勇者「魔族のスパイが潜入しているだと?」 (234)

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村民「そうだべ!だから、オラ、急いで勇者様に伝えようとここに来たんだ!」

勇者「うーむ、確か君は南の端の村から来たんだったよね?」

村民「んだ!」

勇者「ここまでに7日か…、その事は他の人にはしゃべった?」

村民「いや、まずは勇者様か皇帝陛下にと思って誰にも言ってないべ!」

勇者「よし、その方がいい。下手に噂で帝国中が混乱すれば、魔族の思う壺だからな。よく黙って、伝えてきてくれた。ありがとう。」

村民「いや、オラはただただ怖くてしゃべれなかっただけだ。」

勇者「大丈夫、その恐怖も俺がどうにかするさ。」

村民「た、頼みます、勇者様!」

勇者「お安い御用さ、ところで君。これからはどうするんだ?」

村民「村には寝たきりの母がいるんだべ。だから早く帰らないと。」

勇者「そうか。それなら俺が送っててあげよう。」

村民「いや、そんな勇者様にご迷惑じゃ…。」

勇者「安心しろ、一瞬で送ってあげるからさ。」

村民「え?」

勇者「なんというか、瞬間移動みたいなものだ。だから早くこっち来いよ。」

村民「だ、大丈夫…だべか?」

勇者「安心しろ、怖いのは一瞬だ。ほら、こっち来いよ。」

村民「…わ、分かったべ。」

タタタ…

勇者「よし行くぞ?いいな?」

村民「だ、大丈夫だ。」



勇者「…死ね。」

ザッ…

村民「え…な、なんで…。…。」バタッ…

勇者「…ほら言っただろ、怖い思いは一瞬だとな。」

勇者「悪く思わないでくれよ、これは皇帝陛下直々の命令でな。…まぁ、あの世で母親のお迎えでもすることだ。」

勇者「まぁ、俺はそもそも魔法の類は回復関係しか出来ないしな。すまんが、あんたの母親の治療は不可能さ。さてと、誰もいないとは言えそのままじゃまずいしな。この死体どうにかしないとならんが…やっぱり、あいつに頼むとするか。」

―クライツ帝国、皇都教会

僧侶「またですか?」

勇者「あぁ、そうだ。安心しろ、今回は一人だけだから手間もかからないだろ。」

僧侶「そりゃあ今回はそうですけど。この前なんて、勇者様が村一つ潰したんで大変だったんですよ!」

勇者「そういうこと言うなよ。秘密を知る人間は、早めに芽を取れって、賢者も言ってたじゃないか。」

僧侶「あのエセ警官にですか?」

勇者「エセも何も警察のトップじゃないか。その警察は全員皇帝側さ。もし賢者がエセなら、警官全員がエセじゃないか。皇帝陛下だってそうだ。政治ってものは、エセだらけなんだからな」

僧侶「陛下をエセ呼ばわりですか、不敬罪で捕まりそうになっても、聖教会への亡命は認めませんよ?まぁ、どっちでもいいですけど。とりあえず、この方は旅行中の不慮の事故にでもしときましょうか?」

勇者「それでいいさ。」

僧侶「ところで、最近の皇帝陛下はいかがでしょうか?」

勇者「相変わらずだ。ただ、最近は狩りに行かれる機会も減ってるが…おそらく年齢を考慮して減らしてるのだろう。それがどうした?」

僧侶「いや、それは特に。さて、この天国に行った村民が言ってた魔族の件なのですが…。」

勇者「何の使者だったんだ?」

僧侶「魔族側で粛清が行われたそうです。なんでも魔王に反逆したとかで。」

勇者「反逆?つまりこちらと勝手に大体的に和睦しようとした一族がいたということか。」

僧侶「そういうことです。ですから、慌ててその一族の首領を処刑したので、一族の他の連中が色々やらかす可能性もあると。」

勇者「つまり残りは俺たちに頼むということか?」

僧侶「ええ。」

勇者「なんでいっぺんにしないのかな、馬鹿だろ、魔王も。」

僧侶「馬鹿のほうがありがたいでしょう?」

勇者「確かに。どちらにしろ、俺と剣士が出れば充分か。」

僧侶「あの予備軍大将も行かれるんですか?」

勇者「たまには出番を与えないと怒るだろ。」

僧侶「…終わったら、またパレードでも?」

勇者「あぁ。あれはいい。それにそういうのに参加させてあげないと怒るだろ、あいつ。」

僧侶「確かにそうですね。…頼みますよ、教会に沢山お布施を呼び込んで下さいね。」

勇者「守銭奴め、任せろ。」

タタタ…

僧侶「ふぅ、相変わらず皇帝の狗ですか。熱心なようで。」

僧侶「ま、今の皇帝が推し進めている路線は我々聖教会にも利益につながりますから、結構ですけどね。しかし、帝国の体制を守るために、そして教会のために、あえて魔族を存在させて全ての悪を押し付けていると知ったら、国民はどうしますかね…。」

僧侶「…その時は、我々が民を導くべきですが。」

僧侶「?」

僧侶「…気のせいですかね。さっ、このご遺体を早く何とかしましょう。」

タタタ…

少女「…!」

この時、私はまだ10歳。皇都の教会に併設している孤児院の世界しか知らない私は、世界のある真実-人々に知られてはいけない真実を知ってしまった。


ただただ、友達とかくれんぼをしていただけだった。私はかくれんぼに自信があった。
広い敷地の中で、どこかしらに隠れるのは得意だった。
その特技は、天性の才能だったのかもしれない。
しかしだからこそ、クライツ帝国の近衛隊長である勇者様と聖教会の帝国司祭長を務めていた僧侶を相手に、存在を知られないまま隠し通すことが出来たのだろう。
存在に気づかれていたら、私はもうこの世にいない。この大地に立つことが出来なくなる。それぐらいのことは、まだ幼い私でも分かった。だから、この話を誰かに言うことは無かった。

それが私の秘密。



少年「少女、今日も訓練?」

あれから5年後。私はもうすぐ孤児院を卒業することになっていた。

少女「うん。一緒に行く?」

少年「やめとくよ、こてんぱてんにされるのは分かってるんだから。」

少女「だから訓練するんでしょ!」

少年「それは分かってるんだけど、少女が強すぎるんだもん。」

少女「私が強いんじゃないの。あんたが訓練をサボるから弱いんでしょ?」

―そう、私は孤児だ。親は誰なのかそれは知らない。産まれてすぐに教会に置いていかれたらしい。ゆりかごと一緒に一通の手紙が置かれていたそうだ。

『この子を御願いします』

ただそれだけしか書いてなかったらしい。薄情なのか、切羽詰まっていたのだろうか。それは、誰も知らない。

15歳になると、私達孤児は孤児院を卒業しなければならない。
それは、この世の中にとって、手に職をつけることが出来るのが15歳だという認識があるからだ。
私はあの事件からまもなく、剣技を習うことにした。それは、自分の命は自分で守ると幼い心ながら思ったからだろう。
幸い、孤児院や隣接する教会には人の出入りが多いことから、簡単に師匠を見つけることが出来た。

師匠「少女、もっと集中だ。」

少女「はい。」

師匠は無駄を嫌う。私達弟子への指摘に、感情を運ばせないのもその一つだろう。そして、剣技にもその様子が見て取れる。

師匠「もっと素早くダイレクトに突け。」

少女「はい。」

私の返事もあっけない。返事は剣で表現すればいい。
こうしていつの間にか、私の剣技は上達していった。同期で私に対抗しえる者はいないほどになった。

少年「はぁはぁ。…そんな風に舞いのようにやられたら、悔しいの声も出ないよ。」

少女「そんなに私は綺麗?」

少年「剣技だけね。顔はまぁ…うわ、やっべ。け、剣持ってこっち来んな!」

少女「こ、この野郎~!」

生来のおてんば娘である私は、剣を持っている時とそうでない時との差が激しかった。
兎にも角にも、私は15になる。孤児院を出て、自立しなければならない。いくつかから声がかかった。特に孤児院のあるクライツ帝国からは、

『兵士として、いや、士官として入隊して欲しい。もしよろしければ、近衛隊でも構わない。』

という誘いもあった。これは、私が出場した剣技大会で近衛隊長の眼に止まったからであった。
しかし、私は丁重にお断りをした。近衛隊長…それはあの勇者。

勇者の秘密を知る私が近くに居れば、何かと感付かれる恐れもある。そして、もう一つの思いが私にはあったからだ。






勇者は私が倒す。この腐敗した国は私が…。

―数ヵ月後

少年「で、少女、お前はこれからどうするんだよ?」

少女「旅に出るわ。」

少年「おいおい、軍に入った方がよっぽど楽じゃん!」

少女「だって、入りたくないもん。」

少年「もったいないよな~。」

少女「嫌なもんは嫌なの。…そういえば、少年は商人の所で修行するんだってね?」

少年「そう!俺は金持ちになるんだから!」

少女「まだ見習いでしょ?お金持ちなんて遥か遠い夢でしょ。」

少年「あー、そういうこと言うんだ。なら、大人になってもお金を貸してあげない!」

少女「あら、くれるんじゃないの?」

少年「あ、あげないよ!」

孤児院の卒業式、これが終われば私もこの教会とおさらばだ。

僧侶「聖霊様はあなたのことを見守っているでしょう。」

粛々と進められる儀式の中で、孤児院の理事長も務める僧侶は淡々と形式的な挨拶を済ませていく。その言葉は神々の名を語って美しく形容されたものであった。
よく言うよ、見守ることすら出来ないくせに。
教会の言うことは嘘八百だ。養ってもらった人に言うのも変だけど、結局教会は権力に魂を売っているゴミみたいなものだ。
少なくとも、教会の言うことに関しては、疑いなく純粋に信じられる存在ではないことを痛感していた。

僧侶「聖霊様と大地に感謝を。」

少年「じゃあ、俺は一足先に出発するよ。商人ならどこにでも行くんだから、またどこかで会えるさ。」

少女「そうね。…じゃあこれあげる。」

少年「え?…50G?」

少女「そう。今度会うときは、1000倍の50000Gにして返してね。」

少年「なんでだよ!」

少女「いいじゃん、お金持ちになるんでしょ?だからその投資。きっちり増やして返してね~!」

少年「ち、ちくしょー!…じゃあまたな。」

少女「うん。」

こうして、孤児院と仲の良かった少年と別れた私は、出発の挨拶に師匠の元に向かった。
最近の師匠は、病気がちになってきている。師匠を置いていくのはどうかと思い、旅の延期をしようとしたら、

師匠「その時間は無駄になる。お前はさっさと出発しろ。」

との言葉に、私は反論することが出来なかった。

少女「…師匠。」

師匠「あぁ、少女か。孤児院を卒業したか、おめでとう。」

少女「はい。」

師匠「行くんだろう、これから。」

少女「…はい。」

師匠「泣くな。」

少女「…はい。」

声になったかどうかは分からないが、嗚咽を必死に抑える私に、師匠はいつもと同じように無駄の無いアドバイスをしてくれる。

師匠「少女、これは私の形見だと思って貰って行ってくれないか?」

少女「え、これは…?」

師匠「クレセントソード。三日月の剣だ。」

少女「こ、これって師匠が言ってたあの大事な剣じゃないですか!も、貰えません!」

師匠「持っていくんだ。知り合いの鍛冶師に磨いでもらったのだ。お前が扱えやすいようにな。」

少女「わ、私に?」

師匠「そうだ。私が持ってても、もう使うことは無い。だからお前が持っていくんだ。」

少女「で、でも…。」

師匠「私はお前がしたいことをある程度は把握しているつもりだ。」

少女「…!?」

師匠「そんな驚くこともあるまい。剣には、感情が残るのだからな。師匠である私がわからなくてどうする?」

少女「…。」

師匠「安心しろ、これは私だけの秘密だ。」

少女「…。」

師匠「だから泣くな、これからが始まりだからな。」

少女「…ん、はい。」

師匠「お前は、自分で険しい道を行こうとしているんだ。そんなこと、誰だって出来るものじゃない。」

私は必死に涙が出てこないように耐えようとしていた。しかしそれでも心の奥から、涙がこぼれてしまう。

師匠「頑張れよ。」

その言葉は、師匠からかけてもらった最後の私への激励であった。
私は知っていた。師匠が不治の病である事を。そして、これが今生の別れになることを。

少女「…ありがとうございました。」

師匠「うむ。」

こうして、私は孤児院を出て修行の旅に出た。15歳、まだ寒さの残る春の時期であった。

―帝国 皇都宮殿

大臣「というわけでありまして、このように方針を定めたいと思います。」

皇帝「ふむ、そちの勝手にするが良い。」

大臣「はっ。」

皇帝「朕は休む。そのまま続けておくれ。」

一同「はっ。」



帝国将軍「随分とおたくの人形はお疲れのようだな。」

大臣「将軍殿。それは不敬罪に値しますぞ。」

帝国将軍「それは失礼。ですが3年前に先代が亡くなり、代わりに就任した我が皇帝陛下は大臣殿の人形なのは事実でしょう。」

大臣「そういう表現はよしてもらいたいものだ。私はただこの国のためを思って陛下に進言しておるだけだ…。」

帝国将軍「それでいて私腹を肥やしているのだから、それはそれは随分と謙遜な発言ではないか?」

大臣「…私腹ではない。これは国家のためである。それにだ、その蓄えから帝国として聖教会に寄付しておる。」

帝国将軍「私には同じようなものだと思いますがね。ところで、その崇高なる大臣殿に御願いしたい。」

大臣「…何の用だ?」

帝国将軍「勇者殿をお借りしたい。」

大臣「断る。」

帝国将軍「なぜだ?勇者は我々軍の所属。現に近衛隊長と言う職務を得ている。」

大臣「しかし今は別の任務のために、軍とは独立して動いてもらっている。」

帝国将軍「何故そのような事を、勇者に押し付ける!」

大臣「国のためですから。それ以外には申しあげられませぬ。」

帝国将軍「この石頭め!勇者を再度魔族討伐に派遣すれば、今度こそ滅ぼしてくれように!」

大臣「今はその時期ではない。」

帝国将軍「この分からず屋が!お前は皇帝陛下の親戚になったそれだけで、その職を安泰なものにしたのだろ!少しは軍の言う事を聞け!」

大臣「何を言う、軍は陛下に統帥権があると定められている。その範疇を超えないで頂きたい。」

帝国将軍「その陛下を操っているのは貴様ではないか!つまり、貴様は我々の統帥権を侵害してることになる!」

大臣「操るとは人聞きの悪い。正しい方向を提示していると申していただきたい。」

帝国将軍「正しい?何を言う!現に魔族が野放しにされてるんだ。それを正しいと申すのか!」

大臣「以前の討伐以降、向こうから侵攻してくる回数は激減したではないですか。それに、ただ単純に討伐隊を送ればいいわけではありませんぞ。我々には、情報が少ないのですから。」

帝国将軍「ああ言えば、こう言いやがって!」

大臣「ですが、事実でございます。よろしいですかな、将軍殿?」

帝国将軍「くっ…お前とは話にならん!」

タタタ…

大臣「…戦略眼の無い愚かな者よ…。」

大臣「書記官!」

書記官「は、はい!」

大臣「今の将軍と私の発言は削除せよ。」

書記官「よ、よろしいのでしょうか?」

大臣「(ギロリ)…不満か?」

書記官「い、いえ、出すぎたマネをしました。」

大臣「では削除してくれるな?」

書記官「お、仰せのままに。」

大臣「皇帝陛下に忠誠を誓った優秀なる諸君よ…少し頭を冷やすためにも、会議を一時休会としようではないか。」

―別室

?「よろしいのですか?」

大臣「誰かと思えば、今話題の勇者ではないか。」

勇者「皮肉はやめて下さいよ。」

大臣「皮肉も何もあるものか。突然、勇者を差し出せとはお主も人気者だな。」

勇者「さぁ、どうだか。しかし、そのままでよろしいのですか?」

大臣「彼は元々、頭よりも腕力で今の地位を得ている。このような戦略に、口を挟む必要性は無い。」

勇者「いや、それもそうですが、このような暴言を許していいのですかという事です。議事録から削除する必要がありますか?」

大臣「ああ、彼にはまだ残っていただく必要があるからな。」

勇者「?」

大臣「彼は、軍のトップだ。」

勇者「頭の悪い人間がトップなのは嫌ですがね。」

大臣「そのようなことは、私にとってはどうでもいいことだ。」

勇者「その発言を聞いたら、軍は叛乱するでしょうな。」

大臣「もしそのような事態になったら、責任は彼に取ってもらう。いや、それ以外の事態であってもだ。分かるな?」

勇者「なるほど…。」

大臣「ところで何用だ?」

勇者「いや、気になる情報が一つ入りましたので、是非お耳に入れておこうと思いまして。」

大臣「なんだ?」

勇者「…次期陛下の後継者の件です。」

大臣「…?後継者は、姫君の婿である君しかおらんはずでは。」

勇者「一般的にはですね…ですが、その血筋を持っているものはゼロではないでしょう。」

大臣「そのような者を見つけたというのか?」

勇者「いえ、今のところの調査では確定できておりません。しかし、もしかした居るかもしれないという情報を手にしまして。」

大臣「どういうことだ?」

勇者「今の皇帝陛下の祖父君の3番目の弟に、隠し子がいたようです。その者は亡くなっておりましたが、どうやら結婚していたようです。」

大臣「…その子供とやらの居場所は、まだ分からぬのか。」

勇者「ええ、現在調査中ではありますが、居場所は未だに掴めぬ状態です。何にしても、その者が一体誰なのか全く検討がつかぬ状態でして。」

大臣「勇者、君はこれからその件をどうしたいと思っている?」

勇者「このままほっといてしまうのは愚策かと。」

大臣「…自分が次に座る玉座を危うくしたくないということか?」

勇者「…そういうつもりで言ったわけではありません。ですが、我々に歯向かう勢力が、もしこの者を利用するとなると厄介ごとになります。早めに対処すべきかと。」

大臣「任せる。」

勇者「は?…はっ。」

大臣「その件は自由に対処して構わん。もし、後始末に人手が居るのならば進言してくれ。善処いたそう。」

勇者「ありがとうございます。」

大臣「その件よりも、今は魔族と…そして我が帝国の不埒な連中の処遇のことのほうが大事だ。後でその事について話したいことがある。夜に私の屋敷に来てくれるか?」

勇者「承知いたしました。」

大臣「では、私は会議を再開しなければならないから失礼するぞ。」

勇者「はっ。」

タタタ…

勇者「さて、これからどうなるかお楽しみだ。」

タタタ…

大臣「さて、これからどうなるか。…興味深いの。」

―帝国街道

私の旅。目的も無くも決まらぬ旅。
とりあえずはと南の港町へと向かうことにした。港町なら各地に赴く商人も多いとの事なので、それだけ情報も多く入るかもしれない。そう思い、私の行き先はまずは決まったのである。

旅人「姉ちゃん、これ食べるか?」

少女「ありがとう。」

剣使いの私が、旅をしながらお金を稼ぐ方法。それは護衛として旅人とお供をすることである。一種の傭兵とも言うべきなのだろうか。

厳しい統治があるこの国であっても、護衛無しに移動するのは危険である。だから商人や旅人達は、お金で護衛を雇う必要があった。私はその護衛を行いながら、港町を目指すことにした。

旅人「いや、ありがとうはこっちのセリフだ。先程は本当に助かった。」

少女「あれぐらい、安い仕事よ。」

旅人「いやいや、守ってもらいながら姉ちゃんの剣を見ていたが、実に綺麗だった。今まで色々な護衛と出会ったが、これだけ華麗さと強さを兼ね備えた剣術は初めて見たよ。」

少女「そう?師匠のおかげだわ…。ありがとう。」

旅人「おまけに、他の連中より安い賃金なんだからな。本当にありがたい。だからこれはお礼だと思ってくれ。」

少女「フフフ、分かったわ。」

必要以上のお金なんていらなかったから、私は相場の半額ぐらいの護衛料で雇ってもらった。

最初は多少不安そうに私の事を雇った旅人だったけど、先程山賊に襲われた際にあっという間に片付けたら、私の事を信用してくれたみたいだった。



山賊頭「お前さんたちが持っているもの全て出してもらおうじゃないか。」

旅人「おい、護衛なんだろ!なんとかしてくれ!」

山賊A「そんな綺麗な女の子が護衛なのかよ!ハハハ…」

少女「私って綺麗なの?そう言ってくれてありがとう。」

旅人「おい、冗談はよせ!」

山賊B「それはこっちのセリフだ。さっさと姉ちゃんも持ってるもの全て出してもらおうか。」

少女「断るわ。」

山賊A「それはこの状況を分かっていて言ってるのか?」

少女「ええ。」

山賊A「では痛い目に合わせないと分からないようだな。」

少女「それはこっちのセリフだわ。」

山賊A「何を…グフッ!」

山賊C「てめぇ、何しやがった。」

それからは後は、無造作に襲ってくる山賊たちをかわしつつ、流れる様にあしらった。それが、旅人にとって『綺麗な剣』の動きだったのだろう。剣と言っても、全く相手を斬る事はしなかったのだけど。



旅人「よし、休憩はもう終わりだ。歩くとしよう。」

少女「ええ、分かりました。」

旅人「もう襲われるのは勘弁なんだけどなぁ。」

少女「そうね。」

旅人「ま、その時は頼むよ、姉ちゃん。」

少女「ええ。」

ここからあと2日ほど歩いたら、間もなく港町に着く。
港町に着いたら何をするか、どうしたらいいのか、そんな事は全く考えてなかったから少し不安を感じる道中であった。

―2日後、港町

旅人「…お譲ちゃん、あんたはその悪運を持っているから雇い金が安いのかい?」

少女「いえ、そんな理由で安くはしていないわ。」

旅人「…あれから5回も襲われるなんて予想してなかったぞ…。」

少女「その度に悲鳴を上げてたら、声が潰れちゃうわよ?」

旅人「あんたのその度胸を見習いたいわ…。」

あれから色々あったけど、そんなことお構い無しに私達は突き進んで行った。そして予定通り(?)に、港町に着いたのである。

旅人「姉ちゃんは、港町は初めてかい?」

少女「ええ、私は今まで皇都を出たこと無かったから。」

旅人「そうかい。ここは我が国随一の貿易と商売で賑わうの街だ。皇都とは違って色んなものがあり、色んな国の人間がやってくるからな。楽しんできなよ!」

少女「ええ、ありがとう。」

旅人「お礼はこっちのセリフだ。ともかく助かったよ。またどこかで会おう。」

少女「その時は悲鳴を上げないようにしてくださいね?」

旅人「ハハ…。」

少女「さて、どうしようかな…。」

誰にも聞こえない独り言を囁きながら、私は歩き出した。
こんなセリフを言葉にしてはいるけども、行くところはもうすでに決まっていた。

―市場。

まだ昼時、多くの情報源を集められる場所といえば、商人で賑わいを見せる市場が一番に挙げられる。
街の入口から市場までは、歩いて20分ぐらいの距離である。それにしても、活気のある街だ。

作業員A「おーい、それはこっちだ!」

作業員B「ほれ、落とすなよ!」

あれは新たな教会の建設現場らしい。まだ途上ながらも、私が過ごした皇都の教会よりもすでに大きい。
ノスタルジックな建築様式に、教会の腐敗さを知っている私であってもその華麗さに心踊るものを感じてしまう。

それだけでもこの街には魅力があるのだが、何か人々に羽ばたいてしまうような自由さを感じることも出来る。
思ったことを喋ることの出来る陽気さを。

薬屋「それはここが商業で成り立つ都市だからさ。」

その疑問を、市場の薬屋に聞いてみたところの答えがこれである。

薬屋「要するに、ここの連中のほとんどが自分の力でのし上がってきたという自負がある。だから、人には遠慮が無いもんなんだよ。」

少女「そんなものなのかなぁ。」

薬屋「そんなもんさ。ほれ、薬草は10個でいいな?」

少女「ええ。ところで、何か面白い話は無いかしら?」

薬屋「面白い話?」

少女「そう、国の事でも魔族の事でも。」

薬屋「あぁ、それなら今度ここから東に数日歩いた所で、ドラゴンの被害が出ているらしい。」

少女「ドラゴン?」

薬屋「そうだ、ドラゴンさ。どうだ、この話を聞いて本当だと思うかい?」

少女「…さぁ、見たわけではないしね。」

薬屋「そうだ、誰も見たわけではない。あくまでも推測の話に過ぎないものだよ。」

少女「…どういうこと?」

薬屋「つまりだな、結局誰もドラゴンなど見ていないがその被害規模が大きすぎるわけさ。だから、ドラゴンが来ていると噂が立ってるんだ。」

少女「ふーん。…その被害ってどんな感じなの?」

薬屋「あぁ、その被害が出ているのが東の茶畑の村と言うのだが、そこの畑の一画が全て荒らされていたんだ。…ある所では完全に燃やされたらしい。どう思う?」

少女「燃やされたのなら、確かにドラゴンの可能性もあるけど、でも普通に山賊団とかに荒らされたとか考えられるでしょ?それに、ここから東に数日程度なら魔族の領地からは空を飛べるドラゴンとはいえ距離は遠いだろうし、考えにくいわ。」

薬屋「あぁ、そうだ。だからさ、不思議に思えるんだ。いつの間にやらそんな噂が立ったんだろうなって。」

私にわざわざ疑問を投げかける薬屋は、どういった意図でこのような話をしてくるのだろうか?

薬屋「どうだ、興味の湧く話だと思うけど。」

少女「えぇ、そうね。ところで現地の人はここには来ないのかしら?」

薬屋「あそこの村は基本自給自足の村だからなぁ。来る時もあるけど、今は誰か来ているって噂は聞いて無いな。それに…。」

少女「それに?」

薬屋「それに、そんな噂があれば新聞社の記者が真っ先に取材しに行くだろうよ。」

少女「新聞?」

薬屋「あぁ、噂では茶畑の村に取材しに行こうとしているらしい。」

少女「熱心なのね。」

薬屋「そうだな。ま、でも一番手というのは無理になりそうだけどなぁ。」

薬屋「新聞屋の記者達だって、批判する時はある程度はオブラートに包んでるんだからな。」

少女「…そうなのね。」

薬屋「ごほんっ、とりあえず大丈夫だ。ここには私以外誰もおらん。商品を買ってくれる人間を売ることなど、商売人として絶対にしないから安心してくれ。」

少女「ありがとう。」

薬屋「で…その軍のことだけどな、調査隊の隊長は誰だと思う?」

少女「?」

薬屋「これは噂だけどな…勇者だ。」

私は彼の話を聞きながら、無意識に警戒をしていた。

言葉も少なく、じっと相手の視線から眼を外さない。剣を構えている時はそれでいいのだけれども、今は逆に相手に違和感を感じさせてしまっていたのだろう。
しかし、薬屋はその事に気付いていたであろうけど、声の調子を変化させること無く、その話を丁寧に続けてくれた。

少女「どうして、そんなこと知っているの?」

薬屋「情報屋が教えてくれたのさ。」

少女「情報屋?」

あぁ、そうだ、と薬屋は続けた。私の3倍以上は長く生きているであろう彼は、時折私の高揚した質問攻めにも淡々と答えてくれる。

―情報屋とは誰か?

そう質問したら、彼は同じように淡々と答えてくれるのだろうか?一瞬の迷いを見せた私を見逃さないかのように、間髪置かずに彼は話を続けた。

薬屋「こういう情報を教えてくれるのは、ほとんどが記者って奴だ。」

―薬屋を離れてから、数時間。太陽が沈みかけ、夕焼けの光が道しるべのように照らしている。

あれから、すぐに記者の所へと向かわなかったのは理由がある。
薬屋曰く、記者は根が不真面目だが仕事はそれなりにするので、今は取材に出かけているだろうとのことであった。
彼と職場で会おうとするならば、夕方から夜にかけてが一番チャンスということらしい。

それにしても、根は不真面目とはなんとまぁ酷い評価であろう。
このことに関しては、

薬屋「そりゃあ、新聞に載せる前に俺たちに情報を流してるのが常態化している奴を、真面目だと評価するのは難しいだろ?それにだ、慈善事業ではなく、それをダシに金銭を要求したり、酒を奢ってもらおうとしているのだから、余計タチが悪い。」

とのことである。

しかもお酒だけでは事足りず、女性との交流も要求するらしい。これは別人からの情報であるが。

私はあれから、市場で他にも何か気になる話は無いかと聞いて回った。
しかし、そのような情報が都合良く舞い込んでくることは無かった。

そこで、今度は記者と言う人間がどのような人物なのか尋ねてみると

売人「あいつはお金に弱い。」

防具屋「女たらしで仕方ない奴だから、会うなら気をつけとけ。」

銀行員「不真面目。」

とのことだ。

少女「…何か、不安になってきたわ。」

思わず、独り言をつぶやいてしまう。まるで嘆いたら嘆くほど夕焼けの光が暗くなり、お先真っ暗とでもなってしまいそうだ。

兎にも角にも、彼の働く新聞社はもうすぐである。

―新聞社 ??部

編集者「で、何だこれは?」

記者「何を言っているんですか、読んだとおりですよ?それとも文字が読めなくなったんですか?」

編集者「安心しろ、俺はお前の汚い字ですら読める能力を持っているんだ。ほれ、『皇女、第一皇太子の勇者からプレゼントされたルビーの指輪を紛失…か?』『教会で賽銭泥棒し御用になった男の親族が、突然金持ちになっていた!』ってな。」

記者「おぉ関心、関心。それなら紙面に載せることなんて簡単じゃないですか。」

編集者「これのどこが載せれると思っているんだ!」

記者「全部。」

編集者「んなわけねーだろ!どこのゴシップ紙の記事だ!いやそれよりも低俗な記事で酷い!」

記者「そんな娯楽だけの記事よりはマシだと思いますがね。」

編集者「似たり寄ったりだろ!」

記者「それに、批判しているところは真面目にしてますよ?」

編集者「だから余計タチが悪いんだよ!こんなん載せたら、あっという間にうちは発行停止処分だ。何人かは牢屋行きだろ!お前もそうだ!」

記者「そして、いつの間にやら渦中の人物は居なくなるってわけですか…おぉ、怖い怖い、身の毛もよだつ怖い話ですね。」

編集者「だったら、さっさとこんな記事かいてないでまともなのを書け!」

記者「ヘイヘイ、分かりましたよ。」

編集者「ったく、分かっているならさっさと行け。」



記者「はい、じゃあこれをお願いしますねー?」

編集者「なっ!?早過ぎだろ、お前。まさか最初からフザけてさっきの記事を出したのかよ!」

記者「まっ、第3候補って奴ですねー。」

編集者「お前、さっきの記事は何様のつもりで書いたんだ!?」

記者「いやー、いつも忙しい編集者殿の血圧が上がるといいなーって思って。」

編集者「殺す気か!?」

記者「死んでくれたら、俺も楽になるんですがね。」

編集者「お前が先に死ね!その時はご祝儀弾んでやるわ!」

記者「まっ、簡単にはくたばりませんよ。では、第3候補君をよろしくー!ちゃんと紙面にしてくださいね。ではでは、さよならー。」

編集者「お前、どこに行くんだ!」

記者「取材ですよ。素敵なね…。」バタンッ

編集者「この野郎!くそっ、また一杯喰らわされた。ちくしょ、何々?『東の茶畑の村、ついに帝国軍による調査…勇者派遣か?』ってこれ本当な…ちっ、行っちまいやがった。」

―新聞社玄関

記者「ふん~ふんっ~♪っておっと、失礼。」

少女「あ、すみません!私がつい余所見してて。」

記者「いいよ、別にね。ケガは無いかい?」

少女「えぇ、ぶつかっただけだから。」

記者「そっか、それならいい。では、失礼するよ。」

少女「…あ、あの!?」

記者「なんだい?」

少女「実は記者って人を捜しているんですが、ご存知無いですか?」

記者「うーん、記者って言われてもここには大勢の記者が居るしなぁ。」

少女「そうですか…。」

記者「うーん、その記者って人間はどんな人なんだい?」

少女「えっと…仕事が出来る優秀な人で…。」

記者「ここには優秀な記者がいっぱいいるから、そう言われてもねぇ。他に特徴が無いのかい?僕みたいに背が高いとか、ハンサムだとか。」

記者って職業は、全員一度鏡を見直した方がいいと思う。

少女「それは知りませんが、不真面目とか女性とお酒に眼がないとか聞きましたが…。」

記者「うーん、あまりパッと浮かんでこないな。残念ながら、君へ力にはなれなさそうだ。」

少女「そうですか…。すみません、突然。」

記者「いやいや、では申し訳ないが失礼するよ。」

少女「ええ。」

タタタ…

記者「そうだ、もしかしたら時事部の記者の事かもしれない。」

少女「本当ですか!?」

記者「本当かどうかは分からないから、実際に会いに行くがいい。時事部はこの建物の7階にあるよ。階段で7階に行けばすぐ分かる。」

少女「ありがとうございます。」

記者「いやいや、その人に会えたらいいね。では、また!」

少女「はいっ!」

―新聞社屋上(7階)

少女「くっ!」

…どうやら、あの男に完全にはめられたらしい。

―新聞社 時事部

少女「あの!」

編集者「うん、どうしたんだいお譲ちゃん?」

少女「ここに!記者って人が!いると聞いて!」

編集者「記者?あぁ、さっき俺に面倒事を押し付けて出て行ったよ?」

少女「そんなこと知ってます!!!」

編集者「…へっ!?」



編集者「それで、7階に行ったら屋上だったわけか。そりゃあ、完全に一杯喰らわされたな。」

少女「この時事部が本当は2階だったなんて、平気で嘘ついて!」

あー!まだ煮えくり返る!本当に最低っ!剣を振り回さなかったことだけ、私はまだ自制心があったと褒めてあげたいものだ。

編集者「ま、記者はそんな奴だ。…俺だって、さっきあいつに騙されたしな。」

少女「本当に信じられないっ!」

腹立たしさを感じながらも、まだまだ私が甘いことに嫌々ながらも痛感させられていた。逆に言えば、そうした自分自身の甘さに腹が立っていたのかもしれない。

まったく、それまで会った事ない人を愚直に信じすぎるなんて、私もまだまだだ。

少女「で、その記者って人は今どちらにいるんですか?」

編集者「お怒りのところ申し訳ないが、俺にも分からんのさ。」

少女「えっ?」

編集者「あいつは突然来ては、俺に記事を寄越してくる。この会社もよくもまぁ、そんな奴をクビにしないと感心させられるよ。」
少女「じゃあ、いつここに戻ってくるかも分からないという事ですか?」

編集者「いや、おそらく2、3日したら来るはずだと思うんだけどね。」

2、3日、ここで待つなんて、時間が勿体無い過ぎる。東の茶畑の村の情報は早く欲しい。

編集者「ちなみにどこに住んでるかは、うちの会社は分からないんだ。実に情けないことにな。」



なんとかして彼(あいつ)の居場所を知らないかと聞いたものの、

編集者「俺はわずかの情報すら知らない。」

との一点張りであった。その時の表情を考えると、確かにそうなのかもしれない。
先程は騙された私だけど、彼の言う通りかもしれないと思い信じることにした。

少女「失礼しました。」

時事部の部屋を去る私は、思案に暮れていた。この話とは別の話題を探すか、いやそれともやはり、この話題に勇者が絡んでいるのだから何としても彼を探してみるか。

この時、宿を探すことをすっかり忘れていた私は一生の不覚である。

少女「…片っ端かぁ。」

やる事は決めた。やっぱり探すことにしよう。彼から聞きだせる事は全て手にしたい。
そんな要求が頭の中を支配していた。

…とは言え、ここは初めて来た場所だ。右も左も分からぬ場所で探すのは容易じゃない。
しかし、何も全く何も無い状態で探すことになるわけではない。

「酒好き」「女好き」「情報屋」と、わずかばかりの情報はあるのだから、それを手掛りにすればいい。
この港町に、お酒が飲めるお店は約50はあるらしい。まずは、それを一つ一つ潰せばいい。

鍛冶屋「うーん、すまんがあいつが今日どこにいるかは知らんなぁ。」

バーテンダー「向かいのお店にはいなかったのか?」

武器屋「この前…3日前だけど、会ったのはこの通りの端の店だったぜ。」

お店を見つけては探し、居なかったら聞いて回る。少しずつながら、断片的な情報を手に入れつつあった。

呼び屋「お、姉ちゃん、うちの店で働かな…って、その胸ではうちに呼び込めなグフッ!」

…よ、余計なこと言ってるんじゃないわよ!

―2時間経過

少女「…ここね。」

この前に寄ったお店で、この店にいるという手掛りを得たのだ。



女主人「記者?今日はここに来てないわ。今どこにいるかは、知らないわね…。」

雑貨屋「おっ、べっぴんさんが2人いるじゃないかー。2人に見えるとは、俺も酔って来たのかなー。」

女主人「はいはい、ちゃんとここには綺麗な女性が2人いるわよ。」

雑貨屋「うーむ、自分で綺麗と言ってしまうとは自信がお有りだねー。」

女主人「はいはい。…雑貨屋さん、今日は記者君は見かけてないの?」

雑貨屋「記者ー?」

少女「ええ。」

雑貨屋「あいつ、女性にまた追われることしたのかー。ようやるわー。」

女主人「違うわよ。で、知らないの?」

雑貨屋「あぁ、あいつならさっき見掛けたよー。」



それがここだという。雑貨屋曰く、そのさっきと言うのが1時間前のこと。まだ彼が居るか分からないけど…。

―ガチャ

記者「よっ!」

はい?

記者「どれだけ待たせるんだよ~。」

少女「ま、待ってたって…。」

記者「あぁ、そうだよ。探してたんでしょ?」

少女「た、確かにそうだけど…。」

記者「でしょー。いやー、こんな可愛い子にモテるって嬉しいな~。」

少女「…ちょっと!勝手に決め付けないでよ!」

記者「まぁまぁ、そう照れなくていいからって。怒ったらその可愛い顔が台無しだよ?」

少女「誰のせいだと思ってるんですか!」

…最悪だ。そういえば、最初に会った時もこんな軽い感じであった。すっかりそんなこと忘れていた。

記者「はいはい、そんなこと気にしなくていいから、再会の祝杯を挙げようじゃないか。」

少女「さ、最初から自分だって名乗ってくれたらこんな苦労しなくて済んだのに!」

記者「苦労した方が、達成感も違うって言うじゃないか。」

少女「それとこれとは違います!」

記者「まぁまぁ、盃持ってね!」

少女「人の話を聞いてください!!と言うか、私未成年なんですけど!」

記者「分かってるよ?」

少女「分かってるなら何で飲ませようと!」

記者「安心してよ、俺だって少しはオレンジジュースにしてあげる事ぐらいのささやかな気遣いは出来るよ?」

少女「~っ!ほ、本当にオレンジジュースって、さっき嘘付いたばかりの人を信じられないんだから!」

記者「それ本当なんだけどな~。」

記者「それでは乾杯ー!」

少女「…。」

記者「乾杯!」

少女「…乾杯。」

記者「何、むすって顔をしてるんだよ。」

少女「誰のせいでこうなったと思うの?」

記者「まぁまぁ、水に流そうよ。」

少女「被害者と加害者では、被害者の方が明らかに腹立たしいと思うんですけど。」

記者「おぉ、それはそうだね。俺も事件いくつも取材してきたから少しは分かってるつもりだけどね。」

少女「なら、なんであんなことしたんですか!」

記者「そりゃあ、君がどれだけ僕の事を追いかけてくれるか試してみたくてさ。」

少女「用事が無かったなら、絶対に追いませんでしたけどね。」

記者「でも、あったんだろ?」

少女「…。」

記者「東の茶畑の村の事だろ?」

彼の質問に、コクリと私は頷いた。
まだ、彼に対して怒りもあったけども、警戒もあったのだろう。

記者「気になるか?」

少女「…えぇ。」

記者「勇者が出てくる、田舎の辺鄙の村からしたらそれだけでも大事だからな。」

少女「どこでその情報をつかんだのですか?」

記者「噂…と言ったら嘘になるな~。なぁ、情報ってのはどういうものだと思う?」

少女「情報ですか?…うーん、真実につながるものみたいな…。」

記者「うん、それも確かにある。けれど、情報にはまず質の良いものと悪いものがある。」

少女「事実と嘘ですか?」

記者「その通りだ。では、事実は本当にいい情報だと思うかい?」

少女「えっ?」

記者「うーん、じゃあ発想を変えよう。嘘の情報は、事実が全く無いものだと思う?」

少女「全く…全くではないと思う。」

記者「そうだ、嘘にもその多くは事実が混ざっているわけだ。スパイスのようにね。」

―彼はどこかの偉い講師のようにではなく、気さくな話し方で私に教授していた。
そう、真面目な話なのに、まるでお遊びについて解説するように。

記者「逆に言えば、本当とされる情報にも嘘が紛れてる事は多々ある。」

少女「…。」

記者「だからこうしたスパイスには、ほんの僅かだが整合性が欠けているんだ。まぁ、それを読み取って見抜くのは困難な事だけどね。」

少女「…じゃあ、何故あなたにはそのことを見抜くことが出来るの?」

記者「うん、スパイスが加わるにはそのように伝えたいという発信者の意図があるから、それを意識すれば自ずと分かるものさ。情報が外部の人間に漏れても仕方ない…と考えるのではなく、むしろ漏れてしまう事の方が都合がよろしいというのがな。」

少女「意図的なもの…。」

記者「あぁ、情報には必ずと言っていいほどベクトルがあるものさ。それに気付けなければ、後は発信者の思いのままってわけだ。」

少女「それに気付いて、あなたは勇者が出てくるのに気付いたってわけね。」

記者「チッチッ、違うよ。今回の勇者が出てくるっていう話は、帝国が意図的に出した情報だよ。俺はそれを聞いただけに過ぎない。少し早めにね。」

少女「えっ…じゃあ、なんでこんな話を…。」

記者「それは、君に少し協力を仰ぎたくてね。」

少女「え?」

記者「そう驚いた顔しなさんなって。」

少女「突然協力って言われても…。」

記者「なーに、簡単なことだよ。俺を警護してくれればいいんだ。」

少女「警護?」

記者「そうだ、東の茶畑の村に行くんでね。」

少女「え…でも、東の茶畑の村までの道って、軍によって閉鎖されたんじゃないの?」

記者「だから、君に護衛してもらおうと思ってるんだけどね。」

少女「つ、通行証は?」

記者「出るわけないじゃん。」

少女「じゃ、じゃあ犯罪の片棒を担げと言う事!?」

記者「うちの国の法律ならそうなるな。」

少女「それを今さっき出会ったばかりの人に、それも騙した相手にお願いするのはどうなの?」

記者「確かに君にとっては異論があるかもしれないが…けれど、君にも興味はあるだろう?」

少女「えぇ、あるわ。そうじゃなきゃ、あなたに会おうなんて思いもしないわ。」

記者「それはそれは、俺はドラゴンに感謝しなきゃいけないのかな?」

少女「勝手にすればいいわ。」

記者「まったく、手厳しいお嬢さんだ。」

少女「ふんっ。」

記者「腕を見込んでのことなんだけどね。」

少女「…腕?」

記者「皇都から港町の街道で、山賊一味をコテンパテンにやったのって君だろ?」

少女「な、なんでそんなことを…!」

記者「やっぱりね~。」

少女「えっ?」

記者「確証はなかったんだけどね、やっぱり君だったんだね~。」

…なんか、さっきから一歩も二歩も先読みされて、さらに馬鹿にされているようで腹立たしい。

記者「こうやって、ホラ吹くのも情報源獲得のための手段だよ?」

少女「っ~!」

記者「契約成立ってことね。」

少女「…それはいつまでなの?」

記者「そうだな、茶畑の村を救うまででいいかい?」

少女「救う?どうやって、新聞社の記者が村を救うって…。」

記者「さぁな、記事になって救うことが出来るかもしれないよ?」

少女「でも編集者が言ってたわ。検閲で引っかかる時があるって。下手に記事にしたら、牢屋に入ることもあるって言うじゃない。」

記者「…ま、確かに彼の言うとおりだよ。なら、他の人が救えばいいじゃない。」

少女「他の人?」

記者「例えば勇者とか。」

少女「…。」

記者「ま、どうなるかは行ってみてからだ。いいかい?」

少女「…分かったわ、いいわよ。」

記者「うん、じゃあ出発は3日後。いいね?」

少女「3日後!?もっと早く出発は出来ないの!?」

記者「いや、出来るんだけどさ。これには色々と訳があってね。」

少女「訳?」

記者「あぁ、あと2日で勇者がここに来る。ま、すぐに出発するだろうから彼らの1日遅れというわけさ。」

少女「なんでよ!?先回りした方がいいじゃない!」

記者「うんうん、それもそうなんだけどね~。」

少女「じゃあ何で!」

記者「まずこの街で、彼を待ち構えて突撃取材するからだよ。」

少女「呆れた!茶畑の村はドラゴンがいてピンチなのに!」

記者「ドラゴン、本当に居ると思うかい?」

少女「だって、あなたそれを記事にしたっていうじゃない!」

記者「あぁその通りだ、したよ。」

少女「じゃあなんでこんなこと聞くの!?」

私は彼の言うことに連携を感じることが出来なかった。そう、何を言おうとしたいのか全く分からなかったからである。

記者「じゃあ、もしドラゴンが…ドラゴンが勇者が来てから活動を始めたら?」

少女「えっ…?」

記者「ま、これは仮説だけどね。…それにしても、君、勇者の事嫌いかい?」

少女「えっ、まだそんなこと言ってないじゃない!…あっ。」

記者「やっぱりね。」

少女「ふんっ。」

記者「俺が勇者って言う度に、口をへの字にするからね。」

少女「…。」

記者「気付いてなかったようだね。まっ、こういう大事に好き嫌いを持ち込まないのはいい事だ。」

少女「…だって、今は茶畑の村の事の方が大事だから。」

記者「うんうん、それはいい事だ。古来から好き嫌いと私事を持ち込んで、滅んでいった馬鹿な連中なぞ沢山いるからな。それと比べたら立派立派。」

少女「…そんなことないわよ。」

記者「じゃあ、取材する時に脇にいてくれないかい?」

少女「えっ…でも、もしかしたら勇者は私の事知っているかも。」

記者「それなら、深くフード帽でも被ってしまえばいい。…殺気だけは出すなよ。」

少女「分かった、そうする。」

記者「なら、2日後の昼にまたここで会おう。それまでは雑貨屋に頼めばよくしてくれるさ。」

―2日後 港町帝国軍駐屯地付近

記者「で、では、東の茶畑の村の噂は本当なんですね!」

勇者「だから、それは行ってみてからでないと判断できない。」

記者「封鎖はいつ頃解除されるのですか!?」

勇者「安全と分かってからだよ。」

―ユウシャサマ!コチラ…

―コッチモ!

―シャシンヲ!



港町駐屯長「準備出来てます、勇者様。」

勇者「あぁ、分かった。ご苦労。」

駐屯長「ご苦労なのは勇者様です。…ちっ、うるさい蠅どもめ。なんであいつら、勇者様が出てくることを知ってるんだ?」

勇者「誰かがつい漏らしたとしか思えないな。」

駐屯長「まったくどこのどいつが…。そ、そういえば今回は剣士殿はお連れにならないのですね?」

勇者「あぁ、そこまで必要ないかなって。では行って来る。」

駐屯長「どうぞご無事で。」



記者「どうだい、うまく撮れたかい?」

少女「…撮れてると思う。け、けど、なんでこんな…。」

記者「君に、機械文明の遺産を少しぐらいは触れとくのもいいかなと思ってね。」

少女「いきなりここを押してシャッター落とせって言われても、何のことかと思ったわ。」

記者「ま、助手ってことにしたんだから仕事ぐらいはして貰わないとね。」

少女「それぐらいならいいけど…。」

記者「おかげで勇者は君に全く気が付かなかったようだけどね。」

少女「本当?」

記者「だって、俺たちの姿を嫌そうに見ていたじゃないか。あれは、どんな奴かと探る気なんか全く無かっただろうな。」

少女「確かにそんな感じがしたけど…。だからこんなに人を沢山呼び寄せたのね。」

記者「うんざりするぐらいが都合いいしね…それに他の記者たちも仕事が増えて一石二鳥さ。」

少女「…呆れた。」

記者「呆れるのはこっちだよ。日に日に君から殺気を感じてたんだから。だからこうやってカモフラージュしたわけなのに。」

少女「…し、取材の時は無くしてた…と思うんだけど。」

記者「…無理だっただろうな。」

雑貨屋「出来たぞ!」

記者「ほう、どれどれ…。何枚かはぶれてるけど、基本ちゃんと写ってるね。うんうん問題ない。」

少女「本当?」

記者「あぁ、この写真見てみなよ。」

少女「す、すごい。私カメ…ラだっけ、初めてだったから。」

雑貨屋「元々、昔の文明の時に出来たものだからな。基本中古だし、めったに出会えるものじゃないからな!」

少女「…不思議ね。」

記者「あぁ、確かに不思議だ。」

少女「…?」

記者「奴がいない。」

雑貨屋「予備軍の大将閣下か。」

記者「なんか聞いてるかい?」

雑貨屋「いや、まったく。」

少女「予備軍大将閣下?…剣士って人の事?」

記者「お、知ってるのかい?」

少女「む、昔、耳にしたことあって…。」

雑貨屋「確かにここ最近は一緒に居ることが多いが。別の仕事をしてるんじゃないのか?」

記者「さぁね、そんな情報は全く聞いてないさ。」

少女「この隣のひげの生やした人は?」

記者「あぁ、この町の駐屯長だよ。好みかい?」

少女「んなわけ無いでしょ!こんな筋肉ダルマ!!」

記者「ハハ、冗談だよ。しかし、筋肉ダルマは傑作だ。」

少女「もうっ!」

記者「ただ、彼は元々将軍寄りだからな。今回、失敗すれば彼の責任が問われる可能性があるだろう。」

少女「将軍寄り?」

記者「あぁ、どうも帝国軍は大臣と将軍で対立が起きているみたいなんだ。」

記者「ただ、彼は元々将軍寄りだからな。今回、失敗すれば彼の責任が問われる可能性があるだろう。」

少女「将軍寄り?」

記者「あぁ、どうも帝国軍は大臣と将軍で対立が起きているみたいなんだ。」

少女「同じ帝国軍なのに?」

記者「あぁ。近衛隊と予備軍は軍から独立している状態だ。大臣が支配下に治めてる状態だよ。つまり帝国軍自体、指揮系統がイマイチ統一されていない。将軍としては、本来指揮すべき軍が離脱している状態だからな。腹が立つだろう。」

少女「となると、駐屯長は勇者を妨害するようなことをするかな?」

記者「どうだろうね。今回は利害が一致していることは事実だから…。ただ、嫌がらせ程度はするかもしれん。」

少女「嫌がらせ?」

記者「例えば補給を怠ったり…。ただ、それを逆に突かれると思うけど。」

少女「ふーん…。」

記者「ま、そんなことだ。さて…おい、雑貨屋。いつまで腹抱えて笑ってるつもりだ?」

-同時刻、聖教国政教庁

大主教「で、首尾はいかがか?」

枢機卿「万事、問題なく事は進んでおります。」

大主教「では、そのまま物事を進めたまえ。」

枢機卿「はっ、そのようにさせていただきます。これも聖霊様の御心に従いまして。」

大主教「うむ…。…ところで、今日の議題にはあとクライツ帝国の件があったな。」

枢機卿「…ええ。しかし、その事に関しては大主教閣下の御身に気を使わせるような、とても大きい問題では無いかと…。」

大主教「…枢機卿、余は問題ない。そのようなことは気にしなくてよい。」

枢機卿「…大主教閣下、御身を煩わせてしまい申し訳ございません。」

大主教「…そちは不満か?」

枢機卿「いえ、滅相もございません。」

大主教「…本音で語られよ。」

枢機卿「…失礼ながら申し上げます。クライツ帝国の件に関しては、司祭長である僧侶が全てを仕切っております。彼は確かに有能であり、かつて勇者のパーティの一員として功を挙げました。ですが、帝国司祭長という重職には些か力が足らぬのでないでしょうか。」

大主教「そちは彼のことを有能と申したが、すぐにその能力を否定するのか?」

枢機卿「そ、それは、それは能力にも使い道がございまして…。」

大主教「ふふふ、そちの詭弁にはからかい甲斐があるの。」

枢機卿「で、ですが、彼は明らかに大主教閣下の地位を危うくする存在ですぞ!」

大主教「そちは余が僧侶の野望を見抜けぬと申すのか。…安心したまえ、彼の眼の奥にある心の思いには気付いておる。」

枢機卿「では、どうして彼を重用されるのですか!?」

大主教「それは、虎を預かるには庭で放し飼いをするよりも家屋で檻の中に入れた方が安全だと言うことだ…。」

枢機卿「…。」

大主教「野望の強い者は、近くにいたほうが良い。遠ざけてしまうと、何をやらかすやら…。…それは、そちのこともかな?そちはこの椅子が欲しいか?」

枢機卿「め、滅相もございません!」

大主教「ふふ、今は何にしてもクライツ帝国の情報は必要だ。我が教会のわずかな領土の周囲を覆っている国とは言え、ここにいては情報が足りない。そのためにも彼から話を聞く必要がある。早々とここに呼びたまえ。」

枢機卿「…はっ。」



僧侶「クライツ帝国の民のために司祭長を務める僧侶が、大主教閣下に拝謁いたします。」

大主教「うむ、面を上げよ。」

僧侶「はっ。…クライツ帝国について意見具申させていただきます。」

大主教「よろしい、述べたまえ。」

僧侶「はっ。クライツ帝国の現在の状況でありますが、表面上では治安維持に問題なく、また隣接する諸国との諍いもございません。また、魔族との戦いは現状問題なく進んでいるという状況を国民には発表しております。」

枢機卿「問題ないか、よく言ったものだ。」

僧侶「民衆にはそうした形式にすることで、納得を頂いておりますから。」

枢機卿「…。」

僧侶「ですが、強権政治の因果と申しましょうか、そのような下ではどうしても反発する者も出てきてしまいます。」

大主教「仕方あるまい。多少の反発は想定内であろう。」

僧侶「ですが、それは希望的観測だった模様です。」

大主教「なに?どういうことだ、申してみよ。」

僧侶「この反発した者たちが、烏合の衆では無くなりつつあるようです。」

大主教「…つまり、たった一つのための目的のために完成された組織が出来たという事か。」

僧侶「その通りです。各地に散らばっていて、なおかつ様々な思惑を持つ人間を、纏めたカリスマ的人物が登場したということです。」

枢機卿「その人物は分かっておらぬのか。」

僧侶「ええ、検討がつかぬ状態のようです。」

大主教「…そのような人物が我が方にも欲しいものだ。」

僧侶「ですが、誰だか分からぬ現状では籠絡することも不可能です。」

大主教「ふむ…、それで帝国はどう動く?」

僧侶「それは先の書簡でも報告させていただきましたが、掃討作戦を実施するようです。まずは手始めに、一つの村を…。」

大主教「確か反政府の重用拠点と睨んでるのであったな?」

僧侶「その通りでございます。」

大主教「それで、帝国はその作戦に成功すると思うか?」

僧侶「…この作戦の先頭に立つのは、帝国軍近衛部隊隊長…勇者。」

枢機卿「ほほぅ、それでは作戦は成功が確約されたものだ。」

僧侶「さぁ、それはどうでしょうかね。」

枢機卿「何?それはどういうことだ?」

僧侶「実体が分かっていないものを掃討するのは中々大変なものですよ?」

枢機卿「しかし、勇者はあの魔族の地を平定した男であるぞ。」

僧侶「…あの時、魔族のことに関しては今よりは情報が少ないとはいえ、それなりにありました。しかし、反政府団体…聖クライツ義民民主戦線と名乗っておりますが、先ほど申し上げました通り、その構成の実態はクライツ帝国もそして我々もですら掴めておりません。勇者と言えども苦戦する可能性が高いです。」

枢機卿「ふんっ。なら、破門の詔を出したらどうか?」

僧侶「そんなに破門を乱発するようでは、その効果は有名無実のものになってしまいます。」

枢機卿「何を!聖霊様の御心を粗末に扱う奴め!」

僧侶「(そのセリフ、どの口が言うのですか…。)…破門の詔は、またの機会でよろしいかと思います。事態が非常に悪くなったときにです。」

枢機卿「…そんな事態になるとは思わんがな。」

僧侶「一寸先は闇と言います。先程も述べましたが、勇者が勝つ確証など、どこにもございません。」

大主教「…。」

枢機卿「我らが勇者が、簡単にくたばると貴殿はお思いか!」

僧侶「…。」

枢機卿「そもそも、貴殿は元々勇者のパーティの一員にいた。しかも、この教会と聖教国を代表してだ!それなのに、勇者を敬ぬ言動はどうして許されようか。貴殿はまだ若く、時に言動が過激になるのは仕方あるまい。しかし、道理は守るべきだろう。」

大主教「枢機卿の言うこと、もっともである。我々は道理を大切にしなければならぬ存在。節操の無い行為は慎むべきである。」

僧侶「…申し訳ございません。」

大主教「謝罪は別に良い。そちは職務に従って、勇者をサポートしたまえ。それこそ、聖霊様の為になろう。」

僧侶「…御意。わたくしからは以上ですが、退室してもよろしいでしょうか?」

大主教「うむ。」

僧侶「はっ。失礼します。これも聖霊様の御心に従いまして。」

タタタ…

枢機卿「このままでよろしいのですか?」

大主教「何を言いたい。」

枢機卿「僧侶は今のところ職務に忠実ではありますが、腹の底で何を考えているか分からぬ男。それを野原に放すことは、災いが降りかかるかもしれませんぞ。」

大主教「うむ…だが、簡単に彼の職務を剥奪するわけにはいかぬ。帝国の港町での大聖堂建設も彼の功である。能力あるものを追い出しては、我々の度量が問われるだろう。」

枢機卿「確かにそうではありますが…。」

大主教「彼はまだ若い。そうそう早く、我々の地位を脅かすわけではあるまい。…その間に何かあれば…分かるな?」

枢機卿「…はっ。」

-政教庁廊下

僧侶「ふぅ…。」

従者「どうかされましたか?」

僧侶「いや、なんでもありませんよ。お気になされずに。」

従者「分かりました…。」

僧侶「(しかし、敵意を隠そうとせずに私の意見を否定されるとは…もう少し、やんわりと否定すると思っていたのは甘かったと言うことでしょうか。)」

僧侶「(ですから、あんな状況下ではもっと強烈な意見を具申することは出来ませんでしたね…。)」フッ

僧侶「勇者が…。」

従者「?勇者殿がどうされたのですか?」

僧侶「いえ、特に何もありませんよ。」

従者「はぁ?」

僧侶「(勇者を切り捨てるべきだと…。)」

タタタ…

僧侶「…長いですね。」

従者「えぇ、まだ300mは歩かなければなりませんから。」

僧侶「そうですか。(まだ慌てる必要はありませんか。この先はまだまだ長いでしょうから。…彼らはその先を知らないでしょうが。)」

-東の茶畑の村への道

少女「この先に検問所があるのね?」

記者「あぁ、だからこっちに行こう。」

少女「この道は?」

記者「南へと向かう道だよ。1日もしないうちに工房の街があって、その先は森と砂漠があるんだ。普通に歩いたら1週間程度で南の端の村に着くんだよ。」

少女「…南の端の村…。」

記者「そう、そこから先は我々の土地では無いと言うわけ。近くは無いが、遠くも無いってことだね。けれど、その距離を果たしてドラゴンが移動するものか疑問を感じるわけだけどね。」

少女「…確か、ドラゴン自身はどちらかと言えば保守的で、自分の縄張りを侵略されるのは嫌がるとは聞いていたけど…。」

記者「うん、だからこそ、わざわざこちらまでやって来るとは想像出来ないのさ。」

少女「噂は…本当だと思う?」

記者「それは行ってみてのお楽しみさ。」

「南の端の村」と彼の口から出てきた言葉に、私は動揺していた。
5年前のあの日、かくれんぼの時に聞いてしまった言葉。…勇者と僧侶の秘密の言葉。
思い出される光景に、私は意識が飛んでいたのかもしれない。彼の言葉が、なかなか頭の中に入ってこなかった。

記者「休むかい?」

少女「私は大丈夫。」

記者「本当?さっきから、俺の意見にうなずくだけじゃないか。」

少女「えっ…。」

南へと向かう道の途中から山への獣道に入った私たちは、少なくとも日が沈む前には東の茶畑の村へと着かねばならない。もし途中で夜になろうとすれば、私たちの匂いを嗅ぎ付けて、ジャッカルやオオカミに襲われかねないからだ。

少女「大丈夫。ちょっと考え事してただけだから。」

記者「頼むよ~。もし兵士たちに襲われたら、君に助けてもらわないとならないんだからね。」

少女「もしかしたら、自分を守るだけで精一杯かもしれないわ。」

記者「それは困る。…君は山賊を壊滅するぐらいの器量はあるんだから。」

少女「それは秩序の無い攻めをされたから各個撃破することが出来ただけだから。訓練された兵士とは異なるわ。」

記者「そんなもんかね。…確かに君みたいな胸の慎ましい子だと、山賊たちが襲うの少しためら…うぐっ。」

少女「次それ言ったら斬るわよ?」

-夕方

少女「はぁはぁ。」

記者「大丈夫かい?」

少女「ええ。でも、流石に疲れてきたわ。」

記者「そりゃあ、急いでるんだから仕方ないさ。けど安心してよ。ほら、明かりがもうすぐそこにあるだろう。」

少女「え!?もしかして、あれが東の茶畑の村?」

記者「あぁ、そうだよ。」

ほとんど休まずに私たちは獣道に山道と、道なき道を1日中歩き、やっとの思いで東の茶畑の村に着いた。それにしても、記者はあの軟派な姿とは異なり、意外にもこの強行軍を易々とこなしていた。

記者と言う職業は、体力もかなり求められる職業なのかもしれない。私は彼の姿を見ながら、そんなことを思っていた。

記者「じゃあ、少しここで待っててくれないか?」

少女「待つって、じゃああなたは何するの?」

記者「ちょっと、ここからこっそりと山を降りて様子を見てくるさ。」

少女「じゃあ私も…!」

記者「ノーノー、2人いたら目立つでしょ?それに見張りをして欲しいからね。」

少女「見張り?」

記者「そう、軍とドラゴンをだ。ちょっと厄介なんだけど頼んでいいよね?」

少女「…分かったわ、一応契約してるんだから従うわ。」

記者「素直じゃないなー。」

少女「誰のせいよ!」

記者「まぁまぁ。じゃあ行って来るから、くれぐれも無理しないでくれ。」

少女「あなたもね。」

記者「あぁ、そうするよ。」

-1時間後

だんだんと暖かくなる時期とはいえ、日が沈むとまだ身体へ冷たい風が吹きつけてくる季節である。
そんな時に、じっとして待機するのは中々骨が折れてしまう。もし、師匠との修行が無ければ、私はさっさとこの場から逃げていたであろう。

記者「お待たせ。」

少女「…村の様子はどうなの?」

記者「あぁ、村の人たちは無事だよ。でも、村の周りはしっかり兵士に囲まれてる。」

少女「囲まれてる?…どういうこと!?軍は助けに来たのでは!」

記者「しっ、あまり大きな声出しちゃだめだよ。さぁて、彼らは何をしようとしていることやら…。そっちは何かあったかい?」

少女「あれを見て。…何気なくカメラを回していたら、ふと気がついたのよ。」

記者「どれどれ、1、2、3…ざっと10人ぐらいはいるか。」

少女「で、カメラをもっとズームにしてみてよ。何か運んでるように見えない?」

記者「あぁ、見えるよ。」

少女「何を運んでるのかしら?」

記者「…あれは…そうか、ドラゴンの卵だ。」

少女「卵…って、どういうことよ!」

記者「だから、興奮しないってば。…簡単に言えば、人質だよ。」

少女「人質?卵を人質って、軍は何を考えて…。」

記者「しっ!」

少女「…な、何?」

記者「聞こえないかい?」

少女「え?」

…耳を澄ませると、空が切り裂かれるような僅かな音が、かなりのスピードでこちらに近付いてくるのが分かった。
彼が、意外にも平然とした顔で呟いた。

記者「…ドラゴンだ。」

突然空から舞い込んできた漆黒の翼を持つものは、真っ直ぐ卵へと向かった。
この時、人間の倍ぐらいの大きさの丸いものが、本当にドラゴンの卵だと言う確証を得た。

兵士A「ぎゃぁぁぁ!」

兵士B「あつい!あつい!た、助けて、ああああああ!」

兵士C「うぎゃああ!」

卵を運んでいた帝国軍の兵士たちは、突然の訪問者に気付くまでも無く、ドラゴンの口から放出された火炎放射によって自らの身体を燃やされた。その尋常ではない攻撃に、息苦しい状態でありながら絶命への叫びを放っていった。

それもすぐに絶えてしまう。

記者「よし、逃げるぞ…っておい!」

彼の進言よりもわずかに早く、私は駆け出していた。

ドラゴンの下へ。

このままでは、村の人たちが!そんな気持ちだったに違いない。

自分でもした行動が、時々何故したのか分からないことすらある。きっと、脳の中はアドレナリンの放出で手一杯であったのだろう。

ドラゴンが私のことを気付いたとき、その距離はまだ少しあった。ここから飛び込んで攻撃するには、まだ距離がある。

その瞬間、ドラゴンの口からまた火炎放射が放たれた。しかし、その攻撃は予測済みだ。

私は右に右にとドラゴンから円を描くように避けて行った。瞬間的に、左利きと判断できたからだ。

しかしながら、足場は緩い。もし足元がすくわれてしまうような事があれば、私はあっという間に先程の兵士たちと同じ運命を辿っていたであろう。

180度ほど移動したところで、ドラゴンはその攻撃を一瞬止めた。私はその瞬間を狙っていた。

今だ!そう思うと一気に距離を詰め、ドラゴンへと飛び掛った。…この時、周りが一瞬光ったことに気付いた。しかし、その事に構っている余裕など無い。軍の兵士の誰かが、発光信号でも放ったのだろう。

剣をすっと持ち直し、ドラゴンへと斬りかかる。まだ、私に対して正面をつけずにいたドラゴンは面を喰らったに違いない。

右腕に斬りかかると、立て続けに背中に斬りかかる。真っ赤な返り血を浴びながらも、火炎放射の餌食にならぬようにと正面にならないよう移動しつつ攻撃する。

-いける!

そう思ったとき、横から不意に鈍い攻撃を喰らい、私は吹き飛ばされた。ドラゴンは火炎放射をやめ、尾による肉弾戦を仕掛けたのだった。

吹き飛ばされ一瞬気を失いかけたものの、何とか立ち上がろうとする。が、目の前に見えたのはドラゴンが私に向かって火炎放射を放つ瞬間であった。

-まずい

そう思った瞬間、また光が私の周りを支配し、火炎放射の攻撃が弾かれていた。

-えっ?

振り返ると、記者が何かを放ったことに気付いた。…これは…魔法…?

その瞬間、

小隊長「あっちだ!」

軍の兵士たちが、逆方向からやって来た事に気付いた。それは私だけでなく、ドラゴンもそうであったのだろう。

魔法で自分の攻撃を弾かれたからだろうか、あるいは気まぐれなのだろうか、数10メートル先の相手は私に背を向け、
―つまり不幸な兵士たちの下へと向かっていった。

記者「大丈夫か!?」

その言葉が耳に入るか入らないかぐらいで、私は気を失った。

-しばらくした後…

勇者「…ふっ!」

ギャオオオオオオ!バサッ!

勇者「…これで、この件は良し…か。」

勇者「よく言ったものだ、こちらは俺以外全滅、村は焼け野原。普通だったら非難されても仕方あるまい。」

勇者「(普通だったらな…。)」

勇者「骨も残さぬ灼熱地獄か、残虐なドラゴンにはお似合いだ。…まぁ、これもどれも大臣の作戦通りだ。」



(大臣『全てを残酷に見せてから、ドラゴンを排除せよ。』)



勇者「やはり、周囲に人影はおらぬな。面倒な連中は全ていなくなったという事か。」

勇者「(綱紀粛正に欠ける兵士を統率するのは、疲れたものだ。もうそれからは開放される…んっ?)」

勇者「(ドラゴンの屍骸…右腕と背中の傷…これは俺が傷つけたものではないぞ…。)」

勇者「兵士の誰かか…それとも…。…!…魔法の痕跡が、少しあるか…。」

勇者「…。」

勇者「しかし、誰もおらん。…逃げた後か、ドラゴンに燃やし尽くされたか。」

勇者「(…まぁ良い。後の処理は大臣に任せよう。…それが役目だろう。)」

-山の中にて

少女「うぅ…。」

記者「…気がついたかい?」

少女「う…ん…、こ、ここは…?」

記者「村から少し離れた山の中さ。」

少女「そっ…か、私…やられて…。」

記者「無理にしゃべらなくていい。」

少女「あなたに…助けられて…。」

記者「護衛が真っ先にやられるとは、大した職業魂だよ。」

少女「皮肉を言わないで…痛っ。」

記者「ほら、まだ痛みがあるんだから、無理するなって。横になってなよ。」

目を覚ますと、それまで感じてなかった痛みが全身を駆け巡る。
考えるのも嫌になってしまうけど、頭の片隅には少しずつながら起きたことを思い出していく。

少女「そ、そういえば…、あの光、あなたが…。」

記者「ま、そんなこともあったかな。」

少女「魔法…使えたのね。」

記者「少しだけどね。…昔、俺を育ててくれた人がいてね、その人が少しだけ教えてくれたのさ。」

少女「…ご両親は…?」

記者「いない。もう昔からさ。」

少女「じゃあ孤児院には…。」

記者「孤児院に行かずに済んだんだ。でも、たらい回しにあってな。そしたら、とあるお人好しが俺を引き取って育ててくれて、さらに無料で魔法を教えてくれたのさ。」

少女「…なぜ、そんな人がこんな軟派な人を育てたのかしら。」

記者「助けてやったのに、それは酷くないかい?」

少女「ふふっ、冗談。…ありがとう。」

少女「ところで、村はどうなったの…?」

記者「あぁ…まぁあっちだ。」

少女「あっち?…えっ。」

思わず、私は声が出てしまった。彼の指す方向、つまり村は、炎に支配され闇を赤く照らしていた。

少女「む、村が…。」

声にならぬ悲鳴が、私の中の全身を駆け抜けていく。痛みを失うが如く。

少女「どういうこと!?」

頭の中では分かっているのに、思わず記者に問いかけてしまう。

記者「ドラゴンが火炎放射で一帯を燃やし尽くしたんだ。…そのドラゴンもさっき悲鳴がここまで聞こえたのだから、勇者にしてやられたんだと思う。」

少女「そういうことじゃない!村が…村の人たちが…!」

記者「…。」

少女「村の人を救うって言ったじゃない!なのに、なんで…!」

記者「とりあえず、落ち着くんだ。」

少女「これのどこが落ち着けるのよ!」

記者「君の気持ちは分かる。けれど、その傷で何をしようっていうの?」

少女「…。」

記者「とりあえずは港町に戻って、傷を何とかしないとね。」

少女「…。」

記者「…泣いてからでも、出来ることはあるさ。」

まだ立ち上がれぬ私は、彼の介抱のなかで涙した。…今までに無いぐらいの量を。

―数日後、港町

雑貨屋「どうだ?」

医者「安静にして欲しいとお願いしたはずだ。医療もそこまで万能ではない。」

雑貨屋「それは彼女にも言ってくれ!責任を俺一人に押し付けないで欲しい。」

医者「…まぁ、若いせいか回復は早い。無理をしなければ、すぐに良くなる。」

雑貨屋「無理をすれば?」

医者「ベットとの付き合いが長くなる程度だ。」

雑貨屋「それなら、それでいいけどよ。ったく、記者の奴、俺に面倒を押し付けて。」

医者「信用してるんじゃないのかね?…若い女の子を襲う勇気がないと。」

雑貨屋「道理を弁えてるんだよ!」

医者「どちらにしろ、ゆっくりするように言い付けとくんだね。」

雑貨屋「それが出来てたら、苦労はしないんだよ!」

医者「まったく、医者の言い付けは少しは頭に留めて欲しいものだ。」

雑貨屋「人の話を聞いちゃいねぇ。」

医者「では、人の話を聞いてくれるお前さんに、一つお伺いしたいのだが?」

雑貨屋「何なりと。」

医者「そういえば、この紋章は見たことあるか?スケッチしたもので悪いが。」

雑貨屋「紋章?」

医者「そうだ。」

雑貨屋「うーんどれどれ・・・、いやぁこれは俺は知らないな。」

医者「ふむ、そうか。」

雑貨屋「で、これがどうしたのか?」

医者「いやな、彼女の背中に・・・小さくて気付きにくいんだが、その紋章の跡があったんだよ。」

雑貨屋「跡?」

医者「そうだ、火傷の跡だ。完全に消えておらずに、わずかに残ってたのさ。」

雑貨屋「ふーむ、彼女は何と言ってたんだ?」

医者「いや、紋章については聞いてない。火傷に関しては、聞く所によると子供の時にはすでにあったらしい。なんで火傷を負ったかは分からないみたいだが。」

雑貨屋「そうか、とりあえず、記者にも聞いてみることにするよ。」

医者「あぁ、俺がちょっと気になっただけだから、答えは急がなくてもいいぞ。」

雑貨屋「あぁ、その代わり治療は早くしてくれよ。」

医者「はいはい。」



雑貨屋「どうだ、傷の状態は?」

少女「うん…大丈夫。」

雑貨屋「本当か?」

少女「まぁ、傷は大したことは無いわ。」

雑貨屋「どこがだ。気を失うぐらいの大怪我だったじゃないか。びっくりしたんだぞ、あいつが傷だらけのあんたを背中に乗せてうちにやって来た時は。」

少女「・・・。」

雑貨屋「まぁ、大したこと無いと嘘ぶることが出来るなら、それだけでも良くなってると思うべきかね。」

少女「・・・そんなこと知らないわ。とりあえず、良くなってるの。・・・そういえば記者は?」

雑貨屋「あぁ、あいつなら俺に相変わらず面倒事を押し付けて出掛けてるよ。ほれ、これが伝言だ。」

少女「・・・新聞?」

雑貨屋「あいつから一言。『載せるの無理。』だとよ。」

少女「…やっぱりね。」

雑貨屋「まぁ、とりあえず身体がしっかり動けるまではここで休め。いいな?」

少女「えぇ、では甘えさせて頂きます。」

雑貨屋「そんなかしこまって言われると、後が怖い怖い。まぁ、医者の言う通りに気楽に過ごしてくれ。」

>>117-は、以前に投稿されてなかった続きになります。前よりはしっかり話を続けたいと思いますので、どうぞ宜しく御願い致します。

―聖教国、政務庁

勇者「クライツ帝国の使者であり、帝国近衛隊隊長を務め、そして教会の従順なる勇者が、大主教閣下に拝謁致します。」

大主教「うむ、面を上げよ。」

勇者「はっ。」

大主教「そなたの帝国の村で起きた件か?」

勇者「・・・はっ、大主教閣下、すでに御存知でありましたか。」

大主教「教会は全ての民のために存在し、その民から恩恵を授かっておる。彼らからの情報を僅かながら受けているだけの事だ。だが、あくまでも公式の報告をそなたから頂きたい。」

勇者「はっ。先日、茶畑の村と言う地にて邪悪なるドラゴンが襲来し、そこに住む村民を村ごと炎で焼き尽くしてしまいました。・・・我が軍がその事に気付いた時には、すでに村は灰と化しておりました。」

大主教「ドラゴンは?」

勇者「はっ。私めが討ちました。そしてこれが、その証拠となるドラゴンの鱗であります。」

枢機卿ら「おぉっ。」

大主教「皆の衆、騒ぐであるまい。・・・で、そなたはこれをどうしようと。」

勇者「私個人の、教会への捧げ物として認識して頂けたら、ありがたき事でございます。」

大主教「ふむ、ではそうしよう。・・・そなたは将来の帝国の王冠を頭上に供える者。つまりこれは、帝国の意思と受け取っておこう。」

勇者「はっ、ありがたき幸せでございます。」

大主教「・・・ところで、貴国にも御願いしたいことがあってな。」

勇者「はっ。」

大主教「北の大陸のブラガ王国とレクサス王国の件は知っておるか?」

勇者「はっ、両国で軍事同盟が結ばれたとか。」

大主教「うむ、これは厄介なことになろう。」

勇者「背後には、ソンスタン帝国…そして北方教会が絡んでる可能性が高いかと。」

大主教「そうであろう。」

勇者「もし軍を出すのであれば、我が国は力を惜しませぬ。」

大主教「そのような事になれば、貴国にも少なからず頼るかも知れぬ。準備はしておいたまえ。もちろん、他の国々や騎士団とも連絡をする予定だ。詔により、聖統討伐軍を再度結成することを考えておる。」

勇者「魔族相手ではなく、人間を相手になされるのですか?」

大主教「うむ、これは枢機卿が考え出した策でな。」

勇者「ほぅ、枢機卿殿が。」

大主教「左様。枢機卿、説明したまえ。」

枢機卿「はっ。北方教会は我ら正統なる聖教国及び教会の詔に対し、明白に抵抗を試みたり、蔑ろにしております。…そのためには我々が団結して、そのような連中に毅然と態度を示すべきかと。」

勇者「しかし、我が国はともかく、他の国々が自国の実情を顧みずに勧んで出兵を行うでしょうか?」

枢機卿「それは問題ない。出兵したものは免罪符を得る事が出来るようにすれば、自ずからこの度結成される第4次聖統討伐軍に参加するだろう。」

勇者「…枢機卿殿の言いたい事は分かりました。しかし、我が大陸と北の大陸は陸続きではありません。船が…軍艦が必要となりましょう。そうなれば海軍はあの忌々しい連中に頼る事になるのでは?」

枢機卿「教会の尊厳を無視するあの国はほっとけばいいと思うが。軍艦に関しては、海軍を有する国が船を用意すればよい。」

勇者「…ひとつ懸念があります。その忌々しい連中が自らの利益の保持のために、妨害するようなことになれば…戦の前に厄介なことになりますぞ。」

枢機卿「一応あいつらは我が大陸側、我が教会側ではないか!なぜそのような罰当たりなことを!」

大主教「枢機卿、落ち着きたまえ。…勇者、そなたには策があるのではないか?」

勇者「その前に戦があるかもしれませんな。」

大主教「…何?」

勇者「教会に刃向かう者の討伐を行うのであれば、その忌々しい連中は先ほど申し上げました通り自らの利益があるでしょうから、おそらく確実に抵抗するでしょう。そうなれば、奴らどもも討つ大義名分が出来ます。同じ大陸ですから彼らの海軍相手にではなく、陸軍相手で討伐できます。」

大主教「…ふむ…その時は力になってくれようか?」

勇者「仰せのままに。我らは従順なる教会の、聖霊様の下僕であります。では、早速ながら準備に取り掛からせて頂きます。」

―1ヶ月後 港町

雑貨屋「何?商船の寄港が減ってる?」

商人A「あぁ、これは絶対何かあると思ってお前の所に来てみたんだが。」

雑貨屋「生憎、俺も気付いてなかった。」

商人B「お前さんところに出入りしてる記者さんは何か言ってたか?」

雑貨屋「いや、あいつは1ヶ月ほど留守にしてるんでな。ったく、あいつから全然情報が入ってこなくて困ってるんだ。あの使えない奴が。」

商人A「そうか。ただ気になるのは、減ってるのがアンジェ共和国所属の船だけってのがな。」

雑貨屋「…おいおい、それは絶対おかしいじゃないか。あの商売に魂を売ってる奴らが、こっちに来ないなんてトチ狂ったか、死んでるかどっちかだろ!」

商人B「では、アンジェで何かが起こってる可能性があるかと言う事でしょうか?」

商人A「あそこは、民衆が直接支配者を人選して政治を行う国だ。逆に言えば失政をすればそれは民衆への裏切り、かつてそれが原因で民衆の反乱が起こった事もあると聞いたことがあるぞ。」

雑貨屋「今回もそうかもしれんな…。」

商人B「うむ…。」

記者「ちっちっちっ、今回はそうじゃないんだな~。」

雑貨屋「では、何が…ってお前!いつの間に!」

記者「よっ。今来たばかりだよ。」

雑貨屋「よっ、じゃねーわ!あの小娘を押し付けて、1ヶ月何してた!!」

記者「皇都にちょっと用事があってね~。で、その話題の事だけど、今回はそうじゃないみたいだよ。」

商人B「どういうことです?」

記者「我が国がアンジェ共和国の貿易品全品に対して、膨大な関税をかけることにしたらしい。」

商人A「何?」

記者「全品、今までの関税額の300%値上げを通達したようだ。」

雑貨屋「300だと?そんな馬鹿な!実質の経済封鎖じゃないか!なぜそんな事を…。」

記者「これはアンジェとの戦争への一石だよ。」

雑貨屋「おいおい、待ってくれよ!戦争って、魔族が出現してから久しく行われなくなったんだぞ!」

記者「そうだったかもしれないが、戦争をしてはいけないという決まりもない。」

雑貨屋「それに教会だって、今は内輪揉めよりも外敵だと言い続けてきたじゃないか。」

記者「その教会が、今回この戦争の主役といってもいいかもしれないね。」

商人B「えっ。」

記者「あの教会と犬猿の仲である北方教会が、ブラガ王国とレクサス王国の軍事同盟を仲介したのさ。」

雑貨屋「まてよ、レクサス王国はともかく、ブラガ王国はどちらかといえば教会寄りだっただろ?」

記者「とは言え、北方教会の信者も多い。そんなわけで、結局同盟を結ぶことにならざるを得なかったのさ。まぁ、そんなわけで教会としてはメンツを潰されたわけだ。」

商人A「しかし、なんでそれがアンジェへの戦争に…。」

記者「同じ聖霊様を信仰するとは言え、聖教会と北方教会は長い歴史の中で、教会首長権を争ってきた。魔族が出現する前には、長期間戦争を続けた時もあった。お互い、目の上のたんこぶなのさ。それを外科手術で取り払いたいのだろう。」

雑貨屋「だが、攻めるにしても海がある…そうか。」

記者「そうだ、奴らが今欲しいのは軍艦さ。」

商人B「つまり、随一のアンジェの海軍力が欲しい。それでまずは経済的に封鎖をかけてきた。もし、それに抵抗するようであれば戦争を…ってことですか!?」

記者「あぁ。海戦では無理だが、陸戦となればこちらの方が圧倒的に有利だからね。うまく行けば、アンジェの土地を各国と教会の直轄地で分割するつもりかもしれない。」

商人A「おい、ってことはアンジェは今完全に…。」

記者「そうさ。我が国だけでない。この大陸の全ての国が…つまり北方教会の影響が強い3国を除いて全ての国が、アンジェを封じるつもりさ。」

雑貨屋「たまったものではないな、アンジェとしては。」

記者「うん、実はこの1ヶ月の国際情勢はかなり激しくて、教会がまず非難声明を出したことから始まるんだよ。」

雑貨屋「うむ。」

記者「そして北方教会側の反応があまり無いうちに、秘密裏に詔を出した。北方教会を攻めると。一方でアンジェに対しては、北の大陸へ戦争する際に船の徴集が出来るか問い合わせたのさ。」

商人A「それはアンジェは困るだろう。北の大陸とこの大陸の国々の貿易で、莫大な財政を築いてるのだし。まぁ、その申し出には反対となるだろうな。」

記者「あぁ、そこでさらに各国にアンジェに対する攻撃を行うことを秘密裏に連絡したらしい。その時に、色々と命じたのだろう。ほぼ同時にアンジェに対して経済封鎖が一斉に各国で行われたのさ。」

雑貨屋「あちらさんとしては、寝耳に水ってところだろうな。」

記者「うん。ただアンジェが問い合わせしても各国とも自国の産業保護のためと称して明確に回答しなかったのさ。そうなると、アンジェは自分の国が攻撃のターゲットにされてることに嫌々ながらも気付かされた。そして今や各国で情報収集や妨害工作を行ってるのさ。少しでも時間を稼いで防衛体制を整えようとね。もちろん、船はいきなり徴集されるのを防ぐために引き上げてる。」

雑貨屋「なるほど。」

商人B「私は今まで何回かアンジェ共和国には行ったことありますが、もしそのような事態になればあの国は…。」

商人A「厳しいな。土地は豊かではないからな。あくまでも貿易で成り立つ国だ。」

記者「だが、アンジェだって備えぐらいはしている。物資を蓄えたりは少なくともしているだろう。」

雑貨屋「となると、やはり戦争になるか…。」

記者「おそらく、我が国もアンジェも同様のつもりだろうね。」

商人A「ちっ、また軍からいらぬ要請を受けねばならないのか。」

商人B「それにもし、アンジェ共和国が教会のものになってしまったら…私たちの仕事はどうなってしまうだろうか?」

雑貨屋「世界一の貿易都市・運河の街が、軍隊だらけの街になるだろうな。」

商人A「辣腕の商人相手ならまだ心地良い悔しさで済むが、軍人相手ではたまったものじゃないな。」

雑貨屋「商売に負ける前提かよ!」

商人A「なら、お前は運河の街に商売にしに出掛けて、完全に勝ったことはあるか?」

雑貨屋「…ない。」

商人B「私もないですな。」

商人A「ほれみろ。」

雑貨屋「とはいえ、お互い様という気持ちもあるからな。突拍子もない金額の損害を受けたことはない。」

商人A「それが軍人相手なら、妥協ってのを知らぬ連中じゃないか。下手したら損害だらけになるぞ!」

商人B「はぁ…全くこれからが恐ろしいですな。」

商人A「うむ。あぁ、記者の兄ちゃん、情報を教えてくれてありがとうよ。今度酒でも奢るからよ。」

記者「綺麗な女性も付けて欲しいけどね~。」

商人B「それに関しては、好みの女性を自分で探すことですね。」

雑貨屋「ハハハ。」

記者「まぁ、そのうちこの情報は全土に広がるでしょうから、それぐらいでいいさ。」

商人A「では、俺は仕事があるからここで。」

商人B「私も失礼するよ。」

雑貨屋「何か分かったら、すぐ連絡するからな!」

商人B「よろしく頼みますよ。」

タタタ…

雑貨屋「おい。」

記者「?」

雑貨屋「1ヶ月何してた。」

記者「戦争の匂いがしてたから、ちょっとね。」

雑貨屋「取材か。どこにだ?」

記者「皇都に。」

雑貨屋「どうだった?」

記者「相変わらず、統制は厳しいな。それと気になるのが、教会の人間の出入りが多くなってるみたいだ。」

雑貨屋「つまり…。」

記者「この状況下を作り出したのは、確実に聖教国、あの教会だ。あくまでもクライツ帝国はそれの一員でしかない。」

雑貨屋「そのような多国籍軍となるようであれば、指揮官は…。」

記者「やはり勇者だろう。それ以外にまとめれる人間はそうそういるものじゃない。」

雑貨屋「アンジェは対抗できるか?」

記者「それは分からん。仮に戦争になるとして、アンジェがどのような目的で抵抗するかによって異なるさ。滅ぶまで戦うか、少しでも有利な条件で講和が出来るように戦うか、あるいは…。そのあたりはまだ取材できてないんだ。あ。」

雑貨屋「なんだ?」

記者「彼女の傷はどうだい?」

雑貨屋「それは、あのおてんば娘本人に聞け。医者の言うこと聞かないものだから、俺ばかり怒られて苦労させられる。」

記者「…その様子だと、だいぶ良くなってるみたいだな。」

雑貨屋「まぁな。若いせいか、もうある程度普通に過ごせるようになったさ。剣の修行とか写真とか始めてるしな。」

記者「写真?」

雑貨屋「あぁ、どうやらハマったらしい。素晴らしい助手を捨てるのは、もうやめろよ。」

記者「捨ててないんだがな…。今は何してる?」

雑貨屋「あぁ、休んでるんじゃないかな?さっきまで剣の修行してたけどな。そういえば、彼女についてなんだが…。」

タタタ…

?「失礼。」

雑貨屋「おっと、いらっしゃい。」

?「店主、申し訳ないが私は客ではありませぬ。」

雑貨屋「お客さんじゃないと?では一体…。」

?「私は、記者殿を探してここに参ったのだが…もしや、おたくが記者殿か?」

記者「いかにも。」

?「突然の訪問、ご無礼を許されたい。私はアンジェ共和国領事館に務める使いでありまする。」

記者「ほぅ。」

雑貨屋「噂をすればなんとかやらか。」

使い「噂?」

雑貨屋「いやいや、気にしなくていい。」

記者「それで、領事館の方が私に何用でしょう?」

使い「大使が、あなたにお会いにしたいと。」

記者「取材の逆申し込みと思っていいのかい?」

使い「そういう風に思っていただいてもよろしいですが、ですが私は共和国の正式の役人ではありません。」

記者「…なるほど、君は港町の住民かい?」

使い「そうであります。」

記者「うん、言いたいことは分かった。大使の下へ伺わせて頂こう。」

使い「出来れば、日が沈んでからと大使は仰っておりました。」

記者「分かった。…1人、助手を連れて参りたいがよろしいか?」

使い「…口が固い方であれば。」

記者「口は知らないが、残念ながら頭は固い。」

ゴツンっ

記者「いたっ!」

少女「人のいないところで悪口を言ってるんじゃないわよ!」

記者「いつの間に…。雑貨屋、教えてくれよ。」

雑貨屋「余計なことを言わなければ殴られてはいなかったと思うけどな。」

記者「…。」

使い「その助手とやらは、この女性でありますか?」

記者「あぁ、そうだよ。いいかい?」

使い「もし問題があれば、またここにすぐに参ります。」

記者「では、大使によろしく伝えてくれ。」

使い「はい。では、私はここで失礼します。」

タタタ…

記者「いたたたっ。」

雑貨屋「このとおり、おたくの助手はこれぐらい回復してるさ。」

記者「もう少し、優しく答えを欲しいんだけどな~。」

少女「ふんっ!…おかえり。」

記者「あぁ、ただいま。すまないけど、護衛の契約はまだ延長させてくれ。」

少女「…分かったわ。高くつくわよ?」

記者「それじゃ、ツケで頼むよ。」

―夜、港町のアンジェ共和国領事館

使い「こちらでお待ちください。」

記者「あぁ。」

…領事館の応接間まで案内された私たちは、格調の高い椅子に座って待つことになった。広い部屋を見渡すと、武具や絵画、宗教関係の物まであらゆる物が誇示するかのように置かれている。
彼は何度かここに来たことがあるのだろうか、そうした物に目をやることはなく、差し出された紅茶なるものを平然とゆっくり口づけていた。

記者「なぁ、そういえば例の村の件なんだけど…。」

少女「…言わなくても分かってるわ。」

記者「いや、そうじゃなくて…。」

少女「私はもう大丈夫だから。あいつらのやる事を、世間にさらけ出して成敗してやるんだから。」

記者「うんうん、まぁその過激な意気は良しとして…。」

少女「過激ってどういうこと!?あなたも同じようなものじゃない!」

記者「いやいや、俺はそこまでじゃないんだけどな~。」

少女「それは嘘よ!あなた、自分が色々とやろうとする時に自分の眼が鋭くなってるじゃない!」

記者「へ?眼?」

少女「そうよ!まさか、その事に気付いてないの!?」

記者「…そうだったかな~。」

少女「呆れた、そのうち、あなたの悪巧みなんか、見抜いてやるんだから!」

記者「お、俺にストーカーでもしようってことかい?」

少女「んなわけないでしょ!!!」

大使「ゴホン。」

少女・記者「あ。」

大使「呼び出したのは私だが、わざわざここで痴話喧嘩は止して欲しいが。」

記者「し、失礼しました。えー、えっとこれは恥ずかしい姿を。」

大使「君の恥ずかしい噂はよく聞くがね。」

記者「それはそれは…。えっと、お久しぶりです、大使閣下。お騒がせしまして申し訳ありません。」

大使「あぁ、3ヶ月ぶりかな。急に呼び出して、こちらこそ申し訳ない。えっと、彼女が噂のフィアンセかな?」

少女「ち、違います!」

大使「冗談だよ。記者殿の助手だったかな。アンジェ共和国の大使だ、よろしく。」

少女「…はじめまして。」

大使閣下は、背が高く威厳を感じさせながらも、気さくな人という印象を受けた。

記者よりも20ぐらいは上と見える。どれぐらい前から知り合いなのだろうか?

記者「ところで、今回お呼びされた件ですが…。」

大使「気付いておるだろう?」

記者「ゴホン、最近、各国で兵士の徴集と訓練が盛んに行われてるようですが。」

大使「それは我が国でも同じことだ。」

記者「違う点としては…大使閣下の故郷が、他の全ての国から攻められる可能性があるという点ですが。」

大使「…あぁ、正直、情勢は悪い方向に進んでいる。なにせ、今回は聖教会主導による聖統討伐軍が再び結成するようだからな。そのターゲットにされるようでは、たまったものではない。」

少女「聖統討伐軍?」

記者「教会が主導になって、国家の枠を超えて軍を結成して異教徒を討伐するのが名目の統一軍の事だ。かつて3回結成されたことがある。」

記者の説明によると、第1回目は魔族が発見して間もなく結成された軍で、その際には魔族の土地である新大陸に上陸して橋頭堡を作るのに成功したようだ。その後、そこに教会が認定した聖家騎士団というのがその地を守ることになったらしいけど、すぐに魔族からの反撃を受けて、再度結成したのが第二次聖統討伐軍らしい。
この時には撃退できたけど、20年後にさらに侵攻しようと結成した第三次聖統統一軍はバラバラに軍を進めた事が仇となって撃退され、新大陸から放逐されたとのことである。
その後教会は、すぐに魔族を攻めるようなことはしなかったけど、結局10年前に勇者を選び出した。そのパーティーが魔族の奥深くまで攻めて、魔族の完全討伐とはならぬものの、結果的に人類の平和がもたらされたという事である。

少女「でも、今までは魔族相手に結成されたんでしょ?今回、もしアンジェ共和国を討伐するとしても、共和国の国民は聖霊様の信徒じゃない。そんなこと許されるのかしら?」

記者「そこで、教会はウルトラCな方法を考えついたのさ。」

少女「え?」

記者「アンジェの国そのものを破門にするんだ。」

少女「えぇっ!?」

大使「破門にするのは教会のいつもの常套手段だ。以前2度、我が国は破門を言い渡され、結局それを許されるという事があった。他国でも例えば、第二次聖統討伐隊に参加しなかったサマーン王国が破門された事がある。」

記者「でも、それ以上のことはしなかった。破門されれば、産まれた時に神の守護が与えられず、死んだ時にあの世で幸せに過ごせないとされてるからね。そんなことされたら、普通の国民なら絶望に立たされるから、それだけで効果があるんだ。」

大使「かつて破門されたサマーンは、国王が国民の反乱で殺される羽目になったからな。新たに成立した朝廷が、教会に頭を下げることで破門を解除してもらったが。」

少女「ってことは、破門された国は国民から反発を受けるから、教会の言う事を聞くようになるってわけ?」

大使「あぁ、そうだよ。ただ我が国の場合、実は今まで破門された2回とも、全く気にせずに過ごすことが出来たんだけどね。」

少女「どうして?」

大使「どうしてと言われても…まぁ、簡単に言えば、我々国民の多くは実利を重視する気質があってだな。精神的なものよりも実質的なものを重視するわけだ。」

記者「つまり金ですね。」

大使「その皮肉は勘弁してくれ。だが、金銭や食べ物などが無ければ生きていくことは出来ない。見えもしないあの世のためよりも、今生きているこの世のために過ごすことを徹底しているのさ。」

少女「…。」

記者「それはそれは、アンジェの僧侶たちは肩身が狭いですな。」

さっきから、記者は失礼な皮肉ばかり言っている。そんなこと関係なしに大使は話を続けている。気心が知れているのだろうか、それとももう慣れてしまったことなのだろうか…。

大使「いや、そうでもない。破門を宣告されても、結局のところ週末の祈祷や葬儀など禁止されたことを教会に無断で実施してたんだからな。」

少女「骨がある人たちなんですね。」

記者「本来、それが僧侶たちの仕事だと思うんだけどなぁ。」

大使「教会が本来あるべき姿は、あくまでも僧侶が自由に行動が出来るように施し、暴走している場合には諌めることだと思う。しかしながら、結局政治の社会に介入してきたことで、その姿を失ってしまった。」

記者「大主教を選出する際、揉め事があると時には人を殺めることがあるというのだから信じられませんよ。」

大使「人は欲を得ると、さらに欲を求めるというではないか。特に歳を取るとそうなる。」

記者「年寄りの教会は、北方教会との教会首長権の争いを決着つけるため、その足場を確保するためにアンジェ共和国の領土、軍、権益を支配しようと企んでるのでしょう。実際、運河の街は教会の直轄地にすると内密に各国に伝えてるようです。それ以外の領土に関しては、働きに応じて分配するとも。」

少女「この戦争は、なんとかして避けられないの?」

大使「我々は避けたい。だがアクションを起こす権利は向こうにあるようだ。」

重苦しい空気が流れている。おそらく、今思うと私たち3人は共通の思いであった。これは戦争になると。

大使「まぁ、そんなわけで我が国はこのままいくと、みんなの予想通り破門だ。」

記者「そうなると、あなたもここに居づらくなるでしょうね。」

大使「うむ。だからすでに準備は始めておる。領事館も一時閉鎖となるだろう。幸い、この館にあるものの殆どが私の物ばかりなので、処分するにしても持ち運ぶにしても楽なのだが。」

少女「え?ここにあるのは、全て大使様のものばかりなのですか?」

大使「あぁ、その通りだ。この建物自体は我が国の所有物となっているが、それ以外は全部私が用意したものだよ。」

少女「えぇっ!?」

大使「国の名誉のために、私の財布から出したのだ。」



記者「大使殿はアンジェの貴族なのさ。といっても、他の国と異なってアンジェでは貴族と民衆に差別がある訳ではないんだ。大体、貴族の身分は財を成すことで獲得できるし、1代限りとなっているから子供が貴族でない事も多いのさ。」

大使「うむ。総督(ドージェ)や十人委員会、各国大使、あと議会の議長になるには、貴族の身分が必要だ。それと、我が国は基本的に徴兵制であるが、貴族の身分だからといって免除されることはない。ただ、重職に就いていればそちらが優先されるが。」

少女「総督?十人委員会?」

大使「総督というのは、我が国の元首の事で、民衆によって直接選ばれる。選ばれると、基本的に終身制だから死ぬまで務めることになる。ただ、その後3世代先までの子孫が総督になってはいけないことになっている。あと、十人委員会ってのはその名の通り10人の貴族から成る統治機構で、以前は非常時のみであったのだが、今現在は常時設置されている。他国との交渉や情報収集等に関して、総督にアドバイスするような組織だ。」

少女「へー、でもなぜ2つもトップを作る必要があるの?」

大使「アンジェには評議会という民衆から直接選ばれる議会システムがあるのだが、それだけでは迅速に対応することが出来ない所もある。かといって、総督の権限をさらに強くするわけにはいかなかった。そうした面から、この十人委員会が設置されたのだ。」

記者「十人委員会には、総督を監視する役目もあるんですよね。」

大使「あぁ、そうだ。」

少女「監視!?」

大使「総督の権限は、これ以上強化してしまうと民主政治から国王統治と何ら変わらぬぐらい強いもの。だから、先程言った通りにこれ以上強くするわけには行かなかった。下手したら、暴走して共和制を脅かす可能性もある。だからこそ、監視することでブレーキをかけさせるのだ。」

記者「そういえば、昔ある総督が自分の息子に後を継がせたいがために、王国にしようと計って、逆に十人委員会によって処刑された事がありましたね。」

少女「えぇっ!?」

大使「そうだ、共和制を脅かす場合には、総督ですら処刑されることもあるのだ。」

記者「ただ、今回の場合は外敵から国の存亡に関わる事項ですから、そのような事になるとは思いませんね。」

大使「うむ、しかし破門に関しては以前みたいな事で終わるとは思えない。記者が話した通り、次の手が絶対にあるはずだ。戦争になってしまう可能性が高い。」

記者「経済力、北方教会への影響力、アンジェ銀貨の信用性、そしてメンツにかけても、教会にとってアンジェは絶対に屈服させたい存在ですしね。」

大使「もし、このまま上手くいって最終的に北方教会から教会主張権を獲得できれば、ここで投資した分だけでなく、お釣りが出るぐらいの成果が出ると考えているだろう。」

記者「果たして、上手く行きますかね?」

大使「私としては、それは困ることだ。」

苦笑いした大使の顔には、疲労感が漂っていた。状況がかなり深刻であることを物語っているのかもしれない。

基本的には。で一区切りとして
記者「
記者「とか 空白「
みたいに同じ人でも一文の長さを減らせば読みやすくなるよ

ちなみに読みやすさを意識すると15~35文字が一文として読みやすい
せっかく面白いと思うけど書き方で読者が減るのは勿体ないしよかったら参考までに

やっと直った!!!というわけで、再開です

大使「例の件については…すまないが、支援が出来る状況ではない。」

記者「その辺は気にしなくて大丈夫ですよ。最近の試算では、もうすぐ完全に自給自足が可能ですから。」

大使「ふむ…。それなら良いが…。」

少女「例の件?」

大使「おいおい、説明してないのかい。」

記者「えぇ、タイミングを逃しまして…。」

大使「少女君、聞かなかったことにしてくれないか?」

少女「え?」

記者「安心してください。後でしっかり説明します。彼女は、大丈夫です。私が保証します。」

何がなんなのか分からないけど、これって記者から信頼されてるの?

大使「まぁ、君が言うならその通りだろうが…。少女君、君はこれから常識的には考えにくいことを知ると思うのだ。」

少女「はぁ。」

大使「信じられないことかもしれないが、それは世の中が勝手に作り出した思い込みとかによるもので、本来あるべき道筋を踏み外していることだってある。」

少女「…。」

大使「影を見過ぎて、光を失うことだってある。つまり…、いや、いかんいかん、歳を取るとつい若者に物事を押し付けたくなるものだ。」

クビを振る大使閣下に、私はどう反応したらいいのか分からない。



記者「それは仕方ありませんよ。我々若者は、無茶をするのが義務みたいなものですからね。ですから、年配者にブレーキを掛けてもらって、助けて頂かないと。」

大使「結局反発されるけどな。」

記者「ハハハ、…大丈夫ですよ、少女は。おそらく。」

何か知らないけど、勝手に決めつけられたのは少し癪に障る。でも、これは褒められてるのだろうか?

それにしても、これから彼に何を伝えられるのだろうか、2人の笑い顔を見ながら私は考え込んでいた。

―1時間後

彼の転送魔法により、私はまた来たことない土地にいる。いや、人類の多くがここを知っていることは無いだろう。

??「ようこそ、我が集落へ。」

記者「何が集落だ。もうこれは都市国家の域に入ってるじゃないか。」

??「ハハハ。」

私に手を差し出したこの男。肌はやや青く、頭頂部にそそり立つ数cmの角を持つ。一応、四肢は持つようである。ただ、指1本1本が長く、我々人間と異なる点を有している。

そう、彼は―魔族だ。

記者「山賊も泣かせる少女も、初めての魔族にはビビるんだね。」

??「そりゃあ、人間なら誰だってそうなるだろう。」

記者「おっと、彼はこの集落の首領だ。」

首領「よろしく。」

少女「…よろしくお願いします。」

首領「そう畏まる必要はないさ。ほれ見なよ。ここは、魔族も人間も協力し合うところなのさ。」

確かに彼の言うとおり、ここは人も魔族も―初めて見るのだけど、なんの違和感もなく一緒に過ごしている。
この姿を、われわれ人類は今までお目にかかったことがあるだろうか。―勿論無い。

首領「ここは、誰も知らぬ秘密の場所だからな。今までこんなの見たことなかっただろう。」

少女「…えぇ。」

記者「言っとくけど、首領は4年間アンジェの大学にいたんだよ。ま、念の為に人の姿になってもらったけどな。」

少女「えっ!?なんでそんなこと?」

首領「それは、一応人間の方が学問が進んでるからね。」

首領「俺たち魔族は、結局のところ力に頼ってしまう所がある。その分、学問が疎かになってしまった。」

少女「…。」

首領「だから、俺はこいつにお願いして人間の姿になってまで、色々と学んだのさ。おかげで、この集落もここまで大きく出来た。」

記者「ここは、元々俺を育てた魔法使いが作ったんだ。」

少女「勇者のパーティだったんだけ?」

記者「そうだよ。ただ、魔族の制圧しか考えていなかった勇者と対立して、途中で離脱したんだ。」

記者「で、勇者が焼いていった魔族の村から孤児になった子供たちを助けて、それを人間にも魔族にも知られないように育てようとした。だからその為に、この集落を作ったのさ。」

首領「あぁ、俺もその1人だった。いつの間にか、こんなに規模がでかくなっちゃってな。」

少女「…そうだったんだ。」

記者「そのうち、俺も拾われてここで育てられた。ただ、俺は元々はクライツ帝国に生まれ育った時間が長かったから、すぐにここを出ることになったけどね。」

首領「なのに、そのうち気がついたら何人もここに人間を連れ込んできたときは呆れてモノも言えなかったな。」

ここに来る直前に記者に教えてもらったのだけど、政府に弾圧されてしまう人達を保護してここに大勢連れてきたらしい。

首領「最初は争いも絶えなかったが、今はあの通りなんだかんだ上手くやれてる。」

記者「そうだ、この前連れてきた連中はどうだ?」

首領「あぁ、最初は驚いてばっかだが…なんだかんだ人間は順応力が高いな。」

記者「それは、魔族も同じじゃないか。」

首領「ハハハ。少女と言ったね、君は魔族と人間、何がどう違うと思う?」

少女「え?えーっと…姿とか?」

首領「他には?」

少女「え…まだ初めて会ったばかりだから、思いつかないわ。」

首領「ふむふむ、じゃあ初めてだと姿ぐらいしか分からないんだね。」

少女「えぇ。」

首領「そうさ、違いはそれぐらいしか最初は思いつかない。だが、姿であれば魔族であれば俺みたいに皮膚が蒼い奴もいれば、セが俺の半分しかいない奴もいる。ドラゴンもおるし、妖精もおる。」

首領「そして、人だって肌が白い君らもおれば、黒い人間もおる。その違いがあるのに、魔族と人間ってだけで争いをしている構図に、ふと気が付くとバカらしくなってくるのさ。」

記者「と、魔法使いに刷り込まれた結果がこれなのさ。」

首領「真似すんな。だが、実際そのとおりじゃないか?」

少女「まぁ、そうかもしれないわ。」

首領「まっ、悩め悩め。どれが正しいってのは無いのだから、悩むがいいさ。」

記者「適当な答えだなー。」

首領「お前に言われたくない。」

少女「あの…さっき記者が言ってた連れてきたって…?」

首領「あぁ、1か月前に魔法で村ごと連れてきたのさ。」

記者「し、しまった~。さっき言おうとして、すっかり忘れてた。あちゃ~。」

首領「え?」

記者「大使に邪魔されてな。あのな、実はな…。」

1時間少し前に、領事館で何か言おうとしてたけど…。

記者「例の聖クライツ義民民主戦線を知ってるでしょ?」

少女「えぇ、確か強権政治の帝国に対しての反政府団体だったわ。それがどうしたの?」

記者「あれ、その帝国政府が作り出したまやかしモノなんだよね。」

少女「え?」

記者「帝国に反発した人間をおびき寄せるための罠だったんだよね~。まったく賢いというかなんと言うか。」

記者「それを乗っ取ったのが魔法使い。まったく、どうやったのかは分からないけど、発想が自由というかなんというか。」

記者「で、本来粛清されるべき人たちを助け出して、ここに連れてきたのさ。それで、魔族と人間が一緒にここに住むようになったのさ。」

少女「…。」

記者「3年前に、その魔法使いが行方不明になったんだけど…代わりにその役目を俺がするようになってね。」

少女「…あ!まさか。」

記者「察しいいね。そう、この前の茶畑の村もそうやって帝国の刃から守るために、ここに転送したのさ。」

首領「その魔法は、残念ながら彼しか扱えないんだ。人間の世界だと、魔法は御法度になってるらしいし、仕方あるまい。」

魔法を扱うのは、教会に特別に許された人間のみに許されている。だからとてもじゃないけど、記者が魔法を使えることが許されてるとは到底思えない。

少女「じゃあ私を雇ったのって…。」

記者「とりあえず仲間が欲しくてね。剣の扱いが凄い女の子がいると聞いて、まさか君じゃないかと思って鎌を掛けたら見事にかかってくれたから、これはシメシメと思ってね。」

少女「何がシメシメよ!」

>>150の、10年前を15年前に変更してください…。すいません、そうじゃないと話がうまく行かなくなる…。

少女「はぁ、呆れた。ずっと騙されてたわけね。」

記者「そういうつもりじゃなかったんだけど…。」

首領「結果的にはそういうことだな。」

記者「俺に味方してくれよ。」

首領「損得勘定したら、簡単に少女に手を差し延べるが。」

記者「ふんっ。」

少女「後で殴っていい?」

首領「どうぞどうぞ、ご自由に。」

記者「え?」

首領「で、どうするんだい?騙されてこれから。」

少女「…契約では、茶畑の村を救うまでってことになってるけど…。」

記者「それは、君が自由に決めていいさ。一応契約は完了したわけだし、この先もずっとっていうのは厚かましいお願いになる。ただ…、この秘密だけは内緒にして欲しいけど。」

少女「安心して。まだあなたに付いていくわ。この先もう少し知りたいことあるしね。」

記者「知りたいこと?」

少女「色々とね。」

首領「…ふぅ、ならこの地のことは内緒にしてもらえるのか。」

少女「もちろんよ。」

首領「それならありがたい。実は内心ビクビクしていたからね。」

少女「安心して、ビクビクするのはこの記者一人で十分だから。」

記者「え?」

首領「いや、君にはまだ伝えてなかったんだけど、魔族にも人間と同様に色々とあるのさ。」

少女「色々?」

首領「ここは見ての通り、魔族と人間が一緒に共存出来ているだろう?」

少女「えぇ。」

首領「そう、だから、魔族にも人間と手を結んで歩もうと考えている者も少なくはないのだ。だが、魔族は魔王が君臨して支配していて、彼には逆らえない。逆らってしまったら、それこそ最後だ。」

少女「…。」

首領「だから、そうした者もここに連れてきているから、もしここが魔王の知るところになれば、ただでは済まないことになる。」

少女「…あれ?魔王は勇者に…。」

首領「あぁ、人間の世界では勇者のパーティが魔王と刃を交え、傷を負わせたってなってるらしいな。だが、それは先代の事で今の魔王は健在さ。彼は、魔族の長として、再び人間界に攻め込むと公言しているさ。」

少女「え?え?」

記者「どうした、少女?君らしくもない。」

少女「私だって戸惑うことぐらいはあるわ…。ねぇ、人間と魔族は対立しているんだよね?」

記者「当たり前じゃないか。」

首領「まぁ、ここの様子を見たら信じられなくなる気持ちはよく分かるな。」

少女「ち、違うの!もし…もしね、人間と魔族が自らの利益のために協力してるとしたら…。」

首領「え?」

私は5年前のあの時の事について、慎重に言葉を選びながら全てを話した。
決して、誰にも明かさなかったあの秘密を。

首領「信じられないな、まったくその話は。」

記者「俺も驚いているが…少なくとも、少女は陰謀論を作り上げることはしないだろう。」

少女「誰かに知られると、いつか私は殺されると思って黙ってたのだけど…。」

首領「皮肉な話だな。魔族は魔王、人間は教会と各国に迫害された者たちがこうやって手を取り合っているのに、実は対立している魔王と勇者が己の利益のために手を取り合っていたとはな。」

記者「この事は誰にも言ってないんだね。」

少女「えぇ、一言も。今回が初めてだわ。」

記者「そうか…。」

首領「魔法使いは何も言ってなかったな。」

記者「多分、途中でパーティを離脱したのだから知らなかったのだろう。」

首領「ふむ…それが世に知れたらどうなるやら。」

記者「人間も魔族もどっちも一騒動になる事は間違いないな。」

首領「おいおい、スクープは無しだぞ。」

記者「分かってるよー。下調べもせずに発表なんて出来ないし、まぁ…これはこの3人の秘密って事でいいよね。」

首領「当たり前だ。」

少女「えぇ、勿論。」

首領「もしかしたら、何かの策に使えるかもしれん。」

記者「確かにね。」

首領「ところで、人間界の戦争だが、どうするんだ?」

記者「戦争になるのはどうも避けれないな。」

首領「そうなると、大使からの支援は当分お預けだな。仕方ないが、それは痛いな。」

魔法使いという人は、大使にこの集落の支援を約束させたらしい。
彼はこの話を聞いてどう思ったのか分からないが、長い年月の間支援を行っており、更なる集落の発展につながったという。

記者「だけど、アンジェを潰すわけにはいかないね。」

首領「何か策があるのか?」

記者「いや…ただ、提督がいるからね。そう簡単に征服とはいかないはずだ。」

首領「今回は海軍でなく、陸軍じゃないか。本当にそうなるもんかね。」

記者「軍の実質は陸軍も海軍も一緒だ。運用の仕方が異なるので、そこを間違えなければ大丈夫なはずだ。」

首領「なんだい、副官にでもなる気か?」

記者「まさか。ただ、妨害工作は色々とやるかもね。」

首領「あー恐ろしい、恐ろしい。これからアンジェに行くのか?」

記者「あぁ。」

首領「お嬢さんは?」

少女「さっき言った通り、付いていくわ。」

首領「まったく。気をつけなよ。」

少女「えぇ。」

―アンジェ共和国・首都運河の街

記者「おい、大丈夫かい?」

少女「…見ての通り…気分悪い…。」

さっきから小舟に揺らされているのだけども、気がついたら船酔いをしてしまったらしい。

運河の街は、それこそ海の上に乗っかるように都市があるという街だ。

まったく、よくもまぁこんな街を作ったものである。おかげで私は今気分が悪い。

記者「守りやすいといえば守りやすいんだけどな。」

彼の言うとおり、あちこちと小路が万遍なく広がっているため、逆に言えば大軍を通しづらいという利点がある。

けれども、それは市街戦になった時の話であり、そうなってしまったらアンジェの滅亡に片足を突っ込んだ状態になっているだろう。

アンジェ共和国は、どちらかと言うと都市国家に近い。

領土は広いけど、それは各地への貿易を行うために重要な拠点同士を点や線でなく、面で広げたからである。

だからクライツ帝国やソンスタン帝国並みの領土を有している。しかしながら、実質的なものはこの運河の街が全てと表現してもいいくらいだ。

重要な拠点はどちらかといえば、海賊対策であったり船の往来の安全のために確保した地であって、陸からではなく船を使っての移動がメインとなる。

となると、聖統討伐軍が攻めるとすれば、この運河の街を真っ直ぐに進軍することになるだろう。

運河の街へは、各地から3つの街道で結ばれている。

東へと向かう海沿いにある街道は、ヤクーツ公国やムスタファ王国に繋がっていく道で、しばらく進むと崖に沿うように道が引かれている。

西への道もやはり崖沿いだが、こちらは崖みたいなものはなく砂地と沼が広がっており、その先は森となっている。ピスト帝国、ロマンツェ王国、そして最強と呼ばれている聖家騎士団の領地もこの道を進むと存在している。

中央の道は、山と山の間を通る険しい道で、2つの街道と比べるやや細くなっている。ただ、その険しい所以外は広く、その分交通量も多い。クライツ帝国や聖教国には、この道が一番近いだろう。

そして3つの街道は、アンジェ共和国首都の周辺まで行くと周りが沼となっている。

その沼の先に運河の街がある。
ここに初めて人が住むようになって700年も経っている。最初の入植者は、どのような思いでこの地に住んだのだろうか。

その人の意図があったのかどうかは分からないけど、運河の街はその立地で、外敵からの侵攻を度々防いだらしい。

まだ貧相で小さな都市国家だった頃、ある王国から攻められたけれども見事に撃退している。
沼地付近で戦ったため、足場を固められなかった王国軍を各個撃破する事が出来たとのことである。

さらにその後、陸からはダメならと海から大型戦艦を建造して攻めたものの、船の操縦では世界一と呼ばれるアンジェ共和国の人々が、小舟を用いて火攻めにして再び撃退した。

それ以降、アンジェの海軍は世界一の海軍と言われるようになったという。

小舟に揺られて30分。アンジェの国旗が掲揚されている建物が見えると、小舟はゆっくりと船着き場へと向かっていた。

記者「さぁ、ここだよ。」

そこは、世界の経済を握るというアンジェ共和国の中枢部・国政庁であった。

衛兵「では、こちらにお進みください。」

記者が来訪を告げると、しばらくしたのちにある部屋へと案内された。

衛兵「只今総督は会議のため、しばらくこちらにてお待ちください。何かありましたら、何なりと私に。」

記者「ありがとう。」

衛兵というと、少し気難しいイメージがあるけれども、案内役を務めた彼はそのような素振りは見せなかった。
戦争が起きれば、そんな彼も戦地で戦うのだろうか。

―半刻後

総督「お待たせしましたな。」

記者「いえいえ、お忙しい中での突然の訪問ですので。こちらこそご無礼をお許し下さい。」

総督「ふむふむ、それでは今までの全てを流しましょう。」

記者「いやはや、総督もお人が悪いですな。…えっと、ここにいるのは私の助手兼護衛をしてもらっている少女と申します。」

総督「ほう、護衛…。」

記者「ええ。何せ、クライツ帝国は最近物騒な騒ぎが多くありまして。」

総督「これからはここも物騒なことになるかもしれませんぞ。」

記者「一番治安が安定していると言われるアンジェでそのような事になるなら、世界は安堵という言葉を失うでしょうね。」

総督「…私は少なくともこの国の安堵をもたらす義務があります。そうさせないつもりでいますが、何せ今回は完全に教会に主導権を握られてしまい…。」

記者「情勢は悪そうですね。」

総督「ええ。情報を誤って捉えてしまうとは情けないことで。しかし、今回はあまりにも教会側が強硬な姿勢を変えないのです。」

記者「で、どのようにされるつもりで?」

総督「…今回の訪問の目的はその質問ですかな?」

記者「他にも尋ねたいことは山ほどありますが…一番肝心なことですね。」

総督「国民の命を守るためなら、降伏も一つの手段です。」

記者「…。」

総督「ですが、それで国民が真っ当に生きれるかどうかは分からない。アイデンティティを失うことで、果たして我々が他国の国民として幸せに生きることは可能でしょうか?」

記者「それは分かりませんね。下手すれば、迫害を受ける可能性もありますし…。」

総督「えぇ。ですから、我々は国を守らなければなりません。国が滅ぶからではなく、国民が真っ当に生き残れるために戦うのです。」

記者「なるほど、戦う理由は分かりました。しかし、和平派もいるでしょう。彼らの説得はどうするのですか?」

総督「それは大丈夫ですよ。和平派は今回特別に仕事を与えて各地に派遣しています。ですから、少なくとも準備段階で文句を言わせませんよ。」

記者「後で怒りそうですね。」

総督「それは少なくとも近々起こるであろう戦争で、滅亡しなければの話ですね。」

記者「…それで、もし戦になるとして勝てますか?」

総督「勝てる算段は全てやりますが…こればかしは分かりません。」

記者「そうですか…もう1つ質問ですが、総司令官に提督を任命させるという噂は本当ですか?」

総督「…その質問に答える必要はありますか?」

記者「ご安心下さい、記事にするために聞いてるわけではありません。」

総督「…その通りです。何か問題でも?」

記者「彼は優秀な軍人であることは私も知っております。」

総督「…。」

記者「ですが、彼は海軍の軍人ですぞ?今回の戦争が海ではなく陸で行われることは分かっているでしょう。ではなぜ彼を任命されるのですか?」

ガチャ

提督「その質問には私が答えよう。」

入ってきた男は、髭を蓄えているが、それが無ければもう少し年齢は若く見えたかもしれない。

この男こそ、アンジェの英雄こと提督であった。

提督「実に簡単なことだ。祭り上げられただけに過ぎない。」

記者「これから戦争なのに、それでいいのですか?」

提督「いいんだ。実務は高級参謀が取り仕切っているからな。」

記者「で、高級参謀は今どちらにいらっしゃいますか?」

提督「現場の視察で忙しいのだ。逆に言えば、もし彼が司令官であれば現場視察を十分に出来る時間は無かったであろう。そういうことだ。」

記者「なるほど…。」

納得したのかどうかは分からないけど、記者は追求をやめたようだ。

総督「理由はお分かり頂けましたかな。」

記者「えぇ。ところで、1つお願いがありまして。」

総督「なんでしょう?」

記者「取材許可です。私とこの助手の2名に対しての取材許可を頂きたいかと思います。」

総督「…わかりました。いくつか制限はありますが、力になりましょう。」

記者「ありがとうございます。」

そう言って、総督のいる部屋から私たちは退室した。

提督「彼は確か魔法使いの弟子でしたな?」

総督「ええ。元々、クライツ帝国で孤児だったそうで。」

提督「ほぅ、それなのに反逆者として国を売っているというのか。」

総督「そう簡単に結論するものではありませんよ。魔法使いはこのアンジェの水で育ったんですから、その彼女の教育によって帝国の政治を否定する事だってあるんですから。」

提督「その魔法使いはあなたの1番下の妹。血が繋がっていないとは言え、甥っ子の成長に色眼鏡で見誤ってはいないのか?」

総督「まさか。彼の洞察力は、かなり優秀ですよ。」

提督「なるほど。そういえば、隣にいた助手とやらはどう見えて?」

総督「殺気がありました。警戒心は強いのでしょう。」

提督「彼女もクライツ人か。」

総督「えぇ。」

提督「そうか、面白い。」

総督「?どういうことですか?」

提督「…彼女はクライツ帝国で去年の剣技大会の15歳以下部門の優勝者だ。」

総督「なんと。…しかし、軍には入らなかったのですね。」

提督「そのようだな。剣技大会に優勝したものは、軍のエリートになれると聞く。それなのに、今はただの助手だ。」

総督「…もしかしたら、彼女は帝国のスパイかと?」

提督「スパイなら、あんな殺気を出さないね。」

総督「アハハ、確かにそうですな。どうやら反骨精神旺盛ということでしょうか。」

提督「我々と同じだな。」

総督「ハハハ。」

総督「ところで、高級参謀殿はどうされてますか?」

提督「えぇ、準備に力を入れすぎているという気持ちもしなくもないが、任せて大丈夫かと。」

総督「そうですか。」

提督「少なくとも、用兵の基本をしっかり心得ている。奇策ばかりを掲げるような奴では無いから、安心していい。」

総督「ふむ、彼の以前書き上げた防衛作戦書を見て、この人事を決定したのですがどうやら良かったようですね。」

提督「安心するにはまだ早い。守りきってからこそ、初めて安心を得られよう。」

総督「そうでした。軍事に関してはあなたに任せていますので、どうぞご自由に。」

提督「そういうの初めてで、今までは自由にやらせてくれんと不満ばかりだったが、いざやってみろと言われると困るものだな。」

総督「ハハ、頼みますぞ。」

提督「うむ。では失礼する。」ガチャ



総督「…。」

総督「教会は…。」

総督「まさか…。」

総督「もしそうであれば…。」

総督「この戦、絶対に勝たなければ…。」

―夜、運河の街・パブ

記者「さて、これからどうしたものかな。」

少女「ねぇ!」

記者「うん?なんだい?」

少女「総督とお会いしたとき、なんでもっと追求しなかったの?」

記者「それは簡単、しつこい男は嫌われるからね。」

少女「冗談はよして。」

記者「…君はどう思った?」

少女「どう思ったって何が。」

記者「総督のことだよ。」

少女「うーん、思ったより状況が深刻に進んでしまったという印象を受けたわ。未曾有の事態に少々焦りを感じている…そんな印象を受けたわ。」

記者「それには俺も同意見だね。他に何か気づいたことはあるかい?」

少女「…何か隠していることがあるんじゃないかなって。」

記者「ほぅ、そっかー。どうしてそう思った?」

少女「どうしてって…、理由はよく分からないんだけど、そう感じたの。」

記者「つまり勘ってことかい。」

少女「そうよ、それじゃいけない?思ったこと言えってあなたが言うから。」

記者「ちょ、ちょっと待ってよ。別に責めちゃいないって。」

少女「どうだか。」

記者「本当だって。俺だって、何か隠してることはあると思ったよ。だけど、その何かが分からないんだから聞くこともできないじゃん。」

少女「だから切り上げたって言うの?」

記者「ま、そんなとこ。」

少女「呆れた。何しに行ったか分からないじゃない。」

記者「いや、ちゃんと成果はあったさ。追求できるかどうか探りを入れるためだったんだし。」

少女「成果?」

記者「秘密を追求すれば漏らすかどうかってね。」

少女「…で、結果は?」

記者「あれはダメだね。仮に情報の物々交換を行っても教えてくれないね。」

少女「じゃあ、これからどうするの!?」

記者「どうするもなにも…このまま戦争が始まるまで優雅に観光でもするかい?」

少女「冗談はよして。」

記者「情報戦ではアンジェは世界一だから、何か情報が入ると踏んだんだけどね。」

少女「大使閣下に頼ってみては?」

記者「閣下はまだ帝国さ。こっちに戻ってくるには、最短でも2週間は戻ってこれない。」

少女「あなたの魔法で連れ戻せばいいじゃない。」

記者「そういうわけにいかないさ。閣下は公職として赴任しているからね、もし急に戻ってきた場合には…あらぬ嫌疑がかけられてしまう。」

少女「…じゃあ。」

記者「しっ。」

少女「?」

記者「ゆっくり、横目で後ろの右奥の席を見てくれ。」

少女「…男2人いるわね。」

記者「で、カウンターの奥から2番目の男も…。」

少女「…いつから?」

記者「少し前から…総督の事を話ししていたあたりからだね。」

少女「…情報機関なら…アンジェ?」

記者「少なくともただのチンピラじゃない。」

少女「…小刀をそっと落とすわ。それを武器にして。」

記者「助かる。パブを出て真っ直ぐ宿に戻ろう。そこまで歩いたら15分か…厄介事になるかもね。」

少女「ええ。」

―道中

私たちはすぐにパブを出たけど、男たちがついてくる気配はないようだ。

でも殺気はさらに強く感じる。

記者「…そろそろかな。」

少女「何を呑気に…左!」

飛んできたのは弓が2本。確実に私たちを狙っていたであろうその弓を、私は剣で弾き返し、彼は咄嗟に避けた。

記者「来るぞ!」

弓矢はさらに続き、左だけでなく、右から、後方からと三方向から確実に私たちを狙っていた。

それをギリギリの所で私たちは避けていた。

記者「毒が塗ってるかもしれない、傷一つ作るな!」

少女「分かってるわよ!」

記者「っ!手練だぞ、気をつけろ。」

少女「それはこっちのセリフ!…左5人突っ込んでくる!」

記者「右からも5人来るぞ、後ろも4人か!なんて奴らだ、弓は別の連中か!」

少女「仲間討ちも構わないって言うの!?」

突っ込んでくる暗殺者たちの隙間から、休むもなく弓矢が放たれていく。完全に受け手になってしまっている。

記者「おっと危なっ、…俺は右の奴を受ける!」

少女「私は左を…後ろどうするの!?」

記者「知るか!」

想定したとは言え、想像以上の相手であったことに、彼も言葉キツく返すのがやっとである。

少女「…甘い!」

暗殺者A「ぐっ。」

記者「時間を稼げ!」

少女「え?」

一人斬りつけて返した刃は、もう一人の男に受け止められてしまう。依然相手の人数が優っており、遅れて3人の暗殺者たちが立て続けに攻めてくる。

少女「…っ、これどうやって時間を稼げばいいのよ!」

憎まれ口を叩きながらも、受け止めつつ避け、なんとか凌いでいる状態だ。休む間もなく、弓矢と刃の連動した攻撃が続く。



少女「ハァハァ、なんとか2分は凌いであげたわ!」

記者「それは奇遇だ、俺もだよ。」

後方からの敵も完全に入り乱れながらも、私が3人、彼が2人を倒しているので、弓を放つ数名の者と斬りつけてくる者9人が健在である。

未だに不利である。

少女「…時間を稼いでどうするっての!?」

記者「どうするって…誰かが騒ぎに気付くんじゃないかな。」

少女「呆れた、運任せって言うの!くっ、もう1人!…魔法は出来ないの!?」

記者「唱える時間が無い!それに使ったら使ったで、面倒になる!」

少女「なによ、この状態で生き残れると思ってるの!?」

記者「君も思ってるんじゃないの!」

少女「そうわよ!もう、弓矢が邪魔!」

―ギャッ

少女「なにか聞こえた!」

記者「新手か!」

少女「くっ!」

確認させる間もなく、相手の攻撃は苛烈を極めてくる。

記者「変だ、後方から弓矢が飛んでこない!」

少女「え?」

驚く私であったが、それは私に刃を向けてくる相手も同じ状態であった。何がなんだか分からないその時、右手から

ーギャッ!!!

明らかに男の断末魔の叫び声。

記者「右手からも弓矢が来なくなったぞ!」

少女「―味方!?」

その声に過剰に反応したのだろうか、暗殺者達の判断は早かった。

暗殺者B「…ひけっ。」

彼らは私たちを牽制しつつ、あっという間に引き上げていった。

少女「待て!」

記者「…よせ!…追わなくていいよ。」

少女「くっ、…大丈夫?」

記者「あぁ、なんとかね。」

少女「いったい…」


?「君ら、大丈夫かね。」

ふと気が付くと、馬に乗った1人の男がいた。

彼の持つ剣には、明らかに人のものであろう血が鮮明に付着しており、彼が私たちを救った者であることを悟った。

少女「もしかして…。」

?「あぁ、6人ほど君たちに弓矢を向けていたからな、問答無用に斬ってやった。」

少女「あ、ありがとうございます!」

?「襲われていたのをたまたま通りがかっただけだ。それ、そこの男も大丈夫かね。」

記者「えぇ、なんとか。助けていただき、ありがとうございます。…ほら言ったでしょ、時間を稼げばいいって。」

少女「この人が助けてくれなかったら、今頃私たちは天国に向かってるところだったわよ!!…あ、ごめんなさい。」

?「いや、いいんだ。」

その時、遠くから馬が駆ける音が聞こえてきた。

?「高級参謀殿~!!」

少女「高級参謀?」

?「名乗り遅れたな。私は高級参謀。この国の貧弱な陸軍で務めておる。今こっちに向かってるのは、私の秘書官だ。」

記者「助けて頂きありがとうございました。私は…」

彼は素性を偽りなく、この命の恩人に明かした。言ってしまえば、お互いは将来、それも遠くない将来に敵国人同士となるのだ。警戒されても仕方ない事だろう。

しかし、この司令官に任命されたこの男は

高級参謀「そうか。」

の一言で済ませてしまった。いや、一言では済まなかった。

高級参謀「遠路はるばる来られたのに、大変な目にあったな。しかしながら、その剣術には私も思わず見惚れてしまった。」

少女「いや、あの…」

高級参謀「そんなに戸惑わなくてもよい、ただ感想を述べただけだ。」

そこに、先程の声ー秘書官がやってきた。

秘書官「はぁはぁ、急に駆け出さないで下さいよ!」

高級参謀「すまんな、しかしこの方々が襲われていたから仕方あるまい。」

秘書官「何が『仕方ない』ですか、もしも怪我をされたらどうなさるおつもりだったのですか!」

高級参謀「では、君は襲われても無視しろと言うのか?」

秘書官「そういうわけではありません、ですが1人で駆け出すことは無いでしょう!」

高級参謀「1人で行ったからこそ、不意打ちが出来たのだ。」

秘書官「ああ言えばこう言うのやめて下さい!」

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