井之頭五郎「東京都 新宿区の炒飯」 (31)

[新宿区 高田馬場]


……。
この辺は住宅が多い。

以前来た時よりも増えている気がする。

「…」



『…ええ。ではその日に届けに参りますので…お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
『私のか?…ふむ。そうだねぇ…闇絵と呼ばれているよ』
『え?…あ、はぁ…』


……世の中には、変わった人もいるものだ。


……俺も、か?


時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。


『東京都 新宿区の炒飯』

「…ん?」

…高そうな、黒塗りの車。…特注車だな。

こういうのに乗る人って、会社の社長とか、それ以上の人とかが多い。

…何だってこんな学校の近くに停まってるんだろう。

よっぽど過保護な親、とかかな。

「…五月雨荘……」

……ここか。

…随分年季が入ってらっしゃる。

「…うわっ!」

…黒猫。

ちょいと怖い。

「…お」

……木の近くに灰皿がある。

ここは、煙草を吸ってもいいのだろうか。

「……」

そう思ったら急に吸いたくなってきた。

待ち合わせにはまだ時間もあるし、一本だけ吸わせてもらおう。


「…~…」




「…良い匂いだ」
「!」

……びっくりした。

「…君が、井之頭という男で間違いないみたいだな?」

…木の上に、人と、猫。
…何だかシュール。


「…あ、あのー…闇絵さん、でしょうか?」

「そうだね。…しかし、冬だな」

「え、ええ」

「冬は特に、煙草が美味いな」

「え?」

「煙草が、美味い」






「…よろしければ、一本どうぞ…」

「おやすまないね。詮索してしまったみたいで」

…絶対嘘だ。

「…?」

「…ああ、その猫、ダビデに渡してくれ」

「…あ、はい…」

……クロネコの宅急便。

「それで、その様子だと持ってきてくれたようだね」

「あ、はい。…こちらになります」

「…」シュタッ

「!」

「…そんな身構えなくても、取って食ったりはしないよ。…ふむ。間違いない。私の注文した通りの物だな」

…この人、代金払えるのかな。

「……私が貧乏であるかのような顔だな」

「!!…い、いえそんな事は…」

「無理もないさ。このアパートに住んでいるという時点である程度はそう思う」

……この人、侮れん。

「…ん?」


「真九郎!家まで競争だ!」

「あ、こら!紫、危ないから走っちゃダメだ!」

「へへー!私を捕まえてみせろー!」

「もう、また環さんだな!変な事を吹き込んで!」

「真九郎、私を捕まえてみ……」



……。

「……ぷはっ」

「むらさ…!!!」

「……」


………どうしよう。

「…本当にすいませんでした」

「ああいや、私の方こそ…」

「ほら紫、ちゃんと謝って…」
「…すまない」


……小さな子供と、高校生。

兄と妹だろうか。

歳の離れた妹を健気に育てる、兄。

「…あ、あのー…」

「!…いや、本当に気にしないで下さい。…お嬢ちゃん、お兄ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ?」

「?お兄ちゃん?…何を言っておるのだ!真九郎は私の夫だぞ!!」

「えっ……?」

「い、いえ違うんです!!こいつったらまた変な事吹き込まれたみたいで……きちんと後で叱っておきますので!」

……ちょっぴり聞き捨てならないセリフがあった。

…何だか、想像するのが怖い。

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