【のんのんびより】 「ここに居てもいいんですか?……」 (35)


 暦の上では秋と言っても、まだまだ暑さが残る9月のとある金曜日。
 授業を終えた4人はこのあと何をするかを話し合っていた。


「みなさん、今日は私の家で宿題をしませんか?」


 皆があれこれと思案する中、先頭を切って蛍が提案をする。


「実は父に通信販売で買ってもらったゲームソフトが今日届く予定なんですよ、だから宿題が終わったら早速みんなで遊びたいな~っと思って」

「え? マジで?!」


 夏海が目を輝かせて話に喰い付いて来た。


「だったらのんびり歩いてる場合じゃないよ姉ちゃん! 早く帰って泊まりの準備をしないと!」

「ちょっと落ち着きなさいよ、蛍は宿題を終わらせてからって言ってるのよ? なのにあんたは最初から遊ぶ事ばっかり考えて……だいたい泊まる準備って何? 徹夜でゲームする気?」

「ウチもゲームしたい~ん! お泊りする~ん!」

「れんげまで……」


 困った表情の小鞠とは裏腹に蛍の表情が明るくなっていく。


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(先輩が泊まりに来る! 先輩が泊まりに来る!)

「だいたいそんな事を急に決めたって、蛍の家にも何か用事とかあるかもしれないじゃない」

「だ、大丈夫ですよ! 何も予定はありませんから、それに明日は学校もお休みですから夜更かししてもいいと思います!」

「ほら~、ほたるんもそう言ってるんだからさ~」


 小鞠は少し考えたあと蛍に再確認をした。


「本当に大丈夫なの? 迷惑じゃない?」

「迷惑だなんてとんでもないです! と言うか是非来てください!」

「うん……そう言う事なら、今日はこれから帰って各自お泊りの準備をして、そのあと蛍の家に集合ね」

「わかったの~ん」

「でも年長者の私が一緒なんだから、絶対に宿題が終わるまでゲームはやらせないからね! 特に夏海!」

「はいはい……とか何とか言っても、結局いつもこまちゃんが一番喜んで遊ぶんだけどね~」

「そんな事な~い! ってか、こまちゃんて言うな!」


 いつものお決まりの台詞で喧嘩をしていると、れんげが何かを思い出したのか急に大声をあげた。


「あ! ウチ大事な事を忘れてたのん!」

「どうしたのれんちょん? 突然叫んだりして」

「今日はグレートマンの新しいお菓子が出る日だから、駄菓子屋にお願いしていっぱい仕入れて貰ってたのん! 早く行かないと売り切れてなくなるかもしれないん!」

「いやいやいや……駄菓子屋で買い物するのなんてウチらくらいしか居ないんだからさ、売り切れる事なんてないでしょ?」

「なっつんは甘いのん! 今回のお菓子には豪華なグレートマンのシールが入ってるから村中の人が買いに来るかもしれないん! だから急いで行くのん!」


 そう言って走り出すれんげの後姿を眺めながら、ヤレヤレと言った面持ちの3人が歩いて行く。


「駄菓子屋~! グレートマンスナック買いにきた~ん!」

「おぅ、頼まれてた物はちゃんと大量に入荷しといたぞ」

「ありがとな~ん! 早く! 早く食べたいん! グレートマンシール見たいん!」


 興奮して鼻息が荒くなっているれんげを落ち着かせようと楓がなだめる。


「焦らなくても1ヶ月分くらいは仕入れてあるから無くなりゃしないって、だからちょっと落ち着いて深呼吸でもしろ!」


 しばらくして3人が店に入って来た。


「おじゃましま~す」

「れんちょん、心配しなくてもちゃんと残ってたでしょ?」

「あったの~ん、これは絶対に美味しいと思うからみんなも買うの~ん」

「どれどれ……こってり濃厚背油味か……かなり微妙な気もするけど、まぁ新発売って書いてあるし試しに1つ買ってみるか」

「さすがなっつん、話が分かるのん」


 あれこれとお菓子を選ぶ4人を楓は優しい眼差しで眺めていたが、ふと何かを思い出したように蛍に話し掛けてきた。


「なぁ蛍……あんた確か1人っ子だったよな?」

「え? あ、はい、そうですけど」

「どうしたん駄菓子屋、急に?」

「いや、春に蛍が引っ越してきた時からちょっと気になってた事があるんだけど」


 そう言って楓は自分が小学生だった頃の話を始める。


「私が小学2年と5年の2回だけなんだけど、東京から村に居る親戚の所へ遊びに来てるって子が居てさ」

「ほのかちんみたいなんな」

「見た感じは私と同じくらいの年齢だと思うんだけど中々遊ぶ機会が無くて……結局一度も話す事はなかったんだけど、その子が何となく蛍に似てたような気がしてさ、もしお姉さんか親戚の誰かだったら一度会って話でもしてみたいなって」

「楓さんが5年生と言うと9年前の話ですよね? 私も親戚がこの近くに住んでるので何度か遊びに来た事がありますけど……その頃だと私はまだ2歳ですから、どの従姉妹が集まって来てたのかはちょっと分かりませんね」

「はるか昔の話なんな、もしかして駄菓子屋っておばさんなのん?」

「な! おばさんって何だよ、もうグレートマンスナック売ってやんないぞ!」

「でも9年前だとウチまだ生まれてないん」

「うっ……そう聞くと凄く年を取った気分になるな……」


 楓はフ~っと大きな溜息をついた。


「大丈夫なん! 駄菓子屋はまだまだ若いのん! だから気にしちゃ駄目なん」

「なんだよそれ、慰めか? 言われなくても私はまだピチピチの20歳だ!」

「う~ん……今20歳前後になってる従姉妹なんですよね?……ごめんなさい、やっぱり思いつく人物が居ないです」

「いや、別に謝らなくてもいいよ、似てるって言うのも私の記憶違いかもしれないんだしさ」

「へぇ~、たった9年前の記憶もあやふやだなんて……これは本格的に年のせいかもしれませんな~」


 夏海は笑いながら、楓をからかうように言い放つ。


「よ~し夏海、怒らないからこっち来い! そんな事言う口にはタニシを山ほど詰め込んでやる」

「なっつん……タニシを食べ過ぎたらお菓子食べられなくなるん……だから程々にしとくんよ」

「ちょっと待って! タニシなんて食べたくないから、見てないで助けてよ!」

「無理なん……駄菓子屋の怒りはもう生け贄を差し出さないと収まらないレベルなのん……ウチなっつんの事はずっとずっと忘れないん……だから安らかに眠って下さいなのん……」

「ほら、れんげもそう言ってるんだ、観念しろ」

「そんなぁあぁ」


 その後、アイアンクローを始めとする楓のプロレス技の全てを受けてから夏海は開放される事となる。


「もう、夏海のせいで帰るのが遅くなっちゃったじゃない」

「いてててて……本当の事言っただけだし~、夏海ちゃん悪くないもん」

「いいから、とにかく急いで帰ってお泊りの準備をするわよ」

「りょうかいなの~ん」

「じゃあ蛍、また後でね」


 各自それぞれの家路へと歩みを進め、その後蛍の家へと集合した。


「おじゃましま~す」

「ほたるんの部屋って相変わらず姉ちゃんの縫いぐるみがいっぱいあるね」

「そ、そそ、そうですか? これくらい普通だと思いますけど」

「普通かどうかは分かんないけど、自分の縫いぐるみがこれだけあるとちょっと恥ずかしいわね」

「え? 先輩……嫌なんですか……」


 少し落ち込む蛍の表情に、小鞠は慌てて言葉を繕い話題を逸らそうとした。


「そ、そんな事ないわよ……嫌とかそんなんじゃなくて……ちょっと照れくさいだけでむしろ嬉しいって思ってるし……」

「本当ですか?」

「うん……それよりさ、蛍の生年月日っていつだっけ? ほら、この雑誌によく当たる占いが載ってるみたいだから、ちょっと占ってみようよ」

「あ、はい……私の誕生日は平成7年5月28日ですよ」

「え?……」

「どうかしましたか?」


 蛍は驚きの表情で聞き返してくる小鞠を不思議に思った。


「いやいやいや、5月28日はいいけど平成7年って何なのよ?」

「何か変ですか?」

「変も何もありえないでしょ? 私が12年の9月生まれなんだから、もし蛍が7年に生まれたとしたら私より年上になっちゃうじゃない」

「え? でも? あれ? そんな筈は……」

「ほたるんはウチより4つ上だから、15年生まれなんな」


 自分の誕生日を勘違いしていた事が恥ずかしく、蛍は慌てて1階に居る母親の元へと駆け下りた。


「ねぇママ! 私の誕生日っていつだった?」

「どうしたの蛍ちゃん? 急にそんな事聞いて」

「いいから早く教えてよ」


 突然とんでもない事を聞いてくる蛍に母親は驚いたが、すぐに諭すように笑って答えた。


「蛍ちゃん、あなたの誕生日は平成15年の5月28日よ、本当に忘れちゃったの?」


 やはり自分の勘違いだと分かり、蛍は顔を赤く染めながら静かに2階の部屋へと戻った。


「ほたるん何かあったん?」

「どうしたのよ蛍、お腹でも痛くなったの? 急に走って行くからビックリしちゃったわよ」

「いいえ……今、下で母に聞いて確認したんですけど、私の誕生日は15年でした……」

「でしょ~、おかしいと思ったのよ」

「でも、どうして私は7年生まれだなんて思い込んでたんでしょう……」

「ほたるんはウッカリさんなんな」


 れんげの言葉に蛍は真っ赤になった顔を両手で覆い隠してしまう。


「そんな恥ずかしがる事ないわよ、勘違いなんて誰にだってあるんだから」

「そうそう、ウチなんてつい最近までこまちゃんの誕生日は平成20年だって勘違いしてたくらいだしさ」

「何だそれ! 私はれんげより年下なのか?! って言うかこまちゃんって言うな!」


 小鞠は夏海に対して怒りながらも、年長者の威厳を見せようと蛍の傍へと近づき頭を撫でた。


「とにかく、そんなに気にする事じゃないんだから、さっさと宿題を終わらせてみんなで楽しく遊びましょ」


 その後はゲームと言う褒美があるからなのかは分からないが、特に夏海がふざける事も無く順調に宿題を終える事が出来、皆は待ちに待った遊びの時間へと突入したのだった。


 夏海は早速新しいゲームを始め、れんげはグレートマンスナックの封を切りシールを取り出し、蛍と小鞠はファッション雑誌を一緒に見る事にした。


(このお洋服いいな~……先輩が着たらきっと凄く可愛くなるんだろうな~……そうだ、今度このお洋服バージョンのこまぐるみ作ろう~っと……)


 蛍が色々な思惑を巡らせていると、不意に小鞠が話し掛けてきた。


「ねぇ蛍、この前に来た時は4年生の時の写真しか見てなかったから、今日は他のアルバムも見ていいかな?」

「はい、勿論いいですよ」


 そう言って蛍は数冊のアルバムを年代順に並べて小鞠の前に置いた。


「わぁ~~~! これ蛍が赤ちゃんの時の写真なんだ、可愛い~~~!」

(いえ……先輩の方が何倍も可愛いですよ)

「やっぱり可愛い子って言うのは小さい頃から可愛いもんなのね」

(いえいえいえ、先輩の方がずっとずっと可愛いです)


 順を追って写真を見ていると、小鞠がある事に気付き問い掛けてきた。


「アルバムを見る限り蛍って4年生までは平均的な身長だよね? やっぱり5年生になるまでの1年間で急に成長したのって何かあったからなの? もし何かやった事があるんだったら教えてよ、私も試してみたいから」

「う~ん……そうですね……」


 少しだけ考えた後、蛍はゆっくりと話し始めた。


「実は私が大きくなったのって1年間の出来事じゃなくて、ほんの数日の事なんですよ、写真は貼ってないですけど4年生の終業式までは小さいままでしたから」

「え~! 何よそれ?」


 突然大きな声を出した小鞠に驚いて、れんげと夏海も話に加わってきた。


「なぜか記憶が曖昧なんですけど、5年生になって最初の登校日にお友達と歩いてる時に気を失って倒れてしまったみたいで……」

「倒れたって……蛍は病気か何かで具合が悪かったの?」

「いえ、正確には倒れた事も覚えてなくて、気が付いたら病院のベットに寝てたんですけど、母の話だと3日間も眠っていたとか……それで暫くは手足に力が入らず動く事も出来ないで……結局歩けるようになるまで1ヶ月くらいかかっちゃたんですけどね……」

「そんな大変な事があったんだ……」


 思いもしなかった話の内容に、小鞠は蛍の腕を力強く引き寄せた。


「リハビリをしてようやく歩けるようになった時に、初めて自分の姿を鏡で見て大きくなってる事が分かったんです」

「それって原因が何なのか分かってるの?」

「難しい事はよく分からないですけど、あとから母に聞いた話によるとホルモンのバランスが崩れたせいで気分が悪くなって気を失ったり、急激な成長に骨と筋肉が着いて来れなくて動く事が出来なくなったんだとか……」

「でも今は大丈夫なんでしょ? どこも痛くないんでしょ?」


 見ると小鞠は目に涙をいっぱい浮かべている。
 その様子に蛍は自分が本当に心配されている事を知り嬉しくなった。


「大丈夫ですよ、今はもう本当に何もありませんから」

「でも4月から1ヶ月もリハビリをしてたって事は、蛍は退院してすぐこっちに引っ越してきたって事なの?」

「はい……急遽父の転勤が決まったらしく、私が入院してる間に今の家を探して、荷物なんかも全部運び込んだみたいです……だから東京のお友達にはお別れの挨拶もしてないんですよ……」


 少しだけ表情が曇った蛍を気遣うように小鞠が声を掛ける。



「ねぇ蛍……お友達にお別れが言えなかったのは寂しい? 東京へ戻りたい?」


 その問い掛けに蛍は静かに首を横に振る。


「いいえ……東京のお友達とは永遠に会えないわけではないですから……急な転校で仕方なかったですけど、ここからでも6時間もあればすぐに行ける距離なんですから挨拶はいつでも出来ますからね……それに今は毎日の生活が楽しくて、ここ以外に住みたいなんて考えは思い浮かばないですよ」

「そっか……」


 その言葉は誤魔化しでも諦めでもなく蛍の本心なのだと思え、小鞠は嬉しくなった。

 その後、少し重くなった部屋の空気を和ませる為に、夏海が小鞠をからかい始める。


「それにしても、ほたるんの成長の秘密がそれじゃこまちゃんには使えないよね、まぁ別の方法があったとしても無駄な事かもしんないけど」

「なんだと~! 私だってまだまだ成長する可能性が残ってるんだからね! ってか、こまちゃんって言うなって言ってるでしょ!」

「こまちゃんが成長する可能性……それは限りなくゼロに近いと思いますのん……」

「れんげまでそんな事言うの? ちょっと、蛍も何か言い返してやってよ」

「可能性はゼロでいいんです、先輩は今のままの姿が1番可愛いんですから」

「満場一致でこまちゃんは今の姿のまま変わってはいけない事に決まりましたん……」

「何よそれ……」

「あははははは」


 こうしてまた、のんびりとした優しい空気が4人を包み込んでいった。

 
次の日の朝、蛍が目を覚ますとアルバムの写真を眺めながら何やら唸っているれんげの姿があった。


「おはようれんちゃん」

「ほたるんにゃんぱす~」

「さっきから何か考え込んでたみたいだけど、どうしたの?」

「ウチ算数は結構得意なん……でもさっきから、どうしても計算が合わない問題があるん……」


 2人が話をしていると小鞠と夏海も目を覚まし、話に参加してきた。


「どうしたのれんちょん、何が問題だって?」

「この写真が何回見てもおかしいのん」


 見るとそこには蛍が小学校へ入学した時の集合写真が貼ってあった。


「これってほたるんの入学式の写真? さすが東京の学校だよね、生徒が30人も居るし」

「いえ、これは1組の写真なので生徒の数はこの3倍は居るんですけど」

「すっげ~~!」


 驚く夏海の後ろから小鞠も写真を見る。


「確かに生徒の数は多いわよね……でも、これの何が問題なの?」

「ここんとこをよく見て欲しいのん」


 れんげは生徒達の後ろに小さく写る垂れ幕を指差した。



「こんな小さいのよく気が付いたわね……でもこれって入学式で飾る普通の垂れ幕でしょ? れんげの入学式の時も飾ってたじゃないの」

「違うのん! 書いてある文字をよく見て欲しいのん!」


 必死に訴えかけるれんげに即され、注意深く写真を見つめる小鞠はある矛盾点に気付き衝撃を覚える。


「平成14年度○○小学校入学式?……ちょっと待ってよ……14年度ってどう言う事なの?」

「そうなん……14年だとほたるんはまだ生まれてないん……これだとどう計算してもほたるんの誕生日は平成7年になってしまうん……」

「なな……ねん……」


 れんげの言葉に蛍は慌てて写真を見直したが、その顔はみるみる血の気を失い青ざめていった。


「何なのこれ?……ここに写ってるのは確かに私なのに……じゃあ昨日勘違いしてると思ってた生年月日は正しかったって事なの?……でも……だったらママはどうして嘘を……」

「落ち着いて蛍!」

「写真が間違ってるの? それとも……でも、そうですよ……よく考えたらおかしな事だらけなのに、どうして今まで気がつかなかったの……」

「蛍! 私の話を聞いて!」

「本当に気が付かなかったのか……それとも無意識に考えないようにしてたのか……だってここには会社なんて何も無いのにパパのお仕事って何なの?……お仕事の都合で引っ越してきたのに、どうしてパパは毎日畑のお手伝いをしてるの?……パパも私に嘘をついて騙してたの?……私もう!」

「蛍!!」


 小鞠は取乱す蛍の頬を力いっぱい叩いた。


「せ……先輩……」

「ごめんね蛍……でもお願いだから私の話を聞いて」

「私怖いんです……思い出してはいけない事があるような……知ってはいけない事があるような……そんな気がして怖いんです」

「大丈夫だから! 何があっても私が傍に着いててあげるから」


 震えが止まらない蛍の体を小鞠は力強く抱き締めた。


「おばさんが意味も無く蛍に嘘なんかつく筈ないでしょ? それなのに分からない事に対して最初から疑いを持ってたら悪い考えしか出てこないじゃないの……だから私達と一緒に何が正しい事なのか確かめに行きましょ」


 4人はアルバムを持って1階の居間にいる母親の所へと降りて行く。


「どうしたの蛍ちゃん……みんなも怖い顔して……」


 子供達の只ならぬ表情に驚きつつも、母親の態度には何か大切な事を決心したかのような雰囲気も感じられる。 

 暫く沈黙が続いたが、震えて言葉にならない蛍に代わり小鞠が口を開いた。


「おばさん、この写真の事なんですけど……平成14年度の入学式ってどう言う事なんですか? その年代だと蛍はまだ生まれてないですよね? 学校側が只単に書き間違えただけなんですか? それとも……何か蛍には言えない事情でも……」  

「そう……本当の事が分かるような物は全部隠したつもりだったんだけど……見落としてた写真があったのね……」

「本当の事って何なんですか? 教えてください!」


 母親は真剣な面持ちの子供達にもう隠し事は出来ないと思い、ゆっくりと真実を話し始めた。



「蛍ちゃん……今から話すことは全部本当の事だから……だから気をしっかり持って聞いてね……」


 普段見た事の無い母親の表情に、小鞠にしがみつく蛍の腕に力が入る。


「蛍ちゃんの本当の誕生日は平成7年5月28日……あなたは今年の誕生日で19歳になったのよ……」

「ママ……いったい何を言って……私……」

「8年前のあの日……5年生になった始業式の日に、あなたはお友達と歩いてる所を後ろから暴走してきた車に跳ねられてしまい、そのまま意識不明の状態に陥ってしまったの……」

「…………」


 予想もしなかった話の内容に衝撃を受ける4人を前に、母親は淡々と事の真相を話し続けた。


「警察から連絡があってママは慌てて病院へ行ったの……

 ベットに横たわるあなたを見て気が動転してしまったけど……

 お医者様が奇跡的に擦り傷だけで済んだから大丈夫ですよって……そう仰って下さったから……

 だから安心してあなたが目覚めるのを待っていたの……


 見て分かるような怪我は手足の擦り傷だけだったからショックで気を失ってるだけなんだって……

 脳にも体にも重大な傷は見当たらなかったからすぐに目を覚まして元気にママって呼んでくれるって……

 誰もが皆そう思ってたわ……

 でも……

 1日経っても2日経ってもあなたは目を覚まさなかったの……


 脳への刺激がいいって聞いたからお友達に来てもらって名前を呼んで貰ったけど駄目だった……

 何件も病院を替えて精密検査を繰り返したけど、どの病院でも原因が分からないって言われて……


 1年が過ぎた頃、お医者様がもしかしたらこの先もずっとこのままかもしれないって……

 意識を取り戻さないまま衰弱していくだけかもしれないって仰ったけど……

 でもママはそんな事信じなかったわ……」


 当時を思い出したのか母親の目には涙が浮かんでいた。


「あなたはきっと目を覚ましてくれる……

 そしてまた元気な声でママって呼んでくれるって……

 そう信じて毎日話しかけて……頬を撫でて……髪を梳かして……


 そうやって8年の月日が過ぎたあの日、神様が願いを叶えて奇跡を起こしてくれたの……

 目を開けてくれたあなたを見てママは本当に嬉しかったわ……


 ただ、衰えてしまった体はリハビリで元に戻す事は出来るかもしれないけど……

 5年生の時のまま止まってしまった記憶はどうする事も出来なかった……

 大学生になったお友達の姿や、変わってしまった町並みをあなたに見せる事なんて怖くて出来なかった……

 真実を知ってしまうとあなたの心が壊れてしまうかもしれないって……ママはそれが怖かったの……

 だから気を失っていたのは3日間だけだと……

 急に成長したのは病気のせいなんだと……そんな嘘をついてしまって……


 でも19歳になるあなたは元の小学校に戻る事は出来ないし……このままではすぐにあなたに真実が伝わってしまう……

 いつかは本当の事を話さないといけない時が来るのは分かってたけど今はまだ……

 あなたの心が成長して真実を受け止められるようになるまでは……

 そう思って親戚の人達に相談して、この村に住んでいる伯母さんに……」

「嘘でしょママ?……お願いだから嘘って言ってよ」


 うろたえる蛍の耳にはもう母親の言葉は全部届かなくなっていた。


「伯母さんがこの村なら簡単に東京の情報が入ってこないし、携帯やパソコンも使えないからあなたが真実に辿り着く事はないって……

 子供達もみな優しい子ばかりだから大丈夫だって……

 そう言って校長先生に無理な事と分かりながらお願いしてくれたの……」

「そんな……じゃあ私は……私はどうなっちゃうの?……もう学校へも……先輩達とも……」


 思いもしなかった真実は容易には受け入れ難く、蛍は大声をあげて泣き崩れてしまった。
 小鞠はすぐに言葉が出なかったが、声を振り絞り叫んだ。


「大丈夫よ蛍! 学校を辞めるだなんてそんな事私が絶対にさせないから!」

「でも先輩……私は本当の私じゃなかったんですよ……それにもうこの年齢じゃ……先輩って呼べない……」

「馬鹿な事言わないで!」


 本当の私ではない……その言葉は重く心にのしかかり、小鞠も蛍を抱き締めたまま泣き出してしまった。


「ほたるん……本当の私じゃなかっただなんて、そんな事言わないでよ……姉ちゃんも泣くなよ……そんなんじゃウチ……ウチまで……」


 必死で我慢していた夏海の目にも涙が溢れてくる。

その時、れんげは何を思ったのか台所へと掛けて行き、冷蔵庫から取り出した飲み物をコップに注いで蛍の前に差し出した。


「ほたるん、これ何なん?」

「…………」


 その場に居た誰1人として、その行動の意味が分からなかった。


「ほたるん! これ何なん!」


 声を荒げるれんげに夏海が答える。


「れんちょん、こんな時に何を……」

「いいから! ウチはほたるんに答えてほしいのん!」


 よく見るとれんげの目にも涙が溢れている。

 その様子かられんげは怒っているのではなく、必死に何かを伝えようとしているのだと分かり、蛍は小さな声を振り絞り答えた。


「オレンジ……ジュース……」

「そうなん! オレンジシュースなん!」


 れんげはそう言うとコップの中身を鍋に移し、また同じ事を聞いてきた。


「ほたるん、今度はこれ、何に変わったん?」

「れんちゃん……鍋に移したからって中身が変わる訳……」

「そうなん! 鍋に入れても花瓶に入れても中身は変わらないのん! オレンジジュースはオレンジジュースのままなん!」

「れんちゃん、さっきから何を……」

「ほたるんも同じなん! 体が子供でも大人でもそんなの関係ないん!
 中身は……心はウチが知ってる優しいほたるんのままなん! 何も変わらないのん! 
だから居なくなる理由なんて1つも無いのん! どこかに行く必要なんて無いのん!!」


 そこまで言い終えると、まるで堰が切れたかのように涙が溢れ泣き崩れてしまった。
 そんなれんげを夏海は優しく引き寄せた。


「偉いなれんちょんは……本当ならウチらがもっとしっかりしなきゃいけないのに……つらい事言わせてごめんね……」

「なっつん、ウチほたるんと離れるの嫌なん……ずっとずっと一緒じゃなきゃ嫌なん」


 れんげの言葉に小鞠は年長者として自分がしっかりしなければと声を振り絞る。


「そうよ、蛍が学校を辞める必要なんてないわ」

「でも私は……私はここに居てもいいんですか?……」

「当たり前の事聞かないで! 何があっても蛍は私の可愛い後輩で、大切なお友達なんだから!」

「先輩……」

「だかられんげも蛍も涙を拭いて……ほら、夏海も泣き止みなさいって言ってるでしょ……泣き止んでくれなきゃ私もまた……私は泣いちゃ駄目なんだから……あなた達のお姉さんなんだから……しっかりしなきゃいけないんだから……」


 小鞠の我慢は限界を超え、また大きな声で泣き出してしまった。

 その後4人は、まるで子猫がぬくもりと安心を求めるかのようにお互いの手を取り合い、体を寄せ合ったままいつまでもいつまでも泣き続けたのだった。


次の日の朝、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた4人が目を覚ました。


「……みんな酷い顔ね……」

「そう言う姉ちゃんだって酷い顔してるよ……子供みたいに泣くから目が真っ赤に腫れてるし……」

「うん……あんなに悲しいって思った事なんてなかったからね……蛍と離れたくないのもそうだけど、自分がまだ子供で何も出来ない事が……泣いてるあなた達に何もしてあげられないのが悔しくて……」

「先輩……」

「だからもう泣くのはこれで終わり! 今からは私達に出来る事を……何をすればこれからもずっとみんな一緒に思い出を作って行けるかを考えるわよ! いい?」


 4人はお互いの目を見つめあいながら、大切な友達を2度とこんな泣き腫らした顔にはしないと硬く心に誓うのだった。


 暫くしてそこへ母親から連絡を受けた一穂と校長が入って来る。

 子供達は皆、自分達が本当の事を知ってしまった為に今までの平穏が壊れたのだと……
 だから蛍が村の学校へは通えなくなってしまった事を一穂は伝えに来たのだと、そう思った。


「ねぇねぇは全部知ってたん?」


 れんげの問いに一穂は口を開かない。
 その沈黙がどうする事も出来ない現実への回答なのだと……誰もがそう考えた。


「ねぇねぇ! ウチ何でもするん! お手伝いも毎日するん! ご飯が全部ピーマンでも食べるん! 
だからほたるんをどこかに連れて行っちゃ嫌なん!」

「ん~? れんちょんはさっきから何を言ってるのかな~? ウチにはな~んにも分かんないよ~」


 必死に訴えかけるれんげに、一穂は微笑みながらゆっくりと話した。


「れんちょんは学校に必要な事……特に小学校と中学校に大切な事って何だとおもうかな~?」

「……お勉強なん……」

「そだね~、勉強は大事だね~」


 一穂の優しくゆっくりとした口調は子供達から焦りの感情を取り除き、落ち着いて聞く事が出来た。


「でもウチはね、学校って国から決められた9年分の知識を詰め込むだけの場所じゃないって……そう思うの……


 2度と来ない大切な時間の中で、お友達と一緒に笑い……時には怒ったり……時には泣いたり……

 いっぱいいっぱい大切な思い出を作っていって……そうやって心を育てていく場所だと思うんだ~……

 だから5年生までしか思い出が無いほたるんは、まだまだ学校に居なきゃ駄目なんじゃないかな~」

「ねぇねぇ……」

「それにウチは優秀な教師じゃないからね~、いつも昼寝ばっかりしてるし……だから今もきっと昼寝をしてて夢を見てるんだと思うんだ~……

 だからウチはほたるんの秘密なんてな~んにも知らないよ~……

 目を覚ますとまたいつもの教室で……いつもの5人の笑顔が揃っていて……

 誰1人欠ける事無く、み~んながウチの授業を受けてくれる……

 そんなのんびりしたいつもの時間になってるんじゃないかな~」

「先生……じゃあ私はまた学校に行っても……」


 蛍の質問に一穂はゆっくり頷いた。



「よかったのん……本当によかったのん……」

「うん……またれんちゃんと一緒に遊べるね……」

「ほたるん……ウチ……ウチ……」


 嬉しさのあまり泣きそうになる2人に小鞠が近づき声を掛ける。


「ちょっと待って2人とも、もう泣くのは止めって言ったでしょ?」

「先輩……私、ここに来る事が出来て本当に良かったです……変な言い方かもしれませんけど、事故に会って良かったって……そんな思いまでするんです」

「蛍……」

「だって、事故にあったからこうして皆さんと出会える事が出来たんだし……8年間意識を失っていたからこそ先輩の後輩として思い出を作る事も……れんちゃんと一緒に遊ぶ事も出来るんですから……私は……私は凄く幸せ者だと思います」

「そっか……じゃあこれからも蛍は私達といっぱい楽しい思い出を作らなきゃね」

「はい、先輩」


 小鞠と蛍がお互いの手を取り喜びを確かめ合う。


「だよね、それじゃあ今からお弁当作ってみんなでハイキングに行こうよ」


 小鞠の意見に夏海も賛同し提案する。


「ただしお弁当を作るのはほたるんの係ね、姉ちゃんが作ると楽しいハイキングが地獄の苦行になっちゃうから……」

「なんだそれ! 私だってお弁当くらい作れるんだから! この前作ったのだって蛍は美味しい美味しいって食べてくれたし、そうだよね蛍?」


 そう言って答えを求めると蛍の目は光を無くし虚ろな表情になっていた。
 夏海は小鞠の肩に手を置き、静かに首を横に振る。


「ちょっと、誰か何か言ってよ! 無言が1番つらいじゃない!」

「あはははは」


 夏海の笑い声につられ、皆の顔にも笑顔が戻ってきた。


「元気なのはいいけど危ない場所に行ったら駄目だよ~、あと月曜日に宿題を忘れないようにね~」

「は~い」


 一穂の声に明るい答えが返ってくる。

 
この村には都会にあって当たり前の物が1つも無い……

 でも逆に、都会には無い物の全てがここにはある……

 花や木や……風や水……

 広い大地や綺麗な空気……

 そして人の優しさや暖かさ……

 人が幸せになるために必要な物の全てがここにはあった……



「それじゃ今からみんなで楽しいハイキングに行くの~ん!」



 そして何事も無かったかのように、村にはいつもののんびりとした優しい風が吹いていた。




                   -今回はここまで-


-あとがき……のようなもの-

『蛍ちゃんが大きいのは病気や事故で○○年意識を失っていたから』
この二次設定はいくつかのサイトの書き込みで何度か見た事があったのですが、なぜか設定について詳しく考えられた物や、物語として完成しているSSを見た事がなく、ずっと頭の片隅でモヤモヤとしていました……

 一見バッドエンドになりそうなこの設定でも、蛍ちゃんやみんなが不幸にならず、幸せになれる物語が出来るはず……そんな思いで一気に書き上げ、投稿させて頂きました。

 なお原作の時間軸がすでに「サザエさん時空」に突入している感じなので、蛍ちゃんの誕生日は執筆している平成26年を基準に逆算しました。

 二次創作は書くのも投稿するのも2年半ぶりなので、皆様のお目を汚す作品になってしまった事、大変恥ずかしく思っています……
 改行が変で読みづらい、言い回しが変、等々至らぬ点は多々あると思いますが、長~い目でお読みいただけたら幸いです。

 これからも時間がありましたらキャラ達が幸せを心に刻める物語を紡ぎたいと思っています。

おつ

25様>>26様>>投稿してすぐにお読みいただき有難うございます^-^ノ

27様>>確かに蛍ちゃんママが秘密を明かすのがアッサリすぎた感じがしますね><
   5ヶ月も秘密にしてきたんですから、もう少し誤魔化してもよかったと思いますけど
   なにせ私の文章力ではダラダラと長くなってしまいそうな気がしましたしので…^^;

ごめんね
消臭剤置いときますね

29様>>そう言って頂けると嬉しいです^-^有難うございます

30様>>お気に召して頂けなかった様で……><

31様>>32様>>感性は人それぞれ……全員に良い評価を頂くのは無理ですので^^;

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