ライはしばし考え、
「日本という名前には、不思議な響きを感じた」
「え……」
呆気に取られる。ライは何気なく言ったのだろうが、カレンにとっては、これ以上ないくらいに重要な単語だったのだ。
歩きだしたばかりだったが、また立ち止まる。
そうして、彼の顔を注意深く観察した。カレンのもう一つの顔について、何らかの探りを入れてきた可能性もあるのだ。もし、あれに気づかれたのだとしたら、ライとカレンの関係は終わりを迎える事になる。
「どういうこと?」
知らず知らずのうちに、カレンの口調は刺々しいものになっていた。目つきは鋭くなり、纏う空気は剣呑なものに変わる。明らかな警戒心。今の彼女を見たら、学園の男子生徒達は大層驚くだろう。
しかし、ライはいつもと変わらぬ様子で答えた。カレンの変化に気づかない筈がないのに、特に言及しようとは思わなかったようだ。
「深い意味は無いんだ。ただ、エリア11やゲットー、イレヴン……そういった言葉に、何か違和感のようなものを覚える」
「……そう」
探ってくる筈が無い。少し考えれば分かることだ。この二週間、ライと一緒にいた時間が一番長いのはカレンだ。たまに変な事を言うものの、この少年が誰かを陥れるなど、考えられない。
それくらいには信用していた。
しかし。
カレンの表情はまだ晴れない。ライの言った言葉が、彼女を落胆させていた。
「……あなたも、イレヴンって言うのね」
それは失望だった。
イレヴン。カレンの一番嫌いな言葉だった。
記憶の無い彼ですら、日本と日本人に対して無自覚に差別用語を使っている。カレンはライとの間に、深い溝が出来るのを感じた。
いくらライがスザクのようなイレヴン──名誉ブリタニア人と親しくしていても、根底にある意識は変わらない。ルルーシュもそうだった。
どんなに善良な人間でも、自分とは育ってきた環境が違うのだ。カレンは生徒会のメンバーはみな好ましい人間だと思っていたが、同時にある程度の距離を保っていた。それは自分の行っている活動に対する、双方の安全面を考慮しての行動だった。
「…………」
「…………」
二人の間に、深い沈黙が降りた。彼の瞳を見ても、考えは読み取れなかった。変な奴と思っているのだろうか。きっとそうだろう。
学園の生徒と距離を取ったのはきっと、こういう気分になるのが嫌だったのだと思う。本当の相互理解など結べないと分かっていたのだ。
目を伏せた。眉を寄せた。唇を噛んだ。親しいと思っていた人間に裏切られるのは何よりも嫌だった。それを相手に伝えられない事も、嫌で嫌で仕方なかった。
カレンの脳裏に、一人の侍女の姿がよぎる。
結局、これだ。
彼に対して溝を作っているのは自分自身だと理解していたが、それでも口からはライを拒絶するような言葉が出る。
「イレヴンの事よ」
「…………」
彼は答えない。
「ここは本当は『日本』という国で、彼らもイレヴンではなく日本人で、また、そう呼ばれるはずの人々で」
エリア11は『日本』という国だった。ナイトメアなどの動力に使われる希少鉱石"サクラダイト"の輸出国として、戦乱の世でも突出して平和な国だったのだ。
しかし七年前、そのサクラダイトを狙ったブリタニアは当時、それなりの友好国であった日本へ侵攻。蹂躙し、全てを奪っていった。残されたのは瓦礫の山と、ドブネズミのように生きるしかなくなった日本人。そして消えない憎しみ。
何もかもおかしかった。平和に暮らしていた人の幸せを奪っておきながら、ブリタニアは今も繁栄を続けている。
許せなかった。
何もかも、全て。この租界の街並みも、笑顔で暮らす人々も。男に媚びた母親も、この身に流れる血の半分も。何度も壊してしまいたくなった。
黙っていたライが口を開く。なんと言われるのか、あらかた想像はついていた。カレンの中にあったのは虚ろな諦念のみだった。
「僕にも、その気持ちは理解出来る」
小さいが、はっきりとした言葉。
「え……」
「上手く言葉に出来ないが、分かるんだ。日本の事も、日本人の事も」
「…………」
その必死とも言える様子は、いつもの彼らしくなかった。嘘を言っているようには見えないし、カレンの機嫌をとるための言葉とも思えない。
なにより、その言葉には真摯な響きがあった。
「……僕の失った記憶の中に、そういった物があったのかもしれない」
「そう……」
ライの過去に日本が関係しているかもしれない。そんな可能性は考えたこともなかった。
「なら……もしかして、あなたは日本人?」
そんな事は無いだろう。彼の髪は銀色だし、顔立ちもブリタニア人だ。
「それが、ブリタニアの文化にも似たような感覚があるんだ」
やはり、ライの口からも否定の意見が出た。
「日本人でも、ブリタニア人でもない……」
「もしくは、日本人でもあり、ブリタニア人でもある」
「日本人でもあり、ブリタニア人でもある……か」
その言葉を反復すると、心が揺れた。ライは無意識に言ったのだろうが、カレンにとってはとても重要なものだった。
もしかしたらこの時、新たな願いが生まれたのかもしれない。そうであったら嬉しいというくらいの、ささやかな希望が。
知らないうちに、笑顔になっていた。
「だったら、こうして歩くのも無駄じゃないかもね」
「そうだな。その……」
ここでも珍しく、ライは口ごもった。なんだか逡巡している。いつもの冷静な彼らしく無い。普段なら割とはっきり思った事を言うからだ。それで困らせられた経験は多い。
「……これからも、お願いしたいんだが」
なんで不安そうなのか。先ほどの一件で嫌われたとでも勘違いしたのかもしれない。こちらが勝手に怒っただけで、彼は何一つとして悪くないのに。
「もちろん。お世話係主任ですもの」
カレンは笑顔で、生まれた溝を飛び越えた。俄然、彼の記憶に興味が湧いたのもある。しかし、きっと一番の理由は──
「……そうか。良かった」
トウキョウ租界で見つけた小さな居場所。そこに、もう少し居たかったからだろう。
「ところで、いつの間に出世したんだ」
「お世話係主任のこと? この間の生徒会だけど」
「僕に何の告知も無かったんだが」
「だって、もう生徒会全員がお世話係みたいなものだし……」
「いや……まず、その世話係という名称に不服がある」
これまた珍しい。彼が不満を言うとは。
「? どうして?」
「生徒会室にアーサーという猫がいるだろう」
「いるわね」
たまにカレンも餌をあげている黒猫だ。スザクが連れてきて、そのまま住み着いてしまった。
「アーサーの世話係主任はスザクらしいじゃないか」
「……ああ。なるほどね」
合点がいった。猫と同等の扱いを受けている事が不満だったのだろう。
「私は良いと思うけど」
カレンは笑った。空は蒼く澄み切っている。そういえば、彼といる時はいつも晴天だ。
それが、なんとなく嬉しいと思った。
昨日も深夜に投下しようと思っていましたが、寝落ちしてしまいました。申し訳ない。
とりあえず今日の前半戦はこんな感じで失礼します。
トウキョウ租界を一通り見回ったライは、図書室を訪れていた。ギアスという手がかりを掴んだ以上、今は落ち着いて現在持っている知識を整理するべきだと思ったからだ。
(だいぶ偏っているからな……)
ライは生まれてから現在に至るまでの記憶がそのまま欠落している。しかしながら、普通に生活している分には不自由を感じたりしていない。
言葉が通じないだとか、食器の使い方が分からないだとか、機械類を動かせないだとか、そういった事はまったくないのだ。
授業の内容も理解出来るし、文化についての知識もある。分からないのは自分の事だけだ。
周りの事は分かる。分からないのは自分の事だけ。強い違和感があった。記憶というのは、こんなにも都合よく失われるものなのか?
考えていても始まらない。ライは図書室内の階段を登り、数冊の本を無造作に取り出した。いずれもブリタニアの歴史を記した物。建国から現在までの歴史学に目を通せば、何か引っかかるものが見つかるかもしれない。
人のいないテーブルに本を置き、高級そうな木椅子を引く。腰を下ろして一冊目を開いた。
地球最強の超大国、神聖ブリタニア帝国の始まりは、チューダー朝期のイングランド王国にある。
皇歴1770年代にあった"ワシントンの乱"の勃発と、"ヨークタウンの戦い"での反乱の首謀者"ジョージ・ワシントン"の戦死。この後、アメリカを植民地としたイングランド王国は絶対君主制でもって、その力を拡大させていった。
しかし勝利ばかりではない。"トラファルガーの海戦"でナポレオンに敗北したのを期に、制海権を握られてしまう。
12万もの軍が首都ロンドンへ侵攻。皇歴1807年、親ナポレオン派の革命勢力に捕縛され、王政廃止を迫られたエリザベス3世はブリタニア公リカルドとその親友"ナイトオブワン"であるリシャールの助けを得て、植民地アメリカへ逃れる事となる。
しかし新大陸東部に首都を移したものの、世継ぎが生まれず、エリザベス3世の死によってチューダー朝の血筋は途絶えた。
ブリタニア公リカルドは国を引き継ぎ、国号を神聖ブリタニア帝国に変更。自身もリカルド・ヴァン・ブリタニア1世として皇帝に即位。彼の親友だったリシャール・エクトル卿は引き続きナイトオブワンとして国に尽力したそうだ。
こうしてブリタニアは生まれた。
ブリタニアという名前自体はグレート・ブリテン島などに築いた属州を指すが、国土の大半はアメリカ大陸に位置している。
現在のブリタニアはKMF(ナイトメア・フレーム)を持つ軍事国家として、世界の三分の一を手中に収めているが、その始まりは敗北だった。
「…………」
ライは読んでいた「ブリタニア年代記」を閉じる。全て知っている事ばかりだ。再び席を立ち、本を元の場所に戻す。
歴史学からは引っかかるものを感じなかった。国の変化や戦いの推移に僅かな興奮はあったものの、大した動きではない。
(待てよ……?)
もう少し以前の歴史書ならどうだろう。そう思い、「ブリタニア年代記」以前の歴史が記された「ブリタニア列王記」を手に取る。
まだ、ブリタニアがグレート・ブリテン島にあった頃の時代。様々な王が現れては消えた、激動の乱世。その中で活躍した英雄の逸話は、今でも高い人気を誇る。ブリタニアの文化にも強い影響を与えるほどに。
「……ライ?」
後ろからの声。いつもなら何ということもないが、本に気を取られていたせいで注意が逸れていた。驚くより先に体が動く。間合いをとって、相手を──
「あ……」
「……スザク」
枢木スザクが驚いた顔でこちらを見ていた。二人の間、本棚の半ばまで引き出された本が傾き落下。
「おっと……」
スザクが姿勢を低くし、落ちてきた本を難なくキャッチした。鋭い反射と滑らかな脚捌き。
「どうしたんだい? 急に飛びずさって」
「いや……すまない」
こちらの反応は明らかに警戒心が過ぎたものだ。いつも良くしてくれる相手への態度としては、極めて無礼だと思い、ライは謝った。
「君らしくないな。いつもなら、もっと早く気付くはずなのに」
「…………」
無意識のうちに気が立っていたのかもしれない。本を読んだせいか。相変わらず、自身の事については判然としない。
「君はどうした。図書室で勉強か」
話題を切り替えるべく、質問に質問で返した。スザクの持っていた勉強道具一式が視界に入ったから出た、咄嗟の言葉だったのだが、何故か彼は赤面した。
「いや……あの、出席日数が足りなくて、補習を受けなくちゃならないんだ。だから、資料を集めにね」
「……そうか」
スザクは模範的な優等生だ。授業態度は真面目そのものだし、向上心もある。その彼の出席日数が足りなくなる理由。
「軍の仕事があるんだったな」
スザクは頷いた。
以前、夜の街で出会った時の事を思い出す。スザクはブリタニア軍に所属しており、たびたび学園を休む。来ても午前の途中でいなくなる事もしょっちゅうだった。
「手伝おう」
「え……」
「どうせ一教科だけじゃないんだろう。必要になる資料の数も多いと考えるのが普通だ」
「……ありがとう」
何故か、スザクは安心したように笑った。彼はメモ帳を取り出すと、さらさらと走り書きしてから一枚を切り取る。
「これだけ持って来て欲しいんだけど……」
「分かった」
予想通り、かなりの量だ。スザクが自分で持ってくる分も含めると、今日一日では終わらないだろう。
「見つけたら、またここで落ち合おう」
ライは頷いて、資料を探しに掛かった。
十分後。探し終えた本を抱えて待ち合わせ場所に戻ると、既にスザクが勉強を始めていた。
「これでいいか」
「うん。ありがとう!」
このSSまとめへのコメント
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