男「……しにてえなあ」(35)

女「ふーん、しにたいんだ」

男「……」

女「そんな不審な目で見ないでよ」

男「……宗教すか?」

女「え、見覚えない? オンナジ講義とってるんだけどなあ」

男「……そういえば、見たことあるような」

女「でしょでしょ」

男「……なんの用すか?」

女「や、しにたいって言ってるの聞こえたから声かけてみただけ」

男「……じゃ」

女「あっ、こら」

男「なんすか」

女「この後暇? 飲みいこうよ」

男「……バイトあるんで」

女「嘘つくなよ。後輩に無職自虐してるのきいたよ?」

男「……金、ないんで」

女「一杯くらいならおごってあげるから、行こうぜ。ほらほら」

女「はい、かんぱーい」

男「……」

女「お、イケる口? ぐいっといったね」

男「…いっつも1人で飲んでるんで」

女「てかさ、タメでしょ? もっと気楽に話そうぜ」

男「……」

女「……ん?」

男「…話すことないし」

女「いやいや、さっきしにたいっていってたじゃん。それ話そうよ」

男「なんで初めて会った奴に」

女「いいじゃん、授業一緒だし。タメだし」

男「……」

女「じゃあ、こっちからいくよ。答えるくらいならいいでしょ? おごってるんだし」

男「……おれが払うよ、ここ」

女「親のすねかじってるのに無理しなくていーよ」

男「……」

女「じゃあさ、さっきしにたいって言ってたのなんで?」

男「…別に、そんな気分だったんだよ」

女「しにたかったの?」

男「ああ」

女「じゃあ今しんでみる?」

男「…そういうんじゃなくて」

女「しにたいの?」

男「……」

男「そういう意味で、しにたくはない」

女「じゃあ、どういう意味なの?」

男「うー…」

女「社会的にしにたい、とか?」

男「そういうんでもなくて」

女「脳死」

男「ちげえよ」

女「面倒くさいことから逃げたい」

男「……」

女「図星かな?」

男「……たぶん」

女「面倒くさいことってなに?」

男「なんか、生きてるのがだるい」

女「じゃあ、しねば?」

男「なんでそうなるんだよ」

女「そうならないの?」

男「……めんどくせえ」

女「じゃ、生きてるのがだるいって?」

男「そのまんまだよ」

女「生きるって何さ」

男「……そんなに深く考えてねえよ」

女「じゃ、今考えてみようよ。あ、ピーチフィズおかわりお願いしまーす!」

女「ごめんごめん、で?」

男「食べたりとか、考えたりとか?」

女「もっと、君の身近なことでいいとおもうな」

男「大学来たり、勉強したり…」

女「うんうん」

男「人とかかわったりとか、変なやつに絡まれたりとか」

女「そういうのが生きるってこと?」

男「……だけじゃないけどさ」

女「君のしてて楽しいことってなにかな?」

男「……読書とか?」

女「アニメみたり、オナニーしたり、ネット弁慶したりね」

男「……」

女「あ、ごめん。偏見で言ってみたけどあってた?」

男「…なんなんだよお前」

女「まあまあ、そう怒らないでよ。人って図星つかれると怒るんだよ?」

男「……」

女「そういう、してて楽しいことはさっき挙げてくれなかったね」

男「……」

女「生きるってのは、当然それもはいるとおもうんだけど」

男「……」

女「自分のしたくないことがめんどくさくて、それ以外はたのしい」

男「そりゃそうだろ」

女「うん、そうだね」

女「生きるのがだるいっていうのはじゃあ間違いだよね」

男「なんでそんな厳密にやるんだよ」

女「まあまあ。したくないことが怠いっていうのが正しい。したくないことって?」

男「レポートかいたりだとか、ゼミだとか、就活だとか、将来仕事したりだとか」

女「それがなくなったらハッピーになれるわけ?」

男「ああ、たぶん」

女「面倒くさいこと、努力することは全部やめて、怠惰な生活を送るの」

男「……」

女「あ、いいなあ」

女「それじゃいけない理由は何?」

男「そりゃ、だってしないといけないだろ」

女「そうかな?」

男「授業は出ないと卒業できない。仕事しないと生きていけない」

女「じゃあ卒業しなくてもいいんじゃない? 仕事もしなくたって、今みたいに親のすねかじってさ」

男「んなこと出来るわけ……だいたい、いつまでも面倒見てもらうわけにもいかないし」

女「そうだね。そのうち死んでしまうだろうからね」

男「……」

女「1人で生きていこうとおもったら自分で稼がなきゃいけない」

女「でもさ、働くのはめんどうなんだよね?」

男「ああ」

女「じゃあ、親のすねかじるだけかじって誰も面倒見てくれなくなったら死ぬのはどうかな?」

男「……」

女「ね、これって楽しいことだけじゃない? 死ぬまで働かなくていいし、勉強だって、嫌なことは何一つする必要がないよ」

男「そんなのは……」

女「駄目って思う?」

男「……」

女「わたしはそんなに駄目じゃないと思うけどなあ」

女「君はしたいことってあるのかな?」

男「したいことって?」

女「人生の目標っていうか、夢っていうか、こういうことがしたい……とか」

男「……」

女「ないのかな? ないんなら、さっきの生き方でもいいんじゃない?」

男「……かもね」

女「ふふ、いい人生みっけちゃったね」

女「君はあしたから大学にも来ず、家でずーっとネットしてていい。楽しいことだけしてればいい。好きなだけ食べて、飲んで…」

男「……」

女「っていっても、君は明日もいつも通りの生活をおくるんでしょうね」

男「たぶんね」

女「さっき結論がでたのに? なんで?」

男「臆病だから」

女「さっきのは、だめ?」

男「だめじゃないけど、叱られる」

女「叱られるのが嫌なんだ」

男「ああ」

女「叱られるから、理想の生き方ができない。そんなことってある?」

男「あるね」

女「叱られるのってそんなに嫌なの?」

男「お前はどうなんだ?」

女「わたしは嫌だよ。怖いし、嫌い」

男「そらみろ」

女「でも今は君の話をきいてるんだよ」

男「……」

男「…叱られるってのは怒られるってことだ」

女「うん。それだけじゃないと思うけど、うん」

男「なんにせよ意見の相違があるんだよ」

女「そだね」

男「それで、今回の場合俺は親に叱られるわけだ」

女「だろうね」

男「結果として、仕送りが打ち切られる可能性が高い」

女「じゃあ、生きていけないね」

男「だろ? だから駄目だ」

女「なんで? 仕送りが止められたらそのまま死んだらいいじゃない」

男「は?」

女「だってそしたら、そしても嫌なこと一切せずにしぬことになるよね?」

男「どうしてそうなる」

女「だって、君働かずに好きなことだけして生きてる」

男「そんなことはない……と、思う」

女「ちょっと甘やかされすぎじゃないかなー」

女「もう3年なんだから、講義もすくないでしょ?」

男「そこそこには」

女「朝は寝てられるし、全休だってある、よね?」

男「ああ」

女「飲みたくなったらお酒かって、昼から飲めるし、嫌だっていう講義はたったの90分が日に何度か」

男「……」

女「そうそう、レポートね。 二、三冊本読んでまとめればそれでいいことでしょう?」

男「簡単に言うけどな…」

女「これ以上の生活がある?」

男「……」

女「今死んだら最高の生活のまま死ねるのに、きみはそうしない」

男「するやつはいねえよ」

女「これから辛い思いをすることになるのに?」

男「……」

女「つまりきみは生きていたいんだ。とにかく生きてたい。その上で楽をしたいんだね」

男「でも、そう簡単に楽はできねえよ」

女「だから、しにたいってなるの? お、話が戻ったね」

男「そういうことに…なるな」

女「楽したいのに、楽できない。辛いことから逃げたいイコールしにたいってことだ」

女「いやー、きみのしにたいってのも結構浅いねえ」

男「うるせえよ」

女「実際にはできないからこそ口にだしてみるってのはわかるよ、うんうん」

男「……」

女「おっと、時間だ。ごめん、先出るね。勘定ここにおいとくよ」

男「ちょっとまて」

女「ん、なあに?」

男「なんで声かけてきたんだ、おまえ」

女「んー…暇つぶし?」

男「はあ?」

女「カレシとの待ち合わせまで結構あったからさ」

男「は?」

女「ん? あ、もしかしてなんか期待してた?」

男「……」

女「うんうん、だとしたらごめんねー。じゃ、わたし急ぐから。じゃねー。また授業で!」

男「……」

男「……」

男「……くそっ…!」

男「……」

男「…し……」

男「……」

男(……しにてえ…)


おわり

男「しにてえなあ」

女「しにたいか」

男「ああ、しにてえ」

女「しねよ」

男「しなないわ」

女「しにたいのに?」

男「しにてえわ」

女「なんでしにたいん?」

男「自分がやだ」

女「うん、あたしもやだ」

男「そんなこというなよ」

女「あ、ごめん。つい本音が」

男「はあ、しにてえ」

女「しねよ」

男「しなないわ」

女「むしろイキロ」

男「いきるわ」

女「自分のどこがやなわけ?」

男「全体的に」

女「うん、まあそうだろうね」

男「しにてええええ」

女「うるせえな」

男「なんかクズすぎてしにてえ」

女「しねよ」

男「生きてる価値ないかなって」

女「人は皆平等だ。平等に無価値だ」

男「ハートマン軍曹!」

女「なに自己評価ひくいとしにたくなんの?」

男「なるわ。めっちゃしにたい」

女「仕事でミスやらかした時は?」

男「しぬ」

女「それで実際首釣ってるやつもいるけど」

男「マジで勇気あると思う」

女「金のためにしねる? 借金とか」

男「し……ねねえなあ」

女「しにたいか」

男「ああ、しにたい」

女「なんでそんなにしにたいしにたい言ってんの?」

男「言うことで心を落ち着かせてる」

女「呪文みたいなもんか」

男「ああ、しにてえ」

女「しぬと言うことで生きる気力をよびさます、みたいな」

男「反面教師か」

女「人は生命の危機をかんじるとエッチになるらしいね」

男「そうだな。しにてえ」

女「……あんまり危機じゃないみたい」

男「そりゃなあ、しにたいだけだから」

男「未来に希望をもてないしにてえ」

女「あんた宝くじかってるでしょ」

男「あれは先が読めない奴が買うものだから」

女「ばか御用達?」

男「そう。だからしにてえ」

女「買うのやめればいいのに」

男「ほかに縋るもんがねえしにてえ」

女「あたったらなんか奢ってね」

男「やだよ」

女「なんでしにたいの?」

男「ぼっちだからしにてえ」

女「一人でもいきていけるでしょ」

男「いけるけどしにてえ」

女「だいたいあたしがいるでしょ」

男「いや、いねえよ」

女「そう、ただのひとりごとだもんねこれ」

男「ああ、しにてえ」

男「しねば?」

男「しなねえ」

男「しねよ」

男「いきるわ」

男「……しにてえええええええええ!!!!!!」


おわり

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