高二、春
いろは「せんぱーい。助けてくださーい」
八幡「え? 嫌だけど」
いろは「即答とか酷いですねー。せっかくかわいいかわいい後輩が、相談しに来ているというのにー」
八幡「相談しに来るやつのセリフじゃねぇからそれ」
いろは「まぁ、そんなわけで相談です」
八幡「人の話は聞け」
いろは「葉山先輩のことなんですけど――」
八幡「おーい、一色さーん」
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いろは「最近何をすればいいのかわからないんですよ!」
八幡「知らんわ」
いろは「いや、先輩なら葉山先輩の弱点とか知ってるんじゃないんですか?」
八幡「なんで倒すこと前提に話し進めてんだよ。あとそんなの知ってるわけないだろ」
いろは「でも海老名先輩が『隼人くんのことはヒキタニくんが一番知ってる』って言ってましたよ?」
八幡「それは妄想だ。しかも腐ってる方の」
知ってたけどね。それに私にそんな趣味ないし。
いろは「とりあえず話を戻しますと、私がアタックしていても葉山先輩は振り向いてくれないんですよ」
八幡「ふむ」
いろは「多分今のままじゃダメなんだと思うんですよね」
八幡「なるほど」
いろは「だから先輩に相談しに来たんです」
八幡「いや、その理屈はおかしい」
いろは「そうですか?」
八幡「考えてもみろ。そもそも俺はぼっちだ。対人関係ですらまともにこなせないやつが、恋愛相談に乗れるわけないだろうが」
いろは「そんなの百も承知ですよ」
八幡「ならなんだ。フラれたいのか? 失恋経験なら誰にも負けない自信があるぞ」
いろは「そうじゃないです!」
その話についても詳しく聞きたいところだが、今は我慢。
八幡「じゃあなんだよ」
いろは「これまで私は正攻法で葉山先輩にアタックしてきました。でもあまり効果はありません」
八幡「ほう」
いろは「だからここは奇策が必要なんですよ。先輩みたいなその斜め下の発想が葉山先輩攻略の鍵になるのかもしれません」
八幡「斜め下なのかよ」
いろは「少なくとも上ではないですよね」
いろは「で、どうしましょう?」
八幡「待て。俺はまだ承知していない。何ならこれからも承知しないまである」
いろは「変なとこで強情ですねー。そんなんじゃモテないですよ?」
先輩、顔は悪くないんだからそういうところ気にすればモテると思うのに。
八幡「余計なお世話だ」
いろは「はぁ……」
八幡「とりあえず俺じゃなくて――」
仕方ない。ここは奥の手だ。
いろは「『それでも俺は――」
八幡「わかったわかった聞くから聞くからやめろ」
いろは「わーい♪」
八幡「このゆるふわビッチめ」ボソッ
いろは「『それでm――」
八幡「何でもありません」
八幡「奇策っつってもなぁ、俺に特に案はねぇぞ」
いろは「えー? むしろ先輩って普段からそういうことばかり考えてそうですよ?」
八幡「どういうことをだよ。てか俺はそういうスイーツ(笑)じゃねぇ」
いろは「話通じてるんじゃないですか。でも私じゃ限界があるんですよー」
八幡「ちなみに今までは何をしてきたんだ?」
いろは「えーと、タオルを持っていく時に葉山先輩のを一番やわらかくて心地いいのにしてあげたり」
八幡「なるほど、マネージャー特権だな」
いろは「そうです。あとは、たまにお菓子をあげたり」
八幡「ふむ、大抵の男ならイチコロだな」
いろは「えっ、それってまさか口説い――」
八幡「てねーから。ここからフラれるまでの流れにもいいかげん飽きたわ」
いろは「そうですかぁ……。残念」
八幡「まぁ、大抵の男ならってだけで、葉山には通じないだろうな」
いろは「ですよね……。葉山先輩ってそういうの日常茶飯事っぽいですし」
八幡「わかってるんだな」
いろは「わかっていますよ! 好きな人のことなんですから!」
八幡「…………」
いろは「……? どうかしたんですか?」
八幡「いや……、なんと言うか、前から思ってたんだけどよ……」
いろは「何ですか?」
八幡「なんでそんな堂々としていられるんだ?」
いろは「……?」
八幡「普通好きな人が誰かなんて、他人に知られたくないものじゃないのか?」
いろは「んー……、そうですかね……?」
八幡「まぁ、別にどうでもいいけどよ」
いろは「なんかイラっとしますね、その言い方」
……そう言えば、なんでだろ?
――
――――
いろは「そんなわけで作戦会議でーす」
八幡「どうしてこうなった」
いろは「かわいい女の子と、しかもかわいい後輩と一緒にお茶なんてラッキーじゃないですかー」
八幡「かわいいって自分で言うんじゃねぇ。しかも二回も。唯一褒められる点は場所の指定がサイゼリヤだったってことだけだぞ」
いろは「あは。まぁそんなことは置いといて」
八幡「おーい」
いろは「どうすればいいと思いますかね?」
八幡「完全に無視か」
いろは「だってそんなのどうでもいいですし。はやく何か案を出してくださいよ」
八幡「って言われてもなぁ……」
いろは「じゃああれです。先輩がされたらドキッとするようなこととか」
八幡「……話しかけられたら、とか?」
いろは「どんだけ女子に免疫ないんですか!?」
じゃあいま私と話してるのもドキドキしてるってこと? ワンチャンあるかな。それ以前の問題だけど。
八幡「うっせぇ。ぼっちはみんな女子苦手なんだよ」
いろは「それじゃあ全然参考にならないじゃないですか」
八幡「だからそもそも俺に聞くのが間違いなんだって」
いろは「いやいや、聞きましたよ?」
八幡「何をだ」
いろは「葉山先輩とテニス勝負したそうじゃないですか。しかも勝ったとか」
八幡「ああ、あれか。いろいろ運が良かったからな」
いろは「経緯がどうであれ先輩は葉山先輩に勝った人間なんです。だから相談しているんですよ」
八幡「…………」
いろは「……先輩が」
八幡「?」
いろは「先輩だけが、頼りなんです」
少しだけうつむいて、目をうるませて、上目遣いで頼みこむ。これで大抵の男子はイチコロ――。
八幡「あざとい」
やっぱり先輩には効かないかー。
いろは「そういえば最近奉仕部の方はどうなんです?」
八幡「また話の振り方が雑だな。……そうだな、特にないんだよなぁ」
いろは「でも妹さんが入ってきたんですよね?」
八幡「ああ……そうなんだよ……。ただ大体雪ノ下か由比ヶ浜が小町と話すから、俺が校内で小町と話すことがないんだよな……。せっかく同じ高校に入れたのに……」
あっ、地雷だったっぽい。こうなった先輩はめんどくさいなー。
八幡「同じ学校で軽口を叩き合う兄妹を夢見てたのになぁ……。どうしてこうなっ――」
いろは「あー、もーいーです」
八幡「」
いろは「それで、どうしましょうか」
八幡「話の脱線の仕方が雑なら戻し方も雑だな。……そうだな」
そう言ったきり先輩は黙る。顎に手をやっているところを見ると、割とちゃんと考えてくれているらしい。
しかしそれも五分ほどで終わり――。
八幡「ダメだ、わからん」
弱音を吐き、そのままついさっき来た辛味チキンをかじる。美味しいよね、それ。
八幡「そもそも葉山が誰かと付き合うって絵が全く想像つかん」
いろは「えー? そうですかぁ?」
八幡「なんかあいつが誰かを好きになったりするのも――」
ふいに先輩の口が止まる。目の焦点が私に合っていない。まるでどこか遠くを見ているようにも見える。
その視線を追うが、別段気になるものはない。
いろは「……先輩?」
八幡「いや、なんでもない」
八幡「さてと、さっきの話だが」
いろは「おっ、何か思いつきましたか?」
八幡「普通に遊びに誘ってみるのはどうだ?」
いろは「それができたら苦労しませんよー」
それで何度断られたことか。葉山先輩のガードは固すぎて突破不可能な気がする。
八幡「いや、それは少し遠慮気味にだろ?」
いろは「?」
八幡「俺を連行する時みたいにもっと強引にやってみたらどうなんだ?」
いろは「それは先輩だからやるんですよ。葉山先輩にやったら嫌われちゃうじゃないですか」
八幡「そうか? 俺はむしろそっちの方がいいと思うんだが」
いろは「えっ?」
八幡「えっ?」
いろは「ひょっとして――」
八幡「口説いてないから」
ないと意味ないんじゃないのか?」
いろは「あー、確かに言われてみればそうですね」
八幡「一応言い出しっぺはお前だからな」
いろは「でもこわいですね。嫌われちゃったらなんて、考えると」
八幡「まぁ、案は出した。どうするかはお前次第だろ」
先輩は今度はドリンクバーで取ってきたコーヒーをストローで吸う。そのグラスの周辺にはいくつものミルクとガムシロのゴミがある。
……あれ、それ一杯目だよね? その一杯にそれ全部入ってるの?
いろは「じゃあ」
バッグからスマホを取り出し、その画面上をなぞる。
いろは「……さてと」
送信を済ませてまたしまう。
八幡「……あれ、まさかもう?」
いろは「えっ? そうですけど?」
八幡「マジかよ。あんなに渋ってたのにすんなりと送るのか」
いろは「私、踏ん切りはいい方なんですよ」
八幡「ちなみになんて?」
いろは「えっ、先輩って後輩が好きな人に送るメールの中身とか気になっちゃうタイプなんですか正直引きました」
八幡「いやいや……、一応俺が案を出したんだし、その結果どうなったのか知る権利はあるだろ……」
まぁ、冗談だけどね。相談に乗ってもらっておいて、こんなことを本心で思うほど私も腐っていない。
そんなことを思ったら私自身が先輩の目以上に腐っちゃうし。やだ、それ腐りすぎ……。
いろは「はい」
スマホを先輩の方に向けて見せる。
八幡「なになに…………げっ」
先輩の顔がげんなりとする。はい、予想通りの反応ありがとうございます。
八幡「お前、マジでこれ送ったの?」
いろは「そうですよ? それにこうしろって言ったのは先輩でしょ?」
八幡「いや、まぁ、そうなんだけどさ……」
ちなみにそのメールの文面はこうだ。
明日いっしょにおでかけしませんかー?(・ω・)ノ
ららぽーとに行きたいので、船橋競馬場駅に午後一時に集合です~o(^▽^)o
楽しみにしてますね♪
いろは「……やっぱりこれはダメな気が」
八幡「今更かよ……」
いろは「でもですね、空いてる日を聞くといつもはぐらかされちゃうんですよ」
八幡「まぁ、あいつらしいな」
いろは「だから少し強引にしたんですけどね~」
八幡「後輩から送るメールではないと思う」
いろは「ですよね……」
あー、何やってんだろ。もうちょっと考えてからにすればよかった。衝動で動くのはよくないね。
コーンーナーレープーリーカーハーイーラーナーイ
いろは「うわ、返信来たっぽいです」
ヤバい。本当にどうしよう。
FROM:葉山先輩
TITLE:RE:
お誘いありがとう。とても嬉しいよ。
でも、明日はどうしても外せない用事があるんだ。すまない。
またの機会に誘ってくれると嬉しいかな。
いろは「……断られちゃいました」
八幡「まぁ、なんというか……」
ご愁傷様ですとでも言いたげな顔をしている。先輩のことだから口には出さないんだろうけど。
いろは「はぁ……葉山先輩は鉄壁すぎですね……」
八幡「お前もよくアタックし続けようと思うよな。俺だったらもう諦めるだろうよ」
そもそもアタックしないまである、とかブツブツ言っているが無視。
いろは「それって諦めろってことですか?」
八幡「いや、そうじゃない……。なんというか、俺は諦めが早いからな。そういう姿勢は、尊敬するしすごいと思う」
一瞬心臓の鼓動のペースが崩れる。しかしそれも本当に一瞬で、すぐにまた元のペースに戻る。
……まさかね。それはない。
とりあえずここまで。これからのんびり書いていきます。
あといろはすかわいい。
>>14の出だし途切れてるけど
>>14
訂正
八幡「お前が必要としているのは奇策だろ? ならそのくらいやらないと意味ないんじゃないのか?」
いろは「あー、確かに言われてみればそうですね」
八幡「一応言い出しっぺはお前だからな」
いろは「でもこわいですね。嫌われちゃったらなんて、考えると」
八幡「まぁ、案は出した。どうするかはお前次第だろ」
先輩は今度はドリンクバーで取ってきたコーヒーをストローで吸う。そのグラスの周辺にはいくつものミルクとガムシロのゴミがある。
……あれ、それ一杯目だよね? その一杯にそれ全部入ってるの?
>>23
ご指摘ありがとうございました。
一ヶ月後
いろは「いやーしかし、進展ないですねー」
八幡「お前なにちゃっかり部室にいるの? もう慣れたけどさ」
いろは「さすがにサッカー部のマネージャーやりながら生徒会長もやって、さらに兼部はちょっと無理ですよー」
小町「すごいですよねー。多分こんなに忙しい生徒会長は他校にもなかなかいないと思いますよ?」
いろは「ありがとー、小町ちゃん」
小町「いえいえー」
小町ちゃんかわいい。もし私に妹がいたらこんな感じなのだろうか。もういっそのこと私の妹にしちゃいたい。
先輩のお嫁さんになったら、小町ちゃんが私の妹になるのかー。うーん、ちょっと悩みどころだ。
小町「そういえば小町の同学年に生徒会に興味がある人がいましたよー」
いろは「えっ、ホントに?」
小町「はい! ちなみにお兄ちゃんも雪乃さんも結衣さんも知ってる人ですよ?」
八幡「あっ」
雪乃「…………」
結衣「えっ、ウソ! だれ!?」
八幡「おい、この三人の共通の知り合いで、なおかつ小町と同学年ってかなり範囲狭まるだろ。てか一人しかいねぇ」
雪乃「川崎さんの弟さんね」
小町「雪乃さんピンポンです~」
八幡「……あいつか」
先輩の目がいつも以上にドス黒くなる。ここまで腐ってるの初めて見たかも。
八幡「あれほど小町に近づくなと……」
いろは「あっ、ただのシスコンですか」
八幡「るせぇ、あんな男に俺の小町はやらん」
小町「はいはいお兄ちゃんは、そういう話は家でなら聞くから」
八幡「いや、だが――」
ブツブツとまた独り言が始めるが、四人とも無視だ。もうみんなあきれちゃってるのかな。
いろは「で、その川崎くんだっけ?」
小町「あっ、はい」
いろは「まぁ、人手は多いに越したことはないから、なんなら体験入会も受け付けてるよって言っておいてくれるかな?」
小町「了解です!」
ビシッと敬礼をキメる小町ちゃんがさらに可愛らしい。もうお持ち帰りしちゃいたい!
八幡「しかしあいつも変わってるな。生徒会に入りたいなんて」
小町「なんか生徒会が活躍する漫画だかを読んだらしいよ」
八幡「あー」
いろは「実際目立った活躍する機会ないんですけどねー」
八幡「地味な作業がほとんどだよな」
いろは「そうなんですよー」
どうしてそれを先輩が知ってるかは、まぁ、私が先輩をこき使――頼りにしてるからなんだけど。
一週間後
大志「はじめまして。川崎大志っす! よろしくお願いします!」
そう名乗った少年は礼をする。なんかこう、初々しいね。新入生ってまぶしい!
いろは「うん、よろしくね」
そう笑いかけると川崎くんの顔がほんのり赤くなる。あっ、この子ちょろい。
まぁ、私の狙ってる相手が揃いも揃って強敵なだけなんだけど。
葉山先輩はもちろんのこと――。
八幡「あ? なんで俺の方を見んだよ?」
いろは「いえ、なんでもないですよー」
――先輩もね。
……。
…………。
…………あれ?
大志「会長?」
いろは「あっ、ううん! 何でもない!」
今のは、うん、言葉の綾ということにしておこう。
雪ノ下先輩や結衣先輩が苦労してるのを見てそう思っただけ、とりあえず、そんなのじゃない。
はず。
八幡「どうした、五月病か?」
いろは「そんなのじゃないですよー。てか、年中五月病みたいな先輩に言われたくないです」
八幡「……まぁ、否定はしない」
いろは「よし、じゃあ溜まってる仕事を片付けちゃいましょー」
八幡「そうだな。大志、お前もやるんだぞ」
大志「了解です! お兄さん!」
八幡「お前にそう呼ばれる筋合いはない」
――
――――
大志「本当に、地味っすね」
八幡「だろ? 漫画みたいなド派手な仕事なんてねぇんだよ。現実を見ろ」
大志「うす」
いろは「まぁ、こんな地道な作業がほとんどだったりするけど、それでもやっぱりやり甲斐はあると思うよ?」
大志「……そうなんすか?」
いろは「うん。生徒会やってて誰かに褒められるわけじゃないけど、それでもなくてはならないお仕事だからね」
八幡「…………」ポカーン
いろは「先輩?」
八幡「いや……なんかこう……、ちゃんと生徒会長やってんだなってよ」
いろは「それってバカにしてます?」
八幡「してねぇ。ただあんなスタートだったのに今はちゃんとやってて、よかったって思っただけだ」
『よかった』
瞬間、また心臓のリズムが崩れる。
…………。
いやいやいやいやいやいや。
それはないそれはない。太陽が東から昇るくらいあり得ない。あれ、それは普通だね。
今のは先輩が普段褒めたりしないからびっくりしただけ。うん、私は悪くない。普段から褒めてくれない先輩が悪い。
ここまで。
やっぱりいろはすかわいい。
高二、七月。
気温も上がり長袖では暑くなってくる季節に、私と先輩はまたサイゼリヤにいた。
いろは「結局一回も葉山先輩とデートに行けませんでしたねー」
こんなにいろんなことをアドバイスしてもらったのに、戦果はゼロと等しい。本当に葉山先輩の難易度が高すぎる。
八幡「わりぃな。大して力になれなくてよ」
いろは「ホントですよー。頼りにしていたのにー」
八幡「…………」
いろは「……でも、感謝しています」
八幡「はっ?」
いろは「なんだかんだ文句を言いながらも先輩はいつも真剣に考えてくれたじゃないですか。結局どうにもならなかったけれど、感謝はしているんです」
八幡「…………」
いろは「ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。きっと今の言葉の中に嘘はないと思う。
八幡「……そりゃまぁ、お前が葉山とくっついてくれたら、こんな風に俺にちょっかいかけることもなくなるだろうからな」
いろは「うわー、先輩。それはさすがにないですよー」
八幡「うっせ」
いろは「でも、感謝してるのは本当です」
八幡「…………」
いろは「だから、もしも先輩になにかあったりしたら、その時は私が相談にのってあげますよ」
八幡「それはない」
いろは「こんなにもかわいくてカワイイ後輩がこう言ってるのに、それを無下にするなんて先輩は男の風上にも置けませんね」
八幡「そんな人間にもなりたくねぇからむしろ願ったり叶ったりだ」
いろは「負け惜しみですか?」
八幡「誰に負けたんだよ俺」
いろは「葉山先輩とかですかねー」
八幡「そもそも勝負にすらならねぇよ、その組み合わせは」
八幡「……結局何回断られたんだ?」
いろは「三回ですかねー。部活も終盤ですし受験もありますし、あんまり誘えなかったんですよー」
八幡「夏だしな。そろそろ最後の大会だしもう無理なんじゃねぇの?」
いろは「ですよね……」
これだけ誘ってもダメなのだから、もう脈はないんじゃないかと思う。そろそろ心も折れそう。
八幡「どうする? まだやるのか?」
いろは「…………」
正直、迷っている。このまま葉山先輩にアタックし続けてどうにかなるとは思えない。
いろは「んー……、とりあえず休戦です」
八幡「休戦?」
いろは「はい。諦めるつもりはありません。でも、当分は何もできないので休戦ってことで」
八幡「そうか……」
いろは「私、諦めが悪いタチなので」
言ってすぐに違和感が胸の中をよぎる。
それは真実だろうか。私は本当に今も葉山先輩が好きで『諦めない』と言っているのだろうか。
もっと他にある何かを恐れているんじゃないだろうか。
諦めることによって私の周りで変わってしまうものは? 最も恐れている変化は何だろう?
ふと、目の前の先輩と目が合う。
八幡「…………」スッ
が、すぐに目を逸らされた。
いろは「先輩は、受験どうするんですか?」
八幡「ん? 私文だけど?」
いろは「相変わらず楽することしか考えてないんですね」
八幡「ば、バカ言え。決して科目数が少ないからそうしたわけじゃない!」
うわぁ、わかりやすい。
いろは「じゃー、なんなんですかー?」
八幡「まぁ、それなりに偏差値高くてネームバリューあるとこに行けば、将来キャリアウーマンとかになる女性もいそうだろ?」
いろは「そんな理由で大学に行く人、初めて見ました」
八幡「だろうな。俺も見たことねーし」
いろは「でもそれなら国立も条件同じですよね。むしろ可能性が上がるのでは?」
八幡「……サイキンアツイナー」
いろは「露骨すぎですよ先輩」
八幡「ところでだ」
いろは「話を戻しましょうよ」
八幡「まぁそれは置いといて。俺もなんだかんだ言って受験生だ」
いろは「そうですね」
その割には余裕そうに見えるけど。
八幡「だからそろそろ夏期講習とか始まるからよ、こんな風に相談に乗れないかもしれない」
いろは「そう、ですか……」
心のどこかで残念に思っている私がいる。
――ん? 残念?
それはちょっとおかしくないかな。
そもそも先輩と話してたのは私が葉山先輩と付き合うためのアドバイスをもらうためで、休戦すると決めた今では先輩と話す理由などないはずなのだ。
本当に葉山先輩が好きで、それが目的ならば残念と思うのはおかしい。
それじゃまるで、この時間を楽しんでいたみたい。
違う。そんなの、違う。
私が好きなのは葉山先輩。
先輩はただの、ただの……。
……なんだろう?
私にとって先輩とはどんな存在だろう?
生徒会長という重荷を背負わせた張本人?
私にとって便利な道具?
恋愛相談に乗ってくれる友人?
どれでも当てはまる。どれも私から見た先輩の姿だ。
でも、何かが違う。
何を、見逃している?
何を、見ないようにしている?
何を、見て見ぬ振りをしている?
八幡「一色?」
いろは「えっ?」
八幡「いや、えっ、じゃなくて、どうしたんだよ? さっきからボーッとして」
いろは「あ、あははー。別になんでもないですよー」
取り繕って笑ってみせる。今さっき考えていたことを感づかれたくなかった。
八幡「まぁ、ならいいけどよ。とりあえずお前も休戦? するんだろ?」
いろは「そう……ですね」
少し言葉がつまったのは、そう答えるのを嫌がる自分がどこかにいるからか。いや、そんなわけはない。
八幡「じゃあこの相談会みたいなのも、もういいよな」
そう言ってテーブルを立つ。
ドクンッ。
まただ。また、心臓の鼓動が不規則になる。
しかしそんなことに気がまわらないほどに私は焦っていた。
いろは「あっ……」
八幡「……ただ、悪かったな。大した助言もできなくて」
本当に申し訳なさそうにそう言うと、カバンを持って先輩は歩き出した。
待って、行かないで。
そう言いたいのに、声が出ない。
言いたいという気持ちと、言ってはいけないという気持ちが交錯して、私はかろうじてか細い声が出るだけで、何も言えない。
そのまま、先輩は店から出て行った。先輩のいたテーブルには十個ほどのガムシロップの空き容器と、一枚の硬貨だけが置かれている。
力が、出ない。
私はその場から動くことすらできなかった。
ここまで。
アニメのいろはすが可愛すぎて大変素晴らしい。あとあざとい。
いろはす~。
――
――――
何とかして家に帰ると、そのまま部屋のベッドに飛び込んだ。バスッと反動でわずかに身体が浮く。
そしてズシンとベッドに身体をあずけるとまた思索を再開する。
どうしてこんなに動揺しているんだろう。
わからない。
わからない、わからない。
わからない、わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
自分の気持ちなのに、わからない。
こんなの初めてだ。今までどんなことがあったって、自分の感情の理屈は理解できたし、極力コントロールだってしてきた。
なのに、今は全くそれができない。
二度と会えないなんて言っていない。ただ今までの会う約束がなくなっただけなのに、こんなにも落ち込んでいる。
いろは「私……もしかして……」
ハッと自分があまりにも突拍子のないことを考えていたことに気づき、それを振り払うように頭を振る。
脳が揺れたせいか、視界がわずかにゆがむ。それが気持ち悪い。
いろは「そんなこと……」
頭の中に浮かぶ先輩の顔。
いろは「いやいや……」
意識しないようにすればするほど、先輩のことが頭から離れなくなる。
いろは「嘘……そんなこと……」
心のどこかにあった何かがみるみる脆くなる。
このままじゃ……認めて……しまう……。
いろは「いや……」
先輩とはあの関係だから一緒にいて心地よいのだ。ただの先輩と後輩。そんな恋愛感情の一切差し挟む余地のない関係。
なのに、私が認めてしまったら、あの関係はもう……。
いろは「あ……れ……?」
いろは「ちが……私は先輩と一緒にいたいわけじゃ……」
『ならどうしてそんなに苦しんでいるの?』
「…………」
『答えはもう知ってるんでしょ? ならあとはもう認めるだけじゃない』
「違う……違う……」
『何が違うの?』
「そ、それは……」
『いい加減認めたら? 私が先輩のことを――』
――刹那、何かが崩れ落ちた。
「やめてよっ!!!」
私しかいない室内に悲痛な声が響く。
いろは「はぁ……はぁ……」
いつの間にか息が切れている。
心臓の鼓動はもう不規則どころか、それまで経験したことのない程のスピードにまでなってしまっていた。
それはもう、認めているのと同然だった。
先輩、と心の中でつぶやく。頭の中に先輩の顔が思い浮かぶ。
ただそれだけなのにどうしてか恥ずかしくなって頭を振る。
私は、先輩のことが――。
いろは「……好き?」
言葉にした瞬間、ほおが熱くなる。きっと鏡で見たら赤くなってしまっているのだろう。
誰がなんと言おうと、私は今、恋する乙女になってしまっていた。
いろは「どうしよう……」
知らなければよかった。気づかなければよかった。
そんな心の声が聞こえる。
しかしそんなifは無意味だろう。この気持ちの存在にはうすうす気づいていたのだ。ただ、認めようとしなかっただけで。
いろは「……先輩と会わなくなってむしろ良かったのかも」
明日以降の私が先輩と普通に話せるとは思えない。先輩ならそんな私の変化にきっと気づいてしまう。
いろは「……でも、やっぱり先輩と会えないのは寂しい……かな」
数週間後
いろは「…………」ボー
大志「…………」サッサッ
いろは「…………」ボー
大志「会長さん、終わりました」
いろは「…………」ボー
大志「……会長さん?」
いろは「はっ! ご、ごめんね、川崎くん」
大志「いや、いいっすけど……、大丈夫すか?」
いろは「あー、うん。大丈夫だよー」
大志「じゃあ会長さん、これ」
いろは「ありが――ってこんなにやってくれたの!?」
私の分までやってくれたらしい。川崎くんは地味な仕事でも一生懸命やってくれるいい子だ。
大志「副会長さんにも少し助けてもらいましたけど」
そう言って少し気恥ずかしそうに笑う。周りを見るが副会長の姿は見えない。
大志「あ、副会長さんなら書記さんと一緒に帰ったっすよ」
いろは「あー……そうなの」
確かにあの二人仲良いもんなぁ。
大志「書記さんが用事があるみたいなので先に帰っちゃいました。副会長さんは残るって言ってくれたっすけど、まぁ、あの二人なんで一緒に帰ってもらったっす」
いろは「川崎くん、グッジョブ!」
いろは「はぁ……」
大志「……何かあったんすか?」
いろは「えっ?」
大志「ここ最近よくボーッとしてるっす」
いろは「あー、遅めの五月病かなーあははー」
大志「……なるほど。納得っす」
それが嘘だとすぐにわかった。深入りはしないでくれたのだ。それが私のことを思ってなのか、それとも私に興味にないからなのかはわからないけど。
――あれから。
あれから、私は先輩に一度も会っていない。
ここまで。
ようやく家から連投できるようになった。
あと五話の「先輩に乗せられてあげます♪」が可愛すぎて死んだ。
いろはす~。
高二、秋。
季節は巡り巡って秋。ちょっぴりセンチメンタルになるこの時期は気温の割には寒く感じる。
生徒会長とサッカー部のマネを掛け持ちしながら送る高校生活は少し寂しい。
生徒会長になって一番の大仕事である文化祭は、去年ほどとまでは言わなくとも、それなりの成功を収めた。
文化祭の準備を始めるにあたって去年の資料を調べると、去年の記録は先輩によって書かれたものだとわかった。先輩のいない日々の中でほんの少し垣間見えたシルエットに、嬉しくなったのは内緒の話。
あんなにすごい大成功だったのに、裏方の準備はそこまで捗っていなかったことにも驚いた。仕事の三分の一は雪ノ下先輩が片付けたんじゃないかと思ってしまうくらい、他の委員の働きぶりは芳しくなかった。
これを書いている時の先輩、どんな顔をしていたんだろう。
もしかしたら、あのクリスマスイベントの時の先輩の小慣れていた感じは、この時に培ったものなのかな。
そんなこんなで文化祭の準備や部活などその他諸々のせいで、私はほとんど奉仕部に行かなくなった。
それに比例するように自然と先輩と顔を合わせる機会も減った。そのせいで去年から夏までの私の日々でどれだけ先輩の存在が大きかったのかもわかってしまった。
そして今の自分の気持ちが嘘でもまがい物でもないと、実感させられてしまう。
いろは「よし……」
無事に生徒会選挙も終わって川崎くんも生徒会の正式会員になり、早二週間。
ようやく新体制にも慣れ始めたおかげで今日は早めに仕事が終わる。あー、疲れたー。
下駄箱に向かうと聞き覚えのある声がした。反射的に近くの壁に隠れる。
結衣「――やっぱりゆきのんはすごいねー。あの、……なんとか大学もA判だし!」
雪乃「そこまで大したことはないわよ。所詮模試は模試だもの」
八幡「いやいや、あそこでA判はかなりヤバいからな。ソースはまだC判しか取れない俺」
結衣「あ、あははー。あたしはEしか取れないや……」
八幡「おっ、由比ヶ浜は志望校を間違えずにマークできたのか」
結衣「そこまでバカじゃないよ!?」
八幡「あと雪ノ下。お前は……」
雪乃「何かしら?」
八幡「……由比ヶ浜をここまで成長させて、すげぇな」
結衣「別にゆきのんに勉強教えてもらう前からちゃんとマークできるからね!?」
八幡「どうだかな」
いろは「…………」
入りづらいなー、あの中。図書室にでも行って時間をつぶそうかな。
それより、今の先輩の反応がなんかヘンだったような気が……?
……気のせい、かな。
――
――――
結局私はそれから図書室で三十分ほど時間をつぶしてから下校する羽目になった。
いろは「……そろそろ大丈夫かな」
そうして帰途につく。途中で風が冷たくなっていたことに気づいた。
何もしないまま夏が終わり、そして秋も過ぎようとしている。
ふと、これからどうしようと思った。
これまでと同じく何もしないまま、が一番理想的だろうか。
でも、それを納得できるかと言われたら、また別の話だ。
私自身のエゴを優先させてしまうなら、告白したくないといえば嘘になる。
この気持ちをすべて伝えてしまいたい。
それほどまでに私は先輩が好きだ。
でも今、私が告白なんてできるわけがない。ちょうど受験真っ只中の先輩の邪魔をしたくないしできない。
そもそもこんなことを考えているのが間違いだ。本当に先輩のことを思い、想うのなら、告白なんて単語は決して脳裏をよぎってすらならない。
ああ、私はなんて自分勝手でイヤな女の子なんだろう。
先輩のことが好きで、会いたくて、話したくて、そのくせそれを避けようとして、そんな自分がイヤで、いろんな感情が、頭の中を、グルグル、まわる。
そんな頭の中でめまいがする。
グチャグチャに散らかった感情が目の前の光景すら歪ませる。
こんな気持ちになるくらいなら。
もっと早く気づいていたなら、と思う。
もっと早く認めていたなら、と思う。
そうすればこんな季節になる前に「好きです」と言えたのに。
こんなことにならずに済んだのに。
――いや。
そもそも、好きにならなければよかった。
先輩に、出会わなければよかった。
あの時、奉仕部になんて行かないで、そのまま生徒会長になっておけばよかった。
そうすれば、こんなに苦しい思いをせずにすんだ。
そこでふと、気づく。
今の自分が抱いている感情こそが『恋』なのだと。
これこそが、本物なのだと。
『普通好きな人が誰かなんて、他人に知られたくないものじゃないのか?』
そんな先輩の声がリフレインする。あの時の答えが今頃になってわかる。
あの葉山先輩への想いはやはり偽物だったのだ。だから誰に知られたとしてもなんともなかった。
でも、今度のは違う。
誰にも知られたくない。この気持ちは本人だけに知って欲しい。
苦しい。
胸が、締め付けられる。
先輩に会いたい。
先輩と話したい。
一色、なんてぶっきらぼうでもいいから、名前を呼ばれたい。
八幡「一色」
ほら、もう幻聴が……。
八幡「おーい、一色さーん」
いろは「……あれ、先輩?」
ん、先輩?
いろは「って、えええええええええええええええ!?」
ここまで。
アニメのいろはすの破壊力ヤバい。
あと三部作の続きが来たね。やったね。
いろはす~。
八幡「うぉっ!? な、なんだよ?」
いろは「そう言いたいのは私の方ですよ!? なんでこんなところにいるんですか!?」
いま私がいるのは校門から少し歩いたところだ。あんなに時間を空けたのに。
八幡「普通に忘れ物だ。教室にな」
いろは「わ、わすれもの……」
話すのも久しぶりだから、思考が鈍い。
八幡「お前は生徒会か?」
いろは「は、はい……」
思わず下を向く。先輩の顔を直接見られない。
八幡「そうか。じゃ」
片手を上げて先輩は去ろうとする。
一瞬、何ヶ月か前の光景がフラッシュバックする。
いろは「待ってください!」
八幡「ああ?」
いろは「先輩を一人で校内に入れるのは不安なので私がついて行きます」
八幡「はっ?」
いろは「万一先輩が何かしでかしたら生徒会長である私の責任ですからね。見張らせてもらいますよ」
八幡「なんだそりゃ」
自分でもわけのわからない理屈だ。ただ、なんでもいい。先輩といられる口実が欲しい。
八幡「別にただ教科書を取りに行くだけなんだが」
いろは「まーまー、別にいいじゃないですかー」
こんなカワイイ後輩がついてくるんですし。
とは言えなかった。
ついさっきまであんなことを考えていた自分をカワイイなんて口が裂けても言えない。
八幡「……まぁ、別にいいけどよ」
いろは「わーい、やったー♪」
内心では飛び跳ねるくらい喜んでいるけど、その衝動はセーブする。とは言えちょっとだけ声がうわずっちゃったけど。
――
――――
八幡「そういや久しぶりだな」
いろは「えっ?」
八幡「いや、こうやって話すの」
いろは「そーですかねー」
そう知らないふりをしてみる。誰よりもそれを知っている私がそうするなんてちょっと滑稽だけど。
八幡「生徒会長、ご苦労さん」
その労いの言葉がまた私の鼓動をまた狂わせる。きっと顔も真っ赤になっているだろうから、窓の外に目を移す。
いろは「……それってまさか――」
八幡「口説いてねぇ」
いろは「最後まで言わせてくださいよ!」
ふぅ、危ない危ない。うまく誤魔化せたようだ。
いろは「そう言えば先輩」
八幡「ん?」
いろは「大学、どこにするか決めたんですか?」
八幡「……まぁ、な」
いろは「へー、どこなんですか?」
八幡「お前には教えん」
いろは「えー?」
八幡「てか家族以外の誰にも教える気はねーよ」
いろは「けちー」
八幡「んなこと言ってもダメなもんはダメだ」
いろは「なんで教えてくれないんですかー」
そう問うと先輩の顔が一瞬曇った。その表情からは何も読み取れない。
八幡「……別に、お前には関係ないだろ」
ズキン。
まるでナイフが刺さったかのように胸に鋭い痛みが走る。
お前には関係ない。
確かにそうだ。先輩にとっての私はそこまで深い間柄の相手ではない。
そんなの、わかりきっているのに、どういうわけか胸が痛む。
いろは「関係……ないですか……?」
痛い、痛い、痛い。
こんなのただの言葉だ。私がいつも先輩に口にする言葉よりはよっぽど優しい言葉。
なのに、こんなにも、私の心を抉る。
八幡「……そうだろ」
私から目を逸らした先輩が先に歩き出す。それについて行くように私も重い足取りを進める。
少し前まであんなにも嬉しかったのに、あんなに心が弾んでいたのに、今はひどく重い。
あんなにも会いたかった先輩が目の前にいるのに、この場から逃げ出してしまいたいと思っている自分がいる。
八幡「お前が知る理由も意味もないだろ。さらに俺も教えたくないと言っているんだ」
いろは「そんなの……」
理由はある。私が先輩に好意を抱いている、理由なんてそれだけで十分だ。
でも、それを口にすることなんてできない。余計なことを考えさせたくないのだ。
だから――。
いろは「そう……ですね……」
――私は先輩の言葉を肯定する。自分の気持ちを隠して、偽って、先輩にとって理想的な『一色いろは』を装う。
ふと視線を落とすと、涙を流さないように堪えていた手で、スカートの裾がクシャクシャになってしまっていた。
八幡「……まは」
いろは「……?」
八幡「葉山は……国立を受けるらしいぞ」
いろは「……え?」
その後ろ姿から先輩がどんな顔をしているのかはわからない。しかしその一言で先輩の私に対して抱いている感情がどうやらマイナスというわけではないことはわかった。
八幡「いやいや、えっじゃねぇよ。お前が知りたいのは俺のじゃなくて葉山の受ける大学じゃねぇの?」
……あっ、そうか。先輩はまだ私が葉山先輩のことを好きだと思っているんだ。
もう何ヶ月も前から私の恋の相手は変わっているんだけどね。
何と答えようか迷っている間に、先輩は忘れ物を手にしていた。
八幡「……じゃ、さっさと帰るぞ」
用が済むとすぐに先輩は下駄箱の方へ向かう。
いろは「先輩」
八幡「ん?」
振り返らずに声だけを返す。その声色はどこか気怠そうだ。
いろは「先輩は……」
しまった。なにも考えてなかった。ただ、このままで終わって欲しくもなくて、こんな風に話しかけてしまった。
いろは「……先輩は…………」
八幡「なんだよ」
足を進めながら言葉を返される。あと少しで、下駄箱に着いてしまう。そしたらこの時間が終わってしまう。
なんでもいい。ただ、先輩と話していたい。
いろは「……先輩は、……好きな人とか……いますか?」
……。
…………。
……って、ええええええええええええええええええええっっ!?
何を聞いてるの私は!?
八幡「……はっ?」
さすがに予想外だったのか先輩も振り返った。その表情は明らかに困惑している。「なに言ってんのこいつ?」とでも言いたげな、とても人を小馬鹿にした顔。正直、張り倒したい。
いろは「好きな人とかいるんですかって聞いたんですよっ!」
思わずムキになって口調が強くなる。
八幡「いや、なんで」
いろは「私の好きな人を先輩は知っているんですよ! なら私も先輩の好きな人を知らないと不公平じゃないですか!」
八幡「……なるほどな。筋は通っている。だがな……」
あれ、意外に納得してる? 結構デマカセなところがあったのに。
八幡「俺にそんな相手はいねぇし、今後も作る気はない」
いろは「…………」
きっと本気ではないだろう。それはきっと先輩自身にもわかっている。まだ十代の男子高校生がそれからの人生で二度と恋をしないなんて、ありえないということは。
それでもそう言い切ってしまうのは先輩の心の中に動揺があるからなのだろうか。さすがにそこまではわからない。
いろは「先輩」
八幡「ん」
いろは「嘘は、いけないですよ?」
そう、少しだけあざとい私になって問いかける。
八幡「ぐっ……」
いろは「それに」
一歩、近づく。
いろは「先輩の将来の夢って専業主夫なんですよねー? 誰も好きにならないならその夢も叶わないですよね?」
もう一歩、踏み込む。
心臓はもう破裂寸前だ。顔も真っ赤を通り越して真っ赤っかになっているに違いない。あれ、それあんまし変わらないような。
でも、夕方のこの時間の夕暮れのおかげでだいぶ誤魔化せているはず。
それに先輩は何だかんだ言って女子には弱いから、今の私に困惑してそんな変化にも気づかないだろう。
八幡「だ、だからなんだよ。別に恋愛感情がなかろうと結婚はできるだろ。仕事一筋で家事をしてくれるだけの専業主夫を求めている女性は世の中にごまんといるはずだ」
いろは「いや、それはそんなに多くないと思いますが……」
すぅっと、一呼吸置いて、先輩の顔に自分のを近づける。私の目のすぐ前に先輩の目がある。その瞳には反射された私の瞳が写っている。
一気に接近されて驚いたのか先輩は後ずさる。しかしその距離を詰めるためにまた一歩先輩に近づく。
緊張という言葉では言い表せない感覚が全身を取り巻く。ドキドキはもう限界を超えてしまいそうだ。
八幡「な、なんだよ、さっきから」
いろは「先輩が素直にならないから悪いんです」
八幡「……ともかく」
観念したかのように先輩がため息をつく。
八幡「今後誰も好きにならないことは撤回しよう。だがな、今は誰かを好きだったりはしない。これは本当だ」
いろは「ホントですかー?」
その目の中を覗き込む。それに耐えかねて先輩はまた目を逸らす。
八幡「あ、ああ……。本当だ……。……その、なんだ」
いろは「はい?」
八幡「離れて……くれねぇか……? このままじゃ心臓に悪い」
言われて自分の姿を見てみると、半ば先輩を壁ドンしかけな状態になっていた。
いろは「うわっ!? ご、ごめんなさい!!」
すぐに後ろに飛び下がる。うわー、緊張しすぎてて全然気づかなかったー。
八幡「…………」
先輩はそっぽを向いて頬をかく。その仕草が少し可愛いなんてくだらないことを思った。
一方の私もとんでもないことをしていたことに気づいて、またドキドキしている。
いやーどうしよう。また雰囲気が悪くなっちゃった。
八幡「……行くぞ」スタスタ
いろは「あっ、待ってくださいよーせんぱーい」
ここまで。
アニメのセリフなしで八幡がいろはすのビニール袋を取るところがすごいよかった。
いろはす~。
高二、冬
私と先輩との間であの秋の日から特に変わったことはない。高三がまともに授業に出なくてもいいような雰囲気になると、自然と先輩の姿を見る機会も減っていった。
先輩は隙あらば学校をサボろうとするような人だからね。人に説明できる理由がついたら学校に来るわけないよね。私でもちゃんと来られる自信ないもん。それって生徒会長としてどうなの。
いろは「はぁ……」
先輩は今頃どうしているんだろうか。
ちゃんと勉強しているのだろうか。なんだかんだ言って遊んでそう。……いや、さすがにそれはないか。
??「――さん」
いろは「…………」
??「――長さん」
いろは「…………」
??「会長さーん」
いろは「はっ!?」
大志「なにしてるんすか? みんな待ってるっすよ」
いろは「えっ、……うわっ!? もうこんな時間!?」
大志「いつまで経っても生徒会室に来ないから、副会長さんとかが心配してたっすよ」
いろは「……ごめんね」
あー、何やっちゃってるだろ、私。恋にうつつを抜かして生徒会をなおざりにしちゃうなんて。
大志「しっかりしてくださいよ。クリスマスイベントも控えてるんですから」
いろは「そうだね、ごめん……」
大志「……会長さん」
いろは「ん?」
大志「一つ、聞いてもいいっすか? 自分の勘違いなら、笑ってもいいっす」
いろは「うん。なに?」
大志「……比企谷先輩のこと、好きっすよね?」
視界がグラリと揺れる。後輩の口から飛び出る予想外の言葉にひどく動揺する。
いろは「えっ……、や、やだなー。そんなわけないでしょー?」
とりあえず否定するが、その嘘は川崎くんには通用しない。
大志「わかるっすよ。会長さんと比企谷先輩を見てる人は」
いろは「……君の、勘違いだよ」
大志「……そう……っすか……」
いろは「うん、そうだよ」
大志「じゃあ、会長さんは比企谷先輩のこと、どう思ってるんすか?」
いろは「……ただの使い勝手のいい先輩」
大志「…………」
問答はそこで止まる。川崎くんは私の言葉を嘘だと見抜いている。でも、それ以上は踏み込んでこない。
大志「……じゃあ、他の人、待ってるんで」
いろは「うん、早く行かないとね」
大志「……これから言うのはただの独り言っすけど」
いろは「?」
大志「動くときは動かないと、あとで後悔するかもしれないっすよ」
――
――――
ルーズリーフの上を走っていたシャープペンシルの先が止まる。
「ああ、またか」
今の自分の感情を理解して、ため息をつく。
この感覚には覚えがある。どんなに自分にどうこう言い聞かせても、感情だけは言うことを聞いてくれないから困ったものだ。
傍らに置きっぱなしになっていたマッ缶に口をつける。冷めてしまったそれは温度を保っていた時と同じように糖分を脳に補給してくれる。
受験勉強という口実のある最近は学校にほとんど行っていない。もう卒業はできるし行く理由なんてない。
……はずなのに、行こうかなんて考えてしまっている自分がいる。
行けばあいつに会えるかもしれないなんて、そんなバカげたことを考えている。
くだらない。
まったくもって、くだらない。
そんな期待をしてしまうような恋愛脳になってしまっている自分が、あまりにも愚かに思える。
――でも。
それでも、今の気分も悪くないなんて思ってしまう自分がどこかにいる。
こんなの、バカげている。結局何も成長していない。
それに、ここ最近あいつが近づいてこないのは今の俺のことを思ってくれているからじゃないか。それなのに俺がこんなことを思ってしまうなんて、恩を仇で返す行為だ。
だから、せめて頭の中で考えることはあっても、行動に移すことは決してあってはならない。
「……はぁ」
もう一度ため息をついて、冷めた缶を口につけた。
高二、冬
いろは「あー、先輩はどうなったんだろーなー」
結局先輩がどこの大学を受けるのかわからないまま年を越し、今はもう一月の終り。早ければ試験はもうそろそろだ。
一方私は一人で生徒会室にこもって残った仕事を捌いている最中だ。作業効率は……うん、ちょっと、ね。
いろは「そうだ!」
応援メールくらいなら送ってもいいよね。受験頑張ってくださいって。
いろは「…………」スッスッ
いろは「…………」
いろは「これで、大丈夫かな……」
いろは「あっ、ここちょっと変かも」
――
――――
数時間後。
いろは「あー決まらないー!」
何回見直してもやっぱりどこか変な感じがして送れないことおよそ数時間。未だに納得のいく出来にならない、
おかしいなー。葉山先輩に送る時はすぐに送れたのに。
そんな理由、もうわかってるけどね。
いろは「うーん、もうこれで送っちゃえ!」
ポチッとな……なんちゃって。
…………。
送信完了という文字が画面上に浮かぶ。
……あれ、改めて見直してみたけどここの文章ちょっと変じゃないかな?
いろは「返信は……」
すぐに来るわけないよね。あの先輩だし。
いろは「……ちょっと散歩してこよ」
生徒会室の扉を開いて廊下に出る。丸々一学年いない学校の中は少し寂しげだ。
葉山「あれ?」
いろは「あっ、葉山先輩」
職員室の前には葉山先輩の姿があった。基本三年はいないこの時期にどうしているのだろう。
葉山「久しぶりだね」
いろは「お久しぶりですー。お元気ですか?」
葉山「うん。いろはは?」
いろは「葉山先輩に会えたので元気です♪」
いろは「どうして葉山先輩がいるんですか?」
葉山「ちょっと部活の顧問に用事があってね」
いろは「余裕たっぷりですね」
葉山「センターも終わったから、多少は羽を伸ばすよ」
いろは「あー。そういえば先週でしたね。お疲れ様です」
葉山「ありがとう」
いろは「……どれくらい取れたんですか?」
葉山「んー、九割ちょっとかな」
いろは「それものすごく良いじゃないですか!?」
葉山「そんなことはないよ」
そういえば先輩が葉山先輩は国立志望って言ってたっけ。国立ってことは理系教科も受けたってことだよね。それで九割って……。
本当にこの人と雪ノ下先輩はどうしてこの高校にいるんだろう。
いろは「すごいですね……。もう余裕じゃないですか……」
葉山「まだ油断は大敵だよ。今日もこの後は勉強するし」
いろは「……やっぱりカッコいいですね」
葉山「そうかな。俺からしたらこれが普通なんだけど」
いろは「だから、カッコいいんですよ」
だから、ほんの少しだけ、惹かれたんだと思う。
それは恋には届かない、でもただの憧れとは違う感情。
きっとそれを私は葉山先輩に抱いていた。
先輩に出会わなかったら、もしかしたらあの感情は本物の恋心になっていたのかもしれない。
そんな何の根拠もない空想を頭の中でめぐらせる。
その『今』があったとしたら、その時の私はどうなっていたのだろうか。
葉山「いろは」
いろは「はい?」
葉山「悪かったね。何度もいろいろ誘ってもらったのに、一度も応えられなくて」
いろは「あー……。別にいいんですよ、もう」
葉山「そうか……」
葉山先輩はどこか安心したような笑みを浮かべる。そしてすぐにその表情はまた申し訳なさそうなそれに変わる。
葉山「でも……」
いろは「?」
葉山「……いや、どれだけ時間があったとしても俺はきっといろはの想いには応えられなかったと思う」
いろは「どうして今になってそんなことを……?」
葉山「ごめん。今のは忘れてくれ。じゃあ、また」
強引に話を打ち切って葉山先輩は私の横を通り過ぎた。
その言葉の真意を解せない私は、ただ廊下にポツンと立ち尽くしていた。
コーレーガーコーイーダトーシーターナーラー
いろは「あっ」
スマホの着信音が鳴り、急いでロックを解除する。
From:せんぱい
おう、サンキュー
いろは「…………」
ってそれだけっ!?
――
――――
「…………」
時計とスマホの画面を交互に見る。あと、五分。
こういう時ってなんで時間が経つのが長く感じるんだろうな。
試験自体の手応えは正直微妙なところだ。ネットに載った解答速報と見比べて自己採点をしても、その結果は良好とは言えない。
とりあえず滑り止めは受かっているから浪人はしないが、それでも第一志望に受かっていて欲しいという思いは強い。
それに――。
――いや、それはいいか。
大丈夫、だよな。
そう自分に言い聞かせながら、小町の言葉を思い出す。
『大丈夫だよ、お兄ちゃんなら。だって、今まで頑張ってきたんでしょ?』
「大丈夫……、大丈夫」
焦る思いを噛み殺しながらもう一度時計を見る。
あと、三分。
「……なげぇ」
合否の結果はネットで見ることになっている。まぁ受ける人数が人数だし、こういう方法の方が合理的だわな。
少し風情がないような気もするが、家から出なくてもいいという点においては文明の進歩に感謝すべきだろう。
それに同じ家から出ないでも郵便が来るかどうかを待っているよりかは、すぐに結果が見られるネットの方が断然いい。
ただ、それでも自信のない試験の結果ほど見たくないものもない。
また時計を見る。
あと、一分。
もう、スマホのデジタル時計で見ていても問題はないな。
59の文字をジッと見つめる。
額に汗がにじむのを感じる。こんなに緊張しているのは初めてかもしれない。
その瞬間、画面に表示された59の文字が00に変わった。
サッと画面をタッチする。
しかし画面は読み込み画面で止まった。なんだよ、接続集中しすぎでサーバー落ちたか?
八幡「……くっ」
変わらない画面にヤキモキする。くそ、早くしろよ。
耐えきれなくなり更新ボタンを押す。すると、今度はすぐに画面が切り替わった。
そして、結果を知らせる文字が表示された。
ここまで。
次の次か、そのまた次が最後になると思う。
――
――――
いつからだったかはわからないけれど、自分は気づいていた。あの二人の気持ちに。
そこでとった行動は、『何もしない』だった。
本来なら選ぶべきだったのだろう。自分は誰かの味方であるべきだったのであろう。しかしそれによって選ばなかった方に罪悪感を生むのが嫌だった。
だから、何もしなかった。
せいぜいちょっとしたおせっかいを焼くだけで、まともなことは何もしなかった。
それでどうしたかったのかと言われると、答えられない。結局のところただ選択を避け続けただけなのだ。
この判断が正しかったのか今はわからない。それでも今だけはそれは許されるだろう。
そう、思っていた。
間違っていたと気づいた時には、もう手遅れだった。
高二、三月
いろは「川崎くん! これとこれお願い!」
大志「うす! あと、ここに終わったの置いとくっす!」
いろは「わかった!」
まぁ、この時期っていろいろと忙しいんだよね、生徒会。
去年の経験のおかげで多少は勝手を知っていても、難なくこなせるかと言われるとそうでもない。やはりキツいものはキツい。
いろは「……とりあえず今日の分は終わったね」
大志「っすね」
他会員「「お疲れ様です」」
いろは「うん、お疲れ様!」
卒業式を一週間後に控えた今日になっても、先輩からの報告はない。
結局どこを受けたのかも、どこに行くことになったのかも、私は何も知らない。
ダメだったのかな……。
でも受かってても連絡しなさそうだからなぁ、あの先輩。ちなみに葉山先輩からはもう連絡があった。
結局第一志望の大学に受かったらしい。さすが葉山先輩だ。
雪ノ下先輩も結衣先輩も進む大学が決まったようだ。しかしあの二人であっても先輩の結果がどうなったかは知らないらしい。
うーん……、どういうことだろ……?
――
――――
「……よし、これでいいな」
準備は終わり。あとは明日、指定された場所に行くだけ。
向こうから誘ってくるなんて珍しいな。まぁ、最近ほとんど話す機会もなかったし、いろいろ報告することもあるしちょうどいい。
いろいろ世話にもなったしな。これくらいは常識の範疇だ。
「さて、と……」
でも、どうしてわざわざこんなタイミングで呼び出すのだろう。こんなことをしなくても五日後には卒業式だ。話そうと思えばその時にだって可能なのに。
……いや、何を考えているんだ。校内で女子と関わるのをずっと避けていたのは俺の方じゃないか。ったく、どんな退化だよ。
……
…………。
もしかして……。
……それはないか。
――
――――
いろは「~♪」
大志「あれ、ずいぶんご機嫌っすね?」
いろは「そう?」
大志「そうっすよ」
川崎くんに気づかれちゃうくらい浮かれちゃっているのか、私。でもいい。だって今日は久しぶりに先輩に会えるんだもん! 嬉しくないわけがない!
大志「……まぁ、なんとなく想像はついたっすけど」
いろは「嫌だなー川崎くん。そんなわけないでしょー」
大志「まだ何も言ってないんすけど……」
いろは「じゃあ今日はお先に失礼するねー」
大志「うす。デート楽しんできてください」
いろは「デ、デートって……!」
大志「そんな感じっすよね?」
いろは「ま、まだ、そういうのじゃないから……」
大志「まだ?」
いろは「!」カァァッ
大志「…………」
いろは「も、もう行かないと!」ガララ
大志「…………」
大志「……さて、俺ももう少ししたら帰るっすかね」
今日、久しぶりに先輩に会える。それだけで心臓がバクバクだ。
一応チラッと校内で顔を見かけたりすることはあったが、ちゃんと話したりしたのはあの忘れ物の時以来だった。
待ち合わせ場所に着いて時計を見る。
約束の時間まではまだ三十分以上ある。ちょっと早く来すぎちゃったかな。
いろは「すぅー……はぁー……」
大きく深呼吸をする。しかし緊張は消えてくれない。
そしてこの緊張は、ただ先輩に会えるからというだけではない。
これは、もっと別のものだ。
ずっと前から決めていた。
先輩の受験が終わったら、告白しようと。
まさに今日は絶好のチャンスだ。逆に今日できないようなら、これから先もずっと伝えられないだろう。
言葉も決まっている。
どんな風に言うのかも、どんなタイミングで言うのかも。
あとは、言うだけ。
私の気持ちを、伝えるだけ。
それだけなのに、今までで一番緊張する。
まぁ、あたりまえだよね。
ふと今まで自分に告白してきた人たちのことを思い出す。
あの人たちも、今の私のような気持ちだったのかな。
だとしたら悪いことをしたと思う。あの時の私からしたら、誰かからの告白なんて邪魔以外の何物でもなかったから。
だから、適当に断ってしまった。そんな昔の罪に良心が少し痛む。
いろは「……あっ」
遠くの方の見覚えのある人が視界に入る。そんな言い方は変だね。本当は見てすぐにそれが誰なのかわかっちゃった。
いろは「せーんぱーいー!」
八幡「おお、久しぶりだな」
先輩はそう言って片手を上げる。私服を着ている先輩の姿は新鮮に感じられる。
いろは「お久しぶりですー。先輩から誘ってくれるなんて珍しいですねー」
八幡「まぁ、ちょっとな」
いろは「えー、なんですかーそれー?」
八幡「とりあえず立ち話もあれだし、どっか行こうぜ」
いろは「先輩にしては気が利くんですねー」
八幡「ばっかお前。俺はめちゃくちゃ気が利くからな。気が利きすぎてもう気功砲とか出るレベル」
いろは「えっ?」
八幡「いや、なんでもない。忘れてくれ」
いろは「私は気円斬が好きです♪」
八幡「ネタわかるのかよ」
――
――――
いろは「……で、結局サイゼなんですね」
八幡「決まってるだろ。逆にサイゼ以外あり得ない」
いろは「センスなさすぎです」
八幡「うっせ」
後輩との久しぶりの再会で使うお店がサイゼってどうなの……? ……でも、あの時みたいだし逆にいいかも。あっ、だから先輩もそう言ったのかな。
いろは「先輩、受験は終わったんですよね?」
八幡「まぁ、な」
いろは「お疲れ様でした」
八幡「おう、サンキュー」
いろは「……結果は、聞いてもいいですか?」
八幡「ん……」
その話題になると先輩の表情がわずかに曇った。そのせいで納得のいく結果ではなかったとわかってしまった。
いろは「じゃあ、お願いします」
八幡「……第一は落ちた。第二は受かってた」
いろは「あー……」
八幡「そもそも俺の実力には見合わないところを受けたからな。当然と言えば当然と言える」
いろは「それは……残念、でしたね」
八幡「まぁ、落ちたものは仕方ない。浪人するよりはマシだ」
いろは「浪人は嫌ですよねー」
八幡「朝から晩までひたすら勉強。親からは白い目で見られ家が安息の場所でなくなり、いくら学力を上げようとも去年のトラウマが安心させず、息抜きをしていても心のどこかで勉強しなきゃと考え続ける、そんな毎日は嫌だよな」
いろは「まるで実際に経験してきたかのような口振りですね」
いろは「それでも長い間お疲れ様でした」
八幡「おう、ありがとな。じゃあ、今度はそっちの番だな」
いろは「私ですかー?」
そこから先は私の話になった。生徒会とか文化祭とかクリスマスイベントとか。
何かハプニングの話をすると、その度に先輩は苦笑したりへんなことを言ったりする。それに私が乗っかったりドン引きしたりする。
そのやり取りがただ心地よい。
もしも。
もしも、私が先輩の彼女になれたなら、こんな幸せな時間を毎日過ごせるのだろうか。
こんな風に先輩をひとりじめしたいなんて、そんな身勝手なわがままも許されるのだろうか。
腕時計を見る。話に夢中で気づかなかったが、時間はもうあまり残っていない。話を切り出すならそろそろしないと。
その時、一色いろはの携帯電話は電波を受信した。
それに反応して着信を告げる。
しかし彼女はそれに気づかない。
せっかくの時間を、機械に邪魔されたくなかった彼女は、
設定をマナーモードに変更していたのだ。
着信は誰にも気づかれない。
今この瞬間に一色いろはの携帯電話が着信を告げていたことを知る人はただ一人。
それは彼女に電話をかけていた本人だけだ。
いろは「もう、三日後には卒業ですね」
八幡「あんまり実感ないけどな」
いろは「やっぱりそういうものなんですか?」
八幡「そりゃそうだろ。こういうのは中学も高校も変わらん」
いろは「ですねー。卒業ってもっとビッグイベントかのように思えますけど、実際終わってみたら拍子抜けだったりしますよね」
八幡「そんな感じだ」
でも、私にとっての先輩の卒業は重大なことだ。
普通に校内で会えていた好きな人に、あと三日で会えなくなる。
少なくとも、今までみたいに気軽に会うのは難しくなるだろう。
先輩に会えない。
それを考えた瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるような感じがした。
もしも、私が先輩の後輩じゃなくて同い年だったら。
そんな空想が頭をかすめる。本当にそうだったならよかったのにな。
でもそんなのはありえない。
私に残されたチャンスは最初で最後の今だけだ。
言おう。
ずっと前から決めていた言葉を。
伝えよう。
ずっと胸にしまってあったこの想いを。
いろは「すぅー、はぁー」
一度、深呼吸。
先輩はコーヒーに浮いた氷を見つめてストローで軽くかき混ぜる。
どんな顔をするだろうか。
どんな反応をしてくれるのだろうか。
わからないけれど、後先のことなんて考えていられない。今の私にとって大切なのは、過去でも未来でもなくて「今」なんだ。
心臓の鼓動が早まる。口から心臓が出てしまいそうという比喩をこんなところで実感するなんて思わなかった。
少しでも気を落ち着かせるために、もう一度深呼吸。
そんな私の様子に気づいているのかいないのか、先輩もどこかソワソワしているように見える。これはただの投射かな。
とりあえず声が裏返らない程度に落ち着いて、息を吸う。
八幡・いろは「「あの」」
いろは「あ……」
八幡「わ、わりぃな。そっちからでいいぞ」
いろは「あっ、い、いや、私の方こそどうでもいい話なので先輩からでいいですよ」
八幡「そ、そうか……」
せっかく心の準備が出来ていたのに、見事に邪魔されてしまった。先輩ってまさかエスパー?
思わぬハプニングに気を削がれながらも、少し先延ばしになって安心していたりもする。私の覚悟弱すぎ。
八幡「…………」
話があるようだったのに、なかなか始めようとせず、飲み切ったグラスの底に溜まった氷をストローで弄ってばかりいる。
いろは「……先輩?」
八幡「…………」
先輩はついさっきまでとは全く違う表情をしている。真剣でありながら困惑や不安が表れていて、これから口にする言葉を選んでいるように見える。
……いや、違うかな。もう言葉も何もかも決まっていて、あとはそれを口にするかどうかを迷っているようだ。
それは今の私とどこか似ていた。
八幡「…………」
私から目線を逸らすようにうつむく。先輩が何を考えているのかまるでわからない。
先輩はそのまま何度も口を開いては閉じるを繰り返していた。五回くらい繰り返され、さすがに痺れを切らした私が声をかける。
いろは「話があるんですよね?」
八幡「ああ……。まぁ……」
それでもなかなか話に入らない。もう一度何かを言おうかと思ったその時、先輩が口を開いた。
八幡「……いつか、言っていたよな」
いろは「はい?」
八幡「何かあったら相談に乗るって」
いろは「あー、言ったような……」
八幡「だから一色。一つ相談がある」
予想外の言葉に脳が停止する。
しかし思考が停止していても直感は何かを発していた。
が、その何かを私は理解できない。
いろは「は、はぁ……」
八幡「……俺さ」
直感が告げる何かを頭で理解できる言語に変換する。
ダメ。
その二文字が頭の中に浮かぶ。何がダメなのかはわからない。ただ、それより先の言葉を言わせてはならないと強く感じた。
なのに、先輩の言葉を止める勇気が出ない。焦ってしまって何をすればいいのかわからない。
そんな私の様子に気づかないまま、先輩は言った。
八幡「好きな人が出来た」
ここまで。
次回最終回。
いろは「……………………」
いろは「……………………えっ?」
息がつまる。
心臓が止まる。
頭の中が真っ白になる。
心の奥底で何かが崩れ落ちる。
いま、先輩はなんて……?
好きな人……?
しかも今の言い方……。
いろは「せ……んぱい……?」
今の私の様子を見たら、いつもの先輩になら気づかれてしまったのかもしれない。しかし先輩は先輩で恥ずかしいのか私の方を見ていなかった。
八幡「……小町には相談した」
いろは「えっ?」
話の輪郭がつかめない。どうしてここで小町ちゃんが出てくるのだろう。
八幡「それでも、親戚とかじゃない第三者に相談したかった」
こっちから見てもわかるくらい先輩の顔は赤くなっていた。
そしてどうしても私にその顔を見られたくないのか、ただ下を見つめている。
八幡「それで、いつかお前が言ってたことを思い出した」
『だから、もしも先輩になにかあったりしたら、その時は私が相談にのってあげますよ』
いろは「あ…………」
八幡「だから、その、そ、相談にのってくれねぇか……?」
そう言い終わるまでずっと先輩は私の方を見なかった。
もしかしたら、いやもしかしなくても、先輩はずっとこうだったのだ。
私のことをそんなふうに見てくれたことは、ただの一度だってなかった。
結局ただの私一人の空回り。
ああ、私はなんてマヌケなのだろう。
こんなの道化もいいところだ。
……バカみたい。
本当に、バカみたい。
八幡「……一色?」
ようやく先輩がこっちを向いた。
どうしよう。これじゃもう、言えない。
なにか。
なんでもいい。ただ、今の沈黙を破るなにかが欲しい。
いろは「……どうして、私なんですか?」
どうして、私じゃダメなの?
八幡「他に信頼できるやつがいなかったんだ」
いろは「奉仕部にいるじゃないですか」
どうして、私を選んでくれないの?
八幡「いや、あいつには頼めねぇよ……」
いろは「……そっかぁ、じゃあ、あの二人のどっちかなんですね」
八幡「……まぁ、そういうことだ」
ねぇ、先輩。どうして……?
八幡「……なぁ、その、ダ、ダメなのか?」
いろは「…………」
いろは「……私は」
八幡「……?」
いろは「私は……」
こんなの肯定できるわけがない。
だって私は……。
私、先輩のことが……。
何度も反芻した文章をもう一度頭の中で繰り返す。
…………ダメだ。
いろは「私は……っ」
声が震える。私にはもう、こうするしかなかった。
いろは「……協力しますよ、先輩♪」
外見上はいつものような笑顔を浮かべられたと思う。だがそこに込められた意味合いは全く異なる。
今の私の笑みは、きっと自嘲の笑みだ。
こんなバカで滑稽な自分を嘲る、そんな笑い。
どうしようもなかった。そうでもしなかったら涙がこぼれてしまいそうだった。
八幡「ああ、ありがとな」
先輩の感謝の言葉が、胸をナイフのように切り裂く。
痛い、痛い、痛い。
胸の奥がどうしようもなく痛い。
今までもいろんなことがあって、胸の奥がチクチクとしたことはあった。だが、今の痛みはその比ではない。
少しでも気を抜けば声が漏れてしまいそうな、涙がこぼれてしまいそうなくらいに、胸の奥が痛む。
思わず右手で左胸をおさえる。こんなことをしても意味がないのはわかっているのに、そうしないではいられなかった。
心の中を外に出さないように歯を食いしばる。
八幡「……一色?」
私の様子を怪訝に思ったのか先輩が問いかける。その優しさがまた胸を強く締め付ける。
いろは「なんでも……ありません……っ」
どうにかして声を振り絞る。ただの一言なのに肺の中の空気がほとんどなくなった。
いろは「なんでも……ないんです……」
八幡「……?」
いろは「それよりも! 先輩の話ですよ!」
八幡「はぁ? 俺?」
いろは「そうです! 結局どっちを選んだんですか?」
八幡「あ、ああ……。選んだってお前な…………いや、間違ってないか」
いろは「あはは……」
私はただ、笑うことしかできない。こんな風に嘘で塗り固めてしまった自分が、悲しかった。
卒業式後
いろは「せーんぱい♪」
八幡「一色か」
いろは「はい♪ 卒業おめでとーございまーす♪」
八幡「ああ。そっちも送辞お疲れ様」
いろは「あは。まぁ当たり障りのないことを切り貼りしただけなんですけど」
八幡「だろうな」
いろは「わかります?」
八幡「あんな頭の良い文章を書けるわけがない」
いろは「一応これでも生徒会長なんですが……」
八幡「あと、この前の礼を言わせてくれ」
いろは「いえいえ、今までずっと相談に乗ってもらっていたんです。あれくらいは当然ですよ」
八幡「それでも、ありがとな。おかげでようやく決心がついた」
ズキッ、と痛みが心臓を通過する。もう慣れたものだ。
いろは「そうですか……。……先輩」
八幡「ん?」
いろは「こんなこと聞いてしまっていいのかわかりませんけど……」
八幡「なんだよ?」
いろは「あの大学を受けた理由って雪ノ下先輩が受けたからですか?」
八幡「…………」
先輩は何も答えない。ただ恥ずかしそうに頬をかき、視線をそらす。
いろは「……ですよね。先輩が落ちたところ聞いたときにそうなんじゃないかって思ったんですよ」
大学名を聞いた時に、全て合点がいった。先輩のいろんな行動の理由がようやく理解できた。
八幡「……まぁ、受ける分には自由だからな。受かった後でもどっちか選べるし」
いろは「だからだったんですね。好きな人を理由に大学を選んだなんて知られたくなかったから、誰にも受けるところを言わなかったと」
八幡「……いちおう小町と親だけは知ってたんだけどな」
いろは「でも意外ですね。先輩にそんな一面があるなんて」
八幡「……自分でもまたこんなことをしようと思うなんて考えもしなかった」
いろは「また?」
八幡「ただの昔の黒歴史だ」
いろは「なんですか、それ」クスッ
いろは「それでは、先輩。頑張ってください」
これから、先輩は雪ノ下先輩に告白する。
八幡「おう、ありがとな」
いろは「上手く、いくといいですね」
心にもない言葉を口にする。本当はちっとも上手くいって欲しくないくせに。
そして、そう思ってしまう自分に嫌悪する。醜い心を持つ自分が嫌になる。
八幡「……あとはなるようになるさ」
いろは「成功したらミスド奢ってくださいねー」
八幡「普通逆じゃないか? まぁ別にいいけどよ」
いろは「ダメだったら私が奢ってあげますね」
八幡「やめろ縁起でもない」
私が奢ることになればいいのに。
そんな言葉が浮かぶ。私ってこんなにイヤな子だったんだね。
いろは「……由比ヶ浜先輩には、言ったんですか?」
八幡「……まぁ」
先輩の表情が陰鬱なものになる。詳しくは聞かないがきっと先輩にとって辛い瞬間だったのだろう。
いろは「そう、ですか」
八幡「……俺が」
いろは「?」
八幡「俺が、ぶっ壊しちまったんだ」
いろは「……? …………!」
先輩の言葉を理解してハッとする。
そうか。先輩が選び口にしてしまったからには、あの場所はもう二度と元には戻らない。
たとえこれからの結果がどんなものだったとしても、あの空間が先輩の前に広がることはもうない。
八幡「…………」
先輩はきっとそれを悔やんでいるんだ。
いろは「先輩」
八幡「……なんだよ」
いろは「それで、先輩の欲しかったものは手に入るんですか?」
八幡「はっ?」
いろは「そうやって本当の気持ちを隠して、上辺だけの関係を続けて、それでよかったんですか?」
八幡「…………」
こんなのブーメランもいいところだ。自分が口にしていいセリフじゃない。
それでも言わずにはいられなかった。このままでは先輩は大きな後悔を残したまま告白することになる。せめて少しだけでも先輩の力になりたかった。
その後悔を取り除いてあげたかった。
……これも嘘なのかもしれない。こんなことを言うのは結局は自分のためなのかも。
ずっと、今でも心の中に点在するイヤな感情を隠すためにそう言っているだけ。隠すのは他の誰でもない自分からだ。
自分がイヤな人間だと思いたくない。だから必死にいい人であるような行動をする。そうすることで自己嫌悪から逃れたい。
それでも自分の本心はわかってしまうから意味はないんだけど。
いろは「先輩はあの時、言いましたよね。だからちゃんと最後に選んで、隠して偽った関係を否定したんじゃないんですか?」
『それでも俺は――』
何度かからかったことがあったっけ。たぶん私は羨ましかったのだろう。そんな風に本音を言えることが。
そんな風に言える相手がいることが。
先輩が私にとってのそんな存在になってくれるんじゃないかと期待していた。でも、違った。
結局はただの私一人の思い上がりで一方通行な想いでしかなかった。
八幡「……そうだな」
いろは「だから、先輩はまちがっていませんよ。私が保証します」
まちがっている本人が言うのもどこかおかしな話なのだが。
でも嘘だらけの私には逆にちょうどいいのかもしれない。
いろは「だから、もう迷うことなんてないじゃないですか」
八幡「……ああ。お前には感謝しっぱなしだ」
いろは「そうですねー。ならまた今度にでもいろいろお礼お願いしますね♪」
八幡「まぁ、俺にできる範囲でな」
いろは「じゃあ、幸運を祈っています」
八幡「ああ。……いってくる」
震えた声でカッコつけながら先輩が背を向ける。
もう見慣れてしまった後ろ姿。私が見てきた先輩の姿の大半はこの後ろ姿だったような気がする。
その背中に本当の言葉を言うことができたらどれだけよかっただろう。今の関係を壊してでも本物を求めようとする勇気が私に少しでもあったら、なにか変わったのだろうか。
そこまでわかっていながら、それでも私は何も言えなかった。
先輩が奉仕部の部室へ向かうのを、ただ見つめているだけだった。
――
――――
何も考えずに校内を歩き回っていると、足は自然と生徒会室に向かっていた。
いろは「……バカ」
扉に手をかけると一人でにもれた声が私を責め立てる。バカ、バカ、バカ。
私の、バカ。
大志「……会長さん?」
いろは「あ……」
振り返るとそこには川崎くんがいた。どうしてここにいるのだろう。お姉さんも卒業なのだから、てっきりそっちの方に行っているのだと思っていた。
大志「会長さん……あの……」
私の様子を見て何かを察したのか、声をかけようとする。
いろは「ごめんね……っ」
一言、それだけを置いて私は走った。今は誰とも話したくない。誰の話も、聞きたくない。相手が川崎くんならなおさらだ。
大志「会長さん!」
呼び止める声を無視して走る。
いろは「はぁ……っ、はぁ……っ」
誰とも話したくない理由は簡単だ。誰かと話したら私はきっと泣いてしまうからだ。優しさも厳しさも今の私には涙のトリガーでしかない。
川崎くんは、優しいから。優しすぎるから。
『あの時』の理由が気にならないと言えば嘘になる。それでも、私は逃げた。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
今頃、もう先輩は告白したのだろうか。
雪ノ下先輩は何と返したのだろう。
ズキンッ。
ダメだ。考えちゃダメ。二人のことを考えるだけで、胸が痛くなる。
しかし意識すればするほど二人のことで頭がいっぱいになってしまう。
息が切れて手が膝につく。そこまで走っていないのにこんなに疲れているのは、泣くのを堪えながら走ったからだろうか。
いろは「……先輩」
私は。
私はきっと、本気で先輩に恋したんです。
結局伝えられませんでしたがそれだけは本当なんです。
だから、私は。
私は、先輩のことが――。
数年後
雑音。
人ごみの音が私の耳を埋め尽くす。
声などの人の理解できる要素で形成される音が混ざり合い、人の理解できないものとなる。そんな事実が今日はどこかおかしく感じられた。
夜のこの通りは会社や学校帰りの人たちでごった返す。前を見るとたくさんの顔が並んでいて、その一人一人にそれぞれ人生があるんだと思うと少しへんな気分になった。
きっとどの人の人生もその人にとってはかけがえのないもので、そこには私が知ることのない長い物語があるに違いない。
この世界にいるのは私一人ではない。数え切れないほどの人たちと私は共存している。
なのに、今、こんなにもひとりぼっちだと感じるのはなぜだろう。
つい先日、何年か付き合った彼氏と別れた。別れを切り出したのは向こうからで、私は切り出された方だった。
とても格好良くて優しい人で、私にはもったいないくらいに良い人だった。そんなあの人のことを私は本気で好きだったんだと思う。
本気だったのは本当だ。少なくとも嘘ではない。
――はずなのに、その確信は薄れつつある。きっと彼に最後にされた話のせいだろう。
『君の中に時折、僕の知らない誰かが見える』
彼はそう言った。その時の悲しそうな表情が今もまぶたの裏に浮かぶ。私は必死に否定したが、既に決心がついていたようでそのまま彼は去ってしまった。
突然の話だったわけではない。兆候はところどころにあったし、彼が何か悩んでいるのもわかっていた。そんな彼氏の様子の変化に気づいていなかった私ではない。
しかし、それでも悩みがあるならいつか自分に話してくれるだろうと、そう思っていたのだ。今にして考えると思い上がりも甚だしいのだが。
『僕の知らない誰か』とは、誰のことだろう。自分はそこまで浮気っぽい女だったのだろうか。
……違う、と思う。強く否定できない自分が悲しい。
私の心のどこかにいる誰か。
それはいったい誰?
頭の中を探ってみる。霧のようにもやがかった記憶の中を泳ぎ回る。
大学に入ってからは……いない。大学に入って初めてした恋の相手が彼だったのだから、いないのも当然か。
なら、それよりも前。高校の頃……?
記憶のもやがさらに濃くなる。
あの頃、私は何をしていた?
……思い出せない。
断片的なことは思い出せるのに、全体的に思い出せない。
高三の忙しかった記憶が脳裏によみがえる。生徒会長としての仕事とサッカー部のマネージャーに受験勉強。
一人の女子高生がこなすにはハードすぎるスケジュールをこなしていたことは覚えている。どれか一つくらいは手を抜いてもよかったのに、そのどれにも全力で取り組んでいた。
それは一種の強迫観念に突き動かされていたような感じだ。今の自分からは考えられない。
なら、私がそこまで自分を追い込んだ理由は何だろう?
いろは「私って、なんでそんなに頑張ってたの……?」
そう、夜空に問いかける。
こたえはもちろん、ない。
??「……あれ?」
聞き覚えのある声が鼓膜を刺激した。どこか懐かしい雰囲気のある声。
??「会長さん……っすよね……?」
いろは「川崎……くん?」
そこには最後に会った時よりもずっと大人びた、かつての後輩の姿があった。
――
――――
いろは「久しぶりだね~」
大志「そうっすね。会長さんの卒業式以来っす」
いろは「今はもう会長じゃないよ?」
大志「いや、俺にとってはずっと会長さんなんですよ」
懐かしい。そういえばこの子がいたっけ。記憶のもやが少しだけ晴れる。
外で立ち話もあれだということで、私たちは喫茶店にいた。こういうところをさりげなく誘えるようになったなんて、川崎くんも成長したんだなぁ。
懐かしくて、嬉しくて、わずかに口元がにやける。気持ち悪いね私。
それからはお互いのことについて話した。大学生活ではどうだとか、最近はどうだとか。
そして話は自然と高校の時の話題になった。
大志「すごかったっすよね。最後の文化祭!」
いろは「あー、もういろいろ大変だったなー」
私も高校の頃のことを少しずつ思い出していて、話ができる程度にはなっていた。
大志「会長さんが一年の時のもすごかったらしいっすけど、やっぱりあれが一番すごかったっすね!」
いろは「一年……」
その頃を思い出そうとすると途端にまた記憶にもやがかかる。
よく考えてみると私は高一と高二の頃のことをほとんど覚えていない。覚えていないというよりは、思い出そうとすることを頑なに拒んでいるような感じだった。
大志「会長さん?」
そんな私の様子に違和感を抱いたのか川崎くんが問いかける。
高校の時にお世話になった後輩に久しぶりに会えた。その事実が私の心の壁を薄くしていたのかもしれない。
いろは「一つ、話を聞いてもらえないかな?」
大志「はい……? 別にいいっすけど」
――
――――
いろは「――ということなんだけど」
大志「…………」
川崎くんは何も言わずにただ私の話を聞いていた。どこか納得のいかない表情だったが、それでも口をはさんだりはしなかった。
いろは「……ねぇ、これってどういう――」
大志「本当にわからないんすか?」
いろは「えっ?」
大志「その人の言っていた『誰か』が、会長さんはわからないんすか?」
いろは「……えっ?」
大志「『あの人』のことを、会長さんはあんなに好きだったじゃないですか」
『せーんぱい♪』
ふと、遠い昔の自分の声が聞こえた。
いろは「……っ」
まぶたの裏に一人の男の人のシルエットがぼんやりと浮かび上がる。その姿にどこか懐かしい雰囲気を感じた。
大志「そうか……だからあんなに……」
いろは「あれ……今の……」
一瞬、霧が晴れた。しかしそれはまたすぐに見えなくなってしまう。
……いや、違う。
大志「だからあんなに……自分を追いつめていたんすね」
見えなくなったんじゃない。自らそれを覆い隠したんだ。
大志「思い出したくなかったから。自分の記憶の外に押し出したかったから……だから……」
いろは「あ……」
もやがかかる世界で突然強い風が吹いた。そのせいで私の記憶にまとわりついていたもやは吹き飛んでいってしまった。
はっきりとした記憶の中に一人の男の人が立っている。その人が誰なのか、私は知っている。
いろは「せ……んぱ……い……?」
そんな私を見て川崎くんは問う。
大志「でも、もうそれが誰なのかわかるっすよね」
どうして忘れていたのだろう。あんなに大好きだった人を。
いろは「比企谷……先輩……」
そうだ。
私はその人のことをずっと、忘れようとしていたんだ。
結局、先輩と雪ノ下先輩は付き合うことになって、それを私は一人の後輩として祝福した。先輩の前ではいつも通りの自分を演じてみせた。
でも、いくら上辺を取り繕ってもいつかは限界が来る。
だから時間が経つうちに先輩の幸せそうな姿を見ているのに耐えきれなくなった私は、そこから逃げ出した。
自分を追い込み、余計なことを考える余裕をなくさせることで、悲しむ余裕すらなくしたのだ。
そして忙しい日々の波におぼれた私はいつしか先輩のことを思い返すこともなくなった。
……いや、それも違う。
本当にそうなら今の今まで引きずっているわけがない。ただ私は忘れようと必死に先輩のことを頭の中から消そうとしていただけなんだ。
だから、意識の上からは消えても、無意識の領域には先輩という幻影が残ってしまった。
大志「……正直、あの時の会長さんは見ていて辛かったっす」
いろは「…………」
大志「あんなの、自暴自棄もいいところっすよ……」
いろは「……ごめんね」
大志「別に会長さんが謝ることじゃないっす。ただ……」
いろは「?」
大志「……自分のことをもっと大切にしてください。自分は良くても見ている周りが辛いこともあるんです」
いろは「……うん」
ずっと、思い出さないようにしていた記憶がよみがえる。
先輩と初めて出会った時のこと。図書室で口車に乗せられてあげた時のこと。他校との会議で助けてくれた時のこと。
そして――。
『俺は、本物が欲しい』
――私を変えてくれたあの時のこと。
恋の始まりなんてわからない。人は気づいたら誰かを好きになっている。いつからかなんて明確なことは言えない。もし言える人がいたらその人は大嘘つきだ。
でも、もしも強引にそれを言うとしたら、それはやっぱりあの時なんだと思う。
いろは「……全部、思い出した」
大志「それで、これからどうするんすか?」
いろは「どうしようかな。何も考えてないよ」
大志「……っすよね」
思い出した事柄の中に一つ、私が気になっていたことがあった。高校の頃には聞けなかったことだ。
あの日、先輩の話を聞いてサイゼリヤを出て携帯電話を見ると、そこには着信履歴があった。それは他の誰でもない川崎くんからのだった。
いろは「ねぇ、川崎くん」
大志「なんすか?」
いろは「あの時、なんで電話をかけてきたの?」
大志「……電話?」
一瞬、川崎くんの表情が変わったのを私は見逃さなかった。この子は嘘をついている。あの電話のことを、覚えている。
大志「なんのことっすか?」
川崎くんの態度からしらばっくれているのは明白だった。しかしそれを追及する気にはなれない。
だって彼は、私がついた嘘を全て言及しないでくれた人だったから。
それなのに私が彼の嘘を暴くのは恩を仇で返す行為だ。
いろは「……そっか。どうしても、覚えてない?」
大志「……申し訳ないっす」
いろは「別にいいよー」
誰しも他人に知られたくないことはある。それは川崎くんだって同じだ。
いろは「そう言えば」
大志「?」
いろは「川崎くんって、彼女とかいるの?」
大志「……まぁ、いちおう」
川崎くんは言いながら照れている。んー、なんかこう、初々しい!
いろは「そっかー、だよねー。前よりもずっとカッコよくなっちゃってこのこのー」
大志「ちょ、ちょっと……、やめてくださいよ……」
いろは「……あれ? 彼女さんいるのに私なんかと一緒にいて大丈夫なの? 誤解されたりしない?」
大志「ちゃんとあとで報告するっすよ。恋愛関係ってほんのちょっとしたモツれがこわいって聞くんで」
いろは「うん、こわいよ」
経験者は語る。まさにこのことだね。
いろは「私みたいにならないように、気をつけてね」
大志「肝に銘ずるっす」
いろは・大志「「…………」」
いろは「……ふふっ」
大志「……ぷっ」
突然訪れた沈黙がなんだかおかしくなって二人で笑う。ここ数日で一番ちゃんと笑った気がした。
大志「はは…………、あっ……」
ふと、川崎くんの目が見開いた。それは何かに気づいたようだった。
いろは「どうしたの?」
少し間が空いて川崎くんの口が動く。
大志「ちょっと用事を思い出したっす! ヤバイっす!」
いろは「えっ?」
大志「今日バイト入ってたの忘れてたっす!!」
いろは「あ、そうだったんだ。ごめんね、引き止めちゃって」
大志「いえ、俺が忘れてただけっす! 俺はもう行くっすけど、会長さんはどうするっすか?」
いろは「じゃあ私ももう帰ろうかな」
大志「ならお金置いとくんで先に帰ってもいいっすか?」
いろは「うん、わかった」
大志「それでは」
クルッと背を向ける川崎くんに言葉を投げかける。
いろは「ねぇ、川崎くん」
大志「はい?」
いろは「……ありがとね。おかげでいろんなことを思い出せた。ようやく心の中で整理がつきそう」
大志「……別に、俺は何もしてないっすよ」
大志「…………本当に、何も……」
いろは「また今度、時間に余裕がある時にお茶でもしようね」
大志「っすね。また、いつかにでも」
ずっとこちらを見ないから川崎くんの表情が読み取れない。いったい何を考えているのかも。
大志「会長さん」
いろは「ん?」
大志「……お元気で」
いろは「うん、そっちも」
大志「じゃあ、失礼します」
そう言って川崎くんは早歩きで店を出て行った。
――
――――
ガチャリ。
家の中に誰かいるからか玄関の鍵はかかっていない。たぶん姉ちゃんかな。
『ただいまー』
そう帰宅を告げるが家の中から返事はない。……おかしいな。いつもなら誰かしらがおかえりと返してくれるのに。誰もいないなんてことも鍵がかかっていなかったからあり得ない。
『ただいまー!』
もう一度大きな声で言い直してみる。
『……おかえり』
弱々しい声が返ってくる。これは姉ちゃんだな。それにしても声に元気がない。なにか嫌なことでもあったのだろうか。大学は第一志望に受かったようだから落ち込む理由がわからない。
『姉ちゃん? どうしたの?』
声の方向的に姉ちゃんは自分の部屋にいるのだろう。部屋の前に立って声をかける。
『……別に』
扉ごしの声で察した。
この扉の向こうで、姉ちゃんは泣いている。
『姉ちゃん。開けていい?』
『……ダメ』
『なんで』
『ダメなものはダメなの』
『何があったの?』
『……あんたには関係ない』
カチン。
その言葉に憤りを覚えた。きっと姉ちゃんは自分に言いたくないのだろう、それはわかる。
ただ、お前は他人だと言われたような感じが心底気に食わなかった。
『関係ないことはないだろ!?』
思わず口調が荒くなる。こんな風に怒りをあらわにした自分に驚いた。
『……あんたは知らなくていいから』
『姉ちゃんが泣いているのに何もしないでいられるかよ!』
『それでも――』
『じゃあ姉ちゃんが逆の立場だったら引き下がれる?』
『…………』
『頼むよ、心配で仕方ないんだ』
『……笑わない?』
『うん』
少しの沈黙の後に扉がゆっくりと開かれる。
中に入るとすぐそばに姉ちゃんがいた。赤くなった姉ちゃんの目は、ついさっきまでそこから涙が流れていたことを告げていた。
『……どうしたの?』
『…………昨日ね』
『うん』
『……あいつに、告白した』
『えっ?』
耳を疑った。姉ちゃんが、告白? そんな、あの姉ちゃんが、告白?
『あいつって、まさか……』
姉ちゃんはほおを染めながらコクリとうなずいた。
姉ちゃんがあの人のことを好きなことは知っていた。別に直接聞いたわけじゃなくても、様子を見ていれば自然と気づいた。
だから俺が驚いたのはそこじゃない。
俺が驚いたのは、姉ちゃんが告白という行動に移したことだ。
そんな勇気が、姉ちゃんにはあったんだ。
『それで、フラれちゃった』
悲しそうに笑う姉ちゃんの顔は見ていて痛々しい。
『好きな人がいるんだって』
『……なら、……仕方ないね』
『うん、仕方ない』
姉ちゃんは俺の前だからか気丈に振る舞う。
『仕方……ないよね……っ』
でも、それも限界だったのだろう。目にはまた涙がたまってきていた。
『姉ちゃん……』
ボロボロ涙をこぼす姉の頭を撫でてあげる。
『……あんた……、なまいき…………』
『……うん』
『…………』
しばらくして姉ちゃんは泣きやんだ。
『……ありがと』
『別にいいよ』
『ちょっと顔を洗ってくる』
そう言って部屋を出ていく。姉ちゃんの部屋は俺一人になった。
『……あっ』
ふと、あることを思い出した。どうして忘れていたのだろうか。こんな大切なことを。
今日、あの人は――。
『会長さん……!』
――
――――
あの時にどうして電話をしたのかは今でもわからない。そんなことをしたってなんの意味がないのはわかり切っていたのに。
もしも電話に出たら、自分はなんと言ったのだろう。
何を、言うつもりだったのだろう。
そんなことも、考えていなかった。ただ、そうしないではいられなかった。
あのままだと会長さんが泣くことになってしまう。
俺はそれを避けたかったのだ。
ずっと何もしていなかったくせに。
いつからだったかはわからないけれど、自分は気づいていた。あの二人の気持ちに。
そこでとった行動は、『何もしない』だった。
本来なら選ぶべきだったのだろう。自分は誰かの味方であるべきだったのであろう。しかしそれによって選ばなかった方に罪悪感を生むのが嫌だった。
だから、何もしなかった。
せいぜいちょっとしたおせっかいを焼くだけで、まともなことは何もしなかった。
それでどうしたかったのかと言われると、答えられない。結局のところただ選択を避け続けただけなのだ。
それで大丈夫だと本気で思っていたのだ。
間違っていたと気づいた時には、もう手遅れだった。
不干渉を貫こうとすれば、関係性の変化を避け続ければ、ずっと変わらないままでいられると思っていた。
そんな幻想は現実ではあり得ない。自分の思い通りに世界はまわらない。
それをあの日、俺は痛いほどに思い知らされた。
大志「……罪滅ぼし、のつもりなのかな」
心の声が漏れる。誰かに聞かれていないかと焦って周りを見るが、自分の行動を気に留める人はいない。
大志「ふぅ……」
人ごみを抜けてようやく一息つく。
バイトなんて嘘だ。ただ会長さんをあの店から出すための口実でしかない。
これは罪滅ぼしになるのだろうか。
あの人にもう一度その機会を与えることは、はたして自分の罪の贖いになるのだろうか。
こんなのは、ただの自己満足なのではないだろうか。
大志「……でも、昔好きだった人を助けたいと思うくらいなら」
きっと、お天道様も許してくれるに違いない。それがどうしようもない自分勝手で愚かな願いだとしても。
恋をすると、女性は綺麗になるという。
それは真実だろう。好きな相手のために自分を磨き上げようとする姿はきっと何よりも美しい。
だが、皮肉なことにそれによって叶わぬ恋がうまれることもある。
かつて俺があの人に恋していたあの頃、そんな皮肉な話を憎らしく感じたこともあった。
それでも、今はそんな時間を過ごせたことに感謝している。
だから、今は心の底から素直にこう言える。
大志「……好きでした。だから、お幸せに」
誰のためでもない言葉は冬の風にのり、どこかへと運ばれていった。
ずっと心の中だけに留めていた言葉を外に出したからか、フッと体が軽くなったような気がした。
終わった。
ずっと自分のどこかに残っていた何かが、いま終わった。
こんなのは勝手にそう感じ、思うだけで他に何の確証もないが、自分の中では否定しようのない真実だった。
ポケットの中に入れっぱなしになっていたスマホを取り出し、画面をなぞる。
大志「……もしもし。……うん。まぁ、ちょっとさ」
大志「うん……うん……。……ん? ああ、…………あのさ、明日、ひま?」
明日、彼女に話そう。俺の制限時間内に終わらせられなかった、事の顛末を。
そして今日、ようやく終わった俺の恋を。
ずっと、『いつか話す』と先延ばしにしていた話を。
今の自分にとって一番大切な人の声を聞きながら帰り道を歩く。
月明かりと外灯が照らす道は、ついさっきまでよりも明るく見えた。
――
――――
川崎くんが店を出てからすぐに私もお店を出た。店内の温度との差のせいか気温の割には少し肌寒い。
長い間話していたからか、人の波は少し引いたように見える。それでも少ないとは言えないが。
川崎くんと話したおかげで少し心が軽くなった。ずっと胸のなかにつかえていた何かがなくなり、頭の中を支配していたもやが晴れたのだ。
あの頃の自分の行動に後悔がないと言えば嘘になるが、そんな日々を過ごしてきたからこそ今の自分がいると思えば、それも悪くないとも思える。
少しずつ思い出して、振り返ってみよう。後悔ばかりのあの日々をいつか心から懐かしいと思えるように。
笑って思い返せる思い出にできるように。
そうすればいつかまた、私は誰かを好きになれるから。
前を向くとネオンの光が夜の街を彩っているのが目に映る。今の私にはそれが少しだけぼやけて見えた。
以上で本編はほぼ終了です。
エピローグはまた後日更新しますが、話としてはここまででほぼ完結しているのでそれは読まなくてもいいかもしれません。
たぶん一部の人にしか理解できない内容になるとだけ書いておきます(難解とかではなく)。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
――
――――
真っ赤な夕日が窓から廊下に射しこむ。
その光は廊下の床でぼんやりと反射して、この辺り一帯を橙色で染める。そのせいで廊下が紅葉の並木道のように見えた。きっと昨日の帰り道に見たせいだろう。
『離れて……くれねぇか……? このままじゃ心臓に悪い』
『うわっ!? ご、ごめんなさい!!』
『……行くぞ』
照れているのか早歩きで下駄箱に向かう。私は話を強引に打ち切ろうとした先輩の制服の裾をつかんだ。
『……待ってください』
思わず口からこぼれ落ちた言葉は少し震えていたが、それでもちゃんと伝わったようで先輩の足は止まった。
『なんだよ』
一度唾を飲み込んで呼吸を整えてから、裾をつかむ手を緩めた。
『……先輩』
――――
――
人ごみの中を歩く。たくさんの知らない顔が私の前に次々と現れ、そのまま横に消えていく。
――!
いま、誰かとすれ違った。
その瞬間、全身に電流が流れたような錯覚がした。
いろは「あれ?」
今のは――。
反射的に振り返る。すれ違った人が誰なのかを確認する。
嘘、こんなこと――――。
早まる鼓動を感じながら、そこにある背中を見つめる。ああ、あの人だ。最後に会ってから何年も経つのに後ろ姿だけでそれが誰なのかわかった。
いろは「……もしかして、比企谷先輩ですか…………?」
少しの間をおいてその人は振り返る。
八幡「一色……か……?」
いろは「おひさしぶり、です」
八幡「マジで一色か? 久しぶりだな。元気か?」
いろは「まぁまぁですよ。先輩はどうなんですか?」
八幡「ん、俺もそんな感じだ」
いろは「……?」
そう言う先輩の顔はお世辞にも元気そうには見えない。心なしかどこか悲しそうだ。
いろは「なにかあったんですか?」
八幡「は?」
いろは「いや、は? じゃないですよ。そんな死んで骨の髄まで腐りきったゾンビのような目をしながら『元気だー』なんて言われても信用できるわけないですよ」
八幡「別にそんなことは言っていないのだが」
いろは「要約したら同じことです」
八幡「さいですか」
先輩は苦笑する。弱っている状態で浮かべる笑みは儚げだ。
いろは「で、何があったんですか?」
とは言っても考えられる可能性なんて限られているけどね。先輩をこんな顔にできる人は少ない。
八幡「……ちょっと、どっか入らないか?」
――
――――
いろは「で、案の定サイゼですか」
八幡「もうなんかここじゃないとって感じがしてな」
いろは「いえ、別にいいですよ」
むしろそっちの方がいいくらい。この二人でお話をするならサイゼと、どちらが決めたわけでもないが、そうすべきだと思った。
八幡「それにしても今日はやけに知り合いに会うな……」
いろは「……?」
さっさと注文を終わらせてドリンクバーから飲み物を持ってくると、私から話を切り出した。いきなり本題に入りはせずに、お互いの近況を話すことになった。
とはいえ大して特筆することはなく、それぞれ大学生活をそれなりに楽しんでいるという、至って平凡な話だった。
いろは「ところで先輩はまだ雪ノ下先輩と付き合っているんですか?」
ところで、などとどうでもいい風を装っているが、私が二番目に聞きたいことはこれだった。
八幡「……まぁ、そうだな」
その苦々しい表情から察する。今の先輩の様子は雪ノ下先輩との関係が原因なのだろう。
いろは「喧嘩ですか?」
八幡「はっ?」
いろは「いや、先輩がそんな風になってる理由ですよ。雪ノ下先輩と喧嘩でもしたんじゃないんですか?」
八幡「あれは喧嘩って言うより……、いや、喧嘩……なのか……?」
いやにはっきりしない。先輩はこういう風に言葉を濁す人だっただろうか。……普通にそうだったかも。
いろは「いいから話してみてくださいよ。少しくらいなら力になれます♪」
八幡「……少し長くなるぞ」
いろは「明日は休みだから私は別に大丈夫です」
――
――――
八幡「――みたいな感じだ」
いろは「…………」
話を簡潔にまとめてしまうとだ。
雪ノ下先輩はなんだかんだ大学でも人気を集める存在で、その彼氏である先輩の評判はお世辞にもいいとは言えないものだったらしい。
幸いなことに当の本人である先輩が同じ大学でないから、直接的な攻撃を受けることはなかったようだ。しかしそれが逆に悪評をエスカレートさせてしまう結果を招いてしまった。
まぁ、パッと見は釣り合っていないように見えるから、この二人が付き合う上ではどうしてもついて回る弊害なのかも。二人のことをそれなりに知っていれば、結構お似合いに見えるんだけど。
その大学内での『雪ノ下雪乃の彼氏』の悪いイメージを払拭するために、雪ノ下先輩は動こうとしたがそれを先輩が止めた。そんなことをしても雪ノ下先輩自身のイメージダウンでしかないからだ。
ただのイメージダウンだけならまだいい。もしも雪ノ下先輩が動いたら、大学内での雪ノ下先輩と周りとの人間関係に少なからず影響を及ぼす。
自分のために今の立ち位置を捨てて欲しくない。それが先輩の考えだった。
一度はそれで雪ノ下先輩も納得したようだ。しかしその約束は破られ雪ノ下先輩は動いた。
それを知った先輩はそのまま家を飛び出してこの辺をウロウロしていたところ、私と出くわしたそうだ。
いろは「…………」
なんだろうなー。このすれ違っちゃってる感じ。お互いがお互いのことを思うゆえに衝突しているんだろうな。
まぁ私が聞いたのは先輩の話だけだ。雪ノ下先輩からしたらその出来事はまた違って見えるのだろう。
いろは「……贅沢な悩みじゃないですか」
八幡「はっ?」
いろは「だって、どっちも相手のことが嫌いだとかそういうのじゃないんですから」
八幡「……まぁ、そうなのかもしれんが」
先輩の顔はまだ納得していない。……まさか、この人は気づいていないのだろうか。
いろは「先輩は、どう思っているんですか?」
八幡「……嬉しいとは思う。俺のために身を張ってくれたんだ。それで迷惑だと思うほど捻くれちゃいない」
いろは「じゃあなんでそんな顔を?」
八幡「……約束」
いろは「はい?」
八幡「約束、したからだ」
先輩の目はこちらを見ずにただ下を向いている。その様子はとても弱々しくて私の知る先輩とは違う人のように見えた。
八幡「俺のためには動かないでくれって、自分を傷つけるような真似はしないでくれって、そう、約束したんだ」
いろは「…………」
ああ、そうか。そういうことか。道理でさっきから私の知る先輩とは別人に見えるんだ。
先輩が変わったわけじゃない。ただ、私が見えていなかっただけ。
これは私では照らすことのできない先輩の側面なんだ。きっと、雪ノ下先輩にしか照らすことのできない場所。もしかしたら結衣先輩にもできたのかもしれないが、私では決してできない。
たとえ私が先輩と付き合ったとしても、ここまで先輩の心の奥底の声を引き出すことができるだろうか。
かつて存在した壁が再び現れたような感覚にとらわれる。私は、どうしようもなくあの二人とは違うんだと思い知らされた。
いろは「……あは」
きっとダメだったんだろうなぁ、私じゃ。
そもそも私と先輩では本質的に何かが異なるのだろう。一体何なのか言葉にはできないが、たぶんそれこそが先輩と雪ノ下先輩が共通して持っているもので、私が持ち合わせていないものなんだ。
その事実がようやく今更になってわかった。もっと早くに気が付いていたらと思ったが、これは今になったからこそ理解できたことで、たとえ過去の私が聞いたとしても理解できない。
多くを求めなくてよかった。
先輩を求めなくてよかった。
そう、過去の私に感謝する。
あの時にへんな勇気を出さなかったおかげで、私は先輩と話せているから。先輩にとっての『可愛い後輩』でいられるから。
嘘で表面を覆った私なら先輩と話すことが許されるから。
先輩の人生に関わることが許されるから。
だから――。
いろは「……先輩」
少しだけ、助けてあげよう。ついさっき、彼が私にそうしてくれたように。
私も、一人の後輩として。
すぅ、と息を吸い込む。この人が誰かとつきあう上で一番必要な言葉を頭の中で繰り返す。
いろは「先輩は恋愛に夢を見過ぎなんですよ」
八幡「……!」
先輩の目が見開く。心あたりがどこかにあったようだ。
いろは「確かに恋人関係って普通の人間関係とは違うと思います。でも、それでも、今までの延長でしかないんですよ」
私はまちがえた。だからこそ先輩にこんなことを言える。ここからはひたすら自分へのブーメランだ。
いろは「たとえ恋人相手だって隠し事はしますし、嘘もつくんです」
私も、あの人も、ずっとお互いを騙し続けた。本心で向き合おうとしなかった。
いろは「そこは普通の対人関係でも変わらないことです」
八幡「……そんなこと、わかってる」
いろは「わかっていません」
先輩の言葉を食い気味に否定する。
先輩のことだから確かに理解はしているのだろう。だが、わかってはいない。
いろは「本当にわかっているのなら、そんな顔をしないはずです」
八幡「いや、頭ではわかっているんだ。ただ――」
いろは「心が言うことを聞いてくれないと?」
八幡「……たぶん」
いろは「…………」
あの時みたいだと、ふと思った。かつて先輩が感情を吐露した瞬間を、私は知っている。その時の先輩に今の先輩はよく似ていた。
同一人物なのだから似ているも何もないのだろうが、そういうことではない。いつも自分の理性に従い、合理的であろうとする先輩が、明らかに不合理な感情に流される姿を、どうしてもあの瞬間に重ね合わせてしまう。
それほどまでに、雪ノ下先輩のことが大切なのだろう。
ズキッと胸に小さな痛みが走る。私の心の中にわずかに残っている気持ちがかすかな声で叫んだ。
いろは「それに、先輩は雪ノ下先輩が傷ついて欲しくないって言いましたよね」
一瞬目を丸くしてからぎこちなく首を縦に振る。
いろは「でも、逆の立場になって考えてみてくださいよ」
八幡「逆……?」
いろは「自分の好きな人の悪口がそこら中で流れていたら、先輩は耐えられるんですか?」
先輩は少しだけ考えて返答した。
八幡「……そんなの、勝手に言わせておけばいいだろ。どうせそういう話でしか盛り上がれない程度の低い連中なんだから」
いろは「確かに先輩ならそう言うのかもしれませんね。その方がずっと効率的ですし、合理的です」
でも、感情がいつもその理に従うとは限らない。むしろ非合理的なことの方が多いだろう。
いろは「でも、そうは問屋が卸さないのは先輩はもうわかっているんじゃないんですか?」
いろは「だから、雪ノ下先輩の嘘が許せないんじゃないんですか?」
先輩の理屈は最初から破綻している。そもそも理屈として成り立ってすらいないのだから、崩すのは簡単だった。
高校の頃はずっと理屈や理性を頼りに生きていた先輩は、奉仕部での日々の中でまた自分の感情に素直になれるようになった。でも、だからと言ってそれまでの生き方の否定もできなかった。
理屈と感情という相反する存在は、相互矛盾を繰り返す。
だから、ここまで先輩の心を追い詰めた。
そんな先輩の姿を、私なんかが見たことがあるはずがなかった。
八幡「……そう、なのかもしれない」
先輩の表情がびどく歪む。私が突きつけたのは先輩の心の醜さそのものなのだから、これが当然の反応だ。
いざ自分の言動を省みるとフラれた腹いせにこんなことを言っているみたいだ。そんなのじゃないよね。たぶん。
いろは「なら、雪ノ下先輩がどうして約束を破ったのか、ちゃんと納得できますよね」
だって先輩が現にそうなっているのだから。自分がしておいて相手にするなと言うほど先輩は愚かではない。
いろは「……まぁ、しょうがないのかもしれないですけどね」
八幡「しょうがない?」
いろは「はい。先輩、今まで誰かと付き合ったことありましたか?」
八幡「いや、初めてだが」
いろは「だから、それですよ」
経験や知識が圧倒的に不足している事柄に初めて手を出した時、はたしてうまくいくだろうか。
答えはノーだ。初めからうまくいく人なんてそうそういない。それは恋愛だけじゃなくて万事に当てはまることだ。
いろは「なんでも、失敗して人は学ぶんですよ」
八幡「なんか偉そうだな」
いろは「これに関しては私の方が先輩ですからね」
軽く胸を張って威張ったふりをする。
いろは「よく自分の黒歴史を語ってましたけど、それがなかったら今のように人と接することもできていないですよね?」
八幡「……まぁ、そりゃな」
私の指摘が図星だったらしく、先輩はうつむいて何も言わなくなってしまった。でも先輩がすべきことはそれではない。
いろは「何をしているんですか?」
八幡「はっ?」
いろは「今ならまだ間に合いますよ」
八幡「なにがだよ」
いろは「ちゃんと謝って仲直りしてください。先輩が全部悪いとは言いませんが、全く非がないわけでもないですよね?」
八幡「…………」
余計なことをしたのかもしれない。先輩なら私なんかのアドバイスがなくたって、ちゃんと雪ノ下先輩と話し合うかもしれない。
でも、この先輩を見ていると二人の行く末が心配で仕方ない。ちょっとしたすれ違いで関係が破綻してしまうような気がした。
あれ?
私は何をしているのだろう?
このまま先輩と雪ノ下先輩を別れさせて、そこを私がもらってしまえばいいじゃないか。傷心中のところを慰めてあげればそう難しくもないだろう。
……ダメだ。
私のいやらしい心を私自身が否定する。
そんなことで望んだものを手に入れても、私に残るのは後悔だけだろう。負い目を抱えたままの日々に先はきっとない。
いろは「……はぁ」
変わっていないんだなぁ、私は。
少しだけ身長が伸びて、胸が大きくなって、知らなかったことを知って、大人っぽくなっても、根本的なところは少しも成長していないんだ。
いろは「じゃあ、早く帰ってください」
本当はもう少しだけでも話していたい。でも、そうしたらせっかく消えかかった何かがまた復活してしまうような気がした。
いろは「早く帰って、雪ノ下先輩と仲直りしてください」
八幡「……すまん」
いろは「先輩、そこは謝るんじゃなくてお礼を言うところですよ。何なら愛してるでも可です♪」
八幡「何でそうなんだよ。……ありがとな」
こんなセリフだって、あの頃の私なら口にできなかった。
いろは「いえ、後輩として当然のことをしたまでです」
先輩は少し安堵したような表情を浮かべながらストローに口をつけて、ガムシロップが七個は入っているコーヒーを吸い上げた。
不健康な甘さを堪能して、言葉を漏らす。
八幡「よく考えるとこのことに関してお前の世話になりっぱなしだな」
いろは「まー私も高一や高二の時たくさんお世話になりましたし。お互い様ですよ」
八幡「それでもよ、今日も、それに卒業する前の時も、本当に助かった。だから改めて礼を言わせてくれ」
そう言う先輩の表情は今日私が見た中で一番優しい。
やっぱり、私はこの人のことが好きだったんだなぁ。
わずかに胸に走る痛みに改めてそう実感させられた。
八幡「ありがとう」
ふと、頬が熱くなる感じがした。おかしいな。もう終わった想いのはずだったのに。
その考えを打ち消すように矢継ぎ早に言葉を吐き出す。
いろは「もしかしてそれって口説いているんですか? 正直悪くないとは思いますが雪ノ下先輩の彼氏の浮気相手とか死亡フラグしか見えないのでお断りしますごめんなさい」
八幡「違うっての……。てかそれも久しぶりだな」
いろは「後半はほとんど言わせてくれなかったじゃないですか」
八幡「そうだったっけか」
いろは「そうですよぉー」
八幡「じゃあ、そろそろ行くわ」
いろは「ちゃんと、謝ってくださいね?」
八幡「何度も言われなくてもわかってる」
いろは「ならよろしいです♪」
立ち上がりそのまま出口の方を向くと、必然的に先輩は私に背を向ける形になった。
八幡「ありがとな。また今度にでも」
いろは「はい、……そうですね」
変わっていない。
『じゃあこの相談会みたいなのも、もういいよな』
何も、変わっていない。
このまま終わらせて、本当に良いのだろうか。
心臓の鼓動のリズムが不規則になる。焦燥感が私の中をかけめぐる。
いつの間にか服の胸元を掴んでいた手の力が強くなっていた。
いろは「すぅーー…………」
深く、息を吸い込み、
いろは「はぁー…………」
肺の中の空気を全て吐き出して空っぽにした。
このまま、終わらせたくない。
先輩の足が動く。その決してたくましくはない背中がそれに従ってわずかに上下に揺れる。
いろは「先輩」
先輩の動きが一瞬止まる。振り返るのを待たずに、私はその言葉を口にした。
ずっと、ずっと前から、伝えたかった、何度も何度も頭の中で繰り返した言葉を。
いろは「私、先輩のことが、好きです」
――
――――
真っ赤な夕日が窓から廊下に射しこむ。その光は廊下の床でぼんやりと反射して、この辺り一帯を橙色で染める。まるで、ここが紅葉の並木道のように私には見えた。
お互い、何も言わない。
校外から運ばれてくる部活の音が私たちの間にある全てだ。
今がこの時間でよかった。きっとこんなところをこんな時間に通る人なんて滅多にいない。
これ以上ないシチュエーションで、私は想いを伝えられた。
先輩は言葉を失い、ただ私のことをぼんやりと見ていた。私の言ったことの意味をまだちゃんと理解していないのだろう。
しかし時間が経つにつれて現状を認識していったらしく、今度は目を丸くして口をポカンと開けた。
もみじ葉が一枚、ひらりと落ちる。
『……えっ?』
――――
――
間抜けな声の主は先輩だった。
まさかこのタイミングで、こんなシチュエーションで告白されるなんて思ってもみなかったに違いない。
私自身、自分の行動に驚いている節がある。
でも、不思議とそれに対しての焦燥はない。もしかしたら先輩と再会した時点で、心の奥底ではこうしようと決めていたのかもしれない。
鼓動のスピードはいつもよりも少し早いくらいで、そこまでドキドキしているわけではない。そんな自分に月日の流れを感じた。
先輩は振り向かない。
微動だにせず、ただそこに立っている。そのせいで今どんな顔をしているのかはわからない。
私も、先輩も、何も言わない。
店内の騒々しさが救いだった。これがなかったら完全な沈黙となっていただろう。
どれだけ続いたかわからない沈黙を破ったのは先輩だった。
八幡「なぁ一色。それは――」
困惑顔の先輩の言葉を遮る。投げた賽の目を私は見ない。
いろは「冗談、ですよ」
八幡「はっ?」
いろは「このまま終わりなのもあれなので、ちょっとからかってみただけです」
八幡「なんだよそれ」
いろは「それよりも、先輩も意志が弱いですね。こんな言葉に動揺しちゃうなんて」
八幡「いや、そういうこと言われたら誰だって固まるだろ普通」
いろは「そんなんで雪ノ下先輩のことが好きだって言えるんですか~?」
八幡「うっ、うっせぇ。俺は……その……あれだ。好き……だな……」
いろは「わかってますよ」
クスッと笑ってみる。先輩は出口の方を向いたままだ。
いろは「でも思ったよりも揺らぎましたね。どうせなら、本当に付き合っちゃいますか? さっきはああ言いましたけど、私は別にいいですよ。禁断の関係って響き、嫌いじゃないですし」
八幡「はっ、冗談も休み休み言え。お前にその気がないのは丸わかりだよ」
いろは「……あは、そう、ですね」
『わかっている』という『わかっていない』宣言に思わず空笑いが漏れた。はぁ、全くこの人は……。
いろは「呼び止めてごめんなさい。行ってもいいですよ」
八幡「……おう。…………あのさ」
いろは「なんですか?」
八幡「その……悪かったな、いろいろと」
いろは「どうして先輩が謝るんですか?」
八幡「なんか、そうしなきゃいけない気がして……」
いろは「そもそも先輩が謝るようなことされてませんから。何なら嘘の告白なんてした私の方が謝らなきゃですよ」
八幡「……嘘、なのか?」
いろは「さっきもそう言ったじゃないですか」
だから先輩が謝る必要なんでない。
それにもう、終わったことだから。
あの頃には、戻れないから。
終わってしまった何かを取り戻すことは、私にはもうできない。
八幡「……そうか」
いろは「はい。じゃあ先輩」
さっきから突っ立っている先輩の背中を軽く押した。
いろは「バイバイ」
八幡「……ああ。またな」
先輩の後ろ姿が小さくなる。この光景を私は何度目にしただろう。その時、私がどんな思いだったのかは先輩が知る由もない。
でも、それでいい。
この先、二人がどうなるかはわからないけれど、少なくとも今日は笑ってくれていることだろう。
そんな人生の記憶の隅の方の、たまに思い出してもらえるくらいのポジションにいられたら、いいな。
いろは「お幸せに」
そう、先輩には聞こえないようにつぶやいた。
扉に手をかけ、先輩は店の外に出る。外気との差のせいか一瞬身体を震わせてからそのまま足を進めていった。
人の力がなくなった扉はゆっくりと閉じていき、背中は見えなくなる。
いろは「さよなら、です」
扉は、そのまま閉まった。
その瞬間、ずっと不完全に続いていた何かが終ったような気がした。
――
――――
『……何の冗談だ?』
『冗談では、ないです』
『…………』
『信じてくれないんですか?』
私の問いに頷きをもって応える。やっぱり、信じてもらえないかぁ……。わかってたけど。でもちょっとだけショックだし悲しい。
『葉山のことが好きだったんじゃなかったのか?』
『好きでしたよ。でも、葉山先輩よりも好きな人が出来てしまったんです』
『……わけがわからねぇ。俺が葉山に優ってるところなんてないだろ』
自嘲するように自虐の言葉を吐き捨てる。
『まぁ、単純なステータスだけなら先輩の完敗ですね』
『ならなおさら――』
『それでも好きになっちゃったんです。仕方ないじゃないですか』
理屈なんてわからない。ただ、気づいた時にはもうそうなっていた。先輩と会えると嬉しくて、会えないと寂しくて、一緒に話せたら楽しくて、別れる時は悲しい。
『好きです。本当に、本気で、好きなんです』
想いをできるだけ鮮明に言葉に変換する。この気持ちを全部伝えることなんて決してできない。人と人が完全に完璧にわかり合えないのと同じように。
それでも、伝えたい。
『それを、嘘なんて言わないでください……っ』
思わず感情が昂ぶって目頭が熱くなる。それを見て先輩は困ったような表情になった。
『……すまん』
『……たえ』
『えっ?』
『こたえ、……聞かせてもらえませんか?』
床にポツリと水滴が落ちる。それが自分の涙だと気づくのに数秒かかった。出来上がった小さな水たまりが夕日の光を反射している。
『…………』
先輩は無言で下を見ている。私は死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで先輩の口が開くのをただ待っていた。
沈黙が破られたのはそれから一分くらい経った頃だった。
『……わるい』
『……えっ?』
『今すぐにこたえを出すことはできない。少し、少しだけでいいから、考える時間をくれねぇか?』
『…………ぷっ』
真剣に言葉を選ぶ先輩の姿はどこか滑稽で、思わずおかしくなってしまった。たぶん泣きながら笑いを堪える私もよっぽどヘンなんだろうけどね。
『おい』
『すいません……っ、なんかおかしくて……』
『あのなぁ……』
『……でも』
『即答で断るわけじゃないんですね。なんか意外でした』
『……マトモに告られるのは初めてだからどうすればいいのかわかんねぇんだよ』
『あー、納得です』
……ん? 初めて? じゃあ私が先輩に告白した最初の人間ってこと?
『…………』
『あれ? もしかして私、にやけてたりしました?』
『ああ、めちゃくちゃな』
『えへへー。だって先輩の初めてですよー?』
『その言い方はやめろ』
でも、本当にどうでもいい人に告白されたのなら、そんな風にはならないはずだ。少なくともまだチャンスはゼロではない。
『迷ってますか?』
『はっ?』
『なんてこたえようか、ですよ』
『…………』
お、おお……。これはまさかの迷ってるパターン!? 本当にもしかして本当にあり得るかも?
『じゃあ、返事はいつでもいいので。あっ、でも早ければ早い方がいいですけどね♪』
『お、おい』
先輩の三歩先を歩く。いつも背中を見せられ続けてきた人に背中を向ける。
『では、お先に失礼しまーす♪』
振り向いて一度敬礼をしてそのまま走る。いや、もう限界。さっきから恥ずかしさとか緊張とかもうよくわからないことになってて、なに言っているのかもわからない。
『いや、だからそういうのがあざといんだっつーの……』
『でも、こういうの嫌いじゃないですよねー?』
そう言い放って廊下の曲がり角を曲がる。そこからまたずっと進んでから足を止めた。
『はぁ……はぁ……』
……返事はどうなるだろう。
わからないし不安だけどそれでも今は、今だけは後悔なんてない。伝えたいことをちゃんと伝えられた、それで満足だ。
『……綺麗』
オレンジ色だった空は日が沈んで少し藍色めいている。いつの間にか外の部活が終わっていたからか私しかいない廊下は静かで、それが少し寂しかった。
――――
――
――
――――
私が店から出たのは先輩が帰ってからドリンクバーでいれてきたホットコーヒーを飲み終えた頃だった。
人が少なくなった道を一人で歩く。ふと夜空を見上げたが街灯のせいで星はよく見えないから、諦めてまた前を向いて歩き始めた。
『私、先輩のことが、好きです』
はっきりと口にした言葉を思い返す。
あんなのは身勝手でわがままで自己満足な感情の表れで、先輩からしたら一週間もすれば忘れてしまうような小さな出来事に過ぎない。
それでも、私にはあの瞬間が必要だった。
何年か前の私が、あの頃に確かに抱いていた想いとその関係の決着。
それをどうしてもつけたかった。
いろは「……っ」
今になって胸の痛みが帰ってきた。でもそれは昔のようなただの切なさだけの痛みではなく、寂しさやむなしさも詰まっていた。
先輩と過ごした日々が脳裏に浮かんでは消えていく。
二度とは戻らない、けれど大切だった日々。
終わった。
おわった。
終った。
私の中にある確信のせいでさらに胸の痛みが増す。苦しみに耐えきれなくて思わず胸を押さえつけた。
ふと、頬に何かが流れる。
いろは「え……」
気づいた時には目から涙がこぼれていた。
いろは「う……そ……」
こぼれ落ちる涙を必死に止めようと目元を何度もこするが、止まる気配はない。
ずっと、ずっと泣かないようにしてきたのに。どうして今になって……?
いろは「……うぅ……っ、……っ」
とめどなくあふれる感情がほおをつたって地面に落ちていく。涙で滲んだ視界を少しでもハッキリしようとまばたきを繰り返しながら、先輩のことを想っていた。
あの、今の私にはまぶしすぎるほどに輝きに満ちた思い出に浸る。
――先輩。
私は、本当に好きだったんですね。先輩のこと。
よく考えてみると奇妙ですよね。先輩みたいな捻くれていて意志が強いわけでもなくて、何でもすぐに皮肉るような人を好きになったなんて。
これはもう『世界七不思議』ならぬ、『いろは七不思議』ですね。ちなみに二つ目以降はありません。
実は後悔したことがありました。先輩に恋したことを。
こんなにも辛いのなら、好きにならなければよかった。もう一層の事、出会わなければよかった。
そんなことを本気で考えたことが。
――バカみたい――
――本当に、バカみたい――
でもそんなやるせなくて苦い記憶も、今となってはかけがえのない思い出なんですね。
それに、ようやく気づけました。
だから、きっともうちゃんと言えることはないんだろうけれど、心の中でだけなら、言ってもいいですよね。
先輩に出会えて、よかったです。
先輩のことを好きになれてよかったです。
……いつか、先輩と笑って会えますように。
その時までは、さよならです。
もう一度夜空を見上げる。少し灯りが少ないところに来たからか、さっきよりも星が見えた。
光の速さは有限だから、今見える星の光は何年も前のものだという話を聞いたことがある。中には私が生まれる前の光もあるらしい。
そう思うと自分の生きてきた時間がひどくちっぽけなもののように感じられた。
私が望もうが望むまいが時は流れる。そんな世界で私は生きていく。
その日々の中でいつか、本当の意味でこの想いを忘れてしまうのだろう。こんなにも胸の中を埋め尽くすものも、いつかはなくしてしまうのだ。
それでも、私が先輩のことを好きだったという、その事実は消えない。
それは絶対にこの世界に残り続ける。他の誰が忘れてしまっても、跡形がなくなってしまっても、きっと永遠に。
いくら時が流れても消えてしまわないものがあるのなら、たぶんそれでいい。そう思うと小さな安心が心に染み込んでいった。
まだわずかに滲む風景の中でまた前に進む。ずっと意識の端にあった何かはもうなかった。
【Epilogue】
窓から訪れたのはウグイスの声。
その活気あふれる優しい声で目を覚ました。
ああ、もう春だね。
と、穏やかな気温と心地良い風を感じながら思う。そう言えば最近はずいぶんとあたたかくなったような気がする。
「…………」
夢を見ていた。
遠い昔の夢。
きっとあの頃のことを、今の私は『青春』と呼ぶのだろう。
なんて考えていたら自分がなんだかひどく歳をとったような感じがした。まだそんな人生を省みるほど生きてはいないというのに。
そう言えば久しぶりにその人のことを思い出した。
決してすごくカッコいいとは言えないのに、人を惹きつける何かを持っていた人。
私もあの人に惹かれたんだっけ。よく考えるとあの頃はいろんなことがあったなぁ。
思い返してみると懐かしくなって、そのまま椅子に軽くもたれかかる。
ふと、自分の口角が上がっていることに気づいた。ああ、今の自分は思い出しても笑えるんだ。そんなところにも時の流れを感じる。
今の私はちゃんと昔の記憶をちゃんと『思い出』に出来ている。
忘れたわけではないが思い出すことで辛くなることもない、ある意味一番理想的な現在だ。
「ただいまー!」
「おかえりー。……って、もうこんな時間!」
ボーッとしていたらいつの間にか午後の三時を回っていた。最近は時間が経つのが早い気がするが、やはり歳をとったからなのか。
なんか認めたくないなぁ、それ。
「おなかすいたー! おやつはー?」
「んー、じゃあホットケーキでも作る?」
「うん!」
「じゃあ手洗いうがいね♪」
「わかった!」
タタターっと、流しの方に走って行く様子を見て思わず顔がほころんだ。
「……でも、しあわせ、かな」
一人でに声がもれる。
「おかーさーん! はやくはやくー!」
「はいはい」
「おとーさんの分もつくろーねー!」
「うん、そうだね♪」
自分よりも大切だと言えるような家族が出来た。
あの頃よりもずっと誰かのことを好きに、愛せるようになった。
そんな二人のおかげで今はとても輝いている。これは強がりでも嘘でもない、本当の気持ちだ。
あの日先輩が欲しがり私が憧れた本物はいま、自分の手の中にある。
こんなにも時間をかけて、ようやく見つけられた。
手元に目をやると小さな子供が真剣な顔で生地を混ぜている。その姿が愛らしくてそっと頭を撫でた。
「おかーさん?」
「ん? なんでもないよ?」
どうやら邪魔だったらしく少し不機嫌になっていたから手を頭から離した。
すると、サァ、と爽やかな風が家の中に吹き込んできた。風が運んできてくれた空気からは、ほのかな春のかおりがした。
「……出来上がったら庭で食べようか?」
「うん!」
先輩。
私、先輩のことが、好きでした。
あの日、あの時に、たとえすぐに取り消してしまった言葉でも、あの一瞬だけはちゃんと伝えられたから、私の中の『終り』を見つけられたんだと思います。
だから、こんな今があるんです。
もう最後に会ってからずいぶんと長い時間が経ったので、先輩が今どうしているのかはわかりません。でもきっと、誰かと幸せに過ごしていることでしょう。
むしろそうであって欲しいです。
先輩、私は幸せですよ。
だから、先輩もどうかずっと幸せでいてくださいね。
――
――――
「おいしいね!」
「そうだね~」
綺麗な色の紅茶が入ったティーカップに口をつける。砂糖を少なめに入れたから甘いホットケーキによく合う。
ふと上を見上げると、そこにあるのはいつもと同じ青空だ。
空はいつも同じ顔で私たちを見てきた。これまでも、そしてこれから先もずっと。そんな空の下でみんな生きている。それはきっとあの人も同じだ。
そんな空をぼんやりと眺めながらこれからのことを考えてみる。
これから私を待つのはどんな日々だろうか。たぶん楽しいことだけではなくて辛くて苦しい時もあるだろう。
それでも、今までをずっと乗り越えてきた自分ならきっと大丈夫だと、どうしてか思えた。
紅茶をもう一口飲むと、またさっきのような風が吹いた。ふと、小さな何かが空に舞う。
反射的に目で追うが何なのかまではわからない。ただそれは葉っぱのようにも見えた気がする。
……まぁ、なんでもいいよね。
少しすると今度はウグイスの声がした。もう本格的な春の始まりだ。きっと桜の開花はそろそろだろう。
そんなことを思わせる、春の日の午後だった。
おわり
以上でおしまいです。
長い間お付き合いいただき、また最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。
二度と書かなくていいよ
>>349
元々これが最後のつもりで書いてたから、言われなくてももう書かないよ
読んでくれてありがとうね
乙
こういうのもいいな
ちなみに1は前に餞の歌書いてた?
たくさんの感想ありがとうございました。
作者冥利に尽きます。
最後なので今までの作品の宣伝をさせてください。
八幡「やはり俺の世にも奇妙な物語は間違っている」
八幡「やはり俺の世にも奇妙な物語はまちがっている」いろは「特別編ですよ、先輩!」
八幡「はぁ、だりぃな……」葉山「やった!!」
八幡「はぁ……」戸塚「どうしたの?」葉山「やった!!」
八幡「嘘だろ……小町が……?」
八幡「はぁ、小町……」??「やった!!」
八播「誰かが俺のことを呼んでいる」??「ねぇ」【俺ガイル】
八幡「気の向くまま過ごしてた二人だから」雪乃「そうね」
雪乃「安価で比企谷君を更生させましょう」 八幡「はぁ?」
【俺ガイル×世にも】八幡「諸行無常……ってそれは違うだろ」
いろは「私、先輩のことが、好きです」八幡「……えっ?」
>>369
餞の詩は俺ガイルSSで一番好きな話なので、たぶん相当影響を受けていると思います。
三部作の人は最早尊敬の域ですね。
このSSまとめへのコメント
面白いです!
頑張ってください!
良かった^^*もっと見たいっす(´ー`)
更新楽しみにしてます!
頑張ってください!
この人のSS(・∀・)イイネ!!
期待してます!
頑張って\(*⌒0⌒)b♪
これ、面白いわ
ぬああ…
最終回待ってる!!
結果気になる…(´・ω・`)
頑張ってください!
あああああん!
いい所で終わらないでオオォ
いろはす、生徒会長2年目?
続きはよ。。
いや、お願いします気になってねむれませんorz
はやくしろよ
すっごくおもしろいです。
早く続きが見たいぃ……
待ってるぜ!
ストーリー完結お疲れ様です!!
エピローグも待ってます!!
とりあえずおつ!
エピローグ楽しみにしてます!
すごい!
おもしろい
おいおい、大志イケメン過ぎんだろ笑
めっちゃいい話や!
いろはssなのに、いろはが報われない.......
ただただ胸が苦しくなるだけだった。
これは色々読んだいろはSSでも好きな部類。是非また、書いて欲しい。本当に纏まっていると思うから
世にも奇妙なの人だったんか!!
あのSSすごい好きだったよ
つーか他の作品も二作のぞいて全部読んだことあってびっくりしたわ笑
完結おつかれ!
また描きたくなったらかいてよ
読むから
葉っぱ隊とかの人か!流石にレベル高いな!!
おもしろかったです!!ありがとうございました(*^ω^*)
すごく面白かった
ただ切なすぎる…マジ号泣
胸を張って言える。俺ガイル史上最大に面白かった作品だよ。下手したらss史上最大に面白いssだよ!切なすぎるけど本当に面白かった!!
神作
結局いろはとくっつかねえのかよ
糞ssすぎて白けるわ
視点が心情ばかり移すのに急に変わったりして非常に読む辛い。いろは主人公としては物語にあっている仕様ではある
偽物と気づいたのに結局はなにも変わらなかったりこういう方が自然だよねっていう演出が強すぎてフィクションなのに現実思考すぎて退屈だった
ご都合主義はキモいけどこういうのもつまらない
多感な時期の少女向け僕には合わなかった