いっくぞー、はい、みんなで、せーの!
スウィーティー♪
……。
うん、うん、よくできました♪
スウィーティーなシュガシュガアイドル、しゅがーはぁとの登場だよ♪
みんなに幸せのハートをプレゼントしちゃう☆
誰?とか、お前がメインかよとか思ったやつ、裏で覚えとけ☆
えっとぉ、はぁとを知らない困ったチャンのために、特別に自己紹介しちゃうぞ♪
本名は佐藤心でぇ、長野生まれの蟹座でぇ。
身長166㎝で年齢は26歳だよ♪
えっなに、なんか言いたいことあるぅ?
ないよね、ないってことにしとけ☆
はぁとがぁ、みんなのハートをあまあまにしちゃうぞぉ♪
いぇーい、今回はしっかりこのノリについてこいよ☆
それじゃもういっかい魔法のコトバいっくぞー☆
せーのっ……。
……。
……なぁーんて口上を、隙間だらけの客席の前で披露してみせて、
ぱらぱらと、まばらな拍手を申し訳程度にいただいたのは、どれくらい前のことだっただろ。
200人の346プロ所属アイドルのひとり、佐藤心。
たとえば、“城ヶ崎美嘉”の名前は、お年頃の女の子は言わずもがな、流行にビンカンな男子だったら誰もが知ってる。
たとえば、“輿水幸子”の名前は、ゴールデンタイムにテレビを点けて、バラエティを観る人だったら誰もが知ってる。
たとえば、“佐久間まゆ”の名前は、「346プロのアイドル」という言葉を知っている人だったら誰もが知ってる。
さて、ここで問題です。
はぁとの名前を知っているのは、全国で何人くらいいるでしょーか。
……。
はぁーぁ、虚しい。
まぁ、何ではぁとが、突拍子もなく、こんなこと考えたかというと。
「第1回シンデレラガールズ総選挙──」
ここにきて。
「中間発表、佐藤心──」
思い知らされたから。
「160位」
キビシー現実ってやつを。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1432629853
・モバマスSS
・前作 卯月「総選挙50位以内に入れないアイドルはクビ…ですか?」
卯月「総選挙50位以内に入れないアイドルはクビ…ですか?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429159227/)
・タイトルと前作から察して、今回更に増してそういう要素があります 苦手な方、むーりぃーな方は気を付けてください
・ゆっくり進行 今回短いです
・雑談はご自由に
……。
いやまぁ、薄々こんな結果になることは勘付いてたんだけどさぁ。
思えば、アイドルの、いの一番の晴れ舞台ともいえるデビューイベント。
ショッピングモールの吹き抜けに設置されたステージ、346プロ新人アイドルお披露目会。
──あ、浅利七海れす~、せ、世界初のお魚、アイドル目指してます~。
同時期にスカウトされたはぁとより若い子たち。
緊張で、油が切れたロボットみたいにギクシャクした自己紹介を終えて舞台袖に帰ってくる。
はぁとの番が回ってきた。
この日のために、試行錯誤したすえに編み出した必殺☆悩殺のキャラを披露するときがやってきた。
ステージの中央に立って、大きく息を吸い込んで、言った。
──はぁ~い♪ アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ さとうしんことしゅがーはぁとだよぉ☆
思いっきりスベった。
舞台袖に戻ったときの、スタッフたちの引き攣った表情が、すべてを物語っていた。
このとき、新人を担当するプロデューサーはやわらかに笑って、「これでいいんです、心さんはこれからです」なんて慰めてくれたっけ。
──そ、そーだよねー♪ はぁと失敗しても気にしなーい☆
──はぁと、この厳しいアイドル界を生き残っていくぅ☆ そのためならはぁと何でもしちゃう☆ 裏工作とか☆
プロデューサーは苦笑いを浮かべて、
「大丈夫です、そんなことしなくても、心さんは必ずブレイクしますよ」って言った。
──本当にぃ? それじゃはぁと頑張っちゃう~♪
それから、閑古鳥が鳴く商店街のイベントとか、地方のパチンコの店舗営業とか、僻地の町おこしのお祭りとか、地道に足を運んだ。
増えてるか、減ってるかわからない、入れ替わっていくファン。
練習量だけ積み重なって、一向に披露する場がないレッスン。
次のステップに進むことなく、どれも似たり寄ったりな仕事内容。
そりゃ、焦るって。歳が歳なんで。
でも、このまま地道に続けていけば、必ずブレイクするきっかけを掴める。
そう信じてた。
そう信じて……たら……。
『──天下の346プロ神話崩壊』
「うおおおおおおおおおおおぃぃぃ!!!!」
はぁとより先に、会社がブレイクした。
……。
まあるいテーブルの上に、格子状にホイップがかかったキャラメルラテが置かれた。
はぁとがストローでかたちを崩すより先に、ガムシロップがとろりと垂らされる。
もうひとつ、とろり。
とろり。
ガムシロップはみっつ。いつのまにかお決まりになった。
「サンキュー、あ゛ぁ゛~、はぁとはやっぱここがイチバン落ち着くぅ……」
「またドリンク一杯で何時間も居座るつもりですか……」
「ここ346プロの関係者しか来れないっしょ? 外は記者、中は忙しい社員で、てんやわんやだしさぁ」
「……満員になったら、ご退席くださいね」
「そんなこといって、なんだかんだいっつも最後まで相手してくれるじゃーん、やっさしー☆」
「……もう!」
頬を膨らませて、ガムシロップをちょこちょこと片付ける様子は、小動物みたい。
ひらひらのメイド服に、きゅっと収まるコンパクトなボディ。でも、出るとこは出てんなー、ちくしょう。
キャラメルラテと同じ色のキュートなポニーテール。結んだリボンは大きな耳みたい。
うん。たとえるなら……。
ウサギ?
「ナナは、心ちゃん専属のメイドじゃないんですよ!」
346プロのカフェテリアにたまに出没する名物店員、安倍菜々ちゃん。
その正体は……。
キュピーン、ウサミンパワーでメルヘンチェーンジ!
ウサミン星からやってきた、歌って踊れる声優アイドル!
ウサミンこと、安倍菜々でっす♪ キャハッ♪
……っていうのが本人談、というか素性をツッコまれると毎回コレをやる。
ナナちゃんは、まだ他にお客さんがいないのを確認してから、はぁとの向かい側に座った。
「なんだか、ここのカフェも、最近、雰囲気変わっちゃって」
「……ふーん」
「表面上は変わらないんですけど、みんなちょっぴり暗いお顔、してます」
「まぁ、ねぇ、大変な時期だよね」
「だからこそ、そんなときこそ、ナナが元気いっぱい接客してウサミンパワーを分け与えなきゃ、って思うんですけどね」
そう言って、ナナちゃんはにっこりと笑う。
うん、たしかにこの笑顔を見れば、暗い気分が吹き飛ぶのもわかる気がする。
ナナちゃんに会うためだけに、カフェにやってくる社員が大勢いるらしい。はぁともそのひとりなんだけどね。
「ちなみにさぁ……」
ストローをくわえて、はぁとは言った。
「ナナちゃんは総選挙、何位だったの?」
「えっ、えっと……ナナは……」
致命的誤字
×安倍菜々
○安部菜々
おずおずと差し出したパーのうえに、チョキをちょこんと付け加えるナナちゃん。
突き出た指は7本。
つまり……。
「その、7位、です」
「……」
「ナナもビックリです、ホントに」
「……さっすがぁ」
たしか、この前すれ違った妖しげな社長がこう呟いてたっけ。
10位から上は別世界。ほんのひとにぎりの、才能と実力と意志と運を持った子の領域。
はぁとは大袈裟に驚いたフリをしたけど、内心はそれほどでもなかった。
ナナちゃんの活躍は、ずっと見てきたから。
……。
ナナちゃんがじわじわと売れ始めていたころに、まだ新人だったはぁとと短期ユニットを組んだ。
上の立場のアイドルは、新人アイドルだったころの初心を忘れないように。
新人アイドルは上の立場のアイドルを見習うように、っていう346プロの措置。
──いち、にい、ナナー! はじめまして、安部菜々でーす、17歳でぇす、よろしくお願いします、キャハッ♪
──はぁ~い♪ シュガーハートだよぉ♪ よろしくぅって……ナナちゃんだっけ、年齢詐称キャラでいくわけ?
──へっ、一瞬で見破られ……って違います、ナナは永遠の17歳ですよぉ~!
──あー、何ではぁとと組ませたのか、分かった気がした……。
お互いにシンパシーを感じたんだろうね。すぐに気が合った。
キャラ作りの、まぁナナちゃんは否定するけど、苦労を共有できて素で話すことができる数少ない相手だった。
はぁとの地味~なお仕事にもイヤな顔ひとつせずついてきてさ。
いい子だなって思ったよ。
連絡は頻繁にとりあった。
ウサミン星(東京から電車で1時間)に招待されてビールを飲んで、くだらない愚痴を言い合って、二日酔いの朝を迎えたのを、心の底から笑いあった。
それからユニットを解消して間もなく。
ナナちゃんのもとにトントン拍子にテレビ番組や楽曲提供のオファーが舞い込んだ。
ブレないキャラクター、謎が謎を呼ぶ設定、アイドルを心から楽しむその姿勢がファンや業界人の心をつかんだ。
ナナちゃんが売れたのは、トーゼンだと思う。
一時期、ずっとそばにいたはぁとは、よぉくわかってる。
はぁとは、アイドル、安倍菜々がシンデレラの階段をのぼっていくのを、近くで見ていたんだよ。
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