男「今日で定年か…」(5)
男「通いつめて早37年か、常連客の鏡だな俺は」
駅前にある一軒のしがない立ち蕎麦屋
いつ行っても2、3人は客がいる所から、それなりに常連もいるようだ
俺、男もそうした内の一人だ
店員「いらっしゃい」
俺が37年前に初めて来た時から変わらずにいる店員だ
よほどのベテランなのか、若い店員達は少なからず敬意を払っているふうに見える
男「37年、か…」
俺はそう口に出したとたん、その長い年月の重みがのしかかってきたような気がした
男「今日からこの会社でお世話になります、男と申します!」
入社は23歳の時だった。あの頃はまだ就職先には困ったという記憶はないからさしも苦労せず入社できた
なぜ俺は数多の就職先がある中でわざわざここを選んだのだろうか?そんな記憶もとうに無くしてしまったのだが
ここはいわゆる製薬会社だ。俺は現場ではなく資料作りなどをする部署に配属された
実は現場作業のほうがよかったなんて、今頃言っても遅いんだろうな
店員「お客さん、ご注文は」
男「かけ蕎麦一つ」
俺はこの37年間かけ蕎麦以外を注文した事がない。それほど初めて出会った時の衝撃が忘れられないのだろう
俺はいわゆる集団就職でここ東京にやってきた
実家は四国は香川県。何もなかった
あの頃はテレビなどで見る東京という都市に憧れていた。きらびやかなネオン、美味しそうな食べ物、ビルが立ち並ぶ街並み。全てがここには無い物だった
周りが地元の会社など近場に就職する中、何人か同じく東京に憧れていた仲間達と共に上京した。親には猛反対されたのだが…
あのころは新幹線に乗る金などなかったのでフェリーで大阪まで渡り、そこから東海道本線で東京に向かった
東京、そこはまさにこの世の楽園だった
見る物聞くもの全てが驚くこのばかり、本能のままに遊びまくった
しかし…
男「…友、後いくら残っている」
友「297円だな…女友、お前は?」
女友「…473円ね」
男「俺は760円だから三人で…1530円か」
遊びまくった挙句、俺達は無一文になっていた
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