P「人は変われるよ」【モバマス】 (40)
・地の文あり
・豆粒程の百合要素あり
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あなたはモバマス界のアイドルは、と聞かれたら何と答えますか。
……モバマスにはアイドルしかいないじゃないかという突込みが聞こえたので、質問を変えましょう。
モバマスのアイドルの中で最も愛嬌があり可愛らしく、聡明で、さらには凛々しくもあるアイドルといったら誰でしょう。
答が分からない人は、分かるまで考えてください。
考えても分かりませんでした
ありすは椅子に座って板を弄っていた。
否、それは板などではなく、板のように薄いタブレットPCであった。
最近のタブレットPCはかなり薄い。
そんなタブレットを手にしてありすは一体何をしているのか。
「……株? ……んなの見て何になんだよ」
突然背後から声がしたので驚いてありすが振り向くと、そこにはサッカーボールを抱える晴の姿があった。
「関係ありません」
とありすは言って再び株価を表示しているアプリに目を向ける。
事務所内にはありすと晴以外、誰も居なかった。
Pとちひろは営業に出払っており、他のアイドル達には各々の仕事があった。
「本当は意味分かってないんだろ」
「分かってます」
「じゃ、こっちの数字の意味教えてくれよ」
「それは……」
沈黙する事十秒。
「やっぱ知らないんじゃねーか」
「し、知ってますよ! これは株価の変動値を指しているんです」
「ふん」
「な、何ですか」
「実はオヤジが株やっててさ。それ、為替と株価の差のことだよ」
「え……。い、今のはちょっと勘違いしただけ!」
「ばーか。嘘に決まってんだろ」
あろうことか晴はありすを指差して腹を抱えて笑い出した。
ご丁寧にサッカーボールを脇に置いて。
ぶち、とありすは自分の中の何かが切れるのを感じた。
大体、晴には意識が足りないのだ。
何の意識かって、それは当然先輩後輩の、である。
結城晴が事務所にやってきておよそ一年と半年。
初めは年が同じでアイドル歴も長いありすが先輩風を吹かせて晴にあれこれと教えてあげたものだが、
気が付いた時には対等になっていた。そもそも、当初から晴の態度は横柄だったような気もするが。
まぁ、それも自然なことなのかもしれないのだが、ありすには納得がいかない。
ありすが黙りこくっていたら、晴はさっさとボールを持って広いスペースがあるところへ行ってリフティングを始めた。
長い溜息と共にありすはタブレットを操作する。
株価のアプリを閉じ、愛用のサファリを開くと、ディープキスのやり方という動画が出てきた。
株を見ていたなんて嘘である。
別に、ディープキスがしたいというわけではないが、いろんなキスの方法を見るのは中々面白い。
それでも他人にこの動画を見ている事がバレるのが嫌だ、と思うということはまだまだ精神が子供なのだろうか。
とはいえ、事務所の大人たちを見ていると、大人になる利点なんて酒が飲めるようになるくらいだな、とありすは本気で思う。
それに。
ありすは成長するのが怖かった。理由は二つある。
一つ目は、おそらく全世界の子供たちが漠然と思っているであろう、自分が今までの自分でなくなっていくことに対しての恐怖。
二つ目は成長することによって、自分の心の中の、ある気持ちが何なのかを知ってしまうかもしれないから。
まだまだ子供だと自覚しているありすでも、その気持ちを明白にしてはいけない、と直感していた。
それは、晴への感情。
先ほどのように晴にからかわれたとき、怒りや恥ずかしさとは異なる感情が自身の中に渦巻くのをありすは感じていた。
それが何なのかは分からない。だが少なくとも学校の友達や他のアイドル、両親、そしてPから同じ事をされたとしても、
その感情は芽生えないという確信があった。
実際、周りから何かと、からかわれることはよくある(解せない)ことだが、一度としてそのような感情が湧いて出た事が無い。
なぜか、晴と一緒にいるときだけ出てくるようだ。
その正体をありすは知りたい。だが同時に、知ってはいけないという気もした。
胸に留めておくだけにしろ、と無意識が感情にふたをしているようであった。
なぜ未だにこんな動画を見ているのかも理解していないまま、ありすはタブレットから目を離せないでいた。
耳には晴がボールを蹴るドンドンという音が聞こえてくる。
やがて音が止んだので内心で首をかしげていたら、一際大きなドンが聞こえた後、
「った!」
ありすの額に重い衝撃が走った。脳を揺さぶられたためか、しばらくの間、思考が現実に追いつかなかった。
混迷する頭の中でどうにか、今の衝撃はサッカーボールによるものだと判断すると、晴が平然とサッカーしようぜなどと言って来た。
意味が分からない。――脳にダメージを食らったせいではない。
滅茶苦茶だ。
「……ふざけないで」
苛々としていたのは確かだが、自分が思ったよりも大きな声をありすは出していた。
胸の中には理解不可能な感情の塊。
「な、なんだよ……。そんな大声出すことないだろ……」
晴は眉をしかめて言った。そのまま黙って立ち去ってくれたらどんなによかったことか。
しかし、晴は毒を吐きながらボールを拾った。
「ったく……。融通のきかねーやつ」
「……っ!」
普段だったら、無視していたかもしれない。いや、晴じゃなければ、そもそも気にするような言葉でもなかった。
だが、晴を通して放たれた言葉はありすの心をズタズタに切り裂いた。
ありすが投げたタブレットが、屈んでいた晴の足元に落ちてガシャンと砕ける。
アイドルとなって稼いだ給料で、親にねだってやっと買えた物だった。
その事を知っていた晴は足元を見て驚き、顔を上げてさらに驚愕を露にした。
「お、おい……」
ありすは顔を真っ赤にして涙をこらえて、目を兎のように充血させていた。
ありすはそんな顔を見られるのが余計悔しくて。
辛くて。恥ずかしくて。
ヒステリー気味に叫んで手当たり次第物を投げつけた。
しかし、流石は晴。彼女はとんでくるノートだのペンだのを器用に身をひねってかわした。
ありすは部屋中に音を響かせ続けてもまだ飽き足らず、ついには机の上のカッターを手にとった。
だが、カッターを振りかぶる最中に突然現れた手がそれを奪い取る。
「そこまでだ」
いつの間にか、ありすの背後にはPが立っていた。
完全に気配を殺して入ってきていたのか、晴も驚いた顔をしている。
不意のPの登場にありすの心の荒波がすっと引いた。
代わりにありすの心を支配したのは例の良く分からない感情。そして後悔と悲しみであった。
それらが心へ押し寄せてくると同時に、こらえていた涙が一斉に溢れ出す。
それを自覚したありすはすぐさま出口へと向かった。
後ろから「待てよ!」と、晴の言葉が追いかけてくるが待てるわけがない。
大体、どんな顔をして振り返れば良いのだ。
事務所を出るとひんやりと乾燥した空気がありすの頬を叩いた。
まだ紅葉が美しい時期だというのに気候はもう冬支度を始めているらしい。
ありすはなるべく誰にも会わず一人になれそうな場所を探し、たどり着いた。
事務所から十分ほど歩いたところにある郊外の公園。
辺鄙な場所にあり、こじんまりとした公園のため、利用者は平日の昼間ですら一人二人しかいないという有様であった。
しかも今日は人っ子一人いない。まるで、ありすを待っていたと言わんばかりだ。
ありすは適当なベンチに腰掛けて嘆息した。
まさか、こんな事になるとは思ってもみなかった。
カッターなんて手に取らなければ。いや、あんなヒステリーを起こしたのがそもそもの誤りだったのだ。
……とはいえ、ありすだってなりたくてヒステリーになったわけではない。
もちろん、そこに言い訳を挟む余地などないのだが、あえて言わせて貰えるのならば、
自分でも分からないうちに感情が振り切れていた、とありすは言いたかった。
知らない内に頭に血が昇って、なぜ昇ったのかさえ分からないままに、ただ暴力として感情を吐き出していた。
きっかけは、今日の事に限らない、と思う。
日々募りに募った何かが、先ほどの晴の一言によって燃焼されて感情を吹き起こすエネルギーとなったのだ。
『融通のきかねーやつ』
ここまでぞんざいではないが、同じような事をPや学校の友人からよく言われる。
言われすぎて、今では言い返すどころか気に障りもしなくなった。
だけど、晴に言われた一言は、なぜかありすの心に重くのしかかって、びりびりときしませた。
ところどころにあいた罅からどす黒い液が染み出して、そいつはありすの精神を支配した。
――Pがいなければ……。
「(どうなっていただろう)」
少なくとも、今よりもずっと気が重くなっていたに違いない。
いつもは雲のようにふわふわとして頼り無いPだが、この日ばかりは感謝しよう、とありすは思った。
すると、丁度そのPが公園の入り口に見えた。
「(えっ)」
よもや、居場所がバレてしまうとは。公園に来たのは完全に気まぐれだったのに。
「よう」
「どうして……」
「この辺りで一人になれる場所ってここくらいだし」
「あぁ……」
合点。至極単純なことだった。
Pはありすの隣に何食わぬ顔で座り、タバコを取り出した。
「P、ここ公園ですから」
「あ、あぁ……。そうかそっか……。世知辛いなー」
Pはそう言って溜息をつきながらタバコを懐に戻す。
あまりにも残念そうな顔をしているのでここまで来たのはタバコを吸いたいがためじゃないのかと思ってしまう。
「はぁ……。ま、私以外に人はいないので別にいいですよ」
「んー、でも子供には悪影響だしなー」
といいつつもPの手はしっかりポケットのタバコへ伸びている。
結局、Pは愛喫しているキャビンを美味そうに吸った。吸いまくっていた。その間、二人は何も言わなかった。
やがて小型の携帯灰皿に三本目のタバコが投下された後にPが言う。
「お前、晴の事が好きなのか」
突然言われて、ありすは目を丸くして目尻でPの横顔を盗み見る。
Pは何でも分かってんだよ、というような達観した目で遠くの木々を見つめていた。
そんなPの顔をありすは前に一度だけ見た覚えがある。
思い出というものは不思議なもので、印象に残っている一場面を思い返すとそれに付随して、その前後の会話まで鮮明に浮かんでくる。
「君、アイドルに興味ない?」
「ありません」
「へぇ。それまたどうして」
「なる意味がないので」
「意味ね。――君は何かにつけて理由を欲するのかな」
「そういうわけでは」
「じゃあどうして、アイドルにはなる意味が必要なの」
「アイドルは……非生産的です」
「アイドルが非生産的かー。僕はそう思わないけど」
「…………」
「アイドルなんて、媚売って愛嬌振りまくだけの低俗なもの、とか思ってんじゃない?」
「……違うんですか」
「違っては無いと思うよ。でもアイドルは媚と愛嬌を大安売りしてなんぼだから」
「それのどこが……」
「生産的かって? ……アイドルが媚びを売ると、どうなると思う?」
「バカな男がアホみたいに金を落とします」
「正解。その結果、その男には何が残る?」
「何が……?」
「そ。答えはね、満足と幸せだよ。例え一時的なものでも、アイドルのライブを見に行ったり握手をしてもらうその時、
その瞬間は何物にも替え難い時間になるんだ。ま、アイドルは何も生み出してないかもしれないけどね。
それでもアイドル以上の幸せを与える職業は他にはないと思っている」
「幸せ」
「そう、幸せ。君は、幸せ?」
「私は……」
「もし君が日々の日常に飽きたり、お決まりごとしか言わない教師に失望したり、
自分の事を本当に理解してくれる友人に恵まれなかったりしているのなら、やってみるといい」
「うちの事務所には君と同世代の子がたくさんいるし、今までの日々を捨てて新しい風景を見ようと努力する人達ばかりだ。
きっと、君の力になってくれる」
「アイドルに、なってみないか。人は、変われる」
そうPに言われて、ありすは首を縦に振った。
その時のPの目にはありすの姿なんて映っていなかった。
目の前にいる自分を見ているのではなくて、さらにその先、心の中までを見透かしているような目。
あの時と同じ目を今のPもしている。だから、素直になったというよりも観念したというのが正しい。
「はい」
とありすは言った。相手がPだから恥らう事も無い。
「そっか」
Pもそれ以上は何も言わなかった。ただ、タバコをふかすだけだ。
アイドルは、楽しい。歌って踊って、時には辛いこともあるけれど、それも込みで全てが楽しかった。
しかし、別に学校生活に不満があったわけではないのだ。
教師達を尊敬しているし、心を許せる友人だっている。
それでも、アイドルになってありすは、自分を取り巻く環境が変わっていくような錯覚を覚えた。
実際は学校生活になるべく影響が出ないよう、アイドル業は放課後に集中していて、日々の生活はさほど変わっていないのに、だ。
要は、環境が変化したのではなくてありす自身が変わったということ。
あの日、Pから話しかけられなければ、今のような変化は臨めなかったであろう。
新たな経験は人を変える。そして、そのことを恐れて殻に閉じこもっていてはいけない。
「(そうか……)」
今回の事だって、ありすがアイドルになる際の事と何ら変わりは無い。
ちょっと、ほんの少し方向性が違うだけである。
「気持ちの整理がついたみたいだな」
ありすが憑き物が落ちたような表情をしていたからか、Pはそう言った。
ありすとPはほとんど会話を交わさなかった。
しかし、Pが傍にいるだけでありすは心を洗う事が出来た。
「ありがとう」
「いやいや」
そういうPの手元の携帯灰皿には十数本のタバコが収まっている。
「じゃ、そろそろ交代ってことで」
Pは立ち上がって来た道を引き返していく。
(交代?)
疑問に思ってありすがPを目で追うと、その行く先に人影があった。
(あれは……)
Pと入れ替わりで公園に入ってきたのは晴だった。
晴がぶすくれた表情でこちらへ、とぼとぼと向かってくる。
彼女も、Pと何か話をしたのだろうか。やがて近くまでくると、
「よう」
と言った。いつも通りの、晴らしい挨拶だ。
だが、奇しくもそれは先ほどのPと全く同じ挨拶であったために、ありすはつい吹き出してしまった。
「ぷはは……」
「な、何が可笑しいんだよ!」
「いえ……くく……」
何が、と言われると困ってしまう。ただ、Pと挨拶の仕方が同じだっただけだ。
ありす自身、何がこんなに愉快なのか分からなかった。
でも、それが良い。それで良い。
自分の全てを理解している人間などこの世に存在しないだろう。
自分を知り尽くしていないということは、まだ自分は先へ進むことができるという希望である。
「私は、晴のことが好きです」
そうありすが言うと、晴は驚いた顔をしてから少し笑い、さっきPが座っていた場所に腰掛けた。
晴は普段通りの、キャップ帽と短パンにパーカーといういでたちであるため、こうして二人ベンチに座っていると、
おませな小学生カップルに見えるかな、なんてありすは思った。
「好きってのは、つまり、あれだよな……その……」
晴は照れているのではなく、適切な言葉を探すのに苦労しているようであった。
「愛してる、という意味です」
言って、ありすはむしょうに恥ずかしくなった。
隣を見ると晴も心なしか顔が赤い。よくよく考えてみると、人生初告白だったりするわけで、
ありすは今更になってあたふたしだしてしまった。
「あ、その、いえ! べ、別に今すぐ返事とか良いから! ね!」
最後の一言はほとんど脅しに近い声で言った。晴も「お、おう……」と若干引いている。
「ま、まぁそういうの、オレもよくわかんないし……。
オレがありすのことどう考えているかなんて確認したこともないし、な……」
晴は遠慮がちにそう言ったが、それだけでもありすにとっては十分だった。
女であるありすが愛してる、なんて言えば晴は強く拒絶するか、もう相手にすらしてくれないのでは、と心配だったのだ。
しかし、聞けば何と女子から告白されるのはこれが初めてでは無いらしい。
前に何度か、バレンタインの日などに、好きだと言われたことがあるという。
「オレを男だと勘違いしてそうな奴もいたけどな」
「ありそうですね」
と、二人は自分達の事は忘れて笑い合った。
さっき事務所で起きたことなんて頭には無い。
小学校高学年ともなれば、仲直りの言葉だって不要である。
ありすは今、とても幸福だった。
晴と他愛ない事で談笑する時間がとてつもなくいとおしい。
こんなに気兼ねなく晴と話をしたのはいつ以来だろうか。
晴が変わったのではない。ありすが変わったのだ。
いつの間にかありすは自分の心に蓋をして、やがて晴にまで壁を作ってしまっていた。
『人は変われるよ』
Pの言葉をありすは心の中で唱えた。
確かに、その通りだ。まだまだ自分には可能性がある。
ありすと晴は日が暮れて公園の灯が点るまで会話を楽しんだ。
これ以上の贅沢は、望む必要もない。
一陣の風が運んでくる冷たい空気は、晴のおかげで少し温かった。
おしまい
鳥忘れてたーん
>>3
わた橘さんへの信仰が足りませんね
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