響「しあわせのトーキョー」 (23)
東京は怖いところだ。
東京の人は道で身体がぶつかると喧嘩を吹っかけられるし、落とし物は拾われない。
電車で席を譲ってくれないし、話しかけられたらそれは決闘の合図だ。だから行かないで。
……って、沖縄を出るときに親友に言われたことを、急に思い出した。
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上京して、高木社長からFAXで送られてきた事務所への地図を見る。
さっぱりわからないんだけど、東京の人はこれで簡単に辿り着いちゃうのか?
「うう、やっぱり東京は怖いぞ」
どこだか分からない大きな駅で、地図を持ってひとりでキョロキョロ。
なんだか田舎者だって見られてそうだなぁ。
「どうかした?」
「えっ!?」
駅の大きな地図を眺めていると、後ろから声をかけられた。
髪の毛は金髪、背が高くてお人形のような女の子。
「えっと……その、道に迷ってて」
「どこに行きたいの? ……ああ、この駅だったら、ミキと一緒だね」
どうやら女の子はミキ、というらしい。
付いてくる? と小首を傾げて聞いてきたから、妙にテンパってしまった。
「う、うん! よろしくっ」
「アハッ、なんだか面白いね。じゃあ、行こっか」
電車で3駅ぐらい先が事務所の最寄り駅らしい。
そんなに近い所に行くだけで、こんなに疲れるなんて……。
「へえ、じゃあヒビキは沖縄から上京してきたんだね」
「うん。初めての東京だから、慣れないことばっかりなんだ」
「大丈夫、すぐに慣れるの。沖縄とはいろいろと勝手が違うかもしれないけど」
電車の中で、ミキと楽しく話をした。
東京の人ってもっと冷たいんだと思ってたぞ。道に迷ってる自分を、案内してくれるなんて……。
「ミキは中学生だったんだなー。ちょっと自信なくしてきたぞ」
「自信って……大丈夫なの! 東京の中学生がみんな大きいわけじゃないし」
「そうじゃなくて。自分、アイドルになるために上京してきたんだ。だから……」
「そうなの? ミキもいま、アイドル事務所に通ってるんだよ! もしかしたら、オーディションで会えるかもしれないね」
「アイドル事務所に? すごいな、偶然だ!」
東京の街を歩いていると、可愛い女の子はみんなスカウトされるっていうし。
沖縄とあまりに違いすぎて、ちょっと怖いぞ。
電車を降りて改札を通り抜けると、ミキは名残惜しそうに自分の手を握った。
「ヒビキ、たぶんここでお別れなの」
「そっか……ありがとね、ミキ。おかげで助かったよ」
「アイドル仲間ってことは、どこかできっと会えるの……また会おうね!」
「うん、また会おう!」
ミキが去っていく。……メールアドレスの交換ぐらいすればよかったな、とか。
人と別れた後にそういうことを思いついてしまうのって、なんだか不思議だ。
「さー、行こうかな」
地図を広げて、目印の信号に向かって歩き出したところだった。
「す、すみませーん! これ、落としませんでしたか?」
「えっ? ああ! 自分のハンカチ……ありがとうございます!」
髪に黄色いリボンをふたつ付けた女の子が、走って自分にハンカチを届けてくれた。
東京の人って落とし物を拾ってくれるのか……。前評判とはえらい違いだ。
「えへへ、良かったです。声をかけられて……って、あれ? 765プロ?」
女の子は自分の持っている地図を覗きこんだ。ちょっとビックリ。
「あっ、はい。自分、765プロの事務所に行こうと思ってて」
随分と可愛い女の子だなぁ。東京はみんなすごいや……なんて考えてたら、
どうやらこの子はアイドルだったみたいで。
「私、765プロでアイドル候補生をやってるんです! 良かったら、一緒に行きませんか?」
「お、お願いします!」
天海春香、17歳……。東京で出会った初めての同い年の女の子だった。
「――だから自分、東京は怖いところだって思ってて」
「あはは、ちょっと大げさかな。でも、近いところはあるかも」
「や、やっぱりそうなのか?」
事務所までの道のりにはコンビニだったり、クリーニング屋さんだったり。
やっぱり東京なんだなあ、と思わせてくれる栄えっぷり。
「喧嘩にはならないけどね」
「かなり身構えちゃったぞ、初めての大都会だから」
「じゃあ事務所に入ったら、他の候補生のみんなと遊びに行こうよ!」
「うんっ、行きたい!」
春香はかなり遠くからこの事務所まで通っていて、電車通勤が大変らしい。
すごいなぁ。電車になんてほとんど乗ったこと無いから、憧れる。
「え、電車?」
「沖縄には電車、走ってないからさー。モノレールは出来たんだけど」
「それなら、電車で小旅行しようか! っていっても、オーディション会場への移動とかは電車かなぁ」
「そうなのか、じゃあ慣れないと」
じゃあ私、響ちゃんに着いて行くよ。
春香がそう言って手を握ってくれたのがすごく嬉しかった。暖かい。
「ここが、私たちの事務所だよ!」
「わあ……窓に765って貼ってあるぞ!」
「そうそう、あれが目印。響ちゃん、ようこそ765プロへ!」
自分が所属する事務所のビル……息を呑んだ。
ここから羽ばたいていくのかな。上手く行くかな、という不安。
……エレベーターも壊れてるらしい。大丈夫か?
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
事務所に入ると、緑色の事務服を着た女の人がこっちへやってきた。
……わあ、綺麗だなあ。元々アイドルだったりするのかな。
「春香ちゃん、響ちゃんと知り合ったの?」
「えへへ、はいっ!」
「初めまして、我那覇響ちゃん。私は事務員の音無小鳥です」
「よ……よろしく、お願いします」
「うふふ、そんなに畏まらないで。同い年だと思ってあだ名も付けちゃって良いわよ」
じゃあピヨ子、って言うと、音無さんはピヨッ、と言って仰け反った。
「ま、まあいいか。……響ちゃん、迷わなかった? うちの事務所、東京駅からは少し距離があるでしょう」
「えへへ、うん! いろんな人に助けてもらったぞ。金髪の女の子とか、あと春香に」
「金髪の女の子?」
「電車のホームまで連れてってくれたんだ。……東京の人って、もっと冷たいと思ってたけど温かいんだな」
嬉しくなって手のひらにぎゅっと力を入れていると、自分の真後ろから音が聞こえた。
ドアが開く音だ。
「ただいまなのー!」
聞き覚えのある声にハッとなって振り向くと、そこには例の”金髪の女の子”がいた。
「ミキ!」
「ヒビキなの! もしかして、765プロの新人アイドルって……!」
春香とピヨ子は顔を見合わせている。それにしても、こんなにすぐ会えるなんて!
「改めて、星井美希なの! これからよろしくね、響」
「うんっ、頑張ろうね!」
自分にもたらされたしあわせは多分、もうちょっと続いてくれるのかな?
遅れたけど響ちゃん誕生日おめでとう。終わりです。
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