・地の文だらけ 九話が終わっての、十話からを妄想
・単行本発売まだなので、鷲尾須美は無料公開の1~4話しか読めてないです
・アニメの公式サイトの用語辞典は割とスルー
・十話の予告(Web公開映像含めて)も割とスルー
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~☆
夜半、結城友奈の部屋。
明かりは消され、カーテンは閉ざされ、暗闇がそこにはある。
今日の風先輩、怖かったな……。
布団の上、横になって、天井を見上げ、友奈は考えていた。
両目は開けていた。目を閉じれば、先輩のあの辛い泣き顔が、まぶたの裏に浮かんできそうだったから。
はやく眠りたいのに、眠れない。何も考えないようにすればするほど、形のない、圧迫感で胸がつまりそうになる。
だから考えていた。
友奈はふと、先輩の重い一撃を牛鬼が受け止めたときの、奇妙に手首が痺れた感触を思い出した。
彼女は無意識に、布団の中で、己の手首をさすった。
私、先輩のあんな顔、知らないよ。
先輩のこと、よく知ってるつもりだった。でも、知ってるつもりになってただけだったんだ。
もぞもぞと身体を動かして、友奈は真横を向いた。ひとりぼっちなのが辛かった。
何かやるべきことがあるときは良い。身体が動く。心もついていく。昔からそういう性分だった。
考えるより、感じるより、先に動く。
友奈は、あれこれ頭で考えるより早く、何を自分がするべきか瞬間的に理解し動くことができる人間だった。
だけど今、するべきことなんてものはない。あるのは、眠りが訪れるのを受け身に、黙って静かに待ち続ける時間だけ。
心細かった。隣の家に住む、大親友である、東郷美森に今すぐ逢いに行きたいと思った。
いやいや、こんな時間に、それはない。唐突に頭に浮かんできた思考を、慌てて自ら否定する。
いくら東郷さんだって、今来られたら迷惑なはず。……どうだろう? 東郷さんなら、喜んで迎えてくれるかもしれない。
東郷さんには、よくわからないところがある。
――私、先輩だけじゃなくて、東郷さんのことだって、よく知ってるつもりだったのに、な。
咄嗟に胸の辺りのパジャマを掴んだ。
心の中で、ヒヤッとした何かが、撫でるように駆け巡り、消えた。
東郷さんのわからないところ。先輩の場合と違って、どこがわからないのか、わかりやすかった。
喪った記憶。事故のこと。そして、何を考えているのか、時々。
東郷さんは、十回以上自害を試みたと言ってた。
切腹、首つり、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、焼身……。
なんであんなに、平然と、自害を試みた、なんて言えるんだろう。
精霊が止めてくれなかったら東郷さん、痛かったんじゃないの? 辛かったんじゃないの?
……死んじゃったんじゃ、ないの?
もちろん友奈にも、その自害が、乃木園子さん、彼女が言っていたことを確かめようとしてのことだとはわかっていた。
東郷さんは、本気で死ぬつもりなんてなかった。わかってる。
しかし、自分の大親友が、自分の知らないところで、誰にも言わずひとり死のうとした。
精霊たちが守らなきゃ、死んでいたかもしれない。
それを思うと湧き上がる恐ろしさは、理屈ではなかった。
改めてしみじみと、友奈は思う。
東郷さんのことですら全部知っているわけじゃないのだから、
知らなかった先輩の一面を初めて知ってびっくり、なんて当たり前のことなんだ。
二人だけじゃない。樹ちゃんも、夏凜ちゃんも、私の知らないところで、きっと悩んで苦しんでる。
私たち、みんな怖い。辛い。
布団の中は、友奈の体温でちょうどよく温かいのに、いまだに居心地が悪い。
ちぢこまるように背中を丸めた。
……もう嫌だよ、こんな気持ちになるのは。
友奈はあれこれ考えた。
これまで、最善の結果を得るには、どうするべきだったか。
私ができること、可能性でもいいから何か他になかったの?
そして、思った。
――樹ちゃんなら、助けられたんじゃないか? と。
友奈はあのとき満開した四人の中で、一番最後に満開した。
勝つためには、そうするのが一番正しい選択だと、直感的に察した。
それは、勇者システムの補助に基づく、正しい認識だった。
でも、もしも、もうちょっとはやくから私が無理をしていれば、樹ちゃんは、声を失わなくてすんだんじゃないか?
そうすれば、風先輩は、泣いて、叫んで、暴れたりせずにすんだんじゃないか?
あのとき、宇宙から戻ってくるときの衝撃さえ、どうにかできるなら、東郷さんと二人……。
多分、無理だ。
無意味な想定だった。
過去は今更変えられないし、何よりその「もしも」は、あまり現実的な可能性、内容があるものではない。
にもかかわらず、何かできたんじゃないか、という思いは、
こうして布団の中で考えていると、友奈の中で次第に膨らんでいくようだった。
頭から、過去を振り払おうとする。
また、バーテックスが来たら、どうしよう。
前までは、考えてもしょうがない、と思っていた。来たときに、動く。それでいいと思っていた。
だけど、満開が「神様に見初められて供物になる」ということなら、そうのんきな態度でばかりいられない。
悪いこととは、戦わなくちゃいけない。
過去がどうこうじゃない。次、あるかもしれない次をどうするかせめて考えるべきだよ。
もしも、また戦いがあったとして、満開を極力避けて戦って、使わざるをえなくなったとき……。
友奈は考える。
そしてすぐ、誰が満開しても、みんな悲しむという結論に至った。
どうにかならないの?
前提が最悪を見据えた前提である以上、何もかもを覆す方法なんてあるわけがなかった。
身体を動かして、もう一度仰向けになった。考える。
誰が満開をしたって、どうせ悲しむことになるのは変わりはない。
誰か、私や、他の誰かが必ず傷つく、辛い思いをする、そんなとき。
だったら、そうなってしまうなら、せめて私が――
それから友奈は、眠りが訪れるまでずっと、そのことばかりを考え続けた。
~☆
翌日の放課後、友奈は三好夏凜に呼び出され、屋上で二人きりになった。
夏凜は、友奈ではなく、屋上から遠く彼方に見える海を見ていた。
「夏凜ちゃん、話って何?」
友奈が訊いた。
夏凜は、一瞬何かに躊躇するようなそぶりを見せつつ、友奈の方を向かないままに言った。
「次の戦いがもし、あったときは、前に出るのをやめなさい。代わりに私たち四人がやるから」
夏凜が口を閉じる。彼女の表情は、友奈の目から見て明らかに険しかった。
眉間のしわ、鋭い目つき、真一文字に結ばれた唇。
友奈は無意識に、左手で自分の右手の甲を覆っていた。
どうして、そんなことを言うの? ……なんて、返せるはずもない。
彼女が黙っていると、やがて夏凜が先を続けた。
「満開って、ある程度任意のタイミングで発動できるのよね、東郷から聞いたわ」
そして、夏凜が友奈を見る。
二人見つめあっているその間、まるで時が止まってしまったかのようだった。
夏凜が、友奈から視線を外した。
「でも、どんどん前に出て、いつまでも溜め込んでおけるかはわからない。
雑魚に満開を使って、それで……なんて、バカでしょ。だから次、友奈は前に出ないで。わかった?」
有無を言わさない凄みが、夏凜の話ぶりにはあった。
ずっと、夏凜ちゃんも、考えてたんだ。
しばらくして友奈は、
「わかった」
とだけ言った。
~☆
一度に三体、バーテックスが来た。
明るい色を手あたり次第に集め、後先考えず一色一色これでもかとぶちまけたような、
神樹様の御力で樹海化した、この世界。
カラフルな舞台をバックにして、夏凜が大立ち回りを演じている。友奈はそれを見ていた。
樹ちゃんと風先輩が、近くで夏凜ちゃんの立ち回りをサポートをして、遠くから東郷さんが援護する。
友奈は蚊帳の外だった。東郷の隣で、戦局の移ろいを、つまりは夏凜のことを眺めていた。
双剣が軽やかに踊る。満開を行った影響で、勇者四人のレベルは上がっていた。
だから、積極的に攻撃しているのが夏凜だけとはいえ、戦況は格段にこちらの有利だった。
着実に、一体、二体、と斬り伏せ無力化していく。適度に弱らせたあと、封印の儀が執り行われる。
「あと二匹ィっ!」
友奈の勇者として強化された聴覚が、遠方で夏凜が叫んだ言葉を聞き取った。
知覚が、人間では到底あり得ないほど鋭く研ぎ澄まされていた。
勇者に変身した状態での視力は、夏凜の服装や動きの事細かなところまで、ここから動かず見て取ることができる。
「これで残り一匹ィィィっ!!!」
二体目を倒す、渾身の一撃を繰り出そうと、夏凜が気合を声にして発した。
そのとき、友奈は見た。
夏凜の左肩、満開ゲージが満タンとなり、そちらに夏凜が一瞬目をやったのを。
剣を振り下ろしながら、彼女の顔には、紛れもない恐れが浮かんでいた。
だが、そのまま太刀筋は乱すことなく、御霊を一刀両断した。しかし、敵はまだあともう一体いる。
樹と風先輩が封印の儀を執り行い、この戦い最後の御霊が露出した。
夏凜が、その前に立ち、先輩と何か話し合っている。
友奈は、夏凜の満開ゲージが満タンになっているという事実から、目が離せなかった。
気が付けば、足が勝手に動き出している。
「友奈ちゃん!?」
東郷の困惑した声が追いかけてきた。
彼女が反応を寄越す数秒前、友奈は軽い勢いをつけ跳躍していた。
あと一体、その懐を目指して。
跳びながら、声は出さず、歯を食いしばっていた。
まだ見たことない、夏凛ちゃんの満開姿。もしそうなったら、夏凛ちゃんは何かを失うってことだ。
友奈の内心で闇雲な焦燥感が募る。怖くて、怖くてたまらなかった。
何もできず、それをただ指を咥えて見ているだなんて、絶対我慢できなかった。
「東郷さぁん!」
友奈が叫んだ数瞬あと、蒼い閃光が友奈を追い越して、御霊を大きく削りとった。
東郷の攻撃力は平時でかなり高い。ちゃんとゲージが溜まったりしない程度の援護に抑えてある。
互いに意思が通じ合っているのがわかって、こんなときにもかかわらず、友奈は嬉しかった。
東郷の射撃に、御霊の下にいた三人は反応し、友奈が向かって来ていることを把握した。
風先輩が跳び、大剣を振り上げる。夏凜は出遅れ、その場で立ち尽くした。
「先輩ッ!」
やめて、という意味を込めて、友奈は叫んでいた。
冷静に考えれば、自分ではなく、まだ満開ゲージが満タンになっていない先輩にやらせるのが正しい、
ということはわかるはずだった。
しかし、戦いの空気が、恐怖が、彼女の判断を惑わせていた。
夏凛ちゃんも、先輩も、乗り気じゃなかった。
だったら、そういうことなら、私が――
友奈が到達するよりも速く、東郷が刻んだ御霊の損傷に、風先輩が一撃を叩きこんだ。
破片が飛散する。
その一部始終は、友奈がいる斜め上の空からよく見えた。
まだ、終わっていない。
確かに傷は広がったが、御霊はすんでのところでまだ形を保っていた。
友奈よりも速く攻撃を加えることに気を取られて、十分な威力を発揮するのに必要な溜めがおろそかになっていたのだ。
「そんな……」
振り下ろした勢いのまま着地して、先輩が御霊を見上げる。
それからすこしだけあと、夏凜はまだ終わっていないことに気付き、跳びあがろうとする。
下からでは、把握が遅れるのもやむなしだった。
既に近くまで来ていた、友奈の方が速い。
中空で、力を入れ過ぎないように、彼女は拳を構える。
全身から湧き上がってくる高揚感、全能感、力を開放したいという激しい衝動。
それらを必死に押さえつけながら、必要最小限の力だけでとどめを刺しに行く。
「うりゃああああああ!」
ガツン! と何やら硬い、何度殴っても慣れない謎の物質に、自らの握り拳がめりこみ、突き抜けた。
今度こそ、終わった。御霊が砂に変わる。友奈は着地した。身体が使われなかった異常な熱に、火照っていた。
「ふぅー」
息を吐き、脱力するにつれて、全身にみなぎっていた力が、内へ内へと戻っていく。
友奈は内心思った。
力の制御をちょっと間違えていたら、満開、しちゃってたかもしれない。
危なかった。
でも、それでもあのまま黙って立ってる自分を考えるよりは、マシなんじゃないか。
――そんな勇ましい気持ちは、もうどこかに行ってしまっていた。
ただただ、怖かった。
それから、樹海化がとけ、学校の屋上に戻った。五人横並びだった。
「友奈……!」
日常の世界に帰還してすぐさま、はっと思い出したように、夏凜が肩を震わせ友奈の前に立ち、その両肩を掴んだ。
「ねえ、どうして、前に出てきたの……?」
「だ、だって夏凛ちゃんが」
反射的に友奈は、夏凛の左肩を見た。夏凜にも、友奈が何を考えているのか、すこしわかった。
「この、バカぁッ!」
パチン。存分に手加減された、微妙なビンタが、友奈の頬を打った。痛くない。
夏凜が、涙目で、友奈を見ていた。
「あんたたちだけ、そんな風になって、それで友奈が、また――」
つまらないビンタ一つで夏凜の心に溜まっていたものは、消えてしまったのかもしれない。
ぼそぼそとそこまで言い終えると、途端に黙ってしまった。
ビンタを見て、慌てて止めに入ろうとしていた残り三人は、その様子を見て、止まった。
一方、友奈は黙っていた。自分が、夏凜との約束を破ったことはわかっていた。
彼女の言葉に従わなかった結果、満開しかけたことも、わかっていた。
先輩にまかせるのがあそこで一番正しい選択だった、と思い始めていた。
だから、いま自分が言うべき言葉が見当たらない。
それよりもさっき、夏凜が、つまりは自分以外の誰かが満開するかもしれない、と考えたときの、
底知れぬ恐怖をうまく自分のなかで咀嚼しきる方が先だった。
それは、夏凜が友奈にぶつけたビンタに込められた思いと、ほとんど一緒のものであるように思えた。
気まずい空気。
やがて、夏凜が喉に詰まった何かをごくりと飲み下すようにして、それから、声を張り上げ言った。
「これ以上あたしだけっ! あんたたちみたいに戦えてない足手まといだ、なんて思い、させないでよっ!
あたしにだって、あんたたちのために、戦わせなさいよっ!」
友奈が何か反応や言葉を返す前に、一目散に走り去っていく。
友奈は、立ち尽くしていた。
「……友奈ちゃん」
東郷が、呆然とした表情の親友を心配そうに呼んだ。
それをきっかけに、はっ、と友奈は我に返った。
そして、夏凜に軽くビンタされた頬に、片手でそっと触れてから、走り去った彼女を追いかけた。
今のところここまで
九割がた書き終わってるとは言え、これ以上夜まで時間を割けないので
木曜日十話視聴する人たちの存在考えると、間に合わなさそうとしか言えない
いいね
戦いが終わったと9話の最後に樹が言ってたけど終わってるとは思えないよね…
~☆
なんやかんや、友奈が夏凜と無事に仲直りしてから、翌日の放課後のことだ。
朝、通学の途中、友奈は東郷に「放課後、ちょっと付き合ってほしいの」と言われた。
どうしたの? 何か用事? と訊ねる友奈に、東郷はこう答えた。
「できることなら、乃木園子さんが、勇者部に入れるようにしたい」
えっと、どういうこと?
話を詳しく聞くと、こういうことのようだった。
讃州中学勇者部の参加資格は、なにがなんでも讃州中学だけに留めなくてはならない、なんてことはないはずである。
もちろん学内の部活としては、今後もこの五人で活動していくべきなのは変わらない。
しかし、だからといって、私たちと同じ勇者として、この世界を文字通り身を挺して守った乃木園子さん、
彼女を私たち勇者部の一員として扱うことに、何か問題があるのだろうか?
ベッドの上で、神様だと崇められて、毎日を過ごす。
全然動けず、学校にも行けず、周囲にいるのは、自分と決して対等ではない大赦の大人たちだけ。
――わかってたら、友達と、もっともっと、たくさん遊んで、だから、伝えておきたくて……。
彼女が失った余りに多くの物を、仮に私たちが元に戻そうとしてみたところで、そんなことは何一つうまくいきはしないだろう。
でも、乃木園子さんがこれからたくさん遊ぶ、その友達に、新しくなっていくことくらいは、できるんじゃないか?
友奈は、東郷の話を一通り聞いて、思った。
みんなのために、そういうことが勇者部の活動目的だ。
なのに、どうして私は、乃木さんのことをどうにかしよう、と考えようとしなかったんだろう、と。
……私にとって、それが、あたかも遠い出来事であるかのように、思おうとしていたのかもしれない。
友奈は、東郷に一も二もなく賛同した。
うん、私たちがやれることを、まずはやってみよう、東郷さん。
だけど――
友奈は改めて訊ねた。
じゃあ、具体的に何をどうするの?
東郷は答える。
彼女がネットというか、ずばりSNSと接続できる、そんな環境を与えてもらって、
勇者部とチャットできるよう大赦に手配してもらう、と。
その実現のために彼女はここ数日、色々と園子に関係した話を大赦とするべく、その方法を探っていた。
風先輩に大赦の本部の場所を訊いたり、夏凜にそういう要望を上に送れる伝手がないか、と聞いてみたり。
そして今日は、乃木家、園子の生家、彼女のお母さんを直接訪ねてみようとしていた。
大赦手配のバリアフリー対応の車両でそこに向かう、なんてことを試みようものなら、
辿りつく前にきっと何かしらの妨害をされて失敗する。そんな気がした。
だからそれを避けようと、友奈に車椅子を押してもらうことにしたのだ。
友奈以外を連れて行かないのには、いくつか理由がある。
もし万が一、園子とまた面と向かって逢えることになった場合、
園子が自分の姿を、もう既に知ってしまっている友奈と東郷以外に見せたがるかわからない。
それに他のみんながいては、破れかぶれの大赦が、園子を隠蔽しようとする態度を強める、かもしれない。
風先輩は、持ち直したとはいえあのショッキングな姿を見てしまえば、危ういかもしれない。
夏凜は、大赦からわざわざ遣わされてきた。
つまり勇者部の中で、大赦と一番つながりが深い少女だ。
だから大赦の異様なところを今、まざまざと見せつけられるのは、良くないかもしれない。
樹は、性格が柔らかくて、優しすぎる。
そういった理由があってのことだった。
とはいえ直接連れては行かないにせよ東郷は、昨日までのあいだに、
園子が勇者部に入ることを風先輩、樹、夏凜に承諾してもらっていた。
そして今日、友奈も承諾した。
学校での時間が刻々と過ぎて、放課後になる。
「じゃあ行こっか、東郷さん」
「ええ」
友奈と東郷は、二人で乃木家のお屋敷に向かった。
~☆
約二週間後、一度に四体、バーテックスがやって来た。
しかし、四体と単純に言い切ってしまうには、いささか問題があった。
その一体は、あの忘れもしない、合体後のバーテックスだったからだ。
つまり、七体がやって来た、と言った方が適切なのかもしれない。
前回、一匹だけ。前々回、三匹。前々前回、満開後初戦、一匹だけ。
一週目と出現の順番に違いはあったが、結局同じことを繰り返しているのだった。
それも、今回は合体を防ぎようがなかったという点で、より悪い形に。
「まるで地獄じゃない……」
弱々しい声で、風先輩が言った。
みんなそれに、何も言わなかった。
ただ、心の中で同じことを思っていた。
あの合体後のバーテックスを、誰も満開せずに倒すのは無理だ、と。
次、誰が満開するかは既に決めていた。
――友奈と夏凜。
東郷は、精霊と、園子の発言の組み合わせから読み取れる過去の満開回数からして、
次まっさきに満開させてしまうのは明らかに分担として不公平だ。
樹と風先輩は、これ以上満開したら、
日常生活を送るのに著しい障害が生じてしまう可能性が結構ある、と判断した。
樹は既に支障が、暮らせぬと言うほどではないが生じている。
風先輩は、もう片方の目が見えなくなってしまうと、その支障の度合いが格段に跳ね上がる。
もちろん、東郷の両足が動かなくなっているのを見るに、
次に友奈か夏凜が一度に両目を失う、なんて可能性もないわけではなかったが、
これから言葉通り運を天に任せる中で、一番マシだろうということだった。
味覚がなくたって、生きてはいけている。
まだ、五体満足で、生きている。
誰が満開しても悲しむことになる。
だから、みんなで話し合って、次は、ということを断腸の思いで決めたのだった。
そういう心の準備と言おうか、前準備を踏まえて、なおかつ今回の戦闘に限定した注意を向けるならば、
この有り様はまだ地獄とは呼べない状況なのかもしれない。
レベルの上がった友奈、そして夏凜、二人の満開で対処が可能そうな範囲にとどまる、バーテックスの襲撃。
これがもっとひどい状況なら、計画はすべて白紙にして、躊躇なく最大戦力を投入しなくてはいけない。
今回は、計画通り、進められた。
もっとも当然、このいまの状況の最悪さは、そんな今回の戦闘に限ってのところにはないのだった。
満開前の戦いと、状況が全く一緒。それが、一週目、二周目と巡って見えるところにある。
これだけ条件がそろえば、誰だって、じゃあ、三周目は? という思考になるだろう。
絶望的だった。
だがとにもかくにも、考えるのは後にして、
まず今回の対処の細部を話し合い、先に手軽な三体を処理した。
残り一体。
既視感を覚える、巨大な元気っぽい球、熱の塊が、今回最後のバーテックスの上でチャージされている。
満開なしには、封印の儀まですら持ち込めそうにはなかった。
このまま全滅してしまっては元も子もない。
友奈と夏凜に、長々と躊躇している暇はなかった。
「よォぉォォオオオおオシっ!」
友奈の、気合を入れる一声が上ずっていた。
怖い。何を失うのだろう。次があるなら、今戦って、何になるというのだろう。そういう思いが一瞬よぎる。
しかし――
「満、開っ!」
友奈が満開した。
前回は、装着された巨大で武骨な両腕が、友奈の満開の特徴だったが、今回は少し違った。
まず、前よりさらに一回り大きくなった隆々たる両腕と同じ太さの、巨大で機械のような両足が装着されていた。
そして今回、彼女を仰々しく囲むようになった外殻が、どこか剥き出しにされたコクピットじみた様相を呈している。
なんと、背中にはロケット機構までついている。
友奈の素の戦闘力だけではなく、満開もレベルアップしているのだ。
もしかするとこの満開の姿、最終的には全身をすっぽり覆うフルアーマーというか、
あるいはもっと単純に考えるなら、巨大勇者ロボットを目指しているのかもしれない。
何もせずにいたら、身体の奥深くから、このまま無限に湧き上がってきそう――
と錯覚しそうなほどに、莫大な己の力の奔流に呑まれそうになりながら、
それでもどこか冷静な頭で友奈はそんなことを思った。
「大丈夫です! これならひとりでやれます!」
戦える! あんな熱の塊、今の私なら問題にならない! 確信があった。
しかし、友奈の断言とは裏腹に、不安そうな顔で、少し離れて、勇者部の面々が友奈を見ている。
一人でやらせて、本当に大丈夫なのか?
今すぐ満開して加勢したい、そんな思いがこちらに伝わってくる。そんな顔だった。
その中でも夏凜は、満開の三秒前、といった様子だった。
夏凛ちゃんの出番はまだだよ。言葉にはせず、それを行動で示す。
「でりゃあああああああああああ!」
友奈は、巨大な図体に似合わぬ敏捷さで跳びあがったかと思うと、
宙にあった元気の球に、右アッパーを繰り出した。
下からぐんと突き上げられて、元気の球が、あっという間に成層圏を越え、星になって、見えなくなる。
友奈は、今なら本当に、なんでもできそうな気分だった。
「風先輩、樹ちゃん、東郷さん!」
言われるまでもなく、三人とも駆け出していた。
ただちに封印の儀を執り行う。
その間に夏凛も満開した。
そして、準備が整った。
あの途方もない御霊が、天に聳え、天頂を突き抜ける高い高い影となっている。
二人と、三人が、しばしのお別れのため、深い意味のこもった温かな視線を交わした。
「行こう、夏凛ちゃん」
コクピット的な外殻の上部、生身で言うならロボの右肩口とでも呼ぶべきだろうか?
そこに夏凜を置いて、ロケットを噴射した。
爆炎が、友奈と夏凛を大空の先へ、宇宙へと猛スピードで運んでいく。
酸素がなくても活動ができるのは、神樹様の加護が彼女たちの身体に満ちているから。
その温もりに抱かれていると、安心できた。
逆に言えば、無事に地表に帰ろうと思うなら、
まだ宇宙にいるのに、力尽きて変身が完全に解除される、なんてことがあってはならない。
全力を出し尽くしてやっと勝つ、ではダメなのだ。
その上今回、生還のため友奈に必要とされる条件が、一層厳しかった。
御霊をぶち抜き、地上に帰還するため成層圏を突破し、衝撃を殺しての着地、を全部一人で行う。
それらを成し遂げるには、まず五割から七割の力で勝たなければならない。
でも、やれると思った。今ならなんでも。
道中、迎撃のため、降りかかってくる火の粉の露払いをするのは夏凜、
友奈が力を必要以上使わずに御霊の元まで辿りつけるようにする。
夏凜の満開にはたくさんの長い長い手があり、それぞれが剣を握っていた。
その姿、一目見て思い出すのは、放射状に花開いた彼岸花かもしれない。
結局、何度か無理やり戻って、地球に向かいかけた攻撃を拾いに行くということはあったが、すべて撃ち落とした。
ようやく御霊まで辿りついたとき、夏凜は気絶する寸前で、満開がとけたいつも通りの勇者姿で朦朧としていた。
一言も発する余裕なんてない。寝ちゃダメだよ、起きて、起きて。
友奈がぐったりした彼女を揺さぶると、ちょっと持ち直したようだった。
はやくしないと、手遅れになってしまいかねない。
夏凜の乗ったコクピット的部分だけを、一度切り離し、それを足場に跳びあがる。
放物線を描き、御霊の適当な一点に向かっていく。
全力、ではなくほどほどに、しかし拳は目一杯握って、それをぶつけに行く。
それでも、声と意気込みだけは、いつも以上に全力全開だった。
「ゆうしゃあああああああああああああ、パアアアァァァンチィ!!!!!」
一発で御霊が砕け、決着する。勝ったんだ。
その余韻に一々浸っている暇はない。
完全に力を使い果たして見えた、夏凜が危なかった。
コックピットまで戻ると、友奈は腕と足の拡張された、純粋に機械的な部位を器用に折り曲げ、
外殻の全体を覆い、球状の物体になった。
今の友奈は両足両腕の大部分が外殻に埋まり、球体の内側ににょきりと生えているような状態だ。
もしかするとその姿を直に見れば、夏凜はどこかシュールな物を感じて、ほほえましい気分になったかもしれない。
しかし、密閉された空間、その球体の内部には神樹様の加護が満ちていると、
ほとんど本能的に理解した夏凜は、瞬く間に変身をといて力尽き眠ってしまった。
これで、次に目を覚ましたとき、夏凜は……。
今の自分には抱きしめるための腕がないことが、猛烈に残念だと思った。
それとも、誰かに抱きしめてもらう。それでもよかった。
実質、帰りは彼女の一人旅だ。
例えば、外壁をなぞってゆく溶けるような熱気を、熱いと感じるわけではなく、
どこか妙な気持ちで体感したりなどしながら友奈は落ちていく。
無事に大空へ辿りついてからは、途中、ロケットを噴射して勢いを殺しつつ、地表への着陸を目指す。
次第に友奈も、夏凜みたいに、眠くなってきていた。だが眠ってはならない。
もし眠るか、そうでなくとも満開がとければ、樹ちゃんが満開をして助ける羽目になるか、
それが間に合わなければ落下の衝撃で二人ともぐちゃぐちゃになるだろう。
ぐちゃぐちゃになっても、勇者は生きていられるのだろうか?
それを思うと、いくらか目が覚める思いがした。
友奈の体感時間の上ではとても長いこの旅も、いつまでも続く訳ではない。
突然、ドン、と下からの衝撃が来た。
思わずぐぐっとお腹に力を入れる必要があるような威力。
隣の夏凜の身体が、コクピットの中で一瞬浮き上がり、落ちる。
ぐぅ、という声を彼女が漏らし、それでお終いだった。依然として、意識を失っている。
友奈は、球状の形態ごと、満開を一息に解除した。
横たわる夏凜をそっと抱きしめたあと、それから足に力を入れ立ち上がろうとして、果たせなかった。
やるべきことは終わったんだと意識してすぐ、いや増す眠気と疲労に、ずぶずぶ自分が沈んでゆくのがわかる。
東郷さん。風先輩。樹ちゃん。
三人、すぐ傍にいるのがわかった。
何か言っているのかもしれない。触ってくれているのかもしれない。
でも、眠たすぎて、感覚が何も意識までのぼってこなかった。
何も感じない中で、友奈は考える。
次起きたら、目が見えなくなっているかもしれない。
耳が聞こえなくなっているかもしれない。
声が出せなくなっているかもしれない。
触覚がなくなっているかもしれない。
他には、他には…………。
悪い想像そのものの恐ろしさよりも、
今、勇者部のみんなを心置きなく感じたい、抱きしめ合いたいという欲求の方が、
何もかもぼやけたこの瞬間勝っていた。
二度と感じられなくなる感覚がある。
それはすなわち、誰かとの関係性において、二度と伝えられない、伝わってこないものがある、かもしれない、ということだ。
抱きしめたかった。抱きしめられても、よかった。
しかし、どうしても目が開かない。
自分の身体が、現在いったい何を感じているのかよくわからない。
意識だけが宙づりになっているような、そんな状態だった。
友奈の意識は、ちょこまかもがくように痙攣する。
だが、それもそれほど長くは続かなかった。
抵抗空しく、彼女は完全な眠りへ、ズルズル引きずられるようにのめり込んでいった……。
案の定間に合いそうにない
ここまで、チェック待ちの完成状態だった
ここから、チェックだけじゃなくて細部書き足さなきゃいけないので、間がドンと空くはずです
投下再開は速くて30分~1時間か、さもなければ夕方になると思われます
>>23
次回予告はひっかけだーと逃げようにも、サントラに、君本編に出てない戦闘BGMだよね……?
ってのがありますし、逃げ道ないですね正直
すぐ寝られそうにないので
この時間まで起きたら、最後まで投下してももう一緒だろ、ということもあって、予定変更して投下します
どうせ、予定通り夕方来れば読めるんだし問題はないはず
~☆
友奈はぱちりと目を覚ました。
病室のベッドの上で体を起こし、あちこち自分の身体の点検を始める。
どこがおかしくなっているのか、真っ先に確認したかった。
でも、見つからない。探し方が甘いのだと思った。しかし、いくら探しても見つからない。
……体内の、胃とか、とにかく臓器か何かに、異常が出ているのかもしれない。
どこがおかしくなっているんだろう?
じっと考えたが、どうしてもわからなかったので、
とりあえず、起きたことを知らせようとナースコールを押した。
待っていると、看護師さんと一人のおじいさんが病室に入って来た。
看護師さんはともかく、そのおじいさんは、服装、友奈の傍まで歩くあいだの手の振り方といった所作、
すべてに高貴な血、と呼べそうな雰囲気を漂わせている。
友奈は、年の功ゆえか純度が桁違いであるにせよ、東郷の日頃の振舞に似た美しさをそこに感じ取った。
「満開前と比べて、身体に何か異常を感じるかい?」
「感じ……ません」
看護師さんではなく、おじいさんが訊いてきた。
看護師さんは、彼の斜め後ろに控えているだけだった。
この人は、誰なんだろう?
状況に自分でうまく説明をつけようとしても無理だった。だから自然と、考えがわき道に逸れる。
そして、ここに満開で来た一回目のときは、看護師さんやお医者さんどっちも、
いきなりこんな直球の訊き方はしてこなかったな、なんてことを思い出した。
「そうか。なら、三好夏凜の状態と本人の言、さらにはそのデータもあるし、やはり問題は一つ克服されたということかな」
「……えっと、あのー、すいません。どちらさま、でしょうか?」
一人、自己完結を始めたおじいさんに、友奈は訊ねた。
すると彼は、友奈にこう答えたのだった。
「――乃木園子の祖父、と言えば、君には私がどういう者なのか、ある程度伝わるはずだ。結城友奈さん
~☆
乃木園子の祖父、はどうやら大赦の中で、とても偉い地位にいる人物の一人のようだった。
病室にやってくるお医者さんも、彼には頭の上がらない様子でへこへこしていた。
彼は、友奈の検査が済むまで病室内の隅でじっと待ち続け、
ひとまずの面倒がすべて終わると、本格的に友奈と話を始めた。
曰く、
「満開の後遺症、散華は、現在その機能を停止している公算が大きい」
どうやら以前、私が一回目の満開を行ったあと、勇者部五人のスマホを一度回収した際、
勇者アプリを弄って、手当たり次第に一つ一つ身体機能を失わせる原因になりそうな要因を潰していったらしい。
乃木園子の祖父によれば、本当は、現行の勇者システムの満開に端から副作用はないはずだった。
しかし、友奈たちが満開したあと、実際に散華は起こった。
しかも、医学的にはなんら異常を認められない形で。
かつて、乃木園子が戦っていた頃の満開の後遺症は、ちゃんと医学的に認めうるものだった。
私たちを襲ったまったく原因不明の重大問題に対処するため、
大赦が手を付けた勇者の機能としてもっとも影響が大きいものは、満開のレベルアップ機能らしい。
満開が、純粋に一時的なパワーアップとなったというわけだ。
「どうして、今回の満開は大丈夫かもしれない、ってこと、黙ってたんですか?」
彼の、回答の歯切れは悪かった。
どうせ一度、戦わせるため事実を隠していた以上、
これで大丈夫かもしれないと言って、また散華が起こってしまった場合、
いたずらに勇者部を期待させてしまうばかりか、大赦へのより酷い不信感と揺らぎを抱かせることになったはずだ、とか。
我々もどうして散華が起こるのかまだ十全と理解できていない状況で、対処が成功しているか、正直自信がなかった、だとか。
物理的な異常がない見受けられない以上、本当に時間経過で治ると思っていた大赦の人間がたくさんいた、だとか。
バーテックスの戦闘を、大赦がその目で確認することはできない中で、、
勇者としての適性を友奈たちがいまだ真に保持できているかのテスト的な側面もあった、だとか。
組織の指示系統がきちんと統一されていないため、意見の分裂があり、それをまとめるのに非常に時間がかかった、だとか。
具体的に、どれが黙っていたことの主要な理由なのか、他に隠していることはないのか、よくわからなかった。
それでも、大赦も満開――ひいては勇者システムについて、まだまだ手探りの段階にあって、
満開後の散華が起こったことに勇者部以上に困惑していたのは、話を聞いていてわかるように思えた。
しばらく、対話が続いた。
この話を、勇者部のみんなにしてもいいのか、とか。
彼は言った。勇者部のみんなに話したければ、話すといい。
もっとも、今日話したことについて、私ではなく大赦に後から問い合わせをしても、ろくな回答が期待できるとは思わないこと。
大赦は、構造上、情報を内へ内へと抱え込むようにできている。
例えば、私の孫娘、乃木園子がどんな扱いをされているのか、露ほども知らない人間が大半であったり、な。
彼はそう言って、苦々しい顔をした。
他の話、友奈にとって、まさか満開に関して降って湧いてきた突然の希望ほどではないだろうが、
対話の中で衝撃的だったのは、バーテックスの正体と、この世界を取り巻く現状についての推測、だった。
バーテックスは、死のウイルスに冒された人類が死から逃れるため行った計画の一つ、
それが一応の成功を収めた事例だということ。
人間のままでいるから死んでしまうのであって、人間のままでいることをやめて、
あらゆる障害を超越し克服すれば、死なない。
それがこの計画に着手した者たちの理屈だった。
「災厄」から三百年が経過し、もはや彼らは、あらゆる意味で人間ではなくなっている。
それが、バーテックス。
彼は、これを知って、君が戦いやすくなるなんてこと、あるかい? と言った。
ないかもしれない。友奈は思った。
あと、現状について。
神樹様による「十二体やってくる」というお告げがあったこと、それは本来正しい預言であるはずだった。
けれども、奴らが七体で総攻撃を仕掛けてくる前、
保険のため本能的に自己増殖をバーテックスが行ったため、あらゆる事情が変わってしまった……と思われる。
バーテックスは、人類の全滅を避けるという起源から発生した、
我々人類とは異なる在り方をしてはいるが、歴とした生命体である。
生存という究極の目的のため、自己増殖を行い始めることに、なんら不自然なところはない。
この戦いって、いつ終わるんですか、と友奈は訊いてみた。
残念だけど、バーテックスが自己増殖を始めたのなら、いつ終わるか、てんで予想はつかない。
満開のレベルアップなしに、どれだけ対抗できるかは定かではないが、戦いは続いていくだろう。彼は言った。
無言で、重々しい顔つきで、二人俯いた。
話が尽きた、と思われた。
「……結城友奈さん、これを」
立ち込めるどんよりした場の空気の中、突然彼は、スマホを友奈に渡した。
それは友奈のスマホだった。
受け取りながら、訊く。
「どうして、ええと、あなたが私のスマホを?」
「勝手に触ってしまって申し訳ない。
しかし、これは私がやりたかったんだ。君に渡すことも含めて。
……つまりだね、アプリの機能の一部、勇者だけが使用できるSNSに、園子を登録させてもらった」
友奈はびっくりして、乃木園子さんの祖父、の顔をしげしげと凝視した。
彼の顔付きからは、年相応の皺や、かさかさした肌の他、何も感じ取ることはできない。
皺は、老いを感じさせはせずに、たださばさばと乾燥していた。
「時間はかかったが、どうにか神官たちや他のお偉方を説得することができたんだ。
だから、園子のことをこれからよろしく頼む。この通りだ」
友奈の数歩先。
一人の女の子のおじいちゃんが、誠心誠意、頭を深々下げようとしている姿が、そこにはあった。
顔が見えなくなって、ふわふわした髪の毛ばかりが、友奈の真正面に見据えられたが、
なぜだかそれは先ほどよりも鮮明に、彼の老いというものを感じさせる。
「わかりました」
友奈は頷いた。
そして、彼の下げられた頭が持ち上がってゆくのを、黙って待っていた。
~☆
時は流れて、文化祭当日。
空き教室を単独の部活動として借り切った勇者部は、伸び伸びオリジナルの演劇を上演していた。
現在観客は、クラスメイト数人。
いつか訪問した保育園の子供数人と、その親御さん。
そんな感じだった。
「グワァー! たとえこの、大魔王を倒したとしても、必ず超大魔王が現れて、この世界のすべてを破壊するであろう!」
大魔王コスチュームの風先輩が、眼帯を抑えうずくまっていた。
お腹にダメージを受けて、抑えているのがなぜ眼帯なのか、といった疑問をあまり感じさせない、実にナチュラルな目の抑え方だった。
東郷が、園子に後で送るための映像を、程よい位置から撮影している。
「それならそのときは、また、私が世界を守る! だって私は、勇者なのだから!」
ドン! と片足を一歩踏み出して、友奈が堂々宣言する。
その演劇用の勇者衣装は、どことなく、バーテックスと対峙する際、友奈が変身する勇者の姿に似ていた。
「絶対守り切って見せる! 私は、一人じゃないっ!」
パタリ……。
友奈のセリフが終わったのとほぼ同時に、風先輩演ずる大魔王が床に付して、事切れる。
樹が、大魔王戦闘用のBGMから、勇ましく希望に満ちた勇者のテーマに、流す音楽を切り替える。
そして、東郷が締めのナレーションに入った。
「こうして、世界の平和は勇者の手によって再び守られました。しかし、これでもなお、本当の終わりではないはずです。
超大魔王が現れる……。それはきっと、そう遠くない将来、真実のものとなるからです。
ですが、心配する必要はまったくありません。なぜなら、この世界には勇者がいて、私たちを――」
友奈は、毅然とした表情で前方にある教室の窓を見ていた。
せっかくの劇のラストが台無しになってしまいかねないので、
反応が気になるけれど、努めて観客の方を向かないようにしていた。
勇者部の活動。
色々なことがあった。これからだって、色々なことがあるだろう。
でも、戦いのなかで、また満開が何度もあったけれど、散華は一切確認できなかった。
勇者部は、依然として、あのときのまま戦い続けていた。
一度散ってしまった花は、もう二度と元には戻せない。
けれど、うまくやれば、咲いている間、咲き誇ることならできる。
それに、花の咲き方には満開だけじゃなく、三分咲き、七分咲き、そういう種類だってある。
戦うことに、不安がないと言ったら嘘になるけど、一応大赦のサポートだってある。
だから、みんなで、一瞬、一瞬、積み上げていこう。
そうすれば……。
ちょうどそのとき――喇叭の音が、友奈の頭の中でだしぬけに、けたたましく鳴り始めた。
東郷さんの喇叭。起床の喇叭。
――総員起こーし! 総員、吊り床おさめ!
そして、友奈は気付いてしまった。
これは、すべて、夢なのだと。
私を、現実が待っているのだと。
「外」に、東郷さんがいるのだ、と。
友奈は、目を閉じた。
すると、ラッパの音が、みるみる鼓膜を破らんばかりにその大きさを増していく……。
~☆
目が覚めた。
今ではもう慣れた、東郷さんの朝の起こしかた。
私は、眼をしょぼしょぼさせながら、ゆっくり布団を出た。
「おはよう……。東郷さん……」
「おはよう、友奈ちゃん。もうそろそろ、朝ごはんができるって、友奈ちゃんのお母さんが言ってたわ」
挨拶ついでにそう告げて、車椅子を自分で押して、東郷さんが部屋から出て行った。
私もそれに続こうとして、ふと、自分が今日、何か特別な夢を見ていたような気分に襲われた。
昨風先輩がプッツンと切れたこと、東郷さんが自害しようと試みたこと、
満開のこと、散華のこと、乃木園子さんのこと、バーテックスのこと……。
昨日、そういうゴタゴタを考えながら眠って、それが見事に夢に反映されたんだということはわかった。
問題は、その中身がなんだったかだ。
なんだか、中身のなかなか濃い夢だったと思うんだけど……。
うんうん唸る。
細かいところは覚えてないけど、正夢になってくれたらいいのに、そんな夢だった、ような気がする。
違ったかもしれない。
「友奈ちゃーん!」
「あっ、はーい!」
できることなら、思い出してみたかった。
でも、それはどうにも叶いそうになかった。
もやもやするけど、夢は夢。気にすることはない、と思った。
勇者部の活動。
樹ちゃん、風先輩。夏凛ちゃん。
皆ともっともっとたくさん遊ぼう。
くよくよ朝から悩んだって、それで一日が充実したものになるわけじゃない。
朝ごはん、食べて今日も一日頑張らなくちゃ、とようやく私は部屋を出て、東郷さんを追いかけた。
終わり
わざわざ夢オチにしたのは、BDや録画が手元にあるならともかく、確認が足りてないので
設定間違いあったとき、これは夢のことだから、でごり押しできるように、って理由です
オチとして微妙だけど、タイトルで明示してたし……
イベント描写が最低限すぎて不完全燃焼かなあという気もしますが、
バーテックスの妄想説明のところと、友奈たち満開一回目の時点で改善されてるネタと、最後の劇やりたかったがほとんどなので
ハッピーエンドとはいえなくてもベターエンドにはなった気がしますし、やりたいことは大体やり終えた印象
黒幕説と、舞-Himeラストだけはやめてもらえれば、個人的にはアニメ、大抵のオチ受け入れると思いますが
なるべく特定のこれが悪い! って奴を出さずに、勇者となった少女が誰かを守ろうとする、ってとこだけに焦点当てといてくれれば嬉しいなーって
HTML化依頼してきます
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