【話伽】古の力と四人の戦士 (361)


昔々

精霊と人間が共にいた時代のお話し。

その昔、この世界は多くの精霊の輝きで満ち溢れていました。


木々や草木、一枚の葉っぱ、雨や水のひとしずく。

空に浮かぶ雲、風にも岩にも石にも、精霊はいたのです。


その中でもひときわ輝いていたのが、火・水・土・風の四精霊でした。

この四精霊は小さな精霊とは違い、とても強い力を持っていました。

自身の名に付く全てを、思いのままに操ることが出来たのです。



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四精霊は長い長い間、

その力で人間を守ってきたのでした。


日照りが続けば雨を与え。

枯れた土には豊かさを与え。

風は雷雲を掻き消し、炎は獣を遠ざけました。


四精霊力は力を持たない人間のため、ずっとずっと守り続けていました。

人間に精霊のような力はありません。

精霊のように永遠に生きることも出来ません。


しかし人間には、精霊にはない強い輝きを持っていました。


ーー困難に立ち向かう勇気

ーー夢や理想、情熱

ーーそれらを実現させるための努力

ーー未来への希望

ーー愛する心、いたわる心、諦めない心


四精霊は人間の心、

その輝きを愛していたからこそ、守っていたのかもしれません。


姿を見せなくても、いつも自分達を見守り続けてきた精霊達。

そんな精霊達に人間はとても感謝していました。

国が興り繁栄しても、人間は精霊への感謝を忘れることはありませんでした。


【継承】


火の国・灯火の里


???「またその話し? もう一万回くらい聞いたよ」ハァ

爺様「何度でも話す。忘れて貰っては困るからの」

???「大丈夫だってば。忘れたくても忘れられそうにないから」


爺様「……カルよ、信じるか?」

カル「えっ、精霊とか暗闇の妖精?」

爺様「そうじゃ、儂が語った事を信じるか」

カル「うーん。正直、信じられない」


カル「だって精霊も、まして精霊の石なんて物も存在しないし」

爺様「まあそうじゃろうな」

爺様「存在しない物を信じろと言っても無理がある」ウム


カル「でも嘘じゃない。と思う」


爺様「ほう、何故そう思うんじゃ」

カル「えーっと、爺ちゃんの目は何て言うか……」

カル「嘘を言ってないから?」

爺様「ははっ、そうかそうか」

爺様「まあ今はそれでよい。今日の稽古はこれで終いにしよう」


カル「なあ爺ちゃん、もしかして何かあった?」

爺様「いんや? 別に何も無いぞ。それより儂、今日は肉が食べたい気分 」

カル「全く、分かったよ。じゃあ、今から山に行ってくる」

爺様「気を付けて行くんじゃぞ」

カル「大丈夫だって、すぐ帰って来る。俺も腹減ってるし」


ガラッ…パタン


爺様「カルも十八。時が経つのは、本当に早いもんじゃ」


ーーー
ーー


灯火山

カル「……ごめんなさい。ありがとう」

獲物には手を合わせて謝る。その後は感謝する。

これは爺ちゃんに教わった。


狩りの仕方、山の歩き方、武術剣術、さっきの昔話も、全部。

爺ちゃんは灯火の里の長で、道場の師範をしてる。

随分昔に里を賊から救ったらしい。


若い頃は色んな国を旅してたみたいだけど……

何だかんだあって今に至るみたいだ。


今じゃこの里は、武術剣術の里なんて呼ばれてる。

爺ちゃんに会う為に武芸者が来たりするんだ。

最近は飽きたとか面倒だとか言って、兄弟弟子達に任せてるけど……


武芸者、武芸者かぁ。

そういえば今日来たっけ、強そうな人だったな。

わざわざこんな里に来るくらいだから、余程強くなりたいんだろう。

それとも戦うのが好きなのか?

確かに稽古は楽しいけど、戦うのは好きになれそうにない。


出来れば子供達に勉強教えたりして……

そうだなぁ、いずれは先生とかになりたいな。


カル「あっ、そういえば今年で十八か……」


爺ちゃんには感謝してもしきれない。

早くに両親を亡くした俺を引き取って、今まで育ててくれた。


いや『くれた』じゃない。

今も育ててくれてるし、色々教えてくれる。

皆が言うけど、凄く強くて優しい人なんだ。

いつか恩返ししたい。

そんでもって、爺ちゃんみたいな優しくて強い人になりたい。


カル「とりあえず、出来る事からしないと……ん?」


ポツッ…ポツッ……ポツポツポツッ


カル「うわっ、降ってきた」

カル「さっきまであんなに天気良かったのに……鹿持って帰ろ」

ーーー
ーー


カル「あぁ…すっごい疲れた」

あれから急に雨が強くなるから、随分時間が掛かっちゃったよ。

爺ちゃん、先にご飯食べてたりしてないよな。

意外と子供っぽいし心配だ。


カル「まっ、その時は仕方無いか。よっこいせ」


……あれ?

何だろう、随分静かだ。山に行く時は皆居たのにな。

雨が降ってきたから家に入ったのか?

いや、そうだとしても何か里の様子が変だ。


妙な、寒気がする。


ザァァァァッ

カル「何だろ、この感じ……えっ?」

それを見つけた瞬間、何とも言えない凄く嫌な感じがした。

近寄ってみると、どうやらそれは黒い氷で出来てるようだ。

そしてその氷柱の中には、里の皆がいた。

その近くにあった氷柱にも、そのすぐ側の氷柱にも。


カル「何だよ…これ……人が凍るなんて」


里の皆が氷漬けにされている。

何が何だか分からない。

一体、山に行ってる間に何が起きたっていうんだ。



『ぜあぁぁっ!!』



カル「今の声、爺ちゃん!?」

何かと戦ってる?そいつが皆を凍らせた?

駄目だ。今は考えても始まらない。

とにかく、急いで家に向かわないと!!

ーーー
ーー


爺様「ぬぅ……」

武芸者「なる程、確かに素晴らしい。これが精霊の力」

爺様「それは精霊の力などでは無い」

爺様「今からでも間に合う、その黒水晶の首飾りを壊すんじゃ」


武芸者「ふん、何を言い出すかと思えば……」

武芸者「こんな力を、人を超える力を簡単に手放すはずが無いだろう」

爺様「愚か者め……その力はお主を滅ぼすぞ」

武芸者「脅しのつもりか、下らん」


爺様「……ならば、仕方無し」


応えてくれるか、否か。

応えてくれたとして、この老いた体が保つかどうか分からん。

長引けば里の皆をも巻き込んでしまうじゃろう。

何としても一撃で終わらせなければ。

まだ伝えねばらなん事があると言うのに、目覚めが早過ぎる。


武芸者「なっ、何だその炎は!! まさか貴様も!?」

爺様「答える義理は無い」

炎よ、応えてくれたか。

奴を葬れるだけでいい。力を、貸してくれ。

武芸者「くっ、老いぼれがぁ!!」


爺様「ぜあぁぁっ!!」


ザァァァァッ…


爺様「ぐっ、流石に……きっついのぉ」

カル「爺ちゃん、大丈夫!? さっきの炎は

爺様「カル……落ち着け。話しはそれからじゃ」

カル「わ、分かった……」


爺様「安心せい、儂は大丈夫じゃ。里はどうなっとる?」

カル「……皆が黒い氷の中に閉じ込められてる。俺、何が何だか」

爺様「……そうか」

カル「爺ちゃん?」

爺様「カル、お前に話さねばならんこ


武芸者『死ねぇ!!』



爺様「まだ生きとったのか!! くっ、拙い!!」

カル「えっ…」

いきなり得体の知れない化け物が現れたと思ったら

雨は氷の槍に変わって、次の瞬間その全てが降り注いだ。

俺を庇った爺ちゃんに全て……


カル「爺ちゃん? 爺ちゃん!!」

爺様「ごふっ、怪我は…ないか?」

カル「俺は大丈夫だよ……でも爺ちゃんが…」


氷の槍の所為で血だらけだ。

それに爺ちゃんの体が燃えてる……のか?


爺様「儂は、もう保たん」

カル「そんなこと、言わないでくれよ……」

爺様「カル、今から話すことを……ぐぬっ」

カル「じ、爺ちゃん、体が!!」


爺様「聞くんじゃ。奴は暗闇の妖精の力。
   その一片を使っておる」

カル「暗闇の妖精?」

爺様「そうじゃ、どうやら妖精は甦った。
   奴を倒す術が一つだけある」


爺様「じゃがこの通り、儂にはもう戦う力が無い」

爺様「何も伝えられんで済まん。理解出来んじゃろうが……」

カル「大丈夫、分かったよ。俺が戦う」

爺様「!!」

カル「あいつを倒さなきゃダメだって事は俺にも分かる」


カル「だから、俺が戦う」


爺様「(知らん内に、こんな顔をするように……)」

爺様「仲間を捜せ、黒水晶を壊せ、心を曇らせてはならんぞ」

カル「えっ…」

爺様「時間じゃ、カル」

爺様「お前と過ごした時は儂の宝、決して忘れはせん。カルよ、生きろ」


死の間際

その力強い眼差しは俺が見たことのないものだった。

瞳の奥が赤く輝き、体は溢れ出た炎と同化する。


爺ちゃんが、『炎』が俺を包んだ。

抱き締められているようで、自然と涙が流れ頬を伝う。

想いが炎を通して流れ込んでくるようだった。


俺は今、燃えているんだろう。

体中が熱いはずなのに、不思議と熱くない。

優しくて、強い炎。


ザァァァァッ

カル「爺ちゃん……」

武芸者「別れは済んだか?」

カル「……何故、こんな事を」

武芸者「誰よりも強くなる為、それだけだ」


カル「人の姿を失っても手に入れたかったのが、その力なのか!!」


武芸者「それだけの価値がある」

武芸者「究極の強さ、力とは、人を超えた先にあると知った」

カル「そんなのは強さじゃない。人を傷付ける奴は弱い奴だ!!」

武芸者「知った口を利くな」


武芸者「オレは貴様の祖父を殺した。俺が勝った!!」


武芸者「貴様も俺に殺される。祖父と同じようにな!!」

ピシッ…パキパキッ

カル「(氷の槍……)」

武芸者「死ねぇ!!」

ドガガガガッ

カル「ぐっ!!」ガクッ


武芸者「どうした、口先だけか?」


カル「(何とか致命傷は避けれた……)」

カル「(でも、このままじゃ殺される。どうにか、しないと)」フラ

武芸者「てっきり貴様も祖父のように炎を使うのかと思ったが、違ったようだな」

カル「(炎? さっきのあれは、やっぱり爺ちゃんが出した炎だったのか?)」


武芸者「これで終わりだ」

ピシッ…パキパキッ


カル「(俺にも炎が使えるのか? でも人間が炎を出すなんて……)」

カル「(駄目だ分からない。今出来る事を、やるしかないっ!!)」ダッ

武芸者「何っ!?」

カル「うおぉぉっ!!」ググッ


バキッ…


武芸者「……そんな拳が効くと思ったか? 愚かだな」

カル「(分かってるさ。でも、分かった)」

武芸者「何を笑っている。この距離では躱せんぞ」ガシッ


カル「(今、ほんの少しだけ拳に炎が宿った。
    理屈は全然分からないけど 、倒すぞって思ったら炎が出た)」


武芸者「串刺しにしてやる」

ピシッ…パキパキッ

カル「(それに、こんな危険な奴を野放しには出来ない!!)」ゴッ


ゴオォォォッ…

カル「えっ!?」

武芸者「氷が!! き、貴様ッ!! 隠していたのか!!」

カル「(そんなつもり全く無いけど、この炎なら倒せる!!)」


カル「おりゃあああ!!!」ダッ

ドズンッ…

武芸者「ぐっ!?」ガクン

カル「(効いてる!! 拳が氷の鎧を突き抜けた。
    よしっ、このまま畳み 掛ければ、畳み掛ければ……)」


武芸者「甘いッ!!」ヒュッ

グサグサッ…

カル「がっ!! ぐっうぅ…」ドサッ

武芸者「馬鹿が。情けや躊躇いなど、殺してくれと言っているようなもの だ」

カル「(躊躇うに決まってる。誰かを殺すなんて俺には……)」


武芸者「俺は躊躇いは無く、お前を殺せる」

カル「(俺は、こんな風に戦えない。こんな風には……)」

武芸者「ふん、腑抜けが。死ぬがいい」


死ぬ?

死んだらどうなる?

俺が死んだら誰がコイツを倒す?

此処で終わらせないと、沢山の人がコイツに殺される……


カル「そんなこと、させるか!!」ゴォッ

武芸者「死合いを、舐めるな!!」ドガッ

カル「がっは…」ガクン

武芸者「殺す覚悟も無い小僧に何が出来る」


決めなきゃ駄目だ。

倒さなきゃ駄目なんだ。

話して分かる相手じゃない。戦うしか方法は無い。


殺すなんて嫌だ。

殺されるのだって嫌だ。

皆を助ける為とか、救う為とか言ったって……

結局、殺す事に変わりない。


ーー爺ちゃんなら、どうするんだろう。


爺ちゃんなら逃げるか? 迷うか?


カル「……逃げないさ」

武芸者「何?」

カル「辛くたって、逃げずに戦うはずだ!!」ググッ

武芸者「立ち上がったところで何が、なっ!?」

カル「……炎が」ゴッ


さっき出た炎よりも、ずっと凄いのが分かる。

何だか、炎が懐いてるみたいな不思議な感じ。

ちょっとは認めてくれたのか?

力を持つって、強いって大変なんだな。


やっぱり、爺ちゃんは『強い』んだ。


カル「もう、大丈夫」ズオッ

武芸者「(な、何だあの炎は!? 祖父とは比べ物にならん!!)」

武芸者「(声が、出せん……圧し…潰されるようだ)」

カル「行くぞ」ダッ

武芸者「ぬっ、ぐうぅ……動、けぇ!!」ググッ

パキパキッ…

氷の槍!! さっきより数が多い。

止まったら負ける。走れ!!


炎を、脚に集中させるんだ。


武芸者「喰らえぇ!!!」

ドガガガガッ

構うな。

纏った炎が全て掻き消してくれる。

このまま跳べっ!!


カル「おりゃあああっ!!」ダンッ


跳躍した瞬間、背中から炎が噴き出したのが分かった。

爆発が俺を加速させ、宙に浮かぶ氷の槍全てを消し去る。

右足に収束した炎は輝きを増し、遂には真白の光に包まれた。

応戦を試みる武芸者は必死に黒氷を生み出そうとしている……


しかし氷が形を成す前に、胸元の黒水晶に光が走った。


武芸者「なんだ……そ…れは…」

ドッ!! ゴォォォォ…

カル「はぁ、はぁっ…」クルッ

鎧胸部にあった黒水晶を蹴り砕いた。

確実に効いてるけど、まだ足りないのか?

だとしたら、もう打つ手が……

ビシッ…ビシッビシッビシッ

武芸者「ぬっ…ぐっ…があぁぁぁッ!!」

カッ…ガシャッッ……

カル「体が砕けた、のか?くっ、痛ってえっ…」ガクッ


まだ倒れるな馬鹿、しっかり踏ん張れ。

倒れるのは、氷柱を溶かして里の皆を助けた後だ。

きっとこの炎なら、あの黒い氷だって溶かせる。

皆を、助けられる。


【旅立ち】

カル「う…ん……ん!? うわっ!!」ビクッ

婆様「なんじゃ、失礼な奴じゃな」

カル「なんだババ様か、びっくりしたぁ」

婆様「どうじゃ?まだ痛むか?」


カル「まだあちこち痛いけど大丈夫……じゃない!!」

婆様「うっさいのぉ。なんじゃ急に大声出しおって」


カル「里の皆は? 他の皆は大丈夫?」

婆様「大丈夫じゃ、安心せい」

カル「そっか、良かった」ホッ

婆様「皆、お主に感謝しとるよ。ほれ見てみぃ」バサッ


カル「花飾り?」

婆様「うむ、何か出来ることはないかと、皆が祈りを込めて作った物じゃ」

カル「こんなに沢山……」

カル「うん、凄く嬉しいよ。後でお礼言わないと」

婆様「そうしてやれ、何せ三日間寝っぱなしじゃったからの」

カル「えっ、俺そんなに寝てたの!?」


婆様「うむ、ずーっと眠っておった」


カル「そっか……」

婆様「………」 

あんなに戦ったの初めてだしな。

とにかく皆が無事で良かった。

氷を溶かした後の記憶が無いからどうなったのかと……


婆様「カルよ、爺様は亡くなられたのか」

カル「……うん。氷の怪物から俺を庇って」

婆様「薄々分かってはいたが、そうか……寂しくなるのぉ」

カル「あのっ、ババ様」

婆様「なんじゃ?」



カル「俺、旅に出るよ」

婆様「なんじゃ、また急な話しじゃな。何があった?」

カル「爺ちゃんが、死に際に言ったんだ」

婆様「……なんと言われた? 話してみよ」


カル「仲間を探せ、黒水晶を壊せ。あの力は暗闇の妖精の一欠片」

婆様「ふーむ、暗闇の妖精か。随分と古い話しじゃな」

婆様「今回の件は、それが関係しとるんか?」


カル「詳しくは分からない。でもきっと関係ある」

婆様「仲間とは、里を襲った者の仲間か?」

カル「多分違うと思う」

カル「俺の仲間を捜せって事じゃないかな?」


婆様「ふーむ、わしゃ何とも言えんが。その為に旅に出ると?」

カル「うん。他にも色々知らなきゃ駄目だと思うし」

婆様「田舎者の一人旅は危険じゃぞ、お供はいらんのか?」


カル「大丈夫。それに、あの時の怪物って一欠片に過ぎないわけだろ?」

カル「だから出来るだけ多くの人に里の守りを固めて欲しいんだ」


婆様「(男は変わるものよのぉ。あの一日で、どれだけの経験をしたのやら)」

婆様「うーむ……」

婆様「皆の者、カルはこう申しとるが、どうじゃ?」


ガラッ

『カル様、皆を救っていただき、誠にありがとうございます』

『あの一大事、此処だけには留まらぬかもしれんわけか』

『傷を負いながら我々を救うべく奔走するお姿、一生忘れません』

『里は我々にお任せを』


カル「はっ、えっ…皆いつから……」

婆様「ずっと居ったよ。三日三晩、な」


皆、疲れてるはずなのに、ずっと居てくれたんだ。

お祈りまでしてくれて、本当にありがとう。

俺は里の皆が凍っている間に起きた事を全て話した。


炎を使えるようになった事とか色々……


その後、爺ちゃんの葬儀が始まった。

里の皆が泣いてたけど俺は泣けなかった。

思えばあの時、爺ちゃんが炎になって俺を包んだっけ。

きっとあの炎が俺に力を与えたんだ。

爺ちゃんは俺の中で生きてるんじゃないか?

そう思った。


ーーそうだと、信じたい…


葬儀を終えた後、ババ様が

「今日は疲れたじゃろ。無理せず休んだ方がええ」

「急いてはいかん」

「準備はきちんとせんといかんぞ? 渡さにゃならん物もあるでな」

って言うから明日出発する事にした。

里から出た事なんてほとんど無いから、ちょっとだけ不安だ。

でも、爺ちゃんも旅してたって言うから少しだけ楽しみでもある。

ーーー
ーー


翌朝

カル「渡したい物って、これ?」

婆様「灯火の里一番の着物じゃ、動き易いし目立つぞぉ」

カル「白地に赤の刺繍って派手過ぎじゃないかな?」

婆様「何を言うか。都の人間は、そんくらい派手なもん着とるらしいぞ?」

カル「そうなの? まあ、着物の方が着慣れてるし落ち着くけどさ」

婆様「ええから、早よう着てみぃ」

カル「わ、分かったよ。ちょっと着替えてくる」

ガラッ…パタン

カル「(はぁ。あんなぐいぐい来られたら着ないわけにはいかないよな)」


パサッ…ギュッ

これは……派手過ぎる。

あぁなる程、柄が炎なんだ。

高そうな着物だなぁ。いや絶対高い。

家一軒建てれたりするんじゃないか?

生地の肌触りが違うし、着心地も良い。

高価な物だからか、身が引き締まるな。

ガラッ…

カル「どうかな?」

婆様「ほぉ、男っぷりが上がったの」

婆様「それ着てりゃあ、おなごがほいほい寄ってくるわ」


カル「ははっ、まさか」

カル「…あの…婆様、俺そろそろ行くよ。墓参りも済ませたし……」

婆様「そうか……ん? そりゃ爺様の剣かえ?」

カル「うん。炎の使い方まだ分かんないし」


婆様「そうかそうか。どれ、ちょっと腰に差してみ」

カル「ん…よし、これで大丈夫?」

婆様「ほほっ、この村来た時の爺様にそっくりじゃ」

カル「ははっ、ありがとう。嬉しいよ」


婆様「カル……気を付けて、行くんじゃぞ」

カル「婆様、そんな顔しないでよ。俺なら大丈夫」ニコッ

婆様「(爺様にも、この姿を見せてやりたかった。逞しくなったの)」

婆様「さっさと終わらせて早よう帰って来い。皆で、お前の帰りを待っとるよ」


カル「色々ありがとう!! じゃあ、行って来ます!!」


【田舎者】

女盗賊「あぁ失敗した。金になるのは馬くらいか」

何故、こんな事になってしまったのだろう。

俺が予想していた旅と違う。


思い描いていた旅立ちは、こんなんじゃなかった。

もっと清々しく心躍るような、そんな旅が始まる。

そんな事を思っていたけど、そんな風にはならなかった。


女盗賊「他には何かねーの」

カル「ないです……」

大きな溜め息と、失望したような冷たい視線が突き刺さる。

一体、俺に何を期待していたのか聞きたいけど……

女盗賊「オイ、何見てんだよ」

気が荒い人みたいだから止めておこう。


カル「いや、見てないです」

女盗賊「……チッ」ヒュッ

カル「えっ? ちょっ、痛ってえ!! 石投げるのは止めて!!」

何故こうなったのか。

長くなりそうな気もするし、とても短いような気もする。


早朝、婆様に着物を渡され

爺ちゃんの剣を腰に差し、旅支度を済ませた。

俺は自分の家に戻り

もう一度仏壇に手を合わせ、再び婆様の家へ。

旅に出ている間は、婆様が家の管理をすると言ってくれた。


婆様と屋敷の人達。

駆け付けてくれた兄弟子。

子供達に挨拶をして、俺は里を出発した。


天気も良いし風も心地良い。

途中で婆様が作ってくれたおにぎり食べたりして、休憩しながら進む。

そして昼頃、里から一番近い村に到着した。

一番近いとは言っても他の町や村に比べればの話し。

結構な時間が掛かった。


徒歩で旅を続けるのは、かなり厳しい。

何しろ暑いし、移動に時間を掛けてはいられない。

里の馬は先の事件の傷が癒えていない。


その為、まずは馬を手に入れなければならなかった。

そこで、以前爺ちゃんと馬を買いに来た時にお世話になった馬飼いを頼った。

伯楽と呼ばれる人で、里の馬は殆ど伯楽さんから買ったものだ。


早速訪ねてみると何だか騒がしい。

どうやら馬が暴れ出したようで、数人掛かりで抑えているようだ。

尋常ではない騒ぎだったので駆け付けてみると、白馬が暴れていた。

里の馬と比べて大きく、力強く美しい姿。

決して里の馬が劣っているわけじゃない、あの馬が大き過ぎる。


手伝おうかと走り出した筈なのに、俺は立ち尽くしていた。

その姿に、目を奪われたんだと思う。


きっとあの馬は、人の造った檻の中では生きられないだろう。

手に負えないのなら逃がした方が懸命かもしれない。

それに、あれ以上縛り付けるのは危険だ。

馬の体力は全く衰えていない、抑えている人の方が疲弊している。


あのままじゃ、死人が出てもおかしくない。


カル「危ない!!もう離した方がいい!!」

そう叫び再び駆け出そうとした時……

馬の動きがぴたりと止まった。

伯楽さん達も限界だったのか、その場にへたり込んでしまった。


カル「怪我人が出ずに良かった」

と、伯楽さんに近付こうとした時、視線を感じた。

馬が、俺を見ていた。

威圧的ではないにしろ、射抜くような鋭く強い眼光。


まるで心を見透かされているような感じがした。

動物は人の心を見抜くと言うけど、この馬がそうなのかもしれない。

俺は目を逸らさず、白馬と暫く見つめ合った。


その時

へたり込んでいた伯楽さんが、腰に下げた袋から棒状の何かを取り出した。

それを馬に突き刺そうと腕を伸ばした時、馬が高く跳んだ。

危険を察知して跳んだんだろうけど、目の前には柵がある。


あの馬と言えど、飛び越えられる高さじゃない。

馬は前脚を突き出し、柵に掛ける。

が、直後に身を翻し、後ろ脚で柵を蹴り壊した。


伯楽さんは、一連の動作に呆気にとられている。

規格外の体でありながら身のこなしは軽やかで、柔らかい。

前脚で壊せたのに、壊さなかった。

折れた柵、破片が躰に突き刺さるのを避けたんだ 。


頭が良いのか……

危機察知能力がかなり高いのかもしれない。

まあ、どっちにしろ凄いんだけど。

そんな凄い馬が柵を抜け俺に近付いてきた。

それも伯楽さんを睨み付け、釘を刺した後で……


ここまで賢いと何だか怖いな

なんて思っている内に目の前にやってきた。

馬は立ち止まり、逃げる気配も暴れる気配もない。


何故か自然と額に手が伸びた。

額をから鼻にかけて、ゆっくりと撫でる。馬に動きはない。

先の暴れようが嘘のように、とても落ち着いている。


さてどうしたものかと考えていると

伯楽「よぉ坊主、久し振りだな」

声を掛けてきたのは伯楽さんだった。


伯楽さんは丸腰である事を馬に示し、挨拶もそこそこに語り出した。

つい最近、運良く捕らえることは出来たものの調教は上手く行かない。

雌馬故に、せめて子をと雄馬を近付けてみたが一切の興味を示さない。


そして今日

抱えた負担が爆発したように暴れ出したのだという。

何とか野に放そうとしたが、押さえつけるだけで精一杯。

しかし何故か急に大人しくなり、馬の視線の先を見ると俺がいた。

その隙を突いて薬を打とうとしたのだが、それすらも失敗してしまったのだと言う。


悔しがる風もなく

「本当に助かった」とだけ言うと、地面に腰を下ろした。

相変わらず、馬は大人しい。

その様子を見た伯楽さんは嬉しそうに笑うと


伯楽「その馬は、俺にゃ無理だ
   そいつにゃ、頭ん中を見透かす力があんだよ」


と、妙に清々しく告げた。

こんな名馬、一生に一度出逢えるかどうかだろう。

それなのに、とてもすっきりとした顔をしていた。


ーーー
ーー


カル「あの、凄く嬉しいんですけど本当にいいんですか?」

カル「こんな凄い馬、しかも鞍の代金だけでいいなんて」

伯楽「いいんだよ。そいつぁ、お前ぇに惚れたのさ」


伯楽「それにお前ぇ、夢物語みてぇな旅すんだろ?」

カル「夢物語? ま、まあ、そうなのかな」

伯楽「だったら、そんぐれぇの馬じゃねぇと格好がつかねぇだろうよ」


カル「そう、なのかな?」

伯楽「そらそうよ!!」

伯楽「何しろ、手から火ぃ出したり水出したりすんだろ ?」


カル「信じてくれるんですか?」

伯楽「そら目の前で火ぃ出されりゃ信じる他ねぇだろ」

カル「(なんて言うか、この人も凄いよな。切替が早い)」


伯楽「しっかし、爺様が死んだってのは驚いた」

伯楽「殺しても死なねぇような爺だったのによぉ」

カル「伯楽さん……」


伯楽「なあ、カルよ」

カル「??」

伯楽「爺様ぁ、笑って逝ったか?」

カル「……はい」

伯楽「ならよぉ、お前ぇも目一杯笑え」

カル「!!」


伯楽「いいか?男はうじうじしちゃあならねぇんだ」

伯楽「自信持って、強がって、胸張って生きなきゃ駄目なんだ」

カル「(伯楽さん、爺ちゃんと仲良かったもんな……)」

カル「分かりました!!じゃあ俺、行って来ます!!」


伯楽「おい待て」

カル「??」

伯楽「死ぬんじゃねぇぞ、何があっても絶対に諦めんじゃねぇぞ?」

伯楽「いいな?」

カル「はいっ!! 」ニコッ


ガガガッ…ガガガッ…


伯楽「あの小せえガキが、もうすっかり男の顔だ」

伯楽「…ったく、俺も歳だなぁ」ズビー


それから白月と名付けた白馬を走らせ、篝火の町を目指した。

それにしても、本当に見た目に違わぬ馬だな。

凄い速度で、どんどん景色が流れていく。


これなら今日中に都に行けるんじゃないかと思う程だ。

何を以て俺を選んだのか分からないけど……

この馬に見合う男にならないとな。


なんて事を考えながらいると、前方にうずくまっている人がいた。

暑さにやられたのか具合が悪いのか分からないけど、どちらにしても危険だ。

念の為、白月から降りて近付くと女の人だった。

随分露出の多い服を来てるな。


最近の女の人って皆こうなのか?


里にはいない感じの人だ。

事情を聞けば、やはり暑さにやられたらしい。

気怠げで顔色も悪い。

下手な処置は出来ないし、これじゃあどうしようもない。

とにかく、早めに医者に連れて行って診せた方がいいだろう。

取り敢えず水筒を出して渡そうとした時、袋のような物を投げつけられた。

で、今に至る。


カル「あの、そろそろ解放してくれないかな?」

女盗賊「うっさい間抜け。今から荷を開けるから黙ってて」チャキ

カル「……はい、分かりました」


さっきまで気分良く白月を走らせてたのに

今や縄で縛られて変な所に…

洞窟の中みたいだけど。

この人の隠れ家、みたいなものなのかな。

旅の一番最初に出逢ったのがこんな人だなんて、何て幸先悪い。

白月はきっと大丈夫だろう、頭良いし。

でも、この人よく無事だったな……

白月は同性(女性)に優しいのかもしれない。


女盗賊「金目の物は無いわけ!?」

カル「お金ならあるけど、少ししか無いよ?」

女盗賊「じゃあ荷は!? この食糧だけじゃないわよね!?」

カル「もう何度も調べただろ? 荷はそれだけだよ」


女盗賊「じ、じゃあ、お宝的な物は!?」

カル「だからそんなの無いって」

カル「あの、そろそろ縄を解いてくれないかな?」

女盗賊「畜生、ハズレかよぉ…」


カル「(全然聞いてない)」

女盗賊「こんなんじゃ、もうどうしようも……」ボソッ

カル「え? 何か困ってるの? 俺で良かったら相談乗るけど」


女盗賊「うっさい間抜け!!」ヒュッ

カル「痛ってえ!!」

女盗賊「高そうな着物を着て白馬になんて乗ってるから期待したのに! !」

カル「えぇ…そんな事言われたって」


女盗賊「うあー、もうっ!!」ダンッダンッ

カル「駄々こねる子供みたいだな……」ボソッ

女盗賊「あ? 何か言ったか?」

カル「いえっ、何も言ってません。それより馬は?」

女盗賊「馬なら外にいるよ。あの馬、金になりそうだし」


カル「…………」

人を見た目で金持ちだとか判断しちゃ駄目だよ。

でも何でこんな事するんだろ?


女盗賊「他に、他に何か方法は……」イライラ

カル「怒っても良いこと無いよ? 少し落ち着い

女盗賊「 うっさい!! 」

きっと事情があるんだろうけど…

この調子じゃあ話してくれなそうにないな。


女盗賊「うあー、もうっ!!」

カル「駄々こねる子供みたいだな……」ボソッ

女盗賊「あ? 何か言ったか?」

カル「いえっ、何も言ってません。それより馬は?」

女盗賊「馬なら外にいるよ。あの馬だけは金になりそうだし」


カル「…………」

人を見た目で金持ちだとか判断しちゃ駄目だよ。

でも何でこんな事するんだろ?


女盗賊「他に、他に何か方法は……」イライラ

カル「怒っても良いこと無いよ? 少し落ち着い

女盗賊「 うっさい!! 」

きっと事情があるんだろうけど…

この調子じゃあ話してくれなそうに無いな。


カル「……少しは落ち着いた?」

女盗賊「……あんたさぁ、何でそんなに冷静でいられるわけ?」

カル「いや、何でかな?」


女盗賊「知るかバカ」

女盗賊「あぁ、殺されるぅ…とか思わないわけ」

カル「だって殺さないでしょ?」

女盗賊「…………」


カル「[ピーーー]つもりだったら、あの時殺されてただろうし」

女盗賊「騙されたのに平気な顔して、変な奴」

カル「そうかな? 困ってる人がいたら助けるだろ?」


カル「……少しは落ち着いた?」

女盗賊「……あんたさぁ、何でそんなに冷静でいられるわけ?」

カル「いや、何でかな?」


女盗賊「知るかバカ」

女盗賊「あぁ、殺されるぅ…とか思わないわけ」

カル「だって殺さないでしょ?」

女盗賊「…………」


カル「殺すつもりだったら、あの時殺されてただろうし」

女盗賊「騙されたのに平気な顔して、変な奴」

カル「そうかな? 困ってる人がいたら助けるだろ?」


女盗賊「オマケにお人好し。で、田舎者」

カル「田舎者? 俺が?」

女盗賊「あんた以外に誰がいるわけ?」

カル「え?おかしいな……」

カル「都じゃ皆こんな格好してるって、ババ様が言ってたのに」


女盗賊「今時っつーか、今も昔も、そんな派手な格好してる奴いねーよ」


カル「そ、そうなの?」

女盗賊「そういう間違った認識が如何にも田舎者っぽい」

カル「(ババ様……まあ、俺は気に入ってるし、いいけどさ)」


女盗賊「もういいよ?」


カル「え?」

女盗賊「縄、もう解けたんでしょ? もう行っていいよ」

カル「気付いてたんだ」

女盗賊「当然。ほらっ、さっさと行きな」


カル「……あのさ」

女盗賊「なに?」

カル「こうして出逢ったのも何かの縁だし、話してくれないかな」


女盗賊「………」

カル「俺には、どうしても君が悪い人には見えないんだ」

女盗賊「聞いてどうするわけ?」

カル「うーん。それは聞いてから考えるよ、うん」


女盗賊「ぷっ、あははっ、なにそれ……」

女盗賊「はぁ、全く…本当に変な奴だね」

うん、爺ちゃんの言ってた通りだ。

やっぱり女の人は笑ってるのが一番いい。


女盗賊「あたし、恩返ししたいんだ」

カル「恩返し?」

女盗賊「そ、恩返し。昔…って言っても、最近なんだけどさ」

女盗賊「ちょっとしたヘマした所を、お人好しのバカ神父に助けられたん だ」

カル「そ、そうなんだ」


女盗賊「その神父は、教会で孤児達と一緒に暮らして面倒見てる」

カル「へぇ、格好いい人だね」

女盗賊「ああ、あたしとは全然違う。真面目で真っ当な人間だよ」


女盗賊「でもそんな真面目に生きてる奴が、病で倒れちまったんだ」

カル「………」

女盗賊「治療には、かなり金が掛かる」

カル「じゃあ、その為にお金を?」


女盗賊「まっ、そういうこと」

カル「(嘘吐いてるようには、見えないな)」

女盗賊「……こんな事したって、あいつは喜ばないんだろうけどさ」


カル「治療には幾ら掛かる?」

女盗賊「んー、100万くらいじゃねーかな。腹を開くって言ってたし」

カル「そっか……」


女盗賊「これで話しはお終い。ほらっ、もう行きなって」

カル「そのくらいなら、何とか出来るかもしれない」

女盗賊「はぁ!? 」


女盗賊「あんたにそんな金無いだろ、何バカなこと言ってんだ 」

カル「いや、大丈夫!!」

女盗賊「(どっから来るんだよ、その自信に満ちた笑顔は…)」ハァ


カル「取り敢えず、神父さんがいる町に案内してくれないかな」

女盗賊「さっきの話し、嘘じゃねえだろうな?」

女盗賊「何か企んでるんじゃ……」ジー


カル「あんなことしといて、よく言うよ……」

ーーー
ーー


篝火の町

ガヤガヤ…

女盗賊「あんたの馬、やっぱり速いわ。まさか馬売る気?」

愛馬を売るなんて信じられない。

みたいな顔で俺を見てるけどさ、白月を売ろうとしてたよね。

カル「違う違う。売るのはこれだよ」


女盗賊「その派手な着物? 確かに高そうだけど」

カル「まあ、鑑定して貰えば分かるよ。呉服屋はどこにある?」


女盗賊「……あのさ、今更だけど本当にいいわけ?」

カル「いいって、何が?」

女盗賊「何がって、知らない奴にここまでするなんてさ……」

カル「大丈夫。俺は、したい事をしてるだけだから」


女盗賊「まさか、あたしの体が目当て?」


カル「はぁ?」

女盗賊「こんなに良くしてやったんだから体で払え。ゲヘヘ…的な」

カル「ははっ、ないない。絶対無い」

女盗賊「………」イラッ


カル「大体、人を眠らせて縄で縛る女の人なんて誰が」

女盗賊「あ?」

カル「いやほら……人にはその、好みがあるから!!」


女盗賊「おう」

カル「縛られて喜ぶ奇特な人も、いると思うし……」

女盗賊「チッ」

カル「……呉服屋、行きましょうか」

女盗賊「さっさと付いて来い変態」スタスタ

カル「なんで!?」


ーー篝火呉服店

店主「こ、これは凄いッ!! お客さんッ!! これを何処でッ!?」

カル「灯火の里です」

店主「やはりそうでしたかッ!!」

女盗賊「(声、デカっ!!)」


店主「いやはやッ!! まさかッ!! これ程の品に出会える日が来ると はッッ!!」

カル「あの、少々汚れてしまいましたが幾らになります?」

店主「売って下さるんですかッ!? これならッ!! 一千万出しますよ ッ!!」


女盗賊「いっ、一千万!? そんなにすんの!?」

店主「もっと大きな呉服屋ならばッ!!
   数倍の値段を提示されても買う でしょうなあッ!!」

店主「それだけのおッ!! 価値がありますよッ!! ええッ!!」


カル「じゃあ、お願いします」

店主「喜んでッ!! 替えの着物は、こちらで用意しますのでッ!!」

カル「分かりました」

店主「少々ッ!! お待ち下さいッ!!」


女盗賊「あ、あんた、本当にいいわけ? 大事な物なんじゃ」

カル「ババ様には申し訳無いけど、聞いたからには放っておけないし」

女盗賊「もっかい聞くけどさ、どうして?」

カル「んー、尊敬してる人が、そういう人だからかな」

女盗賊「(尊敬する人、か)」


カル「その人ならこうするだろうし。   
   着物一つで人が助かるなら、安いもんだよ」



カル「それにほら、何て言うか……あれだよ」

カル「一つの物は二つに分けて、大きい方を相手にあげなさい。ってやつだよ」

女盗賊「それとこれとは話しが違うっつーの」

女盗賊「そんなんじゃ詐欺師に騙されるよ、あんた」


カル「大丈夫。それに、君は騙してないだろ?」ニコッ

女盗賊「(こんなバカなお人好し、あいつの他にもいたんだ……)」

店主「準備、出来ましたぁッッ!! 此方へどうぞッ!!」


カル「あ、はい」

ーーー
ーー


篝火教会

カラーン…カラーン……

女盗賊「着いたぞ。此処だ」

カル「うわぁ」

女盗賊「どうした?」

女盗賊「その着物の所為か、懺悔しに行くみたいに見えるぞ」


カル「あ、いや。思ったより立派だったから……」

カル「(って言うか懺悔って……)」


女盗賊「まあ、外見はな。内装はボロいけど」

カル「へえ、そうなんだ。で、神父さんはどこに?」

女盗賊「さっき昼の鐘が鳴ったし……
    今はチビ達と一緒に聖堂で飯食ってるはずだよ」


カル「あの、今更だけどさ」

女盗賊「なんだよ?」

カル「いきなり知らない人が来てさ」

女盗賊「ん? おうっ」

カル「いきなりお金渡されたらさ」

女盗賊「……あっ…」

カル「受け取ってくれるかな」

女盗賊「よっし、行くぞ!!」スタスタ

カル「迷いを強引に振り切った……」


カル「(……かなり不安だけど、やれるだけやってみよう)」

ーーー
ーー


神父「お気持ちは嬉しいですが、そんな大金、受け取れません」

女盗賊「そんな事言わないで受け取れって、盗んだ金じゃないし!!」

神父「……ジーナさん、そういう問題ではありませんよ」

カル「(そりゃそうだよな……)」


ジーナ「なあマウロ、よく考えなよ!!」

ジーナ「こんなバカみたいに良い奴、二度と現れないぞ!!」


カル「(酷い言われようだ。確かに馬鹿かもしれないけど)」

ジーナ「それに、チビ達はあんたがいなけりゃ生きてけないんだ!!」

マウロ「…………」

ジーナ「だから頼む。受け取ってくれよ……」グスッ


マウロ「……それでも、受け取れません」



マウロ「既に後任の者は決まっております。
    子供達には上手く伝えるつもりです」

ジーナ「っ!! バカッ!! もう勝手にしろ!!」ダッ

マウロ「…っ、すいません。貴方も、お引き取り下さい」ガタッ

チリン…

カル「……ちょっと待って下さい」

マウロ「まだ何か?」


カル「神父さん、その首飾りはどこで?」


マウロ「これですか? 」

マウロ「これは子供達が露天商から頂いた物らしいです」

マウロ「子供達から初めての贈り物なので身に付けているんですよ」

カル「……あの、倒れたのは最近ですよね?」


マウロ「ええ、そうですが?」


カル「具合が悪くなったのって、それを貰った時からなんじゃないですか?」

マウロ「!! 確かに時期は合致しますが、ただの偶然です」

カル「……偶然じゃ、ないかもしれません」

マウロ「何を根拠にそんな事を、失礼ではありませんか?」

カル「怒るのも分かります。ごめんなさい……」


カル「確かに根拠は無いです」

カル「でも倒れた原因が、その首飾りかもしれないんです」


マウロ「(……何だ。この青年から不思議な温かさを感じる。心なしか体が軽い)」

カル「神父さん、少しだけ俺の話しを聞いてくれませんか」

マウロ「……分かりました」

マウロ「では此方へ、お話しは私の部屋で聞きましょう」

ーーー
ーー


神父の部屋

マウロ「黒水晶に氷の怪物、暗闇の妖精ですか……」

カル「はい、あの時と同じような感覚がしたんです」

マウロ「あの時?」


カル「はい、氷の怪物と対峙した時の嫌な感じです」

マウロ「この首飾りから、ですか」チリン


カル「……はい」

マウロ「ですが私に、そんな力は使えませんよ?」

カル「そう、そこなんですよ!!」

マウロ「えっ、何がです?」

カル「嫌な感じは確かにするんですけど、神父さんはアイツとは違う」ウン


マウロ「は、はぁ」

カル「神父さん、悪い人じゃないし」

マウロ「(ふっ、素直な青年だ。
     あの子が頼ったのも分かる気がする)」

カル「あの、何か変わったな。って事ありませんか?」


マウロ「変化、ですか」


カル「はい、何でもいいんです。何かが以前と違うとか」

マウロ「……思い当たる事なら、あります」

カル「それはどんな?」

マウロ「この事は、他言無用でお願いします」


カル「はい、約束します」


マウロ「子供達を見ていると、湧き上がってくるのです」

カル「湧き上がる?」

マウロ「ええ。何と言えば良いのか、憎しみや怒りのような。黒いものです」

カル「(黒いもの……)」


マウロ「後任者を立てたのは、病が原因などでは無いのです」

カル「え?」


マウロ「その感情が日に日に強くなり、それが子供達に向けらている」

マウロ「私が守るべき子供達なのに!!それなのに私は……」ギリッ

カル「(神父さん……)」

マウロ「体が悪いのもありますが、私にはそれが怖ろしくて……」


カル「だから、後任者を決めた」

マウロ「ええそうです。ですから、私にはもう神父など……」

カル「大丈夫です。神父さんなら絶対大丈夫です」

マウロ「何故、そう言えるんです?」


カル「これは俺の想像なんですけど……」


カル「神父さんが良い人だから、苦しんでるんじゃないかって思うんです」

カル「その黒水晶は強い力を与える物。だけど、神父さんはそんな力を望んでない」

カル「神父さんの心が拒否してるんです。だから、悪影響しか及ぼさない」


マウロ「ふふっ、貴方は純粋な人ですね」


カル「いやいや、女盗賊さんには馬鹿って言われましたよ」

マウロ「ですが聡い方でもある……」

マウロ「一体、何を考えているんです?」


カル「その首飾り、少しの間預からせてくれませんか?」

マウロ「……分かりました。いいでしょう」スッ


カル「後、空いてる部屋貸して貰えますか?」

マウロ「ええ、どうぞ」

カル「じゃあ、待ってて下さい!! 絶対に壊したりしませんから!!」

ガチャ…バタンッ

マウロ「(本当に不思議な青年だ。人を惹き付ける何かを持っている)」


マウロ「清らかな心を、持っているのだろうな」


カル「いやいや、ジーナさんには馬鹿って言われましたよ」

マウロ「ですが聡い方でもある……」

マウロ「一体、何を考えているんです?」


カル「その首飾り、少しの間預からせてくれませんか?」

マウロ「……分かりました。いいでしょう」スッ


カル「後、空いてる部屋貸して貰えますか?」

マウロ「ええ、どうぞ」

カル「よし、少し待ってて下さい!! 絶対に壊したりしませんから!!」

ガチャ…バタンッ

マウロ「(本当に不思議な青年だ。人を惹き付ける何かを持っている)」


マウロ「清らかな心を、持っているのだろうな」

ーーー
ーー


篝火教会・空き部屋

カル「…………」

この黒水晶が人の思いに応える物で、持ち主に力を与えるとしたら。

どんな『思い』に応える?

力への欲求。

ーー憎しみや怒りのような、黒いものです。


カル「そういえば黒かったな、あの氷。暗闇の妖精、力の一欠片……」

『そういう感情』を力にするのか?


あの時戦った氷の怪物。

ババ様の話しによれば、あれは里に来た武芸者で間違い無い。

ーーそれだけの価値がある。

ーー究極の強さ、力とは、人を超えた先にあると知った。


あの武芸者は力を求めていた。

人じゃなくなっても後悔してる様子は一切無かった。

じゃあ単純に、力を求める者に力を与える物なのか。

でも結果的に人を壊す。

力を求めない人にすら害を為す。


カル「誰がこんな物をばらまいてるんだ。何が目的で……」

教会の子供達に聞いたら、露天商にタダで貰ったと言っていた。


どんな人物かと聞いたら、皆バラバラの答え。

俺と同い歳くらいの男

可愛いお姉ちゃん

おばさん、お爺ちゃん等々…

こんな風に、皆が別々の人物を口にした。


カル「……まっ、今は置いておこう」

今すべきは、この黒水晶の首飾りを壊さずに何とかすること。

爺ちゃんには壊せって言われたけど……

これは神父さんにとって大事な物だし、絶対に壊したくない。


カル「この中に入ってる何か。それだけを消せれば……」


俺が触っても大丈夫だった。

多少、気分悪いけど平気だし。

って事は、そこまで敏感な物じゃないってことだ。

この黒水晶の首飾りは、力を与えるか人体に害を為す。

危険を察知したりするような、知性みたいな物はない。


カル「問題はどうやって壊すか、だよな」


ちょっと調べてみよう。

うん。黒水晶の中は、まあ当然黒い。

どろっとしてる『黒い水』がうねってるみたいな……


じゃあ、この黒水晶は容器みたいなものなのか?

それとも黒水晶と内側の液体は同じなのか?

んっ!?  今、なんか動いたぞ。


何て言うか蛭みたいな生き物だ。

この液体の中で生きているのか?

じゃあこの蛭が武芸者に力を与えてたモノ。

そして神父さんを苦しめてるモノなのか。


カル「だとすれば、この蛭さえ退治出来れば首飾りに戻るはずだ」

外部からじゃ駄目だ、首飾りごと壊れる。

だったら内側からやるしかない。

やれるか?

まだ扱い方も分からないってのに……

カル「いや、やってやる。絶対に成功させる」

まずは手のひらに炎を呼び出す。

呼び出し方なんて分からないけど、とにかく呼び出す。


カル「……頼む」


ーー助けたいんだ。


力って、戦う為だけにあるわけじゃない筈だ。

誰かを守る為にだって力は必要なんだ。

だから頼む。力を貸してくれ。

カル「……よっしゃ、出た!!」

よし、これを何度か繰り返して火力を調整してみよう。

それから強弱のコツを掴む。

カル「……っ」


手の平にしか出してないのに滅茶苦茶疲れるな、これ。

思い切り炎を出すならまだしも、場所を限定して出すのは難しいな。

これだけに集中するってのは、かなり消耗するみたいだ。

でも、出来た。

後は、この黒水晶の首飾りを持って……


カル「黒水晶の内側に炎を!!」


円や線ではなく、点を想像する。

掌に乗せた首飾りの中心、其処に火を灯す感じ……

蛭だけを狙うのは流石に難しい。

なら、中の液体ごと燃やせばいい。


内側から炎で染め上げろ、黒を塗り潰せ……

ーーー
ーー


篝火教会・神父の部屋

コンコンッ

マウロ「はい」

カル『俺です。入っていいですか?』

マウロ「ええ、どうぞ」

ガチャ…バタン

マウロ「早かったですね。何か分かりましたか?」


カル「色々分かりました。首飾り、ありがとうございます」スッ

マウロ「あの、これは…?」


カル「すいません……」

マウロ「綺麗な赤ですね。一体何が?」

カル「黒水晶の中に蛭のみたいな奴がいました」

マウロ「蛭……」

カル「はい、それを内部から燃やしたんです」


マウロ「そんな事、一体どうやって?」


カル「言ってませんでしたっけ?俺、炎を使えるんですよ」

マウロ「聞いていませんよ……」


カル「ははっ、すいません。とにかく、炎で蛭を燃やしたら」

マウロ「黒水晶の色が赤に変わったと?」

カル「はい。俺もびっくりしました」


マウロ「(暗闇の妖精、炎使い……まさか!!)」


カル「もう嫌な感覚はしないし、身に付けても大丈夫だと思います」

マウロ「……そうですか」

カル「あの、やっぱり駄目でした? 色変わっちゃったし」


マウロ「いえいえ、そんな事はありません。ありがとうございます」チャラ

カル「本当ですか!?良かったぁ」ホッ

カル「あっ、ちょっと派手になっちゃいましたけど似合ってますよ」


マウロ「そうですか? ありがとうございま

ヂリッ…カッ!!

カル「首飾りが光った!? なにが!?」


マウロ「うっ…」ヨロッ

カル「し、神父さんっ!! 大丈夫ですか!?」

マウロ「え、ええ。一瞬くらっときただけです」

カル「……やっぱり、お金は受け取ってくれませんか?」


マウロ「それは、出来ません。それに……」


カル「ど、どうしました?」

マウロ「どうやら、病は失せたようですから」

カル「えっ?」

マウロ「嘘ではありませんよ?」

カル「そんな、病気が急に治るわけが


マウロ「炎を司る者」

カル「は、はい?」

マウロ「汝、その身に浄火を宿し闇を照らし、穢れを焼き尽くすであろう」


カル「あの、それは?」

マウロ「暗闇の妖精と四人の戦士の物語。その一文です」


カル「へぇ、何か格好いいですね」

マウロ「ふふっ、これは貴方の事ですよ」

カル「……俺が、炎を司る者?」

マウロ「ええ、私にはそう思えてなりません」


マウロ「事実、私の中の穢れ。この場合は病ですね。それが消えた」

カル「そんな凄い炎なら、神父さんまで燃えちゃうんじゃ?」

マウロ「ええ、私自身が穢れ。
    そう判断されれば消し炭になっていたでしょう」


カル「……あの、体は本当に大丈夫なんですか?」

マウロ「勿論。先程まで体中を刺すような痛みも、今では綺麗さっぱり消えました」


マウロ「憑き物が落ちた。正にそんな心地です」


カル「何だか良く分からないですけど、病気が治ったなら良かったです」

マウロ「貴方の方こそ大丈夫ですか? 随分お疲れのようですが」

カル「黒い蛭を燃やすのに炎をかなり使っちゃって……」


カル「それに病気治ったって聞いて安心した所為か、どっと疲れました」

マウロ「空き部屋で良ければ自由にお使い下さい。私には、これくらいしか」

カル「いやいや、十分ですよ!! それに、俺が勝手にやった事ですから」


マウロ「……本当に、ありがとうございます」

カル「お礼なんていいですって」

カル「それより、あの子達に元気な顔見せてあげて下さい」

マウロ「(こんな心優しい青年が過酷な戦いに身を投じるのか……)」

カル「どうしました?」


マウロ「いえ、力を宿したのが貴方のような人物で良かった」

マウロ「そう思う反面、何故貴方のような人物に力を授けたのか……」

マウロ「そう思っていました。戦いなど辛いだけでしょうに」

カル「殴ったりするのは確かに嫌ですけど、それしかないなら、やるしか ないですよ」


カル「強いって、そういう事だと思うんです」


カル「投げ出さないって言うか、逃げないって言うか……」

マウロ「(この瞳。やはり、なるべくしてなったのかもしれない)」

マウロ「……今更ですが、お名前は?」

カル「あれ、言ってませんでしたっけ? 」


カル「俺はカルです。カル・アドゥル 」



マウロ「遅れましたが私はマウロ・カリーニと申します」


マウロ「カルさん、宜しくお願いします」スッ

カル「!!はいっ、宜しくお願いします!!」スッ

ガシッ…

マウロ「カルさん、良ければ泊まっていってくれませんか?子供達も喜びますので」


カル「そういう事なら是非!!」

カル「ああそうだ!! 俺、ジーナさん呼んできます!!」


マウロ「え?」

カル「神父さんが良くなったって聞いたら絶対喜びますよ!!」

カル「さっき子供達と一緒にいましたから、すぐに連れて来ます!!」ダッ

ガチャ バタン

神父「ふふっ、全く忙しい人だ」


マウロ「遅れましたが、私はマウロ・カリーニと申します」


マウロ「カルさん、宜しくお願いします」スッ

カル「!!はいっ、宜しくお願いします!!」スッ

ガシッ…

マウロ「カルさん、良ければ泊まっていってくれませんか?子供達も喜びますので」


カル「そういう事なら是非!!」

カル「ああそうだ!!俺、 ジーナさん呼んできます!!」


マウロ「え?」

カル「神父さんが良くなったって聞いたら絶対喜びますよ!!」

カル「さっき子供達と一緒にいましたから、すぐに連れて来ます!!」ダッ

ガチャ バタン


マウロ「ふふっ、全く忙しい人だ」




『痛っ、ちゃんと前見て走れ!! バカ!!』


カル「すいません。ってあれ、ジーナさん!? なんで」

マウロ「どうしました? 一体何の騒ぎです?」ガチャ


ジーナ「町の広場に火を吐く化け物が出たんだ!!」

ジーナ「だから避難しろって伝えに来たんだよ!!」

マウロ「火を吐く、化け物?」

ジーナ「嘘臭いから見に行ったら町は大騒ぎで、兵士が化け物と戦ってた……」

ジーナ「とにかく!! あんなのに勝てっこない。チビ達を連れて早く逃げないと」


カル「神父さん。俺、行って来ます!!」ダッ


ジーナ「バカッ、あんた死ぬ気!? あんたに何が出来るわけ!?」



カル『大丈夫!! なんとかしてみせる!!』


ジーナ「行っちまった…あんな化け物、絶対倒せるわけない」

マウロ「我々は、我々の出来る事をしましょう。子供達の避難が優先です」

ジーナ「あいつを見殺しにする気かよ!? あたしも行く!!」ダッ


ガシッ…


マウロ「待ちなさい!!」

ジーナ「何だよ、離せよっ!!」

マウロ「離しません!! カルさんにはカルさんの……」

マウロ「我々には我々のやるべき事があるのです!!」

ジーナ「っ、何だよそれ、分けわかんねえよ……」


マウロ「……(カルさん、どうか御無事で……)」


【生身の騎士】

篝火の町・広場


カル「もう此処には居ないのか?」

露店が全て燃やされてる。

それに炎が黒い。

黒水晶を身に付けた人間の仕業なのか?

それとも他の何かが?


くそっ、それにしても酷い臭いだ。

所々に見える焦げ跡は、焼け焦げた死体で間違い無い。


自我があるとしたら武芸者とは質が違う。

奴は民を殺しはしなかった。

いや、その前に倒せただけかもしれないけど……

でもこれをした奴は、そんなの関係無しだ。


早く見つけないと被害者が増え続ける。


カル「どこに居る……?」

何だ? 地面が揺れてる。地震か?

いや、違う。

何かがこっちに向かって来てる……

あれが炎を吐く化け物か。

武芸者とは形態が全然違う。

炎獣「ゴアァァァッ!!」

ビリビリ…

カル「っ、何て声だ……」

元が猪か何かなのか?

黒水晶で変化するのは人間だけじゃない?


でも一体どうやって……

黒水晶は人間にのみ適応するものじゃない?

くそっ、分からない事だらけだ。

とにかく、これ以上被害が拡大する前に倒さないと。


カル「……あれ?」


炎猪「ブオァァッ!!」ダダッ

ズドンッ

カル「がっは…!!」ドサッ

何でだ!?

何が起きた!?

何で、炎が出ないんだ!?


カル「ぐっ、うぅ」ググッ

戦う術が無い。

炎が使えないなら、どうすればいいんだ?

普通に戦ったって恐らく通じない。


武芸者の時だって炎を使ってようやく倒せたんだ。


唯一、望みがあるとすれば……

炎猪「ブオァァッ!!」ダダッ

カル「くっ!!」バッ

突進が速い。

さっきの突進をまともに喰らったせいか、視界が定まらない。

あの突進、何度躱せるか分からない。


カル「どうにか、しないと……」

黒水晶、猪の背に刺さってたな。

誰かが刺したんだ。

あれは人為的に変化させられた結果の姿。


それほど時間が経っていないのか?


黒水晶から出るツタみたいなモノは猪の全身には達してない。

どうにか背中に乗れれば……

炎猪「ブルルルッ」

俺を狙ってくれるのは嬉しいけど、戦う力がない。

何度も試したけど、やっぱり炎が出る気配は無かった。


炎猪「ブルッブルルッ!!」ザッザッ

カル「(次が来る。なにか、何かないのか……)」

炎猪「ブルオォォッ!!」

カル「(っ、駄目だ。避けきれないっ!!)」

ドガッ…

カル「うぅっ」ズリッ

何だか衝撃が軽かったような……

助かったのか?

いや待て、さっきの突進とは全く感覚が違った。

奴の突進なら間違い無く死んでたはずた。


違う何かに突き飛ばされたのか?

でも、一体誰が……

カル「うぅ!? なっ、やめ」

顔、舐められてる。

この臭い。人間じゃあないよな。

だったら何だ?

まさか……

カル「白月か!!」ガバッ

白月「ブルッブルルッ」ペロペロッ

カル「ありがとう、もう大丈夫だよ。放っといてゴメンな?」


ごめんな白月。

今はお前と戯れてる暇はないんだ。

戦えないないなら、戦えないなりに何かやるしかない。

カル「…………」

そうだ。白月で引き付けて町を出ればいい。

そうすれば被害拡大は防げる。


でも、白月まで黒炎にやられたらどうする?


幾ら白月が速く走れても、接近したら黒炎でやられる……

せっかく出逢えたんだ、死なせるわけにはいかない。

ボッ…ゴオォォォッ…

カル「炎!?何でだ?さっきまで出なかったのに……」


何処からかやってきた炎が白月を包み込む。

炎は白月の躰に浸透し、純白の毛並みを赤く染めてゆく。

それはまるで、婆様に貰った着物の柄のようだった。


カル「……白月、大丈夫か?」

白月「ブルッ…ブルルッ!!」

何ともないみたいで良かった。

見た目がかなり派手になっちゃったけど、躰に異変はないみたいだ。


炎猪「ゴアァァァッ!!」ゴッ

カル「っ、拙い!!」

逃げ出す間もなく黒炎が迫り、もう其処まで来ている。

黒炎が俺と白月を呑み込もうとかという時、白月が俺の前に躍り出た。


瞬間、白月の模様から炎が噴き出し黒炎を退ける。

退けたというより、白月の炎が黒炎を呑み込んだ?

ならあれは俺とは別の、白月自身の炎?

分かんないけど、これなら戦える。


カル「白月、頼めるか?」

白月「ブルルッ……」スッ

カル「ありがとう。じゃあ、行こうか」タンッ


まずは、奴の周囲を走って挑発する。

剣で斬りつけるってのもありだな。

取り敢えず、意識を完全にこっちに向けてくれればいい。


カル「行くぞ、白月」ポンッ

白月「ブルッ…」カカッ

そうだ、円を描くようにゆっくり。

それから速度を上げて一気に近付く。よしっ、いける。

一度、馬上から黒水晶を狙って斬りつけてみよう。

怒ってくれればいいけど……


カル「届けっ!!」ブンッ

ガギンッ…

炎猪「ブッギャアアアッ!!」

効いてる?

やっぱり、まだ黒水晶との繋がりが甘いのか?

これなら剣でもいけるかもしれない。

それにしても町中はまずい。

あの調子なら絶対に追ってくるはずだ。

外に出れば、大分戦い易くなる。


カル「こっちだ!! 来いっ!!」ガッ

炎猪「ブルッ…ブルオォォッ!!」ダダッ


カル「っ、速いな!!」

炎猪「ブガアァッ!!」ズドドッ

草原におびき寄せたのはいい。

でも距離が近過ぎる。これ以上は引き離せない……

白月だから、まだ距離を保っていられるんだ。


並の馬なら、とっくに追い付かれて吹っ飛ばされてる。


このままじゃ、じきにやられる。

いくら白月だって、そう長くは保たないだろう。

得体の知れない化け物に追われてるんだ。

急激に疲労する事だって十分にありえる。


炎猪「フゴッ!!」ビタッ

カル「止まった? 何を……」

炎猪「ゴアァァッ!!」グアッ

カル「炎か!? 走れっ、白月!!」ガッ

ゴオォォォ…

カル「っ、熱風が…」


何て火力だ。範囲も凄まじい。

仮に炎を使えていたとしても勝てたかどうか。

あれを何度もやられたら逃げ場か無くなる。

最悪、草原一帯が燃える。


白月「フーッ…フーッ」

カル「白月……」


恐怖に耐えて走っただけでも、かなり消耗した筈だ。

挙げ句、何度も炎を吐かれたら尚更だろう。

今もこうして俺を乗せていられる事自体、白月が強い証拠だ。

でも、白月もそろそろ限界だ。

一か八か、やってみるしかない。


カル「もう一度、走れるか?」

白月「フーッ…フーッ…ブルルッ!!」

カル「ありがとう、白月」ガッ


真っ正面から突っ込んで、ぎりぎりの所で曲がる。

横並びになった瞬間が勝負だ。

炎猪「ブルッ…ブルオォォ!!」ダダッ

カル「やっぱり向かって来たか…」


カル「今だ。白月っ!!」グッ


よしっ、何とか躱せた。重要なのは次の動作。

白月の背から跳ぶ。

そして、猪の背に刺さった黒水晶を掴む。

カル「くっ、おおおおっ!!」バッ

ガシッ…

カル「何とか、なった…か…うぉ!?」グラッ


炎猪「ブギィィィッ!!」

カル「そりゃあ、暴れるっ、よな!!」ガシッ

炎猪「ブルオォォ!!」ダダッ

カル「ぐっ、振り落とされ…て」

グサッ…

カル「たまるか!!」

炎猪「フギャアアアア!!」

……短刀、持ってて良かった。


お陰で、さっきよりはちょっとだけ楽になった。

後は、この黒水晶を引き抜くだけだ。

片手じゃ難しいけど、やるしかない。


カル「ぐぬぬっ!! 思ったより深いっ…」ググッ

炎猪「ブッ…ガアァァァ!!」ゴッ

カル「ぐっ、あぁぁっ!!」

コイツ、炎を吐くだけじゃない。

躰に炎を纏わせる事も出来たのか!!


熱が上がってる。早く抜かないと、焼かれる。


カル「なっ、蔦が伸びた!?」

何でだ?

さっきまでは何の動きもなかったのに。

伸びたのは炎を纏ってからだ。それから蔦が急速に伸びた。

まさか、力を使った所為で黒水晶が反応した?


だから蔦の侵蝕が早まってる?


カル「うっ…」

蔦が体に巻き付いてきた。俺ごと覆うつもりか。

でも、お陰で体が固定された。

これなら、いける。


カル「もう、少しだ」

くそっ、さっきより熱いぞ。

腹がじりじりと燃えてるのが分かる。

それに胸、腕、太腿、右頬……


頭が、やたら重い。

息が苦しい、どうにかなりそうだ。

だけど、もう少しで、抜ける。


カル「諦めて、たまるか!!」ググッ

ズッ…ズズズッ

カル「…け…ろ。抜けろっ、抜けろおぉぉ!!」

炎猪「ブ…ガ…」グラッ


カル「とっ、取れた」ドサッ


炎猪「ガッ…ブガッ……」ドスン

カル「まだ、生きてるのか」

繋がりが甘いから死なずに済んだのか?


まあ、黒水晶を取り除いたのは良かった。

だけど今の俺じゃあ、これを壊せない。

でも炎がもう使えないとしたら……


もしそうなら早く仲間を見つけなきゃならないな。

後は町に戻って黒水晶の存在を知らせて、色々説明しないと。

そしてその情報を国王に伝えて貰えれば……

そうすれば神父さんみたいな被害に遭う人も減る。


こんな危険な物、誰の手にも渡しちゃ駄目だ。

人……

まして動物さえ苦しめる物は、あっちゃ駄目なんだ。

カル「…白月、いるのか?」

白月「ブルッ…」ペロペロッ


カル「無理させて、ごめんな」ポンッ


炎猪「ブ…ガッ…」

この猪が町を壊し人を殺したのは確かだ。

でも、そうさせた奴が別にいる。


そいつを止めない限り、黒水晶による被害が無くなる事はないだろう。

だから早く町に戻って俺が知っている事、今回の事件の原因を説明しないと。

駄目だ、早く行かなきゃならないのに体が動かない。


カル「ははっ、やっぱり駄目だ。自力じゃ立てそうにないや」

白月「ブルルッ!! ヒヒーン!!」

カル「白月? どうした?」


???『見つけた!!』


カル「…えっ…誰…?」

???「っ、酷い火傷だ……おいっ、しっかりしろ!!」

カル「……この声、ジーナさん?」


ジーナ「うっさい喋んな。今から町に運ぶからな」グイッ

カル「……」


助けに来てくれたのか。

人を眠らせて金品強奪を企ててた人とは思えない行動だ。

やっぱり本当は優しい人なんだ。


ジーナ「あんたの馬を借りるよ。ちゃんと掴まりな」

カル「……はい」

ジーナ「じゃっ、行くよ」ガッ

カル「……………」

ガガッ…ガガッ

カル「あのっ、ジーナさん」


ジーナ「喋んなって言ったろ」

ジーナ「それよりあんた、随分無茶したね」

ジーナ「火傷、かなり酷いよ。見てるこっちが痛くなるくらい…」


カル「それより、町はどうですか?」


ジーナ「……火は大分収まった」

ジーナ「化け物に殺された奴は、大半が兵士だったよ」

ジーナ「怪我人はかなりいるけど、あんた程じゃない」


カル「そうですか…良かった……」

ジーナ「ちっともよくねーよ。マウロの奴もかなり心配してたぞ」

カル「……すいません」

ジーナ「でも……」


カル「……?」

ジーナ「あんたがいなかったら、もっと沢山の人が死んでた」

カル「………」

ジーナ「おい、どうした?大丈夫か?」


カル「いや…誰も死なないのが、一番良いのになって……」

ジーナ「……疲れてんだろ。少し、休め」

カル「あの、ジーナさん」


ジーナ「なんだよ?」

カル「助けてくれて、ありがとう」

ジーナ「(それはこっちの台詞だっつーの、お人好し田舎バカ)」

ジーナ「こっちこそ、ありがとな……」


カル「…スゥ…スゥ」

ーーー
ーー


篝火の町・広場

娘「あっ、シスターさん」

ジーナ「あ? なんだ…すか?」

娘「カル様の具合はどうですか?」


ジーナ「あいつなら、まだ目を覚まさねえ……ですよ?」


娘「あのっ、これっ///」サッ

ジーナ「なにこれ?」

娘「カル様に渡して下さいっ!!」タタッ


ジーナ「めんどくせーな自分で渡…って、いねーし」


商店街

おばちゃん「あら、ジーナちゃん」

ジーナ「ようっ、こんにちは」

おばちゃん「あの子、まだ目を覚まさないの?」

ジーナ「うん、ぐーすか寝てやがる…ますよ」


おばちゃん「心配だわねぇ、早くお礼したいわぁ」

ジーナ「目が覚めたら教えてやるよ」


おばちゃん「そうだ、これ持っていきな」ドサッ

ジーナ「いいのか? 食い物少ねえのに」

おばちゃん「いいのいいの。お医者さんの手伝いで疲れてるでしょ?」

おばちゃん「家の旦那も世話になったからね……」


ジーナ「……おうっ、ありがとな」


スタスタ…



おじさん「お、教会の姉ちゃんじゃねえか」

ジーナ「あん? なんか用か?」

おじさん「あの坊主、まだ目ぇ覚まさねぇのかい?」


ジーナ「まだ寝てるよ。峠は越したから大丈夫だけどな」


おじさん「目ぇ覚めたらよ、ウチの店にメシ食べに来いって言っといてくれや」

ジーナ「おう、ちゃんと言っとく」


スタスタ…


店主「あのッ!!」

ジーナ「なんだよ!!」

店主「カルさんはッ、大丈夫ですかッ!?」


ジーナ「峠は越したから大丈夫だよ!!」



店主「そうですかッ!!」

ジーナ「そうだよ!!じゃあな!!」

店主「ちょっと待って下さいッッ!!」


ジーナ「うっせーな!! なんだよ!?」

店主「この着物ッ、お返ししますッ!!」


ジーナ「それ、あいつのか……」

ジーナ「良いのかよ? 高値で買い取ったのにさ」

店主「彼は町を救ってくれた。私を含め、多くの命を救ってくれましたから」

ジーナ「……ああ、そうだな」


店主「私には、こんな事しか出来ません……」



店主「目が覚めたら、これを渡して下さい」スッ

ジーナ「分かったよ。あ、あのさ……」

店主「?」


ジーナ「あんたから受け取った金、手付かずなんだ」

ジーナ「だから後で返しに来るよ。あいつなら、そうするだろうし」


店主「いいえ、結構です」

ジーナ「えっ、なんでだよ」


店主「なに、商売を再開すれば、すぐに取り戻せますから」ニコッ


ジーナ「ふっ、そうかい。じゃあな」


店主「……ちょっと待って下さい」

ジーナ「ん? どうした?」クルッ


店主「出来ればッ!! 返して頂けると助かりますッ!!」

ジーナ「じゃあ最初からそう言えや!! 変な見栄張るんじゃねーよ!!」


店主「すいませんッ!!」

ジーナ「じゃあな!!」

店主「はいッ!! では失礼ッ!!」ザッ


スタスタ…


ジーナ「……………」ピタッ



ジーナ「あのハゲ、普通に喋れんじゃねーか!!」


ーーー
ーー


篝火教会

カル「…スゥ…スゥ…」

医師「なあマウロ、あの不良娘をよく更正出来たな」

医師「言葉遣いは相変わらずだが、今じゃシスターなんて呼ばれてるぜ?」

マウロ「……元々ああいう子なんです。私は何もしていませんよ」


医師「若い娘を誑かすなんて、悪い神父もいたもんだ」


マウロ「…………」

医師「冗談だ、そんな目で睨むなよ」

マウロ「それより今日で五日目です。彼の容態はどうです?」

医師「何度も言っただろ?」


医師「峠は越えた。後は目が覚めるのを待つだけだ」


マウロ「右目はどうですか?」

医師「網膜……眼球は完全に治癒してる。全く馬鹿げた回復力だよ」

マウロ「では…」

医師「ああ、起きる頃には視力は戻ってるだろうよ」


マウロ「他にも怪我人がいる中、ありがとうございます」

医師「気にするな。それに、俺は消毒くらいしかしていない」

マウロ「そうなのですか?」


医師「ああ。ウチに運ばれてきた時は正直諦めていたよ」

マウロ「そんなに酷かったのですか?」

医師「酷いなんてもんじゃない」


医師「一目見た時、焼け爛れた死体かと思ったよ」


カル「…スゥ…スゥ」

医師「……仮に治療したとして、回復する見込みは殆ど無かった」

医師「それがどうだ? たった五日でここまで回復してる」


医師「通常、一生消えない筈の火傷の痕さえ残ってない……」


マウロ「……私の話し、信じて下さいましたか?」

医師「精霊の加護か……」

医師「あんなものを見せられれば、信じざるを得ないわな」

マウロ「彼が居なければ、町は壊滅的な状態になっていたでしょう」


医師「しかしなぁ」チラッ


マウロ「ええ、貴方は何かを感じませんでしたか?」

医師「確かに言いようのない何かを感じたよ……」

医師「心身に害を為すだって事は分かる」


医師「だがな、それを信じる奴がいるか?」

マウロ「……それは」

医師「俺はお前と付き合いが長い……」


医師「だから荒唐無稽な話しを最後まで聞いた」

医師「だが他の奴なら、お前の頭を疑うぞ?」

医師「ましてあの猪を擁護するような発言は他の奴の前では絶対にするな」

医師「例え凶暴化していたのが真実だとしても、あの猪に殺された者がいるんだ」


マウロ「……ええ」

医師「マウロ、これは事実だ」

マウロ「大丈夫です。それは分かっていますから…」

医師「そうか、ならいい」


カル「…爺…ちゃん……」

マウロ「……何にせよ。彼が目覚めるのを待つしかないでしょう」


医師「まっ、コイツならもう大丈夫だ。じきに目を覚ますさ」

マウロ「そうですか、ありがとうございました」

医師「礼はいい。それじゃあ俺は『普通』の怪我人の治療に戻るとするよ」


マウロ「また手伝える事があれば、何でも言って下さい」



医師「いや、大分落ち着いてきてるから問題無い」

医師「それに、聖堂を貸してくれただけで十分だ」

医師「此処の子供達も良く手伝ってくれてるしな」


カル「…スゥ…スゥ…」

医師「ふっ、じゃあな」

マウロ「ええ、貴方も体には気を付けて下さいよ?」


医師「そうは言っても暇がないんでな。んじゃ、またな」

マウロ「ええ、また」

ガチャ…バタン

カル「スゥ…ウーン…」

マウロ「カルさん。せめて今は、ゆっくり休んで下さい……」


コンコンッ…

ジーナ『入るよ?』

マウロ「ええ、どうぞ」

ガチャ…バタン

マウロ「お帰りなさい」


ジーナ「なんだよ、まだ起きてねーのか」

マウロ「きっと疲れが溜まっているんです。気長に待ちましょう」

カル「……スゥ…ウーン」


ジーナ「……無茶するからだよ、このバカ」

ジーナ「つーかさ、医者も大変なんだな、廊下走ってったよ」

マウロ「近隣の町からも医者は来ていますが、それでも足りないのでしょう」


ジーナ「瓦礫の撤去にも、まだまだ時間がかかりそうだったよ」


マウロ「……そうですか」

ジーナ「それでも被害は少ない方だよ」

カル「……(寝たふりしとこう)」

ジーナ「それも、こいつのお陰だな」


マウロ「ええ、そうですね。ところで、その荷物は何です?」

ジーナ「言っとくけど、盗んだんじゃねーからな」


マウロ「ふふ、分かっていますよ」

ジーナ「町の皆が、こいつにやってくれってさ」ドッサリ

マウロ「そ、そうですか。凄い量ですね」

ジーナ「持ってくるの大変だったんだぞ」ハァ


マウロ「……ジーナさん」

ジーナ「な、なんだよ。急にかしこまって」

マウロ「怪我人の搬送や手当て、ありがとうございました」


マウロ「それに子供達の世話までしていただいて」

ジーナ「あっ…べ、別にいいよ」


ジーナ「あたしがしたいから、しただけだし」

マウロ「それでもですよ」ニコッ

ジーナ「あっ、あのさ!!」

マウロ「何です?」

ジーナ「これからも、ここにいて良いか?」


マウロ「えっ?」

ジーナ「ほ、ほらっ、あんた一人じゃチビ達の相手は辛いだろ?」

ジーナ「だから、そのっ……」

マウロ「私からも頼みがあります」


ジーナ「な、なんだよ?」

マウロ「もし良ければ、此処に居て下さい」

ジーナ「!!」



マウロ「貴方がいると……その、私も嬉しいですから」

ジーナ「そっ、そうか。仕方ねー奴だな」

ジーナ「じゃあそういう事だから、これからよろしくな」

マウロ「えっ、ええ、此方こそ」


ジーナ「……つーかさ、後任者の話しはどうなった?」

マウロ「無理を言って何とか取り下げて貰いました」

ジーナ「そうか、良かったぁ……」ホッ


マウロ「病気も治りま

グイッ…ギュッ

ジーナ「おい、どこにも行くなよ……」ポスッ


マウロ「あっ、いやその……はい」

ギュッ…

ジーナ「あっ…///」

マウロ「私は、何処にも行きません」

カル「(……神父さん、ジーナさん。良かった……)」


カル「(とりあえず、もう少し寝よう)」

ーーー
ーー


カル「んーっ、寝たなぁ」

あ、夜になってる。月が真ん丸だ。

マウロさんやジーナさんは、もう休んでるのかな。

カル「いててっ…」


やっぱり、まだ所々痛む。

だけど、どういうわけか右目が見える。

全然見えなかった筈なのに……


カル「……火傷も治ってるし」

何日寝てたんだ? 俺の体はどうなってる?

人間でも精霊でもない存在感だっけ?

何だか、ちょっと怖いな。


カル「まっ、考えたって仕方無いか」

そう言えば、俺は炎の事とか何にも知らないな。

神父さんなら何か知ってるかもしれない。

でも夜も遅いし明日にした方が良いよな。

寝てたら悪いし……


カル「…………」


駄目だ。

目が冴えて寝れそうに無い。

少し外でも歩いてこようかな。

町の様子も気になる。

どうせ布団に入ってても色々考えるだけだろうし。


カル「あれ? この着物……」

これ呉服屋に売った筈なのに、なんで此処に?

何だろ、他にも色々置いてある。


果物に野菜、花飾りに手紙……

後は折り鶴と、似顔絵か?


これ、子供達が書いてくれたのか。

うわぁ、めちゃくちゃ嬉しいな。明日、お礼言わないと。

カル「さて、着替えるか」

お、やっぱり着心地が違うな。


明日になったら、呉服屋の店主さんにも会いに行かないとな。

ーーー
ーー


篝火の町・広場

カル「……やっぱり広場が一番酷いな」

着替えを済ませて部屋を出ると、聖堂には沢山の人がいた。

しんと静まり返っていて、皆疲れて寝ているようだった。


きっと住まいを失った人、傷を負った人達だろう。

教会の子供達は聖堂の一画で寄り添って寝ていた。

その中には、親を失ったであろう子供も……


カル「傷付いたのは、町だけじゃない」

家が直って町並みが蘇っても、失われた命は戻らない。

爺ちゃん……爺ちゃんに会いたい。


ーー泣き声を言うな。お前がするべき事はなんじゃ?


とか言われそうだけど、やっぱり悲しいよ。

もっと色々な話しを聞きたかった。


カル「仲間か、どこにいるんだろうな……」

スタスタ…

カル「あっ、いたいた」

カル「(あれ?模様がなくなってるな。まあいいや)」

白月「ブルッ…ブルルッ」スリスリ


カル「よしよし、元気だったか?」ポンッ


白月「ブルッ…」スリスリ

カル「あの時、お前がいたから何とか出来たんだ……」

カル「本当にありがとう」ナデナデ

白月「ブルルッ…」

カル「月明かりもあるし、少しだけ外走るか」タンッ


カカッ…カカッ…


兵士「あ、おい。こんな夜更けに何処へ行く」

カル「あっ、すいません。目が冴えて、何だか眠れなくて」

兵士「ん? もしかして君がカルか?」

カル「あれ、何で名前を?」


兵士「町は君の話題で持ちきりだ。知らない者などいないさ」

カル「そうなんですか? 何だか照れますね」

兵士「目が覚めたようで何よりだ。皆が君を心配している」


カル「今は皆寝てますから、朝になったら顔出しますよ」ニコッ

兵士「そうか。ところで、体はもう大丈夫なのか?」

カル「はい。もう大丈夫です!!」


兵士「(まさかこんな爽やかな青年だったとはな、もっと猛々しい男かと思っていた)」



カル「あの、どうしました?」

兵士「あぁ、想像と違ったものでな。ところで何処へ行くつもりだ?」

カル「ちょっと外を見て来ようかと。駄目ですかね?」


兵士「ああ、駄目だ」

カル「うっ…すぐに帰って来ますから。お願いします」

兵士「そんな顔しても駄目だ」


兵士「君に何かあったら何を言われるか分からない」

カル「じゃあ五分、五分で帰って来ますから」

兵士「……五分だな」


カル「はいっ、五分です」


兵士「はぁ…分かったよ」

カル「いいんですか?」

兵士「行くなら早く行ってこい。だが五分で帰って来なければ……」


カル「こっ、来なければ?」

兵士「町中は大騒ぎ。その後に君の捜索が始まるだろう」


カル「えっ」

兵士「じゃあ、今から数えるからな」

カル「い、行って来ますっ」ガッ


ガガッ…ガガガッ…


兵士「……まだ子供、か」


【勇往邁進】

ーー草原

カル「……こっちからだ」

町を出る前から感じていた気配が、強くなってきた。

何かが俺を呼んでるような、そんな気がする。

黒水晶の怪物と相対した時のような嫌な感じはしない。

気のせいなのか?


カル「この辺のはず、なんだけどな」


やっぱり気のせいか?

早いとこ帰らないと兵士さんも心配するし、帰るか。

カル「白月、また今度走ろうな」


白月「ブルッ………」

白月もまだ満足してなさそうだけど仕方無い。

今日はこの辺で我慢しよう。

本当に捜索が開始されたら大変だし、迷惑は掛けられないし。


白月「ブルッ…ブルルッ!!」

カル「どうした……!?」


あれは町を襲った猪……

月明かりで照らされた猪の躰は、傷だらけだった。

あの時の黒い蔦が、まだ絡まっている。


あれが猪を傷付けてるのか?

黒水晶を取り除いても蔦は消えなかったのか……

炎猪「ブゴ…」

歩くたびに膝を突きそうだ。

あれだと、いつ倒れてもおかしくない。


この猪が妙な気配の正体?

まさかまた町を襲うつもりだったのか?

でも、敵意は感じないな。


炎猪「ブガッ…」ドスン

カル「何でこんな所に……白月、ちょっと待っててくれ」タンッ


倒れままで、ずっと俺の目を見つめてる。

本当にこいつが俺を呼んでいたのかもしれない。

戦う力はなさそうだけど、油断は出来ない。

まだ炎を使えるのか試して無いけど、今なら剣で何とか出来る。


『お前の手で、終わらせて欲しい』



カル「猪が、喋った…」

炎猪『喋ってはいない。お前の心に語り掛けている』

カル「……そんなの」


炎猪『信じられぬか、ならば今から起きて見せよう』ググッ

カル「……ほ、本当に起き上がった」


炎猪『信じたか?』

カル「……分かった、信じるよ」

炎猪『それは助かる』

カル「でも、何で俺に?」

炎猪『お前は救ってくれた』


炎猪『何より、他の人間に討たれるのは我慢ならん』


カル「……俺も、一つ聞きたい事がある」

炎猪『何だ』

カル「化け物に変えたのは誰なんだ?」

炎猪『それが分からんのだ。気付けば暴れていたからな』


カル「そっか……」


炎猪『お前が止めなければ町を破壊し尽くしていた。礼を言う』

カル「お礼なんて、いいよ……」

炎猪『……頼みがある』

カル「………」


炎猪『このまま命尽きる前に、お前の手で止めを刺してくれ』


カル「……一つ、訊きたい事がある」

炎猪『何だ』

カル「化け物に変えたのは誰なんだ?」

炎猪『それが分からんのだ。気付けば暴れていた』


カル「そっか……」


炎猪『お前が止めなければ町を破壊し尽くしていた。礼を言う』

カル「お礼なんて、いいよ……」

炎猪『……頼む』


炎猪『このまま命尽きる前に、お前の手で止めを刺してくれ』


カル「……分かった」

炎猪『お前のような、勇敢な人間に出逢えて良かった』

炎猪『さあ、終わらせてくれ』

カル「………」ズッ


ザンッ……ボッ…ゴォォォ…


カル「炎……失ったわけじゃなかったのか?」

手を伝って剣から発した炎は、あっと言う間に猪を包み込んだ。


どす黒い蔦は一緒にして焼失。

猪も炎に呑まれ、間もなく消え失せた。

猪がいたその場所に、炎だけが残っている。

炎は勢いを増し膨れ上がる。


炎は少しずつ

何かの形を成してゆく……

カル「これは……」

うねり、練られ、膨れ上がった炎が凝縮してゆく。

それは、猪の姿を模しているかのように見えた。


カル「なっ、なんだこれ?」


燃え盛る炎は完全に猪の姿を取った。

揺らめく炎が輝いている。

猪(炎)はゆっくりとした足取りで俺に近付いて来た。

怖ろしさは全く感じない。


それは気高く、神聖な獣。

これが黒水晶を埋め込まれる以前の、本来の姿だったのかもしれない。

巨躯で、堂々と森の中を歩く姿が目に浮かぶ。

風格というか威厳というか……

どこぞの森の主だったのかもしれないな。


炎猪『………』ゴッ


カル「うわっ!!」

視線が重なった瞬間、光の渦が俺を包み込む。

そしてその直後。

俺の両脚に巻き付くようにして内側へと沈んでいった。


カル「な、何だったんだ、今の……」


医師「なあマウロ、本当にコイツが化け物を倒したのか?」

マウロ「ええ、まだあどけなさが残る青年ですが、彼に間違いです」

医師「全く、あんな火傷を負った癖に幸せそうな顔して寝てやがる」


マウロ「……彼は、そういう人なんですよ」


医師「話しは変わるが、町を襲った化け物。あれは猪らしいな」

マウロ「ええ、あの子に聞きました」

医師「その猪だが、まだ見つかってないそうだ」

マウロ「……もう町には来ないと思いますが」

医師「コイツが持っていた黒水晶、それが猪を凶暴化させた」


医師「そう言ってたな」


>>144>>145の間が抜けていました。


医師「なあマウロ、本当にコイツが化け物を倒したのか?」

マウロ「ええ、まだあどけなさが残る青年ですが、彼に間違いです」

医師「全く、あんな火傷を負った癖に幸せそうな顔して寝てやがる」


マウロ「……彼は、そういう人なんですよ」


医師「話しは変わるが町を襲った化け物。あれは猪らしいな」

マウロ「ええ、あの子に聞きました」

医師「その猪だが、まだ見つかってないそうだ」

マウロ「……もう町には来ないと思いますが」

医師「コイツが持っていた黒水晶、それが猪を凶暴化させた」


医師「そう言ってたな」

>>170の続き
ーーー
ーー


兵士「五分だったよな?」

カル「いやぁ、すいません。ちょっと色々ありまして」

兵士「はぁ、ちょっと色々って何だ?」


カル「えーっと、知り合い? と話してました」


兵士「なる程なる程」

兵士「それで? その知り合いは一緒じゃないのか?」

カル「それが、挨拶くらいしか出来なくて」

兵士「ほぉー」

カル「……あの、知り合いから聞いた話しなんですけど」


兵士「(雰囲気が変わった? 何故そんな顔を……)」



カル「炎を吐く、猪の亡骸を見つけたって」

兵士「なに!! それは本当か!? 」

兵士「近隣の町の兵士と協力して捜索しても見つからなかったんだぞ?」

カル「……本当です。さっき、亡骸を燃やしましたから」


兵士「燃やしただって? この短時間でか?」

カル「兵士さん、俺の掌を見て下さい」グッ

……ボウッ

兵士「なっ!?」

カル「……これで、燃やしました」

兵士「その炎は何だ。奇術、ではないよな?」


カル「炎を司る者」



兵士「なに?」

カル「神父さんは、俺をそう言ってました」

兵士「精霊と四戦士だったか?昔話しの?」

カル「はい。どういう仕組みなのか全然分からないですけど、そうらしいです」


兵士「待て待て、何だか頭が痛くなってきた」

カル「いやいや、そんなに深く考えなくても」


兵士「あのなぁ…分からない事が怖く無いのか?」

カル「うーん、ちょっとは不安ですけど、大丈夫です!!」

カル「それより兵士さん。疲れてませんか?」

兵士「あ、ああ。この町の兵士の殆どが化け物にやられたからな」


兵士「あの化け物がまた来るとも限らんし、ずっと見張り通しだった」

カル「じゃあ代わります、兵士さんは休んで下さい」

兵士「は?」


カル「どうせ眠れないし。俺は夜が明けたら教会に戻りますから」

カル「その時まで戻ってくれれば」

兵士「あのなぁ、お前だって起きたばかりだろうが。そんな事させられるか」クラッ


ガシッ


兵士「す、済まないな。だが任せるわけには」

カル「無理しちゃ駄目ですよ。俺なら、大丈夫ですから」

兵士「……分かった」


兵士「何かあったらすぐに呼ぶんだぞ。いいな?」



カル「はい、任せて下さい。白月もいるし、なっ?」

白月「ブルッ!!」

兵士「(着物も性格も、本当におかしな奴だ……)」

カル「……?」


兵士「(おかしな奴だが、皆に好かれているのも分かる気がする)」

兵士「なるべく早く戻る」


カル「ゆっくり休んで下さい。じゃあ、また明日」

兵士「ハァ…ああ、また明日な」ザッ

カル「(やっぱり町の皆も疲れてるんだ……)」

カル「明日から、何か手伝わないと」


暇だし剣でも振ろう。

最近めっきり握ってなかったし。

カル「ふっ!!」

剣を振るのなんて随分久しぶりだ。


あれから、まだそんなに時間は経ってないのに……

色々あったからなぁ……

いや、ありすぎたくらいだ。


誰かと戦うとかじゃなく、思うままに体を動かすのはいいな。

素振りして、型を確認して、同じ軌跡をなぞる。

何だか稽古してた頃が妙に懐かしく感じるなぁ。


ーー里の皆、元気かな。



カル「ふーっ…よしっ、良い感じだ」

白月「ブルッ…」コツン

カル「ん? どうした?」


あっ、いつの間にか空が白んでる。

夢中になってたから全然気付かなかった。

カル「一緒に見ようか」

白月「ブルルッ」


もうすぐ日が昇って夜が明ける。

兵士さんの様子からして、町の皆も疲れてるんだろうな。

瓦礫の撤去に修繕、怪我人の手当て……

沢山あるんだろうな……


カル「……暗闇の妖精は、何が目的なんだろう」

それを確かめる為にも、精霊について知らなきゃ駄目だよな。

仲間がいれば頼もしいだろう。

けど、俺が足を引っ張ってちゃあ意味がないし……


カル「白月、日の出だぞ。綺麗だなぁ」ナデナデ

白月「…ブルル…」


まあ焦っても仕方がないし、少しずつでも進んで行くしかないか。

暗闇の妖精を倒さない限り、こんな事が起き続けるだろう。

他の場所にも奴等が現れたら……

兵士「どうした? 難しい顔して」

カル「あ、兵士さん。おはようございます!!」


兵士「あ、ああ。おはよう」

カル「どうです? 眠れましたか?」

兵士「お陰様でな。どうだ?」


カル「はい?」

兵士「この町だよ」


カル「好きですよ?町並みも、住んでる人達も……」

兵士「俺もこの町が好きだ。だから、守りたいと思ってる」

カル「あのっ、すいません。俺がもう少し早く」


兵士「違う。俺が言いたいのは、そういう事じゃない」


カル「えっ?」

兵士「お前は何の為に戦ったんだ?」

兵士「この町の人間でも無いのに何故?」

カル「………」


兵士「いや、済まない。そういうつもりじゃあないんだ」

兵士「何だか、少し気になってな」

カル「……多分、戦うのが嫌いだからだと思います」


兵士「 戦うのが嫌い?なら何故戦う?」

兵士「炎の力を持つ者としての責任からか?」

カル「うーん、何て言うのかな」


カル「嫌いな事だから、人に任せちゃいけない気がするんです」


兵士「………」

カル「それに、爺ちゃんに『俺が戦う』って言っちゃいましたから」

カル「その為に村を出たんだし。最後まで、やるつもりです」

兵士「……そうか」


カル「あっ、そろそろ教会に戻ります。白月の事、頼みます」ダッ

兵士「あ、ああ分かった。白月って言うのか」チラッ

白月「……ブルル…」


兵士「白月、お前は良い主人を見つけたな」

白月「ブルルッ!!」

兵士「(最後までか。全く、呆れるほどに……)」


兵士「全く、呆れるほどに良い奴だよ。お前は……」


ーーー
ーー


篝火教会

カル「あ、神父さん。おはようございます」

マウロ「……カルさん、一体何処へ行っていたのですか?」

カル「あ、いや。夜更けに目が覚めて、それで眠れなくて散歩に」

マウロ「それなら何故声を掛けて下さらなかったです?」


カル「寝てたら悪かなーと……」

マウロ「全く貴方って人は……」ハァ


マウロ「子供達もジーナさんも心配しています」

カル「えっ、みんな早起きなんですね」

マウロ「……もう、いいです。それより、カルさん」

カル「分かってます。黒水晶の事ですよね?」


マウロ「ええ」

マウロ「黒水晶は私の部屋に保管してあります」

カル「じゃあ早速壊さないと。あの、神父さん」

マウロ「何でしょう?」


カル「黒水晶を壊したら、
   精霊の事で訊きたい事があるんですけど、大丈夫ですか?」


マウロ「ええ、分かりました」

マウロ「私が知り得る範囲で良ければ、ですが」

カル「お願いします」

マウロ「では、中へ入りましょう」


カル「じゃあ、早速やってみます」

ゴォッ…ビシッ…バキィン

カル「ふうっ、何か異常はありまんでしたか?」

マウロ「ええ。触らない限り影響は無いものと見ていいでしょう」

カル「でも、危険な物には変わりない」


マウロ「そうですね……」


マウロ「ですが、まさか動物にまで黒水晶を使うとは……」

カル「俺もびっくりしましたよ。急に炎が出なくなっちゃうし」

マウロ「……今、何と仰いました?」

カル「いや、炎が出なかったんですよ。ちっとも少しも一切」ウン


マウロ「では生身で戦ったと!?」



カル「対峙してから気付いたんで……すいません」

マウロ「何て無茶なことを……」

カル「でもまあ、白月がいたんで何とか勝てました!!」グッ

マウロ「まさか生身で戦っていたとは……」


マウロ「ですが医師に『重度の火傷』」


マウロ「そう聞いた時から、おかしいとは思ってはいたんです」

カル「何をですか?」

マウロ「言いましたよね。貴方は炎を司る者だと」

カル「ああ、はい。確か浄火を何とかって」


マウロ「そうです。穢れを焼き払うとも言いました」


カル「ああ、そう言えばそうですね」

マウロ「それは炎すら例外では無いのですよ」

カル「えっ、それって炎が炎を焼くって事ですか?」


マウロ「いえ、そうではなく……」

ゴソゴソ…

カル「……?」

マウロ「確か……ありました。この一文です」


マウロ「汝、清らかなる心あらば、黒き炎もまた、浄火とならん」


カル「えーっと、それってどういう意味ですか?」

マウロ「貴方の心が清らかであれば、黒い炎すら浄火に変わる」

マウロ「と言ったところでしょうか。この本によれば、ですが」


カル「なるほど……」

カル「じゃあ、あの猪の炎も自分の炎に出来た?」

マウロ「そういう事になります」

カル「あの、質問があるんですけど」

マウロ「何でしょう?」


カル「俺と戦った武芸者は、雨を氷に変えて攻撃してきました」


マウロ「その理由は単純です」

マウロ「それぞれ四つの力を司る者は、それを自由に出来る」

カル「なら奴は、水を変化させた?」

マウロ「そうかもしれません」


マウロ「もしくは『そういった方法』でしか攻撃出来なかった」

カル「出来なかった?」

マウロ「そうです。あくまで仮説ですが……」

カル「お願いします」


マウロ「純粋に精霊の力を持つ者ではないから、攻撃方法が一つしかない」


マウロ「もし黒水晶が精霊の力と同等の力を持っていたとしたら……」

マウロ「一つの攻撃方法しかないというのはおかしい」

マウロ「あくまで、黒水晶は妖精の力。その一欠片に過ぎないということです」

カル「……なるほど」


マウロ「勿論、それでも危険な代物に違いはないですが」



カル「神父さん、俺はどうなんですか?」

マウロ「貴方は、火の精霊の力を持っています」

マウロ「故に、存在する『全ての炎』を意のままに出来る……」

マウロ「という事になります」


カル「でも、猪と戦った時は炎が出ませんでした……」

マウロ「それはきっと『知らなかった』からでしょう」


カル「……それはどういう?」

マウロ「自分にどういった力があるのか……」

マウロ「簡単に言えば力の使い方、というものでしょうか」


カル「使い方……」


マウロ「ええ、もし相手の炎を我が物に出来ると知っていたら」

カル「……はい、あんな戦いにはならなかったと思います」

カル「あっ!!」

マウロ「どうしました?」


カル「白月に『炎の模様』みたいなのが浮かんだんですけど……」


カル「あれは何なんですかね?」

カル「俺自身は炎を使えなかったんですけど……」

マウロ「もしかしたら『与えた』のかもしれませんね」

カル「それは『俺が』ですよね?」


マウロ「ええ、それ以外には考えられません」


マウロ「詳しい理由……」

マウロ「『どうやって与えた』か、までは私も分かりませんが……」

カル「いえ、助かります」

カル「でも、そんなに凄い力だったんですね……」


マウロ「確かに凄まじい力です。扱う者すら怖れる程でしょうね」


カル「………」

マウロ「きっと、嘗ての彼等は強い精神を持っていたのでしょう」

カル「!!」


カル「(そうか、だから爺ちゃんは心を曇らせるなって言ったのか )」



マウロ「どうしました?」

カル「あっ、いや。何でもないです」

マウロ「……?」

カル「確かにそれを知っていたら、苦戦せずに済んだかもしれないです」


カル「でもあの時、どんなに『呼んでも』炎は出なかった」


マウロ「……それなんですが、一つ心当たりがあります」

カル「えっ」

マウロ「カルさん。貴方は黒水晶の首飾り、その中の蛭を焼いた」

カル「あぁ、そういえば。色、赤くなっちゃいましたね」


マウロ「そこです」



カル「はい?」

マウロ「貴方は首飾りを浄化したと同時に『ある物』を生み出したのですよ」

カル「生み出した? 何をですか?」


マウロ「精霊石です」

カル「ははっ、そんなまさか」

マウロ「私は本気です」


カル「あの、神父さん?」

マウロ「精霊石は様々な恩恵をもたらす物」

カル「(そういえば爺ちゃんの聞かせてくれた昔話しに、そんなのがあったな)」

マウロ「事実。これを身に付けた直後、私の病は失せた」


マウロ「精霊石を生み出したが故に、一時的に力を失ったのではないかと思われます」

マウロ「精霊の力が一時的にでも枯渇する。となれば、それしか考えられません……」

マウロ「私は、貴方に詫びなければなりませんね」


カル「別にいいじゃないですか」

マウロ「えっ?」


カル「だって神父さんの病気は治ったんですから」ニコッ

マウロ「(全く……本当にこの人には敵いませんね)

マウロ「(まだ短い付き合いだというのに、何度その笑顔に救われたことか )」

カル「だから、俺は大丈夫です!!」


マウロ「カルさん……ありがとうございます」


カル「いやいや、俺も色々教えて貰って助かってますから」

マウロ「……後一つ、それと同じく証明された事があります」

カル「証明?」


マウロ「貴方が、真に炎を司る者だという事です」

カル「いや、まあ。確かに炎は使えますけど」


マウロ「いいですか? 貴方が生み出したのは『精霊石』です」

カル「あ、はい」

マウロ「精霊石は、精霊が人間に友情の証として授けた物」

マウロ「つまり『精霊にしか』生み出す事は出来ない」


カル「あの、俺は人間ですけど……」



マウロ「四戦士の昔話しはご存知でしたよね?」

カル「ああ、はい。爺ちゃんに何度も聞かされましたから」

マウロ「その昔話しには、こうあります」

マウロ「精霊は四人の若者に自らの力、その全てを与えた」


マウロ「いのちとひきかえに、と」


カル「あぁ!! 知ってます知ってます!!」

マウロ「それにより四人の若者は精霊と同等」

マウロ「もしくは、それ以上の存在になったと考えられます」

マウロ「恐らく貴方は、その力を授かった」


カル「多分、それは違います……」



マウロ「ですが失うはずだった視力が蘇り……」

マウロ「死に至る火傷が五日で治癒しているんですよ? 」

マウロ「これを精霊の加護と言わずに」


カル「神父さん、落ち着いて下さい」

マウロ「も、申し訳ありません」

カル「違うって言ったのは、そういう事じゃないんです」


カル「この力については、神父さんの言う通りだと思います」

マウロ「 では、一体何が違うと?」

カル「何となく、受け継いだって言う方が正しい気がして」

マウロ「受け継いだ……」

カル「……あの時、爺ちゃんが炎になったんです」


カル「その炎は俺を優しく包んで、溶け込んだような気がします」


マウロ「(そうか…カルさんは、お祖父様を……)」

マウロ「すいません。貴方の気も知らず、嬉々として語ってしまって」

カル「大丈夫、謝る事なんて無いですよ」

マウロ「いや、しかし」


カル「だって俺、凄く嬉しいですから」

マウロ「苦しくはないのですか?」


マウロ「私が言うのも……変な話しですが」

カル「ははっ、苦しいなんて言ったら爺ちゃんに叱られますよ」

カル「確かに色々な事が分かって少し混乱してます。だけど……」

マウロ「……?」


カル「簡単な話し」

カル「爺ちゃんは俺の中に存在して、もの凄い力を与えてくれるんですよね?」

マウロ「ま、まあ。そういう事になります」


カル「俺、それが嬉しいんです」


カル「だから俺、これからはもっと頑張れる気がします!!」

マウロ「(辛い筈だ、苦しい筈だ)」

マウロ「(それなのに、彼は決して笑顔を絶やさない)」

マウロ「私も嬉しいです」

カル「えっ? 何がですか?」

マウロ「貴方のような人と出逢えた事が、ですよ」


カル「そうですか?」

カル「いやー、面と向かって言われると照れますね」

マウロ「(炎を使えなくとも彼には強い意志がある。だから猪と戦えたのだ)」

マウロ「(そして笑顔という……人を幸せにする力がある)」


カル「あっ、そうだった」

マウロ「どうしました?」


カル「その本に、暗闇の妖精について何か書いてませんか?」

カル「どんな奴だとか。それと、食い止める方法とか」

マウロ「……ではまず、暗闇の妖精が生まれた理由からですが」


マウロ「精霊達は人間への罰として、精霊石の力を封じた」


カル「その所為で、空は真っ暗になるんですよね?」

マウロ「ええそうです」

マウロ「暗闇の妖精は、その時に生まれたのではないか、と記されています 」


カル「じゃあ、精霊石の力を封じなかったら……」

マウロ「もしくは人間が精霊達への感謝を忘れなければ……」


カル「暗闇の妖精が生まれる事はなかった」

マウロ「そうなります」

カル「何だか寂しい話しですね」

マウロ「自分達の力だけで生きている。そう思ったのかもしれません」

マウロ「精霊が存在していた時代は、現在よりも遥かに発達していたようです」


カル「(兵器だか何だかを造っちゃうくらいだもんな……)」

カル「(どんな世界だったんだろう? ちょっと気になるけど、今はいいや)」


マウロ「カルさん?」

カル「あっ、すいません。続けて下さい」

マウロ「暗闇の妖精も、精霊と同じように凄まじい力を使えたようです」

カル「それは、どんな力ですか?」

マウロ「黒き雷や黒き炎などの禍々しい力、分体…他にも様々ありますが……」


マウロ「真に恐ろしいのは、人々の暗部を増長させる事です」


カル「だから戦っても戦っても、戦争が終わらなかった」

マウロ「ええ。その力は、暗闇の妖精を討つまで続いたようです」

カル「……倒す方法とかって、書いてありますか?」

マウロ「倒す術に関しては、四人が協力して倒した……」


マウロ「としか、記されていません」


カル「(だったら、早く仲間を探さないと……)」

カル「(でも、この町の人達はどうする? 何もせずに立ち去るのか?) 」

マウロ「カルさん、これを」スッ

カル「えっ? それって子供達に貰った大事な物なんじゃ」

マウロ「この首飾りは、今や『精霊石』です。貴方が持っていた方が」


カル「精霊石……あ、そうだ!!」

マウロ「カルさん? どうかしました?」

カル「それ、神父さんが持ってて下さい」


カル「精霊石には、色々な力があるんですよね?」

マウロ「ええ、そうですが。それが?」

カル「病気を治したんだったら、怪我だって治せる筈です」


マウロ「確かに可能でしょうが、私に扱えるかどうか……」


カル「大丈夫ですよ」

カル「それに神父さんの方が俺より詳しいし」ニコッ

マウロ「あの、何故そう断言出来るか訊いても?」

カル「神父さんがいい人だからです」

マウロ「はぁ…それでは答えになっていませんよ……」


カル「ははっ、確かにそうですね。でも一応、作った本人ですから」

マウロ「では、私が使えない場合はお渡しします。それで宜しいですね?」

カル「はい。そんな事にはならないと思いますけど」ニコッ


マウロ「では早速試してみます。かなり気が引けますが……」

カル「神父さんなら絶対使えますよ。俺、外のベンチで待ってますから」

マウロ「分かりました。ではまた」

ガチャ…パタン

カル「んーっ、何だか疲れた。こういうの慣れてないからなぁ」

カル「外で少し休もう……」

ガチャ…パタン

少し休みます


【心の結び方】

カル「(色々分かったのはいいけど、奴等がどこに出るのか分からない) 」

カル「(そうなると、どうしても後手になっちゃうんだよなぁ……)」

カル「未然に防げれば、それが一番良いんだけど」

ズズズズズ……

カル「(何だ? 地面が盛り上がって……)」

ボゴンッ

カル「岩?」

ゴゴゴゴッ

カル「来るっ!!」チャキ

バゴッ…パラパラ……


少女「やっほう!!」


カル「……は?」

少女「やっと着いたー!!」


カル「(なんか、小麦色の健康的な子が出てきた)」

カル「(黒水晶はないし嫌な気配もないけど……)」

少女「どうした? ソニャのことじろじろ見て」

カル「あの、君は誰かな?」


ソニャ「えっ!? ソニャのこと分かんないか?」

カル「ごめん。全然分かんない」


ソニャ「えぇー、ソニャには分かるんだがな……」

ソニャ「とにかく、オマエの仲間だ。土、土が使える!! 」

カル「へー、こんな小さいのに」ポンッ

ソニャ「やっぱりソニャは偉いな?」

カル「うん、偉い偉い」ナデナデ


カル「(……子供がいたら、こんな気持ちになるのかな)」

カル「…っていうか、本当に土の力を使えるの?」


ソニャ「今見たろ? もしかして信じないか?」

カル「いや、突然の事だったから」

ソニャ「びっくりしたか?」


カル「あ、うん。凄いびっくりしたよ」

ソニャ「あははっ、そっか」


カル「…………」

ソニャ「…………」ニコニコ

カル「えーっと、君はどうやって力を?」

ソニャ「ん?」

カル「力を受け継いだんじゃないの?」


ソニャ「分かんない」

ソニャ「気付いたら使えた。ソニャの場合」ウン

カル「気付いたら……」


ソニャ「うん。なんか水を使う悪いヤツが森に来た」

カル「水か……」


ソニャ「そいつ、すっごく嫌な奴で、追い出そうとしたら」

カル「したら?」

ソニャ「土とか木が守ってくれて、それから、ぶっ飛ばした」

カル「その人はどうなった?」


ソニャ「ぐだけちった」



カル「あの、訊いてもいい?」

ソニャ「いいぞ? どんとこい!!」

カル「何で俺の居場所が分かったの?」

ソニャ「土から、ぶわっ!! て伝わってきた」

カル「えっ、何が?」

ソニャ「いい奴がいるのはこっち。って」ニコニコ


カル「(そんな簡単に分かるものなのか? 俺は何も感じなかったけど)」


マウロ「カルさん、お待たせしました。おや、その子は?」

カル「よく分からないですけど、俺を捜してたみたいです」

マウロ「あの、その子は何処から?」

カル「えっと、土の中から?」

マウロ「……取り敢えず、中で話しましょう」

ソニャ「ほう、ものわかりがいいな?」


カル「……行きましょう」

マウロ「……そうですね」

ーーー
ーー


ソニャ「むにゃ…」スピー

マウロ「この子の話しからすると、土の国から来たようですね」

カル「……森に住む民族で、森を守る為に戦ったとか言ってましたけど」

マウロ「そのようです。しかし詳しい経緯は分かりませんでしたね」


マウロ「ですが暗闇の妖精や精霊。そういった知識はあるようです」


カル「実際、俺より詳しかったです。もしかしたら、そういう部族なのかも」

マウロ「ええ、先程の会話からして精霊への信仰心が強いようでした」

マウロ「服装もかなり独特なものですし、恐らくそうなのでしょう」

ソニャ「……スゥ…ぬぅ…」


カル「神父さん、やっぱりこの子が?」


マウロ「ええ、土を司る者に間違い無いでしょう」

カル「……それを証明する為だけに、一瞬で俺の像を造り出しましたからね」

マウロ「力の使い方に慣れているようです。しかし幼い……」

カル「………」

マウロ「カルさん?」


カル「あ、すいません。神父さんは精霊石を使えたんですよね?」


マウロ「確かに扱うことは出来ました。物が物だけに、素直には喜べませんが」

カル「それ、よろしくお願いします。町に役立てて下さい」

マウロ「……本当に私で良いのですか?」

マウロ「国王のような御方に渡した方が良いのでは?」


カル「んー、その方が皆の為になるなら、そうすると思います」



マウロ「分かりました」

マウロ「でしたら、その時までお預かりします」

カル「お願いします……」スッ

マウロ「この子を置いて行くつもりですか?」

カル「まだ小さい子だし、出来ればそうしたかったんですけど」チラッ

ソニャ「!!…スゥ…スゥ…」ピクッ

カル「どうやら、そうも行かないみたいです」


マウロ「ふふっ、外見は幼くとも彼女は戦士です」


マウロ「貴方の探していた仲間には違いないと、私はそう思いますが?」

ソニャ「なかなかいいこと言った!!」ガバッ

カル「……戦士か」

カル「ソニャ、無理しない? 辛かったらちゃんと言う?」

ソニャ「無理しない!! ちゃんと言う!!」


ソニャ「絶対、カルと一緒に行く!!」

ーーー
ーー


マウロ「カルさん、もう夕方です」

マウロ「町を発つのは明日でも良かったのではありませんか?」

カル「折角仲間が来てくれたんだし、今日発ちます」

カル「それに……」


ソニャ『カル、早く行こーよー!! 白月も待ってるぞー!!』ブンブン


カル「ちょっと待って!!」

カル「本当はそうしたかったんですけど、ソニャが行くって言うから」ハァ

マウロ「(出逢って数時間足らず、最早兄妹のようだな……)」

カル「それに、他の場所も気になります」

カル「国の対応がまだ無いって事は
   黒水晶の被害が国王の耳に届いてないんだと思います」


マウロ「では、都を目指すと?」

カル「直接伝えれば対応も早まるし、他国の状況も聞きたいので」

マウロ「なる程。では、お気を付けて」


カル「はい。短い間でしたけど、沢山お世話になりました」


カル「本当にありがとうございす」

マウロ「此方こそ、町を救って頂きありがとうございます」

マウロ「町の皆を代表して、お礼申し上げま

ズンッ…ガララララッ…ズドンッ

カル「ソニャ!?何したの!?」

ソニャ『ガレキ邪魔だから、全部どかしてやった!!』


ソニャ『ソニャ、いい仕事したか!?』


カル「うん、ありがとう!!」

マウロ「いやはや、瓦礫まで撤去して頂けるとは……」

カル「ソニャ、あんなこと出来るのか。凄いなあ」

マウロ「彼女は土を司る者ですからね」

マウロ「力の扱いにも随分慣れてるようですし」


カル「……そうか!!」


マウロ「??」

カル「ソニャ、その瓦礫で家とか建て…作れる!?」

ソニャ『どんなのいい!?おっきいやつか!?』


カル「えーっと、普通のを沢山!!」


ソニャ『わかったー』

ゴゴッ…ズンッズンッズンッ…

ソニャ『こんなのでいいかー?』

カル「うん、いいよ!!」

マウロ「……実際に目の当たりにすると、声が出ませんね」


カル「何も手伝わないまま行くのは嫌だったんですけど……」

カル「ソニャが来てくれたおかげで本当に助かりました」

マウロ「助かったのは此方の方です。仮設だとしても十分有り難いですよ」


マウロ「家がないというのは、本当に辛いですから……」

カル「あの、両親を亡くした子は……」

マウロ「あの子達なら、私が責任を持って育てます」


マウロ「まだ心を開いてはくれませんが『大丈夫です』」


カル「!!」

カル「頑張って下さい!!俺、絶対また来ますから!!」

マウロ「ええ、お待ちしてます」

カル「あっ」

マウロ「何か?」


カル「呉服屋さんや食堂のおじさん、果物くれたおばさん」

カル「それと編み物くれた女の子に、また来ますって言って下さい」ニコッ


マウロ「ふふっ。はい、必ず」

カル「じゃあ、そろそろ行きます」


マウロ「あっ、ちょっとお待ち下さい。これを」スッ



カル「手紙? これは……」

マウロ「子供達からです」

マウロ「お兄さんに遊んでもらったお礼。だそうですよ? 」ニコッ


カル「……絶対大事にします」

ソニャ『カル、まだかー!? 日が暮れちゃうぞー!!』

カル「今行く!!」


カル「あの、神父さん。ちょっと…」

マウロ「はい? 何でしょう?」

カル「ジーナさんと、末永くお幸せに」ニコッ

マウロ「えっ、何故それを!?」

カル「じ、じゃあまたいつか!! 白月、急ぐぞ!!」ダッ


ソニャ『じゃあなー!!』ブンブン



マウロ「お気を付けて!! しかし、一体何に怯えて…」クルッ

ジーナ「あ、あの野郎、あの時起きてやがったな!!」

マウロ「まあまあ、いいじゃないですか」ニコッ

ジーナ「うっ///」

ジーナ「ほ、ほらっ、チビ達も待ってるし帰るぞ!!」グイッ

マウロ「そんなに急がなくても……」

ピタッ…

ジーナ「……あのさ。あいつ、また来るんだろ?」

マウロ「ええ、必ず来ると言ってましたから」

ジーナ「じゃあ、頑張らねえとな」

マウロ「そうですね。皆で乗り越えましょう」


ギュッ…


マウロ「……さあ、帰りましょう」

ジーナ「……おうっ」



カカッ…カカッ…


ソニャ「おー、白月は速いなー!!」

白月「ブルルッ!!」ガガッ

カル「ははっ、だろ? 里の馬よりずっと早いんだ」

ソニャ「へー、カルは何てとこに住んでた?」


カル「灯火の里って所、自然が沢山あっていい所だよ」

ソニャ「じゃあ、狩りとかするか?」


カル「うん。山菜採りとかもするかな」

ソニャ「おー、気が合うな。ソニャも森で狩りするぞ?」

ソニャ「みんなに巧いって言われる!! 凄いだろ?」


カル「よしっ、じゃあ今後一緒に狩りするか?」


ソニャ「するっ!! 約束だぞ? 絶対な?」

カル「ははっ、うん。って言うか、ソニャ」

ソニャ「なんだ?」


カル「何で俺の所に来たんだ? 他の二人の居場所は分からない?」

ソニャ「んー、一番はっきりしてたのがカルだった」


カル「はっきり?」

ソニャ「うん。一番優しくて、凄く温かい感じがした。それにな?」

カル「どうした?」

ソニャ「族長が『火を頼れ』って言ったんだ」


ソニャ「だから、一生懸命温かいの探した」



カル「ん?」

カル「 何で族長さんは火を頼れって言ったの?」

ソニャ「昔、炎使いが来て助けてくれたんだって」

ソニャ「だからじゃないか?」


カル「その時の炎使いはどんな人だったの? ちょっと気になる」


ソニャ「剣術武術は得意だったけど、狩りがド下手だったって言ってた!!」

ソニャ「だから助けて貰ったお礼に、わざわざ族長が教えてあげたんだって」

カル「何だか……うん。素敵な話しだね」

カル「あのさ、ソニャの部族は何て言う部族なの?」


ソニャ「ガウリ族!! みんなガウリが付く」



カル「じゃあ、ソニャ・ガウリ?」

ソニャ「うんっ、カルはガウリか?」

カル「違う違う。俺はカル・アドゥルっていうんだ」

ソニャ「おそろいと違ったかー」

カル「ははっ、ごめんな?」


ソニャ「あっ、そう言えば、族長は炎使いを好きになったんだ」


カル「えっ? 族長って女の人なの?」

ソニャ「昔っから族長は女だぞ? 一番強い女が族長になるんだ」

カル「じゃあ、その炎使いは強かったんだ?」

ソニャ「うんっ、今でも言うよ?」


ソニャ「『あの男こそ、我が夫に相応しかった』とかって」



カル「凄いな」

ソニャ「顔真っ赤にして言うんだ。もう婆ちゃんなのに」

カル「そんなに? まだ好きなの?」

ソニャ「うん。だから結婚してないとのうわさ」

ソニャ「ここだけの話しだからな?」

カル「へ、へー、そっか。それは凄いな……」

ソニャ「だからソニャは頼まれた。トクベツにんむ」ウン

カル「族長に? どんな頼み?(任務って……)」


ソニャ「炎使いを『ろうらく』にしろって言われたー」


カル「……意味、分かる?」

ソニャ「あははっ、全然わかんねー」


カル「(こんな子供に何てことを言うんだ。まあ、冗談だろうけど……) 」


カル「(冗談、だよな?)」

ソニャ「なあ、次の町まだかー?」

カル「もう少しで着くと思うよ。どうした?」

ソニャ「腹減った!! 眠いっ!!」

カル「ははっ、そっかそっか」


カル「俺も腹減ったけど、もう少しだけ我慢しような?」


ソニャ「……うん、分かった」

カル「やっぱり疲れた? ずっと移動してたんだもんな?」

ソニャ「ぬぅ、眠い……」

カル「(寝ちゃったのか?)」

カル「(さっき寝てたけど、まだ疲れてるんだろうな…)」


ソニャ「(カル、優しい。あったけー)」ギュッ


ーーー
ーー


炎陽の街

カル「やっと着いた。白月、お疲れ様」ポン

白月「ブルルッ……」

カル「しっかし、もう真っ暗だ。ソニャは……」

ソニャ「…んやっ…すぅ…すぅ…」

カル「寝てるか。やっぱり相当疲れてたんだな」

カル「よし、まずは白月を預けないと……」


カカッ…カカッ…


カル「じゃあ、白月をよろしくお願いします」

お婆さん「こんなボロ小屋で良いのかい?」

お婆さん「もっと上等な厩舎があっただろうに……」


カル「いやー、どういうわけか白月が嫌がっちゃって」

お婆さん「あらあら、こんなに大人しくて良い子なのにねえ」ナデ

白月「ブルッ……」スリスリ

カル「あのっ、お代」


お婆さん「ほほっ、お代なんて要らないよ」


カル「えっ、でも……」

お婆さん「ただ、この街に長く居るようなら……」ポン

白月「ブルルッ…」

お婆さん「この子が寂しがらないように、顔を見せに来なさいよ?」


カル「は、はいっ。ありがとうございますっ!!」


お婆さん「なあに、気にせんでいいよ」

お婆さん「それより、そんな大声出しちゃあ」

カル「あっ、そうだった……」

ソニャ「んー…すぅすぅ」ギュッ


お婆さん「そのお嬢ちゃんは、妹さんかい? 可愛いねえ」


カル「いやっ、はい。まあ、そんなもんです」

お婆さん「まだ小さいねえ、大事にするんだよ?」ニコッ

カル「はいっ。じゃあ、よろしくお願いします」ペコッ


お婆さん「(あんなに素直で礼儀正しい子、久しぶりに見たねえ……)」


カル「……宿屋はここで最後か。来るのが遅かったからなあ」

カル「でも、見るからに高級そうな宿屋だ……」

街並みも篝火の町とは全然違う。

お洒落っていうか建物も殆ど石造りだ。

いやー、凄いもんだな。


通りを歩く人も何だか全然違って見える。


これが都会ってやつか。

綺麗だけど何だか落ち着かないな……

家とかお洒落だし結構頑丈そうだ。

けど、やっぱり木造の方が俺は好きだな。


都会って、みんなこんな雰囲気なのか?


都はこれよりも凄いのか?

何だか都に行くのが怖くなってきたな。

ソニャ「すぅ…すぅ…ぬー」スピー

カル「まっ、いいや。取り敢えず部屋が空いてるか聞こう」


ガチャ…パタン


カル「うわっ、凄い。目がチカチカする」

ソニャ「うー…んわっ!? どこだ!?」

カル「あっ、起きちゃったか」

従業員「当ホテルへ、ようこそ」

カル「ほてる?」


従業員「ええ、ホテルですが?」


……クス…クスクスッ


カル「……?」

『ぷっ、宿屋。ですって』

『今時着物なんて、恥ずかしくないのかしら』

ザワザワ…

『汚い格好だな。よく来れたものだ』

『背中の子なんて泥だらけじゃない』

『こっちは食事中だってのに……』

『何してんだ? 早く追い出せ』


ソニャ「なんだ!! ソニャ達、悪いことしたか!?」



カル「怒っちゃ駄目だ。な?」

ソニャ「だってアイツ等、ソニャとカルを笑ったぞ? 嫌じゃないのか? 」

カル「ソニャ…」


ソニャ「うっ、分かった。我慢する」


従業員「す、済みませんが、部屋は全て埋まっていまして……」

カル「……そうですか、ありがとうございました」

従業員「あ、あのっ」

カル「はい?」

従業員「申し訳ありません」ペコッ


カル「大丈夫です。気にしなくていいですよ」


従業員「……(ハァ、何でウチのお客様は……)」

ソニャ「(カルだって嫌なはずなのに。アイツ等、嫌いだ)」ギュウッ


『とっとと出てけ田舎者』

『大体、あんな格好で金持ってんのか?』

『おい。あの娘の服、見てみろよ。山育ちかっつーの』

『あははっ、笑わせないでよ。もうっ』


キャハハハ…アハハ…


ソニャ「っ!! ガウリを馬鹿にした奴は誰だ!!」バッ

カル「ソニャ、駄目だ!!」ガシッ

ソニャ「カルっ、はなせっ!!」

カル「気にしちゃ駄目だ。行こう、ソニャ」


ソニャ「嫌だ!! ガウリを馬鹿にする奴は絶対許さない!!」


『おぉー怖い、まるで野獣だな』

『あんなのと一緒に泊まるなんて、考えらんない』

『さっさとつまみ出せ!!』

従業員「み、皆様!! 落ち着いて」

カル「 黙れ!! 」

…ビクッ……シーン

カル「望み通り出て行く。でも……」

ソニャ「(カル、怖い顔してる。さっきまで笑ってたのに……)」

カル「これ以上、仲間を侮辱するのは許さない」


『けっ、格好付けやがって」

『あははっ、許さない。だってさ』


カル「あなた達の服装がいくら綺麗でも……」

カル「人の大事な物を平気で馬鹿にして笑い物にする」

カル「そんなあなた達の心が、俺には醜く見える」

従業員「!!」


『ふんっ、さっさと出て行け』

『貧乏人が、何を偉そうに』

『全く、奴等の所為で料理が冷めちゃったよ』


カル「……ソニャ、もう行こう」スッ

ソニャ「あっ…うんっ!! ソニャは外でも大丈夫だ!!」ギュッ


ガチャ…バタン……



スタスタ…


カル「ソニャ、我慢してくれてありがとう」

ソニャ「腹立つけどなっ!! すっごくすっごく腹立つけど……」

カル「ん、どうした?」

ソニャ「カルが怒ってくれたから許してやった。とくべつになっ!!」


カル「そっか、特別か。頑張ったな」


ソニャ「まーな。でも、族長がこの話し聞いたら…」

カル「ん?どうなるんだ?」

ソニャ「族長なら、くびを持って来いと言うだろう」

ソニャ「きっと、おそらく…なっ?」ニコッ


カル「……そんなに怖い部族なの?」


ソニャ「家族をいじめたり馬鹿にされたら、ほーふくする」

ソニャ「そうしないと他の奴等がつけあがるからな」

カル「(縄張り争いみたいなものなのか? 家族、家族か……)」

ソニャ「どーした?」


カル「俺も爺ちゃんを馬鹿にされたら怒るだろうな。って思ってさ」


ソニャ「爺ちゃん?」

ソニャ「父ちゃん母ちゃんは? 後、婆ちゃんは?」

カル「両親は小さい頃に死んじゃったんだ」

ソニャ「…………」


カル「引き取って育ててくれた爺ちゃんも…」



ソニャ「カルっ、上を見ろ!!」

カル「えっ!?」

ソニャ「いいから見ろ!!」バシッ

カル「わ、分かった!!」


ソニャ「よし。今から、いいこと教えてやる」


カル「良い事?」

ソニャ「うん。いいか? 空には何が見える?」

カル「月と星?」

ソニャ「今は月じゃなくて星を見ろ!!月は、おいとく……」


カル「あ、うん。分かった(置いとくのか……)」


ソニャ「よし……」

ソニャ「いいか?星は死んだ人のタマシイなんだ」

ソニャ「タマシイは星になって、空でずーっと光ってる」

カル「へー、魂の光か」


ソニャ「それで、星になったタマシイは家族を見守っている」ウン


カル「!!」

ソニャ「だからカルの父ちゃんも母ちゃんも爺ちゃんも……」

ソニャ「みーんな」グイッ

カル「うわっ!?」


ソニャ「みーんな、カルを見てるぞ?」ニコッ



カル「……そっか、ありがとう。ソニャ」

ソニャ「へへっ、カルは知らなかったかー」

カル「うん。初めて聞いた」

ソニャ「もしかして、ソニャは物知りだったか?」

カル「ははっ、そうかもな」


ソニャ「……元気、出たか?」


カル「もう大丈夫」

カル「ソニャのお陰で、めちゃくちゃ元気になったから」ニコッ

ソニャ「よし、元気出たなら早く外に行こう」

カル「えっ、ご飯食べないのか? 店なら沢山あったけど」


ソニャ「ふんっ、どうせさっきみたいな奴等がいるに決まっている!!」


カル「(そりゃあ、あの後じゃ確かに嫌だよなぁ)」

カル「(出来れば美味しい料理を一緒に食べたかったけど)」チラッ

ソニャ「やはりくびを……」

カル「(……これじゃ無理だな)」


ソニャ「カル、早く外に行こう。そして狩りをする」


カル「今から!? ソニャ、疲れてるんだろ?」

ソニャ「うん、疲れてる。疲れているが、ソニャは餓えている……」グー

カル「はぁ…じゃあ、食べ物買って……?」

紳士「君達、少し宜しいかな?」


ソニャ「よろしくない。それにオマエ、ほてるにいたな?」



紳士「ああ、確かに居た」

ソニャ「なら話しはないな」フンッ

カル「ソニャ、怒らないで」

ソニャ「……ようけんを言え」


紳士「私はリカード・アルシェ。知っての通り君達を見ていた」


リカード「しかし声を掛ける機会を逃してしまってね」

カル「……俺達に何の用ですか?」

リカード「とても興味が湧いてね。単純に君達と話しがしたくなった」

ソニャ「また笑いにきたか!? 次は許さないぞ!!」

カル「ソニャ、少し落ち着け。なっ?」


ソニャ「……少しだけな」

リカード「私は決して君達を馬鹿にしに来たわけではない」

リカード「カル君、だったかな?」

カル「はい」


リカード「君の言葉が胸に刺さった。君達は美しい心を持っているね」


ソニャ「あたま大丈夫か?ヘンなの食ったか?」

カル「ソニャ、この人は大丈夫。ちょっと変だけど」

リカード「ふっ、それに素直だ」

カル「あ、すいません」

リカード「いいさ。実は私も、あの宿泊客達が気に入らない」


ソニャ「ほぅ、なかなか気が合うな」

リカード「カル君の言う通りだ。いくら着飾っても美しくない」

リカード「確かに服装は大事だが、やはり大切なのは内面だ」

カル「……リカードさん、俺達に何をさせたいんですか?」


リカード「君は察しがいいな。一つ、頼みたい」


ソニャ「なんだ?」

ソニャ「 ソニャは腹が減って大変なんだ。さっさと言え」

リカード「君達には是非、あのホテルに泊まって欲しい」

カル「無理ですよ。見ていたんでしょ?」

ソニャ「カル、もう行こう?」


ソニャ「アイツは駄目だ。あたまが、やられてる……な?」クイッ


カル「こらっ。あの、もう行きます」

リカード「少し時間をくれれば、豪華な料理を食べられるんだがな」

ソニャ「いいだろう、くわしく話せ」

カル「(リカードさんか。悪い人じゃなさそうだけど……)」

カル「分かりました」

リカード「では、来たまえ」


スタスタ…


カル「あの、ここは何の店ですか?」

ソニャ「ほてる、行かないのか?」

リカード「ホテルに行くのは、この店で準備した後だよ」

カル・ソニャ「準備?」


リカード「ああ、準備だ。さあ、中に入ろう」


ガチャ…パタン…



女店主「いらっしゃいま…あ、貴方は!!」

リカード「落ち着いて、今は客として来ているんだ」

女店主「すぅ…はぁ…(落ち着いて、落ち着いて……)」

ソニャ「あの女、どうしたんだ?」

カル「さ、さあ…」


女店主「こほん。お客様、何をお求めでしょうか?」


リカード「突然で悪いが、この二人に似合う服を見立てて欲しい」

リカード「それと、髪を整えて欲しい」

女店主「畏まりました。では、お二人共此方へどうぞ」


カル「えっ、ちょっと…」

ソニャ「なにをする?」

女店主「お着替えするだけです。皆も手伝って頂戴」


ゾロゾロ…

『『『はい!!』』』


カル「な、なんだぁ?」

ソニャ「あははっ、くすぐったい!! やめろー!!」バタバタ

ーーー
ーー


『『『出来ました』』』


女店主「ご苦労様。皆戻っていいわよ」

カル「な、なんか、窮屈だな」

ソニャ「なんだこれ、ひらひらしている」


リカード「カル君が着ているのはスーツと言う」

カル「すーつ? 」

カル「何だかぴっちりした服ですね。肩が凝りそうです」

リカード「ふむ、実に似合っている。結わえた髪もね」

ソニャ「なー、ソニャのはなんて服だ?」


リカード「ソニャ君が着ているのは、ドレスという」


リカード「やはり女性は化けるものだな……」

リカード「数年経てば世の男が放って置かないだろう」

ソニャ「どれす、か。なんか、わーっ!!ってなるな、これは」モジモジ


リカード「少しだけ我慢したまえ」


ソニャ「やぶきてーけど、我慢してやる」

カル「(リカードさんが凄い人なのは何となく分かるけど、一体……)」

リカード「無茶を聞いてくれてありがとう」

女店主「いえ、またのお越しをお待ちしております」ペコッ

リカード「では、失礼する」


ガチャ…パタン……


カル「リカードさん、何でここまで?」

ソニャ「うぬぬっ…」モジモジ

リカード「如何に美しい宝石を持ち、如何に素晴らしい服を着ても……」

リカード「何かが変わる事は無い。と、私は思う」


カル「それはどういう?」

リカード「高価な物を身に付ければ優れた人間になったと勘違いする者もいる」

リカード「あのホテルの宿泊客が、それだ」

カル「…………」


リカード「一方。田舎者だ野獣だと言われても、ホテルを去る君達は堂々としていた」


リカード「そう。君達に恥じる必要など一切無かった」

カル「でも、泊めては貰えませでした」

リカード「……近頃、ああいった宿泊施設が流行っているんだが」

リカード「礼儀のない宿泊客がいる為に、一般の方々は泊まりたくても泊まれないのだよ」


カル「それは、知りませんでした……」

ソニャ「くぬー、うぅ」モジモジ

リカード「これから様々な分野に新しい時代が訪れるだろう」

リカード「各国にバラつきはあるにせよ、確実に進んでいる」


カル「(新しい時代か。このスーツとか知らなかったしなぁ……)」


カル「これから、人も変わるのかな……」

リカード「……皆、必死なのかもしれない。時代に取り残されない為にね」

カル「えっ、そんなの着たい物着ればいいじゃないですか」

カル「皆が同じ服を着る必要なんてないでしょう?」


ソニャ「カルの言う通りだ。こんなの、ソニャは嫌いだぞ」プルプル


リカード「そろそろホテルに着く」

リカード「ソニャ君、それまでは破かないでくれたまえ」

カル「あのっリカードさん、これを」スッ

リカード「代金は要らない。私が好きでやった事だ」


カル「受け取って下さい。これは俺がしたくてしてることです」


カル「それに、色々と勉強になりましたから」

リカード「ふむ、なる程。では有り難く頂戴しよう」

リカード「だがこれでは私が受け取ってばかりな気がするな」

カル「えっ、スーツとか靴とかドレスとか沢山貰いましたよ」

リカード「いや、そうじゃない」


リカード「君達のような人に出逢えた事が、何より嬉しいのだよ」


ソニャ「やっぱりコイツ、あたまが……」

カル「こら、そういう事は言っちゃ駄目だ」

リカード「ふっ…だから、まだ足りない気がしてね」

カル「も、もう十分ですよ」


リカード「ではこれを」スッ


カル「これは、封筒?」

リカード「その中には魔法の紙が入っている」

リカード「それをホテルの従業員に渡してくれればいい」

カル「は、はあ」


ソニャ「着いたぞ!! 本当に腹一杯食えるんだろうな!?」



リカード「それは保証する」

リカード「出来れば一緒に入りたいのだが、君達だけで行きたまえ」

リカード「私はここで失礼する」

カル「あの、ありがとうございました!!」


リカード「いいさ。二人共、私の我が儘に付き合ってくれてありがとう」


リカード「また、何処かで会おう」ザッ

カル「………(うーん、何だろうこの感じ)」

ソニャ「どうした?行かないか?」

カル「いや、何でもないよ。じゃあ行こうか」スッ

ソニャ「うんっ、たくさん食うぞー!!」ギュッ


ガチャ…バタン……



カル「(入ったものの本当に大丈夫なのか?着替えて髪整えただけなのに)」

ソニャ「おーい、従業員って奴はどこだ?」

カル「(まっ、成るようになるか)」

従業員「当ホテルへようこ…そ」

カル「あ、さっきはどうも」ペコッ

ソニャ「腹が減っている」グー


ザワザワ…


『お、おい。あれ』

『まさか、さっきの小汚いガキ共か?』

『ねえ、もしかしてあのドレス』

『女店主さんの…… いや、そんなまさか』

『あのスーツ、そう簡単に手が出せる物じゃないわ』



『何者だ。あの二人……』


従業員「(確かにさっきの二人だよね? 気付かなかった……)」

ソニャ「カル、そんなのいいから。早く早く」グイグイ


カル「あの、この封筒を渡せばいいと言われたんですけど」スッ


従業員「は、はぁ……えっ!?」

カル「やっぱり、泊まれませんか?」

従業員「先程は大変失礼致しました!!」

カル「へっ? いやいや、別にいいですよ」チラッ



『『『 うっ… 』』』ビクッ



カル「……事情は分かりましたから」

ソニャ「いいから早く食わせろ。そしたら許してやる」

従業員「いやまさか……」

従業員「お二人が、リカード様…総支配人の友人だったなんて」


『『『 なっ!? 』』』ザワザワ


カル「総支配人?」

ソニャ「アイツ、そんなに凄いか?」

従業員「ええ、このホテル含め国内外のホテルを……」

カル「(規模が違った。でも、不思議な人だったな……)」


ソニャ「ふーん。よくわかんねーな」


従業員「お二人の荷物は後で届くようなので、ご安心下さい」

従業員「わたくしが、お部屋に御案内致します」


ソニャ「そんなのは後でいい。ソニャは腹が減っている……」

カル「ソニャ、もう少し我慢しよう。すぐに食べれるから」

ソニャ「……ちょーっとだけな?」

従業員「あの、如何なさいますか?」

カル「出来れば、ご飯を先に食べたいです」


従業員「はい、畏まりました。では、此方へ……」




従業員「……では、少々お待ち下さい」


ソニャ「まだ待たせる作戦か……」

カル「ははっ、大丈夫大丈夫」

カル「ちょっと待てば、凄く美味しい料理が食べれるから」


ソニャ「ずっとそれ言ってるけど、まだ食べれてない」


ソニャ「カルは腹減ってないか? 我慢できるか?」

カル「……いいか、ソニャ。怒ると余計に腹が減るんだぞ?」

ソニャ「ぬー、それは知っている」

ソニャ「ソニャは物知りだから知っているが……」


カル「だからこんな時は、どんな料理が来るか考えよう?」



カル「そうすれば気が紛れるから」

ソニャ「……いちりあるな、カルはどんなの考えた?」

カル「俺は鹿とかじゃないかなって思う」


カル「ソニャは何が思い浮かんだ?」


ソニャ「クマだな、きっとそうに違いない」ウン

カル「熊か。昔、爺ちゃんと里の皆で食べたなぁ」

ソニャ「クマ、二匹……」

カル「二頭も!?」

ソニャ「だって、アイツは沢山って言ったぞ?」


「お待たせ致しました」



カル「……………」モグモグ

ソニャ「……………」モグモグ

ソニャ「カル、あのな?」

カル「うん、分かる。分かるけど……」

カル「それはあれだよ、俺達が食べ慣れてないだけで」


ソニャ「あんまし美味しくないな?」


カル「(言っちゃったよ……)」


『(この料理で物足りないだと!?)』

『(あの二人、普段どんな料理を食べてるんだ……)』




カル「お、お肉は美味しいだろ?」

ソニャ「まー、そこそこだなー」

カル「俺の肉あげるから。ほら」スッ

ソニャ「うん……」パクッ


カル「ソニャ、ごめん」


ソニャ「…? なんでカルがあやまる?」

カル「あの時、街を出た方が良かったかなって思ってさ」

ソニャ「食い物はいまいちだが、ソニャは嬉しいぞ?」

カル「えっ?」


ソニャ「だって変な服着たり、変な食い物食べたり……な?」ニコッ



カル「……そっか、そりゃ良かった」

ソニャ「それにな?」

カル「うん?」

ソニャ「カルは優しい。おんぶしてくれたし今も肉くれた」ウン


ソニャ「だから、カルはなーんにも悪くない」


カル「ありがとう、ソニャ」

ソニャ「うんっ。じゃあソニャも、カルにありがとうだな」ニコッ

カル「……あっ、そういえば」

ソニャ「どーした?」モグモグ


カル「ソニャって箸使えるんだ。びっくりしたよ」


カル「他の使い方は俺も分からないけどさ」

ソニャ「あー、これは族長から教わった」

カル「族長から?」

ソニャ「うん。族長は炎使いから教わったらしい」


ソニャ「それまでは手掴みだったみたいだ。だが今は箸を使う」


カル「何で族長は使い方教わったの? 覚えるの大変だろうに」

ソニャ「『何としても振り向いて欲しかった』んだって」

カル「……頑張ったんだね、族長さん」

ソニャ「でも炎使いは行っちゃったんだって」

ソニャ「だから時々、すっごく悔しそうにしている」モグモグ


カル「(……一途な女性なのかな?)」



ーーー
ーー


従業員「此方の部屋になります。では、ごゆっくりお休み下さい」

ガチャ…パタン

カル「うわっ、凄いな。こんなの見たことない」

ソニャ「カル、そんなことより、ソニャはこれ脱ぎたい」

カル「ははっ、実は俺もだ。羽織るやつあるし着替えよう」

ソニャ「うっ、ぬー、脱げない。カル、脱がしてくれ」


カル「分かった。ちょっと待って……」


カル「はぁーなる程、背中に留め具があるのか……」

カル「ソニャ、髪持ち上げて? 引っ掛かると痛いから」

ソニャ「ん、分かった」


プチッ…プチッ…プチッ




カル「よし出来た」

ソニャ「はぁ、やっと脱げたか。後はこれも……」

カル「それは一人で脱げる?」

ソニャ「ぬっ、くぬっ…ダメだ……」


カル「……仕方無い、ちょっと見せて」

ソニャ「ん、わかった」クルッ

カル「うわっ、何だこれ?」


ソニャ「どーした?」

カル「外し方が、かなり面倒そうだ……」

ソニャ「だろ? これのせいで胸がきついんだ」

カル「ちょっと待って……」


カル「よし、段々分かってきたぞ」



ソニャ「なー、まだか?」ソワソワ

カル「もう少し……」

カル「あぁそいうことか。これを横にずらせば……」

パチンッ

カル「よしっ、外れた」

ソニャ「はぁ助かった。ありがとな?」


カル「あの白いふわふわ、ちゃんと羽織るんだぞ?」


ソニャ「うんっ」

カル「じゃあ俺、向こうの部屋で着替えてくるから」

ソニャ「分かったー……んっ…」モジモジ


ソニャ「……下のやつも脱ごう。なんかもそもそしてダメだ」



カル「(あー、やっと脱げる。やっぱり着物が一番いいな)」

カル「(着物が届くまでは、この白いやつ着ておこう)」

ソニャ「カル、着替えたか?」


カル「あ、うん。着替え終わったよ」


ソニャ「やっぱしなんか変だな?」

カル「ん? 何が?」

ソニャ「夜なのに明るいし、寝るとこもないし」

カル「明るいのは電気ってやつだよ」

カル「大きな街とか都は、夜も明るいって聞いた」


ソニャ「カミナリサマか?」



カル「まあ、そんな感じ。仕組みは全然分かんないけど」

ソニャ「なんか落ち着かないな?」

カル「ははっ、そうだな。俺も落ち着かない」

カル「ちなみに寝るのはここ」


ボフボフッ…


ソニャ「なんだそれ?」

カル「ベッドだって。ソニャはどうやって寝てた?」

ソニャ「毛皮の上で寝てた」

カル「(思ってた以上に原始的な暮らしだ。完全な自給自足の生活か)」


カル「取り敢えず、ちょっと横になってみたら?」


ソニャ「う、うん」

ボフッ…

カル「どう? 寝れそう?」

ソニャ「わるくないな。カルも来い」


カル「えっ? ベッドは二つあるし、一人で寝るよ」


ソニャ「……実は、ここだけの話し」

カル「ん?」

ソニャ「一人じゃ寝れそうにない。落ち着かなくて」

カル「……そっか、じゃあ一緒に寝よう」

ソニャ「いいのか?」


カル「いいのかって、一緒じゃないと寝れそうにないんだろ?」


カル「豪華だけど、こんな部屋じゃ俺だって落ち着かないし」

ソニャ「……そうか、わかった」

カル「…? それよりソニャ」

ソニャ「な、なんだ?」


カル「従業員さんに聞いたんだけど、風呂があるんだって」


ソニャ「あー、体洗うとこな? それは知ってる」

ソニャ「で、どこにある?」

カル「それが……」

ソニャ「なんだ? しんこくな顔して」


カル「この『部屋の中にあるらしいんだ」



ソニャ「ふっ、ウソだな」

ソニャ「川もないのに、どうやって水を出す?」

カル「何処からか水を引っ張ってるらしいけど、詳しくは分かんないな」

カル「気になるし折角だから入って来るよ。ここ何日か風呂に入ってないし」

ソニャ「そうか、気をつけてな?」

カル「ははっ、うん。じゃあ入って来る」


ガチャ…パタン


ソニャ「……………」ポツン

ソニャ「………………」ソワソワ


カル『ぎゃあぁぁぁ!!!!』


ソニャ「っ、カル!!」ダッ



カル「えーっと、説明ではこれを捻ると」グイッ

バッシャアアアア!!

カル「ぎゃあぁぁぁ!!」


ガラッ…


ソニャ「どーした!? 大丈夫か!?」

カル「冷てえっ!!」グイッ


ピタッ…


ソニャ「お、おい。カル、大丈夫か?」

カル「あ、ソニャ、俺なら大丈夫」

カル「いきなり冷たいのが出たから、びっくりしただ……け!?」

ソニャ「どーした?」

カル「さ、流石に恥ずかしいから、早く閉めてくれないかな」

ソニャ「なにが恥ずかしい?」


ソニャ「カルだって、ソニャの肌を見ただろ?」



カル「肌と素っ裸じゃえらい違いだ。全く違う」

カル「だからほらっ、早く閉めて。な?」

ソニャ「やっぱしソニャも入っていいか?」

カル「は!? 流石にそれは」


ソニャ「頭がかゆい。ソニャは、カルに洗って欲しい」


カル「(まだ出逢って一日……いや、日数は関係無い)」

カル「(女の子と風呂に入るってことが問題なんだ)」

カル「(いくらソニャが小さい女の子でも、恥ずかしいものは恥ずかしい )」


ソニャ「入るぞー?」



カル「……………」

カル「(まあ、そういう自覚は無いだろうし。さっさと済ませよう)」

カル「髪は洗う。でも、あんまり見ないように……」

ソニャ「なんでだ? 」


ソニャ「一緒に寝るなら見たっていいだろ?」


カル「えっ?」

ソニャ「一緒に寝るなら体きれいにしろって、族長から言われた」

ソニャ「それが男女の『れーぎ』だと、ソニャはそう聞いたが?」

ソニャ「それにえーっと『見られても恥ずかしくないカラダしてる』だっけ?」


カル「ソニャ、お風呂上がったら少し話そうな」


ーーー
ーー


ソニャ「…くぅ…くぅ…ぬー」スピー

カル「まだ子供、だもんな……」

泣き疲れたのか、ソニャは眠ってしまった。

何で泣いてしまったのか

それは故郷と家族を思い、寂しくなったからだろう。


カル「我慢してたんだな」ナデナデ

ソニャ「……スゥ…スゥ」スピー


恥ずかしいし、女の子の裸を見るなんて当然慣れてない。

だから、さっさと髪を洗って風呂から上がろう。

そう思って、ソニャの髪を洗い始めた……


すると、ソニャが突然泣き出した。

俺は素っ裸の恥ずかしさなんて忘れて、そのわけを聞いた。

どうやら、お母さんに髪を洗ってもらった事を思い出したらしい。

小さな体が、寂しさで震えていた。

ソニャは振り向なかった。

俺には決して涙を見せようとしなかった。


ーーガウリの女はみんな強い

ーーだから、泣いちゃダメなんだ


ソニャはガウリを、家族を大事に思っている。

きっと、気高く誇り高い部族なんだろう。


ーー恥ずかしくないの?

と聞いたら。

ーー見慣れてるから平気だが?

……と、返された。


こっちは慣れてないから、どうか勘弁して欲しい。

だけど、ガウリではそれが当たり前の事なんだろう。

改めて、育った場所が違いを知った。


衣服とかじゃなく、文化とか習慣とか……


それはきっと、俺が感じているより大きな違いなんだろう。

後、一緒に寝るなら体を綺麗にしろ。

これは族長から吹き込まれたものらしい。


全く、まだ小さい子になんて事を教えるんだ。


と思ったけど……

それは、族長なりに考えがあってのことらしい。


ーー愛する男と夜を共にするのなら

ーー床に入る前に、必ず身を清めなさい

ーーどこを見られても、恥ずかしくないように

という、大人の話しだ。


ソニャ「くぅ…くぅ」

カル「はぁ…」

それが例え正しい事だとしても、教えるのが早過ぎる。

一体、族長さんは何を考えてるんだ。


【生き様】


ソニャ「……カル、いるか?」モゾモゾ

カル「あ、起きちゃったか。大丈夫、ここにいるから」

ソニャ「……うん」

カル「明日から、一緒に頑張ろうな」


ソニャ「大丈夫だ。ソニャ、実は頑張り屋だから」ギュッ

カル「ははっ、そっか。頑張り屋か」


カル「あのさ。いつか、見せてくれないかな」

ソニャ「……ぅん?」

カル「ソニャが育った場所とか、ガウリのみんなとかさ」ポンッ


カル「(族長は怖そうだけど、炎使いの話しとか色々訊きたい)」


ソニャ「うんっ!!」

カル「きっと、綺麗な場所なんだろうなぁ」

ソニャ「よし、絶対連れてってやる!! 約束だ!!」ギュッ

カル「いっ、痛い痛い」

カル「離れないから大丈夫。だから、ちょっと緩めて?」


ソニャ「んーっ、カルは温かいな」ムギュ


カル「はぁ…もう寝たいから。な?」

ソニャ「ソニャは、このまま寝たいんだが、ダメか?」

カル「それはいいけど、もうちょっと緩めてくれない?」


カル「その代わり腕枕するから、布団から頭出して?」



ソニャ「むー、腕枕ならしょうがないな」モゾモゾ

ソニャ「今日のところは、この辺で勘弁してみる」

カル「助かった……じゃあ、お休み」

ソニャ「おやすみっ」ギュッ

カル「ソニャ、強いっ、強いから」


ソニャ「(優しくて温かくて……やっぱし優しい)」


カル「(こんな可愛い娘を旅立たせて、ソニャの両親も心配してるだろう なぁ)」

カル「……すぅ…すぅ」

ソニャ「もう寝ちゃったか?」ツンッ

カル「…ふー…すぅ…」

ソニャ「カルに逢えて、ソニャは本当に嬉しいぞ?」


ソニャ「……ソニャも、寝よう」モゾモゾ



ソニャ「……くぅ…くぅ」ギュッ

カル「家族、か……」

ーーー
ーー


爺様『力を欲すること、強くなりたいと思うこと、それは良い』

爺様『じゃが、行く先を見失っては本末転倒。強くはなれん』

カル『行き先?』


爺様『うむ。己の求める強さを見失ってはならん』


爺様『誰よりも強く、己を守る、他者を守る、地位名声……』

爺様『強さの先に求める物は、人それぞれじゃ』

カル『自分の求める強さ。強さの先に求める物……』

爺様『それを見失い、ただ闇雲に剣を振るっては、いずれ狂う』


カル『く、狂う?』



爺様『なにも大袈裟に言っているわけではない』

爺様『目指す場所を見失い、己の剣を振るう意味を忘れれば……』

爺様『それは剣術でも武術でもなくなる』

爺様『それは最早、ただの暴力じゃ』

爺様『力を誇示する為、誰彼構わずに牙を剥くじゃろう』

カル『……爺ちゃん、あのさ』

爺様『なんじゃ?』


カル『強いって、何かな?』


爺様『ふむ。ならば、お前はどう思う。お前の思う強さとはなんじゃ』

カル『……そんなに深く考えたことなかったから、分からない』


爺様『分からぬなら、今はそれでよい』

カル『でも、今の話し聞いたら……』

爺様『よいか、カル』

爺様『それを最初から持っている者もおれば、後から見つける者もおる』

カル『………』

爺様『今は分からずとも、お前ならば必ず辿り着く。お前の思う強さにな』

爺様『カルよ、気高く、強くあれ』



カル「気高く、強く……」



爺ちゃんは旅を続ける中で

何を見つけて、何を知ったんだろう。


俺にも旅の中で『それが』見つかるのかな……




炎陽の街・大通り


ガヤガヤ…


カル「武器屋はどこだろう?」

ソニャ「はぁー、ごちゃごちゃしてるなー」


スタスタ…


目覚めてすぐに身支度を済ませた俺達は、ホテルを後にした。

そう言えば、従業員さんから四角くて硬い紙を貰った。

確か、カードとかいうやつだ。

他のホテルに泊まる時に使うと、役に立つらしい……

今はソニャの武器を買う為、武器屋を探している。


カル「ソニャってさ」

ソニャ「んー?」

カル「どんな武器使うんだ?」


ソニャ「斧、ソニャは斧を使う」

ソニャ「実は弓と短刀も使えるが、ソニャは斧の方がいい」

カル「斧? 振れるのか?」


ソニャ「重いなら振り回される。軽いなら振る」


カル「斧の重さに身を任せるってこと?」

ソニャ「まーな」

ソニャ「だが、重いと何回も振れないのが弱点だ……」

カル「じゃあ、軽いのを買おう」

ソニャ「小さいのなら二つがいい。止めを刺す時、簡単」


カル「……なる程な、分かった」


カル「まだ店は見つかってないけどね……」

ソニャ「探すの、めんどくせーな?」

カル「そうだなぁ……」

カル「建物も多いし、道もぐちゃぐちゃだ」

カル「はぐれると大変だし、手を繋ごう」

ソニャ「うん」ギュッ


スタスタ…


カル「あっ、ここだ」

ソニャ「他のとこと違うな?」

カル「売ってるだけじゃなく、造ってるんだろうな」

カル「煙出てるし。ほら、煙突があるの見えるだろう?」


ソニャ「おー、本当だ」

カル「気に入ったのが無いなら違う店に行く」

カル「だからちゃんと言うんだぞ ?」


ソニャ「大丈夫。だきょうは、しない」ウン


カル「ははっ、そっかそっか」

ソニャ「よし、行くぞ」クイッ

カル「はいはい」


ガチャ…パタン


武器屋「……いらっしゃい」



カル「おはようございます」

ソニャ「おはよー」

武器屋「あ? ああ、おはよう」

カル「斧を探してるんですが……」

ソニャ「頑丈なヤツな?」

武器屋「斧ならこっちだ。来い」


ズラリ


カル「うわぁ、凄い数だ。ソニャ、どれがいい?」

ソニャ「うーん。これと、これだ」

カル「小型の斧か。でも、他のより刃が厚いな」


ソニャ「そう、そこが気に入った」



カル「振れる?」

ソニャ「ふんっ…」ブンッ

カル「へー、凄いな」


ソニャ「これは持つところの木がいい、な?」ブンッ


武器屋「………」

カル「よし、じゃあそれにしよう」

ソニャ「カル、大丈夫か?」

カル「お金ならまだあるし、大丈夫」

ソニャ「それもだが、カルはなんか要らないか?」


カル「あっ、そうだ。短刀が駄目になったんだった」



武器屋「短刀はこっちだ」

カル「あ、はい。ありがとうございます」

ソニャ「クマみたいだな?」

武器屋「…………」ジロッ


カル「こらっ。あの、すいません」


ソニャ「悪気はなかった……ごめんな?」

武器屋「いい。よく言われる」

ソニャ「ほぅ、中々いいヤツだな?」

カル「(言葉遣いも教えよう……)」

武器屋「ここが短刀だ」


ズラリ


カル「……あっ、これ」スッ

ソニャ「それ、いいやつな」

カル「ソニャもそう思う?」

ソニャ「柔らかそうで、いい」

武器屋「……………」


カル「ソニャにも一つ買おう。この店のは凄いぞ?」


ソニャ「ガウリのみんなの分もほしいな」

カル「それは、今度にしよう」

ソニャ「わかった」

武器屋「……お前達は何者だ?」

武器屋「まだ子供なのに何故武器を買う?」



ソニャ「悪いヤツを倒す」

武器屋「……子供二人でか?」

ソニャ「馬鹿にするな」


ソニャ「ソニャはガウリ。子供じゃない、戦士だ」


武器屋「……悪かったな」

カル「ソニャ、馬鹿にしてるわけじゃないよ」

ソニャ「むっ、そうなのか?」

カル「あの、すいません」ペコッ

武器屋「気にするな」


武器屋「子供二人が武器を買う。それが気になっただけだ」


カル「あの、俺も訊きたい事があるんですけど」

武器屋「何だ?」

カル「なんでお客さんがいないんですか?」

カル「こんなに良質の品が揃ってるし……」


カル「兵士や武芸者なら放って置かないんじゃ?」


武器屋「……………」

カル「あっ、すいません」

ソニャ「や、やる気か?」サッ


武器屋「……売らないからだ」



カル「えっ?」

武器屋「俺は俺の選んだ奴にしか売らないんだ」

武器屋「お前達も軍に志願するのか?」

ソニャ「なんだそれ?」


カル「いや、しませんけど。何でですか?」


武器屋「この前、お前ぐらいのガキ共が来てな」

武器屋「近々戦争が起きると言っていた」

カル「戦争?」

武器屋「どうせ単なる噂だろうがな」


武器屋「勿論、そのガキ共には売らなかったがな」


カル「あの、その噂、教えてくれませんか?」

武器屋「……火の王が戦を始めるらしい。兵士を集めている」

武器屋「これだけだ」

カル「……そうですか」


ソニャ「なー、ソニャ達には売ってくれないか?」


武器屋「お前達は、それを何に使う?」

カル「人では無いモノを、悪を討つ為に使います」

ソニャ「ウソじゃないぞ?」


武器屋「……その四つでいいのか?」


カル「は、はい」

武器屋「5万だ」

カル「えっ!? 安く見ても15万はしますよ?」

武器屋「俺が5万と言ってるなら、それでいいだろう」

ソニャ「いいのか?」


武器屋「どうした? 買うのか、買わないのか?」


カル「か、買います」スッ

武器屋「丁度だな。おい、これも持って行け」ドサッ


ソニャ「おー、斧入れるやつか」



武器屋「腰に巻いて行けば楽に携帯出来る」

ソニャ「わかった。カル、早く早く」

カル「はいはい、今着けるよ」


カチャカチャ…


ソニャ「よし、いい感じだな」ウン

カル「あの」

武器屋「何だ? まだ何か買うのか?」

カル「いえ、ありがとうございました」ペコッ

武器屋「……用が済んだらさっさと行け」

ソニャ「ありがとなー」

カル「(戦争。噂だとしても、急いだ方が良さそうだな)」


ガチャ…パタン


武器屋「ガキの癖に俺の造った物だけを選んだ」

武器屋「目も、そこらの兵士や自称武芸者共とは違う」


武器屋「最近のガキは分からんな……」



カル「……さっきの話しが本当だとしたら大変だ。急ごう」

ソニャ「戦か?」

カル「国と国が戦う、大きな戦かもしれない」

ソニャ「なんだか嫌な感じするな?」


カル「ああ、単なる噂や何かだと良いんだけど」

ソニャ「ところで、どこに行く?」


カル「この国で一番大きい場所。王様のいる都に行く」

カル「すぐに王様に会うのは難しいだろうけど、急がないと…」

ソニャ「暗闇の妖精のしわざ。カルは、そう考えてるか?」

カル「ソニャの方が詳しいだろうけど、王を唆していたのは暗闇の妖精だ」


カル「もし戦争が本当なら、その可能性は高いと思う」


ソニャ「そっか、でも他の仲間はいないぞ、どーする?」

カル「今は俺達の出来る事をしよう。仲間はその後だ」

カル「戦争が噂だとしても、黒水晶の存在は王様に伝えなきゃならないし」

ソニャ「そうだな。うん、わかった」


タタタッ…


お婆さん「あらあら、そうかい。もう発つのかい」

ソニャ「ちょっと忙しくなってな」

お婆さん「そうなのかい、小さいのに大変だねえ」

カル「お婆さん、白月を預かってくれてありがとうございました」

ソニャ「ありがとな?」


お婆さん「ほほっ、いいよいいよ」

お婆さん「またこの街に来たら、顔を見せておくれ」



カル「必ずまた来ます」タッ

ソニャ「約束な」タンッ

白月「ブルルッ…」

お婆さん「気を付けて行くんだよ?」


カル「お婆さんも、お元気で」


ソニャ「元気でな? 転んだりするな?」

お婆さん「はいはい。またね、お嬢ちゃん」

カル「……白月、行くぞ」ガッ

白月「ブルルッ!!」

ソニャ「婆ちゃん、またなー!!」


ガガッ…ガガッ…


お婆さん「しっかりしたお兄さんに素直な妹さん。いいもんだねえ」

お婆さん「あら? そういやあ、名前聞くの忘れちまったね」


お婆さん「……神様仏様」

お婆さん「二人の旅が、どうか無事でありますように……」



ガガッ…ガガッ…


カル「……ソニャ、何か嫌な感じがしないか?」

ソニャ「するけど、アレと違うな」

カル「アレって、黒水晶のことか?」

ソニャ「うん。アレより、なんていうか……」


カル「気持ち悪い?」


ソニャ「それだ。なんか、どろどろしてる感じ」

カル「どこにいるとか数とか分かる?」

ソニャ「ぬー、ちょっと待て」

カル「どうだ?」


ソニャ「ダメだ。ぐちゃぐちゃに混ざってて、わかんねー」


ソニャ「森に来たヤツは『粒』みたいな感じだった」

ソニャ「でもこれは、何て言うか泥みたいな感じだ」

カル「……泥」

ソニャ「うん。それが、どんどん近付いてくる」


カル「ソニャ、約束覚えてるか?」


ソニャ「うん。無理しない、辛いなら言う」

カル「守れる?」

ソニャ「ソニャは約束は破らないぞ?」

カル「分かってる。確認しただけだよ」


ソニャ「……?」


カル「(この先に何かがいるのは間違い無い)」

カル「(でも何だ? 以前戦った奴等とは違う)」

カル「(大事な何かが欠けているような……何だか気分が悪いな)」

ガガッ…ガガッ

ソニャ「っ、カルっ!! あれ見ろ!!」

カル「白月っ、止まれ!!」

白月「ブルルッ!!」ガガッ


遠方に見えたのは黒い鎧を装備した兵士・騎士の隊列。

頭の先から足の先まで、全てが黒い鎧で被われている。

あんな異様な兵士は一度足りとも見たことがない。

あんな造りの鎧も見たことがない。


新しく配備された装備?都から来た兵士なのか?


カル「………」

ソニャ「カル、林にかくれて様子を見よう。アレは、なんか変だ」

カル「……うん、その方が良さそうだ。白月、行こう」ガッ


陽を浴びて輝く黒の軍勢は

途轍もない威圧感を撒き散らしている。

まるでこれから戦が始まるような、張り詰めた空気。

隊列の一糸乱れぬ動きは、統率が取れ過ぎていた。


黒鎧の隊列が『一個』の生き物のようにすら思える。

欠けているのは『個』、集団でありながら完全な一個なのが気味が悪い。

いや、欠けているのはもっと別の何かかもしれない……


天気は良いのに酷く寒い。

自然と肌が粟立ち、体中を何かが這っているような気がした。

見ているだけで、不安なことばかりが浮かんでくる。


ソニャ「……カル、あれはなんだ?」

カル「分からない。あんな兵士は見たことがない」

カル「あの兵士達は、炎陽を目指してるのか?」

ソニャ「……カル、アイツ等を行かせちゃダメだ」

カル「確かに不気味だけど、まだ


ソニャ「違う。アイツ等は、ヒトじゃない」


ソニャ「アレは多分、黒水晶で出来ている。アイツ等、全部だ……」

ソニャ「だからソニャは、ぐちゃぐちゃに感じたんだ」

カル「そんな…!!」

ソニャ「アイツ等がなにをするのかは、わからん」


ソニャ「だが、絶対に行かせちゃダメだ。必ず災いをふりまく」


カル「……ソニャ」

ソニャ「なんだ?」

カル「あの兵隊全員が黒水晶。それは間違い無いんだな?」

ソニャ「絶対間違いない。あれは、ソニャ達の敵だ」

カル「………………」


あれが嫌なモノなのは確かだ。

ソニャの言う通りの存在なら絶対に見過ごせない。

しかも、あろうことか黒鎧の兵隊は都の方から来た。


もしかしたら

想像している中でも最悪の事態になっているかもしれない。


ソニャ「カル、急がないと」

カル「……………」

ソニャ「……カルはもしかして、ソニャを信じてないか?」

カル「いや、ソニャを信じる。ちょっと考えてただけだよ」

カル「……白月はここにいてくれ。何かあったら頼む」


白月「ブルルッ…」


カル「いいかソニャ、まずは俺が行く」

カル「ソニャはその隙に、奴等の後ろに回り込んで欲しい」

ソニャ「わかった。一緒に行きたいが、我慢する」

カル「ははっ、うん。ありがとう」

カル「じゃあ、奴等が俺に攻撃を仕掛けたら、頼む」ポンッ

ソニャ「んっ…カル、どうした?」


カル「ううん、何でもない。じゃあ、行ってくる」ダッ



カル「貴方達は火の国の兵士ですか?」

黒鎧『『浄火よ、待っていたぞ』』

カル「……ソニャの言う通り、やっぱり違うみたいだな」

黒鎧の兵か

……胸の中央に黒水晶が埋め込まれてあるな。

あれを破壊すれば、武芸者の時のように砕け散る筈だ。


あれは何だ?


黒鎧の隙間から何かが蠢き出てる。

蛭か、それとも猪に巻き付いていた蔦か?

どれとも違うな、あれよりもずっと禍々しい感じがする。


アレも黒水晶の力、暗闇の妖精の力なのか?



黒鎧『『忌まわしき精霊よ』』ザッ

カル「……来い」

黒鎧『『死ぬがいい』』ズズッ

カル「やっぱり力を使えるのか!!」


風と水の力……

同時に二つの力を相手にしなきゃならないのは辛いな。

でも、これぐらいなら……

炎で掻き消して、押し戻せる。


カル「おりゃああああっ!!」


黒鎧『『これは、中々……』』



カル「……ふぅ」


敵の総数は軽く見ても七十以上。

黒鎧胸部の黒水晶さえ破壊することが出来れば勝てる。

でも油断しちゃ駄目だ。

絶えず炎で防御しておかないと、すぐにやられる。


カル「街には行かせない」ダッ

ザンッ…

黒鎧『『な…に…』』ピシッ

ガシャガシャガシャ…

猪の時みたいに力を使えなくなったら奴等には勝てない。

出来るだけ剣で黒水晶を破壊して、それだけは防がないと……


ドゴンッ…

カル「……巨岩の拳」

あれが、ソニャの力…

奥の黒鎧が一気に跳ね上がった。

あれなら後列を一気に片付けられるだろう。

でも前列は、こっちの黒鎧は俺が倒さないと駄目だ。

ソニャの力が保っている内に、何とか突破しないと……


カル「っ、何だ? 足が…」

黒泥『姿無くとも影はあり』

カル「なっ!?」


くっ、この泥は鎧とは別の何かか?

だから黒水晶を壊しても独立して動ける?

なら、黒水晶を壊してもこの泥を何とかしない限り……


カル「ソニャ、聞こえるか!!」

ソニャ『聞こえる!!』

カル「今すぐ鎧の残骸から離れろ!! 鎧は泥の入れ物に過ぎない!!」


カル「鎧の中から溢れ出した泥を、土で固めるんだ!!」


ソニャ『わかった!! やってみる!!』

黒泥『『お前はどうする』』

カル「っ、燃えろおぉぉ!!」ゴォッ


ゴオォォォォッ…


あの泥、触れた場所から力を奪うみたいだな。

脚に力が入らない。

神父さんの言っていた通り、何て禍々しい力だ。


カル「……くっ」ガクン

こんなのが街に行ったら

篝火の町や灯火の里へ行ったら……

嫌だ。

それだけは絶対にさせない。


この泥を相手に力を温存して戦うのは無理そうだ。

鎧を壊して一気に焼き尽くさないと、忽ちに呑み込まれる。

辺りに飛び散った黒泥が集まって来てる……

だったら力が空っぽになるまで、やるしかない。

ソニャだって、いつまで保つか分からないんだ。


ソニャ『カルっ!! 固めたヤツは斧でも壊せる!!』



カル「分かった!!」

カル「今から行く、少し耐えてくれ!!」


ソニャの声、かなり疲れてるな。

早く行かないと拙い、黒泥は燃えるのに時間が掛かる。

くそっ、どうする?


黒鎧『どうした。行かないのか』

カル「……行くよ。ソニャは俺が守る」


何とかしないっ、な、何だ!?

脚が熱い…

何かが内側から出て来る、脚に何かが巻き付いて……


カル「……これは?」

白く輝く炎の具足、脛当て?

突如現れたそれは、膝から下を包んでいた。

膝には猪の面のような物があしらわれている。

力が漲り、脚が燃えるように熱い。

でもこんなの、一体どこから……

ーーお前のような、勇敢な人間に出逢えて良かった

あの時、脚に溶け込んだ炎が力を貸してくれてるのか?


カル「だったら……」ググッ

黒鎧『なんだ、それは』


カル「……今に分かるさ」


炎を脚に集中させろ。

全ての力を使ってでも、ソニャの所まで突っ切るんだ。

今は、それだけを考えろ。


黒鎧『どうした、隙だらけだぞ』ザンッ

カル「ぐっ…うぅ…」ブシュッ


今は耐えろ。

振り返るな、もう少し、もう少し溜めるんだ。

カル「くっ、まだだ……」

この炎じゃ足りない。

黒鎧ごと内側の黒泥を溶かす。

それぐらいの炎じゃないと到底勝てない、これじゃあ駄目なんだ。


炎よ、頼む。

ソニャを、街を、皆を助けたいんだ。

あの時、俺は爺ちゃんと約束した。

だから戦うって決めた。


これが俺の戦う理由、強いってそういうことだろ?


戦いを終わらせる為には戦わなきゃならない。

なら戦うさ、最期まで戦ってみせる。

失うのは、あんなのは、もう沢山だ。

だから……

カル「だから、俺に力を貸してくれ!!!」ゴォッ


黒鎧『馬鹿な!!』

カル「其処を、退けッ!!」ダンッ

ドガガガガガッ…

黒鎧『『待て…浄…火』』ジリッ


ボウッ…ゴオォォォォッ…


ソニャ「(ちょっと調子に乗ったか? 力に頼り過ぎたな)」

ソニャ「(まだ、けっこう残ってるのに……?)」


ズガガガガッ…


カル「ソニャ、大丈夫か!?」

ソニャ「カル!! ソニャは平気だが……」

カル「力はどうだ? まだ行けるか?」

ソニャ「実のところ、ソニャはそろそろかもしれない……」

黒鎧『『浄火、浄火よ……』』


ザッザッザッ……ジャキ…


カル「……ソニャ」


ソニャ「っ、嫌だ!! ガウリは逃げない!! 一緒に戦う!!」


カル「俺なら大丈夫」

ソニャ「大丈夫なわけない!! たくさん血が出ている!!」

カル「逃げろとは言わない。ただ、頼みがある」

ソニャ「……?」


カル「ソニャには他の仲間を見付けて欲しい」


ソニャ「そんなの逃げると同じだ!! ソニャも一緒に戦う!!」

カル「こんな奴等、俺一人で十分だ。だから頼んでるんだ」

ソニャ「……カル、死ぬ気か?」

カル「ははっ、大丈夫。すぐに追い付くから」ポンッ


ソニャ「……約束な? やぶらないか?」



カル「勿論!!」ニコッ

ソニャ「じゃあ、わかった……」

カル「来いっ、白月!!」


ガガッガガッ…


カル「ソニャを頼む。さあ、行くんだ」

白月「…ブルッ」

カル「……行くんだ。行け、白月!!」


ガガッガガッ…


ソニャ「カルっ!!」クルッ




ーー大丈夫、すぐに追い付くから



ソニャ「(ダメだ。ソニャは約束した。ソニャは仲間を捜す)」

ソニャ「(カルは死なない。大丈夫って、追い付くって言った……)」

ソニャ「白月。カル、笑ってたな? だから大丈夫だよな?」

ソニャ「……ダメだ。やっぱり戻る!!」ガッ


ガガッ…ガガッ…


ソニャ「白月、戻ろう?戻ろうな?」

ソニャ「おねがい。カルが、カルが死んじゃう……」ポロポロ


ガガッ…ガガッ…ガガッ


ーー白月、ソニャを頼む



白月「ブルッ…ブルルッ!!」




黒鎧『『別れは済んだか』』


カル「一つ教えてくれ、火の王はどうした?」


黒鎧『『考えている通り、王は我々を求めた』』

黒鎧『『今や、力の虜』』

黒鎧『『浄火は相変わらずよ』』

黒鎧『『王が求める戦が始まるであろう』』


カル「……暗闇の妖精。お前も、そこにいるのか」


黒鎧『『どうだろうな』』

黒鎧『『我々は、何処にでもいる』』

黒鎧『『人あらば、影あり』』

黒鎧『『悪いが、話しは終わりだ』』


黒鎧『『厄介なモノは早めに片付けないと』』



カル「……戦いたくない、か」

黒鎧『『何?』』


カル「お前達と戦って気付いた。俺は甘かった」

カル「覚悟とか、まだまだ足りなかったんだ」

カル「出来るなら、もっと強い男になりたかった……」


黒鎧『『……仕方無い』』

黒鎧『『逃げられはしないか』』


カル「ああ、逃がしはしない」


黒鎧『『命の輝き、穢れなき炎』』


黒鎧『『浄火よ、死ぬ気か……?』』



カル「……もう誰も泣かせはしない」

カル「誰かを傷付けるのは絶対に許さない」


黒鎧『『偽善、独善』』

黒鎧『『綺麗事、言葉とは美しいものよ』』


カル「綺麗事、確かにそうかもしれないな」

カル「でも、俺はそれでいいよ。それがお前達と戦う理由でいい」

カル「お前達のおかげで、ようやく見付けた気がする……」


黒鎧『『浄火よ、傷付けるのは王だ』』

黒鎧『『王が望み、決めた事だ』』

黒鎧『『早まるな浄火、我々と共に来い』』


カル「俺は人間だ。俺は綺麗事の為に戦うよ」

カル「だから……」








ーー俺の命と、燃えて逝け









ソニャ「白月!!」


白月「…ブルル…」ボッ

ゴオォォォッ……

ソニャ「……白…月…カル……ごめん…」

???「あーあ、馬が燃えちゃった。『彼』の馬なのにねー?」


ソニャ「……オマエ、なんだ!?」


そんな「なんで、なんでこんなことをする!?」

???「なんでアンタみたいなガキが、あの人と一緒にいたのかなぁ?」

ソニャ「答えろっ!!」ゴッ

ドゴンッ…

???「まあまあ落ち着きなよ」フワッ

ソニャ「っ……」


???「私はネア・ユリエフ。暗闇の妖精だよ?」ニコッ



ソニャ「そんなのは知ってた!!目的はなんだ!!」

ネア「土のアンタに、『いじわる』することだよ」

ソニャ「ソニャにいじわるしたいから、白月を殺して街を壊したか!!」


ネア「そだよ?アンタには沢山いじわるされたからね」


ネア「それにさぁ……」ズズッ

ソニャ「!!」

ネア「アンタが、彼を独り占めするから悪いんだよ?」ダッ

ソニャ「(黒の……どれす?)」ゴッ


ドゴンッドゴンッ…


ソニャ「……いない、どこ行った?」



ネア「後ろだよー」

ソニャ「っ!!」ブンッ

ガキィン…

ネア「正直さあ、邪魔なんだよね。お前みたいな奴はさあ」ズオッ

ソニャ「!!」ゾクッ


ドゴッ…


ソニャ「うっ!!…っ…」ガクン

ネア「大丈夫大丈夫。殺さないから」

ソニャ「(どれすが消えた……本当に暗闇をあやつるか?)」

ネア「お話ししようよ。お互い女の子だし」ニコッ

ソニャ「……オマエ、頭おかしいな」

ネア「おかしいのはどっちだろうね?」


ネア「手を繋いで、一緒に寝て、守って貰ってさぁ!!」



ソニャ「……なんで知っている?」

ネア「まあまあ、それは置いといて……」

ネア「そこまでしてくれたのに、アンタは見殺しにしたよね?」

ソニャ「ちがうっ!!」


ネア「違わない!!アンタは彼を見捨てて一人で逃げた!!」


ソニャ「ちがう……カルは、ソニャに仲間を

ネア「仲間を捜せって?」

ネア「そんなの、アンタを逃がす為の嘘に決まってんでしょ」

ネア「私が『お前』を教えてあげるよ、ソニャ・ガウリ」ソッ

ソニャ「…ぅあ…」ビクッ


ネア「アンタは彼を裏切って、想いを踏みにじった」



ネア「アンタは彼に守られたのに、アンタは…」

ソニャ「うっ…やめ…ろぉ」グスッ

ネア「やめないよー。って言うか、聞けよ」ニコッ

グイッ…

ソニャ「うぅっ」ポロポロ


ネア「カル・アドゥルを殺し、彼の炎を奪ったのは……」


ネア「 お前なんだよ 」


ソニャ「うわあああああああっ!!」


ネア「……ずっとそうしてれば?」

ネア「どうせ何も出来ないんだし、今までと『変わらない』でしょ?」

ソニャ「…ぁうぅ…」ドサッ

ネア「そうそう、早く壊れろよ。喪ったのは私の方なんだから」

ソニャ「…カル……うぅっ…」

ネア「貴男は優しいから、こんなのを守ろうとしたんだよね?」

ネア「私にだけ優しくしてくれればいいのに……」



ネア「消えちゃ嫌だよ。一人ぼっちは、もう嫌だよ……」


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