【艦これSS】風と徒花【短編】 (44)

#艦これSSの短編集を練習がてら書いていきます。以下ルール説明。

・1500字以内
・風と名のつく艦娘が主役
・ヤンデレであること
・三日以内に一作更新
・飽きたり、ネタが尽きたら終了

#このSSはpixivでも投下してます。よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427908677






浜風編1「ドッキリ」




 
 磯風とケッコンカッコカリを済ませて一月が立つ。彼女は強く気高く、駆逐艦と思えないほど見目麗しい。そんな彼女にいつの間にか惹かれ、気づけば結婚を申し込んでいた。彼女は喜んで受け入れてくれた。

 彼女の細くしなやかな指に、銀の指輪がはまっているのを見るたび、俺は幸福に包まれた。彼女の手は今まで見た誰よりも美しい。彼女の身体で一番好きな部分があるとするなら手だ。そう公言したら、十七駆の皆から引かれてしまったが。あれは失言だった。

 そんなことより、今日はバレンタインだ。彼女は料理があまり上手ではないが、俺は彼女のチョコを楽しみにしていた。

 早く来ないかな、と浮ついた気持ちで扉をチラチラと見る。すると、ドアノブを回す音がした。

 しかし、待ち人は来ず。執務室に入って来たのは浜風だった。

「なんだ、浜風か……」

「私ですいません」

 少しむくれて、浜風は言った。

「ごめんごめん。磯風が来てくれたのかと思ってな」


「いいですよ、別に気にしてないので。それより提督……今日が何の日かご存知でしょうか?」

「バレンタインだろ? あ、もしかしてその手に持っている包装は……」

「はい、チョコです。十七駆の皆で作りました。よかったらどうぞ」

「ああ、ありがとう」

 俺は少し嬉しくなりながら、包装を受け取った。磯風が見たら嫉妬するかもしれないと思った。普段冷静な彼女が嫉妬か。見てみたい。

「開けて下さい」

「今ここでか?」

「はい。私たちの、いえ、私の思いが詰まってます」

 浜風は妖艶に微笑んだ。その色気に思わず当てられてしまう。カトレアの香りは、浜風の匂いだろうか。なんて色っぽい子だ。

「あ、ああ。それは楽しみだな」

「気に入って頂けると思います」

 浜風の言葉が終わるのを合図に、俺は箱を開けた。


「——」

 驚きのあまり、俺は後退った。

 可愛らしいお菓子でも入っているのかと思っていたが、そこにあったのは予想の斜め上を行くものであった。

 血塗れの人間の前腕である。それも、見覚えがあった。薬指に指輪がはまっている。確信した。これは——

 これは、磯風の——

浜風「驚きましたか?」

 浜風がクスリと笑う。

浜風「それ、実はチョコなんです。提督を驚かせようと作りました。よくできているでしょう?」

 呆然と、俺は浜風の言葉を聞いていた。つまり、これはドッキリ……? 海外のパティシエがゾンビの腕をケーキで精緻に再現したという記事を見たことがあるが、浜風たちも同じことができるということか。

 俺は恐る恐る腕を触った。しっとりとした感触とともに形が崩れる。本当にチョコケーキみたいだ。断面まで精密に再現されていて、悍ましく思えた。

「驚かせるにしたって、悪趣味すぎるぞ……」

「提督が一番好きなものを再現しようということでしたので……。確かに、悪趣味過ぎましたね、すいません」

 謝る浜風。眉を下げて申し訳なさそうにしていた。

 俺は注意も程々に浜風を許した。普段真面目で融通の効かないところがあるから、ふざける時の加減がわからなかっただけだろう。それに、何にせよチョコを作って貰ったことには感謝せねば。

「それにしても、断面まで作るなんて相当な気合の入れようだな」

「ありがとうございます。本人の腕を見ながらちゃんと作りましたので……」
 
 全く。磯風もグルか。後で来た時にしからないとな。

 しかし、その日磯風が現れることはなかった。

 







浜風編2「葉書」




こわひ…

 
 海辺を吹く風、と言えば誰かわかるでしょう。そう、私です。

 恥の多い生涯を送ってきました。なんて始まり方をするのは『人間失格』ですね。私は大庭葉蔵ではありませんが、人として失格だという点では共通しているかもしれません。

 私は多くの人間を殺しました。仲間をこの手にかけたのです。全ては愛するものを手に入れるために。骨の髄まで腐り切った泥棒猫どもから彼を取り戻さないといけなかったのです。

 「恋愛、それは神聖なる狂気である」というのはルネサンス期の格言ですが、それはその通りでしょう。狂おしい愛という言葉は重複表現です。愛は最初から狂気を孕んでいます。愛する余地がある間は神聖なまでの喜びを享受できますが、手に入らないと分かれば、殺意すら湧いてくるほどです。

 あの卑しい泥棒猫ども。あの害獣どももそうなのでしょう。だから、私が愛した人を、私を愛してくれた人を殺してしまったのです。そして、バラバラに持ち去ってしまいました。

 
 頭、腕、足、上半身、下半身。

 この五つに分けてね。酷い話です。ちゃんと平等に分け合ったことには感心すら覚えますが、私のモノを壊して挙句黙って持ち去るなど許せないことです。

 だから、探し出して返してもらえるようお願いしました。でも、断られました。私のものなのに、断るなど信じられますか? しかも、お前のモノではないとまで言う始末。

 やはり、泥棒猫は泥棒猫。知性の欠片もなかったようです。だから、殺してしまったのは致し方ないのです。害獣は駆除するのが決まりなのですから。しかし、私がいくら害獣と見なそうと、彼女らは生物学上では人であります。だから、私は人殺しです。罪人です。人間失格の烙印を押されてもしょうがありません。

 人間を失格した私はあなたの目からどう見えますか? きっと獣とでも思われるかもしれませんね。それは、仕方ないとはいえ、耐え難いことです。

 私には、まだ理性があります。磯風と谷風と天津風と雪風にはちゃんとお願いしたのですから、大丈夫なはずです。だから、これが最後ですがお願いです。

 彼の頭を、ウチに返せ。この手紙をあんたが読み終わった頃に、引き取りにいくき。待っとれ。

 ——いいか、浜風。

 





 私は手紙を読み終わると、破り捨てた。笑いが止まらない。あの女狐は、随分回りくどいことをしてくれる。それに、私のモノだと? 頭が膿んでいるのではないか。

 本当、馬鹿な女。自分が掌の上で踊らされていることにも気づかないなんて。貴女が働いてくれたおかげで、手間が省けた。たった一人を殺すだけで、私は彼の全てを手に入れられる。

「ふふ、もう少しですよ提督。あとちょっとで私の元に帰って来れるんです」

「だから、見ていて下さいね?」

 私は微笑みをたたえて、彼に語りかける。返事はなかった。虚ろな瞳がこちらに向いているだけ。

 でも、私は気にしなかった。彼がいれば、たとえ物言わぬ骸だろうと構わない。

 でも、全てを取り戻さないと。彼が可哀想だ。

 分厚い樫の扉が叩かれる。ノックではない。おそらくハンマーか何かで叩いているのだろう。

 愚直な女狐だ。予告通りに来るなんて。

 私は小さく笑って、連装砲を手に取った。

今日は投下終了です。
浜風が好きなんで、しばらく浜風。後、自分は他のヤンデレ作品も書いてます。どの作品か気づいたら、そちらもよろしくです。

怖えよ(建前) もっとやれ(本音)

期待

素晴らしい

上げるなハゲカスチビ






浜風編3「徒花1 スノードロップ」





 
 私は嘘つきだ。皆は私の真面目さを持て囃すが、それは虚像の私に過ぎない。欺瞞に満ち、卑屈で、回りくどい。本当の私はそんなくだらない存在だ。

 ただ、そんな私でも今日は一つだけ本当の気持ちを語ることができた。

 今日はおめでたい日だ。提督と榛名さんが結婚し、それを皆で祝っている。

 空は青く、淡い輝きを放つ太陽は二人を暖かく照らしている。榛名さんは花嫁衣装で綺麗だし、普段お洒落に興味がない提督はこの日ばかりはしっかり決めて、白いスーツを見事に着こなしている。

 二人は手を繋ぎ、赤い絨毯が敷かれた道を歩いていた。鎮守府の皆が、その周りに立ち、祝いの言葉を投げかけ、あるいはからかい、想いが届かなかった子は泣きながらも、二人の幸せを健気にも祝していた。

 その中を歩く二人は照れ臭そうだ。でも、頬を染める朱は、幸せの証左なのであろう。二人が羨ましい。そう思いながら、私は二人の前に立った。


「あ、浜風……」

「浜風、さん……」

 私を見た二人は、暗い表情を浮かべ目をそらした。提督と榛名さんが結ばれる前、私は提督に告白してフラれていた。それがあって、気まずいのだろう。

「二人とも、おめでとうございます」

 微笑みながら、私は言った。二人は困惑顔を浮かべたが、すぐに笑顔を返してくれた。でも割り切れない気持ちがあるからか、提督は申し訳なさそうで、榛名さんはやや悲しそうだった。

「ありがとう……」

「お気持ち嬉しいです。その、浜風さん……」

 榛名さんは一旦言葉を切った。黙って、その続きを待つ。

「あなたも、どうかお幸せに……」

「ええ。榛名さんは好い人ですね。やっぱり提督には貴方が相応しいです」

「そんな、私なんて……」

 
 私は頭を横に振って、榛名さんが言わんとしたことを遮った。

 これ以上自分を卑下する言葉を吐くのは許さない。貴女は仮にも、提督が選んだ人なのだから。

「榛名さん。私から貴方にプレゼントがあります」

「プレゼントですか?」

「ええ、花をあげます。私の好きな花です」

 手にしていた植木鉢を差し出した。二人は、それを覗き込むと嘆息を零した。

「綺麗な花だな……」

「小さくて可愛いですね……。まるで、降りしきる雪の一欠片を見ているようです」

「スノードロップと言います。日本ではお正月の誕生花で、『雪の雫』という意味です。花言葉は『慰め』、そして『希望』です」

「希望、か……」

 提督が呟くように、確かめるように言葉を出した。

「はい。貴方たちの、いえ榛名さんの将来に希望があらんことを」

「……浜風さん。ありがとう」

 榛名さんは涙を流しながら、私にお礼を述べてきた。植木鉢を受け取る手が微かに震えている。落としやしないか、心配になった。落とされたら困ることになる。

「ありがとう……ありがとう……」

 植木鉢を受け取って、なお嗚咽を漏らす榛名さんの肩に、提督がそっと手を置いていた。表情は穏やかに、心は水面のように静かに、寄り添う二人を見詰める。

 私は、確かに嘘つきだ。でも、榛名さんに渡したこの花に込めた想いに嘘はない。

 それがこの日、私が示した唯一の真実なのだから——。

投下終了。
今回の話はヤンデレぽくはないですね。

なるほど、あなたの死を望みます、か
嘘はないな

十七駆のヤンデレは最高や







浜風編4「楽園創造」






 私の理想はここに完成した。

 私と愛するものしかいない世界。地下深くに拵えた一室に、私が愛する人を閉じ込めたのだ。これは明らかに犯罪であるが、致し方ない。私が愛する人は、とにかく異性から目を集めてしまう。愛しい人が穢れた視線を向けられる事実に、私は耐えられなかった。

 だから、私だけしか見れないようにしたのだ。こうして閉じ込めてしまえば、誰も愛しい人を汚すことはできないのだから。

 私たちの置かれた状況、特定の空間で二人きりになった状態は、よくアダムとイブのようと表現される。だが、私たちの場合それは誤りだ。確かに知恵の実を食べたアダムとイブみたく、私は罪を犯したが、だからと言って彼らのように楽園を追われたわけではない。私たちは楽園を失ったわけでも追われたわけでもない。むしろ楽園に辿り着いたのだ。ジョン・ミルトンはアダムとイブが追放される話をモチーフに『失楽園』を著した。しかし、これは『楽園創造』である。

 私と、愛しい人の楽園。それが、創られた。

「くくく……」

 私は、椅子に座って眠る愛しい人の頬を撫でた。端正で凛々しい顔だが、柔らかい肌触りに私は酔う。ああ、なんて心地がよい感触と暖かさか。ずっと、ずっとこの感覚を味わえるなんて。

「う、うん……」

 愛しい人が目を覚ました。私は笑顔で迎える。

 さあ、私と堕ちよう――。


 私が意識を覚醒させると、そこは暗がりだった。隅にかけられたランタンの明かりが、冷たい石壁を淡く照らしている。水っぽいカビ臭さが鼻についた。曖昧な意識の中でも、ここが地下であることが漠然と理解できた。

 小さく揺らめく灯りの中に、蠢く影が一つ。

 その影が誰なのか、私にはすぐに理解できた。ああ、私の愛しい人だ。私が誰よりも愛した人がそこにいる。小さく、笑っている。

 私は側に寄ろうと、立ち上がろうとした。しかし、立つことは叶わなかった。何故なら、私の手足は鎖に繋がれているからだ。ジャラジャラと擦れ合う音を立て、動こうとすると肉に食い込んで痛い。

 私はすぐに己の現状を理解した。ああ、私は愛しい人に捕らえられてしまったのだ。

 動けない私を、愛しい人は楽しげに目を細めて見ていた。何処か、不気味にも見える表情だが、その歪みの理由を知っているから、不快には感じなかった。それは私を離さないで済んだという安堵と愉悦によって生じたほころびなのだ。断じて、忌避すべきものではない。

 愛しい人は、少々心配性なところがある。私を野放しにしておけば、誰かに取られるのではないかと心配なのだろう。そんなこと、絶対にあるわけないのに。

 本当、可愛らしい。まるで、愛を信じられないと宣う少女のようではないか。手首に傷でもつければそれらしくなるかも。

 そう考えると何だかおかしくて、笑ってしまった。くつくつ、くつくつと渇いた声が漏れる。

 それにしても、嬉しい。嬉しすぎて絶頂しそうだ。私は、こんなにも愛しい人から愛されていたなんて思わなかったから。

 私は満面の笑みを浮かべ、愛しい人に言った。

「仕方ないですね、もう……」
















「一緒に堕ちましょう、提督――」













 

投下終了です。
少し遅れてすいません。次回は谷風にする予定です。お楽しみに。


谷風のヤンデレとか初めて見るから楽しみだ







谷風編1「逃避行」






 潮の香りがする風を切りながら、私は海上を走っていた。風の音と脚部ユニットが波を滑る音が私は好きだった。やっぱり海の上はいいぜ。好きなやつと一緒なら尚のことな。

 私は提督を横抱きしていた。可愛い言い方をすれば、お姫様抱っこだな。提督は私より頭一つ以上大きいけど、艤装のおかげで筋力が補強されているから、提督一人くらい軽いもんだ。

 立場が逆だよなあって思いながら提督をみる。

 可愛い顔でスヤスヤと寝てやがる。かあっ、呑気なもんだねえ。まあ、まだ起きないのは薬で眠らせたからなんだけど。

 私は小さく笑った。

 普段は頼りになるくせに、こんな子供みたいなあどけない表情をしているなんて、何だかおかしい。これがギャップ萌ってやつ?

 やられたよ、可愛いすぎる。


 朝起こしに行く度に、こんな可愛い顔をしてたんだぜ。たまらねえよ。でも、朝起こしに行くのは私だけじゃなくて、他の雌猫どももやりたがるから中々機会がなくてねえ……。困ってたんだよ。独り占めしたいってずっと思ってたんだ。

 で、とうとう我慢できなくなっちゃって、提督を眠らせて、鎮守府から出てきたわけ。つまり、愛の逃避行ってやつさ。盛りのついた薄汚い雌猫どもがあそこには一杯いるし、純粋な提督には危ない場所だから、離れるのはやっぱり良かったよね。

 提督には谷風さんだけいればいいよ。他の雌なんて、提督を汚すことしか考えてないんだからさ。私はあんなやつらと違って提督のことを思いやれるんだぜぇ。なあ、そうだろ?

「う、ん……」

 小さい呻きがした。何だか返事のようだ。いや、寝ていても提督は私の考えていることが分かるに違いない。やっぱり私たちは愛の糸で繋がってるんだな。

 提督、嬉しいよ。これからは、二人だけで愛を育んでいこうね。

 ――と、感慨に耽っていたら横槍が入ったよ。対空電探に感あり。どうやら無駄飯食いの馬鹿空母どもが艦載機を飛ばしてきたようだ。ホント、邪魔しかしないなあの雌猫ども。

 私は上空を睨んだ。艦爆と艦攻が重低音を上げながら空を泳いでいる。その数は結構なものだね。艦隊一つ相手しようって勢いだ。


 多分、私に渡すくらいならこのまま提督ごと爆破しちまおうって考えなんだろうな。あの浅ましいやつらの考えそうなことだ。呆れるしかないね、たく。胸ばかりどいつもこいつもデカイけど、もう少し頭にも栄養を回せってもんだい。

 忘れてもらっては困るよ。

 私は、避けるのが誰よりも上手いんだぜ。お前たちみたいなヘボ空母の攻撃なんか、一発も当たりゃしないさ。

 全部かわして、逃げきってみせる。いや、必ず逃げてやるよ。逃げ出した先に楽園はないなんてよくある言い回しだけどさ、私たちの場合はそうじゃないよね。逃げ出した先が、谷風さんと提督の楽園だ。

 私たち以外誰もいない、ね。

「なあ、提督……」

 私は提督に語りかける。返事はないけど、分かる。提督は喜んでくれているはずだって。

 待ってろよ。ちょっとうるさいかもしれないけど、すぐ終わるから。

「ずっと一緒に居ような」

投下終了です。遅れてすいません。
谷風好きなんで、谷風好きな人が増えてくれたらと思います。ヤンデレ谷風流行らせたい


こいつは粋なSSだねぇ

(磯風ください)

中々更新できずにすみません。
就活が思ったよりも忙しく、こちらに頭を回せる余裕がちょっとない状況です。
一応、まだ続けるつもりなんで、首を長くしてお待ちいただけると嬉しいです。

あいわかった
待つ

こっちの酉も変えますね







谷風編2『大破進撃 表』






 遠征から帰ってきた谷風さんは、浮かれ気分で執務室へと向かっていた。

 提督に会うのは二日ぶりだからね。それだけでも充分浮かれる理由にはなるんだけど、遠征が大成功だったんだ。資源をがっぽり持って来れば、提督は喜んでくれるし、頭を撫でてくれる。おねだりすれば抱擁だってやってくれるんだ。

 谷風さんはそれが楽しみだった。提督に包まれると湯たんぽみたいに暖かくて安心するし、抱かれてる間だけ独り占めしている気分になれる。

 ただでさえ寄り付く雌……ライバルが多いからな。提督が自分のものになる感覚はその時以外じゃ中々味わえない。

 だから、谷風さんは遠征を頑張った。運悪く敵に遭遇して、中破したけどさ。多少の怪我なんてどうでもいいね。

 そのまま飛んでしまいそうなほど谷風さんはウキウキしながら扉の前まで来た。ドアノブを開こうと手をかけたんだ。


 すると、怒声が聞こえてきた。提督の声だ。何事かびっくりしたよ。

 その後、間も無く凛とした女の声が続いた。あれは、磯風。提督に引っ付く目障りなメスの一匹だ。

 どうしてあの雌と提督が? あの雌が何か提督を怒らせることをしたのか。だったら許せないね。事と次第によっては覚悟しろよ?

 谷風さんが息巻いていると、二人は静かになった。おかしいと思って、中を覗くために少しだけ扉を開けた。

 そこには信じられない光景が広がっていた。

 提督と、あの雌が抱き合っていたんだ。

 訳が分からなくて頭が真っ白になった。理解が追いつかない。

 どうして、提督があの雌を? なんで、ナンデ? 違うよ。提督が抱くのは谷風さんだ。

 間違ってるよ。あんな、小汚い雌じゃない。

 だから離れてよ、ネエ。離れろ。離れ――

「もう、大破進撃なんて無茶はやめてくれ……」

 提督が言った。悲しそうな顔を浮かべ、辛そうな声で。

「でも、あそこで私が行かなければ海域攻略は不可能だった」


 汚物が何か音を出した。いいからさっさと提督から離れやがれ。

 提督もホントは嫌なんだろ? だからそこを退いて。汚物を取り除けないじゃないか。連装砲で消し炭にするんだから退いてくれよ。

 谷風さんの願いは虚しく、提督は汚物をより強く抱き締めた。

「海域攻略なんてどうでもいい。私はお前に居なくなって欲しくないんだ」

「司令……」

「だから、絶対……絶対無茶はしないでくれ。私にはお前が必要なんだ」

 その時の提督の顔は、見たことがないものだった。腹に渦巻いていた怒りを一瞬忘れるほどに、谷風さんは驚愕した。

 悲しそうで、辛そうで……そしてそれ以上に弱々しかった。まるで、枯れゆく花を眺める病人のように。

 谷風さんは知っていた。提督は、誰にもこんな顔見せたことなんてないし、「お前が必要なんだ」なんて言ったこともない。

 それを、それをこんな汚しい雌猫が――。

「しかし、こうして心配してもらえるのは嬉しいな……。司令を独り占めしている気分になれる」

 汚物が、谷風さんの思っていたのと同じことを言いやがった。そして、ゆっくりと提督に気付かれないようこちらに顔を向けてきた。赤い瞳が鋭利に笑う。谷風さんは仰天した。

 あの雌は気付いていやがったんだ。最初から、私が覗いていることを。

「これも大破進撃したおかげだな。時には、無茶をするのもいいものだ、なあ?」

 ――そう思うだろう? 

 口だけが動いた。それは、谷風さんに向けられた無言の挑発だった。

投下終了です。
裏は磯風編でやります。今回も捻りなくて申し訳ありません。

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