小鳥「二人のプロデューサーさん」 (90)


コツ、コツ、コツ…カチャ、キィ~

小鳥「おはようございまーす」

小鳥「…? 誰もいないのかな」

「ぐぉ……がっ…」

小鳥「あっ…」


黒井「ぐぉぉ……」


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読んでいけば分かりますが小鳥さんのアイドル時代の設定です

色々突っ込むところはあると思いますが、重大なことに関しては終わってから答えようと思います


小鳥「…ふふっ。普段はいびきなんて掻いてないのに、よっぽど疲れてるのかな」

小鳥(そっとしておこう)

黒井「う~ん、むにゃむにゃ…」

小鳥「さ、今日の予定は、と」

「おはよう!!!」

黒井「んがっ!?」

小鳥「あ」


高木「んん? 誰もいないのかい?」

小鳥「おはようございます、高木さん」

高木「お、小鳥君じゃないか! 今朝も早いね。ところで黒井は」

小鳥「黒井さんならここに…」

黒井「高木ぃ~、いつになったらその騒々しい挨拶を自重するようになるんだぁ~」

高木「お、黒井もいたか。おはよう! 良い朝だな!」

黒井「人の話を聞けぃ!」

小鳥(今日も平和な朝だな~)


高木「え~、ということでだ。先日から出張に向かった社長に変わって、帰ってくるまでは私、高木順一郎が代役を務めさせていただくことになった」

小鳥「ぱちぱち~」

黒井「何故だ! 何故、私ではなくこの馬鹿が代役なのだ!」

高木「しょうがないだろう、社長がそう言うんだ」

黒井「納得いかん!」


小鳥「まあまあ、黒井さん。そんなに深い考えは無いと思いますよ?」

黒井「止めないでくれ! これは私のプライドが許さんのだ…」

高木「あ、そうだ、そんな黒井に社長から言伝をあずかっている」

黒井「なにぃ…?」


高木「え~、おそらく、私の代役に納得いっていないであろう黒井君へ」

高木「今回、あなたを私の代役に選ばなかったのは、何もあなたを過小評価しているからではありません」

高木「むしろ、逆です。その意味がわかりませんか?」

黒井「なん…だと…?」


高木「私はあなたに代理社長という枷をはめたくないのです」

高木「あなたの能力が最も活きるのはどういう状況か、言わなくても分かるでしょう?」

黒井「……」

高木「私のいない間、このプロダクションを支えられるのはあなたです。あとは頼みましたよ」

高木「だ、そうだ」


黒井「……くく」

黒井「くくく…はーっはっは! なに、私は最初から分かっていたさ! このプロダクションで最も期待されているのは高木、貴様ではなく…」

黒井「この私、黒井崇男だとな!」

黒井「いや、すまない! それは間違いだ! 最も期待されているのは小鳥君だ! プロデューサーとして期待されているのが私だ!」

黒井「まったく、社長も意地が悪いなあ。さて、ここまで言われた以上、この黒井、手ぶらで社長の帰りを待つわけにはいかん! 外回りに行ってくる!」

黒井「貴様はせいぜい呑気に三日天下の社長室のイスに座って温かいお茶でもすすってろ! はーっはっはー!」ガチャッバターン


小鳥「黒井さんは単純ですねー」

高木「そうだねぇ」

小鳥「それにしても、そんなことを考えてたとは…」

高木「別に考えてないみたいだよ?」

小鳥「へ?」

高木「メールの文面の一番最後の行にこう書いてあってね」


『P.S …って言っておけば黒井君はいつもより働くと思うからよろしく言っておいてね』


小鳥「やっぱり…」

高木「いやはや、付き合いが長いだけあって彼のことをよく分かっているねぇ」

小鳥「それを言ったら高木さんもそうじゃないですか」

高木「いや、私はキャリアの晩年に少し世話係をしただけだからね。支えていたのは黒井だけだよ」


小鳥「…でも、二人は比べられないほどの存在って前に言ってました。私が今、悔いなくいられるのは二人のおかげだって」


高木「……」

小鳥「きっと、高木さんのことだって同じように思っていますよ」

高木「そうか…それは何よりだ」

高木「さ、社長が帰ってくるまで寂しくなるな。それまで頑張れるかい?」

小鳥「ええ、慣れていますから」

高木「そうか、じゃあ、今日も頑張っていこう!」



~~~


黒井「お疲れ様…なんだ、高木だけか」

高木「なんだとはなんだ」

黒井「特に深い考えは無い」

高木「そうか」

黒井「小鳥君の調子はどうだ?」


高木「そうだな、例えるなら未熟、稚拙、蕾にもなれていない芽、と言ったところか」

黒井「当たり前だ、アイドルを目指してそう簡単にいくなら誰も苦労はしない」

黒井「違う、私が言いたいことは…」

高木「ただ」


高木「たまに、恐ろしくなるよ。持っているモノに武者ぶるいをする」



黒井「……」

高木「そういうお前はどうなんだ?」

黒井「ローカルの深夜番組、ラジオ番組のゲスト、新製品の商品紹介、それと」


黒井「…D、Cランクが集まるオーディションの話がある」


高木「…まさかとは思うが」

黒井「無理だと思うならこんな仕事はとってこないさ」

高木「…彼女はまだFランク。当たり前だ、いつデビューしたと思っている」

黒井「分かってる、今は何も無茶をする時期ではない。それは分かっている…が」

高木「期待をするのは分かる。だからと言って、あまりにハードルを上げるのは」

黒井「だが、彼女なら!」


高木「黒井、お前が見ているのは誰だ?」

黒井「っ…!」

高木「お前の担当アイドルは音無小鳥だ、違うか?」

黒井「……わかってる」

高木「そうか、ならよかった」


高木「とにかく、アイドルは使い捨てじゃない、無茶をさせて潰してしまった先にあるのはなんだ?」

黒井「……」

高木「私達は彼女達のアイドル生命だけを背負っているのではない、その先の人生も背負っているんだ。だから…」

黒井「うるさい!」


高木「……」

黒井「…違う、多少の無茶は必要だ。それを乗り越えなければ一流のアイドルにはなれん」

黒井「高木、貴様の言っている事は甘えだ。一流になるにはそれだけの試練を越えなければならん」

高木「もちろん、試練は越える必要がある。しかし、それを越えるだけの準備というものが…「では!」

黒井「目の前に越えるべき壁が突然現れた時は、ただ指をくわえて黙って見ているのか!」


高木「それは…」

黒井「あの時も…きっと出来るはずだった、越えれるはずだった、それなのに貴様が…」

高木「……黒井」

黒井「……すまん、こんなことを言うつもりでは」

高木「いや、構わんさ」


黒井「…高木、私はお前を許してはいない。やはり、今でもあの時正しかったのは俺だと思っている」

黒井「貴様は…どう思ってる?」

高木「誰も許してもらいたいとは言ってないさ…でも」

高木「選んだのは、彼女だ」

黒井「……」

高木「私の中では、それで答えが決まっている」


黒井「…やはり、私は貴様が嫌いだ」


黒井「口を開けばアイドルの為、決めるのは彼女達自身、聞こえは良いかもしれないがそれは」

黒井「全ての責任をアイドルに負わせ、自分自身は責任を持たないということに他ならない」

黒井「逃げているのだ、貴様は。己の選択から」

高木「……」


黒井「アイドル人生とは選択の連続だ。正解を選ぶこともあれば不正解も選ぶ」

黒井「そんな中正しい道を、仮に不正解を選んだとしても、その選択をアイドル自身が気負うことが無いように」

黒井「私達が導かなければいけない。選択の全責任をプロデューサーである俺が全て背負うことでな」

高木「……」

黒井「だから、私は貴様のプロデュースを認めん」


高木「そうか…だが、その話と小鳥君の話は別物だ」

高木「今はまだ、地を固める時。それが私の選択だ」

黒井「だが、しかし、彼女が望むのであれば…」

高木「……」

黒井「今のどこに貴様の選択があるというのだ」

高木「…とにかく、まだエントリーまで時間はある。社長が帰ってから、また改めて話すことにしよう」


小鳥「ん〜、今日も疲れたあー」prrr

小鳥(あ、電話、誰だろう?)ガチャ

小鳥「はい、音無です」

『もしもし、小鳥?』

小鳥「あ、お母さん、どうしたの?」


小鳥母「ん、別にどうもしないけど、なんとなくよ」

小鳥「なにそれ」

小鳥母「まあ、強いて言うなら様子が気になってね。元気にしてた?」

小鳥「当たり前じゃない、だって昨日ぶりだよ? 心配性だなあ」

小鳥母「そうだけど、それでも心配するものなのよ、母親っていうのは」


小鳥「そうなの?」

小鳥母『そうよ』

小鳥「そっか」

小鳥母『アイドルはどう? 楽しい』

小鳥「うん、すごく楽しい」


小鳥母『なら、よかった。でも、そう言ってられるのも今のうちかもしれないわ』

小鳥「わかってるよ。そんなに甘い世界じゃないこともお母さんを見て学んだから」

小鳥母『…そう』

小鳥「大丈夫、私それでも絶対負けないから」

小鳥「それに、どんなに苦しんでいたって、アイドルを続けている限り、楽しいと思える時間は必ずある」

小鳥「それもお母さんを見て学んだこと」


小鳥母『……』

小鳥「だから、見守っていて。私も絶対にお母さんのように輝いてみせるから」

小鳥「お母さんの見てた景色を私も見てみせる、そして」

小鳥「お母さんの見れなかった景色も見てみせるから」


小鳥母『…ごめんなさい、そろそろ切らなきゃ』

小鳥「うん、お母さんも無理しないでね」

小鳥母『ええ、ありがとう。また、電話するわね』

小鳥「うん、待ってる。じゃあ、おやすみ」

小鳥母『おやすみなさい』


ガチャッ…ツーツー…

小鳥「……」

小鳥「まだ…気にしてるのかな」

小鳥(もうずっと昔の話、記憶だってあやふや)

小鳥「それなのに…」

小鳥「…頑張らなきゃ、私」


黒井「小鳥君」

小鳥「あ、黒井さん、どうしました?」

黒井「仕事についての話なんだが」

小鳥「あ、はい、なんでしょう?」

黒井「少し場所を移そう」

小鳥「? はい」


小鳥「どうしたんです? 仕事の話であれば、いつもはデスクに座って資料を見ながら行ってるじゃないですか」

黒井「高木に聞かれたくなかったのでな」

小鳥「高木さんに?」

黒井「単刀直入に言おう。私は君に試練を与えようと思っている」


小鳥「試練?」

黒井「まずはこの資料を見てくれ」

小鳥「…オーディション、ですね。ドラマの出演者のですか?」

黒井「ああ、ゴールデンからは外れているが、これからそれなりの注目を浴びると思っている」

黒井「主演ではないが、君の知名度を上げるには十分すぎる程度にはな」


小鳥「だとしたら、これ以上ない仕事ですね…でも」

小鳥「なぜ、高木さんに聞かれたくないんです?」

黒井「…続いてこの資料を見て欲しい」

小鳥「これは…」

黒井「私が独自に調べた、同じようにオーディションを受けるであろうアイドルのリストだ」


小鳥「……」

黒井「知っている顔がいるかい?」

小鳥「…アイドルをやってて知らないはずがない人ばかりです。それどころか女優だって…」

黒井「まあ、そうだろうな。さっき私が言っていたことを考える輩はいくらでもいる」

小鳥「まさか黒井さん、このオーディションに私が…」

黒井「ああ、是非出てもらおうと思ってる」


小鳥「な、何言ってるんですか! こ、こんな人たちに比べたら私なんて、いえ、比べるのも厚かましいですよ!」

黒井「そんなことはない、今の君は世間に知られてないだけで彼女達と渡り合う能力は十分持っている」

小鳥「そんなわけないです! だって、まだ演技どころかダンスも…唯一自信がある歌だってまだまだで…」

黒井「そんなものはどうにでもなる」

小鳥「どうにでもって…」

黒井「まあ、いいさ。それはその時になればわかることさ」


小鳥「…もしかして、高木さんに聞かれたくないと言っていたのは」

黒井「ああ、あいつはこのことに反対している。時期尚早すぎるとな」

小鳥「わ、私もそう思います! いくらなんでも…」

黒井「…いや、遅いんだよ」

小鳥「え?」


黒井「駄目なんだ。いつまで続くかわからんからな、この状況は」

黒井「今、この世界は欲しているのだ、圧倒的な存在を」

小鳥「圧倒的な…存在?」

黒井「君が母親の才能だけを受けついだならいいがな、それだけではない気がするのだよ」


小鳥「さ、さっきから一体何を…」

黒井「本当は私が半ば強引にエントリーを決めておきたいところではあったが、仮にも今の社長はあの馬鹿だからな。あいつの方針に従うことにしよう」

黒井「無茶をしてでもこの壁を越えるか、それともまだ早すぎると諦めるのか」

黒井「小鳥君、君はどうしたい?」



~~~


高木「お、まだ残っていたのかい? 小鳥君」

小鳥「…高木さん」

高木「ん? その手に持っているのは…」

小鳥「……」

高木「…黒井のやつ、話したのか」

小鳥「はい…」


高木「なに、気にすることは無い。そもそも、こんな話社長無しでは結論が出るはずもないからな」

小鳥「…黒井さんが、言ったんです」

高木「ん?」

小鳥「この世界は今、圧倒的な存在を欲している、と」

小鳥「そして、私が母の才能だけを継いだわけではない、と」

小鳥「それって、どういうことなんですか?」


高木「……なるほど、そういうことか」

小鳥「どういうことなんですか?」

高木「いや、私もおかしいとは思っていたんだ。いくら黒井といえど、君にここまでの無茶はさせるわけがない、と」

小鳥「え?」

高木「…少し昔話をしようか」


高木「昔、君の母親が現役だった時、あいつは彼女のプロデューサーだった」

高木「君のお母さんはその素晴らしい歌声を武器にアイドル界を駆けあがっていった」

高木「歌声だけではない、整っていてなお且つ美しい顔立ち、おしとやかな雰囲気、その一方でテンポが良く聞き手を楽しませるトーク力」

高木「美声に隠れているが、その他の要素も彼女は持ち合わせていたんだ」

高木「だが、一つだけ、持ってないものがあった」

小鳥「それは…」

高木「…運だよ。彼女には運が無かった」


高木「黒井とともに歩み、とうとうアイドルの頂が現実になってきた。その矢先さ」

高木「伝説が現れてしまったんだよ」

小鳥「伝説…?」

高木「知っているだろう、『神長瑠衣』というアイドルだ。つい、少し前に引退した」

小鳥「神長瑠衣って、あの…!」

高木「ああ、そうだ。あの神長瑠衣さ」


高木「彼女の出現はそれまでのアイドル界を覆すような出来事だった」

高木「それからほどなくして彼女はアイドル界において不動の地位を築くことになる」

高木「決して揺るぐことのない地位をね。一年が経つ頃には伝説は誰にも手出しできない位置にまで昇っていた」

高木「しかし、それでも二人は諦めなかった。事実、他の全てのアイドルが勝負することすら逃げていたアイドルに唯一立ち向かっていたアイドルとして、君のお母さんは有名だったんだよ」

高木「その頃は私も別のアイドルをプロデュースしていてたが、神長瑠衣には勝負を挑もうなどと考えたこともなかった。もちろん、自分のアイドルに自信は持っていたがね」

高木「だから、正直に言うと彼女をプロデュース出来る黒井が羨ましかった。私だって、プロデューサーの端くれ、出来るものなら頂点に挑戦したかったさ」


高木「だが、それも長くは続かなかった。彼女がアイドルとして円熟期に入ったころ、一人の男性と出会う。それが君のお父さんだ」

高木「相当悩んだらしい。女としての幸せを選ぶか、それともアイドルとしての生きがいを選ぶか」

高木「悩んだ末に選んだのは女としての幸せ。そして君を産む、ということだった」

高木「事実上の引退だ。その瞬間に彼女は伝説に敵わないことを自ら認めてしまった」


高木「だが、黒井だけは諦めなかった」


高木「君を産んだ後、しばらくしてから黒井は彼女に復帰の打診をした」

高木「それはもちろんやみくもに言ってるのではなく、しっかりとした根拠があって提案してきたものだった」

高木「彼女がアイドルとして一番に求められていたものは若さでもなく、純真さでもない、その歌声である。それは歌を歌える限り現役への挑戦が可能である、ということ」

高木「早い段階で小鳥君を産んだことにより、それまでのブランクは年齢的なハンデもそれほどなく取り戻すことが出来る。故に現役復帰することも比較的容易である、ということ」

高木「何より彼女が伝説への挑戦を諦めきれていない、ということ」

高木「黒井の必死の説得により、彼女は決断した」


高木「そして、後に1年間の準備期間を経て、再び彼女は伝説への挑戦権を得ることとなる」


高木「そこから先の戦いは…もしかしたら小鳥君も覚えてるかも知れないね」

小鳥「…はい。曖昧な記憶ではありますが、お母さんが家をよく空けていたことを覚えています」

高木「しょうがないさ、あの頃の彼女は神長瑠衣に勝つことだけを考えていただろうからね」

高木「君にとって大事な時期に、寂しい思いをさせてしまった、と言っていたことがあったよ」

小鳥「……」


高木「そこから先の戦いは…もしかしたら小鳥君も覚えてるかも知れないね」

小鳥「…はい。曖昧な記憶ではありますが、お母さんが家をよく空けていたことを覚えています」

高木「しょうがないさ、あの頃の彼女は神長瑠衣に勝つことだけを考えていただろうからね」

高木「君にとって大事な時期に、寂しい思いをさせてしまった、と言っていたことがあったよ」

小鳥「……」


高木「その頃かな、私の担当アイドルが引退を決意し、同じプロダクションの所属アイドルである彼女のプロデューサーに回されたのは」

高木「プロデューサー、と言っても世話係に過ぎなかったがね。黒井のプロデュースに私が意見をする余地は無かった」

高木「たが、学ぶものは多かった。今思えば、私の配置転換をした当時の社長はそれを狙っていたのかもしれないな」

高木「これがアイドルの本来あるべき姿。そういうものを私はその時初めて知った気がしたよ」


高木「この先もずっと続いていくものだと思ってた」

高木「そしていつしか伝説を打ち破り、彼女自身が伝説となる日が来ると思ってた」

高木「そんなことを考えながらプロデュースを続けていたある日」


高木「彼女は歌うことが出来なくなった」

>>49の3行目をちょっと修正

×純真さ→○純潔さ


高木「当然と言えば当然だった」

高木「神長瑠衣に勝つ、伝説に勝つということは並大抵の努力では追いつかない」

高木「そんなことなど分かりきっている彼女に黒井は喉に致命的なダメージが生まれないギリギリのラインのメニューを組んでいた」

高木「黒井自身もそのことは分かっている。だから、それ以上のボイストレーニングは許さない、ということを彼女に言い聞かせていたらしい」

高木「だが、それでも彼女は伝説に追いつくことは出来ないことを感じていたんだろう」

高木「伝説が現れたその日から彼女は自身の喉の寿命を削りながらアイドル人生を戦ってきたんだ」


高木「きっかけは些細な炎症程度のもの」

高木「だが積もり積もったダメージはその起爆剤を得て大爆発を起こす」

高木「彼女は多くのファンを魅了してきたその美声を出せなくなってしまった」


小鳥「…それでお母さんはアイドルを」

高木「ああ、引退することに決めた」

高木「いや、正確には…」

高木「……」

小鳥「正確には、なんですか?」

高木「いや、何でもない、この話には関係ないことだ。だが、この話を聞いて分かっただろう? 黒井が危惧している事を」

高木「今、この世界は神長瑠衣という伝説を失ってから圧倒的な存在がいない」

高木「それはまるで嵐の前の静けさのように、ね」


小鳥「…私がアイドルとして売れだしたころに」

高木「またしても伝説が」

高木「君のお母さんがアイドル人生のすべてを賭してでも、自身の喉を犠牲にしてまでしても、歯が立たなかった」

高木「そんな圧倒的な存在が生まれてきて、君のトップアイドルの道を閉ざしてしまうのではないか、と黒井は恐れているんだ」

小鳥「……」

高木「…黒井は」

高木「黒井は君に、君の母親を重ねてしまっている」



小鳥「……」

prrrr…ガチャッ

小鳥母『もしもし?』

小鳥「…お母さん」

小鳥母『小鳥、どうしたの?』

小鳥「……」

小鳥母『小鳥?』

小鳥「…お母さんはさ」


小鳥「お母さんは、もし神長瑠衣がいなかったらって考えたことある…?」


小鳥母『…あなたからその名前が出るなんてね』

小鳥母『多分、話したのは高木君ね。黒井君は話しそうにないし』

小鳥「……」

小鳥母『…そうね、そう聞かれたら今と見える景色は違うかもって思うわ」


小鳥母『おそらく瑠衣ちゃんがいなければトップアイドルの可能性は今よりはあったと思うし、少なくともあれ以上に喉を消耗させるような無茶もしなかったと思う』

小鳥母『もしかしたら、今もどこかでしれっと歌ってるかもしれなかったわね』

小鳥「……」

小鳥母『でも、その方がよかったなんて一度も思ったことは無いわ』

小鳥「…え」


小鳥母『あの子が現れたからアイドルをもっともっと頑張ろうって思えるようなことになったし』

小鳥母『歌ももっともっと上手くなろうって思えるようになった』

小鳥母『あの子がいたから小鳥を産んでからも、もう一度アイドルを目指そうって気持ちになれたし』

小鳥母『何よりアイドルの頂を目指すっていうことをさらに強く思えるようになった』

小鳥母『私だけじゃなくて、黒井君も高木君もいっぱい頭を悩ませて、足が棒になるくらい色んなところで仕事を探して、私なんかの為に一生懸命になってくれて』


小鳥母『瑠衣ちゃんがいなかったらそんなアイドル人生は、そんな日々はきっと送れなかったと思う』


小鳥「……」

小鳥母『小鳥、確かにお母さんにはトップアイドルになれなかった後悔は少しある』

小鳥母『だからこそ、小鳥にはトップアイドルになって欲しいし、お母さんには見れなかった景色も見て欲しい』

小鳥母『それもアイドルをするうえで大事な要素よ。でも』


小鳥母『他にも大事なことはいっぱいある、そのことを覚えておいて』



黒井「……」カタカタ

ガチャ

高木「…黒井、いるのか?」

黒井「……」

高木「……いるなら返事くらいしろ」

黒井「今は貴様にかまってる暇などない」

高木「……」


高木「黒井、お前があの人を大事に思っているのはわかる。いや、大事に思ってるからこそなんだろう」

高木「だがな、彼女は引退したんだ。もうアイドルじゃない」

黒井「っ…!」

高木「前にも言ったよな? 黒井、お前の担当アイドルは他の誰でもない小鳥君だ」

高木「いい加減に二人を重ねるのは…」

黒井「それの何が悪いんだ!」


黒井「あの子は彼女の娘だ! その娘に母親を重ねて何が悪い!」

黒井「むしろ小鳥君こそ母親の成し遂げなかった夢を果たすべきなんだ! だから、俺は彼女と同じ道を辿らないよう最善を尽くしてる!」

黒井「何も知らんお前が口をはさむことに俺は苛立ってしょうがない! これ以上しゃしゃりでてくるな!」

高木「……黒井、お前それ本気で言ってるんだな」

黒井「あ? なっ…」

バキィッ!!


ガシャーン!

黒井「ぐっ…貴様、一体何を」

高木「確かに、私はあの人と過ごした時間はお前に比べて少ない。それまでどれだけのモノを積み重ねたか、どれだけの汗を流したのか、話を聞いただけの私では想像もつかない」

高木「だが、そんなものは関係ないんだ! 何故なら」

高木「黒井、そして私が見てるのは音無小鳥という別の存在だからだ!」

黒井「!…」


高木「お前は母親の偶像を彼女に重ねているだけ。それは理想像を追い求めるファンと何も変わらない!」

高木「プロデューサーというものは自分の偶像を追い求めるのではない、その子が最も輝ける偶像に近づく時、その手伝いをする存在だ!」

高木「少なくとも、自分だけの理想を、幻想を担当アイドルに追い求めてはいけない!」

高木「そんなものはプロデューサーとは言わんのだ!」

黒井「ぐっ…うるさい!」ドガァッ!!


高木「げほっ…!ぐっ…」

黒井「黙って聞いていれば…! 貴様がプロデューサーを語るなど100年早い!」

黒井「自分だけの理想? 馬鹿なことを言うな! 小鳥君が母親である彼女が理想なのは客観的に見て当然だ!」

黒井「小鳥君はまだ母親までの域に至っていない。だから、重ね合わせて当然だろうが!」バキィッ!


高木「何を言っている! そんなことを言っていたらな、彼女は一生トップアイドルにはなれんぞ!」

黒井「何の根拠があって言っている!」

高木「いいか黒井、お前がそこまで入れ込み、心をこめて、ともに歩んだ自慢の元アイドルはな!」

高木「所詮、トップアイドルにはなれなかった存在だ!」

高木「神長瑠衣という光に隠れていずれ忘れ去られていく存在なんだ!」


黒井「き、貴様ああああああああああああああああああ!!!!」

ガシャーン!

高木「ごはっ!…」

黒井「貴様が、貴様に何がわかる!」ゴッ!

黒井「彼女が! どれだけ! 輝いていたかを!」ガッ!

黒井「彼女が! どれだけ! 頑張っていたかを!」バキッ!

黒井「あの時! お前が余計なことを言わなければ! あの時お前がプロデューサーじゃなければ!」




黒井「……彼女はトップアイドルに…なれたはずなんだ」


高木「げほっ…げほっ…」

黒井「……」

高木「……黒井、お前は背負い過ぎてるんだよ」

黒井「……」

高木「お前は、彼女を自分が潰したと思っているんだろう?」

遅筆ですんません
今日もこれで寝ます


黒井「……」

高木「彼女が引退してから、お前はじょじょに変わりはじめた」

高木「プロデューサーの指示は絶対。アイドルの意思を尊重はするが最終的な選択権は持たせない」

高木「小鳥君を担当するまではアイドルに意見などさせないぐらいまで厳しくなっていた」

高木「その姿はまるで自分のいうとおりにするのが成功への1番の近道だと示しているように見えたよ」


高木「それはきっと、自分の選択は決して間違ってない、という思いがあるから」

高木「いや、それを証明したかったんだ」

高木「だが、それはアイドルの成功を思ってのことではない。ましてや自分の成功の為でもない」

高木「あの時、私が意見しなければ、私がプロデューサーでいなければ」


高木「彼女は伝説に勝ち、トップアイドルになっていた、ということを証明する為だ」


高木「自分が彼女を潰してしまった」

高木「トップアイドルになれる器ではなかったと彼女に思わせてしまった」

高木「お前はただその贖罪と否定の為にプロデュースを…」

黒井「違う!!」


黒井「…俺は理解しただけだ。アイドルに選択の余地を与えるべきではない、ということに」

黒井「私が正しい道を明確にさえすればアイドルは皆、輝けることにな」

高木「正しい道など誰にもわかりはしない」

黒井「だったら正しい道を作りだせばいいだけだ」


高木「……」

黒井「だが、私にはまだそこまでの力は無い。今は道を誤ってもそれが正しい道であるように見せかけるようにするだけで精一杯だ」

黒井「それでも誰かのおめでたいプロデュースよりかは幾分マシだとは思うがな」

黒井「…高木、お前に言っておく」

黒井「小鳥君には選択の機会を与えた。もし、それで彼女が不幸な道を歩んでしまったら」


黒井「俺は貴様を、貴様のプロデュースを一生許さんからな」




小鳥「おはようございまーす」

高木・黒井「「おはよう」」

小鳥「あ、高木さん、黒井さん、おはよう…って、どうしたんですか、その顔!?」

高木「あ、え~っと、これはだね…」

黒井「色々あったんだ、深くは聞かないでくれ」

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