怪物「なんだ、もう死んでしまうのか?」(31)



怪物「なあ、人間よ」

老人「……」

怪物「脆いな、人間よ」

老人「……」

怪物「死ぬのか、****、」

老人「……」

怪物「我を残して死んでしまうのか、****よ」



怪物「…もう死んだのか?」

老人「………アヤカシよ…」

怪物「!…ああ、ああ!何だ?」

老人「くは、は。嬉し、そうだな、アヤカシ、よ」

怪物「人間、目はもうダメみたいだな」

老人「…ああ、そうみたいだな。お主の銀に美しく光っていた髪も、紅を引いたような赤く艶かしい唇も…見えぬ」

怪物「…今日はやけに口がまわるな。まだ寝ぼけているのではないか?」

老人「そうかもしれんな。もう一度寝るとしよう」

怪物「ああ」

老人「その前に1つ」

怪物「?」



老人「私はお前を殺すまで意地でも死なんから安心しろ」

怪物「!」

怪物「…ふ、はは、」

怪物「馬鹿な男だ!」

老人「おやすみ、####」

怪物「ああ、良い夢を」


怪物「****」



――――――
―――


怪物「うそつき」

―――
――――――



《???年後》


子供「ねぇ」

怪物「…?」

子供「ねぇったら!」

怪物「んぬ!?貴様、我が見えるのか?」

子供「え?」

怪物「いや、何でもない。忘れよ」

怪物「時に小僧、我に何か用か?」



子供「うん、あのね。僕、ここにとっても綺麗な天使がいるって聞いて来たんだ」

怪物「ほう。それで?」

子供「もしかして、お姉ちゃんが天使なの?」

怪物「天使?私が?」

怪物「ふはは!我が天使に見えるのか?」

子供「うん!」

怪物「そんな良いものでない。まあ、存在は近いやも知れぬがな」

怪物「ちなみにこの森に天使は居ぬ。残念だったな」



子供「そっかぁ…」

怪物「そう落ち込むな。この森に居ないだけで、別の所には居るやも知れんぞ?」

子供「どこに!?どこにいるの!?」

怪物「さあな。そこまでは知らん。"天使"は見たことがないからな」

子供「そっかぁ…」

怪物「なぜそこまで天使に会いたがる?好奇心か?私欲のためか?」



子供「こおきしん?しよく?」

子供「んー。よく分からないけど、おじいちゃんに元気になってほしいから天使に会いたいんだ!」

怪物「父は病気なのか?」

子供「んーと。お母さんがね、『おじいちゃんも、もう年だから』って言ってた!」

怪物「…そうか…老い、か」



怪物「小僧、教えてやる」

子供「なにー?」

怪物「その男はもうすぐ死ぬ」

子供「!!」



怪物「まずは寝たきりになる。その男も、床に着く時間が長くなったのではないか?」

子供「…」

怪物「そしてなかなか起きなくなる。名を呼んでも、ピクリともしない。体を揺らしてようやく目が開く」

怪物「そして、少したったら目が開かなくなる。貴様の存在も気配で感じることしかできなくなるだろう」

怪物「貴様の姿はもうその男の目に映れないのだ」

子供「…」プルプル



怪物「震えているのか?だが、これはまだ序の口だ」

怪物「だんだんと起きる時間が短くなり」

子供「……の…」

怪物「口から出るのは言葉ではなく音になり」

子供「………み…が」

怪物「ピクリとも動かなくなり」

子供「…この……み…!」

怪物「そして死ぬ」



子供「この死神がッッ!!!」



子供「お前はやっぱり天使じゃなかった!!」

子供「死神だッッ!!!」
ダッ


………
……


怪物「死神、か。まあ、死を見て来た数なら引けを取らぬがな」

怪物「あの子供も、ちがう」



《??年後》


女「ねぇ」

怪物「…またか」

女「は?」

怪物「いや、こっちの話だ」

怪物「で?貴様は何だ?言っておくが、この森に天使は居らぬぞ」

女「はぁ?何の話?私は、死神がいるって聞いたから来たんだけど?」



怪物「天使の次は死神か…おおよそ、あの子供が流したんだろうな…」

女「ちょっとー?」

怪物「ああ。我に死神の居場所を教えてほしいのか?」

怪物「それなら残念だな。この森に死神は居ぬ。もちろん天使もな。この森にある異質は我のみだ」



女「はぁ?あんた死神じゃないの?」

怪物「まあ、存在は近いかも知れぬがな」

女「なぁんだ。がっかり」

怪物「女、なぜそんなに死神に会いたがる?死神は貴様らにとって恐怖すべき存在ではないのか?」

女「それは」


女「私を殺してほしいから」



怪物「殺してほしい?それはまた、何故?」

女「あー…その前に、あんた人間じゃないわよね?」

怪物「何を今更。言っただろ?」

怪物「『この森にある"異質"は我のみだ』、と」

怪物「まあ、人間ではないな」

女「確認よ。あんたが人間じゃないのは、一目見た時からうっすら分かってたし」

女「人間に言うと死ぬ前に捕まっちゃうからね。だって私は」

女「彼を殺してしまったから」



怪物「それが死にたい理由か?」

女「そうよ」

怪物「分からぬな。死にたくなるほど後悔するならば殺さねば良かったではないか」

女「あはは、違う違う」

怪物「?」

女「私は後悔なんてしてないわよ?」



怪物「では、憎かったのか?」

女「ううん。…とても愛していたわ」

女「私ね、彼と特別な関係だったの。恋人とは違う。でも、特別。すごく大切な存在」

怪物「なおさら分からんな。早くその話の真実を教えろ」

女「せっかちね。けど、聞いてくれるのは嬉しいかも」



女「…ねぇ、天国ってあると思う?」

怪物「どうだろうな。生憎、我はこの世に閉じ込められた存在だからな」

女「私はあると思う。そして、そこはとても穏やかで温かい所だと思う」

女「彼はね、きっと天国に行ったわ。ああ、私が天国に送ったと言った方がいいわね」

怪物「…真実を当ててやろう。貴様は、この世にその男を置くのが怖くなり、あるかどうかも分からぬ天国とやらに逃げ込むつもりなんだな?」

怪物「正解か?」



女「先に言うなよ!まあ、正解だけど…」

怪物「ふふん!だてに長く生きておらんわ」

女「ドヤ顔するな!…そうよ。逃げたかったのよ。彼と2人で穏やかに、誰にも邪魔されない世界に逃げたかった」

女「彼を天国に送ったのはいいけどさ~…私があの世にちゃんと辿り着けるか分かんないじゃん?もしかしたら幽霊になっちゃうかもしれないし!」



女「そんな時に、こんな噂を聞いたの」

女「『あの森には死神がいる。あの世に連れて行かれるんだぞ』ってね」

怪物「それはまた…なんというか…」

女「馬鹿みたいでしょ?でもね、私は『チャンスだ!』と思った。死神にちゃんとあの世に送ってもらう、ね」

怪物「ふむ。だからここに来たのか」

女「そうよ。無駄足だったけどね」



怪物「これからどうするのだ?」

女「んー。ここで死のうかなー。いい?」

怪物「勝手にしろ」

女「そこまであっさり言われると何かムカつく…まあ良いわ。そこの湖借りるわよ」

怪物「我のものではない、勝手に使え」

女「はいはい、じゃあね」

怪物「おい」

女「なにー?…冷たっ!」チャプチャプ



怪物「我は死神でもなんでもない。が、これだけは言える」


怪物「貴様は天国に行けぬ。その男とやらがいる所には行けぬだろう」

女「……でしょうね。どんだけ綺麗な言葉を並べても、結局はただの殺人だからね」チャプチャプ

女「死神がいたら土下座してでも天国に連れて行ってもらうつもりだったのになー」チャプチャプ

女「気づくのが遅すぎた?ううん。一緒にいられなくなるより、彼が誰かに取られる方が怖かった」チャプ

女「だからこれでいい」



怪物「…人間の一生は短い。あと50年もすれば貴様も死ぬだろう。そう急がずとも」

女「私だけ安らかに死ぬのを待つの?それこそ、罪だわ」チャプチャプ

女「それに、この気持ちが薄れるのも怖い」チャプチャプ

女「この気持ちだけは、一生」チャプ


チャ プ ン



…………
……


怪物「共に、か?だが、記憶などたとえ色濃く持っていても所詮それは」



怪物「記憶でしかないのに」

怪物「あの女も、ちがう」



《?ヶ月後》


老婆「おやおや、綺麗なお嬢さんだこと」

怪物「…最近は客が多いな。なんだ?ここには天使も死神も居やしないぞ」

老婆「いいえ、私はただ散歩に来ただけですよ」

怪物「こんな何もない森にか?」

老婆「何もないなんてとんでもない。綺麗な緑に綺麗な湖、それにまるで女神みたいな娘さん。天国に来たみたいですよ」



怪物「その"綺麗な湖"には、天国に行けなかった女が沈んでいる。ここは天国と言うより、地獄だと思うがな」

老婆「あらまぁ。地獄に来てしまいましたか。どうしましょう。ふふ。」

怪物「…怖くないのか?我は、そこで人が死んだと言っておるのだぞ?」

老婆「年をとるとね、色んなことに驚かなくなるんですよ」



怪物「そういうものなのか」

老婆「ええ、そういうものなのです。ふふ」

怪物「むっ。何を笑っている?」

老婆「あぁ、ごめんなさい。あなたとの会話が楽しくて」

怪物「楽しい?そんな大したことは言っておらんぞ?」

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