【モバマスss】湯川学「アイドルか。実に興味深い」 (43)

・クロスオーバー注意
・一応、アイドル達が傷つくことはないです
・地の文もあるのでご注意を
・原作じゃなくドラマの方
・岸谷さんじゃなくて内海さんのほうです
・オチが読めても書かないでね
・書き溜めてるのでサクサク行きます
・一応前作。読んでなくてももーまんたい。読んだ方がわかりやすいかもしれないけど、こっち先でも大丈夫よ。
湯川学「アイドルか。実に面白い」
【モバマスss】湯川学「アイドルか。実に面白い」 - SSまとめ速報
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芸術は、評価する者があって初めてその価値が認められる。

かつてある芸術家がそう述べた。

誰かが評価をしたから優れた作品たりうるのか。
優れた人物がもたらしたから作品も価値を持つのか。

それとも、作品そのものに価値などなく、
あくまで数多の観測者が、抱いた想いのままに優れていると崇めた結果として、その作品の価値たるものを生み出したに過ぎないのか。

その答えなど、知る由もない。
そして誰も知らないまま、作品はその価値を持ち続ける。

価値を持ち続け、崇められる。

どう優れているのか、果てはその作品の本当の意味すらも知らないまま。

大衆の目に晒され続ける。

そして、その価値は悠久に消えることはないのだろう。

たとえ作品が朽ち果てても。観測する者がいなくなっても。

作品が、観測者の鮮血で己自身を染め上げたとしても。

__事務所

頼子「初めまして…古澤頼子です」

たいていの場合、新たな仲間というものは歓迎されるもので。
それは都内某所、ある芸能事務所においても例外ではなかった。

モバP(以下P)「皆、紹介しよう。新しくうちに所属することになった古澤頼子だ」

頼子「趣味は美術館や博物館を巡ることです…。よろしくお願いします」

藍子「こちらこそ。よろしくお願いします」

比奈「眼鏡仲間っスね。よろしくっス。美術館巡りってことは、頼子さんも芸術に造詣が深かったり?」

晶葉「私は芸術系はからっきしでね。どんな所に行ったりするんだ?」

皆、新しく加わった仲間への興味に顔を輝かせる。
互いのことを知り、互いの絆を深め、互いに支えあう。

仲間とは、元来そういうものである。

頼子「ここの近くにも、よく訪れる場所があるんですよ。今度、一緒に行ってみましょうか」

早苗「いいわねぇ。偶にはそういうのも」

都「また新しい発見がありそうです!」

藍子「楽しみですね!」

慣れない空間に緊張していたのだろう。強張っていた表情が徐々に解れていく。
彼女、古澤頼子は、新たな友人たちに温かく迎え入れられ、初めて年相応の笑顔を浮かべた。

P「それじゃあ頼子。これからみんなで頑張っていこうか」

頼子「はい」


以降、彼女は徐々にその頭角を現し、新人アイドルとして花開いていった。
事務所の仲間とも親睦を深め、新しい世界に少しずつ、だが着実に馴染んでいくのであった。

__大学研究室

湯川「学際領域、という考え方がある。本来、何かを学ぶときはその学問的領域に従って習得していく。分かりやすい話が物理、化学、生物といった区分だ。これらの区分けは既に初等教育から行われていることは周知の事実だ」

彼、湯川准教授の貴重な言葉に、学生達は耳を傾ける。
ここは学び舎であるが、学問そのものについての話を授かることなどめったにない。

まして、話しているのはあの天才にして変人、ガリレオなのだ。

湯川は黒板にチョークを走らせ、発言を簡潔かつ的確にまとめながら話を続ける。

湯川「それらの区分けは確かに学問の習得を容易にしている。だが実際はそれらの分野が応用の段階において単一で扱われることなどは滅多にない。それどころか、自らの専門とする分野にとらわれ発展的な思考が妨げられることすらある。そこで学問の領域を一旦無視し、様々な分野を複合的かつ応用的に学ぼうという考え方がある。それが学際領域というものだ」

学生達のメモを取る手にも力が入る。

湯川「それによって、各分野を跨いだ研究、あるいは自らの専門とする分野に他分野の技術を取り入れることによる発展など、今までに見えてこなかった道が見えてくるわけだ。ここまでで質問は?」

ここで学生達のうしろの方で手が挙がった。

内海「それによって、今まで分からなかったこと、解明できなかったことが新しく分かったりもするんですか?」

湯川「もちろんそれだけではなく、そこにたゆまぬ努力があったことは否定できないが、確かにそれによって謎が解明された事例は少なからず存在する」

内海「ならそれで先生も謎を解明できたり?」

湯川「……待て。何故君がここにいる。そもそもいつから学生に交じって僕の話を聞いていたんだ」

内海「その学際領域とやらでどうしても解明してほしい謎があってですね…」

そこで二人の間に割って入る人物が。

栗林「ダメダメダメダメ!!今は大事な話の最中!!見てわからない!?湯川先生が学問におけるありがたぁい話をしてるんだから!!邪魔しないで!!」

内海「じゃあこの話が終わったら…」

栗林「このあと湯川先生は講義!!そのあとは教授と話し合い!!それから週末のフォーラムの準備に学会へ提出する資料の整理に僕の論文のチェック!!湯川先生は誰かさんと違って忙しいの!!」

内海「私だって忙しいからこう仕事の合間を縫って協力を仰ぎにですね」

栗林「忙しいなら早く帰った帰った!!協力はナシ!!さあ湯川先生続けてくださいどうぞ」

内海「学問的に不可解なんです!!ぜったいあり得ないんです!!」

栗林「そんなこと言って君に学問の何が…」




湯川「あり得ない?何故そう言い切れる?」





栗林「あああああああ……」

絶望に崩れ落ちる栗林をよそに、内海は話を続ける。

内海「人が消えたんです!!大きな荷物を抱えたまま!!透明人間みたいに!!」

栗林「お願いだからもうやめてくださ「透明人間?」

湯川の目の色が変わり、再度研究者の表情になる。

湯川「透明人間なら、それほど不可解なものとは言い難い。天狗やコロポックルなど、伝承にも数多く存在する。もっとも、僕はそれが実在のものだとは微塵も思ってはいないが」

湯川は再び黒板にまとめ始める。
学生達も先ほどと同様、興味深そうにメモを取り始める。

栗林「もうやめましょう先生話の続きを」

内海「今は大事な話の最中。見てわからない?」

栗林「はぃい!?」

湯川「光学迷彩の研究は各国で関心が高まっている。日本でも、2003年に東京大学において、背後の風景を投射することで光学迷彩を実現するコートが発表されている。自然界にも、なじみのあるところではクラゲや、透明な血液を持つコオリウオなど、透明というワードにかかわりのある生物は多数存在する。人間が透明になれないなどと、少なくとも僕は思っちゃあいない。もっとも、なれるとしたらそこに科学の力が介在していることは疑う余地もないが」

内海「ということは……」





湯川「透明人間か。実に面白い」


__一週間前の事務所

P「それじゃあ、その美術館の館長が…」

頼子「はい。私も先日訪れるまで知りませんでした。作品保管庫で倒れていたそうで…」

数日前、事務所近くの美術館の館長が亡くなった。
美術館の保管庫内で倒れているのを、勤務中の職員が発見したのだという。

その美術館は皆が訪れたことのある場所である。特に頻繁に足を運んでいた頼子は、館長や学芸員、職員とも親しくしていたため、その表情は暗い。

頼子「副館長の意向で、美術館はできるだけ平時通りに運営していくそうですが…。職員の方曰く、これから先、美術館がどうなっていくのかもまだわからないそうです」

P「そうか…。館長さんも美術館のことが好きだったんだろうし、このまま残ってくれるといいんだけどな」

頼子「はい…」

P「きついことを言うようで申し訳ないんだけど、今は仕事に集中しよう。美術館のことについては、またあとで話をしようか」

頼子「そう…ですね」

しかし、突然舞い込んできた知人の訃報である。例え仕事があったとしても、17歳の少女に割り切るのは難しい。

事務所を後にしても、俯いた頼子が顔を上げることはなかった。

__その翌日。事務所廊下

早苗「ただ今戻りました…ってあらPくん。どうしたのこんなところで」

飾り気のない殺伐とした廊下。扉のわきにぽつんと立つ観葉植物だけが、何もない空間でその存在を主張している。
その傍で一人立つ彼に、疑問は投げかけられた。

P「ん?あぁお疲れ様です。いやお客様と話しているときに電話が入ってしまって。少し席を外していたんです」

右手に持った携帯電話をひらひらと振りながら答える。

早苗「相変わらず忙しいわねーPくんも。……ところで頼子ちゃんって、今中にいるかしら?」

P「いえ、今日はオフですね。……あの出来事で本人もまだ少し混乱していたようなので、家で休むように言ってあります」

早苗「そう?ならいいんだけど……」

彼女の表情が、普段のおどけたものはなく、大人の女性のそれになる。

早苗「仕事が仕事だからさ。私昔何度か人が亡くなることに関わってきたんだけど、あの年頃の若い子って大人が思ってる以上に周囲の変化に敏感なのよね。自分と周りの関係とか、自立することなんかにも意識が向き始める年頃だから。大丈夫だって分かってはいるけど、彼女の心のケア、よろしくね」

ゆっくり頷きながら、彼も口を開く。

P「任せてください。彼女を支えるのが、自分の役目ですから」

ふっ、と、安心したように彼女は笑う。

早苗「うん。それだけ。ごめんね時間とらせちゃって。話の途中だったんでしょ?」

P「あっそうでした。じゃあ早苗さんお疲れ様です」

慌てて応接室へと向かう彼。
背を向け、彼女も帰路に就く。

経験から知っているのだろう。彼女は彼の決意に疑問を挟むこともなく、ただ信頼していた。

それが確かに彼の役目であることも、そして彼がそれをこなせるだけの度量を持っていることも、彼女はよく分かっていた。

__その翌々日。事務所

藍子「あなたに会えたこと」テクテク

都「信じ会えてるもの」トコトコ

ガチャ

藍子都「「ただいま戻りました」」

藍子「ってあれ?頼子さんだけですか?」

普段は話し声の絶えない事務所にも、この日は一人しかいなかった。

窓から差し込む日差しの届かない場所、電気のついていない今は少し薄暗い壁際に、二人に背を向けて彼女は立っていた。

二人に気付いていない様子の彼女に、もう一度声をかける。

藍子「……頼子さん?」

声をかけた瞬間、彼女の肩が、びくっ、と跳ねた。

緩慢とした動きで振り向いた彼女の顔からは、すっかり血の気が引いていた。
それは、帰ってきた二人を心配させるに足るほどのものだった。

都「ど、どうしたんですか?」

その目も、焦点が合っていないように見える。

頼子「だ、大丈夫、です」

藍子「えっ…でも…」

言葉が続かない彼女に、今度は若干芯のある声で返す。

頼子「大丈夫です」

だが、その顔は幽霊のように青ざめている。

突然の事態にかける言葉を探す二人をよそに、彼女は続ける。

頼子「すみません…今日はもう上がらせてもらいます。体調が…悪いので」

藍子「あっ…」

二人が返事をする間もなく、彼女は事務所を去って行った。



それから数日間、彼女の表情は優れることはなかった。

意識も現実を向いていないようで、レッスンでも初歩的なミスを連発した。

誰が言葉をかけても、その理由は判明せず、
それどころか、彼女の表情は日に日に険しくなっていくようであった。

事態を見かねたPにより、彼女の数日分の仕事はすべてキャンセルとなった。






その出来事から数日後のことである。

件の美術館に侵入者があった。


盗まれたのは、かつて館長が愛してやまなかったある絵画であった。




__事務所

P「じゃあ、その日はお前たちも美術館にいたんだな」

確認するように彼は問う。

晶葉「ああ。ファンからの贈り物にその日の美術館のチケットがあってな。頼子の気分転換になると思って私が誘ったんだ」

P「で、その日は見学だけでなく、本来見れない美術館の裏側も見せてもらっていた、と」

頼子「…はい。学芸員さんが、久しぶりに見ていかないか、とおっしゃっていたので…」

青ざめた表情の彼女が答える。

P「それで二人に事件のことで何か気になるところがなかった聞きに来たと。そういうことですか?」

隣に座っていた二人を見ていた彼が、視線を正面に戻す。

内海「はい。そういうことです」

今まで黙っていた女性が、初めて声を上げた。

正面に座っていたのは、二人組の刑事。
いや、一人は確かに刑事だが、もう一人は違う。

早苗「頼子ちゃん。この人は私の昔の職場の後輩なの。だからあまり気負わなくていいわよ」

パンツスーツ姿の女性の方を見ながら言う。
凛々しい整った顔立ちに後ろでまとめた長い黒髪の女性。手には手帳とペンを持っている。

晶葉「こちらは湯川先生。物理学の権威だ。最近は警察の捜査協力をしてらっしゃる」

こちらも、もう一人の男を見ながら話す。
長身と、精悍な顔立ち。科学者とのことだったが、スポーツでもしているのだろうか。体はシャツ越しにもわかるほど引き締まっており、肌は浅黒く日焼けしていた。

P「正直、今頼子の体調は優れているとは言い難いので…、自分としては遠慮させていただきたかったんですけど……」

ここで再び横へ視線を向ける。

頼子「いえ…。大丈夫です」

彼女は首を振る。

P「(本人にこう言われちゃうとなぁ…)」

頼子「それで、質問とは?」

晶葉「そもそも、事件の概要を知らないと答えようがないのだが……」

二人の視線に、内海は困ったような表情を浮かべる。

内海「事件の内容はお話しできないことになっていて……」

早苗「あら、いいんじゃない?」

頼子達が座るソファの脇に立っていた早苗が口を開く。

早苗「晶葉ちゃんは凄い観察眼を持ってるし、頼子ちゃんは日頃からあそこに通っていたんだから、少しでも詳しく話した方が気づけることも多そうだけど。そこはほら、二人も私の後輩なんだから、私と同じように信用するって感じで。ね?」

その発言に、内海はさらに困ったような表情を浮かべた。

しばし逡巡したのち、溜息とともに話す。

内海「分かりました。お話しします」

内海「話はまず最初の事件から始まります。皆さんは、あそこの館長が亡くなられたことはご存知ですね」

P「はい…」



内海「表向きには公表していませんが、あれはまず自然死ではありません。他殺です」



P「えっ!?」

彼は声を上げる。
その場にいた皆も、それぞれ驚愕の表情を浮かべていた。

内海「何者かに胸を刺されていました。監視カメラに死角があったようで、映像には残っていませんでしたが、何者かが明確な殺意をもって及んだ犯行です」

ここで、Pと早苗は同時に頼子の方を向く。

だが彼女は取り乱してはおらず、むしろまだ事実についていけていないようで、愕然としたまま話に耳を傾けていた。

内海が続ける。

内海「現場には証拠もなく、手掛かりはほぼ皆無。職員は全員にアリバイがあり、館長の人間関係を洗ってはいますが、捜査は難航するかに思えました。

そこに先日の新たな犯行。
美術館の主要な人物への聴取の合間を縫って、最奥の保管庫から絵画が一点盗まれました。

これは我々と美術館、双方の落ち度です。ですが今回も、職員には全員にアリバイがありました。ならばもし、この犯行が前の犯行と関係があるとしたら、この窃盗から犯人へとつながる道が開けるかもしれない。そう考えて捜査は開始されました。

ですが変なんです。その保管庫から伸びる通路は一本。そしてその通路は、美術館の警備室兼雑務室の後ろをとおっています。

警備室にはモニターとプロジェクターがありますが、プロジェクターのスクリーンの横にその通路を見ることができるよう小さな窓が開いています。

人が通路を通る場合、かがめば気づかれずに通れるでしょう。ですが保管庫にあったのは大きな平面状の作品ばかり。それを狭い通路をとおって運び出そうとすると、自然と立てた状態で運ぶことになるので、必然的に窓に映ってしまいます。

ですがその作品が盗み出されたとき、警備室にいた人は誰も、その様子を目撃してはいませんでした。

犯人は自分自身、そして作品をだれの目にも映さないまま、運び出したんです」

ここで、ずっと黙っていた湯川が口を開いた。

湯川「なぜ盗まれた時間に映らなかったと分かる?誰もいない時間を見計らって盗み出したのかもしれない」

内海がそれに応じる。

内海「閉館時はそこから外に通じる通路はすべて通れなくなっています。また、犯行前に一時警備員含む全員がその部屋から出ていた時間がありましたが、そののちに確認したところ作品が無くなっていることはなかったそうです」

湯川「盗まれたとみられる時間に、その部屋にいた人たちは何をしていたんだ?」

内海「職員と警備員がそれぞれ一人ずつ、次のイベントで使う映像のチェックを行っていたそうです。ですがスクリーンは窓の横なので、二人とも完全に見逃すとは考えられません」

湯川「二人はどのようにして座っていた?スクリーンとの距離は?」

内海「椅子を並べて座っていました。スクリーンとの距離は三メートルほど」

湯川「スクリーンから窓への距離は?」

内海「スクリーンの中心から70センチほど横ですかね。それほど大きいスクリーンでもないので」

そこで湯川が重要なことに気付く。

湯川「いや待て。盗まれたのは絵画といったな?なら額縁から外して丸めて運べば窓には映らないんじゃないか?」

内海はその質問を予期していたかのように答える。



内海「確かに盗まれたのは絵画ですが、それは紙ではなく木に描かれたものなんです。かつては建築物の壁に描かれていたものが、時代を経る中で額縁に入れられ飾られるようになった。……いわば壁画の一種なんです」

さっぱり分からない、そう言い残して湯川は席を立った。外の空気を吸ってくるのだという。

早苗「頼子ちゃん、大丈夫?」

心配した彼女は声をかける。

頼子「大丈夫…です」

早苗「私余計なこと言っちゃった。詳しく話してなんて。こんなこと知っていたら言わなかったのに」

彼女が俯きがちに言った言葉に、弱弱しい笑みを作りながら返す。

頼子「気にしないでください。…大丈夫ですので」

内海は先ほどからどこかと電話で話し込んでいる。

応接室には重い空気が立ち込めている。驚愕と不安がないまぜとなって、全員の心にのしかかる。

そこへ、湯川が戻ってきた。

湯川「僕はこれから美術館へと行ってみる。口頭で聞いただけじゃわからないこともあるからね」

電話を終えた内海が、それに応じる。

内海「分かりました。私は一旦署へと戻ります。皆さん、もし事件のことで気づいたこと、思い出したことがあったらすぐに連絡をください。あとは……」

頼子「あの……」

そこで、頼子がためらいがちに声を上げた。

頼子「私も…美術館へついて行ってもいいでしょうか?」

湯川「ほう。こういった場所はあまり訪れたことはないが、なかなかいいところじゃないか」

湯川が建物内を見渡しながらつぶやく。

事件が二度もあったせいで、警備が普段以上に厳重となったうえ、警察関係者も出入りしているため、館内は物々しい雰囲気に包まれている。

だが施設そのものは普段通り運営され、平日のためあまり多くはないが客もちらほらと見受けられた。

湯川「こういったところにはよく来るのかい?」

湯川は自身の斜め後ろを追随する少女に問いかける。

頼子「はい。……以前は一人で。最近は事務所の皆と、たびたび来ていました」

湯川「そうか」

建物は入口すぐ左にホワイトボードがあり、最近行われる予定のイベントの名前が記されている。

その奥には階段があり、吹き抜けとなっている二階へと続く。
普段の頼子なら順路通りにそちらへ足を向けるはずなのだが、二人はしばらくの間足を止めて館内を眺めていた。

入口付近からでも、日光の影響を受けない作品はある程度見れるようになっている。

いつもなら太陽に照らされ輝いている作品の数々だが、今は空を厚く雲が覆い、作品群も暗い影を作っている。

頼子「少し…意外です。学者さんだと伺っていたので、こういった場所には興味がないのかと思っていました」

湯川「学者が芸術に興味を示さないなんてのは偏見だよ。むしろ学問と芸術は深い関係を持っていると言っていい。古代の学者については言わずもがな。最近でも、音楽や絵画、映像技術にはそれが顕著に表れている。どこをどうすれば人々の心に響く作品となるのか、常に頭を悩ませている人間が確かに存在する。先ほどのホワイトボードに錯視について書いてあったね。あれだって人間の目や脳のはたらき、光や色の性質を利用した立派な科学なんだ」

説明をしながら、湯川は階段へと進みだす。

湯川「だけど残念ながら僕たちは芸術を楽しむことだけを目的にここまで来たわけじゃない。さあ、行こうか」

足を進めながら、今度は湯川が問う。

湯川「こんな質問は野暮かもしれないが、君は作品を見ることの何に意義を見出しているのか、聞いてもいいかな?」

頼子が質問の真意を伺うように湯川の目を見る。

湯川「深い意味はないさ。ただ、感動を味わうのなら別に絵画じゃなくったって、例えば風景を見たっていい。なぜ、芸術作品にこだわるのか。純粋に疑問に思ってね」

頼子「たぶん……人が作ったものであること、それが理由なんだと思います」

今度は湯川が相手の顔を伺う。

頼子「違う人が同じものを作ろうとしても、まったく同じものができることなんてありません。それは、その人の個性が、作品に表れるから。作品は、意味や美しさを持つだけではなく、作った人、関わった人、全員の意思の表れでもあるんです。作品を通じて、作者と対話すること。……それに、抱いた思いを誰かと共有すること。きっとそれができるから、それが好きだから、私はここに来るんです」

湯川「成程な」




アイドルと学者。

二人は性別も、年齢も、立場も違う。

だが、何かを見て、感想を抱くものとして。

芸術に魅せられたものとして。

その瞬間だけは、二人は対等であった。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッダーン

比奈「相変わらず凄い仕事量っスね……」

食い入るようにして画面を見つめ、M10マシンガンの如く打鍵を続けるPを見て、ぽつり、と漏らす。

ちひろ「プロデューサーさんもきっといろいろ抱えてるんですよ。仕事に打ち込みたくなるくらいに」

比奈「いや、だとしてもあれは流石にそういう範疇に収まってないというか…」

ドサッ

比奈「ん?」

比奈が物音に振りかえる。

藍子「いたた…」

都「大丈夫ですか?」

比奈「どうしたんでスか?」

藍子「鞄に躓いてしまって。……これ、頼子さんのですよね?」

比奈「そうっスね…鞄を持たないで行ったんでスかね?」

都「ちょっと中身が出ちゃってますね。片づけておきましょう」

比奈「ん?これは……」

何かに気が付いたように、比奈が散らばった中身に手を伸ばす。

比奈「紙……カード?」

都「なんですかそれは?」

藍子「ちょっと……勝手に見たら悪いですよ」

それは、小さな白い紙に文字が印刷された、何の変哲もない何枚かのカード。

比奈「書いてあるのは……」


『おはよう。昨日は雷がひどかったけど、よく眠れたかい?』

『どうだい。これで分かっただろう?』

『今日は暑いね。体調は大丈夫かい?』

『お仕事お疲れ様』


比奈「何なんでスか?これ……」

都「なんだか不思議のニオイがしますねぇ……」

二人は首をかしげる。

藍子「ストーカーとかじゃないですよね?なんだか少し不気味です」

比奈「それならプロデューサーに相談してるはずっス。とりあえず片づけておいて、今度機会を見つけて聞いてみましょう」

都「ううむ、謎は深まるばかり……?」

__数日後。都内某所

内海「それじゃああれから問題なくやってるんですね」

早苗「なによそれ。私が問題児みたい」

グラタンをつつきながら唇を尖らせる。

内海「少なくとも昔はそうでしたよ」

以前会ってから先日事務所で再会するまで、二人はあまり会話をする機会を作れていなかった。

仕事が忙しいことは双方承知してはいたものの、なんとか少しでも話せる時間が作れないかとどちらからともなく提案した。結果、あまり混雑することもなく、昼休憩に足を運べる距離にあるこのレストランが、久しぶりの会話の舞台として選ばれるに至った。

内海「でも安心です。先輩一人で抱え込んじゃうとこあるから心配してたんですよ」

早苗「流石にもう懲りたわよ。それにさほら、頼れる人も職場にいるわけだし?」

内海「はぁ。そこは素直にうらやましいですけど」

スープパスタをフォークに絡めながら溜息をつく。

早苗「えっでもさ、草薙さんとか、あと湯川センセとかどうなのよ?」

内海「絶っ対無いです」

だが楽しい時間は過ぎるのも早いもので。切り上げるのにちょうどいい時間になったことを否応なしに時計が告げる。

早苗「じゃあ頑張って。私が言えた事じゃないけど、困ったときは周りを頼りなさいね」

内海「先輩も。無理しすぎないで下さいよ」

会計を済ませ、二人は自分の戦場へと歩き出す。

互いに振り返ることなく。


__美術館

内海「一応、今日見てもらって思い出すことがなければ、話を伺うことはもうないと思います」

そう言われてPと頼子が呼び出されたのが、件の美術館だった。

最寄りの駅で降りると、改札の外にはすでに内海と湯川が待っていた。

美術館へ向かいながら、時折言葉をを交わす。

着く直前になって、湯川が今日初めて口を開いた。

湯川「そういえば僕も内海君も、依然彼にアイドルに勧誘されたことがあってね」

頼子「……………えっ?」

唖然とする。そりゃそうだ。

湯川「内海君は君の所に。僕は…315プロだったかな?まあ、流石に断ったけどね」

頼子「Pさん……流石にそれは、節操なさすぎだと思います」

P「えっと、それは…」

あたふたと弁解を始めるP。

そうこうするうちに、美術館には到着した。

内海「とりあえずまた順路通りに回ってもらいます。思い出すことがあったら、何でもいいです。教えてください」

まだ弁解を続けるPと頼子に告げる。

眼鏡の美人に、その横で慌てる社会人。パンツスーツの女性に精悍な長身の男性という組み合わせは嫌でも目立つ。

今もコートを着たボブカットの女性が、不思議そうな顔をして傍を通り過ぎて行った。

P「頼子……もう大丈夫なのか?」

歩きながら問いかける。

頼子「…何がですか?」

P「最近いろいろあったし…何か思いつめているようでもあったし」

頼子「はい。それならもう……大丈夫です。安心してください」

頼子はまだ少し弱弱しい、だが以前よりはしっかりとした笑顔を浮かべて言った。

P「そうか。頼子がそう言うのならいいんだ。でも、もし何かあったらすぐに言ってくれな」

頼子「はい」

階段に差し掛かり、足元に注意を向けたため二人の会話が途切れる。

そのとき、


湯川「危ない!!」


前を歩いていた先程の女性が足を踏み外し、後ろ向きに転倒する___直前、間一髪湯川の伸ばした手が彼女を支え、その場に踏みとどまらせた。

突然の事態に息をのんだ全員が、安堵のため息をつく。


湯川「大丈夫か?」

女性「はい……申し訳ないです。支えて頂いて」

湯川「作品に気を引かれる気持ちはわかるが、ここは階段だ。足元をおろそかにしてはいけない」

女性「はい……一応気を付けてはいたんですけど、私、緑内障で片目が……」

湯川「ああ、それは済まない。申し訳ないことを言っ……」




そこで湯川の言葉が止まった。




内海「湯川先生?」

駆けられた言葉にも反応しない。

彼の目は既に、目の前の現実を見てはいなかった。

湯川は階段を離れ、ホワイトボードへと向かう。


書かれた内容をすべて消し去り、真っ白なノートへと還元する。


置かれたペンを拾い上げ、キャップを外し、




白い世界へと彼の思考を叩き付ける。




ペンを動かしながらも彼の思考は止まらない。


数列。記号。
見取り図に模式図。


余白の残量に反比例するかのように、彼の脳内は整理され、よりクリアになっていく。



これが、彼の世界。
これが、彼の答え。




彼の思考を表した文字の羅列は、まるで芸術のように美しかった。


女性「すごい……」

内海「分かったんですか!?」

問いかけに、ペンを置いた湯川が答える。

湯川「まだ仮説の段階だ。仮説は実証して初めて確かなものになる。それまでは言えない。それにしても……」

湯川「分からないわけだ。アプローチが間違っていたなんてね。確かにこれは盲点だったよ」

P「えっと……」

湯川「有難いことにこの実証はさほど難しくはなさそうだ。すぐに始める。内海君、盗まれた絵画と同じ大きさの板を用意してくれ。二人は先に警備室へ。僕は少し準備があるのでね」

そして、誰に聞かせるわけでもなく呟く。

湯川「何にしたって、分からないことは怖い。そしてその不安を取り除くのは、僕達科学者の役目だ」

警備室にいた二人のもとに、内海と湯川が合流する。

内海「板は保管庫に置きました。これでいいんですか?」

湯川「問題ない。ちなみにその様子は見えたかい?」

P「見え…ましたけど」

湯川「上出来だ。ではこれから、二人に窃盗のあったとき、部屋にいた人物が座っていたのと同じ位置に座ってもらい、あの時と同じ映像をスクリーンで見てもらう。そうだな……内海君とPさん、お願いします」

湯川「頼子さんは二人の後ろで見ていてくれ。座った二人は何も考えず、ただ映像に従っていればいい。頼子さんは窓から目をそらさないでいてくれ」

湯川は腕時計を確認し、告げる。

湯川「それでは始めようか。実験開始だ」

スクリーンに映し出された映像は分かりやすく、なおかつ見た人の興味を引くものだった。
チェックとは言っていたがその出来は文句のつけようのないすばらしいもので、もしかしたら当日二人が見ていたのも暇つぶしのために過ぎなかったのかもしれない。

内容は錯視に関するもの。寄り目にしたり、左目をつぶったり、あるいは遠くを見るようにしてスクリーンを見ることで、様々な錯視のトリックが楽しめた。

少しして上映は終わった。だが、窓には何の変化もない。

P「これはいったいどういうことなんだ……?なあ頼子……っ!?」

振り向いたPは目を見張った。つられて後ろを向いた内海も同じ表情を浮かべる。

同じ方角を向いていたんだ。窓に変化があったら気づかないはずがない。

そんな思考をあざ笑うかのように、頼子の横に湯川は立っていた。

大きな板を右手で支えながら。

湯川「実験は成功だ。解説は僕の研究室でする。その方が安心だ」

湯川が言う。

湯川「それからPさん、あなたの職場のアイドル達も、できれば研究室に集めてほしい」




__研究室

早苗「どうして私たちまで呼ばれたのかしら……」

比奈「さぁ……」

困惑するアイドル達と、普段より断然華やかになった研究室に目を白黒させる栗林をよそに、湯川は黒板の前に立った。

湯川「それでは、犯人がどうやって気づかれずに絵画を持ち出すことに成功したのか、解説しようか」




湯川「まず、鏡を想像してほしい。鏡はその全体を余すところなく使って、その前面にあるものを映し出す。ここまではいい。

では次に、その鏡の代わりに普通の板を思い浮かべてくれ。ただしその表面には、無数の小型カメラが隙間なく敷詰めまれている。ただし一か所だけ、カメラの配線を通すために板に穴をあけた。結果、そこにはカメラはおけなくなってしまった。

本来、鏡ならすべて映せるはずのものを、板とカメラにした場合、狭い範囲だが、どうしても映せなくなってしまう。これと同じことが人間の目にも言えるんだ。

眼球の強膜内には光を受容する細胞があり、それらが目にはいった光を識別し、信号として脳に送ることで、人間は物を見ることができる。

だがその信号を脳に送る神経、視神経が眼球から外へと通じている場所にだけ、その細胞は存在しない。哺乳類に共通して存在するその個所のことを、よく知られている言葉で『盲点』という。

ではなぜ盲点があるのに、人は欠損なくものを見ることができるのか?

それは補填作用などもあるだろうが、大きいのは人間が両目で物を見ているからだ。

盲点は左右両方の目の鼻側にある。つまり耳側の一か所が欠けるわけだ。だが両目のかけた個所が一致することはない。だから片方の目で見えなくても、もう片方の目で補える。

つまり通常は、盲点のせいで弊害を受けることはない。

ただしこれは通常は、だ。例外もある。

例えば片目で物を見ていたとき。

そう、左目をつぶっていたときだよ。


先程の上映の前、僕は映像に目を通していた。やはりあったよ。左目を閉じるよう指示する内容が。

そしてその時、視聴者の意識は画面中央に向く。

犯人が事前にスクリーンを動かしていたからだろう。スクリーン中央を右目で見ると、小さい窓は盲点にぴったり重なった。

犯人はあらかじめ、上映開始からどれくらい経ったら映像の指示でそうなるかを知っておいた。そしてその時間に、絵画を運び出したんだ。

当然映像を見ていた二人は気づかない。あとは監視カメラの死角から運び出すだけで、犯行は成立する。

そしてこれを行うことのできた人物。

美術館内部の構造に精通し、映像を事前に見ることができ、なおかつ出入りしても怪しまれない人物。

おそらく犯人は……古澤頼子さん。貴女だ」

沈黙が支配する。皆の視線の中心で、頼子だけが、悲しそうに俯いていた。

早苗「Pくん……」

P「えぇ、分かってます。最後まで……聞きます」

それだけ絞り出して、唇を噛む。

湯川「では続ける。だが恐らく、これは彼女の本意ではない。僕はそう考えている」

彼女の目を見ながら、続ける。

湯川「ここなら盗聴される心配はない。刑事もいる」

湯川「話してくれないか。君がなぜ、こんなことをしたのか」

だが頼子は俯いたまま。固く口をつぐんでいる。

湯川「頼子さん?」

やっとのことで、口を開く。

頼子「言えません……」

そのとき、誰かが頼子の手を握った。




P「大丈夫」

頼子「Pさん…?」




P「最初に事務所に来た日に言ったよね。皆が頼子の仲間で、皆が頼子の味方だ。例え何があっても。

だから頼子も皆を信頼してほしい。何かあった時に、抱え込まないでほしい。皆で支えあう、そのための仲間なんだから」




あたたかい言葉が、凍りついた頼子の心の端を溶かす。


溶けたしずくは、彼女の頬を濡らした。





彼女は話し出した。彼女が抱えていた秘密を。


最初に電話がかかってきたのは、頼子が館長の死を知った数日後。

曰く、館長を殺したのは自分だ。

曰く、自分はどこへでも侵入できる。

曰く、君の周りの人だってすぐに殺せる。

曰く、嘘だと思うのなら事務所の花瓶の下を見ることだ。また連絡する。このことは誰にも言ってはならない

そして、花瓶の下にあったカード。



『どうだい。これで分かっただろう?』



それからというもの、たびたび電話はかかってくるようになった。

あれの下を見ろ。あの裏を見ろ。あの中を見ろ。

そしていつも、そこにはカードがあった。

仕事の後には、

『お仕事お疲れ様』

雨の翌日には、

『おはよう。昨日は雷がひどかったけど、よく眠れたかい?』

暑い日には、

『今日は暑いね。体調は大丈夫かい?』

頼子は恐怖した。

何者かは知らないが、相手は常に自分を見ている。

そして事務所に入り込み、気づかれずに出てこられる。

……きっと、すぐに殺せるというのも、嘘じゃないのだ。


そして、五度目の電話。

その電話は、カードの場所を教えるものではなかった。


「美術館から、絵画を盗み出せ」


これが最後の電話になる、従えばもう事務所に手出しすることはない。ただし従わなければ……という内容。

頼子は考えた。どうすれば盗み出せるか。どうすれば皆を守れるか。

方法は思いついた。そのことを再びかかってきた電話で告げると、その日のチケットを怪しまれないように用意するとのことだった。

当日、頼子は警備室でチェックが行われること、そしてそのおおよその時間を知っていた。

はぐれたふりをして一人警備室の前に立つ。映像が始まるのを見届けて、目的の時間に合わせて絵画を運び出す。

カメラの死角を通り、指示通り裏口の脇に絵画を置いた。

その後晶葉と合流し、帰路に就いた。

電話はもうかかってくることはなかった。

ダァン!!!という大きな音で、皆が我に返った。

Pが机を全力で殴った音だった。

早苗「許せない……許せないよこんなの」

内海も続ける。

内海「電話の履歴と、そのカードも調べましょう。きっと犯人につながるはずです」

だが、それを遮ったのはほかならぬ頼子だった。

頼子「駄目です。…そんなことしたら、皆が…」

早苗「……っ」

湯川「大丈夫だ。その心配はない」

視線が一斉に湯川の方を向く。

湯川「大体犯人がそんな万能な人間なら、頼子さん、あなたを使わなくても自分で絵画を盗み出せばよかった。違うかい?」

頼子「あ……」

頼子が目を見開く。

湯川「あの美術館のセキュリティは僕でもわかるほど危なっかしいものだった。しかし危なっかしいが、効果は出していた。犯人は館長は殺せても、絵画を盗み出すには至らなかった。だから違う手段をとったんだ」

内海「ですが先生カードは……」

湯川「そんなの全部一度に配置してしまえばいい。内容は天気のことや仕事のこと。ある程度予想して書けるものばかりだ。違うものをあちこちにおいて、状況にあった場所を指示して探させればいい。タイミングは簡単だ。通りから見張っていれば、帰ってきた時間なんてすぐにわかる」

湯川「Pさん。最初の電話直前に、誰かを事務所に招き入れて、自由に行動できる時間を与えたりは?」

P「しま……した」

湯川「あくまでこれは僕の考えに過ぎない。確かめられるのは僕じゃない。後は任せたよ」

役目は終わったとばかりに、伸びをする湯川。

早苗は事務所のちひろに、内海は署に、急いで電話をかける。

皆が安堵のため息をつく。

その中で、頼子は呆然としながらつぶやいた。

頼子「私は…何をしていたのでしょう。ただ踊らされて、皆を騙して、盗んで……。こんなの、ただのピエロじゃないですか……これじゃ……」

だが、その言葉は遮られ、最後までは続かない。

P「お前は皆を守ってくれた。全部背負い込んで。そして最後には皆を信じてくれた。全部さらけ出してな。ありがとう。本当に」

いくつもの手が、頼子の手を包む。

自分に感謝の言葉を述べる彼女達こそ、頼子が守りたいと願った仲間達だった。

凍った心が、完全に溶けきる。



もう抱えなくていいんだ。皆がいるんだ。



重ねられた手の上に、ぽたり、ぽたりとしずくが落ちる。



それは、どんな芸術よりも暖かく、美しく輝いていた。

__貝塚北署

内海「緊急避難ですから。盗品も確保しましたし、起訴はありません」

その後、犯人はあっさりと捕まった。やはり直前に訪れていた客人だった。

都合よくかかってきた電話も、彼が仲間に指示してかけさせたものだった。

湯川の予想通り、カードは事務所のあちこちから見つかった。




今、Pと頼子は署にいる。

犯人と会うために。




__取調室

内海「なぜ……こんなことをしたのか。理由を伺ってもいいでしょうか」

薄暗い部屋の中で、内海の机を挟んだ向かい側に座る男。整った顔立ちで、とても犯罪者には見えない。

犯人「いいとも。答えるさ。それにそこの壁。テレビで見たよ。後ろにも部屋があってここのことは筒抜けなんだろう?どうせあの女もそこにいるだろうから、全部吐き出してやる」

彼の予想通り、Pと頼子はそこにいた。

彼は見えないはずの頼子の方を見ながら、壁をにらみながら話し出す。


犯人「あの絵はな……、あの館長の爺さんが倉庫の奥に持ってたあれは、とおい昔に、俺の先祖が描いたものだ」

犯人「俺にはわずかだけど外国の血が入ってる。あの絵は俺の先祖の、ある外国の画家が描いたものだ。名前を言っても、刑事さんにはわからないだろうな。

ご先祖様はその時代を代表する画家でな。その絵は当時も今も変わらず高い評価を受けてる。

だけどな、あるときご先祖様は恋に落ちた。結婚して子孫を残すもっと前、嫁さんに出会う前だ。

今まで思うとおりに絵をかき、評価を貰ってきた人間だ。

自分が失恋するなんて思っていなかったんだろうな。

ご先祖様は悲しみに暮れ、あふれた感情をそのまま目の前の壁に叩き付けた。

それがあの絵だよ。

のちに家は壊されたが、あの絵だけはご先祖様の亡くなった後も大切にされたよ。大切にな。

そして二年前、館長の爺さんの手に渡った。

でもな、俺は許せなかったんだよ。

いくら優れた画家の描いた絵でも、失恋の哀しみだぞ?見せるべくして描いた絵じゃないんだぞ?それを大衆の目に晒すなんて馬鹿げてる。酷過ぎる。

芸術鑑賞家以前に、人間じゃねえ。

爺さんにもそう言ってやった。

だけどあの爺さん、取り合わないんだよ。

何がそれはあくまでお前の感想だ。何が絵の意味は見た人が決めるだ。

俺は爺さんの目が脳裏に焼き付いて離れなかった。

その三日後だよ。爺さんの手から絵を取り戻すことを決意したのは。

あとは刑事さんの知っているとおりさ。

俺が言いたいことは以上だ」

頼子「Pさん、彼と話します」

P「えっ?ちょっ」

Pが、そして廊下で見張っていた刑事が静止する間もなく、頼子は部屋へと足を踏み入れた。

犯人の男は、頼子を見ると薄く笑った。

犯人「よう。盗むときはご苦労だったな。でも俺は悪いとは思っちゃあいないぜ。俺の考えは間違っちゃあいない」

頼子は、その目をまっすぐ見て言った。

頼子「そうかもしれません」

驚くPと内海をよそに、続ける。

頼子「作者の意思を思いやり、尊重したあなた。あくまで画家の作品であり、意味を推し量るのは見た人全員だと言った館長さん。どちらが正しいのか、私にはわかりません」

犯人「そうだろう?なら」

頼子の目が、再び犯人の目をまっすぐ見据える。少女の怒りに燃える瞳に、男は息をのむ。




頼子「ですが自分の意思を通すために、芸術を愛する他の人を殺めたこと。そしてなにより、私の仲間への思いを利用したこと。それだけは許されるものではありません。芸術を愛する者ではなく、人間として。あなたは芸術鑑賞家以前に、人間ではありません」




それだけ言い放ち、踵を返す。

頼子「行きましょう。Pさん」

憂いを含んだ表情の犯人と、屹然とした頼子の間を、

重い音を立てて、今、鉄の扉が遮った。


山があり、谷がある。明暗がある。

幸せがあり、哀しみがそれを引き立てる。

人生とは、ひとつの芸術作品のようなものだ。

それを完成させるために、少しでも輝かせるために人々は苦悩する。

苦しみながら、手を動かし続ける。

なら、その価値は誰が決める?

完成させた人生を、価値あるものとして扱ってもらえる人なんてほんの一握りだろう。

なら、私は。

完成させた後に、せめて自分が誇れるような人生を歩もう。

その中で、少しでも多くの人を笑顔にしよう。

そんな人生を。輝く人生を。

今、傍にいる仲間たちと、造っていこう。

__研究室

内海「これが、今回の事件の顛末です。湯川先生の予想通りでしたね」

栗林「ほらぁだから湯川先生は凄いんだよ!!だからもっと慎みをもって頼みに来なさい。いや、来るな」

署を後にした三人は、説明のため湯川のもとを訪ねていた。

湯川「頼子さんが元気そうで安心したよ。調子はどうだい?」

頼子「問題はないです。今週末にも、皆で箱根の美術館にでかけるんですよ」

憑き物が落ちたような頼子の笑顔に、Pも胸をなでおろす。

栗林「待ってこの流れ。嫌な予感がするんだけど」

P「いやぁ流石に勧誘はしませんよ。以前ので懲りましたから」

その言葉に、こちらも安堵の表情を浮かべる。

そこで、湯川が思い出したように口を開いた。

湯川「……ところで、Pさん。前回の君たちのライブを見させてもらったんだが。彼女たちのステージ上での配置、もう少し角度を急にした方が全員の連携が生かされていいと思うんだが」

内海「えっ行ってたんですか。いつの間に」

栗林「先生もしかしてこの前の講義ドタキャンしたのって」

だがPだけは反応が違った。

P「……流石です。その考えは浮かばなかった」

そこでPが思いついたように言う。

P「そうだ湯川さん!!アイドルが駄目ならうちでプロデューサーをやってみませんか?あなたの観察眼と洞察力ならきっとアイドルをトップまで導けますよ!!」

頼子と内海が同時に溜息をつく。またか。

だがそれを遮る叫び声。




栗林「まったあああああああああああああああああああああああっ!!さすがにそれは看過できない!!何考えてるんだよアンタ!!湯川先生を一介の仕事人にしようとして!!しかもアイドルのプロデューサー!?信じられない!!そんなの絶対にあり得ないから!!」




湯川「あり得ない?何故そう言い切れる?」




内海「あっ」

栗林「そんな嘘だこんなの嘘」

頼子「え?」

P「やったぜ」





湯川「アイドルか。実に興味深い」



終わりです。1500モバコインゲット。

キャラを生かそうとしたらなぜかこうなったよ。ごめんね。
もっと遅い時間に書き込もうと思ってたんだけど、これから茨城に行く用事ができちゃってそうもいかなくなってしまった。
頼子さんも比奈さんも栗林さんも大好きです。この前のレアは本当に良かった。

あと最後に。箱根の某美術館に行く人は気を付けてね。足湯には絶対入るなよ。

出られなくなるから。

では、HTML化依頼出してきます。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月12日 (木) 07:14:31   ID: T9aAUVa2

前回も今回も面白かったです!Pが犯人にされてしまってアイドル達が奮闘するような話が出来たら! また次回作期待してます。

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