ディディー「彼女、ちょっと束縛気質なとこがあるんだよねぇ……」
ドンキー「ふーん、どんな風に?」
ディディー「出かけるときとかどこ行くのか毎回聞いてくるし、帰りがおそいと怒られるし、この前なんか一晩中オイラのこと探し回ってたみたいなんだ。オイラ、行く前にちゃんとどこに行くか言っておいたんだけどね」
ドンキー「お前が浮気してるとでも思ったんじゃないのか?」
ディディー「浮気って……。いや、もちろんそんなことはしてないけどオイラとディクシーはまだ結婚してるわけじゃないのに、浮気って言われるのはなんか違和感があるなぁ……」
ドンキー「細けぇこたぁいいんだよ。それで? 今日は出る前になんも言われなかったのか?」
ディディー「うん、大丈夫。なんだかんだいってきみとは昔からの付き合いだしね。一応ドンキーと遊ぶことに関しては許容してくれてるみたい」
ドンキー「お互い知り尽くしてる仲だもんな」
ディディー「まあね。でも帰ったらまたなんか言われるかと思うとちょっと気が重いな。はぁっ……」
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ドンキー「大変だな。よし、明日は久々に2人で遊びに行くか」
ディディー「えっ? ほんと?」
ドンキー「ああ。たまには羽目を外すのもいいんじゃないかと思ってな。慣れない同棲生活でお前も色々気が滅入ってるみたいだし。身体を思いきり動かせばストレスも解消するだろ」
ディディー「わーい! やったー! あっ、でもディクシーにはなんて言おう……。『わたしとドンキー、どっちが大事なのよ!』なんて事態にならなきゃいいけど……」
ドンキー「内緒にしとけばモーマンタイさ。朝あいつより先に起きて書き置きしておけばそこまで心配しないだろ」
ディディー「大丈夫かなぁ……。なんかちょっと不安……」
ドンキー「別に悪いことしてるわけじゃないんだからそんなに思い煩うなよ。万が一詰問されるような事態になったらおれがガツンと言ってやるって」
ディディー「ヒステリー起こしたりしないかな……?」
ドンキー「お前ってほんとに心配症だな。堂々としてりゃいいんだよ」
ディディー「うん、わかった。じゃあ明日は楽しみにしてるからね。ドンキー、ありがとう」
ドンキー「気にすんな。困ってるときは助け合うのが相棒ってもんだろ?」
ディディー「うん! 明日は絶対行こうね!」
ドンキー「おうよ。それよりそろそろ戻った方がいいんじゃないか? もうじき日が沈むぜ」
ディディー「あっ、ほんとだ。帰らなきゃ。じゃあまたね!」
ドンキー「明日待ってるからな」
――ディディーがドンキーの家を出て間もなく、空はすっかり闇に覆われた。
月明かりを頼りに帰路を歩き、無事家までたどり着くと、なぜか家の前にはディクシーが立っていた。
ディクシー「おかえり、ディディー」
ディディー「た、ただいま」
ディクシー「ずっとドンキーと一緒だったみたいね。楽しかった?」
ディディー「う、うん」
ディクシー「それはなによりね」
ディクシーはそう言いながらディディーに歩み寄り、顔を覗きこむ。
ディディー「なな、なに?」
ディクシー「ううん、別に。あなたたちのことだからおおかた明日も会う約束したんじゃないかしらって思っただけ」
それを聞いたディディーが一瞬ドキッとしたのをディクシーは見逃さなかった。
ディクシー「やっぱりね。ドンキーとディディーってほんとに仲がいいのね。男の友情ってやつかしら。まああなたたちの場合は友情なんて超越してるでしょうけど」
ディディー「ははっ、そ、そうだね。それより出迎えてくれるなんて珍しいね。なんかいいことあったの?」
ディクシー「なに言ってるの? あなたと同棲して以来毎日やってることじゃない」
ディディー「そ、そうだっけ?」
ディクシー「そうよ。立ち話もなんだし中入りましょ」
ディディー「うん」
ディクシーに促されて家の中に足を踏み入れたとき――
ディクシー「おいしいバナナミルクセーキを飲んで、ハンモックで日光浴して、バナナをたらふく食べて……充実した1日だったみたいね」
ディディー「えっ……?」
おそるおそる振りかえると、ディクシーがディディーのことを見据えていた。
口元は笑っているが眼が全然笑っていない。
ディディーにはそんな風に見えた。
ディクシー「今日のあなた、わたしといるときよりすごく楽しそうだったね。こどもみたいにはしゃいじゃって」
ディディー「な、なんでそれを……」
ディディーは怯えのまじった眼をディクシーにむける。
まさか……。
ディクシーはぱっと顔を明るくすると、声をたてて笑った。
ディクシー「なあんてね、冗談よ冗談。あなたとドンキーがなにして過ごしてるかなんてだいたい予想がつくもの。女のカンってやつかしら? でもあなたのその顔つき、どうやらご名答だったみたいね。わたしってばすごくない?」
ディディー「……」
ディクシー「なに引きつった顔してるのよ。あっ、もしかしてずっと監視してたんじゃ……って思ったでしょ。やあねぇ、ディディーったら。そんなことするわけないじゃない」
ディディー「そ、そうだよね。ははっ、あははっ……」
ディクシー「うふふふふっ。それにわたしは今日ずっとここにいたわよ。バナナもいっぱい食べたし動物たちとも遊べたし楽しかったわ」
ディディー「よかったね。あっ、そうそう、おみやげのバナナジュース」
ディクシー「あらうれしい。ありがと。チュッ」
ディディー「ひゃっ……」
ほっぺにキスをされたディディーは顔を赤らめた。
ディクシー「ふふっ、照れちゃって。さっ、入りましょ」
ディディー「う、うん」
完全に猜疑心が消え去ったわけではなかったが、その後のディクシーは普段となんらかわらなかった。
寝るころにはいくぶん気持ちも落ちついたが、ただ1つだけどうしても気がかりなことがあった。
ディディーが日中ドンキーとなにをして過ごしていたかというと、まさに彼女があのとき言ったとおりだったのだ。
女のカンと言っていたけどあそこまで的確に言い当てられるものだろうか?
もしかすると、誰かに内偵させてたんじゃないだろうか?
考えれば考えるほど不安や疑心が募っていく。
その日結局ディディーは悶々としながら一夜を明かした。
――次の日の朝、ディディーはディクシーよりも早く起きることができた。
が、一応ディクシーが本当に寝ているのかをしっかり確認すると、走り書きしておいたメモを彼女の横に置いた。
『ディクシーへ。
ドンキーとしまをたんけんしてくる。あす、もどる。
ディディーより』
ディディー(これでよしっと)
正直まだ眠たかったが、ドンキーとの約束を破るわけにはいかない。
音をたてないように気をつけながらドアをそっとしめると、ディディーは急ぎ足でドンキーのところへとむかった。
ドンキー「――おはよう、ディディー」
ディディー「おはよう!」
ドンキー「えらくご機嫌だな。昨日はちゃんと寝れたか?」
ディディー「うん」
あまり眠れなかったことは黙っておく。
ドンキー「そいつはよかった。で、あっちの方は?」
ディディー「あっちって?」
ドンキー「そんなの1つしかないだろ。若い男女がベッドインしたら……まあ意味がわからないならいいさ」
ディディー「もう、スケベなんだから。だいたいそういう話題、こどものオイラにふる内容じゃないでしょ。オイラたちなにもしてませんから」
朝っぱらから下ネタでからかうドンキーに呆れるディディー。
ドンキー「相変わらず愚直だな。まあお前らしいけど。それよりちゃんと書き置きしておいたか?」
ディディー「うん。バッチシだよ」
ドンキー「よしよし。彼女のことだから今日も明日もお前がどこにいるか、なにをしてるか、その全ての行動をおそらくスコークスに偵察させるだろう。でもおれといることがわかれば安堵するにちがいないさ」
ディディー「う、うん。そう…だよね」
ディディーは歯切れの悪い返事をした。
昨日の彼女の言葉が頭をよぎったからだ。
でもドンキーに余計な心配をかけたくなかったのでなるたけ笑顔を作るように努めた。
ドンキー「じゃあ行くか。バナナは持ったな?」
ディディー「うん」
懐にバナナとバナナの皮をしまいこむと、ディディーたちはその場をあとにした。
――陽が昇りはじめたころ。
ディディー「んっ? あっ」
ディディーがなにげなく空を見上げると、緑色のオウムがバサバサと音をたてながらこちらに近づいてきた。
スコークスだ。
ディディー「やあ、スコークス」
スコークス「テガミテガミ」
ディディー「オイラに? わざわざありがと。ごくろうさま」
クチバシで咥えていた紙切れを受け取ると、スコークスは帰っていった。
ディディー「一体誰からだろう? あっ……」
ドンキー「どうした?」
ディディー「ディクシーからみたい……」
ドンキー「ほんとか? 読んでくれよ」
ディディー「う、うん」
ディディーはドンキーに聞こえるように大きな声で手紙を読んだ。
『ディディーへ。
朝起きたらあなたの姿がなくてびっくり。
そんなに朝早くからドンキーのところに行くなんてあなたったらよっぽどドンキーに会いたかったのね。
あなたたちの仲がよすぎて時々羨望の眼差しをむけることもあるわ。
決して嫉妬なんかじゃなくってよ。
だけどわたしはそんなあなたのことが好きになったんだし2匹の仲をジャマするわけでもないから安心して。
今日と明日はゆっくり羽をのばしてきてね。
あっ、だからって3日も4日も留守にしちゃいやよ。
わたしはあなたの家であなたの帰りを待ってます。
あなたのことをこよなく愛するディクシーより』
ドンキー「今時愛にまみれた手紙をよこすなんて中々かわいいところあるじゃないか、あいつ」
ディディー「そ、そうだね」
ディディーは複雑な思いで手紙をもう一度読んだ。
今までこんなことをしたことのなかった彼女がなぜ急にこんな手紙を書いたのか、ディディーには全然わからなかった。
昨日のこともあってか、どこかからこっそり見てるんじゃないかと勘繰ってしまう。
ドンキー「まあこれで今日は心置きなく遊べるぞ。よかったな」
ディディー「うん」
本心はおくびにも出さず、にっこりと笑ってみせる。
ドンキー「おい、トロッコ乗りに行こうぜ」
ディディー「あっ、まって」
遺跡にむかって走るドンキーをディディーは慌てて追いかけていった。
――そして次の日。
ドンキー「今日はどうする? 雪山にでも行くか?」
ディディー「うーん……行きたいけどそれじゃ今日中に帰れそうにないしなぁ……」
ドンキー「2日ぐらいどうってことねぇよ。手紙に『3日も4日も』って書いてたじゃんか」
ディディー「そうだけど……あっ、スコークス」
スコークス「テガミ、テガミ」
ディディー「わざわざありがとう」(きっとまたディクシーからだろうな……)
ドンキー「ディクシーに伝えといてくれ。『今日も帰れないかも』ってな」
ディディー「ちょ、ちょっとドンキー」
ドンキー「大丈夫だ、問題ない。スコークス頼んだぞ」
スコークスはうなずくと、空にむかって羽ばたいていった。
ディディー「ねぇ、ドンキー。気持ちはうれしいけどちょっとは考えてよね。後で言われるのはオイラなんだから」
ドンキー「ははっ、悪ぃ悪ぃ。それより手紙読んでくれよ。あいつからだろ?」
ディディー「う、うん」
ディディーはごくりとつばを飲みこむと、ゆっくりと読みはじめた。
『いとしいディディーへ。
昨日はあんなことを書いたけど1匹で過ごす夜は思ってた以上にさびしいものだったわ。
わたし、やっぱりあなたがいないとダメみたい。
あなたのぬくもり、あなたのむじゃきな笑顔、あなたの仕草1つ1つがわたしを癒してくれてたんだって離れてみてわかったの。
今日はいつごろ帰れるかしら?
まさか今日も帰らないなんてことないわよね?
男の友情にあれこれ言うつもりはないけど、ドンキーと遊び終わったならすぐ帰ってきてね。
今はまだガマンできてるけどあなたのことを想うたびに胸が張りさけそうになるの。
バナナを咥えてむなしさを紛らわすのもそろそろ限界。
あなたが戻ってくるまでずっと待ってます。
ディクシーより』
ディディー「……ねぇ、やっぱり帰った方がよくない?」
ドンキー「そうだなぁ……んっ?」
スコークス「テガミ、テガミ」
ディディー「えっ、また?」
ドンキー「さっきの伝言聞いてから書いたってことか? 書くのチョーはえーな。とにかく読んでみようぜ」
ドンキーはディディーが持ってる手紙を横から覗きこんだ。
『いとしいディディー。そしてドンキー。
今日も帰れないって一体どういうことかしら?
わたしはこんなにさびしい思いをしながらあなたの帰りを今か今かと待ってるのに。
ねぇディディー。そんなにわたしよりドンキーといる方が楽しいの?
わたしのこのせつない気持ち、どうしてわかってくれないの?
ドンキーもドンキーよ。
あなたがディディーとどれだけ固い絆で結ばれてるのか知らないけど、今わたしたちは同棲してるのよ。
あなたの辞書に遠慮という言葉はないの?
わたしはあなたたちのことを見守ってるのにあなたはわたしたちの仲を引き裂くつもり?
この際だから言わせてもらうけど、いい加減わたしのディディーを独り占めするのはやめてくれないかしら?
どうせ今ディディーの横にいるんでしょ?
今すぐ彼を解放して。
ディクシーより』
ディディー「ドンキーのことディスり始めちゃったね……。なんかごめんね、オイラのせいで……」
ドンキー「なんでお前が謝るんだ。んなことよりなんだこの手紙は。あの女、黙ってりゃ調子こきやがって。おいディディー、こうなりゃ意地でも帰らんぞ」
ディディー「えぇっ!?」
ドンキー「こんなこと書かれて誰が帰るかってんだ。スコークス! あいつにはおれたちのことなにも言わなくていいからな!」
ディディー「ちょ、ちょっとドンキぃ……」
ドンキー「なーにが『今すぐ彼を解放して』だ。本来おれが言うセリフなんだよそれは」
ディディー(ど、どうしよう。ヤバい事態になってきた……)
ドンキー「行くぞ!」
帰るに帰れず、結局ディディーはその日もドンキーとともに一夜を過ごすこととなった。
――さらに翌日。
ドンキー「そろそろじゃないか?」
ディディー「……」
黙ったまま空を見上げると、予想通りスコークスがまたもや手紙を持ってきた。
切り株に腰をおろし、ドンキーと一緒に読む。
『ディディーへ。
あれだけのことを書いてもあなたはドンキーを選ぶのね。
わたしの方がドンキーの何百倍もあなたのことを愛してるのに。
わたしは四六時中あなたのことを考えてるのに。
だけどそれでもあなたはドンキーを選ぶというの?
わたしの言ってることってそんなにおかしいかしら?
確かに男の友情は女のわたしには理解できない。理解したくてもきっと無理なことよ。
だからってわたしたちの男女愛を裸ネクタイ、いえ、ドンキーにジャマされる筋合いがどこにあるかしら。
ううん、今はそんな理屈どうでもいいわよね。
とにかく早く戻ってきて。
わたし、いつまでもあなたが帰ってくるのを待ってます。
ディクシーより』
ドンキー「なあ、あいつ頭おかしいんじゃね?」
ディディー「……」
否定できなかった。
今回の手紙はさすがにちょっと引いてしまう内容だったからだ。
ドンキー「面白ぇことになってきたじゃん。こうなりゃ徹底的に無視してやろうぜ」
ディディー「もう、ヒトゴトだと思って……」
ドンキー「スコークスがまた持ってくるまでトロッコ乗ってようぜ。大丈夫だよ。いざってときはおれがちゃんと守ってやるから」
ディディー「そういう問題じゃないってば……」
そう言いつつも、ディディーは彼女の待ってる家に戻る気にはなれなかった。
――日が暮れるころ、スコークスがまた手紙を持ってくる。
『ディディー。
あなたってひどいサルね。
これだけ想いをぶつけてもあなたはなにも心が痛まないのね。
そんなにわたしの心をもてあそんで楽しいの?
わたしがこんなに涙を流してるのにあなたは今ごろドンキーとバカみたいに笑ってのんきにバナナをむさぼっているのかしら?
こんなことならあなたと同棲なんてしなきゃよかった。
あなたのこと好きにならなきゃよかった。
毎晩バナナでむなしく自分を慰めてたわたしってバカみたいね。
こうなったのもディディー、全部あなたのせいあなたのせい。
わたし、今最高にあなたをトロッコで轢き殺したい気分よ。
あなたなんかバナナの皮で滑って崖から落ちてしまえばいいのよ。
なんなら今すぐ突き落としてやりましょうか?』
ディディー「ど、どうしようどうしよう。オイラ殺されちゃうよ……。ねぇドンキー、どうしよう……」
ドンキー「ディディー終了のお知らせ」
ディディー「ふざけてないでマジメに考えてよ!」
ドンキー「おっとそうだった。とりあえず今はもうあいつと関わるなよ。しばらく離ればなれになった方がいいって」
ディディー「でも帰らなかったらまた手紙が……」
スコークス「テガミ」
『ディディー。
もう流す涙もすっかりかれてしまったわ。
どうして戻ってきてくれないの?
今までわたしが書いた手紙、読んでないとは言わせないわよ。
いつまで無視するつもり?
あなたは数日もたてばこの手紙のことなんて忘れるでしょうけどわたしはあなたに受けた仕打ち、絶対忘れないから。一生忘れないから。
あなたみたいな非情なサル、不幸になればいい。地獄へおちてしまえばいい。
わたしはこれから毎日あなたのことを呪います。あなたのことを一生恨み続けます』
読み終えてすぐにまたスコークスが手紙をディディーの元へ運んできた。
が、断固拒否して受け取らなかった。
ディディー「もうやだっ! 読みたくない!」
ドンキーはスコークスから手紙を取り上げると、黙って読みはじめた。
『ディディー。
1つ書き忘れてたわ。
わたしはあなたの帰りをずっと待ってるって言ったわよね。
でも勘違いしないでほしいのはわたしはいつまでもいつまでも待つ女じゃないってこと。
あなたがこないのならわたしがそっちに行くわ。
どこへ逃げようとどこへ隠れようとわたしは地獄の果てまであなたを追いかけるからそのつもりでね。
あなたが苦しむ姿、もうじき見れるわ……』
ドンキー「……ちょっと悪ふざけが過ぎたな。よし、帰るか」
ディディー「で、でも……」
ドンキー「今ならまだ間に合うから帰ろう。で、一緒に謝ろうぜ。なっ?」
ディディー「……うん」
――その後2匹は急いでディディーの家に戻った。
だが、家の中に入るとディクシーの姿はどこにもなかった。
再び外を出て二手に別れ、ディクシーを探し回る。
でもどこを探しても一向に見つからず、いったん1匹で家に戻ったディディーは途方にくれていた。
ディディー(なんでいないんだろう……。んっ?)
机の上に書き置きがあることに気がついた。
最初に戻ったときには確か置いていなかったはずだった。
おそるおそる内容を読む。
『おかえり、ディディー。後ろを見て』
ばっと振りかえると、そこにはいつもと変わらぬ笑みを浮かべたディクシーの姿があった。
ディディー「ディ、ディクシー……」
ディクシー「うれしい! 帰ってきてくれたのね!」
ディクシーはディディーを見るやいなや彼に抱きついた。
ディディー「あ、あの手紙は……?」
ディクシー「あっ、アレ? ああでも書かなきゃあなたはきっと帰ってきてくれないもの。
もし帰ってこなかったら島中探索するつもりだったけど手間がはぶけてよかったわ。
とにかく帰ってきてくれてありがと。わたし、もう少しであなたに呪いをかけるとこだったわ」
ディディーはそのセリフを聞いて戦慄した。
ディディー「ごめん、ごめんなさい。もう勝手なことしないから許して……許して… …」
涙目でそう訴えると、ディクシーは耳元でささやいた。
ディクシー「あなたは恋人より相棒を選ぶようなサルよ。明日になればどうせまたドンキーのところへ行ってしまう。
だからわたし、どうすればあなたがどこへもいかなくなるか、よく考えてみたの」
ディディー「……?」
ディクシー「もう離れ離れになるのは嫌。だからね……」
ディディー「んぐっ……!」
ディクシーの長い黄色の髪がディディーの首に巻きついた。
ディクシー「初めからこうすればよかったのよね。もうどこへも行かせない」
ディディー「ディ、ディクシ……た、助け……て……」
ディクシー「あなたはわたしだけのもの。あんなショタ専になんて渡さないわ」
首に巻きついている髪がギリギリと食いこむ。
ディディー(助け…て……ドンキー……)
ディクシー「愛してるわ、ディディー……」
ディディー(ドン…キ……)
ディクシー「――なあんてね、冗談よ冗談」
突如首の圧迫がなくなったかと思うと、ディディーはその場にくずおれた。
ディクシーがディディーの首に巻きつけていた髪を解放したのだ。
ディディー「げほっ! げほっ! はぁっ……はぁっ……」
足元でディディーが苦しそうに咳きこんでいるというのに、ディクシーは顔色一つかえない。
ディクシー「そんなに苦しかった? ごめんね。結構手加減したつもりだったんだけど。
でもわたしがこれほど本気であなたを愛してるってこと、わかってくれたかしら?」
ディディー「……」
ディディーはただただうなずくことしかできなかった。
逆らったら今度こそ本当に殺される。
直感的にそう感じたのだった。
ディクシー「さっ、ディディーも無事帰ってきたことだし、お祝いにバナナでも食べましょ」
ディクシーは懐からバナナを取り出す。
――と、同時に紙切れがパラッと宙を舞い、ディディーの眼の前に落ちた。
朦朧とした意識の中、ディディーの眼に飛びこんできたのは、
『愛しのディディーへ。
わたしは今、クルールからもらった五寸釘をバナナの皮に打ちつけています。
あなたが不幸になるように一回一回念じながら呪いをかけているの。
わたしはあなたが許せない。愛するこの手で殺したい。
なのにどうしてこんな回りくどいことをしてるかわかる?
バナナとドンキーのことしか頭にないあなたにはきっとわからないだろうから教えてあげるね。
あなたがただ死ぬだけじゃつまらないからよ。
わたしの心に深い傷を負わせたままあの世へ行くなんて許されないからよ。
それに、あっさり絶命するより、どうせなら悶え死にしてくれた方が呪いをかけた甲斐があるってものでしょ?
だからすぐに死なせはしない。うんと苦しんでからじわじわ死ねばいいわ。
でも安心してね。
たとえあなたが死んでもあなたはわたしの中で永遠に生き続けているんだから。
ディディー、大好きよ。愛してるわ。
ディクシーより』
ディクシー「あらやだ、見られちゃった。ここに戻ってくる前に捨てるつもりだったんだけど。
ちなみに呪いならあなたたちがわたしを探してる最中に終わったわ。そろそろ効き目があらわれるころじゃないかしら?」
ディディー「許して……許して……」
ディクシー「うふふふふふっ。うそようそ。ほんとにあなたってなんでも真に受けちゃうのね。でもそんなところも好きよ」
ディディー「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ディディーはまるで呪文でも唱えるように謝罪の言葉を繰り返していた。
ディクシー「あなたはわたしのところへ帰ってきてくれたもの。だから許してあ・げ・る」
ディクシーはディディーの身体をおこすと、ほっぺにキスをした。
ディディーの顔は完全に恐怖で歪んでいる。
そんな彼の眼をじっと見ながらディクシーは言った。
ディクシー「呪いなら心配いらないわよ。さっきスコークスに頼んでバナナの皮ごと海に捨てさせたから。でもまたわたしよりドンキーを選ぶようなことがあったそのときは……」
ディディー「!!」
ディクシー「ほんとにトロッコで轢き殺しちゃうかもね」
そう言い放ち、再びほっぺに口づけをしたのだった。
その後、すっかり変わり果てたディディーを目の当たりにしたドンキーは、ディディーをどうやってディクシーから解放するかを考えていた。
しかし同棲している以上、現時点でディディーを保護するのは非常に困難なことだった。
ドンキーと話し合った結果、とにかく今はできるだけ会うのは控え、彼女の言うとおりにしようという結論になった。
――それから数日後。
ディクシー「ディディー、ごめんなさい。今日はちょっと妹に用事があるからしばらく家を空けるわ。夕暮れまでには戻ってくるから待っててね」
ディディー「う、うん」
ディクシー「ねっ、行ってらっしゃいのチューして」
ディディー「えっ?」
ディクシー「早く」
ディディー「う、うん。じゃあ……行ってらっしゃい」
ディディーは断腸の思いでディクシーの口に自分の口を重ねた。
ディクシーは満足そうに口元を歪めて笑うと、ジャングルの中に消えていった。
ディディー(ちょっとだけドンキーに会ってこようかな)
今後のことを相談するにはディクシーがいない間隙を縫うしかない。
ここから妹がいる場所は結構距離があるので仮にすぐ用事をすませたとしても、戻ってくるのは時間がかかるはずだ。
夕暮れまでに戻ってくれば大丈夫。
ディディーはそう自分に言い聞かせながら駆け足でドンキーのところへとむかった。
ドンキーの家まであと一歩というとき――
スコークス「テガミ、テガミ」
突如頭上にあらわれたスコークスがクチバシで挟んでいる紙切れをディディーに差し出した。
ディディー(ま、まさか……)
震える手で手紙を受け取り、ビクビクしながら文面に眼をおとす。
『愛するディディーへ。
わたしってやっぱりダメな女ね。
あれから急にあなたのことが恋しくなって家に戻ったの。
そしたらあなたの姿がなくてびっくり。
またドンキーのところに行ったの?
あなたったらよっぽどドンキーのことが好きなのね。
愛してると言った方が正しいかしら?
あなたたちの仲がよすぎて時々羨望の眼差しをむけることもあるわ。
決して嫉妬なんかじゃなくってよ。
だけどわたしはそんなあなたのことが好きになったんだし2匹の仲をジャマするわけでもないから安心して。
たまにはゆっくり羽をのばしてきてもいいのよ。
男同士でしか語れないことだってあるでしょうし。
あっ、だからって3日も4日も留守にしちゃいやよ。
わたしはいつまでもあなたの帰りを待ってます。
あなたのことを想いながらバナナを咥えています。
ディディー、愛してるわ。チュッ♡
ディクシーより』
これを読んだディディーが顔面蒼白になって大急ぎで家に戻ったのは言うまでもなかった。
おしまい
投下は以上になります。ありがとうございました。
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