鷺沢文香「世話焼きな妹が出来たみたいで…」 (40)

「私の名前は関裕美…十四歳だよっ、宜しくねっ!」

それが私より一回り小さな関さんとの初めての会話でした。

「…こちらこそ、宜しくお願いします」

私は深々と一礼。

「そっ、そんなに畏まらなくていいよっ!」

わたわたと慌て出す関さん。

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「…すみません、こういう先輩と後輩の距離感というものがいまいち…」

私は人と向き合うのは苦手です。

……特にこの場合は…

「えっと…文香さんは…十九歳…大学生さんなのかな…?」

そう、私は事務所的には後輩。しかし年齢は彼女よりそこそこ上…

ただでさえ人と向き合うだけでも苦手なのに…

少し複雑な関係なだけでも私のキャパシティは限界を迎えてしまいます。

無意識に私の目は宙を泳ぎます。

「えと…私とお話するの…嫌かな…?」

慌てて関さんに目を合わせると目の前には少し寂しそうな顔。

「そうひゅ」

噛みました。

「………そういう訳じゃないんです」

「ぷっ、ふっ…!あははっ!そうひゅっ……」

物凄く笑われてます。

「ご、ごめんねっ!」

関さんはぱたぱたと両腕を上下に振りながら謝ります。

なんだか小動物みたいな可愛さがあります。

「…いえ、私あんまり人とお話するの得意じゃなくて…」

関さんは少しの間目を見開いて驚きます。

…そこまで驚くことでしょうか?

「…どのくらい苦手なの?」

どのくらい…あまりそう考えたことはありませんでした。

「……そうですね、目を合わせるのも少し…」

そう言うと関さんは目を輝かせます。

…この流れでなんで嬉しそうなんでしょう?

「もしかしてっ!もしかしてっ!」

関さんは先程より激しく両腕をぱたぱたさせます。

「本当に私アイドル向いてるのかなとか思って!」

「それでも何か変化が欲しくってっ!」

「アイドルになればもしかしたら何か変わるんじゃないかって思ってっ!」

関さんは唄うように私の心の中を暴きだしていきます。

「…どうして…?」

私にはそれが不思議で不思議でたまりませんでした。

「えへへっ、昔の私を見てるみたいで少し複雑かもっ!」

彼女の顔には苦笑いの表情、裏腹に声は楽しそうでした。

とても不思議な反応です。

「えと…文香さんはプロデューサーさんがスカウトしたんだよね?」

「…はい、叔父の書店を手伝っている時に‥」

「そっかぁ!」

関さんは一言。凄く嬉しそうです。

「あの…ね、プロデューサーさんが文香さんの面倒は私が見ろって!」

「きっと適任だからって!」

…いまいち話が呑み込めません。

「…あはは、ごめんね?まくし立てちゃって…」

くしゃっと笑いながら関さんは私にそう言います。

「…いえ、大丈夫です」

不思議と関さんの会話は抵抗がありません。

…何なんでしょうこれ…?

「改めてこれからよろしくお願いします!文香さん!」

そう言って手を差し出してくる関さん。

「…こちらこそ宜しくお願いします。関さん」

そう言って私はおっかなびっくり関さんの手を握ろうとすると

「待って!」

関さんの制止の一言で私の手がピタッと止まります。

…何でしょう?

「苗字じゃちょっと距離感じちゃうかな、名前で!」

そう言って関さんは少し強引に私の手を握ります。

「…えっ、えっと…宜しくお願いします、裕美……さん?」

そう言うと彼女は軽く頬を膨らませます。

「むむ…さん付けかぁ…呼び捨て!は……無理だよね…」

…歳下とはいえ事務所の先輩を呼び捨てにする度胸は私にはありません。

「プロデューサーさんが文香さんを私に任せてくれたんだっ!私も頑張らなくちゃっ!」

「…私を裕美さんに任せると言うのは一体…?」

いまいち話が呑み込めません。

「ご、ごめんねっ?」

「ちょっと一人で盛り上がっちゃってっ!」

「…いえ、大丈夫です…」

そう言うと裕美さんは話したくてたまらないという顔で私にまくし立てます。

「私、文香さん見てるとなんだか他人の気がしないんだ!」

「なんか昔の自分を見てるみたいで!」

…私にはこのコロコロと笑う彼女との共通点なんてありそうには思えません。

「…裕美さんと私は似ていないと思いますけど」

「そんなことないよ?」

「それに、そんなことないって分かってるからプロデューサーさんは文香さんを私に預けてくれるんだしっ!」

あくまで笑顔を崩さずに裕美さんは続けます。

「……それは…」

仏頂面のまま私が口を開こうとすると裕美さんは私のおでこに人差し指をぴたりとくっつけながら

「ニコニコ笑顔、アイドルの基本だよ?」

「えへへ、これ、私が昔プロデューサーさんに言われたことまんまだけどね!」

ニコニコ笑顔ですか…。

「……難しいです…」

私は普段動かさない頬に手をやり揉みほぐすように動かします。

「……笑顔の練習、ふふっ」

裕美さんは嬉しそうにポツリとつぶやきます。

「…あの、何かおかしいでしょうか…?」

少し不安になって尋ねてみることにします。

「ううん、やっぱりプロデューサーさんの目は確かだなって思っただけ」

「……どういうことでしょうか?」

「それに私も少し前まで笑顔のエクササイズとか言いながら鏡に向かってほっぺむにゅーってやってたなって…」

…なるほど。

「それで私も裕美さんみたいに笑えるようになるでしょうか…?」

これで裕美さんのように心の底から滲み出てくるような笑顔が出せるなら私は…

「…私はあんまり効果無かったかな…」

少し困ったような顔で言う裕美さん。

「……そうですか…」

…残念です。

「大丈夫、大丈夫だよ?」

「こうやって私と真っ直ぐお話できてるから、ねっ?」

裕美さんは私の目を真っ直ぐ見ながらそう言います。

十四歳に諭される私……少し複雑な気分です。

「…せめて、顔くらい俯かずにいようかと思いまして…努力を」

私がそう言うと神妙な顔をする裕美さん。

「…うん、私よりねじ曲がってないから大丈夫!」

「……ねじ曲がってる?」

「えっと、恥ずかしい話なんだけど」

裕美さんはそう一言区切って…

「私、プロデューサーさんを『アンタ』って呼んでたり、アイドル辞めよう、辞めようってポツポツ溢してたんだ…」

「…えっ?でも……」

裕美さんがプロデューサーさんのことを話していた時は楽しそうで、嬉しそうで……

「は、反抗期ってやつだったのかなっ?」

裕美さんは恥ずかしそうに私から視線を外します。

「ふふっ」

自然と笑いが零れてきます。

なんで裕美さんとの会話に抵抗が無いのか分かった気がします。

「そうですね。少し似てるかもしれません」

「だよねっ!」

私はごく自然に裕美さんの頭に手をやっていました。

「よし…よし…」

「私、犬じゃないよっ!?」

私は裕美さんの頭を撫で続けます。

なるほど、私にはびっくりするくらい適任の先輩さんです。

「…やっと笑ってくれたね!」

私に撫でられながらも裕美さんは嬉しそうに笑います。

…私…いつの間に笑って…?

関裕美(14)
http://i.imgur.com/GdGP3Yz.jpg
鷺沢文香(19)
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「きっと今ならプロデューサーさんでもニコニコ笑顔五十点くらいはくれるかもっ!」

プロデューサーさんは結構辛口のようです。

「そうですか、笑えてましたか…」

私はそう言って撫でていた手を自分の頬に伸ばします。

…この感触を忘れないように。

「大丈夫、笑える理由は人それぞれだけど、きっと文香さんはすぐ見つかるよ」

笑える理由ですか…。

「裕美さんはどんな……?」

私より歳下で、それでも私より先を歩んできた裕美さんの笑える理由。

「私はね、ただ楽しくってしょうがないんだっ!」

「プロデューサーさんとお仕事することもファンのみんなが笑っていてくれることも!」

裕美さんの瞳は少し危ういくらいにキラキラしていて少しだけ今の私には眩しく感じます。

「…そういうものですか?」

「そういうものだよ!」

…裕美さんがそう言うのならそうなのかもしれません。

「書店のお仕事は座っていればよかったのに、アイドルというのは本当に…ヘンテコなお仕事ですね…」

「文香さんもそのヘンテコなお仕事する一人だよ?」

「ふふ、そうでしたね…」

どうやって笑えばいいのかはまだ分かりません。

でも不思議となんとかなる気がしました。

「……私らしくありませんね」

ふと口を突いて出た言葉。

「…何が?」

キョトンとした顔をこちらに向ける裕美さん。

「…いえ、何でもないです」

「…そういえばプロデューサーさんが私との顔合わせが終わったら来るようにって言ってたよ?」

プロデューサーさんが…?

「…そうですか、ありがとうございます」

「うん、プロデューサーさん待たせちゃ可哀想だから早めに言えば良かったね」

裕美さんは少し申し訳なさそうに言います。

「…いえ、今から行ってきますね」

そう言って私は裕美さんの頭に手をやり軽く撫でてから歩き出します。

「も、もうっ!撫でないでったら!」

「…すみません、つい……」

…この短期間で私はこの先輩が大分気に入ってしまったようです。

「うぅ…いってらっしゃい」

私が撫でた頭を押さえながら送り出してくれる裕美さんに軽く会釈をして私は部屋を出ます。





「どうだった裕美は?」

プロデューサーさんは神妙な顔つきで私に尋ねます。

「…裕美さんは良い方ですね」

心からそう思える。

裏表もなく私の心の隙間にスルっと入っていった小さな先輩。

「仲良くやっていけそうだろ?」

「ふふ…そうですね」

「…あそこまで素直にお話出来た方は初めてかもしれません」

「…それに、私も裕美さんに少し引きずられてしまったかもしれませんね」

今の私はプロデューサーさんの目もきちんと見てお話出来てます。

「そっか…良かった」

心底安心したようにそう言うプロデューサーさん。

「私を裕美さんに付けると言うのは…?」

「合わないようなら暫くソロで活動するのもありだと思ったがその必要もなさそうだな」

「…そうですね」

少し前の私なら一人の方が気楽と思ったかもしれません。

「なんだか楽しそうだな。見たこと無い顔してるぞ」

「…そんな顔してますか…?」

「あぁ」

プロデューサーさんは嬉しそうです。

「…なんと言えばいいんでしょう…気になるんです」

「裕美さんを見てると危なっかしいような、でも頼りになる…」

裕美さんには少し失礼かもしれません。

「微妙な評価だな」

苦笑いを浮かべるプロデューサーさん。

「裕美もまだ十四歳の子供だからな」

プロデューサーさんのそんな一言で彼女を表す言葉がぽんと頭に浮かびます。

……あぁ、そうか。

「…放っとけないんです」

ここに来て初めて自分が今笑っていることに気づきました。




『世話焼きな妹が出来たみたいで…』

END

これで終わりです。見てくれてありがとうね。

「…笑顔は、まだ…その…はい」

っていう文香ちゃんの台詞を見た瞬間に関ちゃんと絡ませるしかないと思った関ちゃんPがお送りしました。

日記の人なのか?

>>33
関裕美「プロデューサーさんの日記」
のことなら自分です。

>>35
それですそれです
あれから関さん好きになったので少し気になりました

次はブリッツェンと話すPを見て困惑するところや、千佳に魔法少女ごっこをせがまれるところをですね…

>>36
そう言って貰えると凄く嬉しいです。
>>37
必死に魔法少女物の雑誌で勉強して結果ドハマリする文香さんの妄想が
降りてきてなんか凄くわくわくします(書くとは言ってない)

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