玄「トリック・オア・おもち!」 宥「えっ」 (63)


十月三十一日 午前零時
松実館


玄「おねーちゃー、起きてますか?」コンコン

宥「玄ちゃん? 起きてるけど、どうしたの?」ガラッ

玄「えへへー。おねーちゃん、今日は何の日でしょう?」ニコニコ

宥「今日? 今日は十月三十日だよね? えっと、何の日かなぁ……」

玄「おねーちゃん、時計をよーく見てください」

宥「あ、日付が変わってるからもう十月三十一日なんだね。つまり今日はハロウィンだ」

玄「おねーちゃん大正解です! というわけで――」



玄「トリック・オア・おもち!」

宥「えっ」

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玄「えっ」キョトン

宥「あ、あの……、玄ちゃん、どうしたの……?」

玄「おねーちゃんこそどうしたのですか? 『トリック・オア・おもち』ですよ?」キョトン

宥(えぇー……、玄ちゃんどうしてそんな意外そうな顔してるの……? 私が何か間違ってるのかな……)

宥「え、えっと、玄ちゃん、とりあえずお部屋に入ろ? そこでお話しようね」

玄「はいですのだ!」

宥「あ、あのね玄ちゃん、今はもうお父さんも仲居さん達も寝ちゃってるし、もうちょっと静かにしようね」オロオロ

玄「はいですのだ!」

宥「ううー、玄ちゃーん……」オロオロ

玄「はいですのだ」(小声)

宥「わぁ……、やっぱり玄ちゃんはいい子だね」ナデナデ

玄「えへへ」ニコニコ


宥「それで玄ちゃん、『トリック・オア・おもち』って何なのかな?」

玄「おねーちゃん、これはハロウィンの合言葉ですよ。一般常識ですのだ」

宥(どうして玄ちゃんは知ってて当然みたいな顔してるの……? 私は初耳なのに……)

玄「一般常識ですのだ!」

宥「なんで二回言ったの!?」ビクッ

宥(ううー、「それは『トリック・オア・トリート』だよね?」――なんて言える雰囲気じゃないよぉ……)

宥(とりあえず、玄ちゃんの言う『トリック・オア・おもち』がどんな意味なのか確認しないとだよね)

宥(イヤな予感しかしないけど……)フゥ…

宥「あのね、玄ちゃん。『トリック・オア・おもち』ってどういう意味なのかな? おねーちゃんに教えてくれる?」

玄「おまかせあれっ!」

宥(玄ちゃん、どうしてこんなに元気なんだろう……)

玄「いいですか、おねーちゃん。『トリック・オア・おもち』とは、『おもちを出しなさい。さもなければイタズラしますよ』という意味です!」

宥「玄ちゃんはおもちが欲しいの? それなら厨房にあるから取ってきてあげるね。食べた分はあとで報告して――」

玄「おねーちゃん、そういう小ボケは要らないですのだ」キッパリ

宥(ええー、私が悪いの……?)ガーン


宥「あ、あの……、玄ちゃんのいう『おもち』って、やっぱりその……、私の胸のこと……?」

玄「その通りです! さすがおねーちゃん、飲み込みが早いですね!」

宥「それで……、玄ちゃんにおもちをあげたら、どうなるのかな……」

玄「おねーちゃんのおもちをいじりたおします」

宥「」

玄「?」キョトン

宥(ふえぇ……、玄ちゃんどうしてそんな不思議そうな顔するの? なんだか私の方がおかしなこと言ってるみたいだよ……)

宥「そ、それじゃ、玄ちゃんにイタズラされちゃうと、どうなっちゃうのかな……?」

玄「おねーちゃんのおもちをいじりたおします」

宥「」

玄「さぁおねーちゃー、『トリック・オア・おもち』の時間です。好きな方を選んでください」

宥「そ、それって、私の選択肢ないよね!?」

玄「おねーちゃん、今はもうお父さんも仲居さん達も寝ていますので、もうちょっと静かにしましょう」

宥「……ぇぇー」シュン


宥(今日の玄ちゃん、どこかヘン……)

宥(今までもこういうことはあったけど、今日と違って申し訳なさそうにお願いする感じだった)

宥(強引な玄ちゃんもそれはそれでいいんだけど、どうしてこんな風になっちゃったのかな……)

宥(それに今の玄ちゃん、なんだか子供の頃に戻っちゃったような――)

宥「あっ……」ハッ

宥(玄ちゃん……、子供……、ハロウィン……)

玄「おねーちゃん?」

宥「ううん、何でもないよ」ニコ

宥(ごめんね、玄ちゃん。おねーちゃんなのに、今まで気づいてあげられなくて)

宥(私、玄ちゃんのおねーちゃんだもん。がんばらなくっちゃね)

宥「玄ちゃん」

玄「はいですのだ」

宥「いいよ。おねーちゃんのおもち、玄ちゃんにあげるからね」ニコ

玄「わーい! おねーちゃんだいすきです!」パァァ


宥「もう時間も遅いし、このまま一緒のおふとんで寝ようね」

宥「その……、お、おもちは、おふとんの中で、玄ちゃんの好きにしてもらっていいから……」////

玄「おまかせあれっ!」

宥「それと……」ドキドキ

玄「どうかしましたか? おねーちゃん」

宥「私のおもち……、さわるだけで、いいの……?」ドキドキ

玄「!?」

玄「あ、あの、おねーちゃん……、それって……」ドキドキ

宥「うん……、玄ちゃんだったら、いいよ」ニコ

玄「おねーちゃー!!」ガバッ

宥「わわわっ! 玄ちゃん、焦らなくてもおねーちゃんのおもちは逃げないから――はうぅ……っ!」////


十月三十一日 朝
阿知賀女子学院 通学路


宥「はうぅ……」////

宥(昨日の玄ちゃん、すごかったな……)

宥(今でもまだ胸がじんじんしてる……)////

宥(好きな人に胸を揉まれたら大きくなるって言うけど、また大きくなっちゃうのかなぁ……)

宥(うぅ~、永水の大将さんみたいになったらどうしよう……)

宥(…………)

宥(玄ちゃんはすごく喜びそうだけど……)ハァ…

憧「やっほー、宥姉おはよっ!」ポン

宥「ひうっ!!」ビビクン

憧「ふきゅっ!」ビクッ


憧「ご、ごめんね宥姉……、なんか驚かせちゃったみたいで」

宥「憧ちゃん? 違うの、私びっくりしたんじゃなくて――」

憧「びっくりしたんじゃなくて?」

宥「ううん、え、えっと、その……、や、やっぱりびっくりしたの」アセアセ

憧「んー?」

宥(うぅ、憧ちゃん変な顔してる……。でも、玄ちゃんに胸を触られてたから、敏感になってるなんて言えないよ……)////

憧「うーん?」ジロジロ

宥「あの……、憧ちゃん……?」

憧「うん、まあ宥姉の様子は気になるけど、それは別にいいわ」

宥(よかった……。玄ちゃんとのことは気付かれずに澄みそう……)ホッ

憧「それより玄はどうしたの? いつも宥姉と一緒なのに」キョロキョロ

宥「えっ! 玄ちゃん!?」ビビクン

憧「ふきゅっ!」ビクッ


憧「あのさ、宥姉」

宥「う、うん……?」

憧「もしかしてなんだけど、玄と何かあった?」

宥「べ、別に、玄ちゃんとは、何もないよ……」

憧「もしかして、ケンカしちゃった……、とか?」

宥「ケンカなんてしてないよ。ただ――」

憧「ただ?」

宥「ただ……、その……」

宥(うぅ~、ホントのことなんて恥ずかしくて言えないよ……)////

憧「ねぇ、宥姉」

宥「うん?」

憧「もし何か事情があるなら話して欲しい。私じゃ力になれるか微妙だけど、それでも宥姉の力になりたいって思うし」

憧「こんなこと言うの照れくさいけど、私たちってもう友達なんて生温いものじゃなくて、仲間だって思ってるから」キリッ

宥「憧ちゃん……」アッタカーイ


宥(いつも明るい憧ちゃんが、真剣な目で私を見てくれてる……)

宥(私たちのことをこんなに心配してくれてる憧ちゃんに、隠し事をするなんていけないことだよね……)

宥(憧ちゃんには本当のこと話さなきゃ、仲間なんだもん)

宥「あ、あのね……、憧ちゃんには本当のことを言うけど、びっくりしないでね……」

憧「大丈夫よ、宥姉がなに言ったって驚いたりしないから」アハハ

宥「あ、あのね……、昨日……」

憧「昨日?」

宥「玄ちゃんと……、その……」

憧「玄と?」

宥「えっとね、一緒に……」

憧「一緒に?」

宥「…………寝たの」////

憧「ファッ!?」ビクッ


宥「うぅ~、憧ちゃん驚かないって言ってたのに……」オロオロ

憧「えっ、あ、ごめん、宥姉……」

憧「えっ? でも、えっ???」

憧(どういうこと? 宥姉も『こっち側』だったってこと?)

憧(いやいやいや、決め付けはダメよ。落ち着いて考えなさい)

憧(あのゆるふわでおっとりした宥姉が、肉親である玄とiPSするわけないわよね)

憧(様子がおかしかったからへんな風に考えちゃったけど、宥姉に限ってそんなことありえないわ)

憧(姉妹で仲良く一緒の布団で寝るなんて普通じゃない。私だって小さい頃にはそういうことあったし)

憧(宥姉って人一倍恥ずかしがり屋だから、へんに意識しちゃって照れちゃってただけよね)

憧(さすが偏差値70の分析力! ふふ、たまに自分が恐くなるわ)フフフ

憧「あのさ、宥姉」

宥「うん?」

憧「ごめんね、一人でびっくりしちゃって、なんか今になって恥ずかしくなってきたよ……」アハハ…

宥「ううん、いいの。私もすごくへんなこと言っちゃったし」フルフル

憧「いやいや、別にへんじゃないよ。姉妹なんだし一緒に寝てたって普通じゃん」

宥「普通なのかな……?」

憧「そうだよ、普通普通。一緒に寝てたって言っても、玄に何かされたわけじゃないんでしょ?」アハハ

宥「ううん、胸をいっぱい触られたよ」

憧「普通じゃなかった!!」ガーン


憧「あ、あのさ宥姉、もしイヤだったら言わなくていいからね。そ、その……、昨日なにがあったの……?」ドキドキ

宥「だいじょうぶ、憧ちゃんに話すのはイヤじゃないよ。それに、私だってここまで話したんだもん、今さら憧ちゃんに隠したりしないよ」ニコ

宥(すごく、恥ずかしいけど……)////

宥「まず、順を追って話すね」

宥「昨日っていうか、今日なのかな。零時ちょうどに玄ちゃんが私の部屋に来て、『トリック・オア・おもち』って――


・・・・・・

・・・・

・・


憧「そ、そんな……、宥姉の豊満な胸を揉みしだくだけでは飽き足らず、寄せて両方いっぺんに……」ドキドキ

宥「憧ちゃん、あんまり言わないで……」////

憧「それでそれで? 次はどんなことされたの?」ドキドキ

宥「そんなこと言われても憶えてないよ……。それされちゃうと、いつも頭が真っ白になって気絶しちゃうんだもん……」フゥ…

憧「き、気絶って……。さすが玄ね……」////

憧「……あれ?」ハッ

憧(さっき宥姉、『いつも』って言ったよね……?)


憧「あ、あのさ、宥姉……」コソコソ

宥「どうしたの? 急に小声になって」

憧「ちょっと気になったんだけどさ」コソコソ

宥「う、うん?」

憧「その……、玄に胸をいじり倒されてたのって、昨日だけじゃなかったりする?」ドキドキ

宥「!!」ビクッ

憧「あのさ、宥姉の胸が玄よりもかなり大きいのって、玄に何度も何度もいじり倒されてたせいだったりするの?」ドキドキ

宥「ふぇっ!!」ビビクン

憧「やっぱりそうだったね……、さすが玄だわ……」ウーム

宥「ぅぅー……」////

憧(ふふ、宥姉ってば赤くなっちゃってかわいい。しずもこんな表情見せてくれたらもっとかわいいのに――)

憧「はっ!」ピコーン

憧(もしかして、これってしずに使えるんじゃない?)

憧(しずは小学生の頃から体型が変わっていないことにすごく悩んでいるはず。だから――


穏乃『うーん……』

憧『しずー? なんか暗いけどどうしたの?』

穏乃『ちょっとね』ハァ…

憧『なになに? 悩みがあるなら私に話しなさいよ。しずのためなら何でも力になるわよ』

穏乃『そうだね。一人で悩んでても仕方ないし、ちょっと恥ずかしいけど憧になら話せそうだから』

憧『まっかせなさい!』ドン

穏乃『あのね、憧……。実は――』

憧『どうやったら胸が大きくなるかですって?』

穏乃『憧! 声が大きいよ!』アタフタ

憧『ごめんごめん。でもしずもそういうことで悩むのね、ちょっと意外だわ』

穏乃『私だって一応女なんだよ。そういうことで悩んだりもするさ』ムスー

憧『ごめんごめん、しずが女の子ってことはよーくわかってるわよ』

穏乃『それならいいんだけど……』

憧『それで、さっきの悩みに対する回答なんだけどさ、女の人の胸って、好きな人に揉まれると大きくなるみたいよ』

穏乃『それは私も聞いたことがあるけど、なんだか下心のある人が広めた迷信としか思えないんだよね』


憧『それが迷信でもないんだなー』ニヤニヤ

穏乃『どういうこと?』

憧『ここだけの話なんだけど、宥姉の胸って好きな人に揉まれ続けたからあんなに大きくなったらしいのよ』ヒソヒソ

穏乃『宥さんの胸が? すごい! 今すぐにでも試した――』ハッ

憧『急に黙ったりして、どうしたの?』

穏乃『宥さんみたいに胸が大きくなるなら、私もその方法を試してみたい……』

穏乃『けど、好きな人なんて言われても、誰に頼めばいいのかよくわからないよ……』ハァ…

憧『しず、さっき私が言ったでしょ? 『まかせなさい』ってさ』

穏乃『どういうこと?』

憧『私が責任をもって、しずの胸を大きくしてあげるってことよ!』ドン

穏乃『ええーっ!?』

憧『むー、なによそのリアクション。しずは私に胸さわられるのイヤ?』

穏乃『そ、そんなことないよ。むしろ、こんなこと憧以外に頼めないっていうか……』

憧『しずは、私のこと……、き、嫌い?』カタカタ

穏乃『嫌いなわけないよ』

憧『じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃ、じゃあ、わ、私のこと……、好き?』ドキドキ

穏乃『うん、好きだよ』ニコ

憧『はうっ!』////

穏乃『憧! イエローストーン国立公園の間欠泉みたいな勢いで鼻血が吹き出てるよ!』


憧『しず、もう一回言って……』

穏乃『えっ? それより今すぐ止血しないと!』

憧『お願い、さっきの言葉もう一回言って! もっと真剣な顔で!』

穏乃『よ、よくわからないけど、わかったよ』

穏乃『それじゃいくよ、憧……』

憧『うん……』ドキドキ

穏乃『私は、憧のこと好きだよ』キリッ

憧『はうぅ、もう死んでもいいわ……』////

穏乃『アコー!!』ヒィィ


一ヶ月後


憧『しずー? なんか暗いけどどうしたの?』

穏乃『ちょっとね』ハァ…

憧『なになに? 悩みがあるなら私に話しなさいよ。しずのためなら何でも力になるわよ』

穏乃『そうだね。一人で悩んでても仕方ないし、ちょっと恥ずかしいけど憧になら話せそうだから』

憧『まっかせなさい!』ドン

穏乃『あのね、憧……。実は――』

憧『宥姉よりも胸が大きくなって、小学生の頃から愛用してたジャージが着られなくなったですって?』

穏乃『憧! 声が大きいよ!』アタフタ

憧『ごめんごめん。でもしずの胸ほんとに大きくなったわよね。もう和どころか、永水の大将にも負けないんじゃない?』

穏乃『憧のおかげだよ。こんなに効果があるなら、もっと早く憧に相談すればよかった』

憧『しずの役に立てたみたいで、私も嬉しいわ』

穏乃『そ、それでさ、憧……』

憧『ん? どうしたの?』

穏乃『私、もう一つ悩みができちゃったみたいなんだ……』

憧『しずもたいへんね。でも、私でよかったら力になるわよ』

穏乃『うん、憧なら……、ううん、憧以外には解決できない悩みなんだ……』

再放送?


憧『それで、しずの悩みってどんなことなの?』

穏乃『話す前に、ひとつだけお願いしてもいいかな』

憧『もちろん、いいわよ』

穏乃『私の悩みを聞いても、その……、笑ったりしないで欲しいんだ……』

憧『そんなの当然じゃない。しずの悩みは私の悩みでもあるもの、どんな内容だって絶対に笑ったりなんかしない。約束するわ』

穏乃『ありがとう、憧。それじゃ話すね――』

穏乃『私、ずっと恋愛なんてわからなかったけど……』

穏乃『憧のおかげで、こんなに胸が大きくなったってことは、私――』

穏乃『私、憧のことが大好きだってことだよね……』

憧『わ、私だってしずのこと大好きよ』

穏乃『そうじゃ、ないんだ……』ハハ…

憧『しず、もしかして……』

穏乃『憧、お願いします! 私と結婚してください!』

憧『もちろんよ! 今すぐ結婚しましょう!! そしてiPS細胞というので同性の間でも子供を作るわよ!!!』

>>18
すみません。
最後まで書ききったんですが、元のスレが落ちてしまったので、最初から投下しております……。


憧「ウフフ、シズケッコンシマショウ…」ブツブツ…

宥(どうしよう……。憧ちゃん急に黙りこんだと思ったら、鼻血を流しながら笑い始めちゃった……)

宥(このままじゃ憧ちゃんが危ないよね……、早く保健室に連れて行かないと――)

憧「宥姉!」

宥「は、はひっ!」ビクッ

憧「玄はどこ!? 今すぐ玄に訊きたい事があるの!」

宥「玄ちゃん? えっと、玄ちゃんなんだけど、いないの……」

憧「宥姉、今さら隠し立てはダメよ」

宥「別に隠してるわけじゃないよ……。でもね、今は玄ちゃんに会えないと思うの」

憧「どうしてよ!」

宥「だって玄ちゃん――」



宥「――鹿児島に居るんだもん」

憧「…………は?」ポカーン


同日同刻
九州自動車道


怜「よーやっと鹿児島入ったなー」

竜華「ここまで来ればもう着いたも同然やね。左に見える山のあたりがそうなんちゃう?」

怜「奈良から運転してきたと考えるとホンマ目の前って実感するなー。なんや感慨深いものがあるわ」

竜華「うちも怜と同じ気持ちやで、二人で力を合わせてここまで来れたんやなーって」

怜「けど、あともうひとふんばりやからこそ慎重にならなな。ここまで来た言うのに、事故ってしまったら笑い話にもならんで」

竜華「そうやね、これまで以上に安全運転で行こか」

怜「まー大船に乗ったつもりでおったらええで、私がハンドル握っとる限り絶対に事故はありえへんし」

竜華「なんやえらい自信やん。免許とりたての人間とは思われへんで」

怜「確かに私は免許とりたての初心者ドライバーや。けどな、ただの初心者ドライバーとはちゃうねん」

竜華「ま、まさか怜……、あんたまたあの力を――」

怜「私は園城寺怜――1メートル先を見る者や……」ドヤァ

竜華「なんでやねん、ボンネットしか見えへんわ」ポフ

怜「せやなー」ハァ


竜華「むー、ノリわるいなー」

怜「せっかくりゅーかがツッコんでくれたいうのになんや申し訳ないわ」

竜華「怜、疲れてるんやったら無理せんとパーキングで休も」

怜「そやね、いくら強靭な肉体を持つ私でも、徹夜で運転するんはしんどいし」

竜華「ほな次のパーキングで運転かわろか?」

怜「なに言うてるん、さっきまで竜華に運転してもらっとったんやし、そっちにばっかり負担かけられへんわ」

竜華「怜の体調が良くなってきてるんは私も知ってるけど、まだちょっと不安やねん……。またインハイの時みたいに――」

怜「ホンマりゅーかは心配性でかわいいなー。運転中やなかったらあっついあっついキスしてたところやわ」

竜華「べ、別に今してもええねんで?」

怜「あほ、運転中にそないなことしたら、三人まとめてあの世行きやっちゅうねん」

竜華「えー。そんならパーキングに着いたらしよっ」

怜「私もそうしたいねんけど、まぁお預けやねんな」

竜華「えーなんで?」

怜「玄ちゃん起きてしもたで」

竜華「ファッ!?」ビビクン


玄「お、園城寺さん、気付いてたんですか!?」

竜華「ホンマに起きとるやん……。あかん、めっちゃ恥ずかしいとこ見られてしもた……」

玄「ご、ごめんなさい。お二人の邪魔しちゃダメだと思って静かにしてたら、その……、いろいろ聞こえちゃって……」

怜「私は園城寺怜――1メートルうしろも見る者や……」ドヤァ

竜華「めっちゃすごいやん!」

怜「まぁルームミラーで見えただけやねんけど」

竜華「すごない!」

怜「なー、りゅーか」

竜華「え? なに?」

怜「あないなとこ見られて恥ずかしいのはわかるねんけど、無理矢理テンション上げて流そうとせんくてええんやで」

竜華「怜のあほー! そこまでうちのことわかっとるんやったら要らんこと言わんといて!」

怜「玄ちゃん、ちょうどパーキングあるし、朝ごはん食べよか。目的地までけっこう近なったし、ゆっくり休んでも午前中には着くやろ」

玄「は、はいっ! 園城寺さん、本当にありがとうございます」

竜華「もー、ハミ子にせんといてー!」ワーン


十月三十一日 午前
霧島神境


怜「うーん、よーやっと着いたなー」ノビー

竜華「ほんまやねー。がんばった分、この景色も一層荘厳に見えんで」

玄「あ、あのっ! ここまで連れてきて頂いて本当にありがとうございました!」ペッコリン

怜「お礼言うんは、ちょっと早いんとちゃう?」

玄「でも、園城寺さんと清水谷さんに誘って頂かなかったら、こんなに早く来られなかったと思いますし……」

怜「そんなん気にせんといて。私らも二人でどっか旅行したいって話しとったとこやったし」

竜華「怜の言う通りやで。むしろくろちゃんがうちらに巻き込まれた方なんとちゃう?」

怜「せやな。松実館に泊ろかって話しとったはずやのに、竜華が勝手にくろちゃんのお忍び旅行を聞き出したうえに、無理矢理ついてったってだけの話や」ウンウン

怜「しかも、夜中に松実館へ押しかけてんで? くろちゃんがそうして欲しい言うたとはいえ、良識ある人間やったらフツー遠慮するやろ」

玄「いえあのっ! 来て頂いた時間については、私が清水谷さんにどうしてもってお願いしたので――」

竜華「くろちゃんはなんにも気にせんでええんよ。怜はな、うちと二人っきりの旅行やなかったから子供みたいに拗ねとるだけやねん」ニコニコ

怜「あほ、別に拗ねてへんわ」ムスー

竜華「そないな顔せんと、あとで飴ちゃんあげるから機嫌なおしー」ニコニコ

怜「さっきから鬱陶しいねん。ええ加減にせんと膝枕三時間の刑に処すで」

竜華「そんなんかまへんよ? 怜のためやったら何時間でも枕になるし」

怜「そこまで言うんやったら一晩中膝枕の刑にしたるわ。りゅーか、覚悟せぇよ」フン

竜華「うん、楽しみにしとるよ」ニコニコ

玄(園城寺さんと清水谷さん、本当に仲いいなぁ……)


怜「なぁ玄ちゃん、話は変わるんやけど」

玄「はい、なんでしょうか?」

怜「今さらこないなこと訊くのもあれやねんけど、なんで玄ちゃんは鹿児島まで来なあかんかったん?」

玄「えっと、それは、その……」

竜華「そんなん訊かんでもええやん。なー、くろちゃん?」

玄「いえ、ここまで連れてきていただいたわけですし、理由くらいきちんと説明しなきゃ――」

怜「……玄ちゃん、皆まで言わんでええよ。竜華の言う通りやったわ」

玄「えっ」

怜「旅の目的なんて、本人から訊かんでも明々白々やったな」

玄「園城寺さん、気付いてたんですか……?」ドキッ

怜「私とくろちゃんはインハイの舞台でともに死線を潜り抜けた仲なんやで? それくらいわかってしまうもんや」

竜華「へぇ、すごいやん。そこまで言うんやったら、旅の目的訊いとかんとなー」

怜「ああ、くろちゃんの旅の目的はな――」

玄「……っ!」ドキドキ

怜「永水のおっぱいおばけ『石戸霞』の胸を揉むことや!!」ドン

玄「えええええええ!?」ガーン

竜華「くろちゃんやし、まぁそんなとこやんなー」シレッ


玄「ち、ちがいます! 目的は石戸さんのおもちじゃありません!」

怜「えー、ほんなら玄ちゃんは石戸の胸なんかに興味ないってことなん?」

玄「ないわけないです! すごく興味あります!」ゴッ

竜華「どっちやねん」アハハ

玄「いえ、あの……、石戸さんのおもちにはすごく興味ありますけど……、今回の目的はそうじゃないんです……」

怜「そうやったんか、早合点してしもてごめんな」

玄「いえ、わかってもらえたならいいんです……」

竜華「そんでくろちゃんの本当の目的ってなんやったん?」

玄「えっと……、私がここに来たのは、神代さんと麻雀を打って――」

怜「なるほど。神代を麻雀で打ち負かして、あの石戸ほどではないとはいえ、あほみたいにデカい胸を思う存分揉みまくることやったんか……」

竜華「意外やね。くろちゃんのことやから、大きければ大きいほどええもんやて思ってたわ」

玄「ちがいますってばー!」

竜華「あれ? やっぱり大きい胸の方がええってことなん?」

玄「そうですけどそうじゃないんです!」ワーン



???「さっきから騒がしいですねー」

怜「何モンやっ!?」


???「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るべきじゃないですかねー?」

怜「その通りですね、気が回らんくてすみません。私、千里山女子高校三年の園城寺怜いいます」ペコ

竜華「私は清水谷竜華です。怜と同じ学校に通ってます」

玄「あ、あのっ、私は阿知賀女子学院二年の松実玄っていいます」ペッコリン

初美「あ、えっと……、私は永水女子高校三年の薄墨初美ですよー」

怜「お噂はかねがね伺ってます。こうして薄墨さんにお会いできるなんて、私はラッキーですね」ウフフ

初美「あ、ありがとうですよー」

初美(なんなんですかこの豹変振りは……。丁寧すぎて気持ち悪いくらいですよー……)

怜「薄墨さん、どうかしたんですか?」

初美「あのー、えーと、失礼を承知で言わせてもらうとですねー……」

怜「はい、なんでしょう?」

初美「さっきと態度ちがいすぎじゃないですかねー? ここまで丁寧な応対をされると逆に怪しい感じがしますよー」

怜「そうですか。初対面の方に失礼じゃないかと思ってこうしたんですけど……」

初美「さっきみたいなので別にかまいませんよー。私は器の大きな聖女ですからねー」

怜「わかりました、ほな遠慮なく――」コホン

怜「下手に出とれば調子に乗りくさりよって! さっさと神代のところへ案内せぇやこのドサンピンが!!」ゴッ

初美「ひうっ!?」ビビクン

竜華「やりすぎや」ペシ


十月三十一日 午前
霧島神境 本殿


霞「――なるほど、松実さんは小蒔ちゃんと麻雀を打ちたくてここまで来たのね」

玄「あ、あのっ、突然押しかけてしまってすみませんっ!」ペッコリン

霞「いえ、いいのよ。遠路はるばる来てくれて嬉しいわ。小蒔ちゃんもきっと喜んでくれるはずよ」

玄「そう言ってもらえると嬉しいです」ホッ

霞「でも困ったわね。小蒔ちゃんは席を外していて――」

初美「そうです。姫様は大切な儀式の最中なのですよー、こんな乱暴モノの相手なんてする必要ありませんー」

怜(なんやさっきのことめっちゃ根に持たれとるやん)ヒソヒソ

竜華(誰のせいや思っとるん。怜があほなこと言うたからやろ)ヒソヒソ

怜(いや、あんだけ露骨なネタフリされたら乗らん方が失礼やんか……)ヒソヒソ

玄「あの、神代さんにお逢いすることはできないんでしょうか……?」

初美「私も鬼ではありません。姫様に逢わせるつもりはありませんが、わざわざ大阪とかいうド田舎からやって来た人たちを、問答無用で追い払うというのもさすがに気が引けます」

初美「なので、ここは麻雀で白黒つけましょうー」

玄「麻雀ですか?」

初美「私たち二人と麻雀で勝負をして、あなたたちが勝てば望み通り姫様に逢わせてあげましょう。ただし――」

初美「こちらが勝った場合は、そのまま大阪へお帰りいただくことになりますー」

怜「いくらなんでもそれはひどいやろ。くろちゃんはな、あんたらの姫さんに逢いたい一心でここまで――」

玄「わかりました」

竜華「ちょっ!? くろちゃん?」

玄「薄墨さんの仰っていることは尤もだと思います。突然訪ねてきた私にチャンスをくれただけでもありがたいです」

竜華「けど……」

玄「大丈夫です。勝てばいいんですよね」

竜華「そらそやけど、もし負けたら……」

怜「竜華、そこまでや。くろちゃんの決意に水差したらあかん」

竜華「怜……」

怜「何でか知らんけどくろちゃん冷静やないみたいやし、私らの力でくろちゃんの目的叶えたろな」コソコソ

竜華「そうやね、がんばろ!」


霞(初美ちゃん、何もそこまで……)ヒソヒソ

初美(これはただの脅しですよー。こっちが勝っても『お情け』という形で姫様には逢わせてあげるつもりですー)ヒソヒソ

霞(だったらあんなこと言わなくても……)ヒソヒソ

初美(姫様の儀式が終わるまでまだ時間がありますし、待ち時間を有効活用しましょうってことですよー)ヒソヒソ

霞(ふんふむ、それもそうね)ヒソヒソ

初美(それに部活を引退してからというもの、外部の人と真剣勝負する機会なんてないですからねー。こうすれば私も霞ちゃんも楽しめるってわけですよー)ヒソヒソ

霞(初美ちゃん、そこまで考えてくれてたのね)ヒソヒソ

初美(えへへ、霞ちゃんのためならいくらでも知恵が回るのですよー)ヒソヒソ

初美「さて、手加減なしの真剣勝負と行きましょうー」

初美(ふふふ、たったの一回で終わらせるつもりはありませんよー。私が味わった恐怖を三倍にして返してやりますー)フフフ


怜「ようわからんうちに勝負する流れになってもうたな。まぁ私としては望むところやけど」

竜華「うちもええねんけど、こっちのメンツどないする? あっちは二人で来るみたいやし、うちらから二人決めなあかんみたいやわ」

怜「玄ちゃんは主賓やねんから外されへんし、私か竜華のどっちかが抜けなあかんなー」

竜華「ほんならうちがくろちゃんとペア組むで。怜はゆっくり休んどき」

怜「私だけハミ子かー、かなしいなー」

竜華「何言うてんの。怜も一緒に戦うんやで?」

怜「えっ、いきなり何言うてんの? 病院行く?」

竜華「あほなこと言うてへんで、ゆっくり休んどき。膝枕できんくて寂しいかもしれへんけど、麻雀終わったらゆっくりしたるから」

怜「そんなんあかん! りゅーかかて運転し通しで疲れとるやん。せやからそっちこそちゃんと休んで――」

竜華「うふふー」ニコニコ

怜「なんやねんその顔……」ムー

竜華「べつにー? 怜に心配されて嬉しいだけやで」ニコニコ

怜「あほ、別に心配してへんわ。ちょっとくらい竜華のこと元気づけたろかって思ったくらいで――」

竜華「うん、怜のおかげでめっちゃ元気でたわ。せやからそこでうちのこと見守っててな」

怜「そこまで言うんやったらしゃーないな。穴が開くほど凝視したるわ」



初美(ふふふ、私が味わった恐怖を三万二千倍にして返してやりますー)イラッ


竜華「そんでルールとかどないするん?」

霞「そうね、インターハイ個人戦ルールの東南戦でいいかしら?」

竜華「インハイのルールやと、一発裏ドラあり、赤四枚、頭ハネ、ダブル役満なし、数え役満あり、喰いタン後付けあり、トビ終了って感じやんな?」

霞「それと連風対子は4符計算、大明槓からの嶺上開花は責任払いってところかしら」

竜華「了解やで。そんでトップ取った方の勝ちって感じなんかな」

初美「それについてなんですが、せっかく二対二なんですからチーム戦にしましょうー」

竜華「チーム戦?」

初美「二人の合計点で勝敗を決める感じですねー。例えば、清水谷さんが一着を取ったとしても、合計点で私たちが上回ればこちらの勝ちということになりますー」

竜華「ふんふむ……、向こうはああ言うてるけど、くろちゃんはどない?」

玄「私はかまいません」

怜「ちょっと質問ええかな?」

初美「はい、なんでしょうー?」

怜「チーム同士の合計点がぴったり同じで、勝負が終わった時にはどうなるん? 極端な例やけど、東発0本場で薄墨さんの役満に石戸さんが差し込んだりしたら」

初美「インターハイルールなので、その場合は上家取りになりますねー」

怜「席決めはどうするん? チーム戦やし、同じチームのメンバーを隣にするん?」

初美「そこまではしなくていいんじゃないですかねー。席決めも起家もインハイのやり方でいきましょうかー」

怜「了解や」

怜(薄墨の役満に石戸が差し込むってパターンが怖かってんけど、薄墨が北家になるまでにリードしておけば大丈夫そうやな)

怜(石戸が起家で薄墨が北家やと最悪即死もありうるけど、確率的には1/12。これは気にせんでもええやろ)

初美「それじゃ席と親を決めちゃいましょー」



東 石戸霞(起家)

南 清水谷竜華

西 松実玄

北 薄墨初美



怜「なんでや!!」

初美「ボゼが私にもっと輝けと囁いていますねー。これはもらいましたよー」


竜華(薄墨が北家……。ここは出し惜しみなしや!)

竜華「怜、出番やで! エクスペクト・パトローナム!!」ペカー

怜ちゃん『いきなり呼び出すなんて、りゅーかはせっかちやなー』

竜華「せっかちとか言うとる場合ちゃうもん。怜、力貸して」

怜ちゃん『この貸しは高くつくでー』

竜華「別にかまへんよ。怜やったらいくらでもお返しするし」

怜ちゃん『ほなお支払いはりゅーかの体(膝枕)でおねがいするわー』

竜華「もう、相変わらず怜はスケベやな」

怜ちゃん『商談成立やな。早速いくでー』

怜ちゃん『――卍解 神殺鎗(かみしにのやり)』ドン

竜華「なんでブリーチやねん。麻雀と全然関係ないやん」

怜ちゃん『今気付いたんやけど、神殺鎗(かみしにのやり)ってあれちゃう? キリストさんが槍で刺されたいう話から取ったんと違う?』

竜華「もっと関係ないわ!」

怜ちゃん『結果出たでー、残念やけどこの局は和了られへんな』

竜華「そうかー、ある程度は覚悟しとったけど厳しいな……」

怜ちゃん『お嬢ちゃんめっちゃ好みやから怜ちゃん出血大サービスや。特別にこの局に和了られる翻数教えたるでー』

竜華「ほんま? めっちゃええサービスやん。そんで点数なんぼなん?」

怜ちゃん『いやいや、点数やなしに翻数で訊いてくれへん?』

竜華「そんなんどっちかて一緒やん。むしろ点数のがありがたいくらいやわ」

怜ちゃん『翻数で訊いてくださいお願いします! なんやったらこれまでの貸し全部チャラにしてええから!』

竜華「なんでそんな必死なん……? まぁそこまで言うんやったらええけど――」

竜華「そんでこの局で和了られる翻数てなんぼなん?」

怜ちゃん『14翻や……』ドン

竜華「そこは13翻ちゃうん!?」


竜華「なんやうち疲れてきたわ……。なんでこないコントみたいなやり取りせなあかんの……」

怜ちゃん『ちょけてしもてごめんな、りゅーか』チュッ

竜華「怜……」

怜ちゃん『勝利の女神ちゃうねんけど、これは私からのプレゼントやで』エヘヘ

竜華「ありがとう、怜のおかげで疲れも吹き飛んだわ」ニコ

怜ちゃん『私にもうちょっと勇気があったら、りゅーかの唇にできたのになー』ハァ…

竜華「おでこでも嬉しいよ。最初からゾーンに入れそうなくらいみなぎってきたわ」

怜ちゃん『りゅーか……』

竜華「とき……」

怜ちゃん『まぁどんだけみなぎっとっても竜華は和了られへんねんけどな』フッ

竜華「それ言わんといて!」ガーン

怜ちゃん『そないなわけで私は帰るわ。りゅーかがんばってなー、ほなほなー』

竜華「なんや釈然とせんけどありがとー、ほななー」

竜華(しっかし、14翻ってしんどいな……。役満やん……)

竜華(しかも薄墨が北家ってことはまず間違いなく――)

竜華(……って、あれ?)

竜華(なんで怜は『14翻』なんて言うたんやろ? 小四喜は13翻で、大の方は14翻って意味なん?)

竜華(それともただネタとして14翻て言うたんかな?)

竜華(けど、怜が麻雀のことでウソをつくはずないし……)

竜華(んんー? ようわからんくなってきた……)ウーン

玄「…………」ゴゴゴ


東一局 0本場 親:石戸霞 ドラ:西


霞「それじゃ始めましょうか。よろしくお願いしますね」

竜華「よろしくお願いします」

初美「フフフ、東一局で終わらせてあげますよー。覚悟してくださいー」

玄「…………」

竜華(うー、くろちゃんあかん感じやな……)

竜華(礼儀正しいくろちゃんが挨拶もせずにだんまりやなんて。ガチで心配になってきたわ……)ハラハラ

霞「……」 打:東

初美「ポンですよー」 ポン:東

竜華(親の第一打がダブ東……。よっぽど薄墨のこと信頼しとるんやろな)

竜華(けど、これで手牌にある北が切れんくなってしもた。難儀やなぁ……)

玄「……」 打:北

竜華「ちょっ!? くろちゃん?」ファッ!?

初美「それもポンですよー!」 ポン:北

初美(こんなにあっさり鳴かせてくれるなんて、いい人ですねー)

初美(お礼と言ってはなんですが、あなたたちには敗北をプレゼントしてあげますよー!)フフフ

・・・・・・

・・・・

・・


東一局 0本場 親:石戸霞 ドラ:西


薄墨初美 18巡目 手牌
2s3s4s南南南西 北北北 東東東 ツモ:白


初美(うーん、おかしいですねー……。早々にテンパイしたまでは良かったんですが、和了れないまま流局しそうですよー?) 打:白

初美(これで私のツモは、あと一回。霞ちゃんの差込を考えてもあと三回しかありませんー)

初美(それに私以外誰も鳴いてませんし、気持ち悪いくらい何事もなく場が進んでいきますねー)フゥ

霞「……」 打:東

初美(霞ちゃんは、手出しで四枚目の東……。張ったんでしょうか?)

竜華「……」 打:5p

初美(む……、清水谷さんは手出しで5pですか……)

玄「……」チャッ

初美(松実さんは5pに無反応。この終盤でど真ん中を切ってきたので差込かとも思いましたが、どうやら違ったようですねー)

玄「……」 打:5p

初美(そして手出しで5p合わせ打ち……。松実さんにはもうツモ番もないことですし、オリと見てもいいかも知れませんねー)

初美(さて、私もラスヅモです。ここで西を引けば――)チャッ

初美(くっ……)


薄墨初美 19巡目 手牌
2s3s4s南南南西 北北北 東東東 ツモ:5s


初美「すみません、ちょっと時間くださいー」

初美(まずは状況を整理しましょうかー)

初美(同じチームである霞ちゃんは、まずテンパイ維持で親を続けるでしょうねー。私の霞ちゃんが張ってないはずがありませんー)

初美(相手チームですが、松実さんはオリ気配。だた清水谷さんは張っていてもおかしくないですねー)

初美(ここで私がテンパイを維持すれば、清水谷さんがテンパイしていても、チームとして四千点の差が開きます)

初美(さらに清水谷さんもノーテンだった場合は六千点差――これはバカにできない数字ですよー)

初美(相手チームにプレッシャーを与えるためにも、ここはなんとしてでもテンパイ維持したいところですねー)

初美(そのためには、二索・五索・西のどれかを切らなければなりませんが――)

初美(二索、五索は普通に危ないんですよねー。清水谷さんに当たってもおかしくありませんー)

初美(となると、テンパイ維持のためには西切りになりますが――)チラッ

玄「…………」

初美(西はドラなんですよねー。あのドラゴンロード様が持っていないはずがありませんー)


初美(さて――)フゥ…

初美(西が当たる可能性としては、松実さんが西と何かのシャボで待っていた場合になりますが……)

初美(松実さんは直前に五筒を切ってるんですよねー)

初美(ドラロー様にはもちろん赤ドラも来るわけですから、五筒を切ったということは、赤五筒との対子、もしくは赤五筒二枚との暗刻を崩したことになります)

初美(もちろん556と持っていたところに7をツモってきたなら、五筒を手出しして尚且つ、西となにかのシャボ待ちテンパイということも考えられますが――)

初美(松実さんのドラ収集能力は圧倒的なんですよね……)

初美(高校チャンピオンさんでさえ、ドラロー様と同卓したときにはドラを引けませんでした)

初美(あのチャンピオンが、一枚たりとも、です)

初美(もうひとつ、松実さんのドラゴンロードたる所以があるんですよね)

初美(ドラが字牌だった場合、松実さんの和了率は目に見えて下がってしまいます)

初美(それがオタ風などではなく、役牌となる自風や三元牌であっても、なんです)

初美(そしてその原因は『ドラが来すぎてしまうから』というのですから、本当に馬鹿げてますー)

初美(ドラを切れない、槓もできないという制約があっては、例え役牌であっても四枚目が来た時点で手詰まりですからねー)

初美(そして実際に、四枚目が来て和了れなくなるというケースが非常に多い)

初美(私が見た牌譜は多くありませんが、終盤になってドラが四枚揃っていなかったことはありませんでした)

初美(つまり――)

初美(松実さんの手牌には、西が三枚あることはまず間違いありません)

初美(すなわち、『西がロン牌となることは絶対にない』ということです)

初美(それと、私の切った西をポンしてツモ巡をずらすなんてこともないでしょうねー)

初美(なぜなら、海底が清水谷さんから霞ちゃんに移ってしまううえに、私のツモ番が復活しますから、自殺行為と言っていいでしょう)

初美(カン? もっとありえませんよー。松実さんは、ただでさえ窮屈な手牌をさらに狭めるカンなんてしませんからねー)


初美(この最終局面で初牌のドラを切るなんて、普通では当然ありえませんー)

初美(しかし、ドラロー様がいるこの場では、ドラ切りこそが安全策と言えるのですよー)

初美(私の一手はコレ……! どうですかねー) 打:西

玄「――ン」パタ

初美「えっ!?」ビクッ

玄「カンです」 カン:西

初美(ええええええ!? なんでカンなんですかー? 自分で自分の首を絞めてどうするんですかー? バカなんですかー?)

玄「ツモ」パタン

初美「は?」


松実玄 手牌
2s2s2s5s5sr5s5m5mr5mr5p 西西西西 ツモ:r5p


玄「西、三暗刻、対々、ドラ4、赤4、嶺上開花――」

玄「32000です」ゴッ

初美「」

霞「あらあら、初美ちゃんの責任払いでトビ終了ね」

竜華(直前に五筒切っとって、赤五筒でツモ和了りて……。その前の巡目で四暗刻ツモっとるやん……)アハハ…

初美「そんなの考慮してませんよー……」


竜華「くろちゃん、めちゃくちゃしよるなー」アハハ…

玄「すみません……」

竜華「いやいや、別にケチつけとるわけやないねん。ただ普通ならありえへん展開やったから、びっくりしたってだけで」

玄「はい、私もいつもだったらこんなことはしなかったと思います」

竜華「ちょっと訊いてもええかな?」

玄「はい」

竜華「くろちゃんは、カンする前に二回も和了れたやん? なんでそれを蹴ってまで、ドラが出るん待ってたんかなって」

竜華「今の局はドラが西で、くろちゃんのところに集まっていったから、薄墨の役満を防げた」

竜華「けど石戸がテンパイしたまんま流局なんてことになったら、また薄墨は北家や。そしてその時にドラが風牌やなかったら――」

竜華「たぶん為す術なく、うちらは負けてたと思う」

玄「はい……」

竜華「いや、別に批判とかやないねんで?」

竜華「けど、あん時のくろちゃんは迷いがなかった。四暗刻ツモでさえノータイムで蹴ってた」

竜華「はるばる鹿児島まで来て、目的のお姫さんに逢えるかどうかって勝負で、なんでツモらんかったんかなーって不思議に思ってん」

竜華「もしかして怜みたいに一巡先が見えたん? 薄墨が西を切り、それをカンして、嶺上で和了るって未来が――」

玄「いえ、未来なんて見えませんでした」

竜華「じゃあなんで?」

玄「こんなこと言うと、笑われてしまうかもしれませんが……」

玄「私にとって、ドラは大切な絆なんです」


玄「だからどうしても今日は……」

玄「今日だけは、ドラを諦めたくなかったんです。全てのドラが私のところに来てくれるって、信じたかったんです……」

竜華「もし……、もしもの話やで? もしもあの時ドラが来なかったらどうしてたん?」

玄「もしも、そうなっていたら」

玄「負けてもいい。神代さんに逢えなくても仕方ないって……、そう、思ってました……」

竜華「くろちゃん……」

玄「ごめんなさい。なんかへんな話しちゃって……」

竜華「よかったやん」ニコ

竜華「大切にしてたドラが応えてくれたってことは、くろちゃんの言うてた絆がしっかりと結ばれてたってことなんやし――」

竜華「旅の目的よりも大切にしてたドラが全部くろちゃんに来てくれたってことは、ドラもくろちゃんのことを同じくらい大切に思ってるってことになるんとちゃう」ナデナデ

玄「そうですね……。そうだといいなって、思います」

玄「清水谷さん、ありがとうございます」ニコ


小蒔「何やら騒がしいのですが、どうしました……?」フアァ…

初美「ひ、姫様、起きてたんですか?」

霞「あら、小蒔ちゃんおはよう」

怜「なんや、重要な儀式てお昼寝やったんか」

霞「ごめんなさいね。小蒔ちゃんは神様の依代となる身だから、どうしても定期的な休息が必要なの」

玄「…………」ゴクリ

小蒔「それで霞ちゃん、この方たちは?」

霞「小蒔ちゃんにお願い事があるみたいで、わざわざ関西から来てくれたのよ」

小蒔「まぁ、そうだったんですか」

小蒔「遠路はるばるこちらまで来てくださって、ありがとうございます」ペッコリン

玄「あ、あのっ! 折り入って神代さんにお願いしたいことがあるんです!」

小蒔「はい。私にできることなら、何でも協力しますよ」ニコ

玄「あ、ありがとうございますっ!」

玄「そ、そそそ、それで、あ、あのっ!」アタフタ

竜華「くろちゃん、そんなに焦らんでも大丈夫やで。もうお姫さんは逃げたりせーへんよ」ニコ

玄「あっ、はい。そうでした……」フゥ…

玄「神代さんにお願いしたいことというのは――」


・・・・・・

・・・・

・・


小蒔「なるほど……、そのような事情でここまで訪ねて来て下さったのですか……」

玄「はい、それで是非神代さんの力をお借りしたいと思いまして」

小蒔「…………」

玄「えっと、あの……、どうでしょうか?」

小蒔「松実さん、本当にごめんなさい。今の私の力では、松実さんの望みを叶えることができません……」

玄「そう……、ですか……」

霞「ごめんなさいね。小蒔ちゃんが依代となれるのは、この神境に祀られている九柱の神様だけなの……」

玄「いえ、いきなり訪ねてきたのにこうして真剣に話を聞いてもらって、本当に感謝してます」

小蒔「申し訳ありません。遠路はるばるこちらまでお越し頂いたというのに、何の力にもなれなくて……」シュン

玄「そんな、謝るのはこちらの方です……」

怜(なんやおかしなことになってきたな)コソコソ

竜華(そやね……)

小蒔「あ、そういえば――」

小蒔「雑誌の記事で見かけたのですが、松実さんのお好きなものは『おもち』だと仄聞しています」

玄「あの……、お恥ずかしい話なんですが、私の好きな『おもち』は食べ物じゃないんです……」アハハ…

小蒔「はい、松実さんのおっしゃる『おもち』とは、女性の胸のことですよね」ニッコリ

玄「えっ」


小蒔「わざわざここまで訪ねてきて下さったのに、何のおもてなしもできないとあっては、神代の名に瑕がついてしまいます」

玄「えっ? えっ?」

小蒔「相手が異性であればこのような申し出をすることさえ憚られるのですが、幸い私も松実さんも女性同士です」

小蒔「同性であれば問題ありません。きっと神様も、松実さんに胸を供することをお許しになって下さることでしょう」

玄「えっ、あの……」ゴクリ

小蒔「もし松実さんがお望みなら、どうぞ私の胸をご自由になさってください」ニコ

玄「ほ、本当ですかっ! 是非是非お願いしま――」パアァ

霞「…………」ジーッ

初美「…………」ジロリ

玄「いえ、いくら同性といえど、過度なスキンシップは道義やモラルに反すると思います。たいへんありがたい申し出ではあるのですが、断腸の思いで辞退させていただきます」キリッ

小蒔「そうですね……。やはり私程度の胸では、松実さんのお眼鏡に適うはずもありませんね」シュン

玄「そんなことないです! 神代さんのおもちは本当にすばら――」

小蒔「ではこうしましょう」



小蒔「私たちの中で一番大きい霞ちゃんのおもちを提供しますね」



玄「ふえええええええええええええ!?!?!?」

霞「」

初美「」

玄「ありがとうございます! 全力以上であたらせてもらいます!」ブンブン

竜華「くろちゃん相当テンパっとるな……。思いっきり横に首振っとんのに、口では『ありがとう』って言うてるし」

怜「くろちゃんの理性もここまでやったってことやろ。ようがんばったって言いたいとこやけど、ここは先輩としてくろちゃんの暴走を止めたらんとな」ヤレヤレ

竜華「そうやね。くろちゃんのことやから、このまま暴走してしまったら、あとでめっちゃ凹みそうやし」


十月三十一日 午後
鹿児島空港


玄「うっ……、くっ……」ポロポロ

竜華「おーよしよし。そんなに泣いとったら、せっかくのべっぴんさんが台無しやで」ヨシヨシ

玄「はい……、ごめんなさい……っ」ポロポロ

怜「私らと別れるのが泣くほど辛いん? ほんまにくろちゃんはかわいいなー」ナデナデ

玄「ふえぇ……、園城寺さん……」

怜「んー? どないしたん?」ナデナデ

玄「もちろん、園城寺さんたちとの別れも悲しいんですが……」

玄「石戸さんのおもちを目の前にして、触らなかったことが今になって悔しくなって……」メソメソ

怜「めっちゃ正直やな自分!」

玄「ごめんなさい……、でも……」シクシク

怜「なー、くろちゃん」

玄「はい、なんでしょうか……?」グス

怜「私の胸でも揉むか?」

竜華「ちょっ!? 怜、何言うてんの!」ファッ!?

怜「いや、さすがにくろちゃんがかわいそうやろ? あんだけがんばったいうのに、結局目的は果たせんかった。しかも石戸の胸を揉めるチャンスも棒に振ってしもたし」

怜「そら神代や石戸に比べれば豆粒みたいな胸やけど、そんでくろちゃんの気が晴れるんやったら――」

玄「園城寺さん……」

玄「そのように言ってくださってとても嬉しいのですが、頂くのはお気持ちだけにしておきますね」

怜「やっぱりくろちゃんのお眼鏡には適わんかったか。こんなんでも胸にはけっこう自信あってんけどな……」ハァ…

玄「いえ、そうではなくて――」

玄「園城寺さんのおもちはとても魅力的ですし、園城寺さんからそういった申し出があったことはとても嬉しいんです」

怜「じゃあなんで?」

玄「園城寺さんのおもちは、清水谷さんのものだと思っていますから」

怜「おおっ……」


玄「もし私が園城寺さんのおもちを触ってしまったら、きっと清水谷さんはいい気分がしないと思います」

玄「石戸さんのおもちを諦めたのだって、石戸さんは薄墨さん以外の誰にも触られたくないだろうなって思ったので……」

怜「くろちゃん……」

竜華「ほんまええ子やな……」

怜「よっしゃ! 特別に私が許可したる、りゅーかの胸を揉みくちゃにしてええで! 私の分までガッとやったれ!」

竜華「なんで怜がOK出しとんねんあほ!」////

玄「あはは、それもお気持ちだけ……」アハハ…

怜「ほんまに触らんでええのん? りゅーかのおもち、ぷにゅんぷにゅんでめっちゃ気持ちええで?」

竜華「ちょっ! ほんまなに言うてんの!」////

玄「正直なところ清水谷さんのおもちには心惹かれるものがあるのですが、私にはおねーちゃんが居ますから大丈夫です」ニコ

怜「そうやったな、くろちゃんにはかわいいおねーちゃんがおったな」

竜華「くろちゃんのおねーちゃんも、おっきなおもちしとるしなー」アハハ

怜「せやせや、石戸のおもちなんかはよ忘れて、おねーちゃんのおもちに甘えたらええねん」

玄「はいっ! おねーちゃんにたくさん甘えて、石戸さんと同じくらい大きなおもちにしてみせます!」

怜「お、おう……」

竜華「が、がんばってな……」アハハ…


・・・・・・

・・・・

・・


怜「行ってしもたな」

竜華「そやね」

怜「なー、りゅーか」

竜華「どないしたん?」

怜「りゅーかはなんでまた、くろちゃんの冒険旅行に付き合うたん? やっぱくろちゃんが好きで好きでしゃーないから首つっこんだんか?」

竜華「なに言うてんの。うちが怜以外の人を好きになるわけないやん」

怜「…………」ムー

竜華「どないしたん? 急にむくれっ面になって」

怜「そない恥ずかしいセリフ言うてんのに、なんでりゅーかはめっちゃ普通で居れんねん」フン

竜華「なんでて、怜のことがほんまに大好きやからに決まってるやん」

怜「ほれ、また言うた」ムスー

竜華「あー、もしかして照れてるん?」

怜「あ、あほ! 厚顔無恥なりゅーかの代わりに照れてやっただけや!」////

竜華「ふふ、おーきに」ニコ


竜華「さっきの質問やけど、うちにとってくろちゃんは妹みたいなもんやで。そんな子が困っとったら協力したくなるやろ?」

怜「ふんふむ、まぁそうやな」

竜華「それに――」

怜「お、まだあるん?」

竜華「くろちゃん、もしかしたらこっち側の人間ちゃうかなーって」

怜「あー、なるほどなー」

竜華「iPS婚が認められたりしたけど、やっぱり世間様の目ってものがあるやん?」

竜華「もしくろちゃんがこっち側やったら、なるべく協力したいって思ってた」

怜「けど、実際はそやなかったってことやったんか」

竜華「そうやね。うちの早とちりやったわ」

怜「しっかり者のお嬢様って感じがしててんけどなー」

竜華「うちも意外やったわ。あの子が求めてたんは――」


十月三十一日 夕方
通学路


憧「お母さん?」

宥「うん。玄ちゃんの旅の目的は、お母さんだと思うの」

憧「露子さんが目的って……、どういうこと?」

宥「それを説明するにはちょっと複雑な事情があるから、まず私たちのお母さんの話をしてもいいかな?」

憧「うん、もちろん」

宥「ありがとね、憧ちゃん」ニコ



宥「……私たちのお母さんが亡くなったのって、ちょうど今くらいの時期なんだ」

宥「ちょうど菊の花の時期でね。ご先祖さまが眠ってる古いお墓に、真っ白な菊のお花が捧げられて」

宥「私はお母さんがいなくなっちゃったことがすごくショックで、人前でもわんわん泣いてたの」

宥「それなのに、玄ちゃんはじっと我慢して、私のことをずっと抱きしめてくれたんだ」

宥「玄ちゃんだってすごくすごく悲しくて、本当は大声で泣きたいはずなのに……」

憧「宥姉……」

宥「これじゃどっちがおねーちゃんかわからないよね。私はおねーちゃん失格だね」アハハ…

憧「そんなことない! 宥姉はすごくいいお姉ちゃんだと思うよ。あたしだって宥姉がホントのお姉ちゃんだったらって思ったことあるもん!」

宥「憧ちゃん、ありがとう」ニコ

憧「……ていうか、ごめん。へんなこと訊いちゃって」

宥「ううん、憧ちゃんならぜんぜん平気だよ。こっちこそ、なんだか暗い話をしちゃってごめんね」

憧「宥姉も玄も大切な仲間なんだもん。明るい話じゃないけど、ちゃんと知りたいよ」

憧「その……、もし宥姉が話してくれるなら、だけど……」

宥「うん、私も今回のこと整理したいし、それに今年で卒業しちゃうから、憧ちゃんには玄ちゃんのこと知っておいてもらいたいかな」

憧「私で良ければ力になるよ――っていうかむしろなりたい!」

宥「ありがとね、憧ちゃん」ニコ


憧「でも、宥姉のお母さんの話って、今回の件とどんな関係があるの?」

宥「それはね、ハロウィンが関係してるの」

憧「え……? どうしてハロウィンなの?」

宥「憧ちゃんは、ハロウィンがどんなお祭りか知ってる?」

憧「そりゃあ人並み程度には――」

憧「えっと、十月の最終日に、仮装した子供たちが家々を巡ってお菓子をもらうお祭り、って感じよね?」

宥「うん、それが正解だって私も思う。でも玄ちゃんにはもっと特別な意味があるみたいなの」

憧「特別な意味……?」

宥「私たちがまだ小さくて……、お母さんが亡くなってまだ一年くらいしか経ってないころ、テレビの教養番組でハロウィンの特集してたんだ」

宥「ハロウィンってもともとは古代ケルト人のお祭りで、死者の霊魂が家族を訪ねてくる日らしいの」

宥「わかりやすく例えるなら、日本でいうお盆みたいなものなのかな」

憧「お盆って……。じゃあ玄は――」

宥「お母さんが帰ってくる日って憶えちゃったのかなって、私は思ってるの」

憧「そうだったんだ……」


憧「それじゃ、毎年ハロウィンにはこんなことしてたの……?」

宥「ううん、去年もおととしもその前も、玄ちゃんが大きくなってからはずっといつも通りだったよ」

憧「じゃあ、どうして……」

宥「きっとね」

宥「玄ちゃんがこんなことしたのは、インターハイの試合でドラを切っちゃったことが原因じゃないかなって思うの」

憧「そっか……」

憧(昔、玄が言ってたっけ、『ドラはおかーさんとの大切な絆なのです』って……)

憧(インターハイ準決勝のオーラス、玄は自分の意思でドラを手放した)

憧(正直ビックリしすぎた出来事だったけど、あの時の玄はかっこよくてすごく大人に見えた)

憧(でも――)

憧(ずっと玄を支えてきた絆なんだもん。あのことでお母さんとの絆が揺らいだんじゃないかって、不安になってもおかしくないよね……)


宥「玄ちゃんが神代さんたちのところへお邪魔したのも、きっとお母さんのためだったと思うの」

憧「えっ!?」

憧「玄のことだから、あのおっぱい大将に会いに行ったものとばかり……」

宥「あはは、普段の玄ちゃんならそれもありうると思うんだけど、それなら学校をズル休みしなくても会いに行けるよね?」

憧「ああ、そっか……」

憧「玄にとっては今日じゃなきゃ、ハロウィンじゃなきゃダメだったんだ……」

宥「うん。そして今回の目的のために、神代さんと麻雀を打ったんじゃないかなって」

憧「永水の二年生エースだっけ? あの、すごく胸の大きい……」

宥「うん。憧ちゃんは憶えてるかな? インターハイ個人戦をみんなで観てたときに、赤土先生が神代さんについて話してくれたこと」

憧「えっと、何だったっけ。確か……、『対局中、眠りに似たトランス状態になって神様を宿す』とかだったような……」

宥「さすが憧ちゃん、よく憶えてるね」

憧「なんかイタコみたいだなーって印象あったから――」

憧「って、えっ……?」

憧「もしかして、玄が鹿児島に行ったのって……」

宥「憧ちゃんが想像した通りだと思うよ。きっと玄ちゃんは神代さんの力を借りたかったんだと思うの――」



宥「――天国のお母さんに、逢うために」



憧「でもハルエが熊倉さんから聞いた話じゃ、九面っていう特定の神様しか降りないって……」

宥「うん。赤土先生はそう『補足』してたね」

憧「補足――あぁ、そっか……」

憧(そのときの玄はもう、ハルエの補足説明が聞こえるような状態じゃなかったってことなのね……。能力のことを聞いて、上の空になっちゃったのか……)


憧「…………」グス

宥「憧ちゃん?」

憧「なんかムカついちゃってさ」グスン

宥「ご、ごめんね? 玄ちゃんは、思い立ったら周りが見えなくなっちゃうことがあるから――」

憧「そうじゃないの」

憧「玄がそんなに苦しんでたことに、全然気付けなかった私にムカついちゃって」

宥「そんなことないよ。私は、憧ちゃんがとっても優しくて、みんなを大切に想ってること知ってるから」

憧「宥姉……」

宥「ふふ、玄ちゃんが帰ってきたら、憧ちゃんがこんなに心配してたんだよって教えてあげなきゃ」ウフフ

憧「ちょ、ちょっと宥姉! それは恥ずかしいからやめて!」////

憧「――って、そういえば玄はいつ帰ってくるの? まさか一週間くらい向こうにいるとかないでしょうね……?」

宥「あはは……、確かに玄ちゃんにとっては夢のような場所かもしれないけどね……」

宥「でも大丈夫、ちゃんと今日帰ってくるよ」

宥「一時間くらい前に、清水谷さんから『玄ちゃんは無事飛行機に乗りました』ってメールがあったから、もうすぐ空港に着くんじゃないかな?」

憧「迎えに行かなくてよかったの?」

宥「うん、それは大丈夫。玄ちゃんは電車でこっちまで戻るみたいだし、赤土先生が『麓の駅まで迎えに行く』って言ってくれたから」

宥「それよりも私たちは私たちの仕事をしないとね」

憧「それもそうね。思いっきりがんばって、玄のことびっくりさせてやらなきゃ!」


同日同刻
日本上空


――おかーさん

――天国のおかーさん 見てますか?

――あなたの娘、松実玄はたくさんの大切なお友達に囲まれて 毎日幸せに暮らしています

――そこにおかーさんがいないのはとても寂しいけれど 玄はもう大人なので泣いたりしません

――おかーさんがいなくても 玄はもう大丈夫です



――でも

――でも いつか

――わたしがおかーさんになって

――おばーちゃんになって ひいおばーちゃんになって

――天国のおかーさんにまた逢えるときが来たら

――たくさん甘えさせてください

――今まで甘えられなかった分 たくさん甘えさせてください

――たくさん泣かせてください

――今まで我慢していた分 たくさん泣かせてください

――そして 子供みたいに泣いている私を ぎゅっと抱きしめてください

――いくら願っても もうこの世界では触れることさえできなくなってしまったおかーさんの胸で

――私のことを 力いっぱい抱きしめてください

――それが 私からの最後のわがままです



――おかーさん 大好きなおかーさん

――何十年後になるかわかりませんが またおかーさんに逢える日を楽しみにしています

――だから その時まで



――さようなら おかーさん


十月三十一日 夜
松実館 ハロウィンパーティー会場


『あれ?』

『どーしたの?』

『今、おかーさんが笑ったような』

『写真の露子さんが?』

『うん、あの時みたいに優しく微笑んでた気がして……』

『宥姉、ちゃんとメガネかけなよー?』フフフ

『うー、憧ちゃんひどい……』ムー

『冗談だって。まぁ和が聞いたら『そんなオカモチ――』なんて思うかも知れないけど』

『私は宥姉の言葉、信じるよ』

『だって今日はハロウィンなんだもん。かわいい娘に逢うために、天国から露子さんが来てくれたに決まってるじゃん!』

『憧ちゃん……』

『松実玄! ただいま帰還しましたっ!』

『玄おっそ~い! ほら、さっさと席に座って。パーティー始めるわよ』

『おっと、そういえば憧ちゃんにはまだハロウィンの挨拶を済ませていませんでしたね』

『えっ? ちょっと玄、なによその手は……?』

『憧ちゃん、好きな方を選んでくださいね? それでは行きますよ――』



『――トリック・オア・おもち!』


                           <玄「トリック・オア・おもち!」 おわり>


おまけ


『灼さん、どうして玄さんは、私たちにハロウィンの挨拶をしてくれないんでしょうか……?』モグモグ

『穏乃ごめん。私はハルちゃんの護衛で忙しいから、その質問には答えられない』ゴゴゴゴゴ

                                        <もいっこカン!>

お疲れ様でした。

だらだらと長くなってしまいましたが、お目通し頂ければ幸いです。

最後に妄想を垂れ流す場所を提供してくださった速報さんに御礼申し上げます。

ありがとうございました。

いい話でした 乙

乙です

乙だよ

おつ!
ほっこりしたー

見たことあるスレタイだなぁと思って開いたけど元のスレ一度落ちてたんだ…
乙っす、とてもよかったです

まーたですのだ玄ちゃんでかと思ったらいい話だったでござる

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