切嗣「サーヴァントと腹を割って話し合う……!?」
アイリ「ええ♪」
切嗣「アイリ、それは」
アイリ「抵抗があるのは分かるわ。あなたに言わせれば英雄達は『栄光だの名誉だの、そんなものを嬉々としてもてはやす殺人者』。嫌悪すべき対象ですものね」
アイリ「でもね切嗣。あなたの目的は聖杯を手に入れ、その力で恒久的な平和を達成する事」
アイリ「そのために今日まで……最大の効率と最小の浪費で、最短のうちに処理をつける最善の方法を選び続けてきたんでしょう?」
アイリ「なら、今回もそうすべきよ。余計な意地を張って流れる血の量を増やすべきではないわ」
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切嗣「……」
アイリ「あなたはセイバーの事を道具として扱う、と言ったわよね」
アイリ「道具を有効利用したいのなら、そのメンテナンス……この場合はコミュニケーションね。とにかく、そういったものを欠くのは極めて非効率だと思うの」
切嗣(分かっている。分かっているさ、そんなことくらい……だが……)
アイリ「どうかしら。少しの時間だけでいいから、私のワガママに付き合ってもらえない?」
切嗣「……アイリ。すまないがもう仕事の時間で」
アイリ「切嗣、お願い。一人になろうとしないで?……怖がらなくても大丈夫よ。ここには私も、イリヤも、舞弥さんもいる」
アイリ「あなたの心が弱ってしまったのなら、私達が支えになる。先の見えない不安に襲われるなら、星明りになって照らしてあげる」
アイリ「いつ、どこで、何があったって、あなたを『独りぼっちの正義の味方』になんてさせないわ。絶対に」
アイリ「だって私達は皆……貴方の事が、大好きだから」
切嗣「……」
切嗣(……ああ、そうだった)
切嗣(僕は……この瞳を好きになってしまったんだった)
アイリ「ちなみに、もしワガママ聞いてくれなかったら私セイバーの胸の中で泣いちゃうかも」
切嗣「!?」
アイリ「心に傷を負った結果フラフラと夜の街で遊ぶようになって、イリヤにも露出度の高い服着せちゃうかも」
切嗣「!!!!!?????」
アイリ「舞弥さんも彼氏作っちゃうかも」
切嗣(どうでもいい)
アイリ「その他もろもろ、私達の関係にヒビが入っちゃうかも」
切嗣「もういい分かった、分かったからありもしない未来の可能性を言葉にするのはやめてくれアイリ!……口をきけばいいんだろう?アレと」
アイリ「ええ。愛してるわ、切嗣♪ 原稿用意しておいたから、準備が出来たらお城の客間に来てね」
切嗣「はぁ……」
切嗣(原稿?一体何の……)
ーーアインツベルン城・給仕室
アイリ「さて、私は紅茶を作らなくちゃ。やっぱり仲良くお話しするなら、お茶が必須よね」
アイリ「ええと、茶葉を入れて……あら?何かしらこの黒い茶葉。『アンリマンユ』?知らない銘柄ね……」
アイリ「メイドが気を利かせて用意してくれたのかしら。……何にせよお城に置いてあったものだし、悪いものじゃないわよね?」
アイリ「うん。変な匂いもしないし、大丈夫みたいね。折角だし、今日はこれにしましょう。それじゃ、熱湯を注いで……」
アイリ「出来上がり。私特製、必殺のおもてなしティー!」
アイリ(頑張るのよ、アイリ。あの二人の橋渡しが出来るのは私しかいないんだから!)
ーーアインツベルン城・客間
アイリ「おまたせセイバー!ごめんね、ちょっと準備に時間かかっちゃって。そのスーツ、やっぱり似合ってるわね」
セイバー「アイリスフィール、この服は中々機能的で気品もあり良い物です。感謝します」
アイリ「気に入ってくれたならそれだけでいいのよ、私が勝手に用意したものなんだから。……ほら切嗣、私の後ろに隠れてないで。それじゃ話し合いも出来ないわよ?」
切嗣「……」
セイバー「……アイリスフィール、これは一体?」
アイリ「これ?これはね、あなたと切嗣の絆を深めるための作戦会議よ♪まぁまぁ紅茶どうぞ」
セイバー「はぁ、では頂戴します」
セイバー「………………!」
セイバー(ふむ、これは中々美味しい。良い茶葉を使っていますね)
アイリ「飲みながらでいいから聞いてもらえる?切嗣がちょっと言いたい事あるらしいの。……ほら、切嗣」
セイバー(あの男が私と会話を!?アイリスフィール、一体どれほど強力な暗示をかけたと言うのですか……!)
切嗣「……」
アイリ「切嗣。人と話すときは、目を見なきゃダメよ?」
切嗣「ぐっ……!」
セイバー(そんなヘドロ沼のような目で見られても困るだけなのですが……)
切嗣「……っ」プルプル
アイリ「切嗣。勇気を出して?」
切嗣「……………………せいばーへ。いままで、むしをしていて、ごめんなさい。あやまります」
セイバー「」ブーッ
アイリ「大変!セイバー、大丈夫!?今何か拭くものを持ってくるわ!」
セイバー「けほっ、けほっ……だ、大丈夫ですアイリスフィール。大事ありません」
切嗣「アイリが淹れてくれた紅茶を噴き出しておいて『大事ない』だと!?」
アイリ「切嗣、私なら大丈夫だから。抑えて抑えて」
切嗣「アイリ……しかし……」
セイバー(い、いけない。騎士王ともあろうものが紅茶を噴き出してしまうなんて!しかしこの棒読み具合はあまりにも……)
セイバー「……こほん。見苦しい所を見せてしまいました。どうぞ、続けてください」
切嗣「……これからは、ちゃんとはなしあって、なかよくいっしょにせいはいせんそうをかちぬいていきたいです。えみやきりつぐ」
アイリ「偉いわ切嗣、よく言えました!それこそあなたが行うべき最善の手段よ!」パチパチパチ
切嗣(くっ……なぜ僕が英雄を相手にこんな文章を……)
アイリ「セイバー、切嗣もこう言ってる事だし、今までの非礼は騎士王としての寛大な心で見逃してあげてくれない?」
セイバー「……まぁ、いいでしょう。アイリの努力に免じて、今までの事は水に流してあげます」
アイリ「流石だわセイバー!それでこそ最優、最強のサーヴァントにふさわしい振る舞いよ!」
アイリ「さて。それじゃあ禊も済んだ事だし、まずはお互いの名前を呼び合ってみましょうか。コミュニケーションの基本は名前を覚える事だって、本に書いてあったわ」
切嗣「……アイリ、いつ敵の偵察用使い魔が来るともしれない。ここでアレの真名を明かすわけにはいかないんだ」
セイバー「同意します。その試みはあまりに馬鹿らしい」
アイリ「むー……なら、『セイバー』でいいわ。ほら切嗣♪」
切嗣「ぐっ!」
セイバー(顔を見るだけで伝わってくる……この男は今、産まれてからもっとも激しい屈辱と恥辱を味わっている)
セイバー(他人事とはいえこれではまるで強姦……同情せざるをえません)
切嗣「………………セ」
アイリ「セ?」
切嗣「……」ギリッ
切嗣「セイ、バー………………ッ」
セイバー「ッ!?」ゾクッ
セイバー(な、なんだというのです今の感覚は!?全身に走った、電に打たれたような痺れは……!)
セイバー(この男が屈辱に唇を噛み締めこちらを睨みながら、それでも苦々しく私を呼んだ瞬間)
セイバー(私は確かに、言いようのない幸福を感じた……!?)
アイリ「偉いわ切嗣。さぁ、セイバーも」
セイバー「改めてよろしくお願いします、衛宮切嗣。……これでいいのですか?」
切嗣「っ……!」
セイバー(名を呼ばれただけであんなにも嫌そうに……よっぽど私の事が嫌いなのですね、切嗣)
セイバー(……何故かは分かりませんが、少し楽しい気分になってしまいました)
アイリ「ええ。バッチリよ♪ これで第一ステップはクリアーね。じゃあ次なんだけど……」
セイバー(……)
セイバー「少しいいですか、アイリスフィール」
アイリ「あら、どうしたの?」
セイバー「先ほどの私を呼ぶ切嗣の声にはまだ拒否感が残っていました。私はとても悲しい。残念ですが、このままでは真の信頼関係を作る事などできはしないでしょう」
セイバー「信頼出来ないマスターと共に戦ったのでは、聖杯戦争にもきっと負けてしまうでしょう」
セイバー「悲しいですが、私はサーヴァントの身。マスターが敢えて敗北を選ぶのなら、涙を呑んでそれを受け入れるしかないのですね……」
アイリ「まぁ大変!ほら切嗣、もう一度言ってあげて?」
切嗣「ぐ、ぅっ……!」
セイバー「いいのですアイリスフィール。切嗣がどうしても私を呼びたくないのなら、それで。私は彼の意志を尊重します」
セイバー「切嗣にとっては聖杯など、その程度の安っぽいプライドで逃しても惜しくない程度のものなのでしょう」
切嗣(この女、言わせておけば……!)
セイバー「そうでないというのなら、さぁ。私を呼ぶのです切嗣。共に聖杯戦争を勝ち抜いていく『無二の戦友』として、努めてフレンドリィに」
アイリ「切嗣、早く言わなきゃセイバーがやる気を失ってしまうわ!」
切嗣「セ、セイ……バー」
セイバー「聞こえません。幼子ではないのですから、もっと大きな声で言わなければ」
切嗣「ッ……セイバー」
セイバー「おや、声に怒気が混じっていますね?なるほど、切嗣はアイリスフィールやイリヤスフィールをを悲しませる事になったとしても私と信頼関係を結びたくはない、と」
切嗣「セイバー!お願いだ、僕と共に…………戦ってくれ!」
セイバー「戦って『くれ』?」
切嗣「…………戦って、ください……!」
セイバー(~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!)ゾクゾクッ
セイバー「……民草にそこまで懇願されては、王として動かない訳にはいきませんね。分かりました切嗣、手を貸してあげましょう」
アイリ「切嗣、力を貸してもらえるのだから、お礼を言わなきゃだめよ?」
切嗣「ありがとう…………ございます…………!」
切嗣(クソッ、クソッ……!)
セイバー「……ふふ、ふふふ」
アイリ(セイバーったら楽しそう!切嗣の事気に入ってくれたのかしら?)
セイバー(いけませんよ切嗣。そんな悔しそうにしたら……もっともっと、あなたの屈辱に歪む顔が見たくなってしまうではありませんか)
セイバー(あぁ、私はどうかしている。人に責め苦を与えて喜ぶなど、支配者たる王としてあるまじき事……なのに……)
切嗣「……アイリ。僕はもう行く」
セイバー「切嗣。どこに行くのです?私はあなたともっと話がしたい」
切嗣「偵察だ。お前は必要じゃない」
セイバー「もう一度言います。『私は、あなたともっと話がしたい』」
アイリ「切嗣、ここは……ね?」
切嗣「……手短に済ませろ」
セイバー「済ませ『ろ』?」
切嗣「…………済ませて、『ください』……!」
セイバー(この男が苦しんでいる姿を見つめているだけで、どうしてこんなにも愉しいのだろうか……!)ゾクッ
セイバー「さて切嗣。まずはあなたが聖杯にかける願いを教えてもらいたい」
切嗣「そんな事をお前に喋る理由は無い」
セイバー「そちらには無くともこちらにはあります。願望機にかける程の大きな願いを知れば、私はもっと深くあなたを理解できる」
セイバー「聞かせてください切嗣。あなたは、聖杯に何を望むのですか?」
切嗣「……恒久平和だ」
セイバー「ほう?」
切嗣「僕はお前らのように周りを巻き込んで自分勝手な闘争をする『英雄』なんてものの存在を認めない」
切嗣「自分の名誉や地位のために罪もない人々を戦いの中に巻き込み、犠牲にし、それを鑑みようともしないお前達を、僕は許さない」
切嗣「戦いは汚いものだ。醜いものだ。あってはならないものだ。僕はこれまでも戦いの数を減らそうと努力してきたが、それでも人類は過ちを繰り返し続けた」
切嗣「だからこそ僕はこの聖杯戦争に勝利して聖杯を手にし、願望機の力でもって恒久平和を達成する。この戦いを、人類最後の流血にしてみせる」
切嗣「それが僕の願いだ。これで満足か?セイバー」
セイバー「……ええ、とてもよく分かりました。また一つあなたの事が知れて、私は嬉しいです」
セイバー(叶うはずの無い理想を、それでも叶えようとして、挙句奇跡に縋るという事か。……やはりこの男は救いようがない。だがしかし、いやそれ故に)
セイバー(どこまで堕ちてゆくのか、見てみたい。切嗣の心を支えてる呪いの如き理想を目の前で砕いた時、彼はどんな顔をするのだろうか……?)
セイバー(……ッ!!)ゾクッ
セイバー(私の聖杯にかける願いなど、この欲求に比べれば遙かに小事)
セイバー(最早故郷の事などどうでもいい。私はただ切嗣が傷つきながら、苦しみながら理想の泥沼で這い回る姿を見つめていたい……!)
セイバー「……切嗣。あなたの理想を叶えるため、私は剣になりましょう。今さら騎士道どうこうなど言うつもりはありません。好きに使って下さい」
切嗣「……最初からそのつもりだ」
セイバー「それはよかった。では切嗣、共に勝利を目指しましょう。……どこへ行くのです?」
切嗣「言っただろう、偵察だ。ついてくるな」
セイバー「……仕方ありませんね。あなたがそう言うのなら、今のところはこの城で過ごしておきます」
切嗣(しばらく家を空けるか……いやしかしイリヤとアイリが……だが……)
セイバー「どうかしましたか、切嗣?」ニコッ
切嗣「ッ……!!」
セイバー「ああ、留守の事なら大丈夫ですよ。あなたの妻と娘は、この私が責任を持って警護します。他のマスターやサーヴァントには指一本触れさせません」
切嗣「……」
セイバー(怯えと怒りがない交ぜになって、まるで悪魔を見るような目ですね。切嗣……その表情、正直ゾクゾクしてしまいます)
セイバー(私から一寸でも遠くへ逃げ出してしまいたいのですよね?でも、あなたにそれは出来ない。悪魔のいる館に、妻子を残していけるはずがない)
切嗣(……駄目だ。このセイバーはおかしい。アイリとイリヤを置いて家を空けるわけにはいかない。偵察が終わったらすぐに帰ってくるしかない……!)
セイバー(だからあなたは帰ってくる。私はただここで座して待っていれば良い)
セイバー(だが、もしも……アイリスフィールやイリヤスフィールに何かあったら……切嗣はどんな顔をするだろうか?)
セイバー「ふふ、ふふふ……!『偵察』頑張って下さいね、切嗣。……二日三日家を空ける事になろうとも、何の心配も要りませんからね?」
切嗣(クソッ……!やはり呼び出すのはキャスターかアサシンにしておくべきだったんだ!)
ーー翌日・夕刻 アインツベルン城・玄関
切嗣「アイリ!」
アイリ「あらあなた。おかえりなさい」
切嗣「君とイリヤを置いていって、本当にすまなかった!イリヤは無事か!?」
アイリ「ええ。他のマスターもサーヴァントも、ここには一歩も入ってこなかったわ」
切嗣「そうじゃない!セイバーは、奴は今どこにいる!?」
アイリ「セイバー?セイバーなら今、イリヤにお話をしてあげてるわよ。二人ともとっても仲良しさんで……」
切嗣「……ッ!」
アイリ「あ、ちょっと切嗣!?」
ーーアインツベルン城・イリヤの部屋
セイバー「大きなくろいくまさんは、同じ森に住むみんなのことが大好きでした。みんなが仲良く暮らすにはどうしたらいいのか、いつも考えていました」
セイバー「くまさんはある時、親友のライオンさんが2匹のおおかみさんを食べようとしている所に出くわしてしまいました」
セイバー「ライオンさんは言いました。「ここ数日何も食べてないんだ。これ以上お腹がすいたら死んでしまう。」と、かすれた声で言いました」
セイバー「おおかみさんたちは言いました。「ぼくたちは何も悪い事をしていないよ。死にたくないよ。食べられたくないよ。」と、震える声で言いました」
セイバー「くまさんにとって、ライオンさんは親友です。でもおおかみさんたちだって、大切な森の仲間です。やさしいくまさんはどうするべきか、とてもとても悩みました」
イリヤ「ど、どうなっちゃうの!?くまさん、どうするの!?」
セイバー「くまさんは悩んだ末、ただ『おおかみさんの方が命の数が多いから』という理由で、おおかみさんをたすけることにしました」
セイバー「くまさんにはそんな理由でしか、おおかみさんとライオンさんの命を公正に区別する方法が思いつかなかったのです」
セイバー「ライオンさんが一匹死んでも、おおかみさんが二匹生き残るのならそれでいいと、そう思うしかなかったのです」
セイバー「……くまさんは涙を流しながら、親友のライオンさんをその大きな体で突き飛ばしました」
セイバー「近くの木に叩きつけられたライオンさんは、くまさんに「呪ってやる」と告げると、ぱったりとたおれて動かなくなってしまいました」
セイバー「くまさんのおかげで助かったはずのおおかみさんたちは血まみれのくまさんにおびえ、お礼も言わず逃げるように去っていきました」
セイバー「それからしばらくして、くまさんは2匹のおおかみさんが3匹のうさぎさんを食べようとしているところに出くわしてしまいました」
セイバー「おおかみさんは前のライオンさんと同じことを言いました。うさぎさんは前のおおかみさんと同じ事を言いました」
セイバー「くまさんはまた悩みました。ここでおおかみさんを止めれば彼らは飢え死にし、ライオンさんの死は無駄になってしまう」
イリヤ「そうよね!くまさんはおおかみさんを助けてあげなきゃダメよ!」
セイバー「でもここで二匹のおおかみさんを殺せば、三匹のうさぎさんの命を助ける事ができる……」
セイバー「ライオンさんを突き飛ばした時の事を思い出したくまさんは……」
イリヤ「……!!」
イリヤ「そ、それで……どうなったの?」
セイバー「終わりです。『やさしいくまさん』のお話は、これで終わりなんですよイリヤスフィール」
イリヤ「えぇー!?でも最後まで言ってないじゃない!くまさんはそれから、どうしたの?」
セイバー「ふふ……どちらにしても、くまさんは悲しむでしょうね」
イリヤ「そうよ!こんなの、くまさんを虐めるために書かれた話じゃない!酷いわ!」
セイバー「そうです。終わらないくまさんの苦悩、それを傍観者としてただ見つめる。そんな愉悦を感じる事こそがこの物語の肝なのですよ」
イリヤ「ゆえつ?」
セイバー「そうです。そもそも愉悦とは……」
切嗣「イリヤァァァーーーーッ!」
イリヤ「あー!キリツグおかえりーっ」
セイバー「おかえりなさい切嗣。大事ありませんでしたか?」
切嗣「貴様!イリヤに何をした!?言え!」
セイバー「何、とは?私はただ自分が知る物語をイリヤスフィールに聞かせていただけですが」
イリヤ「そうよキリツグ、何怒ってるの?私セイバーと一緒に居られて、すっっごくドキドキして、楽しかったんだから!」
セイバー「私もあなたと共に過ごせて幸せでしたよ」
イリヤ「えへへ……もう私達、友達よね?」
セイバー「ええ。私とイリヤスフィールは、神に誓って友情を保ち続けるでしょう」
イリヤ「やったー!私、メイドじゃないお友達、初めてなの!」
セイバー「それは良かった。一番の友達になる事ができて光栄です」
イリヤ「ずっとずっと、一緒に遊ぼうね!これでもう、寂しくなんかないもん!」
切嗣「……」
セイバー「……どうしました、切嗣?とても怖い顔をしていますよ?イリヤスフィールが怯えてしまいます」
セイバー「大丈夫です。ここにはあなたの敵など、一人もいませんよ。さぁ、頬の緊張を解いて。可愛い娘を抱いてあげたらどうです?」
切嗣「イリヤ。明日からはお父さんと一緒に向こうの部屋で遊ぼう」
イリヤ「やだ!私、セイバーと一緒に遊ぶもん!キリツグ、一緒に遊んでてもすぐお仕事に行っちゃうんだもの。結局独りぼっちで、つまらないわ」
切嗣「……!」
切嗣(イリヤ……やっぱり、寂しかったのか……)
セイバー(あぁ……辛いですよね切嗣。言葉にせずとも、あなたの絶望は痛いほど伝わってくる)
イリヤ「セイバーはずーっと遊んでくれるもん!私、セイバー大好き!」
セイバー「私もあなたが大好きですよ、イリヤスフィール」
イリヤ「わーい!」
セイバー(突然やってきた、大嫌いな人間を、大切にしている人が好きになってしまう……なんて悲劇的なのでしょう)
セイバー(でもあなたは私からイリヤスフィールを引き剥がす事は出来ない。なぜなら私と一緒にいるイリヤスフィールが、とても幸せそうに見えてしまうから)
セイバー(娘の幸福誰よりも強く願うあなただからこそ、そこで立ち尽くす事しか出来ない……!)
セイバー(……ですが流石に時期尚早すぎますね。折角のご馳走、ここで平らげてしまうのはあまりにも無粋)
セイバー(ここは一つ、助け舟を出しておきましょう)
セイバー「イリヤスフィール。明日からは切嗣とも一緒に遊んであげては?彼もあなたに会えず、寂しい思いをしたのですから」
イリヤ「えぇー……」
セイバー「私も混ざりますから。そうですね……三人で一緒に、胡桃の芽を探す競争をするのはどうでしょう?」
イリヤ「うんっ。それならいいよ!チャンピオンは何人の挑戦でも受けるのだ~!」
セイバー「これは頼もしい。ではこのセイバー、姫の玉座に全身全霊で挑ませていただきます。……よろしいですね?切嗣」
切嗣「……………………ああ」
セイバー(ふふ、これは明日以降も愉しめそうですね……)
今日はここまでです
ーー翌日・アインツベルン城敷地内・森
切嗣「おっ、一つ見つけた」
イリヤ「えぇー!?どこどこー?」
切嗣「ほら、あの木の上のほうだよ。こうして、肩車してやれば……見えるだろう?」
イリヤ「あ、ホントだぁ……高い所にあるから気づかなかったわ」
切嗣「先取点は頂きだ。どうする?チャンピオン」
イリヤ「むぅーっ、負けないもーん!」
セイバー「まったく、イリヤスフィールは本当に可愛らしいですね。英霊の私が言う事でもありませんが、絵本の中から飛び出してきた姫のようだ」
切嗣「……」
セイバー「切嗣、私に話しかけられるたびそんな仏頂面をしていては彼女が退屈してしまいますよ。ほら笑顔を作って。あなたは父親なのだから」
イリヤ「あ、あった!イリヤも一個、みーつけた!セイバー!キリツグー!こっちだよー!」
セイバー「さぁ行きましょう切嗣。私達の姫様がお呼びです」
切嗣「『僕とアイリ』のイリヤだ。二度と間違えるな」
セイバー「これは失礼しました。…………ところで切嗣、先程からこの森の中にサーヴァントの気配を感じるのですが」
切嗣「分かっている。ランサーとそのマスターだろう」
セイバー「イリヤを下がらせなくて大丈夫なのですか?敵は中々に素早いようですし、人質にとられる可能性も否定できませんが」
切嗣「奴らは無関係の少女を人質に出来るほど、合理的に動ける人間じゃない」
セイバー「なるほど。連れ歩いて戦闘に巻き込んでしまう方が危険であるという事ですね。良い判断です」
セイバー「つまり切嗣。あなたはこの森の中であの侵入者たちを撃退する気でいると、そう理解してよいのですね?」
切嗣「……ああ。お前にも、有効に機能してもらう」
セイバー「ふふ、お任せください」
セイバー(では、お手並み拝見といきましょうか……)
・
・
・
・
・
・
セイバー(私を囮にして森の中を移動し、敵のマスターと一対一の状況を作り出す)
セイバー(そして前もって舞弥に捕獲させておいたランサーのマスターの婚約者を人質にし、目の前で傷つける事で精神的動揺を誘う)
セイバー(激昂したランサーのマスターが月霊髄液で攻撃してきた所に起源弾を撃ちこむ)
セイバー(必然、彼の全身の魔術回路と神経、魔術刻印は壊滅。魔術的防御が不可能になったところで、通常の弾丸を用いて殺す)
セイバー(マスターが居なくなり消えかけているランサーに、私が止めを刺す。全ての目撃者たる婚約者も、舞弥に殺させる)
セイバー(全て切嗣の目論見通り。悪くない。悪くないのですが……何かこう、物足りないというか)
セイバー(切嗣であればもう少し悪辣な手段も採れたでしょうに。この程度では、彼の心は軋まない)
セイバー(あの顔が苦悩に歪む事は無いだろう。……残念極まりない)
セイバー「ランサー。消えかけたその体では最早戦うまでもないでしょう。一応聞いておきますが、言い残すことはありますか?」
ランサー「人質、不意打ち……戦いに参加する資格の無い者まで巻き込んで……!」
ランサー「貴様らは……そんなにも……そんなにも勝ちたいか!? そうまでして聖杯が欲しいか!?」
セイバー「ええ、欲しいです。私はどんな手段を使ってでも万能の願望機たる聖杯を手にし……」
セイバー「それを切嗣の目の前で、粉々に打ち砕いてあげたいのです……!」ゾクゾクッ
セイバー「ああ、切嗣はどんな顔をするのでしょうか?罵られ、蔑まれ、周囲を危険に晒し、およそ人間が求める全てを捨ててまで手繰り寄せた聖杯が目の前で砕け散ったその時、彼は!?」
セイバー「きっと……それは至上の芸術になるでしょう。私はその瞬間を見たいがために、今あなたを殺そうとしているのですよ、ランサー」
ランサー(こ、この女……既に狂っていたのか……!)
ランサー「そんなもののために……! この俺がたったひとつ懐いた祈りさえ……騎士道の誇りさえ踏みにじって……貴様らはッ、何一つ恥じることもないのか!?」
セイバー「騎士道?……今の私は、そんなものに欠片ほどの価値も見出していない」
セイバー「それと、文句を言いたいのはこちらの方です。あなたとマスターがあまりにも不甲斐ないから、切嗣と私は何の葛藤もなくあなた達を倒してしまった。そこに勝利はあれど、愉悦は無い」
ランサー「何……!?」
セイバー「舞台の敵役としては三流以下もいいところです。あなたに騎士の誇りがあるのなら、切嗣を苦悩させられなかった自らの力不足をこそ恥じなさい」
ランサー「……赦さん……断じて貴様を赦さんッ! 他者を苛む愉悦に憑かれ、騎士の誇りを貶めた亡者のセイバー……その夢を我が血で穢すがいい!」
ランサー「 貴様に呪いあれ! その願望に災いあれ! いつか地獄の釜に落ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せ!」
セイバー「生憎と私はもう、あなた程度の小さな憎悪では満たされないのです……さようならランサー。せめて存分に苦しんで死んでください」
ランサー「が、はっ……!」
セイバー「さて……」
ーーアインツベルン城・玄関
イリヤ「セイバー!こっちこっちー!」
セイバー「切嗣、イリヤスフィール、お待たせしました。作戦通り、ランサーはこの手で討ち果たしましたよ」
切嗣「……イリヤ、随分体が冷えてしまっている。先に城の中に入って、暖炉で暖まってきなさい。僕とセイバーも後から行くから」
イリヤ「うん!」
セイバー「……あれだけ外で駆け回っていたのに、まだ走る力が残っていたのですね。子供の体力は本当に底なしです」
セイバー(そういえば、切嗣にも子供時代があったんですよね……)
セイバー(それはそれは荒んだ、血と硝煙と苦悩にまみれた愉悦たっぷりの青春を……おっと涎が)
切嗣「……」
切嗣「……セイバー」
セイバー「何でしょうか?」
切嗣「今回の作戦は成功だ。おかげで、最大の効率で事を進める事が出来た」
セイバー「それは何よりです、切嗣。私の望みはあなたの望みの一助となる事。それが叶ったとあればこれ以上の喜びはありません」
切嗣「次の戦いに備えておけ」
セイバー「ええ。了解しました」
セイバー(しかし、あまりにも上手く事が進み過ぎている……これでは面白みがない。何か手を打たなければ)
ーーアインツベルン城・客間 暖炉前
イリヤ「でね、あれからまた胡桃を探してたんだけど、キリツグったらサワグルミも胡桃の仲間だからOKなんて言うのよ!ずるいと思わない!?」
セイバー「ハハハ、彼も必死に胡桃だけを探すあなたを見て愉悦を感じ、ほくそ笑んでいたのでしょう。私と同じですよ」
イリヤ「違うもん!セイバーも負けず嫌いだけど、ちゃんと胡桃の芽だけ探してたもん!ズルする切嗣とは違うわ!」
セイバー(何かないものか……何か……)
イリヤ「それでね、その後に紅茶飲んだら、何だか体がぽーっとしてきて、熱まで出て、変な気持ちになっちゃったの。とっても不思議だったわ」
セイバー「……イリヤスフィール、その紅茶の話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
イリヤ「え?いいけど……?」
イリヤ「あのね、その日の紅茶は林檎みたいな風味でとっても美味しかったの。でも飲んだ後になんだかむずむずして、それをずっと我慢してたら熱を出しちゃったの」
セイバー「それで、どうやってその状態から回復したのです?」
イリヤ「……お」
セイバー「お?」
イリヤ「女の子の『アレ』を……弄ったら、すーって楽になって……」カァァ
セイバー「なるほど……イリヤスフィール、恥ずかしい出来事を喋らせてしまった無礼を謝ります。なんなりと罰を」
イリヤ「ううん。いいのよセイバー。あなたが何か得たのなら、私はそれでいいわ」
切嗣「イリヤ、お待たせ」
イリヤ「お帰りズルツグ!」
切嗣「ズ、ズルツグ?イリヤ、まさかまだサワグルミの事を根に持ってるのかい?」
イリヤ「べっつにー?……でも、明日からはちゃんと胡桃の数で勝負してくれないと、これからもズルツグって呼ぶからね」
切嗣「イリヤ、明日は……」
イリヤ「お仕事?」
切嗣「すまない……明日は、また偵察があるんだ」
イリヤ「……セイバーは?」
セイバー「私は切嗣が行動しろと言わない限り何もする事はありませんよ。サーヴァントですから」
イリヤ「ホント!?じゃあ、明日も一緒に遊ぼうね!」
セイバー「ええ」
切嗣「イリヤ、セイバーと二人で遊ぶのは……!」
イリヤ「遊ぶのは……ダメ、なの?明日もお母様はお城の中で安静にしてなきゃ駄目だし、切嗣だって居ないんでしょう?」
切嗣「うっ……!?」
セイバー「私を信頼してください。大丈夫ですよ、今日だって無傷で敵のサーヴァントを退けたではありませんか」
切嗣「……」
セイバー「これからもお互いを信頼し合って聖杯戦争を勝ち抜いていきましょうね、切嗣!」ニコッ
切嗣(僕は……こいつと共に最後まで戦うしかないのか……?)
ーー翌日正午 アインツベルン城・アイリの部屋
コンコンコン
アイリ「はーい?」
ガチャッ
メイド「失礼します。お体の具合はどうですか?」
アイリ「うーん、良くはないんだけど……まぁこの程度なら、直ぐに治ると思うから」
メイド「左様でございますか。替えの紅茶をお持ちしましたので、どうかご自愛を」
アイリ「ええ、ありがとう。下がっていいわ」
メイド「はい。失礼しました」
ガチャッ
アイリ「あら、リンゴのフレーバーなのね…………うん、美味しい。やっぱり寒い日に暖かい紅茶は染みるわね」
アイリ「…………あら?」
アイリ(い、いけない……顔が熱いわ、ちょっと染みすぎちゃったみたい……そういえば、最近切嗣とも久しくシてないわね……って私急にったら何を!)
アイリ「う、うぅ」
アイリ(熱まで出てきた……どこかのサーヴァントがやられたのかしら?)
アイリ「はぁ、はぁ……」
アイリ「はぁ、はぁ……」
アイリ(く、苦しい……からだ、あつい……立ってられないわ……これも聖杯化の影響……?でも、こんなに早く……)
コンコンコン、ガチャッ
セイバー「アイリスフィール、今後の事で少し相談が……どうしたのですか!?」
アイリ「せ、セイバー……」
セイバー「失礼します。……ひどい熱だ!何か心当たりは?今日は何かいつもと違う事をしませんでしたか?」
アイリ「分からないわ……紅茶が、いつもと違っていた、くらいで」
セイバー「分かりました。とにかく、今すぐ切嗣に帰ってくるよう連絡しましょう」
アイリ「セイバー、まって……いま、切嗣の邪魔は、してはダメ……!私なら、大丈夫だから……」
セイバー「大丈夫ではないでしょう!このままでは、貴女の生死にかかわる問題になりかねない」
セイバー「そうすれば一番悲しむのは誰です?切嗣でしょう?」
アイリ「セイバー……お願い……」
セイバー「っ……分かりました。ではアイリスフィール、せめて治療を」
アイリ「ち、りょう……?」
セイバー「はい。おそらく熱の原因は紅茶の茶葉……煎じるとそういう類の効能が出るものは、私もいくつか覚えがあります」
セイバー「大方、薬草の棚にあったものが何らかの原因で混ざってしまったのでしょう」
アイリ「そう、なの……?」
セイバー「ええ。そしてその熱の正体は媚熱です。治すには、一度体の感覚を高めきってしまえばいい」
アイリ「ま、まってセイバー……それって……」
セイバー「アイリスフィール、じっとしていてください。すぐに終わらせます」
アイリ「セイバー、お願い、やめてっ……!こ、こんなの、不貞だわ……!」
セイバー「いいえ。これは治療であり、私達は女同士です。高熱で腕すら動かせなくなってしまったアイリの代わりに、私がやるだけの事。何の不純さもありません」
アイリ「で、でも……切嗣はとても嫌だと思うわ。私、あの人の哀しい顔は……見たくないもの」
セイバー「では、秘密にしてしまえばいい。語られない事実など無いのと一緒です。私は決して口を割りません。後はアイリスフィール、あなたさえ秘密を守っていれば切嗣は悲しまない」
アイリ「……で、も」
アイリ(だめだわ……あたま、ぽーっとして……ちから、はいらない……)
セイバー「もう喋るのも辛いでしょう。大丈夫ですよアイリスフィール。ほら、目を閉じて……」
アイリ「せい、ばー……………………………………………………んっ」
・
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・
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・
・
ーー同日深夜 アインツベルン城
切嗣「ただいま」
切嗣(アイリが居ない……?いつも出迎えてくれていたのに)
セイバー「おかえりなさい切嗣。首尾はどうでしたか?」
切嗣「大体はどのマスターも、こちらの予想通りに動いている」
セイバー「それは何よりですね。この戦いの勝利も、きっと近い」
セイバー「城の方も大事ありませんでしたよ。イリヤスフィールもアイリスフィールも、既に眠っています」
切嗣(アイリ……いや、当たり前だ。深夜だというのに、出迎えてくれていた今までが頑張り過ぎだったんだ)
切嗣(僕の出迎えをしない事で、アイリが少しでも長く健やかにいてくれるのなら……僕はそれでいい)
セイバー「いやぁ、それにしてもアイリスフィールの身体は凄いですね。彼女と結ばれた切嗣は幸せ者です」
切嗣「……何を言ってる?」
セイバー「身体の話ですよ。同じ女として、あれだけのプロポーションは素直に羨ましく思います。剣を振るには少し邪魔でしょうが」
切嗣「何故、今そんな話をする……」
セイバー「それは言えません。アイリスフィールから硬く禁じられているので」
切嗣「なら、力付くでも聞き出すまでだ……!」
セイバー「ああ、落ち着いて下さい切嗣。分かりました、言います。言いますから。戦略上重要な令呪を、こんなところで使わないで下さい。非効率です」
切嗣「……早くしろ」
セイバー「では手短に。私は今日、アイリスフィールを抱きました。彼女があなたを出迎えに来ないのは、その事をあなたに知られたくないからです」
切嗣「きっ……さまああああああああああああああああああああああああッ!」
セイバー「ですから、落ち着いてください。抱いたと言っても、あくまで治療目的です」
セイバー「メイドが紅茶の茶葉を薬草と取り違えてしまい、それを誤って飲んだアイリスフィールが高熱を発症した」
セイバー「このままでは生死に関わるほどの事態になると、一目でわかるほどの媚熱でした」
セイバー「なので私が腕一本動かせないアイリスフィールの代わりに、彼女の体の疼きと熱を鎮めた」
セイバー「それだけの話です。筋は通っているし、私に悪意がない事も分かってもらえるでしょう?」
切嗣「……」ギリッ
切嗣(こいつは、自分が何をやったのか分かっているのか……!?)
セイバー「ガラス細工のように美しく繊細な体でしたので、触っている途中に壊れてしまわないか不安でした」
セイバー「……ですが、いやぁ、ギネヴィアより味わい深かったって感動しましたよ」
切嗣「嘘を言うなッ!」
セイバー「ならアイリスフィールに聞いてみては?実のところ、彼女は今も起きていますから」
セイバー「もっとも、そうすれば間違いなく彼女は傷つくでしょうが。切嗣はそれを望むのですね?」
切嗣「……ッ」
セイバー「白く美しい髪、緋色に輝く瞳、情熱を秘めた肉体……それらが乱れて動くのですからこれはもう、至高としか」
切嗣(駄目だ、もう僕にはこいつを許せない!今すぐに殺さなければ、自分を抑えられない!)
切嗣「令呪を持って命ずる……!自害せよ、セ」
セイバー「すみません切嗣、少し言葉が過ぎましたね。ですが、私を殺すという事はあなたの夢を殺すという事。あなたは本当にそれで良いのですか?」
セイバー「当然アイリスフィールや、あなたが無理を言って連れてきたイリヤスフィールもただでは済まないでしょう」
セイバー「私を殺す事は、結果としてあなた達家族の全てを不幸にしてしまう事に繋がるのです」
セイバー「今まであなたが失ってきた物の数、今まであなたが奪っていった物の数と、あなたの脳裏にたった今浮かんだ一時の激情。天秤にかけてみてください」
セイバー「天秤は必ず、あなたに正しい道を示してくれるはずですよ?」
切嗣(耳を貸すな!コイツは、コイツだけは殺さなければ……!僕はッ!)
セイバー「そしてもう一度思い返してみて下さい。私は此度の聖杯戦争において、間違いなくあなたの役に立っている」
セイバー「孤独なイリヤスフィールの友達になり、難敵であるランサーを倒し、高熱を出したアイリスフィールの命を救った」
セイバー「どれ一つ、あなたの不利益になった出来事は無いはずだ」
セイバー「切嗣。私はあなたの協力者であり、あなたの幸福を追求する従者なのです」
セイバー「そんな相手を利用しようとすらせず、主観的に許せないというだけで殺すと?」
セイバー「……それは、あまりにも酷すぎる愚行ですよ。貴方の願いから最も遠い位置にある選択肢です」
セイバー「恒久平和。素晴らしい願いじゃないですか。きっとこの願いはあなた以外には叶えられない」
セイバー「他の誰よりも真剣に平和を願ってきたあなたが、今、ここで、私と共に成し遂げるしかない」
セイバー「あなたはその機会を、永遠にこの世界から失わせるつもりですか?」
切嗣(僕は……)
切嗣(僕はッ……!)
切嗣「セイバー……僕は……お前を、殺さない。だって僕は……僕は、世界を、救うからだ……!」
セイバー「……ふふ、ふふふっ」
セイバー(ああ、なんて……なんて空虚な響き……!)ゾクゾクッ
セイバー「ええ、素晴らしい判断ですよ切嗣。それでこそ全ての救済を望むもの。それでこそ、あなたは衛宮切嗣だ」
切嗣「だが!……それでも、僕はお前を許さない!絶対にだ!」
セイバー「好きにして下さい。私はあなたの望みが叶えば、それでいいのですから」
セイバー(殺意のこもった目、握りしめた拳、頬を伝う数えきれない涙の痕……全てが愛しい。あなたの心に憎悪と怒りが満ちるたび、私の心は歓喜に震えてしまう)
セイバー(切嗣?私は、切嗣の事が大好きですよ?だから……これからも、ずっと苦しめてあげますから。壊れないでくださいね?)
セイバー「では切嗣、明日のために今日はもう休んでください。寝不足は体に毒ですから」
セイバー「それとも、アイリスフィールを慰めに行かれますか?面倒であれば申しつけてください。代わりに私がやっておきます」
セイバー「これでも妻を娶った身です。女性の扱いは心得ているつもりですから」ニコッ
切嗣「黙れ……!お前に頼む事など、何一つない!」
セイバー「そうですか。では私はこれで失礼します」
ーーアインツベルン城・切嗣の部屋
切嗣(アイリ……)
切嗣(治癒目的で行ったのなら、僕だって怒ったりしない。必要な事だったんだろう?なのに……なのに何故……隠そうとするんだ?)
切嗣「……クソッ!」ドンッ
コンコンコン
切嗣「入ってくるな!ドアの向こうが誰であってもだ!……もう僕の事を、放っておいてくれ!」
切嗣「う、うぅぅ……」
切嗣(セイバー、あいつのやった事は……どんな理由があろうと犬畜生以下だ! 鬼だ! 外道の極みだ!)
切嗣(なのに僕は……数えきれないほどの犠牲を払ってきてなお、あんな奴の力に頼らなければ、己の願望すら果たせないのか……!)
ーーアインツベルン城・切嗣の部屋前の廊下
『入ってくるな!……僕の事を、放っておいてくれ!』
セイバー(紅茶の一杯でも淹れてあげようかと思いましたが、取り付く島もありませんでしたね)
セイバー(切嗣のあんな悲痛な声、初めて聞きました)
セイバー「……」
セイバー「ふふ、うふふふふふ……!」
セイバー(ああ、愉しい……!)
ーー翌日朝 アインツベルン城
切嗣「アイリ、おはよう」
アイリ「…………おはようございます、あなた」
セイバー「おはようございますアイリスフィール。昨日はよく眠れましたか?」
アイリ「……ええ」
セイバー(嘘が下手ですね、アイリスフィール)
セイバー「さて切嗣。今日、私はどう動きましょう?留守番でも構いませんが」
セイバー「む。では遂に打って出るのですね?」
切嗣「そうだ。一刻も早く、この聖杯戦争を終わらせる」
アイリ「あなた……」
切嗣「アイリ、すまない。しばらく家を空ける」
アイリ「ううん、いいの。……頑張ってね」
切嗣「行くぞ、まずはキャスターだ。無関係な一般市民を多く殺傷している奴を倒し、報酬の令呪一画を狙う」
セイバー「はいっ!」
切嗣(少しでも長く、少しでも遠くへ、こいつをアイリとイリヤから引き離さなければ……!)
ーー同日午前 冬木市内
切嗣「偵察の間に入手した情報だけ与えておく。キャスターの真名はジル・ド・レェだ」
セイバー「聞き覚えがありませんね。まぁ、大した輩ではないのでしょうが」
切嗣「奴は狂気に犯され、お前を聖女ジャンヌ・ダルクだと思って崇拝している。それが自分に有利に働く限り、ジャンヌとして振る舞え」
セイバー「聖女?私が、ですか……?」
切嗣「……」
セイバー「ふふ、ふふふふふ!神は本当に数奇な運命を授けるのですね!良いでしょう、これより私は神に仕える聖女、ジャンヌ・ダルクになってみせましょう!」
ーー同日正午・キャスター陣営のアトリエ
セイバー「邪魔です」
海魔「「「「「「「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」」」
セイバー(まったく、数ばかり揃えて!それにしても……凄まじい悪趣味ですね。人間ランプに、人間傘?)
セイバー(肉体的苦痛を通して現れる表情の固定化……まぁ一考の余地はありますが、死んでしまっては元も子もない)
セイバー(第一切嗣が自分の肉体を傷つけられたとしても、苦痛を顔に浮かべ、泣き叫ぶはずもない)
セイバー(となるとやはりこれらは私の理解の外にある、ただの退屈なオブジェでしかないという事ですね)
セイバー「ジル、私です。会いに来ましたよ」
キャスター「おぉおジャンヌ!あなたから我らのアトリエに出向いてもらえるとは!」
龍之介「お、この人が旦那が言ってたジャンヌちゃん?かーわいいじゃーん。あ、俺雨生龍之介っす。こっちが青髭の旦那」
セイバー「ジル、私もあなたがこの場所に居ると聞いてから、居ても立ってもいられなかったのです。あなたとまた会えて、本当によかった」
キャスター「…………ジャンヌ?少々、雰囲気がお変わりになりましたかな?」
セイバー「ああ、それは服のせいでしょう。このような漆黒の服を着ているせいで、私まで黒く見えてしまうのです」
セイバー「ですがジル、どんな服を着ていようとも私は私。正真正銘、本物のジャンヌです。忠義を尽くしてくれたあなたになら、それがわかるでしょう?」ニコッ
キャスター「……違う」
キャスター「違う、違う、違う違うちがあああああああああああああああああああああああああうぅ!」
キャスター「貴様はジャンヌではない!ジャンヌの魂は、ジャンヌの微笑みは、断じて貴様のように穢れてはいない!」
龍之介「へ?違うの?」
セイバー「何を言うのですジル。よもやこの私の顔を、声を忘れてしまったのですか?」
キャスター「黙れジャンヌの名を騙る不届き者め!天に代わって、この私が罰を下す!」
セイバー「どうしたのですジル。私を求めて狂っているのでしょう?ならば怒れる時ほど笑わなければなりませんよ。今のあなたは…………まるで、常人ではないですか」
キャスター「喋るなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
海魔「「「「「「「「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」」」」
セイバー「無数の使い魔如きで、このジャンヌ・ダルクが倒せると思っているのですか?ジル・ド・レエ!」
キャスター「死ね!死ね!死ねええええええええええええええええええええええああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
・
・
・
セイバー「まるで歯ごたえがありませんね、これでは草刈りです」
キャスター「ぐぅっ……!」
龍之介(うーん、こりゃ駄目だな……)
龍之介「えーと、令呪をもってなんとか!『旦那!一旦囮の海魔ばら撒いて、このアトリエは放棄!トンズラしよう!』」
セイバー「何っ!?」
キャスター「リュウノスケ、今何と!?ここにはあなたのオブジェもあるのですよ!?」
龍之介「いいから!ほら早く!」
キャスター「……覚えていろ、ジャンヌを騙る大罪人!貴様は、貴様だけはこのジル・ド・レエが必ず!必ず八つ裂きにして地獄に叩き落してやる!」
セイバー(あんな所に抜け道が……!令呪でブーストされているとあれば、流石に追いつく事は出来ませんね。ここは一旦、引くとしましょうか)
ーー同日夕方・冬木市内
セイバー「という訳でキャスター討伐には失敗しましたが、敵に令呪一画を使わせることに成功しました。これは十分な戦果と言っていいのでは?」
切嗣「……」
セイバー「もう日も暮れます。そろそろ私達も城に戻りますか?」
切嗣「いや、キャスターを追撃する。準備をしろ、位置は捕捉してある」
セイバー「……分かりました」
セイバー(どうしても、私をアイリスフィールとイリヤスフィールに近づけたくないのですね……その努力、いじらしくて好きですよ切嗣)
ーー冬木市・地下水路
キャスター「リュウノスケ!あなたともあろうものが、自分の作品を見捨ててまで……何故私の邪魔をしたのです!?」
龍之介「……旦那が、怒ってたからだよ」
キャスター「何ですと!?どうして激昂せずにいられるものか!いいですかリュウノスケ!あの売女は!あの声で、あの姿で私のジャンヌを侮辱したのですよ!?」
龍之介「分かってる!分かってるよ。風俗嬢が初恋の人に激似だったみたいなもんだろ?旦那が怒るのも分かる。……でもさ旦那。俺たちは、憎しみで戦っちゃ駄目なんだよ」
キャスター「憎しみでは……駄目……?」
龍之介「そりゃ、普通の奴ならあそこでやっちゃえー!ってなるんだろうけどさ。旦那、俺達は芸術家(アーティスト)なんだよ」
龍之介「俺達の生きる理由は、いつでもどこでも誰を前にしたって……より良い作品を作りたいって、それじゃなきゃダメだと思うんだ」
龍之介「憎しみで人を殺しても……なんもならないよ。旦那の折角のその怒りが抜け落ちて、あの子はただ死んで、それだけなんだよ」
龍之介「だからさ、旦那。今はゆっくり逃げ回って力を溜めて……んでもって、旦那が誰より憎むあの子を、誰もが賞賛する最高にCOOLなアートにしてやろうぜ!」
龍之介「そうすりゃ旦那の怒りもあの子の命も、より良い作品を作るために必要なものだったんだから、無駄じゃなかった。無意味じゃなかったって事になるだろ?」
龍之介「俺達で、あの子の魂を救ってやるんだよ!旦那!」
キャスター「………………ォ」
キャスター「オォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!リュウノスケ……私は、またしてもあなたに救われてしまった!」
龍之介「いや、救うとかそんな、大したもんじゃないよ。へへ」
キャスター「いいえ!これは紛れも無い私への赦しです!感謝しますよリュウノスケ……私はあなたのお陰で道を過たずに済んだ」
キャスター「そして待っていなさいセイバー……私達の手で、誰よりも罪深いあなたをこの世で最もCOOLなアートに仕立てあげて見せましょう!」
龍之介「よっし旦那、その意気だ!」
キャスター「しかしリュウノスケ。逃げ回ると言っても、今の我々は追撃を退けられるでしょうか?海魔もしばらくは数が出しにくい状態ですし」
龍之介「任しといてよ旦那。俺、これでも逃げ回る事と証拠隠滅に関してはちょっとしたもんだからさ。……旦那が万全の状態であの子の前に立てるまでは、俺が旦那を守るよ」
キャスター「オォ、なんと頼もしい……リュウノスケ。私は、あなたに召喚されて本当に良かった」
龍之介「そういう台詞は全部終わった後、エンディングに言うもんだよ旦那。さぁ逃げよう!最高のアートのために!」
今日はここまでです
ーー同日夜中 冬木市・地下水路
セイバー「しかし、こうしてあなたと肩を並べて歩く事が出来るとは。私は嬉しいですよ切嗣」
切嗣「黙って歩け。まだ先は長い、警戒も怠るな」
セイバー「連れませんね、せっかく二人きりの時間だというのに。……腕の一つでも絡めて見せましょうか?」
切嗣「もう一度言う。『黙って歩け』」
セイバー「その命令に従う訳にはいきません。会話は信頼関係の基本です。どうしても黙らせたいのなら令呪を使えば良いでしょう」
セイバー(まぁ、あなたにはそれが出来ない事を見越して言っている訳ですがね?)
切嗣「……ッ」
セイバー「それにしてもキャスター達の作品はまったく外道の所業、悪趣味の極みですね。あなたとしてもあの二人は許し難いはずだ」
セイバー「さぁ切嗣、私の手を取って。正義の名の元に、共に巨悪を倒しましょうね?」
切嗣「……僕は、お前となれ合うつもりも、友情を育むつもりもない。……最大限利用して使い捨てるだけだ」
セイバー「ええ、それで結構ですよ。あなたにどんなに疎まれようと、私は切嗣が大好きですから」ニコッ
・
・
・
雁夜「ハァッ、ハァッ……う、ぐぅ!?」
バーサーカー「グルルルルルルル……!」
雁夜「黙ってろバーサーカー……!俺は、俺は桜ちゃんを助けるんだ……」
雁夜(待っててくれ、桜ちゃん……!俺が、必ず君を……)
バーサーカー「……!!」
雁夜「どうした!?……敵のサーヴァントか!」
龍之介「えーと、次の逃げ道はこっちーかなっと」
バーサーカー「グルルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッ!」
雁夜(あれは……討伐命令が出ているキャスターとそのマスター!?倒せば令呪が貰える……!)
龍之介「げっ!逃げた先で張るのは卑怯だろぉ……青髭の旦那、ひょっとしてアレもサーヴァントって奴だったり……するよね?」
キャスター「ええ、間違いなくそうでしょう……覚悟を決めなさいリュウノスケ。我々は、何としても生き延びなければならないのだから」
龍之介「カクゴ、か。あんま得意じゃないんだけど……アートのためだ。柄にない事でも頑張らなきゃな!」
雁夜(それにあいつ等は、町の子供ばかりを狙って……!)
雁夜「バーサーカー…………やれ!」
バーサーカー「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
キャスター「笑覧あれリュウノスケ!目の前に立ち塞がる醜い障壁でさえ、美しく作り替えて見せましょう!」
龍之介「やっちまえ、旦那ー!」
龍之介(っと、旦那が頑張ってくれてる間に俺は俺で、逃げ道を探しておかないとね……)
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キャスター「もっとだ!もっと!産まれよ海魔、溢れよ背徳、満ちよ絶望!この世全てを埋め尽くすほどに!!!!!!」
キャスター「ジル・ド・レェの催す退廃の祭典の、装飾となれええええええええええええええぃ!」
海魔「「「「「ピギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」
龍之介「いいぞー旦那!その調子その調子!」
バーサーカー「ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
雁夜「ぐっ……!」
雁夜(無限に湧いてくるのか、あの蛸みたいなのは!だとすると短期決戦が望めない……!)
雁夜(しかもここには武器になりそうな物もない、バーサーカーは素手で戦っている!)
雁夜(駄目だ、相性が悪すぎる!このままじゃ俺が先に倒れてしまう)
雁夜(クソっ、どうすれば……)
セイバー「これは面白い状況ですね。さて、どちらに肩入れしますか?切嗣」
切嗣「動くな。……僕達はここで見ていればいい」
雁夜(セイバーとそのマスターだと!?こんな時に……!)
バーサーカー「……Ar……thur……!?」
キャスター「……おやぁ?」
雁夜「バ、バーサーカー!何余所見してる!?キャスターを倒せ!」
バーサーカー「A――urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッ!!」
雁夜「ぐああああああああああああああっ!?」
龍之介(お、仲間割れ?……ってあいつら別に仲間でもないのか。何にせよラッキー、今日はツイてる!)
龍之介「旦那、今のうちに囮の海魔出して。もっと遠くまで逃げちゃおう」
キャスター「そうですねリュウノスケ。……今は、力を蓄えるべき時です」
バーサーカー「……Ar……thur……Ar……thur……Ar……thur……ッ!!」
セイバー「おっと。バーサーカーがこっちに向かってきてますよ。どうしますか切嗣」
セイバー「魔力の鎧ではなくスーツを着込んでいる今の私であれば、全力の魔力放出を駆使して逃げ回る事くらいは出来そうですが」
切嗣「……バーサーカーのマスター、お前がキャスターを攻撃する限り、僕達はお前に危害を加えるつもりはない」
切嗣「僕とお前と、キャスターを倒す目的は一致しているはずだ。今すぐそのバーサーカーをキャスターの方へ向かわせろ」
雁夜「無理言うな!バーサーカーは今錯乱している!俺の命令を聞く状態じゃない!」
雁夜「げほっ……げばああああああっ!蟲、が……!」
セイバー(へぇ……バーサーカーが暴れる度に体内の魔力を肩代わりしているのであろう蟲が暴れまわり、あのマスターは苦しむのですか)
バーサーカー「A――urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッ!!」
セイバー(いいですね、アレ。切嗣にも付けてあげたい)
セイバー(イリヤスフィールと遊んだり、あるいはアイリスフィールと愛し合ってる時に不意に思いっきり魔力を吸い取って……)
セイバー(身を裂くような痛みに耐えながら、それでも切嗣なら笑顔を保つだろう。ふふ……城に居る時でさえ、まともに笑えなくなってしまうかもしれませんね)
セイバー(……良い。実に良い…………)
雁夜(なんだあのセイバー……素手とはいえバーサーカーと打ち合っている最中に、笑っているのか!?)
切嗣「どうしても制御できないのなら、令呪を使え。このままでは僕達はお前達を敵と見做さければいけなくなる」
切嗣「そうすればキャスターはまんまと逃げおおせるぞ」
雁夜「ッ……令呪をもって命ずる!『バーサーカー、キャスターを先に倒せ!セイバーは後だ!』」
バーサーカー「……!!ガルルルルラウアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
雁夜「セイバーのマスター。……令呪は、俺が貰う。行くぞバーサーカー」
切嗣「……」
セイバー「私達も行きましょうか。一時的に非戦協定を結ぶとはいえ、みすみす令呪を渡すのは阿呆らしい」
セイバー「キャスターもバーサーカーもそのマスター達も、一人残らず今日ここで殺す。それこそが最善。……でしょう?」
切嗣「……そうだ。バーサーカーには、キャスターの探知役と足止めをしてもらう」
切嗣「その後に倒す。……そして、一刻も早くこの聖杯戦争を終わらせる」
・
・
・
ーー同日深夜 冬木市・地下水路
バーサーカー「ガルグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアゥッ!」
龍之介(うーん、よくないな……すばしっこい上にアレ、直感だけでおっかけてくるタイプだ。猟犬かっつーの)
龍之介(しかもアレが追ってきてるって事は偽ジャンヌちゃん達はアイツのマスターと和解したって事だよな……2対1か、困ったなぁ)
龍之介「旦那、海魔の数はどんな感じ?壁にしてばら撒いておくくらいは出来る?」
キャスター「……」
龍之介「……旦那?」
キャスター「リュウノスケ。私は自らを触媒に大海魔を呼び出し、バーサーカーとセイバーを倒します」
キャスター「さしあたって、あなたには令呪をもって私の能力を底上げして頂きたい!」
龍之介「ち、ちょっと待ってくれよ青髭の旦那!自分を触媒にって、それじゃ旦那は……!」
キャスター「……ええ。私は制御を放棄して大海魔を召喚するのです。取り込まれ、しばらくせぬうちに海魔の肉に潰され自滅するでしょう」
龍之介「駄目だ!いくら旦那の頼みでもそれは……」
キャスター「リュウノスケ!!!!!!!」
龍之介「!?」
キャスター「……いいですかリュウノスケ。我々は二騎のサーヴァントから実によく逃げ延びている。あなたの才覚のおかげです」
キャスター「しかし、あの黒い犬を撒くことはおそらく不可能でしょう。あれは獣に身を貶めているが故に、誰よりも正確に我らを追跡してくる」
キャスター「バーサーカー一騎のみならどうにかなるかもしれません。しかしリュウノスケ、あなたも見たはずです。あのセイバーの力を」
キャスター「悔しいですが、備えが足りない今の私ではひとたまりもないでしょう。アレは異常です、明らかに一般のサーヴァントと一線を画している」
龍之介「……」
キャスター「このままでは私はおろか、あなたまで死んでしまう!」
キャスター「……そうなってしまえば、この末期の世において一体誰が神を讃える芸術品(アート)を作ると言うのですかッ!?」
龍之介「旦那……でも、俺……」
キャスター「私が大海魔と一体化した後は、すぐに逃げなさいリュウノスケ。私のマスターよ……あなたは生きなければならない」
キャスター「そして私は、なんとしてもあの大罪人をアートに仕立てあげてやらなければならない。彼女の魂の救済のために」
キャスター「全てはより良い作品を作るために。二つの事柄を為すには、この手段しかないのです」
龍之介「そ……」
龍之介「そんな事言わないでくれよ旦那!俺、嫌だよ。俺さ……俺、やっと、自分のアート分かってくれる人に会えたってのにさぁ……!」
キャスター「……ええ。あなたのアートは素晴らしい。短い間ではありましたがその深い哲学、このジル・ド・レェ心服させていただきました」
キャスター「だからこそ。あなたは生きて、他の誰にも成し得ないCOOOOOOOLを成し続けるのです!」
キャスター「……あなたに、二度も救われた。今度は、私めがあなたを救う番でしょう」
キャスター「友情に鮮度などありません。たとえ姿は見えずとも、私の心は常にリュウノスケと共にある」
キャスター「あなたはもう、一人ではないのですよ」
龍之介「……だん、な……」
龍之介「なぁ旦那。じゃあせめて、これを貰ってくれないか?……俺からの、餞別だと思ってさ」
キャスター「リュウノスケ……これは?」
龍之介「俺が使ってた剃刀。……言っただろ?凝ってるんだって」
キャスター「あぁ……どおりで何人もの血を吸って赤く染まっている訳だ」
龍之介「そいつがあれば、どんな時でも前を向いて殺しが出来る……そんな気になる、俺のお守りなんだ」
キャスター「そのように大切な物をこの私に……!ならば私は、この剃刀をあなたの魂だと思いましょう。こうして……」
龍之介「……すげぇ、すげぇよ!旦那の本と、俺の剃刀が……ひとつになっちまった!振り下ろすだけで人が殺せる本だなんて、超COOLだよ旦那ぁ!」
キャスター「簡易な融合魔術です。これでもう、私の本とあなたの剃刀は……我らの魂は一つになった。どうなろうとも離れる事はない」
キャスター「あなたの想い、確かに受け取りましたよ。リュウノスケ」
龍之介「旦那……」
キャスター「別れはいつになっても惜しい物です……。ですが、もう狂犬がすぐそこまで迫っています。さ、令呪を」
龍之介「……」
龍之介「令呪を、もって、…………言うよ」
龍之介「『青髭の旦那、後の事なんて考えなくていい。全力でやっちまえ!』」
キャスター「おお、力が満ち満ちてくる……!」
龍之介「…………もういっちょ、令呪をもって、言う!」
龍之介「『旦那……作ってやろうぜ。神様もびっくりするぐらいの、最っ高に……COOLなアートをさ!』」
キャスター「ええ、ええ。作りましょう。全てに意味を与える、至高の芸術を……!」
キャスター「ありがとうリュウノスケ。……私はあなたと出会えて、本当に良かった」
龍之介「旦那、俺もだ、俺もだよっ!俺も、旦那と会えて、ホントに………………」
バーサーカー「ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
キャスター「行きなさいリュウノスケ!走るのです!決して、振り返る事のないよう!」
龍之介「ッ……!」
キャスター(…………此度の現界、我が聖処女ジャンヌと会う事は叶わなかった)
キャスター(しかし、友を得た。彼と過ごした日々は聖処女と共にあったあの時の得難い光を、もう一度思い起こさせてくれた)
キャスター(それだけで、十分すぎるほどの甲斐がありました。リュウノスケ……)
キャスター(衆生にはどう映っていようと、あなたは私にとって最高のマスターだった)
キャスター(ならばこそ、ここで主の血路を開くのが従者の務め。……我が友の人生に、幸多からん事を)
キャスター「来るがいい黒き狂戦士よ、ジャンヌを騙る大罪人よ!全力で貴様らをアートに仕立て上げて見せよう!」
キャスター「天なる神も照覧あれ!これが我が身全てを懸けた渾身の背徳にして、無二の友へ捧ぐ最後の喜劇!」
キャスター「『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』ッ!」
大海魔『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
バーサーカー「…………!!」
雁夜「な、なんだアレは……!?」
雁夜(水路に収まりきれずに詰まってる肉塊……いや、あれも海魔って奴なのか?……スケールが違い過ぎる!)
大海魔『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
バーサーカー「ガルルアアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
雁夜(速い!バーサーカーと同じスピードで動ける触手が、何本もあるのか……!?)
雁夜(だが……!)
雁夜「俺は、やるしかないんだ……!バーサーカーッ!」
バーサーカー「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
・
・
・
バーサーカー「グルルルルルルルルル……!!」
大海魔『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
雁夜「げほっ、ごはっ!…………クソッ」
雁夜「バーサーカー、攻撃の手を休めるな!」
バーサーカー「ガルグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアゥッ!」
雁夜(これだけやっても傷一つ付けられないのか……!?いや違う、付けた傷が再生している!)
雁夜(つくづく相性の悪い……!何か手はないのか!?)
雁夜(……待てよ。あれだけ大きなものを召喚して、しかも再生までさせてるんだ。向こうにも消耗があって然るべきだ)
雁夜(なのにあの海魔が衰える気配は一向にない。……そういえば、さっき小さな海魔を相手にした時も、キャスターは自身はまったく消耗していなかった)
雁夜(つまり、キャスター自身は現界に必要な分以外の魔力を使っていない……奴が何か身に着けている物……持っていたあの本そのものが強力な魔力炉なんじゃないのか!?)
雁夜(どうせこのままじゃ勝てない……勝ったとしても、追ってくるセイバーにやられる。だとするなら……賭けてみる価値はある!)
雁夜(…………桜ちゃん。おじさん、頑張るからね。きっと君を、助け出してみせるよ……!)
雁夜「令呪を持って命ずる!『バーサーカー!アロンダイトを使って、そいつの身体を切り刻め!』」
バーサーカー「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
バーサーカー「オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
大海魔『!??!!?!?!??!!?!??!?!?!??!?!?』
雁夜「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
雁夜(もって3分が限度だ……!間に合え……間に合ってくれっ!)
キャスター(ぐぅ……!まさか剣の宝具でありながら、再生が追いつかない速度で大海魔を切り刻むとは……!)
キャスター「……思い上がるなよ匹夫めが!!一瞬切り刻んだ程度でこの大海魔は決して朽ちはしな……」
雁夜(キャスターの姿が見えた!……今しかない!)
雁夜「ぐぅっ…………令呪をもって命ずる!『バーサーカー、アロンダイトを封印しキャスターの本を奪え』!」
バーサーカー「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
キャスター「何!?……しまった!」
キャスター(私の『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が、黒く染まっていく……!リュウノスケの、魂が……!)
キャスター「返せっ!返せええええええええええええええええええええっ!それは、その本は私とリュウノスケの……!」
雁夜「バーサーカー……そいつの頭を叩き割れ!」
バーサーカー「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
キャスター「がっ……!リュ、ウ……ノ、……スケ……」
雁夜「はぁっ、はぁっ……」
バーサーカー「グルルルルルルルル……!!」
雁夜(……楽になった。やはり、あの本は魔力炉だったんだ……バーサーカーが食い荒らす分の魔力を、アイツの宝具になった本が肩代わりしている)
雁夜(いける……いけるぞ!これだけ消費が少なくなったんなら、アロンダイトを使ってもすぐさま魔力切れになる事もない!)
雁夜(令呪は全て使い切ってしまったが、教会に行ってキャスター討伐分の報酬を貰えばいい!)
雁夜「勝てる……今の俺なら時臣にだって、勝てる!……俺のサーヴァントは、最強なんだ!!」
雁夜(桜ちゃんもう少しだ、もう少しで君を救い出せる!)
セイバー「ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!!!」
雁夜「!?」
セイバー「いやぁ、それにしても驚きました。まさかバーサーカーのクラスで召喚されたのがあなただとは」
雁夜(セイバー……!)
バーサーカー「……Ar……thur……Ar……thur……Ar……thur……ッ!」
セイバー「無毀なる湖光(アロンダイト)、確かに見せてもらいました。魔剣になっていたのは些か驚きましたが……聖邪どちらにせよ、やはりあれは名剣ですね」
セイバー「本当なら同士討ちが好ましかったのですが……流石に万事都合よくはいきませんね」
雁夜「セイバー。見ての通り、キャスターはバーサーカーが倒した。令呪は俺のものだ」
セイバー「それはどうでしょう。ここであなたとバーサーカーを殺し、教会に報告すれば令呪は切嗣のものだ」
雁夜「……俺は、さっきまでの俺とは違うぞ。バーサーカーの全力を出し惜しみしたりしない」
セイバー「それは重畳。……せいぜい、愉しませてくださいね?」
雁夜(笑っている……口ぶりからするにさっきの戦闘を、バーサーカーが海魔を切る所を見ていたハズだ!にも関わらず、このセイバーは何故笑える!?)
セイバー「ランスロット。…………ギネヴィアの褥は、暖かいですよねぇ?」
バーサーカー「A――urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッ!!」
セイバー「騎士道に拘っていた頃の私なら苦戦したでしょうが……」
バーサーカー「A――urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッ!!」
セイバー「エクスッ……!」
バーサーカー「!?」
雁夜(バーサーカーの動きが止まった!?……あれじゃあまるで、セイバーの攻撃を待ってるみたいじゃ……)
セイバー「カリバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
雁夜(…………何が、起こったんだ?目の前に光が広がって……白くて何も見えない)
雁夜(身体が、楽だ……魔力が食われるのを、少しも感じない……?)
雁夜「バー……サーカー?どこにいる?」
セイバー「バーサーカーでしたら、私の宝具の直撃を受けて消滅しましたよ?」
雁夜「…………ぇ」
セイバー「そして、あなたも今から同じ運命を辿る事になる」
雁夜「何だよ…………?何だよそれッ!俺は、バーサーカーは最強なんだぞ!?なんで、たった一撃で……!?」
セイバー「如何に素早かろうと、天井も壁もあるこの狭い空間で『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を避けられる訳がないでしょう?」
セイバー「あなたが消滅しなかっただけ、ランスロットは努力した方です。あなたは主君として、彼を褒めるべきなのですよ?」
雁夜「やめろ……やめてくれ!俺は桜ちゃんを救わなきゃいけないんだ!俺は!」
セイバー「そうですか。ではあなたも、あの世で切嗣の勝利を祈っていて下さい。そうすれば、全ての人が救われるはずですから」
雁夜「来るな……来るなよ……ここで死んだら俺は……何のためにっ……」
セイバー「さようなら。ランスロットと戦わせてくれた事、一応感謝しておきますよ」
雁夜「あ、ぐっ…………!」
雁夜(………………さくら、ちゃ)
セイバー「『ついうっかり』無断でエクスカリバーを使ってしまいました。これでは切嗣が魔力不足で大変な事になっているかもしれませんね……ふふ」
ーー冬木市内・集合場所
セイバー「切嗣、無事で何よりです。……その様子だと、キャスターのマスターの殺害は完遂できたようですね。流石です」
セイバー(流石に息が上がっていますね……無理もない、準備もしないままエクスカリバーに必要な魔力を吸い出されたのですから)
切嗣「セイバー。エクスカリバーを使ったな……!」
セイバー「すみません。敵のバーサーカーは切嗣の想定通り円卓の騎士、ランスロットでして。私も思わず躊躇してしまい、敗北する一歩手前まで追い詰められてしまいました」
セイバー「そこで仕方なく、最後の手段としてエクスカリバーを使いました。切嗣に負担をかけてしまった事、本当に申し訳なく思っていますよ?」
切嗣(その顔を見れば嫌でも分かる。コイツに謝る気など一切ない……!)
切嗣「……!?」グラッ
切嗣(意識が……こんな、ときにっ……!)
セイバー「おや、気を失ってしまいましたね」
セイバー(連日の戦闘による緊張、朝から晩まで張り詰めた神経の疲労。それに加えて急激な魔力の浪費……これだけの条件が揃っておきながら倒れない方がおかしいのですよ、切嗣)
セイバー「舞弥。見ているのでしょう?心配は要りません。切嗣は私が城へ護送し、看病します」
セイバー「ゆめゆめ、変な気を起こさないように。貴方は引き続き他のマスターの偵察を行ってくれれば良い。想定外の事が起きて困るのは切嗣ですからね?」
セイバー「さぁ、帰りましょう切嗣。……私達の城へ」
切嗣「……」
ーー翌日早朝・アインツベルン城
セイバー「アイリスフィール、ただいま帰りました」
切嗣「……」
アイリ「あなたっ!」
セイバー「気を失っているだけですよ。連日の戦闘で疲労が溜まっていたのです」
アイリ「セイバー……」
セイバー「アイリスフィール、私は切嗣をベッドへ運び、彼の身辺を警護しておきます」
アイリ「……ええ、お願い」
セイバー「ああ、それと……後で切嗣の部屋に食事を運んで頂けませんか?簡単な物で良いので、メイドにでも運ばせて」
アイリ「いいえ、私が持って行くわ。……夫を支えるのは、妻の努めですもの」
セイバー「そうですか。では、よろしくお願いします」
セイバー(アイリスフィールもようやく『秘密』から立ち直ったようですね)
セイバー(これは……想像以上に愉しい事になりそうです……ふふ、ふふふふふ……!)
ーーアインツベルン城・切嗣の部屋
切嗣「ぅ、ぅ……」
セイバー(切嗣、うなされているのですね……あぁ、形の無い恐怖に怯えるその顔も良い……!!)
セイバー(まぁ彼の本当の苦難は今から始まる訳なのですが……)
切嗣「ここ、は……」
セイバー「おはようございます切嗣。ここはアインツベルン城。現在時刻はあなたが倒れてから、およそ5時間半です」
切嗣「なんだと……!?」
切嗣(身体が……動かない……!?)
セイバー「あなたの身体が動かないのは私がちょっとした細工をしたからです。……この城は本当に何でもありますね」
切嗣(細工だと……?くっ、宝物庫の道具か薬品を使ったのか……!?)
セイバー「ところで切嗣?昨日のエクスカリバーによって魔力を失ったのは貴方だけではありません」
セイバー「切嗣の魔力供給パスが狭いので、私も十分に回復出来ていないのですよ。実体化している事さえ辛いほどです、この状態で襲われると非常に不利なのは明らか」
セイバー「今後の戦いに備えるためにも、可及的速やかに魔力供給パス以外の経路で魔力を供給して頂きたい」
切嗣「……お前、まさか!?」
セイバー「つまり切嗣。私は今後の戦いを迅速に進めるため、あなたに性交を要求するという事です」ニコッ
セイバー「動くのは私です。あなたはただ身を委ねてくれればそれでいい」
切嗣「ふざ、けるなっ……!」
セイバー「勝つためです。…………偵察先で、舞弥とも性交したのでしょう?アイリスフィールを裏切る時に心を揺るがせないために」
切嗣「……!!」
セイバー「おや、その顔を見る限り本当にしていたのですね。今のは直感でカマをかけただけだったのですが……ふふふ、あなたという人は本当に救い難い……」
セイバー「ですが良いではありませんか。この行いにはきちんとした理由があり、あなたにはそれを為さねばならない義務と責任がある。これは不義でも不貞でもない」
セイバー「あなたは一滴の汚名を被る事もないし、あなたの夢に陰りが生じる事も有り得ない。誰も不幸せになる事のない行いなのです」
切嗣「令呪をもって命ずる!セ……!」
切嗣(ぐっ、口の自由が……!)
セイバー「ふふ、ふふふふふ……朝日が差し込む中、同じベッドに居ると言うのは本当に幸せな事ですね切嗣。まるで夫婦のようだ」
切嗣(やめろ……)
セイバー「身体は動かないまま感覚だけが残る。……さぞや気持ち良い事でしょう。恐れる事はありません」
切嗣(やめろ…………!)
セイバー「さぁ…………愉しみましょう?」
切嗣(やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)
セイバー(その顔ですよ切嗣!あぁああああああああああああああああ、もう我慢できません!あなたのその苦悩ごと、食べてしまいましょう!)ゾクゾクゾクッ
ーーアインツベルン城・切嗣の部屋前の廊下
アイリ(……鍵が閉まってる。切嗣、そんなに体調良くないのかしら)
コン、コン、コン
アイリ「切嗣、私よ。簡単な物だけれどご飯を……」
『う、ぐっ……!』
『ふふ、良いですよ切嗣…………んっ……あまりに気持ち良くて、私ももう果ててしまいそうだ……!』
アイリ「……………………え?」
『あぁ……流れ込んできていますよ切嗣。ふふ……熱い……滾っています』
『やはりアイリスフィールの身体を気遣いながらでは、思うように快感が得られなかったのではないですか?』
『それも仕方のない事。だってあなたは彼女を愛しているんですものね?あなたは悪くありません』
『アイリスフィールにぶつけられないその欲望を……この私に、余さず浴びせかけてしまえばいい……!』
アイリ「……」フラッ
アイリ(きっと……理由があるのよ。これには……理由が……)
アイリ(切嗣が、欲望だけでこんなこと……するはずないもの……)
イリヤ「あ、お母様!キリツグの部屋の前で何してるのー?」
アイリ「こっちに来ないでッ!」
イリヤ「えっ?」ビクッ
アイリ「あ……」
アイリ(今、イリヤに向かって拒絶を……!?私はあの子の母親なのに……!)
イリヤ「お母様……?私、悪い事、しちゃった……?」
アイリ「ごめんなさいイリヤ……あなたは何も悪くないわ。切嗣は今疲れてしまって休んでいるところだから……私と一緒に、向こうで遊びましょう。先に行って待っててもらえる?」
イリヤ「……うんっ!」
『ふぅ……おや切嗣、首筋に汗が。舐め取ってあげましょう……』
『ふふ、綺麗になりましたね……では、もう一勝負お付き合い願いましょうか?』
アイリ「……ッ」
アイリ(切嗣……私は、最後まであなたを信じているわ。そして、あの子も……)
アイリ(だから、いつか必ず……打ち明けてね?私、待ってるから……)
イリヤ「お母様?そのご飯、キリツグの部屋に置いてこなくていいの?」
アイリ「あの人はまだ眠っているみたいだから。起きた頃にはこの食事も冷えてしまっているでしょう?」
イリヤ「そうなの?なら、置かない方がいいね。ご飯は暖かい方が美味しいものね!」
アイリ「ええ。勿体ないけれど、メイドに捨てさせておくわ。……行きましょうイリヤ。なるべく、遠くに……」
今日はここまでです
ーーアインツベルン城・切嗣の部屋
セイバー「おや。アイリスフィール達は行ってしまったようですね……ふふ、残念です」
セイバー「もっともっと、あなたの満たされた声を彼女に聞かせてあげたかった……」
セイバー「夫の幸福は妻の幸福。あなたとアイリは、互いの幸福を願いあう仲ですものね?」
切嗣「……!」
セイバー「魔力、確かに頂戴しました。……まぁ、あなたは数日動けないままでしょうが……」
切嗣「……」
セイバー「安心してください。この戦い、あなたが再び動けるようになるまでには確実に終わらせてみせます」
セイバー「今の私には潤沢過ぎるほどの魔力がある。あなたはそこでくつろいでいるだけでいい」
セイバー「寝ているだけで聖杯が手に入るなんて、願ってもない幸運でしょう?」
切嗣(……こいつは今、満たされている)
切嗣(僕から魔力を奪い、尊厳を踏みにじる事で……心底満たされている)
切嗣(ならばチャンスはある。これまで犠牲にしてきた何もかものために、僕は全てを諦めない……!)
ーー同日夜中・冬木市内
イリヤ「すっごーい!町の中って知らないものが一杯!まるで魔法の国みたい!」
イリヤ「お母様、次はあそこのお店に行ってみたいわ!」
アイリ「……」
イリヤ「お母様?」
アイリ「え?あ、あぁ……そう、ね。行ってみましょうか」
イリヤ「うんっ!」
アイリ(私、何をしているのかしら……勝手に車を使って……襲われる可能性だってあるのに護衛も付けず、幼い娘をこんな時間まで連れまわして……)
セイバー「探しましたよ、アイリスフィール」
アイリ「……!!」
アイリ「セイバー……ごめんなさい」
セイバー「謝る必要はありません。あなたにも心はある、時としてストレスの発散が必要になる事もあるでしょう」
セイバー「それにほら。イリヤスフィールも、あんなに喜んでいるではありませんか」
アイリ「……イリヤにとって、お城の外に出るのは初めてだから……」
イリヤ「セイバー、迎えに来てくれたの!?……でも私、もっともっとここに居たいの……」
セイバー「心配には及びませんよイリヤスフィール。私はあなた達を連れ戻しに来たわけではない」
イリヤ「本当!?私、もっと遊んでいいの!?」
セイバー「はい。今宵の全ては貴女の望むままに……どうぞ心ゆくまで楽しんでください。あちらの服屋など、中々に見物でしたよ」
イリヤ「やった!私、新しいお洋服欲しーい!」
アイリ「……」
アイリ(聞きたい……切嗣の事が……)
アイリ(どうして、あなただけがここに居るのか……どうして、あの人は来てくれないのか…………どうして、あの人はあなたと肌を重ねたのか)
アイリ「ねぇ、セイバー」
セイバー「なんでしょうか?」
アイリ「切嗣は……?」
セイバー「安眠魔術を使って、無理矢理熟睡していますよ。……まったく切嗣らしいというか、何というか」
セイバー「しかし彼もまた心ある身です。どれだけ機械のように振る舞おうとも消し得ないものがある。今はただ、ゆっくりと寝かせてあげるのが良いでしょう」
アイリ「……」
セイバー「……舞弥が死にました」
アイリ「っ!?」
セイバー「偵察行動の最中、深入りしすぎたのでしょう。殺傷力のある魔術トラップに掛かったようです」
セイバー「切嗣が寝ているのは、その傷を癒すためでもあるのかもしれません」
アイリ「……」
アイリ(なら、セイバーと肌を重ねた事も……傷を癒すための行為だって事……?)
アイリ(切嗣……私は、あなたを独りぼっちにしないって、約束したのに……!)
セイバー「……アイリスフィール。切嗣が私と肌を重ねたのは、あなたに負担をかけまいとする切嗣の思いやりです」
アイリ「……!」
セイバー「彼だって本当ならあなたの胸で泣きたかったはずです。喪失の悲哀と深まった孤独を埋めるように、一心にあなたを貪りたかった」
セイバー「……でも彼は誰より深くあなたを愛している。あなたの重荷になる事だけは、絶対にしたくなかったのでしょう」
セイバー「ですからその嘆きを『道具』たる私にぶつけ、私はそれを受け止めた。それが事実です」
セイバー「私の事ならどれだけ罵られようと文句は言いません。ですが……どうか、彼の愛だけは信じてあげてほしい」
セイバー「彼はずっと……アイリスフィール。あなただけを想い続けているのだから」
アイリ(切嗣………………)
アイリ(あなたが想ってくれるのなら、それがあなたの想いの形なら……)
アイリ(受け入れるわ。……誰よりも不器用で、誰よりも優しい……私の大好きな人)
アイリ「……ッ」
セイバー「アイリスフィール……頼りないかもしれませんが、私の胸を貸しましょう」ギュッ
アイリ「!!」
セイバー「これでもう、涙を堪える必要はありません。今は心のままに泣けばいい。あなたにも彼にも……誰かを思いやれる美しい心があるのだから」
アイリ「セイ、バー……!わたし、わたしっ……!」
アイリ「う、うぅぅぅぅ……っ!」
セイバー「大丈夫です、大丈夫ですよアイリスフィール。……切嗣が愛しているのは、あなただけです」
アイリ「でも……私、あの人を慰めてあげられない……!こんな、弱い体だから……!」
セイバー「そんな事はありません。あなたとイリヤスフィールが生きているだけで、どれだけ切嗣の心の支えになっているか私は知っています」
アイリ「……!」
セイバー「だからもう、嘆く必要はないのですよ。……さぁ、涙を拭いて」
アイリ「…………………………………………………………」
アイリ「………………ありがとうセイバー。私、どうかしてたわ」
セイバー「行きましょうアイリスフィール。イリヤスフィールが待っています」
アイリ「でも、危険じゃないかしら?もう帰ったほうが……敵のサーヴァントの所在も、掴めていないのでしょう?」
セイバー「いえ。舞弥が残してくれた情報で相手の行動範囲は大体推測できました。この周辺一帯ならば他のサーヴァントの攻撃はありません」
セイバー「それとも、アイリスフィールは最優のサーヴァントたる私の知識と護衛だけでは不足であると?」
アイリ「……ならセイバー?主として、騎士たるあなたに命令します。この散策の間、私とイリヤを完璧に護衛する事!」
セイバー「騎士として誉れの極みです。仰せのままに、女王様」
ーー冬木市内・服屋
イリヤ「みてみてー!ピンクのフリフリー!」
セイバー「おお、これはマーリンもびっくりの愛らしい大魔法使いですね」
アイリ「まぁ!ちょっと露出が多いけれどとっても可愛いわイリヤ!……えーと、『プラズマ☆セット』……店員さん、この服も頂けるかしら?」
店員「かしこまりました」
セイバー「……しかしアイリスフィール、これで50着目です。あまりに多く買い過ぎでは?」
アイリ「だってイリヤったら、何着せても似合うんだもの♪……運ぶのだって、可愛い騎士王さんがやってくれるんでしょう?」
セイバー「ハハ……も、もちろんですよ」
アイリ「イリヤー?次はこっちの『ツヴァイ☆セット』着けてみてくれるー?」
イリヤ「うんっ!」
セイバー(……長くなりそうだ)
ーー冬木市内・中華料理屋『泰山』
セイバー「ふむ、ここの激辛麻婆豆腐は中々いけますね」
イリヤ「セイバー、私にも一口ちょうだい?」
セイバー「ええ。構いませんよ。では、口を開けてくださいイリヤスフィール」
イリヤ「あーん………………かりゃーい!ひたがひりひりしゅる!」
アイリ「もう、これは大人向けのメニューだからやめておきなさいって言ったのに……ほら、お水」
イリヤ「ひぇ~……」
セイバー「アイリスフィールも、一口いかがですか?何事も経験です」
アイリ「え?わ、私は……」
イリヤ「大人は食べても大丈夫なんだよね?食べてみてよ、お母様」
アイリ(うっ……イリヤの視線が……!でも、セイバーも平気そうに食べてたし、一口くらいなら大丈夫……よね?)
アイリ「そ、そうね。何事も経験よね。……それじゃあ、一口だけ」
セイバー「その意気です。さぁ、口を開けて……」
アイリ「あ、あーん…………」
イリヤ「どう?お母様、大人だから辛くないの!?」
セイバー「ふふ……さぁ、どうでしょう?」
アイリ「か………………」
イリヤ「か?」
アイリ「かりゃい……………………」
イリヤ「あはははは!やっぱりお母様も食べられないんだ!」
アイリ「しぇいばー、おみじゅ……」
セイバー「ここに。一気に飲み干すのは良くないですから、少しずつ飲んでくださいね?」
アイリ「うぅ~……」
イリヤ「……お母様。この店、おトイレ……どこにあるの?」
アイリ「ぷはーっ……トイレならあっちよイリヤ、一緒に行きましょう。……ごめんなさいセイバー、ちょっと席空けるわね?」
セイバー「ええ。私はここで荷物番をしていますので、ごゆっくり」
セイバー「……」
言峰「隣、失礼する」
セイバー「ええ。構いませんよ、アサシンのマスター。……店主、お代わりを」
言峰「セイバーよ。この場で私に事を構える気が無いと、何故分かる?」
セイバー「あなたがそのつもりなら、私の前に姿を現す必要が無いでしょう」
言峰「……」
セイバー「アサシンのマスター、私からも一つ質問しましょう。……あなたはこの麻婆豆腐に何を求めている?」
言峰「何、だと?」
セイバー「ええ。確固たる意志無き者が食べれば、アイリスフィールやイリヤスフィールのように一口でトイレ送りになるのが自明の理であるこの激辛麻婆豆腐」
セイバー「私の前に姿を晒し、自ら麻婆豆腐を頼み、汗を拭き出しながらも完食しようとするあなたは一体何を求めているのか?」
セイバー「いわばこれは麻婆問答。私があなたに興味を抱いている証ですよ」
セイバー(この解答如何では……この男もまた、切嗣と同じになれるかもしれない)
言峰「……私は、この料理に苦痛を求めている。万人が美しいと感じる物を美しいと感じられない、この罪深い身を罰する苦痛を」
セイバー「心の虚無を埋める為に、あえて苛烈な人生を選んでいると?……店主、お代わりもう一杯」
言峰「そうだ。私は……理由を探している」
セイバー「ふむ……やや不完全ではありますが……いいでしょう。ならば私があなたの理由に成ろう」
言峰「何?」
セイバー「今この瞬間より、私はあなたの敵対者になる。ありとあらゆる手段を用いて殺しに来るがいい」
セイバー「あなたがどれほど努力をしても、決して私には届かない。その絶望をもって、あなたの虚無を埋めてあげましょう」
言峰「……本気で言っているのか」
セイバー「ええ、本気です。あなたが空虚を埋めたいのなら、今すぐにでもかかって来るがいい」
言峰(なんだ、この女から漂う邪悪さは……まるでこの世全ての悪をかき集めない交ぜにしたかのような……)
言峰(この私でさえ理屈ではなく……この女が生きていれば、世界はもっと悪い方向に動いていくだろうと、そう直感できる)
言峰(だとすれば……セイバーを倒す事が、よもや本当に私の意味……聖職者として育ったことの意味……望みもしない苦痛を求め続けた意味だったのかもしれん……!)
言峰(だが今この場で仕掛ければ、間違いなく私は殺されるだろう。ここは退くしかないが……)
言峰「……感謝するぞセイバー。私の手にかかるまで、死んでくれるな。……店主、代金を」
セイバー「そちらこそ。勝手に諦めて退場、などという無粋な事だけはしないで下さいね?……店主、お代わりを大盛りで」
言峰(フ……このように血沸き肉躍る舞台から、誰が降りてやるものか……!)
ーー同日深夜 アインツベルン城
セイバー「イリヤスフィール、満足いただけましたか?」
イリヤ「うんっ!今日は本当に楽しかった!」
セイバー「それは何よりです」
アイリ「セイバー……その、切嗣の事は」
セイバー「『私に』お任せ下さい、アイリスフィール。今はご自愛を」ニコッ
アイリ「……ええ。そう、ね……」
アイリ(どんなに強がったって、私では彼を癒してあげられないんだもの……セイバーの言うとおり、彼女が切嗣の傍に寄り添うべきだわ)
アイリ「切嗣のこと、お願いするわ。彼……あまり強くないから。支えてあげてね?」
セイバー「もちろんです。私は彼の道具であり、忠実な従者なのですから」
アイリ「さ、イリヤ。……もう寝ましょ?」
イリヤ「はーい!」
セイバー(さて、では私も……)
ーーアインツベルン城・切嗣の部屋
セイバー「こんばんは切嗣。良い子にしていましたか?……酷い目のクマです、ひょっとしてずっと起きていたのですか?」
切嗣「……」
セイバー「ふふ、もっと睨んでいいんですよ?憎々しげに、殺意を込めて」
切嗣「……」
セイバー(切嗣……この状況に置かれても尚、あなたの魂は少しも私に屈していない)
セイバー(けれども私を殺し、聖杯を諦めるつもりもない。この期に及んであなたは、まだ自らの夢を追っている。なんて愚直で、なんて哀れな人…………)
セイバー(あぁ、あなたの全てが愛しい。どうしてあなたはそんなにも私を愉しませてくれるのです?)
セイバー「前の続きをしても良いのですが……生憎、私はこれから招かれざる客への対応をせねばなりません」
セイバー「次にこの部屋を訪れる時は聖杯を手土産にしてきますよ。……お休みなさい、切嗣」
ーーアインツベルン城敷地内・庭園
アサシン「……」
セイバー「これはこれはアサシン。殺気も抑えず雁首揃えて何の用です?」
セイバー(複数いたのですか……確かに予想外です。これなら舞弥が殺されたのも頷ける、彼女はアサシンが脱落したものとして行動していた)
アサシン「……!」
セイバー「……なるほど。マスターに『犠牲を厭わず勝利せよ』とでも命令されましたか。まったくあなた達も運がない」
セイバー「数に任せて撹乱し、あわよくばエクスカリバーを使わせて泥沼の消耗戦に持ち込もうとでも目論んでいるのでしょう」
セイバー「…………分を知れ暗殺者。私の剣を受ける栄誉は、それほど安くはない……!」
・
・
・
・
・
・
アサシン「……ッ!」
アサシン(馬鹿な、いくら我々一人一人の能力も分割されているとはいえ……たった一騎で70を超える我々を無傷で倒しきるなどと……!)
セイバー「貴女で最後。……まぁ、肩慣らし程度にはなりましたよ」
アサシン「か、はっ…………!」
セイバー(まぁ、これで全て倒せたかどうかは不確定ですが……複数いる事をバラしてきた以上、これ以上アサシンを利用する気はないのでしょう)
セイバー(さて、アサシンのマスターはどうやって私をもてなすつもりなのか……期待しておくことにしましょうか)
イリヤ「セイバーッ!」
セイバー「イリヤスフィール。どうしました?」
イリヤ「お母様が……お母様が!」
セイバー「!?」
ーーアインツベルン城・アイリの部屋
メイド「セイバー様、アイリスフィール様が……!」
セイバー「報告はいい!総員下がりなさい、この部屋は施錠します!」
メイド「は、はいっ!し、失礼いたします!」
イリヤ「お母様!」
アイリ「イリヤ……セイバーを、呼んできて……くれたのね……」
セイバー「どうしたのですアイリスフィール!これは一体……!?」
アイリ「……私の身体は、もうじき聖杯に成るわ。五騎のサーヴァントが倒れた今、残るのはあなたともう一人のサーヴァントだけ……」
セイバー(五騎?……では、ライダーかアーチャーのどちらかが既に……)
アイリ「勝ちなさい、セイバー……あなたなら、きっと出来るわ……」
アイリ(そして、切嗣を……彼の、夢を……)
セイバー「……この命に代えても。必ず、勝利してみせます」
アイリ「…………」
イリヤ「お母様、お母様駄目!眠っちゃ駄目!」
アイリ「イリヤ……私の、可愛い娘……」
アイリ「本当は、あなたにこんな所を見せるべきではないのに……それでも、私は……あなたともっと過ごしたいと……そう、思ってしまったの……」
アイリ「こんなお母さんを……許してね……?そして、切嗣を……独りにしないであげて。あの人は、イリヤの事を誰よりも……」
イリヤ「しないっ!怒ったりしないよ!私だって、お母様と一緒に居られて幸せだったもん!嬉しかったもん!」
イリヤ「キリツグとだって、毎日一緒に遊ぶから!もう仲間外れになんてしないから!だから、だから……!」
アイリ「そう………………ああ……安心、したわ…………」
アイリ(大丈夫よ……アインツベルンの妄執は、セイバーと切嗣が終わらせてくれる……イリヤは、きっと幸せになれる……)
アイリ(きっと…………)
アイリ「…………」
イリヤ「お母様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
セイバー(アイリスフィールの身体が炎に包まれていく……なるほど、人の姿という殻を破って聖杯が出てくる訳ですか)
セイバー(おや、アレは……?)
セイバー(ふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふ!まったく切嗣も人が悪い!)
セイバー(私の最大の宝具を、よもや愛する妻の身体に埋め込んでいようとは!)
セイバー「さようならアイリスフィール。おかえりなさい……私のアヴァロン」
イリヤ「セイ、バー……?」
セイバー「イリヤスフィール、いよいよ聖杯戦争も終盤です。……ここも危険に晒されるでしょう。あなたは本国へ送り返します」
イリヤ「嫌!私は…………お父様と、一緒に居るもん!独りにしないって……お母様と、約束したもん!」
セイバー「無理を言ってはいけません。切嗣だってあなたの命が一番大切なのです」
イリヤ「絶対に嫌!」
セイバー「イリヤスフィール……何故聞き分けてくれないのです?私はあなたの親友として、あなたの命を心配しているというのに」
イリヤ「……セイバー、あなただってお母様の言葉を聞いていたでしょう!?なのにどうして、私とお父様を引き離そうとするの!」
セイバー(…………)
セイバー「それは勿論……切嗣を、独りぼっちにしたいからですよ」ニコッ
イリヤ「……………………え」
セイバー「彼は『やさしいくまさん』なのですイリヤスフィール。……私は、彼の悶え苦しむ姿をもっと見ていたい」
セイバー「そこにあなたという希望が見えてはならない。彼の人生は絶望に次ぐ絶望、喪失に次ぐ喪失でなければならない」
セイバー「破滅への階段を、彼が自らの意志で一段一段降りていく姿を見てこそ至高の愉悦というもの」
セイバー「あなたを殺さないのは、目覚めた切嗣から最後の自制心を奪わないため。あなたは階段の13段目なのです。今失う訳にはいかない」
イリヤ「……なに、いってるの……?」
セイバー「安心してくださいイリヤスフィール。あなたと共にいた時間は、間違いなく愉しかった。神に誓って、私とあなたの友情は本物ですから」
イリヤ「嫌……嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
・
・
・
イリヤ「……」
セイバー(やれやれ、いきなり大声をあげるのだから……部屋に鍵をかけておいて正解でしたね)
ガチャッ
メイド「セイバー様、アイリスフィール様は……それと、イリヤスフィール様のとても大きな声が……」
セイバー「アイリスフィールは聖杯に成りました。イリヤスフィールはショックで錯乱してしまったようです」
セイバー「応急処置として気絶させておきましたが……これ以上ここに居るのは、彼女にとって良くない」
セイバー「動けない我が主に代わり、私が指示を出します。……イリヤスフィールの命を守るため、速やかに彼女を本家に送り返すように」
メイド「了解致しました。……セイバー様、何卒、ご武運を……!」
セイバー「ええ。……分かっています。この戦い、もうすぐに終わりの時が来るでしょう」
セイバー(残る敵はサーヴァント一騎とアサシンのマスターのみ。アヴァロンを取り戻した私にとってみれば児戯に等しい)
セイバー(そしてその時こそ切嗣……あなたの眼前で聖杯を……)
セイバー(ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!)
今日はここまでです
ーーアインツベルン城 イリヤの部屋
イリヤ「……」
メイド(イリヤスフィール様……この若さで母親の死に立ち会ってしまうなどとは……すぐに出立の準備をしなければいけませんね)
メイド「……」
メイド(ですが……正直なところ、あまりにも気を失う時間が長すぎる。衝動的に自分自身に呪いをかけてしまったのかもしれない)
メイド(失礼になりますが……ここは調べてみるしかなさそうですね)
メイド「……!?」
メイド(違う、これは呪いなどではなくアインツベルンに伝わる霊草の効能!)
メイド(しかもとてつもない量服用させてある……常人なら即死、一流の魔術師でも治癒しなければ一週間程度は指一本動かせない程に)
メイド「…………」
メイド(あまり想像したくないですが……)
メイド(……幸い、私の手には屋敷内全ての部屋の鍵がある)
メイド(これを使えば、確かめる事が出来る)
メイド「……イリヤスフィール様。念のため、効能を打ち消すまじないをかけておきます。未熟故時間がかかってしまうかもしれませんが」
メイド「それでは。……私めは、真実を見極めてまいります」
ーーアインツベルン城 切嗣の部屋前の廊下
コン、コン、コン
メイド「切嗣様。起きていらっしゃいますか?」
メイド(……反応がありませんね)
メイド(もしも切嗣様が同じ症状に陥っていたなら、すぐに治療しなければならないというのに……!)
メイド(仕方ない、こうなったら鍵を使って)
セイバー「な に を し て い る ん で す か ?」ニコッ
メイド「ヒッ!?」
セイバー「怯える事はありません。私はただあなたに質問しただけなのです」
セイバー「そして質問には解答の義務がある。……さぁ、答えてください。あなたは私のマスターの部屋の前で何をしようとしていたのですか?」
メイド「わ、私は……切嗣様の、お体を心配して……」
セイバー「それで?私が申しつけた本来の仕事も完遂せず、回復中の切嗣に茶々を入れに来たと?」
メイド「け、決してそのような……!」
セイバー「では今すぐにイリヤスフィールの元へ戻りなさい。あなたは彼女の侍従でしょう?」
メイド「……切嗣様は、もう起きていらっしゃるのですよね?」
セイバー「……何?」
メイド(もしも切嗣様がイリヤスフィール様と同じ状況におかれているとしたら……この場所からでも、指で発動する簡易な打消しのまじない程度なら……!)
メイド「イリヤスフィール様が気絶していたのはお母様を失ったショックだけではなかった。……霊草を盛られていた」
メイド「効能は知っていても分量を知らない、典型的な外法の盛り方でした。……常人なら死んでいる。魔術師であっても起きた後に障害が残る可能性すらある」
メイド「イリヤスフィール様が気絶した瞬間に居合わせたのはあなただけですよね、セイバー様」
セイバー「……」
メイド「しかし騎士王ともあろうお方が何故?……とも思いましたが、一つだけ心当たりがあります。もっとも、城に伝わる怪談話の類ではありますが」
メイド「かつて第三回聖杯戦争においてアインツベルンが使役した『アヴェンジャー』……真名アンリマユ。それ自体は早期に敗北した極めて脆弱なサーヴァントでしたが」
メイド「『願い』そのものであるという危険な本質に気づいたマスターがその魂を願望機たる聖杯に戻すことなく、『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』を用いて現世に留まらせた」
メイド「その物質化したアンリマユの残滓が、今もこの城のどこかにあると言われています。あなたは、まさかそれを……」
メイド(お願い……起きて……早く!)
セイバー「……最近のメイドはまじないも使えるのですね。アインツベルンの侍従なのだから無理もないが」
メイド「ッ!?」
セイバー「御高説有難うございました。お礼に一つアドバイスをしてあげましょう。私達サーヴァントは、魔力の流れを探知する事が出来ます」
メイド「あ、ぁ…………!」
セイバー「あぁ、私は哀しい。あなたのように優秀なメイドを失う事になるなんて……!」
メイド「ひっ……!」
『令呪をもって命ずる。セイバー、以後自分の意志で動く事を禁止する』
『重ねて令呪をもって命ずる。僕の命令には絶対服従してもらう』
『更に重ねて令呪をもって命ずる。……逆らう事は許さない』
セイバー「…………!」
メイド「きっ………………」
メイド「切嗣様っ!」
切嗣「……すまない。怖い思いをさせた」
メイド「いえ、私の事など……それよりも、アイリスフィール様とイリヤスフィール様が……!」
切嗣「何っ!?」
メイド「アイリスフィール様は……体が聖杯へと……」
切嗣「……そうか」
切嗣(アイリ……いや。僕に迷っている暇はない)
切嗣「イリヤは?」
メイド「セイバーに霊草を盛られていました……」
切嗣「……!」
メイド「未熟ではありますが、私が解呪しておきました。今はご自身の部屋で眠られているはずです」
切嗣「……君には、本当に助けられた。ありがとう」
メイド「メイドとして当然のことをしたまででございます。……切嗣様、セイバーはまだ殺さないのですね?」
切嗣「そうだ。……僕はこいつを使い倒して、聖杯を手に入れる」
メイド「……ご武運を」
切嗣(残った令呪はキャスター討伐の報酬分の一画のみか……)
切嗣(今は行動を縛れているが、令呪の命令は時が経つごとに強制力は弱まる)
切嗣(出来る事ならこの手は使いたくなかったが、こうなった以上は早く決着をつけなければ……!)
ーーアインツベルン城・正門
セイバー「……」
切嗣「……行くぞセイバー」
イリヤ「お父様そいつから離れてっ!」
切嗣「イリヤ!?……身体は!?」
切嗣(今、僕の事を……)
イリヤ「もう大丈夫よ。……それよりもお父様、こいつは悪魔なのよ!早く倒しちゃわないと……」
切嗣「イリヤ……まだ、それは出来ない」
イリヤ「……平和を作るために?」
切嗣「ああそうだ。……僕は、必ず成し遂げる。アイリと約束したんだ」
イリヤ「なら、私だってお母様と約束したわ。『お父様を、絶対に独りにしない』って」
切嗣「……!」
イリヤ「お母様は……最後まで、お父様の味方だったわ。だったら私もお母様のようになる。お父様の、味方になってあげる」
切嗣「…………」
イリヤ「………………お父様、泣いてるの?」
切嗣「…………ありがとう、イリヤ……ありがとう………………!」
イリヤ「泣かなくてもいいよ、お父様はもう独りじゃないもの。……私が、傍に居るよ?」
切嗣「……ああ。イリヤが父さんの味方になってくれるなら、もう大丈夫だ」
切嗣「もう何も、怖くはない…………!」
イリヤ「うん、大丈夫だよ。きっと!」
切嗣「イリヤ、ここはじき戦場になる。メイド達と一緒に、城の奥で待っていてくれ」
イリヤ「お父様……ちょっと待って」
切嗣「なんだい?」
イリヤ「んーっ……!」
切嗣「!」
イリヤ「えへへ、知ってる?ふぁーすときすって、いっちばん大事に思ってる人にするのよ?……これで、ちょっとくらいは魔力回復出来た?」
切嗣「ああ、十分過ぎるくらいだ…………!必ず、帰ってくるよ」
イリヤ「……うん。待ってる!」
ーー翌日午前 冬木市内・遠坂邸
言峰(私の目的はセイバーの死をこの目で見る事。そのための既に行動を起こしてしまっているのだ……)
言峰(ならば……何も迷う事はない。ただこの血肉の湧きに任せて動けばいい……!)
時臣「待っていたよ、綺礼」
時臣「いよいよ残るは二騎のみとなった。綺礼、ここまで私と王が手傷を負う事も無く残る事が出来たのは、君のおかげだ」
言峰「いえ。もとより私は、あなたを勝利させるための駒。お役に立てたなら何よりです」
時臣「お父上の事は残念だった。まさか監督役が背後から銃撃を受けるなどとは……」
言峰「魔術師殺しと呼ばれるセイバーのマスター、衛宮切嗣の仕業です。……父は立派な人間でした」
時臣「監督役は君が代行するのか?」
言峰「はい。父のようにはいかないかもしれませんが……遺言通り、預託令呪はこの腕に移しました」
時臣「なるほど。……綺礼、私は君という弟子を得た事を、今でも誇りに思っている」
時臣「どうか今後とも、亡きお父上のように君もまた、遠坂との縁故を保っていてほしいと思うものだが……どうだろう」
言峰「願ってもないお言葉です。ご息女の事は、しっかりと見守らせていただきます」
時臣「ありがとう。……綺礼」
言峰「これは?」
時臣「君個人に対して、私からの贈り物だ。開けてみたまえ」
言峰「……」
時臣「アゾット剣だ。君が遠坂の魔道を修め、見習いの過程を終えた事を証明するための品だ」
言峰「至らぬこの身に重ね重ねご厚情、感謝の言葉もありません。我が師よ」
時臣「君にこそ感謝だ、言峰綺礼。これで私は、最後の戦いに臨む事が出来る」
時臣「もうこんな時間か。それでは綺礼…………」
言峰(気負う必要はありません、我が師よ)
ドスッ
言峰「あなたの戦いは、これで終わりだ」
時臣「かっ………………!?ぁ、ぁぁっ………………………………!?」
時臣「くぁっ…………!が、ふっ………………!」
言峰「師よ。あなたも私の父と同じ、最後の最後まで私という人間を理解できなかったのですよ」
アーチャー「フン……どれほど優雅に振る舞おうと努めていても最期がこれではな。見よ、間抜けたこの死に顔を」
アーチャー「……で?綺礼とやら。名目上は忠臣を保っていた我のマスターを殺しておいて、これからどうするつもりだ?」
言峰「手を貸せ英雄王ギルガメッシュ。……最大の愉しみをくれてやる」
アーチャー「ほう?死んだ魚かと思っていたが、突如として父と死を殺しなお悦楽を求めるか。……いいだろう、せいぜい飽きさせてくれるな?」
アーチャー「でなければ綺礼、お前もこの阿呆のようになるやもしれんぞ?」
言峰「汝の身は我がもとに、我が運命は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うのなら……」
アーチャー「誓おう。汝の供物は血肉と為す。……言峰綺礼、新たなるマスターよ」
アーチャー「さぁ綺礼、始めるとしようか。お前の采配で見事、この喜劇に幕を引くがいい。褒美に聖杯を賜わそう」
言峰「異存はない。英雄王よ、お前もせいぜい愉しむ事だ……すぐに仕掛ける」
ーー同日正午 アインツベルン城・正門
言峰「見つけたぞ、セイバー」
セイバー「……」
アーチャー「綺礼。まさか眼前の物言わぬ傀儡が我の相手と言うのではないだろうな?」
言峰「闘ってみろ。嫌でも分かる」
切嗣(アサシンのマスター……何らかの方法でアーチャーのマスターになったか)
アーチャー「フン……一笑に付してやろう。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!」
切嗣「セイバー、避けろ」
セイバー「……!」
アーチャー「何……?傀儡風情が、我が王の財宝を退けるか!」
切嗣「セイバー、エクスカリバーを使え」
言峰「英雄王。避けた方が賢明だぞ」
アーチャー「黙れ綺礼!王が傀儡の遊戯に怯えてなんとする!『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!」
言峰(まぁ、そうだろうな。……分かりやすい奴だ)
セイバー「…………」
セイバー「………………………………!」
アーチャー「む、おっ………………おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
言峰「令呪三画をもって命ずる。『アーチャー、最大出力の攻撃でエクスカリバーを迎撃しろ』」
アーチャー「綺礼貴様……ッ!『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』ッ!!!!!!!!!」
切嗣「セイバー、アヴァロンを使え!」
セイバー「……!」
アーチャー「何……?我の『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』を……凌いだだと!?」
切嗣「セイバー、やれ」
セイバー「…………!」
アーチャー「ぐ、ぅっ!?おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれぇ!」
セイバー「……」
アーチャー「ぐっ…………セイ、バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
切嗣(アーチャーが消えていく……)
言峰(残るは一騎か。……ならばセイバーのマスターの取るべき行動は一つだな……存外あっけなく)
切嗣「令呪をもって命ずる。『自害せよ、セイバー』」
セイバー「…………!」
セイバー「……ふ」
切嗣「!?」
言峰(何だと……?)
セイバー「ふふふふふふふふふふふふふふふ!令呪令呪令呪……一度上手く行ったら全てそれで通すのは悪癖ですよ、切嗣」
切嗣(何故だ……!?)
セイバー「確かに令呪は魔力への抵抗を無視したサーヴァントへの絶対命令権ですが……抗えない訳ではない」
セイバー「まして今の私はあなたの命令で『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を使用しているのですよ?」
セイバー「それまでの三つの令呪の強制力を加味したとしても、令呪一画の命令程度防げない訳がないでしょう」
セイバー「もう成す術もないでしょう、あなたはそこで立ち尽くしているがいい。目の前で聖杯を破壊してあげますよ」
セイバー(あぁ…………切嗣、あなたの絶望に暮れる顔が今から楽しみで仕方ありませんよ)
切嗣「……約束した」
セイバー「はい?」
切嗣「約束したんだ、イリヤと……必ず、世界を平和にして帰ってくると……!」
セイバー「……それで?今のあなたに何が出来ると?」
切嗣「確かに……令呪は使い切った。起源弾も通用しないだろう。だが……」
切嗣「だがそれでも、諦めない事は出来る……!」
セイバー(この期に及んで……目に悔し涙を溜めながら言う台詞がそれですか。あなたという人は、本当になんて愚かしく、愛おしい……!)
言峰「……聖杯戦争監督役代行として、ここに聖杯戦争の終結を宣言する。勝ったのは衛宮切嗣、お前だ」
セイバー「ふふふ、よかったですね切嗣。貴方の勝ちですよ?もっと喜んでは?」
言峰「そこで私は監督役としての権限を使い……全ての預託令呪、計八画を勝者である衛宮切嗣に渡す」
セイバー「……!?」
言峰「何の問題もない。『既に聖杯戦争は終わった』のだからな。好きに使え」
言峰「……どうしたセイバー?薄ら笑いが引き攣っているぞ……!」
セイバー「貴様ッ……貴様ああああああああああああああああああああああああああああッ!」
言峰「が、はっ………………!」
言峰(フッ……貴様のアヴァロン、何画まで凌げる?)
切嗣「……全令呪をもって命ずる!」
セイバー「やめっ……!」
セイバー(魔力放出で接近して下顎を……駄目だ、間に合わない!)
切嗣「『セイバー、アヴァロンを解除し全力で自害しろ』!」
セイバー「……ッキリツグウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ!」
・
・
・
・
・
・
聖杯『……………………』
切嗣「これが、聖杯……」
聖杯『衛宮切嗣。あなたは聖杯に何を望む?』
切嗣「僕は……」
切嗣「…………恒久平和を望む。人と人がお互いを慈しみあう、誰も独りぼっちにならない世界を」
聖杯『…………叶えましょう。貴方の意志を…………』
切嗣(舞弥……アイリ……イリヤ……終わったよ…………)
・
・
・
・
・
・
イリヤ「……ねぇ、お父様?」
切嗣「んー?」
イリヤ「こんな怪談話知ってる?このお城には、昔ご先祖様が封印した悪魔がまだ潜んでるんだって!」
イリヤ「その悪魔は独りぼっちの心に入り込んで、その人の魂を食べちゃうのよ!」
切嗣「おお、そりゃ怖いなぁ。イリヤが魔法少女にでもなって助けてくれるのかい?そしたら父さん嬉しいなあ」
イリヤ「私は魔法少女にはなれないわ。でもたとえ悪魔が現れたとしても、お父様も私もメイド達も、絶対大丈夫よ。だって……」
イリヤ「もう、誰も独りぼっちじゃないんだもの。だからこの怪談話は、もうちっとも怖くないの!」
切嗣「……ああ、そうだね。素晴らしい事だ」
イリヤ「お父様。私、お母様の分まで一生懸命生きるわ。……だから」
イリヤ「ずーっと私の、傍に居てねっ!」
終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました
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