夏凜「三好夏凜の勇者御記」 (52)


・このSSは、夏凜が十一話のまま最後まで治らなかったら、の未来を一部都合よく妄想して書いたものです

・地の文多量

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419326930



○ 神世紀 三百四年 六月十二日 勇者御記――原本――



 それが何時頃なのか定かではないが、私は今日も滞りなく眠りから覚めた。
にもかかわず、何も見えない、何も聞こえない。身動ぎせず、私はベッドの上に横たわっていた。

 自分という意識が、ぽっかり何もない暗闇に浮かび、漂っているような感覚。
まるで、いつまで経っても終わらない夢を思わせる現実の実感。

 進んでいるのか、戻っているのか、よくわからない時間。
つまり一日が終わるために必要な体感時間の遅さ――

 音と光がない世界。

 こういったいったものこそ、今の私にとっては、まさしく「日常」と呼ぶべきものだ。


 遡ること今から約四年前、東郷の一時的な錯乱を発端に結界内へ侵攻してきた大量のバーテックス。
それらを無事に殲滅した勇者部一同の活躍によって、この国には束の間の平穏が訪れた。

 その戦いの日からずっと、私は大赦の庇護の下、実に不自由な生活を余儀なくされている。

 私に、何ができるか。

 「満開」の後遺症で右半身はまともに扱えない。それだけではなく、つんぼとめしいの二つも患っている。
自立した生活を営む能力は、最低の程度まで落ちていると言わざるを得ない。

 現在私は、将来の大赦に携わる人たちに、過去をなるべくそのまま記録として残し伝えるため、
大赦の中枢にいる兄に向けてこの手記を書いている。

 兄に向けて書いているというのはつまり、

 どうやら大赦内での兄の地位は、私が繰り返し「満開」を行い、神樹様にかなり近い存在となったことで鰻上りらしく、
地位に物を言わせ大赦に検閲される前の手記の原本をそのまま所蔵できる――

 という状況らしいので、まずは彼に原本を送り、それを保管してもらおうと考えているわけだ。


 ここで、この手記の最初の読者となる兄上に、お願い申し上げたいことがある。

 この手記に描出される内容は、多分に私的な心情及び体験の吐露であるため、
貴方がこれを手に取り中身を読むことは歓迎するが、私たち讃州中学勇者部の戦いが出来事として風化するまで、
原本あるいは検閲済みの手記の公開を、大赦内部であっても避けるかせめてごく限られた範囲に留めて頂きたい。

 望み薄とわかった上で更に私の希望を述べておくと、兄上の死後、時が流れ、
この原本が勇者たちにとって自由に閲覧可能な資料となっている未来が、私の理想だ。

 できることなら、これの内容の検閲は貴方自身、私の親族ということでそれが許されないならば、
せめて貴方がよく見知った信頼の置ける人物に行ってもらえると幸いである。


 さて、少しばかり前置きが長くなってしまった。

 そろそろ私事をつらつら書き連ねていきたいところだが、
その前に、この手記がどのような方法で記述されているかを、述べなければならないと思う。

 まず端的に言ってしまえば、私は自分の手を使いこれを書いているわけではなく、
精霊と、身の回りの世話をする一人の女官の助けを借りて記述している。

 私は、目と耳の機能を後天的に失った状態にあり、
四年という歳月は、私から発話能力を著しく失わせるのに十分な時間だった。

 そんな状況の中で、他者とコミュニケーションをとるため、私が現在耳や発話の代わりとしているのは精霊である。
いったいそれはどういうことか。丁度いい例を、勇者アプリにあった神樹様の説明の一節に見ることができる。


 『神樹様は大地深くに根を張っており、精霊を使役することで、
  ここら一帯に記憶されている伝承や事象の情報を神の力でアクセス、抽出することができる』

 私がやっているのも、これと原理上は同じことだ。

  私の周囲で発された他者の言葉を精霊が感知し、観念の形に変換し、それを私の心の中に直接送る。
とはいえ、ここで注意して欲しいのは、あくまでも観念は言語的なものではないということである。

 抽象的な、感情それ自体、原風景、感覚質――とにかく私は、その観念とはどういうものかを、上手く言語化する術を知らない。
ようするに、本当の意味では、目や耳の機能を用い行っていたコミュニケーションと同じことはできていない、ということだと思う。

 一方、誰かに自分の意思を細かに伝えたいときは、精霊を動かし、
鉛筆などを持たせて、紙に文字を一つ一つ書いてもらう。

 その役目を担うのは通常、私が最初に賜った精霊の義輝である。
彼は多少不器用だが、義輝以上に適任な者も他に見つからなかった。


 三体の精霊が同時に私へと送る別々の観念を比較対照することによって、
なるべく正しい意味の理解を行い、義輝に文字を書かせる。

 この方法ははっきり言って手間と時間が酷くかかるし、
特に義輝が文字を書くところでコミュニケーションが失敗しやすい。

 そんな苦労によって産み出された汚くありのままの文章を、原本としてそのまま残すことも一応考えてはみたが、
後世の人、そして兄に内容がなるべく正しく伝わることこそ重要ではないかと私は結論し、たび重なる校正を行った。

 校正には、神樹様と私に対して敬虔で純粋な信仰を持ち、兄の息がかかった信頼の置ける女官の手を借りた。

 そんなわけで、これは義輝が文字を書き、女官がそれを読み、修正し、私にお伺いを立て、義輝が返答を――
という繰り返しを何度も経た物であり、そこには女官の解釈と、意志疎通の際に避けがたい私の誤解が含まれるだろうことと、
厳密に言えばこれは「私が書いた」物ではないことを断っておく。

 さあ、ようやくこれで一通り、事前の準備は整った。いよいよ、私についてをつらつら書いていこう。

今日はここまで

最終回後あのままだと夏凜がバリエーション様々だけどこういう酷いことになるよな……

それじゃハッピーエンドにならない

つまり、夏凜は最終回で回復する! って思ってます(都合のいい脳みそ)


とりあえず思いついた解決策が
友奈たち一回目の満開で、満開機能は大赦により改善されてて、
満開はレベルアップじゃなくて一時的なパワーアップ機能になってるから、夏凜は戦闘終わったら治るよ

っていうぎりっぎりの展開ですけど

ただ、新しい精霊は出てないし、風先輩満開後とか夏凜満開後のたすきみたいなの、
機能失う目に纏わりついてなかったと思うんですよね

夏凛のスマホは銀の使ってたやつで夏凛専用じゃないから満開の定着が浅かったんだと予想

 
 これ今日の投稿終える前に最後改めて書くと長くなりそうなので今の内に
SSの中身には関係ない本編の妄想なので、興味ない方はこのレスさくっと読み飛ばして結構です


 勇者システムのアップデートと言う言葉が鷲尾で使われてたりするし、
勇者アプリに、満開時間の限界が決まるような世代間や個人差がある気はしてない
アップデートするときは平等にされてると思う(我々がスマホのアプリをアップデートするのと同じように)

でも、精霊がスマホに入ることや変身衣裳とかかから、アプリは当然その勇者専用仕様になってるんだろうとも思う

 後の根拠としては、鷲尾時代東郷精霊1、東郷時代3、五話満開後4といった感じに、 
今のところ精霊の数が増えてるのが確認できるのは満開後すぐじゃなくて大赦がその都度回収し触ったあとなので
なんだか大赦毎度データ回収しては返す前に(精霊プラスも含めて)細かいアップデートしてそうとかそういうのがある

(とはいえ世代間での差が全くないかと言うと、夏凜の連続満開がなかなか謎なので、
 友奈たち四人のデータを基に三話の実戦投入前に夏凜に合わせるため特別弄ったはあると思う
 例えば、数回分満開のパワーを溜めていられるから、その間無意味な満開暴発とか万が一にも起こさず戦えるとか)


 正直、夏凜の満開時間については、近接戦闘と広範囲攻撃可能な、機動と攻撃力にステータス全振りの紙機体だったとか >>14とか
考えようとは色々とあるんですが、これから夏凜が回復する展開を考えようとしたとき、
五話満開スマホ回収後返却までで大赦が弄ってたのが原因(でも治る)、が一番無難だよなーというか……


 朝、目覚める。見えない。聞こえない。誰もいない。

 毎朝起床して、私が一日の初めに接触するのは、今、これを読み、修正してもらっている女官である。
左手の傍に置かれたナースコールを操作するか、もしくは所定の時間が来れば、彼女は私の元にやってくる。

 下の世話であったり、食事の世話であったり、着替えであったり、
そういう日常生活をおくるのに必要な行動すべてに、私は介助を必要としていた。

 そんな私にとって、一日の際立った娯楽と言えば、食事である。
大赦が用意してくれる食事は、勇者になる前の私が想像だにしなかったほど美味な代物ばかりだ。

 お箸や、フォークによって、女官の手が食べ物を私の口元まで運ぶ。
私が口を開けるとき、口を閉じるとき、合図は予め決まっており、一連の作業は円滑に進められる。

 毎食一口目を食べるとき、私は大抵友奈のことを思い出した。
「満開」の後遺症として、味覚を失った彼女を。


 まだ四年しか経っていないのに、彼女の顔も、声も上手く思い出せない。
彼女とのすこしあやふやになった記憶と感情のみが、ただおぼろに甦ってくる。

 勇者部の毎日。東郷のぼたもち。うどん。私の誕生日を祝った歓迎パーティー。

 そして、そんな過去を思い出すたびに、
一人での食事に娯楽を見出し楽しんでいる今の自分に、言いようのない空しさを覚えた。

 しかし、空しさは覚えてなお、私はここ四年間、食事が大好きだった。

 それなのに、大好きなのに、満足な量を食べることはできない。
そんなことを繰り返せば、必ず近いうちに太ってしまうからだ。

 身体の右側を満足に扱えない私は、あまり積極的に運動することができない。

 以前は身体を動かすことが唯一の趣味のようなものだった私にとって、
運動が思う存分行えくなってしまったことは、この生活が始まって最初のころ、だいぶ堪えた。

 だが、一年や二年が過ぎるとそのこと自体にはだいぶ慣れた。諦めたがついたと言っていい。
今はただ、醜くぶよぶよと太ることが恐ろしいばかりである。


 犬吠埼風。東郷美森。結城友奈。犬吠埼樹。そして、この私、三好夏凜。

 勇者部の一員である私が、己の鍛錬を怠け、そして肥満体になるなどあってはならない。
そのために私ができるのは、節制である。

 だから、必要以上の栄養の摂取を我慢した。
我慢することも、ある意味それはそれで気晴らしになる面もあった。

 節制は、私にとってちゃんと意味がある行為だったから。

 他にも、私は華奢な体型をなるべく維持するため、毎日マッサージを受けたりしている。

 女官の柔らかな手で、背中を解きほぐされているとき思い出すのは、友奈にマッサージをしてもらったときの思い出だった。

 いつだったか私は、ここに一人で友奈が見舞いに来てくれたとき、
またあのときみたいなマッサージをしてくれないかと彼女に頼もうとして、やめたことがある。

 むくみや痩せ具合という形で、私の身体の内実を友奈がその両手によって逐一把握していく。
そのようなやり方で自分の現状をわざわざ彼女へと知らせる残酷さに、否が応でも気付かされたからだ。

 もう今となっては、女官が背中を触る感触と、友奈との思い出に、どんな違いがあったのか私は上手く区別できない。


 毎日私は、朝起きて、ご飯を待って、ご飯を食べて、昼食を摂って、夕餉をお腹に詰め込む。

 その間、暇な時間は山ほどあった。

 ベッドの上にいること以外で、私に日々課せられた活動は、主に二つある。

 一つ目は、大赦から新たな命を拝するときのため、日本語を日々鍛錬すること。

 これは、精霊と、私と、お付きの教師によって専用の部屋に移動したのち行われる。

 相手が発する細かい意図を、精霊に聞き取らせ、それをそのまま忠実に理解できるようにする練習。
観念の形ではなく、きちんと日本語で思考しそれを外に表現する練習。点字を指で読む練習、等々……。

 まるで小学生の頃、それも低学年に戻ったようだとしばしば思わされる。とても苛々する。
けれどこの鍛錬を怠れば、いつかはまともな日本語能力を完全に失ってしまうのではと思うと、嫌でも積極的になってやるしかなかった。


 前まで当たり前にできていたことが、あるときを境に不可能となる。
それだけではなく、前まで普通にできていたことを、お前はできるようになるべきだと改めて学ばされる。

 でも、不可能ではないにせよ、上手くいかない。自分自身がまったく思い通りにならない。
それらの体験の積み重ねが、ここまで苦しいものだとは思っていなかった。

 積み重ねの中で何より辛いのは、これを積み重ねたところで、
もう勇者部のみんなの声を、言葉を聞くことはできないと実感することだ。

 友奈の声を聴くことは、もう二度とない。それでも私は、努力しなくてはいけなかった。

 そうしないと、精霊たちから送られる観念に頭から足先まで埋もれてしまって、
こうして自ら考えることすらままならなくなってしまいそうだった。

 本来、実直な学生としての勉学に高校で励むべき時間帯、私はその半分くらいを、
日常的な日本語という誰でも知ってて普通の事柄に関する学習にあてていた。

 私がこれ以上日本語の精度をこつこつと維持したり高めてみたところで、
そこにいったい何の意味が、私にとってあるというのか、という葛藤に絶えず苛まれながら。


 これを読んでいる方はきっと既に十分ご承知のことだろうと思うが、一応念のため書いておくと、
勇者には誰もがなれるわけではない。なるためには特別な素質が必要だ。

 そして、その素質がことさら優れていたという基準で選ばれた精鋭が私たち勇者部であり、
私たちくらいの素質の持ち主でないと、最大限に勇者システムの機能を引き出せない。

 しかし、満開を行った回数から考えて、勇者部による防衛には早くも限界が見えており、
少なくとも後釜をどうするかの目途を今の内になるべく早急に立てておく必要があった。

 人材不足と、緊急対策。

 現実と必要を隔てる間隙を埋めるという難問を前に、大赦は、勇者システムの可能性の最大利用を切り捨て、
時間稼ぎではあるが質を引き下げた大量の人員の投入によりその不都合を解決しようとしていた。

 かつての日本の史実になぞらえてみて、学徒動員――と言っていいのかどうか。
とにもかくにもいずれは数百人、もしくは数千人の少女が勇者に選ばれるかもしれない。

 バーテックスと五人で戦ってきた私たち、というより私にとって、それは衝撃的な決定だった。
もっとも、数が多いから五人のときより状況がいい、羨ましいというわけではもちろんない。


 彼女達には、私たち勇者部に多大な恩恵を与えた、精霊によるあの強力なバリアが実装されない。
それなのに、いきなり戦うなんてできっこない。だとすると、数百人数千人を教育できる場所と時間はどこにある。

 つまるところ使い捨てなのだった。素質は不足がちで、伸びしろが決まっている中で勇者たちを物のようにやりくりし、
次世代の勇者候補が現れるか、勇者システムの画期的な改善が行われるか、そのどちらかで未来への道が開けるまでの時間稼ぎ。

 これでは教科書で読んだ、特攻隊、そういうようなものが出てくる戦争の有り様そのものではないか。いくらなんでも酷過ぎる。

 だから勇者部は、自分たちが担当できるだけの幼い勇者候補生を受け持ち、猛烈な訓練を施しているらしい。
少しでも効果的であるように、かつ、自分たち以外の誰でも同じことができるよう教育方法を体系的にすべく試行錯誤して。

 勇者部の面々が私に漏らす断片的な発言と、又聞きの情報しか私は知らないが、
それでもその光景は見えないはずの目に自ずと移し出されてくるようだった。

 風がこれぞ大先生という貫禄でどんと構え演説めいた授業をかます。
友奈が子どもたちを直接相手して、樹が風の言葉を黒板に書きつけたりその他細々した雑用。
東郷が、裏でその授業のための理詰めを行い、その内容の細かい審査は風によって行われている。

 しかし、その想像のどこにも、私の居場所はなかった。そして当然、現実にも、同様に。 

今日はここまで

私、木曜日は確実に見られない組ですし
夏凜復活すると信じてる派なので夏凜復活しないわけねーだろ! ってこんな描写書いてますけど

もやもやを形にして発散するためとはいえこんなん書いてて
実際最終回夏凜復活しなかったら大ダメージ返ってくるんじゃって気がしてきたので
明日で書いててきついところまで書き終わることを目指そうと思います


 本当なら、勇者としての戦いを誰かに教えるということは、
勇者部として私が大活躍できる絶好の機会であるはずだった。

 なぜなら勇者部の中で私が一番、辛い日々の訓練に耐え、専門の教育を受け、
何者にも屈せぬ強さを備えた大赦の勇者、を目指そうとしていたのだから。

 それは、私が早くから自分の使命に自覚的でいられて、
その上、そのためだけに生きようと、がむしゃらに備えていただけに過ぎない。

 しかし何はともあれ培った成長のための経験がある。役に立つことができるはずだった。
せめて片目と片耳の機能が残ってさえいれば、きっと。

 役に立つことができるとか、そういうことを考える時点で既に、泥沼にはまりかけている気がする。

 私は勇者部の三好夏凜。大赦の勇者としての三好夏凜はもう辞めた。

 私は私でいさえすればいい、友奈ならそんなことを言ってくれたと思う。

 でも、そういう綺麗ごととは別に、どうしても嫌な考えを持たずにはいられなかった。
ずぶずぶと深みに落ち込んでゆかずにはいられなかった。


 もしあのとき、満開の後遺症がここまで重くならなければ、私は勇者部の一員として今もみんなの役に立てた。
そして、そもそもの原因を辿れば、東郷があのとき無茶苦茶をしなかったら、私はこんな目に遭わずに済んだんじゃないか。

 その思考は、こう続く。

 あの戦いが終わって、東郷の満開の回数は四回になった。私も、あの戦いだけで、四回、満開をすることになった。回数は同じだ。
東郷は勇者部として今も誰かのために奉仕することができているのに、私はなぜ、こんなところに延々缶詰にされているのだろう。

 東郷は、みんなと一緒にいられる。私は、そこにはいられない。

 東郷は、勇者部のみんなや人類の役に立つことができる。私は、ここで誰のどんな役に立てるだろう。

 東郷は、友奈を見ることができる。私は、何も見えない。

 東郷は、友奈の声を聞くことができる。話すこともできる。私は、何も聞こえない。
 
 私は友奈に好きだと言ってもらったのに、東郷ばかり、友奈の傍にいる。

 どうして私じゃなくて、東郷なんだろう。


 私は勇者部なのに、勇者部に必要とされるような、居場所がない。

 こんなことになるなら、あのとき、私は他にやりようがあったんじゃないか。

 例えば、自分だけで満開を背負い込むんじゃなくて、風や樹を探し出して、一緒の犠牲を強いる。
満開する。そういうやり方もあったんじゃないか。

 私は――

 こういうことをつい考えてしまう、自分の心の弱さが恥ずかしかった。
叶うならばいっそ、消えるように死んでしまいたいと思った。

 東郷に私と同じようになって欲しいわけじゃない。東郷のことを恨んでいるわけじゃない。
ただ、自分を東郷とを比べて、そこに横たわる不条理になぜと問い続けないと、たまに壊れてしまいそうになるだけ。


 風や樹を巻き込まずに済んでよかった。そう思ってる。
でも、彼女たちと満開していれば、という考えが頭をよぎることがあるのも事実。

 それだけ、今の私は何もできないということが、苦しくて苦しくてたまらない。

 かつては戦うことだけが私の価値だった。それを友奈や勇者部が変えてくれた。
でも、今の私は、勇者部として活動することも戦うことどちらも覚束ない。どちらの価値もなくなってしまった。

 これ以上何か努力したからといって、そこに意味はあるのか。

 つんぼでめしいた勇者なんて、まともな活躍は期待できないだろう。
客観的に見れば、私なんて早く処分してしまうのが一番なんじゃないか。
端末は、私にくれたときのように、誰か優秀な候補者にくれてやればいい。


 いつ頃からかは覚えていないけど、私はそんな気持ちを内心で燻らせるようになっていた。

 これまでその気持ちを誰かに打ち明けてみたことはないが、
自分では、結構冷静でまともな判断ができていると思っている。

 ところがどっこい、私の周囲は私とはまるで正反対に考えていたようだ。
周囲とは、すなわち勇者部と大赦のことである。

 勇者部は当然だろう。問題は大赦だ。
大赦は私がまだ戦える、かもしれないと多かれ少なかれ思っている。

 そして大赦がその可能性にいまだ望みをつないでいることこそ、私に日々課せられた活動が二つある理由だ。

 一つ目はさきほど述べた日本語の練習。二つ目は、戦闘訓練。
もっと噛み砕いて言えば、敵を迅速に識別する、味方とは確実に区別する訓練。

 実に皮肉なものだと思う。

 勇者部のため戦おうと誓ったあの日以来、私は勇者部として活動するのに必要な能力をほとんど損なってしまい、
やっと見つけたはずの自分の価値を見失って、また、大赦の指示で戦うという、一度捨てたはずの道へ帰って来たのだから。


 私が戦う。

 成功するかもしれない方法としてまず一つ、
コミュニケーションの場合と同じように精霊を索敵に使うというものがあった。
それが可能ならば、味方と敵を区別することは容易だろう。

 問題は、視覚でも聴覚でもない観念という形で、
どうやって敵との距離、味方との距離、攻撃がどのように来ているか、
神樹様との位置関係は自分含めどうなっているかを絶えず意識し続けていられるか、そういうところだ。

 樹海化が起こっていない以上、どうせどれだけ試しても不安要素は残るが、
それ以前の自分と他者との距離感を捉えるところで私は躓いていた。


 あと一つ有力そうだと言われているのが嗅覚に頼る方法。

 これは、バーテックスの微弱な臭いの違いを嗅ぎ分けられるようにしたらどうか派と、
戦闘前、バーテックスに特別な臭いのする薬品を他の勇者にぶちまけさせ、それを目印に戦わせたらどうか派に分かれていた。

 どちらにせよ、訓練や投薬などを駆使した私の嗅覚の鋭敏化と、
大赦による勇者システムの試行錯誤でその成功失敗は決まることになる。

 正直私は、精霊を索敵に使う方はともかく、
こちらは人間には無理なのではないかと思っているが、試してみない理由もない。

 そんなわけで、精霊との感覚の同調と臭いの嗅ぎ分けを毎日行う。
だが、日本語の学習とは違いこれはあまり長い時間やらない。

 集中と質が大事だからだ。長々やって精々一時間ちょっとといったところか。
それでももっと内容を充実させろと担当官から叱られかねないくらいである。

 あとは、ほとんどベッドの上にいる。


 この手記の日付は、三百四年 六月十一日ということにしているが、書き始めたのはずっと前だ。

 時間だけは山ほどあった。
だから気力がさほど湧かなくても、ここまで女官と精霊の力を借りて書くことができた。

 今日が手記の日付としてふさわしいと思ったのには理由がある。
今日が私の誕生日だったから、ではない。

 今日のお昼に友奈たちが私の元に来てくれて、帰ったあと、私は女官から、
私は近いうちに先代の勇者、乃木園子と同じように、神樹様の一部になるのだと告げられたからだ。

 乃木園子。私はついぞ彼女の顔を見ることはなかったが、彼女は二年前、突如変調をきたした。

 大赦は最初大慌てをしたが、そのすぐ後にこうしなさいという神樹様のお告げがあったため、
落ち着きを取り戻し言われた通りにした。


 今回は、早くからお知らせがあったのだから、まだましなのもかもしれない。

 何もこれから死んでしまうわけではないのだが、神樹様と一緒になるということは、
友奈たちと離ればなれになる点では一緒だろう。

 消えるように死んでしまいたい、そういうことを思ったりしたはずなのに、
いざ自分が本当にいなくなるとわかると急に未練が湧いた。

 また、みんなの目を見て、話したい。無理だとわかっていてもそう思った。

 みんなは私を見て、今の私についてどう認識していたのだろう。
戦いがあったときはまた戦う、と考えていたとは思えない。
大赦が何か誤魔化していたか、これ以上戦うことはないだろうと端から高を括っていたか。

 戦うことはない。実際それは、現実のものとなりそうだった。

 バーテックスの再襲来は日に日に近づいているが、
それでも私が神樹様と一つになる方がそれよりも早いだろう、と大赦は予想している。

 私の日本語訓練や、精霊と嗅覚の訓練、すべて無駄だったと半ばはっきりしたわけだ。


 だから私は、これを今日の日付で書くことにした。

 この手記が、私が私としていつまでも爪痕を残せるかもしれない、
今の私にとって唯一可能で、意味あることだったから。

 私の境遇と何かしらの共通点を持ちうる、
これを読んだ未来の勇者候補の子、もしくは勇者がいれば、よく考えて欲しいと思う。

 こういう出来事が昔確かにあって、自分はその延長線上で戦おうとしている、戦っているのだと。

 未来の勇者システムは、私が使っていた物とは全然異なっているのかもしれない。
もしかしたら、戦いは終わっていて、そんな未来で誰かがこれを読んでいることすらありうる。

 それでもこういうことがあったのだという一資料として、
これを残すことに私はとても意味を感じる。


 今日、友奈たちがやって来て、いつもと同じように枕元に並んでくれた。
彼女たちは、私がこうなってしまってから、毎年の誕生日で「お誕生日おめでとう」と言ったことがない。

 けれど誕生日は必ず、欠けることなく勇者部全員で私の傍にいてくれる。
忙しい時間を工面して、いつもよりちょっと長く。

  私は、そんなみんなが大好きだった。
「おめでとう」なんて今の私に投げかけるには残酷すぎる言葉がなくても、違った形で思いは伝わってきた。

 例えば今日、友奈が優しく、私の手のひらに何度も書いてくれた。大好きだよ、って。

 私の中で、勇者部の声も、顔も曖昧になりつつある。みんなあの頃とは相当変わってしまっているだろう。
時間は流れて、私の大切な物を内からどこかへ持ち去っていく。

 それでも、大好きだってこの思いは、私の中で変わらない。
みんなと私が、どんな形であれ繋がっていられる限り。 


 大好きだって思い続けられるもの、それさえあれば、
守り切ったあと、自分は間違ったことをしたと心の底から後悔しないで済む。

 ああだったらよかったのに、とふと思ってしまっても、
それよりあのときした選択の方が正しかったのだ、と思い直すことができる。

 だから、自分が本当に大切になる物を、勇者には、見つけて欲しいと私は思う。

 そうして、自分がどうしたいかをよく考えて行動すれば、
あのときああしたことは間違っていない、って選択を選ぶことが少なくともできるはずだから。

 じゃあどうやって、そういう自分にとって大切な物を見つければいいのか、
世界や大切な物を守るのにどういうやり方が一番正しいやり方なのか、それはわからない。

 私にできることは、それが大切だと思うという気持ちや、
勇者にはどういう苦しみが待っていたのかを、記録として残し伝え、自分で考えてもらうことだけだ。


 これであらかた溜まった思いは吐き出すことができたので、
ひとまず本日の手記を一段落としよう。

 今までずっと書いてきたぶんも合わせたものだから、
今日一日の手記はべらぼうに長くなってしまった。

 明日からも可能な限り書き続ける予定だが、
数日か一週間ほど間が空いて、もっと文量は短くなりそうだと思う。

 どうせだから昔のことととかも、思いだせるだけ書いてみようか、悩んでいる。

 ――勇者御記 304.6.11

~☆

 私は、目を覚ました。

 そして、まばゆい光に満たされて、静謐で、清浄なものとなった自分を意識する。

 私は神樹様の一部になった。

 今ならなんでもできそうな気がした。

 私は手を伸ばそうとして、手がないことに気が付いた。

 なんでも、というわけにはいかないのね。


 ――ねえ、ねえ。


 心の中に直接声が聞こえてきた。

 前に誰かの声を聞いたのは四年前くらいだから、見知らぬ声であっても懐かしく思えた。


「誰ですか」


 私は言った。


 ――乃木園子。あなたと同じ、神樹様の一部となった勇者だよ。
 

 乃木園子が、そう言った。

~☆


 ――満開をした勇者の身体は、必然的に神樹様に近づくから、
    遅かれ早かれいつかは人間の自分っていう存在を保てなくなってしまうんだよ。


 私の前に乃木園子が立っていた。

 ここは神樹様の「中」だから、当然そこに乃木園子の身体があるわけではないのだが、
身体に見えるのは私たちが自分と他者を保つための観念の束ということらしい。

 わかったようなわからないような気がした。

 私にも、観念の束の身体はちゃんと用意されている。腕をつねったりすると感覚はあった。
でも、なんというか全体的に重みを感じなくて、奇妙に思えた。


 ――大丈夫、すぐに慣れるから。


 私の内心を見透かしているらしい。
乃木園子はなごやかで安心させるような笑みを浮かべている。



「友奈たちも、来るの?」


 ――うん、どれだけ神樹様の力を取り込んだかで、現世に留まれる期間は変わってくるけど、いずれはね。


「また、大赦はこんな大事なこと隠していたのね」


 ――それは違うよ~。彼らは隠してたんじゃなくて、知らなかったの。
   満開ってシステムが初めて導入されたのが、私の時代だったのもあって、まるで予想外だったんだよ。

 ――私がここに来たのは、満開の数があまりに多かったからって理由が大きい。

 ――夏凜ちゃんの場合は、満開で神樹様にかなり自分を捧げていたのもそうだけど、
    少女じゃなくなる年齢がだいぶ近づいているから。


「…………つまり、勇者は大人にはなれないってわけか」


 ――残念だけどね。神様の力を使うってことは、それだけ大変なことみたい。


 友奈もここに来る。勇者部のみんながいつか、ここに。

 みんなも大人にはなれない。

 私は、喜んでいいのかいけないのか、微妙な気分だった。



「で、私たちは、神樹様の一部としてここで何をするの?」


 ――精霊が収集する地上の情報を整理して、上の位階にいる神様たちに取次するの。

 ――神樹様の中で最も人間に近しい部分として。

 ――精霊と感覚を通わせるのは、地上でだいぶ練習していたから慣れてるでしょ?

 
 そう言いながら乃木園子は、その場に何やら大きな気泡のようなものをぷかぷか浮かべ初め、
地上の様子を映像にしてその泡にいくつか映し出した。

 見ているうちに、なるほどこれなら私にもできそうだという実感がぼんやりわいてきた。
 
 同時に、日頃の訓練は、どんなところで役に立つかわからないものだな、とも思った。

~☆


 ――夏凜ちゃん。私、みんなより一足先に着ちゃった。


「友奈」


 私の目の前に、友奈がいた。友奈の声が聞こえていた。

 これまで地上の様子を情報として収集する際に、
何度も見たり聞いたりしていたはずなのに、私はこみ上げてきた感情で胸が一杯になっていた。

 友奈が私を抱きしめる。ふわっとした、感触があった。


 「……友奈、あの頃と本当に変わったんだね。ずっと大人になった」


 ――夏凜ちゃんは、私の知ってる夏凜ちゃんだね。


 私は、神樹様の一部になる直前の姿でここにいるのだから、それはそうだ。

 友奈は既に私のこの姿を知っていて、私は、成長した友奈をやっと実感できた。

 彼女と久しぶりに心と心で通じ合えたと思った。



 ――それにしても、何も言わずに消えちゃうなんて酷いよ。

 ――すっごくびっくりしたんだから。


「ご、ごめん」


 友奈たちからすれば、ある日見舞いに行ったら、私が何故か忽然と消えていた、と感じたに違いない。

 私、これから消えるんだ。

 仮にそう言ったとして、どう反応してほしいのか、その頃自分でもよくわからなかった。

 悲しんでほしいのか、気にかけて欲しいのか、忘れて欲しいのか、どうなのか。

 だから結局私は何も告げず、女官に一応の言伝を残して、しかるべき時が来たらそそくさと大赦からの指示に大人しく従った。

 あんなことをしたからには、友達として怒られても仕方がなかった。



 ――でも、夏凜ちゃんにも色々あっただろうし、だから許す。


 あっけらかんと友奈は言った。気持ちよく許してくれた。

 だから私もほっとした気持ちになって、言った。


「ねえ、友奈」


 ――なに?


「私ね、友奈のこと、好きだよ」


 ――うん。知ってる。

 ――私も夏凜ちゃんのこと大好きだし、私だけじゃなくて、勇者部のみんなだって同じなはず。



 友奈の顔。友奈の声。

 辛いことはたくさんあった。

 それでもみんながいたから、戦えたし、心が弱ったときも、誰かを恨んだりはせずに済んだ。

 今は隣には友奈がいて、神樹様の一部として、勇者部として、私にもやれることがある。

 辛いところは乗り越えた。あとは、守るべきもの、この世界をちゃんと守るだけ。

 そうだ、乃木さんのこと、後でゆっくりどういう人なのか友奈に紹介しよう、そう思った。



「勇者部のみんなが来るまで、友奈がここで一番後輩、
 私は先輩なんだから、なんでも頼っていいのよ」


 胸を張ってみる。


 ――そう言えば、夏凜ちゃんの方が先輩なんだね。


 友奈が笑う。 

 こうやって打ち解けて話すのはだいぶ久しぶりだけど、
実際やってみると特になんということもなかった。

 それもそうか。勝手に一人合点する。

 だって、どんな形であれ繋がっている限り、
私たち勇者部は、いつまで経っても勇者部であり続けるんだから、と。





 おわり 

最速木曜日組には間に合わなかったけど
私が見る金曜日のには間に合ったからセーフだ

このSS、ところどころ誤字脱字あるっぽいのが悲しいが、直すのも面倒だからこれでいいや




本編に関して、このままだと夏凜がかわいそう以前に
たとえ最終話で東郷が改心しても今更おせーよってなるから今回分夏凜の損傷ぶん治らないとなぁ……
本格的にもやもやする形で終わりそうというか

何はともあれこういうどんよりするSSゆゆゆで書くのはもう満足したので
最終話見たら、一巻特典PC特典ゲーの全衣裳水着をネタにしたSSと
なんか風先輩のSS書きたいなーってぼんやり思ってます

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