リヴァイ「窓に映る雪の影」(31)



「なぁ、リヴァイの誕生日っていつなんだ?」


そう聞いてきたのは誰だったか。
調査兵団の食堂で飲み会を開いていた時で、リヴァイがまだ顔と名前をはっきりとは把握していない頃だった。

調査兵団に残ると決め、それならば飲み会に参加したほうが早く馴染めるだろうと何度か無理矢理参加させられた。
その何度目かの飲み会の席だった。


教えないという選択をすれば酔っ払いはしつこく聞いてきそうだ。別段隠すような事でもないためリヴァイはあっさり答えた。


「12月25日だ」

「年の暮れ近くだな。よっしゃ飲もう!」


突然横から出てきて飲み会を開くことを勝手に決めたのは確かゲルガーだったように思う。
あまり記憶は定かではないが後々奴が色々としていたことを考えると間違いは無いはずだ。

祝うというより酒の肴にしたいだけなのだろうと思い、勝手にしろと適当に答えた気がする。


当日、勝手にしろと言ったがためか本当に勝手にされてしまい、少々後悔した。

食堂が子供じみた装飾をされている。
紙を細長く切り、輪っかにして繋げてあるものが窓や壁にたゆんだように貼り付けられている。

輪っかで飾られた壁には『誕生日おめでとう! リヴァイ』と書かれてある。
それをリヴァイは冷めた目で見つめた。

一応は祝おうとしていることがわかるため、怒るというのも何か違うような気もする。
どうしたものだろうかと途方に暮れた。


しかもよくよく見ると輪っかはいらなくなった書類や書き損じの紙を使っているようだった。
道理で地味な色が多いはずだ。少しは色紙が使われてはいるようだが。


「よう、リヴァイ。どうだ、これ!」


肩を叩かれ、満面の笑顔でゲルガーに感想を聞かれたが生憎と答えを持ち合わせていなかった。
無駄に口を開けば悪態をついてしまいそうで「ああ……」と曖昧な言葉を発した。


「ああってなんだよ、ああって」


やはりその答えでは不満だったらしい。
だが、なんと言えばいいのだろうか? と見た目は変わらないが密かにリヴァイは悩んだ。



「おお……なんと言うかこれは凄いな」


食堂の入口で固まっていたリヴァイの上から声がした。


「ミケさん! でしょ? すごいでしょ!?」


そこにいたのはゲルガーの直属の上司であるミケだった。
その横にはこの兵団の長、エルヴィンがいた。


「食堂を使う許可は出したが……これはまた……」


言葉を濁しながらエルヴィンが感想を述べる。
リヴァイは何故許可したんだと少し恨めしく思った。



「いやぁ、どうせだからやれるだけやっちまおうって事になりましてね。
 最終的にみんな悪ふざけしちまって」


へへへ、と頭を掻きながらゲルガーが言う。
これは悪ふざけの結果か。リヴァイは気を使った自分が馬鹿らしく思えた。


「とはいえ、結構大変だったんですよ。まぁ、人が沢山集まってくれたから助かりましたけど」


それを統率したのは俺だ、とゲルガーは胸を張って自慢気にしている。
結局、リヴァイは気を使ってミケと同じように「すげぇな」と伝えた。



「そういやお前、結構人気あるんだな」


どういうことだとゲルガーを見る。


「リヴァイの誕生日を祝うから手伝ってくれっつったら結構集まったからよ」


なんとなく尻の座りが悪くなった。


「あーー!!! 間に合った!? ねぇ!? 間に合ったよね!!?」


ドタバタとうるさい足音と共に現れたのはハンジだった。
エルヴィンが少し困ったような顔をして口を開く。


「ハンジ、廊下を走るな。危ないだろう」


子供が受けるような注意を受け「ごめんごめん」と反省していないような謝罪をする。
それに軽くため息を吐いただけでエルヴィンはそれ以上の注意は諦めた。



「とりあえず間に合って良かったよ。あ、そうだリヴァイ」


名を呼ばれ、顔をハンジへ向ける。


「誕生日おめでとう」


リヴァイは軽く目を見開き、そして「ああ」と答えた。


「ああ、そうだそうだ。肝心なそれを忘れてたな。リヴァイ、誕生日おめでとう」


ハンジに続いてゲルガーが祝いを口にした。それを皮切りに次々と祝いの言葉がリヴァイに降り注いだ。
なんとも面映ゆいような気分になり、それら全てに「ああ」と短い言葉とうなずきで答えていった。


その後は案の定ただの飲み会と変貌を遂げた。
酔っ払っておめでとーを繰り返す奴や、やたらにリヴァイに絡んでくる奴等を除いてはいつもの飲み会だ。

絡んでくる奴等は鬱陶しいと思わなくもないが、
わざわざ自分のためにこの飲み会を開いてくれたことは感謝していた。

ふと、「ありがとうな」と自然と礼を言ったところ、周りが一寸静かになった。
リヴァイはなんだとばかりに訝しげに相手を見る。


「リヴァイが……リヴァイがありがとうって言ったぞ」

「…………あ?」


眉間にシワを寄せて短い言葉を発する。



「あのリヴァイが礼を言ったぞー!!」

「うおぉぉぉおぉぉおぉぉ!! カンパーイ!!!!」


忘れていた。既に全員酔っ払いだった。
訳のわからないことで盛り上がれる酔っ払いのるつぼの真っ只中だった。
第一、今までで礼なぞ何度も言ったことがあるはずだ。……多分、恐らく、きっと。

そう思い、反論したくなったが余計に絡まれるだけだろうと口を噤んで酒を口にした。


「私、リヴァイが礼を言ったの聞いたことある気がするんだけど」


酒を片手にナナバがぽそりと呟いた。
ああ、やっぱり言ったことはあったよなとリヴァイは心の内で納得する。



「俺も聞いたことあるが、あいつらは聞いたことがなかったのかもな」


グラスを傾けながらミケが言う。

そうだっただろうか? そうだったかもしれない。あいつらに礼を言う場面になったことがないかもしれない。
まぁ、どうでもいいかと向こうで騒いでる奴等を放ってリヴァイは酒を楽しむことにした。

ナナバの隣で飲んでいたハンジが酒瓶を手に取り、酒が無くなっているリヴァイのグラスに注いだ。


「じゃんじゃん飲みなよ! 今日はリヴァイが主役だからね!」


騒がしくなりそうな奴がここにもいた。


まあ、ここにはミケもエルヴィンもいる。
ナナバもストッパーになるだろうし気にせずともいいかと注がれた酒を飲む。


「おい、リヴァイ、のんでるかぁー」


顔を赤くしたゲルガーが絡んできた。
酒瓶をひとつ、手に持っているようだ。


「祝いだからな。俺の取っておきだ」


ニヤリとしてリヴァイの目の前にドンッと音を立てて置く。
それなりにいい酒だった。



「お? まだグラスに酒が残ってんじゃねぇか。ほら、さっさと飲み干せ」


先程ハンジが注いでくれたのでグラスに半分ほど残っていた。仕方なくそれを煽る。


「おおーいい飲みっぷりだな。お前かなりいける口だよな。まー、これも飲め! 一杯だけだけどな」


ナナバが「せこい」と突っ込むと「これ本当に俺の取っておきなんだよ!」とゲルガーが酒瓶を抱き締めた。

いいからさっさと注いでやれとミケに促されてリヴァイのグラスに注いでいく。
慎重に注いでいるその姿にイラついたのか、いたずら心が疼いたのかナナバがポンッとゲルガーの手を押した。

酒が一気にグラスに注がれ、少し溢れた。



「あー!! おい、なんてことすんだ!!」

「祝いの席でケチケチするからだろ」


目の前でぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる二人を尻目にその“いい酒”とやらを煽る。
美味い、いい酒だった。
あまり一気に飲んでしまっては悪いだろうと数回に分けて飲んだ。

その間に二人の喧嘩は少し悪かったと思っていたらしいナナバが今度酒を奢るということで纏まったらしい。


「リヴァイ、美味かったか?」


落ち着いたらしいゲルガーが笑いながら話しかけてくる。
それに「ああ」とだけ返せば「だろう!?」と嬉しそうに言った。



「俺の酒がリヴァイに認められたぜーー!」


まだ騒いでいた集団に酒瓶を掲げながらゲルガーは戻っていった。
ナナバがそれを冷めた目で見送る。

そんなことを言いながら酔っ払い集団に戻れば結果は火を見るより明らかだ。
案の定、酒を奪われ皆であっという間に飲み尽くされた。


バカな奴、とナナバが苦笑いをしながら言う。

あれがあいつの良いところだとフォローをするミケ

あれが良いところでいいのかなぁ? とハンジが首を傾ける

いいんじゃないか? と目線はグラス置いたままエルヴィンが適当に答える。


「あ、雪だ」


唐突にハンジが窓の外に指をさして言った。
それに反応してその場にいたナナバ、ミケ、エルヴィン、リヴァイが窓を見た。

窓の外ではちらちらと白い雪が舞っている。



「どうりで寒いはずだよね」

「あの騒いでるバカ共が裸にならないように注意しとかないとね」


ハンジの言葉にナナバが面倒臭そうに言いながら騒がしいバカ共に目をやった。
確かに、下手をすると脱いで外に駆け出しそうな奴が幾人かいる。

やれやれとミケが目を光らせる。何かあればすぐ動こうとしているようだ。
エルヴィンはちらりとそれを見てまた酒に目をやった。

リヴァイは騒がしい音を背に窓を見つめ、明日も寒くなりそうだと思った。





昼をだいぶ過ぎたしんっとした食堂で紅茶を傾ける男がひとり。
その男、リヴァイは少しどんよりとした雲を眺めていた。


「あれ? 一人かい?」


片目に眼帯をしたハンジが声をかけた。
昼食はとうに終わっており食堂には誰もいない。

ハンジはお茶でも飲もうかと食堂にやってきていた。



「紅茶、まだあるかい?」

「ああ」

「貰っても?」


リヴァイが軽くうなずくとカップを取り出して注いだ。


「だいぶ寒くなったね」

「ああ」


雲の様子からすると雨か、もしかしたら雪が降るかもしれない。
どんよりとした雲を一瞥してそう思う。



「そうだ。これあげるよ」


ゴトッと音をさせて机に酒瓶が置かれた。
どこか見覚えのある酒だった。


「どこに売ってるのかわからなかったんだよね。
 あの時はあんまり興味なかったし」


たまたま店で見かけたから買ったのだとハンジは言う。
酒盛りはそこそこやっていた。“あの時”とはいつの酒盛りのことだろうか。



「それに、今日は誕生日だろ」


そう言われてハッとし、持っていた紅茶の入ったカップをソーサーに戻した。
驚いた様子を見て「なんだ、忘れたのかい」とハンジが笑う。

置かれた酒瓶をもう一度見て思い出す。
見覚えがあるはずだ。“あの時”ゲルガーが持っていた酒だ。


「……お祝いするの、私だけになっちゃったね」


寂しそうにぽつりとハンジが呟いた。



「なんかそれじゃつまらないからみんなに言い触らしてきたから」

「…………あ?」


しんみりとしかけたが一気に眉間にシワがよる。


「何かやりたがってたから夜は空けといてね。今買い出しに行ってるみたい」

「テメェ、何を余計なことを」

「いいじゃないか、たまにはさ。今はアズマビトからの返事待ちでそんなに忙しくないだろ?」


アズマビトとの連絡を取り合ってはいるが色々と時間がかかる。
こちらの提案を伝え、その場で出せる答えならいいがそうでなければアズマビトが持ち帰って検討する。
そんなことを繰り返している。

そんなぽっかりと空いた暇がリヴァイの誕生日と重なった。

何してくれるんだろうねー? なんてニヤニヤしながらハンジが紅茶を口運ぶ。

リヴァイはなんと言えばいいのかわからずただ眉間にシワを寄せた。



「あ、雪だよ」


唐突にハンジが窓の外に指をさして言った。それに反応してリヴァイが窓に目をやる。
窓の外ではちらちらと白い雪が舞いはじめていた。


「どうりで寒いはずだよね」


そう言われた瞬間、窓とは反対方向が騒がしくなった。
思わずすぐに振り返ってざわめきを探した。



「やべぇ、食いもんに金掛けすぎた」

「食べ物は重要ですよ!」


大荷物を持ったジャンがしまったという風情で言うがサシャは食べ物にしか目に入っていないようだ。


「飾り付けあれでよくね? あの紙を輪っかにするやつ」

「色紙そんなに無い」


コニーは両の人差し指と親指を輪っかにして繋ぎ合わせてみせたがミカサが材料が無いとか困ったように眉を寄せた。


「えーっと、とりあえずいらなくなった紙使う?」

「いいのか、それで?」


手持ちを考えるとこれ以上買い物はできないため、
アルミンがコニーの案に乗るもエレンにバッサリと切られてしまった。


リヴァイは一寸、目を見開きすぐに細めた。
ハンジも彼らが入ってきた入口を見つめている。

何か幻でも見たのかもしれない。

すぐにリヴァイに気づいた彼らは驚き、慌てふためいて買ったものを隠そうとした。

しかし、ハンジがすでに何かしらやるだろうとバラしていたと聞いて
「なんで言っちゃうんですかー」と少々文句を言われていた。

ごめんごめんと謝りながら手伝いを申し出ると、リヴァイに手を振って調理場へと連れ立っていく。


調理場へ皆が消えるとリヴァイは再び窓へと視線を向けた。
雪はゆらゆらと降り続けている。

“騒がしい奴等”が命を睹して作り上げた道。
これの行く先がどうなるかはわからない。

きっと違えずに進んでいるのだと信じて突き進むしかない。

調理場から聞こえる小さな喧騒を耳にし、数時間後に飲める酒を楽しみに今は紅茶を口に運んだ。




25日越えてしもた。リヴァイ兵長誕生日おめでとうございます、した

色紙(いろがみ)です
投下しながら色紙(しきし)って読んでしまったと思ったので一応ここでお知らせ

読んでくれた方いましたらありがとうございます

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