まどか「鹿目……まどか? 私が!?」(178)


先生「はい、と言う訳で今日は転校生を紹介します」

さやか「って、普通そっちが先でしょ!?」

学校の先生としては些かおかしいホームルームの進行に、“美樹”さやかちゃんからすかさずツッコミが入る。
直後、何事も無かったかのように教室の戸が開き、長い黒髪を靡かせて、一人の女の子が入ってきた。

            ・・・・・・・・
私の頭の中にある台本の通りに……、

俄に騒がしくなった教室の中で、その女の子は周りの騒ぎなど一切省みることなく私の方をキッと一睨みして、それから自己紹介を始める。


『暁美ほむらです』と……、


まどか(やっぱりほむらちゃんも“あっちの”ほむらちゃんなんだね……)

暁美ほむらと名乗った女の子の一挙一動を横目で見ていた私は、その動きの自然さに内心ため息をついた。
最後の望みもこれで絶たれてしまった訳だけど、それを私は顔には出さなかった。
だって私は……、




私は、“役者”なのだから……、





私は“鹿目まどか”、見滝原中学に通うごく普通の中学二年生。

と言うのが、“この世界での”私の設定。
設定、と言うのは少なくても私の記憶の中では、ここは私が本来居るべき場所では無いから。

私の本当の名前は“悠木まどか”。
一年前にドラマ『魔法少女まどか☆マギカ』でデビューした駆け出しの役者、それが本来の私。

“鹿目まどか”はそのデビュー作で私が演じたドラマの主人公の名前で、
名前が同じ“まどか”である事などからドラマのヒットと同時に私の代名詞となった役だ。

今、私はその“鹿目まどか”になっている。
比喩ではなく文字通りの意味で……、

まどか(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)

一年前に演じた時と全く変わらない喧騒の中、私はそう思わずにはいられなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私がその異変に気が付いたのは今朝の事。
ドラマのヒットを受けて、『魔法少女まどか☆マギカ』の劇場版を作る事になり、共演者の皆と久しぶりに顔を合わせる事になっていた。
一足早く収録スタジオに着いた私はまず監督に挨拶をしに行った。

まどか「おはようございま~す!」

監督「おっ、まどかちゃんじゃないか、相変わらず元気が良いね。今度の劇場版もよろしく頼むよ?」

まどか「はいっ!任せて下さい!」

監督「じゃあコレ、今回の台本ね。 ドラマ版と同じ台詞も多いけど、一応目を通しておいて」

まどか「あっ、はい、分かりました」

そんな会話をしつつ劇場版用の台本を監督から貰った私は、読み合わせをする為に一旦控え室に戻る事にした。

まどか「う~ん、ほむらちゃんたちと会うのも久しぶりだなぁ。 早く来ないかな?」

ドラマで共演したことをきっかけにメールやお茶をする仲になった斉藤ほむらちゃんや喜多村さやかちゃん、
水橋真美さんたちとの再会に心を躍らせながら私はスタジオ内の廊下を歩く。

まどか「私の今の姿を見たらどんな顔をするかな? びっくりするんじゃないかな?」


一年前のドラマ版収録時、作中の『鹿目まどか』ちゃんぐらいの長さしかなかった髪は、少し伸びて胸の辺りまで来ている。
少しだけだけど、体格……と言うか、胸だって成長してきている。
完全にお子様扱いされてしまったあの時より、格段に大人っぽくなっている自信が、私にはあった。
髪の方は役作りの為に本番までには切ってしまうのだけど、このぐらいのサプライズはあってもいい筈。

まどか「散々からかってた杏子ちゃんとかどんな顔をするかな? 今から楽し……、あ、あれ?」

その異変に気が付いたのはちょうどその時だった。
なんだか急に目が霞んできたかと思うと、強烈な倦怠感と言うか睡魔に襲われた。

まどか「あ……れ……? わたし、一体……どうしちゃ…………」

睡魔は強烈で、私の意識は急速に薄れていって……、




私はそのまま意識を手放した……。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「……ん? あれ? ここは……?」

気が付くと私はベッドの上で眠っていた。
閉じたカーテンの隙間から射す光の中、部屋の中には多数のぬいぐるみと様々な椅子が並んでいる。

どれも私の自宅の部屋には無いインテリアだ。

まどか「コレってドラマのセットの……、っ!? うわわっ! ご、ごめんなさいッ!」

気付くと同時に、私は跳ね起きた。
私が寝ていたのは、ドラマの撮影で使う“鹿目家の自室”だったのだ。

まどか「す、すいません! うっかり寝ちゃいました! ……あれ?」

最初は演技の途中で本当に寝てしまったのだと思った。
部屋の内装はスタジオ内に設置されたセットと全く同じだったし、
服もいつの間にかドラマ内で着ていたパジャマになっていたから……。

でも、すぐにおかしな事に気が付いた。
いつもならある筈の撮影用の機材や、音響機材などがどこにも無く、
ngだと思って飛び起きたのに、「カット」の一言も、スタッフさんの声もしなかった。


まどか「どうなってるの?」

首を傾げながら、私は部屋の中を見回す。
セット特有の張りぼて感と言うか、作り物感がその部屋からは一切感じられなかった。
むしろ、生活感すら感じるその雰囲気は本物の家のようで……、

まどか「まさか……、そんなことある訳が……、っ!?」

廊下へと通じるドアをそっと開けた私は、次の瞬間息を呑んだ。
スタジオ内のセットならある訳が無い廊下が、一階への階段が、その先に広がっていたのだ。

まどか「アハハ、ウソ……だよね? ドッキリか何か、だよね?」

そうであって欲しいと願いつつ、私は部屋を出た。
“本来ならそこに無い筈の”階段を降りた私を、“鹿目家”の人たちが出迎えたのはすぐ後の事だった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか(その後が大変だったんだよね……)

“ママ”こと“鹿目詢子さん”の事を詢子役の『後藤さん』と呼んでしまったり、
通学路が分からなくて、変な道に入ってしまったり、
登校中に、さやかちゃんや仁美ちゃんに、芸名で呼び掛けてしまったり……、

まどか(おかげで朝から家族会議に発展しかけたり、可哀想な人を見る目で見られちゃったり、今朝だけでもうボロボロだよぉ……)

机に突っ伏したまま、私は頭を抱えた。
朝からの一連の出来事はどれも衝撃が大きすぎて、私の疲労感は溜まる一方だった。

まどか「ハァ……、どうしたら良いんだろう……」

一人でぐったりしている私をよそに、私を除いた他のみんなは私の記憶の中にある台本の通りに進んでいる。
もうコレは認めなくてはならないのだろう、役者として演じる“物語”でしかなかった『魔法少女まどか☆マギカ』の世界に来てしまったと言う事実を……。

まどか(って、あれ? 台本の……通り?)

その時になって、私は初めてその事実に気が付いた。
台本通りと言う事は、このあとに私を待ち受けている運命は……、


まどか「わわっ!? それじゃあマズいじゃん!」

先生「コホン、鹿目さん、何がマズいんですか?」

まどか「あっ……」

低い先生の声に私の意識は引き戻された。
気付くと私はクラス中から視線を集めていて、静かに微笑む先生の額にはうっすらと青筋が浮かんでいた。

先生「何がマズいんですか?」

まどか「……すいません、考え事をしてました」

先生「色々と悩めるお年頃なのは先生も分かります。 ですが、今は授業中です。授業に集中して下さいね?」

まどか「はい、すいません……」

先生「座って宜しい。 授業を再開します!」

先生らしい(実際、この世界では先生なのだけど……)注意が終わり、授業が再開される。
私が席につくと、私に集まっていた視線も自然となくなり、私はため息をついた。


多分、今の私の顔は真っ青になっている筈だ。
だって、台本の通りと言う事は……、

まどか(このままじゃ私、世界を滅ぼす魔女か、世界を救う概念になっちゃう!?)

世界を滅ぼす程の力を秘めた少女、鹿目まどかが苦境を乗り越えて、その悲劇を打ち破る希望の神さまになるお話。
それが『魔法少女まどか☆マギカ』だ。
お話としては綺麗だし、内容的にはハッピーエンドだとは思う。でも……、

まどか(私は皆に夢を与える役者になりたいの……。 魔女や概念になんてなりたくないよ……!)

このまま進んでしまったら、私はどうなってしまうのだろう?
そんな不安が終始拭えなくて、私は結局、その授業をマトモに聞くことが出来なかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか「ちょっとちょっと、さっきはどうしちゃったのさ? まどかにしては珍しく声まで上げちゃって……」

まどか「あはは、ちょっと、ちょっと……ね?」

一限目が終って休み時間に入るなり、さやかちゃんが声を掛けてきた。
授業中は嫌なことばかり考えてしまって、思わず顔に出してしまったけど、仮にも私は役者なのだ。
今の受け答えだけなら、自然にやれた自信が私にはある。

まどか(とは言え……)

本来ならここでは転校生、つまりほむらちゃんの話題だった筈なのだけど、さっきの私の行動で上書きされてしまったらしい。
幸い、私と作中の“鹿目まどか”はキャラクター的には大差ないので、アドリブでもやれないことはないのだけど……、

さやか「ふーん、そう言えばさ、今朝のhrの転校生、まどかにガン飛ばしてなかった?」

あっ、やっぱり出るんだ。その話題……、

まどか「そ、そうかな? 気のせいじゃないの?」

ごめんなさい、むしろ私の方がマジマジと見てました。


さやか「そうかなぁ? なんかまどか、今朝から様子おかしいよ?
    あたしの事を『喜多村さん』なんて呼んだり、さっきのだってそうだし、保健室に行った方が……」

???「鹿目さん……」

まどか「だ、大丈夫だよ。 本当にちょっとだけ考え事をしてただけだし……」

笑顔で取り繕いながら私は乾いた笑いを漏らす。
と同時に、目の前のさやかちゃんは、私のよく知る喜多村さやかちゃんが演じる美樹さやか、ではなく、
純粋な“美樹さやか”なのだと改めて突き付けられたような気がして、少しだけ、気が重くなった。

???「鹿目さん?」

まどか「…………」

さやか「……まどか、呼ばれてるよ? 例の転校生に……」

まどか「えっ? あっ、ゴメン!」

さやかちゃんに言われて、私は慌てて振り返った。
考え事にふけるあまり、「鹿目さん」が私の事だと、気付けなかったのだ。


振り返った先には少し不機嫌そうな顔をした“暁美”ほむらちゃんが立っていた。

ほむら「鹿目さん、貴女、保険委員よね? ちょっと保健室に案内して欲しいんだけど……」

まどか「えっ?あっ、うん……、分かった。それじゃ、付いてきて……。 さやかちゃん、私ちょっと行ってくるね?」

さやか「はいはい行ってら~」

片手をひらひらと振るさやかちゃんに見送られて、私はほむらちゃんと教室を出た。




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『魔法少女まどか☆マギカ』は近未来的な発展を遂げた世界の見滝原と言う架空の都市が舞台で、
なるべくそのイメージに近づける為に学校や市街地と言ったロケ地は広範囲に広がっている。

私が今朝、通学路が分からなかったのもその為で、この街の地理などもさっぱりなのだけど、
学校だけは例外で、ある私立校を貸し切って撮影をした為、校内の構造だけは頭に入っていた。

まどか(まあ、この場面はほむらちゃんの後に付いて歩けば良いんだけどね……)

「案内して」と言った割には私の先を堂々と歩いているほむらちゃんの背中を見ながら、私はボンヤリと考える。
このほむらちゃんがドラマの設定通り、何度も同じ時間をやり直し、数多の時間軸を見てきた“暁美ほむら”ちゃんなら、校内の構造ぐらい分かっている筈だ。

まどか(ん? ちょっと待って、数多の時間軸を見てきた……?)

そこまで考えて私はふと気が付いた。
本当に設定通りであるなら……、

ほむら「…………」

私が何も言わない上に、急に足を止めたので、痺れを切らしてしまったのだろう。
ほむらちゃんはキュッと足を鳴らして振り返ると……、

ほむら「鹿目まどか、貴女、家族や友達の事……」

まどか「『大切だと思う?なら、この先何が起ころうとも「自分を変えよう」だなんて決して思わないことね』 だよね? ほむらちゃん……」

ほむら「なっ!?」


言おうとしていた台詞の続きを言われ、ほむらちゃんは絶句する。
この場面は私が初めて撮影をしたシーンで、暁美ほむら役の斎藤ほむらちゃんと何度も練習をした場面だ。
例えほむらちゃんの台詞だろうと間違える訳がない。

ほむら「鹿目まどか、貴女一体どうして……?」

まどか「ちょっと信じられない話なんだけど、聞いてくれないかな?
    実は私、ほむらちゃんの知ってる“鹿目まどか”じゃないの……」


その後私は、保健室に誰もいなかった事を幸いに、今朝起こった一連の出来事をほむらちゃんに打ち明けた。
私のもと居た世界の事や、私の世界ではほむらちゃんの話がドラマになっていた事も私は包み隠さず話した。

ほむら「……成る程ね。 貴女は魔法少女の歴史がドラマ、架空のお話だった世界で、まどか役を演じた役者だった。
    だから魔法少女の真実も、私の目的も、この後降りかかる悲劇についても知っている。 と言うことね?」

まどか「うん、大体そんな感じかな……。 それで、出来れば私に協力……」

ほむら「お断りするわ」

まどか「えっ?」

静かに、それでいてハッキリとした拒絶に私は思わず動きを止めた。
私を見るほむらちゃんの目は冷たくて、表情は苦虫でも噛み潰したように苦渋に満ちていた。


ほむら「つまり、貴女はこの時間軸の“まどか”ではない別人と言うことよね?」

まどか「そうなる……のかな?」

ここが実際に魔法少女や魔女が闊歩する物語の設定通りの世界というのなら、そういう事になるのだろう。
この世界にとって昨日、或いは“私”がここに来るまでは、この世界の“鹿目まどか”が居た筈だ。

ほむら「私が救いたいのは私の親友の“鹿目まどか”なの。 偽者の貴女じゃないわ。
    それに、この世界から“まどか”を奪ったのは貴女なのでしょう? なら、尚更貴女の願いを聞く気にはなれないわ」

まどか「そん……な…………」

「なんで!?」と一瞬問い掛けようとして、私は止めた。
ほむらちゃんの言い分は最もで、私が“鹿目まどか”では無いのは事実なのだ。

そして、“私”が“まどか”ちゃんのポジションを奪ってしまったのも間違いなく事実で……、

ほむら「開始早々、また一ヶ月、無駄にする羽目になるなんてね……。
    出来れば貴女とは関わりたくないわ。 私には話しかけないで頂戴、“悠木まどか”……」

そう言って立ち去っていくほむらちゃんの背中を、私は黙って見送ることしか出来なかった。






書き溜め分投下終了。
ss速報の小ネタすれから来ますた。
簡単に言えば、オチを知ってるまどっちが最初から居たらどうなるのか?と言う話。

更新はたぶん不定期。と言うか行き当たりばったり。
展開予想どんと来い、使えるネタは拾います。

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                    世界を救う正義の味方も、

                      摩訶不思議な魔法も、

                    誰もが憧れる素敵な恋愛も、



              テレビの中だったら当たり前のように存在していた。


            夢と憧れがたくさん詰まったその世界に私も立ってみたい。
              そう思い出したのは何時の日からだったのか……。


    兎に角、その想いを自覚しだした頃から、私は夢に向かって歩き出していたのだと思う。


        見ている人に夢と希望を与える役者になりたい。そんな夢に向かって……。




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仁美「まぁ、それではまどかさんはその転校生さんを怒らせてしまったんですね?」

まどか「うん、そうなんだ……」

さやか「ふーん、転校生がなんか不機嫌だったのはその所為なんだ?
    人懐っこいまどかにしては珍しいね? 地雷でも踏み抜いた?」

学校が終わって放課後、さやかちゃん、仁美ちゃんとのお茶会の席での話題は、やっぱりほむらちゃんについてだった。
保健室の一件で、“私”とほむらちゃんが絶縁状態になってしまった為、話の内容は大きく変わってしまったけど……、


ほむら『私が救いたいのは私の親友の“鹿目まどか”なの。 偽者の貴女じゃないわ』


まどか(偽者……か……)

唯一、頼りになりそうな暁美ほむらちゃんからの明確な拒絶。
私のやってきた事が「偽者」と一言で切り捨てられたのもショックだったけど、
あの時の怒りと諦めと、色々な感情が混じったほむらちゃんの表情は、見ているこっちが辛くなるほどで……。
私がほむらちゃんにあんな顔をさせてしまったのだと思うと、気分は重くなる一方だった。


仁美「あら?もうこんな時間ですの? ごめんなさい、私、お先に失礼しますね」

さやか「あれ?今日も習い事? 毎日ハードだよねぇ……」

仁美「それでは、また明日、学校で」

まどか「あっ……、うん、また明日ね」

さやか「頑張れよー、お嬢様!」

仁美ちゃんが帰る時間になり、私たちは喫茶店を出た。
確か、この後は……、

さやか「……さて、まどか、ちょっとcdショップに寄っても良い?」

まどか「あっ、うん、何時ものだよね? 良いよ」

さやかちゃんの後に続きながら、私は相槌を打つ。
今の所、小さな違いはあれど、大筋では台本通りに進んでいる。
つまり、この後のcdショップ巡りの最中にキュゥべえが接触を図ってくる筈なのだけど……、

まどか(キュゥべえ、か……)

『魔法少女まどか☆マギカ』のマスコット的存在にして、骨子を担う黒幕相当のキャラクター、それがキュゥべえだ。
どんな願いでも叶える代わりに、少女を過酷な運命の待ち受けている魔法少女に仕立てる宇宙からの使者。

まどか(願いを叶える……。 キュゥべえにお願いすれば、私も元の世界に帰れるのかな?)


さやかちゃんと別れて、適当に試聴しながら、私は考える。
数多の平行世界が設定されている世界観とは言え、こんな都合の良い願いが、そう簡単に通るのだろうか?

まどか(ん?ちょっと待って……、そもそもキュゥべえは、今日本当に来るのかな?)

確かドラマでは“鹿目まどか”を契約させまいとするほむらちゃんに襲われて、助けを求めてきた筈だ。
でも、今回の世界ではほむらちゃんは“私”を救うつもりは無いと言っている。
ほむらちゃんがキュゥべえを襲う理由は“私”の正体を知った時点で無くなっていると言っても過言ではない。

そんな不安に、私が苛まれた、ちょうどその時のことだった。
私の頭の中に直接響くようなあの声が聞こえたのは……、

???『まどか……、まどか……!』

まどか(っ!? 来たっ!)

???『まどか……、いや、“悠木まどか”と言うべきかな?』

まどか「えっ? なん……で……?」

いきなり正体を看過された事に、私は思わず声を漏らしてしまう。
予想外の出来事に混乱する私に対し、キュゥべえからのテレパシーは淡々と続いている。


???『場所は大体分かるかな? 僕はそこで待っているよ』

まどか(行くしかない……、よね?)

疑問は尽きなかったけど、私に残された選択肢はそれしかない。
私は試聴をやめてcdショップを飛び出すと、改装中のフロアの方へと駆け出した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「はぁっ、はぁ……っ、確かドラマだとこの辺りで……」

キュゥべえ「やぁ、良く来たね。悠木まどか……」

薄暗い改装中フロアの中、ちょうど中央の所にその生き物は立っていた。
愛称はキュゥべえ、正式名称・インキュベーター。
私の世界では『カワイイ顔をしてぶん殴りたい動物2011』に選ばれた色々な意味での黒幕。

まどか「っ! キュゥべえ!? なんで? どうして私の正体を!?」

キュゥべえ「キミは知っていると思うけど、僕たちは人間の魂を扱う。 中身が変わった事ぐらい、僕たちには一目瞭然さ」

表情一つ変えることなく、キュゥべえが言う。
ネコに耳のパーツを付けて撮影をしていた時は、お利口さんなネコちゃんとしか思わなかったけど、
こうして実際に見ると、見た目の可愛らしさに反して、薄ら寒いものを感じてしまう。

キュゥべえ「元々“鹿目まどか”には注目していたからね。
      それにしても驚いたよ。 まさか異次元の存在と入れ替わってしまうとはね」

まどか「異次元? 平行世界じゃないの?」

キュゥべえ「その言い方でもアリだとは思うけど、キミの居た世界と、この世界では根本的な部分から異なっているようだからね。
      キミから見ると、この世界はフィクション、つまり紙の中の存在であり、僕たちから見ると、その脚本はまさしく神の見えざる手となる。
      ここまで異なるのなら、これは最早、次元が異なると言っても過言ではないと僕は思うね」

キュゥべえ先生、何を言っているのかさっぱり分かりません……。

私の頭の上に疑問符が出ているのが分かったのか、キュゥべえはやれやれと言うように肩を竦めると、一つ咳払いをして、話を切り替えた。

キュゥべえ「さて、おしゃべりはコレぐらいにして、早速本題に移ろう。 悠木まどか、僕と契約して元の世界に戻りたくは無いかい?」

まどか「戻れるの?」

キュゥべえ「勿論さ。 “鹿目まどか”の資質も凄かったけど、異次元人のキミが持つ資質も飛びきりのモノだからね。
      原因が分からないとは言え、一度は起こった事象なんだ。 戻せない道理がないだろう?」

まどか「…………」

言われてみればその通りだ。
どんな奇跡か分からないけど、一度は起こった奇跡なのだから、逆が起こせないという事もないだろう。
キュゥべえ曰く、資質的には問題ないらしいから、願ってしまえばすぐに戻れるのだろうけど……、

まどか「キュゥべえ、もし“私”が契約で元の世界に戻ったら、こっちの世界の私はどうなるの?」

キュゥべえ「? キミは不思議なことを聞くんだね? 自分が居なくなった後の事を気にするなんて……」

まどか「いいから答えて」

キュゥべえ「……おそらくだけど魔法少女になった“鹿目まどか”が残されるんじゃないかな?
      この世界ではキミは一応、“鹿目まどか”と言うことになっているからね」

まどか「そう……なの?」


キュゥべえ「こんな事例、長年人類と付き合ってきた僕たちにも初めての事だから、断定は出来ないけどね」

まどか「…………」

契約すれば、私は元の世界に戻ることが出来る。
本来なら願いを叶えた“私”が負うべき責務を、この世界の“鹿目まどか”に擦り付けて……。
何れもキュゥべえがそう言っているだけで、実際にどうなるかは分からない。
分からないけれど……、

まどか「ゴメン、キュゥべえ、私、今はまだ契約出来ない……」

キュゥべえ「ふむ、キミはつくづくおかしな事を考えるね。 まぁ仕方ない、無理強いは僕らとしても出来ないからね」

勝手に“まどかちゃん”のポジションを奪ってしまった“私”が、この上に更に魔法少女の使命までまどかちゃんに押し付けるような真似は流石に出来なかった。
それに、もしかしたらキュゥべえに頼らないで元の世界に戻る方法も、この世界に隠されているかもしれない。
確証はないけど、やってみる価値はあると思う。

さやか「おーい、まどかーっ!」

キュゥべえ「おや? 美樹さやかも来た様だね。 でもタイミングが悪いなぁ……」

まどか「えっ?」

キュゥべえの言葉に嫌な予感がした私は振り返る。
世界が歪み、極彩色の不気味な空間があたり一面を覆い始めていた。


まどか「っ!? コレって!」

さやか「えっ? なにこれ? どうなってるの!?」

さやかちゃんも異変に気が付いたのだろう、戸惑いに満ちたその声は震えていた。
そうこうしている間に、私たちは髭のついた綿のお化けに取り囲まれてしまう。

さやか「冗談だよね!? あたし、悪い夢でも見てるんだよね!?」

まどか「…………」

理解の範疇を超えた光景にさやかちゃんは身体を竦ませる。
一方の私は、cgとは言え同じ光景を見ていた所為か、そんなさやかちゃんよりも幾分か落ち着いていた。

まどか(アレが“使い魔”なんだ。やっぱり実物は違うなぁ……。 キモカワイイってこー言うのを言うんだろうな~)

うん、訂正、やっぱり私も落ち着けてないや。
これは、落ち着いてるんじゃない、ただの現実逃避だ!

まどか(そろそろ真美さん……、もといマミさんが来る筈だけど、それまでどうにか持たせなきゃ!)

と、言うわけで“私”のステータス!



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  ~鹿目まどか(悠木まどか)~

 体  力 【c】  長丁場の撮影など、体力は役者の資本です。
 度  胸 【a】  役者は度胸! アドリブだってなんのその!
 魔  力 【―】  普通の人間に魔力なんてある訳ない。
 戦闘力 【e】  役者とは言えあくまで一般人。 あって無い様なレベルである。

 因  果 【s】  異次元人と言うイレギュラー故のこの因果! 現状では宝の持ち腐れでしかないが……、


  【特殊技能】

 1)鹿目まど化 【s】

普通にしているだけで“鹿目まどか”になれる。
現実世界では監督と脚本家が『鹿目まどかが台本から飛び出てきた』と評したほどの見事な“まどか”っぷり。
ただし鹿目夫妻や美樹さやかなど、血縁者及び関係の深い人が鋭く突っ込むと瓦解するだろう。


 2)記憶力 【b】

ある意味最大の武器、事実上の予知能力と言える。
ただし、『まどか☆マギカ』の本筋から外れたり、ドラマでは描写が無かった部分では使い物になりません。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



まどか(ダメだったーっ!!)

対人関係なら兎も角、現状では全くに役に立たない。
自身の無力さを呪っている内にも使い魔たちはじりじりと詰め寄ってくる。

と、その直後、何処からとも無く黄色いリボンが飛んできて、使い魔たちを一気に切り裂いた。

???「貴女たち、危ないところだったわね。 でも、もう大丈夫よ」

さやか「えっ? えっ?」

まどか(マミさん!)

金髪の髪をなびかせて颯爽と降り立ったのはドラマ序盤の盛り上げ役だった巴マミさんだ。
(盛り上げた方向は限り無く斜め上なのだけど)今の状況では何よりも頼もしく見える。

さやか「すっご……」

まどか(これは憧れちゃうのも納得だなぁ……)

見惚れるさやかちゃんの脇で、私は別の意味で感心していた。
バレエで培った水橋真美さんの身のこなしと、ワイヤーアクションを多用したドラマでの演出も凄かったけど、目の前の光景はそれを遥かに上回る。


まどか(あっ、こんな事考えてる場合じゃないや……。 もう一種の職業病だよ、これじゃ……)

半ば無意識のうちにドラマ内での描写と対比しだしていた事に気が付き、私はその思考を追い払った。
直後、最後の使い魔が撃ち抜かれ、辺りの景色が元のショッピングモールへと戻り始める。

マミ「ふぅ、ざっとこんなものかしら? さて、そこの貴女、隠れてないで出てきなさい」

まどさや「「えっ?」」

ほむら「…………」

静かな、それでも有無を言わさない鋭い声に振り向くと、黒と紫を基調にした装束の少女――ほむらちゃんが物陰から出てきたところだった。

さやか「え?あれって、転校生?」

マミ「覗き見とは趣味が悪いわね。 それとも使い魔相手すら尻込みしてしまう臆病さんなのかしら?」

ほむら「無駄な争いが嫌なだけよ。 他人の縄張りに勝手に入って後ろから撃たれたら堪ったものではないもの」

マミ「あら、酷い言い草ね。 魔女は逃げたわ。今日は譲ってあげるから後を追ったら?」

ほむら「…………」


マミさんたちから不信を買う切欠になったキュゥべえ襲撃が無かった為だろうか?
幾分か棘のないマミさんに対し、ほむらちゃんは不機嫌そうな顔を崩す事無く踵を返す。
私のほうに睨むような鋭い視線を送りながら……。

ほむらちゃんが立ち去ると、マミさんは一転して柔らかい笑みを浮かべながら私たちの方に向き直る。

マミ「貴女たち、キュゥべえを守ってくれたのね? ありがとう」

さやか「えっと、あなたは?」

マミ「私は巴マミ。 貴女たちと同じ見滝原中学の三年生。 そして、キュゥべえと契約した魔法少女よ」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら(悠木まどか……。あの美樹さやかに違和感を感じさせてない辺り、ほぼ完璧な“まどか”をやれているようね……)

変身を解き、早足で歩きながらほむらは一人考える。
キュゥべえことインキュベーターが“まどか”と接触を試みるこの日、ほむらは念の為に悠木まどかの後を追いながら、一時始終を見ていた。
正体を聞いているか、インキュベーターのような特殊な判別を用いなければ、ほぼ“まどか”に見えると言うのが正直な感想だ。

ほむら(だけど……)

見ていて気が付いた事がある。
ドラマと言う絵空事としてこの世界に触れていた為だろう、どこか他人事として、この世界を見ているような節があるのだ。
その立ち位置が完全な傍観者にまで振り切れないのは、役者と言う立場ゆえにある意味では当事者だったからだろう。

ほむら(やっぱりあの子は“悠木まどか”であって、私の知ってる“鹿目まどか”じゃない。
    よく似てるだけの赤の他人なのよ。 よく似てるだけの……ね……)

それがほむらの出した結論だ。
キュゥべえも平行世界を飛び越えて異次元とまで言っているのでこの結論は正しいのだろう。

ほむら「それなのに……、何でこんなに胸が痛むのかしら……?」

思わず口をついて出た問いに答えは帰ってはこなかった。




投下終了
一話目の分がやっと終わったよ……。
ノリでほむらと敵対なんかさせるんじゃなかった……。

この後のマミさんの扱いどうしようかな?それではー

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら「私が用があるのは……」

マミ「飲み込みが悪いのね? 見逃してあげる、って言ってるの……」

ほむら「くっ…………」



監督「はーい、カットーっ!オッケー!それじゃ、30分休憩ねー」


ん? あれ? ここは……?
それにあそこに居るって、監督?
と言うことは此処って……、


斎藤「ふぅ、お疲れ様でした、水橋さん」

水橋「斎藤さんもお疲れさま。それにしても一年でまた腕を上げたでしょう? 細かい仕草や表情まで完璧だったじゃない」

斎藤「いえ、私なんかまだまだですよ……。 それより悠木さんは大丈夫なんでしょうか?」


水橋さんに斉藤さん……?
じゃあやっぱり此処はスタジオなんだ。


と、言う事は……、なんだ、さっきまでのは夢だったんだ。
そうだよね。 お話の中の世界に行っちゃうなんて非現実的な事、ある訳ないもんね。


水橋「ああ、どうなのかしら? 控え室の前で倒れてるのが見付かって、一度は意識を取り戻したそうだけど……。 心配だわ」

野中「医者曰く、どうも心因性のモノっぽいぞ。三日前まで別の連ドラやってたらしいし、無理が祟ったんじゃないか?」

斎藤「あっ、野中さん!」

野中「よっ、暇だから見に来てやったぞ」

水橋「野中さんは出番後半ですものね。 それで?悠木さんの話、もう少し詳しく聞かせて貰えないかしら?」

野中「ああ、なんかうわ言のように謝り続けてるらしいぞ。「ごめんなさい、ごめんなさい……」って……」


倒れた?私が?
どう言う事なんだろ、ちょっと聞いてみよう。

ほむらちゃん、真美さん、それって一体どういう……




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                    pppppppppppp……


まどか「――って、夢オチぃ?」

頭上で鳴り続けている目覚まし時計を、半ばげんなりとした気分で止めながら、私はむくりと起き上がった。
目の前に広がる“本物の”鹿目家を見て、私の口からため息が漏れる。

キュゥべえ「? どうしたんだい、まどか?」

まどか「…………都合の良い話なんて早々無いんだな、って思っただけだよ」

話しかけてきたキュゥべえに適当に答えながら、私は手元の目覚まし時計を見る。
時計の針は8と12を指していた。

まどか「8時か……、って、8時!? まずいまずい、遅刻だよぉっ!!?」

ベッドから飛び降りて、階段を駆け下りる。
スーツを着て、出る準備万端と言った感じの詢子さんが、呆れ混じりの笑顔を向けてくる。

詢子「おっ、やっと起きたか」

まどか「ご……、ママ、どうして起こしてくれなかったの!?」

顔を洗って髪を梳かして、身支度を全速力で整える。


詢子「起こしたさ、それでも起きなかったんだよ。
   それに昨日、帰って来たのが遅かったそうじゃないか? どうせ、寝るのも遅かったんだろう?」

まどか「うっ……」

言わせて貰えるのならその辺も全部脚本どおりなのだけど、そんな事は口が裂けても言えない。

あの後、マミさんの家で詳しい話を聞く事になってしまい、家に帰って来たのはだいぶ遅くなってからの事だった。
何も知らないさやかちゃんはマミさんやキュゥべえの説明を興味津々と言った感じで聞いていたけど、
裏事情からこの後待ち受けている運命まで知っている私からすると、特にコレといった新しい情報は何も無かった。

まどか(あそこで知っている事全部、話せたら楽だったんだけどなぁ~。 何が起きるか分からないから絶対無理だけど……)

唯一ドラマと違ったのは、ほむらちゃんへの対応で、
完全な敵対関係にならなかった事や、私がほむらちゃんを怒らせてしまった事などが重なった為か、
今日の態度と、キュゥべえの「イレギュラーな魔法少女」と言う説明だけでは断定出来ないとして保留、と言う扱いになっていた。

まどか(今日からマミさんの魔法少女体験ツアーか……。 大体ドラマ通りの流れだけど、これから先、私はどうするべきなんだろう?)

今の所、この世界はドラマ通りの流れを追いつつある。
が、“私”が介入した部分には少しずつではあるけど『ずれ』が生じつつある。

このずれは誤差程度で大勢には影響が無いのか、或いはこの後の流れを劇的に変えてしまうのか?
“私”は流れに倣うべきなのか、積極的に介入していくべきなのか?

いくら考えても答えは出なかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか『まどかはさ、何か考えてる?』

まどか『えっ?考えてる、って?』

さやか『昨日の話だよ。昨日の話』

さやかちゃんがテレパシーでそんな風に話しかけて来たのは4限目も終わりに差し掛かった頃の事。
昼休みも目前に迫り、クラス内が俄にざわつき出した時だった。

まどか『えーと……、と、特に無いかなぁ~。 そんな奇跡に頼らないとならない願いとかは……』

ウソです。
ホントは奇跡にすがってでも打破したい困難の真っ最中です。
すがったら最後、ほぼバッドエンド確定なので選択肢としては無いも同然なんだけど……。

さやか『だよねぇ……。 特にコレ!って願いも無いし、恵まれ過ぎて、バカになっちゃってるんじゃないかな』

まどか『ん~、大体同意だけど、私の場合はちょっと違うかな?』

さやか『えっ?』

まどか『恵まれてても『もっと上を目指したい!』って思うのはごく普通の事だと思うし、それは贅沢じゃ無いと思うんだ。
    それに『確実に叶う』、って手段に頼っちゃった時点で、その夢や願いは私のモノじゃなくなっちゃう気がするんだよね』


ここから先は私の私見。
普通の中学生の“鹿目まどか”ではなく、役者“悠木まどか”としての持論。

ここで言うべき事ではないのかもしれないけど、言わずにはいられなかった。

さやか『と言うと?』

まどか『ん~、キュゥべえに頼る、って事は、自力での解決を諦める、って事でしょ? 私は諦めたくないし、逃げたくない。
    例えどんなに困難で、挫けそうな道であっても、自分の力でやれる所までやりたい、そう思うんだ……。
    それで願いが叶わなくても、叶えようと努力した事は、絶対無駄にはならないと思うから……』

それは、憧れから役者を目指し、役者としてドラマや舞台に立ってきた私の経験則でもある。

華やかな見た目に対し、その道のりは楽なモノではなく、むしろ困難の連続だった。
『まどか☆マギカ』だって主役に大抜擢された後が大変で、監督をはじめ、色々な人に迷惑を掛けたし、助けても貰った。
献身的に指導をしてくれた真美さんや、同じ新人で苦労を共にした(斎藤)ほむらちゃんの励ましもあって私は頑張る事が出来た。

今ではあの時逃げずに頑張って良かったと、心のそこから思っている。

さやか『まどかが凄くらしくない事言ってる……』

キュゥべえ『分からないね。僕たちに願えば一発なのに、どうして自ら困難な道に行こうとするんだい?
      それに、努力だけでは絶対になし得ない事だってこの世には多い筈だ』

まどか『…………』

言ったそばから冷や水を掛けてくる一人と一匹。
役者の端くれとして顔には出さなかったけど、よく考えたら流石のまどかちゃんでもコレは怒ると思う。


さやかちゃん、悪気は無いんだろうと思うけど、もうちょっと空気を読んで欲しかったな……。
それとキュゥべえはまず謝れ、全世界で夢を叶えるべく頑張ってる人たちに謝れ。

まどか『……勿論、そう言う願いもあると思う。
    だからこれは私の単なる心構えだと思って聞いて……。
    少なくとも私は軽々しく契約する事はしない、って言う……』


                    キーン、コーン、カーン、コーン……


と、ここで鳴り響く授業終了のチャイム。
うぅっ、まさかチャイムにまで邪魔されるとは……。

さやか「と、そんな事やってたら昼休みだよ……。 まどか、お昼食べよ?」

まどか「うん、そうだね。 ……って、あれ?」

お昼に誘われると同時に私は、自分のカバンの中を除きこんで……、次の瞬間血の気が引いていくのを感じた。
私の顔が青くなったことに気が付いたのか、さやかちゃんが不思議そうに問いかけてくる。


さやか「ん?どうかした?」

まどか「…………お弁当、持ってくるの忘れちゃった……」

さやか「あっちゃー、やっちゃったね」

弱り目に祟り目、踏んだり蹴ったりとはまさにこの事か。

まどか「アハハハ……、ハァ~……。 私、ちょっと購買行ってくるね?」

さやか「頑張れよー、さやかちゃんはご飯食べながら応援してるぞ~っ!」

まどか「って、待っててくれないの!?(ガビーン!」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

生徒a「巴さん、今日のお昼は?」

一方こちらは三年生の教室。
マミが教科書を片付けていると、クラスメイトの一人が声を掛けてきた。

マミ「っ!? あっ、ごめんなさい、ちょっと用事があるの……」

参考書を仕舞う手を止めたマミの口からそんな言葉が漏れる。
マミの顔と、手にした参考書を相互に見やってから、クラスメイトは苦笑する。

生徒a「そっか、じゃあ仕方ないね」

生徒b「置いてくよ~?」

生徒a「あっ、今行くーっ! じゃあね、巴さん」

マミ「うん、じゃあね…………。 ハァ……」

屋上か中庭にでも行くのだろう、小さく手を振って駆けていくクラスメイトを見送ったマミは……、
小さくため息を漏らす。


マミ「またやっちゃった……。 こんな様じゃダメだって分かってるのに……」

教室に残っているのは毎度お馴染みの定番グループばかりで、割り込む隙など一切無い。
例えあっても、一度誘いを断ってしまった以上、ここに居る訳にはいかない。

マミ「…………」

マミは使いもしない参考書を持つと逃げるように教室を後にした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか(あれ? あそこに一人で居るのは、マミさん?)

私がマミさんを見付けたのは購買でパンを買い終えて教室へと戻る途中での事だった。

マミ「…………」

まどか(参考書を持ってる、って事は自習しに行くのかな?)

確かこの昼休みは、執拗にコンタクトをとろうとするほむらちゃんと一触即発の事態になる筈だった。
が、今日のほむらちゃんはむしろ私を避けるような素振りを見せていて、警戒対象でもない事からそんな話は一切上がらなかった。

恐らくマミさんも、ほむらちゃんの事など気にも留めずに普段通り過ごしたに違いない。

まどか(それにしても……)

それにしたって、マミさんの表情は暗く、また足取りは重そうに見えた。
何となく気になった私は、如何にも偶然見掛けたと言う風に話し掛ける。

まどか「マ~ミ~さんっ!」

マミ「きゃあっ!? か、鹿目さん!? どうしたの?こんなところで……」

まどか「あ~、実は今朝ちょっと寝坊をしちゃいまして、お昼ごはんを……」

そう言いながらパンの包みを見せると、すぐに事情を察してくれたのだろう、マミさんはふっと笑みをこぼした。


マミ「それで購買に行ってパンを買ってきたところなのね?」

まどか「あははは……、はい、その通りです」

マミ「鹿目さんも案外そそっかしいのね。 それで?このあとは美樹さんと?」

まどか「それが、購買に行くのは私だけで、切り捨てられちゃって……」

「出遅れ購買組を待ってる時間は無い!」と言いつつ、仁美ちゃんと早々にお弁当を広げていたさやかちゃんの姿を思い出す。
ちょっとムカッと来たので私は「待て」をさせたキュゥべえを仁美ちゃんの頭の上に乗せて来てあげた。

さやかちゃんはおろか、その向こうにいたほむらちゃんも噴いてた気がしたけど、まあ些末な事だと思う。

マミ「あら?そうなの?それじゃあ……」

まどか「あの、それで、マミさんの都合が悪くなければ、お昼一緒にどうですか?」

マミ「えっ……?」

私の申し出にマミさんは小さく目を見開く。
私はちょっと強引すぎたかな?と懸念しつつ、言葉を続ける。


まどか「あっ、いえ、都合が悪いとかなら話は別ですけど、そうじゃないなら……」

マミ「…………いわ」

まどか「えっ?」

マミ「ええ、良いわ。 お昼、一緒に食べましょう?」

このあと私は屋上でマミさんと昼食を共にした。
おかずを分けて貰ったり、魔法少女とは関係の無い、ごく普通の話で盛り上がった。

どこにでもありそうな、ごくごく普通の昼休み。
そんな光景が私にとっても久々だった事を思い出したのは満面の笑みを浮かべたマミさんと別れた後の事だった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか「じゃーん、あたしはバットを失敬してきたよー!」

まどか(あっ、しまった)

放課後、さやかちゃんが意気揚々と言った感じで取り出した金属バットを見て、私は武器の調達をすっかり失念していた事を思い出した。
下手うまな絵が話題になった小道具(通称・黒歴史ノート)も手元に無いので今の私は本当にネタが無い。

まどか(何か武器になりそうなモノなんてあったかな?)

顔に出さないよう取り繕いつつ、私はカバンを漁る。
教科書やペンケースなど、使い物にならないモノが大半だったけど、その中でも比較的まともそうなモノを選ぶと、それを引っ張り出す。

マミ「まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ。 鹿目さんは?」

まどか「あっ、えっと……、私はこんなのしか無かったんだけど……」

マミ「これは……、ソーイングセット?」

私が取り出したのはハサミや針などの裁縫道具一式だ。

さやか「そう言えばまどかは手芸部だもんね~。まどからしいと言えばまどからしいわ」

その“設定”有って無いようなモノだったので今の今まですっかり忘れてました。
結局生かされる事なんか一度としてなかったし……。


マミ「それじゃ、行きましょうか」

この後は大体ドラマの通りに終始した。
夕方近くまで地味な探索を続けて、魔女を見つけて、倒して……。

唯一違ったのはやっぱりほむらちゃんが現れなかった事。
マミさんは「魔女と戦う事を放棄した弱虫さんなんじゃないかしら?」と言っていたが、事情を知っているだけに私の気分は重かった。


ほむら『開始早々、また一ヶ月、無駄にする羽目になるなんてね……』


まどか(ほむらちゃん、やっぱりこの一ヶ月は捨てるつもりなのかな?
    そうなるとこの世界のマミさんやさやかちゃんはどうなるの? 私の巻き添えで犠牲になるんだとしたら……)



まどか「やっぱり、そんなのイヤだ。 “私”の一人の所為でみんなを犠牲になんて、出来ないよ……」

何処まで出来るのか、私には見当すら付かない。
付かないけど、出来る限りの事はやろう。

今日一日の出来事をベッドの中で思い出しながら、私は決意を新たにしつつ、就寝した。





以上、投下終了
ほむほむ空気杉ワロタ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

斎藤「悠木さん、お見舞いの果物、ここに置いておくね?」

まどか「う、うん……、ありがとう。 えっと、ゴメンね? 色々迷惑かけちゃって……」

斎藤「気にしないで下さい。撮影の方は悠木さんの出ない場面を中心に進めてますから……」

意外と多いんですよ?特に後半とか……、と言いつつ眼鏡の少女は笑う。
この少女が、いざ撮影が始まると孤高のクールなほむらちゃんに早変わりするのだから、役者と言うのは本当に凄いと思う。

斎藤「あっ、でも台本だけは読んでおいて下さいね? 治ったらすぐに撮影になると思いますので……」

まどか「うん、それは多分大丈夫。だって……」



                    「一度経験した事だから……、ね」



斎藤「えっ? 経験?」

まどか「あっ、えっと、ドラマ版の時に経験したから、って意味だよ!」

斎藤「ああ、そう言う事ですか……。 あっ、経験と言えば悠木さんは覚えてます?ドラマ版の撮影の時は……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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クラスメイト「暁美さん、お昼はー?」

ほむら「ごめんなさい、今日は購買なの」

クラスメイト「あっ、そうなんだ、呼び止めちゃってごめんね」

ほむら「大丈夫よ。そんなに急いでないから……」

食事の誘いを丁重に断りつつ、ほむらは教室を出た。
購買組としては些か出遅れたせいか、廊下は意外にも閑散としていた。

ほむら(今日は確かお菓子の魔女が現れる日。 高確率で巴マミが戦死する日だけど……)

普段なら最悪の事態を回避する為に動くところだが、今回は勝手が違った。
巴マミとの関係は悪くはない(と言うか存在を認知してないその他一般人と同列)なのだが、
ほむらにとっては今回は最早捨て周回であり、学校だって惰性で来ているようなモノだった。

ほむら(強いて言うならあの悠木まどかがどう動くのか、それが問題だけど、
    真実を知ってる上に、異世界人のあの子が契約をする可能性は……、っ!?)

物思いに耽りながら階段に差し掛かったほむらの前に、一人の少女が現れた。
ほむらにこの周回を捨てさせる原因となった少女、悠木まどかだ。


ほむら「…………」

ほむらは一瞬だけ足を止めたが、すぐに階段を下りはじめた。

まどか「…………」

悠木まどかも分かっているのか、階段を上ってはくるものの、話し掛けてはこない。
そのまま、階段の中程で、言葉もなくすれ違おうとして……、


                    クシャ……

ほむら「っ!?」

悠木まどかの手が僅かに動いて、ほむらのポケットに何かを押し込んだ。
予想外の行動に、ほむらは一瞬、ギョッとしたが、それでも平静を装って階段を下りた。

悠木まどかの姿が廊下への角に消えたのを確認してから、ほむらはポケットの中身を見た。
押し込まれていたのはレシートに書かれたメモ書きだった。

ほむら「くっ……!」

メモを一瞥したほむらは思わず唇を噛む。
メモには小さな字でこう書いてあった。

『万が一、私が契約をするような事があったら、その時は魔女になる前に私を殺して下さい。 悠木まどか』




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか(メモは見てくれたみたいだね……)

メモを見ることも無く捨てられてしまうおそれもあったけど、どうやらそれは杞憂だったようだ。

次に現れる魔女は強力だ。
ドラマでも序盤の山場となったマミさん戦死の原因となる魔女なのだから……。

マミさん一人では分が悪い。
ここは何としてでもほむらちゃんの協力が欲しいところだった。

まどか(ちょっと強引だけど、コレでほむらちゃんもあの現場に来る筈。
    これでも動かなかったらそれまでだけど、たぶんそうはならないよね?)

とにかくほむらちゃんが来てくれれば良いのだ。
ほむらちゃんさえ加勢に来れば、後はマミさんと協力して魔女を倒して万事解決になる筈!




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

と、思っていたのですが……、


ほむら「くっ!? こんな事してる場合じゃ!?」

マミ「さ、鹿目さん、行きましょう? 美樹さんとキュゥべえが待ってるわ」

まどか(この展開は想定外だよ……)

病院の裏手に出来た魔女の結界の中で、見覚えのある光景が繰り広げられていた。
目の前にはマミさんのリボンで縛り上げられたほむらちゃんの姿。

今回は敵対している訳じゃないからこうはならないと思っていたのだけど……、


マミ『ここは私に任せろ? よくそんな事が言えたわね?
   使い魔はおろか魔女退治にすら来なかった弱虫さんには言われたくないわっ!』


そう言って、マミさんはほむらちゃんを縛り上げてしまったのだ。
いや、ほむらちゃんの小バカにしたような高圧的な態度もどうかと思ったけど……、


マミ「鹿目さん?」

まどか「あっ、はい……って、きゃあっ!?」

考え事をしているところに声を掛けられ、驚いた私はその場で躓く。
と、同時にカバンの中身をぶちまけてしまい、色々な物が散乱してしまう。

まどか「ああっ、ちょっと待って下さい、中身が……、っ!?」

何をやってるんだろう、と頭を抱えたくなった私だが、次の瞬間、あるモノを見つけて動きを止めた。

それは、魔法少女体験ツアー初日にマミさん魔法をかけて貰ったソーイングセット。
「大した魔力じゃないから」と、魔法を掛けっ放しにしたままの針と糸と、そしてハサミが目の前に転がっていた。

まどか(もしかして、コレなら!)

私は中身を拾うフリをしながら縛られているほむらちゃんの前まで行く。
使い魔を警戒しているのか、マミさんはこちらに背中を向けていた。
思い付きを実行に移すには好都合だ。

まどか「……ほむらちゃん、ちょっとゴメンね?」


                    チョキン


まどか(やった!)


思い付きは成功だった。
魔法が掛かったままのハサミはリボンを切り裂き、ほむらちゃんの右手を解放する事に成功していた。

ほむら「っ!?」

驚いたような顔をするほむらちゃんに、私は人差し指を立てて『静かに』のジェスチャーをすると、ほむらちゃんの右手に魔法のハサミを手渡す。
時間的にも私が出来るのはこの辺が限度だ。

マミ「鹿目さん、まだかしら?」

まどか「あっ、大丈夫です! 今いきます!」

そう答えながら私は今度こそマミさんの後に続く。

マミさんは時折顔を見せる使い魔を相手取りながら結界の中を進んでいく。
私はその後ろで、ソーイングセットの残りの針を持って、周囲を警戒しつつ、ついていく。


マミ「ところで鹿目さん、魔法少女になる話、考えてくれたかしら?」

まどか「えっと、それは……」

マミさんからの問い掛けに私は思わず口ごもる。
ほむらちゃんにはあんなメモであんな事を言ったが、基本的に私は魔法少女になる気はない。
魔法少女の真実と言う重い事実が、私からその選択肢を奪っているから。

それでも、この世界でマミさんやさやかちゃんたちと実際に過ごしてみて、
『私はこのままで良いのだろうか?』と思うところがあるのも事実だった。

私から見るとこの世界は魔法少女や魔女が闊歩する絵空事の世界に過ぎない。
けれど、この世界で会ったマミさんたちや、マミさんたちと過ごした日々は決して絵空事ではなく現実で……。

まどか「マミさん、すいません。 私、やっぱり魔法少女にはなれません……」

マミ「そう…………」

現実だからこそ、私は正直に自分の考えを述べた。
お茶を濁したり、都合の良い出任せな答えを返すのは失礼だと思ったから……。

だから私は正直に答える。
私の想いを、私の考えを……、

まどか「あの……、マミさん。 私をマミさんの“日常”にさせてくれませんか?」


マミ「えっ?」

マミさんの足が止まる。
思わず振り返ったマミさんの顔を真正面から見ながら、私は続ける。

まどか「マミさんは私たちの日常を陰ながら支えてくれてます。守ってくれてます。
    魔法少女としてマミさんと一緒に戦うことは出来ませんが、マミさんにとっての日常を守る事は出来ると思うんです」

マミ「私にとっての日常……?」

まどか「はい。 朝は一緒に登校して、先日みたいにお昼休みにお弁当を食べて、
    放課後は寄り道して、魔女退治が終わったら「お帰りなさい」って出迎えて……、
    そんなマミさんの日常に、マミさんが安心して帰ってこれる場所に、私がなっちゃいけませんか?」

私は、私の出来ることを、私の力でやれる限りのことをやる。
大した力にはなれないかもしれないけど、それでも私の力でやる。
それが私の考えであり、想いだった。

私の言葉を聞いていたマミさんは最初、驚いたような顔をして、すぐに目を伏せた。

マミ「…………ふふっ、鹿目さん、貴女って結構ずる賢いのね?」

まどか「えっ?」

マミ「そんな事を、そんな言葉を真顔で言われちゃ、イヤだ、なんて言える訳ないじゃない……」


顔を上げたマミさんは泣き笑いと言った表情で微笑んだ。
その表情を見て、私の心がチクリと痛む。
私の申し出は、マミさんの為と言いつつ、私自身に都合の良い事ばかりなのだ。

それをマミさんは、そうであると分かった上で、受け入れようとしてくれている。
その事がとても心苦しかった。

マミ「本当に、なってくれるの? 私の“日常”に……」

まどか「はい、なります。 ならせて下さい」

マミ「こんな生活だから、遅くなっちゃうかもだけど、それでも待っていてくれる?」

まどか「待ってます。どんなに遅くなっても私は、私だけでも待ちます。 だから絶対、帰ってきて下さい」

心からの願いをこめて、その言葉を述べる。
それはとても難しい事で、酷な事であると、分かってはいたけど、言わずには居られなかった。

マミ「…………分かったわ。約束する。 私は何があっても帰ってくるから、鹿目さんは待っていて頂戴、私の、私の大切な“日常”として……ね?」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

マミ「ティロ・フィナーレ!」



まどか「っ!? マズ……っ!」

さやか「やった……って、えっ?まどか!?」

私は声を上げるより早く駆け出していた。
歓声の途中で驚きのソレに変わったさやかちゃんを無視して、私は全速力で飛び出す。

私の脳裏に浮かぶのはドラマ内での衝撃的なワンシーン。
リボンで拘束した上での必殺技と言う、決まり手としか思えない場面からの最悪の逆転劇。

それが今まさに目の前で現実のモノとなろうとしていた。
撃ち抜かれた筈の魔女の身体が、不自然な胎動を見せたかと思うと、直後、その口から真っ黒な影が飛び出てきて……、

マミ「えっ?」


まどか「マミさん危ないッ!」




真っ黒な影――魔女の本体が巨大な口を開けるのと、私がマミさんに飛び掛かったのはほぼ同時だった。

まどか「っ!」

マミ「きゃあッ!?」

その勢いでマミさんの身体はその場に押し倒され、私は2、3回地を転がる。

直後、私たちの背後を掠め通る鋭利な牙の並んだ巨大な孔。
背筋か凍る光景に、ともすれば恐慌状態に陥りそうな精神を無理矢理抑え込んで、私は叫ぶ。

まどか「マミさん!大丈夫ですか!?」

マミ「え、ええ……、ッ!? 鹿目さん後ろッ!!」

まどか「へっ?」

この時、私は失念していた。
マミさんを助けに入った時点で私も同じ危険に晒される可能性が格段に高くなる事を……、

まどか「あっ……、あぁ……」

マミ「っ!? 鹿目さんッ!!」

今度は私が庇われる番だった。
予想だにしていなかった魔女の攻撃に対し、動けなくなってしまった私の前にマミさんが立ちはだかって……、


マミ「かはっ!?」

まどか「マミさんッ!?」

魔女の突進をモロに受けたマミさんの身体がボールのように弾き飛ばされ、頭から壁に叩き付けられて動かなくなる。
マミさんは最早脅威ではないと思ったのか、はたまた最初の一撃を邪魔された事を根に持っているのか、
魔女は再度、私目掛けて襲いかかってくる。

キュゥべえ「まどか!さやか! このままではマズい、今すぐ僕と契約するんだ!」



                    『その必要はないわ』



まどか「っ!」

気付くと私を庇うように紫の魔法少女、ほむらちゃんが立っていた。

ほむら「貴女のハサミのおかげでどうにか間に合ったわ。 後は、私に任せて……」

そう言うと同時にほむらちゃんの姿が消える。
時間停止の魔法を使ったんだと、私が悟るより早く魔女の身体が内側から爆砕される。

マミさんを抱きかかえたほむらちゃんが私たちの前に再度降り立ち、一瞬の間を空けて、結界が霧散し始める。

ほむら「…………」


さやか「て、転校生? どうしてここに……」

ほむら「美樹さん、今すぐ医者か看護師を呼んできて」

まどさや「「えっ?」」

ほむら「巴マミは頭を強く打ってるわ。 早く処置をした方が良い」

さやか「わ、わかった!」

ほむらちゃんの言葉を受けて、さやかちゃんが病院へと走っていく。
さやかちゃんの姿が見えなくなったところで、私はほむらちゃんに尋ねた。

まどか「……ほむらちゃん、マミさんに何かあったの?」

ほむら「コレを見なさい、悠木まどか……」

まどか「っ!?」

ほむらちゃんが差し出したのは髪飾り状になった橙色の宝石、すなわちソウルジェムだった。
そして、その宝石には……、



一筋のヒビが入っていた。





三話分投下終了
悠木さんの言葉をあっさり受けちゃうマミさんをチョロいとか思ってはいけません。
共に戦う戦友も大事だけど、帰った時に迎え入れてくれる場所っていうのも大事だよね。ってお話。


そうまでしてフラグを回避しても、すぐにフラグを立てるのがマミさんがマミさんたる所以ですが……。
と言うかごく普通の中学生に過ぎない一般人の介入で打開できる展開なんて高が知れてますよね~。


さて、次の地雷はさやかちゃんか……、どうしたもんかなぁ……

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「はぁ……」

お菓子の魔女との戦いから既に3日が過ぎていた。
ホームルーム前の喧騒をどこか遠くで聞きつつ、私はあの日の会話を思い返す。
マミさんのソウルジェムにヒビが入っているのを見つけたほむらちゃんと私はキュゥべえに色々と問い詰めたのだ。



まどか「……ほむらちゃん、魔法少女って、ソウルジェムが砕けたら死んじゃうんだよね?
    これって大丈夫なの?」

ほむら「分からないわ。 少なくとも死んではいないのは確かだけど……」

私の質問にほむらちゃんは険しい表情のまま首を横に振る。
と、それまで黙って様子を見ていたキュゥべえがいつもと同じ声音で呟く。

キュゥべえ「ふむ、困った事になったね。 だいぶ都合が悪いよ、これは……」

まどか「っ!? キュゥべえ!」

ほむら「どう言う事? 詳しく説明しなさい」


キュゥべえ「そんな恐い顔をしないでくれないかな? それと、銃を向けるのもやめて貰いたい」

ほむら「説明しなさい」

キュゥべえ「やれやれ、仕方ないね。 キミたち二人は知っているようだけど、ソウルジェムは魔法少女の魂の結晶だ。
      魔法少女の身体はソウルジェムが動かしている。 つまり頭脳のようなものと言っても良い」

キュゥべえの言葉を聞いた瞬間、私の中で嫌な予感が生まれる。
そして、その予感は間もなく現実となった。

キュゥべえ「今回のマミはその頭脳代わりのソウルジェムが損傷した為に、身体を動かす機能に不全が生じたんだろうね。 所謂、植物状態のようなものさ」

まどか「そん……な……」

突き付けられた絶望的な言葉に私は絶句した。
死の運命から逃れられた、助ける事が出来たと思っていたのに……!

ほむら「それで? 巴マミは治るの?」

キュゥべえ「それは僕にも分からないね。
      自然に目覚める事も無いとは言えないけど、もしかしたら目覚めないかもしれない。
      まあ、悠木まどかが契約してくれれば話は別だけどね」


ほむら「私が居る限りそれはさせないわ。 失せなさい」

キュゥべえ「キミも頑固だね、暁美ほむら。 分かった、今日のところは引き下がろう」

そう言うとキュゥべえはスッとその姿を消した。
それと同時に、私はその場に膝をつく。

まどか「そんな……、なんで? どうしてこんな事になっちゃったの?
    マミさん、私と約束したんだよ? 絶対帰ってくるって、そう言ったのに……」

ほむら「少なくとも貴女のせいではないわ、悠木まどか……。
    貴女はやれるだけの事はやった。貴女の行動が無ければもっと酷い事になっていたわ。
    そうならなかっただけ、マシと思いなさい」

まどか「そんな、そんな言い方って……、っ!?」

ともすれば冷徹にも思える声に、ほむらちゃんの方を見た私は息を呑んだ。
声だけなら落ち着いているように見えたほむらちゃんが強く唇を噛み締めているのが見えたから。

よく見ればほむらちゃんの衣装はあちこちが切れていて、腕には圧迫痕がハッキリと残っていた。
たぶん、マミさんのリボンの拘束を抜ける為に相当の無茶をしたのだろう。


まどか「…………ゴメン、ほむらちゃん。 助けて貰ったのに怒鳴っちゃって……」

ほむら「気にしてないから良いわ。 医者も来たようだし、処置は任せましょう。 たぶん、入院って形になると思うけど……」

駆け付けたお医者さんたちの方に向き直りながら、ほむらちゃんは最後に小声で、私に声を掛けた。

ほむら「巴マミは貴女に「帰ってくる」と約束したのよね? なら貴女は巴マミを信じて待ちなさい。 決して今日の件で早まった真似などしてはダメよ」

まどか「…………」

それは分かっている。
分かっているのだけど、私はその言葉に答えることが出来なかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか「さてさて、本日もさやかちゃんのお見舞いターイムがやって来ましたよ~」

上条恭介の病室の前まで来たさやかはふと隣の部屋を見た。
最近まで空き部屋だったその部屋には先日から見知った名前のプレートが、掛けられていた。


                    『巴マミ』


さやか(マミさん……)

病室の主はあの日以来、眠り続けている。
頭部を強打した事が原因だと思われるが、目覚めない理由は未だに判明していない。

さやか(あの時、あたしは何も出来なかった……)

病院裏での魔女との戦いは薄氷の勝利と言っても過言ではなかった。
勝利を確信し、気が緩んだ所への不意討ちにさやかはおろか当のマミ自身も動けなかった。
恐らくまどかが動いていなければ、マミはあの時死んでいたに違いない。

そのまどかですら、2撃目以降ではなす術が無く、最終的には途中で駆け付けたほむらが魔女を倒した。
まどかの決死の行動と、ほむらの加勢、どちらかが欠けて居たら、さやかもこの場には居られなかっただろう。


さやか「…………」

さやかは病室の戸を少しだけ開けて、中を覗き込んだ。
機器と点滴が繋がれたマミはやはり眠り続けていて、目覚める気配は一向に無い。
病室には見舞いの品など一つも無く、小さなテーブルの上には橙色に輝くマミのソウルジェムと、
入院当日にほむらが置いていったグリーフシードが一つ、転がっているだけだった。

つまり、マミを見舞いに来た者は……、

さやか「なんで? なんでマミさんがこんな事に……!」

皆の為、街の為に日夜人知れず戦ってきたマミが、何故こんな仕打ちを受けなくてはならないのか?
誰がマミをこんな目に遭わせたのか?


気を抜いたマミ自身?

助けに行って逆に足手まといになったまどか?

逆に助けに来るのが遅かったほむら?


いや、違う。

マミは最初こそ不意討ちを受けそうになったけど、すぐに立て直してまどかを守っていた。
まどかだって、無力な身でありながら、一度は魔女の魔の手からマミを救っている。
ほむらは颯爽と登場した風だったが、衣装のあちこちが裂けていて、無理矢理駆け付けたのが丸分かりだった。

あの場に居たほぼ全員が、やれるだけの事をしていたのだ。
ただ一人、他ならぬさやか自身を除いて……、

さやか「あたしはどうしたら……」

後悔と無力感に苛まれながらさやかは恭介の病室へと入って行った。
彼女が、ある決意と共に病室を飛び出したのはそれから僅か数分後の事だった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「はぁ……」

放課後、私は一人街をさまよいながら溜め息をついた。
さやかちゃんとは学校で別れたし、ほむらちゃんとはあの日以降、マトモに会話も出来ていない。
キュゥべえは相変わらず契約を迫るばかりで、私の心は磨り減る一方だった。

まどか(自分で出来ることを、なんて言ってたけど、やっぱり無理なのかな?
    私一人が何かをした所で、この物語の悲劇を覆す事なんて出来ないんじゃ……)

黄昏時の寂しい街と相まって私の思考がマイナスに振れかけた、その時だった。
前を歩く、見慣れた姿を見付けたのは……。

まどか「あれ?あそこに居るのは……、仁美ちゃん?」

前を歩いていたのは、習い事に行くと言って先に帰った筈の仁美ちゃんだった。
習い事帰りにしては早すぎるし、何となく気になった私は仁美ちゃんに声を掛けた。

まどか「仁美ちゃん、こんな所で何をしてるの?」

仁美「あら、まどかさんじゃないですか。
   ふふふ、私これから素晴らしい所へ行くところなんです」


まどか(ッ!? この台詞って!?)

光の無い目で、そう言って微笑む仁美ちゃんに私はドラマのワンシーンを思い出して、ハッとした。
仁美ちゃんが魔女の口付けにより事件に巻き込まれる日、と言う事は今日は……、

まどか(この事件、って事は今日はさやかちゃんが契約しちゃう日!? そう言えば今日、さやかちゃんは……)

学校で別れた時、確か上条君のお見舞いに行くと言っていた気がする。
告知を受けたばかりで、タイミングとしてはご都合主義的なまでに最悪と役者陣に言わしめた悪夢のお見舞いだ。

まどか(何やってるの、私は!? マミさんの事でうじうじするだけで、さやかちゃんの事をちっとも見てなかった! このままじゃ、さやかちゃんも……!)

仁美「? まどかさん? どうされ……」

まどか「ちょっと黙ってて!」


                    バキッ!


仁美「かはっ!?」

まどか「あっ……」


気付いた時には遅かった。
私は仁美ちゃんを思いっきり殴り飛ばしていて……、仁美ちゃんはそのままその場に崩れ落ちた。

まどか「あわわ、やっちゃった!? 仁美ちゃん、大丈夫!?」

慌てて抱き起こしたけど、もう手遅れだった。
仁美ちゃんは完全に延びていて、いくら揺すっても起きる気配すらなかった。

まどか「どうしよう……」

気絶した仁美ちゃんを見ながら考える。
今日は集団自殺誘発事件の発生当日の筈だ。 止めないと大惨事になるだろう。

そうなると仁美ちゃんを起こしている時間はない。
そもそも起こしたら仁美ちゃんは事件現場に行ってしまう訳で……。

まどか「…………取り敢えず何処かに寝かせておこう」

私は仁美ちゃんを放置していくことにした。
私が殴り飛ばした記憶は……、出来れば忘れていて欲しいなぁ……。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「――って、そう言えば私、この街の地理分からないんだったーっ!」

取り敢えず工業地帯の方だった筈、と言う曖昧な記憶で動いたせいで私は迷子になっていた。
既に日は暮れていて、タイムリミットは過ぎようとしていた。

私が途方にくれていると、背後から呆れたような声が飛んできた。

ほむら「…………何をしてるの? 悠木まどか……」

まどか「あっ、えっ、ほむらちゃん!? え、えっと、道に迷っちゃって……」

声を掛けて来たのはほむらちゃんだった。
不意討ちとも言える出会いに私はしどろもどろになりつつ誤魔化しを試みる。

ほむら「女子中学生が出歩きそうもない工業地帯のど真ん中で?」

まどか「うっ……」

ほむらちゃんの視線に堪えかねて私は目を逸らす。
とその時私は、視線の先に小さな工場から出てくる騎士スタイルの女の子の姿を捉えた。
ドラマの撮影で幾度となく見てきた姿なのだ。見間違える訳がない。


まどか「あっ……」

ほむら「くっ……!」

私とほむらちゃんが声を上げると、向こうも気が付いたのか、女の子――さやかちゃんはこっちを見て目を丸くした。

さやか「あれ?まどかに転校生じゃん」

ほむら「……美樹さん、その姿は……?」

さやか「ああ、コレ? ちょっと色々あってね~。
    あっ、そうそう、初陣はさやかちゃんが華麗に決めさせて貰ったからそのつもりでね」

そう言ってはにかむさやかちゃんは力と希望に溢れていて……。


それが転落への第一歩だなんて、言える訳がなかった……。






投下終了
週一ペースすら保てないとか……orz

悠木さん、さり気なくはっ茶け過ぎです。
おそらく痴漢すら思いっきり殴り飛ばすんでしょうね、このまどかさんは……。

そして安定のさやか発動、ほむらとの好感度が『普通』なのが幸い……なのか?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

野中「しっかしさぁ、この話って決め付け、っつーか人の話を聞かないヤツが多すぎだよな~」

喜多村「あぁ~、それはあるかもね。 さやかちゃんとか杏子とかほむらとか意固地っぷりが脅迫概念染みてたし……、若いよね~」

野中「若いって、お前は作中の年齢より若かったじゃねーか」

喜多村「あっ、バレた?」

まどか「…………」

お見舞いの果物を切り分けつつ、私の知る子と瓜二つな二人の女の子が談笑を交わしている。
話の内容は『私』たちが演じる事になっていたお話の登場人物についてだ。

野中「ん~、でも一番脅迫概念染みてたのはまどかじゃね?」

まどか「えっ?」

突然の言葉に、私は赤い髪の女の子の方を見た。
切り分けたリンゴを食べながら、女の子は苦笑しながら言う。


野中「いやだって考えてみろよ? 取り柄が無いって悩んで魔法少女に憧れて、最終的には神さまだろ? ちょっと行き過ぎてると思わない?
   アタシは正直ゴメンだね。 神さまになっちまったら美味いメシが食えなくなっちまうし……」

喜多村「アンタねぇ……、結局食い気ってどうなのよ?」

野中「いやいや、真面目な話だぞ? さやかもお気に入りの店とか、お袋の味が食えなくなるのは嫌だろ?」

喜多村「うっ……、確かに嫌かも……。 でも物話的にハッピーエンドと食い気を天秤に掛けるってどうなのよ?」

野中「物語的にはギャグだろうな、そりゃ……」

喜多村「それじゃダメじゃん!せめてあたし一人くらい救ってよ!美樹さやかちゃんにハッピーエンドを!」

野中「うん、まぁ無理だな」

喜多村「なにをーっ!?」

徐々にヒートアップしていく二人を見ながら、それでも私は落ち着いていた。
二人の喧嘩がじゃれ合い程度であり、仲が良いからこそ出来るやり取りだと見ていてすぐに分かったから。
平和な世の中で会えたのなら、私の知る二人も同じ様な関係になれたのかもしれない。

まどか「…………」

奇跡や魔法は無いけど、みんなが仲良く楽しく暮らせる世界。
それはまさしく私が望んだ平和な日常なのだけど……。

だからこそ私は、この日常を素直に享受する事が出来なかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

クラスメイト1「ねぇねぇ聞いた? 昨日の集団自殺未遂事件の話」

クラスメイト2「誰かがシャッター壊してなかったら皆死んでたかも、ヤツでしょ? 物騒だよね~」

クラスメイト1「怖いよね~」


さやか「ふっふ~ん」

クラス内で交わされるそんな会話を聞きながら、さやかちゃんは得意気な表情を浮かべていた。
昨日の事件はさやかちゃんがギリギリ間に合ったおかげで、死者が出るような大事には至らなかったらしい。

仁美「さやかさん、今日はなんだか機嫌が良いですね?何か良い事があったんですか?」

さやか「ん?ちょっとね~。 そう言う仁美はどうしたのさ、なんか元気無いけど……」

仁美「いえ、実は昨日、うっかり眠ってしまったようで、お稽古をすっぽかしてしまいましたの……」

まどか「……っ!」

仁美ちゃんの言葉に息を呑む。
昨日の事は出来れば忘れていてくれると助かるのだけど……、


さやか「あらら、そりゃまたやっちゃったね~。 ん?眠っちゃったみたい、って?」

仁美「それが、前後の記憶がイマイチはっきりしなくて……、気が付いたら公園のベンチで寝てましたの……」

さやか「ん~、それって寝不足か疲れが溜まってるんじゃないの?休眠はしっかりとった方が良いぞ~」

まどか(良かった。覚えてないみたい……)

魔女の口付けで前後不覚になっていた為だろう、仁美ちゃんは昨日の事を覚えてないようだった。
話を聞いているさやかちゃんも、昨日の事件と仁美ちゃんの話を結びつける様子は無いようだ。

まどか(そうなると……)

今後の問題は二点に絞られる。
さやかちゃんへの対応と、間も無く見滝原に来るであろう佐倉杏子ちゃんへの対応。

この世界ではマミさんがまだ生きているとは言え、今のマミさんは事実上再起不能に近い状態で、
「絶好の狩り場」と言う設定がなされた見滝原に杏子ちゃんが来る可能性は高い。


杏子ちゃんは本質的には悪い子では無い。寧ろ話は出来るし、味方になれば頼りになる女の子だ。
だけど、初期の杏子ちゃんは荒んでいて、正しく「取り付く島もない」と言った感じだった。
色々な事が起こったからこそ共闘出来たと言えなくも無い訳で、正直、現状ではどう手をつけたら良いのか、見当もつかない。

まどか(ほむらちゃんはどうするつもりなのかな?)

チラリと見やった先では話し掛けてくるなオーラを全開に纏ったほむらちゃんが居た。
さやかちゃんが契約した場合の悲惨さは私も分かってるつもりだけど、それでもほむらちゃんの失望は大きかったようだ。
なまじ、さやかちゃんとの関係が拗れていない分、ほむらちゃんとしてもショックだったのかもしれない。

まどか(とにかく後でほむらちゃんと話し合ってみよう……)






――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか「んーっ! 久々に良い気分だわー」

まどか「…………」

そして迎えた放課後。
川原の堤防に気持ち良さそうに横になるさやかちゃんを見ながら、私は何も言えずに居た。
怖いとか後悔とか、そんな程度で済むような話ではない事を、私は知っているから。

だから私は、別の事を問い掛ける事にする。

まどか「ねぇ、さやかちゃんは今、幸せ?」

さやか「えー、何言ってるのまどか? 願いが叶って、更には街を守る力まで得ちゃったんだから幸せに決まって……」

まどか「それが、さやかちゃんの本当の幸せなの?」

さやか「えっ?」

お茶らけていたさやかちゃんの動きが今度こそ止まる。
私は真剣な眼差しと声音で、再度さやかちゃんに問う。


まどか「マミさんの生活、数日とは言え見てたんだからさやかちゃんも分かってるよね?
    学校が終わったと思ったら夜遅くまでパトロール。 遊んでる時間はおろか宿題をこなす時間も無い。
    魔女との戦いで大怪我したり、死んじゃったりしても、誰もそうだとは分かってくれない、気付いてくれない。
    それで、それでさやかちゃんは本当に幸せなの?」

さやか「…………」

まどか「お願いだから、さやかちゃん自身の幸せを犠牲にするような真似だけは絶対しないで。
    さやかちゃんを不幸にしたり、勝手に死なせたりしたら、私、絶対にさやかちゃんの事、許さないから」

私がそう言い切ると、さやかちゃんはふっと顔を伏せて、ポツリと呟いた。

さやか「アハハ、まどかはホントに心配性だなぁ~。 大丈夫だよ、無茶なんかしないからさ……。
    それと、あたしが今幸せだ、って言うのも本当だから気にしないで……」

まどか「本当に?」

さやか「本当だよ。 あたしさ、あたしだけが何も出来ないのがイヤだったんだ……」

まどか「えっ?」

さやか「ほら、病院での戦いの時にさ、マミさんは勿論、まどかや、転校生だって戦ってたでしょ?
    それなのに、あたしだけ……、あたしだけがあの場で何も出来なかったからさ……」

まどか「っ!? そんな事……!?」

自嘲する様な言葉に私は思わず腰を浮かしかける。
けど、それより早く、さやかちゃんは私の言葉を手で制した。


さやか「うぅん、事実だよ。
    ほむらは録に魔女退治に出ようとしないヤツだけど、それでも無理矢理駆けつけたし、
    まどかなんか魔法少女でもないのに、マミさんを助けようと飛び出して行ったじゃん。
    あたしだけだよ、あの場で本当に何も出来なかったのは……」

それは違う、と言いたかった。
私が動けたのは、あの場でマミさんが危ない事が予め分かっていたから。
ドラマのストーリーとして話の流れが分かっていたから。

だからこそ、動けたし、そうならない為の手も事前に幾つか打つ事が出来た。
もし、私がさやかちゃんや“まどかちゃん”のようにあの結末を知らなかったとしたら、
助けに行くどころか動くことも出来ずに、震えながら見ていることしか出来なかったに違いない。

さやか「だからあたしはあたしに出来る事をやった、って訳。
    だーかーらー、まどかが必要以上に気に病むことなんてないんだよ」

まどか「…………」

「それじゃあちょっと用事があるから……」と言うとさやかちゃんは一気に起き上がった。
そのまま駆け出していくさやかちゃんを見送ると、私は携帯電話を取り出した。

まどか「……あっ、もしもし、ほむらちゃん? ちょっと話があるんだけど、良いかな?」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら「佐倉杏子の居場所?」

まどか「うん、教えて欲しいんだ」

ほむらちゃんを街の喫茶店に呼び出した私は、ほむらちゃんが席に着くなりそう切り出した。
杏子ちゃんは色々なところを転々としている子だ。
そんな杏子ちゃんを捕まえようと思ったら、統計的な居場所を知っているほむらちゃんを頼る以外、手は無かった。

ほむら「佐倉杏子……ね。 確かに巴マミが動けない今、彼女が見滝原に来ている可能性は高いわ」

まどか「じゃあ……」

ほむら「でも、それを知ってどうするの?」

まどか「えっ?」

低い、ほむらちゃんの声に私はほむらちゃんを見た。
ほむらちゃんは冷めたような、諦めたような顔を浮かべていた。


ほむら「悠木まどか、貴女なら知っているとは思うけど、佐倉杏子は人に言われた程度で『ハイ、そうですか』と引き下がるような子じゃないわ。
    増してや魔法少女ではない貴女が行った所で、説得できる可能性なんて皆無に等しいわ」

まどか「で、でもやってみなくちゃ分からな……」

ほむら「統計が取れるほどやり直した私がそれをやらなかったと思うの?」

まどか「っ……!」

私の言葉を遮るような問い掛けに、私は思わず声を詰まらせた。
簡単な描写と、そういう過去があったという設定だけのドラマと違い、このほむらちゃんにとっては全て経験してきた事実なのだ。
これまでの苦い経験がそうさせるのだろう、ほむらちゃんの表情は後悔と苦渋に満ちていて……。

まどか「……お願いほむらちゃん、教えて」

でも、それでも、私は諦める訳には行かなかった。
何もしないで諦める事を、私自身が許せなかったから。
予定調和だから、脚本通りだから……。
そんな事を理由にして、目の前で起ころうとしている悲劇をただ受け入れるなんて私には出来なかったから。

ほむら「……この辺だと駅前のゲームセンターが接触率が高い方よ。
    ただ、今日に関して言えば美樹さやかの傍に居た方がいいと思うわ。 統計的に佐倉杏子が美樹さやかに接触を図るのが今日だから……」

まどか「……ありがとう、ほむらちゃん」

俯いたまま答えるほむらちゃんにお礼とお茶代を返しつつ、私は喫茶店を後にした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか「もー、まどかってば本当に心配性なんだから……。
    『さやかちゃん自身を犠牲にしないで~』なんて言った当のまどかが付いてきちゃうなんて……」

まどか「あはは……」

用事を済ませて、これからパトロールに行くと言うさやかちゃんを捕まえた私は、ほむらちゃんの助言に従い、さやかちゃんと一緒に街に繰り出していた。
賑やかな表通りに対し、一本裏に入ったこの辺りは、人通りも無く、雰囲気も薄気味悪い。

良く見ると杏子ちゃんが襲撃をかけてきた裏路地に似ていなくも無い。
ほむらちゃんの言う通り、杏子ちゃんが接触を図るのは今日で間違いないのだろう。

さやか「っ! この気配は……」

キュゥべえ「結界が不安定だね。 これは魔女じゃなくて使い魔のモノのようだ」

さやか「使い魔とは言え危ないんでしょ? なら早速……」

まどか「ちょっと待ってさやかちゃん!」

さやか「へっ?」


早速変身しようとするさやかちゃんを私は呼び止めた。
ソウルジェムを取り出したまま動きを止めたさやかちゃんに、私は言葉を続ける。

まどか「確か使い魔って、魔女から生まれるんだよね? それなら近くに大本の魔女が居ないか、先に探ってみた方が良いんじゃないかな?」

さやか「それはそうかもだけど、でもそんな事してたら……」

さやかちゃんが不満そうにそう言い掛けた、その時だった。
路地裏に私にとっては久々に聞く、あの声が響いたのは……。

???「へー、魔法少女でもないのに、アンタ良く分かってるじゃん。
    少なくともそこの新人よりよっぽどアンタの方が状況判断が出来てる」

さやか「っ!? 誰っ!?」

まどか(来たっ!)

突然聞こえた声にさやかちゃんは顔を強張らせつつ振り返り、私は別の意味で気を引き締めた。

視線の先に居たのは槍を持った赤いポニーテールの女の子。
佐倉杏子ちゃんが私たちの前に現れた瞬間だった。





以上、投下終了

携帯からでスイマセン。別所での連載とか、盆の帰省が重なって遅れました。
いや、杏子ちゃんをどう絡めたモノかと悩んでたのもあるんですが……。

さや杏に任せたら完全にバッドだし、このほむほむはやる気無いし……、
悠木さんのライフをどれだけ削れば気が済むんだコイツら……。

知識チート程度ではどうにもならんとか、まどマギはホント、地獄だぜーっ……orz

多分、悠木ちゃんは入れ替わったなんて思ってないんじゃ
ないかな?だから“まどか(鹿)じゃない”とだけ説明された
ほむらちゃん的には、「もういいや」ってなったんじゃない?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

杏子「そこのピンク髪のアンタの言う通りさ。 この場合は使い魔なんざ無視して魔女を探すのが正解な訳、分かる?
   使い魔相手に魔力無駄遣いして、肝心の魔女の時に魔力が足りませんでした、なんて洒落にもなんねーからな。
   もっと言うなら使い魔が魔女になるまで待っても良いぐらいだ」

さやか「なに?アンタは効率の為に危険な使い魔を無視しろ、って言うの!? はっ、話になんない……。 まどか、行くよ!」

杏子ちゃんの言葉を切り捨てたさやかちゃんはそのまま踵を返そうとする。
けど、それより早く、杏子ちゃんがさやかちゃんの肩をがっちりと掴む。

杏子「オイ、待てよ。 アンタ、人の話聞いてなかった訳?」

さやか「アンタの話なんか聞いてる暇は無いの! これ以上あたしの邪魔をしないで!」

杏子ちゃんの腕を乱暴に振り払ったさやかちゃんは持っていたサーベルを向ける。
剣先を向けられた杏子ちゃんは眉間にシワを寄せると怒気を孕んだ声音で言う。

杏子「邪魔だぁ? 人が折角親切にコツを教えてやってるのに、態度のなってない新人だねぇ……。
   口で言っても通じないヤツなら、その体に直接教えるしかないよねぇ?」

まどか「っ!? さやかちゃん下がって!」

さやか「えっ……? きゃあっ!?」


私が声を上げた時には既に遅かった。
杏子ちゃんの不意討ちをもろに受けて弾き飛ばされたさやかちゃんはその壁に叩き付けられる。

そんなさやかちゃんに私は駆け寄ろうとして……出来なかった。
杏子ちゃんがさやかちゃんではなく、私の方をジッと睨んでいる事に気が付いたから。
その視線は獲物を狙う猛獣のように鋭くて、私は思わず後ずさる。

杏子「へぇ、今さっきの殺気に気付くとはねぇ。 ホント、そこの新人よかよっぽどアンタの方が出来てるよ。
   成る程ねぇ、凄い素質を持った候補生ってのは誇張じゃなさそーだね……」

杏子ちゃんの気配の変化に気付けたのは経験則だった。
役者と言う職業上、周囲の気配には敏感にならざるを得ない。
私の場合は一気に火が着いたタイプなので、ここ最近は特に気を付けるようにしていた。
いつ何があるか、本当に分からないから。
それよりも……、

まどか「私の事を知ってるの?」

杏子「ああ、キュゥべえのヤツからこの街の事情は一通りな。
   新人一人に、得体の知れないイレギュラー、そして、契約されると厄介な事になりそうな期待の候補生が居る、ってな!」

まどか「えっ?」

突如槍を構えたかと思うと、次の瞬間、杏子ちゃんは私目掛けて突っ込んできていた。
杏子ちゃんが攻撃を仕掛けてくる言う想定外の事態に私は思わず目を見開く。


まどか(あっ、これ、終わったかも……)

景色がスローモーションになったような、そんな感覚の中、私はそんなことを考える。
さやかちゃんたちの事ばかりで自分の事を考えていなかった私は、一歩どころか指先1つ、動かすことすら出来なかった。
そして……、


                    ガキーン!


まどか「っ!?」

杏子ちゃんの槍は私の目前、正しく目と鼻の先の位置でピタリと止まっていた。
止めるのが、数コンマでも遅かったら確実に私を貫いていた。
そんな位置で青いサーベルに阻まれて……。

まどか「さやか……ちゃん?」

さやか「くぅっ……!」


杏子「へぇ、アレだけやられてまだ動けるんだ? 全治1ヶ月ぐらいにしたつもりだったんだけどねぇ……」

さやか「あんなの屁でもないわよ……。
    それよりアンタ!まどかにいきなり斬りかかるとかどう言うつもりなのよ!?」

杏子「どう言うつもり? 決まってんじゃん、口減らしだよ。口減らし……」

さやか「は?」

杏子「なんだい?巴マミはそんなことも教えなかったのかい?
   魔法少女にとってグリーフシードは必須品。只でさえ少ないパイなんだ、これ以上口を増やされると困るんだよね~」

さやか「そんな理由で!? もう怒った、絶対許さないッ!」

???「待ちなさい、美樹さやか!」

激昂したさやかちゃんが杏子ちゃんに斬りかかろうとした、ちょうどそのときの事だった。
そんな声と共にほむらちゃんが舞い降りてきて、さやかちゃんの腕をがっしりと掴んでいた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さやか「なんで止めるのさ転校生!? アイツはあたしやまどかの事を……」

突然割り込んできたほむらに、さやかは反射的に怒鳴りつけた。
が、ほむらはいたって冷静な口調で言う。

ほむら「だからこそ止めるのよ。 貴女、その背中に背負ってるモノをがら空きにするつもり?」

さやか「背負ってるモノ……? っ!?」

振り返ったさやかは背後で心配そうに見守っていた少女の事を思いだし、ハッとする。

ほむら「美樹さやか、鹿目さんすら標的にされたこの状況で貴女が倒れたら、誰があの子を守るの?
    たとえ相手を倒せても、守るべき人が傷ついたんじゃ本末転倒よ? 背後に守るべき人が居るなら、自身の感情より守る事を優先しなさい」

「守る戦い、って言うのは本来そう言うモノよ」と言うほむらの顔は至って真剣で、その言葉の重さにさやかは口を噤む。

ほむら「鹿目さんの為にも一旦下がりなさい。 ここは私が抑えるわ」

さやか「くっ…………」

ほむら「美樹さやか!」


さやか「……分かった。 ここは任せたよ転こ……うぅん、ほむら……。  まどか! 一旦下がるよ! 付いて来てッ!」

まどか「あっ、う、うん……」

ほむらの言葉にさやかはまどかの手を取って後退する。
まどかは心配げにほむらの方を見ていたが、さやかに逆らう事無く裏路地から出て行く。

その様子をほむらは横目でチラリと見て……、杏子の方へと目をやる。

杏子「ふ~ん、アンタが例のイレギュラーね。 アンタもアイツらの味方、って訳かい?」

ほむら「違うわ。 私は無駄な争いが嫌なだけ。 感情の赴くまま目的を見失うバカも、無駄に喧嘩を吹っかけるバカもね」

杏子「言ってくれるじゃねーか、イレギュラーさんよぉっ!」

杏子はそう言うとほむらに対して一気に突貫する。
予備動作すら殆どない完全な不意討ちに、杏子は勝利を確信したが……、

杏子「なっ!?」

槍がほむらの居た場所に突き刺さった瞬間、ほむらの姿は杏子のすぐ真後ろにあった。
魔法少女の中ではベテランの域に入る自分が、あっさりと背後を取られた事に、杏子の表情が驚愕に染まる。


ほむら「貴女が無駄な争いをするバカだと言うなら、容赦はしないわよ? 佐倉杏子……」

杏子「っ! ……アンタどこかで会ったか?」

ほむら「さて、どうでしょうね?」

杏子「…………」

背後を取られた上に、名前まで当てられた杏子はほむらを睨みつける。
が、ほむらは表情を一切変えることなく、その視線を真正面から受け止める。

杏子「……チッ、止めだ止め。 手札が見えなさ過ぎる。 今日の所は退かせて貰うよ」

ほむら「賢明な判断で助かるわ」

ほむらの答えを聞かずに、杏子は裏路地から去って行った。
周囲から自分以外の姿が消えたのを見計らって、ほむらは口を開く。

ほむら「あの子の情報を漏らして杏子を嗾けて、あわよくば契約を……と言った所かしら?」


キュゥべえ「心外だね。 僕はただ杏子に街の現状を聞かれたから教えただけだよ。
      まぁ、あの場で悠木まどかが契約してくれたら、僕たちとしても助かったんだけどね……」




ほむらの言葉にビルの陰からひょっこりと顔を出した白い獣、キュゥべえが答える。
そう答えるキュゥべえにやはり表情は無い。

ほむら「あの子に契約をする気が無いのは分かってるでしょ? いい加減諦めなさい」

キュゥべえ「どうしてそんな事をキミに言われないといけないんだい? キミには関係の無い話だろう、暁美ほむら……」

そういうとキュゥべえはさやか達が去っていった方へと駆けて行く。
今度こそ裏路地で一人になったほむらは誰にとも無く呟いた。

ほむら「…………関係ない、筈なのだけどね」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「ハァ、ハァ、ハァ……、こ、ここまで来れば大丈夫かな?」

人通りの少ない路地裏から、大通りに面した公園まで来たところで私は振り返った。
帰路を急ぐ人や車が行き交う道に、特徴的な赤い髪の姿が無い事を確認して、私はさやかちゃんを見た。

通りに出る前に変身を解いて制服姿に戻っていたさやかちゃんは公園のベンチに腰を掛けて息を整えていた。

まどか「さやかちゃん、あの子、追って来て無いみた……」

さやか「……まどか、悪いんだけどさ、あたしの魔女退治について来るの止めてくれないかな?」

まどか「えっ?」

呟くように言ったさやかちゃんの言葉を、私は最初理解することが出来なかった。
私が呆けていると、さやかちゃんは頭を抱え込むようにしてその場に蹲る。

さやか「まどかが邪魔だ、って訳じゃないの。 ただちょっと、怖くなっちゃって……」

まどか「怖い?」

さやか「ほむらに言われるまでさ、あたし、アイツを倒す事しか考えてなかった。
    そのちょっと前にまどかが狙われたばっかりなのに、『守る』って事が頭からすっぽ抜けてたの」


そう言って、さやかちゃんは空を仰ぎ見る。
自嘲と、確固たる決意の入り混じったその表情に私は息を呑む。

さやか「今のあたしじゃまどかを危険に晒しちゃう。
    だから、あたしがもっと強くなって、まどかをちゃんと守れる様になるまで、魔女退治にはついて来ないで欲しいんだ」

まどか「…………」

さやか「大丈夫、無茶はしないし、あたしなりに色々考えてるから……。 だから、お願い」

無茶をしないと言っても無茶をしちゃうのが“美樹さやか”だと言うのは分かっていたし、
さやかちゃんの“考え”と言うのも皆目見当も付かなかったけど、私はさやかちゃんを信じることにした。

私を案じてくれたさやかちゃんを、素直に心の内を打ち明けてくれたさやかちゃんを、私は信じたいと思った。

まどか「……分かった。 気を付けてね」





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ほむら「昨日の事がよっぽど堪えたようね。 美樹さやかの面倒は私が見ることになったわ」

翌日のお昼休み、購買に行くフリをして教室を抜け出した私は、ほむらちゃんに呼び出されて屋上に来ていた。

ほむら「今朝の話よ。 『守る』戦いのコツを教えて欲しいって私の所に来たの」

まどか「それで、ほむらちゃんはそれを受けたんだ?」

ほむら「ええ、力量を無視した行動されても迷惑だし、契約後の美樹さやかと関係が良好だなんてそうそうある事でも無いし……」

「次のループの参考にさせてもらうわ」と言いつつほむらちゃんは飲み終えたゼリー飲料のパックをクシャリと潰す。
さやかちゃんが契約した直後の、完全な捨てループと言った感じから、情報収集の為のループ、ぐらいにまでは挽回できたようだ。

まどか「杏子ちゃんはどうするの?」

ほむら「残念だけど今回は無理ね。 昨日の件とあわせて対立は必至でしょうし……」

一見するといつも通りの冷めたような口調だったけど、そこに少しだけ寂しげな響きが混じったのを私は見逃さなかった。
お世辞にもマトモな昼食とは呼べそうも無いそれらを片付け出したほむらちゃんに、私は考えていた話を持ち掛ける。

まどか「……ねぇ、ほむらちゃん。 杏子ちゃんに私から情報を流しちゃダメかな?」



ほむら「は?」


まどか「ほむらちゃんから聞いた話、って事にしてワルプルギスの夜の事を杏子ちゃんに話すの。
    完全な共闘に持ち込むことは難しいかもだけど、持ち掛けてみる価値はあると思うの」

ほむらちゃんは諦めた風だったけど、打てる手は打っておきたい。
時間と場所さえしっかりすれば、昨日の様にいきなり襲われる事も無いと思う。

私の方を見たほむらちゃんは呆れたという様に眉を顰めると、それからくるりと踵を返した。

ほむら「貴女の好きになさい。 どうせ私が何を言ったところで止めるつもりなんて端っから無いんでしょう?」

まどか「うっ……」

ほむら「でも、下手な事をして火に油を注ぐような真似をしたら承知しないからそのつもりで居てね」

そう言ってほむらちゃんは一足先に屋上から去っていった。

まどか「ありがと、ほむらちゃん」

扉の向こうに消えて行くほむらちゃんにそう言いながら、そういえばほむらちゃんには感謝してばかりだと言う事に気が付き、私は思わず顔を綻ばせた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

杏子「成る程ねぇ、『ワルプルギスの夜』、か……。 そんな大物狙いをしてるんじゃ、無駄な戦いを嫌うのは当然だな」

リズムゲームに興じていた杏子ちゃんはチョコレート菓子を噛み砕きながらそう呟いた。

ここは駅前のゲームセンターだ。
先日ほむらちゃんから聞いた、接触率が最も高いと言うお店に杏子ちゃんは居た。

杏子「で、あの黒髪は例の新人に付きっ切りで、話を聞いたアンタは慌ててあたしの所に来たと、そういう訳だ?」

まどか「うん、ほむらちゃんには『魔法少女じゃない私には関係ない事だ』、って切り捨てられちゃったんだけど……」

放課後、私は昼の件を早速実行に移していた。
特大クラスの魔女の話を聞いてなりふり構わず共闘をお願いに来た風を装って私は話を進める。

杏子ちゃんとは会ったばかりと言う事もあって、演技に気付く様子は無い。

まどか「とにかく戦力が多い方が良いと思って今日は来たんだけど……」

杏子「悪いが他をあたるんだな。 メリットが無いし、アイツらとつるむとか正直ゴメンだからねぇ。 あたしはあたしのやりたい様にさせて貰うよ」


まどか「そんなっ!?」

杏子「さ、帰った帰った。 んなカッコでほっつき歩いてたら補導されちまうぞ」

話は終わりだと言うように杏子ちゃんはゲームを再開する。
私の方を見ようとすらしない杏子ちゃんに、食い掛かろうとして、私は言葉を呑み込んだ。

半ば予想できていた答えだったし、接触の機会が今後も無い訳じゃない。
今日の所はこの辺りが潮時だろう。

まどか「また来るから……、じゃあね」

杏子「…………」

最後に一言そう声をかけたけど、杏子ちゃんが振り向く事はなかった。





投下終了

自分で書いておきながらなんだけど、難易度上げすぎた。
リアルの多忙に、猛暑日連続、モチベ低下が相まってヤバい。

と言うか今日投下分の半分以上が今日の加筆です、こんな書き手で皆様ゴメンなさい。

これ以上書くとまた余計なことまで口走りそうなのでこの辺で、お休みなさい。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年09月23日 (日) 19:52:03   ID: nYfh-MRM

かなり前のスレとはいえまともに展開してるし、完結させてほしかったなぁ・・・
この頃って杏子とマミの確執知られてない頃だっけ?それが唯一惜しい

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