風花「もうこんなエッチなプロデューサーさんとお仕事したくありませんっ!」 (48)


風花「こんなの看護師さんの衣装じゃありません!」

P「……いやそうとは言い切れないぞ風花。ミクロネシアではこれが正式な衣装の可能性だって捨てきれない」

風花「私は日本の話をしているんです! ぜっったいに着ません! 嫌です!!」

P「ま、まぁ一回着てみれば何か分かるさ。多分」

 押し付けられた衣装を投げ返します。
あの人の顔に覆いかぶさったけど知りません。

風花「……帰ります」

 キョンシーみたいになっているあの人を置いて事務所を出ます。

 ……追いかけてきてくれるかも、と思って待ちましたけど、そんな気配はありません。
劇場のみんなには悪いけど、もう知りません!


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 いつもと違う時間に乗る電車は人がまばらで、このまま乗っていると
どこか違う場所に連れて行ってくれるような気がしました。日が傾いて、周りは綺麗なオレンジ色です。

 何度も何度も震えていたスマートフォンも、今はもう鳴りを潜めています。

 ネコカフェのホームページに載っているネコちゃんたちの画像を見て癒されていると、メールが飛んできました。
差出人は、あの人です。

 見たくはないですけど、一応見てみます。

 メールの画面に飛ぶと、看護師の時の友達から数通メールがきていました。
看護師、辞めなければよかったなぁ。


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差出人:プロデューサーさん
宛先:豊川風花
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お疲れ様です。

明日は建国記念日なので一斉休暇になります。
なので明後日お話する時間を頂けないでしょうか?



本日は申し訳ありませんでした。

以上、宜しくお願い致します。


 短く、「わかりました」とだけ返信をしました。


 予定よりもずっと早く帰ってしまったので、エアコンのタイマーが動いていませんでした。

 上着を脱がないまま、ベッドに横になります。

風花「痛っ」

 ……目覚まし時計が刺さりました。そうだ、今日は朝バタバタしていたからいつもの場所に置き忘れたんだ。
ついてないです。

 もう、このままお風呂も入らないでベッドに溶けちゃいたい気分です。
だれか体拭いてくれないかなぁー。


 お風呂から上がって髪を乾かしながら、スマートフォンを何となくいじくります。
最近登録したばかりな劇場のみんなの連絡帳を整理したり、友達からのメールに返信したり。

 ……あの人からはなんの連絡も来ていません。
ドライヤーの風量を強に変えます。もやもやした気持ちも風で飛ばされてくれればと思いながら。

 ……ビール空けちゃおうかなぁ。




 どこかで目覚ましが鳴っています。その音を止めて二度寝したいです。

風花「ん~……? どこ~?」

 起き上がる気力もなく、ごろごろしながら目覚ましを探します。
……あれ? ベッドで寝てないの私?

 あ、思い出した。昨日、少しお酒飲んだら眠くなっちゃってそのまま寝たんだった。
手を伸ばしても目覚ましが見つからないわけです。

 目覚まし、探さないと。

風花「どこ~? ……痛っ」

 足元に飲み捨てた空き缶が……。
はぁ、朝からついてません。


風花「……酷い顔」

 夜、ちゃんとお手入れしないまま寝たから、髪はいつも以上にぼさぼさ。肌も少しかさかさ。少し目も赤くなってる。

 ちゃんと独り立ちしたはずなのに、何でこんなことになってるんだろう。
……どれもこれもあの人のせいです。うん。

風花「……そんなわけないのにね」

 酷い私。


 シャワーで寝汗を洗い流します。もやもやした気持ちも流れればいいなと思いながら。
そんなことはなくて、ただただお湯が体を伝い落ちるだけでした。

風花「映画で何となく殺される役みたい」

 シャワーカーテンを開けてみてもそこには誰もいませんけど。

風花「あ、そうだ。前もらった映画のチケット」

 少し前に、お仕事先の人からもらった映画のチケットがあったことを思い出しました。
思い出し方が不穏な気もしますけど、それはまぁ少し酔ってると思うことにします。

 今日の予定が決まりました。


 外で大きく伸びをします。今日はいい天気です。
冬の空気は好きです。凛としていて、いつもふわふわしている私でもなんだか引き締まる気がします。

 あと、厚着できるのも好きです。

 近くの駅から、いつものように定期で映画館まで向かいます。
いつも降りる駅を通り過ぎて、人の多い駅で降ります。

 人ごみは、あんまり好きじゃありません。上手に人を避けながら歩くのが苦手なんです。
……今日も、何回もぶつかってしまいました。

 そんな訳で駅ナカのカフェで休憩中です。


 カフェは落ち着いた雰囲気で、まだ時間も早いので人も少なめです。
禁煙席を選んでもらい、かどっこの席に座ります。かどっこの席だと少し得した気分です。

 朝ごはんを食べていなかったので、セットで注文しました。
ミルクティーとセットでサンドイッチがついてくるみたいです。

 おでかけ情報が載っている雑誌を見つけたので、なんとなく手に取ってみます。
最近は家系? ラーメンが人気みたいです。こんなにいっぱい食べられるかなぁ。

 入り口のドアが開いて、ドアに備え付けられているドアーベルが鳴ります。

風花「……?!」

 思わず雑誌で顔を隠してしまいました。

 ……プロデューサーさんが、入ってきました。


風花(見られたかな……? 見られてないよね?)

 別に隠れなくてもいいのに何となく隠れてしまいます。
昨日の今日でちょっと気まずいですし……。

「お席はどちらに致しますか?」
P「喫煙席でお願いします」

 プロデューサーさんタバコ吸うんだ。
そんなところ一度も見たことありませんでした。

 ここの席からだと、プロデューサーさんが座っている場所が花のすき間から見えます。
……ちょっと観察です。気分は警察さんです。ロバート・ダウニー? は映画の人か。

 星はおいしそうにタバコを吸っています。
うーん、ちょっと意外です。まだ短い付き合いですけど、一度もタバコを吸ってるところを見たことがありませんでした。

風花(タバコのにおいもしたことないなぁ)

 劇場にいるときは吸わないことにしているんでしょうか?
桃子ちゃんとか育ちゃんもいることですし、それはそうかな。

風花(あ、千早ちゃんとかジュリアちゃんも居るからかぁ)

 副流煙は喉にも悪いから、歌が大切な二人には毒薬です。
それに、プロデューサーさんが吸ってるのを見て、マネする子がいるかもしれません。

風花(だから見たことなかったのかなぁ?)

 うん、それはいいことです。

 ……いけないいけない、今は喧嘩中なんです。
体に悪いタバコなんて吸ってるのはダメです。


 スーツじゃないプロデューサーさんを見るのは初めてです。
すき間からなのであまりよく見えませんけど、落ち着いた格好をしています。

 すっと立てばこの雑誌に載っててもおかしくないように見えます。

風花(……まぁタウン情報誌ですけどね)

 あっ、星が逃げます。
急いでサンドイッチを飲み込んで、星を追います。

 ……すこしむせました。


風花(どこ行くんだろう?)

 プロデューサーさんから少し距離を取って後ろを歩きます。尾行です。

 途中、星は何度か立ち止まって携帯を確認しています。
見つかったかと思って心臓に悪いです。どきどきします。

風花(それにしても……)

 またプロデューサーさんから離されてしまいました。
休日の繁華街。お昼前。好きじゃない人ごみ。

風花(プロデューサーさん歩くの早い!)

 大またでずんずん歩くプロデューサーさんについていくのは結構大変です。
冬なのに少し暑くなってきました。

風花(もう、歩くのが早い人は嫌いですよ!)


風花(あ、でも一緒に外回り行って、歩くのに急いだことないなぁ~)

 ……合わせてくれていたのかなぁ。

 しばらく歩くと、プロデューサーさんの目的の場所がわかりました。

風花(ここって)

 私も行こうとしてた映画館です。


 このビルの最上階が映画館です。
途中にいくつかテナントが入っていたと思いますけど、あんまり男性向けのテナントは入っていなかった記憶があります。

風花(そっかぁ)

 考えてみれば、私がもらったチケットと、同じものをプロデューサーさんももらっていました。
あまり休む機会がないプロデューサーさんですから、この日くらいしか映画を見る機会もなかったんですね。

風花(何となく思い出した私とは、なんかぜんぜん違いますね)

 ここのビルは古くて、まだ自動扉がありません。
入り口は大きなガラス張りの扉で、開けるのに苦労するような重さです。

 ビルの内側に子供が見えました。お母さんとお父さんも一緒です。
ベビーカーもあります。もっと小さいお子さんも居るんでしょうか。

 少し、昔を思い出して懐かしい気持ちになります。

 子供がドアを開けようとしています。でも重くて開きそうにありません。
プロデューサーさんが、すっとドアを引きました。


 子供に、優しく笑いかけています。

 人ごみの中で、そこの風景だけ切り取られたように浮き上がって見えました。

 子供が、プロデューサーさんに手を振っています。
それを見て、プロデューサーさんも手を振りかえしています。

 あ、これはダメです。きっとダメなやつです。


 ドアを閉めようとするプロデューサーさんが、後ろを確認しました。

P「あ、……風花」

風花「ぷ、プロデューサーさん……」

 いつの間にかふらふらと、プロデューサーさんに近づいていました。

風花「あ、えっと……」

P「ここで立ち話も邪魔になるから、入ろうか?」




風花「プロデューサーさんも、映画を見に来たんですよね?」

 エスカレータで最上階に向かいながら、後ろのプロデューサーさんに話しかけます。
少し下から、プロデューサーさんが答えます。

P「あぁ。そっか、同じチケット貰ってたもんな」

風花「はい。今日思い出して来ちゃいました」

P「そっか……」

 プロデューサーさんからどこか逡巡しているような、そんな感じがします。

P「あのさ」

 最上階に着きました。

風花「はい?」

P「……いや、後で話す」

風花「はい……?」


「大人二人でよろしいですか?」

P「……離れて座るか?」

風花「いいですよ、お隣で」


 プロデューサーさんに、飲み物を奢ってもらってしまいました。
別にいいですよって言ったのに。

 貰った映画の会場は、人が少なくて。
私たち以外には、映画評論家みたいな人が数人ぱらぱらと居るぐらいです。

 皆さんこだわりがあるのか、真ん中の席には座らず、右端とか左端とかに固まっています。
おかげで私たちだけが真ん中の席にぽつんと座っています。

P「食べないのか?」

風花「今はいいです」

 プロデューサーさんが買ったポップコーンは、一番大きなサイズで。
全部食べるのかなーと少し驚いていると。

P『二人分買うより安いからさ』

 とのことでした。
私は塩よりバターのほうが好きかなぁ。


 座ってすぐにCMが始まります。
ん~っ。体にびりびりくる音って映画館に来たーって感じしますよね。

 隣でプロデューサーさんが携帯電話の電源を切るのを見て、私も電源を落とします。
その後におなじみの映画泥棒のCM? が流れます。

 昔はなんとも思ってませんでしたけど、アイドルをするようになって、ダンスの練習をすると、
映画泥棒さんのダンスはすごいんだなーと感じるようになりました。

『どんなに足が長くても~前の席は蹴らない』

風花「蹴っちゃダメですよ?」

P「そこまで足長くないよ」

 少しは長い自覚があるみたいです。
背、高いですからね。


 映画はよくわかりませんでした。
女の人が急に離婚されて、それからのお話みたいな、今の私には少し難しかったみたいです。

 時々プロデューサーさんの方を見てみました。
プロデューサーさんは、真剣な目でスクリーンをずっと見ていました。

 ポップコーンは、ほとんど食べられませんでした。


P「風花、起きてるか?」

風花「もう失礼ですね、ちゃんと見てますよ」

 プロデューサーさんが、私にだけ聞こえるような小さな声で話しかけてきました。
私もそれに答えて小さい声で返します。

P「……もう少しだけ、待ってくれないか?」

 小さい声で話すプロデューサーさんは、なんだか叱られた子犬のように思えました。

風花「なんですか?」

P「……今は、俺の力が足りないから。全然仕事も取ってこれないし、
  風花のしたい仕事もまだ取ってこれてない」

P「でもいつか、きっとこの映画より大きな仕事だって取ってくるから」

P「風花の望んでるような仕事も取ってくるから」


P「だから、もう少しだけ。もう少しだけ風花のプロデューサーでいさせてくれないか」


風花「はい」


 でも、……キスシーンは恥ずかしいかなぁ。




P「じゃあ、また明日劇場でな」

風花「はい、また明日劇場で」

 駅の前でプロデューサーさんと別れます。
夜ご飯までご馳走になってしまいました。

 駅に向かうプロデューサーさんに手を振ります。

風花「あっ、そうだ。プロデューサーさーん!」

P「なんだー!」

風花「タバコは健康に悪いですよー!」

P「……余計なお世話だー!」

 うん。今日はいい日でした。




風花「こんなのハロウィンの衣装じゃありません!」

P「……いやそうとは言い切れないぞ風花。カムチャッカではこれがジャックオーランタンの正装の可能性だって捨てきれない」

風花「私は日本の話をしているんですぅ!」

P「そう言うと思ってな、もう一着用意してあるんだ」

風花「あ、これかわいい……」

P「だろ?」

風花「もー、最初からこっちを出してくださいよプロデューサーさん」

P「ちなみに、こっちの包帯着てからじゃないとこっち着せないからな」

風花「……もういやー!」

 でも、最近こういう格好にも慣れきました。

P「あ、まて風花! 前のライラの衣装でチャラだろ!」

 これも全部。

風花「ポイント制なんですかぁ?!」

P「多分そうだ!」

 プロデューサーさんのせいですからね?

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