魔王「よく来た勇者! さあ、私を連れて逃げなさい!」(131)

魔王「ちょっと、何を呆けているの?」

魔王「早くしなさいったら!」

勇者(何も聞こえない、何も聞こえない・・・)

魔王「ねえ、黙っていないで・・・」

勇者「しッ!」ブンッ

魔王「きゃあ!?」ドテッ

魔王「な、なにするのよ!」

勇者「・・・確認する」

魔王「え?」

勇者「お前が、魔王だな?」

魔王「もちろん、そうよ」

魔王「どこをどう見たって、魔王にしか見えないじゃないの」

勇者「・・・」

魔王「雰囲気とかー佇まいとかー・・・」

勇者「もういい」

勇者「魔王・・・」

魔王「はい」

勇者「ここで、お前を討つ」

魔王「えぇ、なんでそうなるのよ!?」

勇者「お前こそ、いきなり何を言い出す?」

魔王「なに、って・・・」

勇者「一緒に逃げろだと? 冗談も休み休み言え」

魔王「冗談? 私は本気よ」

勇者「尚更だ。往生際が悪いぞ、魔王」

魔王「そもそも、私たちが戦う理由なんてないじゃない」

勇者「俺が勇者で、お前が魔王。 理由ならそれで十分だ」

魔王「あら、どうして勇者と魔王が争わなければいけないの?」

勇者「決まっている。魔王を滅ぼし、この世界に平和を・・・」

魔王「私が死んでも、平和にはならないわよ?」

勇者「なに?」

魔王「そうね。争いがなくなるというのなら、しばらくはそうでしょう」

魔王「でもそれは、あくまでしばらくの間よ」

魔王「時が経てば、淵のように積もった不満が反抗を促し、反抗が争いを呼ぶ・・・」

魔王「私を殺して訪れるのは、平和な時代ではないわ」

魔王「次の戦争までの、ただの準備期間よ」

勇者「・・・くだらん禅問答はたくさんだ」チャキ

勇者「魔王軍は、人間軍の総力を以って、足止めを食らわされている」

勇者「援軍を期待しての、時間稼ぎのつもりか?」

魔王「いいえ、まさか」

魔王「勇者が単身で来ることは分かっていたわ」

魔王「だからここへは、誰も来ない。そう命じたの」

魔王「あなたと私の、二人だけよ」

勇者「・・・舐めているのか?」

魔王「ふふ、人類最強を?」

勇者「・・・」

魔王「ねえ、考えてもみて?」

勇者「いま、この状況で改めて、なにを考える必要がある?」

魔王「なぜ、世の中は平和にならないのかしら?」

勇者「お前がそれを言うのか」

魔王「・・・勇者の言いたいことは分かるわ」

魔王「けどね、私は所詮『魔王程度』よ」

魔王「魔族全体を取ってみて、その末端の末端までを管理することなんて不可能だし」

魔王「目の前の個体が、心の奥で何を考えているのかなんて、分かり様ないわ」

魔王「魔王は、万能じゃないのよ」

勇者「こんどは、責任逃れか」

魔王「ただの事実よ」

勇者「・・・たとえ程度だろうと、お前が種の長であることに変わりはない」

勇者「なぜ、こうなる前に止めなかった?」

魔王「したわよ? 最初のころは」

魔王「境界を侵したり、律を犯したヤツの首なら、うんざりするくらい撥ね飛ばしてやったわ」

魔王「でも、結局はもぐら叩き」

魔王「あっちが済んだらこっちが、こっちが済んだらそっちが、ってね」

勇者「・・・」

魔王「私たちだってね、一枚岩じゃないのよ」

魔王「全面戦争大歓迎!人間は皆殺しにすべしー!って声高に掲げる輩もいれば・・・」

魔王「人間の男は脊椎を弄って労働力に、女は四肢を捥いで繁殖用の肉達磨に、って輩もいるし」

勇者「反吐が出る・・・腐れ外道が」

魔王「あら、人間だって似たようなものじゃない」

勇者「なんだと?」

魔王「あなたたちに乱獲されまくったせいでね、エルフ、絶滅しそうよ」

勇者「・・・そんな、」

魔王「わけない、って言える?」

魔王「視てきたはずよ、あなたは。その二つの眼で」

勇者「・・・ッ」

魔王「ねえ」

魔王「何がいけなかった?」

勇者「・・・」

魔王「誰が悪かった?」

勇者「・・・」

魔王「どうしたらいいと思う?」

勇者「・・・」

勇者「俺は・・・」

勇者「お前を倒すために、ここまで・・・っ!」ギリッ

魔王「では、そうしなさい」

勇者「!」

魔王「その剣で私の心臓を突き、首を落としなさい」

勇者「・・・」

魔王「・・・」

勇者「・・・へ、平和は・・・」

魔王「偽りの平和、仮初めの平穏でもよければ、手に入るわ」

勇者「おまえは、どちらなんだ」

魔王「どちら?」

勇者「お前も、人間はみな家畜のように扱われればいいと思っているのか」

魔王「そんなわけないでしょ」

魔王「私は、人間と魔族とを別けて考えたりしないわ」

魔王「同じ、一つの命よ」

勇者「同じ、命・・・」

魔王「私が欲しいのは、本当の平和よ」

勇者「・・・方法は、あるのか?」

魔王「さぁ?」

勇者「な・・・っ」

魔王「だって、答えが出ないうちに、こうしてあなた達が攻めて来たのだもの」

勇者「・・・」

魔王「だから、考える時間が欲しいの」

魔王「・・・最初の話に戻るわ」

魔王「魔王が命じます」

魔王「勇者よ、私を連れて逃げなさい」

勇者「なんで俺が付いていく必要がある?」

魔王「護衛よ」

勇者「魔王に護衛が要るのか」

魔王「あとは、そうね・・・」

魔王「単純な好奇心かしら」

勇者「好奇心?」

魔王「勇者に、個人的な興味があるってことよ」

勇者「・・・答えは、出るんだろうな?」

魔王「必ず出して、実行してみせる。誓うわ」

勇者「誓うって・・・」

魔王「あとは、そうね・・・」

魔王「単純な好奇心かしら」

勇者「好奇心?」

魔王「勇者に、個人的な興味があるってことよ」

勇者「・・・答えは、出るんだろうな?」

魔王「必ず出して、実行してみせる。誓うわ」

勇者「誓うって・・・」

魔王「なんでもいいわよ。戦女神にでも豊穣神にでも」

勇者「魔王が人間の神に誓ったって仕方ないだろ」

勇者「・・・いま、目の前に立ってる俺に・・・」

勇者「お前を殺しにきた、勇者に誓えよ」

魔王「いいわ。勇者に・・・あなたに誓う」

魔王「必ず答えを出すわ」

勇者「魔王が平和・・・ふざけた話だ、本当に・・・」

魔王「・・・どうする?」

勇者「・・・ここで・・・」

勇者「おまえを討っても、平和にはならないのなら・・・」

勇者「・・・・・・どこへでも行け」

魔王「いいのね?」

勇者「勝手にしろ・・・って」

ギュッ

勇者「おい。なんで、俺の手を掴む?」

魔王「どうせ戻れなくなるわ、ここで私を見逃したら」

魔王「覚悟を決めなさい、勇者」

勇者「それでも、人間を・・・あいつらを、裏切ることはできない」

魔王「・・・優しいのね」

勇者「・・・離せ」

魔王「イヤよ」

勇者「手を斬りおとすぞ」

魔王「無理ね」

勇者「――ッ!」ヒュッ

ガキィィィン!!

魔王「・・・【血塊】」ドロドロ

勇者「くそッ、どういうつもりだ!」

魔王「あら、知らなかったの?」キィィン

勇者「! 転移魔法陣・・・!?」

魔王「ずうっと昔から、決まっているのよ」

勇者「お、俺はッ・・・――!」




魔王「――『魔王からは、逃げられない』」




>>18は無視してください

>どう差別化するか期待(キリッ

きも\(^o^)/



勇者「ッ・・・!」ガバッ

魔王「あら、起きたの?」

勇者「はぁ、はぁ・・・」

魔王「随分うなされていたけど・・・なにか厭な夢でも見た?」

勇者「・・・ああ」チラッ

勇者「とびっきりの悪夢だ」

魔王「へー。勇者でもそういうの、あるのね」

勇者「お蔭様でな」

魔王「とりあえず、汗を拭いたら? ひどいわよ」

勇者「・・・」ゴソッ

勇者「・・・あれから、何日経った?」フキフキ

魔王「一月半ね。正確には、四十六日」

勇者「お前は・・・俺たちは、その間何をしていた?」

魔王「・・・」

勇者「行く先を転々として・・・」

勇者「その場凌ぎの、ゴロツキ以下の生活を繰り返して・・・」

勇者「今なんてこうして、空き巣紛いのことを平然としているじゃないか」

魔王「紛いというか、完全に空き巣よね」

魔王「仕方ないでしょ?」

魔王「私はともかく、あなたの人相は知られすぎているのよ」

勇者「だからなんだっていうんだ!」

魔王「いいじゃない。空き巣って、勇者の特権でしょ?」

勇者「ふざけろ!」

勇者「こんな・・・ッ」

勇者「まだ答えはでないのか!?」

魔王「・・・答え・・・」

魔王「言葉にすればね、案外簡単に思えることなのかもしれない」

魔王「でもね、ただ信じるだけって、方法ではないでしょ?」

勇者「どういう・・・」

魔王「命の可能性に、全部を丸投げしてしまうのは、あまりにも無責任だわ」

魔王「そうするには、わたしたちは賢しくなりすぎたのよ」

勇者「・・・お前の言うことは、いちいち要領を得ない」

勇者「含んだような言い回しは止めろ! 方法は分かったのか、分からないのか!」

魔王「いまはそうじゃない、問題なのは・・・」

コンコン

?「まおーさまー、いますかー?」

魔王「・・・入っていいわよ」

ガチャ

?「ふう、足で歩くのってやっぱり慣れませんねぇ」

魔王「お帰り、睡魔」

睡魔「ただいまですぅ~」

睡魔「・・・」チラッ

勇者「・・・」フイッ

睡魔「むぅ~」

勇者「・・・ちっ」

魔王「睡魔、外の様子はどうだった?」

睡魔「変わりないですぅ~」

睡魔「人間も魔族も、小競り合いを続けながら、表向きは膠着状態を保ってますけどぉ~」

睡魔「両軍の象徴が消えてしまったせいで、戦線の中枢は大混乱ですね~」

睡魔「どっちも、一部やりたい放題って部分な芽が出てきて、いい感じにカオスですよぉー」

魔王「・・・そう」

睡魔「この混沌がじきに蔓延してー、爆発するまでがタイムリミットじゃないでしょーかねぇ~?」

魔王「すこし、日和見すぎたわね」

魔王「カウンターは用意してたはずだけど・・・」

魔王「なんだって、思うようにはいかないものね」

魔王「なんにしても、ご苦労だったわね、睡魔」ナデナデ

睡魔「いえいえ~、えへへぇ」

睡魔「えへ~・・・」チラッ

勇者「・・・」

勇者「・・・まえにも言ったが」

勇者「もっとまともなのはいなかったのか?」

勇者「睡魔だと? ふざけたしゃべり方をする・・・」

睡魔「う~・・・っ!」

魔王「この子は、これでも、淫魔の上級眷属よ?」

魔王「能力は十分すぎるくらい、私が保証するわ」

睡魔「まおーさまぁ・・・っ」パァ

魔王「脳ポワに見えても、魔族でも高位の個体なんだから」

睡魔「のうぽわ・・・」グスッ

魔王「それに、こうして外へ行って、情報を集めてくるだけじゃない」

魔王「食料や衣類の面倒を見てくれているのも、睡魔でしょ?」

睡魔「! ほ、ほーらっ、そ、そぉですよぅ~?」ニコニコ

睡魔「だから、もっとあたしに感謝しないとダメなんだよー」

睡魔「勇者はねー、おかえりも言ってくれないし、頭も撫でてくれないし・・・」

勇者「・・・」スクッ

睡魔「もっとあたしに優しくしてよぅ!」

勇者「・・・」スタスタ

睡魔「毎日の感謝の気持ちを、言葉とカラダでね~・・・って」

勇者「・・・」ピタッ

睡魔「わっ、ひ、ちか、近いよっ!?」

勇者「おまえ・・・」スッ

睡魔「にゃ、にゃー! ごめんニャさいー!」ガバッ

ドスン!!

魔王「!」

睡魔「・・・にゃ・・・?」

パチ・・・パチ・・・ッ

勇者「尾けられたな?」

メラメラメラ・・・!

魔王「ここも割れてしまったのね」

勇者「いきなり火矢をぶち込むとは、容赦ないな」

睡魔「もっ、家が燃えてるですぅーっ!」

勇者「正面に三人、奥に一人・・・射手だな」

魔王「どうするの?」

勇者「お前は、いちいち俺に聞くな」

魔王「戦うの?」

勇者「話し合いの余地があるようには思えん」

魔王「私は・・・」

勇者「何もするな、裏から抜けろ」

魔王「・・・わかったわ」

勇者「間抜けは、早く俺の影に戻れ」

睡魔「まぬけ・・・あんまりです・・・」ズズズ

勇者「・・・」グッ

バァン!!

勇者がドアノブを掴み、勢いよく開け放つのと同時に、一本の斬撃が振り下ろされた。

視認することなく半回転でいなすと、その勢いのまま、勇者は襲撃者の背にゆらりと回る。
そして、得物を振りきった腕を引き戻す間もなく、がら空きの背中に肘裏を叩きつける。
同時に、軸足を払う。

襲撃者はもんどりうってから、這いつくばって悶絶。

と、鋭い呼気が、勇者の耳朶を打つ。

二人目の襲撃者が、身体を低くしながら、地を鋭く奔る。

左から右に振られた蹴足が、急激に方向転換して勇者の脳天へと落ちてくる。
それを、半歩後退して見切った勇者の眼前に、槍の穂先が迫る。

蹴りを初めから囮とした、二段構えの攻め。
常人ならば、尖鋭が頭蓋を突き破る様を幻視し、それが最後の光景となるであろう。
違うことなく必殺の連撃。

勇者は右手を伸ばすと、穂先を掴み、強引に軌道を逸らす。
更にそのまま、強く後ろへ引いて押しやる。

体勢を崩し、たたらを踏む相手の鳩尾に、勇者の膝がめり込む。

二人目の襲撃者の身体が一瞬宙を泳ぎ、口腔から逆流した胃液が溢れる。
そのまま、白目を剥き、九の字に折れて地に臥せる。

大気が震える。

雄叫びを上げて、槌を振り回す三人目の巨躯が視界を埋める。
背後からは、二条の風切り音が、殺意を乗せて勇者の急所を狙う。

勇者は膝を曲げ、筋肉を撓ませると、跳躍。
巨躯を飛び越えて、その後ろへと回る。
標的を失った矢が、そのまま巨躯へと牙を剥く。

悲鳴。

放たれた二本は、それぞれ巨躯のわき腹と、左の眼窩を抉っていた。
巨躯が槌を取り零し、突き刺さった矢を抜こうと、箆を掴む。

再び悲鳴。

勇者は狂乱する巨躯を見据えると、軽く飛び上がって、首筋へ手刀。
弧を描いて突き刺さった手刀が、巨躯の思考を強制停止させる。

勇者の背丈を優に超えた体が、脱力してその場にくずおれる。

それを確認してから、勇者は視線をゆっくりと、矢の射られた方へ向ける。
そこには、自分の身体を隠すことも忘れ、呆然と立ち竦む射手の姿。

射手「・・・! ひ、ひィ・・・ッ!?」ダッ

勇者「雷撃で足を止める」チチ・・・ッ

勇者(いや・・・目立ちすぎる?)

勇者「・・・ッ」

勇者「くそ、順番を間違えたか・・・!?」

魔王「【輝燐】」

ボオオオォッ!!!

射手「ひ、火・・・!? どっ、どこから・・・!」

睡魔「てやぁー!」ポカッ

射手「! zzz・・・」ドサッ

睡魔「やたー! やりましたよ、まおーさまー!」

魔王「ええ、よくやったわ」ナデナデ

睡魔「ニャふふ~」

勇者「・・・おい」

魔王「なに?」

勇者「何もするなと言ったろう」

魔王「でも、あのままじゃ逃げちゃってたし」

勇者「目立ちすぎだ! なんだ、あの炎は・・・」

魔王「手伝ってあげたんじゃない」

勇者「話にならん」

睡魔「あぅ、あのぉー」

勇者「お前も、勝手に出てくるな」ギロッ

睡魔「ひぇっ・・・」ビク

勇者「すぐに人が集まってくるぞ」

魔王「行きましょう」

勇者「ダメだ、手当てしてやらないと・・・とくに、あの大きいやつは」

魔王「すぐに人が来るんでしょう? 任せておいたほうがいいわ」

勇者「お前は・・・!」

魔王「ここで、私と勇者の面が割れてしまったらどうなるの?」

魔王「それこそ、この一月半は、本当にタダの無駄な時間になってしまう」

勇者「守るべき、同じ人間に・・・手をかけてまで・・・!」

魔王「睡魔、全員の記憶だけ食べちゃってね」

睡魔「はーい」フヨフヨ

勇者「なんで、こんなことに・・・」

魔王「一度、前線の近くまで戻ってみましょうか」

魔王「考えるのは、どこでもできるわ・・・」

勇者「全部、お前のせいだろう・・・ッ!」キッ

魔王「・・・」

勇者「・・・」

睡魔「あう、あう」オロオロ

勇者「何とか言え・・・!」

魔王「・・・そうね」

魔王「ごめんなさい」

勇者「・・・・・・ッ」

魔王「・・・ごめんね」



金髪碧眼の女「・・・本当に、一人で行くの?」

勇者「ああ」

勇者「これ以上、徒に被害を出すことはない」

勇者「敵の斥候と突撃部隊を、おまえたちが抑えている間に、俺が魔王を討つ」

金髪碧眼の女「魔王は、きっと強いよね?」

勇者「だが、必ず殺してみせる」

勇者「それでこの戦いも終わりだ」

金髪碧眼の女「・・・ちゃんと、終わるのかな・・・」

勇者「そうでなければ、俺たちの旅に、意味などなくなる」

金髪碧眼の女「大丈夫だよね?」

勇者「なにがだ?」

金髪碧眼の女「なんだかね、どうしようもなく不安で・・・」

金髪碧眼の女「ここまで・・・。こんな、最後の最後になって・・・」

勇者「・・・」

金髪碧眼の女「ねえ、勇者?」

金髪碧眼の女「わたしたち、間違ってないよね?」

金髪碧眼の女「わたしたちは、正しことをしてるんだよね?」

勇者「・・・まだ、気にしているのか?」

勇者「あの、エルフの母娘のこと」

金髪碧眼の女「それは・・・うん。でも、そうじゃなくって・・・ね」

勇者「正義なんて言葉ほど、不明瞭で便利なものはない」

勇者「結局は、掲げるものの立場や見方で、ガラリと意味合いが変わる」

勇者「不確かで不誠実で、一寸の保障にもならない、自己保身にすぎない」

金髪碧眼の女「なら、勇者はどうして信じられるの?」

金髪碧眼の女「自分が、正しいことをしているって」

勇者「信じているわけじゃない」

勇者「自分は間違っているって・・・」

勇者「そういう風に考えてしまえば、剣が鈍る」

勇者「考えに引き摺られて、重くなって、振れなくなる」

勇者「そうなったら、俺は死体と変わらない。『勇者』でなくってしまう」

金髪碧眼の女「・・・」

勇者「どの道、おまえの言うとおり、こうして最後の最後まできたんだ」

勇者「お互いの喉に、ナイフの刃を押し付けあって・・・」

勇者「いまさら、止まれないだろう?」

金髪碧眼の女「そう・・・なのかな」

勇者「そうするには、被害も犠牲も、たくさん出すぎた」

勇者「もう、負の感情は世界を覆い尽くして・・・そこに棲む人を、手当たり次第蝕んでいる」

勇者「落とし前を付ける必要がある。 魔王の首という、わかりやすいヤツでな」

金髪碧眼の女「なにか・・・方法は、ないのかな?」

金髪碧眼の女「みんなが、幸せになれる・・・」

勇者「あるわけない」

金髪碧眼の女「・・・・・・うん」

勇者「不安なら・・・」

勇者「戦えないのなら、明日は下がっていろ」

金髪碧眼の女「え・・・?」

勇者「俺は魔族の餌になってやるつもりはない」

勇者「おまえを・・・人間たちを、そうしてやるつもりもない」

勇者「だから戦う」

勇者「おまえが人間のために戦えないのなら・・・」

金髪碧眼の女「・・・」

勇者「おまえの分まで、俺が戦う」

金髪碧眼の女「勇者・・・」

勇者「だから、無理はするな」

金髪碧眼の女「・・・ううん、わたしも戦う」フルフル

金髪碧眼の女「勇者みたいに、人間のためには戦えないけど・・・」

金髪碧眼の女「勇者のために戦うから」

金髪碧眼の女「だから・・・」

金髪碧眼の女「死なないでね?」

勇者「・・・・・・」

金髪碧眼の女「・・・っ、ぅ・・・っ」グスッ

勇者「おまえは、すぐに泣くな」

勇者「小さい頃から、そうだった」

金髪碧眼の女「だって、ぇ・・・ぅく、勇者、がぁ・・・っ」ポロポロ

勇者「・・・約束はできない」ポン

金髪碧眼の女「・・・っ」

勇者「だが、努力する」ナデナデ

勇者「・・・それじゃダメか」

金髪碧眼の女「・・・・・・」フルフル

金髪碧眼の女「待ってるから、勇者のこと」

金髪碧眼の女「きっと帰ってきてね、わたしのところに」

勇者「ああ」

金髪碧眼の女「気を付けて、行ってきてね・・・勇者」

勇者「おまえもな・・・――」

勇者「――剣士」



勇者「・・・なんだ、それは」

魔王「なにって?」

勇者「どういうつもりだ」

魔王「どう、って・・・」

魔王「拾ってきたのよ」

勇者「拾った・・・」

幼エルフ「・・・」

勇者「こいつを?」

魔王「ええ。いいでしょ?」

勇者「いいわけあるか。犬や猫と同じ感覚で済まそうとするな」

勇者「いまの俺たちは、逃亡者だぞ」

魔王「べつに勇者に、何かしてって言ってるわけじゃないわ」

勇者「そういう問題じゃない」

魔王「睡魔、出てきて」

睡魔「はーい」ズズズ

魔王「話は聞いてたわね?」

魔王「この子、ひどく汚れているの。綺麗にしてあげて」

睡魔「りょーかいですぅ!」

勇者「おい、勝手に話を進めるな」

睡魔「さー、こっちだよ、ついてきてね~」フヨフヨ

幼エルフ「・・・」

幼エルフ「・・・」

魔王「・・・あのお姉ちゃんに、ついていきなさい」

幼エルフ「・・・」トテ・・・トテ・・・

勇者「だから・・・!」

魔王「必死で逃げてきたんでしょうね」

勇者「なに?」

魔王「裸で倒れていたのよ、あの子」

魔王「身体中泥だらけにして、足なんてボロボロだったわ」

魔王「言ったでしょ? 絶滅しそうだって」

魔王「・・・見捨てることなんて、できるわけない」

勇者「・・・・・・」

魔王「納得いかない?」

勇者「立場を考えろと言っている」

魔王「勇者は・・・」

魔王「あの子がエルフじゃなくて、人間の子供でも、同じことを言える?」

勇者「それは・・・」

魔王「ねえ」

魔王「勇者は、私に訊いたよね?」

魔王「『お前は、人間なんてどうでもいい思っているのか?』って」

勇者「・・・ああ」

魔王「こんどは、私から勇者に訊ねるわ」

魔王「勇者は『魔族なんてみんな滅べばいい』と思っているの?」

勇者「・・・・・・それは」

魔王「勇者にとっての平和って、なに?」

魔王「誰にとっての平和? 何に対しての平和?」

魔王「・・・・・・人間だけが、平和であれば満足?」

勇者「・・・」

魔王「もう一度、あなたの前で言うわ」

魔王「私は、人間と魔族とを線引いたりしない」

魔王「私が求めるのは、人間と魔族の共生共存よ」

勇者「魔族と、人間が、共に・・・」

魔王「きっと勇者も、本心で望んでいるのは、そういうことなんだって」

魔王「それが私の勝手な思い込みだとしたら・・・」

魔王「あの幼エルフは、あなたの目にどう映る?」

魔王「路傍の石? 庇護すべき対象? 単なる厄介者? それとも・・・」

勇者「・・・・・・」

魔王「倒すべき敵?」

勇者「・・・勝手にしろ」

魔王「え?」

勇者「ただの厄介者だ」

勇者「どうにかしてやろうなんて思ってはいないし」

勇者「そこまで面倒が見たいなら、好きにすればいい」

勇者「だがこれ以上、俺に何かを期待するな」

勇者「守ってやろうだなんていう気は、微塵もない。お前らも含めてな」

魔王「・・・わかった」

勇者「・・・奥で休む」

魔王「ごはん」

魔王「・・・また、食べなかったのね」

勇者「・・・食欲がない」

魔王「もう、丸三日よ」

勇者「水は飲んでいる」

魔王「そのうち、倒れてしまうわ」

勇者「そうなったらそうなったで構わない」

魔王「・・・・・・寂しいことを言うのね」

魔王「勇者になにかあったら、悲しむ人だっているでしょ?」

勇者「・・・」

勇者「・・・べつに、いない」

勇者「それに、いまのこの状況だって実質、死んでるようなものだ」

魔王「・・・ねえ、勇者」

魔王「ここから王都まで、歩いたらどのくらいかかる?」

勇者「? 一週間もかからないと思うが・・・」

勇者「王都? まさか、何をしに行くつもりだ?」

魔王「一度、見ておかないとね。一番上を」

魔王「勇者にも、こんど叔父上と――」

幼エルフ「いやあぁぁぁっ!!」

勇者・魔王「!?」バッ

ドタタッ

魔王「どうしたの、睡魔!」

睡魔「わかっ、わかりませんよぅ~・・・!」オロオロ

幼エルフ「ひっ・・・ひくっ・・・ひ・・・ッ」ブルブル

睡魔「体を洗ってー、髪を洗おーとしたら、きゅーに大声上げたんですぅ~」

魔王「髪を・・・?」

睡魔「あの、それとぉ~」

魔王「なに?」

睡魔「えーっと・・・」チラ

勇者「・・・」フイッ

魔王「・・・構わないわ、言って」

睡魔「あの、まおーさま、この子のカラダ、よく見ましたぁ?」

魔王「泥だらけだったから・・・傷でもあったの?」

睡魔「んっとー・・・ここ、前線に近いんですよねぇ~?」

魔王「ええ、そうね」

睡魔「じゃー、やっぱそっかぁ~」

魔王「ハッキリ言って。この子、どこかおかしいの?」

睡魔「たぶん、慰安婦代わりに使われてたんでしょーね~」

睡魔「体の中、イジイジされちゃってます」

睡魔「一生赤ちゃんつくれないですよ、この子」

勇者「な・・・っ」

魔王「・・・・・・本当なの?」

睡魔「淫魔ですから、わかっちゃうのです」

睡魔「・・・それだけじゃないですよ?」

睡魔「乳首なんて、なんども噛み千切られたあとがあるし」

睡魔「あ。そこだけ魔術臭いのは、そのたびに治癒術で生やしてたからかな?」

睡魔「お○んこは、中、擦られすぎてズタズタに裂けちゃってるし」

魔王「もういい、やめて」

睡魔「お尻の穴なんてユルユルだし、これ、まともなウ○チなんてしばらくできませんよ」

睡魔「この子、ちゃんとした『女の子』になる前に、『女の子』終了させられちゃったみたい」

魔王「やめなさいッ!!」

睡魔「・・・」

幼エルフ「は・・・はっ・・・ぅ、やめ・・・」ブルブル

睡魔「魔王さま、分かってて連れてきたんじゃないですか?」

魔王「・・・そういう扱いを、受けたんだろうなとは思っていたけど・・・」

睡魔「・・・そですか」

睡魔「ねえねえ、勇者」

勇者「・・・・・・ぁ」

睡魔「? なに驚いて見てるの?」

睡魔「これ、勇者と同じ人間がやったことだよ?」

勇者「・・・っ!!」ダッ

睡魔「あ、逃げた」

魔王「睡魔、気持ちは分かるけど、勇者を責めるのはお門違いよ」

睡魔「そうでもないんじゃないですか?」

睡魔「だって勇者は、人間の代表ですよね?」

睡魔「あたしたちには言いたい放題言って、自分は知らん顔するつもりなんでしょうかね?」

睡魔「魔王様の気も知らないで・・・」

魔王「ずっと、人間の平和のために戦ってきたのよ」

魔王「・・・あまりにも酷だわ」

魔王「勇者にも、私たちにも・・・」

魔王「だけどね、睡魔。どちらがより酷いことをしているかではないわ」

魔王「きっと、どちらも悪なのよ」

睡魔「でも、あの子は・・・っ」

魔王「してしまったことは、取り返しがつかない」

魔王「お互いが非を詰りあって、武器を持ち出して殺し合うだけが残された手段なら、そのまま共倒れしてしまった方がいい」

魔王「でも、私はそうは思わないの。絶対にね」

魔王「考えることを放棄しない限り、私たちは前に進めるはずよ」

睡魔「だけど、人間は私たちを敵だと思ってます」

睡魔「きっと、話なんて聞いてくれません」

魔王「少なくとも、勇者は聞いてくれたわ」

魔王「・・・『魔王』の話でも」

睡魔「だって、勇者は・・・」

魔王「・・・」フルフル

睡魔「・・・あたし、考えるの苦手だけど、本当に魔王様の言うような世界になったら」

睡魔「それって、とっても素敵なことだと思います。だけど・・・」

睡魔「穴があればなんでもって、ああいうこと平気でする人間のこと、好きにはなれません」

睡魔「絶対に」

魔王「・・・そう」

魔王「そうね・・・」

魔王「・・・・・・私もよ」



勇者「・・・・・・」

睡魔「・・・ゆ、勇者ぁ~・・・?」コソッ

勇者「・・・」

睡魔「ね、寝てるの?」

勇者「・・・なんだ」フイッ

睡魔「ぁぅ。 あの、あのねぇ・・・」

睡魔「さっきは、ごめんね」

勇者「・・・どうして、おまえが謝る?」

睡魔「その、言いすぎちゃったから~」

勇者「本当のことを、そのまま言っただけだろう」

睡魔「でも、ごめんねぇ・・・?」

勇者「・・・」

勇者「・・・・・・知っていたんだ」

睡魔「え?」

勇者「初めてじゃない」

勇者「以前にも、人間たちに慰み者にされる、エルフに遭ったことがある」

睡魔「・・・! そう、なの?」

勇者「ああ・・・」

勇者「その時は、連れの一人が激昂して、そこにいたヤツらを一人残らず斬り殺した」

睡魔「人間が、人間を・・・?」

勇者「真っ直ぐな女だった」

勇者「俺は・・・・・・」

勇者「見ているだけだった」

睡魔「勇者・・・」

勇者「ずっと小さい頃に、『自分がされたらイヤなことは、他人にもするな』と教わった」

勇者「大人が子供へする躾の、単なる定例句の一つにすぎないものだが・・・」

勇者「たしかに、そうだろうなと思う」

睡魔「・・・勇者のおかーさん?」

勇者「母代わりだった人だ」

勇者「本当の父と母は、魔族に殺された」

睡魔「あ・・・っ。ご、ごめ・・・」

勇者「お前は何も悪くないだろう」

睡魔「でも、あたしも魔族だから・・・」

勇者「・・・」

勇者「おまえ、普通に喋れるんだな」

睡魔「ぅ?」

勇者「さっき、ふざけた喋り方じゃなかったろう?」

睡魔「あれは、そのぉ、すこし怒ってたから~」

勇者「・・・そうだな」

勇者「・・・・・・すまなかった」

睡魔「ゆ、勇者はなにも・・・っ」

勇者「でも、俺も人間だからな」

睡魔「・・・・・・ぁ」

睡魔「えへ・・・」

睡魔「うん。わかったよ、勇者」

勇者「・・・」フイッ

勇者「魔王は、どうした?」

睡魔「あの子を連れてー、外へ行ったよ~」

睡魔「いきなりこんなところに連れてこられてー、知らない人がいてぇ・・・」

睡魔「少し外を歩いたら、落ち着くんじゃないかって~」

勇者「そうか・・・」

勇者「・・・・・・」

勇者「本当に子供、産めないのか?」

勇者「あの、エルフ・・・」

睡魔「うん」

勇者「・・・そう、か」

睡魔「・・・」

勇者「おまえは・・・」

勇者「魔王の言う平和な世界を、どう思う?」

睡魔「人間と魔族が、仲良く暮らせる~?」

勇者「男を襲えないとなると、淫魔には死活問題になるだろう?」

睡魔「搾精できないからってことー?」

勇者「・・・まあな」

睡魔「死ぬわけじゃないもん」

睡魔「健康なオスの精気が一番美味しいのは、間違いないけどね~」

睡魔「こーゆー場合、誰かが何かを我慢することって、しょーがないんじゃないかなー」

勇者「だが、そういう小さなしこりが、いつか争いの火種になるかもしれない」

睡魔「・・・まおーさまも、勇者もだけどさー・・・」

睡魔「なんでも悪い方に考えちゃうのって、わるーい癖だよ~?」

睡魔「嫌な事はイヤって、苦しい時には苦しいって、言えばいーじゃん」

睡魔「それで、みんなでどーしたらいいか、話しあおーよ。かんがえよーよ」

睡魔「それって、そんなにムズカシーことかなぁ?」

勇者「・・・俺には、とてもじゃないが・・・」

睡魔「・・・でもさ、そうなればいいよね」

睡魔「だって、少なくとも、あの子が遭ったような悲しい事は起こらないはずだもん」

睡魔「勇者も、そう思わない?」

勇者「・・・ああ」

勇者「そうだな・・・」

勇者「・・・・・・俺も、そう思う」

勇者「本当に・・・」



魔王「寒くない?」

幼エルフ「・・・」コクン

魔王「足、まだ痛いでしょ?」

幼エルフ「・・・」フルフル

魔王「・・・疲れたら、言ってね」

幼エルフ「・・・」

幼エルフ「・・・・・・ま、お・・・さ、ま」

魔王「あなた、しゃべれるの?」

幼エルフ「ま、おー・・・さま」

魔王「そう。私は、魔王よ」

魔王「さっきいた、猫みたいな耳と、尻尾を生やしたのが、睡魔のお姉ちゃん」

幼エルフ「お・・・ねえ、ちゃん」

魔王「それで・・・」

魔王「もう一人の、男の人が、勇者のお兄ちゃん」

幼エルフ「おに・・・ちゃん」

幼エルフ「・・・・・・にん、げん?」

魔王「・・・ええ、そうよ」

魔王「あのお兄ちゃんは、人間」

魔王「でも、あなたに酷いことは、絶対にしない人間」

幼エルフ「・・・ぅ」

魔王「いいの」

魔王「忘れろなんて、言わないわ」

魔王「でも、これからは、私たちと一緒にいなさい」

魔王「一緒にいて、いいのよ」

幼エルフ「ぁ・・・」

魔王「どうしたの?」

ピュンッ!

魔王「!――【血塊】」

ギィン!

魔王「矢・・・?」

騎士a「みーっけ!」

騎士b「ほーら、な? 俺の言った通りだったろ?」

騎士c「なに得意気になってんだ、全部俺の手柄だっての」

魔王「・・・」

魔王(人間? いくら前線に近いっていっても・・・こんなところに?)

騎士b「おいおい、誰のお陰で、あの五月蝿い女を出し抜けたと思ってんだ?」

騎士c「はッ。俺が治癒術に細工しといたから、こうして追ってこれたんだろうが」

騎士a「お前等、揉めんなよ。それより、あれ見ろって」

魔王(魔術臭い・・・そういうことね)

騎士c「エルフ・・・じゃねえよなあ?」

騎士a「魔族なのは間違いねえだろうが・・・」

騎士b「どっちにしろ、賭けは俺の一人勝ちだな?」

幼エルフ「・・・ぁ・・・ぁ、っ・・・!」ブルブル

魔王「・・・・・・あなたたち」

騎士a「おーっ、綺麗な声だなぁ!」

騎士c「こりゃアタリだな、ぐひひっ」

騎士b「はやくとっ捕まえて、持ち帰ろうぜ!」

魔王(・・・この子は、餌にされたってわけね)

騎士c「ちっこいのはどうする?」

騎士b「あ? オレもう飽きた」

騎士a「こんな上玉が釣れたんだぜ? もうイラネーだろ」

騎士c「だな。なんか使い心地イマイチになってきたし」

騎士b「後もメンドクセエし、ここで殺しちまおうぜ。サクッと」

幼エルフ「! ・・・ぃ、ゃ・・・っ」ガタガタ

魔王「下種め」

呟きが、流れる風に混じって三人の騎士の耳に届くと同時に――

炎柱が、天を衝いた。
周りに生い茂る、青々とした木々の背を雄に越え、空に緋が刺さる。

魔王「【輝燐】」

明らかに自然のものではない紅い炎が、三人の騎士の目を灼く。
魔王は、炎を映して輝く髪を静かに撫でつけると、幼エルフに向かって、

魔王「ここから動かないでね」

そう呟くや、騎士たちの間合いへ、するりと踏み込んだ。

この人数差を前に、よもや攻勢に出るとは思っても見なかったのだろう。

接近に気付いた一人が、慌てふためきながらも剣を抜く。

魔王は、真っ直ぐ振り下ろされた剣を、右足を前に出しながら、身体を反転させて捌いた。
勢いのまま、魔王の横を抜けて踏鞴を踏む騎士を後目にすると、二人目の騎士へ掌底を突き出す。

仰け反って回避する騎士の顔面を、風が過る。
体勢を崩しながらも、片手に握った剣を横へ振り抜くが、身を屈めた魔王の残影を薙ぐだけ。

そのまま、三人目の騎士が構えた弓に矢を番えるのを確認しつつ、騎士の手を靴裏で踏みつけた。
痛みで剣を取りこぼした二人目の騎士の頬を、拳で鋭く払い倒す。

同時に、背後から掬い上げるように繰り出された斬撃を、【血塊】で弾いて退ける。
驚愕する一人目の騎士の髪を掴むと、二人分の体重と加速を乗せて、地面へと叩きつける。

肉が潰れる鈍い音と、くぐもった呻き声が零れ、跳ね上がった顔と地の間を血が飛沫いた。

仲間の劣勢に顔を歪めながらも、限界まで弓を引き絞り、矢を放とうとする三人目の騎士の眼前に、炎が起つ。
炎はノの字を描くように、騎士の足元から伸びて右手の木の幹へと刺さると、そのまま貫いて空へ抜ける。

ほぼ半ばからへし折れた木が、影を追うように三人目の騎士へと降ってくる。

騎士は弓を放り棄てると、尻持ちを付いて、ひっくり返りながら後退。
轟音と共に木が倒れ、枝が折れ、葉が舞い散る。

騎士の視界を覆う緑を、炎風が吹き飛ばし、髪や鎧の表面を容赦なく嬲る。

奇声を上げて、騎士が炎に向けて剣を突き込む。
しかし、切っ先は虚しく空を貫くのみ。

背後の気配に振り向いた騎士の鼻柱に、魔王の平手が吸い込まれる。
騎士は、乾いた音を引き摺りながら膝を折り、天を仰いで気絶した。

騎士b「ぅ、ぐ・・・」

よろめきながら立ち上がったのは、二人目の騎士。

魔王「昏倒させたと思っていたのに」

騎士b「こんな、バ、バケモノ・・・ッ!」

騎士b「殺される・・・!」

魔王「誰も殺してないわ」

騎士b「し、死にたくねえ・・・っ!」ダッ

魔王「まったく・・・――!?」

幼エルフ「・・・」

魔王(しまった・・・!)

騎士が踵を返して逃げ出したすぐ先には、幼エルフ。

魔王「【移・・・】」

魔王(だめ、空間移動は間に合わない)

魔王(殺すしかない、【輝燐】か【穿槍】・・・!)

魔王(でも・・・・・・っ)

騎士b「どけええええッ!!」

血走った眼の騎士が、剣を無茶苦茶に振り回しながら、幼エルフに襲い掛かる。

魔王「! 【穿・・・っ】」

キィィン!!

金属同士が噛み合う、甲高い音が響き、騎士の剣が弾かれる。

幼エルフを庇うように、騎士の前で鉄鞘を掲げるのは、木立の間から飛び出した勇者。

騎士b「あああああッ!?」

錯乱した騎士が、再び剣を振り上げるが、遅い。
勇者は低い姿勢で騎士の懐に潜ると、滑るように背中を取り、頚椎へ一撃。
騎士の意識が、闇へ落ちる。

魔王「ゆっ・・・、」

勇者「・・・」

魔王「・・・勇者?」

魔王「どうして・・・」

勇者「これだけ派手に暴れておいて、どうしてもなにもあるか」

勇者「・・・殺してないな?」

魔王「ええ・・・」

勇者「なら、すぐに移動だ。おそらく、近くに仲間――」

突然吹きつけられた、強烈な圧迫感に、続く言葉は掻き消された。

反射的に身構えた魔王の頭上から、空気を切り裂いて白刃が降って迫る。
勇者はその気配を感じ取り、一瞬、早く動いていた。

鈍光が三日月を描いて、刃を払う。
弾かれた刃は縦に回転しつつ、傍に立つ木の幹へ、半ばまでを食い込ませて止まる。
振動が根を伝わり、森が小さく揺れる。

魔王が、呆気にとられた表情で、勇者を振り返る。

気配はかすかに、そして高速に移動する。

勇者は無言のまま、後方を鉄鞘で薙ぐ。
魔王の後頭部を狙って放たれた短剣が、鞘に打ち叩かれて大地に転がる。

視界の端に煌き。
二人の間合いで、次々と空気が烈断する。
死角から、的確に急所を狙って伸びる白い軌跡に合わせて、銀の流れが舞う。

勇者の反応に付いていけず、魔王が視線を泳がせる。
姿の見えない相手に業を煮やし、立ち上がると、跳躍。

魔王「【空洋】!」

重力の束縛を無視して、高度を上げ続ける魔王は、緑の海の頂から目を凝らす。

刹那――
背筋を駆け上がった悪感に、魔王が振り返る。

太陽の姿を遮るように、一つの影が魔王へと急降下しつつ肉薄。
肩口から振りかぶった剣は、光を跳ねて、閃光となって魔王の眉間へ迸る。

【血塊】が凶光を遮るが、胸元を狙った反撃の手刀は宙を滑る。
逆にお返しとばかりに、相手が空中で器用に身体を捻りつつ、踵落とし。

交差させて受け止めた魔王の腕が、悲鳴を上げる。

いなせなかった衝撃が、重力と共に枷となって、魔王の身体を大地へと引き倒してゆく。
自重と高度によって加速された落下衝撃は、受け止めた地面を抉り、すり鉢状にクレーターを掘っていた。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom