高槻やよい「この真実が幸せを運ぶ」 (73)


やよい「夢を見ました……」


後部座席で、私はいつの間にか眠ってしまっていたみたいです。


P「夢?」


やよい「はい」


寝ぼけた頭で、さっきの夢を、必死で言葉にしようとします。


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やよい「プロデューサーが、遠くに行ってしまう」


やよい「悲しい、悲しい夢です」


P「………」


運転中のプロデューサーは、黙って続きを聴いてくれます。


やよい「夢の中の私は、何も出来なくて」


やよい「えーん…って、泣いてばかりいるんです」


P「………」


やよい「………」


しばらくの沈黙。


やよい「……あの、プロデューサー」


P「ん?」


やよい「こういうときって、『俺はどこにもいかない』って」


やよい「言ってくれたり……しないんですか」チラッ


P「お前……それ言ってて恥ずかしくないのか?」


やよい「……あぅ」


P「そんなの、言うまでもないと思うんだけどな」


やよい「…でもでも、女の子はちゃんと言ってほしいものなんですっ!///」


P「はいはい」


P「ほら、事務所に着いたぞ」


やよい「…はーい」


ガチャッ


P「寒くなってきたなぁ」


スッ


やよい「ええ、とっても!」


ギュッ


さしだされた左手に、私の右手を重ねます。


P「やよいの手は小さいなぁ」


プロデューサーは、私の手を取って、いつも決まってこれを言います。


やよい「もう、何回も聞いたかなーって」


それは、私たちのおまじないみたいなものでした。


私たちはよく、手をつなぎます。


そして、プロデューサーは、私の半歩のまた半分だけ、前を歩いて。


私は、プロデューサーの半歩のまた半分だけ後ろを、ついていきます。



――――――――


―――――


――


我慢しなさい、と言われて育ってきた。


欲しがっちゃいけないと、子どもの頃言われ続けてきた。


だから、「欲しい」なんて殆ど言ったことが無い。


言っちゃいけないことだと思っていた。


本当に欲しいものが何かなんて


私には全然分からない。


今でも、全然分からない。


でも、私の運命を変えたその日、


二人きりの楽屋で、私はプロデューサーの手を取って、


プロデューサーを見上げながら、囁きました。



『欲しがってもいいですか?』



『プロデューサーのこと、欲しがってもいいですか?』


特別なものに対しては、人は悲しいほど純情です。


言葉にならない声を返すプロデューサーに、


私は止まらなくなって、続けました。



『欲しい、プロデューサーが欲しい…です』



『全部欲しい、ずっと一緒にいたい……!』


生まれて初めて、「欲しい」と言えた気がした。


それはなんだか、嬉しいような、泣きたいような気分だった。


その後のことはあまり覚えていない。


いまにも泣きそうな私の頭をなでながら、


プロデューサーが困ったような笑顔で、


『後一年だけ、やよいがアイドルに集中できるように、我慢しててくれないか』


と言ったのだけは、ちゃんと覚えていた。


その後、私は一年間、ひたすら待ち続けたのだから。



―――――――――

―――――

――


その一年、私はがむしゃらに頑張っていた。


頑張っていれば、プロデューサーの理想に近づけると思って。


期待に応えれば、プロデューサーに喜んでもらえるんじゃないかって。


微熱に冒されたような日々は続いた。


それでも、hotに振り切れたメーターは、最後まで続かなかった。


私は、寝不足と過労で、ある番組の収録が終わった後に糸が切れたように倒れ、


医務室に運ばれた。


体力自慢の私には、ありえないことだった。


『やよい!やよいっ!!』


目が覚めると、プロデューサーが目の前にいました。


『よかった……あぁぁ』


まだ医務室のおばさんがいるのに、プロデューサーは私を強く抱きしめると、


『ごめん、ごめんな、やよい……』


『俺が、ちゃんと気付いてやらなきゃいけなかったのに……』


大人の人は、人前で涙を流さないものだと思っていたんです。


『プロデューサーのそんな声、初めて聴きました……』


だから私は、間抜けにもそんなことを言いました。


その日、プロデューサーは私の元気が出るまで、


ずっと横で、私の手を握っていました。


『プロデューサー、私はどこにもいきませんよぅ?』


『俺が一緒にいたいんだよ』


ああ、私は、離したくないんだなぁって。


私を支えてくれる、この手を。


私の、大好きな人の、この手を。


そして、約束していた一年が過ぎて、


プロデューサーが突然、私を映画に誘いました。


映画のあと、カフェに入って、くだらない話をしていたと思います。


『えーっと』


話の途中、プロデューサーは今までと違う声のトーンを出して、


何秒か視線を泳がせて、


また『えーっと』と言いました。


そのあと、好きです、と言って、付き合ってください、と付け加えました。


あんまり突然だったので、私はとっても驚いてしまいました。


プロデューサーは、ちょっと緊張した感じに、


だけどまっすぐに私を見てくれていました。


私も、不思議な力に引っ張られるように、


『はい、好きです』


って返しました。


私たちは何だか安心した感じになって、コーヒーを飲みましたね……


私のは、甘いカフェオレだったんですけど……えへへ。



――――――――

―――――

――


一日が経って、一週間が経ちました。


一ヶ月が経って、半年が経ちました。


あれから私たちは、ゆっくりと、歩幅を合わせて歩いています。


それでもまだ、付き合って半年。


私たちは、歩き始めたばかりです。


765プロで会う以外は、月に一、二度のデートをするぐらいで、


電話は週に三回。私とプロデューサーが交代でかけました。


それはとても、ゆるやかで淡いお付き合いだったと思います。


私としてはちょっと物足りないかなーって感じでしたけど、


プロデューサーは、『足りないくらいがちょうどいい』らしいです。


プロデューサーはみんなに優しいけれど、


私と二人きりの時は、ときどきいじわるでした。


やよい『先生~、ここ、分かんないです~!』


P『どれだ』


ギュッ


やよい『ひゃっ!な、なんですか~もう!』


よく、後ろからくっつかれました。


P『いいだろ、このままで教えられるんだから』


やよい『んひゃ……く、くすぐったいです~!』


P『ん、やよいのいい匂いがする』クンクン


やよい『う、あ、女の子の匂いなんて、かいじゃダメですってば~!!///』


それからそれから、


私はとってもヤキモチ妬きでした……


P『………ってね、昨日、モバPさんと話したんだけど』


やよい『モバPさん?』


P『うん』


やよい『モバPさんですか……』


P『うん』


やよい『……モバPさん』


P『ねえ、一応訊くけど、妬いてるのか?……男だぞ?』


やよい『でも、妬いちゃいます』


やよい『一緒に楽しそうに女の子の話とかして~』ムスー


P『職業上の都合だもん……』


P『あのさ、俺が好きなのはやよいだけって、知ってるでしょうに』


やよい『妬けます』


P『妬かないで』


やよい『……ごめんなさい』シュン


P『あ、あやまることじゃないよ』


やよい『自分でも、こんなに妬いちゃうのはいやなんです』


やよい『だけど、プロデューサーの前の彼女さんのこととか考えると』


やよい『どうしても、この辺が、ギュー!ってなっちゃうんです』


P『前の彼女?』キョトン


やよい『あぅ、ごめんなさい』


P『ごめんってことはないけど』


P『前の彼女なんて、いないし』


やよい『え?』


P『え?』


やよい『こんなヤキモチ妬きの彼女は嫌ですよね……』


P『そんなことはないよ』


やよい『でもでも、妬かないほうがいいですよね?』


P『……そんな風に妬くっていうのはさ』


P『それだけやよいに愛されてるんだにゃ、とは思うよ』


やよい『う?』


P『何?』


やよい『今、噛みませんでした?』


P『何が?』


やよい『愛されてるんだにゃ、って』


P『言ってないよ』


やよい『言いました』


P『ちょっと言ったかも』


やよい『にゃんでですか?にゃんで今、愛されてるんだにゃ、って』クスクス


P『にゃんでかは、俺も分からにゃいよ』アハハ



――――――――

―――――

――



こんな感じで、私たちは、かけがえのない何かを確かめながら、


ゆっくりと、けれど確かに、歩いてきました。


そして、数年が経ちました。


今日は三月二十五日。


牡羊座の私は、二十回目の誕生日を迎えます。


二十歳になった記念、ということもあって、


プロデューサーとお酒を飲むことにしたんです。


プロデューサーは、神楽坂の小さな和食のお店を予約してくれていました。


「お誕生日、おめでとう」


プロデューサーはごく普通の祝辞を述べて、私に日本酒をそそいでくれました。


「えへへ、ありがとうございます」


お祝いのお酒はとても美味しかったです。


私ももう二十歳だから、お酒の味も分かるんですよ!


なーんて、えへへ……


私は少し酔っていました……



やよい「あのですね」


やよい「私はもう二十歳じゃないですか」


P「うん」


やよい「二十歳になったら……って言ってたじゃないですか」


P「ああ、おう」


やよい「でもでも、まだちょっと怖くて、延長してもいいですか?」


P「いいよ、もちろん」アハハ…


P「それにいつかさ、きっと、そういう時が来るよ」


もう付き合って何年目でしょう。


というより、結婚もしているのに、何を私は生娘のような……


って、生娘なのだから大事なことなんです……うぅ。


お店を出て、ぶらぶらと散歩をしながら、


私たちは途中で見つけた高台で立ち止まりました。


気持ちが澄まされるような、月夜でした。


やよい「プロデューサー?」


P「ん?」


やよい「大好きですよ、ずっと」


P「……おう」


やよい「プロデューサーは、言ってくれないんですか?」


P「そんなの、言うまでもないと思うんだけどな」


やよい「でもでも、女の子はちゃんと言ってほしいものなんですっ!」




P「……だ、」


P「……大好き、です」


やよい「なんで敬語なんですか~!!」


それからプロデューサーは、ぎこちなくかがんで、私にキスをしました。


私はいつも、この瞬間、この身長差が愛おしく思うのです。


ぎこちなくかがんで、かっこ悪いキスができる、


プロデューサーと、私だけの距離。


やよい「あの」


P「ん?」


やよい「見られてますよ」


P「誰に?」


やよい「月に、です」


大きな月が、私たちの恋を見守っていました。


プロデューサーは月を見上げ、嬉しそうな顔をします。


もう一度、私はキスをしました。


波打ちぎわで春の波が、寄せては返すみたいに。


ゆっくりと、柔らかに。


P「暖かくなってきたなぁ」


スッ


やよい「もうすぐ四月ですから」


ギュッ


さしだされた左手に、私の右手を重ねます。


あなたの薬指には、私の左手のと、サイズ違いのプラチナの指輪。



P「やよいの手は小さいなぁ」



やよい「もう、何回も聞いたかなーって」



P「これからも、何度でも言えるといいな」



やよい「……ずるいですよ、そんなの」


私たちはよく、手をつなぎます。


そして、プロデューサーは、私の半歩のまた半分だけ、前を歩いて。


私は、プロデューサーの半歩のまた半分だけ後ろを、ついていきます。


街は人工的に輝き、恋人たちは歩く。


恋人じゃない人も、何かを待っている人も、何かを探している人も、


みんな歩く。




私たちは手をつないで、街を歩きます。


きっとこれからも私たちは、大人と子どもの境界線上を、


ゆっくりと、やさしく、手をつなぎながら歩いていくのでしょう。



P「やよい」


やよい「……?」


P「大好きだからな、ずっと」


やよい「…はい!」


おしまいです。


読んでくださった方々ありがとうございました。


“高槻やよい「暖めてあげるからそばにいて」”の正編でした。


甘いものは、苦いもののあとに食べると、より美味しい。


これからも、やよいとPが幸せでありますように。

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