A:クレシェンドブルーが荒れる。
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(バシン!)
人が人をぶつ音を、わたしは初めて耳にしました。不安と恐怖を心に刻む嫌な音で、思わず目をつぶってしまいました。
志保 「あなたが居なければいいと言った……、父親をっ! 私や家族がどれだけ必要としているかわかっているの!?」
肩をわななかせた志保さんが、片頬を赤くさせた静香さんに叫びました。
室内にいたわたしも、茜さんも、麗花さんも。誰一人声を出せず、身体を硬くすることしかできませんでした。
静香 「現実を、知らないくせに……」
志保さんの荒い呼吸がレッスンルームの空気を震わせる音だけが部屋を支配していて、その沈黙を破ったのは静香さんの方でした。
静香 「父親がどんなものかを知らないくせに! 私にとって迷惑以外の何物でもない存在を勝手に美化して、勝手にあこがれないで!」
志保 「こ、の……っ!」
啖呵を切り返したリーダーの首元へ、志保さんが掴みかかろうとするのを目の当たりにしてしまって、たまらず顔を背けました。
志保さんを怒らせてしまったのはわたしなのに、わたしが止めに入らなくちゃいけないのに、膝がすくんでしまって動くことができません。
星梨花 (プロデューサーさん……助けてください……)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1416315089
@数週間前。
志保弟「お姉ちゃん今度のアイドルのおしごと、なにするの?」
志保 「プラチナスターライブっていう、ちょっと長めのお仕事でね、二ヶ月かけて百万人のお客さんに劇場に来てもらうっていうイベントなの」
弟 「ひゃくまんにん! すごいね! 東京ドームいっぱいになる?」
志保 「一度に来てくれたら東京ドーム10個じゃ足りないかも」
弟 「わー!」
志保 「もちろん、まだ私一人の力じゃ無理だけど……私たちの5人のユニットと、もうひとつのユニットが力を合わせて頑張るんだ」
弟 「10人でがんばるのって、テレビでやってる戦隊ヒーローみたい!」
志保 「ふふ、そうね」
弟 「お姉ちゃんはリーダーのレッドなの? あっ、でもお姉ちゃんの光の色は白だから、ホワイト?」
志保 「本当に戦隊ヒーローになるわけじゃないんだけどね。……リーダーは別の人がやるみたい。今度詳しく話聞いてくるね」
弟 「うん! 楽しみ! お姉ちゃんがトップアイドルになったら、お父さん戻ってきてくれるよね?」
志保 「……もちろん、そうよ。だからお姉ちゃん、頑張るね」
弟 「ボクも応援するー!」
@姉弟のやりとりと同時期。
静香父「いつまで芸能人の真似事を続けるつもりだ?」
静香 「……今の企画が終わるまでは口を挟まない約束だったでしょう」
父 「10人がかりで二ヶ月も遣って100万人集めるとかいうやつか? 達成したところで何にもならんだろう」
父 「例え客が100万集まったところで、10人で割ればひとりの取り分は10万人だろう。しかも延べ数だ。ユニークはいくつになる」
静香 「ファンの人の熱量はそんな単純なものじゃない。……アイドルのこと、何も知らないくせに」
父 「知らんな。人に知られるのが芸能人の仕事だろう。それができないのなら力不足以外のなにものでもない」
静香 「…………」
父 「……まったく、反抗的な目だな。女は家にいて家庭を守っていればそれでいいだろうに」
父 「次の企画とやらが失敗したら、芸能界から足を洗え。いいな」
静香 「……勝手に決めないで」
@合同練習開始後
静香 (プラチナスターライブが失敗に終わって、お父さんに認めてもらえなければ、私はアイドルを辞めさせられてしまう……)
星梨花 「――かさん、静香さん」
静香 「えっ、ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」
星梨花 「すみません、わたし、今日も帰らせて欲しくて……」
静香 「もうそんな時間……。じゃあみんな、今日は終わりにしましょう」
茜 「はーい、ねぇねぇ麗花ちゃん、昨日すっごい楽しそうな手品のパフォーマーの人見つけちゃったんだ、一緒に見に行かない?」
麗花 「わぁ、いいですね。行きましょー」
志保 「…………」
静香 (ライブを成功させるために、本当はレッスンを早く切り上げるなんてしたくはないのだけれど)
静香 (夜遅くの帰り道を心配している星梨花のお父様に二ヶ月毎日迎えに来てもらう……なんてことをさせるわけにもいかないし)
静香 (それぞれの家庭の事情に首を突っ込んではいけないのは、わたしが一番よく分っているはずだから)
静香 (一番年下の星梨花に気負いさせないためにも詳しい事情は伏せるべき……よね?)
志保 「最上さん、レッスン場の鍵、貸してくれる。残って練習していくから」
静香 「え、ええ。どうぞ」
静香 (星梨花の事情を知らない志保が機嫌を悪くするのは当然のこと。でも、みんなの前で家族の話題を出すよりはいいでしょう?)
志保 「なんなの、人の顔をじっと見つめて。さっきもレッスン中なのにぼうっとしていたみたいだし、やる気、ないの?」
静香 「決してそんなつもりじゃ……悪かったわ。ごめんなさい」
志保 「……さっさと帰りたくて夕方に切り上げてるんでしょう? だったら早く帰りなさいよ」
静香 「…………」
志保 「私の練習の邪魔までしないで」
静香 (全体レッスンにも顔を出してくれないプロデューサーはあてにならない。私がユニットをまとめないと)
@合同練習何回目かで茜ちゃんと麗花さんがはしゃいだあと。
志保 「マトモな人は一人もいないの!」
心からの発言だった。
人を混乱させて楽しむことしかしない人間、年上のくせに遊び半分でへらへらする人間、練習不足なのにいち早く帰宅しようとする人間。
5人組のユニットで過半数が不真面目ななか、せめてリーダーだけはマトモな人間だと思っていたのに。
彼女がレッスンを潰してまで提案してきた見せ物がこんなくだらない漫才モドキだった。
私の練習の邪魔をするな、前にはっきりそう告げたはずだったのに何も聞き入れてもらえていなかった。
前のユニットが成功させた100万人ライブを私たちが失敗すれば、どれだけのダメージがあるのか考えたりはしなかったのだろうか。
動員数100万という数字は先陣組がアメや炭酸で体力を回復させつつ夜遅くまで練習してようやく辿りつけた高みだ。
プロデューサーの支援もないなか、私たちができることは練習の量と密度を上げることしかないはずなのに、それすら阻害される。
耐えられるわけがなかった。みんなで力を合わせれば単純な足し算以上の力が得られるなんて、ウソだとしか思えなかった。
だったら一人で活動した方がマシだ。こんなユニット、最初からなかったことにしてしまったほうが何倍も。
@本来ならPSL2ストーリーの第六話の日
『クレシェンドブルーを辞めさせてもらいます』
そうプロデューサーさんに告げる予定だったのに、彼はメールの返事を寄越さなかった。
おかげさまで、時間がポッカリと空いてしまい一人でレッスン場を飛び出した日のことを反省することができた。
あのときの私は漫才コンビと称するふたりのやりとりのあまりのくだらなさで冷静さを欠いていた。
ユニットの練習がうまくいかなくて焦りといらだちがピークになっていたとはいえ、あまりにも短絡的すぎる行動を恥じるしかなかった。
……けれど、冷静さを取り戻してなお、私だけが全面的に悪いとも考えられなかった。
事実、他のメンバーはアイドルというものを習い事のように捉えているフシがあった。私たちはプロのはずなのに。
あからさまに練習量が足りていないことを自覚して、反省し、目標を高く捉えなければ、100万人動員なんて夢のまた夢だ。
今日は全体練習の日。私が飛び出してしまったことで、ユニットのみんなは自分を見つめなおし、心を入れ替えてくれるだろうか。
みんなを試す立場にいるわけではないことは理解しているが、それでもメンバーの誠意を問いたい。
時間になったから6時で終了、ではなく、少しでも上達するために居残り練習をするようなチームになってくれているだろうか。
もしそういう人がいるのであれば、私も謝罪をしなければならない。頭を下げ、非礼を詫びて、もう一度仲間に入れてもらいたい。
@同日、練習場
志保さんが怒ってレッスンルームを出て行ってしまった日の次の全体練習の日。志保さんはついに練習場に姿を見せてくれませんでした。
それでも志保さんが戻ってきてくれるかもしれない、そう期待しながらレッスンを続けていたところ、静香さんが声をかけてくれました。
静香 「星梨花、ごめんなさい。もう時間が」
星梨花 「あっ、もう六時すぎ……気がつきませんでした」
パパが夜道の心配をするので門限までに帰らないといけないのに、その時間を5分ほどすぎてしまっていました。
門限にはすこし余裕があるから、今から帰ればまだ間に合うので急いで帰り支度を済ませます。
そうしているうちに静香さんが他のみなさんにも声をかけてくれて、レッスンはおしまいの雰囲気になりました。
星梨花 「それじゃあ、すみません。お先に失礼します!」
時間があまりなくなってきたので、わたしだけ先に帰らせてもらおうとみなさんにあいさつをして、扉に手をかけようとしたところ、
志保 「やっぱり、何も変わっていないのね……」
目の前の扉がひとりでに開いて、その向こうに志保さんの姿がありました。
静香 「志保……?」
志保 「自惚れていたわ。私がいなくなればみんなの気持ちが変わってくれるかも、なんて」
志保 「結局本気の人間なんていなかったのね。終わりの時間をたった5分過ぎたぐらいで急いで帰ろうとする人もいるし」
普段よりもずっと細い眼差しがわたしに向けられて、それだけで心が冷えるのを感じました。
志保 「……さようなら。二度と、ここには来ないから」
静香 「待って、志保!」
踵を返そうとした志保さんの手首を、静香さんが掴みました。
静香 「志保に信じてもらえるかわからないけれど、私は……。私は、あなたが思っているよりもずっとずっと本気でこの仕事に取り組んでるわ」
志保 「"本気で取り組んでる"んだったら練習少なくてもいいの!? 態度に現れてない、結果が残せていない! 何の意味もないじゃない!」
うっとうしそうにその拘束を振り払った志保さんが、静香さんに詰め寄ります。
静香 「本気を態度で示せというのなら……。いいわ、教えてあげる。本当はみんなのプレッシャーになるから黙っているつもりだったけれど……」
静香 「私、もしも今回の企画が失敗したら、アイドルを辞めようと思っているの」
星梨花 「え……!?」
静香さんの言ったことが最初、理解できませんでした。
たまらず、茜さんや麗花さんの方に視線を向け、二人の表情が固まっていることでようやく、その言葉の重さを感じることができました。
志保 「ダメだったら、辞める……?」
静香 「そうよ。100万人動員ができなかったら、引退するつもり。それぐらい、真剣にやってる」
志保 「一度ダメになったからって、すぐに投げ出してしまうような覚悟ってことね」
静香 「辞めたくて辞めるわけがないでしょう!」
その声量は、先日の志保さんのものよりも大きいものでした。
志保 「…………」
静香 「辞めさせられるのよ……。お父さんに……」
志保さんが一瞬何かを言いかけて、口をつぐみました。
静香 「お父さんの手で私の夢が潰されるぐらいなら、私は自ら引退することを選ぶわ。それぐらい本気で、私はこのユニットに向き合ってる」
静香 「でも、失敗できないからといって個人個人の事情を無視した練習スケジュールを取るつもりはない」
静香 「自分自身の時間を大切にして、自分の考えるアイドル像を表現してこそ、ファンのみんなも満足してくれるアイドルになれると思ってる」
静香 「動員数100万人、練習だけしていれば達成できる目標だとは思わない。大切なものはもっと他にある」
静香 「あなたは、それが分からない……?」
静香 「私は必死なの! もう、後戻りができないからこそ、真剣に取り組んでる!」
静香 「あなたみたいに家族が応援してくれるような恵まれた環境じゃない! あんな父親なんか、いなければよかったのに……!」
歯を噛み締めた志保さんが手のひらを振りかぶるのが見えて、誰かが短く息を吸う音が聞こえてきました。
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えっとねー
ここまでしか書けてないよー (o・∇・o)
明日かあさってまでにまた続き書いて投下するのでとりあえず>12から>1で無限ループしててくださいまし。
本編以上に空気がやべぇww
一旦乙
クレシェンドブルー
>>1
最上静香(14) Vo リーダー
http://i.imgur.com/xLn56G5.jpg
http://i.imgur.com/wQzz8Tv.jpg
>>1
北沢志保(14) Vi
http://i.imgur.com/iinWIGe.jpg
http://i.imgur.com/NFQGnfV.jpg
>>1
箱崎星梨花(13) Vo
http://i.imgur.com/yq6IMrk.jpg
http://i.imgur.com/xgGS9mu.jpg
>>5
野々原茜(16) Da
http://i.imgur.com/yyse7am.jpg
http://i.imgur.com/gQfikL2.jpg
>>5
北上麗花(20) Da
http://i.imgur.com/D6w7juF.jpg
http://i.imgur.com/mw4hOCC.jpg
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昨日の半分ぐらいしか書いてないし未完だけど、
隔日投下するよりは連日投下した方がいいかなーって思うから
また途中までだけど投下しちゃおーっと。
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@志保が一発ぶん殴った後
二人とも、やめてください!
そう叫ばなければならないのに、志保さんが静香さんの両肩を部屋の壁に叩きつける音で恐怖に侵されてしまい、声が発せられません。
志保 「知りたくなくて知らないわけじゃない! 会いたくても会えない、声も姿も分からない寂しさを、あなたこそ知らないくせに!」
志保 「私が恵まれている? 家族の理解がある? そんなもののために私に父親がいないの!? 弟も、母も苦しい思いをしているわけ!?」
志保 「父親がいたのなら、私はここにいない! 今よりずっと幸せな家庭で、もっと普通の女の子として生活していた!」
志保 「憧れるに決まっているでしょう……! 十数年、この手に存在していないものなのだから!」
志保 「お父さんとお母さんがいる普通の家族を取り戻すために、私はこの世界に入ったの!」
志保 「私の夢をあなたの理想で壊さないで!」
こちらから志保さんの表情は伺えないけれど、声が震えているように聞こえました。
静香 「……だったら、ひとりで勝手にすればいいじゃない!」
決して聞きたくなかった言葉が聞こえてしまって、もうこの後の二人のやりとりを見ていられなくなって、両手で顔を覆ってしまいました。
星梨花 「もうやめてください……」
わたしの声は届いていたでしょうか。声を荒げる二人の耳に入っているとは、とても思えませんでした。
星梨花 「お願いします、やめて……」
わたしには二人を止められません。今この場にプロデューサーさんが居てくれれば、きっとこうはならなかったはずなのに。
大きな声が聞こえてくる恐怖と、ユニットメンバーがお互いを忌みあっている悲しさで涙があふれて頬を濡らしました。
麗花 「やめなさーーーーーーーーーーいいい!!」
そのとき、わたしのものでない大声量が鼓膜を通りぬけ、身体がすくみ上がりました。
茜 「ストップストップ、落ち着こう、ね。おちつこ、二人とも? 茜ちゃんこういうの好きじゃないよ。ケンカはやめよ? ね、ね?」
麗花さんが二人を諌め、茜さんが身を挺してもみ合っていた二人の間に割り込んでくれました。
茜さんは二人に押し返されながらもどうにか身体を滑りこませ、静香さんをかばうような体勢で志保さんと向かい合いました。
茜 「言い争いは仕方ないかもしれないけど、暴力は、ダメ……。傷つけあうのは、ヒッ、よくないよぉ……」
涙で滲んだ視界の向こう側、茜さんの目にも涙がたまっているように見えました。
茜 「やめよお、もう、こういうのやめようよお。二人とも、仲良くしようよう……」
泣き顔というものから正反対の位置にいるはずの人が悲しさで顔を歪ませている事態に、志保さんもあっけにとられたようでした。
志保さんの腕から力が抜けて、ようやく二人が引き剥がされます。麗花さんが志保さんを支えようとしましたが、それは嫌がられました。
志保 「……そうね。だったらみんなのお望み通り、私はこのユニットを辞めるわ。辞めてほしいと願う人間が多いのだから、当然よね」
志保 「プロデューサーさんには、私から言っておくから。あなたたちはせいぜい仲良く頑張りなさいよ」
このままレッスン場を出て行ってしまったら、志保さんは本当に二度と戻ってこないと、おそらくわたし以外のみなさんも察したはずです。
だけど、今度は誰一人として志保さんを止めることができませんでした。
つい何分か前、真っ先に志保さんを引き止めたはずのリーダーが、去りゆくメンバーの背中を見送ってしまったからです。
部屋の中には4人だけが残されました。
@その夜
志保弟 「お姉ちゃん、おかえりー。アイドルのおしごとたいへんだった?」
志保 「どうしてそう思うの?」
弟 「なんだか今日はつらそうな顔してるから」
志保 「……気のせいよ。ライブの日程が変わっちゃうかもしれないから、それがすこし不安だっただけ」
弟 「えー。ライブなくなっちゃうの?」
志保 「もしかしたらそうなるかも。でも、大丈夫。お姉ちゃん、これからも頑張るから。……ところで、それ何の本?」
弟 「おしゃしん! お家の中であそんでたら見つけたの! ねね、これ、お姉ちゃん?」
志保 「古い写真……アルバム? 私もこんな写真は見たことないかも」
弟が指をさした写真には白黒のボーダーの上着を着せられた2歳ぐらいの女の子が写っていた。
背景は見知らぬ……一軒家だろうか。少なくとも私たちが今住んでいるアパートではない。
ソファの上に立ち上がって笑顔を見せる幼女は、見ようによっては私自身の幼いころのようにも見える。
写真に日付がプリントされていないため、いつ撮影されたものかは分からないが、写り込んでいる品々を見るに昔の時代の印象を受けた。
とは言え、母の幼い頃の写真とも考えにくかった。ならばきっとこれは私の写真なのだろう。
続きをめくって他のものも見てみると、写真の情景と同じ記憶がぼんやりと浮かんでくる。
弟 「ボクはうつってないの?」
志保 「もしかしたらあなたが生まれる前の写真なのかもね」
前の方にページを戻していくと、その幼女の赤ん坊の頃の写真が保管されていた。
『志保 1歳』写真のすみにメモ書きがあった。やはり私の幼い頃のものらしい。
弟 「これ、お姉ちゃんの名前! お姉ちゃんとおんなじ名前の子?」
同じ写真を指さして弟がはしゃいだ。弟にとってこの子は別人だろう。この子が将来、私になることにピンと来ないのかもしれない。
志保 「ふふふ。そうじゃなくて、私の小さいころの写真よ」
弟 「そうなの? でも名前がちがうよ?」
志保 「ここに書いてあるじゃない、『志保』って」
弟 「シホはシホだけど、お姉ちゃんじゃないよ! だって、ほら、ここ!」
わけのわからないことを言いながら、弟は別の写真を指さした。背景は病院。それこそ産まれて間もない写真のようだ。
小さな小さなベッドに入れられた私の寝姿を収めた写真。その角を、弟は指差していた。
弟 「サイジョウ志保って書いてるもん! うちのみょうじは北沢だよ!」
志保 「………!」
弟の主張をようやく理解して、そして、身体が凍った。背中から抱きかかえていた弟に私の動揺が伝わってしまっただろうか。
考えてみれば弟は私が帰宅する前からこのアルバムを眺めていたはずだ。
小学校高学年にもなればどこかのPと違って文字も読めるし、時系列に沿って眺めればこれに収められているのが私だと気がつくだろう。
それなのに、なぜ弟は『これ、お姉ちゃん?』と訊ねたのか。弟の知識と異なる情報を与えられて、確証が持てなかったからだ。
私自身と考えられる赤ん坊のベッドには、その子の名前が記されていた。
名前は志保。苗字は――最上。
『最上志保』というフルネームの女の子が、写真の中で幸せそうな寝顔を浮かべていた。
==========================
えっとねー
ここまでしか書けてないよー (o・∇・o)
プロットはできてるんでオチまで書いてまとめて投下するのと、
とりあえずできあがった部分まで(なるべく)連日投下するのとどっちがいいですかね。
まとめて投下ならおそらく三連休中には書き上がるかと。
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三連休明けたけど未だ未完だよー(もちょ顔)
とはいえ適当なところまで書けたので投下します。
データロールバックがなかったら書き上がっていたんや、ってことで。
まぁもうちょっとだけ続きます。
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志保 「小鳥さん、……えっと、最上さんの自宅の住所って分かりますか?」
小鳥 「もちろん分かるけれど……」
志保 「その、クレシェンドブルーでごたごたを起こしてしまったことはもう耳にしているかと思います。それを最上さんに謝りたくて」
志保 「ただ、レッスン場ではどうしても素直になれそうにないので、自宅を訪ねたくて」
小鳥 「なるほどねぇ。わかったわ。住所だけメモすればいい?」
志保 「ええ、あとはこちらで調べます。それと、その。できればこのことは他の人に黙っていて欲しいんです。……最上さんにも」
小鳥 「サプライズでごめんなさいしに行くわけね。了解、女の子同士の約束はきちんと守るわ」
志保 「ありがとうございます」
私の旧姓――つまり、父親の苗字が「最上」だったからと、事務所の同姓の人とつながりがあるかも、なんて短絡思考にも程がある。
私の母は父に当たる人のことをあまり話してはくれなかった。古い写真がひた隠しにされていたのにも理由があるだろう。
私が知っている父の情報は、弟が生まれる前後に母と離婚して家を出て行ったことぐらい。旧姓ですら先日知ったばかりだ。
円満な離婚ではなかったはずだ。母が多くを語ろうとしないことから、父が浮気をして出て行ったものと考えている。
私の母が愛人の立場だった可能性も考えられるが、今それはどうだっていい。
最上という姓は決してありふれたものではない。調べたところ、全国に一万人いるかどうからしい。
加えて、私と同い年の娘がいる男性となればいったいどのくらいまでに絞られるだろうか。
一笑に退れればそれでいい。父親が別の姓になっている可能性も否定できないがあまりにも情報が少なすぎる。
まずは苗字が変わっていないと信じて、全国の最上さんを当たるしかない。その一人目が、たまたま事務所の同期だっただけの話。
自分に都合の良い思考しかしていないのは自覚している。けれど、暗中模索だった父親の捜索にわずかな光が見えた。
父親を追いたい。会って話がしたい。長年の夢が叶うのかもしれないんだ。そのためなら事務所に嘘だって簡単に吐ける。
訪問日は全体練習のある日にしよう。時間帯は、あの子が帰宅していなくて家族が帰宅している可能性のある、夕方頃。
教えてもらった住所は隣県にあるタワーマンションのものだった。
首を見上げてしまうような建物が並ぶ地区で、最も高い建物。その上層階が目的地だった。
アポは取っていない。不在であれば日を改めよう。そう考えながらエントランスでメモに記された部屋番号を入力した。
電子的なチャイムの音。しばしの静寂ののちに、ガチャリと通信が接続される音が聞こえた。
男性 『……どちらさまでしょう』
(―――!!)
男性の声だ。機械を通したものだから年齢ははっきりしないが、プロデューサーさんよりも年上で、社長よりも年下に聞こえる。
志保 「あ、あのっ。突然お邪魔してすみません。私、最上さんと同じ事務所に所属しているものなのですが、静香さんはご在宅でしょうか」
男性 「アレはまだ帰ってきていませんが……」
志保 「でしたら、その……静香さんから、家に誰かいるはずだから上がって待っていてほしいと言われていまして……」
男性 「はい?」
志保 「その、上がらせていただくことはできますでしょうか」
完全にデマカセだった。考えてみれば名乗ってすらいない上に、いきなり家に上げろなどあまりにも図々しすぎる。
娘がアイドルをしていることはさすがに承知しているだろうから、迷惑なファンのひとりと見なされてしまうかもしれない。
男性 「……。分かりました、どうぞ」
プラン不足で不安に苛まれる中、ふいにオートロックが外される音が聞こえてきた。
最上父 「アレは自室に鍵をかけたがる子でね、すまないがリビングで待っていてもらえるだろうか。飲み物でも出そう」
志保 「すみません、お構いなく……」
出迎えてくれた男性は40歳を越えたかどうかという風貌で、帰宅して間もないのかワイシャツを着崩した姿だった。
服の上からでも分かるがっしりとした背中と、断定的な口調が峻厳な印象を与えてくれる。
リビングダイニングに通され、ローテーブルの前のソファに腰をかけて、部屋を見渡す。
都外とはいえ、区内から電車で15分ほどで到着できる交通に秀でたマンションなうえに広々とした空間に圧倒されそうになる。
視界に見える扉の数から、少なくともリビングダイニングとなっているこの部屋とは別にもう三部屋はあるようだ。
家賃支払いなのかは不明だが、仮にそうだとしたら家賃だけで北沢家の家計のほとんどを占めてしまうだろう。
最上父 「そんなに我が家がめずらしいかね」
志保 「あっ、いえ、その……。はい……」
ソーサーとカップがローテーブルに置かれ、同じものを手にした家主が斜め前のソファに腰を据えた。
私の父親かもしれない男性については、物心つく前に両親は離婚してしまったから声や容姿は覚えていない。
手がかりは少ない。目の前にいる男性が父親である確率は何千分の一だ。他人である可能性のほうがよっぽど高い。
ならば臆せず本題に入ってしまおう。奇天烈な人間と思われるのならそれでいい、それはつまり他人同士なのだから。
最上父 「アレが友人を家に招くのは非常に珍しくてね。構わなければ、名前を教えてくれるだろうか」
志保 「北沢、志保です」
最上父 「志保……」
聞き覚えのある名前なのか、眉が動いたように見えた。
娘の所属事務所の同僚として知った名か、それとも生き別れの娘として知った名か。
志保 「北沢は今の苗字です。両親が離婚する前は、最上志保でした」
志保 「馬鹿なことを聞かせてください。あなたは、私のお父さんではありませんか? 十数年前、私や家族を残して家を出て行った……!」
娘の友だちと称して家に立ち入った人間が、唐突に血縁関係を尋ねてくるなど、正気の沙汰ではない。
現に彼の人は表情をこわばらせ、こちらを凝視している。不審人物扱いで済めばまだマシな方だろう。
しかし、これを確認しなければ私はここを去ることができない。伝えたいことは伝えた。あとは答えを待つだけ。
一分とも十分ともとれる沈黙が続いて、ようやく、男性が口を開いた。
最上父 「やはり、そうなのか。しばらく見ないうちに大きくなった」
志保 「―――!!」
今度はこちらが身体を固くさせる番だった。
志保 「し、証拠は!?」
最上父 「君の母と弟の名前なら覚えているよ。誕生日も……思い出そうと思えば思い出せる」
そう言って彼は私の家族の名前を口にした。アイドル活動中に公開した情報ではない。事務所でもごく一部の人間しか知らないはずだ。
それだけで目の前の男性を父親だと認識するのは無理があるかもしれないが、伊達や酔狂でこんな返事をする人がいるとも思えない。
最上父 「昔の写真を持ってこよう」
彼はそう言うと一度別室に赴き、数分ほどで小さなアルバムを手に戻ってきた。既視感のあるサイズで、中身を察することができた。
最上父 「君がまだ私と同じ苗字だったときの写真だ」
先日、弟が家の中から見つけてきた写真と同じものがその冊子に収められていた。
志保 「本当にあなたが……私の父なんですか……?」
最上父 「いやに驚いているようだが、きみの母からの差金でここを訪れたんじゃないのか?」
志保 「いえ……本当に偶然で……」
父親捜索を初めて一人目でいきなりの本人登場。偶然にしては出来すぎた話だ。
私がいままで演技の勉強のためにと見てきたドラマでは、こういうシーンではどんな反応をしていただろうか。
「今更出てきて父親づらしないで」? 「お父さん、会いたかった」? 「お母さんに謝って!」?
それらの言葉は口にすることができず、真っ先に思いついた言葉は、「何故?」だった。
とにかく理由を知りたかった。私や家族の前から姿を消したわけを教えてほしかった。
最上父 「原因を作ったのは、私だ」
離婚の理由は父の浮気と、両親の間での子供の将来に関する考え方の違いからだったという。
離婚に至った後、養育費などを母は受け取ろうとせず、代わりに父と子の面会も謝絶したという。
最上父 「きみの家が苦労をしていることは知っていたが……きみがその歳で働きに出なければならないほどとは思っていなかった」
最上父 「きみの母が私を許してくれるかはわからない。せめてもの償いとして金銭だけでも受け取ってもらえないかと思っている」
私や弟がたまに口にする、父親に会いたいという言葉は母にどんな想いを抱かせていたのだろうか。
母は私たちに父親を会わせようとしなかった。それには理由があるはずだ。
毎日夜遅くまで働いて、姉弟二人を一人で育てるだけの苦労を背負い込んでまで、父親の存在を隠した理由が。
志保 「――すぐには、決められません」
だとすれば、どうしたいかは母の気持ちを確かめてからだろう。
志保 「あなたと会ったこと、お母さんと話してみます」
最上父 「そうか。電話番号を渡しておこう。何かあったら連絡してくれ」
彼は後ろのポケットから名刺を取り出してこちらによこした。個人名と携帯電話の番号などが記されていた。
最上父 「アレもそろそろ帰ってくる時間だが、会っていくかね?」
志保 「……いえ。本当の用事はこっちでしたので」
最上父 「なるほど」
少し意外そうな表情を見せたあと、彼は穏やかに破顔した。それはまるで、娘を見つめる父親の顔のように見えた。
事実そのとおりであるはずなのだが、にわかに実感が湧いてこない。どうしたら私は彼を父親と認められるのだろう。
十数年あまりの空白期間を埋めるにはそれに見合っただけの時間が必要なのかもしれない。
母を説得して"彼"の意向に沿うか、これまで通りの生活を続けるか。時間をかけて考えていきたい。
志保 「……その、じゃあ、私はこれで」
あの子もこの事実は知らないはずだ。今後他人を貫くことになる可能性もあるならば、知らないでいる方がいいだろう。
レッスンの時間はもう終わっているはず。いつもどおり、いつもの時間に終了しているのであればいつ帰ってきてもおかしくない。
次に会う機会があるのなら場所は変えた方がいいだろう。そんなことを思案しながら身支度を済ませ、玄関へ向かおうとする。
玄関の廊下へとつながる扉に手を伸ばしかけたとき、背後から声が聞こえた。
最上父 「志保」
志保 「……!」
どっしりとした落ち着きのある語気。私のことを真剣に考えてくれている声色。心臓を貫かれたような衝撃が走った。
私の名を呼ぶ声に、たまらず脚が止まった。ファンの人が私を呼ぶそれとは比べ物にならないほど心に染み渡った。
「おまえは、これまで弟や家族の前ですら、人に甘えるなんてことをしてこなかっただろう」
「姉として、母を支える子として、気丈に振る舞ってきたはずだ」
「おまえは私に似て少し意地っ張りなところがあるようだから、それはおそらく今後もそうなるはずだ」
志保 「……はい」
奥歯を噛み締めながら、どうにかそれだけを絞り出した。それでも鼻の奥がツンと痛痒さを訴えてくる。
今日ここで会ってから、何十分と会話をしたわけではない。にも関わらず私のこれまでを見抜いてくれた。
それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。今までの辛さを全部抱えてくれたようにすら感じた。
「どうだ。今日のことを家族に話す前に、しばらく私を独占してみないか」
志保 「……?」
提案の意図が掴めず、表情を伺おうと身体の向きを変えた。
その、視界の先。
「家族の前で甘えるのは苦手だろう。今なら誰も見ていない。思う存分、甘えるといい」
両手を広げた父親が、私を迎え入れようとしてくれていた。
志保 「―――おとうさん……っ!」
男の人の腕の中に収まるなんて、アイドル活動中にすらしたことがない。
まして、父親の腕の中なんて、夢の中でですら実現し得なかった。
そんなどこか空想の向こう側だった世界が現実になっている。何年も何年も憧れた世界が今ここにある。
この温もりを、私はずっと追い求めていたのだ。
まぶたに溜まった涙が溢れるのに時間は要らなかった。子供のように声を上げて泣く私を、父は優しく撫でてくれた。
昔できなかった分をまとめて精算するかのごとく、父のワイシャツを涙で濡らした。
頬に触れる体温が、こんなにも心を温めてくれるものだとは今日まで知らなかった。
@
どれぐらいそうしていただろうか。幸せな時間は極端に短く感じる。やがて涙も落ち着いてきた私は、次の要求をすることにした。
志保 「おとーさんって、呼んでもいい?」
父 「構わないよ」
志保 「おとーさん、おとうさん、おとーさん……」
ひとつ口にするたびにファンの人たちからかけてもらう声援の、何十倍もの幸福感が胸のうちから膨れ上がってくる。
私より背の高い、がっしりとした背中に腕を回し、ぎゅうううっと頬を押しつける。
男の人らしさのある体臭は、弟のものとはまったく違う。心を酔わせる臭いに感じられた。
父 「志保、私からもひとつ頼みがあるのだが、聞いてくれるか」
お父さんが私の髪をすきながら語りかけてくる。鼻先を擦りつけていた胸板に今度は顎を乗せて父を見上げた。
志保 「なぁに?」
父 「もしお前の母さんの説得が上手くいって、親子として元通りになる日が来たとしたら……」
志保 「うん」
父 「お前はアイドルを辞めてくれるか?」
それが、お父さんの提示した交換条件だった。
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えっとねー
ここまでだよー (o・∇・o)
続きは出来上がり次第また投下します。二、三日中を目標にします。
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@クレブル練習部屋
星梨花 「どうして静香さんは……お父さんのことが好きになれないんですか?」
静香 「……どうしても答えなければいけない質問?」
星梨花 「志保さんや静香さんのお家の事情を知らないのに、わたしばっかり勝手なこと言ってしまって……」
星梨花 「お二人がケンカしてしまったのはわたしが原因だから、わたしがもう一度志保さんを説得しに行こうと思うんです」
星梨花 「志保さん、あれから本当にレッスンに来てくれなくなってしまいましたけど……こんなお別れなんて、イヤです!」
静香 「純真に育てられたあなたには、たんなる愚痴にしか聞こえないかもしれないけど、それでも聞きたい?」
星梨花 「はい。それで志保さんのお話も聞いて、わたしも志保さんに謝って、お二人にも仲直りしてもらいたいです」
静香 「……複雑な話ではないわ。ただ単に、何度も何度も言われてうんざりしていただけ。アイドルなんか辞めろ、って」
静香 「お父さんは考え方が少し古い人で、男は外に出て働け。女は家を守れ。って昔から言ってて……」
静香 「嫁入り以外の進路なんて認めない、って本気で言い張る人。それが私のお父さん。女が働くアイドルなんてもってのほかだって」
静香 「ホント、いやになる。私だってやりたいこと、いっぱいあるのに……」
星梨花 「静香さん……。で、でも、それはお父さんも静香さんのことを心配してくれていて……」
静香 「心配だったら、子供の夢を邪魔してもいいの?」
星梨花 「それは、その……」
静香 「……ごめんなさい。言葉が過ぎたわ」
茜 「た、大変大変大変! 大変だよモガミン―!」
茜 「つい、いま、さっき! 事務所にしほりんから電話があったんだけどお……!」
茜 「しほりん、事務所辞めるって!」
静香 「………!?」
@志保
私がアイドルを目指した理由は何だった? 母子家庭でお母さんが仕事で夜遅くまで返ってこない日々、生活にもあまり余裕のない私と弟の唯一の娯楽はテレビ番組だった。
芸能界という華やかな世界に憧れ、与えられた役柄でどんな人間にも変貌できる女優という職業に憧れた。
たくさんもらえるであろうギャラで家族を楽にさせてあげよう、いずれ有名になって父親に迎えに来てもらおう。
そう思って、その足がかりとして芸能事務所に入り、アイドルの道から女優という職業を目指した。
自分のためという意識は薄かった。母のため、弟のために日々のレッスンに必死になっていた。
そんな最中、父から言い渡された提案は、とても甘美なものに感じられた。
母を説得するというハードルはあれども、それさえ達成してしまえば今までの苦労がすべて報われることになる。
養育費の支払いがされるから我が家の家計も楽になるため、母の苦労も減り家族との時間が増える。
今は住む家が違うため毎日会うことはできないが、お父さんは週に一日ほど私や弟に会ってくれることを約束してくれた。
私と弟に父親という存在が返ってくるため、これまでの寂しさから解放され、父に甘えることだってできる。
アイドルを辞めることに抵抗なんてなかった。父親を見つけるまでの障害をショートカットしただけにすぎなかった。
私が本当に欲しかったものはもう手に入れてしまった。だから、頑張るのはもうおしまい。
志保 「それじゃあ……今まで、ありがとうございました」
事務所への電話を切って、ソファへと身を預ける。ピンと張り詰めていた糸が緩んだ気分で、だらしない姿勢になっているはずだ。
そんな私の頭を、すこしゴツゴツした大きな手が優しく撫でてくれた。
父 「志保はいい子だな」
志保 「私、普通の女の子になったよ。これでおとーさんともっと一緒にいられるね」
家族の説得はまだこれからだが、今の私はこんなに幸せなのだからきっと母も弟も受け入れてくれるはずだ。
@静香
「志保……どうして……」
志保が事務所を辞めると言い出した。事務所へは彼女自身から電話で連絡があったという。
社長も事務所も懸命に慰留に努めたそうだが、彼女の意思は固く、辞意だけを伝え続けて来たらしい。
今は社長が本人の意思を直接確認するために、彼女の実家へと赴いているそうだ。
その顛末を小鳥さんから伝えられて――今日の全体練習はそれでお終いになった。
彼女が苦言を呈した6時よりもよっぽど早い時間だったけれど、とても練習なんて続けられる雰囲気ではなかった。
誰もが口をつぐみ、床を見つめるか顔を覆うばかり。みな、自分に原因があると捉えこんでいた。
私自身、彼女は仮にユニットを脱退したとしても、アイドルを辞めることはしない。そう考えていた。けれど実際はどうだ。
あの騒動があった日から二週間と経たず、別れを告げられてしまった。
にわかに信じられるわけがなかったが、小鳥さんのうろたえ方から、事実を認めざるを得なかった。
明日、社長が戻ってきたら首尾を尋ねよう。必要があるなら私たちも志保の元を訪れて、彼女の意思を確かめねばならない。
深い息を吐きながら、逃げ帰るような形になった自分の家のオートロックを外す。
玄関を開けて、再度ため息が漏れた。父の革靴が脱ぎ散らかされている。どうやらもう帰宅しているらしい。
その嫌なものに気を取られてしまい、隣に並べられていた女性物の履物の存在には気がつかなかった。
きっとまた嫌味を言われるだろう。こんな日に顔を合わせたくはなかった。
それでも父のいるリビングダイニングを通らなければ自室へは入れない。しかめっ面を隠さないまま廊下と居間を繋ぐ扉を開けた。
父 「――帰ったか。おい、新しい家族を紹介しておこうと思う」
リビングのソファに腰を沈め、高圧な態度を投げかける頭痛の種となる人物の隣。信じられないものを見た。
その男にぴったりと身を寄せ小さくYシャツの裾を掴む、北沢志保の姿があった。
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理解が及ばなかった。
今日の今、事務所を騒がせているはずの人物が私の家に当然のようにいること。
父がその人物を自らの娘だと紹介したこと。腹違いの家族だと伝えられたこと。
彼女が父のもとで暮らしたいと考えていること。
彼女が、よりによって私の父親になついていること。
それらの情報は父から再三説明されても頭を素通りしていく。素通りしているはずなのに、心だけはどんどん不安が積もっていく。
唯一理解できたことと言えば。
父の隣の少女が、アイドルを続ける気もなく、私が決してなるまいと決めていた父の言いなり人形に成り下がっているということ。
今自分がどんな表情をしているか想像ができない。使ったことのない筋肉がヒクついている。
なぜ、私は意味不明な単語を並べる父の対面にいるのだろう。夢か何かと割りきって、さっさと寝床に向かうべきではないか。
父 「さ、志保も改めてあいさつをしなさい」
霞がかかったような私の心境をどう捉えているのか知らないが、背中をそっと押された少女が居住まいを正した。
そして一度天井に視線を向け何かを思案したのち、それはそれは可愛げに満ちた甘ったるい声色で言葉を紡いだ。
志保 「その、私、1月生まれだから……静香のほうが誕生日が早いのなら……お姉ちゃん、って呼ぶね」
ゾゾゾゾゾッ!
愛情を一身に受け、自分の取る行動に間違いがあるわけがないと確信している柔和な笑顔。
照れくさそうな、こちらの様子を伺うような、好奇心といくばくかの不安と多大な幸福感に満ちた……、
新しい家族を迎え入れようとする、血色の良い表情がこちらに向けられている。
心底、気持ち悪かった。
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結局、志保が抜けて戦力の落ちたユニットでは、動員数100万人は達成できなかった。
それなのに私は今も、アイドルを続けていられている。
父が「志保が本当の娘になってくれるから、もうお前は好きにしていい」と私に告げたからだ。
私がアイドルを続けることを父に認めてもらう必要はなくなった。少なくとも志保がうちの娘であり続ける限り、それは続く。
父の愛情に包まれた志保は心底幸せそうで、隙を見つけては父親に抱きついている。私の母は何も言わなかった。
私の母。こんな言葉が存在することを今更ながらに知った。
志保は父親に愛してもらえて幸せ。私もアイドルを続けられる。みんながみんな幸せ。
――――しあわせって、なんだっけ。
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どう考えても書き上がってから投稿すべきだったんだけど
ようやくおわりだよー (o・∇・o)
かろうしぴー
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