勇者の娘「お父様の仇を討ちます」 (151)

自分の運命を自分で決める余地は無かった。
勇者一族の末裔なら勇者に。誰もがそれに疑いを持たない。
人々が自分にそれを期待しているというのに、どうして反発できようか。
こうして私は流されるまま、勇者となる運命をごく自然に受け入れていた。

しかし――

「貧相な人間の小娘だな。こんなのが勇者だと?」
「その一族に生まれただけの小娘に過ぎん」
「その血筋だというだけの者に希望を抱くとは、だから人間は頭が悪くて嫌いなのだ」

敵から浴びせられた嘲笑が私の頭の中で渦巻いていた。
彼らの言うことこそが正論。私は一族に生まれただけの小娘。
しかし、その心無い言葉と現状に、初めて私は決意した。


本当の勇者になってやろう、と――

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つい先ほどのことだった。私の家が魔物達からの襲撃に遭ったのは。
20年前に魔王が破られ、それなりに平和になった現代において、その襲撃は晴天の霹靂だった。
稼業である魔物退治を済ませ家に戻る道中、家から火の手が上がっていたのを遠目から発見したことを覚えている。

令嬢「まさか魔物の襲来…!?お父様っ!」

従者「お待ち下さいお嬢様!」

私は従者の言葉を耳に入れず、一目散に家に駆けていった。今思えば、これが浅はかだった。
既に戦闘の跡でボロボロになった屋内では、警備兵達が倒れていた。

お父様は――とその時、大広間の方から戦闘音が聞こえてきた。
お父様に違いない、そう思って迷わず大広間へ駆けた。20年前魔王を倒した英雄であるあの豪快な父ならば、どんな敵にでも負けないだろう。そう、思っていた。

だが。

令嬢「…っ!」

大広間の扉を開けた瞬間私が目にしたのは、信じられない光景だった。

父「が…っ」

?「…ふっ」




私が見たのは、魔族の爪に胸を貫かれた父だった。



令嬢「あ、あ…」

?「…勇者の娘か?」

そう言ったと同時、魔族は父を床に投げ捨てた。
魔族と、魔族を囲んでいた4名の魔物は一斉にこちらを向く。

とても勝てる相手じゃない――本能的にそう思った。だが同時に思った。きっと逃げ切ることもできない。
ならばどうするか。勇者らしくあれ、そう教育を受けてきた私に迷いはなかった。

令嬢「許さなっ――」

駆け出したと同時、上から衝撃があり、私は地面に組み伏せられる。
何事かと振り返ると、黒い鎧を纏った何者かが私を組み敷いていた。

?「余計な手出しを、暗黒騎士」

暗黒騎士「このような小娘、貴方の手を煩わせる必要もない」

令嬢「…貴方達、何者?」

勇者たるもの、常に堂々とあれ。そう教わってきた私は今の状況にも関わらず、なるべく冷静を装って言った。
そんな様子が滑稽なのか、魔族は私の問いに鼻で笑って答えた。

?「まぁいい、答えてやろう――



我は魔王。20年前討ち滅ぼされた魔王に代わり、魔物を統べる者だ」



しばらく理解ができなかった。




魔王「出だしは順調だ。英雄たる勇者を討たれ、人間達は絶望しただろう」

呪術師「でしょうねぇ…ヒヒヒ、人間達が我らに降伏するのも時間の問題…」

悪魔「しかし中央国の王子も勇者に劣らぬ剣の使い手と聞く。くれぐれも油断せぬよう」

翼人「誰にものを言っている。魔王様が油断なさるはずがない」

猫男爵「ともあれ今日の作戦は大成功だな」


令嬢「…」

私は捕まり、魔王城へ連れてこられた。我が家を襲撃した魔物達が、私の目の前で父の敗北を嬉々として語っている。
屈辱だ。けれど自分を落ち着かせ、表情を固くする。どんなに悔しくても、それを表には出したくない。

暗黒騎士「失礼します」

と、先ほど私を組み伏せた暗黒騎士が遅れてやってきた。

猫男爵「ご苦労暗黒騎士。さて、幹部が揃ったな」

呪術師「ヒヒ魔王様、例の件ですが…」

魔王「あぁ褒美の件だろう、忘れてはいない。勇者の邸宅から持ち帰ったものを好きに山分けするといい」

魔王がそう言ったタイミングで、下級の魔物が我が家から持ち帰った財産の数々を持ち込んできた。
怒りが収まらない。財産を山分けしている魔物達を見て、大事な思い出を汚された気分になった。

翼人「ところで魔王様」

翼を生やした人型の魔物は、ふと、私の方を見た。

翼人「勇者の一族に生まれた者は、勇者となるようですが――」

その言葉と同時に視線が私に集中した。


悪魔「貧相な人間の小娘だな。こんなのが勇者だと?」

呪術師「その一族に生まれただけの小娘に過ぎん」

猫男爵「その血筋だというだけの者に希望を抱くとは、だから人間は頭が悪くて嫌いなのだ」

次々に侮蔑の言葉を浴びせられる。
屈辱と恐怖で気が狂いそうだ。表面的に装っている平静はいつ崩れるか、時間の問題だ。
そして私の恐怖は、次の瞬間頂点に達した。

呪術師「だが、見た目は上玉な娘だ」

ぞわりと悪寒が走る。
わざわざ生かしておいたということは、やはりそういうことか――私は表情が歪むのを必死に堪える。

呪術師「ヒヒヒ…」

その目つきがおぞましい。
もしそいつが少しでも私に触れようものなら自害してやろう。きっと抵抗も、逃げることもできない。私は決意し、懐の小刀を見えないように握り締めた。

暗黒騎士「待て」

だが私に近寄ろうとする呪術師の肩を、暗黒騎士が止めた。

呪術師「何だ暗黒騎士?お前も混ざるか?」

暗黒騎士「褒美の件だが――俺はその娘を貰う」




令嬢「…………え?」

悪魔「ハハハ!本気か暗黒騎士!」

呪術師「暗黒騎士、あの小娘を独り占めしたいのか?」

猫男爵「まぁ暗黒騎士は今回ほとんど貢献していないから、それで十分かもしれんな」

暗黒騎士「あぁ。そいつを貰えれば後は何もいらん」

翼人「相当な入れ込みようだな。一目惚れでもしたのか」

魔王「堅物の暗黒騎士が女を欲しがるとはな!勇者一族の生き残りが魔王軍幹部の側室になるとは、面白い状況ではないか…!」

魔物達は大笑いしたり、怪訝そうにしたりと各々違う反応を見せた。
私はというと、状況が飲み込めないでいる。

悪魔「確かに面白い…」

悪魔は私ではなく、暗黒騎士を嘲笑するように見た。

悪魔「卑しい元人間のお前には、貧相な小娘がお似合いだ」

暗黒騎士「…」

令嬢「…?」

私はというと暗黒騎士が元人間という事実より、暗黒騎士を見る魔物達の、蔑むような視線が気になっていた。

令嬢「…」

あれから無言のまま暗黒騎士の部屋に案内された。最奥の小ぢんまりとした一室に通され、逃げることは不可能そうだ。
さて、どうするか。先ほど暗黒騎士が兜を脱いだが、人間と言われても違和感ない、少なくとも他の幹部に比べるとずっと生理的に受け付けられる(むしろ人によっては美形にも見えそうな)顔立ちをしていた。だからといってこのまま彼の側室になるのは嫌だし、かといって簡単に自害するのも躊躇われた。

とすると、もうこれしかない――

暗黒騎士「おい――」

暗黒騎士が部屋のドアを開けた。と同時。

暗黒騎士「…何のつもりだ?」

令嬢「動かないで」

ドアのすぐ側で構えていた私はすぐに暗黒騎士の背後に回り、その首に小刀を突きつけた。

令嬢「剣を捨てて。早く」

暗黒騎士「…」

暗黒騎士は言われるまま、剣を床に落とした。
よし――しかし、油断したのが良くなかった。

暗黒騎士「…」ビュン

令嬢「あっ!?」

唐突な手刀が私の手首を打つ。そして私は、小刀を落としてしまった。

令嬢「…」

暗黒騎士「何か言うことは?」

令嬢「許して頂けないかしら?」

ふてぶてしく言ってみせると、暗黒騎士はふっと静かに笑った。

暗黒騎士「面白い奴だな。何を許せって?」

令嬢「お忘れなら、忘れたままでいて下さい」

暗黒騎士はまた可笑しそうに吹き出す。しかし冷静を装う反面、私は焦っていた。これで自害もできなくなった。しかしこのまま彼に組み敷かれるというのは、どうしても受け入れがたい。

暗黒騎士「おい」

令嬢「!」

暗黒騎士が振り返り、私は壁に追い詰められた。逃げ場はない。

令嬢「デリカシーの欠片も感じませんね」

暗黒騎士「残念ながら俺は育ちが悪くてな」

令嬢「それで?これからどうする気…?」

高圧的な態度は精一杯の抵抗。それで状況が覆せるわけじゃないが、怯えを見せるよりはずっとマシ。

暗黒騎士「肝が座っているな。流石は勇者の末裔か」

暗黒騎士は顔をゆっくり近づけてきた。
あぁ駄目だ。やはり決心がつかない。せめて最後の抵抗で、思い切り蹴り上げてやろうか。
恐怖でガッチガチの私に気づいているのかどうか、暗黒騎士は小さく呟いた。



暗黒騎士「協力しろ――魔王を討つ」



令嬢「―――――!?」


予想外の言葉に、私は何も反応できずにいた。

今日はここまでです。
結構長くなる予定なので、無理せず少しずつ読んで下さい。
更新頻度はゆっくりいくつもりです。

翌日の朝食会。他の幹部方が食卓を囲む中、私も暗黒騎士と共に席についた。

翼人「2人共、並ぶと見栄えはいいじゃないか」

暗黒騎士「どうも」

朝食会と聞き、それ相応に身なりを整えてきた。こういう場でみすぼらしい格好で来れば、ますます馬鹿にされるだけ。
常に好奇の視線が寄せられていると意識しながらも、私は食事を進めていた。

猫男爵「私には人型の美的感覚はわからんな」

呪術師「愛玩するにはなかなかの逸材ってとこだ、ヒヒヒ」

悪魔「フン、だが態度がふてぶてしくて可愛げがないな」

皆好き勝手に物を言う。好きにすればいい、私はここでは弱い立場だ。何を言われても仕方ない。
だけれども。

悪魔「本当にこんな小娘で良かったのか、暗黒騎士」

暗黒騎士「あぁ、後悔はしていない」

猫男爵「どういう所が気に入ったのだ?」

暗黒騎士「言葉では説明できんな」

冷やかし混じりに質問されているというのに、暗黒騎士は談笑するように愛想よく答える。
いちいちカッとなるよりは余裕があるけども、ただの八方美人にも見える。

勇者(これで、本心では魔王や幹部達を殺そうと考えているというのだから…)


私は、昨夜のことを思い出していた。

暗黒騎士「協力しろ――魔王を討つ」


―――何を言っているの?

魔王を討つ?それは上等。
協力しろ?勇者一族として当然。
だけど何故貴方がそんなことを言うのか。さっきまで魔王に頭を下げていた男が。

令嬢「理解ができないのですけれど?」

暗黒騎士「だろうな」

私の反応を予想できていたというのに、理解できない言葉を発したと言うのか。ますます訳のわからない男だと思う。

暗黒騎士「説明するには、俺の過去から話す必要があるのだが――」

令嬢「長い話なら、聞きませんよ」

暗黒騎士「なら短くまとめよう。さっき誰かが言ってたように俺は元人間だ。人間の頃魔王に殺されかけ、奴に忠誠を誓う代わりに命拾いをした。だが心の中では、まだ奴への復讐心が残っている」

令嬢「殺されかけた理由は?」

暗黒騎士「当時俺は魔物退治を生業としていた。仕事上の標的が魔王だったのが運の尽きだったわけだ」

令嬢「意外性が無くて平凡な話ですね」

暗黒騎士「同情してくれないのか?俺は被害者だ」

令嬢「無力化した女を壁際に追い詰めるような殿方に持ち合わせる同情心はありません」

そう言うと暗黒騎士はふっと笑いながら私から離れる。彼にとってはおふざけだったのだろう。こっちからすれば冗談ではないが。

暗黒騎士「俺に魔王は討てない」

暗黒騎士は自嘲気味に言った。

令嬢「貴方、自分の不甲斐なさを暴露するつもり?」

暗黒騎士「勇者でないと討てないんだ」

令嬢「どういう事かしら?」

暗黒騎士「魔王は、不死の肉体を持っている」

令嬢「―――!」


それだけで、彼の意図が私にはわかった。

意識を朝食会に戻す。暗黒騎士は相変わらず皮肉をおどけた笑顔で返している。それにしてもまあ、皮肉を言う方も、よくも飽きないものだ。

魔王「しかし、人間達の間では大騒動になっているようだぞ」

何の話の脈絡か、魔王が突然そう言い出した。

呪術師「そうでしょうね、先代魔王を倒した勇者が討たれ、その一人娘も我らの手に落ちたとなれば」

翼人「人間達は希望を奪われたも同然か…」

令嬢「…」

抗議したい気持ちをぐっと抑え込む。
手に落ちた?何、勝手なことを。私はまだ、諦めてはいない。

それと、人間達の大騒動の詳細が気になった。頼れる勇者がいなくなったことで奮起するか、それとも絶望するか――どうなるのかは読めない。

悪魔「暗黒騎士、その小娘をしっかり飼い慣らしておけよ」

えぇいうるさい。

暗黒騎士「難しいことを言うんだな」

同調しなかったことは評価してあげましょう。

猫男爵「卑しい元人間には相応しい任務じゃないか」

猫の分際で何を言う。

呪術師「女は何だかんだで、見た目のいい男に弱いしな」

貴方の見た目が1番きついのだけれど。

魔王「まぁ暗黒騎士にとっては初めての女だ!皆暖かく見守ってやれ、こいつが女を扱うのは赤子が猛獣を扱うようなもの…」


ダンッ!!


幹部達「!?」


あぁもう我慢の限界。
私は飲み物の入ったグラスを思い切りテーブルに叩きつけた。
その場の視線が私に集中したのを確認し、私は静寂の中言った。

令嬢「いい加減にして下さい。これ以上私の夫を侮辱するのは、許しませんよ」

しばらくの沈黙。
その後、誰かがふっと噴き出した。

悪魔「これはこれは!もう勇者を惚れさせたのか、やるな暗黒騎士!」

令嬢「見当違いですね」

高飛車に鼻で笑ってみせる。

令嬢「仮にも勇者の夫を侮辱するなど、魔物には常識を1から教える必要があるようですね」

翼人「ほほう」

猫男爵「…頭の悪い娘だ。我々の敵である勇者に敬意など持ち合わせるわけがない」

令嬢「私は魔王に敬意を持ち合わせていますわ――敵として」

場の空気が緊張する。
特に魔王、口元は笑みを浮かべているが警戒心が一気に強まった。この切り替わりの早さは流石だ。
周囲から感じる敵意に、私は危険を感じ取っていた。

だけれど私は、あくまで温和に、魔王に微笑んでみせた。

令嬢「ご馳走様でした、大変良いお食事でした」

そして私は緊張感漂う食堂で空気を読まずに堂々とした振る舞いのまま、その場から立ち去った。



翼人「…面白いな暗黒騎士、お前の妻は」

暗黒騎士(まさか、そうくるとは――)

囚われの身の現状、あの侮蔑の視線と言葉が今の私に対する正当な扱いだ。
しかし心まで折れたら負け。あんなものに押しつぶされないよう、心を厳重に武装する。

私は今まで、勇者となる運命を何となく受け入れていた。
だけれど今は今までとは違う。もう私しかいない。私が折れたら代わりはいない。


強く決意する。私は勇者となり、必ず魔王を討ち取ってみせる――


暗黒騎士「…意外と大胆なのだな」

令嬢「ちょっとこちらへ来て」

暗黒騎士「?」

無防備に近づいてきた暗黒騎士に、手を張り上げ…

――バチイイィィン

暗黒騎士「!?」

令嬢「仮にも勇者の夫が侮辱されてへらへら笑いなんて、私は許しませんよ」

私はそう言うと踵を返し、彼を置いて行った。

暗黒騎士「…あまり下手なことはするなよ」

置き去りにされた彼は動揺することなく、そう呟いた。
魔王を討つまで下手なことをするな、そう言いたいのだろう。わざわざ彼に忠告されなくても、わかっている。だけど彼が味方面をして忠告してきたことに反発を覚える。


私は、貴方のことも信用していない。


私は無視して突き進む。
言葉ではなく、態度で示したつもりだ。それが彼に伝わったかは、不明。

今日はここまでで。
数日かけてある程度書き溜めてから投下するのと、毎日小刻みに投下するのとどちらがいいのか…。

ほとんど同じ内容の作品を見た気がするが、リメイクとか?

>>18
過去に自分が書いたもので、似たシチュエーションといえば 勇者「もう勇者なんてやめたい」 ですね。
あれとはメインキャラの性格を変えているので、別物のつもりです。
とはいえシチュエーションが似ているのは事実なので、あれとは差別化できるストーリー進行にしていこうかと思います。

過去に 勇者「もう勇者なんてやめたい」 をお読み下さった方々へ。(読んでいない方はスルーでおk)

こういうシチュエーションは作者好みで思いついたのを好きなように書いている為、どうしても似てはいると思います。
前作の勇者→気弱、守られヒロイン、優柔不断、暗黒騎士に好意的  今作の令嬢→強気、勇者になろうと決意、行動的、暗黒騎士に敵意を抱いている
前作の暗黒騎士→魔王軍の誰もが認めている  今作の暗黒騎士→周囲に蔑まされている
と、一応キャラの差別化も図っております。これからのストーリー展開も違った形にしていこうかと思いますので、今回も宜しくお願い致します。

令嬢「さて…」

時間ができたので城内を回ってみることにした。
城内を徘徊する魔物達の好奇の視線を感じるが、その内慣れてくるだろう。
魔物達は私を訝しげに見るものの、拘束しようという様子は見られない。ここから逃げ出そうとすれば捕まるかもしれないが、そうしないならある程度自由に動き回れるようだ。

令嬢(あそこ、夜なら身を潜められそうね)

幹部達の行動パターンを把握し、夜あそこから急襲すれば1人仕留められないか…とか、そういうことを考えながら色んな所を見回る。
あとは武器の調達だけど、どうしようか。
素手でも戦えそうな下級魔物から奪い、口封じして死体をどこかに埋めれば…その魔物がいなくなったことで、どの程度の騒ぎになるかが問題だ。

令嬢(やっぱり暗黒騎士に頼るのが1番危険が少ないかしら?)

あの壁ドン男に頼るのは癪だけれど、現状ではそれが確実だ。ほんっ…と~に不本意だけれど。

令嬢(一応他にも手もちゃんと考えておきましょう)

?「ちょっとそこの貴方」

令嬢「?」

自分のこととは思わなかったが、はっきりした強い口調につい振り返った。
すると豪華なドレスに身を包んだ、私と同い年くらいの女の魔族が、私の方を強い眼差しで見ていた。

令嬢「私のことかしら?」

?「貴方が暗黒騎士に嫁いだっていう勇者?」

令嬢「えぇ」

好奇心の強いどこかのお嬢さんだろうか。その程度に思っていたら、その女魔族がぐっと顔を近づけてきた。

?「一夫一妻は人間の常識よね」

令嬢「そうですね」

?「私…負けないから!あんたみたいな貧乳娘に!」

彼女はそう言うとくるっと振り返り、向こうに駆けて行った。

令嬢「貧乳…」

私はというと、地味なダメージを受けていた。

令嬢「武器を下さい」

暗黒騎士「…は?」

城内を一通り回った後、自室でくつろいでいた暗黒騎士に声をかけた。

令嬢「武器が無ければ戦えません。あと他の幹部達の行動パターンも教えて下されば、不意打ちでやりますよ」

暗黒騎士「待て。…少し積極的すぎないか」

暗黒騎士は呆れたように言った。

暗黒騎士「幹部を倒せばその分魔王の警戒心が強まる。だから最初に倒すのは幹部でなく、魔王だ」

令嬢「やるなら人間への被害が少ない内がいいです。彼らの足止めに、貴方は頼りないですしね」

暗黒騎士「耳が痛い」

令嬢「とにかく私に魔王を討つ協力をしろと言うなら、貴方にも何かしらの協力をして頂きたいのですが」

暗黒騎士「…わかった。とりあえず城を案内する」

令嬢「さっき回ったばかりですが」

暗黒騎士「幹部達の行動パターンを説明しながらだ。奴らの目をくぐらなければ魔王は討てないからな」

令嬢「わかりました」

私達は部屋を出ることにした。

暗黒騎士「猫男爵は朝食後中庭で紅茶を飲んでいることが多いな…呪術師は大抵あの部屋にこもっている」

魔物「お、暗黒騎士と勇者の娘だぜ。新婚ホヤホヤで仲のよろしいことで」

令嬢「…」

今までで1番不快な野次だった。暗黒騎士の横に並んで歩いているが、この状態は居心地悪い。私が彼を見る目は自然に険しくなっていた。

暗黒騎士「…どうした?」

令嬢「…いえ、別に」

じっくり見ても、顔以外魅力が見つからなかった。

暗黒騎士「何か向こうが騒がしいな」

令嬢「あら」

確かに何やら騒がしい。暗黒騎士が剣を手に駆けて行き、自分も気になるので着いて行った。
そこを遠目で見ると、庭園で5匹の魔物達がざわついていた。

暗黒騎士「どうした」

魔物「おぉ暗黒騎士様!侵入者です!」

暗黒騎士「侵入者…?どこにいる」

魔物「すばしっこい奴なんです!…ゴハッ」バタッ

突然魔物が倒れた。今、何があった?
そう考えている内に、魔物達が次々と倒れていった。

暗黒騎士「…そこか!」

暗黒騎士が剣を振り、カキィンと金属音。
その瞬間侵入者の動きが停止し、その姿を視認した。

令嬢「…あっ!」

小刀で暗黒騎士と競り合っていたのは猿型の魔物と人間の混血種。私は、彼を知っている――

令嬢「従者…」

我が家に仕えていた従者だった。

従者「お前手強いな…あっ!」

と、従者もこちらに気付いたようだ。

従者「お嬢さ…」

令嬢「しーっ、しーっ!」

他にも野次馬がおり、彼らの目を気にして私は人差し指で「黙ってろ」とジェスチャーする。
従者はクエスチョンマークを頭の上に浮かべていたが、その拍子に動きが止まり――

暗黒騎士「捕らえたぞ猿」

従者「いてててて!」

あっさり、暗黒騎士にねじ伏せられた。

私はすぐに従者をねじ伏せている暗黒騎士に駆け寄った。

令嬢「暗黒騎士」

近くにいた者は倒れているので、小声で話せば野次馬の魔物達にも聞こえないだろう。

令嬢「彼は私の従者なの」

暗黒騎士「そうか…ばれたら打ち首だな」

従者「いたたたた、少しは加減しろ~」

暗黒騎士「来い、猿。今からお前を魔王様の前に連行する。…死にたくなければ、俺に話を合わせろ」

従者「な、何だと~!」

令嬢「彼に従って、従者」

従者「は、はいお嬢様」

こうして従者は暗黒騎士に引っ張られていった。
それにしても、まさか従者が魔王城に乗り込んでくるとは…。幼い頃から知っている年下の従者は、猿の魔物と人間の混血種だが、我が家によく尽くしてくれている。

令嬢(暗黒騎士、上手くやってくれるかしら)

彼に期待できなかったので心配でたまらなかったが、その心配は1時間後あっさり杞憂になった。

従者「お嬢様~」

令嬢「従者!」

部屋で暗黒騎士が戻るのを待っていると、暗黒騎士は従者を連れて戻ってきた。

暗黒騎士「浮かれて城に乗り込んだアホ猿ということにしておいたので、厳重注意で済んだ。その実力を見込んで、俺の部下にすることに…」

従者「お嬢様、ご無事で何よりです!この従者、お嬢様が心配で心配で食事も喉を通らず…」グウウゥゥゥゥゥ

令嬢「まぁ大変!何か食べさせないと!」

暗黒騎士「…」

令嬢「どうしたんですか暗黒騎士」

暗黒騎士「いや、別に…」

いきなり機嫌が悪くなったけれどどうしたのだろう。まぁ今はそんなことより従者が心配だ。

従者「…っ、ええええぇぇぇぇ、お嬢様がこの男に嫁入りしたあああぁぁぁ!?」

食事を摂らせながら現状を説明すると、従者は気が狂ったかのような叫び声をあげた。
誤解されないよう、心までは奪われていないことは強調し説明する。従者はそれでほっとしたようだけれど、暗黒騎士の顔つきは険しくなった。

従者「あ、でも感謝してるよ暗黒騎士さん。あんたのお陰でまたお嬢様に仕えることができる」

暗黒騎士「…一応俺に仕える形になるのだが」

令嬢「同じことよ。従者、貴方が側にいてくれると心強いわ」

従者「はい!この従者、お嬢様にどこまでも尽くします!魔王討伐やり遂げましょう、お嬢様!」

令嬢「えぇ、頼りにしているわ」

暗黒騎士「…ふん」

そうやって従者との再会を喜んでいると、暗黒騎士は不機嫌そうに立ち上がった。

暗黒騎士「俺は仕事に戻る。くれぐれも目立ったことはするなよ」

令嬢「えぇ、行ってらっしゃい」

不機嫌な背中を見送り、私は従者の方に向き直す。

従者「彼は只者じゃない。あんな男が味方にいてくれるなら、心強いですね」

令嬢「私はあの男のことは信用していないわ。我が家を襲撃した1人だもの」

従者「でも信用していないのを態度に出したらまずいでしょう…」

令嬢「いいのよ、私の力にすがってるのは向こうの方なのだから」

従者「まぁ、そうですが…お嬢様、彼は恩人でもありますよ」

令嬢「恩人?…ま、彼に貰われなければひどい目に遭っていたのは確かね」

従者「それ以前にお嬢様」

令嬢「何?」

従者「屋敷で奴がお嬢様を止めなければ、お嬢様は魔王に殺されていたでしょう」

令嬢「――――あ」

翼人「どうした暗黒騎士、機嫌が悪いな」

暗黒騎士「放っておけ」

翼人「奥方と何かあったのか」

暗黒騎士「別に何もない」

翼人「そうか」

暗黒騎士「………あいつと話す時は、ごく普通に笑うんだな」ブツブツ

翼人「え?」

暗黒騎士「いや…何でもない」

今日はここまで。
令嬢は地の文では色んなことを考えていますが、感情を表に出さずクールな振る舞いをしているイメージで書いてます。

猫男爵は内P時代の有吉か

ルネッサーンス!

>>30
やwめwてwww
忘れてたけど思い出してしまったww

>>31
男爵違いやないかーい

従者「ところでお嬢様、魔王は不死身なんでしたっけ?」

室内で適当に時間を潰している時、従者がそんなことを言ってきた。

令嬢「えぇ、そうらしいわ。不死身の肉体を持ちながら、最近まで只の魔族として潜んでいたようね」

従者「目立ったことをしたら旦那様にすぐ狩られていたでしょうしね!事前に不死身だとわかっていれば、旦那様も負けなかったでしょうに…!!」

令嬢「それはどうしようもないわ。私は魔王が不死身だと知れたし、魔王を討てる希望はあるわ」

従者「えぇ…勇者一族に伝わる必殺技、光の剣でですね!」

光の剣。一族最初の勇者と言われる勇者が光の女神と契約を交わし、代々引き継がれてきた技。
光の剣に斬られれば、どんなに生命力の強い者でも「消滅する」のだ。
だけどその必殺技の存在は門外不出、一族とそれに仕える一部の者しか知らない技だ。

従者「暗黒騎士さんはその存在を知っていたんですかねぇ?」

令嬢「いいえ。もしかしたらと思って探ってみたけれど、その素振りは無かったわ。彼は勇者なら魔王を討てるという御伽噺を信じているのよ」

従者「あぁ、成程…。けど御伽噺なんかじゃありません、お嬢様しか不死身の魔王を倒せないんですから」

令嬢「えぇ、そうね。…でも」

私は手をかざし、集中した。

出ろ――光の剣

すると私の手が光り、その光はそのまま伸びて剣の形になった。

従者「出たーっ、勇者一族秘蔵の光の剣!」

令嬢「…駄目よ」

光の剣は一瞬で消える。

令嬢「私の光の剣は未熟なの。持続力がないし、短いから魔王に届かないかもしれない」

従者「そこは修行ですよ!光の剣は精神的なもので強くなるって言うじゃないですか、お嬢様ならすぐに強くなります!」

令嬢「…そうね、頑張ってみるわ」

今まで平和ボケしていたせいで強くならなかったのかもしれない。精神を鍛えるには、今はいい機会だ。
その為には心の武装が必要不可欠――やはり暗黒騎士相手にも心を許すわけにはいかない。

だけれども。

従者「魔王との戦いサポートできるよう、俺も一緒に頑張りますよ!!」

令嬢「…えぇ」

従者といる時だけは自然体でいよう。従者がいなければ、私は気持ちがもたなかったかもしれない。

>翌日

令嬢「…で、あそこなんて潜むのに最適だと思わない?」

従者「おー、いいですね。俺ならあそこから10メートルは跳躍できますよ!」

昨日から暗黒騎士が戻らない為、自室で朝食を済ませた後、従者に城内を案内して回っていた。
魔物達は自分たちが主従関係と知らない為この組み合わせに不思議そうな顔をしていたが、暗黒騎士の妻と、暗黒騎士の部下という関係ならいくらでも言い訳のしようはある。

令嬢「まぁ暗黒騎士は魔王を真っ先に討つ方がいいと言っていたから、私の光の剣が使い物になるまで目立ったことはしない方がいいのだけれどね」

従者「了解です!俺はなるべくここの魔物達に溶け込んでおきます!」

令嬢「声が大きい」

従者「わ、す、すみません」

令嬢「全くもう…」

有能なのに少し抜けている。けれどまぁ、従者のそういう所が気に入っていたりもする。私は、つい頬を緩めてしまった。

?「夫以外の男と仲良くするのね、貴方は」

令嬢「あら」

と、声をかけられて振り向くと、昨日の娘がいた。
貧乳と言われたせいで意識してしまうが、よく見るとなかなかぼいんぼいんだ。

令嬢「ご機嫌ようぼいんさん」

?「変な呼び名をつけないで下さる」

令嬢「失礼。お名前は」

?「あら知らなかったの?全く、誰も私のことを教えていないなんてどういう事…私は魔姫、魔王の娘よ」フフン

令嬢「魔王のぼいん娘…」

魔姫「一言余計!」キーッ

魔姫はプンプン怒っている。これはからかったら面白そうだ。

翼人「姫様、こちらにいらしたのですか」

魔姫の大声につられてか、幹部の1人がやってきた。魔姫は彼を見て「げっ」という顔をする。うーん、実にわかりやすい。

翼人「人間達の活動が活発になっているようなので、城内であってもあまりうろつかないように。昨日も侵入者に入られたようですし…」

従者「あ、それ俺俺ー」

魔姫「貴方達の警備がザルだからでしょう!全くもう、しっかりしなさいよ!」

翼人「いや申し訳ない。ですがしばらくは我慢を…」

魔姫「じゃないとあんたがお父様に怒られるものねぇ。わかったわよ、顔を立ててお部屋に戻ってあげるから、さっさと仕事に戻りなさい」

翼人「はい、ありがとうございます」

魔姫「あー、あと貴方!覚えてなさいよ!」

魔姫は私に捨て台詞を吐くと、昨日のように駆けていった。私は何もした覚えがないというのに、何なのだろう。

翼人「気分を悪くしたか。魔姫様は暗黒騎士に惚れているのでな」

と、翼人は私に普通に声をかけてきた。

令嬢「それは…理解できませんね」

翼人「…ふふっ」

令嬢「何か?」

翼人「いや…暗黒騎士の機嫌が悪かった理由がわかったような気がしてな」

翼人は可笑しそうに言っていた。何がツボに入ったのか、これだから魔物はわからない。

翼人「もうちょっと暗黒騎士に優しくしてやれ。あいつはあれで、割と傷つきやすい性分だ」

令嬢「あれで、ですか…」

あの壁ドン男がねぇ…と思っていたが、ふと気がつく。この翼人、私と普通に話してくれている。
そういえば今までも他の幹部は私や暗黒騎士に蔑むような態度だったが、よく思い出せばこの翼人だけはそうでもなかった気も。

翼人「それじゃ…あぁ、暗黒騎士は今日は遅めに帰ってくるぞ」

そう言って翼人は立ち去っていった。

従者「あの匂い…あいつ、人間の血がわずかに混ざってますね」

令嬢「成程…だからそこまで当たりがきつくないわけね」

令嬢「昨日は悪うございましたね」

暗黒騎士「…ん?」

翼人の言う通り、暗黒騎士が帰ってきたので、とりあえず声をかけた。

令嬢「命の恩人に対して冷たすぎましたね」

暗黒騎士「…別に気にしてはいない」

令嬢「従者や翼人に言われて少しは反省しました」

暗黒騎士「あの猿か…チッ というか翼人と会話したのか」

令嬢「えぇ、彼とは仲が良いのですか」

暗黒騎士「まぁ他の奴よりはな」

令嬢「へぇ。あ、あと魔姫さんにも声をかけられましたね」

暗黒騎士「あー…なかなかキツい人だろ、何か言われたか」

令嬢「…」


翼人は、魔姫が暗黒騎士に惚れていると言っていたが。暗黒騎士はそれに気づいていないのだろうか?


令嬢「貧乳と」

暗黒騎士「事実だな」

よし、やはり暗黒騎士もいずれ討とう。

暗黒騎士「魔王は、幹部の中から誰か、1番見込みのある奴を魔姫の婿にするつもりでいる」

令嬢「貴方も幹部では?」

暗黒騎士「俺は最も候補から遠いだろう。それに、政略結婚は好かん」

令嬢(貴方が今しているのもある意味政略結婚じゃあ)

暗黒騎士「それに俺は…ああいう世間知らずの箱入り娘でなくて」

令嬢「えぇ」

暗黒騎士「その…お前みたいな」

従者「お嬢様ぁー!夜食くすねてきましたー!!」バァン

暗黒騎士「……」

令嬢「あら美味しそうねぇ。食べましょう」

暗黒騎士「…この猿がーっ!」

従者「あだだどゎーっ!?」

暗黒騎士が従者の頭をぐりぐりし始めた。つまみ食いくらいでこんな制裁を加えるとは、何て厳しい人だ。

翼人「暗黒騎士ぃ!」

と、翼人も続いて入ってきた。従者は慌ててくすねてきた夜食を隠す。

暗黒騎士「どうした」

翼人「敵襲だ!中央国の王子が軍隊を率いて攻め入ってきた!」

令嬢「…!中央国が…」

暗黒騎士「わかった、すぐに支度して行く。お前は先に行ってろ」

翼人「あぁ!」

よく聞くと部屋の外が騒がしい。急な敵襲でバタバタしているのだろう。

従者「大変なことになりましたねぇ…しかし中央国の王子ですか」

暗黒騎士「おい猿、お前も来るんだよ!」

従者「それはまずいんじゃないですかねぇ…中央国の方々、俺の顔知ってますよ」

暗黒騎士「ん?…あぁそうか、勇者の従者なら中央国の者と面識があってもおかしくはないか」

従者「まー…っていうか知らないんすか暗黒騎士さん」

暗黒騎士「ん?」

従者「中央国の王子…お嬢様の婚約者なんですよ」

暗黒騎士「!?」

夜更新するかは未定。
王子を登場させたので出したいキャラがやっと揃った…ような気がする。

中央国第2王子。軍隊を率いる彼の剣は英雄たる勇者にも劣らないと評判が高い。
今も魔王城に攻め入り、軍隊の戦闘に立って既に何十もの魔物を斬り、今、幹部の1人、猫男爵と打ち合いをしている所だった。

王子「やるね猫ちゃん!僕は沢山動物を飼ってきたけれど、こんな芸達者な猫ちゃんは初めてさ!」

猫男爵「く…!」

周囲の魔物が猫男爵に加勢するが、王子は剣ひと振りで3匹の魔物を斬る。
それでいながら猫男爵への攻めはまるで緩まず、圧倒的実力を見せていた。

呪術師「ヒヒヒ加勢するぞ猫男爵!喰らえ、幻惑の霧!」

王子「惑わされないぞ!」ブンッ

呪術師「霧を払っただと!?」

王子「君の技は人の心につけ入り、精神的に揺さぶりをかけるものだろう…だが僕にはきかないのさ」

呪術師「馬鹿な…いくら性質がわかっていても、人間ごときが打ち破れるものじゃ…」

王子「わからないかな?」フッ

王子はそう言うと剣を空に掲げ、叫ぶ。

王子「僕は選ばれし王子だからね!君なんかに惑わされているようじゃ、希望になんかなれやしないよ!」

呪術師「く…何だか知らんが物凄く殺したくなってきたぞ!」

猫男爵「余裕ぶるなあああぁぁぁ!」

王子「甘いよ猫ちゃん!さぁおいで!」

令嬢「相変わらずキザねぇ…」

魔王城のベランダから戦いを眺める。王子はこちらに気付かない。けれど城内の魔物達の警戒心が強まっており、これ以上近づくことはできなさそうだ。

従者「幹部の1人でも倒して下されば有難いですが、複数相手では難しそうですね」

令嬢「あれだけ戦えるだけでも十分よ」

見目麗しい王子の剣さばきは優雅にも見え、国の女性たちが心を鷲掴みにされている理由も納得できる。

従者「流石お嬢様の旦那様となるお方です」

令嬢「そうね」

上の空で私は答える。
目を向けるのは王子の戦い。戦況は決して楽ではない。しかし彼の顔は歪まない。王子はいつでも力強くて美しい。だからこそ、私には遠い世界の住人に見える。

悪魔「勇者の伴侶となる、王子か…」

令嬢「!」

背後の声が私を現実に引き戻す。いつの間にか幹部の1人が私達の側に来ていた。

悪魔「勇者がいなくなった今、奴が1番の要注意人物…しかし、奴の弱点はわかっている」

悪魔は私を見てニヤリと笑った。
彼の考えていることが私にはすぐわかった。同じような立場になったら、恐らく私も同じことを考える。
そして次の瞬間、彼はそれを実行に移した。私の体は乱暴に引き寄せられる。

従者「お嬢様ぁーっ!」

従者の叫び声は既に遠く。悪魔は私を抱え、その翼で戦いが繰り広げられる地面へ降り立った。

王子「おや…」

王子の剣がピタリと止まった。相変わらず表情は余裕を崩していないが、その目はしっかり私の方を見ていた。

悪魔「それ以上暴れるようなら、こいつがどうなるかわからんぞ?」

令嬢「すみません、こういう事になってしまいました」

王子「おやおや困りましたね」

久しぶりに会話する婚約者は緊張感なく答えた。まぁ、緊張感がないは私もだけれど。

王子「それで?僕への要求は何だい悪魔君」

悪魔「剣を捨てろ!」

王子「それはできないな。捨てたら僕を殺すだろう。確かに彼女は大事だが、僕が彼女の為に死ぬと思うかい」

王子は余裕たっぷりに答える。何を思っているのか、私には全くわからない。

王子「でももし彼女を殺したら、真っ先に君から斬ってあげるよ」

悪魔「何!」

私に爪を突きつけている悪魔は明らかに動揺していた。
実力では勝てないと判断したから人質をとった。その人質がいなくなれば、彼の命が即絶たれる。

王子「彼女をこちらに引き渡してくれれば、君を見逃してあげるけれど」

悪魔「そ、そんなことできるか!」

王子「じゃあ」

王子は大きく跳躍した。悪魔の乱入により停止していた魔物達は反応が遅れる。王子はその一瞬で、呪術師の側に立った。

王子「彼女を引き渡さないと彼を殺すと言ったら、どうする?」

呪術師「な、何いいぃぃ!!悪魔!そんな小娘くらいくれてやれ!」

悪魔「しかし…この小娘を捕らえているのは魔王様の判断だぞ」

猫男爵「あっさりと捕まる貴様が悪いのだ、この恥さらしめ!」

呪術師「何だと!?」

王子が人質でどれだけの効果を狙っていたかはわからないが、幹部達は言い争いを始めた。
幹部達の力関係はわからないが、少なくともこの呪術師の命は、私と天秤にかけられる程度には軽いようだ。

呪術師「頼む!俺はこんな所で死にたくない!」

呪術師は嘆願を始めたが、それでも悪魔は決断できないようで、爪を私に突き付けたまま硬直していた。

呪術師「ヒ、ヒヒ…そうか貴様、俺を見捨てるつもりか…ヒヒヒヒ」

呪術師は醜い顔に歪な笑顔を浮かべた。その顔が生理的に受け付けられず、ぞわりと悪寒。
物凄く嫌な予感がした。そしてそれはすぐに当たった。

呪術師「どうせ死ぬのなら、道連れだああぁぁ!!」

令嬢「!?」

呪術師の体が発光する。魔力が一瞬にして昂ぶったのを私は感じ取った。
何かが物凄いスピードでこちらに向かってくる。駄目だ、当たる。

当たれば私は死ぬ。

令嬢「――」

王子の剣が呪術師に振り下ろされたのを視界に捉え、私の体は宙に浮いた。




令嬢「――――え?」

目の前の光景は、一瞬で変わった。

悪魔「アグウウゥゥゥ」

呪術師「ひいいぃぃ」

王子「…失敗」

まず私は生きている。
悪魔が大怪我をしている。腕も1本失っている。
呪術師は腰をぬかしている。外傷はない。
王子の剣は――魔王の腕に止められていた。

魔王「迷いのない見事な振りだな、王子よ」

王子「お前が魔王か――」

王子の表情は先ほどまでとは変わり、真剣なものに変わっていた。恐らく肌で、目の前の相手が只者ではないと感じ取ったのだろう。

暗黒騎士「…おい」

令嬢「え?」

振り返ると暗黒騎士の顔。やっと気付いた。私は暗黒騎士に抱えられていたのだ。

令嬢「あら、助けて下さったの」

暗黒騎士「…嫌に平然としているな」

悪魔「ググゥ暗黒騎士…貴様、俺の腕を…!!」

地面に伏している悪魔は、暗黒騎士を恨みがましい目で見つめる。成程、暗黒騎士が悪魔の腕を斬って私を奪い取ったのか。その上呪術師の魔法までモロに喰らったのだから、散々な目に遭ったものだ。
だけれど暗黒騎士は冷めた様子で答える。

暗黒騎士「魔王様の体の一部から作られたお前なら、腕の再生は可能だろう」フン

令嬢「…あっ王子が」ゴッ

暗黒騎士「でっ!」

体をぴんと伸ばした拍子に肩が暗黒騎士の顎にヒットしたけれど、私は気にせず王子の方を見る。
王子と魔王は早くも戦いを始めていた。両者初めから本気で飛ばしている。

王子「その首頂く…!そして令嬢様を必ず取り返す!」

令嬢「王子…どうか無理をなさらぬよう」

暗黒騎士「…フン」ヒリヒリ

魔王「貴様を殺し、人間に更なる絶望を与えてくれよう!」

王子「そいつは無理だね…!」

魔王「!!」

激しい打ち合いの中、王子はいきなり姿を消した。いや違う、目で追いきれなかった――上だ。
そして上空から剣を振り下ろし――

王子「喰らえ!」

魔王「――――」

魔王の首を、一刀両断ではねた。
駄目だ。まだ終わっていない。

令嬢「油断しないで王子。その魔王は不死身です」

王子「何!」

暗黒騎士「おまっ――」

暗黒騎士が私を咎めようとしたと同時。

魔王「その通り」

王子「!?」

はねられた魔王の首が喋った。そして。

王子「…くっ!」

首を失った魔王の体が王子に追撃をした。安心していた王子はそれでバランスを崩したが、すぐに立て直す。

猫男爵「ちっ…不意打ち失敗したか」

呪術師「ヒヒ、だが奴に勝ち目はあるまい…」

王子「そのようだね」

それでも王子は笑みを浮かべる。それは何の笑いなのか。私にはまるで読み取れない。
彼はまた剣を構えた。相手が不死の王だと知りながらまだ戦う気か。

兵士「王子!」

その時だった。兵士の1人が叫びながら駆けてきたのは。

兵士「魔王軍の飛行部隊が我々の後方からこちらへ向かっているとの事です!このままでは、我が軍は囲まれます!」

王子「それはまずいな。全員、すぐに撤退しろ!」

王子の号令で兵士達は撤退を始める。
王子は――真面目な様子で、私に向いた。

王子「…令嬢様、申し訳ない。今すぐには、貴方を救えないようです」

令嬢「いいえ。貴方が生きていることの方が大事です」

王子「いつか助けに参ります…必ず」

そう言って微笑むと、彼も撤退を始めた。
撤退した王子達の軍を追うことも猫将軍から提案されたが、これ以上犠牲を増やさない為、戦いは一旦これで終了ということになった。

王子動かすのが難しすぎて、更新短かったのに時間かかりました。ウヘェ。

魔王軍は怪我をした者を運んだり警備を強めたりしてバタバタしていた。そうしている間に夜は明ける。

従者「中央国軍に飛行部隊の情報伝えたの俺なんですよ~、やるでしょ~?」

令嬢「えぇ、お手柄よ従者」

暗黒騎士「…いや~~~~~に、くつろいでいるなお前達は…」

令嬢「あらお帰りなさい。あの後大変だったんですか」

暗黒騎士「あぁ…一睡もしていない」

令嬢「寝ます?」

暗黒騎士「気分が悪くて眠れん。魔王や幹部達からネチネチ言われたからな」

令嬢「今度は何でいじめられたんですか」

暗黒騎士「いじめられてはいない!お前が魔王の不死身を知っていた件について、説教されたんだよ!」

令嬢「まぁお気の毒」

暗黒騎士「誰のせいだ誰の」

令嬢「でもどうせ王子様にばれていたでしょ。私が何も言わなくても、魔王の不意打ちでやられる方じゃありませんわ」

暗黒騎士「お前の婚約者はほんっ…と~~~に完璧だなぁ」ヒクヒク

従者「そうなんですよ、王子は強くて美しいだけじゃなく、勤勉で多趣味で優雅で社交的で」

暗黒騎士「黙れ猿」グリグリ

従者「おどゎああぁぁぁぁ」

令嬢「眠いからって従者に八つ当たりしないで下さい」

暗黒騎士「なら眠気を覚ます…おい、散歩に付き合え」

令嬢「私?…まぁ、いいですよ」

どうせ今日も暇だし。

城内は落ち着きを取り戻し、魔物達も各々の仕事に戻っていた。
昨日戦いを覗き見していたベランダまで行き、同じ眺めを見る。こんな所から(抱えられていたとはいえ)飛び降りたなんて、改めて見るとヒヤヒヤする。

令嬢「そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね」

暗黒騎士「…うん?」

令嬢「昨晩は助けて頂いて、ありがとうございました」

暗黒騎士「あぁ…いや別に、大した事じゃ」フ

令嬢「まぁあれは悪魔の暴走を止める為だから、私を助けたという意識は無いでしょうけれど」

暗黒騎士「…」ヒク

あら引きつっている。一瞬口元が緩んだように見えたのは気のせいだったか。それとも仲間の腕を切り落とすなんて事までさせておいて、お礼だけじゃ不満だっただろうか?

令嬢「何か私に求めることはありませんか?」

暗黒騎士「は!?」

令嬢「あ、お礼に」

暗黒騎士「え、い、いや別に…」

言い出すのが急だったようだ。うーん、タイミングって難しい。

暗黒騎士「求めることというか…聞いてもいいか」

令嬢「はい?」

暗黒騎士「お前は…俺に心を開いてはいないな?」

令嬢「はい」

暗黒騎士「…はっきり言うな」

令嬢「そう簡単に心を開くような者は、魔王を討つのに向かないと思いませんか」

暗黒騎士「そうだが…」

令嬢(そう言えば…)



翼人『もうちょっと暗黒騎士に優しくしてやれ。あいつはあれで、割と傷つきやすい性分だ』


傷つけるようなことは今の所言ってないと思う。
けれどもう少し優しくしてみよう。

令嬢「…まぁ、何度も助けて頂いたので感謝していますし、ある程度信頼もしていますよ」

暗黒騎士「そうか…ある程度、な…」

優しくしてみた結果、彼は複雑そうな表情を浮かべていた。失敗しただろうか?

暗黒騎士「…お前の表情があまり変わらないのは、心を強硬に武装しているからだろう。そうだろうな…敵地にいればそれも仕方ない」

いきなり何を。

暗黒騎士「お前にしてみれば俺も、敵の一味の1人かもしれない…だから俺に心を開かんのかもしれんが」

彼の様子がおかしい。

暗黒騎士「だけど俺は――」

令嬢「あの、何を…」

と、その時だった。何やら視線を感じた。

令嬢(…うん?)

魔姫「」ブツブツ

令嬢(あら覗き見。っていうか何か独り言言ってる?)

魔姫「やっぱり昨晩抱き合っていたし…もう2人はラブの頂点なのかしら」ブツブツ

令嬢(抱き合…!?)

心当たりがない。思い出せ。昨晩?…あぁ!暗黒騎士に助けられた時に抱えられたことか。あれは別に抱き合っていたわけじゃ…待てよ。人から見てそう見えたってことは…っていうか、確かにあの時結構密着していたような…。

令嬢「……………」

暗黒騎士「俺は、お前のおっ――」

令嬢「」ドガッ

暗黒騎士「………えっ」

不幸な事故だった。というか、自分でもわけがわからなかった。
とにかく彼と抱き合ったかもしれないという発想に行き着いた途端、急に頭が沸いて、つい彼をベランダから蹴り落としてしまったのだ。
結構な高さがあるけれど、大丈夫だろうか。

魔姫「…何をやっているの、貴方は」

魔姫はドン引きしながら近づいてきた。まぁ、そうだろう。

令嬢「ついうっかり」

魔姫「うっかり!?…ま、まぁ暗黒騎士なら大丈夫でしょう」

令嬢「魔姫さん、目の下にくまができていますよ」

魔姫「あぁこれ?ふふ、昨晩の戦いを見て、興奮して寝れなかったの!暗黒騎士はやっぱり素敵ねぇ」ウットリ

令嬢「まぁ、結構強いようですね」

魔姫「結構?結構どころじゃないわ。幹部で1番強いのは暗黒騎士よ」

令嬢「えっ」

確かに悪魔の腕を切り落としたのだから、最弱ではないと思ってはいたが。

令嬢「でも彼、皆に馬鹿にされていません?」

魔姫「元人間だからよ。全くもう馬鹿馬鹿しい…。悔しければ実力で見返せばいいものをね」

令嬢「そうだったんですか」

暗黒騎士は自身のことを、最も魔姫の婿候補から遠い、つまり見込みのない幹部だと言っていた。それは彼が弱いからではなく、元人間だからか。納得した。

魔姫「そういえば、お父様の首をはねた彼、貴方の婚約者だったんですって!?」

令嬢「あ、そうですが」

魔姫の顔が険しい。あぁ、不死身とはいえ父親を傷つけられたから怒っているのか。全く、私に怒られても困る…

魔姫「いいわねぇ貴方、強くて見目麗しい男性と縁があるのねぇ」

令嬢「………はい?」

魔姫「お父様の首をはねた時の彼、とても輝いていた…あぁ今思い出しても素敵」

令嬢「…あのう、怒っていないのですか。魔王、不死身とはいえ痛めつけられたんですよ」

魔姫「え?だって戦えば痛いものでしょう?」

令嬢「…」

不死身の父を持つとこうなのかもしれない。あまり深く考えないでおこう。

魔姫「そんなことより彼のこともっと教えて!」

令嬢「まぁ、私もあまり沢山のことは知りませんが…」

彼女は暗黒騎士が好きだと聞いたが、ただの美形好きのミーハーのようだ。
私の知り得る王子のエピソードを教えている間、魔姫は情景を想像しているのか興奮したりウットリしていた。表情がコロコロ変わってまぁ面白い。

魔姫「ありがとう、また色々教えてね!」

令嬢「まぁ、こんな話で良ければいつでも」

魔姫「貴方っていい人ね~、ごめんなさいね初対面でひどいこと言っちゃって」

令嬢「まぁ貧乳は事実ですし」

暗黒騎士「そうだな事実だ…で、いい人ではないな」

令嬢「あ」

振り返るとボロボロの暗黒騎士が足を引きずり、翼人に肩を借りていた。あぁすっかり忘れていた。

令嬢「あらすみません、大丈夫でした?」

暗黒騎士「大丈夫なわけあるか!」

翼人「いや驚いたよ、上から暗黒騎士が降ってくるなんてなハハハ」

暗黒騎士「笑い事じゃない!」

魔姫「訓練だと思いなさいな。高所から敵に突き落とされることだってよくあるでしょう」

暗黒騎士「それで自分は鍛えられません」

呪術師「おやおやズタボロだねぇ暗黒騎士…ヒヒヒ」

令嬢「む」

嫌味幹部3人組がやってきた。あぁ、これは面倒臭い。

悪魔「そんな小娘の為に俺を痛めつけてくれたからな、いい気味だ」

猫将軍「仕方あるまい、暗黒騎士はその貧相な小娘に相当入れ込んでいるからな」

呪術師「ヒヒ、あんな麗しい婚約者がいながら敵に抱かれるとは、いい趣味をしているヒヒヒヒヒ」

令嬢「…」

昨日は呪術師が人質に取られた時言い争いまでしていたというのに、すっかり仲直りしたようで。
こいつらの誰か1人でも、王子に討たれてしまえば良かったのに。

魔姫「貴方達!」

令嬢「!」

魔姫が嫌味幹部3人組に向かって一歩踏み出す。すると彼らは驚いた顔をした。

魔姫「魔王軍幹部ともあろう者が、ネチネチ嫌味言ってるんじゃないわよ!何がしたいの貴方達、昨日みっともない所を見せた腹いせ?」

悪魔「あ、いえ…」

3人とも魔姫に怒鳴られ、たじろいでいる。流石に魔王の娘には弱いのか。

魔姫「それと、この子の悪口を言うのは禁止よ」グイッ

令嬢「えっ」

魔姫に引き寄せられ、豊満な胸が当たる…ってのはどうでもいいとして

魔姫「彼女は、私の友人なのだからね!」

令嬢「………はい?」

その言葉で、そこにいた魔王軍幹部は5人とも変顔を見せた。

夜の更新は未定。
前作の完璧超人暗黒騎士も、今作の不憫な暗黒騎士もどっちも好きです。

それから今日1日は激動の日だった。


魔姫「令嬢~、お昼ご一緒して下さる?」

令嬢「いいですよ」



魔姫「ねぇ、このドレス着てみて!きっと似合うわ!」

令嬢「胸の所が余りますね」



魔姫「お風呂行くわよ!洗いっこしましょう!」

令嬢「また胸の格差を見せつけるつもりですか」





令嬢「…ずっと振り回されて疲れた」

暗黒騎士「魔姫様は人との距離感が掴めていないんだろうな」

翼人「ずっと友達がいなかったので、わからないんだろう」

令嬢「あ、そうですか。私も友達いなかったので、もしかしてあれが普通なのかと」

暗黒騎士「…」

令嬢「何ですかその哀れみの目は」

翼人「ははは、でもそれなら丁度いいじゃないか。女同士仲良くな」

魔姫「令嬢~、いる~?」バァン

令嬢「また来た」

翼人「魔姫様、もうそろそろ寝る時間ですよ。明日にしましょう」

魔姫「あら翼人も来てたの。寝る前にお酒の相手でもしてもらおうかと思っていたのよ」

令嬢「私、飲めないです」

魔姫「そうなの。一人酒も寂しいわねぇ」

翼人「それなら私が付き合いますよ」

魔姫「あんたと~?あぁいいわ、それじゃあ翼人族の面白い話でも聞かせてよ」

翼人「はい。それじゃあな暗黒騎士、奥方」

2人が出て行った。ほっとした。

暗黒騎士「翼人、酒弱いんだがな」

令嬢「あら。それなのにお酒の相手なんてできるんですか」

暗黒騎士「精一杯平気な素振りをするだろうな、魔姫と一緒なら」

令嬢「…?」

暗黒騎士「お前…本当にその手の話には疎いな」

令嬢「何がですか?」

暗黒騎士「いや、まぁいい…。それよりもう寝るからな」

令嬢「???」

>翌日

翼人「ちょっといいか」

令嬢「あら、いらっしゃい」

暗黒騎士を見送った後、翼人が訪ねてきた。部屋の掃除をしていた従者がぎょっとしていたが、構わず招き入れる。

翼人「魔姫様の件で話がある」

令嬢「魔姫さんの?」

翼人「あの方は…君とは大分価値観が違う。もし魔王様が討たれたとしても、その相手を恨まずに賞賛するような方だ。だから、何も気にしないで君と接することができるんだ」

令嬢「…」

魔姫の父は、私の父を討った。魔姫はそれを知らず私に寄ってきているのかと思ったが、そういう価値観なのか。

令嬢「魔姫さんを恨む感情はありませんよ。彼女は父の件と何も関係がありませんから」

翼人「それなら良かった。…昨晩、酒を飲みながら魔姫様に話したんだ。君は魔王様に恨みを抱いているだろうと」

令嬢「それで、反応は?」

翼人「とても気にされていた。俺としては慎重に言葉を選んだつもりだったが、どうも上手くいかなくてな」

翼人は気まずい顔をした。まぁ仕方ない、こういう話は難しいと思う。

翼人「それでも、君が気にしないというなら、魔姫様と――」

その時、ドアがトントンと控えめにノックされた。
どうぞ、と声をかけると、魔姫がゆっくり静かにドアを開けた。

魔姫「お、おはよう…」

令嬢「おはようございます。入っては如何ですか」

魔姫「えぇ、失礼するわ…」

縮こまっている魔姫に、居心地悪そうにしている翼人。これでは私が悪者みたいではないか、全く。

令嬢「…魔姫さん、今日時間ありますか?」

魔姫「えぇ。あるけれど」

令嬢「それじゃあ、今日はお茶を飲みながらお話しませんか?」

魔姫「!」

魔姫の顔が、途端にぱぁっと明るくなった。

魔姫「えぇ、じゃあお薦めのお茶とお菓子を用意しておくわ!また後でね!」スタタタ

令嬢「…わかりやすくて可愛い人ですね」

翼人「あぁ。…有難う」

令嬢「え?」

翼人「感謝する。魔姫様を受け入れてくれて」

何故、彼が感謝するのだろう。まぁいいか。

従者「お嬢様…」

翼人が出て行った後、ずっと様子を見ていた従者が心配そうな顔をして声をかけてきた。

令嬢「今日はお茶してくるわ。…ん?同年代の女の子ってどんな話が好きなのかしら」

従者「…お嬢様、あまり魔王の娘に心を許さぬように」

令嬢「え?」

従者「貴方は、彼女の父親を討つのですよ」

令嬢「…えぇ、そうね」

例え魔姫がそんなこと気にしない価値観の持ち主だとしても、私はそうじゃない。だから、ずっと友達のままではいられない。

令嬢「何も心配しないで従者、わかっているから」

そう答えたが、従者はずっと心配そうな顔をしていた。

翼人「お前の奥方は笑顔が魅力的な方だな」

暗黒騎士「!?見たのか、あいつの笑顔!」

翼人「あぁ、魔姫様と話している時少しだけ…」

暗黒騎士「…俺はまだあいつの笑顔を引き出せん」

翼人「そうか。まだ緊張しているのかな」

暗黒騎士「…どうだろうな」

翼人(あーあ暗黒騎士の奴かなり気にしているな。あの奥方を笑わせる方法か…そうだ)

翼人「暗黒騎士、ちょっと次の仕事俺と代わってくれないか」

暗黒騎士「ん?何だ」

翼人「中央国への視察だ。俺よりお前の方が人間達に紛れることができて、適任だ」

暗黒騎士「視察か…まぁいいだろう。たまには遠くへ足を伸ばすか」

翼人「ついでに奥方も連れて行ってやれ…気分転換が必要だろう」

暗黒騎士「そうだな…人間の住む所に連れてってやるか」

翼人「上手くやれよ」ニヤ

暗黒騎士「!!お、お前何を想像して…」

翼人「おっとー、急がないと。それじゃあなー」

暗黒騎士「くっ…!し、しかしあいつと2人で外出か…。あいつは、喜ぶのか…」

>それで中央国

令嬢「久しぶりの街歩きです」

暗黒騎士「俺から離れるなよ」

令嬢「ところで、これで視察になるんですか?ただの商店街ですよ、ここ」

暗黒騎士「まぁ…気にするな」

何を視察するのかはわからないが、きっと何かの情報が得られるのだろう。
人ごみは昔から苦手だけれど、せっかくなので紛れてみることにした。

暗黒騎士「…何か欲しいものはないか」

令嬢「欲しいもの…ですか」

周りを見ると衣装屋やアクセサリー屋やらが立ち並んでいる。確かに女性が好きそうな店だ。

令嬢「魔姫さんに何かお土産でも買いましょうかね」

暗黒騎士「…お前のは?」

令嬢「うーん…私、お洒落には疎くて」

暗黒騎士「それにしては普段いい身なりをしているが…」

令嬢「それは身だしなみです。身につけるものによって人から得られる印象は違いますから、だらしなくはできません」

暗黒騎士「そうなのか…だけど着たいものはあるんじゃないのか」

令嬢「よくわからないですね。自分に似合わないものを選んでしまうかもしれないし」

ずっと使用人が選んだものを身に付けてきた。高潔なイメージを持たれるように、という父の方針で。
人が選んだ動きやすいドレスや控えめなアクセサリーを身につけてはいるが、私自身は女らしいことに無頓着なズボラ人間だ。

令嬢「…少し、人に酔ってきました」

暗黒騎士「そうか。じゃあ商店街を外れるか」

暗黒騎士「…すまんな、楽しくなかったか」

令嬢「え?」

人の群れから出て一休みしている時に、暗黒騎士が急にそんなことを言い出した。

暗黒騎士「いや…魔王城で待っていた方が良かったかとな」

令嬢「いえ。いい気分転換になりましたよ」

暗黒騎士「そうか。…そうだろうな、魔王城は居心地が悪いだろう」

令嬢「最初よりは慣れてきましたよ。従者もいるし、魔姫さんや翼人も割と好意的でいて下さいますし」

暗黒騎士「…俺は?」

令嬢「え?」

暗黒騎士「いや、何でもない」

令嬢「それに居心地悪いなんて言っていられませんよ。魔王を討たなければならないんですから」

暗黒騎士「…あぁ」

もしかしたら今日、逃げるチャンスはあるかもしれない。それでも私は魔王城に戻るだろう。
父の仇を討つのには、現在の状態がベストだ。

暗黒騎士「…魔王を討てば、お前は」

令嬢「はい?」

暗黒騎士「お前は――元の生活に戻るのか」

令嬢「…どうでしょうね。父がいなくなったので、元通りにはならないでしょうけれど」

暗黒騎士「お…俺が聞きたいのは、そういう事じゃなくてな」

令嬢「え?」

何だろう。暗黒騎士から緊張感が伝わってくる。彼の心臓音まで聞こえてきそうだ。

暗黒騎士「お前は、俺の元から――」

その時。

?「令嬢様…?」

暗黒騎士「!」

令嬢「あ…」

名前を呼ばれて、振り返ると。

王子「やはり、令嬢様ですね…」

お忍びの格好をした、王子がそこにいた。

王子「…君は、この間見たね。令嬢様を連れて、今日は何をしているのかな?」

王子は温和な笑みを浮かべながらも、どこか緊張感を醸し出して暗黒騎士に尋ねた。
暗黒騎士も負けずに、無表情に王子を睨む。

暗黒騎士「暴れに来たわけではない…剣を合わせようというのなら、相手するがな」

王子「それなら場所を変える必要があるね。…令嬢様を返して頂こうか」

令嬢「待って」

2人の間を割って入る。殺し合いになる前に、王子に説明する必要がある。

令嬢「王子様。私はまだ魔王を討つ為に、戻るわけにはいかないのです」

王子「…?どういう事ですかね」

王子に今までの経緯と、これからの指針を話した。説明を聞いて王子は暗黒騎士のことを訝しげに見たが、さっきよりは雰囲気が温和になった。

王子「つまり、彼の助力を得て魔王を討つと…。確かに、彼の妻として潜んでいる方が確実ですね」

令嬢「でしょう」

王子は光の剣を知っている。だから魔王を討てるのは私しかいないことも分かっている。

王子「本当は貴方に危険な事はして欲しくありませんが、貴方は頑固ですからね」

令嬢「えぇ。私は勇者ですよ、私がやらずにどうするんですか」

王子「わかりました。…魔王城で、お辛い目に遭ってはいないでしょうか」

令嬢「特に何も。魔王の娘が私に好意的でいて下さるので、大分居心地も悪くなくなりました」

王子「そうですか」

王子は安心したように笑う。そして。

王子「令嬢様」

令嬢「!」

私を、力強く抱きしめた。

王子「僕は、無力な自分が恨めしい。ですが貴方の選んだ道だというなら、僕は貴方のご武運を祈っております――」

令嬢「…えぇ」

綺麗な言葉、私を思いやる腕。彼に心を打たれたわけではないが、私は将来の夫になる彼に身を委ねていた。側にいる暗黒騎士が、どんな目でその様子を見ていたかも考えずに――

王子が去った後、暗黒騎士は何も言わなかった。互いに無言のまま、並んで歩く。
私は気まずいと思ってはいないが、彼はどうなのだろう。さっきまでとは、様子が違って見えるけれど。

令嬢「貴方も思うところがあるのですか?」

暗黒騎士「は?」

暗黒騎士が驚く。質問がストレートすぎただろうか。言葉選びは本当に難しい。

令嬢「少なくとも貴方と王子様が戦うことは無いでしょうね」

暗黒騎士「…だが王子もただお前を待っているわけではないだろうな」

令嬢「でしょうね、魔王を討てないなりにも何かする方です」

暗黒騎士「将来の夫のことは理解しているか」

令嬢「そこまで理解していませんよ。そんなに深い仲ではありませんし」

暗黒騎士「え!?」

令嬢「どうしました?」

暗黒騎士「でもお前達…婚約しているんじゃ」

令嬢「家同士が決めたことですよ。王家に勇者一族の血が交わるようにと。長年勇者一族にも王家にも男児しか生まれなかったので、なかなか実現できませんでしたが」

暗黒騎士「でも、嫌じゃないんだろう」

令嬢「小さい頃から決められてた事ですからね。王子は誠実な方なので私を思いやって下さいますが、愛があるわけじゃ…」

暗黒騎士「!!そうか」

令嬢「何で笑うんですか。…どうせ私は男性に愛される女じゃありませんけど」

暗黒騎士「ち違う!で…お前から王子に対しては」

令嬢「…どうなんでしょうね」

今まで人々の期待を裏切ることなく、流されるまま生きてきた。それなのに自分の気持ちがどうだとか、そんなこと聞かれても。

令嬢「自分の意思なんて関係ないんですよ、私には」

暗黒騎士「…そうか」

暗黒騎士「自分の意思も、身につけるものへのこだわりも無いか」

令嬢「そうですね」

暗黒騎士「…ちょっと待ってろ」

彼はそう言うと商店街の方へと歩いて行った。
この置き去り状態、私が逃げ出したらどうするのだろうか。…隠れて見てみたい気もするけど、悪質すぎるのでやめておくか。
少しすると、暗黒騎士が戻ってきた。何だろう、顔が赤いけれど。

令嬢「お帰りなさい」

暗黒騎士「…これ」

令嬢「え?」

暗黒騎士は無骨な態度で私に小さな箱を差し出した。

令嬢「何か買ったんですか?」

暗黒騎士「…いいから開けろ」

令嬢「はいはい。…あら」

箱を開けると、小さな宝石のペンダントが入っていた。どう見ても女物。…ということは?

令嬢「…私に、ですか」

暗黒騎士「あぁ」

暗黒騎士は視線を私から逸らす。そして、いつになく声を震わせながら言った。

暗黒騎士「お、お前が特に身につけるものにこだわりが無いなら…俺が選んだものをつけろ」

令嬢「…はい?」

暗黒騎士「お、お、俺は…」

暗黒騎士はゴクリと唾を飲み込み、やがて決心したように私の方を見た。

暗黒騎士「それを身につけたお前を、見たい…」

令嬢「…」

どうしよう。暗黒騎士の顔が今、物凄く面白いことになっている。
いや、でも笑えない。そんな台詞を言われて笑える人間がいるか。

いや――笑わないと、駄目なのか。

令嬢「ありがとう」

思えば彼に笑顔を向けたことはなかったかもしれない。彼も魔王の一味、油断してはならない相手。
それでも、今この時だけは――

令嬢「絶対に、大切にしますね」

心を許しても、いいと思った。

明日は更新できないかもしれないです。

勇者「もう勇者なんてやめたい」を書き終わってから、主役カップルにやらせたいな~って思ったイチャイチャをこの2人でやってもらっていたりします。
キャラが別人なので、あの2人でやらせたらまた違う展開になるんでしょうがねぇ。

>魔王城

魔姫「~♪」

翼人「魔姫様。その髪飾り、初めて見ますね」

魔姫「あら気がついた?令嬢がお土産にくれたの。どう?」

翼人「いつもの装飾品に比べると控えめですが、雰囲気が変わっていいと思いますよ」

魔姫「そうそう、装飾品1つで雰囲気ガラッと変わるのよね。あの子も珍しく可愛らしいペンダントしてたわ~」

翼人「暗黒騎士の奥方が、ですか――」

魔姫「私の勘では、あれは暗黒騎士からのプレゼントね…ふふふ、やるじゃな~い」

翼人「おぉ~…やりましたね」

魔姫「私も今度人間の街に行ってお買い物したいわ。だから、連れていって頂戴」

翼人「…私が?」

魔姫「仕方ないでしょ!貴方しかいないの、わかった!?」

翼人「えぇ、喜んで」



翼人(暗黒騎士は上手くやったのかな…ふ、あいつ不器用だしなぁ)

翼人(俺も、頑張らないとな――)

その時だった。

翼人「――――ッ」

何だ?この血しぶき…俺のか?
痛みは遅れてやってくる。脇腹だ。
だけどどうして?奇襲?敵の姿は――

?「悪いが――」

翼人「!?」

声に反応し振り返る。
だけど、遅かった。

その場に思い切り転倒する。足をやられ、バランスを崩した。

足音はゆっくり近づいてくる。
そしてそいつは、翼人に刃を振り下ろす。


魔姫様――――



彼が最後に思ったのは、想いを寄せる相手の事だった。

令嬢「――――え」

朝起きて最初に、それを聞かされた。

暗黒騎士「昨晩、翼人が廊下で殺されていたのが見つかった…」

昨晩は外出疲れで早めに寝ていた。だがその間に、そんな事があったなんて。
暗黒騎士は平静を装っているが、顔が少々青ざめている。私もショックでないといえば嘘になる。翼人は敵とはいえ数少ない、私に好意的な人だった。

令嬢「誰が、彼をやったんですか」

暗黒騎士「それがわかっていない。犯人の痕跡が残っていないそうだ」

魔王軍幹部である彼を殺し、痕跡を残さず立ち去る事ができる者とは――

暗黒騎士「他の幹部はお前を疑っている。あまり部屋の外には――」

令嬢「…少し出かけます。すぐ戻りますから」

暗黒騎士の静止を聞かず、私は部屋を飛び出る。
翼人が殺された場所は聞かなかったが、魔物達の騒ぎの声がする方向に――いや、直感で足を進めた。
案の定、そこでは捜査が始まっており、人だかりもできていた。彼らの噂話が耳に入る。翼人はここで殺されていたそうだ、と。

魔姫「どうして…」

令嬢「!」

聞きなれた声に、私はすぐに振り返った。
魔姫が泣いている。崩れ落ちそうになっている体を、配下の者に支えられながら。

魔姫は私に気付くと、フラフラしながら近づいてきた。

――動揺を、悟られないだろうか。

魔姫「ねぇ…令嬢」

令嬢「…魔姫さん」

魔姫「大事な人を失うのって、こんな気持ちだったのね――」

令嬢「――!」

彼女の痛々しい声が、私の心に突き刺さった。

魔姫「翼人は口うるさかったけれど、いつも私を気にかけてくれていた…。昨晩も一緒に会話したのに、どうして…」

令嬢「魔姫…さん…」

魔姫「貴方も、こんな気持ちだったのよね…ごめんなさい」

令嬢「違う…貴方のせいじゃ」

魔姫「翼人がいなくなって私、辛くて苦しいの!犯人が憎くてたまらない!貴方もそうだったのよね、私わからなかった!」

魔姫が私を抱きしめる。痛みに耐えながら、私の痛みを包み込むように。
痛い。苦しい。彼女の気持ちが、私を締め付ける。


その後は頭が真っ白で、どうやって彼女と別れたかも覚えていない。だけど私は確信を持って歩を進めていた。



令嬢「貴方が――」

彼を見つけた時、私の口から自然に言葉が出ていた。

令嬢「貴方が翼人を殺したのね――従者」

従者「…」


従者は無表情のまま、肯定も否定もしなかった。

令嬢『…で、あそこなんて潜むのに最適だと思わない?』

従者『おー、いいですね。俺ならあそこから10メートルは跳躍できますよ!』



令嬢「…以前、そんな会話をしたわね。翼人が殺されたのは、丁度その場所だった。答えなさい従者、貴方でしょう」

従者「…そうですよ」

従者は真っ直ぐ私を見て答えた。その様子に、後ろめたさは感じられない。

令嬢「どうして勝手なことを!」

私は感情を隠すことなく従者に詰め寄った。声は自然に怒り口調になる。

従者「お嬢様が――」

従者は震えていた。

令嬢「え…?」

従者「お嬢様が戻ってこなくなる気がして、怖かった」

怖かった?戻ってこなくなる?何を言っている?

従者「お嬢様は魔王を討つんです!俺が殺した幹部も、お嬢様の敵なんですよ!」

令嬢「そんなことはわかって…」

従者「いいえ、貴方は彼が死んだことに心を痛めている!」

令嬢「――」

何も言い返せなかった。
自分に好意的だった翼人への敵意はほとんど無くなっていた。むしろ、私自身好意的な感情を抱いていたかもしれない。
魔姫の悲しむ様子を見て、私は心を痛めた。これから彼女の父親を討とう、というのに。

従者「お嬢様が本当に暗黒騎士のものに…こっちに戻ってこなくなるんじゃないかって、不安で…」

令嬢「…」

自分の愚かさを痛感する。従者にこんな心配をかけてしまうとは――

私は甘えていた。敵だらけの状況の中、少しでも好意的にしてくれる者に対し、心を許しかけていた。
だけれど、それじゃあ駄目だ。心を厳重に武装すると決意したのは、私自身ではないか。

令嬢「…ごめんね従者。大丈夫だから」

私は従者の頭に手をやる。彼を安心させてやらねばならない。
ふと、昨日の暗黒騎士の顔が頭に浮かんだ。私が笑いかけた時の彼の戸惑った顔を思いだし、心が痛んだ。
だけど、それが甘え。甘えは許されない。心の痛みは無視し、暗黒騎士の事も頭から振り払った。

令嬢「もう、誰にも心は許さないから」

従者はまだ震えていた。それは何を思ってか。今は彼の気持ちがわからなかった。

夜の更新は未定。
暗黒騎士と令嬢をイチャイチャさせすぎても話が進まないので我慢していますが、イチャイチャ成分に飢えております。

暗黒騎士はまだ部屋にいるのか。あんな事が起こって、幹部の彼が自室待機でいるとは思えない。
だけれど戻る気になれなかった。あそこは暗黒騎士をよく思い出させる場所。今はそこを避けたかった。

令嬢(私は、何がしたいんだろう――)

行くあてもなく城内を彷徨う。私に何も思い出させない、落ち着ける場所を探して。

猫男爵「おい、止まれ。怪しいな」

だけれど、そんな場所存在しなかった。

呪術師「ヒヒヒ…1人で何をしているんだぁ?」

悪魔「泳がせておけば昨日の証拠隠滅でもしたんじゃないのか」

あぁ…そう言えば暗黒騎士が言っていた、他の幹部が私を疑っていると。
間違ってはいない。従者にあんな事をさせたのは、私だ。

令嬢「…何の用ですか」

悪魔「今日はいつも以上に仏頂面だな。何か後ろめたいことでもあったのか?」

猫男爵「翼人はお前に対し、油断していたしな」

令嬢「ご冗談を。魔王軍幹部ともあろう者が、私なんかにやられるわけないでしょう」

呪術師「あの王子を、この城に侵入させたんじゃないのか?」

令嬢(そうきたか…)

自然と3人が私を囲むような体勢になっていた。すり抜けて逃げることは簡単だ。だけどそれは、後ろめたい気持ちを認めるようで癪だ。この程度の事で、動じてはいけない。

令嬢「とにかく何も知りません。言いがかりなら根拠をもって……ッ!」

バランスを崩しよろける。悪魔が私の足を蹴飛ばしていた。

悪魔「調子に乗るな」

悪魔の顔は、明らかに苛ついていた。

悪魔「昨晩は俺も猫男爵も呪術師も城外にいた。外からの侵入者ならば、城内の翼人よりも俺達の方が狙いやすい。なのに翼人が狙われたのは、奴を殺したのが城内の者で、奴の油断を誘える相手だからだ」

令嬢「…私以外にも該当者は沢山いると思いますが」

猫男爵「1番怪しいのはお前だ」

呪術師「そうだ、この捕虜が!」

今度は呪術師が私の背中を押し、私はそこに膝をついた。
流石に身の危険を感じる。魔姫の後ろ盾がある私に手は出さないだろうと油断していたが――

呪術師「いい加減にしろよぉ…俺の技は拷問だってできるんだぞヒヒヒ」

令嬢「…!!」

呪術師が手に魔力を帯びて私に少しずつ寄ってくる。
拷問されたらまずい。従者のことを話してしまうかもしれない。そうすれば従者は間違いなく打ち首になる。
いや、そもそも彼の目的は本当に私から証言を取ることではなく、私をいたぶることなのかもしれない。彼らは私のことが気に入らない。もし私が死んだとしても、3人で口裏を合わせれば何とでも言える。

何にしても、この状況は打破しないと。

少しずつ迫ってくる呪術師の醜い顔に、私は唾を飲み込み決意する。
彼が間合いに入ったら、光の剣で斬る。光の剣の存在がばれないよう、悪魔と猫男爵からは見えない角度で。
それで2人が逆上した時は仕方ない、戦おう。光の剣で斬られた相手は消える。何も証拠は残らない。
ぐっと拳を握り締め、構える。

呪術師「ヒヒヒ、震えているぞ小娘?」

令嬢「!」

怯えを悟られるとは不覚。それほど私は、甘えた生活に慣れきっていた。
戦わなければならない。生き残る道は、自分で切り開かなければならない。それが――

暗黒騎士「おい、何をやっている!!」

令嬢「!!」

悪魔「チッ」

呪術師が私の間合いに入ろうとした時、暗黒騎士が駆けつけた。
何とか危機は脱した。だけど私は暗黒騎士を見た瞬間、ほっとしてしまった。そんな心の甘えを感じ、私は自分に腹が立った。

暗黒騎士「こんな時に何をやっているんだお前達!こいつに手を出したら許さんぞ!」

猫男爵「フン…お前がきちんとそいつの監視をしていないからだ」

そう言うと、3人はぞろぞろその場から去っていった。流石に幹部同士の争いという大事は避けたかったのか。
ただ3人の背中を見送っていると、暗黒騎士が私に寄ってきた。

暗黒騎士「だから忠告しただろう!ほら、すりむいているじゃないか!それにお前、戦おうとしていただろう!どうして逃げるなり叫ぶなりしなかった!?」

だって、私は誰にも頼れないから。

令嬢「…ありがとうございました。でも大丈夫ですから」

暗黒騎士「…は?」

貴方に頼らなくても、自分の力で戦うから。

令嬢「部屋に戻るので――放っておいて下さい」

暗黒騎士「ちょっ、待っ――」

貴方といると、辛いだけだから――

暗黒騎士「おい!」

令嬢「!」

先回りして、今度は壁に追い詰められる。この壁ドン、私は好きじゃない。

暗黒騎士「おい…部屋を出た後、何があった?」

令嬢「何もありません」

暗黒騎士「そんなわけあるか、変だぞお前!」

令嬢「いつもと同じじゃないですか」

暗黒騎士「同じじゃない!何でそんなによそよそしいんだ!」

令嬢「…私達、そんな関係ですよ」

暗黒騎士「は…?」

心を許せる関係じゃない。私達は――

令嬢「魔王を討つ為に、手を組んでいるだけですよ」

暗黒騎士「―――っ」

令嬢「…」

どうしてか彼の顔を見れない。後ろめたいことなんてない。何も間違ってはいない。
それなのに、彼と目を合わせたくなくて――

暗黒騎士「…俺は」

少しの沈黙の後、暗黒騎士が声を発する。だけどその後何も言わない。
だけど私からも何も言えない。続きの言葉を、ただ待つ。

暗黒騎士「俺はお前を――」

やがて暗黒騎士は静かに、言葉を発し始めた。

暗黒騎士「ずっと、見てきた」

令嬢「―――え?」

予想外の言葉に私は戸惑う。

暗黒騎士「いつもいつも強がっていたお前が弱っていれば、俺にはすぐわかるんだよ」

令嬢「!!」

悟られていた?どうして?私の心の甘えが原因?それとも――

暗黒騎士「お前の俺に対する気持ちがそうだとしても、少なくとも今は」

暗黒騎士は私の頬に触れ、自分に向かせる。
彼を見たくはなかった。けれど抵抗もできなくて、気付けばその顔は正面にあった。

そして――

暗黒騎士「お前は俺の妻だ」

令嬢「――」

その目には、彼自身の気持ち、私への気持ち全てが込められていた。

従者「暗黒騎士さん!」

暗黒騎士「…っ!?何だ猿、今それ所じゃ」

従者「付近の森に王子の軍が潜んでいるとの事で、出動命令が出ました!」

暗黒騎士「クソ、あのキザ王子めこんな時に…!わかった、今すぐ行く!」

暗黒騎士は私から離れた。それから一言、

暗黒騎士「…俺が帰ってきた時は、出迎えろよ」

私に向かって、そう言った。
返事をする前に彼は駆けていく。そしてそこには、私と従者だけが取り残された。従者は去っていく暗黒騎士の背中を見送りながら、ほっとしたように一息ついた。

従者「…お嬢様?」

令嬢「…っ」

あまりの痛みに、私は立っていられなくなった。

従者「お嬢様!?どうされたのです!?」

痛くて、辛くて、私は感情のまま涙を流していた。私は弱くなった。お父様が死んだ時にも耐えたのに。

令嬢「私、私…」


私は、暗黒騎士を傷つけた。


令嬢「どうしてぇ…」

彼の気持ちが私の心を締め付ける。心を許さないと決めた。なのにどうして、こんなに苦しいのだろう。

令嬢「耐えられない…もう私、どうしていいかわからないぃ…」

従者「お嬢様……」

今日はここまで。
今朝バラエティの録画見てたら丁度有吉の猫男爵出てきてコーヒー吹きました。

仲間がやられた!→そういえば最近新参のやつがいるな→しかもそいつって敵の人間じゃねてか他に容疑者いなくね?
→とりあえず首はねとくか

くらいの短絡さで従者殺されそうなもんだけどな魔族なら

翼人の死を惜しむ声があって嬉しい。いや、主人公に好意的なキャラを殺すのは悲しいんですけれどね。

>>85
>しかもそいつって敵の人間じゃね
従者が敵側の人間(猿?)だということは知られておりません。
なので今の所令嬢に疑いがかかっています…まぁそれはそれで主人を危険な目に遭わせてんじゃねぇよ猿めって話になりますが。

魔姫「…」

普段は休ませている両翼を広げ、私は森の上空を飛んでいた。
泣きたい気持ちは存分にある。だけれどそれは一旦どこかに置いておく。
失ってから彼の大切さに気付いた愚かな私に、ずっと沈んでいる資格なんてない。

――見つけた

上空から見覚えのある顔を見つけ、私はそこに舞い降りた。

王子「――!」

翼を広げたお嬢さんが僕の前に降り立った。魔物――ということは、味方ではない。
兵達の緊張感が増す。相手はお嬢さんとはいえ、どんな力を持っているかはわからない。

魔姫「中央国王子、よね」

王子「えぇ」

魔姫「昨夜、城に侵入し幹部を討ったのは貴方?」

王子「おやおや」

知らぬ間に敵側では物騒なことが起こっていたものだ。しかも犯人は判明していないのだろう、だから魔王の敵である自分に疑いがかかったのだ。

王子「心当たりがないなぁ。証明する手段はないけど、とにかく僕じゃない」

魔姫「…そう」

それにしても魔王軍幹部の暗殺か。それで「城に侵入し」ということは城内で起こったことだ。誰にも気づかれずにそれをやれるのは外部の者ではなく、内部の者ではないだろうか。
魔王軍幹部が全員あの猫ちゃん位強いのだとすれば、それをできる者も限られてくる。その上、動機のある人物といえば――

王子(犯人は従者君かな)

感情のまま突っ走る傾向のある彼を思い浮かべた。令嬢様の仕業、もしくは共犯なら、光の剣で死体を消滅させるはず。

魔姫「だけど貴方が私達の敵であることは確かよね」

彼女は僕を信じていないようで、手に魔力を貯めている。
兵士が小声で、弓を射るかと尋ねる。だが僕はそれを制した。

王子「まぁ待ってよ」

僕は彼女になるべく、温和に、柔らかく、微笑んだ。

王子「令嬢様のご友人とは、戦えないな」

魔姫「―――え?」

王子「その髪飾り、貴方が身につけている他の装飾に比べて控えめだ。少なくとも貴方が選んで購入したものではない…令嬢様は装飾品には無頓着な方だったが、選ぶならそういう物を選ぶ」

魔姫「…」

王子「間違っているかな?」

魔姫「いいえ。私とあの子は友達で、これはあの子に貰った物。…貴方がそう言うなら、こちらも戦えないわね」

王子「良かった」

もし彼女を斬れば、きっと令嬢様は悲しんだだろう。

暗黒騎士「魔姫様…何でここに!?」

魔姫「暗黒騎士!」

あぁ、タイミング悪く来たものだ。僕が彼女と戦おうとしているように見えたのだろうか。

王子「…魔王軍幹部だね?」

暗黒騎士「あぁ…中央国王子よ、討伐命令により貴様を討つ」

何て面倒な三文芝居。だけれど第三者の目があるから、一応は演技をしないと。
それに彼は魔王を討つつもりだと言ってはいたが、こちらも100%信用しているわけではない。

王子「御託はいいや。行くよ!」

暗黒騎士「…!!」

剣を打ち合わせる。この手応え、彼は相当な実力者だとわかる。流石、魔王を討とうと決意しただけある。

暗黒騎士「…少し打ち合ったら撤退しろ。俺はお前を討つ気はない」

王子「うーん、兵たちの手前、すぐに逃げるわけにはいかないんだよねぇ。君が撤退してよ」

暗黒騎士「こちらにも魔姫様の目がある。そう簡単に撤退しては面子が潰れるんだよ」

王子「おやおや困ったねぇ」

小声で会話しながらも、鋭い剣を打ち合う。殺し合う気は無かったが、互いに一歩も譲らない。双方共プライドが高くて困ったものだ。
やれやれ仕方ない、ここは僕が譲ってあげよう。

打ち合いの最中、僕は後方へ跳んだ。

王子「全員撤退。幹部が殺された後だ、殺気立った魔物達が集まってくる予感がする」

兵士達は僕の言葉に従い撤退を始める。我ながら、いい口実を思いついたものだ。
全員撤退するまで、僕は暗黒騎士と睨み合う必要がある。僕は最後に馬に飛び乗って逃げればいい。
少人数で来て良かった。撤退はすぐにでも終わりそう…

「王子ぃ!」

王子「!?」

遠くから声がした。
そこにいたのは――

私は2人の睨み合いの緊張で、声への反応が遅れていた。

王子「…従者君?」

魔姫「え…!?」

最近、暗黒騎士の部下になった従者だ。暗黒騎士の部下なのだから、ここにいるのはおかしいことではない。だけれど、従者が抱えているそれが問題だった。

魔姫「令嬢…!?」

従者が抱えていたのは令嬢だった。見た所、気を失っている様子だ。これは一体…!?

暗黒騎士「おい猿、どういう事だ…!?」

従者「王子…」

従者は暗黒騎士を無視し、王子に向かって言った。

従者「お嬢様を連れて帰って下さい!お願いします!」

王子「!」

暗黒騎士「何だと!?」

従者「魔王城に潜伏していなくても、魔王を討つ手段はあります!!これ以上お嬢様を魔王城に置いてはおけない!!」

魔姫(どういう事…!?)

従者が裏切った…!?いや、彼は元々侵入者として入り込んだ者。ということは元々王子側の者だったと?
だけれど魔王城に潜伏とは…?それに王子も、従者の行動に驚いているようにも見えるが…。

王子「…令嬢様はそれを望んでいないよ」

従者「しかし王子、このままではお嬢様の心は暗黒騎士のものになってしまいます!!」

王子「何だって…!」

暗黒騎士「おい猿、何を言っている!」

暗黒騎士が従者に詰め寄るが、従者は令嬢を地面に下ろすと、素早く小刀を取り出して暗黒騎士に飛びかかった。

従者「王子、今の内に早く!!」

従者は焦っている。王子はそんな彼を見て、戸惑いを隠せていなかった。
そんな時だった。

猫男爵「…これはどういう状況だ?」

呪術師「わからんなぁ」

悪魔「猿が、暴れている…?」

暗黒騎士「クソ、こんな時に…!!」

本当にそうだ。現状でも説明不足だというのに、彼らが来ては更なる混乱が予想された。

悪魔「何だ…猿の裏切りか暗黒騎士?」

暗黒騎士「………そうだ」

何か後ろめたいことがあるのだろうか、暗黒騎士は即答はしなかった。

呪術師「ヒヒヒ、それなら加勢しようか」

従者「…っ、逃げて下さい王子、早く!お嬢様を連れて!」

王子「く…っ」

流石にこの人数の幹部相手に戦うのは分が悪いと思ったのか、王子は令嬢を抱えた。しかし。

呪術師「逃がさんぞおぉ!」

王子「っ!」

呪術師の魔法が、令嬢を巻き込もうが関係あるまいと王子を狙う。王子は間一髪避けたが、このまま逃げるのは大変そうだ。

魔姫「ちょっと」

私は他の全員には聞こえないように、小声で王子に声をかける。

魔姫「私を人質にすれば彼ら、手は出せないわ」

王子「!?そ、そんな事」

魔姫「このままじゃその子も殺されるでしょ!決断なさい!」

王子「…くっ、失礼します!」

王子は言われるまま、背後から私を捕らえる。やはり、それで幹部達の動きは止まった。

暗黒騎士「くそ、待て!」

王子が令嬢と私を馬に乗せ、走る。途端、暗黒騎士が馬を追おうとした。
しかし彼の前に従者が立ちはだかる。

暗黒騎士「どけ猿!」

従者「暗黒騎士さん、全部バラしてもいいんですか?」

暗黒騎士「くっ、お前…!!」

その様子が遠ざかり、何の会話をしているのかは聞こえない。辛うじてわかるのは、従者が暗黒騎士の動揺を誘った事くらい。
だけど私は、その瞬間を見逃さなかった。


魔姫「あ――」


呟いたのとほぼ同時だった。




従者「――――っ!?」

悪魔「バカが…!」



悪魔の腕が、従者の胸を貫いたのは――



令嬢「あ…あ…」

魔姫「!?」

いつの間にか令嬢は目を覚ましていた。そして私が見たのと同じ光景を、直視していた。




令嬢「従者…従者、従者ああぁぁ―――ッ!!」


地面に倒れる従者を見ながら、令嬢は叫んだ。それは私が初めて見る、彼女の取り乱した姿。
だけれど馬はただ無慈悲に彼女から、それらの光景を遠ざけていくばかりだった。

従者「…」

幹部達が俺を見下ろしている。
トドメを刺すのだろうか?――どうせ、放っておいても俺は死ぬだろうけど。

暗黒騎士「猿、お前…」

他の幹部達が俺を嘲りの目を向ける中、暗黒騎士さんだけが憐れむような目をしていた。

あんたはお嬢様の恩人だし、あんたの事嫌いじゃなかった。だけれど、あんたがお嬢様の心を奪ったのは許せなかった。




暗黒騎士『お前は俺の妻だ』

令嬢『――』



あんなお嬢様の顔、俺は初めて見たんだ。
小さい頃から俺とお嬢様はずっと一緒だった。それなのに、俺はあんなお嬢様を知らなかった。

お嬢様にあんな顔をさせることができるあんたが、羨ましくて、憎かった――



――あぁ、そうか。相手が王子なら諦めがついていたんだ。あの人はお嬢様の心まで奪わないから。

俺は王子よりもお嬢様を知っていると、安心できていたんだ。


ずっと、この気持ちは秘めていた。


俺は、お嬢様のことがずっと―――――

今日はここまで。
きっと嘆く人がいないような気がするので、作者が嘆きます。

従者あああぁぁ!!!・゜・(ノД`)・゜・

キュンキュンして少女漫画読みたくなってきた。
作者さんは男女ss書けると思うよ。

>>96
×他の幹部達が俺を嘲りの目を向ける中、
○他の幹部達が俺に嘲りの目を向ける中、

>>101
少女漫画も男女ssあまり読んだことないですねぇ。
確かに今作は勇者ssとしては王道をめっちゃコースアウトしてますねwww

令嬢「…」

魔王城から連れ出されて丸一日経った。
とりあえず私は、中央国の王城で保護されている。
我が家が襲撃されて以来人間達はかなり動揺していたようで、私の帰還は国総出で祝われた。
昨日から色んなお偉方が私に挨拶に来られ、もうくたくただ。

魔姫「元気出しなさいよ、暗いわよ」

令嬢「…敵の捕虜になったというのに、魔姫さんはいつもと変わりありませんね」

魔姫さんは私や王子の願いで、捕虜とはいえ特に拘束されずにいる。とはいえここは敵地だ。

魔姫「貴方だってそうだったでしょ」

あぁ、彼女も私同様、かなりの強情っぱりですものね。そう思うと、思わず笑ってしまった。

魔姫「そうそう、そうやって笑っていなさいよ。貴方の笑った顔、とっても好きよ」

令嬢「魔姫さん…」

彼女には全て話した。従者が翼人を殺したことや、その理由。そして私が魔王を討つ為、暗黒騎士の妻になったことも。
昨日それを話した時の魔姫さんは複雑そうな顔をしていた。きっと翼人の死を引きずり、私や従者を恨むだろうと思った。だけど今日再会した彼女は、そんなこと顔にも出さず、相変わらず私と友好的にしてくれた。

従者のこと、許せないわよ――魔姫さんははっきりそう言った。その後で続けて、

魔姫「でも貴方は関係ない。それにもう従者は殺されてしまった。だからこの気持ちをどう消化するかは、私次第よ」

そう言った彼女の目には、前に進もうという決意が表れていた。

私はというと――従者の件が頭から離れない。目が覚めた時最初に見たのは、従者が殺される光景だった。
小さい頃からずっと一緒で、私の1番の味方だった従者。それがどうしてあんな事を――わからない。翼人を殺した辺りから、従者の行動がわからなくなっていた。

それに、頭から離れないのは従者の事だけではなかった。




暗黒騎士『お前は俺の妻だ』



もうここは魔王城ではない。だから私達は夫婦ではない。
私達の関係は今、何なのだろう――もう、ああやって、彼と過ごすことはないのだろうか。

令嬢(これじゃあいけない…私はまだ魔王を討ち取っていない)

魔姫さんと別れた後、訓練場へ足を伸ばした。今は丁度、誰もいない。
訓練場にあった剣を振る。駄目だ、こんな腕前じゃ魔王はおろか、幹部達とも戦えない。

令嬢(だけど光の剣なら――)

私にとって唯一の希望と言っていい技だった。
魔王城では暗黒騎士不在の時に、持続時間の維持を試みていた。あれなら――

令嬢「――――え」

王子「令嬢様…?」

令嬢「!」

それは王子に見られていた。何て悪いタイミングだ。

王子「令嬢様…今、光の剣が」

令嬢「…」

言い訳のしようがなく、私は茫然としながら、答えた。

令嬢「私の光の剣…小さくなった。前よりもずっと。どうして…?」

王子「…」

王子も答えられるわけがなく、ただ気まずいまま2人、しばらく何も言えなかった。

王子「父上――」

令嬢様の光の剣の件を父に伝える。
光の件の存在は勇者一族と、それに仕える一部の者しか知らなかったが、僕が令嬢様と婚約した時点で国王と僕も知る存在になっていた。

王「光の剣は本人の精神で強くも弱くもなるものだったな?」

王子「はい、では令嬢様は今弱っていると」

王「うむ…敵地から戻ったばかりだ、疲弊していてもおかしくはない」

本当にそうだろうか?以前再会した時の彼女は元気そうだったが――それともそれは気丈に振舞っていただけであって、本当はとても疲弊していたのか?それに昨日、従者君の事があったばかりだ。

王「魔王はいつ攻めてくるかわからんな。彼女の精神を安定させることが最優先か――王子よ」

王子「はい」

王「明日にでも、お前と勇者殿の婚儀を執り行おう」

王子「―――!?」

令嬢「え―――」

結婚の件を王子から聞かされた時、思考停止した。

王子「予定より早くなりましたが、こんな状態ですから…」

私も王子もどこか他人事。自分達の意思が関係ないのは、昔から同じ事。
これは元々決まっていた事だ。それが嫌だと思った事は無かった。それが人々の期待であり、家同士が決めたものだったのだから。

だけれど――

令嬢「もう少し…時間が欲しいです」

つい、そんな言葉が口から出た。

王子「そうですよね」

王子は追及しない。彼も、突然だと思っているのだろう。

王子「ですが父はもうその気になって、もう話を進めております。すみません、父も焦っているのです」

令嬢「で、ですが…」

王子「どうしても心の準備ができないようであれば、父に強く言っておきます。ですが令嬢様――」

王子はそう言うと私の手を握る。

王子「いつかは、その覚悟ができますでしょうか――?」

令嬢「…っ!」

私は王子の手を振り払った。つい咄嗟の行動で、自分でもどうしてそんな事をしたかわからない。
目の前の王子は驚く様子もなく、私の様子をじっと見つめていた。

令嬢「す、すみません…」

王子「いいえ」

令嬢「…すみません、王子。今日は休ませて下さい。お返事は…必ずしますから」

そう言うと私は逃げるようにその場から立ち去った。

どうしてか――王子に触れられた途端、嫌だと思った。前は、抱きしめられても嫌だとは思わなかったのに。

王子「…やっぱり」


従者『このままではお嬢様の心は暗黒騎士のものになってしまいます!!』


従者君が言っていたのはこの事か――
それにしてもこうはっきり拒絶されては、流石に傷ついてしまう。

魔姫「ちょっと」

王子「おや、魔姫様。…見ていらっしゃったんですか」

魔姫「バッチリ見てたわよ。あんた軽い男ね!レディーに軽々しく触れるものじゃないわ!」

王子「一応、僕と令嬢様は婚約しているのですが…」

魔姫「一応、ね…。ねぇ、聞いてもいい?」

王子「何でしょう」

魔姫「あんた、令嬢のこと愛してる?」

何てストレートな質問を…硬直していると、魔姫様は続けて言われた。

魔姫「愛しているわけじゃないのね」

王子「…わかりません」

僕は正直に答える。

令嬢様が生まれた時、僕は2歳。その時から決められていたのだ。兄が国を継ぎ、次男の僕は勇者一族の者と結ばれることを。
勇者の夫に相応しい武力を――それが僕に期待されたもの。僕はずっと、勇者の夫となる為の教育を受けてきた。王子とはいえ、僕も王族と勇者一族の婚儀という目的の為の駒に過ぎない。僕は、それに疑問を持たずに生きてきた。

令嬢様は素晴らしいお方だと思っている。だけれど…

王子「流されているだけなのかもしれないですね――僕も、彼女も」

令嬢「…」

何もする気が起きない。
自分で自分の事がわからない。どうして今まで受け入れていた事が、急に無理になったのか――

私は、弱くなった。



暗黒騎士『いつもいつも強がっていたお前が弱っていれば、俺にはすぐわかるんだよ』


どうして、彼の顔が浮かぶのだろう。


暗黒騎士『それを身につけたお前を、見たい…』


いつから、こんな気持ちになったのだろう。


何もわからない。ただ胸が痛い。
誰にも頼らないと決めたのに、1人で戦うと決めたのに、彼を思う気持ちが止まらなかった。

その時、部屋の扉がドンドンと乱暴に叩かれた。

兵士「勇者様!」

令嬢「はい!」

私は扉の向こうに返事をする。切羽詰っている様子に、何事かと私も緊張感を持つ。

兵士「魔物達が、攻めてきました!!」

令嬢「!」

今日はここまで。
魔姫様に癒されます。

人々は屋内に避難させ、兵士達を街の外に出動させる。
魔物達の群れだ――それは見たこともない程の軍勢だった。

魔姫「お父様の指示かしら…」

王子「…」

魔姫様を取り戻しに来たのであれば向こうに返すつもりで連れてきた。彼女を人質にする気は一切ない。

魔姫「あっ!」

魔姫様が声をあげる。その視線の先には――

王子「魔王!!」

魔王「…」

僕が遠目で魔王の姿を視認したと同時だった。魔王が手を高く掲げる。そして。

王子「――――!?」

ズドオォンと大きな轟音。魔王は躊躇なく、魔法を放ってきた。
咄嗟だったが僕は前に出て、魔法を切った。だが同時に、僕は信じられなかった。

魔姫「ど、どうして…!?」

魔姫様が狼狽えるのも無理はない。

魔姫様がいるのに、撃ってきた―――?

魔姫「どうして、お父様…!?」

魔王「―――今は人間達の希望を刈り取る好機」

そして魔王は、魔姫様に残酷な言葉を口にした。

魔王「その足手纏いとなるなら、我が娘でも切り捨てよう!!」

魔姫「え――――」

王子「何てことを…!!」

他人事ながら怒りが湧いてくる。そもそも魔王は、彼女がこちらの捕虜になっていたのに、構わず攻めてきた。その時点で、気付くべきだった。

駆けつけるのが遅れたが、私は魔王のその無慈悲な台詞を聞き逃しはしなかった。

令嬢「魔姫さん。私、魔王を討ちます」

魔姫「令嬢…」

魔姫さんの顔が悲痛に歪んでいる。彼女は魔王が討たれても悲しまない性格だと以前翼人が言っていた。それでも彼女は翼人の死で死への価値観が変わり、彼女なりに父親を愛していたのだ。
父親への愛情は、例え見捨てられたとしてもそう簡単に捨てられるものではない――だから、先に魔姫に言った。

魔王「よくぞノコノコ出てこれたな勇者よ」

令嬢「勇者だからよ」

それに――

令嬢「暗黒騎士はどこ!」

私は軍勢の中に彼の姿を探す。
猫男爵、呪術師、悪魔――幹部はすぐに見つかった。だけれど暗黒騎士がいない。彼ならまだ魔王側にいるはずだ。

魔王「魔王城にいた頃の夫のことは気になるか」

魔王は皮肉の笑みを浮かべる。
笑っていられるのは今の内だ。幹部最強の彼が裏切る事を、魔王はまだ予測できていない――

魔王「奴なら来ていない」

令嬢「え――!?」

そう言って魔王は私の足元に投げ捨てた――暗黒騎士の、壊れた兜を。

令嬢「こ、これは…」

魔王「殺してはいない」

想像することすら拒絶したその言葉を、魔王はすぐに否定した。

魔王「仕置きをしただけだ。暗黒騎士はお前を殺す事に対し、抗議してきたからな」

令嬢「仕置き…って…」

悪魔「仕置きは仕置きだ!」

3人の幹部達が一斉に飛びかかってきた。

王子「おっと!」

すかさず王子が間に入る。そして相変わらずの優雅な剣さばきで、3人を牽制した。
それと同時、兵士達が魔物の群れに押し寄せていく。頭数ではほぼ兵士側が勝っている。後は――

魔王「やはり、勇者と魔王の戦いになるか」

令嬢「…!」

暗黒騎士はいない。暗黒騎士に会えない――そんな事を、こんな状況でも思う。

令嬢「それなら、1人でも戦う…!」

ここで勝てば、また暗黒騎士に会うことが出来る。
だから私は、勝つ。

魔王「――!?」

光の剣を出した。それは今までにない位に大きくなっていた。
これなら、魔王を討てる――私は確信する。

魔王「流石勇者…妙な技を隠し持っていたのだな」

私は剣を構え、魔王に飛びかかる。
魔王は余裕の表情で、爪で剣を弾く。

魔王「!!」

光の剣に触れた爪はその場で溶けるように消滅した。
爪程度、魔王なら再生は可能だろう。しかし魔王の表情は歪む。

魔王「その剣は触れると危険なようだな」

そう言った魔王は魔力を纏う。そして貯めた魔力を、こちらに向かって放ってきた。
剣に触れぬよう警戒して私を討つつもりか――それは甘い考えだ。

令嬢「はっ!」

襲いかかる魔法を光の剣で斬る。光の剣が消すことができるのは、敵の体だけではない。

魔王「ほう…」

光の剣で消滅した魔法を見て、その手段も無駄だと悟ったようだ。
魔王は筋肉を肥大化させ始める。

魔王「強力な技を持っているようだが、当たらなければいいだけの事だ」

先ほど打ち消した爪はもう再生していた。
それ所か先ほどより肥大化し始め――

令嬢「…っ!」

容赦なく私に襲いかかった。今のは避けられた――だが、連続攻撃が次々と来る。
何とか避けながら、光の剣でその爪を打ち消す。そうしても今度はその拳が、攻撃を止めない。

令嬢「…っ!!」

魔王の拳が私の肩を打ち、私は後ろに吹っ飛んだ――が、すぐ着地し体勢を立て直す。

魔王「ははは、小娘にしてはやるじゃないか!」

令嬢「私は勇者よ」

挑発には乗らない。純粋な強さでは魔王の方が遥か上。だからせめて、気持ちでは負けない。

痛みは感じる。けれど私を鈍らせる程ではない。
この程度、あの時の心の痛みに比べれば何ともない。



暗黒騎士『お前は俺の妻だ』

令嬢『――』



私は彼を傷つけたままだ。ずっと私を見てくれた彼は、今はいない。彼に会いたい。その気持ちが私に力を与える。

令嬢「負けない…!!」

目の前の敵からの攻撃を的確にかわし、剣を振る。魔王も光の剣を警戒している様子が伺える。
私は立ち向かえる。魔王と戦う事ができる。そう確信する。

だけどそれは、1対1ならばの話で――


令嬢「…っあ!」

呪術師「ヒヒヒ、周囲が見えていなかったな…!!」

不意打ちの魔法に、私は吹っ飛ばされた。

王子「く…!」

幹部3人を相手にしている王子に、呪術師を止めることはできなかった。

今のは私の油断――結構ダメージを受けたけれど、まだ戦える。

魔王「相変わらず表情一つ変えんで、本当に強情な小娘だな」

令嬢「平気だから」

この程度の痛みに負けちゃいけない。
誰にも頼れない。
私は自分の力で戦う。

令嬢「勇者は、魔王を討つものだから」

魔王「その余裕ぶった態度をやめろおぉ!!」

いつの間にかまた再生していた爪が私に襲いかかる。
体は痛い、けれど戦う――私は構えていた。





「また、強がっているのか」



――――!?

「言っただろう?逃げるなり叫ぶなりしろ、と」


一閃、爪は弾け飛ぶ。それよりも――


「俺が守るから」



歓喜、興奮、感動――私の頭はそれで一杯だった。何故なら目の前に現れた彼は――


暗黒騎士「お前は俺の妻なんだから――な?」

令嬢「…はい!」


ボロボロの姿になりながらも、相変わらずその目で、私を見てくれていたのだから。

今日はここまで。
作者が1番興奮しています。

待ってたぜ暗黒騎士いいぃぃぃ!!

魔王「暗黒騎士…お前どういうつもりだ」

魔王も幹部達も、突然現れた彼の姿に驚きを見せる。
しかし彼は、ふてぶてしい態度を取った。

暗黒騎士「こいつに手ぇ出すなと言っただろ」

猫男爵「暗黒騎士!それは魔王様に対する背信行為…」

暗黒騎士「だとしたら!?」

そう言うと暗黒騎士は魔王に飛びかかる。魔王は爪を失った拳で剣を弾いた。それでも防ぎきれず、その拳は変な方向に曲がる。

悪魔「暗黒騎士、貴様…!魔王様、加勢しま…」

王子「君らの相手は僕だよ」

暗黒騎士に襲いかかろうとする幹部の前に王子が立ちはだかる。
魔王と暗黒騎士の攻防は1対1。仕置きのダメージが体に残っている暗黒騎士の方が不利か。

魔王「そうか裏切るか!その体でよく我に逆らうことができたな!!」

暗黒騎士「俺はもう昔の俺じゃない」

暗黒騎士はボロボロの姿でも、一歩も退かなかった。

暗黒騎士「殺されかけた相手に忠誠誓うような情けない俺は今日で終わりだ。俺は自分の意思に正直に、お前を倒す」

魔王「そうか暗黒騎士…ずっと我に復讐心を抱いていたのだな!だが思い上がるな!」

暗黒騎士「復讐心か…今は少し違うな」

魔王「まぁ何でもいい!我に逆らったことを後悔させてやろう!」

魔王は無傷の方の手で暗黒騎士に襲いかかるが――

令嬢「てりゃっ」

魔王「…っ!?」

乱入し、その腕を光の剣で斬った。斬られた腕は消滅し、これで両腕とも重傷。

魔王「くっ、この小娘が!」

魔王はすかさず魔法を私に向けて撃とうとした。

暗黒騎士「おっとぉ!」

令嬢「!」

だが、暗黒騎士がすぐに私を抱え、魔法をかわす。
遠目で見てもボロボロだった暗黒騎士は近くで見ると更に痛々しさが目立ち、よくこれで戦えるものだと感心する。

令嬢「もう大丈夫ですよ。下ろして下さい」

暗黒騎士「いや…ちょっと待て」

令嬢「…?どうしました」

暗黒騎士「あと5秒…今の俺には癒やしも必要でな」

令嬢「…馬鹿ですか」

彼も、それにときめく私も。

5秒経過し、暗黒騎士は私を下ろすと再び魔王に飛びかかっていった。心なしか、さっきより大分元気になった。
暗黒騎士は魔王の両腕を重点的に攻めている。これでは、再生の隙もない。

呪術師「くっ魔王様!」

令嬢「!」

さっきと同じく、呪術師が王子の隙をついてこちらを狙ってきていた。
しかし次の瞬間、呪術師の体は雷に討たれて吹っ飛んだ。雷を発したのは――

魔姫「…邪魔はさせないわよ」

令嬢「魔姫さん…」

魔姫さんは私と目が合うと、勝ち気に微笑んでみせた。

令嬢「加勢します!」

私は光の剣を構えて魔王の背後に回る。魔王は光の剣を恐れてか、翼を広げ高く跳躍――しようとして、暗黒騎士に片翼を切られる。
連続で光の剣が魔王の首を狙うが魔王は私の脇をすり抜け、即攻撃に転じ、私に魔法を撃つ。
やられる――そう思ったが、暗黒騎士にぐいっと肩を引っ張られ回避した。

暗黒騎士「お前はあまり前に出るな」

令嬢「そうはいきませんよ」

あぁこれは言い争いになりそうだ…と思ったが、魔王が両翼で攻撃してきた。
私はこれを回避――暗黒騎士はすぐに攻めに転じていた。

魔王「この為だったのか、暗黒騎士…!!あの日勇者の娘を欲しいと言ったのは、我を討つ為だったのか!!」

魔王は憎々しいといった口ぶりで言った。

暗黒騎士「そうだな」

打ち込む手をゆるめず、暗黒騎士は平然と答える。

暗黒騎士「勇者なら不死の魔王を倒せる――俺はそんな御伽噺を信じて、あいつを利用しようと考えた」

魔王「まさかお前に、そこまでの計算ができたとはな!!」

暗黒騎士「いや、計算はできなかった」

襲いかかってきた両翼を弾き、暗黒騎士は言った。

暗黒騎士「利用しようとしてできなくなった。今は、あいつを守る為に死んでもいい」

令嬢「本当に馬鹿ですね」

私は暗黒騎士に並ぶ。

令嬢「生きましょう、一緒に戦って」

暗黒騎士は一瞬私を咎めようとしたが、すぐにやめた。多分、押し問答で私に勝てないと判断したのだろう。
それでも彼の顔に不安は浮かんでいない。きっと、私を守ると決めているから。

魔王「くっ…暗黒騎士っ!!」

両腕も翼もボロボロになり、再生が追いつかない。
魔王の表情は苦渋に歪んでいた。

暗黒騎士「見苦しいぞ魔王!」

魔王「が…っ!!」

暗黒騎士の剣が、魔王の胸を切りつける。

暗黒騎士「お前は不死の肉体に慢心していた」

そう――だからかつて倒した相手である暗黒騎士に追い越された。
そして、死をもたらす光の剣を相当恐れていた。

魔王「く…!!我はこんな所で敗れん!!」

魔王の体中から、魔力が溢れる。

魔王「全力を賭けて、貴様らを殺す!!」

そして溢れ出した魔力は波のように、私達に迫ってきた。
これは逃げられない――暗黒騎士は私を庇うように前に出る。

令嬢「大丈夫」

だけど私は、暗黒騎士の更に前に出た。
そして光の剣を出し、迫ってくる魔力に対峙する。

令嬢「私が道を作りますから、貴方は魔王に――」

暗黒騎士「あぁ」

私を信じてくれている。この大役、失敗するわけにはいかない。

暗黒騎士「守るなんて言ったが、お前は俺なんかより凄いな」

令嬢「いいえ、違います」

光の剣は心で強くなる剣。ならば今の、この光の剣は――

令嬢「貴方のお陰で、強くなれましたから」

暗黒騎士に声が届いたかどうか――反応を確かめる暇はない。私は迫ってきた魔力を一刀両断に斬った。
それと同時、暗黒騎士が魔王に向かって駆けていく。

そして暗黒騎士の剣は、吸い込まれるように――

魔王「ガハァ…ッ!!」

魔王の胸に、深く突き刺さったのだった。

魔王が崩れる。胸の一撃は致命傷――普通の体なら。

魔王「おのれ…!!」

魔王は目の前の暗黒騎士に手を伸ばす。と同時に、一気に手が再生を始めた。他の部分の再生を諦め、手に集中したのだろう。

魔王「貴様だけでも道連れにしてくれる…!!」

肥大化した爪が暗黒騎士に迫り――

令嬢「本当に見苦しい」

そしてそれは、光の剣により消滅した。
魔王が悪あがきするだろうということは予測済み。だから暗黒騎士が駆けたと同時、私も魔王に迫っていた。

令嬢「終わりですよ」

魔王――私の誇りであった父の仇。人々に災厄をもたらそうとした、勇者の敵。
私は確かに貴方を恐れていた。心を厳重に武装して、恐怖心を誤魔化していた。私1人なら、絶対に勝てなかった。

――貴方がいたから、私は魔王を討てる。

暗黒騎士「行けーッ!」

共に戦ってくれた彼の声が私を後押しし――


光の剣は、魔王の首を断ち切った。

令嬢「…やっ…た…」

光の剣に命を断たれた魔王の肉体は消えていく。

悪魔「う、嘘だろ…魔王様が」

猫男爵「あの不死身の魔王様が…」

呪術師「ど、どどどうすればいいんだーッ!?」

魔物達は動揺するばかり。魔王が討たれた瞬間敵には敗北ムードが漂い、戦いが一斉に止まった。中にはそこから逃げ出す魔物もいた。

魔姫「…負けたのよ、魔王は」

動揺する魔物達に、魔姫さんが毅然とした態度で言った。

魔姫「魔王なき魔王軍には野望も目的も存在しない。敗軍は徹しなさい」

悪魔「は…はっ!」

彼女の言葉で魔物達が退散を始めた。それを追う者はいない。
魔物達は元々各々好き好きに活動していた者達。将を失った今は軍から個に戻り、敵ではなかった。

魔姫「…お父様は勇者との戦で敗れた。魔王の娘だもの…いつか、こうなる日が来ると思っていたわ」

そう言う魔姫さんの顔には、かつて翼人を失った時のような悲壮感は浮かんでいなかった。
あるのは相変わらずの、前に進もうという意思だった。

これで終わった。魔王との決戦も、父の仇討ちも――

そう思った瞬間、これまでの疲れがどっと押し寄せ、私の足はふらっとよろめく。

暗黒騎士「しっかりしろ、勇者」

よろめいた私を、暗黒騎士がすぐに支えてくれた。
私を支える暗黒騎士は――あぁ、私を心配してくれている顔だ。

令嬢「大丈夫よ…ちょっと疲れただけで」

暗黒騎士「あぁ…よくやったな」

彼は安心したように笑う。その笑顔を見た瞬間、私はある衝動に駆られた。

暗黒騎士「お、おい!?」

そしてその衝動のまま、暗黒騎士に飛びつく。突然のことに彼は慌てふためいていた。

魔姫「…ちょっと。人目を気にしなさいよ」

王子「ははは…」

周囲の兵たちの歓声も、その時の私の耳には入っていなかった。

王「勇者よ――」

令嬢「!」

兵士達が道を開け、国王がやってきた。
私はすぐに暗黒騎士から離れた。

王「よくぞやってくれた。お主は魔王を討った、人々の希望――正に勇者だ」

令嬢「…はい」

王「しかし…」

王は視線を、私の側にいる暗黒騎士に移す。一部始終見ていたのだろう、訝しげな目で彼を見た。

王「勇者よ、その男は一体…。人間から魔族に転生した者の特徴があるが…」

令嬢「…」

何と言えばいいのだろう。元魔王軍の幹部?魔王軍の裏切り者?魔王城での夫?――どうしよう、説明するとややこしい。

暗黒騎士「おい…俺から説明しても信用されないだろうから、何とか言ってくれ」

暗黒騎士が困ったように私をせっつくが、私は言葉を詰まらせる。
そんな様子を見て、王はますます訝しげな顔になった。

王「まぁ、いい」

いいのか。

王「ところで、王子との婚姻だが――」

令嬢「―――!!」

王「良ければ明日にでもだな…」

令嬢「…申し訳ありません、王様」

王「何?」

私は王に一礼すると、暗黒騎士にくるっと向き直った。そして。

令嬢「暗黒騎士…逃げますよ!」

暗黒騎士「え…はっ!?」

私は困惑する暗黒騎士の手を取り、そこから走り去る。
王は勿論、兵士達もざわついた。

王「な、何だ!?」

兵士「馬で追いますか!?」

王子「―――いや」

走り去る2人をその場で、僕達2人だけが冷静に見ていた。

王子「大丈夫ですよ、令嬢様なら待っていれば戻ってこられるでしょう」

魔姫「今は邪魔しちゃいけないわね」

王「ど、どういう事だ…!?」

王子「あれが、婚姻に対する返事ですよ」

僕の完敗だ。だけど悔しくない。

魔姫「ちゃんとキス位してから戻ってくるでしょうね」

王子「どうでしょうね、2人とも奥手そうですから」

魔姫様と顔を合わせてそんな話をした。
今はただ、魔王を倒したという達成感と、2人を祝福する気持ちで笑っていたかった。

しばらく走った。やがて人里離れた湖畔に辿りついた。
もう体力の限界だったのか、暗黒騎士はその場にへたり込んだ。

暗黒騎士「ゼェゼェ…お前な、怪我人に無理させるなよ」

令嬢「ふー、ふー…ふ、ふふふふっ」

暗黒騎士「ど、どうした」

令嬢「初めてなんです、ああやって問題行動起こしたの。今頃きっと皆あたふたしているわ」

暗黒騎士「あのな…いいのか、それで」

令嬢「貴方はどうしたいですか?」

暗黒騎士が硬直する。
何てわかりやすい人だ。こんなにわかりやすい人なのに、私は全然気付かなかったなんてね。

暗黒騎士「…しばらく、ここにいたい」

令嬢「えぇ、そうしましょう」

私は暗黒騎士の隣に腰を下ろした。
戻ればやる事は沢山ある。他国への挨拶回りや催事への参加、自分が当主となった家でのあれこれ…多分しばらくは忙しい日が続く。その日々に、いつも一緒にいた従者はもう着いてきてくれない。

令嬢「…今だけは忘れていたい、全部」

暗黒騎士「あぁ…そうしろ」

暗黒騎士は何も聞かず、頷いてくれた。
彼が許してくれるというなら忘れよう、今ここにいる、彼以外のことを。

令嬢「暗黒騎士」

暗黒騎士「!」

体を彼に寄せる。暗黒騎士はビクッと跳ねたが、抵抗しなかった。
言葉はなく、時が静かに流れる。

暗黒騎士「―――なぁ」

先に沈黙を破ったのは暗黒騎士だった。

暗黒騎士「王が言っていただろう…王子との婚姻は」

令嬢「…私はもう、貴方の妻ですよ」

暗黒騎士「そ、それは…」

それは魔王城での話だ――言葉はそう続くのだろう。
だけど私にはわかる。暗黒騎士はその先の言葉を、言いたくはないのだ。

令嬢「私は、貴方の妻ですよ」

今度は彼の目を見つめて言った。
彼は唇をぎゅっと結び、私から目を離さなかった。

暗黒騎士「…本当なんだな?」

その声色は掻き消えそうなくらい不安で一杯で、彼にしては弱々しい。

暗黒騎士「お前はずっと…俺の側にいてくれるんだな?」

あの時の目だ。彼の私への気持ちが全て込められた、あの時と同じ目。
だけどその目はあの時のように私を突き刺すことはなく――

令嬢「――はい」

初めて彼に満面の笑顔を向けた。今はその目も、紅潮する顔も、愛しく思える。

ゆっくり時間が流れる湖畔。私と彼は互いの存在を確かめ合うように、触れ合った。

今日はここまで。
残りほんの数レスですが力尽きたので、最終回は明日…。

暗黒騎士男前コメントでテンションだだ上がりでした。
コメントにあまり反応はしていませんが、乙コメント1つで作者のモチベーションはアップしていますぞ!

魔姫「…それじゃあ私は帰るわ」

兵たちの混乱が収まり、とりあえず現在国は令嬢の帰還待ち。
私はこれといってやることもないので、王子に挨拶し翼を広げた。

王子「魔姫様はこれからどうなさるのですか?」

魔姫「決まっているわ」

そう、決まっている。お父様の背中を見ながら抱いていた夢――

魔姫「私が次の魔王になるわ」

王子「お、おぉ」

王子はリアクションに困った様子で、地味に驚いていた。

魔姫「でも勇者と戦う気はないわよ。あの子は私の唯一の友達なんだからね」

王子「ですよね~」

魔姫「そうねぇ。私が魔王になった暁には人間達と和平条約でも結ばせてもらおうかしら。その時には是非宜しく頼むわよ」

王子「えぇ勿論」

きっと和平条約に、人間達はそう簡単に納得はしないだろう。
だけどこの王子が力になってくれれば、とても心強い。

魔姫「その前に魔物達に私が魔王と認めさせる必要があるわ。何年かかかりそう」

王子「はは。魔姫様、それまで僕は独身でお待ちしていますよ」

――――はい?

王子「魔王と王子の婚姻…和平を結ぶには効果的と思いませんか」

魔姫「え、ちょ…あ、あんたやっぱり軽い男ね!」

王子「いいえ。確かに僕はまだ愛を知りませんけれど…貴方のようにはっきりとしている女性、好きですよ」

魔姫「~っ…」

よくもこんな、下心なんてありませんという風なさわやかな笑顔でそんな事が言えるものだ。

魔姫「…まぁ考えておいてあげるわ。今は魔王になる事で頭が一杯なの」

――それに私には、まだ忘れられない人がいる。

魔姫「それじゃあ…またいつかお会いしましょう」

王子「はい――お元気で」

国に戻ってからしばらくは、案の定激動の日々が続いた。
勇者と懇意にしようというコミュニティが国内外問わず現れ、その対応に追われていた。面倒臭いから適当にしておきたがったが、家の対面を考えて接しなければならないので不本意でも愛想笑い位はしておかなければならない。
お父様、貴方もこんなに大変だったのですね――亡き父への想いは悲しみから同情に変わる。

しかし1番厄介だと思っていた問題は――

王子「婚約の取り消しが正式に決まりましたよ」

令嬢「思ったよりあっさりでしたね」

王子「いえいえ…皆を説得するのにとても苦労しましたよ」

令嬢「あらすみません」

いつも優雅な王子の笑顔が一瞬引きつったので、苦労したのだろう本当に。

王子「認められなくて駆け落ちされる方が国にとって打撃でしょうから」

令嬢「あら、読まれていましたか」

王子「…王家に勇者の血を――これは中央国の欲です」

王子は真面目な顔で言った。

王子「勇者は人々の希望となる絶対的な存在。その勇者の血が中央国王家に混じれば、人々も周辺国も中央国にますます頭が上がらなくなる。だから周辺国は、本音では僕達の婚約を苦々しく思っていたはずですよ」

令嬢「…難しい話はあまりしたくありませんわ」

王子「失礼」

難しい話――思えば自分の事なのにほとんど考えた事が無かった。以前の自分はそんなに意思が無かったのかと、今になっては恥ずかしい。

王子「これからは、どうぞご自分の幸せを考えて」

令嬢「えぇ。王子様もね」

そう言うと王子は苦笑した。互いに同じだったのだ――だけどその時の王子の笑顔は肩の荷が降りたような、そんな安心感に溢れていた。

魔王討伐の興奮も冷めた頃、また人々は平和な暮らしに浸かり始めた。


令嬢「…っ、も、もう、いいですって!」

魔姫「な~に言っているの。今日はうんと綺麗にならなくちゃ」


魔姫さんは魔王城に残った魔物達を束ね、人間との和平の為、魔王を目指している。
嫌味幹部3人組は相変わらずのようだが、魔姫さんの尻に敷かれっぱなしらしい。


令嬢「お化粧嫌い…」

魔姫「特別な日なんだから、我慢なさい」

令嬢「う~…」


人間と魔物の和平と共存――それは本当に実現可能なのか。


魔姫「あら?貴方のそのペンダント…」


今はまだ、わからない。


令嬢「…衣装と合わないかもしれませんが、これは絶対外せないんです。1番大事な物なので…」

魔姫「~っ…令嬢ったら可愛いんだから!早くその姿暗黒騎士に見せてあげなさい!!」

令嬢「ちょっ、押さないで下さい魔姫さん!」


だけれど今は


暗黒騎士「お、おぉ」

令嬢「…」

魔姫「…ちょっと、何とか言いなさいよ」

暗黒騎士「あ、その…えーとだな、お前、その…き、きれ、い…」

令嬢「…言わないで下さい」


この平和に浸ってよう。

王子「来賓の方々お待ちですよ。ささ、早く出て出て」

令嬢「ううぅ~…恥ずかしい、こんな格好で人前に出るなんて」

暗黒騎士「お、お俺だってなぁ~…」

魔姫「いいから出なさい」


魔姫さんに押されるように人前に出る。
そこには身分は関係なく、私達を祝福してくれる人達の笑顔が溢れていた。


「結婚おめでとうございます勇者様!」「勇者様お綺麗ですよ!」「勇者様万歳!」


2人ともこういう場は苦手だったが、周囲からの強い圧力により、こうして式を挙げることとなった。
恥ずかしさのあまり顔が熱い。心を強固に武装するしか…駄目だ、祝いの場でそれは。

神父の言葉通りに指輪交換。ガッチガチでちゃんとできているか不安。
落ち着いて、落ち着いて。よし、大丈夫――

神父「それでは誓いのキスを――」



これがあった―――――!!



暗黒騎士「…目瞑れ」

令嬢「え、あ―――」




―――――



歓声が上がる。拍手が送られる。私の熱は最高潮。

暗黒騎士「…今のが永遠の誓いだ」

発熱しそうな顔で暗黒騎士が言った。あぁ、多分気持ちは私と一緒。

令嬢「―――はい」



祝福の中、私達は本当の夫婦になった。
永遠を誓ったその日、これからの幸せを一緒に守っていこうと心に決めた。


fin

最後までお付き合い下さいありがとうございました。
今回の作品もコメントで元気を頂きながら楽しんで書き上げることができました。

まだHTML依頼出さないので、質問等ありましたらお気軽にどうぞ(´∀`)ノ


しばらく連作していましたが、今回ので色んなもん出し切ったので休みます。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年12月28日 (日) 20:14:58   ID: DTwAM158

面白かったです
メイン二人は勿論、魔姫と王子さまも幸せにって自然に願いました

2 :  SS好きの774さん   2015年01月06日 (火) 14:41:56   ID: 7fnW-3RH

とても面白かった

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