井之頭五郎「東京都 府中市のステーキ」 (41)
「…」
…通り雨で良かった。
電車から降りても降っていたら、コンビニで傘を買う羽目になっていた。
「…もう降らないよな?…ふぁあ…」
……いかん。最近欠伸ばかり出る。
気を引き締めねばならんな。
時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。
『東京都 府中市のステーキ』
「…」
しかし、実に丁寧に作ってくれたものだ。
皿一つに、こんな梱包しちゃって。
…日本の陶器コレクターのスヴェンが大事にしていた平安時代の日本茶碗。
それを是非欲しいと懇願してきた人がいると聞いた。
「……」
『金に糸目はつけねえよ。頼むぜ…』
『は、はぁ…』
……ずいぶん怖い人だった。
電話越しでも何となく分かる。
……これから、会うのか……。
「……空手道、神心会」
……道場の先生なのか。
ますます、心配。
……入りづらい。
「…すいません。本日お約束していた井之頭と申しますが…」
こんな黒塗りの玄関、本当にあるんだなあ…。
チャイムどこか、分からん…。
「は~い!少々お待ち下さいね!」
「まぁ…あの人ったら…そんなお高い物を?」
「え、ええ…元々はオークションだったらしいのですが、ご主人様が出品者にダイレクトで連絡をした所、二つ返事でOKだとの事だったので…」
「…そうですか。…きっと徳川さんから何か吹き込まれたんだわ…」
「……あ、あの?」
「は、はいはい!折角注文してしまった物ですから、ちゃんと払います!」
「い、いえ、返品も大丈夫ですよ。…それより、ご主人は?」
「そうですねぇ…もうすぐ稽古が休憩になるので、しばしお待ち下さいな?」
「は、はい…」
「……おぅ。早えじゃねえかい。…良い心がけだぁな」
……傷だらけに、黒の眼帯。
………丹下段平………。
「…今、失礼な事を考えたか?」
「い、いえ滅相もないです!」
愚地独歩さん……めちゃくちゃ怖いです。
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