菜々「0時過ぎのクリスマス」 (13)
モバマスSSです。
突発的に書きたくなったので投稿します。
ナナにとって、クリスマスは特別なものという認識は既にありませんでした。
今はアイドル業に忙しく、クリスマスを個人的に楽しんだなんていられません。
最近仕事が多かった中、今日は珍しく打ち合わせだけということで、午前中にプロデューサーと次の仕事の内容の認識合わせをしたところでした。
終わってすぐに、自席でプロデューサーはうんうんと唸り始めました。
「……うーん」
「どうしたんですか?」
「あ、菜々さん。いやー、急に先方から今日予定の合いている子はいないか打診があって」
どうやら予定していた子が急遽出れなくなってしまったらしく、埋め合わせに誰かいないかと依頼を受けたところらしいです。
そこはいつも懇意にしているところであり、先方を助けてあげたいと思っているらしいのですが、
「生憎と、今日だけはみんな都合が着かないんですよ」
「えっと、失礼しますね……うわ、ホントですね」
ディスプレイを覗かせてもらうと、そこにはこの事務所のアイドルの一日の予定が並んでいました。
確かに全アイドル、予定が埋まっていました。
正確には仕事の予定で埋まっているわけではありません。休み、と書かれた枠が大半を占めています。
ーー今日はクリスマス。アイドルなみなさんも、今日くらいは一人の女の子として……ということで、プロデューサーさんが四苦八苦しながら調整した結果でした。
ナナはそれを後ろから見ていたことがあったので知っていますよ。
「こっちで休めって言って休んでもらってるのに、いざ出てくれなんて言えないんですよね」
「……他の人も今日は一日外せない仕事ばかりですね」
仕方ありませんか。だって今日はクリスマス。サービス業とかは稼ぎ時です。
アイドルという華を利用して客引きするなんて典型的なことはどこだって考えようというものです。
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「……どうするかなぁ」
背中を向け悩むプロデューサーに、ナナはとんとんと肩をたたきます。
ナナの名前を呼びながら彼は振り向きます。もう、そんな顔をしないでください。
「ここはナナにお任せですよっ」
「え?」
「ナナが行ってきますよ。午後はナナ、何もお仕事入ってなかったですよね?」
「え、ええ。でも、それは菜々さんにもこの後休んでもらおうと――」
「なーに言ってるんですか。ナナはアイドルが楽しくてやってるんですよ。お仕事あるならじゃんじゃん振ってくださいよ」
ウサミン星人をなめないでくださいね。
アイドルのお仕事なら弱音なんて吐かずにいくらでもこなしてみせますよ。
そんなナナの言葉に、彼はそれでもと首を振る。
「最近は仕事を詰めていましたし、疲れているはずで――」
「へっちゃらへーですよ! ウサミン星人の体力、なめないでください」
「あれ、ウサミン星人の体力は一時間しかもたないんじゃ――」
「歌詞を真に受けないでくださいよっ!?」
本当ならそれすら持たないんですからね!?
――とまあ、それは置いといて。
「アイドル、楽しいですから。プロデューサーさんはもっと仕事を回してください」
「菜々さん……では、お願いします」
すみません、そしてありがとうございます。とプロデューサーさんは頭を下げました。
いえいえ、こちらこそナナをスカウトしていただいて、ありがとうを伝え切れていないんですから。
少しくらい、こういうところからでも返させてください。
――それでも、やっぱりちょっとくらい後悔するのはナナもでして。
「あーあ、プロデューサーさんにはクリスマスに予定がないこと、バレちゃいましたかねぇ」
見栄を張っているわけでもなかったので別にいいっちゃいいんですけど。
予定がないのはアイドルになる前もなった後も変わりませんでした。
仕事仕事、ひたすら仕事。それを選んできたのはナナ自身ですので嘆くことはありません。
「安部さん、今日はありがとうございました」
「いえいえー、楽しかったですから」
「ホント、安部さんは見てて気持ちよくなるくらい笑顔ですよね。あ、プロデューサーさんにもお礼伝えておいてくれます? この礼はいずれ、と」
「はーい」
あの人ならこれくらいのことは、なんて笑って済ませそうですけどね。
仕事が終わり、外の様子を確認します。
窓から見えた月はもう空高く上っていて、それくらい時間が経っていたんだと気づきます。
見下ろすとまばらな人影。けれどそのほとんどが二人一組で動いています。
――恋人同士のクリスマス、ですか。残念ながらナナには関係ないですね。
仕事後、いつもは雑談に華が咲くのに、今日ばかりはみなさん機敏に後処理を済ませていきます。
「長引いちゃってすみません。今日はこの後も用があるでしょう?」
「――ああ、そういうことですか」
みなさんも、他の人と一緒でこの後イベントがあるんですね。
お疲れさまです。一人、また一人一日限りの華やかな現実へ戻っていく。
ナナも途中で現場を後にし、外に出ます。その場に居続けるのは、ちょっと辛かったので。
「うわっ、寒いですね……」
雪でも降るんじゃないでしょうか。と近くの電子掲示板を見ると、ちょうど天気予報が出ていて降水確率は見事0%。
まあ、都会じゃまだまだ雪降る季節じゃないですしね。
そんなロマンチックな一夜は訪れない、ということです。
「どうしようかなぁ」
一人は寂しいんですけど、こんな時間、誰か空いているでしょうか。
電話しようか。でも、独り身の友達なんて今は……。
空をもう一度見上げると、わずかな星のきらめきと煌々と輝く月の姿がありました。
月でさえ星々と一緒なのに、ナナときたら……。
「あれ、安倍さん? 先にあがったんじゃ」
「あー、いや。そのですね」
建物を出てすぐのところで立ち止まっていたせいか、まだ中で片付けしていたはずのスタッフさんが姿を見せ始めました。
「あ、分かりました。早く来るといいですね、プロデューサーさん」
「そっ、そうですねー。せっかく終わったのに、あの人は何をしてるんですかねー」
「私もこれから用があるので。では、メリークリスマス」
「はいー。メリークリスマスです」
なんて、そんなわけがないのに相手の言葉に乗じてこの場を切り抜けます。
……本当に迎えに来てくれたら、良かったのに。
それが叶わないことは知っています。昼に覗いたアイドルたちのスケジュールの一番上、プロデューサーさんの予定が書かれていました。
定時後に、秘密のマーク。
「……プロデューサーさんだって人の子ですし。今日くらい予定があったって不思議じゃないですよね」
別に気落ちしているわけじゃないですけど。
こんな日くらい、ウサミン聖人もちょっとセンチメンタルになるくらいいいですよね。
「……うわっ、もうこんな時間じゃないですか」
今からだと最寄りのスーパーしまっちゃうんじゃないでしょうか。
特売の売れ残り惣菜、今日は諦めるしかないですかね。
代わりにケーキとかで我慢? まあ、今日くらいそんな食事でもいいですよね。
「菜々さん!」
「ふぇ?」
ちょうど歩き出した時でした。背中にかけられた声は聞き間違えようがない、あの人の声。
振り返ると、手を膝について肩で息をしているプロデューサーの姿、
「へ? え? どうしてプロデューサーさんがここに?」
頭では認識していても心が追いついてきません。
突然現れたプロデューサーに、ナナは疑問符が連なって出てくるだけ。
「……近くまで営業に来ていたから、もしかしたら菜々さんに会えるかなって思って」
「え、でも今日のプロデューサーさんの予定は――」
頭は冷静に先ほどのことを思い出します。
するとナナがすべてを言う前に、プロデューサーさんはぽりぽりと頭を掻きながら隣までやって来ました。
「菜々さん、この後何か予定ありますか?」
「へ?」
「この後ですよ。まあ、仕事していただいたことから、きっと予定はないんだろうなぁって想像はつきますけど」
「そ、それは酷くありませんか!? ナナだって予定の一つや二つ――」
「ありますか?」
「それくらい察してくださいよ。プロデューサーさんのばかぁ……」
まったく、変なところで意地悪なんですから。
でも、こうしてプロデューサーさんと話していたら、さっきまで感じていた寂寥感はどこかへいってしまいました。
ホント、この人には敵いませんね。
「では、この特別な一夜、私とともに過ごしていただけますか?」
キザなセリフにキザな振る舞い。ふふっ、正直浮いていますよ。
でも、今日くらいは……なんてこの人も周囲の空気に当てられているのかもしれません。
「はい。今日は安部菜々として、あなたと一緒に過ごさせていただきます」
「うわ、もう12時過ぎてる……」
「仕事終わるのも遅かったですしね」
気兼ねなくゆっくりできるところは、それでも電車を乗り継いでの事務所が一番近かったのでした。
誰もいない事務所ってこんなに静かだったんですね。それに……寒い。
プロデューサーさんが電気と暖房をつけるまで、いつもの事務所の影は鳴りを潜めていました。
「すみません。菜々さん。こんなクリスマスで」
「いえいえ。プロデューサーさんといれただけでもナナは幸せですよ」
「……そうですか」
今日くらいはちょっと恥ずかしげなことも正直に言ってしまいましょう。
そんなナナの返事に、プロデューサーさんは相槌を返してくれるだけ。……もちろん、それで構いません。
「ま、せめて気分だけでもと」
「わっ、いろいろ用意されてますね……もしかして」
準備、してたんですか?
と口には出しませんでした。出してしまったらプロデューサーさんのお気持ちを無駄にしてしまうと悟りました。
「ずいぶんと安っぽいですけど、今日のところはこれで勘弁して下さい」
「今のナナはこれだけでもうれしいですよ」
過ごせると思っていなかったクリスマスを過ごせているんですから。
「本当は遊園地にでも行って観覧車に乗れればよかったんでしょうけど」
「あ、あれは忘れてください!」
「到底忘れられないですよ。衝撃的でしたから」
この人は忘れないって言ったら本当に忘れないので諦めます。
あんな人の失敗なんて覚えていてもいいことなんてないでしょうに。
それからプロデューサーさんは用意されていたコーラをグラスに注いで渡してくれました。
「事務所なんでアルコールは我慢してください」
「プロデューサーさん、ナナは17歳……」
「……メリークリスマス!」
流しましたね? まあいいですけど。
「メリークリスマス」
硬質な音が事務所内に響き渡りました。
残響ともならずにすぐに消えてしまいます。
「今日はありがとうございました。懇意にしてもらっている分断りづらくて……」
「そうそう。ディレクターさんがお礼言っておいてくださいって」
「それなら今度、融通利かせてもらおうかな。あ、これおいしい。菜々さんもどうです?」
「いただきます。……あ、ホントおいしいですね」
「さすが肴になるものについては外さないなぁ、あの人らは」
こういうの好きな人、うちにはいっぱいいますからねぇ。
コーラ片手に栄養バランス気にしない料理をひょいぱくと。
「ふふっ……」
「どうしたんですか?」
「いえ。楽しいなって、心から思ったんですよ」
「たしかに。菜々さんとこんなふうにゆっくりしたことってないんじゃないですかね」
「なんだかそれだとナナが慌ただしい人に聞こえるんですけど」
「……あっはっは」
笑って誤魔化さないでください。……今日だけですよ、そんな下手な誤魔化しにのせられてあげるのは。
「くしゅんっ」
「……っと。寒いですか?」
「ん、暖房がまだちょっと弱いかもですね」
「……ちょっと待っていてください」
プロデューサーさんが立ち上がってどこかに向かいます。
手持ち無沙汰にコーラをちびちび飲んでいると、プロデューサーさんが手に大きなブランケットを抱えて戻ってきました。
「菜々さん」
手招き。え? なんですかそれは。
「一枚しかなかったので」
それが示していることは、つまり……。
瞬間的に理解したナナは、自分が赤面していることがわかりました。
何なんですか、この人。ナナをからかっているんですか。
上目遣いに睨んでみると「早く早く」と視線を返されました。
……ええ、負けましたよ。
プロデューサーさんに顔を見られないよう、そっぽを向いて隣に座ります。
するとふわりと後ろからかけられるブランケット。羽織りたてのそれはまだ冷たさが残りますが、ナナの体温は急上昇中です。
「寒くないですか?」
「……逆に暑いくらいですよ」
「風邪をひくよりはマシですよ」
肩にかかる僅かな重み。向こうがこちらに寄りかかっていることを感じます。
ナナも顔だけは見られたくないので、そっぽを向き力を抜いて体を預けます。
「メリークリスマス、菜々さん」
「メリークリスマス、プロデューサーさん」
二度目のそれは、より深くナナの心に染み入っていきました……。
今日も寒い中、朝早くから出社です。
事務員の朝は早いのです。夜のうちにたまった事務処理がたんまりとあるはずなので。
事務所に着いて、早速鍵を差し込んでひねるのですが、
「空いてる……?」
それに電気も付いてる。昨日、最後に退出した時に戸締まりのチェックはしていたんですが……。
もしかして、と最悪の想定して警戒しながら中に入ります。
すると外気とは比べ物にならないくらいの温かい気温に、私の心はふっと緊張が解かれていきました。
「またプロデューサーさんが来てるんですかね」
勤勉な人です。休める時に休んでもらいたいんですけども……。
「おはよーございまーす」
あら、返事がない。
PCは付いていないけどカバンは置いてある……。一体どこへ?
「プロデューサーさーん? ……あっ」
さっと事務所を探すと、レストスペースに探していた人物ともう一人。
プロデューサーさんの方を枕に気持ちよさそうに眠っていました。
……まったく、私がパパラッチだったら間違いなく報道されてますからね?
二人を起こさずにその場を後にします。
ちらかったテーブルと、二人が仲良く一枚のブランケットに包まれているのを見て、楽しい一夜を過ごせたのは明白ですから。
「今日くらいは、ね」
その場を離れ、入り口のドアのところに張り紙をします。
みんないい子ですからちゃんとこれを守ってくれるでしょう。
「さーってと、プロデューサーさんが起きるまでに一仕事しちゃいましょう」
――おしまい。――
短いですが、これでおしまいになります。
お読みいただきありがとうございました。
イベント的なお話もいいですが、私はこんな起伏の少ないお話が好きなので、
ご希望と沿わなかったなら申し訳ございません。
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