ぼく「35億人のレズレイパー」 (13)

ある日の朝。
目覚めたわたしが1階に降りると、ママはキッチンで朝食の支度を、パパは隣のダイニングでコーヒーを啜っていた。
いつもと同じ、なんの変わりもない景色。
わたしの足音に気付いたパパがこちらに目をやり、「おはよう」と微笑んだ。わたしはあくびを噛み殺しながら「おはよ」と答えて、顔を洗いに洗面所に向かう。
ママは包丁でなにかを刻んでいて顔を上げなかったけど、きっと料理に集中しているんだろう。
挨拶は後回しでいいや。

今日もまた、いつものような平和な日常が訪れる。
このときはまだ、そう思っていた。

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洗面台に相対し、青色の蛇口を少しひねると、透き通った水がさらさらと流れ出してきた。
夏間近とはいえ、朝一番の水はそこそこ冷たいもので、わたしは顔を洗う前に必ず指でぴちゃぴちゃと流水を弾いて温度を確かめる。
ああ、やっぱり。
でも、このくらい冷えてなきゃ目も覚めないだろうな。

手のひらに貯まっていく水が溢れ続けるのをしばらく眺めていたが、いつまでもこんなことをしてても仕方がない。
わたしはぎゅっと目をつむり息を止め、意を決して顔を水で濡らす。ひゃあ。
冷たい、と感じて抵抗が生まれる前にもう一回。ばしゃばしゃ。

「ぷはっ」

はあああ、冷たい冷たい冷たい!
ぺたぺたと地団駄を踏みながらハンドタオルを手探りで探しあて、顔をぬぐった。
ふう、これでよし。

もうばっちり目は覚めたでしょ。
タオルから顔を離し、鏡を見る。
すると、

「わっ……ママか」

いつの間にか、ママがわたしの後ろに立っていた。

「おはよう」

ママは鏡越しににっこりと笑うと、毎日お手入れを欠かさないという自慢の細い手をわたしの肩にかけた。
もう30歳過ぎだというのに、見た目はまだ20代半ばでも通用する若々しさで、わたしと一緒に歩いていると姉妹に間違えられたりもする、わたしにとっても自慢のママ。
でも、今朝はなんとなく雰囲気が変だ。うまく言えないけど……

「あら、ここ。寝癖になってる」

わたしの違和感に気付いていないだろうママは、わたしの髪の寝癖をさらさらといじっている。そして洗面台に置いてある櫛を手に取ると、寝癖をときはじめた。

「自分でやるからいいよ」

「だーめ。たまにはママにやらせて」

そう言ってわたしを離してくれないママ。
まあ、今日くらいはいい、かな……

「なんかさ」

「ん?」

「ママ、いつもと違うね。なんかあったの?」

思いきって切り込んでみた。やっぱりこういうのはすっきりさせておかないとね。
もし原因が、昨日パパとしっぽりいってたとか、実はお腹に弟か妹がいるとかだったら、野暮もいいとこだけど。
ママは「そうねぇ」と言うと櫛を元の場所に戻し、今度はわたしの胸の前で両腕を組んだ。ちょうどわたしを後ろから抱き締めるような形になる。

「ちょ、ちょっと」

いくらなんでもこれは密着しすぎでしょ。
ママのホールドをほどこうと軽く身をよじってみても、その細い手からは想像もできないほどがっしりと押さえつけられている。

「ママ、離して」

やっぱりおかしい。
娘の声を無視してママの手はわたしのシャツを捲り上げ、お腹を優しく撫で回す。

「はぁ……はぁ……いいのよ……ママに任せて……」

その声を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「やめ……て!」

ちょっとくらい怪我させてもいいやという気持ちで、力を入れてママの手を振りほどく。
すると、先程感じた力強さは気のせいだったのか、あっけなくママの腕を撥ね付けられた。
拘束が弱まった隙をついて、洗面所の外に脱出する。

「もう……どうしたの?」

ママは腰をくねらせて、まるでわたしを誘惑するかのようにお尻を突きだしている。
いつものおしとやかで明るいママとはまるで違う、きっとわたしには見せたことの無かった『女』の部分だ。

「なにすんの!」

わたしが怒って見せても、ちっとも悪びれる様子はない。それどころか、ママの口から出た言葉は思わず耳を塞ぎたくなるものだった。

「しょうがないじゃない。あなたがそんなに可愛くなっちゃったんだから、レズレイプされるのは仕方ないことなのよ」

なにを言ってるんだろう、この人は。
レズレイプってなんだよ。
ママはレズビアンだったの?
じゃあ、そのママと結婚したパパは?

脚ががくがくと震え、今にも倒れそうになる。もちろんそんなことになれば、目の前のママに『なにかしら』されてしまうのは確実だ。
パパを呼ぼうと思ったけど、焦りからかショックからか、全く声が出ない。
そうこうしているうちに、ママはゆっくりとわたしに近付いてきている。
このままじゃ……

その時、

「いってきまーす」

パパの声だ。

今しかない。
わたしはお腹に力を込めて、ありったけの大声を出すつもりで叫んだ。

「パパ待って! わたしも行く!」

力が抜けていく脚の感覚とは裏腹に、体は前に引っ張られるように玄関へと進んでいく。
わたしの恐怖心がそうさせるのかもしれない。
パパは着の身着のままのわたしを見て目を丸くした。

「まだパジャマじゃあないか。着替えは?」


「これから、だから一緒に来て!」

「ええ……」

「いいから!」

結局わたしの部屋の前でパパを待たせ、ママが近寄らないように見張ってもらいながら学校に行く支度を終えた。
パパはわたしの急なお願いに戸惑っていたけど、ママの豹変ぶりについて話すことは出来なかった。多分信じてくれないだろうし、今すぐにどうこうできる問題じゃないから。
また後で、落ち着いたら聞いてみよう。

なるべくママの顔を見ないようにしながら、急いで家を出た。
ママが追いかけてくるような気がして、何度も何度も後ろを振り返りながらどうにかバス停に到着。
ここからバスに乗って駅まで行くパパとはここでお別れ。
正直まだ不安だけど、会社に着いていくわけにもいかないし、帰りだけ連絡をとって一緒に帰ろう。
そう約束をして、わたしはもう少し先の中学校へと向かった。

本当の恐怖が待ち構えているとも知らずに。

今日はここまでで
MUR地の文てめんどくさくないすか?

コテを忘れていた

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