亀「竜宮城発地上行きの最終便は先程出発致しました」 (58)

女「……」キュッ

女「……」ジャー

「あー、あの」

女「……うわっ」ジャー

女(さっきまで誰もいなかったのに……)ジャー

「女、さんですよね」

女「は、はい。そうですけど……」ジャー

女(……にしても、綺麗な人だな……)ジャー

「わたし、こういう者です」スッ

女「あ、これはご丁寧に……」キュッ

女「……」フキフキスッ

女(……竜宮城……『乙姫』……)

女(……普通の美女だ)ションボリ

乙姫「……」

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女「えっと、それでその乙姫さんとやらが私に何の用……?」

乙姫「女さんを是非、わたしの竜宮城に招待したくって」

女「私を?」

乙姫「はい。モチロン、きちんとおもてなしはさせていただきますわ」ニコリ

乙姫「女さんの都合さえよろしければ、今夜。いかがでしょう?」

女(正直胡散臭いけど……まあ、話のタネ程度にはなりそうだし、ね)

女「……わかったよ」

乙姫「……っしゃあ!」グッ

女「……」

乙姫「では、今夜。乙彼浜にてお待ちしておりますわ」キィガチャッ

女(……変な人。何故かトイレで話しかけてくるし)

女(そういえばうちのトイレ、変な噂多いよね。視線を感じるとか、誰かの気配を感じるとか)

女(それとなんだっけ……なんか姫がついたような……)

女(……あ、思い出した。乙姫だ)

女(乙姫が出るって噂になってたんだ、そういえば)

女(……)

女(……受けない方がよかったかな、これ)キィ

女「……」ガチャジャー

ザザー

女「だからそんなに心配しなくても大丈夫だって」

女「ほら、もう着いたから切るね。帰ったらまた連絡するから」

『あっ、ちょっとま』ピッ

女(やっと着いた……)パタン

女(電話までかけてくるなんて……相変わらず心配性だな)クスッ

女(ま、行方不明とかそういう噂は聞いた事ないし、なんとかなるでしょ)

女(けど……予定より随分遅くなっちゃったな。ここでお待ちしてるって言ってたけど……)

「嬢さん、嬢さん」

女「……ん?」キョロキョロ

「足元だ、あんたの」

女「……亀?」

いかつい亀「おうよ。姉御に言われて迎えに来たぜ」

女(竜宮城だから亀って……気合入ってるな、意外と)

女(結構本物そっくりだな……)ジロジロ

女「えっと、それであなたについていけばいいの?」

いかつい亀「や。あっしの背中に乗ってくんな。そうすりゃ海の底まであっつー間だ!」

女「……その、大丈夫なの? 酸素とか」

いかつい亀「心配しねえでも人間用の道はきちんと覚えてらあ!」

いかつい亀「それに人間一人乗せて泳げねえようじゃあ、姉御に顔向けできねえってもんよ」

女「えっと……じゃあ、失礼します」ソロッ

いかつい亀「っしゃあ! 行くぜえ! 振り落とされないようしっかり掴まってろよ!」

女「……」ガシッ

いかつい亀「……」ズリズリ

女「……」ズリズリ

いかつい亀「……」ズリズリ

女「……あの、海に浸かってから乗ろうか?」ズリズリ

いかつい亀「……面目ねえ」

女「……っと」ジャリッ

いかつい亀「……」ズリズリ

女「……」ズリズリ

いかつい亀「……」ズリズリ

女「……海まで抱え……って重い……!」グググ

いかつい亀「……姉御に合わせる顔がねえよ……」

女「……無理。押すね」グイグイ

いかつい亀「……姉御の一番弟子の名が泣いてるぜ……」ズリズリ

いかつい亀「……っと」スイーッ

いかつい亀「この先に見えるあれが姉御のところだ」

女「……う、うん……」

いかつい亀「じゃああっしはこれで失礼するぜ!」

いかつい亀「姉御と楽しい夜を!」スイスイ

女「……」

女「……酔った……」

女(何あの亀……泳ぐの荒い……)ウプッ

女(……どうせならあそこまで乗せていってよ……)


女(……やっと着いた)コンコン

ハイー

女(……まだ気持ち悪い……)ガチャッ

乙姫「女さん! 随分と遅かったのですね」

乙姫「わたしは女さんがいつものように迷子になっているのかと……」

女「いや、私迷子になった事なんて一回もないから……」ウプッ

乙姫「……」

乙姫「そういえば、随分と顔色が悪いようですがどうかなさったのですか?」

女「あー、いや、その……」

女「ちょっと酔っちゃってね……亀酔いって言えばいいのかな……」ウプッ

乙姫「……んの野郎」ポツリ

女「……あーっと、ごめん。先にちょっと休ませてもらっていいかな……」フラフラ

乙姫「……え、ええ! 勿論構いませんわ。ささ、どうぞ中へ」

女「お邪魔します……」ヨロヨロ

乙姫「こちらのベッドでしばらく安静になさっていてくださいな」

女「う、うん……」


女「……」

女(やっと落ち着いてきたけど……)

乙姫「……」ジーッ

女(見られてるとちょっと落ち着かないな……)ソロッ

女(でも、海の中って事は……やっぱ本物、だよね)

女(……それにしては普通の豪邸だけど)

女「……えっと、乙姫さん」

乙姫「あら、わざわざさん付けしなくとも結構ですわ」ニコニコ

女「じゃあ、乙姫。私はもう大丈夫だから、そろそろ行こうか」

乙姫「ええ、分かりました。すぐに準備をさせますわ」

女「あ、それと……一応聞くけどここって海の底、なんだよね?」

乙姫「はい、そうですが……」

女「その……なんで私、息、出来てるの?」

乙姫「……」

女「……」

乙姫「……企業秘密、ですわ」ニコリ

女「……」

乙姫「さあ、参りましょう。女さんを歓迎する舞をお見せしますわ」


ウィーリブイントーキョー
ナ! カ! タ! ナカタ!

女「」

乙姫「わたし、人間界の文化を少々勉強しましたの」ヒソヒソ

乙姫「最近はこのような舞が流行りなのでしょう?」ニコリ

女「……舞、でいいのかなこれ」ハハハ

乙姫「女さん、今宵の宴はどうでしたか?」

女「いやぁ、楽しかったよ」

女「流石に舞の最中にタイやヒラメを踊り食いさせられる羽目になるとは思わなかったけど」

乙姫「女さんさえよろしければ、わたしがお送りいたしますわ」

女「いや、悪いよ。そんな。下ろしてもらった場所にまた亀がいるんだよね?」

女「そこまでなら一人で歩いていけるよ」

乙姫「ですが……」

女「もう、大丈夫だってば」ガチャッ

女「今日はありがとう。ホント楽しかったよ」キィッ

女「じゃあね、乙姫」ヒラヒラ

乙姫「あ、女さ」

バタン

女(……さて、確かあっちだったな)テクテク


女(……)テクテク

女(……結構歩いたのにいないな)テクテク

女(そろそろいてもおかしくないと思うんだけど)チラチラ

女(……まさか、迷子……?)ピタッ

女(……いや、迷子とかありえないしそもそも迷子とかなった事がないし)

女(……)

女(……歩こう。多分もうすぐ見つかる筈)テクテク

女(……)テクテク

女「……ん?」ピタッ

女(……この先の方……何か、いる?)ダッ

女「……」タッタッタ

亀「……」

女「……亀だ……!」タッタッタ

女「すみませーん!」タッタッタ

亀「……おや、珍しい。最近は人間もあまり見かけませんので」

女「……あなた、亀だよね?」

亀「はい。私はきちんと亀の特徴を有しておりますので」

女「じゃあ、私を地上に乗せて行ってもらえる?」

亀「無理です。竜宮城発地上行きの最終便は先程出発致しましたので」

女「えっ」

女「そんな……! 明日仕事なんだよ?」

亀「そう言われましても私には手も足も出ませんので」

女「……ねえ、なんとかならないの? あなた亀でしょ?」

亀「確かに私は亀ですが免許を持っていませんので」

女「……免許?」

亀「はい。人を乗せて泳ぐ免許です」

亀「同情はしますが甲板一枚の模様すら分からぬ相手の為にルールも甲羅も破る訳にはいきませんので」

女「……こうばんって何だろう」

亀「兎に角。特別な事情でもない限りは最終便以降の地上行きの便はありませんので」

女「……諦めろって事?」

亀「はい。乙姫様の許可でもなければ便は出ませんので」

女「乙姫の……? なら、大丈夫かも……!」

女「乙姫に招待されて竜宮城に来たんだから乙姫に頼めば便の一つや二つ出してもらえるよね?」

亀「私に聞かれましても私は乙姫様ではありませんので」

女「……いや、それはそうだけど……」

乙姫「……」コホン

乙姫「……どうか、なさいましたか? 女さん」

女「あ。乙姫。実は地上行きの便がなくなっちゃって……」

乙姫「あら、それは大変ですわね。どうでしょう。一晩竜宮城に泊まっていかれては」ニコニコ

女「え。いや、でも明日は仕事が――」

乙姫「仕事は休むしかないでしょう。人の手で地上まで泳ぐのは不可能です」

乙姫「それにどことも知れぬ海底で一晩、という訳にもいきませんし」ニコリ

女「い、いや、でも乙姫なら便を出せるって聞いたけど……」チラッ

亀「無理です。その方は乙姫様ではありませんので」

女「えっ」

亀「疑問に思わない方が可笑しいのです。そもそも乙姫様と比べれば顔立ちがあまりにも普通すぎますので」

乙姫「……」ギロッ

亀「ヒッ……!」シュッ

乙姫「……」

乙姫「か……亀さんの中にもわたしの顔を知らぬ不届き物がいたようですね」ニコリ

女「……確かに乙姫にしては普通の美女で絶世の美女じゃないなとは思ったけど……」

乙姫「……」ガン

亀「そ、その方は乙姫様ではありませんので……」ソロソロ

乙姫「……亀公は引っ込んでな!」ギロッ

亀「ッ……!」シュッ

女「……」

乙姫「……あら、お見苦しいところを見せてしまったようですわね。ごめんなさい」

女「……乙姫じゃないの?」

乙姫「……」ギロッ

亀「……」

女「じゃあ、あの名刺に書いてあった名前は……」

乙姫「……少々、誤解があったようですわね」

乙姫「……わたしは乙姫ではありません。わたしの名は『おつひめ』です」ニコリ

女「……お、おつひめ……?」

女「でも名刺にはちゃんと……」

乙姫「ええ、書いてありますわね。『乙姫』と」ニコ

女「竜宮城はどうやって……」

乙姫「あれは乙姫(おとひめ)の竜宮城ではなくわたしの竜宮城ですから――」プルルルル

乙姫「……失礼」ピッ

乙姫「……はい……勿論。……期日まではまだ時間があるでしょう?」

乙姫「……わかってます。ちゃんと払いますよ」

乙姫「……ええ、おっしゃるとおり掃除も。……では……」ピッ

乙姫「……ごめんなさい。どこまで話したでしょうか?」

女「……」

亀「……詐欺です。詐称です。人を騙していますので」ボソボソ

乙姫「……一生甲羅に籠ってな!」ゲシッ

ダレカトメテクダサイーメガマワ――

乙姫「……さて。女さん。このまま暗い海の底で朝を待つ訳にもいかないでしょう」

乙姫「どうでしょう。もう一晩、我が竜宮城に泊まられては」ニコリ

女「……そっちの方が危険な気がするんだけど」

乙姫「鮫に遭遇するかもしれない場よりはずっと安全ですわ。さあ、参りましょう」グイグイ

女「い。痛い。引っ張らないでよ」グイグイ

「ちょっと待ったぁ!」ベチーン

乙姫「!?」

音姫「女さんは……女さんは渡しませんっ」ジャー

乙姫「な、何だよこの妙な板は……!」ギロリ

女「あ、あなたは……」

音姫「板ではありません。私は……音姫。女さんは絶対に渡しません」

女「……いや、名乗らなくても前面に書いてるし。名前」

乙姫「……次から次へと邪魔が入りやがる」ギリッ

音姫「かぶった猫が剥がれかけていますね。どうですか?」

音姫「そのまま化けの皮を水に流してしまわれては」ジャー

女「……うまい事言ってるつもりだろうけどあなたから流れるのは音だけだからね」

乙姫「猫? 何のことでしょうか。わたしにはさっぱり」

音姫「随分と粘りますね。……いいでしょう」

音姫「その皮、あなたごと水に流してさしあげます」ジャー

乙姫「……そもそもあなた」

乙姫「一体女さんとはどういったご関係なのですか?」ギロリ

音姫「女さんとは……いえ。女さんには、責任を取って貰わなければなりません」

女「……責任?」

音姫「あんな事があったのに忘れてしまわれたのですね……酷い人」

女「えっ。ちょっと待って。何の事?」

乙姫「女さんも忘れてしまっているようですし、どうでしょう。お引き取りになっては」ニコリ

女「いや、流石に今帰られてもすっごくモヤモヤするんだけど……」

音姫「……いいでしょう。女さんにはしっかりと思い出していただきます」

音姫「私の事……。そして、あなたが背負った罪の事を」

女(全く身に覚えがないんだけど)

音姫「……そうですね。どこから話しましょう」

音姫「デパートに配置された私は、何人かの方に使って頂いてきちんと仕事をこなしていました」

音姫「踊る心。開く扉。……現れたのが、あなたでした」

音姫「私の胸は高鳴りました。……ああ、また一つ、仕事をこなせるのだと」

女「あなたにはないけどね、胸」

音姫「しかし、あなたが私にくれたのは仕事ではありませんでした」

音姫「あなたは、用を足す事無くいきなり私に強烈な蹴りをくれたのです」

音姫「当然、壊れた私はトイレを去る事になりました」

音姫「私がトイレに戻る事はなく……初日にして永遠の休暇が待つのみでした」

音姫「軋む体。流れる音。……今でも、夢に見ます」ジャー

女「……あなたは夢を見ないと思うんだけど」

乙姫「そのような事で女さんに責任を求めるとは見た目通り器が小さいですね」ハッ

音姫「部外者の方は口を挟まないでいただけますか」

女「……でも、思い出したよ。言われるまで全く覚えてなかったけど」

音姫「……この体を傷物にした責任、きちんと取っていただきます」

女「いや、傷物って……。そもそも、責任ならちゃんと取ったんだけど」

音姫「幾ら言い訳しようと全ては私の知らないところで起こった事……」

音姫「女さんは納得できても、私は納得できません」

女「……そうは言っても、あなたは何がお望みな訳?」

女「責任責任って言われるだけじゃ分からないんだけど」

音姫「……それは、女さんにきちんと考えていただかないと」

女(……せめて九十九年経ってから出直してくれないかな)

乙姫「……焦れってえ」イラッ

乙姫「要は女に惚れたから罪の意識を利用して女を娶るつもりなんだろ」

乙姫「手前の思うようにはこの乙姫様がさせねえよ」ハッ

音姫「なっ……! 私はそんなつもりは……!」

乙姫「くだんねえ嘘ついてんじゃねえよ。そもそも手前自身が言った事じゃねえか」

乙姫「『女さんは絶対に渡しません』ってよぉ」

音姫「……!」

音姫「わ、私は……」

音姫「私はただ、女さんが自ら私をお傍においてくれたらと……」ハッ

女「……」

乙姫「自分の気持ちを言い当てられたくらいで動揺するとはな」ハンッ

乙姫「そんな輩は女には到底似あわねえよ」

音姫「……」ジャー

女「いや、流せてないからね。水に」

乙姫「……女さん。こんな板は放っておいてさっさと行きましょう」

乙姫「わたしの竜宮城で一休みすれば、すぐに気持ちが落ち着きますわ」ニコリ

女「いや、絶対休まらないと思うんだけど」

乙姫「……さあ、参りましょう。わたし、この日の為に念入りに準備しましたの」ニコリ

女「……あれだけ本性出しておいてよく演技に戻れるね」

乙姫「さあ、御膳は急げ、ですわ」グイグイ

女「それを言うなら善は急げだよ」グイグイ

女(正当防衛……にはならないよね、流石に)

女「……乙姫。痛いんだけど」グイグイ

乙姫「女さんがわたしに身を委ねてくだされば痛いどころかとっても気持ちよくなりますわ」ニコリ

女「生憎だけど私が身を委ねる相手はとっくの昔に決まってるの」グイグイ

乙姫「大丈夫ですよ」グイグイ

乙姫「すぐに私だけに身を任せるようにしてみせますから」グイグイ

女「絶対嫌だ」グイグイ

乙姫「わたしの手にかかれば人間では到底味わう事の――」グイグイ

「ブゴゴォ!」

乙姫「な、何だ!?」ピタッ

音姫「……」

女「……その……酸素ボンベ外してもらわなきゃ分からないよ……」

「……」カポッ

「あんたらに名乗る名前はない。私はしがないただの家具屋……」

家具屋「女さんをそれ以上困らせるようなら覚悟をしてもらわないと……ね」フフフ

女「……誰……?」

乙姫「……手前が誰だろうと関係ねえ。たかが人間にわたしが――」ベチン

乙姫「……あぁん?」ギロッ

音姫「……やっと、気づけました」

音姫「そうです。私は、あの日から……憎むだけじゃなくて……」

音姫「もう、自分の気持ちを偽るのは終わりです」

音姫「あなたに……いえ。あなたにも、女さんは渡しません」

音姫「……絶対に」

乙姫「……邪魔すんじゃねえよ、クソアマ」チッ

女「それ以前に復活するの遅いよ」

女「話を整理させてもらうけど、じゃあ音姫は私に恋愛感情を抱いてる、って事?」

音姫「そうなりますね。勿論恋愛感情だけではなく憎悪の類も抱いていますが」

女(余計面倒な事になったな)

女「……つまり、人間じゃないのに人間が好きって事?」

音姫「……まあ、そうなりますね」

乙姫「わたしも人間じゃねえよ」

家具屋「私はれっきとした人間よ。女さんと同じ……ね」クスクス

女「聞いてないから言わなくていいよ。……で」

女「乙姫みたいに手足があるならともかく、音姫みたいに手足がないと何もできないんじゃない?」

音姫「それは……つまり、私とそういう関係になった時の事を心配して……!」

女「……好奇心で聞いた私が馬鹿だったよ」

音姫「心配なさらずとも私となら究極のプラトニックラブが出来ますよ……!」

女「……それ、アピールポイントになるの?」

音姫「……そういえばいつの間にやら増えていらっしゃるそちらの方は?」

家具屋「あら、気づいていなかったとは心外ね」クスクス

女「いや、私も知らないんだけど……」

家具屋「女さんったらいけずね、昔っから」クスクス

家具屋「まあ、そこの音姫の為に自己紹介してあげる。私は女さんの家の近くにある家具屋を経営しているわ」

女「家具屋……」

女「……ああ、そういえばあったね」

女(……この家具屋、上手く利用すれば帰れるんじゃ……)

女「……それで、家具屋さんはどうやってここまで来たの?」

家具屋「どうやって……ね」

家具屋「潜ってあなたを追いかけたのよ。結構大変だったのよね」

家具屋「あの亀、亀のくせに早いし酸素ボンベ変えるのにも手間取ったし」

家具屋「おかげでなんか変なの増えてるし」ジロッ

音姫「あなたには言われたくないですね」

女「……三枚とは言わないからお札があればよかったのに」

女「……そもそも、そんな必死になられても困るんだよね。私恋人いるし」

女(遠距離恋愛中だけど)

音姫「何を当たり前の事を言っているのですか?」

乙姫「そのぐらい知ってて当然だろ」

家具屋「……」クスクス

女「……えっ。ちょっと待って。知ってたの……?」

音姫「当然です。ああも毎晩毎晩甘い声で電話されれば私の隣の馬鹿でも気づきますよ」

乙姫「自分の気持ちにも気付けなかった奴に馬鹿と言われる筋合いはねえな」

家具屋「馬鹿同士が何か言ってるみたいね」クスクス

乙姫「手前は黙ってろ」

女「……じゃあ、あなた達は恋人がいる事を知っていて、それでも私にアプローチをかけてきたの?」

音姫「はい」

乙姫「ったりめーだろ」

家具屋「というか女さんに恋人がいる事くらい常識でしょう?」

女「……えーっと、フラれるとか思わなかった訳?」

家具屋「フラれるなんて私が思う訳ないでしょう?」

家具屋「だって女さんは私を妬かせる為にわざとそうしていたんだもの」クスクス

乙姫「んなもん相手が男である以上私が勝つに決まってんだろ」

女「……その自信はどこから来るんだろう」

音姫「傲慢な方々ですね。私はその程度で諦める程軟弱ではありませんから」

家具屋「……」クスクス

女(いちいち訂正する義理もないしこのままでいいか……)ハァ

乙姫「……何見てんだよ」イラッ

家具屋「別に何も……」クスクス

乙姫「……」チッ

乙姫「……まあいい。恋と戦闘にルールはねえ……」

乙姫「わたしの邪魔をすんのなら女子供だろうと叩き潰してやるよ」

家具屋「戦闘じゃなくて戦争ね」クスクス

女「どっちでも大して変わってないよ」

乙姫「……もっとも板には効かない方法もあるがな」

女「……何をする気なのかな、一体」

女「……それ以前に、乙姫って前にどこかであった事あるの?」

乙姫「覚えてねえのか……女らしいぜ」ニヤ

家具屋「女さんの記憶から抹消されているなんて可哀相ね」クスクス

音姫「接点ないんじゃないですか?」

乙姫「……そこまで言うなら話してやるよ」

乙姫「手前らとは比べモンにならないわたしと女の運命の出会いを……な」

女「本当に運命なら脳に刻み込まれて忘れてないと思うよ」

乙姫「わたしと女が出会ったのは、ある雨の降る夜の事だった……」

乙姫「丁度わたしはその辺をぶらぶらしていてな」

乙姫「川辺を通りかかった時、川岸に何かの影を見つけたんだ」

乙姫「足を止めて目をこらした先にいたのが、女だった」

乙姫「女の胸には子猫が抱かれていてな、その子猫はびしょぬれだった」

乙姫「普通なら子猫を自分の傘に入れるだけで終わる」

乙姫「だが、女はそこらの人間とは格が違った」

音姫「……」ドキドキ

乙姫「……子猫を片手で川に突っ込んだんだよ、この女は」ドヤ

乙姫「しかも、自分は雨で濡れないようしっかりと傘を手放さずに、だ」ニィ

乙姫「あの時の女の凍り付いた眼から、わたしは目が離せなかった」

乙姫「そして、思ったんだ。『あの人みたいになりたい』ってな」ドヤ

女「……その時、確か誰にも見つからなかったと思うんだけど」

乙姫「当たり前だろ。女に見つからないよう細心の注意を払ってたからな」

女「……出会ってないよね、それ」

家具屋「あんたの想いって『女さんみたいになりたい』程度なのね」クスクス

乙姫「話の途中なんだから黙ってろ」

乙姫「女への思いを募らせる内に憧れからいつしか『あ』が抜け……」

乙姫「そして『い』を引き連れて戻ってきたんだ」

女「素直に憧れ焦がれて愛になったって言ってくれないかな」

乙姫「……で。そうやって馬鹿にする手前は女のどこが好きなんだ」

家具屋「顔」

女「……かお」ポカン

家具屋「そう。顔」

家具屋「ある日、いつものように店を開けてたらうちに女さんがやってきてね」

家具屋「商品を見定める顔を見てたら、欲しいな……って」

家具屋「ほら、俗にいう一目惚れってヤツ?」

女「それを顔が好きって言えるのは凄いと思うよ」

家具屋「そんな細かい事気にしてたら、素敵な顔に皺が出来ちゃうわよ」

家具屋「女さんの顔なら皺が出来ても素敵なままでしょうけど」クスクス

女「その言葉、出来れば別の人の口から聞きたかったな」

家具屋「それからは閉店を遅らせたりして女さんの帰りを待ち望んでいたわね」

女「……それでいつ通っても明かりが点いてたんだ」

家具屋「まあ、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」フフフ

家具屋「女さんが私を見てくれていたように私もいつだって女さんの事を見ていたわ」

家具屋「いつだって……ね」クスッ

女「……警察、動いてくれるかな」

音姫「わ、私だっていつでも女さんの事を見ていました……!」

女「いや、変なところで張り合わないでよ」

音姫「自宅の前で帰りを待ったり」

音姫「怪しまれないよう会社のトイレで待ったりしていました……!」

女「……あ。あの噂、乙姫じゃなくて音姫だ」

家具屋「幾らあんたらが女さんの事をいつでも見ていて女さんの悪い姿に惚れたと言っても……」

家具屋「女さんの前科の一覧までは言えないでしょう?」クスクス

女「……えっ」

乙姫「……ッ!」

音姫「……ぜん、か……?」

家具屋「……ごめんなさい」

家具屋「悪い姿に惚れたのは『あんたら』じゃなくて『あんた』だったわね」クスクス

音姫「……私も悪い姿に惚れたような物なのですが」

女「か、家具屋さん、なんで知ってるの……?」

家具屋「……こう見えても私、結構いろんなところにツテがあるのよ」クスクス

音姫「ぜんか、って何ですか?」

家具屋「女さんの事なら、女さんよりも詳しいかもしれないわね」クスクス

女(不味いな……)

女(刑事罰は全部受けているとはいえ言いふらされれば社会的な死は避けられない……)

女(どうにかして黙らせないと)

女(永遠に黙らせるのが手っ取り早いけど約束を破る事になっちゃうし)

女(弱みを握って脅迫、とか……)

女「ダメだ……。彼女に嫌われちゃう」

乙姫「……かの、じょ……?」

音姫「彼氏ではなく、ですか……?」

女「……」

女「……そうだよ」

女「私にはもう愛すべき彼女がいるの。だから大人しく諦めてくれないかな」

乙姫「まさか、恋人が女だったとは……」

家具屋「あんたら、女さんの恋人の性別すら知らなかったの?」クスクス

家具屋「まあ、恋人の事を男と思っている時点で馬鹿丸出しだったけど」フフフ

音姫「……」

乙姫「……相手が男だろうが女だろうが関係ねえ」

乙姫「この日の為だけに数多の女を抱いて身に着けたテクニック……」

乙姫「全部使って女を惚れさせてやらあ!」ハハハッ

女「……」ヒキ

乙姫「……あ。心配しなくても爪は毎日切ってるからな」

女「それ以前に変な病気にかかりそうなんだけど」

女(……あ。会えないからって爪伸ばしてるな、私……)ションボリ

家具屋「がっつく女は嫌われるわよ」クスクス

乙姫「……? 何の事だ?」キョトン

家具屋「今更純真アピールなんてしても遅いと思うけど」クスクス

女「数多の女を抱いて身に着けたテクニック、だっけ。それの事だと思うけど」

乙姫「……ああ、その事か。それならただの手法だ」

女「手法? どういう事?」

乙姫「人間は欲望には抗えない……」

乙姫「そして人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、そして……性欲だ」ニィ

女「……乙姫の癖に理に適ってる」

乙姫「胃袋を掴んじまった以上、あとは体を手にするしかねえ」

女「いや、確かに料理は美味しかったけど胃袋を掴める程かといわれると……」

乙姫「……」ガーン

乙姫「折角女と食材を手に鍛え上げたわたしの女子力が……」

女「……いや、料理はともかくテクニックは女子力じゃないからね」

音姫「……」

乙姫「……」

家具屋「この程度で黙っちゃう程軟弱な感情なんて、惚れられた女さんが可哀相だわ」クスクス

家具屋「女さん。こいつらは放っておいて行きましょう?」スッ

女(……身の危険を感じる)

乙姫「……」

女「……ちょっと! 負けないで!」

女「そのままお互いに潰しあって!」

音姫「……」

女「音姫! いつまでも沈んでないで!」

女「水没するならこっちを叩き潰してからにして!」

音姫「……」

女(駄目だ……使い物にならない)

女(彼女の為にも法に触れずに帰る方法……見つけないと)グッ

家具屋「女さん」

家具屋「私、女さんのおいたをいつまでも見逃してあげられる程優しくないの」

女「あなたが優しいなんてオキアミ程も思ってないから安心していいよ」

家具屋「……まさか、彼女が本気でただの昇任だと思ってる?」クスクス

女「……どういう、事?」

家具屋「ノンキャリアの警察官は昇任で都道府県外に異動になる事はないのよ」

家具屋「……普通は、ね」クスクス

女「……まさ、か」

家具屋「今は彼女は私の存在は知らないわよ。……流石に未来の事までは保証できないけれど」クスクス

女「……ッ」ギリッ

家具屋「大丈夫よ、女さんが危惧しているような事態は一切起きないわ」

家具屋「女さんさえ従順にしてくれれば……ね」クスクス

女「……何をする気なのかな、一体」タラリ

女(前科だけじゃなく彼女の事まで把握されてるなんて……)

女(こっちは名前すら知らないのに情報量に差がありすぎる……)

乙姫「……そうだ……女が教えてくれたじゃねえか」ブツブツ

女「……!」

乙姫「……及ばねえからって諦めるなって……」

乙姫「手に入らないモンはどんな手を使ってでも手に入れてみせろってよお……」ユラリ

女「……いや、教えてないんだけど」

家具屋「……」クスクス

乙姫「この日の為に磨き上げた女子力だけじゃねえ……」

乙姫「使えるモンは全て使って女を手中に収めて見せらぁ!」

家具屋「……」クスクスベチン

音姫「……誓ったじゃないですか……」

音姫「もう自分の気持ちに嘘はつかないって……」

音姫「女さんは、誰にも渡さないって……!」

音姫「……私の気持ちは、この程度で折れるような物ではない筈です」

音姫「女さんは、渡しません。……あなたにも……!」

音姫「そして女さんに私との関係を遊びから本命にしてもらうんです……!」

女「遊びだったつもりもないんだけどな」

家具屋「いいわ。何度でも、満足するまでかかってきなさい」

家具屋「その度に女さんにあんたらは相応しくないって事、思い知らせてあげる」

家具屋「……何度だって、ね」クスクス

女「決めるのは家具屋さんじゃなくて私だからね」

音姫「……確かに、私にはこの人のような知識も、この方のような馬鹿力もありません」

女「いや、あれは知識って言わないから」

乙姫「おい手前さらっとわたしの事馬鹿にしただろ」

音姫「ですが……私には、この方々に出来ない事が出来ます」

家具屋「……私には出来ない事、だなんて随分と大口を叩くのね」クスクス

女「洒落にならないからやめて。……で、何が出来るの?」

音姫「それは……女さんを殺す事です」

女「えっ」

家具屋「……!」

乙姫「……冗談にしても面白くねえぞ」ギロッ

音姫「面白くなくて当然です。……私は、本気ですから」

音姫「あなた方には、惚れた相手たる女さんを殺す事は出来ない……」

音姫「ですが、私なら、恋心だけではなく憎悪も抱く私なら……」

音姫「女さんを、殺せる」カタリ

家具屋「……なるほど、ね」

女「殺すにしたって手足もないくせにどうやって殺す気かな」

音姫「お忘れですか? 私の正体を」

女「正体も何も音姫は音姫……」ハッ

女「……そっか。電化製品だったね、あなたは」ソロソロ

音姫「……どうせ、叶わぬ恋なのです」

音姫「ならばせめて、復讐だけでも果たしてみせようじゃないですか」

ゴッポォ

家具屋「……」ササッ

女「今、見えちゃいけないものが見えた気がするんだけど」

家具屋「……さあ、何の事かしら」

女「じゃあ今砂の上に落ちていった鈍く光る塊は何かな」

家具屋「愉快な貝がうっかり真珠でも落としたのよ、きっと」

乙姫「やっぱり人間は肝心な時に使い物にならねえな」

音姫「何をしようとしたのかは知りませんが……」

音姫「私の復讐……しっかり、果たさせていただきます」カタリ

女「……家具屋さんはどうして岩の後ろに隠れてるのかな」ソロソロ

家具屋「私、争い事は嫌いなのよ」

女「拳銃ぶっ放した人が言える台詞じゃないよね」ソロソロ

女「素直に命が惜しいって言ってくれないかな」ソロソロ

家具屋「なら言わせてもらうわね。女さんの命より自分の命の方が大事なの」

女「その調子で私に構う時間よりも自分の時間の方が大事だって気づいてほしいな」ソロソロ

音姫「安心してください、女さん。きちんと息の根を止めてみせますから」

女「音姫で感電死なんて嫌な死に方ランキングに余裕で入ると思うんだけど」ソロソロ

女(……不味いな)ソロソロ

女(折角正当防衛が成立する状況なのに武器に出来るものがない……)ソロソロ

女(素手だと触れた瞬間アウトだし……)ソロソロ

女(スタンガンはこっちも巻き添えを食いかねない……)トン

女「……行き止まり、か」

音姫「私、初めてなんです。自分の電気をこういった用途に使用するのは」

音姫「……でも。絶対、成功させて見せます」

女「……中々に物騒な初めてだね。……ねえ、音姫」

音姫「なんでしょう?」

女「本当に、私を殺して後悔しない?」

音姫「……それは、どういう……」

女「だって、私を殺せば音姫は、永遠に私に好きになってもらう事はなくなるんだよ?」

女「それって、すっごく辛い事じゃないかな」

音姫「……私、は……」

乙姫「……っらぁ!」ガンッ

音姫「」ゴロゴロゴロ

乙姫「わりぃ! 手頃なモン探してたら遅くなった!」

女「……珊瑚を鈍器として使う光景なんて人生で初めて見たんだけど」

家具屋「まさか女さんの命の危機を利用して自分をよく見せようとするなんて、ね」クスクス

女「危険がなくなった途端戻ってきたよこの人」

乙姫「ん? 何の事だ?」キョトン

家具屋「あら、違ったの? あんたにしてはマシな考えだと思ったんだけど」クスクス

乙姫「……や、違わねえよ! 最初っからそう考えてたに決まってんだろ!」

乙姫「見たか女! わたしの勇姿と賢さを!」ハッハッハ

女(……こいつ馬鹿だ)

音姫「……やっと。やっと、復讐だけでも出来ると思ったのに……」ボロッ

女「……音姫。諦めちゃったらそこで終わりだよ」

女「でも努力し続ければ、いつか好きになってもらうチャンスがやってくるかもしれない」

女「……違う?」ニコリ

音姫「……女さん……」

音姫「……私、頑張ります。そして、いつか女さんを振り向かせて見せます……!」

女(……まあ、チャンスとかハナからないけどね)

家具屋「女さんってば……そうやってまた他の子に手を出して」クスクス

女「少なくともさっき隠れてた人にどうこう言われる筋合いはないんだけど」

家具屋「さっきも言ったけど、私、待つのには慣れてないの」

家具屋「今すぐここで私を選べば一生遊んで暮らせるわよ」クスクス

女「うわ、お金で釣ってきた」ヒキ

乙姫「なりふり構ってねえな」

音姫「あなたもこの人の事言えないと思うんですが」

家具屋「でも、結局人間ってお金じゃない?」クスクス

女「お金だけ貰って彼女と二人で暮らせないかな」

乙姫「大体この辺りはなあ、女の為に探し当てたある程度竜宮城から離れてて息が出来る場所なんだ」

乙姫「それをこのわたしの許可なく人間と板が立ち入ってんじゃねえよ」ハッ

音姫「許可が必要だったとは初耳です」

女「あなたにはないからね、耳」

女「……別に乙姫の土地って訳じゃないし亀がいたって事はそこまで離れてないと思うんだけど」

家具屋「あら、女さん。私の事を庇ってくれるのね。嬉しいわ」フフフ

女「庇ったつもりもないんだけど」

家具屋「でも自分で探し当てた、なんてわざわざ言うって事は随分と立派な方法なんでしょうね」クスクス

乙姫「そんなに言うなら教えてやるよ」

乙姫「人間使って一箇所一箇所息が出来るか息出来ないか試す……」

乙姫「人間の命だけならまだしも私の時間と労力を積み重ねたこれが立派な方法じゃない訳ねえだろうが」ニィ

女「……私ですら殺人は刑が重くなりそうだからやってないのに」ヒキ

女「……もう一度言わせてもらうけど、私が人生を捧げたのはそこの二人じゃ……」

女「……あれ。乙姫ってどう数えるの?」

乙姫「わたしに聞くなよ」

家具屋「一匹でいいんじゃない?」クスクス

乙姫「人間の分際でわたしを動物扱いするたぁいい度胸だな」

女「……あー、とにかく音姫以外はいい加減諦めてくれないかな」

乙姫「なんでそこの板は除外なんだよ」

女「未来があるからね。音姫には」

音姫「女さん……」

女(音姫に対しては隙を見せた方が安全になる未来がね)

女「どうせ脈がないんだからさっさと諦めた方が傷つかずにすむと思うけど」

乙姫「……諦める?」ハッ

乙姫「諦めるのはわたしじゃない。……女の方だ」

女「……どういう事?」

乙姫「女が今、この瞬間、現時点で、好きなのはその彼女だろ」

女「……そうだけど」

乙姫「なら話は簡単だ。竜宮城の時の流れは人間界とは違う……」

乙姫「人間界では常識なんだろ?」

女「……」ハッ

音姫「そうなのですか?」

家具屋「……」クスクス

乙姫「女にとってはたった数時間でも……」

乙姫「相手にとっちゃあ死んで何年だろうなあ?」ニィ

女「そんな……」サーッ

女「……ぁ……」

女「……ぁああ!」ガシッ

乙姫「やる気か?女。わたしと」

家具屋「全盛期の女さんの再来かしら……」クスクス

女「あ……」

女「う……あ、あ……」ズルズル

乙姫「……安心しろよ、女。わたしならお前を置いて行かねえ」

音姫「この期に及んでとは諦めが悪いですね」

家具屋「諦めが悪いのは自分じゃなかったの?」フフフ

女「……」ズルッ

女「……」

女「遠距離恋愛ですら辛いのに遠時空恋愛とか……」ブツブツ

女「……約束さえ……殺せた……」ブツブツ

音姫「お、女さん……?」

女「……将来的……渋谷で……」ブツブツ

家具屋「大丈夫よ、女さん。渋谷に拘る必要はないもの。世田谷でも那覇でも……海外でも、ね」クスクス

女「……洗ったのに……きてる意味が……」ブツブツ

女「……のいない……有り得ない……」ブツブツ

亀「では、確認してきましょうか? 時間くらいは分かりますので」

女「……本、当?」

乙姫「手前! いつ戻ってきやがった!」ギロッ

亀「つい先程です。随分遠くまで飛ばされましたので」

家具屋「……二匹も喋る亀がいるなんて……」

亀「では、少々お待ちください。確認してまいりますので」スイーッ

女「! うん……!」

乙姫「手前! 待ちやがれ!」カプッ

乙姫「! 邪魔すんじゃねえ!」ブンブン

「あなたの方が邪魔しないでくださいね、と」

乙姫「……ッ!」ジワァ

シャチ「それに、暴れると傷が……って、もう出来てるみたいですね」

家具屋「……口に腕を含んだ状態で喋るシャチまで……」

家具屋「幾らになるかしら」クスクス

シャチ「乙姫さんってのはあなたで合ってますか?」

乙姫「……だったらどうだってんだ」

シャチ「乙姫様の下に連れて行きますね」グイッ

乙姫「は?」グッ

音姫「連れて行くも何も私はここにいるのですが……」

シャチ「話がややこしくなるので部外者の方は黙っていてください」

音姫「……あなたの話を聞く限り部外者どころか当事者と言えると思いますよ」

乙姫「今の内に……」ブンブン

シャチ「傷つけないのは苦手なので暴れられると困るんですが」ガブッ

音姫「そうですよ。私としてもライバルが減って助かりますし」

乙姫「黙ってろクソアマが。……連れて行って、どうするつもりだ?」

シャチ「乙姫様の名を騙った事で少々お話を聞きたいそうですよ」

乙姫「……誰がんな事を」イラッ

シャチ「さあ、参りましょう」グイッ

家具屋「こうまで言われてるんだし一度行って来たら?」クスクス

乙姫「ざけんな、魚の分際で」グッ

家具屋「シャチは魚類じゃなくて哺乳類よ」クスクス

乙姫「わたしは誰の指示にも従わねえ。それが、女がわたしに教えてくれた事だ」

女「まだかな……」キラキラ

シャチ「抵抗なさるのは結構ですが」

シャチ「こちらは時間をかけたところで何の利益にもなりませんからね」

シャチ「……」

乙姫「ぐっ……!」グラリ

音姫「? 何一人で苦しんでるんですか?」

乙姫「て、めえ……なにを……」グイグイ

シャチ「面倒なのでちょっと大人しくしてもらいました」スイーッ

家具屋「……ああ、クリック音ね」

音姫「くりっく……?」

シャチ「時間がもったいないですしさっさと行きましょう」スイスイ

乙姫「……たんに……」ズルズル

シャチ「はい?」

乙姫「……そう簡単に……やられて、たまるかよ……っ」ボコッ

シャチ「っ!」パッ

音姫「あの、くりっくおんって何ですか?」

家具屋「あなたが辞書になったら教えてあげるわ」クスクス

音姫「その際には自分で理解出来ていると思うのですが……」

乙姫「ここまで、やったんだ……最後まで、やってやるよ……!」ユラ

シャチ「……」

女「まだかな……」キラキラ

乙姫「……こい、よ。返り討ちに……」

シャチ「では遠慮なく」ガブッ

乙姫「ッ! ……ぅおお……っ!」ボコッ

シャチ「っ……!」

乙姫「負けて! たまるかぁ……!」ボコッボコッ

シャチ「っ……しぶといですね……!」ググッ

乙姫「って……!」

乙姫「わたしは、絶対……!」ドォン

乙姫「……ぐぁ……っ!」

亀「甲羅とはいえ少し痛いですね。衝撃がかかりましたので」

乙姫「んの、かめ……!」

亀「お待たせしました。時間が分かり辛かったので」スイスイ

女「!」パァ

家具屋「亀に時間が調べられるのかしら」クスクス

亀「心配はご無用です。きちんと年から分まで調べてまいりましたので」

女「よかった……! 遠時空恋愛にならなかった……!」フフフ

家具屋「私と女さんの恋に時空なんて関係ないわよ」クスクス

女「……あれ、家具屋さんまだいたんだ」

音姫「存在、忘れられてたんですね」

家具屋「女さん……」

家具屋「そういうプレイが好きだなんて、相変わらず可愛らしいわね」クスクス

女「……今、盛り上がってた気分が一気に盛り下がったんだけど」

シャチ「ご協力、感謝します」

亀「いえ、自分の身も危険でしたので」

乙姫「……くしょう。女の方向音痴さえ甘く見てなけりゃ……」

女「いや、私方向音痴じゃないから」

シャチ「あなたも、ご協力ありがとうございました」

家具屋「丁度持ち合わせの縄があっただけよ」クスクス

女「……それ、本来は誰に使うつもりだったのかな」

シャチ「さて、時間を無駄にするわけにもいきませんし行きますね」スイーッ

乙姫「ご丁寧にきっちり縛りやがって……」ズルズル

家具屋「行ってらっしゃい」ヒラヒラ

家具屋「……もっとも、ただいまはないでしょうけど」クスクス

音姫「……さようなら、永遠に!」

女「二度と私の前に現れないでね」

家具屋「……でも、少し残念ね」

家具屋「女さんが勘違いしてくれてたら私が女さんを慰められたのに」

女「……分かってたの?」

家具屋「女さんがあの女といる間ずっと女さんを探してたし、ね」フフフ

家具屋「そこまで酸素ボンベが持つ訳ないのは人間界では常識、でしょ?」クスクス

女「……」

女「そういえば乙姫って気が付いたら捕まってたけどなんで捕まったの?」

音姫「私の名を騙ったとかで連れて行かれたみたいです」

女「え?」

家具屋「音姫じゃなくて竜宮城の方の乙姫よ」

女「ああ、そっちの乙姫ね……」

亀「それを聞いて安心しました。通報したのは自分ですので」

女「えっ。そうなの?」

亀「はい。乙姫様の偽物を見過ごすわけには参りません」

亀「それに、丁度飛ばされた傍に乙姫様のお付きの物がいらっしゃったので」

女「……助かった」

「只今到着いたしました!」スイーッ

真面目そうな亀「あなたが乙姫様の名を騙る不届き者に騙された人間ですか?」

女「そうだけど……あなたは?」

真面目そうな亀「申し遅れました!」

真面目そうな亀「自分は乙姫様からあなた様を地上まで送り届けるよう言い付かりました!」

女「……それじゃあ私、帰れるの?」

真面目そうな亀「勿論です! さあ! 自分の背中に乗ってください!」

音姫「あの、私は……」

女「一生海の底にいればいいんじゃないかな」

音姫「……壊れているとはいえ水は厳禁なのですが」

真面目そうな亀「その程度の荷物であれば大丈夫です! 落とされないようしっかり持っていてください!」

音姫「! ……あの、女さん。優しくお願いします」

女「完全犯罪……は無理そうだね」チラッ

家具屋「……」クスクス

女(そもそも約束を破る事になっちゃうし)

家具屋「当然、私も乗せてもらえるのよね?」

真面目そうな亀「報告では一人だと聞いていますが……」

亀「一人だけです。飛ばされた時にこの方はいませんでしたので」

真面目そうな亀「では無理ですね! そもそも自分、一人用ですから!」

家具屋「……お姫様は砂糖菓子の夢を見るか、なんてね」クスクス

女「家具屋さんにはスパイスばっかりでお砂糖は全く入ってないんだろうね」

真面目そうな亀「さあ! どうぞ背中に!」

女「……」ガシッ

音姫「相変わらず手荒いですね、女さんは」

女「優しくする必要性がないからね。……失礼します」ソロッ

女「……」ガシッ

真面目そうな亀「しっかり掴まっていてください!」

女「……」ググッ

亀「お元気で。もう二度と会う事もありませんので」パタパタ

家具屋「女さんを見届けたら私もすぐにそっちに追いつくわね」クスクス

女「どうせなら寿命にでも追いついてくれないかな」

真面目そうな亀「出発します!」スイーッ

女「……」ググッ

音姫「……」スイスイ

真面目そうな亀「……」スイスイ

女(……よかった。行きの亀程荒くない)スイスイ

音姫「お、女さん。私落ちそうなんですけど……」スイスイ

女「……ああ、ごめん」スイスイ

女(流石にここから落としたら法に触れるよね……)スイスイ

真面目そうな亀「到着いたしました!」

女(……酔わなかった)ホッ

音姫「落ちるかと思いました……」

ジャリッジャリッ

音姫「……もう少し優しく下ろしてくださってもいいと思うのですが」

女「一緒に乗せてあげただけでも十分優しいと思うんだけど」

女「……ここまでありがとう」

真面目そうな亀「いえ! これが仕事ですので! では、自分はこれで!」ズリズリ

女「……」ズリズリ

音姫「……」ズリズリ

真面目そうな亀「……」ズリズリ

女「……押そうか?」ズリズリ

真面目そうな亀「いえ! 大丈夫です!」ズリズリ

女「……」ズリズリ

音姫「……」ズリズリ

真面目そうな亀「……」ズリズリチャプチャプ

女(……やっと帰れる)ジャリジャリ

音姫「あ、待ってください。女さん」ジャリリ

女「いや、平然と着いてこないでよ」ジャリジャリ

音姫「女さんのいるところに私あり、ですから」ジャリリ

女「変な言葉を作らないでくれるかな」ジャリジャリ

女「……」テクテク

女(音姫は撒けたけど……)テクテク

女(どこだろう、ここ)テクテク

女(……いや、流石に迷子ではないよね)

女(普段来ない場所に来たからちょっと道が分からないだけだよ、うん)

女(……)

女(……歩こう)テクテク

チュンチュン……

女(『私も今から行ってきます』ハート……っと。送信)

女(昨日は散々だったな。家には帰りついたけど随分帰りが遅くなっちゃったし)

女(……『私も世界中の誰より愛してる』だって)エヘヘ

女(さあ、今日も頑張って彼女に褒めてもらうんだ……!)ピンポーン

女「はーい」タタタ

女「どちら様――」ガチャッ

「女!」ガチャンッ

女「え、お、乙姫……!? ……確か、捕まったんじゃ……」

乙姫「脱獄してきたんだよ! 女の為に!」

女「えっ」

女「……」

女(ドアの間に足さえ挟まれてなければ閉められるのに……)

乙姫「さあ、早く鎖なんか外してドアを開けてくれ!」

乙姫「そして愛の逃避行と洒落込もうじゃねえか!」

女「逃避行なら一人でやってくれないかな」

女(この足踏んだら正当防衛として処理されるかな……)

乙姫「女が外さないなら私が……」ベチン

乙姫「……あ゛ぁ゛?」

音姫「懲りないですね、あなたも……」

音姫「女さんは渡しません」

女「音姫まで……って事は、まさか」

家具屋「おはよう、女さん」ヒラヒラ

家具屋「そんなところで低レベルな争いを繰り広げていたら女さんが困るわよ」クスクス

乙姫「るせえ。手前もすぐに練習台の一人に加えてやる」

家具屋「やれるものならどうぞ」クスクス

音姫「大口を叩けるのも今の内ですよ。女さんを落とすのは私ですから」

女「全員地獄に落ちてくれないかな」

このssを制作するにあたっていかなる動物虐待も行われておりません
おわり

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