電球「そろそろか……」(27)
暗闇と静寂が辺りを覆う中、電球が静かにそう呟いた。
勿論、誰に聞こえるものでもなく、暗闇に声は溶け込むように消えていった。
ただ、その様子をソケットだけは静かに見つめていた。
季節外れの台風が近付いている、なんて普段は気にも留めないニュースさえも、今はいとおしくさえ感じる。
が、そのニュースもあまり聞き取れない。
たまにチカチカと点滅をしてはまたしばらく部屋を照らす。この二日ほどそれを繰り返している自分がいる。
電球にも寿命が近付いているのが身に染みてわかる。ソケットもそれは同じだった。
ソケット「……そろそろ、なんだよね」
ソケットが話しかけるが、すぐに返事は返ってこない。
何秒かすると、微かに「あぁ」とだけ聞こえた。
その声は受け止めないとすぐに消えていく程のか細く、小さい声だった。
思えばここ数ヵ月、口数が減っていたな……とソケットは思い出してみた。
そう短くない付き合いなので、だいたい覚悟はしていたが……やはり辛いものであった。
毎日会話していた相手が弱っていくのを、ソケットは黙って見ているしか出来ないのだ。
ソケットはわずかに震えた。その震えは何も出来ない自分自身への怒りと、消え行く一つの友への悲しみが混合した、しっかりとした震えだった。
あぁ、また何も出来ないのか――
――そうさ、自分は無力だからね。
ソケットは自虐的な会話を心の中で繰り広げ、そのバカらしさに今度はかるく微笑んだ。
ここに住んでいる人間も電球の限界を感じているようで、電球が点滅する度に電球を見て少し怪訝そうな顔をする。
その顔が眩しいから、ならどんなにいいか。
もはや今の電球にかつての明るさは無かった。
恐らくこの台風が過ぎればこの人間は電球を買いに行くだろう。
そう考えると台風が出来るだけゆっくりと過ぎて欲しい、と考えてしまう。
それはいけない事。
だって……電球はとても苦しそうだから。
もう会話は望まないが、せめて少しでも永く一緒に……
そう考えるのは自分の独りよがりではないか。わかっていた。
電球の苦しさはわからないし、代わってもやれない。だが何か、何か出来ないかと、思い悩むも無駄。
ただ、哀しさしか残らなかった。
電気が消され、視界が闇に包まれる時間になると電球は少し話せるようになる。
だから今のソケットにはこの時間がたまらなく愛しく思うのだ。
ソケット「……ねえ」
静寂、少し間を置いて電球の声が「なんだ」と続く。
その言葉に感情は無い。無いが、返事があるだけでソケットは救われた気になれた。
ソケット「あと、何日位一緒に入れるかな?」
聞いてしまった。が、後悔はない。
電球「……二日、持てばいい方だな」
あぁ……やはり避けては通れない電球の死。その死が急に突きつけられた気がして、ソケットはしばらく言葉が詰まった。
また、暗闇と静寂に部屋が包まれていった。
いつまでその状態だっただろう。沈黙を破ったのは落雷だった。
窓の外がとても明るく光り、一呼吸程置いての轟音。それを皮切りに土砂降りの雨。台風の到来だった。
ソケットは雷の明るい光にかつての電球を照らし合わせていた。
それが無意識かはわからないが。
ソケット「……台風、きたね」
電球「あぁ。少しばかり……驚いた」
クスリ、と笑みが溢れる。
ソケット「臆病なのは変わってないんだね」
電球「うっせ」
こんな会話にも幸せを感じる。
それが、たまらなく嬉しく、歯痒くもあった。
電球「なぁ……ソケット」
ソケット「ん?」
電球「あのさ……」
辛うじて聞こえたのはそこまでだった。
電球の声は二度目の落雷に遮られた。
ソケット「何て言ったの?」
と、聞いてみるも、無言だった。
なんだったのだろうか?
外では雨粒が踊るように跳ね、軽快な音をだしていた。
朝、だろうか?人間が起きたのを見るとどうもそうらしい。
外は依然として雨が踊っていた。
曇り空の為、部屋は薄暗い。人間は電気を点けるようだ。
点滅をしばらく繰り返し、電灯。
また、電球に苦痛が襲いかかっている。
そう考えると早く交換された方がいいのだろうが……
やはり心の片隅で、嫌だと駄々をこねるワガママな自分がいた。
昼頃のニュースによれば、台風は今日の夜通過するようだ。
……電球の点滅頻度が上がっている。
せめて、今日の夜まではもって欲しい。
なんてまた独りよがりな考えが胸の内を支配する。
でも、願う位ならいいじゃないか。
夕方、台風はピークを過ぎたようで、窓外は少し穏やかになってきた。
が、ソケットの心境は穏やかとはかけ離れたところにあった。
電球が点滅する。
また、点滅する。
別れが近づく。
そして会話を交わすことなく夜になり、雨が止んだ。
雨音のかわりに虫時雨が、焦るソケットを少し落ち着かせた。
人間はもうすぐ寝る時間……電球と話せるのは恐らく、これが最後だった。
人間はいつもより早くに電気を消した。
ただ単にもはや点けていても目を痛めるだけ。と判断したに過ぎないだろうが、ソケットは電球への労いと考えた。
そして暗闇、虫時雨。
普段なら中々ロマンチックな状況だが、今は虫時雨が悲しみを増幅させているような、そんな気がした。
ソケットは自分から話さなかった。
話しかけて、返事がもしなかったら……
そう、心の片隅で考えてしまう。
大丈夫、大丈夫だから……と自分自身に言い聞かせる。
が、やはり踏み出せない。
一歩、たった一歩踏み出せばいいだけ
なのに。
ソケットにはその一歩が果てしなく遠くに感じていた。
臆病者なのだ、自分は。
だが、ソケットの心配は杞憂に終わる。
電球「なぁ……」
電球がとても小さな、低い声で話しかけてきた。
ソケット「なに?」
聞きはするが、大体はわかっている。
電球「夜中に、伝えれなかった事、さ」
ソケット「あぁ、うん。」
電球「……今まで、ありがとうな」
ありがとう
その言葉を聞いて、抑えていた感情が一気に溢れだした。
涙は流せない。流せないかわりにせめて言葉に……
ソケット「……こちらこそ」
それが、精一杯だった。
しばらくの沈黙。
だが今までと違う、温かな沈黙だった。
そして……
電球「そろそろ……寝るわ」
ついに、電球が役目を終える時がきたのだ。
ソケットは溢れだす感情を押し殺して、一言だけ呟いた。
ソケット「おやすみ、親友」
おしり
夜中のテンションでスレをたてて凄く後悔。
稚拙な文章で失礼しやした
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