等身大恋愛観 (9)
彼女の肌から伝わるぬくもりが、冷たい僕の両手を温める。
僕は彼女の、暖かすぎず冷たくもない体温が好きだ。
そんな僕の気持ちを察しているのか、彼女は何も言わずに付き合ってくれている。
いや、言いたくても言えないか。
「―――かっ、ふ」
彼女が小さく漏らした吐息に、僕は指の力を緩めた。
急速に熱を失っていく手を握りしめながら僕は思う。
あぁ、名残惜しい。
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最初に声をかけてきたのは、彼女から。
席はクラスの窓際一番後ろ、あまり存在感があるとは言えない女の子。
名前も思い出せないような子に話しかけられて、かなり困ったのを覚えている。
そんな僕に、彼女は言った。
『一緒にお昼、食べませんか?』
自分がクラスから浮いた存在になりつつあったのは、うすうす分かっていた。
それでも無理して誰かと合わせたいとは思えなかったし、教科書を忘れた時ぐらいしか不便はなかったのだ。
だから、彼女が僕にやたら絡むのも、押し付けがましい偽善のようなものだと思っていた。
『一緒に帰りましょう?』
そう言われるまで。
その辺りから僕もだんだん、彼女が偽善とかそんな感情で僕と一緒にいてくれているのではないと気づき始める。
いや、実際のところ、お昼にお弁当を作ってくれたりだとか、それを食べてる時に頬についた米粒を取ってくれたりだとか、さらにはそれをそのまま食べたりだとか。
彼女の好意に気付かないようにしていたのは僕の方だったわけで。
そんな僕のためにわざわざ顔を真っ赤にして告白してくれた彼女には、感謝せねばならない。
そんなこんなで付き合いだした僕らだったが、当時の僕にはいまいち実感が沸かなかった。
手も繋いでみたし、キスもしてみたし、その先も試してみた。
それでも何だか、違っていて、
ふわふわとした何かを掴みたくて、僕はそこへ手を伸ばしたのだ。
目の前で咳き込む彼女に、僕は謝罪を口にする。
原因を作った本人が謝罪をするという、実に滑稽な光景だったが、彼女は逆に謝罪を述べてきた。
彼女的には、耐えるのが当たり前だったのだろう。
いや、耐えるという感覚ですらないのだろうか。
僕は多分、同じことをされたら拒絶していただろう。
なんて身勝手な男であろうか。
もう一度僕は謝罪した。
その謝罪に、偽りは無かった。心から謝ったのだ。
その上で僕はまた、同じことをしている。
足りないぬくもりを補うように、歪に肌を重ね合う。
彼女を失うかもしれない焦燥と、彼女を離したくない欲求と、熱を帯びた彼女の視線と、その全てがゆっくりと僕の脳を焦がし、正気を奪わせていく。
秋も終わりに近いというのに、暑い。
彼女と並んで、街を歩く。
こうして並んでアイスを食べている分には、僕らはごくごく普通のカップルだ。
僕ら的には何してたって普通のカップルだけれども。
「寒い日のアイスも、悪くないですね」
彼女は最近、外出時にマフラーを好むようになった。
痕のことを気にしているのかとそれとなく聞いたこともあったが、
「あなた以外に見て欲しくないんです」
と、よくわからない返事が返ってきた。
彼女の異常性には、僕が異常になる前から気付いていたが、あえて知らぬふりをした。
気付いたところで、もうどうにもならないけれど。
続く
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