きみのためなら、どこまでも (50)

「また、会え...しら...」

「ぼく......ないよ...」

「......で...」

「ぜった...会...」

..........

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「...ん」

ここは...どこだ
やけに天井が低い...

「って、朝か...」

ああ、ここは僕の部屋だ
三角形の窓から朝日が差し込んでいる

今日は曇りと言っていたはずなのに
天気予報もあてにならないな

窓の外を泳いでいくサメを横目に
僕は大きなあくびをした

「なんだか悲しい夢だったな...」

そう、ぼくはさっきまで夢を見ていた
なにか悲しい夢を

「だれかが泣いていたような...わらっていたような...」

歯を磨きながら夢の内容を思い出そうとするが
意識がはっきりしていくと同時に...

「だめだ。思い出せない」

さっきまでは全部覚えていたはずなのに
僕は言いようのない悲しさに包まれながら、口をゆすいだ

「いってきます」

僕は朝食もとらずに家を飛び出した

「うわっ、熱いな」

そう、暑いではなく、熱い
もう十一月だというのに、日差しで皮膚が焼けてしまいそうだ

現に道端には、ところどころ溶けてしまった人たちがちらほら転がっている

「かわいそうに。日焼け止めを塗らないからだ」

かく言う僕もさすがに長時間この日差しにあてられるのはきつい
僕は学校への道を急いだ

学校へ着くと、僕はようやく日光の魔の手から逃れられた
だが、なにかおかしい

「あれ?誰もいないじゃないか」

そうか、きょうは修学旅行だ
全校生徒、教師、ハゲの校長、筋肉の教頭

もう誰もこの学校にはいない
もぬけの殻だ

しまった。冷や汗が頬を伝う
僕は昇降口に呆然と、ただただ立ち尽くしていた

「おい、にぃちゃん」

どれくらいそこにいただろう

「おい、聞こえてねえのか?」

僕は誰かに呼ばれた気がしてあたりを見渡す
人影はない

「僕のことですか?」

そうは聞いてみたものの、僕が話しかけられていることは分かっていた
この学校には僕しかいないのだから

「お前以外にだれがいるんだよ」

そういいながら下駄箱の裏から出てきたのは
紅いテントウムシだった

宝石のようにきらきらと光りながら飛んできたそれは
僕の周りをぐるりと回って、僕の肩にとまった

「にぃちゃん、こんなところでなにやってんだよ」

見た目はきれいなのに、言葉遣いはきたないなぁ
そう思った

「べつに。ぼーっとしていただけです」

嘘をついた
遅刻した。と素直に言うのが恥ずかしかったからだ

「そうか。お互い大変だなぁ」

テントウムシはそういうと、僕の肩から飛び去ってしまった

きらきらときらめきながら飛ぶテントウムシを見ていると
少し気が楽になった


これからどうしようか
外はまだ熱そうだ。夕方まで時間をつぶさなくては
とりあえず、教室にでも行こう

僕はテントウムシに手を振った

教室に向かって歩き出した途端、僕はおどろいた
廊下がシャボン玉でいっぱいなのだ

「誰がこんなことを...」

廊下を歩いていくと、煙管を持ったペンギンをみつけた

「...あつい」

彼はそうつぶやくと、煙管を咥えた
彼がぷーっと息を吹き込むと、雁首からシャボン玉が飛び出した

「なにをしているんですか」

僕はペンギンにむかって問いかけた
ペンギンは僕には目もくれず、またシャボン玉を吹いた

「...血」

「え?」

血?いったい何のことだろう
聞き返そうとして、やめた。きっと彼には彼のペースがあるのだろう
僕は彼の言葉をだまって待つことにした

「...」

「...」


「.........」

「.........」


「............気を付けて」

「っ!あ、はい」

あぶない。寝てしまうところだった

ぺたぺたと足音を立てて
ペンギンはどこかへいってしまった

彼の言いたかったことは分からなかったけど、大したことじゃないだろう
僕は勝手にそう決めつけた

ぷかぷかとシャボン玉が浮いている
僕は何の気なしにシャボン玉をつついた

パチン、と音がして目がくらんだ

「うわっ!?」

目の前が真っ白に.........

ここは...どこだ...

僕の知らない学校のようだ

僕がいる...この光景は...

そうだ、今朝の夢で見た光景だ...

僕は屋上に向かっている...

...どうして...........................


気が付くと教室の前まで来ていた
さっきのはなんだったんだろう。そう考えながら扉を開ける

教室には先客がいた

教室のど真ん中にキャンバスを立てて、その少女は何かを描いていた
かわいいな。それが第一印象だった

「こ、こんにちは」

僕は声をかけてみた
彼女はびくりと肩を震わせ、こちらをみた


「...何しに来たのかしら。こんなところに」

こちらをキッと睨みながら、彼女はそう言った
しかし、少し声が震えている
こわがられているんだ。と思うと少し傷ついた

くそう。すこしからかってやる

「お前を食べるためさ!」

彼女はキャンパスの裏にすっかり隠れてしまった
どれだけ臆病なんだ

このままでは埒が明かないな
そう思った僕はサメの被り物を脱いだ

お気に入りだったのだけれど、しかたない

「驚かせてごめん。ここは僕の教室なんだけど」

そういうと、彼女はキャンパスの陰から顔を出した

「...あら。あなただったの」

「僕を知っているんですか?」

「...いいえ。知らないわ」

そういうと彼女はまた絵を描き始めた

「何を描いているの?」

「なんだと思う?」

はっきり言って、わからない
彼女のキャンパスは真っ赤に、乱暴に塗りつぶされているだけのように見えた

「その絵、完成するまで見ていてもいいかな」

「...いいわ」

彼女は散らばっていた椅子を一つつかむと、壁際に置いた

「...少し遠すぎないかな」

「邪魔されたくないもの」

邪魔するつもりはないんだけどなぁ

ただ見ているだけだとつまらないや
とりあえず褒めてみよう

「きれいな赤だね」

「そうでしょう。これ、人の血が入っているの」

聞きたくなかったなぁ

「...自分の血を入れているの?」

「いいえ。そこらへんから採ってきてるわ」

「...その絵の具が足りなくなったら...」

そう言いかけてやめた
今はただ、この絵が完成することを祈ることしかできない

次第に、空がオレンジに染まってきた
もう帰らなければ。...帰らせてくれるだろうか

「あの...僕そろそろ」

言いかけて、目を奪われた
彼女のキャンパスが、真っ赤だったそれが
夕焼けに染まる街を美しく、荒々しく映し出していた

「きれいだ...」

おもわず、つぶやいた

「...きれいでしょう?オレンジ色の夕焼けは」

「そうだね...」

「夕焼けがオレンジ色じゃなかったら?」

「え?」

「夕焼けは、オレンジ色だから美しいの?」

「そりゃあ...そうだよ」

僕は想像した。水色の夕焼け、緑色の夕焼け、それに照らされる町並み
きれいとは、思えない

「夕焼けは、オレンジ色だから、美しい」

僕はそう断言して見せた

「...そうね。でももし夕焼けが水色でも白でも、あなたは美しいと言ったわ」

「今のあなたならね」

なにを言っているんだろう...心理テストかな

「気づいて...思い出すの」

「何を?」

「あなたがなぜ、ここにいるのか」



..................

...............................


..............................................................



「...ん」

僕はベッドの上で大きく伸びをした

「ここは...」

言うまでもなく、僕のベッドの上だ

「なにか夢をみていたような...」

いや、あれは夢じゃない。昨日確実に起こったことなんだ
それがどれだけ、でたらめなことでも

僕は歯も磨かずに、学校に向かった

「パジャマで登校するなんて、おかしいのね」

彼女はくすくすと笑っていたけれど、僕はそれどころじゃなかった

「いつから...こんなことになっていたんだ」

今は十一月だ。こんなに暑いわけがない
暑さで人が溶けるなんて、もってのほかだ

「こんなことって、どういうことかしら」

「十一月に、暑さで人が溶ける世界さ。どう考えてもおかしい」

「...それだけ?」

彼女は少しがっかりしたようだった
何に?それはわからない

僕が彼女の次の言葉を待っていると、彼女はくるりと踵を返してしまった

「この絵、完成したの」

僕にはそんなことは関係ない
僕は彼女の対応に、怒りと、焦りを感じていた

「何か知っているんだろ。教えてくれよ」

彼女は寂しそうな顔をした
どうして?僕には彼女のしたいことがわからない...

「夕焼けは、きれいよ。もともと、オレンジ色だもの」

「でもあなたは?今のあなたは、元からのあなたかしら」

「何を言って...」

不意に、彼女の絵が目に入った
この町とよく似ていて、まったくちがう、不思議な世界

サメが...いない

「ちがう...サメはいない」

今も窓の外を泳ぐサメは、存在しないものなのだ
もとは...そう...飛行機?

意識がはっきりしていく...まるで...


夢から覚めていくように

「飛行機...よく二人で見た...屋上で」

誰だったかは、思い出せない

「いつもマイペースで...周りからおいて行かれていた」

誰だったかは、思い出せない

「赤い髪留めをあげたんだ」

誰だったか...

「涼しい顔をして、僕にひどいことを言うんだ」

「ぜんぶ君だったんだね」

全てを、思い出した



..........

......................


.............................................

僕たちはよく、屋上で昼ご飯を食べていた

「やっぱり、外で食べたほうがおいしいわ」

彼女はそういうけど、僕には違いがわからない
僕にとってここは、飛行機を眺める場所なのだ

「見てよ!ボーイング747だ。-300SR型だっけ?かっこいいなぁ」

飛び立って間もない飛行機が、はっきりと見える

「騒音でしかないわ。あんなもの」

そういいながらも、彼女は僕と同じ方向を見ている

「あの飛行機、ここから外国まで飛ぶんだよ。...ハワイ...いや、ホノルルだっけ」

眺めるのは好きだけど、どうも覚えるほうは苦手だった

「私たちも、あれに乗るのかしら」

「違う...と思うよ」

もうすぐ修学旅行だった
海のきれいなところへいくんだ

「十一月に海に入れるなんて、変なカンジね」

僕たちは、遠い南の海に思いを馳せていた
いまでは、むしろ置いて行ってくれたほうがよかったのになんて思うけれど

「早く行こうよ。時間がもったいないし」

「うるさいわね。男なら文句ひとつ言わずレディを待つものよ」

僕たちはあの日、まぶしい太陽の元、きらめく海のなか
なにかにおそわれてしまったのだろう

海が赤に染まる...君が赤に染まる...
きっとその時僕たちは...


............

.......................


.................................................

「天国なのかな?ここは」

教室で、僕は君に話しかける

「知らないわ。でも、走馬灯みたいじゃない」

記憶の断片が、思い出が、この世界にはあふれている
随分雑な走馬灯だなと、僕は思った

だったら...

「君は本物なの?それとも、僕の思い出の一部?」

「失礼なことを言うわね」

彼女はキャンパスの前に立って言った

「あなたの脳ミソだけで、こんな素晴らしい絵が描けると思うの?」

どうやら彼女は彼女のようだ

「...僕さ、思い残していたことが一つあるんだ」

「かわいそうに。未練を持って死ぬのね。あなたは」

「まだ、間に合うかもしれないけどね」


洒落たセリフを考える時間はない

当然だ。僕は焦っていたからだ
彼女の体がだんだん薄くなっていることに、気づいたから

だから...ただ、こう言った


「君のことが、好きだ」

彼女はあまりうれしそうじゃなかった

「そう...そうね」

それだけ言って、にじんでいく
風景の中に、ゆっくりと、着実に

「あなたももう、未練はないでしょう?」

「これで、二人そろってあの世に行けるわ」

今度はうれしそうに笑った
僕は、笑えなかった

「君は...どうなんだよ」

女々しいな、と思いながらも、聞かずにはいられなかった

「僕のこと、好きとか、嫌いとか、その...どう思ってるのさ」

「どうしたの?急に」

「あまり...うれしそうじゃなかったからな」

彼女はため息を一つついて、語りだした

「...言葉って、そんなものよね」

「ここにきて...死にかけて、気づいたの」

「今までどれだけ薄っぺらいことをしてきたか」

彼女の眼はどこか遠くを見つめている

「言葉なんて所詮記号だもの」

「思いとはまた別のものよ」

「それなのに、その『記号』を発音しただけで思いのすべてを伝えたつもりになって...」

「馬鹿らしいとおもわないかしら」

「...」

僕は言葉を失っていた
何も言い返すことができなかった

「私はあなたを好きだとは言わないわ」

「でも...そうね。こっちに来ればわかるわよ」

「あなたの走馬灯はもう終わった。未練だってないはずよ」

「なのにどうして」

「どうして消えそうにないのかしら」

自分でもわからなかった

たしかに未練はないはず...僕ももう消えてなくなるはず
なのに...

僕の体は、まだはっきりと、そこにあった

「...僕はまだ、死にたくないんだ」

自分でもよくわからない、何かが僕を突き動かす

「僕たちはまだ、帰れる。元の現実に帰れるはずだ」

根拠はなかった。でも、たしかにそう思った

「一緒に帰ろう...目を覚ますんだ」

彼女は冷めた目でこちらをみている

「きっと君もまだ、走馬灯の途中にいる」

なぜなら君の絵が...

まだ完成していないのだから

「君の描いた絵にはまだ小さな余白がある」

見慣れた校舎と、その屋上
そこに何か描こうとして、消した跡があった

「そこには元から何もないわ」

そういう彼女の声は、いつかみたいに震えていた

「元から、いたじゃないか」

「いつもその屋上に、僕たちはいたじゃないか」

「元の世界を描き出したはずの絵に、僕たちがいないはずがない...そうだろ」


..............

.......................


...............................................

あなたはいつも隣にいた
小さいころからずっと、そばにいた


あなたとは幼馴染だった
いつからあなたのことが好きだったのか、もう覚えていない

もしかしたら初めからかもしれない

それくらい昔から、好きだったのだ

だからこそ、思いを伝えることはできなかった

この関係が壊れてしまうかもしれない
いや、どう転んでも、この関係は確実に壊れる

振られて、他人になってしまうのか
気まずいまま、友達同士として過ごしていくことになるのか

一度悪い方向に転がりだした想像は、もう止められなかった
どうすることも、できなかった

あなたのことを疑い始めたのは、最近のことだ

優しいあなたは、今も無理して私といるのかもしれない

あなたの優しい言葉も、嘘かもしれない

そう、嘘なんていくらでもつけるのだから

言葉なんて信用ならない


言葉なんて


だったら.........



..........

...................


........................................

「だったら、うやむやにしてしまいましょう」

「あなたの本当の気持ちなんて知らない」

「でも、このまま死んでしまえば、嘘も真実も闇の中...」

「だから二人で死ぬのよ」

「いい考えだと思わない?」

「...おもわないよ」

なんで...

「僕の気持ちは本当なんだ...だからふたりで――」

うそをつかないで...

「あなたにはまだ未練がある...だから消えないんでしょう?」

「さっきの言葉は嘘だったんでしょう」

私のことが好きだなんて
あなたの優しさから出た嘘にすぎないのに.........

「たしかに...僕の未練は君に告白できなかったことじゃない」

「...そう」

泣いてしまいたかった。でも、涙は出ない
何も感じない

私は...このまま消えるのだろうか

「僕の本当の未練は」

「君に僕の気持ちを伝えることだ」

...え?

気が付くと、抱きしめられていた
どこにも行かせないと言わんばかりに、強く

体も実体を取り戻していた

いつの間にか夕焼けが教室を包んでいた

キャンパスがまばゆい光を放っている

「君に信じてもらえなくちゃ、意味がないんだ」

あなたは言う

「きっと今、君は混乱しているんだ」

「この訳の分からない走馬灯の中で」

そうかもしれない。そう思えてきた

夕日のせいだろうか...君のせいだろうか

心が温かく感じる

私はうなずいた

君は微笑んでくれた

君に手を取られ、キャンパスの前に立つ

「この絵の中に飛び込もう。それで、この絵は完成する」

「完成させて...私たちはどうなるの?」

「現実に戻れる。きっと僕たちは、病院のベッドで目を覚ますんだ」

「確証がないのだけど」

「大丈夫。僕を信じてくれ」

答えになっていないよ
そう思って、つい笑ってしまった

このおかしな世界じゃ、この先どうなるのかなんて見当もつかない

本当に現実で目を覚ますのか、あの世に行ってしまうのか
またこの世界に迷い込むのか

「.........」

「また、会えるかしら...」

「ぼくが会いに行く。心配ないよ...」

「......でも...」

「絶対会いに行くから。たとえこの先に何があっても」

「きみのためなら、どこ ま   で        m

..........

................


......................................

「...ん」

ここは...どこだ
やけに天井が低い

「っ!いててて...」

ああ、ここは―――



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