穂乃果「東京は、 くもり のち 晴れ !」 (19)


 そりゃ穂乃果だって
 地球が止まってる ように見えて
 実は ぐるぐる回ってることくらい分かってるし、

 自転するおかげで
 お日さまと お月さまが ぐるぐる 無限に追いかけっこして
 昼と夜とが回ってる って分かってる、
 分かってるんだよ、

 しかも 地球はひとりで回ってるだけじゃなくって
 太陽の周りを ぐるりと一年かけて 回ってるもんだから、
 いま 穂乃果の目の前が 真っ暗くもり空で
 分厚い雲のおふとんが 視界ぜんぶを ふさいじゃってたってさ、

 きっと どっか遠い国、
 さっき テレビでやってた外国の天気、クアラルンプールとか?
 ボスニア=ヘルツェゴビナとか?ストラストビーチェとか?
 よく知らないけど、

 私の知らないとこでは 太陽がさんさんに降ってて
 穂乃果の分まであっためてくれてるんだ、そんなの分かってる、
 分かってるんだって ほんとに、

 だから 今日がくもりでも
 自分のターンまでガマンしなさいって、そりゃあね、うん……。



 って、そんなの知らないよっ!


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 きょうは朝練、
 いつもより一時間早い目覚まし。

 十一月すぎると晴れてる方がめずらしくって、
 ぶっちゃけ布団のなかもそとも変わんないって感じで、
 目覚めたー!おはようーっ!って感じになれない。

 最近なんか雪穂やお母さんに怒られてばっか。
 あと海未ちゃん。

 ここ最近の東京じゃあ 私の太陽はそっぽ向いてばっかで、
 ぽかぽか暖まれた気がしない。

 いってきまーす、なんて声も重たい、まだ眠たいから。


 布団の中から出られないまんま、
 こんな日がずっと続くような気がして、
 携帯カイロなんかじゃ 指先の皮膚はあったまらなくって、
 私の温度もどんどん下がってさ。

 乾燥した空気が肌をどんどんカサつかせて、
 穂乃果なんて すっかり干からびちゃいそうでね。

 カバン抱えて 自分の身体を引きずってるだけで、
 こんな顔みんなに見せらんないな
 学校ついたら 顔でも洗って切り替えよって
 いつも登る歩道橋を
 わざとスルーして ビルの陰に沿ったルートにしたの。

 そしたらね、


「あれ……穂乃果、ちゃぁん?」

 って、声が上からきこえた。
 ぽかぽかした、日だまりみたいな声が。


 花陽ちゃんだ。
 私、ちゃんと手を振れたよ。
 笑顔だったよ、たぶん。

 頭の上、歩道橋の真ん中ちょっと過ぎたとこ、
 花陽ちゃんはくもり空の弱い光を受けて、

 でも見上げた場所で穂乃果に笑いかけてくれるあの子が
 今でも きらきら輝いてるみたいで、
 立ち位置と 陽の当たる向きと 影の関係かな、

 あの子が 太陽みたいにみえちゃって。


 駆け寄ってきてくれる。
 わざわざ、私の方まで引き返して。

 すててててって階段を駆け下りて、
 おはよう、
 穂乃果ちゃん、
 って名前呼んでくれる。

 さっきまで じめじめしてたのが嘘みたい、
 日だまりひとしずくを すくって集めたような、あったかい感じ。

 いつもだったらなんも考えずに、ぎゅーってしてたかな。
 でも、
 私はあはは、おはよう、ってわらうばかりで、
 自分の声も乾燥してつめたくなっちゃってて、
 なんかもう、調子わるいなあって。


 花陽ちゃんのお話を聞くのがすきだった。
 っていうより、
 声をずっと聞いてたかった。

 学校に向かう間も、帰るときでも、
 私の知らないことをたくさん知ってて、
 アイドルの話とか、お米の炊き方とか、なんだっていいの、

 とにかく このやわらかくってお日さまみたいな女の子には
 私の知らない世界がいっぱい詰まってて、
 宇宙の神秘みたいで、
 冬の朝に ストーブにあたるみたいに 惹かれてっちゃうんだ。

 こころより先に、からだの方から、花陽ちゃんの方へ。


「花陽ちゃん、今日、さむいね」

「そうだね。……でも、きょうはあったかいよ?」

「そう、かなぁ?」

 いつもより3割増しで陰った雲の下で、
 まだ開いてないタワレコのおっきな看板の下で、

 (なんとかっていうアイドルが全面に映ってた。
  花陽ちゃんがすっごい興奮してて、
  なんでか 夕暮れ みたいにさみしくなった)

 それなのに、
 花陽ちゃんはたのしそうだった。


 きっと、
 花陽ちゃんの こころの国は晴れきってて、
 今日だって誰かを照らせるぐらいなんだ。
 にこちゃんや凛ちゃん、
 真姫ちゃんの方までぽかぽかと暖めてるんだ。


 こっちのターンになって、穂乃果の季節になっちゃえばいいのに、
 って思ってたりするんだけど。


「きっと、穂乃果ちゃんと一緒だからだよ」

 ……ふぇ?


 って、花陽ちゃんのうつむいた顔、
 近づいた腕の熱、
 そんなの気にする間もなく信号が青になって
 私たち向こう岸へ渡ってしまう(でないと遅刻しちゃうから)。

 これから会社に向かう大人の人たちに流されるようにして、
 私も花陽ちゃんも学校に近づいてく。

   だけど、だけど!

 どうしよう、急にそんなこと言わないでよ、穂乃果、
 穂乃果ったら、


「……そんなにあったかくないよ」

 なんて口にしちゃう私。
 つめたい声。


 ああもう わけわかんないよね。
 伝わんないよね 私のこころ。
 いっつも 主語と目的語が抜けてるとかって
 海未ちゃんに言われたりするもん。


 信号渡りきって
 あのファミマのとこ曲がったら もう学校着いちゃう。
 花陽ちゃん黙ったまんま。
 顔洗っとけばよかった、
 陽は陰ったまんま、

 ああもう今日だめだ寝てたかった
 って言ってもしょうがないし
 学校着いたら切り替えて いつもの高坂穂乃果に、


「……穂乃果ちゃんは、あったかいです!」


 次の瞬間、

 私は花陽ちゃんにぎゅってされた。


 うわ、わわっ、ええと、急に、どうしたの?

  ええっとその、


「あのね、花陽はっ、
 ……穂乃果ちゃんみたいに、
 みんなをあっためてくれる、照らしてくれる人になりたいって、

 ずっと思ってるの」


「……そんなの、買いかぶりだよ」


 私はそんなんじゃない。
 太陽じゃなくって、太陽ごっこしてるだけ、
 私だって みんなに笑顔になってほしいし、そうしてるだけ。

 花陽ちゃんの方が、ずっとずっと自然で、


「それじゃあ、曇りの日は、私があっためてあげるね」

 って花陽ちゃんが言ってくれた。


 これだけ聞いても意味わかんない、伝わんない言い方で。

 穂乃果と花陽ちゃんにしか伝わんない国のことばで。


 だからかな、
 ぽっ、って心の奥に光がさした、
 制服越しに感じる熱源がとってもいとおしくて、

 あ、私もう大丈夫だ、って思えちゃった。


 単純でちょろいけど、思わずわらっちゃって、
 それが反響しあうように 花陽ちゃんにも伝わって、
 ろうそくの火を近づけて
 もう一本にも火をともすように、私の心が晴れてくる気がしたの。


 天気予報だと、昼までには晴れるみたいですよ。

 って、すぐそばで教えてくれる。
 テレビで言ってたみたい。

 穂乃果はテレビつけたら
 NHKの外国の天気しか映ってなくって、
 見逃してたから、東京の晴れ模様なんて知らなかった。

 でも、
 花陽ちゃんが言うから、
 きっと昼には晴れるんだ。


 って考えたら今にも雲のスキマから光がもれだしてきたような、
 単純だけど、そんな気がしたんだ。


 ねぇどうしよう、学校着いちゃう。
 どきどきしちゃって、汗かいちゃいそう。

 でももうちょっとだけ、
 雲のお布団の中で、
 私の太陽にふれててもいいかな。

 そしたら穂乃果、もう、大丈夫だから。


おわり。

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