穂乃果「胡蝶の夢のまた夢」 (36)
穂乃果「ムニャムニャ……
ああー、おもち、ふわふわだよー」
にこ 「ちょっと穂乃果、部室で寝てるとカゼひくわよ。
そろそろ起きなさいよ」
穂乃果「あ、おもち」
にこ 「にこはおもちではないわ」
穂乃果「じゃあにこちゃんは、何ものなの?」
にこ 「にこよ」
穂乃果「じゃあ、私は誰?」
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にこ 「いつまで寝ぼけてんのよ。
あんたはあんた。高坂穂乃果よ」
穂乃果「ふーん……ほんとに?」
にこ 「ほんとのほんとよ。
ところで、さっきあんた、何の夢みてたのよ。
ずいぶん楽しそうな顔してたけど」
穂乃果「えへへ。おもちになった夢だよ
白くて、もちもちして、ふわふわして、楽しかったよ」
にこ 「ふふふ。へんてこな夢ね。
それで、お皿の上に乗っかってるだけなの?」
穂乃果「ううん、テレビに映るアニメを見てたの」
にこ 「何のアニメ?」
穂乃果「『ラブライブ!』っていう、私たちが出てるアニメ」
にこ 「ちょっとあんた、何寝ぼけたこと言ってんのよ。
私たちがアニメになるわけないでしょ。
私たちが生きているのは、今ここにある三次元の世界なのよ。
私たちが二次元の世界の住人なわけないじゃない」
穂乃果「それもそうだよね。
うーん……どうしてあんな夢を見たんだろ。
……ねえねえ、にこちゃん」
にこ 「何よ」
穂乃果「私は本当に高坂穂乃果なのかな?」
にこ 「頭打った?」
穂乃果「この世界は、おもちが見ているアニメの世界なんじゃないかな?
高坂穂乃果は、そのアニメの登場人物なんじゃないかな?」
にこ 「そんなわけないでしょ。
現にあんた、いま目を覚ましたじゃない。
だから、こっちの世界が現実の世界で、おもちの世界が夢の世界なのよ」
穂乃果「でも、いま私が目をさましたというアニメを、おもちの世界のアニメーターさんが描いてるのかもしれないよ」
にこ 「そんなわけのわからんアニメ、つくるわけないでしょ」
穂乃果「かりにアニメじゃないとしても、何かこう、ヒマな人が落書き帳に書いてるのかもしれないよ」
にこ 「……」
穂乃果「そう考えたら、何だか怖くなってきちゃった。
『叶え、みんなの夢』って言ってきたけど、もし私たちじしんが誰かの夢の中にいるんだとしたら……」
にこ 「……まあ、それはそれでいいんじゃないの?」
穂乃果「この世界が、誰かの作ったお話の世界でいいの?」
にこ 「いいと思うわ。
夢の世界の中で、その夢を見ている人に、夢を見せてあげればいいじゃない」
穂乃果「わー、さすが、にこちゃん!」
にこ 「アイドルっていうのは、みんなに夢を見せる仕事なんだから。
そう考えてみれば、餅がどうとかこうとか考える以前に、私たちは夢の世界の住人なのよ」
穂乃果「そっか。そもそもアイドルというのは、夢の世界の住人なのか」
にこ 「えへん、そういうわけよ」
穂乃果「でもそしたら、またよくわかんなくなってきたんだけど」
にこ 「こんどは何よ」
穂乃果「アイドルは、今ここにある世界とは違う夢の世界の住人を演じてるんだよね。
でも、今ここにある世界も、夢の世界かもしれないんだよね。
じゃあ、これまでμ’sが見せてきたのは、夢の中の夢の中の世界だったの?」
にこ 「ちょっとこんがらがってるけど、そうかもね。
マトリョーシカ人形みたいに、誰かの夢の中の夢の中の世界に、μ’sはいるのかもね」
穂乃果「ところで、夢の世界って、何かな?」
にこ 「夢にも色々あるわよね。
大きく分けると、叶えたい夢と、叶ってほしくない夢。
叶ってほしくない夢の世界は、悪夢の世界ね」
穂乃果「じゃあ、叶えたい夢の世界は?」
にこ 「理想の世界ね」
穂乃果「じゃあ、アニメの世界は?」
にこ 「理想の世界じゃないかしら?」
穂乃果「アイドルが見せる世界は?」
にこ 「言うまでもなく、理想の世界ね」
穂乃果「じゃあ、アニメの中のアイドルが見せる世界は?」
にこ 「理想の世界の中の理想の世界ね」
穂乃果「理想の世界の中の理想の世界?
それって、どんな世界?」
にこ 「すっげー世界だと思うわ」
穂乃果「うーん、穂乃果はバカだから、まだよく分からないよ。
たとえ話で説明してくれると嬉しいな」
にこ 「そうね……たとえば、穂乃果のお父さんの作るお餅は、とてもおいしいわよね」
穂乃果「うん、ありがとう!
私もそう思うよ」
にこ 「でも、穂乃果のお父さんは、とっても努力家な方よね。
だからきっと、明日はもっとおいしいお餅をつくろうと夢みているんじゃないかしら」
穂乃果「うん。
口には出さないけど、きっとそんな夢をみていると思うな」
にこ 「いわばそれが、穂乃果のお父さんにとっての理想の世界にある、理想のお餅なわけよ」
穂乃果「なるほど」
にこ 「でも、さらに、この世界が、誰かの見ている夢の世界なのかもしれない。
その世界でアニメになった私たちの世界を見ている視聴者は、穂むらのお餅を見て『おいしそうだな』って思ってるかもしれない」
穂乃果「嬉しいよ!」
にこ 「いわばその人たちにとっては、穂むらのお餅そのものが、すでに理想のお餅なのよ。
だってまさに、絵に描いた餅なんだから」
穂乃果「そうすると、どうなるの?」
にこ 「理想の世界に住んでいる和菓子屋さん夢みるお餅は、理想の理想のお餅なわけよ」
穂乃果「なるほど、すっごくおいしそうだね!
じゃあ、アイドルにも同じことが言えるのかな?」
にこ 「そうかもしれないわね。
μ’sは、この世界にいる人に、理想像を見せてあげてるわよね。
つまり、こんなすてきな人がいればいいなって思い描かれるような人をね。
少なくともステージの上にいる間は、私たちはその理想像を体現してるわけよ」
穂乃果「うふふ、にこちゃんの場合は、ステージの上の顔と普段の顔はずいぶん違うよね!」
にこ 「まー否定はしないわ。
まあ、ステージの上で満面の笑みを浮かべていられれば、それでいいのよ。
そうすれば、みんなを笑顔にできるんだから」
穂乃果「うん、そうだね。
でも、この世界そのものが、誰かの見ている夢の世界かもしれないんだね?」
にこ 「もしそうだとしたら、その世界にいる人にとっては、今部室で喋っている私たちが、すでに理想の女の子なのかもしれない」
穂乃果「えー、こんなに普通なのに?」
にこ 「そうね。
こんなバカ話をしてる女子高生が、その世界にいる人にとっては、すでに理想像なのかもね。
私たちからすれば、へんな感じだけど……」
穂乃果「じゃあμ’sは、その世界にいる人からすれば、理想の理想の女の子たちなのかな?」
にこ 「そうかもね」
穂乃果「うーん……バカな私にも、何となく分かったよ。
でもそしたら、また分からないことが出てきちゃった」
にこ 「こんどは何よ」
穂乃果「私たち、『叶え、みんなの夢!』って言ってきたけど……
『みんな』って、どこにいるの?」
にこ 「……」
穂乃果「この世界にいるの?
それとも、この世界を描いている別の世界にいるの?」
にこ 「……どっちもでいいんじゃないかしら」
穂乃果「どっちも?
そんなすごいこと、できるの?」
にこ 「たぶん」
穂乃果「どーして?」
にこ 「だってμ'sは、理想の理想の世界にいる、すごーい女の子たちなんだから。
だから、一つの世界の中だけなんてケチなことを言わずに、すべての世界にいるみんなの夢を叶えるお手伝いをすればいいのよ」
穂乃果「なるほど、さすがにこちゃん!
どうもありがとう!
アイドルのことになると、急に冴えたことを教えてくれるようになるんだね!」
にこ 「一言余計よ!」
穂乃果「これで一安心したよ、ありがとう。
そうすると、はじめの問題には、どう答えられるのかな?
私って、いったい誰なのかな?」
にこ 「夢をみている餅でも、その夢の中の穂乃果でも、その穂乃果が演じる夢のアイドルでも、どれでもけっきょくはおんなじよ。
あんたはあんたなのよ。
どんなみんなでも、みんながみんなであるのと同じようにね」
穂乃果「わー、にこちゃん、すてきー!」
にこ 「ちょ、いきなり抱きつかないでよ!」
凛 「おーい、穂乃果ちゃーん!」
穂乃果「あ、凛ちゃん!」
凛 「ねえねえ穂乃果ちゃん、にこちゃんが描いたこのマンガ、すっごく面白いんだよ!
さっきにこちゃんから借りて読ませてもらって、いま返しに来たんだけど……
せっかくだから、穂乃果ちゃんも読む?」
にこ 「あ、それは……」
穂乃果「どんな話なの?」
凛 「宇宙ナンバーワンアイドルのニコニーの冒険活劇だよ!
ニコニーが、大宇宙のみんなをあの手この手で笑顔にする報復絶倒のギャグ漫画なの!」
にこ 「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうな」
穂乃果「あれ、ということは……
理想の理想の女の子であるニコニーが、さらに漫画になっているわけだから、漫画のニコニーはもう理想の理想の理想の女の子ということに……」
にこ 「頭がパンクするから、そのへんにしときなさいよ」
穂乃果「えー、私、もっと知りたいよ!」
絵里 「ハロー、みんな!
あら穂乃果、何か知りたいことがあるの?
このエリチカが、何でも教えてあげちゃう!」
にこ 「あ、ちょうどよかった、絵里。
穂乃果が妙なこと考えてるから、話相手になってくれない?」
絵里 「ええ、もちろんよ。
エリチカに答えられないことは何もないのよ」
穂乃果「わーい、ありがとう!
じゃあ絵里ちゃん、さっそく本題に入るね。
私たちμ’sは、理想の理想の女の子なんだよ」
絵里 「?」
穂乃果「なかでもとくに、理想の理想の女の子のニコニーは、自分が出てくる漫画を描いてるんだよ」
絵里 「?」
穂乃果「ということは、その漫画に出てくるニコニーは、理想の理想の理想の女の子なんだよ」
絵里 「?」
穂乃果「それってつまり、どういうこと?」
絵里 「ハラショー」
穂乃果「なるほど!」
にこ 「それでいいのかよ!」
―――
おわり
おまけ
【その日の夜、穂乃果の部屋】
穂乃果「あー、今日のにこちゃんと絵里ちゃんとのおしゃべりは、とってもためになったよ。
アイドルがいかにあるべきかを学べたような気がしなくもないよ。
さて、それでは寝るとしようか。
むにゃむにゃ……」
こんな夢を見た。
皿の上に白い餅が乗っている。
私は餅である。餅は私である。
餅がテレビを見ている。
テレビの中では、アニメになった私たちが映っている。
『ラブライブ!』だなんて、すごい題名だなあ。
私たち、まだ本選に残れるかさえ分からないのに。
オープニングが始まると、ライブをしてる私たちの姿が映る。
えへへ、いつか私たちも、こんなところでライブができたらいいな。
あ、曲が終わって、本編が始まったみたいだよ。
―――――
【アニメの世界、部室】
穂乃果「前回の『ラブライブ!』
突如として漫画の才能に目ざめたにこちゃん!
漫画家として活躍しつつスクールアイドルをこなすという、前代未聞の超人的活躍!
さて、そんなにこちゃんが出会う、新たな報復絶倒の試練とは……!」
にこ 「ハードル上げすぎよ!」
穂乃果「『ラブライブ!』第○話、『矢澤先生、恋の予感』
始まるよー!」
にこ 「私が何でもやると思ったら大間違いよ!」
海未 「矢澤先生、そろそろ『にこにーにこちゃん』の今月号の原稿のアイディア、訊かせてほしいのですが」
凛 「訊かせてほしいにゃー!」
にこ 「やあ、編集の園田さん、星空さん。
今月号の話だね。
主役のニコニーが偶然訪れた砂漠の星で、サボテンを相手に一発芸三十五連発をするというのはどうかな」
穂乃果(にこちゃん、乗せられれば何でもやるんだね。
立派だなあ、私も見習わないと)
園田 「ところで矢澤先生、一発芸の三十五連発って、何かおかしくありませんか?」
にこ 「それすらもネタの前フリなのよ。
ちなみに一発目は、ポテコを左手の薬指にはめて『お嫁に行けなくなっちゃう!』ていうギャグなんだけど……」
凛 「ちょっと寒くないかにゃー」
にこ 「何でよ!」
凛 「そもそも、少女漫画でそこまで体を張ったギャグをかます必要はないんじゃないかな。
もっとこう、少女たちは、恋愛の話を求めてるんですよ」
にこ 「あら、にこに恋バナを書けというの?」
凛 「そうそう。
にこセンパイの甘々な恋愛漫画が読んでみたいにゃー」
にこ 「ふふふ、分かったわ。
それなら明日、またいらっしゃい。
ニコニーの辞書に不可能という文字はないのよ」
凛 「語彙の少ない辞書なんだね」
にこ 「そういうことじゃない!」
穂乃果「そして次の日!」
海未 「矢澤先生、昨日お話していた原稿の件なのですが……」
にこ 「ふふふ、どうぞ」
―――――
【漫画の世界、部室】
穂乃果「前回の『にこにーにこちゃん』!
宇宙船が不時着したお菓子の星で、ポテコの実る木を見つけたニコニー!
カバンに入らない分を指にはめて持ち帰ろうとするが、すでに指にはとんがりコーンがはまっていた!」
花陽 「ユビニハメチャッタノォ?」
穂乃果「どちらを装備するか前代未聞の決断を迫られるニコニー、はたして彼女の下す決断は……
という話は置いといて、今日から物語は新展開!
お菓子の星のことは忘れて、突如として甘々な学園ラブコメがはじまるよ!」
真姫 「テコ入れが間違った方向に向かってる気がするわね」
穂乃果「『にこにーにこちゃん』第252話、
『ドキッ! 左手の薬指のポテコが抜けないニコ!
気になるあの子はまさかのエセ関西弁!?』
始まるよー!」
絵里 「うひゃー、転校初日だというのに、まさかの遅刻チカー!」
――――――
【アニメの世界、部室】
にこ 「……どうかしら」
海未 「……どうと言われましても」
にこ 「すごいでしょ。
これほど次のページが気になる構成もないわよね」
海未 「だいたい分かりますよ。
パンをくわえてるエリーチカが、曲がり角でブツカリーチカするんでしょ。
ていうかここ、本筋に関係あるんですか?」
にこ 「鋭いわね。
このあと曲り角で学園のアイドルことりにぶつかったせいで、二人の心が入れ替わってしまうのだけど……
まあ本筋には何の関係もないわ。
『ハラショー』って言うことりが描きたい、ただそれだけのことよ」
凛 「まあそれはいいにゃ。
残念ながらこの原稿は、まるごと描き直しだもんね。
凛はこの漫画も好きだけど……」
海未 「そうですね」
にこ 「何でよ!
エセ関西弁の貴公子が誰か気にならないの?」
海未 「まあ、だいたい見当つきますから」
にこ 「……じゃあこういうのはどう?
迷子の穂乃果にランチパック屋さんへの行き方を教えたニコニーが呼び止められて……」
―――――――
【漫画の世界、部室】
穂乃果「ニコニー!」
にこ 「どうしたんだい、かわいこちゃん」
穂乃果「私、こんな気もちになったのはじめてです。
お願いです、私と……」
にこ 「いいや、それ以上言っちゃいけねえよ、お嬢さん」
穂乃果「どーして?」
にこ 「あんたと俺は、これ以上近づくことはできないんだ。
これ以上近づいたら……俺はあんたを傷つけちまう」
穂乃果「なんでなんで?」
にこ 「俺の手を見な」
穂乃果「何ということ……十本の指ぜんぶに、とんがりコーンが……」
にこ 「昨日はめたら、抜けなくなっちゃったんだよ。
これで分かっただろ。
俺はあんたに触れることは……
おいやめるんだ穂乃果ちゃん、俺の指にはまったとんがりコーンを口にするなんて……」
――――――
【アニメの世界、部室】
穂乃果「夢か……」
海未 「ハレンチです!」
にこ 「うーん、少女漫画にしては過激な描写だったかしらね」
凛 「大人の世界は、凛にはまだ分からないにゃー」
――――――
【穂乃果の部屋】
穂乃果「夢か……」
明日のおやつは、とんがりコーンにしようかな。
夢で見てたら、何だか食べたくなってきちゃったから。
そうすれば私は、私の夢をひとつ叶えたことになるのかな。
あれ、でもとんがりコーンを食べることって、私の夢の中の夢の中の私が見ていた夢で……
まあ、いっか。
今日にこちゃんが言ってくれたように、どの世界の私でも、私は私だからね。
――――――――
【アニメの世界、部室】
穂乃果「知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを」
――――――――
【漫画の世界、部室】
穂乃果「知らず、周の夢のまた夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢のまた夢に周と為れるかを」
―――――――
【アニメの世界、部室】
穂乃果「大丈夫。
どの世界でも、私は私だよ。
だから私は、どの世界のみんなのことも元気づけられるよ」
―――――――
【穂乃果の部屋】
穂乃果「叶え、みんなの夢……」
―――――――
【絵里の部屋】
絵里 「ハラショー」
――――
おまけ おわり
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