【ミリマス】「留守番」 (17)

楽しいお留守番のお話

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「うんうん、それで?」


「でね、静香ちゃんがうどんを持って…」


夜の765プロの事務所には二人の女の子だけがおり、他の人間はいなかった。


一人は春日未来、もう一人は伊吹翼と言い、遅くまで残るのは比較的珍しい二人だ。


そんな二人が事務所に遅くまで残るのには理由がある。


大雨のせいで帰れないのだが、ただの大雨だけでは帰れない事はない。


普通の大雨ならばタクシーで帰ればいいだけだが、交通事故による渋滞や劇場に泊まってみたいという二人の希望も相まって、二人に劇場に泊まることが許された。


それが遅くまで未来と翼がいる理由だ。


ちなみに、事務員の音無小鳥は二人の食事と着替えを買いに行ったが、この大雨なら帰りは遅くなるだろう。




そういうわけで、未来と翼はざあざあと降る雨音をBGMにしながら青春の一ページを刻んでいる。


「で、うどんを食べながらこう言ったの、『うどんなんて嫌いよ!』って」


「あははは!おもしろーい!」


カッ、カッ、と時計は針を進め、気づけばもう20:00になっていた。


「あ、もう8時だ!」


「えっ!今日は美希先輩の出る番組あったのに…見逃しちゃったなぁ…」


(そろそろお腹空いたなー)


翼の悲しみを他所に、未来の頭は食べ物の事で一杯になっていた。


「ねえ翼、小鳥さん遅くない?」


「ん?そういえば、もう一時間も経ってるよね~」


そこで未来のお腹がギュルル…と、切ない音をたてる。


「あはは…お腹空きすぎて倒れそう…」


「引き出しとかに、何かあるんじゃない?」


翼はソファから立ち上がり、給湯室に行って冷蔵庫を漁る。


「な・に・か・ないかな~?」


「なんでもいいからお腹すいたよー!」


未来も翼に引き続き、給湯室の棚を漁り始める。




二人がゴソゴソと探し回っても、あるのは『四条貴音』と書かれたカップ麺と、大量のスパークドリンクと飴だけだ。


「うぅ~!ひもじいー!」


「おかしいなぁ…美奈子さんの作り置きがいつもあるはずなのに」


「…あったら買い物に行かないよね?」


「それもそっかぁ」


未来にしては珍しく鋭い指摘に翼が納得すると、突然玄関の方からガチャガチャと音が聞こえる。


「あ!食糧小鳥さん!」


「それだと小鳥さんを食べるみたいだよ?」


空腹に目を白黒させていた未来は、素早く扉の前に移動する。


「おかえりなさい小鳥さ――」


「あら、どうしたんですか未来ちゃん?」


「え、あ、あれ…?」


そこに立っていたのは音無小鳥ではなかった。


「お出迎えありがとうございます~」


「こ、小鳥さんは…?」


「いえ、見かけていませんよ? それより、どうしてこんなに遅くまで残っているのですか~?」


にっこりと笑いかけられ、未来が少し後ずさると、お腹の音が盛大に鳴る。




「うっ…」


未来は顔を真っ赤にしながらも、扉から離れようとする。


「ふふっ♪そんな未来ちゃんの為に、この天空橋朋花が腕を振るいましょうか~」


「え…?」


そのまま、戸惑う未来の横を通り抜けて給湯室に向かうと、翼の小さな悲鳴が未来の耳に入る。


「キャーッ!」


「つ、翼!?」


未来が給湯室に飛び込むと、腰を抜かした翼がブルブルと震えながら指を指す。


「急に来たから驚いたみたいですね~。安心してください、私に出来ない事はありませんよ~♪」


最初から持っていたのだろう、食材のたっぷり入ったビニール袋から野菜を取りだし、調理の為の準備を始めている。


翼は未来に四つん這いで近寄り、未来の体をペタペタと触る。


「だ、大丈夫…?」


「翼も大丈夫だった?悲鳴が聞こえたけど…」


「わ、わたしは大丈夫…でも、なんで突然…」


「それはですね、未来ちゃんと翼ちゃんがお腹を空かしていると思ったからですよ~♪」


「ヒッ…!」


未来が小さく声を上げる。


それもそのはず、二人のお腹が空腹を訴え始めたのはつい先程の事であり、未来も翼もそれをわざわざ言ったりはしていないからだ。


決して劇場に入ることの出来ない人間(鍵を持つのは小鳥だけ)が、誰も来るはずのない時間帯にやって来た…しかも、事情を察知して突然。


二人はその事に軽く恐怖し、お互いにお互いの体を支えながら立ち上がる。




「何が食べたいですか~? カレーでも、なんでも作りますよ?」


野菜を水洗いしながら、顔を向けないで尋ねるその後ろ姿に、未来は勇気を出して叫んだ。


「わっ、私は!」


「はい?」


「み、未来…」


「カレーが、食べたい…です!」


翼の不安を他所に、未来が背中に向けて言い放つと、今度は振り返って翼に尋ねる。


「翼さんは、何が食べたいですか~? 時間が掛かってもいいのなら、別に作りますよ?」


「う、え、あ…」


包丁を片手に、光の無い目で翼をジッと見つめるソレは当に狂人の出で立ちであり、翼は目の前の狂人から目を背けられず、心臓をバクバクと鳴らしながら答えた。


「じゃ、じゃあ…わたしは、も、同じので…」


「はい、分かりました~♪天空橋朋花特製の料理を振る舞いますよ~。滅多に食べられないですから、この機会を逃さないようにしてくださいね~」


それから、テキパキと手際よく進む作業を二人はジッと見つめていた。


いつも明るい未来も、マイペースな翼も、今この瞬間ばかりは、話す事はおろか動く事もしようとしない。


底知れぬ恐怖という鎖に縛られ、出会ったことのない狂気に侵食され、体の自由が奪われたからだ。


「~♪」


『Maria Trap』の鼻唄を歌いながら料理を作るその後ろ姿に、二人は戦慄した。


「ど、どうしよう…」


「分かんないよぉ…助けてプロデューサーさぁん…」


未来は唯一動く口を使って翼に小声で相談するが、翼はもう逃避行を始めたようだ。


意識を現実から逸らし、空想に思いを馳せて心の安定を保とうとする。




(だめだ…この様子じゃあ頼りにならない…私が何とかしないと…)


未来が無い頭を振り絞ろうとすると、声が掛かる。


「ふふっ♪二人とも待ちきれないのですか~?」


「うえっ!? は、はいッ!」


突然の問いかけに軽くパニックになるが、向こうはこちらほど気をかけていないらしく、不自然に思われる事はなかった。


「テレビでも見ながら、気楽に待っていて下さいね~」


「ほら、翼、行こ?」


「う、うん…」


二人はテレビの前のソファに座ると、黙ったまま顔を見合わせる。


しばらくすると、グツグツという音が聞こえ始め、スパイスの香りが漂ってくる。


「…………」


「……ねぇ、未来」


「どうしたの?」


「逃げればいいんじゃないかな?」


「……そうだよね」


「あら~? 私の料理が失敗してるとでも?」


「ヒィッ!?」


時既に遅し。


カレーを選択しなければ、きっと逃げることができただろう。


野菜と肉を切って鍋に入れるという動作が終われば、後は大して手間は掛からない。


火の面倒さえ見れば、こうして二人の目の前に現れることが出来る。


「心配はいりませんよ? 焦げたりもしないはずですから」


「「…………」」


そのまま二人の座るソファの前に立つ。


そして二人をジッと、ハイライトの消えた目で見下ろしていた。




――ああ、終わった。


訳もなく確信した。


しかし、運命の女神は遂に二人に微笑んだ。


玄関の扉からガチャリと音がする。


((小鳥さんだ!!))


二人の予感は的中する。


少々遅かったが、救世主はやって来たのだ。


自分達を必ず助けてくれるはずだ!


「ただいま~、遅くなってごめんなさい…ね?」


その救世主様はこの危機的状況を目撃した瞬間、フリーズした。


「あら~、おかえりなさい♪」


「ぎゃぁぁぁぁああああ!!」


命の危機を感じた人間の悲鳴は当に鬼気迫るもので、これほど見事な悲鳴を聞いた者は、三人の中で誰一人としていないだろう。


「ど、どうしたのですか…?」


「いっ、たい…どうなって…るの…?」


「??」


腰を抜かした小鳥は手に持った袋を落とし、後ずさりながら口をパクパクと動かす。


「これは…スーパーの袋ですか?」


「そ、そうよ!」


「これは、余計なことをしてしまったかもしれませんね~」


「へ?」


「実は、私も買い物をして、料理を作ってしまったのです」


「…………?」


小鳥はもう訳がわからない。


一体何が起こったらこんな事になるのか、常人の思考では予想も出来ない。




「今さっき、私がカレーを作ったんです」


「はぁ…」


「子豚ちゃんなら、泣いて喜ぶ一品ですよ~」


「…は?」


「あ、そろそろ火の面倒を…」


小鳥は給湯室に引っ込んで行ったその後ろ姿を確認すると、二人の元に四つん這いで素早く駆け寄る。


「未来ちゃん、翼ちゃん、ここは私にまかせて」


「こ、小鳥さぁん…!」


「始めて頼りに思えてきたかも…!」


「二人とも…」


小鳥の登場に感極まる二人は、零れかけた涙を拭って小鳥にすべてを託す。


「じゃあ、私は社長室に行くから、二人とも…無事でいてね!」


「耐えるよ、わたし耐えるよ!」


「これが終わったら、お寿司食べたいです」


「…アディオス」


小鳥は音を立てずに移動し、社長室に入っていった。


そしてそのタイミングで、カレー鍋を持った悪魔が二人の前に立ちはだかった。


「出来ましたよ~♪」


「は、はひ!」


「…………」


そのまま二人の前に白米のよそわれた皿を出すと、スパイシーな香りのするルーをお玉から注ぎ込んだ。


香りはいい、だが問題は味と中身。


何が入っているのかは誰も知らない。




「ね、ねぇ…と、朋花ちゃん!」


「はい?」


小鳥が何とかすることを信じ、未来は勇気を振り絞って言った。


「……食べる前の、『お祈り』は?」


「み、未来…?」


翼が怪訝な目で未来を見るが、未来は言葉を続けた。


「朋花ちゃん、いつもお祈りしてから食べるでしょ?」


「……………………そう、でしたか?」


「そうだよ~いつも十分くらいやるから、今日はやらなくていいのかな~って」


「………………………………」


黙ったところで、未来はここぞとばかりに言葉を紡ぐ。


「それじゃあ、頂きま――」


「やりましょうか」


「「!!」」


「ええ、そう、でしたね~。キチンとお祈りをしましょう~」


それから三人は目を瞑り、カレーの前で『お祈り』をし続けた。


そしてしばらく経つと、小鳥が社長室から飛び出てきた。


「二人とも、もう大丈夫よ!」


「小鳥さん、今は『お祈り』中ですよ~?」


「…は?」


何故『お祈り』をしているのか訳が分からず、小鳥は思った事をそのまま言ってしまった。


小鳥が狼狽えて何も出来ずにいる間にも、三人は食卓の前で『お祈り』を続けた。


それから一分もしないうちに、ドタバタという複数の足音が玄関の扉の向こうから聞こえてくる。


足音が一瞬止まると、ドアを開ける音と共に怒号が響いた。


「警察だ!」


見覚えのあるピンクの鉢巻きを額に巻いた警官が数名、銃を構えて飛び込んできた。




警官は二人を保護し、残った警官は銃を向けて一人を取り囲んだ。


「未来!」


「翼!」


「良かった…本当に助かって良かった…!」


抱き合う未来と翼を見て、小鳥は心底ホッとした顔で喜ぶ。


「おい、そこのお前!」


「はい~?」


「署まで来てもらおうか」


「私に指図するなんて…」


「取り押さえろッ!!」


複数の警官はたった一人を力ずくで押さえつけ、手錠を掛けてそのまま連れていった。


そして、残った一人の警官と小鳥が話している間に未来は言った。


「そういえば朋花ちゃん、この前カレーを練習してるって言ってたよね?」


「ウソ…じゃあ全部聞かれてたの!?」







終わり

おしり

翼ちゃんはある程度までは平気だけど、一瞬で自分の許容量を越した難題が降りかかってくると脆いイメージ

>>2
春日未来(14) Vo
http://i.imgur.com/DFROumw.jpg
http://i.imgur.com/mloeRlp.jpg

>>2
伊吹翼(14) Vi
http://i.imgur.com/RigxM7i.jpg
http://i.imgur.com/et2mQB7.jpg

>>8
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/g8aE7xk.jpg
http://i.imgur.com/TpAWM7G.jpg

なるほど・・・・・朋花様かと思ったよ、乙

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