藤居朋のおくりもの (36)

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2月、寮の暖かな談話室。

藤居朋はストラップの沢山ついたスマートフォンの画面を見つめていました。

ストラップは朋が運勢の悪化を感じるたびに買ってきてスマートフォンに付けるもので、全て開運のお守りを小さくしたようなものです。

「こーら、朋。そんなに画面をじっと見てたら目、悪くするよ」

そんな杉坂海の言葉にもぼんやりと生返事をするのみで、朋の目はスマートフォンに釘付けになっています

「朋、まさかあんた具合でも悪いんじゃ…」

よくよく見てみれば、朋の顔は平常より青ざめてるようにも見えます。

海の声を聞き、談話室にいた何人かのアイドルが集まって来ました。

異口同音に朋を気遣う言葉をかけます。

朋は震える手で重いスマートフォンを海に手渡しました。

海は眉間にしわを寄せて画面に表示された文字を読み上げます。

「恋愛運☆1、思いが通じにくい一週間。仕事運☆2、やることが裏目に出そう…これって…」

朋はこくりとうなずくと、それが一週間の運勢を占ってくれるアプリであることをぼそぼそと説明しました。

少しだけ談話室内の空気が緩みました。

みんなほっとした、あるいは、なんだそんなことか。というふうなことを考えているように見えます。

しかし、海はまだ難しい顔をしています。

ほんのひと月前のこと、年が明けて間もないころです。

朋、海、それに井村雪菜を加えた3人は正月の休み期間を利用して、遊びに出ていました。

この3人はユニットを組んだことから仲良くなり、プライベートでもこうして遊ぶことがままあります。

今回こうして出かけた理由は簡単、初詣の、3人で引いたおみくじで朋だけが凶を引いてしまったからです。

その落ち込みようを見かねた海が計画したものでした。

そのときもなだめるのに苦労したものです。

気の持ちようとはよく言ったもので、朋の占いが悪いとメンタルに影響し、結果的に運勢が悪くなってるように見えるのです。

「悪いのはしょうがないよ、開運の方法とか、書いてないの?」

朋は思い出したようにスマートフォンに指を滑らせます。

前から使っていたのに今まで忘れていたのはよほどショックだったからでしょう。

これで安心かな、と海は思います。

占いの結果に調子を左右されるのも朋の性格なら、開運の方法一つで調子を取り戻すのも朋の性格です。

しかし、その開運の方法を見たはずの朋は、無言でスマートフォンの電源をかちりと切り、ふらふらと談話室を出ていってしまいました。

海が追う間もありませんでした。

午後8時、まだ談話室は賑やかな雰囲気でした。

翌日。

寮の調理室に向かう朋と海、雪菜の姿がありました。

一晩明けて、昨日ほどではなくとも、落ち込んだ朋を見かねた海が雪菜に相談したからです。

「前みたいにおしゃれして美味しいものを食べにいけば治るかもぉ」

とは雪菜の言葉ですが、時間もなく、突然だったため、以前のように遊びに出かける訳にはいきません。

「ようし、それじゃあウチが腕をふるってあげようか!」

遊びに行くことは叶わなくとも、美味しいものを食べるというのはいいアイデアのように思われました。

当人は自分をガサツだと言いますが、弟を持つ海は家事も上手にこなします。

3人での材料の買い出しは順調でした。

新作のコスメや、開運グッズといったそれぞれの荷物が材料よりも多くなったことを除けばですが。

朋リクエストのうどんを調理室の机で3人ですすっている途中、朋がぽつりと呟きました。

「ごめんね、2人とも…」

それきりまた朋は黙ってしまいました。

言葉の意味をはかりあぐね、2人は何も言うことができません。

沈黙の中に、不意に調理室のドアの開く音が響きました。

開いたドアの前にスーパーの袋を下げて立っていたのは、佐久間まゆでした。

「あれ、まゆちゃん。今日調理室を使う予約とってあったぁ?」

調理室は原則として使用する前に、寮長を兼任する高橋礼子に許可をもらい、鍵を借りなければなりません。

大体のアイドルは食堂や、外食で食事を済ませますが、お菓子作りや料理を趣味とするアイドルはこの決まりを守らなければいけません。

3人も事前に礼子から鍵を借りてありました。

「それは、そのぉ…」

まゆは曖昧に言葉をにごします。

どうやらただの鍵の行き違いというわけではなさそうです。

「礼子さんには言わないでくださいよぉ…」

まゆはそう言うとスーパーの袋の口を広げて見せました。

ブロックのチョコレート、生クリーム、はちみつ、ココア…

迫るバレンタインデーに向け、誰にも内緒で自分のプロデューサーさんにあげるトリュフチョコ作りの練習がしたかったと、まゆは説明しました。

「別に礼子さんに断ってからでも良かったんじゃないのぉ?まゆちゃんほっぺすべすべ~お化粧のしがいがありそぉ~」

雪菜がまゆのほっぺたをすべすべと指でなぞりながら言いました。

「まゆのプロデューサーさんはとぉっても素敵な人ですから、どこからライバルが出てくるかわかりません。絶対に秘密です」

雪菜の腕を掴んで離しながらまゆがのんびりとした声で、でも大真面目にきっぱりと言います。

「いや、だから礼子さんに目的言わないで貸してもらえば…」

海の言葉にまゆははっとした顔をします。

予約は鍵の管理をしやすくするためにするだけで、特に使用目的の制限があるわけではないのです。

「大体ウチたちがここを開けてなかったらどうするつもりだったのさ」

海が尋ねます。

「他の人には言わないでくださいよぉ」

そう前置きしてまゆは話し始めました。

寮は各部屋に鍵がかかっているが、個室でない談話室や調理室の鍵は管理人室のキーボックスにしまわれていること。

そして、そのキーボックスは旧式のもので、少し揺すぶれば簡単に開いてしまうこと。

寮の玄関のセキュリティは充分なので不足はありませんが、複雑ですね、とまゆが笑います。

「あぁ、今日は夕方からレッドバラードのお仕事があるから…」

礼子は今は不在、雪菜が手をぽんと叩きます。

レッドバラードは比較的年齢層が高めなユニットなので、夜までかかるディナーショーなどの公演の仕事が多いのです。

そうだとすればまゆが今日を練習日に選んだのにも合点がいきます。

「麗奈ちゃんから教えて貰ったんですが…誰にも言わないでくださいよぉ…」

朋はぽかんとした顔で聞いていましたが、海はくすりと笑いました。

麗奈もきっとそのようにまゆに釘をさしたに違いありません。

「いいよ。言わない。ウチらは片付けたら行くけど、鍵はウチが返すから終わったら閉めてもっておいで」

運命の人の為だもんね、と海が笑いかけます。

まゆは照れくさそうにお礼を言いました。

まゆを調理室に残して3人は引き上げました。

朋は自室に戻り、海と雪菜は談話室に入りました。

「ちょっと私考えたんだけどね」

ぼんやりと座っていた海に口紅を塗り直しながら雪菜が言いました。

「朋ちゃん、きっと気にしてるんだろうねぇ」

海が雪菜の方に向き直りました。

「ウチらが気を使うことに対してってこと?」

「そう。だからひょっとしたら、気にしなくていいよって言ってあげるだけで何かが変わるかもぉ…」

次の瞬間、海が立ち上がりました。

同じ頃、朋の部屋。

朋は今日1日あったことを振り返っています。

2人が食事会を提案してくれた時は嬉しさと同時に申し訳なさもありました。

ユニット最年長の自分が勝手な理由で落ち込んでいるのに、優しくしてくれる。

そんな思いから出たのがあの謝罪でした。

「謝るだけじゃなくて、何かできなかったのかな…」

そう声に出して言ったとき、ドアがノックされました

ドアの前に立っていたのは、海と雪菜でした。

「心配で見に来ちゃったよ。朋、腫れぼったい目だけど、寝てたのかい?」

海が、母親のような声をかけながら朋の頭に手を乗せます。

「朋ちゃん、海ちゃんと私は朋ちゃんのこと妹みたいに思ってるんだよぉ。辛いことがあっても我慢しなくていいんだからね?」

朋ちゃんは年上なんだけどね、と雪菜が笑います。

知らない内に、朋は涙を流していました。

泣きやんだ後に海と雪菜に謝罪を改めて述べた朋の顔は昨日からの沈みきった顔とは違う、すっきりとしたものでした。

もう大丈夫だろうと、2人は消灯時間の前に朋の部屋を出ていきました。

布団に入ってから、そういえば、と朋はひとりごちます。

「謝るだけじゃなくて、ちゃんとお礼もしなきゃなぁ…」

次の日。

仕事から寮に戻ってきた礼子は、キーボックスから調理室の鍵が持ち出されているのに気づきました。

書き置きなども残っていません。

「あら、もうそんな時期なのね…」

毎年この時期になると、調理室の鍵が持ち出され、朝になると戻ってくることがよくあります。

それぞれの事情はどうあれ、目的はほとんどいっしょです。

わざわざそれを邪魔するほど礼子は野暮ではありません。

「若いっていいわね…」

礼子はそうひとりごちて、微笑みました。

バレンタイン当日朝の談話室。

やや不恰好ながらもきちんとラッピングされた綺麗な箱を海と雪菜に手渡す朋がいます。

すごぉい、嬉しい!と喜ぶ雪菜、朋凄いな!と感心する海、いつものお礼よ、と笑う朋。

「ねえねえ、朋ちゃん開けてみていい?」

朋の返事を待たず、リボンを解いて箱を開けた雪菜が見たのは、鳥を模すように固められたチョコレートと、二つ折のメッセージカードでした。

「あっ、雪菜ずるい!」

海もリボンを解き、箱を開けました。

同じように大きな鳥の形をしたチョコとメッセージカードが入っています。

「あ、その…2人とも、恥ずかしいからカードは後で見て欲しいんだけど…」

朋が恥ずかしそうに言います。

残念、と2人ともチョコとカードを箱にしまいます。

「実は、ウチも2人やプロデューサーさんの為にチョコ作って来たんだよね」

海が持ってきた紙袋からいくつかの綺麗な箱を取り出します。

「私も朋ちゃんや海ちゃんのために作って来たんだよぉ」

雪菜も取り出します。

「朋ちゃんたちの交換する友チョコ…ふふっ」

部屋の隅で誰かが呟きましたが、だんだんと談話室に集まってくる人達の声にかき消され、誰も聞くことはありませんでした。

「よし、じゃあ事務所に行ってウチらのプロデューサーさんにプレゼントしてこようか!」

チョコレートの交換を終えた海が言います。

2人も元気良く賛成しました。

「あ、あたし先に寮でやらなきゃいけないことがあるから、先に玄関に行ってて!」

海と雪菜は了解して、支度に向かいました。

その日、管理人室に入った礼子と、部屋から出ようとしたまゆは、それぞれ自分あての、チョコレートの入った箱を見つけました。

中には同じ鳥をかたどったチョコレート、そして、まゆには丁寧な字で「ありがとう」と、礼子には「勝手な事をしてごめんなさい」と書かれた名前入りのカードが入れられてました。

それを見たまゆは微笑み、礼子は苦笑いをしました。

悪い気分ではありませんでした。

その日の夜。

海は朋のメッセージカードを広げてみました。

そこには丁寧な文字で、普段引っ張ってくれることに対するお礼の言葉がありました。

「ははっ、朋…気にしなくてもいいって言ったのに…」

海は笑いました。笑いながら、幾筋も涙を流しました。

同じように、雪菜も朋からのメッセージカードを広げていました。

「朋ちゃん…」

化粧が崩れるのにも構わず、雪菜はぽろぽろと涙を流しました。

少し経ったある日。

朋、海、雪菜の3人はユニット「ハートウォーマー」としてあるライブに出演するための打ち合わせをするため、事務所に来ていました。

休憩時間。朋はスマートフォンを見てあっと声をあげました。

あの占いアプリの結果がまたも良くなかったのです。

「ふーん、総合運☆2ねえ…」

海は朋のスマートフォンの画面を覗いて呟くと、自分のスマートフォンを取り出して、朋のと並べて見せました。

「ほら、朋。見てみなよ。ウチは☆5のうちの☆3だから2人合わせて☆5だよ」

そう話す海を朋はきょとんと見ていました。

そのうちもう一つのスマートフォンが差し出されました。

「見て見てぇ、私それで総合運☆5だったのぉ!3人合わせれば☆10だねぇ〜♪」

そう嬉しそうに話す雪菜を見て、海と朋は顔を見合わせて笑いました。

「何笑ってるのぉ」

雪菜も頬を膨らませながらも、そのうち2人と一緒に笑いだしました。

「おーい、3人とも、休憩時間は終わりだぞ!」

打ち合わせ場所に使っていた応接室からプロデューサーさんの呼ぶ声がします。

「そろそろ行かなきゃね」

笑って涙目の朋が立ち上がり、歩き始めました。

後の2人も続きます。

「さ、打ち合わせを始めようか。ところで、今気づいたんだが、海と雪菜がお揃いでしてるお守りってなんなんだ?」

プロデューサーさんが尋ねます。

3人は顔を見合わせて、また笑いあいます。

「おいおい、教えてくれたっていいだろ?」

そう言って、プロデューサーさんも笑いました。

「この中にはウチたちの大事な物が入ってるんだよ」

「朋ちゃんからもらった、ね」

この日の事務所の応接室はいつもよりも賑やかな場所になっていました。

以上です。ありがとうございました

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