楓「飴の降る町」で (23)
※地の文あり
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「プロデューサー、今日は飴が降っていますね」
窓の外、降る飴は色とりどりに輝いている。
ストロベリーの赤、メロンの緑、レモンの黄色。
「ええ、雨が降ってますね」
窓の外を見て、そう言って返す貴方の背中の猫はどこか寂しそうで。
思わず口をついて出たこと葉は、猫へひらひらと舞い落ちる。
「飴、お嫌いなんですか?」
私は彼の鏡中を汲み取る事はできない。くすんでいるから。
けれど、貴方は上下に裂けた背中で語る。
「雨、嫌いなんです」と。
「どうしてですか?」と尋ねるより早く、貴方の背中は口を紡いだ。
ここから先は、キャッチボールで。
「どうしても、気分が高揚しなくて」
「紅葉しないんですか」
確かに球は青々とした森の奥から私めがけて飛んできた。
外に降る飴とは大違い。緑一色。
「楓さんは、雨、好きなんですか?」
「私は……嫌いではない、ですね」
町が虹色に染まる幻想的な光景は、一度見たら嫌いにはなれないだろう。
「そう、ですか」
私が投げ返したボールは森の奥から暫く返ってはこなかった。
そうして、事務所の机が音という傷で一杯になった頃。
「……少し、昔話を聞いてくれませんか」
森の奥から飛んできたボールはふらふらふらふら、
躊躇いながらも私の足元へ着地した。
「聞かせてください。プロデューサーの、昔話」
私はそれを優しく手に取ると、今度は投げ返すでなく、森の奥へ足を踏み入れる。
彼は、それを望んでいるはずだから。
森の中、プロデューサーを見つけて隣に座り、ボールを手渡した。
「……俺、この仕事を始める前、彼女がいたんですよ」
しかし、私に返ってくるはずのボールは、大きく跳ね上がって天井に突き刺さった。
斜め上、かしら。
「……そう、なんですか」
「驚きましたか」
「ええ、驚きました」
実はそこまで驚いてはいなかった。
彼の愛用しているマグカップには、彼しか持っていない鍵がかかっているから。
他の誰も、開けられはしないから。
「その彼女に……こんな雨の日に、振られまして」
「降られてしまったんですか」
きっとそれは通り飴。
降り始めは凄まじくて、色んな味が混ざり合って、美しいけれど。
降り終わってみれば、残っているのは汚い色の、美味しくない飴溜り。
「……俺が、悪いんです」
「プロデューサーは、悪くありません」
だって、通り飴を予想できる人なんて誰もいないのだから。
傘を持っていなくて降られるのは、当然だから。
「いいえ、俺が……」
それきり、プロデューサーは沈み込んでしまった。
ずぶずぶと、私の視界から彼は消えていく。
引き上げなければ、きっと自然に浮き上がってくるのを待つしかない。
「お散歩、しませんか」
だから私は引き上げた。精一杯の力で。
「……濡れますよ?」
「構いません」
「風邪、引きます」
「大丈夫です。惹きませんから」
どうも風邪さんは、私がタイプではないらしい。
一度も私に惹かれた事がないというのは、それはそれで寂しい。
「……仕事が」
「終わってますよね」
知っていました。
私が話しかけた時から、貴方は銃声を鳴らしていない。
「……少しだけですよ」
彼は錘のついた腰を持ち上げる。
まるで事務所はムショのよう。
私の足を、鎖が縛る。私が誘ったはずなのに、思うようには進めない。
きっと、伝えられること葉は少ないから。
「では、生きましょうか」
それでも私は歩かなくてはいけない。無期限の刑期は、今破られたから。
「……はい」
牢屋の扉を開けて、彼は外へ出て生く。
私は、その後を憑いていく。
幽霊のようだ。私は。
見えもしないものを見て。見えるはずのものを見ないで。
「どれが楓さんの傘ですか?」
「私の暈はこれです」
バッと彼の前で暈を開く。
飴色の空に、金環日食が咲いた。
「えっと、俺の傘は……」
「暈、一つでいいと思います」
「え、いやでも」
「二人で入ればいいじゃないですか。哀愛暈、です」
そう、この暈に入れるのはお互いに辛い想いを持っている人だけ。
愛し、哀され。人々はできてる。
「……楓さんが、いいのなら」
「ええ、構いません」
そっと、彼は私に実を寄せた。
彼は熟した林檎。私はまだ青い果実。
どうも、相反して赤くなってしまいそうだ。
「……」
飴の降る町を、二人、哀愛暈で歩いていく。
ぽつ、ぽつりと。
飴の音だけが聞こえてくる、静かな喧騒。
「……私は」
「へ?」
最初に口を開かせたのは、私。
「私は、誰かと付き合った事はありません。ですがプロデューサーが悪いとは……」
「……いいえ、俺が悪いんです。気にしないでください。俺が、この仕事に熱心に……ああいえ」
そこで彼はこと葉を一旦切り、二つに分かれたこと葉を見やった。
どちらを放すべきか、悩んでいるようだ。
「この仕事を熱心にやりすぎたのが、問題だったんです」
「……プロデューサーの仕事を理由に、降られたんですか」
「……ええ」
当たり前だ。熱くなりすぎた心は、水で冷やさなければならない。
空から降った飴は、さぞ、冷蔵庫でキンキンに冷やされていたのだろう。
「……もう一つ、理由、ありますよね」
「え……」
ただ、貴方が放したこと葉は、私の欲しかった方ではなかった。
私が欲しかったのは、貴方が口に押し留めたもう一つのこと葉。
「それは……」
口篭る。
もごもごと、こと葉を歯で磨り潰して、飲み込もうとしているようで。
良薬を飲んでいるような苦々しい表情で、貴方は立ち竦んだ。
「……まだ、言えません」
「癒えませんか」
彼の心に残った傷は、そう簡単には治らないようで。
いいえ、治せないようで。
「ええ……今は、まだ」
「では……待っていますから。いつか、話せる日を」
「……はい」
彼のその返事に、私は微笑んだ。
「あ……」
ふと、傘を下げると雨はすっかり止んでいた。
空には、お日様が顔を出している。
「雨、止みましたね」
「そうですね……じゃあ、事務所に戻りましょうか」
「はい」
次に、飴が降るのはいつになるのだろう。
きっとその次の飴が降る日に、貴方は今日飲み込んだこと葉を放してくれるだろう。
顔を出したお日様は「残念だったな」と言わんばかりに笑い。
私の心は、混ざり合った飴たまりのように、複雑だった。
終わり
他人の見る風景を言葉で表す事はとても難しい事だと学びました。
一応、誤変換はありません。『こと葉』なども全て意図的なものです。
それでは、ありがとうございました。
あとお気づきかもしれませんがタイトルは
楓「飴の降る町で」
です。タイトルミス申し訳ない。
このSSまとめへのコメント
良かった