リヴァイ「あの日雪が降っていた」(54)



リヴァイが廊下を歩いていると、目の端にちらちらと埃のような白い物が見えた。

確認しようとそちらにへ目を向けると窓の外では雪が舞っていた。


「……」


暫し足を止め、無言で今から向かう心底冷えそうな外を眺める。
彼は何故だかハンジの頼み事を聞き入れてしまい、買い物に付き合う事になっていた。

買い物と言っても兵団で必要な物が大半ではある。

しかしそれ以外の物――大概が本だが――も多く、断ろうとしたのだがハンジのよく回る舌がリヴァイを説き伏せた。

いや、説き伏せたと言うよりは気がつけば荷物持ちとして共に街へ行く事が決定していたと言う方が正しい。

とは言え、雪が降ると分かっていたなら意地でも承諾などしなかったものを。

そう思い彼は軽く舌打ちをした。



「リヴァイ!」


名を呼ばれ振り向くとそこにはリヴァイを言葉ずくで承諾させたハンジ・ゾエが軽く手を上げ、
笑顔でこちらへ近づいてくる所だった。

ハンジは普段は頭の切れる、どちらかといえば常識のある人間なのに巨人の事となると常軌を逸した行動をとる。

巨人の行動を可愛いと称し、奇行種ともなれば興奮の度合いが酷い。

根底では巨人の謎を解き明かし人類が安心して暮らせる世界を望んでいる筈なのだが、
その言動はやはり変人と言わざるを得ない。

そんなハンジをリヴァイは親しみを込めてクソメガネ、若しくは奇行種などと呼ぶことがある。



「凄いね、雪だよ。綺麗だね」

「足元がぐちゃぐちゃになりそうだな」

「足元ばかり見ていると大事なものを見逃すかもよ?」


リヴァイの悪態をさらりとかわしハンジはやはり笑顔を見せた。


「天気は悪いけれど、買い出しは中止にはならないよ。準備ができたら玄関前に集合ね」


そう言って肩を叩いてハンジは去っていった。

約束は約束だ。違える訳にはいかないだろう。
無視をすればあいつの事だ。詫びに巨人の話を聞けと言い出しかねない。

違えた先に見える悪夢に比べればましかと、仕方なく出掛ける準備の為に自室へ続く冷えた廊下を歩き出した。




 準備を終えたリヴァイは待ち合わせの場所に着くと、扉を少し開けて外の様子を窺った。

雪はやむことを忘れてしまったかのように次々と降りしきっている。
空は分厚い雲に覆われ青い空は望めそうにない。

馬鹿に寒い日になりそうだ。

そう思い今日、この日に街に行かなければならない己の不遇を呪いながらハンジを待った。


「……」


――兄貴

――リヴァイ



白く染まっていく道を眺めていると不意に馴染みであった二人の事を思い出した。

今ぐらいの時期にこんな寒い、また、地上で雪が降った日の事だ。


――リヴァイを兄貴と慕う少女が尋ねた。


『兄貴の誕生日っていつなんだ?』

『……知ってどうする、イザベル』


きらきらと大きな目を光らせながら赤毛を二つに束ねている少女、イザベル・マグノリアはリヴァイに聞いた。


『なんだ、その日に誕生日パーティーでもする気なのか?』

『うるせぇな、ファーラン。そうだとしたら悪ぃのかよ』


からかい気味に言われた所為か、イザベルは睨みつけながらリヴァイより幾分か若い青年、
ファーラン・チャーチに悪態をついた。


『くだらねぇ。そんな事はしなくていい』



自分が生まれた日を祝う意味がわからない。
その日に一つ、年を取るというだけだというのに。

リヴァイのそう思ったが故の発言だった。


『えぇー? 誕生日あるなら教えてくれよ。俺も同じ誕生日にするからさ!』

『……イザベルお前、自分の誕生日知らないのか?』


食い下がるイザベルの同じ誕生日にする、という発言にファーランが食いついた。


『知らね。気がついたら地下の友達と一緒だったからな。ファーランは自分の誕生日知ってるのか?』

『……ここは知らない奴の方が多いかもな』


ファーランはなんとなく当たり障りのない返事をした。



『そんならファーランも同じにしようぜ!』


その提案にファーランは答えずただ黙っていた。
イザベルは特に気にも留めず話を続ける。


『なぁ、兄貴、いいだろ?』


勝手にリヴァイが誕生日を知っているものとし、イザベルはねだるように承諾を求めた。


『…………12月25日だ』


リヴァイはそんなイザベルの期待に満ちた目を裏切る事ができず答えた。


『今日じゃねぇか。もっと早く言えよ』

『よっしゃ! じゃあ俺達の誕生日も12月25日だな!!』


ファーランは先程イザベルをからかったのも忘れたのか祝う気でいるようで、
イザベルは喜色満面といった様子で意気込んだ。



『何をする気なんだ?』


一抹の不安を覚え、リヴァイが尋ねる。


『そうだな、兄貴の……いや、俺達の誕生日なんだから派手にやろうぜ! 部屋を飾って……』

『やめろ』


やはりパーティーじみた事をするつもりだったのかと直ぐ様止めに入る。
ただ、少し豪勢な食事にするくらいなら構わないとリヴァイは思っていた。


『えぇぇ……』


不満顔で抵抗を試みるイザベルであったがリヴァイの気持ちは変わらないようだ。


『イザベル、ケーキくらいは用意してやるから諦めろ』


見かねたファーランが助け船を出した。



『ケーキ!?』


ケーキの一言でイザベルの目がまた輝き出す。


『丁度出掛ける用事もある。なぁ、リヴァイ、それくらいはいいだろ?』

『……』

『ケーキか!!』


既に決定事項とし、喜ぶイザベルを見て駄目だとは言えない状況になっているとリヴァイは悟る。


『わかった』


彼は渋々といった風情で答える他なかった。




 あの時、パーティー擬きくらいしてやればよかったか。

リヴァイが外を眺めながら今更考えても詮のない事に頭を巡らせていると肩を軽く叩かれた。


「ごめん、待ったかい?」

「いや……」


実際そんなに時間は経ってはいなかった。
そしてリヴァイはハンジの後ろに隠れようがない人物に目を留める。


「ミケも一緒か」

「ああ、荷物が沢山になる予定だからね。ミケにも手伝ってもらうことにしたんだ」

「……捕獲された」

「そりゃ災難だったな」



彼はミケ・ザカリアス。彼の鼻は遠くにいる巨人を嗅ぎ分け、数までも特定する。
そして人の匂いを嗅いでは鼻で笑うという理解し難い趣味の持ち主だ。

ミケは兵団内でも特に背の高い人物であり、リヴァイと並ぶと差が激しい。

だが立体起動の腕前はリヴァイが上を行き、ミケは次いでの実力であった。

リヴァイは降りかかった災難が自分だけではないことに少し安堵した。

一人で荷物を抱えながらこの眼鏡の奇行種を抑えられる気がしなかったからだ。

ハンジは人類最強と謳われるリヴァイとそれに次ぐ実力を持つミケを引き連れ、街へと出かけた。




 街で買い物をし、リヴァイとミケの両の手をほぼ塞いだハンジがある店の前で足を止めた。


「どうした、クソメガネ。これ以上何か買うつもりか?」

「そろそろ限界だ」


男二人が根を上げようとしていたがハンジは意も介さず振り向きながら言った。


「あなた達はどのカップが好き?」


そう言われ、二人は店に置いてあるカップを見た。
そこは食器類を売っており数種類のカップも並べられていた。


「私はこのカップがいいかな」


そう言って指差す所に他のカップより少し大きめな物があった。



「これなら他のより少しばかり長く持ちそうだ」

「長く持たせたいならバケツに入れたらどうだ」

「そんなに飲んだらトイレが近くなっちゃうだろ」


ハンジとリヴァイはなんだかよくわからない言い合いを始めた。


「俺はこっちがいいな」


二人のそんなくだらない話を気にも留めずミケがカップを指差す。
少し青みがかったシンプルなカップだった。


「綺麗な色だね」

「まぁ、今時期寒そうな色ではあるけどな」


何故か謙遜しながらミケは言った。


「それで、リヴァイはどれが好みだ?」



そのまま続けて彼はリヴァイに話を振る。


「……これだな」


リヴァイの指差す所には白いごく普通のカップがあった。


「シンプルな物が好きなんだね」

「普通が一番だ」

「まぁ、確かにな」


リヴァイの意見にミケも賛同した。


「もっと個性だしてもいいのに。これとかさ」


そう言ってハンジが選んだカップには不思議な……ともすれば呪われそうな模様が描かれており、色も独特なものだった。



「お前に合うカップだな」

「喜べないね」


ハンジは敢えて妙だと思うカップを選んだにも関わらず似合うと言われ不満げだった。


「そろそろ戻ろう。雪も酷くなってきた」


ミケがそう促したので喧嘩までには及ばず帰途につくことになった。

少し進んだ所でハンジが買い忘れがあったと一人で買いに戻った。
一緒に戻るかとリヴァイが言ったが、すぐに済むからと走って行ってしまった。

二人は雪が激しくなろうとしている中、近くの店先で雪宿りをする事となった。

ミケの身長は196cm、リヴァイの身長は160cm。その差は36cm。
二人が並ぶとよりその差が目立つ。


ミケは寡黙な方でリヴァイも特に用がなければべらべらと話すタイプではない。

互いの事は理解しているので無言で雪宿りをしていても特に居心地が悪いわけでもなかった。

ハンジが戻るまでそうは掛からないだろう。

二人はそう思い、白い街を眺めていた。

子供が幾人か雪を投げ合って遊んでいる。
降る雪の量が増えてきているにも関わらず帰る気配すら見えない。

その様子を見て、リヴァイはまたある日を思い出す。




――用事の片付けとケーキを買いに三人で地下街を歩いているとイザベルが何かに気づいて言った。


『雪が降ってる』


二人がイザベルの目線を追うと地下街の天井に空いている採光の為の孔からちらちらと白い物が落ちていた。

どうりで冷えるなと二人は思った。


『行って見ようぜ!』

『あ、おい! イザベル!!』


言うや否や走り出したイザベルをファーランが追う。
リヴァイも少し遅れて二人を追った。




 採光の孔の下に着くと雪が降り積もっていた。そこを歩くと軋むような音がする。
イザベルはそれが楽しいのかまだ踏んでいない箇所を選んで歩き回っていた。


『……青空は見えねぇな』


ふと足を止め、イザベルは上を見上げて呟いた。
天気が良ければここから青空が見える。

暗い地下街で空が見られる数少ない場所だ。


『……そうだな』


ファーランも雲を見上げながら同意する。
地上で暮らす夢を抱いている二人は雪が降り続ける空を眺めた。


暫く上を見ていたイザベルは思いついたように勢いよく振り向いた。
その表情は明るかった。


『なぁ、雪だるま作らねぇか?』

『はぁ? ガキじゃあるまいし……ってお前はまだガキか』

『ち、違ぇよ! ただ、その、こんだけ雪があるなら……』


ファーランの言葉に語尾が小さくなっていくイザベルを一瞥し、リヴァイは言った。


『……後でな』

『いいのか!? 兄貴!!』

『本気か、リヴァイ』



イザベルの落ち込みに同情したのかリヴァイから思わぬ許可が下り、ファーランは驚きを隠せなかった。


『少しくらいいいだろ、たまには』

『兄貴、さすが話がわかる! ファーランはダメだな』


イザベルはリヴァイから許可が降りた事でふんぞり返るような態度でファーランを落とす。


『お前、人がケーキ買おうって言ってやったのに』

『う、それは感謝してる』


ファーランの抗議にイザベルは貶めてしまった事を反省した。


『あ、ついでに雪合戦しようぜ! 兄貴!』

『それはしない』


更にイザベルは調子に乗ってもうひとつの遊びを提案したがすぐにリヴァイから却下される。
イザベルは少し頬を膨らませてふてくされた。




 三人は用事を済ませると目的の物を買う前にイザベルに促され雪だるまを作る事になった。


『三段のやつ作ろうぜ!』

『おい、それだと一番上を乗せる役目は俺しか……』


いないだろ、と何気なくファーランがそう言いそうになって口をつぐんだ。
しかし既に遅く、リヴァイから軽く睨まれる事となった。

避けようのない事実なのだから睨まないほしいものだと、ファーランは心の中で軽く毒づいた。

はしゃぎながら雪玉を転がし大きくしていくイザベルを二人して眺める。
一人では転がし辛くなり、イザベルはぼーっと見つめるだけの二人を怒りながら呼ぶ。



『俺一人にやらせるなよ! 兄貴もファーランも手伝え!!』


渋々二人も重い腰を上げ雪玉を作る。

一段目の場所をイザベルが決め、二段目はリヴァイが軽々と乗せ、三段目をファーランが苦労しながら乗せた。

仕上げにその辺りにあったガラクタや石等を刺し、雪だるまが完成した。

それはイザベルの背丈くらいになっていた。
子供の遊びだがこれだけ大きい物になると乗せるのは大人でなければ無理だ。

リヴァイもファーランもなんとなく達成感に満たされ雪だるまを見ていた。

すると突然ファーランの後頭部に小さな雪玉が投げつけられた。



『後ろがガラ空きだぜ、ファーラン』


にやりと笑みを浮かべイザベルが言う。


『冷てぇ! お前……ふざけるな、よっ!!』


ファーランは近くの雪を掴んで握り込み少し纏まったそれをイザベルへ投げつけた。


『そんなへなちょこ当たるかよ!』


イザベルはひらりと歪な雪玉をかわす。


『ちっ! ちょこまかしやがって!』


軽くかわされたのが癪だったのかファーランは雪玉を握り始めた。


リヴァイはいつの間にか少し離れ、その様子を見ていた。

イザベルは雪玉を幾つも作っておいたらしく、手数でファーランを押していた。
ファーランはかわしながら雪玉を作り、狙って放つ。

互いに顔や頭にはなかなか当たらず、身体への命中率は五分五分といったところだった。
何故か二人の中では顔や頭に当たれば負けというルールになっていた。

始めのファーランへの一発は開始のあいさつとしてカウントはされていない。

二人共ガキだな。

リヴァイがそう思っていると、天井の穴から雪がどさりと落ちてきた。


それを見て、まだ積もるのだろうかと仰ぎ見た。

――その時だった。

白熱した二人の雪の流れ弾がリヴァイの後頭部に命中した。


『げっ』

『あ』


ゆらりと振り向くリヴァイを見て、ほぼ同時に二人が死を覚悟した。

その後三人はガキの遊び、雪合戦に興じる事となった。





「二人共お待たせー!」


明るい暢気な声に昔の記憶から現在に引き戻された。


「雪、酷くなってきたね。早く戻ろうか?」


ハンジはそう言いながらリヴァイに取っ手のついた紙袋を渡してきた。


「はい、これ持って」

「少しくらいテメェで持ったらどうだ」



悪態をつきつつもリヴァイは持っていた荷物の位置を少しずらし、空いた手でその紙袋を受け取る。
大した重さではない。


「私だって持ってるでしょ? リヴァイが一目惚れした箒を」


箒も買う物のひとつではあったが、選んでいる最中にリヴァイがこの箒を推してきた。

二人があれやこれやと他の箒も見ていたがリヴァイの強い要望によりこれに決まった。

ハンジが持っている物はそれだけではなかったが二人よりは少ない。
ハンジ曰く、自分は会計係だから、だそうだ。



 三人共荷物を抱え、兵団へ帰宅する。
雪は更に激しさを増し、道行く人もまばらになっていった。

兵団へ着くなりハンジが言った。


「リヴァイ、ミケ、お礼にいい物食べさせてあげるよ」

「毒か何かか」

「遅れたら部屋の扉ぶち破って迎えに行くからね」


リヴァイの悪態に悪態で返し、皆の分があるわけではないから会議室に来てくれと告げる。

そして何かは秘密だから暫く食堂と会議室には近づかないでと言うと
荷物を所定の場所へ運ぶように指示を出してハンジは去っていった。


ミケも指示通りに荷物を置いて戻っていった。

リヴァイも荷物を置こうとして気がつく。
最後に渡された紙袋をどこに置くか聞いていない。

しかも先程の話からすると暫くはハンジに近づけなさそうだ。

紙袋の中身を確認しようかとも考えたが下手に触って壊しでもしたら巨人話朝までコースになること請け合いだろう。

彼はそう思い、夕飯まで預かっておこうと決めると自室へ向かった。



 夕飯までの間にリヴァイは自室の掃除を済ませ紅茶を楽しんでいた。
暫くしてそろそろ時間かと会議室へ足を運ぶ事にする。

もう日は落ち、窓の外は暗い。
まだ雪は止まないようだ。

紙袋を手に自室を出ると廊下には揺らめく灯りが点されていた。

その灯りをを見て、ケーキに蝋燭を立て吹き消すというのは何の意味があるのだろうかと考える。

答えはでない。

あのケーキ屋は何故あんなおまけを付けたのか。
イザベルが誕生日ケーキと言って買ったのだろうか。

今更ながら疑問を持つがそれに答えをくれる者はもういない。




――イザベルとファーランが選んだケーキを食べたのはあの日、いつのまにか雪合戦に参加してしまった後の事だ。

雪合戦の行方は結局イザベルとファーランが根を上げ、リヴァイの勝利で幕を閉じた。

遊びを終え、びしょ濡れのまま買い物を済ませ家路に着く。

すると着くなり二人はリヴァイに風呂に入る事を要求された。
疲れて空腹な二人は抵抗を試みようと思ったが、無駄だとわかりきっていたので渋々従った。

すっかり綺麗になり暖まった三人は食事をすませ、買っておいたケーキを食卓に置いた。

イザベルはそのケーキを前に目をきらきらと輝かせていた。


『大したものじゃないが充分だろ?』


ファーランが言うそれはホールではなく三角に小分けされているケーキだった。
大した飾りもなく質素でシンプルなケーキだが地下街で手に入れられる物としてはこれでも上等な方だ。

だからかイザベルにとってそれはとても凄いと思える物であった。



『俺のはこれな!』


イザベルはうきうきとした様子でどれも同じ物の筈のケーキの中からのひとつを選んだ。


『好きにしろ』


リヴァイがそう言うとイザベルは何かを取り出しケーキに刺した。


『どうしたんだ、それ』


ケーキに刺された物を指差しながらファーランが聞いた。


『ケーキ買った時におまけでくれたんだよ。
 小さい蝋燭。誕生日のケーキにはこれ刺して火を点けたあと吹き消すんだってさ』

『ああ、何かそういうのあったな』


大きくなってからは祝う事もなくなり、ファーランも忘れていたようだった。



『三本くれたんだ! 二人のも刺しとくからな!』


そう言い終わらない内に全てのケーキに一本ずつ細く小さな蝋燭が立てられた。

蝋燭の下には蝋がケーキに垂れないよう受け皿の様な形で紙が巻かれていた。


『ファーラン、火!』


イザベルに促され、その蝋燭にファーランが火を点けた。


『みんなでせーので消すぞ!』

『俺らもやるのか!?』

『俺達三人の誕生日だぞ? 当たり前だろ』

『……』


ファーランはイザベルが全て吹き消していくのかと思っていたらしく少々驚き、リヴァイは無言を貫いた。


『ほら、いくぞ? せーの!』




「何をボーッと突っ立っているんだ、リヴァイ」


会議室の扉の前にいたエルヴィンに声を掛けられ我に返る。

リヴァイはいつのまにか会議室の近くにまで来ていた。
少し思い出に浸りすぎていたようだ。


「ハンジが良い物を作ってくれると言っていた。入らないのか?」


それは買い物に付き合った礼じゃなかったのだろうかとリヴァイは思ったが口には出さず、
エルヴィンに促され会議室の扉を開けた。



「ハッピーバースデイ!!」


扉を開けたとたんに食堂に集まっていたミケ、ナナバ、ハンジと幾人かの見覚えのある連中に祝われた。


「……」


リヴァイは表情も崩さず無言だ。


「少しくらい反応してみせたらどうなんだよ」


ハンジが不満げに言う。


「前にもやられた。もう驚かねぇよ」

「えぇー、リヴァイつまんねぇ」


リヴァイは今日が自分の誕生日であることを忘れてはいなかった。
というのもイザベルやファーランの事を思い出していたからだが。



「驚くフリくらいしてくれてもいいんじゃないの?」

「しねぇよ」

「まぁまぁ、主役を責めても仕方ない。席についてくれ」


エルヴィンにそう言われ、ハンジもリヴァイも大人しく席についた。

リヴァイは紙袋の事を思い出しハンジに渡そうと声を掛けた。


「ハンジ、これなんだが……」

「ああぁぁ!? 忘れてた!! しかもリヴァイに渡しっぱなしに!!」

「?」


予想外の慌て方にリヴァイは不思議そうにハンジを見ていた。



「リヴァイに渡すからだ」

「あの時ミケの方がいっぱい持っていたからついね。失敗だったよ」

「話が見えねぇ。これは何が入っているんだ?」

「んー……もう仕方ないか。リヴァイ、開けてみて」


ハンジに許可され中身を見てみる。

取手付きの紙袋の中には更に紙袋に入った物がありそれも開けてみるとリボンが付いた箱があった。

それを見てリヴァイは合点がいったという顔をした。


「それ、誕生日プレゼント」

「俺は自分の誕生日プレゼントを自分で持ってきたのか」

「ごめん。悪かったよ。そもそもがリヴァイに持たせる物じゃなかった」

「まぁ、お前らから受け取る手間が省けた」



項垂れて反省するハンジにそう慰めめいた事を言う。


「まぁ、ある意味サプライズ成功ということで」


すぐに顔を上げて笑顔で言うハンジに、立ち直りの早い奴だと思いながらリヴァイは包みをほどいていく。


「……だから好みを聞いていたのか」


中身を見てリヴァイが言った。

プレゼントは真っ白なカップだった。


「本当はやたら気に入ってた箒でもいいかな、と思ったんだけどね」

「俺がやめておけと言った」


どうやらこのカップはミケの助言のお陰らしかった。



「まぁ……貰える物ならなんであろうとありがたいが、ミケの判断に感謝する」

「それは結局、箒よりカップの方が良かったと聞こえるね」

「箒であったとしてもありがたい」

「そうか……ならあれも後でリボンつけてあげるよ」


かくしてリヴァイ推奨の箒はリヴァイの物となった。

 皆で食事を終えるとリヴァイの前に蝋燭が立てられたケーキが置かれた。

彼は少し苦い顔をする。


「リヴァイ、一息でふぅーと消すんだよ?」


以前に祝われた時にもさせられ、少し嫌だったリヴァイは拒否しようと試みた。



「やらなきゃいけねぇのか?」

「誕生日といったらコレでしょう」

「別にしなくてもいいだろ」

「いいからいいから。お願い事も忘れずにね」

「願い事?」


なんの事かわからず聞き返す。


「なんだ、知らなかったのか? 一息で吹き消す時に願い事をすると叶うと謂われているんだ」

「そんな謂れがあるのか……」


エルヴィンに理由を教えられやっと蝋燭の意味を知った。


「前もやったのに意味も知らず吹き消したのかい?」


驚いたような呆れたような表情でナナバが聞いた。



「誕生日なんざ祝う事の方が少なかったからな」

「あらら、そりゃ寂しいね」


ナナバが同情するがリヴァイは


「別に。ひとつ年を取るのに祝う意味がわからねぇしな」


と本音を漏らした。


「またひとつ年を取れたからこそ祝うんだろ、リヴァイ」


そうハンジが絡む。


「次の誕生日を迎えられなかった仲間もいる……」


ハンジは手に持っていたグラスに目を落とし口元は微笑んではいたが寂しそうに呟いた。



「だからこそ祝いたいんだ。リヴァイが今ここに生きて居る事、私達があなたをこうして囲める事を」

「……」


そう笑顔で言われてリヴァイは何も言えなくなった。

祝う、という行為は祝われている者の為だけではないのかと思い、彼はそれ以上否定的な言葉を紡ぐのをやめた。


「……祝う事に意味はあるんだな」

「ああ、俺達の為にも祝われておけ。お陰で酒が飲める」

「酒の為か」


暗くなりかけた空気をミケがグラスを目線まで上げて軽く茶化す。



「そう! エルヴィンがいい酒をくれたんだ! 飲め飲め!」


それに乗ってハンジがリヴァイのグラスに酒をなみなみと注ぐ。


「入れすぎだ、馬鹿が」

「リヴァイならそれくらい飲めるでしょ」


ザルなんだから、と言いながら自らのグラスにも注いでいく。

それがあまりに嬉しそうな顔だったので本当はただ酒が飲みたいだけなのかもしれないとリヴァイは思い直すことにした。


「さぁ、リヴァイ。吹き消してもらえるかい?」


そう酒を片手にしたハンジに言われ、仕方なく息を吸い込む。
そして何も考えずに目の前の灯りを消した。




―― 一時の暗闇の後、ファーランが灯りを点ける。


『さて、食うか』

『もう蝋燭はいられねぇよな!』


刺していた細い蝋燭を抜いて適当に置こうとするイザベルをリヴァイは静かに制し持っていたハンカチの上に置いた。


『汚れるだろうが。気をつけろ』

『す、すまねぇ、兄貴』


リヴァイの潔癖具合に多少引きつつも今のはまずかったなとイザベルは反省した。


三人でケーキを食していると美味しそうに頬張りながらイザベルが言う。


『こんな風に誕生日を祝えるのも兄貴のお陰だな』

『ああ?』


リヴァイは何故そうなるのか疑問に思った。


『兄貴が俺を助けてくれなかったら誕生日も決まらなかったしここにもいない』

『……』

『兄貴のお陰だ!』


口元にケーキの欠片を付け、満面の笑みでリヴァイに再度そう告げる。


『兄貴がいればなんでもできそうだよな』

『そうでもねぇだろ』

『はっ、確かにそんな気にはなるな』

『……』



二人にそう言われリヴァイはとりあえず黙る事にした。


『俺が危なくなったら兄貴が助けに来てくれるし』

『……自分の身くらい自分で守れ』

『そりゃそうだけど。大丈夫、兄貴が危なくなったら俺が助けるから』


何が大丈夫なのかがわからないでいるとファーランが口を挟んできた。


『お前じゃ無理だろ』

『なんだよ、ファーラン。自分じゃ無理だからって俺まで巻き込むなよ』

『ああ? お前より俺の方が助けになるさ』


二人はリヴァイの前で言い争いを始めた。
くだらない口喧嘩だと思ったが長引くと更に面倒な事になりそうだと止めるべく口を開く。



『わかった。お前らが危ない時は俺が助けに行く。俺が危ない時はお前らが助けに来い。それでいいな?』


一瞬の間が開き二人は顔を見合わせると似たような表情でにっと笑って見せた。

それを見てリヴァイは思った。

この二人の命くらい責任を以て背負ってやってもいいかもな、と。

喧嘩が収まり再びケーキを食べ始めるとイザベルはひとつ、忘れていたことを思い出した。


『そうだ兄貴、言わなきゃいけねぇ事があった』

『ああ、俺も言わないと』

『あ?』


リヴァイはなんだと顔を上げた。




 机に置かれたランプの灯りが丁度目に入る位置でリヴァイは眩しく感じた。


「さて、リヴァイ。どの辺りを食べたい?」


ホールケーキを切り分けるべく、包丁を手にしたハンジが声を掛ける。


「どこでもいい」


どこを食べてもさして味は変わらないだろう。

リヴァイはそう思っていた為、特に希望はなかった。


「わかった。適当な所をあげるよ。あ、そういえば」


ハンジはケーキを切りながら思い出したようにリヴァイに問う。



「リヴァイは今日誕生日だって事忘れてなかったんだね」

「ああ……なんとなくな」

「なんとなく、ね。前は忘れていたから驚いてくれて面白かったんだけど。
 こうやって祝われるってのもわかっていたのかい?」


皿に乗せたケーキをリヴァイに渡しながら更に問う。


「何回目だと思ってやがる」

「ふむ、なるほど。期待していたんだね」

「違う」

「やってくれると思っていたわけか」

「……」



会話にエルヴィンが参戦し、嫌な空気だとリヴァイは思った。


「期待に添えたようだ」


感じた空気は間違いではなかったようでミケまでもが参戦してきた。


「……ああ、そうだな」


本気で相手をすればこちらが馬鹿を見る。

そう考え、リヴァイは適当な相づちを打った。
すると――


「た、大変だ。リヴァイが認めたよ、エルヴィン」

「そうだな、ハンジ。なぁミケ、これはまずい事になった」

「ああ、雪が降るな」

「すでに降っているだろうが」



失礼なまでに大袈裟な態度をとる三人に、リヴァイがねめつけながら当然の事を告げると皆が笑いだした。

その様子を見て、リヴァイの眉間の皺が少し緩んだ。

笑顔と言うには程遠い表情ではあったがそこには温もりを感じられた。
それに気づいた三人も自然と緩やかな笑顔へと変わっていく。

彼等の背にある窓の外ではあれ程降りしきっていた雪がやんでいた。

明日は青空を望めるのだろうか。

いつかあの二人が夢見た広く明るい青空を。

いつかは見られるのだろうか。

背に負った彼らが望んだ壁の無い自由で雄大な青空を。


今は真っ暗な外にそんな想いを抱きながら、
明日の分厚い雲から解放された空を期待してリヴァイはケーキを口へと運ぶ。

甘い風味が広がるとあの時の二人の声が聞こえた気がした。


『兄貴』

『リヴァイ』

『誕生日おめでとう!』


「……ああ、お前らもな」


その幻聴に、リヴァイは誰にも聞かれないように小さな声であの日のように返した。




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