裕子「Pから始まる夢物語」 (46)
モバマス・堀裕子SSです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419151442
突然ですが、世界のみなさま。
わたくし堀裕子16歳。
職業、学生兼サイキックアイドル。
今日も笑顔と、元気と、なんかそんな感じの、
幸せをいっぱいお届け中です!
裕子「なんですかこのお菓子の山は!?」
P「この間のハロウィンイベントの差し入れの残りだ。ずいぶんたくさんあったからな。みんなで分けて持って帰っていいぞ」
柚「やったー!」
裕子「やったー!」
茜「いえーい!」
柚「あれ? こっちのクッキーは缶に番号がついてるよ? 景品?」
P「ん? ああ、それは景品の予備だが、結局余った分だな。それも気にせず貰っていいぞ」
柚「はいユッコちゃん! 1番から9番まであります! 何番の缶にしますか!」
裕子「ムムッ! 7がいいです! サイキックナンバー7!」
P「なんだそりゃ」
柚「7番は~~ じゃん! チョコクッキーでした! どうぞー!」
裕子「ふっふっふ! 予想通り! まさに7番! 私のためのナンバーですね!」
茜「さっすが裕子さん! ボンバー!」
比奈「(ラッキー7ってことなんスかね)」
杏「(深い意味なんかあるか? ユッコだぞ?)」
今日も事務所はにぎやかだ。
茜ちゃんも、柚ちゃんも、私も、Paチームには元気が集まっている。
私は16歳の美少女アイドルとして、
そして泣く子も刮目するサイキックアイドルとして、
現在人気沸騰中!
…というのはちょっと言い過ぎだけど、
コツコツ活動を続けて、人気はゆっくり上昇中!
CDも出しました! 歌手ですよ歌手!
サイキック美少女歌手系アイドル!
エスパーユッコ! 今、風に乗ってます!
どういう意味かって? 細かいことは気にしない!
裕子「プロデューサーもクッキーひとつどうぞ! はい!」
P「お、ありがとう」
裕子「はいあーん!」
P「いや自分で食べる自分で」
裕子「遠慮しない遠慮しない! えい!」
P「むぐっ! …もぐもぐ、まったくおまえは」
P「でもおいしいな、ありがとう」ナデナデ
裕子「えへへ! それほどでもあります!」テレテレ
そんな飛ぶ鳥をフライドチキンにする勢いで活動中の私だけど、
実はここ最近、ちょっとだけ悩んでいることがある。
ヒョコッ
未央「おんやぁ~? ユッコちゅわぁーん?」
裕子「うわっ未央ちゃん!?」
ガシッ!
未央「いやぁ今日もプロデューサーへのアピールがせっ☆きょく☆てき★だねぇ!」ボソボソ
裕子「なっ、また何言ってんでs」ボソボソ
未央「ごめんねぇ、私が最近プロデューサーにいろいろ付き添ってもらってたからー。でも心配しないで、私は別に何にもないからね! ユッコちゃんともズッ友だよ!」ボソボソ
裕子「いやっ、だからあの」
未央「さいきっくー萌え萌えキュン!」
裕子「未央ちゃーん!」
ごぞんじ、Paチームの売れっ子、未央ちゃんである。
私は未央ちゃんの明るいノリも歌声も大好きなのだが、
何度やられても、このテの話にはうまく対応ができない。
そう。
私は最近、未央さんほか事務所の何人かに、
プロデューサーさんとの関係をからかわれるようになった。
あ、ちなみに。
プロデューサーさんとは、
その、いわゆる、恋人…的なものではない。
チラッ…
P「ん? どうかしたかユッコ?」
裕子「い、いえ何も!」
未央(ニヤニヤ)
柚(ニヤニヤ)
というか、いろいろ言われたせいで、
プロデューサーさんとの距離を気にしてしまう時があって。
さっきまで楽しく話せていたのに、
ふいにぎこちなくなっちゃう、なんてこともあって。
もー! へんな空気になったらどうするんですかー!
みちる「ユッコさんは、プロデューサーさん好きなんですか?」
先月だっただろうか。
何気ない会話の中で出たみちるちゃんの一言。
唐突な一言に私はうろたえるばかりだった。
柚ちゃんにさんざんからかわれた。
でもその質問の答えは、今もなんともいえない。
頼りにしているかと言われれば、もちろんしている。
プロデューサーさんは私のアイドル活動を支えてくれて、
しかもサイキックのよき理解者なのだ。
私をエスパーユッコとしてデビューさせてくれたおかげで、
私の夢は広がり続けている。
私からよく話しかけるせいもあってか、
プロデューサーさんといっしょにいることは多い。
アドバイスを聞いたり、おしゃべりをしたり。
私はその時間が、とても楽しい。
でも、その、好…k…というのは…ムムム。
今はそれが楽しいだけ、のような気もするし。
プロデューサーさんは、どうなんだろう?
気にしすぎたのだろうか、ここ数日、
頭はもやもやして、何か晴れなくて。
みんなの前ではいつものエスパーユッコだけど、
ふいに迷う瞬間があって、考えてしまう瞬間があって。
最近スプーンが曲がらないのもきっとこのせいだ。
うーむ。
おひるどき。
ソファーでひとり、まだ解けないままの知恵の輪をぼんやりいじりながら、思う。
白状しよう。
私、エスパーユッコは、実は。
もっと親しくなりたいという気持ちは、ある。
…プロデューサーと。
あ! 違う! 恋人になりたいとか、
その、い、イチャイチャしたいとかではなく!
コホン。
プロデューサーさんは私以外にも、
人気沸騰中の未央ちゃんや、
柚ちゃん、茜ちゃん、早苗さんなど、
たくさんのアイドルをプロデュースしていて、
けっこう忙しそうにしている。
でもいつも笑顔で、
細かな所まで気づかってくれて。
私の話もいつも楽しそうに聞いてくれる。
そして何より、
私のサイキックをわかってくれて、
それを応援してくれる。
プロデューサーさんはスゴイ人だ。
きっとこの人といっしょなら、
素敵なサイキックアイドルになれる。
そう感じt
P「ユッコー、お昼行くけど一緒に行くかー?」
裕子「行きます! カレーが食べたいです!」
…えーっと、なんだっけ。
そう、だから、
これからもたくさんお世話になるだろうし、
もっとプロデューサーさんを知っておきたいし、
親しくなっておかなければならないのです!
今は、それ以上の意味などないのです!
P「カレーがいいのか…じゃあ向かいの定食屋にしようか。俺はうどんかなぁ」
裕子「おうどん! おうどんもいいですね! 二人あわせてカレーうどんですよ!」
P「…ユッコの発想にはいつも驚かされるよ」
裕子「えへへ」
バァーン!
裕子「お疲れ様です! エスパーユッコ、レッスンから戻りました!」
早苗「――で、――が、――よねぇ」
P「――ですからね」
裕子「………」ソワソワ
乃々「………」
裕子「あっ乃々ちゃん! サイキックお疲れ様です!」
乃々「あ、はいぃ…お疲れ様です…え、えと」
裕子「?」
乃々「…み、みーてぃんぐ中なんやから静かに入ってこんかーぃ…」スッ
裕子「ええっ!? 乃々ちゃん急にどうしたんですか!?」
乃々「え…いやあの、ツッコミ待ちだったのかと思って…やらなきゃダメなのかと…すみません私なんかが…」
杏「(おもしろい)」
比奈「(おもしろいッス)」
裕子「あ、ありがとうござい…ます…? ボケたつもりはなかったんですけど、おもしろかったですね!」
乃々「えっ」
裕子「そうだ乃々さん! 暇ならパズルゲームいっしょにやりませんか! やりましょう! さあさあ!」
乃々「えっ、ちょっ、あの、むーりぃ…」
乃々「あ、あの…」
裕子「完敗っ…1ゲームも勝てず完敗っ…」
乃々「すみません…」
乃々「…Paプロデューサーさん、ミーテイング終わったみたいですよ」
裕子「あ、そうですね! あ、いえ、別にプロデューサーさんを待っていたわけでは」
乃々「…その、用事がなくても、話がしたいとか、あるのでは」
裕子「えっ…あ、あはは! いやだなー乃々ちゃんまでまたそんな!」
乃々「ユッコさんは…その…そういうの言われるの、嫌ですか?」
裕子「う…うえぇ?」
乃々「私は…その…ユッコさんとPaプロデューサーさんのいつもの会話を見ているのは好きで…いい関係だなぁと思います、よ?」
裕子「えっと…その…」
どうしよう。サイキックジブンモミジ。サイキックモジモジ。
裕子「…え、えへへ」
乃々「あ、えと…」
早苗「つーまりぃー」
乃々「わっ」
裕子「うわっ!」
早苗「ユッコちゃん、今がいい関係だと思ってるかもしれないけど、もっとアタックしたっていいのよ? ってことよ!」
裕子「早苗さん!」
乃々「お、お疲れ様、です」
早苗「何よぉーそんな軽い会話で顔赤くしちゃってー! 若いわねー!」
Paチームの親分、じゃなかったみんなのお姉さん、早苗さん。
いつもは頼りにしている人だけど、
今は顔を見られたくないというか。
困った…!
裕子「なんでもないです! サイキックバーリヤー!」
早苗「まあまあそう慌てないの」
乃々「………」オドオド
早苗「乃々ちゃんはそろそろ私に慣れてほしいなー」
柚「本日のお菓子ターイム!」
茜「いえーい!」
早苗「いえーい!」
なんだこれ。
早苗「よーし恋バナでも人生相談でもなんでもしなさい若者たち! お姉さんが相談に乗ってあげるわ!」
裕子「いやあの、えっと…」
ビール缶を持った早苗さんが向かいに座っているだけで、
このプレッシャーはなんだろう。
柚「はいっ! イイ人だなーと思ってる男性が、既に違うアイドルとかなり仲良しなんですが、どーしたらいいですか?」
早苗「ほほう? 言われてるわよユッコちゃん!」
裕子「私ですか!?」
茜「はいっ! ユッコちゃんというある私のお友達が、プロデューサーさんともっと仲良くなりたいみたいなんですが、どう応援したらいいですか!」
早苗「あっはっは! どうしようかユッコちゃん?」
裕子「茜ちゃーん!」
結局しばらく話題は私ばかりだった。
サイキック大弱り。
しかも気がつけば、みんなの中で、
私はプロデューサーさんのことを…好k…みたいに、
その、なってるじゃないですか!
早苗「あはは、ごめんねいろいろいじっちゃって」
裕子「ホントですよ! まったくもう!」プンスコ
早苗「でもそれだけ、今のユッコちゃんは魅力的なのよ? それに―」
早苗「なんかそのことで悩んでるんでしょ? ここ最近、スッキリしない顔してるわよ?」
…早苗さんはスゴイ人なんじゃないかって、たまに思う。たまに。
早苗「で、実際どうなの? 何か進展あるの?」
裕子「し、進展とか別にその…それ以前というか…」
早苗「ほう」
裕子「あの~、そのですね、まだその…好…k…とかそういうのではなくて、でも大切な人…で、仲良くはしていたくて、信頼関係、そうサイキック的な信頼関係! …はもっとアップしたくて、みたいな」
早苗「うんうん」
裕子「…そういう今がいいなって思っているんですけど、そういうのって、…変ですかね?」
早苗「いいんじゃない?」
裕子「へ」
早苗「今はまだあんまり先を望んでいないってことでしょ? そういう意見だってありよ。どうしたいかが明確なことほど大事なことはないわよ。もっとも、恋人にせよ何にせよ、相手の意見も大事になるけどね。だから相手も同じ気持ちなら問題ないんじゃない?」
柚「やったね!」
茜「いえーい!」
裕子「あ、はい…そうですか…いいんですか…」
なんかちょっとホッとした。
まあ…今はこのままでも…いいよね、そうだよね。
あ、でもそれは少し残念な気も…
あ、えっ!? 私なんでこんな顔真っ赤なの!?
サイキックですか!? 遂に目覚めた!?
早苗「でもさあ。それ、好きとどう違うの?」
裕子「えっ」
早苗「ユッコちゃんはさ、プロデューサーくんと既に結構仲良しで、でももっと仲良く、信頼関係厚くなりたいんでしょ? ご飯に連れてってもらったり、休憩時間に雑談に乗ってもらったりしているらしいじゃない。しかも聞いてればプロデューサーくんも結構ノリノリで、ユッコちゃんと話するのが楽しくてしょうがないらしいじゃない。それってお互い多少なりとも好意はあるよね」
えーっ!
早苗「ちひろちゃんも、『Paプロデューサーさんはみんなに優しいですけど、ほんとユッコちゃんは特別気にかけてますよね。すぐ名前出しますし』って言ってたわよ」
えーっ!
えーっ!
早苗「まあ現状、恋人になりたいと思っているかどうかは別だけどさ、好きって気持ちくらい否定しなくてもいいんじゃない?」
裕子「あ…え…」
茜「いえーい!」
柚「フゥーッ!」
…す、好き、なのか。なのかな。なのか。そうか。
そして、その、ぷ、プロデューサーも、私のことを、好き…?
わーっ! 恥ずかしい! わーっ!
あの、その、えっと、
ダメだ、サイキック処理不能!
裕子「えと…これから、どうしたらいいんでしょう」
早苗「別にいつもどおりでいいんじゃないの?」
裕子「ムーリー! ムリですよぅ! 意識しちゃうに決まってるじゃないですか!」
早苗「あっちはなんともないわよー」
裕子「私のサイキックで気持ちがダダ漏れかもしれないじゃないですか!」
早苗「めんどくさいわねぇその超魔術」
なんてことだろう。
もう…今まで通りではいられないんだ。
私はクールでキュートなサイキック美少女アイドルだったハズなのに…。
悩む私に笑顔を見せながら、
早苗さんは改めて椅子に座り直した。
そしてゆっくりと、私と向き合って話し始めた。
早苗「好き合っていたとして、だから何かをしなきゃいけない。手を繋いで、キスをして、甘い言葉を囁きあって…とか思ってない? 何か好きでいることにハードルを構えてないかしら。気持ちの話よ、今は」
裕子「でも…そんな」
早苗「ユッコちゃん夢はある? アイドルのことでも、それ以外でも」
裕子「わ、私ですか? えっと、サイキックアイドルとして、これからも活躍していきたいです。みんなをあっと言わせるアイドルでいたいです」
早苗「そっか。いい? ユッコちゃんはまだ10代半ばなの」
裕子「はい」
早苗「仕事にせよ恋にせよ、一つの答えを今すぐ求められているわけじゃないのよ」
裕子「は、はい」
早苗「いろんなことに挑戦して、自分らしい姿を磨いていく時期なの。恋する気持ちだって大事な要素よ? そして、その夢も大事な要素」
裕子「自分らしい姿…」
早苗「別に付き合えって話じゃないわ。そもそも恋愛自体アイドル的には御法度なところあるしね。でもユッコちゃんはプロデューサーくんととても息が合ってるし、周りから見てもいい感じなのよ。だからその関係は大切にしてほしいし、だからこそ、気持ちにはもっと素直になってもいいわよね、って話」
私は少しうつむいて考える。顔はモミジ状態のままだ。
好きは好きでいい。
早苗さんはたぶんそう言ってくれている。
思えば私は、
もっと仲良くなりたいと言ってみたり、
このままがいいと言ってみたり。
私自身、どうなりたいのかイマイチはっきりしない。
…でも、なんというか、その、今はいわゆる”イイ感じ”であり、
これからもそういう楽しい感じが続けばいいなとは思っている。
その先は…わからない。
柚「真っ赤だね」
茜「真っ赤ですねー! 燃えますね! バーニングですよ!」
柚「えっ」
早苗「私はユッコちゃんがサイキックに拘る理由を知らないけど、それだけ強い思いなら大切にしなきゃね。で、それを支えてくれるプロデューサーくんも大切にしなきゃいけないし、信頼しなきゃいけないわね」
サイキックを―。
そうだ、サイキック的な意味で、
プロデューサーさんは最高のパートナーなんだ。
それは間違いない。
早苗「あまり広めていいものじゃないけど、でも好きなら好きで、その気持ちを心に持っているのは大切なことよ。好きになるほどの人にプロデュースをしてもらえて、一緒に頑張れる今、って考えると素敵じゃない?」
柚「早苗さんカッコイイ!」
茜「さすがですね! 人生の厚みが違いますね!」
早苗「茜ちゃんはもう少し褒め方を勉強しようか」
サイキック的な意味で、
そう、サイキック的な意味で、
プロデューサーさんが………好きだ。
そして、気持ち的にはたぶん、
それ以外の意味でも、好きだ。
でも、今は、まだ。
私はまず、サイキックアイドルとして、
もっともっとカッコよくはばたかなくてはならない。
そのために、プロデューサーさんが必要だ。
たぶんそんな感じだ。
たぶん、そんな感じを含めて、
私はプロデューサーが好きだ。
早苗「…とにかく、悩んだりするのも青春だし、いいことだと思うわ。でも悩み続けても答えはでない場合もある。そんな時はいつも通り笑いなさい。笑顔で! そんで夢に向かって進む! それが大事なことよ?」
裕子「…はい! ありがとうございます! エスパーユッコ、またサイキックでみんなを元気にします!」
裕子「ではせっかくなのでスプーンでも曲げますか! ムムムーン!」
柚「…あー早苗さん、じゃあ柚も相談いいかナー」
早苗「いいわよ?」
柚「私もPサン好きかなーって思ってるんだけどー」
裕子「!?」グニャッ
早苗「ほほう? そっかそっか、さっき言ってたもんね。おやぁーユッコちゃんどうするー?」
裕子「えっ!? ええっ!? えと、あと…」
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
スプーンも曲がっちゃったし。
柚「なーんて」
裕子「えっ…?」
柚「私は本気なわけじゃないよーテへ☆」
裕子「も、もー柚ちゃん!」
柚「でもPサンに感謝はしてるし、頼りにもしてるよ」
早苗「ほぉー、なぁーるーほどー」
柚「だから…これからどうなるかはわかんないゾー!」
裕子「えっ、は、はい、…えっ?」
茜「プロデューサーはいい人ですよ! 好きになるって素敵ですね!」
柚(ニコニコ)
茜(ニコニコ)
早苗「フフッ、サイキックも前途多難かもしれないわよ? ユッコちゃん」
裕子「え、ええっと…」
早苗「ま、とにかく。あなたたちはみんな多感な時期で、成長途中で、これからが期待されるアイドルなのよ? プロデューサーくんもその邪魔になるようなことなんてしないだろうし、ましてや道半ばで引退や結婚を促すような男じゃないでしょう。その点は信頼していいと思うわよ」
早苗「逆にいえば、もし仮にユッコちゃんや柚ちゃんがラブラブで甘々な毎日を期待したとしても、相手がプロデューサーくんならそれは難しいわよね。そういう男よ、あの仕事バカは」
裕子「ら、ラブラブとか…」
柚「(仕事バカ…?)」
早苗「ユッコちゃんはかわいいけど、今更ながらサイキックアイドルって何なのかしら。よくわからないけど、それを自分のアイデンティティとして持ち続けていることはすごいと思う。これからも続けなさいよ」
ううっ、そう言われると、ちょっと自信がなくなってきた。
私はこのままで大丈夫なんだろうか?
あとでゆっくり考えよう。
ガチャッ!
みちる「お疲れ様です! おなか満腹満パンです!」
CuP「食べ過ぎるなと言ったのにまったく…お疲れ様でーす。戻りましたー」
ちひろ「お帰りなさい。遅めのランチ、楽しめましたか?」
CuP「ええ、みちるの撮影と打ち合わせが午前からぶっ通しでしたからね。ようやく一息つけましたよ。撮影もいい出来だったと思いますし、みちるも満足げで、ランチをおいしそうに食べてました。ちょっと食べ過ぎですけどね、アレは」
みちる「おなかペコペコでしたからね! しあわせ!」
みちる「あ! あいさん! お疲れ様です!」
あい「おかえり。お仕事お疲れ様。ランチも堪能できたようだね」
みちる「ハイ、楽しかったです! あ、いえ、おいしかったです! えへへ」
みちる「今日はあいさんだけですか? 珍しいですね」
あい「いや、隣の部屋で裕子くんたちがお茶会やってるみたいだよ」
みちる「お茶会?」
あい「そうだね。部屋を移したということは、秘密の女子会かな? みちるくんも行ってきたらどうだい?」
みちる「んー、いや、今日はいいです! あいさんとここでゆっくりします!」
あい「おや、そうかい」
みちる「あいさんこそ行かなかったんですか?」
あい「フフッ、まあ今日は私なんかよりずっと頼りになる、年季の入った保護者がいるみたいだから、ね?」
柚「あ、せっかくなので質問!」
早苗「いいわよー」
柚「早苗さんは今恋してるの?」
早苗「おっ…それ聞くのか柚ちゃん。そうねー、最近はないわね。アイドル活動に一生懸命なだけね。まあそのうち…かな?」
茜「じゃあたとえばプロデューサーとか、早苗さんからはどう見えますか!?」
裕子「!」
思わず反応してしまった。早苗さんが一度こっちを見てニヤリとした。
早苗「…そうねぇ。………いいなーって思ったことはあるよ」
柚「!」
茜「!」
裕子「!!」
早苗「意外かしら? ふふっ。でも結局違うなと感じちゃったし、今は別に何にも」
へぇー、と大きな感嘆が茜ちゃんと柚ちゃんの口から漏れる。
早苗さん、プロデューサーをいいなと思ったことがあるんだ。
あと、そういうことをさらっと話せるんだ。
何か…すごいな。
早苗「まぁ心配しなくてもいいわよ。それに、仕事面では頼りになる人なのは確かだしね」
…早苗さんはやっぱりすごい。私とは年季が違う。
本日のお菓子タイムはその後、
夕方のレッスンの時間ちかくまで続いた。
こんなにヘトヘトになったお菓子タイムは初めてだ。
さいきっく…降参…
ガチャッ!
清美「こらーっみなさん! いつまでお菓子ひろげてくつろいでいるんですか! 裕子さんと柚さんはもうすぐレッスンでしょ! 茜さんお菓子を頬張ったままウロウロしない! 早苗さん昼間から飲酒しない!」
柚「わー超☆いいんちょーだ! 逃げろー!」
ワイワイ ガヤガヤ
柚「ね、ね。早苗さんは、もし『仕事バカ』ではないPサンがいたら、好き?」ボソボソ
早苗「あら…柚ちゃんって、案外鋭いとこ突くのね。でもねぇ…どうかしらね♪」
裕子「サイキックアイドル、かぁ…」
私はサイキッカーだ。
それはきっと、これからも変わらない。
でも世の中には、私以外にもサイキッカーとして有名な人はいる。
私はサイキックを世界に披露できたら満足なんだろうか。
歌って踊ってサイキックできたら満足なんだろうか。
その先の夢とかって、あったっけ。
裕子「夢かぁ…」
「夢、素敵な言葉じゃない」
突然の声。
気がつくと隣には長い黒髪の女性の姿が。
「悩みなさい若人」
意外に小柄な身長と、対照的にグラマラスなボディ。
「その悩みがアナタを美しくし、」
奇抜なファッションセンスと類い稀なポージング。
「やがてアナタを世界へ誘う」
その存在感。
裕子「お、お疲れ様ですヘレンさん」
ヘレン「お疲れ様、裕子は今日もスプーンを持ち歩いているのね。あいにく今はカレーもババロアもないわよ?」
なぜ、私はヘレンさんと公園のベンチにいるのだろう。
ヘレン「野菜ジュースでいいかしら?」
裕子「あ、ありがとうございます」
自販機になさそうな謎の銘柄の野菜ジュース。
どこで買ったんだろう。
ヘレン「不思議そうな顔しないの」
裕子「は、はい」
ヘレン「何か悩み事があるんでしょう? そういう顔をしているわ。悩みなさい。そして相談しなさい。私のような、世界レベルの者に!」
裕子「えっと、そうですね…」
ヘレン「裕子、アナタは我が事務所で個性派とされるPaチームの猛者たちの海を、スプーン一本で泳ぎ往くエンターテイナーでしょう? 悩みは吐き出しなさい。そして次にゆくのよ!」
私は実は、ヘレンさんのこのよくわからない自信溢れるおしゃべりがちょっと好きだ。みんなを元気にしてくれる。何言ってるかはよくわからないけど。
せっかくだ。聞いてみたいことでもある。
息を吸い直し、まっすぐヘレンさんを向いて話しかける。
裕子「ヘレンさん! ヘレンさんの夢って何ですか?」
ヘレン「夢? もちろん、世界レベルで活躍することよ。いずれ叶えるのだから予定と言ってもいいのだけど」
裕子「その後はどうするんですか?」
ヘレン「その後?」
裕子「はい、世界レベルになっちゃったら、その後は」
ヘレン「裕子、少し勘違いしているわ。いい? 世界レベルっていうのは存在なのよ」
裕子「存…在?」
ヘレン「アナタは私の言う世界レベルのことをアイドルランクや資格のように思っているかもしれないけれど、そうじゃないの」
ヘレン「世界の人々を魅了する。たくさんの文化圏、幅広い世代、様々な生活環境の人々を魅了し、笑顔にし、幸せにする。それは急にできることでもなければ、スパッと完結することでもないのよ」
あ。
ヘレン「アナタはサイキックアイドルとして有名になったらゴールなの? はばたき続けることを夢にはしていないの?」
そうだ、そういわれればそうだ。
私の中でひらめきサイキックが起こった気がした。
ヘレン「裕子はサイキックが好きで、Paプロデューサーが好きなのよね?」
裕子「えっ!? え、あ、ええっ!? なんでプロデューs」
ヘレン「気持ちにはもっと情熱的に、もっとまっすぐに向き合いなさい。物でも人でも、好きという気持ちは情熱的なもので、理屈じゃないのよ」
裕子「えっと、あの」
ヘレン「サイキックアイドルとして、もっと新しいことを考え出して披露したい、もっと輝く演出で人々を魅了したい、もっと人々に愛されたい」
ヘレン「一人の女性として、もっとプロデューサーと会って話したい、もっと素敵な姿を見てもらいたい、もっと愛されたい」
裕子「あのヘレンさん」
ヘレン「素敵なことじゃない。社会的な意義や価値にとらわれる必要はないわ。やりたいこと、好きなこと、興味あること、もっと深く捉えなさい。表面的な言葉ではなく、その先の意味を」
ヘレン「考える時間が必要ね。迷いなさい、悩みなさい。そして、私やプロデューサーをもっと頼りなさい」
ヘレン「日が沈むわね。明日はアナタの心にも太陽が昇ることを祈っているわ」
私の返答を待つでもなく、軽やかなターンとともに、
ヘレンさんは夕日の沈む方向へ去って行った。
鮮やかなモデル歩きをしながら。
ヘレンさんの影は、実際のあの人よりずっとずっと大きかった。
野菜ジュースは、ちょっと苦かった。
夜。ひとり、部屋で思う。
私はサイキックアイドルだ。
実際、超能力があるんだから、何も間違っていない。
でも私は、ホントにすごいその私を、
まだ一度もプロデューサーに見せられずにいる。
私の超能力は、幼い日にいきなりスプーンを曲げたことにはじまる。
あと、ここぞという時にくじ引きを当てたり、
ずっとできなかったことが突然成功したり、
あとえっと…ときどき茶柱が立ったりする。
まだみんなはあまり信じてくれないけど、
私はそういう力がきっとあるんだと思ってる。
今は使いこなせないけど、
きっといつかは、すごいエスパーになるんだ。
そしてその時も、そばにはプロデューサーさんがいるんだ。
声を掛けてくれて。
アイドルにならないかと言ってくれて。
キミはとても魅力的だと。
人を惹き付けるだけの素敵な笑顔をしていると。
言ってくれて。
実は私エスパーなんですと話した時も、
ホントかい!? ぜひ何か見せてくれないか? と言ってくれて。
スプーンを曲げようとして、その時はうまくいかなくて。
今日は調子が悪いですね…って言ったら
そうか…残念だな…またぜひ見せてくれ! って言ってくれて。
サイキックアイドル…いいじゃないか!
ユッコの魅力を存分に出していこう!
もっともっと、その元気をアピールしてくれ!
スカウトされてすぐあとのこと。
あの言葉が、どれほど嬉しかったか。
プロデューサーさんは、私の明るさが魅力的だと言ってくれる。
でも私にとっては、
いつも笑顔で迎えてくれる、全力でなんでも受け止めてくれる、
そんなプロデューサーさんこそが、力のみなもとなのだ。
さんざんこすっていたスプーンの首が少し曲がった時も。
裕子「あ! 曲がった! ちょっと曲がりました! ほらほら!」
P「…! ホントだ! ちょっとだけ曲がってる!」
裕子「見ましたか!? 見ましたか!? やったー!!」
P「スゴイなー! ユッコスゴイなー!」
どんなことでも一緒になって喜んでくれて。
歌の収録に手こずった時も、嫌な顔ひとつせずいろいろサポートしてくれて。
イベントでトラブルがあった時も、すぐに駆けつけて対応してくれて。
私は本当にプロデューサーさんを信頼している。
だからもっと親しくなりたいし、
いつかもっと素敵な私の姿も見てもらいたい。
そっか。簡単なことだ。
ひとつづきの話なんだ、これは。
机の上の辞書を手に取る。
付箋が貼られた唯一のページ。
マーカーでチェックが入れられた唯一の単語。
P. s. y. c. h. i. c.
“Psychic”
サイキック。
(形)精神の, 精神的な
(形)心霊現象の, 超自然的な
(名)心霊(現象)研究
(名)心霊力に敏感な人, 超能力者
ムムーン。
(名)心霊力に敏感な人, 超能力者
うんうん。サイキック。
夢を叶える魔法の言葉、サイキック。
Pから始まるその7文字は、
私を表すキーワード。
このたった7つの文字が、
迷う私を、いつも導いてくれた。
私のサイキックはまだまだ失敗ばかりだ。
でも大丈夫。
今もサイキックパワーは日々たまっているんだ。
いつかきっと、この力が目を覚ます!
あるいは、私が気づいてないけど、
既にどこかでサイキックパワーが影響して
ミラクルが起こっているのかも!
それもいつか私の力だと気づき、
みんなが驚く日がきちゃう!
その時、私は得意顔でこう言うんだ。
魔法? いえいえ滅相もない。これがサイキックです!
「まほぉじゃなーい ちーからでー きっと みんながひとつーになーれーるぅー♪」
そばできっと、プロデューサーも笑顔でいてくれる。
翌日。
裕子「おはようございまーす! エスパーユッコです!」
P「おうユッコ、おはよう。オーストラリアの時の現地スタッフさんから写真が送られてきたけど、見るか?」
裕子「ホントですか! 見ます!」
P「集合写真、みんなかわいいじゃないか」
裕子「えへへ! 私も海外でサイキックできて最高でしたから!」
P「ユッコはどこでも物怖じしないな、いいことだ」
裕子「またどこか行きましょうよ! エスパーに冒険はつきものです! きみのこえを聞かせてー♪ さあ冒険してみなーい♪」
P「ごきげんだな朝から。レッスンまで余裕あるけど、早めに着替えておいてくれよ」
裕子「はーい」
更衣室の全身鏡の前で、自分と向き合う。
やっとわかった。
私のサイキックは、渇望だ。
こうして毎日願っていれば、
言葉に出せば、いつかきっと、何かが起こる。
私はその時、立ち会える自分でいたい。
だから。
今は、超能力が自在でなくてもいい。
今は、超パワーに目覚めていなくてもいい。
来たるべき日のために、
美少女で、歌もうまくて、ダンスもできて、
みんなに魅力的に思ってもらえる
サイキックアイドルでいなくちゃいけない。
サイキックといえば堀裕子!
超能力といえば! エスパーといえば!
時代を変える能力者といえば堀裕子!
そうならなくてはいけない。
よーし!
裕子「スタンバイOKです!」
P「落ち着け、まだレッスンまで30分くらいあるぞ」
裕子「じゃあ新作の手品があるので見てください! これすごいですよ!」
P「今日は手品なのか。エスパーじゃなくて」
裕子「私はエスパーユッコです!」
P「…ユッコはすごいなぁ」
いつでも私の話を聞いてくれるし、
仕事の後は笑顔で迎えてくれるし、
全力でなんでも受け止めてくれる。
これは…もう、その、ね?
う…運命…的ななにかみたいな…ね?
コホン。
いやいや。でもでも。
私はプロデューサーが、好きだ。
もっと親しくなりたいし、もっと私を見てもらいたい。
ガチャッ
乃々「お、おはようございます…」
柚「おはよー乃々ちゃん。おいでおいでー、お菓子分けよう!」
茜「昨日かなり食べたのにまだこんなに残ってるんですね!」
乃々「なんですかこのお菓子の山…今日はかな子さんのお誕生日とかですか…?」
みく「乃々チャンさり気なく辛辣にゃ」
裕子「はいみなさん! 今から新作のサイキックを披露します! ちゅうもーく!」
みく「PaPチャンはなんでそこにいるにゃ」
P「なんか、アシスタントだとか」
茜「仲良しですね!」
柚「ねー!」
ちひろ「仕事してくださーい」
乃々「(…ムフフ)」
裕子「では今からこのスプーンを私の力で曲げまーす。はいプロデューサー」
P「お、うん」
柚「Pサンが持つの?」
裕子「ムムムーン…ハッ!」
P「ハッ!」グッ
茜「あ、ちょっと曲がりました!」
柚「やったね!」
裕子「いえーい! サイキックでーす!」
P「サイキックでーす」
みく「なんでPチャンも『ハッ!』とか言ってんにゃ!? 力入れんにゃ!」
事務所は今日も、ワイワイガヤガヤ。
笑顔と、元気と、愛と、なんかそんな感じで。
幸せいっぱいです!
そう! これが、エスパーユッコのサイキックです!
さあ世界のみなさま、スプーンの準備はいいですか?
以上です。
過去作に
みちる「もぐもぐの向こうの恋心」
があります。
別に続き物というわけではないですが、
登場人物がだいたい同じです。
よろしければどうぞ。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません