【艦これ】良い雨が降る場所にて (44)

・前作
提督「触ってねえよテキサスクローバーホールド極めんぞ」
提督「触ってねえよテキサスクローバーホールド極めんぞ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425908876/)

時雨の話が読みたいという意見があったので、彼女がああなった経緯とマッスル鎮守府の内情みたいな感じのお話です
三部構成となっております。中篇と後編はまだ手も着けていない状態ですので暫くお待ちいただけると幸いです
オリジナル要素や艦隊戦の常識をブチ破る要素などをふんだんにこれでもかどっこいしょと使用する予定です。すいませんねほんと堪忍な
前作のようなノリを期待している方はすいません。シリアス多めです。割合で言えば3パーセントほどです
シリアス3 ギャグ5 バトル5として、残り90は全部マッスルです。やったね!!

今作では提督の表記を『( T)』←これに変えました。安心してください、前作と同一人物でマッスルです


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1426958248

時雨「提督、ちょっといいかな?」

( T)「…」


嫌な予感がした
時雨に呼び止められたときは、大抵ロクなことがないからだ
前は底の開いた椅子に無理やり座らされて、ケツが抜けなくなったところに魚雷をぶち込まれそうになった
あの時はマジで処女喪失の覚悟をした。俺の全マッスルを使って椅子ぶっ壊してロメロ極めといた。この提督ツォ、駆逐艦にも容赦せん
お前らは時雨をお淑やかで穏やかで品のあってシコリティ高い駆逐艦だと思ってるだろうし、実際そうなんだろう。お前らのところの時雨は


だがウチは違う


時雨「アホ面下げてボーっと突っ立ってないで早くこっち来てよ。鎖骨バキ折るよ?」


な?実際やれそうな部位の骨バキ折るなんて言わねえだろ?
こんなんでも青葉、夕立に次ぐウチのナンバー3。金剛が言う『頭おかしい勢』の最後の一人だ


時雨「さーん、にーい…」

( T)「わかったから俺の鎖骨に触んな。お前マジでやりかねねえから」


時雨はにっと八重歯を出して愉しそうに笑うと、俺の手を引いて早足に歩き出した―――――





艦隊これくしょん ~艦これ~

『良い雨が降る場所にて』



.

『艦娘三原則』

艦娘に携わる人間が、一番最初に教わる原則だ


・第一条 艦娘は人間に危害を加えてはならない。
・第二条 艦娘は人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
・第三条 前掲第一条及び第二条に反する恐れの無い限り、自己を守らなければならない。


アイザック・アシモフが自身のSF作品にて示した『ロボット工学三原則』を元に考案されたこの原則は
人間への安全性、命令への服従、自己防衛を目的とする三つから成る
人類共通の敵、『深海棲艦』に唯一対抗しいれる彼女達の、決して破ってはいけない『掟』


しかしながら、今の彼女達は
かつて、数百の大和魂を乗せた、物言わぬ浮かぶ鉄の城ではない
一人の少女、一人前の自我がある『娘』として戦っている


『機械人形』の法に対して、不満が湧かないはずが無い



時雨「…」


とある鎮守府に就役する駆逐艦娘、時雨もその一人だった

彼女の指揮官は決して無能では無かったが、過剰なスキンシップと横暴な態度が目に余るものがあった
最初からそうだったワケではない。しかし、男性という性別と、容姿端麗な艦娘たち
そして、提督という立場と三原則。鎮守府内の環境が彼を徐々に腐らせていったのだ

艦娘の反応は様々だった

少しでも気に入られようと媚を売り、なすがままにされる者も居れば
逆に、露骨な嫌悪感を表し、口汚く罵る者も居れば
ジッと、終わるまで耐える者もいた

当然ながら、媚を売るものは重宝され、嫌悪感を表したものは無下にされた
時雨はそのどっちにも着かず、ただ我慢する立場だった

暫く時が経つと、見知った顔が減っている事に気がついた
それも、提督を嫌う艦娘達に限って、だ

古参の駆逐艦にワケを聞いてみた
『知らない』と答えた

所属艦隊旗艦に話を聞いた
『さぁな』と答えた

提督一番のお気に入りにお願いした
『何のことデース?』と答えた

手当たり次第に当たってみた
誰も理由を話そうとはしなかった



動きが目立ちすぎたのか、ある日時雨は司令室に呼び出された
椅子に座るよう促され、両肩に手を添えられる
そして、耳に触れてしまいそうなほど近くに唇を寄せられると、こう言った


『気に入らない奴は、こっそり沈めたんだよ。深海棲艦の所為にしてね』





おぞましさが、耳から脳へ、そして全身に駆け巡る
最早我慢の限界だった。この男にも、人間の定めたルールにも

時雨は、胸ポケットに刺していたボールペンを引き抜き
力いっぱい、提督の太ももへと突き刺した―――――

―――――
―――



幸運だったのは、提督を悲鳴を聞いた艦娘がすぐさま時雨を取り押さえ、大本営へと連行したこと
不運は、『艦娘三原則』を破ったことに対する処分が、本部から即刻伝えられたこと


駆逐艦時雨は、『理由無く司令官に傷害を加えたことによる反逆罪』で


『雷撃処分』とする、と


つまりは、実質的な『死刑』である
更正不可能と判断され、敵勢に回る可能性のある艦娘に対してのみ行われる処罰だった


鋼鉄の檻の中で、時雨はただ虚空を見つめその時を待った
後悔の念は僅かにあったが、これ以上人間の勝手な都合に振り回されずに済むという、ある種の開放感が塗りつぶした
そうして、二日が経ち、三日が経ち、日にちの感覚がなくなり始めた頃


檻の鍵が外され、一人の人間と、一隻の艦娘が入ってきた
人間は、顔に『T』と記されたマスクを被っていた
艦娘には見覚えがあった。メモとペンを持って鎮守府内を駆けずり回り、スキャンダルを求める『パパラッチ』


遂にこの時が。乾いた唇が引きあがる
薄い皮膚が縦割れ、淡い痛みが伴うがそれもどうでも良かった


時雨「やぁ…君達が執行官かい…?」


しゃがれた声で、目の前に立つ『死神』を歓迎する
だが、返事は思っていたものと違っていた




( T)「しっこ役…?何言ってんのお前…?小学生並みの下ネタじゃん…」

青葉「そのおしっこじゃなくて『執行』ですよ司令官」


大分どころじゃなく、違っていた



.

時雨「…早く済ませてくれないかな?」

( T)「やだ冗談通じないわこの娘…」

青葉「そりゃあ、今から殺されそうって人に冗談言っても伝わらないでしょう。むしろ怒られないだけ温情ですよ」


話を聞かず、とぼけた態度を続けるこの二人に苛立ちが募る
死刑囚を前にして何をふざけているのだろうか


時雨「いい加減に…ッ」

( T)「残念だが、雷撃処分は中止となった」

時雨「は…?」

( T)「お前の身柄は俺が買った。今これより、俺の部隊『地獄の血みどろマッスル鎮守府』所属となる」

青葉「寿命が延びるよ!!やったねぐれちゃん!!」

( T)「おいやめろ」

時雨「…冗談じゃない」


やっと人間の呪縛から逃れられると思ったのに
やっと理不尽な掟から解放されると思ったのに


時雨「余計な事をしないで欲しい。僕はもう君達に、『人間』に従う気は無い」

( T)「決めるのはお前じゃねえ。腐ってないでサッサと立ってここから出ろ」

時雨「嫌だね。気に入らないなら抗命罪で即決銃殺刑にでもしなよ。気狂いの駆逐艦一隻殺したって、上は気にも留めないだろうさ」


男は頭を掻くと、口から乾いた笑いを漏らした


( T)「お前、『一円玉』を作るのに掛かるコスト、知ってるか?」

時雨「…一体何の話だい?」


ポケットから一円玉を取り出し、親指で弾く
か細い音を鳴らし、檻の床を跳ね、時雨の足下で止まる


( T)「なんと『二円』だ。このちっぽけな金は、作れば作るほど損をする」

時雨「…」

( T)「面白い話をしてやろうか?俺がお前を幾らで買ったか」

時雨「…」

こいつも、あの提督と同じように、自分を物の様に扱うのか
握り締めた拳から、ギチリと音が鳴る


( T)「なんと、この紙切れ一枚」


胸ポケットから取り出したのは、紙幣ではない
ポップなオレンジ色をした『チケット』だった


( T)「上層部のお偉いさんが『ウチの』那珂ちゃんにお熱でな…ライブの特等席用意したら二つ返事だったよ」

( T)「俺の持ってるこの紙切れとお前の命は同じ重さだ。わかるか?ええ?時雨」

時雨「…ッ」


かみ締めた奥歯がゴキリと音を鳴らす


( T)「お前を殺す一発の弾の方が、何倍も高いんだよ。一円玉作るのと一緒だ。『損』なんだよ」

( T)「安い命だ、なぁ時雨。てめえのその意地張った態度が、俺にとっちゃ滑稽でたまらねえ」


頭の奥で、何かが切れる音がした


時雨「うあああッ!!!!!」


ボールペンを、突き刺した時よりも強い、強い殺意が時雨を突き動かした
叫びと共に、目の前の男に飛びかかろうとする

だが、振りかざした拳が顔面に届く前に


時雨「カッ…ッ!!」


時雨の腹に、『別の拳』が叩き込まれていた
突進の勢いは殺され、腹を抱え蹲る


青葉「やれやれ」


時雨を殴った張本人は、踊るような足取りで時雨に背を向けると
その頭に、『腰を降ろした』


時雨「ッ!!」


額がコンクリートの床と激突し、鈍い音が響く
鼻の奥から溢れた鼻血がドロリと流れ出す


青葉「安い命でも、買ってやるって言ってんですよ時雨さん。犬の糞に金を出すようなものなんですよ?」

時雨「フッ…フゥッ…」

青葉「そんなに死にたいのなら、この青葉が殺してやりましょうか?ノーコストで、尚且つ銃殺や雷撃処分なんかよりも、もっと痛く苦しい方法で」


願っても無い申し出だった。『冷静な時雨』だったなら
しかし彼女は、青葉に対しこう返した





時雨「殺して…やる…」



.

( T)「青葉」


青葉はその一言で、時雨の頭から腰を上げた
重石が解かれても、彼女はすぐさま立ち上がることが出来なかった


時雨「…」

( T)「俺はなぁ、最初に『提督にボールペン突き刺した』って聞いた時から、わりとお前のこと気に入ってんだよ」

時雨「…ペッ」


口の中に流れた鼻血を、男のブーツのつま先へと吐き捨てる
男はそれを気にも留めず話を続けた


( T)「ウチに来い時雨。今は紙切れ一枚の命だが、俺と青葉が値千金の艦娘にまで仕上げてやる」

時雨「…」


鼻血を右手に嵌めたグローブで拭い取る
すると、すぐ傍にワンショットグラス大の容器が置かれた


青葉「高速修復材です。傷だらけで出られでもしたら、ちょおっとめんどくさいことになりますからね」


傷だらけにした本人が、いけしゃあしゃあと言いのける
時雨は忌々し舌打ちをすると


時雨「…僕に拒否権は、無いんだろう?」

( T)「おーう、話が早くて助かるぜ」


高速修復材を一息に煽った

胃と喉に清涼感が流れ込み、体の痛みと傷が一気に引いていく
しっかりとした足取りで立ち上がり、二人に向き直る


時雨「わかった、『飼われて』あげる」

時雨「でもこれだけは忠告しておくよ。隙があれば、君達二人の寝首を掻き切ってやる」


その言葉を聞いた男は、マスクの裏で笑みを作る


( T)「おう、それでこそ俺が目を付けた甲斐があるってもんよ」


そして、座り込む時雨に手を差し出した


( T)「歓迎しよう、白露型二番艦『時雨』」

時雨「…」


時雨は、その手を乱暴に払い退け


時雨「よろしく、クソ提督さん」


年相応の可憐な笑顔を向け、最低な挨拶を返した

―――――
―――



( T)「あの筑摩めっちゃ光ってね…?」

青葉「本当ですね、後なんか高い音も聞こえて怖いですね。記事の見出しはこうでしょうか?『怪奇!!ものすごくうるさくてありえないほど光る』」

( T)「良い映画だったね」

時雨「…」


何日か振りの太陽に目を眩ませ、海風を胸いっぱいに吸い込む
望んだ形では無かったが、久しぶりに出た外に、僅かな開放感を覚える
港では、脚部の九三式酸素魚雷を下ろす大井の姿が見えた。恐らく、彼女が本当の執行艦だったのだろう


時雨「…」

( T)「おーい、何見t……うわっ、クレイジーサイコレズだ…怖っ…近寄らんとこ…」

時雨「何でもないよ。早く行こう」

青葉「司令官見てくださいアレ。利根さんもめっちゃ光ってますよ」

( T)「すげえ、写メとっとこハム太郎」パシャ

( T)「…」

( T)「逆光でなんもみえねえ」

時雨「早くしてよ!!」

車で数時間、別の港から輸送船に乗り込みまた数時間
太平洋のとある泊地に、件の『地獄の血みどろマッスル鎮守府』はあった


( T)「あー、やっぱウチが一番やな!!」

青葉「旅行帰りの大阪のおばちゃんみたいなこと言わないでください」

時雨「…普通だね。てっきり、廃墟にでも住んでると思ってた」


場所はともかく、施設自体はごく普通
仰々しい名前だった為か、時雨は少し拍子抜けした


( T)「喜べ、ジムあるぞジム」

時雨「知らないよ。使ったこともないし」

( T)「えっ…嘘…使ったことないの…?鎮守府には常備されてるものじゃないの…?」

時雨「どうでもいいから、早く部屋に案内してくれないかな?こんな辺鄙な場所にまで連れ出されて、もうクタクタなんだ」


暫く、まともな寝床で眠っていなかったのと、長い移動が相まって
時雨は既に目を開けているのも辛い状態だった

青葉「そうですね。今日はもう遅いですし、もろもろの登録処理は明日にしちゃいましょうか」

( T)「俺はまだ元気だけど」

青葉「知りませんよ海でバタフライでもしとけばどうですか?」

( T)「青葉冷たい」

青葉「青葉も疲れてるんですよ。時雨さん、では此方へ」


青葉が手招きし、それに時雨が続く
その背後で、叫び声と共に海に何かが飛び込む音が聞こえたが、振り向かずに進んだ


( T)「マッスル~~~~~~~~~~~!!!!!!バタフライ!!!!!!!!」

( T)「よい子の諸君!!!!二月の海は寒い!!!!!!皆は間違っても真冬の海に飛び込むなよ!!!!!マッチョなお兄さんとの約束だ!!!!!」

五十鈴「…頭大丈夫?」


周辺哨戒任務中の五十鈴が、提督大はしゃぎの現場を汚いモノを見るかのような目で見ていた


( T)「うわぁっ、見られてた恥ずかしい海があったら入りたい。夜間哨戒おつかれ」

五十鈴「目線上げないで」

( T)「頭踏むのやめゴボガバァ!!!!!!」


五十鈴の足から逃れた提督は、港へと這い上がった


( T)「殺す気かおま…やっべえクソ寒い…」

五十鈴「馬鹿じゃないの…ところで、今のが例の新入り?」

((( T)))「ジバリング」┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛※トリコのアレ

((( T)))「そうだよ」┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛

五十鈴「うるさくて聞こえないんだけど!!」

((( T)))「えっ!?なんて!?」┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛

五十鈴「震えるのやめなさいよ!!!!!」

( T)「なんだよ…風邪引いちゃったらどうすんだよ」

五十鈴「なんとかは風邪引かないって言うし大丈夫なんじゃないの」

( T)「ああ、マッスルは風邪引かないって言うしな」

五十鈴「もうそれで良いわ」

五十鈴「で、アレはどうなの?使えそう?」

( T)「ちょっとおちょくったら襲い掛かられた」

五十鈴「どーせアンタのことだから、相当煽ったんでしょ?五十鈴には丸わかりよ」

( T)「優しい言葉を掛けるよかマシさ」

五十鈴「そんな器用に振舞えない癖に」

( T)「マッチョだからな…砲雷撃戦はお前と天龍でウチのやり方を叩き込んでくれ」

五十鈴「了解…って、『砲雷撃戦は?』」

( T)「どうやら奴さん、俺と青葉を殺したいらしい。なら、そう出来るまで強くしてやるのが礼儀ってモンだろ?」

五十鈴「……呆れた、とんだド変態提督ね」

( T)「マtty五十鈴「それはもうわかったから」

五十鈴「程ほどにしてやんなさいよ。壊れたら元も子も無いんだから」

( T)「ご忠告感謝するよ。引き続き任務続行よろしく」

五十鈴「りょーかい、提督殿。早くお風呂、入ってよね」


互いに軽い敬礼を返し、五十鈴はまた海へと
びしょ濡れの提督は、くしゃみを一つして、鼻を啜りながら風呂場へと向かった

―――――
―――



青葉「とりあえず、今日はここで休んでください。寮の部屋は明日また取り決めますから」


通されたのは、来客用の簡素な客室だった


青葉「そこの扉がトイレ兼バスルームです。寝巻きはベッドの下の引き出しに浴衣が入ってますので、それを」

時雨「…下着は?」

青葉「あっ、そうですね…後で持ってきますんで、その時に制服もお渡し願いませんか?クリーニングして翌朝お返ししますから」

時雨「…」


改めて、自分の身なりを見る
禁錮中は風呂など入れてもらえなかった。当然、洗濯も無しだ


青葉「ま、今夜くらいは変な気を起こさずにゆっくりしていってくださいよ。明日も多分、手続きとかで訓練は無いでしょうし」

時雨「…余裕があるね。死刑囚を連れ込んだって言うのに」

青葉「今はもう違うじゃないですか。それに、青葉の司令官は『ボールペン突き刺した』くらいじゃ大事と捉えませんよ」

時雨「へぇ、『青葉の』ね」

時雨「随分とあの提督に気に入られているみたいだけど、どんな手を使ってご奉仕したんだい?」

青葉「えっ?」


前の鎮守府を思い出す
レベル上位の艦娘は、少しでも優位な立ち位置でいようとあの手この手で提督を『悦ばせた』
その行為がどこまで及んでいたのか定かでは無いが、『軽いスキンシップ』如きで済む話では無い事は確かだ


時雨「重巡洋艦『青葉』と言えば、サボ島沖夜戦でマヌケを晒した有名な『戦犯艦』じゃないか。そんな艦娘を手元に置いておく酔狂なんていると思わなかったよ」

時雨「それとも、手元に置いておきたいくらいの『見返り』があるのかい?是非教えて欲しいものだね。提督への媚び方ってのをさ」


ちょっとした仕返しの嫌味が、自分でも驚くほどにペラペラと口から躍り出る
怒り狂い、また暴力を振るわれようモノなら思惑通りだ
『図星』を突かれた醜い姿を期待したからだ

だが、青葉は


青葉「フフッ」


口元に手を添えて、笑った

青葉「それが青葉にもさぁーっぱり」

時雨「へっ…?」


侮辱されたにも関わらず、あっけらかんとした物言いに思わず素っ頓狂な声を出してしまう


青葉「いやぁ、よくわかんない内にいつの間にかこんな立ち位置にいた。みたいな感じでしてね」

青葉「そもそも、媚びるとか見返りとかであの人は動じませんよ?あの、金剛さんっているでしょ?提督ラブ勢筆頭とかいう謎の呼び名付けられてるあの人」

時雨「えっ、う、うん」

青葉「ウチにもその金剛さんいるんですけど、毎度司令官に抱きつこうとしてはサブミッション極められてますからね」

時雨「えっ……えっ?」

青葉「この間は四の字固めでした」

時雨「ええっ…?」


数多くの鎮守府の噂を耳にしたが
金剛の鼻にピーナッツを詰める提督の話なども、引きながら聞いた覚えもあるが
艦娘にプロレス技をかける提督など聞いたことが無かった


青葉「前の鎮守府なんて、さっさと忘れてここでの環境に慣れたほうがいいですよ」

青葉「ま、暫くは戸惑うと思いますけどね…それでは、また後で」


半信半疑の時雨を置いて、青葉は部屋から退室した


時雨「…」

時雨「僕は、とんでもない場所に来ちゃったのかな…?」


時雨の不安が的中するのは、その二日後の事だった

翌朝


時雨「…」

時雨「何時間寝てたの…?」


というより、夕方

久しぶりにまともな寝床で寝た反動か、時雨は半日以上眠り続けていた
ベッド横のテーブルには、メモ書きが残されていた


時雨「…」


『手続きは済ませました 夕食は六時に食堂で。青葉』


時雨「…」


『夕食』の文字に、腹の虫が音を上げる
目覚まし時計を見ると、六時を少し回っていた


時雨「……変に意地張っても、しょうがないか」


時雨はベッドから立ち上がり、洗濯され、丁寧に畳まれた制服を手に取った

時雨「食堂って、どこにあるんだろう」


泊地の鎮守府とは言え、施設内はそこそこ広い
到着して丸一日経っていない時雨は、当然ながら迷ってしまった


時雨「ジム…なんでこんな場所に辿り着いてしまったんだろう…」


食事する行為から程遠い場所に辿り着く始末だ


「見ないフェイスネー。迷子のキティですカー?」


聞き覚えのある声に、ビクリと身が跳ねる
振り返ると、苦手な艦娘が立っていた


金剛「WAO!!ユーが噂のニューフェイスネー!!」


戦艦、金剛
前の鎮守府で、誰よりも提督に近づいていた艦娘
外聞も恥も無いその媚び様が、時雨にとっては不愉快以外の何物でもなかった

だが、目の前の彼女は時雨の知っている金剛では無い
それが分かっていても、どうしてもマイナスのイメージが付きまとう


金剛「どうしたんデース?」

時雨「っ…」


黙りこくる時雨の顔を覗きこむ金剛
時雨は反射的に、ドンと両手で突き飛ばした

金剛「Ouch!!何するデース!?」

時雨「あっ…」


抗議の声で我に返る
同時に、自分の行為に対する後悔も


時雨「あの、その…」

金剛「アーハン?」


謝罪を口にしようとするが、上手く言葉として出てこない
時雨は、自分の中に『鉛』を感じた
あの提督がいる環境下の鎮守府で、少しずつ溜まっていった、『不快の鉛』


時雨「…ッ」

金剛「アッ!!ちょっとウェイト!!!ウェイトネーーーーーーー!!!!」


その鉛は、無関係の艦娘すら拒絶してしまう
堪らなくなって、その場から逃げ出した
金剛は時雨を引き止めたが、追いかけることは無かった

―――――
―――



時雨「…」


客室の灯りもつけず、時雨は毛布に包まっていた


( T)「いつまで寝てんだお前…アホかよ…飯も食わねえでよ…」

時雨「…」


一向に姿を見せない時雨の様子を見にきた提督が、ベッドに腰を下ろす


( T)「アホの金剛に聞いたぞ。突き飛ばして逃げたらしいな」

時雨「…」

( T)「お前のこと心配してたぜ?」

時雨「…」

( T)「……」


時雨は何も話そうとしない
時折、鼻を啜り鳴らすだけだ


( T)「…」

( T)「飯、青葉が持って来てくれるから食えよ」

提督は立ち上がり、部屋から出ようとする


時雨「待って」

( T)「…」


ドアノブに掛けようとした手が、制止の声で止まる


( T)「どうした?」

時雨「…デ…ヲ…」

( T)「あん?」


毛布越しにか細い声が聞こえるが、聞き取ることが出来ない
提督はベッドに近づき、耳を近づける


時雨「…どうして」

( T)「んっ?」


瞬間、毛布が翻る
提督は反射的に腕でガードを取った


(;T)「うおッ!!!」


左腕に鋭い痛みと熱が走る
時雨の右手に握られている『ボールペン』の先端が突き刺さっていた
彼女の瞳には涙と怒りが溢れ、眉間は威嚇する犬の様に皺が寄っていた


時雨「どうして…殺してくれなかったんだ…ッ!!」


(;T)「…」

時雨「僕はもう、人間には従いたくない!!それどころか、艦娘すら拒絶してしまう!!」

時雨「壊れてる…壊れてるんだよ…もうっ…艦隊を組んで、海に出ることすら…ッ」


ボールペンが更に突き刺さっていく
艤装を着けていないとは言え、艦娘の力は一般男性のそれを越す
提督がマッスルで無ければ、今頃は腕を貫通し、こめかみに到達していただろう


(;T)「お前ッ…!!」

時雨「憎い、憎い!憎い!!僕をこんなにした、あの男が!!僕を解放してくれない、貴方が!!」


ボールペンを握る右手に、左手を添え、渾身の力を込める


時雨「殺してやる…殺してやるッ!!」

( T)「…」

時雨「ッ…!?」


だが、ペンはそれ以上進まなかった


( T)「…」

前述したように、艦娘は産まれながらにして超人的なパワーを持つ
だからこそ、人間を傷つけない為の『艦娘三原則』があるのだ

しかし、時雨は忘れていた


目の前の、殺したくなるほど憎いこの男は


駆逐艦を越える馬力を持つ戦艦に『四の字固めを極める人間』だと言う事を


( T)「どうした?殺すんじゃないのか?」

時雨「ッ…くっ!」

( T)「ふん!!」


腕を振るい、時雨の右手を払いのける
ボールペンは強靭な筋肉に突き刺さったままだった


( T)「俺を殺したきゃ、アダマンチウム製のボールペンでも用意することだな…」


ボールペンを腕から引き抜き、ゴミ箱へと放り投げる
傷口から血が流れ出すが


( T)「フンッ!!」


腕の筋肉を締め上げ強制的に止血を施した

時雨「は、はは…邪魔も居ないし、今度こそ殺れると思ったんだけど…」

時雨「でも、これで貴方も分かったはずだ。『僕は壊れてる』。何かを期待してたようだけど、僕は使い物にはならない」


( T)「…」


時雨「残念だったね、掴まされたのがこんなゴミで。早く処分してくれないかな?」

時雨「もう…疲れたよ…」


時雨はベッドの上で膝を抱え、頭を埋めた
まるで脅えた子犬のような姿だった


( T)「甘いんだよ…」

時雨「…何が?」


提督の筋肉が隆起する
普通の男性なら、ここで優しい言葉や慰めを掛ける場面だろう


( T)「ここでのルールを一つ、教えてやる」

時雨「へっ…?」

( T)「おイタした奴にはなぁ…ッ」


しかし、この男は
例え艦娘でも、駆逐艦でも容赦はしない

(#T)「お仕置きって相場が決まってんだよォォォーーーーーッ!!!!!!」


時雨「!?」


『早業』の一言に尽きる
時雨の視界が上へ下へと目まぐるしく動くうちに、両手足を取られプロレス技を掛けられていた
『吊り天井固め』、またの名を『ロメロ・スペシャル』
ラーメンマンが超人オリンピックでブロッケンJr.を降した必殺技(フェイバリット)だ


時雨「あああああああああああ!?」

(#T)「これが本当の殺人技じゃーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

青葉「失礼しま…司令官何やってんですかーーーーーーーーー!!!!!!」


時雨の食事を運びにきた青葉は、ベッド上の激しい運動(リングに稲妻走る的な意味で)を目撃し


青葉「この歩くプロレス技大辞典!!!!!」

(;T)「グワーーーーーーーーー!!!!!」


提督の腹にエルボーを落とし、カット(※)に入った


※カット
プロレスにおけるタッグマッチでのパートナー救出行為
厳密には反則行為なのだが、試合を盛り上げる演出として『暗黙の了解』とされている

青葉「いくらなんでも駆逐艦は絵的にマズいですよ!!何考えてるんですか!!」

( T)「だってこいつがボールペン突き刺して来たんだもん。ほらこれ」

青葉「来たんだもんじゃありませんよ気持ち悪い…それくらいデコピン位で勘弁するのが大人でしょうが。ガキですか司令官」

( T)「殺されかけたのにこの言われよう」

時雨「ハァ、ハァ…」

青葉「時雨さん、大丈夫ですか?」

時雨「も…」

青葉(藻…?)


時雨「もうやだ…」


時雨は枕に顔を埋めると、さめざめと泣き始めた


青葉「ちょっと男子!!時雨さん泣いちゃったじゃないですか!!謝ってくださいよ!!」

( T)「いやお前昨日もっとえげつないことやってたからね?やって良い事と悪いことの判断基準泣くか泣かないかってどうなの?女子かお前」

青葉「おーよしよし、可愛そうな時雨さん。筋肉モリモリ、マッチョマンの変態に乱暴されて…大丈夫ですよ。この青葉が記事にすれば翌朝には大量のチタタプが出来上がってますから」

( T)「おい絶対にやめろよ?あらぬ誤解招きかねないからな?」

( T)「あー…」


青葉に頭を撫でられながら、歳相応の少女のように泣く時雨を見て、流石の提督も反省の念を覚える
バツが悪そうに頬を掻くと、片膝を着き視線を時雨の頭の高さに合わせた


( T)「お前の想いは伝わった。だから俺も、本気になっちまった。すまねえ」

時雨「…」

( T)「『壊れてる、だから死にたい』と言ったな?だけどよ時雨。こうも考えられねえか?」

( T)「『壊れたら、直せばいい』ってな」


時雨は枕から顔を上げ、赤く腫らした目で提督の顔を見る
提督はそれに対し、マスクの内側で笑顔を返した


( T)「勿体無くねえか?クソ鎮守府にいただけで、その後の人生全部決めちまうなんてよ」

( T)「死ぬだのなんだのは、別の環境に身を置いてからでも遅くはねえだろ。考えが変わるかもしれねえぜ?」

時雨「…でも、僕は『艦娘三原則』を二度も破った。人間に、貴方に逆らって、殺そうともした」

( T)「気にすんな。慣れてる」

時雨「そうだよね、処分は…えっ?」

( T)「えっ?」

時雨「い、今、慣れてるって言った?」

( T)「お、おう…なぁ青葉、俺なんかおかしい事言った?」

青葉「司令官がおかしいんじゃないですか?」

( T)「俺がおかしいのか…?それとも世界が狂っているのか…?だ、誰か答えてくれ…頼む…マッスルの神様よ…」

青葉「とにかく!!」

時雨「わっ!?」


青葉が時雨の頭をくしゃりと撫でる


青葉「そんなクソみたいな原則、ここじゃ気にしなくて良いってことですよ!!」

( T)「今青葉珍しく良い事言ったよ。明日はカピラリア七光線が降ってくるな」

青葉「良かったですね司令官、光線じゃなくチタタプで死ねて」

( T)「ごめんなさい記事だけは勘弁してください」

時雨「…」


自由奔放な、人間と艦娘のやり取りは
前の鎮守府ではあり得ない光景だった


時雨「…」


その光景は、時雨にとって何よりの『説得力』となった


時雨「…わかった」

青葉「お?」

( T)「ん?」

時雨「結論は保留にする。人間が本当に信頼に値する存在なのか、ここで答えを見つける」

時雨「だから、変えて見せてよ。僕の考えを、想いを。君達で、君達の艦隊で」


時雨は起き上がり、提督と真っ直ぐに向き合う
涙が引いた瞳からは怒りが消え、僅かに光が差していた


( T)「元からそのつもりだ。改めてようこそ、我が『地獄の血みどろマッスル鎮守府』へ」


差し出された手を、今度は


時雨「…その名前、もう少しどうにかならないのかな?」」


少しぎこちなく、握り返した


青葉「さ、時雨さん!!ご飯にしましょう!!美味しいですよ、ウチの食事は!!」


『ご飯』と言う単語を聞いた瞬間、時雨の腹の虫は思い出したかのように空腹を訴える


時雨「っ…」


恥ずかしさに顔を赤らめた時雨に、二人は朗らかな笑い声を上げた

>>14 ミスです


胃と喉に清涼感が流れ込み、体の痛みと傷が一気に引いていく
しっかりとした足取りで立ち上がり、二人に向き直る


時雨「わかった、『飼われて』あげる」

時雨「でもこれだけは忠告しておくよ。隙があれば、君達二人の寝首を掻き切ってやる」


その言葉を聞いた男は、マスクの裏で笑みを作る


( T)「おう、それでこそ俺が目を付けた甲斐があるってもんよ」


そして、時雨に手を差し出した


( T)「歓迎しよう、白露型二番艦『時雨』」

時雨「…」


時雨は、その手を乱暴に払い退け


時雨「よろしく、クソ提督さん」


年相応の可憐な笑顔を向け、最低な挨拶を返した

はい、前編終了です
中篇は鎮守府での生活と修行編となる予定です

この話書いてる最中はずっと時雨のMMD動画を観てました
青葉改二まだですか?

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月24日 (水) 16:01:33   ID: idCchK2J

くつ!!!
マッスル提督、カッコ良すぎるぜ!!!

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