男「き、奇遇ですね」 (26)
女「えっ?」
男「い、いえ、まぁ、ここの景色凄い美しくて。貴方も美しく、つい声をかけてしまいました」
女「そんな、滅相もない。ありがとうございます。こんなところで人と出会うなんて、思ってもいなかったものですから、驚いてしまいました」
男「こちらも本当に驚きました。遠くに人影があるなぁ、と思っていましたら、まさか本当にいるなんて」
女「まさに運命的な出会いですね」
男「運命的……ですね」
女「……私の運命を書いたシナリオライターが本当に憎いです。神なんて、結局、助けて欲しい時に助けてくれない、願いを叶えてなんか、くれない」
男「この世に神はいませんね。私もそう思います」
女「じゃあ、やはり……」
男「お互い、自殺しに、ですか」
女「お互い色々あって、それに疲れてここへ逃げてきたのでしょう」
男「そうでしょうね」
女「自殺するならここがお勧めだと、知り合いから聞いて、ここに来ました」
男「本当に奇遇ですね。僕も知り合いから自殺するならここがいいと」
女「本当に運命的ですね。それでなんですが」
女「……その仮面、なんですか?」
男「……これはお気になさらずに」
女「……」
女「……とても厚着をしているのね」
男「……色々事情があって、服を何重にも着ています」
女「……それにその大きな袋。こんなところへ持ってきて、一体何が入っているのかしら?」
男「この袋の中は、私と共に消えるべき存在です。あまりお気になさらずに」
女「まさか人殺しなんてこと……なーんてね」
男「……さぁ、どうなんでしょうね」
女「今の間は何ですか、間は」
男「あまりお気になさらずに」
女「逆に気になりますよ」
男「まぁ、本当にお気になさらずに。どうせ私達死ぬのでしょうから、まぁいいじゃないですか」
女「未練なく死にたいのよ。そんな最期に隠し事されたら死ねないじゃない」
男「余計なことは詮索しない方向で行きましょうよ」
女「……まぁ、それもそうね」
男「それで何ですが……」
女「何ですか?」
男「貴方の名前、教えて頂けませんか?」
女「貴方今余計な詮索は無しって言ったわよね。忘れたの?」
男「いえ……まさかとは思いますが……もしかして……女、さんですか?」
女「えっ!?」
男「やはりそうでしたか……」
女「なんであなたが私の名前知っているのよ!!っ!?もしかしてあなたまさか、私を追ってきたの!?」
男「追ってはいませんが、ずっと探してはいました」
女「私、あんなところ、二度と戻らないわよ。……じゃあね、もう死んでやるから」
男「は、早まらないでください!ちゃんと聞いてください、私は男です。男。貴方の弟ですよ」
女「……は?え?男?」
男「はい、そうです。いやぁ、本当に運命的な出会いですね」
女「……そう、なんてまた、こんなところで再開なのよ……ひどいったらありゃしないわ。嫌だ……涙なんか流してる、私」
男「こんなところではなく、貴方と街中で会いたかった。会って抱きしめたかった」
女「……久しぶりね、男。元気にしてた?」
男「元気だったらこんなところにいませんよ、姉さん。小学校の時以来ですね」
女「それもそうよね。そうかーあの頃だったっけ。親が離婚して離れ離れになっちゃったの」
男「あそこから私は全ての歯車が狂いました」
女「私もそんなもんよ」
男「……姉さん。どうしてあなたがこのようなところに」
女「詮索は無しって言ったじゃないの。まぁ、いいか、貴方なら。最後に全てを話そうかな」
男「聞かせてください、姉さんの話」
女「離婚した時、私パパのところへ連れて行かれたじゃない?それで新しい場所で新しい生活を送ってね、それなりにうまくいけてたんだよ。
でもパパの会社潰れちゃってね。どうやらパパがミスったのが原因らしいの。そっからかな、地獄の生活が始まったの。
パパは会社のみんなに対して凄い責任感感じてね、もう借金まみれ。借金あるのに酒、パチンコ、賭博に手出しちゃって。パパはもう精神的におかしくなっちゃってたみたい。
それである日、パパがね、私を押し倒したの。もうパパ限界だったみたい。私に慰めて欲しかったのかな
純情な乙女のね、初めて、パパに取られちゃった。
離婚した時、男のお嫁さんになるって約束したのに、ごめんね。私何も抵抗できなくて。
パパがこれで楽になるなら、それでいいや、って思ってたの。私が少しでも役に立つなら。前のパパに戻ってくれるなら。
それに私たち、C型血液じゃん?お母さんの研究の実験体。
(※C型血液:人工的に作られた新しい血で、身体の怪我などを再生させる驚異的な血、また色々な副作用があるが研究中。世間にはその存在を知られていない)
私の副作用というか、なんというか、なんだけど。いくら中出しされても妊娠しないのよ。
呆れるくらいやったわ。学校にも行けなくなった。パパが本当に鬼に見えた。でも逃げられなかった。結局赤ちゃんは出来なかった。
それでね、ある日、借金取りのヤクザの人達が家に来てね。パパに提案するの。
その娘を渡すなら、もうお前のことに関与しない、って。
パパは躊躇いもなく、ヤクザの人に私を売ったわ。パパが私を捨てるとは思わなかった。
だってあのママの研究から守ってくれたし。……貴方は救えなかったけど。
私はもう思考が完全に停止してた。
恐怖で身体が締め付けられて、何も考えられなくなって、生きることって何なのか、全然わからなかった。
それで私は学校をすぐに辞めさせられて、ヤクザの人に連れられて行った。
私は亡き親の借金を返すために、色々なところで働かされたわ。色んな人と毎日生でセックス。ハゲの男。デブの男。イケメンの男。臭い男。死んでる男。女の子っぽい男。意地悪な男。慰める男。変態な男。男、男、男、男、男。
C型のせいで膜が治るの。だから、凄い付加価値が付いてね。お金が物凄い入ってたらしいわ。
その生活の中で、男の醜いところが全て見えたわ。私にはもう何もする力が残ってなくて、ただ流されるままの毎日。
それである日、ヤクザ同士の大規模な争いみたいになってね。私の監視が雑になったの。
その監視が雑なところ狙って、ありったけのお金持って逃げたわけ。最後の力を振り絞って。
貴方に会いたいと思った。貴方と会えたら全て救われると思った。貴方しか救いがなかった。貴方の存在だけを求めていた。
でも貴方がどこにいるかなんてわからない。昔のママの研究室はもう閉鎖したと聞いたし。秘密裏に男は実験体になってるんだろうな、って思ったら悔しくて涙が出てきて。
結局神様なんていないんだな、って。
それから私は闇社会の中で色々な人にかくまってもらって、なんとか生き延びた。そして研究室を探してた。そんな日々を毎日毎日送ってた。
……もうあなたに会えないと悟ってから、私はあなたの代わりに死に場所を求めた。
確実にしてる場所を求めて。そしたらね、紹介してくれた。
それが、ここ。
ここはとても美しい場所。とても流れが急な滝。美しい場所で、醜い私は、死にたかった。
ここから落ちてら、回復が間に合わずに一発で死ねるわ。万が一、心臓が潰れなくとも、窒息して死ねる。これなら、C型は関係ないじゃない?
私の話は以上よ」
男「なんて……そんな……ひどい……」
女「ほんと、自分で振り返って、なんて悲惨な人生だったんだろう、って思うわ」
男「なんて、声をかけてあげたらいいか、わからない、本当ごめん、辛かったね……」
女「いいのよ。貴方が何で謝るのよ、もう。はー。話すとスッキリするものね」
女「それで、貴方は?どうしてここにいるの?」
男「姉さんにはちゃんと、僕も話さないとね。
僕はすぐ母さんの研究室に連れて行かれたよ。案の定、モルモット生活。離婚してから余計研究に力を入れ始めてね。
姉さんも研究対象だったのに、父さんが巨額な金を払って姉さん1人連れて行っちゃったもんだから、怒り狂っちゃってね。
まぁそれでも研究費用だいぶ得られたから、内心嬉しかったのかもね。僕だけに集中して実験できるから。
僕は身体の中に色々な細菌を入れられたよ。まず最初は人体に葉緑体を付けさせる実験だったかな。
身体が拒否反応を起こしておかしくなっちゃうんだ。でもそれも治っちゃうから、仕切り直し。何度も何度もやったよ。
次は脳の電波実験。頭開けてね、脳に直接、有線でコンピュータと繋ぐんだ。
あれは凄かったね。脳がぐちゅぐちゅしてくんだ。ぐにゅぐにゅして、ポワポワして、目ん玉ずっと白目だったって。
よだれだらだらでね。池みたいなのできてた。
無意識に射精してたみたい。電波が何か関係あるんだってね。僕には知らないことだけど。
それからもたくさん実験してね。新しいウイルスが流行ると、そのウイルスをまず僕に入れるんだ。
そうすると、並の人間ならどのくらいの期間で死ぬのかを計算して、すぐ分かるらしいよ。
僕の苦しみ具合からどの程度のレベルの症状が出るのか厳密にチェックするんだ。
そっから抗ウイルスの特効薬を調剤して、投与するんだ。
最初は理論上うまくいくやつを作るんだけど、やっぱり身体が拒絶する。嘔吐が止まらない。
何度も死にかけて、何度も繰り返して、やっと正解の薬を見つけるんだ。それは高く売れる。
ある日お母さんが表彰されるってなってね。飛行機に乗って海外へ行くって言ってたな。僕は色々なウイルスを持ってるから、研究室に置いていかれたんだ。
お母さんがいない間でも研究員に指示が出てたらしい。まぁ別に僕はまた当たり前のことをするだけだけど。
すると、お母さんが行った後、1人の研究員が、僕に話しかけてきた。
《私の管理不足で君のウイルスに感染してしまった。どうせもう無い命だ、君にもう話してしまおう》
《君の身体に限界が来てる。いくらC型でも、もうガタがきちまった。》
《C型って言ったって、それはまだ未完成なんだ。だから今まで君が生きていること自体奇跡に近いんだ》
《だから、ガタがきた。もう再生能力も弱っている。細胞も死に始めている。だから、僕は、君の望みを叶えてあげる》
《君は何がしたい。最後に君は何を見たい。》
「……お姉さんに会いたい」
「それが無理なら、せめて美しい場所で、醜い僕は、死にたい」
《お姉さんのことは僕も調べていたんだ。君のお母さんに頼まれてね。でも見つからないんだ。君のお父さんなら、まぁ、分かるんだが………》
「姉にしか、興味ありません。それでは、僕の願いは、後者です」
《よし、分かった》
《完全防備の特別性の服をきて、上に何重にも服を着て、皮膚が出ないようにするんだ》
《顔も隠して、マスクを何重にもつけて……これでバッチリだ》
《自殺の名所は……ここ、ここがいい。ここは美しい場所だ。そうそう、これを持っていくか?》
「なんですか?これ?大量のプリントと、試験管?ですか」
《このプリントは、C型血液を作る操作を全てまとめたものだ。ここに全てが詰まっている。君と共に消えるか?》
「……いえ、世間に知らせて下さい。もう、僕のような存在を産まないためにも」
《……わかった。僕がマスメディアや警察に提出しよう。これを世間に大々的に知らせたら、世界規模での大ニュースになり、このようなことはもう二度と起きないと思う》
「……ぜひお願いします。僕みたいな子がいたら、可哀想です」
《それじゃあ、これはどうする》
「それは、何ですか」
《この試験管の中にはC型完全体の受精卵がある。1つの生命だ。この存在は人を超える、人の完全体だ。これがある限り、君の存在は再び現れる》
《君は……この子をどうしたい?》
「……それは、持っていきます。大事に、大事に、保管してください。僕と一緒に、死なせてあげようと思います」
《そうか、分かった。準備をしよう。今まで、本当にすまなかった。すまなかった、と言っても許さなくて良い》
《君は僕を許してはならない。僕に感謝してはならない。僕を、ここの人達を、君のお母さんを、憎め。さぁ、とっとと行こう》
それで、ここまで送ってくれたんだ。
車から降りて、研究員さんとはお別れした。お姉さん以来だよ、優しさを感じたのは
確かに憎いけど、同時に、確かに慈悲に溢れてた。あれは、間違いのない、優しさだった。
僕は車を見送ってから、心の中で、ありがとう、と言った。
さぁ、その美しい場所に行こう。不思議と楽しい気分で歩いていた。
そしたら、人影が見えた。
滝をバックにしたその女の絵は、とても様になっていて、僕のような醜悪な存在が混じってはいけないような、そんな感情に襲われた。
その美しい女の人が、姉さんだった」
女「……」
男「袋の中には僕たちにとてもよく似ている受精卵がいます。これが僕たちの全て、完成体」
男「だから、この子を、殺そうと思います」
男「もう二度と僕たちのような存在は作っちゃいけない。だってあまりにも悲しすぎる」
女「そうね、よく、あなた、ここまで、頑張った……わね……」
男「泣かないでよ、姉さん。あれ、僕も……涙が……出てきた……親が離婚して、姉さんと別れる時に……泣いて以来……」
女「うん……辛かったね……」
男「姉さんだって……」
……。
…………。
……………………。
男「神は、やっぱりいると思います」
女「どうして?」
男「こうして、引き合わせてくれたから」
男「終わり良ければすべて良し、なんて言葉があるけど、全て良かったことにしていいと思います」
女「貴方と会えたのは嬉しいけど、私はそうは全然思わないわ。神なんていない」
男「僕は結局、僕が犠牲になって、それだけで、人類を救う薬を発見したり、色々なものを移植してみたりしたから」
男「どんな形であれ、人類の発展に貢献したんだ。誇っていいですよね、これ」
女「確かに誇れることかもしれない。でも、それじゃあ貴方が救われないじゃない」
女「自分の幸せを求めてこその、人間よ。生き物よ。それが普通の人間」
女「だから、来世は性奴隷じゃなくて、モルモットじゃなくて、ただの普通の人間で、私達は普通の姉弟で」
女「自分や友達や家族の幸せを願って、それから世界の幸せを願うの」
女「普通の人間としての、生き物としての、自分を大事にする心を、来世では普通に持てるよう祈るの」
男「……うん」
女「神様、どうか聞こえるなら、私達の願いを聞いてください。もし、神様がいるとするならば、どうか私達の願いを叶えて下さい」
女「私達を、来世では、普通の人間として、姉と弟で、当たり前の日常を送らせてください」
女「……これで、もう、大丈夫」
男「神様に、お願い、するんですか」
女「貴方が信じるなら、私も信じることにしたわ。それにやっぱ、貴方と引き会わせてくれたし」
男「そっか、じゃあ、僕もお願いするよ」
女「そうしてね」
男「うん」
女「手、繋いでいい?」
男「うん」
女「さようなら、じゃないわよ」
男「うん」
女「絶対、来世で……やり直すんだから」
男「うん」
女「私が産まれた後、ちゃんと産まれなさいよ」
男「うん」
女「じゃあ、いこうか」
男「……うん」
姉「家族旅行もたまにはいいものだね」
弟「そうだね!」
姉「ここの景色、凄い綺麗じゃない?でも自殺で有名らしいよ。だから落ちないように整備されてるんだって。怖いね」
弟「怖いねー!」
姉「なんか、ここで自殺する人の気持ち、分かるなぁ……」
弟「??ネェちゃん、じさつ?するの?」
姉「するわけないでしょ!……ただ、何となく、ね。あまりにも絶景で」
弟「ふーん。変なネェちゃん!」
姉「……ねぇ、危ないから、手、繋ごうか?」
弟「うん!」
私は、この美しい景色を、この子と、いつかどこかで、見たような気がする。
終
実験用モルモットの話を英語で纏めた奴を読みましてですね。
やはりモルモットだって、生きているのですから。
まぁ最近そういうの減ってるみたいですが。
そういう感じで書きました。駄文すみませんでした。
初SSでした。
文章変だったら指摘してください。
いい話だった
乙!
意見というか考えの違いだけど動物実験はそんなに駄目なもんなのかな
もちろん治験ではない只の人体実験は駄目だと思うけど
>>12
>「……それは、持っていきます。大事に、大事に、保管してください。僕と一緒に、死なせてあげようと思います」
↑持っていくのに保管してくださいはなんかおかしいような気がした
おつー
投稿の間隔が早かった印象
あと急にc型が出てきたから
前振りが欲しかったかな
おつ
>>21
ありがとうございます!
>>22
まぁテーマは「人類の発展と倫理観の境界線」ですね
自分としても動物実験は悪くないと思いますが、良いとも思いませんね
これを読んで、ちょっとだけでも、そういう犠牲になっていく動物のことを考えてくれたら嬉しいです
ちなみに、動物実験は近年はだいぶ規制されてるみたいですよ
指摘ありがとうございます!
試験管が割れそうだから、割れないように保管して。というのを入れた方が良かったですね。反省します。
>>23
指摘ありがとうございます!
自分でも全く同じこと思いました…
今後の機会に生かします
>>24
ありがとうございます!
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません