井之頭五郎「杉並区 阿佐ヶ谷の鯖味噌定食」 (52)

ここにはつい最近も来たよなあ。

そんなに日は経ってないんじゃないだろうか。

「電車、普通でも良かったかなあ」

…予定の時間より随分早く来てしまった。
…少し張り切りすぎたか。
それでも何処かで暇を潰す程では無い。

仕方ない。電話して、少し早めに行かせてもらおう。
ゆっくり歩けば、多少は暇潰しにはなる。

「…ん?」

…ラピュタにトトロ、か。
ジブリが有名だったっんだっけ?

…巨神兵もあるんだなぁ。
仕事が終わったら、見てみようかな。

「…!」

いかんいかん。
いくら暇があると言っても少しだけだ。
こんな所で立ち止まってたら遅れてしまうな。

一応電話しておこう。

「…あ、もしもし井之頭です。本日お約束しておりました時間よりも少し早めに着きそうなんですが…はい、わかりました。それでは今から行かせていただきます。ありがとうございます」

時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。

『杉並区 阿佐ヶ谷の鯖味噌定食』

「住所では、この辺なんだよな…」

あれ…何処にも見当たらない。
住所通りに来たはずだけど。

「…あ」

ビルなんだ。
…という事は、ここの二階。

「…えぇ~…」

思っていたより、小さい。
いや、それは失礼か。

とりあえずエレベーターで、と。

「…?」

ボタンが反応しない。
壊れてるのか?

「…!」

いかん。たかが二階じゃないか。
その程度の距離上れずに何が男だ。

…よし。

「…ふぅ」

全力疾走なんてするもんじゃないな。
俺ももう無理は出来ない歳という事か。

…ちょっぴりしんみり。

「すいません。連絡頂いた井之頭です」コンコン

「はーい。今開けますね!」ガチャ

「あ、だいじょ…」
「……」
「……」

「「………」」

……!!

「あ、す、すいません。つい…」

「い、いえこちらこそ…」

扉を開けたら、そこに美人がいた。

緑のスーツって、珍しいよなあ。
カチューシャをつけてるってのも。

でも、似合ってる。
俺にもこんな嫁さんがいたら…。

「…井之頭さん?」

「…は、はい!」

「お茶用意しますので…どうぞ此方へ」

…何をやってるんだ。
仕事だ、仕事!

「ああ、どうもどうも!お待ちしておりました!」

「どうも…」

何だかあっけらかんとしてる人だなあ。
それでもこんな大きなプロダクションの社長なんだよなあ。

「本日、商品の写真をお持ちいたしましたので…」

「ふんふん。ああ~良いですねぇ。ティン!ときた!」

「…てぃ、てぃん?」

…何だ、てぃんって。
ピンときたって言いたいんだろうけど。

「ああ、それと高木さん。こちらの方も見ていただきたいのですが…」

「?…ほほー。これもまた中々…」

…ちゃんと見てくれてるのかな?

にしても、随分頼んだものだ。

15点で、しかも全部バラバラ。

この人曰く、プレゼント用だと言ってるけれど。

若い子達が好きそうな物ってだけ言われても、正直困る。

「うん!どれも良い!さすが井之頭さんだ!ありがとうございます!」

「あ、は、はぁ…」

「では、この品々で…」

「うん、よろしくお願いしますよ!」

全部頼みそうな勢いだったなぁ。

「あ、それと井之頭さん」

「はい?」

「この事は、私と井之頭さんの秘密だけにしておいて下さい。彼女らにはあくまで事務所の飾り物と言っておりますので…」

そういう事か。
まあ確かに社長から頼まれてあなた達用のプレゼントを持ってきました、なんて言えないよな。

妙な空気になる事間違いなしだ。

「分かりました。では、これで…」

「またよろしくお願いします」

「はい」ガチャ

「「パーン!!」」

「!!!?」

「わーい!セイコーセイコー!!」
「やったね亜美ー!」

えぇぇ…?
な、何だあ?

「おじちゃんおじちゃん!びっくりしたー?」
「ねぇねぇ驚いたー?」

「え、えっと…」

子供?
何でまた…。

…あ、ここアイドル事務所だよな。

アイドルがいて当然か。

「おじちゃんおっきーね!」
「キョンシーへーだー!!」

……それを言うなら巨神兵じゃないのだろうか。

しかし、俺が子供の時は、どんな感じだったかな。

もう40年以上前だし、覚えてないな。

「こら!亜美に真美!またお客様にちょっかい出して!」

「!」


「うひゃー!鬼軍曹だー!」
「逃げろー!」

「誰が鬼軍曹よ!!…全く、すいません井之頭さん…」

「あ、いえ別に…大丈夫です。あの、あの子達は…」

「ええ、ウチのアイドルですよ。あれでも中学2年生です」

「中学2年生!?」

まあ、確かに背丈は高かったよな。
でも、行動は…。

「あ、あはは…」

あ、やっちゃったか?

「あ、えっと別にそういう訳では…そ、そう、身長が高いから…」

「あ、確かにそうですね…もうすぐ私も抜かされそうですし…はは」

「…」

頭が、一瞬だけ、パイナップルに見えた。

いや、やめよう。
失礼な事は考えちゃダメだ。

「…井之頭さん?私の頭に何か?」

「い、いえ!別に!…そ、それでは…」

「は、はぁ…」

何だか急いで帰ってきてしまった。

あそこは何だか慣れない、そんな気がする。

…いつもより疲れてしまった。

…いや、それ以上に。

今、まさに。

俺は。

腹が。

減った…。

こうしてはいられない。

どこか店を探そう。

どこかに、どこかに店は…。

「……あ」

そういえば、あの事務所の下。
「たるき亭…」

いやしかし、またあそこまで戻るのは気がひける。

……。

「………」

そう思ったら何だか気になり出したぞ。

…よし、思い立ったが吉日だ。
あの店に全てを委ねよう。

「…ここ、か」

いや、ただ戻ってきただけだ。

だけどここには何だか惹かれるものがあるような気がする。

「…」

「いらっしゃいませー…空いてるお席へどうぞー」

見た所、普通の定食屋。

…あ、でも色んなメニューがあるんだな。

「お茶です。どうぞごゆっくり~」

「…」

さて…。

あ、メニューは壁にかけてあるやつだけなんだ。

じゃあ、何にしようか。

「…ん?」

日替わり定食、か。
今日は鯖味噌定食。

最近、魚を食べてなかった気がするから、ちょいとそそる。

「…」

定食だから味噌汁もついてるよな。


「いらっしゃいませー。あ、小鳥さん!どうぞー!」

「…?」

知り合いでも来たのか…な…。

「…あ」
「…あ」

「あ、どうも…」
「ど、どうも。井之頭さんもここで食べる事にしたんですね!」

この人、小鳥さんって言うんだな。

緑のスーツに黄色のカチューシャ。

…インコっぽいような。

「井之頭さん?」
「あ、いえ。…ここが目に付いてしまいまして」

「ふふ。確かに、事務所の下ですものね」

「ええ、そうですね…」

「…」
「…」

…気まずい。
多分向こうも同じ事思ってそう。

…カウンター席選んで良かった。
これがテーブル席だったら、もっと気まずくなりそうだった。

「あのー…すいません」
「はい?」
「あ、いや、注文を…」
「…あ、す、すいません…」

「はい、ご注文をどうぞ!」

「えっと、日替わり定食を一つ」

「はい!日替わり一つ!」
「はいよー」

ちょっと急ぎすぎたか。
もうちょっと練れば良かったか。

「私も日替わり定食で…後、単品でささみ串を」

「はいよー」

…ここは直接言ってもいいんだな。
ささみ串、か。

焼き鳥、なんだよな。

「…あの、僕もそのささみ串を一つ」

「?はいよー」

「あ、えと…ふふ」
「あ、はは…」

…やっぱり気まずい。

「…はいお待たせしましたー!ささみ串です!」


ささみ串というよりは、野菜とチーズのささみ巻き、の感じ。
焼き鳥、じゃないんだなあ。

「……いただきます」

………。

ん?
柔らかい。
噛んだらすぐに消えてく。
それにチーズもあって、まろやか。

さやえんどうかと思ったけど、アスパラか。

………。

うん。
これは美味い。

これがおかずでも良かったのに。

定食には無いんだな。
なんでだろう。

「ふふ。美味しそうに食べるんですね」
「え…」

「あ、いえその、井之頭さん、凄い笑顔で食べてたものですから…」

「あ、はい…」

「仕事は終わりと聞いてましたけど、お酒とかは飲まないんですか?」

「あ、いえ、下戸なものですから…」


「え」
「え」
「え」

「…そ、そうなんですか!意外ですねぇ。強そうなのに…」

「はは…よく言われます…」

………やりづらい。

「あの、ええと…」
「音無、小鳥です。…よろしくお願いしますね」

「あ、はい。…音無さんも、アイドルなんですか?」

「え?」

「い、いえ、すごく、美人なもので…」

「………あ、わ、私は、事務員なんですよ…」

「えっ…そうなんですか?…す、すいません」

「い、いえありがとうございます。…嬉しかったですよ。井之頭さんは、アイドルに興味は…?」

「……あ、その…すいません。全く、存じ上げません…」

「そ、そうですよね…」

「…ウチの社長に会った感想は、どうでしたか?」

「高木さん、ですか…。とても、素晴らしい方だと思いますよ」

「ええ。本当に、私もそう思います。優しくて、とても嘘がつけない方なんですよ」

「……嘘が?」

「はい。井之頭さん、社長に事務所の飾りを頼まれたんでしたっけ?」

「あ、は、はい」

「……ふふふっ」


「?」

え、なんだろう。
おかしな事、言っちゃったかな。

「い、いえ。今の井之頭さん、社長にそっくりでしたから…。飾りを頼まれたっていうの、嘘でしょう?」

「!?」

「ふふ。社長の事ですから、私たちへのプレゼントでしょう?…全く、社長ったら…」

……この人、エスパーなのかな?

「社長が何かを購入する時は、必ず事務員である私に話を通しますからね。それが無いという事は、必然的に何かを隠してるって事ですよ」

「あぁ…」

じゃあ、初めの時点でばれてたんだなあ。

「でも、ああいう人だから、皆がついてきたんですよ。
… アイドルの子達や、私達、プロデューサーの人達まで、皆を愛してくれているんです。
本当、嬉しいですね」

……あの社長にして、この人達、ありか。

そりゃあ、トップアイドルになれるよなあ。

「お待たせしましたー。鯖味噌定食でーす!」


「……」

鯖の香りが、食欲をそそる。
…あ、一味唐辛子。


やっぱ、鯖からでしょ。

……。

うん。良い。
じわ~っと、鯖の旨味と味噌が来る。

鯖の味噌煮って、誰が初めに考えたんだろう。

こんな絶妙な組み合わせ、よく考えたよなあ。

うん、本当に美味い。

腹が減ってた分、余計に美味い。

付け合わせの漬物は…。

あ、ちょっとピリ辛。

だけど、それがいい。

これでもご飯が進んでしまう。

味噌汁は、赤味噌だけど若干薄味。

鯖味噌効果だろうか。

「……」

おいおい、もうご飯が無くなっちゃったぞ。

「………」

「…あ、もしよろしかったらおかわりします?」
「あ、はいお願いします」

………。

鯖味噌って、不思議だ。
単品だとそんな頼まれないけど、ご飯があると人気。

鯖味噌味のふりかけとか、売れそう。

味が濃い分、ご飯も進む。
これなら、大食でも定食で腹一杯になれるな。

………。

「~……。ご馳走様でした」

「えー日替わり定食とささみ串単品で、900円になります」

「え?」
「?」

……安い。

「あの、おかわりのは…」
「あぁ~…ウチはおかわり無料ですから♪」

あ、そうなんだ。
やっぱり、ここに来て良かった。

「それじゃ、音無さん、また…」
「…!は、はい。…えっと、765プロの子達もここにはよく来ますから!」
「はい?」

「もし良かったら、ファンになってあげてくださいね!」

「は、はい」

「ありがとうございましたー!また来てくださいね!!」

「はい」




……。
事務所の大きさは、関係無いんだな。

全ては、その人達の情熱なんだな。

音無さんも、きっとアイドルの子達を愛しているんだろうな。



…さて、明日は浅草だ。

ゴロ~

ゴロ~

ゴロ~

イッノッガシッラ

ゴロ~

ゴロ~

ゴロ~

イッノッガシッラ

「…あ、ジブリ見てなかったなぁ」

「まさか、まさかのね、なんだかんだで4年ですよ」

「吾郎も食べてるけど、僕も4年食べてるからね(笑)」

「でも、吾郎と同じ物は食べられないんだよね(笑)」

「僕も食べたい!鯖味噌!」

本日やってきたのは、765プロダクションの下にあるこのお店。

「またたるき亭ってのが入りやすい名前だよね~」

久住さん、店の中に入ると早速。

「お、おやおや?これは…泡ジュースですか?(笑)」

「(笑)」

そして久住さんが頼んだ物は…

「お待たせしました~豚カツです~」

「おお…ボリュームが凄いですねぇ…」
「吾郎は大きいから小さく見えるんだろうね。僕は小っちゃいから。小っちゃいおじさんって亜美ちゃんと真美ちゃんに言われるんだ(笑)」

そのお味は…?

「いや、もうサックサク!この泡ジュースとよく合うんだよね~……なんでかな(笑)」

「このお店ってどれくらいやってるんですか?」

「もう20年くらいですかねぇ…」

「20年!?」

「上の、ほら、アイドルの方達は4年前なんですよ?」

「あ!じゃあドラマ吾郎と同じだ!(笑)」

「(笑)」

「アイドルの子達もよく来てくれるから、それ目当てで来る方もいるんですよ(笑)」

「え?いや、僕はふらっと、ですから(笑)」

「(笑)」

今回久住さんが訪れたのは阿佐ヶ谷駅から徒歩10分、たるき亭です。

運が良ければアイドルの子達に出会えるかも…?

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