妹「私の眼鏡拭き知りませんか?」(225)
兄「悪い、今使ってる」
妹「……使わないでって言ってるでしょう」
兄「これくらいいいじゃん」
妹「駄目です。自分の眼鏡拭きはどこにやったんですか?」
兄「分からん。机のどっかにある」
妹「……これだから。ちょっとどいてください」
兄「あいよ」
妹「……」シャコシャコ
兄「……」ジー
妹「……」ジロッ
兄「いや、眼鏡だなぁと」
妹「……」
兄「そんな顔すんなよ。こう、二人とも眼鏡ってのは、眺めるとおもしれーよな」
妹「……ぺっ。コップ取ってください」
兄「あいよ」
妹「ありがとうございます」
妹「がらがら……ぺっ。理解に苦しみますね」
兄「何が」
妹「どこが面白いのかと」
兄「ああ、それ? だって親父も母さんも目が悪いんだぜ」
妹「それは全然関係ない……兄さんの場合、夜遅くまでパソコンに向かっているからでは」
兄「だったらおめーは夜遅くまでペンライトで本読んでるからだろ」
妹「……何故それを」
兄「やたら布団動く音すんだよ。お前の部屋。普通気付くわ。ペンライトは、勘だ」
妹「……迂闊でした」
兄「そこまでして読むもんかね」
妹「面白くて、つい」
兄「親父にバレたらどーすんの」
妹「その時はその時」
兄「あっそ」
妹「……では。お休みなさい」
兄「おう。一応、お休み」
妹「……はぁ」
――
女「あんたと妹ちゃんって似てるよね」
兄「あ? なんだお前」
女「なんだお前って」
兄「いや悪いつい」
女「いーけど。だって二人とも眼鏡だし。二人とも無愛想だし。なんでいっつも不機嫌そうに眉を寄せてんのかなーと見てて思いますね」
兄「大概失礼だよなお前」
女「そうかも。あ、妹ちゃんは美人だよね。これは本当」
兄「不機嫌そうにしてて美人に見えるのか?」
女「分かってないなぁ」
女「可愛いは正義」
兄「くだんねぇ」
女「だから分かってないんだよ」
兄「分かりたくもねーな」
女「はー、まあ、あんたってそう言う奴よね」
兄「おめーもな」
女「おっし、休憩終わり! 次のメニュー行くぞー」
兄「あいよー」
――
妹「邪魔です」
妹友「鮮烈だぁ」
妹「今下書き中なんです。なにか用ですか?」
妹友「暇そうだなぁと」
妹「それはあなたです」
妹友「ですよねー! ちくしょー! 妹ちゃんクール! でもそんな所も可愛い!」
妹「いつにもましてやかましいですね……」
妹「なにかあったんですか」
妹友「私? 私はもう、いつでも色んなことに巻き込まれてるよ」
妹「たとえば」
妹友「スイパラの行き過ぎで所持金がゼロ」
妹「自業自得じゃないですか」
妹友「おかげで今月生きていけない! 妹ちゃん! お金貸して!」
妹「絶対に嫌です」
妹友「妹ちゃんはさー」
妹「なんですか」
妹友「家でもそんな感じなの?」
妹「はい?」
妹友「こう、クールでさ……何考えてんのか分かんない感じ? お兄ちゃんいるじゃん? どうなの?」
妹「どうもこうもないですよ。これが普通」
妹友「そうなのかー……へぇー……」
妹「……じゃあ、そろそろ私は帰りますので」
妹友「あ、もう? じゃあねー」
妹「また来週」
兄「お」
妹「あ」
兄「奇遇」
妹「ですね」
兄「帰るか?」
妹「はい」
兄「ん。さみーな」
妹「ですね」
妹「兄さん」テクテク
兄「あんだ」テクテク
妹「明日は暇ですか?」
兄「暇だぞ。どっか行きてーの?」
妹「ちょっと買い物に。付き合ってくれますか?」
兄「しゃーねーな」
妹「ありがとうございます」
兄「代金はお前持ちだぞ」
妹「……昼食代は持ちませんよ」
兄「つれない」
兄「お、レストラン? こんなとこにあったか?」
妹「最近出来たみたいですね」
兄「へぇ。入ってみっか。腹減ってる?」
妹「そこそこ……あ、でも、今あんまりお金持ってなくて」
兄「出してやるよ」
妹「いいんですか? それはありがたいです」
兄「たまには兄貴らしい所見せてやんよ」
妹「殊勝な心がけです。行きましょう」グイ
兄「引っ張んな。伸びるわ」
ファミレス
兄「このパスタ一つ」
妹「エスカルゴを」
店員「カシコマリマシター」
兄「はぁ。初めて入ったな」
妹「近くにありませんよね」
兄「だよな。来たことあんの?」
妹「ここのは初めてです。前に、友さんと一緒に出掛けた時に一回だけ」
兄「ああ」
妹「今日部活で、話をしましたよ」
兄「そりゃすんだろ」
妹「ええ、まあ。私の生活態度について聞かれました」
兄「どう言うことよ」
妹「家でも学校でもそんな感じなのか? と」
兄「ああ、成程。で、どう答えた」
妹「んー……これが普通、と」
兄「ぶはは。お前はあんまりキャラ作ったりしねーだろな」
妹「そう言う兄さんは?」
兄「俺? いやいや。俺はお前と違って分別があるぜ」
妹「今のは聞き捨てなりませんね」
兄「まあまあ。俺は接する人によって一番便利な顔を作れるってことだ」
妹「失礼。私だってそれくらい出来ます」
兄「ほんとかよ」
妹「低く見過ぎです」
兄「はぁ。冷たくしすぎて友達無くさないようにな」
妹「元々いないから構いません」
兄「……」
妹「……? なんですか」
兄「本気で言ってんの?」
妹「ええ」
兄「友さんはどーなのよ」
妹「ああ、友さん。あの子くらいですかね、友人」
兄「どんな言葉が出るのかと。冷や汗が出たわ」
兄「でも感心しねーな。これからの時代、一人ぼっちじゃきついぞ」
妹「はぁ」ゲンナリ
兄「んな顔すんなって。分かった分かった。お小言は止めよう」
妹「別にいいですよ。分かっていることですし」
兄「自覚してんのかよ」
妹「ええ。ただ、そうした“友達ごっこ”を始めるのは、大学に行ってからにしようかと」
兄「……まぁ出来るならいいけどな」
妹「……兄さんも友人が多いようには思えませんけどね」
兄「なめんな」
兄「俺はコミュ力カンストしてんだぜ」
妹「はぁ。彼女は?」
兄「は? いねーよそんなの」
妹「ホモなんですか?」
兄「真顔で聞くんじゃねぇ」
妹「いや、冗談ですよ。でも普通の男性だったら、身近な女性を求めていても……おかしくないと思いますが」
兄「一々言い回しが変だよなぁお前。つーか、お前だってそうだろ」
妹「私は、ええ。要りません」
兄「好きな人とか」
妹「愚問ですね」
兄「……」
妹「……」
店員「パスタノオキャクサマー」
――
兄「食った食った」
妹「ご馳走様でした」
兄「あいよ。明日は頼むぞ」
妹「最初からそれが……まあ、いいでしょう」
兄「へへ。物分かりが良いな」
妹「等価交換、です。食べ過ぎは許しません」
兄「分かってら」
兄「ただいま」ガチャ
妹「ただいま帰りました」
シーン
妹「ふう」スタスタ
兄「おい、洗面所。手洗いうがい」
妹「荷物が重いので」スタスタ
兄「風邪ひいても知らねーぞ。ったく」
妹「私の分も洗っといてください」
兄「アホ言え」
兄「がらがら……ぺっ。あいつこねーな……」
兄「あ」ヒョイ
兄「眼鏡拭き返してなかったな。呼びに行くついでに返しとくか」スタスタ
兄(あいつ部屋に戻ったのか? 先に洗った方が手間が省けていいだろうに)
兄「おいタコ、何やってん――」ガチャ
妹「……」
兄「……」
バチーン
――
兄「ひっぱたくことはねーと思うんだよな」
妹「変態。無神経」
兄「悪かった悪かった。これからは、ああ、気をつけるから」
妹「明日は自分でお金を出してください」
兄「勿論、勿論だ。俺に任せろ」
妹「ええ。奢りです」
兄「……よし分かった」
妹「許してあげます」
兄「その表情だとまだ怒ってるように見えんだよな」
妹「これが素です。今は平常です」
兄「あっそ。にしてもあれだな」
妹「はい?」
兄「意外とお前も胸が――」
バチーン!!
翌日
兄「頬がはれてんだけど」ヒリヒリ
妹「おはようございます。いい天気ですよ」
兄「うぜぇ……」
妹「昼前には出るつもりですので。準備しておいてください」
兄「あっそ。どこ行くんだ?」
妹「今更ですね。隣駅のショッピングモールですよ」
兄「あそこか。俺要らなくね?」
妹「荷物持ち」
兄「ああ」
妹「費用出し」
兄「……ああ」
駅
兄「切符代くらい自分で出せよな」
妹「そこまでたかるつもりはありませんよ」
兄「どーだか」
妹「私は、自分の分の買い物をするだけですので」
兄「あっそ」
妹「よろしくお願いしますね」
兄「それは腐るほど聞いた。おい電車来るぞ! はよしろ!」
ガタンゴトン
妹「一駅で百円。高い」
兄「歩きにすりゃよかったのに」
妹「それは疲れます。お金以上に消費するものがあります」
兄「これだからインドアは」
妹「うるさい」
ショッピングモー
兄「人多いな」
妹「セール中なんです」
兄「はぁ。お前もそれに乗じた口か」
妹「そうなります」
兄「お前も普通に女の子してるよなー。普段は本と絵しか興味なさそうなのによ」
妹「意味が分かりません。私は女です」
兄「そう言うこと言っちゃうところも堅物っぽい」
妹「またひっぱたきますよ」
兄「で? どこ行きたい?」
妹「付いてきてください。服とか、本とか、色々見たいので」
兄「んー。飯はどうする」
妹「まだ十一時ですよ? 一通り見たら、いい時間になると思います」
兄「向こうのマックでいいか」
妹「そうですね」テクテク
兄「そんな急がなくても店は逃げねーって」
妹「向こうから来てくれることも無いですよ」
兄「なんじゃそりゃ」
服屋
妹「あ、いいですねこれ」ガラ
兄「セーター? そーいや着てるところ見たことなかったな」
妹「一着も持ってませんでしたから。買おうかな」
兄「どれ。ふむ……この値段なら良いんじゃないか」
妹「では、試着を……」
兄「はやくしろよー」
妹「分かってますって」
アリガトウゴザイマシター
兄「次は? 本屋行くか?」
妹「その前に靴屋見てもいいですか?」
兄「靴ね。あっちか」
妹「ええ。後はコートとか欲しいな……」
兄「……」ヒヤアセ
妹「大丈夫ですよ。一万は行かないと思いますので」
兄「信用ならねー……」
一時間後
妹「そろそろお腹が空いて来ました」
兄「それより財布の中身がやばいんだが」
妹「ちょっと買いすぎてしまいましたか。すみません」
兄「給料入っててよかったぜ……あぁ、飯か。なあ、そんくらい出してくれねーか」
妹「……分かりました。もう兄さんのお金は使わせません」
兄「なに? おごってくれんの?」
妹「たまには妹らしい所を見せようかと」
兄「それなら自腹で買ってくれねーかな……」
ワイワイガヤガヤ
妹「混んでますね」
兄「この時間だとな。満席、か」
妹「少し待ちましょうか?」
兄「並んでる内に……お、あそこ空いたぜ! あと頼んだ!」ダッ
妹「え? あ、はい」
兄「俺はいつものでいいから!」
妹「いつもの? ああ……分かりましたよ」
兄「いつものと言ってちゃんと分かってくれるあたりな」
妹「伊達に通い慣れてませんからね」
兄「結構来てるよなぁ……あーうめぇ」モグモグ
妹「食べながら喋らない」
兄「む」
妹「兄さんの真似です」
兄「……真顔だと冗談かどうか分かんねーって」
妹「冗談じゃないですよ? ほら、食べるなら食べる」
兄「……機嫌が良さそうだな?」
妹「お陰様で」
妹「今日はありがとうございました」
兄「ああうん。今日は仕方ない」
妹「はい。セクハラ厳禁」
兄「不可抗力。そもそも先に手を洗わないお前が悪い」
妹「今度からは気をつけますよ」シレッ
兄「むっかつくなー」
妹「……怒ってますか?」
兄「少しイラっときてる」
妹「謝ります」
兄「……ま、いつものことだし」
妹「……そうですか?」
妹「……」
妹「……凄い人。年始もこんな感じだったっけ」
妹「あの時も、兄さんと一緒だったかな」
妹「……本でも読んでよう」
妹「……遅いなぁ」パタン
妹「いつまで待てば――」
ドンッ
妹「わっ――!?」グラッ
通行人「あ、すみません」タッタッタッ
妹「いたた……あ、眼鏡が落ちちゃった……」ガシャッ
妹「……え?」
妹「あれ? 眼鏡……どこ?」
妹「どこに落ちたんだろ……」
妹「どうしよう……」アセアセ
妹「……痛っ!」チクリ
妹「指に……な、なにが刺さって……?」
妹「なんにも見えない。これじゃあ……!」
妹「兄さ……」
兄「なにしてんだ?」
妹「――!」ビクッ
兄「こんなとこでうずくま――おい!? どうしたそれ!?」
妹「にい、さん。ですか?」
兄「そうだよ! 何があった!? 誰かに絡まれたか!?」
妹「ち、違うんです、ただぶつかっただけで」
兄「ぶつかったって、眼鏡割れてんじゃねーか!」
妹「え……!」
兄「おい。俺の顔が見えるか?」
妹「……ぼんやりとしか」
兄「……分かった」ハァー
妹「……」
>>34と>>35の間
兄「帰るかー」
妹「はい」
兄「午前中より人増えてんのな」
妹「これからが本番ですから」
兄「はぐれないようにしろよ」
妹「隣駅だから大丈夫ですよ」
兄「それはそうだが……あ、悪い」
妹「どうしました?」
兄「しょんべん。ここらへんで待ってて」スタスタ
妹「……自由な人です」
兄「おめーに言われたくねぇ」
兄「――つまり、ぶつかられた衝撃で眼鏡が落ちて、それをお前は踏んづけちまったんだな」
妹「そうなるん……でしょうか」
兄「そうとしか考えられんだろ。財布がすられたわけでもねーし」
妹「……すみません」
兄「なんで謝る。運が悪かっただけだな。……お前の視力がそこまで落ちてるとは思わんかったが」
妹「……」
兄(……なんつー顔すんだよ)
兄「……行くぞ」ギュッ
妹「え?」
兄「悪いが少し持ってくれよ、流石に片手じゃ持てねぇ」
妹「あ、はい……えっと、どこに行くんですか? 家ですか?」
兄「それもいいか。まずは家だな。その後、眼鏡屋」
兄「スペアなんて持ってねーだろ? その調子じゃ生活にも支障が出る。早いとこ買いに行くぞ」
妹「わ、分かりました……あの、なんで手を」
兄「馬鹿か。はぐれたらどうすんだ。……しっかり握ってろ」ギュ
妹「……!」ドキ
兄「返事!」
妹「は、はい!」
ガタンゴットン
妹「……」
兄「大丈夫か」
妹「はい。でも普段はほとんど裸眼で過ごさないので、ちょっと怖いです。全然見えません」
兄「いつの間にそんな落ちてたんだ?」
妹「分かりません。なんとなく眼鏡を掛けてても、視界がぼやける感じはしていましたが」
兄「この際だ、今の視力にあった眼鏡にしてもらえ」
妹「はい」
兄「あと、ペンライトでの読書禁止な」
妹「それは……」
兄「あー?」
兄「ただいま」ガチャ
妹「ただいま帰りました……」
兄「玄関に置いとくかなー。荷物運び、ご苦労」ドサドサ
妹「……何から何まですみません」
兄「はぁ? らしくねーな。もっと飄々としてろよ」
妹「そ、そう言われましても」
兄「こっちの調子が狂うんだよ。眼鏡割ったくらいでへこたれんじゃねぇ」
妹「……はい」
兄「ん。じゃ、行くか」
妹「あの、お金……」
兄「atmよるから心配すんな」
妹「わ、私が出します」
兄「いい。俺が出す」
数時間後
メガネヤ「アリガトウゴザイマシター」
兄「どうよ、具合は」
妹「良好です。今日はありがとうございました」
兄「ああ。おかげで預金が大分減っちまったが」
妹「また今度出かけましょう。次は私が出しますので」
兄「覚えてたらな」
妹「ええ」
兄「……あれ。なんか変わった?」
妹「はい?」
妹「どうしました?」
兄「いや、なんか違和感が……ああ。眼鏡のフレームを変えたのか」
妹「あ、はい。折角だから、変えてみようと思って」
兄「コンタクトにはしなかったんだな」
妹「眼鏡の方が好きですので」
兄「おう。似合ってる」
妹「は……そ、そうですか」カァ
兄「あ? なに、照れてんの」
妹「ち、違います。照れてません」
兄「おーおー、珍しいこともあったもんだ」
妹「違いますって!」
兄「分かった分かった。さっさと帰ろうぜ」テクテク
妹「……」
兄「夕飯はどうすっか」
妹「……」ボー
兄「聞いてる?」
妹「えっ。あ、なんですか?」
兄「おい大丈夫か? 似合ってると言われて嬉しいのは分かるが――」
妹「だ、だから!」
兄「オーライ悪かった。夕飯はどうする?」
妹「ああ、夕ご飯……家に何か残ってましたっけ」
兄「わかんね」
妹「二日続けて外食は避けたいですよね」
兄「だよなー」
兄「一応帰るか。残ってたら適当に作るわ」
妹「はい」
兄「親父が帰ってくればいいんだが」
妹「……そうですか?」
兄「俺は。おめーは嫌だろうけど」
妹「そんなことありませんよ」
兄「あっそ。まあ期待しねぇ方が良いな」
妹「ですね」
自宅
兄「留守電?」
妹「誰からですか?」
兄「……親父」
妹「はぁ」
兄「……」ピッ
“悪いが今日も遅くなる。冷蔵庫に何か残ってるだろ。二人で作ってくれ”
兄「……」
妹「……」スタスタ
兄「……かったりぃ」チッ
――深夜
妹「……」モゾモゾ
妹(……これ以上兄さんに言われたくないし。本を読むのは止めよう)
妹(寝れるかな……)
妹(……)モゾモゾ
妹(……おかしい。お風呂入ってる時から、兄さんの顔ばっか思い出す)
妹(……なに? これ。変な気分……落ち着かない……)モゾモゾ
妹(確かに、今日の兄さんは、かっこ良かったけど)
妹(でも、変、こんな、気分……)
妹(……早く、寝たい……)モゾモゾ
兄(隣部屋がうるせぇ……)
月曜日 学校
兄「眠い」
男「あれ? 今日はマフラーじゃないのか」
兄「今日はあったけぇしな」
男「あー、まあねえ」
兄「相変わらず重装備だな」
男「うむ。この陽気ですら南国生まれには辛いよ」
兄「俺だって南の方だぜ?」
男「そうなの?」
兄「小学生の時に引っ越してきたって。前話さなかったか」
男「そだっけ。思い出せん」
男「そーいや一昨日妹さんと買い物してきたんだって?」
兄「なんで知ってんだ」
男「女さんから聞いたよ。二人で手ぇ繋いでたって」
兄「んだと!? よりによってあいつか!」
男「にやにやしながら話してくれたよ。前から話には聞いてたけど、まさか兄妹でそーいう」
兄「アホ言え。あいつはそんなんじゃねーよ」
男「違うの? 普通の兄妹でも仲がいいと手を繋ぐのか」
兄「事情があんだよタコ。そんくらい分かれ」
男「そんな慌てなくてもいいじゃない」ニコニコ
兄「面倒くせーなおめー……」
男「眼鏡をねぇ……お疲れさん」
兄「おかげで金がねーんだよ」
男「貸そうか。昼食代はあるの?」
兄「それはある。これからがヤバい」
男「給料日は?」
兄「一週間前」
男「あぁ……頑張って」
兄「だりー」
兄「部活前には女んとこ行かなきゃだ」
男「どうして?」
兄「部員どもにあることないこと吹聴されても困んのよ」
男「ふむ。別にいいんじゃない?」
兄「いいわけねーだろタコ!」
男「なんだよ、兄にしては随分焦ってるじゃん。普段はそんなこと広められても平然としてるのにさ」
兄「俺はどうだっていいんだよ。妹に影響が出るからキレてんだよ」
兄「兄貴と付き合ってるなんて噂、迷惑以外のなにもんでもねぇだろ」
男「……成程なぁ」
兄「つーわけで行ってくる。この時間ならあいつも来てんだろ」
男「ホームルーム前には戻ってくるんだよ」
兄「どうだろな。あいつ次第だ」
男「手はあげたら駄目だぞ」
兄「しねーよ」テクテク
男「……」
男「そりゃ噂が立つのも無理無いって」ハァ
その頃
妹友「妹ちゃんっ!」
妹「おはようございます」
妹友「おはよう! ねえ聞いたよ! 一昨日のこと!」
妹「はい?」
妹友「お兄ちゃんとデートしてたんだって!?」
妹「……は?」
妹友「お姉ちゃんが見たって言ってたんだよー、しかも手を繋いでとか……ふふふふふ! まさかまさかのお兄ちゃんかぁ」
妹「な……なんのこと、ですか?」
妹友「あれ? 隣駅のショッピングモールで……二人が手をつないで歩いてるの見たって。お姉ちゃんが言ってたよ」
妹「……女先輩が」
妹友「うん!」
妹「……そう、ですか」スタスタ
妹友「あれあれ。なんもなし? もうちょっと驚くと思ってたんだけど」
妹「どうでもいいことです。見られたからなんだって言うんですか?」
妹「変な噂が立とうが、勘違いされようが、構いません。他人の目なんて気になりませんので」
妹友「おお、清々しい正論……」
妹「で、友さん」
妹友「は、はひ」
妹「女先輩はもう登校していますか?」
妹友「……」
妹友「うん。来てる」
妹「分かりました。少し、用事がありますので。では」スタタッ
妹友「……頑張ってねー」
妹(よりによってあの人……よりによって手をつないでいるところ……!)テクテク
妹(変な風に広められても、私は困らないけど)
妹(兄さんに迷惑かかるのは嫌だ……)
妹(……あれ。まただ。また兄さんのこと考えてる)
妹(この行動は、兄さんのため? そんな。そんなこと)
妹(……私らしくない)
妹(……とにかく、女先輩に話をしにいかないと。理由は……)
妹(そうだ。一昨日のお礼、ってことにしよう……そうしよう)
兄「……よぉ」
妹「……はい」
女「二人してなんか用? へへ、大体わかってるけどね」
兄「……ああ、この前モールにいたんだってな」
女「yes! ばっちり見させてもらったよ、二人のデート」
妹「でっ……誤解です。私たちそう言う関係じゃありません」
女「そうなの?」
兄「ちげぇに決まってんだろ。手をつないでたのは、こいつが眼鏡を割っちまったから」
女「へぇ」ニヤ
かくかくしかじか
女「ははぁ、大変だったね」
兄「おめぇ変な風に広めてねぇだろうな? 男から確認してんだぞ」
女「大丈夫大丈夫、まだ男くんと私の妹にしか言ってないから。男くんはたまたまがっこくるときに話しただけだから!」
兄「妹?」
妹「友さんのこと、です」
兄「ああ……じゃあお前も」
妹「ええ。あの子から聞きました」
兄「……おい、間違っても他の連中に言うんじゃねぇぞ。どうなるか分かってるよな」
女「ひえー、脅しだ」
兄「分かったか!?」
女「オッケーオッケー! 勿論ですとも!」
キーンコーンカーンコーン
兄「やべ。じゃあまた後でな!」ダダッ
妹「はい。では、失礼しました」スタスタ
女「ちょい、妹ちゃん」
妹「なんですか? ホームルーム、始まりますよ」
女「うん、いやー、なんだろ。ごめんね。妹ちゃんも怒ってるでしょ」
妹「……私は別に。謝るなら、兄さんにしてください」
女「そ、そっか」
妹「では」スタスタ
女「う、うん……」
女「……クールな子だなー」
教師「出席とるぞ―」
女(怒ってるようには見えなかったなぁ。と言うか普通にいつも通りな感じだった)
女(兄は怒ってたけど、それはそれでいつも通りだし)
女(お互い脈無し。やっぱり普通の兄妹か……)
女(少しくらい頬を赤らめてもいいものを……普段クールな子が照れて頬を染める様……素晴らし)
女(ま、諦めるしか無いっか。そもそもあの兄に惚れる要素なんて無いしね)
教師「女ー」
女「はいー」
教師「出席を取りますね」
妹「……」ボー
妹友「呆けてるね」
妹「……なんですか」
妹友「お姉ちゃん、どだった?」
妹「兄さんが大体説明してくれました」
妹友「え? お兄さんもいたんだ?」
妹「……同じ理由でしたよ。誰か知人から聞いたのでしょうね」
妹友「はえー。お姉ちゃんの伝達意識たけー」
妹「言っておきますが、私と兄さんはそう言う関係ではないので」
妹友「うん、知ってる」
妹「……なんだ。そうでしたか」
妹友「でも、もしかしたらーってこともあるし?」
妹「……」
妹友「妹ちゃんがお兄さんのこと好きって可能性も……まあその様子じゃなさそうだね」
妹「ありえません。私たちは兄妹です」
妹友「うんうん。妹ちゃんならそう言うと思ってた」
妹「……はぁ」
妹(この二日間の私は……異常だ)
妹(なんでこんなに兄さんの顔が浮かぶんだろう。こんなに考えたこと、今まであったかな)
妹(きっと、なにか原因がある。その原因を探らないと)
妹(その為には……もっと)
妹(もっと兄さんと話をしてみないと……)
教師「妹、さんー?」
妹「……」ボー
妹友「……」ヤレヤレ
ストック補充のため次回は少し遅め
放課後
兄「うーっす」ガラララ
男「お。今日はこっちかい」
兄「最近顔見せてなかったしなー。部長はきてねーの?」
男「今部長会だよ」
兄「あぁ。そんなんあったな」
男「うちも予算が厳しいからね。今頃頑張ってるんじゃないかな」
兄「別に潰れても俺は構わねぇけどな」
男「そう言うなってさー。ここが無くなったら俺は帰宅部だよ。それだけは勘弁したいね」
兄「ここに居るのも大して変わんねぇだろ」
男「いやいや、大義名分がつく。“自然科学部部員、男”ってね」
兄「アホらし」
部長「やー疲れたっ!」ガラララッ
男「あ、お疲れ様ー。兄もいいタイミングだったね」
兄「よぉ」
部長「おー兄くん! なんか久々に見た気がする」
兄「つっても一週間くらいだぞ」
部長「十分久々だよ。今日は疲れたけど楽しめたよ。予算も来年度は増やしてもらえるようにしたし」
男「本当かい!」
部長「まー私の交渉術があってこそだね! へへ!」
兄「へぇー……」
部長「早一年。今年は色々ありました」
男「まさかこの三人だけしか部員が残らないとはね」
兄「なんで俺は辞めてないんだろうな」
部長「そー言う冗談こそやめてよー、ただでさえいっつも二人だけで……」
兄「だとよ」
男「えっ!? あ、い、いやーごめんよ部長、俺つまんない奴だから……」
部長「え、あ、やっ、別に男くんといるのがつまんないってことじゃなくて! うん! むしろ、そのー!」
兄(……これだから時々辞めたくなるんだ)
兄(男に誘われ、興味本位で入ったのが始まりだった。思えばあれが、こいつとよくつるむようになるきっかけだったか)
兄(当時の部員は、三年生が二人。一年生の新規入部が、五人。先輩たちはこんなに入るなんてと喜んでいたが、一年と経たずに一人去り、二人去り。
結局卒業を機に先輩たちもいなくなり、俺たち三人だけが残った)
兄(部長は二年の始めにあっさりと決まった。部長が一番その手の活動に意欲的だったからだ。俺が平部員、男が副部長。そんな感じで今までやってきたのだが)
男「……」ポリポリ
部長「……」テレテレ
兄(……いつの間にか、この二人はラブコメもどきに足を突っ込むようになっていた)
兄「男」
男「……あっ。なんだい」
兄「ここにある漫画、借りてっていいか。ちょうど読みたかったんだ」
男「ああ、それかい? 構わないよ。元は部長が薦めてくれたものなんだ」
兄「へぇ」
部長「あ、面白いよそれ! 私が保証する!」
男「うん、確かに面白かった。部長の目に間違いはないよ」
部長「……へへ」
兄「……ああ、それじゃ借りてくぞ」
部長「……」ニコニコ
男「な、なんか嬉しそうだね部長」
部長「まあねー、へへへ」
男「楽しそうで何より」
兄(駄目だ。この雰囲気は長居しない方がいい)
兄(経験がそう告げている)
兄「おし、じゃあ俺はそろそろ――」
トントン
部長「……誰だろ? 兄くん、開けてもらっていい?」
兄「帰ろうと思ってたんだが……しゃーねーな」ガチャ
妹「失礼します」スッ
兄「……は?」
妹「ここが自然科学部の部室で、間違いありませんか?」
部長「ん、そうだけど。どちらさま?」
男「あれ? 君って確か」
兄「おい」
妹「……こんにちは、兄さん」
男「あ、やっぱり」
部長「兄さんっ!?」
部長「え、えーっ!? 兄くんって妹持ちだったんだ!?」
男「す、少し静かにしなって」
兄「なんで来た? なんか俺に用か?」
妹「はぁ、まあ用……ですね。兄さんに、ではないですが」
兄「回りくどい。分かりやすく言え」
妹「はい。自然科学部に入部しに来ました」
兄「なっ」
男「おお、まさかの!」
部長「え、入部!? ほんとに!?」
妹「はい。一年の妹と言います。ここにいる兄の……妹です」
部長「入部……入部希望者……!」
妹「……聞いていますか?」
男「あ、あははごめんよ。部長は少しテンパり癖があってね。妹さんね、話には聞いてるよ」
妹「……そうですか。具体的にはどう言う――」
兄「おいおいおい! ちょっと待ておめぇら!」
兄「なんでお前がこの部活に入部すんだ? 理由は」
妹「駄目でしょうか? 入りたいと思ったから来たのですが」
兄「いやだからその理由を言えって」
男「まぁまぁ男。そう怒んないでよ。後輩が出来て丁度いいじゃないか」
兄「丁度いいっておめーな。大体、美術部の方はどうする」
妹「掛け持ちです。兄さんもそうじゃないですか」
兄「そりゃそうだが……お前、こんな部活に入って何すんだよ」
妹「興味があったんですよ。色んなこと。普段兄さんたちが何やってるのか、とか」
兄「んだそりゃ……」
男「へぇ懐かれてるねぇ」
兄「おめーは黙ってろ」
妹「時期が悪かったでしょうか? もし無理なようでしたら、新学期にまた……」
男「いやいやそんなことないよ! 自然科学部はいつだって部員募集中だよ。ねぇ部長」
部長「うん、そうそう。妹さん、入部届は持ってるかな?」
妹「はい、こちらに」ピラ
部長「おー準備がいいなぁ。うん、確かに受け取ったよ!」
兄「ほ、本気かよ……」
妹「これからよろしくお願いしますね、兄さん」
兄「……はぁ」
部長「よし! これで妹さんは、自然科学部の名誉ある後輩第一号だ! これからよろしくね!」
妹「はい、こちらこそ。このような時期に訪れてしまって、申し訳ございません」
男「なに、迷いに迷って来ないよりはずっといいさ。俺は男。で、こっちは部長。三人とも二年生なんだ」
妹「そうなんですか。そう言えば、私の他に一年生は……」
部長「そ、それがねー……あはは、ゼロなんだよ。情けないことに」
妹「……それは大変ですね。尚更、入ってよかったです」
男「うーん兄貴にも見習わせたいこの前向きさ! そうは思わないかい、兄――あれ?」
部長「ん? ありゃ、いないね。鞄もないし……帰っちゃったのかなぁ」
男「ふむ。これから妹さんの歓迎パーティでも、やりたかったんだけどな」
部長「まあ、いっつもふらっといなくなるしねぇ……」
妹「……」
――
兄「……」
妹「兄さん?」
兄「ん」
妹「……先に帰ったのでは?」
兄「そーしようと思ってたんだがな。なんとなくだ。帰るぞ」
妹「……はぁ」
兄「あいつらは?」
妹「部長さんと、男先輩ですか? 二人とも、東門の方に行ってしまいました」
兄「……あっそ」
妹「……」テクテク
兄「……」テクテク
妹「……一つ、聞いてもいいですか」
兄「あんだ」
妹「迷惑でしたか。入部したの」
兄「んなこたぁねーよ。お前も知ってるだろうが、他に後輩がいねぇからな」
妹「三人だけだったんですね」
兄「去年はもっといたんだけどな……やめちまった」
妹「……成程」
兄「で、なんでそんなこと聞く」
妹「……兄さんが、怒ってるように見えたので」
兄「一々俺の様子を見る為に入部したのかよ」
妹「い、いやそんなこと……ない、ですけど……」
兄「だったら気にすんな、怒ってないから。それに……そろそろ俺は辞めるからな」
妹「なっ。何故ですか?」
兄「いい機会だ。前から辞めようと思ってたんだよ。後輩も出来たことだしな……」
妹「そんな……」
兄「……? なんでお前がそんな顔すんだよ」
妹「兄さん、私は……兄さんたちに興味があって、入部したんです」
妹「正直、部の活動理由とか、あんまり興味ないんです。ごめんなさい。
私はただ、兄さんたちが普段何をしてるのか、どんな話をしてるのか、知りたいんです」
兄「……それ、本気で言ってんのか」
妹「……はい」
兄「あっそ。じゃあ今度はこっちから聞かせてくれ」
妹「え?」
兄「お前、なんか隠してんだろ」
妹「……それは」
兄「悪いが、お前が俺たちに興味があるだけで入部するような奴だとは考えられん。
何か他に理由があって、お前は入部した。違うか」
妹「……」
兄「答えられねぇならいいけどな。別にそこまで興味ねぇし。でも、これだけは守れ」
兄「他人に迷惑はかけるな。男や部長、それから部全体にだ」
兄「あいつらを巻き込んで何か面倒事を起こそうと考えてんなら、明日にでも退部届を出してこい。分かったか」
妹「……はい。分かりました」
兄「……よし。それが守れるなら、俺は何も聞かないし、言わない。しかたなーーーく、部に残ってやる」
妹「……ありがとうございます」
兄「……はぁ。わりぃな。またお小言だ。いい加減飽きたろ」
妹「いえ。流石に今回の行動は、軽率過ぎる面がありました。反省します」
兄「別に悪巧みしてねぇってんならいいんだぞ? 俺はともかく、あいつらはお前の入部を喜んでるしな」
妹「……楽しい方々でした。お二人とも、少しうるさかったですが」
兄「本人たちに言ってやれよ。笑って認めるだろーぜ」
妹「そこまでの度胸はありませんよ」
兄「よく言う」
妹「……」
兄「……」
妹「兄さん。ありがとうございます」
兄「は?」
妹「いつもいつも、私のわがままに付き合ってくれて」
兄「ああ。もう慣れた。なんとなく、お前が普段どう考えてるか、分かってきたからな」
妹「そうですか? では――」スッ
兄「なっ――」
妹「今、私が何を考えてるか。分かりますか?」ジッ
兄「……ッ!?」ドキ
妹「……」
兄「……お、い」
妹「はい」
兄「顔が、近い」
妹「え……ぁ」ササッ
兄「……」
妹「す……すみません。今のは……わ、忘れて、ください」カァアア
兄「……」
兄(なんだ、今のは。何がしたかったんだ)
兄(こいつがこんな風に顔を赤くするのは、随分久しぶりのような気がする……)
兄「……ごほんっ。あー、飯は、家にあるのでどうにかすっか」
妹「え……あ、はい、そうですね」
兄「昨日買い出しには行ったもんな。真っ直ぐ帰るか」
妹「はい。そうしましょう」
兄「何がいい? たまにはハンバーグとかでいいか?」
妹「いい、ですね。それでいいと思います」
兄「なら、決まりだな……」
妹「はい……」
妹(……何やってんだろ)
妹(迂闊だった。気づいたら、目の前に兄さんの顔があって……)
妹(柄にもなく、動揺しちゃった。恥ずかしかったけど、顔には出てないと思う)
妹(自分でも、なんであんなことをしたのか分からない)
妹(本当に、最近の私は駄目だ。気を引き締めないと)
妹(今まで以上に、兄さんと話をしなきゃいけないんだから――)
続く
数週間後
男「面白い話をしよう。今日は何日か?」
兄「あ? 十三だろ」
男「そうだね、二月十三日だ」
兄「それがどうした」
男「明日は何の日かな?」
兄「……バレンタインデーとでも言いてぇのか」
男「兄にしてはよく分かってるじゃないか」
兄「それが面白い話か」
男「面白い話をしようと言ったんだ。俺とお前で」
兄「面倒くせぇ」
男「バレンタインデー! 楽しみだねぇ」
兄「去年はそんな騒いでなかったろ」
男「え? そうだっけ」
兄「ああ。俺と同じよーに、学年末試験の対策を講じてた筈だ」
男「そこまで優等生キャラだった覚えはないんだけどなー」
兄「嘘だ」
男「嘘かよ。なんだい、どうかしたの?」
兄「お前と話をするのが面倒なんだよ」
男「直球だね」ニコニコ
兄「少しは反省しろ……」
男「今年は幾つ貰える見通し?」
兄「どうせゼロだ」
男「またまた。妹さんから貰ってるんじゃないの?」
兄「貰ってねぇよ。あいつがそんなもんくれるわけねーだろ」
男「あ、そうなんだ。それもそっかー」
兄「あんだよ」
男「いや? たとえ兄妹でも、チョコはチョコさ。たとえ兄妹でも、ね」
兄「意味分からん。お前は部長から貰って喜んでろよ」
男「な、なんでそこで部長が出てくるんだよ!」
兄「購買行ってくる。喉が渇いた」
男「お、おい兄! お茶がここにあるだろ! おいってば!」
ガララピシャン
兄「……追ってこないってのがあいつらしい」テクテク
兄(バレンタインデーねぇ……)
兄(俺だって男子だ。それなりに意識はする)
兄(こうも毎年当たりゼロとなると、そんな意識も希薄になってくるが)
兄(今日の自然科学部は、俺と男の二人のみ。部長はそそくさと帰っていったらしい。大方、予想はつく)
兄(妹は知らないが、今日は美術部にでも行っているのだろう。まさか部長同様、チョコ作りのために帰った訳ではあるまい)
兄(俺もコーヒー飲んだら、とっとと帰るか)
女「あ」
兄「ん」
女「やっほ。購買?」
兄「ああ。お前もか」
女「そんなところ。いやぁ、最近ホットカルピスにハマっておりましてな」
兄「そんなもんあんのか?」
女「ちょー美味しいよ。こういう寒い日はね、あったかい飲み物を飲まないとやってらんないから」
兄「それって、普通のカルピスを温めりゃいいんじゃねぇの?」
女「……あんたは私を怒らせたね」シュ
兄「なんだその構えは」
ゲシッ
兄「あいてっ。なにすんだてめぇ!」
女「これだからあんたは分かってないって言われるんだよ。無粋だね。風情がないね」
兄「あんだとぉ? 言っとくがそんなこと言うのはおめぇだけだぞ!」
女「あれれ、意外だなぁ。妹ちゃんも同じように考えてるかもよ?」
兄「だからどうした」
女「兄はなーんにも分かってないってこと!」
兄「さっきからおめぇそればっかじゃねーかよ! 語彙がねぇんだよ語彙が!」
女「うるさいわこの文系人間! 作者の気持ちでも考えてろ!」
兄「あァ!?」
ワイワイガヤガヤ
女「……私としたことが。つい熱くなっちゃったな」
兄「お前はいつでもうるせぇだろ」
女「ふんッ……なんとでも言ってろ! まったく、無駄な時間だったよ! これだから兄は!」
兄「時間を無駄にしたことについては同意見だぜ」
女「……はぁ。疲れちゃった」
兄「そりゃご苦労なこって」
女「ねぇ」
兄「なんだ」
女「チョコ欲しい?」
兄「あ?」
兄「チョコって」
女「チョコレート。明日。バレンタインデーでしょ」
兄「ず、随分急だな?」
女「あ、今どもったでしょ。動揺してんだね」
兄「……いきなりんなこと言われたら、誰だってそうなる」
女「ふぅん、一応意識はしてるってわけねー。そっかそっか」ニヤニヤ
兄「ふん。……おい、欲しいって言ったら?」
女「あげなーい」
兄「……」イラッ
女「なんで私があんたの為にチョコなんて作らないといけないのさ!」
兄「だったら最初から聞くなタコ!」
女「ばーか。さっきの仕返しだよ!」
兄「……てめぇは本当に人を怒らせるのが上手だな」
女「それはそれは、お互い様。じゃ、私もう行くから。ついてこないでよ!」
兄「誰が行くか! さっさと行け!」
女「言われなくても行くよっ!」テクテク
女「……。……ねぇ!」
兄「あぁ? なんだ、まだあんのか」
女「……本当に、欲しい?」
兄「……は?」
女「チョコレート! 本当に欲しいかって聞いてるの!」
兄「……じゃあ、くれよ」
女「……へぇ。欲しいんだ。ふーん……」
兄「な、なんだよ」
女「……なんでもないっ。考えといてあげるよ! じゃあね!」
兄「あ? おい!」
兄「……行っちまった」
兄「なんだったんだあいつ。つーか、購買に買いに行くんじゃなかったのかよ……」
兄「……チョコか」
兄「……ま、作ってくるわけねぇか」テクテク
この物語は、正当で健全な青春ドラマであり、決してギャルゲではないのだ。たぶん…
続く
男「おかえり」
兄「ああ」
男「お茶があるって言ったのにさぁ。お前は人の話聞かないよねー」
兄「生憎、聞いておくべき話もしてなかったろうしな」
男「まあね」
兄「認めんのな」
男「バレンタインデーを前にした男子の会話なんて。そんなもんだよ」
兄「俺を巻き込むんじゃねぇよ」
男「同類同類」
兄「何処がだ!」
――
兄「帰る」
男「帰る? じゃあ俺も帰るよ」
兄「おう。鍵はどこやった?」
男「机の上かな。それそれ。パス……サンキュー」
兄「ナイスキャッチ」
男「ん。忘れ物はー」
兄「無い。出るぞ」
男「オッケイ」
ガラララ カチャッ
男「昇降口行っててよ」
兄「待つくらいなら俺は帰るぞ」
男「つれないなぁ。正門まで話そうよ」
兄「なんだって……ああ分かったよ。時間の無駄だ。とっとと行ってこい」
男「ちゃんと待ってろよー」
兄「……今日も疲れた」テクテク
男「俺はね、お前にも一人くらい彼女が出来てもいいと思うんだ」
兄「はぁ?」
男「いやぁ、中々想像しにくいんだけどね。兄の彼女か……ぷ、ははははっ」
兄「」バシッ
男「いてっ」
兄「なに馬鹿なこと言ってんだ。気味悪ぃ」
男「はぁ……まさかそっちの気があるんじゃないよね」
兄「だーかーら! 一々説明させんな! 鬱陶しい!」
男「えー初めて聞いたと思うんだけど」
兄「妹にも同じことを言われたんだよ!」
男「……そう言うことも言うんだね」
兄「日常的にな」
男「それじゃ、また明日。楽しみだね!」
兄「あっそ」
男「冷めてるなぁ」
兄「疲れてんだよ。早く帰らせろ」
男「分かったって。じゃあね」
兄「ああ」
兄「……」
兄「チョコ、か」
――
兄「ただいま」
妹「おかえりなさい。ご飯できてますよ」スタスタ
兄「ん。……なあ」
妹「はい?」クルリ
兄「チョコがほしい」
妹「……え」
兄「明日バレンタインだろ。たまには作ってくれねぇか」
妹「わ……私がですか?」
兄「他に誰がいんだよ」
妹「え、でも、それって……つまり……」
兄「……面倒か。ならいい」
妹「め、面倒じゃない、ですけど」
兄「え? いいの?」
妹「は、はい。分かりました」
兄「なら……よろしく」
妹「はい……」
兄(冗談のつもりだったんだが)
妹(どう言うつもりなのかな)
兄(本気で作ってくれるのか……)
妹(作って欲しい、ってことだよね)
兄(……と言っても、妹だし。義理以前の話だよな)
妹(おかしいな。なんで、断らなかったんだろ。作る気なんて全く無かったのに)
妹(……無かったのに)
短いけど続く
ちょっと展開を考えるので次回は遅めです
翌日
兄「んー」
妹「おはようございます。今用意しますね」
兄「んん」ゴシゴシ
妹「今日は遅くなりますか?」
兄「あぁ」
妹「分かりました。帰りにスーパーよっていきますね」
兄「ん……明日の当番は俺だろ」
妹「知ってますけど、遅くなると言うので。私は今日まっすぐ帰りますから」
兄「そうか。わりぃな」
妹「いえ」
兄「……」ズズズ
兄「はぁ……」
妹「そろそろ急がないと遅れちゃいますよ」
兄「こうも寒いと中々……」
妹「甘ったれたこと言わないでください。ほら、準備準備」
兄「だーるー」
兄「待たせた」ガチャリ
妹「最近たるんでますよ」
兄「テストあるだろ。憂鬱なんだよ」
妹「その分だと、まだ手を付けてないみたいですね」
兄「いや、少しずつやってはいる」
妹「……その堅実さを生活にも」
兄「そいつぁ無理だな」
妹「どうして」
兄「やる必要が無いだろ」
妹「……はぁ」ジィ
兄「……わりーござんした」
妹「別に私は関係ありませんし、いいですけど」
兄「そう言われると悲しいぜ」
妹「らしくないこと言わないでください。気持ち悪いです」
兄「さーせん」
妹「……楽しそうですね」
兄「あ? まあな」
妹「こちらに迷惑はかけないでくださいね」
兄「手厳しいもんだ」
妹「それでは、また」スタスタ
兄「おう」スタスタ
兄(今日は火曜か。一限は……リーディング)
兄(リーディングか……そろそろ復習し始めねーとな)
兄(だるい……さっさと終わらせて春休みに……)
兄(ん。春休みが終わったら、三年)
兄(大学受験じゃねーか)
兄「はぁ……」
部長「……お、兄くんだ」
兄「ん」
部長「おはよ!」
兄「おはよーさん」
部長「今日は陸上の活動日だっけー」
兄「ああ」
部長「りょーかい」ニコニコ
兄「……今日は男が休みらしいぞ」
部長「えっ!? ほんと……?」シュン
兄「嘘だ」
部長「嘘かよ! 酷い奴だ君は!」カー
兄「朝から面白いよなお前」
部長「全然褒められてる気がしないよ!」
部長「それで、嘘じゃないよね? 来るよね?」
兄「来るよ来るよ。あいつは絶対来る。間違いない」
部長「そっか……それなら、いいんだけど」
兄「どんなん作ったんだ?」
部長「へっ!? なな、何の話!?」アタフタ
兄「しらばっくれんなよー、チョコだって。あいつにあげんだろ」
部長「な、なんで」
兄「そりゃおめー……うん」
部長「なんでなんで!? 私チョコのことなんて、一言も言ってないよねっ!?」
兄「やァかましい! おめぇの態度見てりゃ嫌でも分かるわ!」
部長「ま、マジでー……」
兄「バレバレだ」
部長「バレバレかぁ……どうしよ……男くんにもバレてるかな……?」
兄「いや……あいつはあれでいて鈍い奴だし」
部長「そっか……」
兄「……まぁ頑張れ」
部長「う、うん。あ、そだ、兄くん」ガサゴソ
兄「ん?」
部長「これ、兄くんの分。あげる」
兄「……マジで」
部長「マジマジ」
部長「それじゃ、教室ここだから」
兄「おう。健闘を祈る」
部長「ありがと」ニコ
ガラララ オハヨー!
兄「……まさか俺の分まで作ってくれるとは」
兄「なんで去年は……うーん。それは高望みしすぎか」
兄「……よしっ」グッ
兄「おっす」
男「おはよう。昨日はよく眠れたか」
兄「は? 普通に寝たけど」
男「そう言うことじゃないよ」
兄「知ってる。いや、普通緊張なんてしねぇよ」
男「そうかなぁ」
兄「したのか」
男「それなりに」
兄「……安心しろ」ポン
男「え? 何が?」
兄「なんでもねーよ」ニヤニヤ
兄(今日が陸上の活動日で良かったぜ)
兄(そういや……あいつは作ってきてくれたんかな)
兄(……期待はしないでおくか)
男「あ、兄ってば。どう言う意味なんだよ、気になるだろ」ユサユサ
兄「しつけーな。心配すんなっつったろ」
男「どうしてそう曖昧に……」
キーンコーンカーンコーン
教師「席つけーはじめんぞー」
兄「おい、席戻れよ」
男「……仕方ないな」
――
兄(その後、男の言及は無かった。意外とあっさり忘れてしまったのかもしれない。
なんにせよありがたい)
兄(休み時間の度に、クラスの女子たちは洋々に騒ぎ、誰それに渡したり、女子同士でチョコレートの交換を行ったりしていた)
兄(その中で、俺の元に届けられたチョコレートの総数は……実にゼロ個だ)
兄「……ま、そんなもんだよな」
女「ごくっ……ぷはぁ。なにが?」
兄「チョコ貰ったんだぜ」
女「えっ!? 嘘でしょー?」
兄「アホ言え、ほんとだよ。一個だけだけどな、十分な戦果だ」
女「ふーん……ちなみに、だけど、誰から貰ったの?」
兄「自然科学部の部長。良い奴だぜ」
女「……そっか」
女「……あんたって、馬鹿だよね」
兄「んだと?」
女「一々貰ったチョコの数気にしてんの? 別に男くんと競ってるわけでもないのに?」
兄「それは、そうだ、けど」
女「ばっかみたい。なんだよぉ、昨日はあんなに必死だったくせして」
兄「必死? 俺が?」
女「“じゃあ、くれよ”とか言ってたじゃん。必死に」
兄「ばっ……やろ、あれは、そりゃ、貰えるなら貰いたいんだよ。俺だって」
女「……意外だったなー」
兄「そうかぁ?」
女「うん。だって、去年は全然興味なさそうだったし。ホモなのかと」
兄「お前ら本当にそればっかだな……話振られなきゃ仕方ねぇだろ。興味がなかったわけじゃない」
女「ふーん。……そう」
兄「なんだよ」
女「なんでもないよー。まだまだあんたのこと知らなかったんだなって」
兄「そりゃそうだ」
女「……ね、練習終わったら、ちょっと待ってて」
兄「え?」
女「渡すものあるから」
オツカレサマデシター!
兄「……終わった」
兄「……」チラ
兄(女は……片づけてんのか)
兄(校門で待ってりゃいいよな)テクテク
後輩「先輩、お疲れ様でしたー」
兄「おう」
後輩「帰らないんすか?」
兄「ちょっとなー」
後輩「えー!? もしかして、かのッ」
兄「うるせぇ」バシ
後輩「いてぇっすよー。誰? 誰なんすか? やっぱ女先輩――」
兄「うるせぇっつってんだろ! とっとと帰れ!」
後輩「は、はいー! すみませんっしたー!」バタバタ
兄「……ったく」
兄「……さみーな。喉乾いたし、なんか買うか」テクテク
兄「……あ、これ」
女「……待った?」
兄「そーでもねーよ。要るか?」
女「あ。どしたの、これ」
兄「喉乾いててな。ハマってるって言ってたし、お前の分も買おうと思ってよ」
女「そーなんだ。ありがと、貰うね」
兄「おう」
女「……」ゴクゴク
女「……美味しいな」
兄「だな」
女「私の喉に間違いは無かったね」
兄「まあ、カルピスを温めるだけじゃ駄目だってのは、分かった」
女「……」クス
女「はい、これ」
兄「……本当に作ってきたのか」
女「なに、信じてなかったの?」
兄「女だしなー……」
女「あー酷い。今のは分かってない。無粋だよ」
兄「はいはい、悪かった。……ありがとな」
女「……うん」
兄「……帰ってから、食うわ」
女「あ、うん……兄、ごめんね。これだけで待たせちゃって」
兄「あ? いや、気にすんなよ……つーか、チョコ欲しいって言ったの俺だし。手間取らせてすまん」
女「……そんなこと無い」
兄「……。あ、うん、そうか……なら、いいんだが」
女「……」
兄「……」ポリポリ
女「じゃ、私、駅だから」
兄「あ。ああ分かった、じゃあな」
女「……じゃね」フリフリ
兄「おう」
兄「……」
兄「……」ゴクゴク
兄「……うめぇ」
続く
数時間前
妹「ふう……」
妹友「いもーとちゃーん」
妹「はい?」
妹友「もう帰るの?」
妹「はい」
妹友「そっか、じゃあ私も帰ろっかなー」
妹「いえ、結構です」
妹友「……あ、そこから否定されちゃいます」
妹「スーパーによらなきゃいけないので。時間かかりますから」
妹友「なんだ、そゆこと。……それなら仕方ないなー」
妹「すみません」
妹「……」テクテク
イチニツイテ...ヨーイ... パァン!
妹「……」キョロキョロ
妹「……」ハァ
妹「……」テクテク
スーパー
妹(これと……これ。こんなもんでいっか)
妹(次の休みは、二人で買い出しに来ないとな……)
妹(……そうだ、チョコレートの材料)
妹(メモは何処にしまったっけ……)
妹(あった。うん……間違いないよね)
妹(ちゃんと作れるといいな)
シーン
妹「ふぅ……」スタスタ
妹「よいしょ。疲れた……」ドサドサ
妹「……まだまだ。これからが本番」
妹「まずは、手洗いうがいから」
妹「ん……二時間あれば、作れるよね」
妹「……頑張ろう」
試行錯誤の末
妹「……出来た」ギシッ
妹「味は問題なし。包装もばっちり……はぁー……疲れた」
妹「……」ボー
妹(六時……まだもうちょっとかかるかな……)
妹(こんだけ頑張ったんだし、文句は言われない筈……)
妹(喜んでくれるといいけど)
妹「……ふふ」
妹(それにしても、眠いな……兄さんが返ってくるまで、少し、休憩……)
妹「……」スゥ
――
兄「ただいま」ガチャリ
兄(……ん。電気がついてんのに返事がない)
兄(と言うか人の気配が無い……)
兄「妹ー?」スタスタ
妹「……」スヤスヤ
兄「……おいおい。なんでこんなところで……うお。これは……」
兄(妹もやっぱり作ってくれたのか)
兄(最近、負担かけてばっかだったかもな。眼鏡割った件も大きいか。暫く家事は休ませよう)
兄(ブランケットはどこにやったか……)
妹「……」スゥスゥ
妹「……ん」ムクリ
妹「あっ。も、もう七時……!」ガバッ
妹「……? ブランケット……?」
兄「おう、起きたか」
妹「兄さん? 帰ってたんですね」
兄「ちょっと前にな。夕飯は昨日のが残ってたよな? やっとくから、お前はまだ寝てていいぞ」
妹「い、いえそんな」
兄「なんか疲れてるっぽいし。無理して体調こじらせても困る。出来たら呼ぶから、寝てろって」
妹「大丈夫です。今のは、ちょっと気が緩んでて……」
兄「本当かぁ?」
妹「はい」
兄「……そうか。ならいいけど、無理すんなよ」
妹「はい。気をつけます……」
兄「で、この材料とかはどこに片せばいい?」
妹「あっ!?」ビクッ
兄「ちゃんと作ってくれたのなー。ありがてぇ」
妹「だ……だめですっ、それは私がやります!」アタフタ
兄「なんでそんな慌ててんだよ。別に隠してたわけじゃねーだろ」
妹「そ、そうですがっ、だめなものはだめです! あっち行ってください!」グイグイ
兄「おわっ、わーった! わかったから押すな!」
妹「呼ぶまでこっちに来ちゃだめですよ。夕飯の準備も、私がやりますから」
兄「うーん」
妹「いいですね?」
兄「はいはい。任せた」
妹「はい、分かってます」バタン
兄「……なんだってんだ」
兄(最近、ちょくちょく感情を顔に出すようになったな)
兄(どんな心境の変化か知らんが……)
兄「いいことだな……うし、勉強すっか」スタスタ
妹「……はぁ」
妹(せめて片付けてから休憩するべきだった)
妹(チョコの包みは……多分、気付いてるよね)
妹(うう……改めて渡すとなると、恥ずかしいな……)
妹(……恥ずかしい? なんで? 相手は、兄さんなのに……)
妹(……)
妹「……片付けよう」
兄「……ふむ。満点」
兄「リーディングも基礎は大丈夫だな……あのへんちく野郎がどんな変化球を出してくるか」
兄「……」ガサゴソ
兄「……女が作ったチョコ、ねぇ」ヒョイ
兄「あいつ、料理できんのか……?」
兄「……一つだけ、味見」
兄「……うめぇじゃん。おお。マジか。意外だな……」
兄「……明日会ったら言っておかないとな」
妹「準備出来ましたよー」
兄「あいよ! 今行く!」
兄妹「いただきます」
兄「……」モグモグ
妹「……」ズズ
兄「スーパーで何買った?」
妹「野菜とお肉をいくつか。調味料も切れてたので買っておきました」
兄「ありがてぇ。納豆は?」
妹「ご心配なく」
兄「出来る妹だ」
妹「週末はデパートに行きたいのですが、なにかご予定は?」
兄「土曜は練習だ。日曜なら大丈夫」
妹「では、その日に」
兄「おう」
兄「親父も帰ってこねぇなぁ」
妹「そうですね。……一応、たまに夜遅く帰ってきてますけど」
兄「まぁな……ただ、全然話せてないのが」
妹「……ファザコンでしたっけ」
兄「ちゃうわ。帰ってきたらすぐ寝ちまうし。俺らより早く出るし。どーにかならんかね……」
妹「私はこのままでいいです。不自由してませんから」
兄「……おめぇはそれでいいかもしれんが」
妹「……」
兄「……」ワシワシ
妹「食事中に髪をかかない」
兄「うい」
兄「ごちそーさま」
妹「お粗末さまでした」
兄「新聞取った?」
妹「ソファに置いてありますよ」
兄「サンキュ」
妹「……」モグモグ
兄「ふー。なんか面白いテレビやってっかな」ギシッ
妹「兄さん」
兄「ん?」
妹「暫くここにいますか?」
兄「あ? あぁ」
妹「分かりました」
妹「あとで、渡すものがありますから。待っててください」
兄「チョコか?」
妹「……そうです」
兄「分かった。待ってる」
妹「ありがとうございます」
兄「こっちが礼を言いたい」
妹「多分、味は問題ないと思いますので」
兄「んなもん気にしねーよ」
妹「でも、お腹壊されても……」
兄「いやいや」
――
妹「はい、どうぞ」
兄「ありがとな」
妹「言ってくだされば、また来年も作りますが」
兄「いいのか? じゃあ、またお願いするかもしれん」
妹「……分かりました」ニコ
兄「……なんつーか、表情が柔らかくなったよな」
妹「え? 私がですか?」
兄「ああ。よく笑うようになった」
妹「そ、そうでしょうか……」カァ
兄「自分で気付かないもんか?」
妹「はい。いつも通りのつもりだったのですが」
兄「そりゃきつい冗談だな」
兄「ま、良いことだと思うぜ? 仏頂面も似合うけど、笑ってる方が……」
妹「に……兄さん。あまり褒めないでください」
兄「照れんなよー」ナデナデ
妹「え、あの……ちょっと……恥ず……しい、です……」
兄「……」
妹「……」
兄「……なんかあった?」
妹「へっ!?」
兄「ここまで無抵抗だと流石に違和感がある」
妹「……」
妹「……なにも」
兄「そうか?」
妹「はい……ただ、少し、驚いただけです」
兄「うーん。そうか。それはそれで変な気もするんだが」
妹「……あの、すみません、そろそろ、手を……」
兄「あ、悪い」パッ
妹「いえ……大丈夫です」
兄「お、おう。チョコ、ありがとな! 後で食う!」
妹「はい。……是非、感想を聞かせてくださいね」
兄「分かった……じゃ、部屋戻るわ」
妹「……はい」
スタスタ バタン
兄「……」ダラダラ
妹「……」ドキドキ
兄(……女といい、妹といい……最近どうしちまったんだか)
妹(だめだ。顔が、あつい……)
兄(何を考えてんのか分からんが……そのうち元に戻るだろ)
妹(言われて気付いた。顔、真っ赤だ。いつも無表情だと思ってたのに)
妹(……ふと、兄さんを目で追ってる。笑ってる兄さんを見て、落ち着かなくなる。どうしても変なことを考えてしまう)
妹(……どうしちゃったんだろう。私……)
続く
兄(それから)
兄(早いようで、一ヶ月が経った。学年末試験を終え、春休みを目前に控えた今)
部長「ひゃー! つっかれたー!」
男「お疲れー」
妹「お疲れ様です」
兄(うちの高校では、球技大会が行われていた)
妹「お茶を入れますね」
部長「あっ、ありがとー。やー、なんとか勝てたよ。これで準決勝進出!」
男「やるなぁ。サッカーなんて負け通しだよ。兄のバレーもてんで駄目」
兄「しゃーねぇ。相手が悪い」
男「うちの組が弱すぎるんだと思うけどね」
兄「言うな」
妹「……」チラッ
兄「……?」
妹「……っ」フイ
兄「……どうしたいもーと」
妹「あっ、いえ……なんとなく」
兄「はぁ」
兄(バレンタインの一件から、妹の態度が妙におかしい)
兄(落ち着きが無くなった、と言うのが一番か。ちょくちょくこちらに目を向けていることに、なんとなく気付いてはいる)
兄(女は一晩で元の調子に戻ったのにな……)
男「次は……お昼を挟んでサッカーか。面倒だなぁ。兄、代打なんてどうだい」
兄「アホ言え。俺は忙しい」
男「まったまた。本なんて読んで、珍しいなぁ」
兄「わりぃか」
男「んー。似合ってるよ」
兄「はぁ?」
部長「何の本読んでるの?」
兄「あいつから借りたんだ」チョイチョイ
男「へぇ。妹さんから」
妹「ジャネット・ウィンターソンの、灯台守の話と言う小説です。兄さんに理解できるか心配ですが」
兄「おいこら」
部長「まさかの外国文学! どう? 読める?」
兄「そりゃ、読めるよ……そうだ、先に言っとこう。俺は今回現代文満点だぞ」
部長「えぇ!? 嘘でしょ!?」
男「認めたくないものだな」
兄「お前の都合なぞ知らん」
部長「はぁ……とうとう満点取っちゃったか。男くんも頑張らないとだよ?」
男「女王陛下の御心のままに」
妹「部長、お茶が出来ました」
部長「ありがと、妹ちゃん!」
――
男「おっと、もうこんな時間だ。行ってくるよ」
部長「あ、じゃあ、応援しにいこっかなぁ」
男「そりゃありがたい。いいとこ見せないとね」
兄「頑張ってこいよー」
妹「行ってらっしゃいませ」
男「おうとも! それじゃ、行こうか」
部長「うん! また後でね!」ニコニコ
ガラララ
妹「……あのお二人は、付き合っているのでしょうか?」
兄「分からん。が、バレンタイン以来、堂々とイチャつくようになったな」
妹「それはそれは」
兄「やりにくくてたまらん。二人でウジウジしてるのも見るに耐えなかったが、その方がまだマシだったかもな。……まあ、お似合いなんだが」
妹「ふふ……そうですね」ニコ
兄「これ、面白いな」
妹「本当ですか? 良かったです」
兄「お前はこの手の話、好きなんだな。物語とは何か、みたいなの」
妹「はい……私、お話が大好きですから」
兄「初めてお前の部屋を覗いた時は、びっくりしたぞ。本棚にびっしり本が詰まってんの。母さんの影響って聞いて、合点がいったけど」
妹「兄さんは頭はいいのに、本を読まないんですもの。そこが残念です」
兄「これでも少しは読んでるんだぞ」
妹「例えば?」
兄「……新聞の四コマ漫画」
妹「そこは新聞を読みましょうよ……」ハァ
ウォーウォーワイワイ
妹「……盛況ですね」
兄「全くだ」
妹「……もう受験生ですね」
兄「うーむ……面倒くせぇ」
妹「兄さんなら心配いらないとは思いますけど……どこの大学を目指してるんですか?」
兄「ん? 珍しい質問だな」
妹「……少し気になったので」
兄「○○大の文学部が第一。滑り止めで幾つか、近い所を受けるつもりだ」
妹「○○大……地元なんですね」
兄「そりゃな」
妹「そうですか……」ハァ
兄「なんだ? 上京して欲しいのか?」
妹「い、いえ! そんなこと言ってません!」アタフタ
兄「じゃあなんでため息なんてつくんだよー」
妹「そ、それは……その……」
兄「んー?」
妹「あ……」
兄「あ?」
妹「安心……したから、です……」
兄「……」
妹「上京しちゃったら、もう……暫く、会えなくなるじゃないですか……」
妹「そんなの……」
兄「んな顔すんなって。第一も滑り止めも地元だっての」
妹「……すみません」
兄「大体、俺ははなから上京なんて選択肢に無い」
妹「……? どうしてですか」
兄「お前を一人に出来るわけねーだろ」
兄「今だって軽く無理させてんのに、負担が倍だぞ。
どっかおかしくするに決まってる」
妹「……兄さん」
兄「だからそう心配すんな。な?」
妹「……はい」
妹「……」
兄「……いやしかし。ほんとによく顔を真っ赤にするようになったな」
妹「……これは、兄さんのせいです」
兄「お、俺?」
妹「はい。兄さんが……恥ずかしいことばかり、言うから」
兄「……そんな変なこと言ったか……?」
妹「兄さんはいつだって変な人です……」
兄「ひでぇこと言われた」
妹「暫くすれば、収まりますから。変なことは言わないでくださいね」
兄「へいへい……そうだ、妹」
妹「はい?」
兄「お前はどこの大学目指してんだ?」
妹「私ですか。……まだあんまり考えてないです」
兄「そっか」
妹「でも、そうですね。私も○○大で、文学を勉強するのも……」
兄「また同じ学校か?」
妹「い、嫌ですか?」
兄「全然。むしろその方がなにかと楽だし、俺は助かる」
妹「……よかった」
妹「……決めました。私も頑張ります」
兄「おい、そんな簡単に決めていいのか?」
妹「いいんです。あの大学のことは、前から聞いてましたし、それに……」
兄「……あぁ。なんだ?」
妹「……なんでもないです」フイ
兄「はぁ? ……お前の進路だから、俺が口出しするのもあれだが……しっかり考えろよ?」
妹「ええ。分かってます」
兄「……本当かねぇ」
兄「もう試合は無いのか?」
妹「今日は。次は明日ですね」
兄「ん。俺、次試合入ってっから、悪いけどここ任せていいか?」
妹「あ、はい」
兄「そのうち二人とも戻ってくるだろ」
妹「もう行くんですか?」
兄「あぁ。じゃ、頼んだぞ」
妹「はい……頑張ってくださいね」
兄「なんとか凌ぐ」
ガラララ
――
妹「……」
妹「ふぅ……」ノビー
妹「はぁ……」ゴロン
妹「……」
妹「んっ」スタッ
妹「……応援、行こう」
続く
そろそろ後半戦です
体育館
妹「……」キョロキョロ
兄「――」
妹「……いた」
妹「……」
妹「……兄さん」
妹「かっこいいな……」ボソ
女「兄がどうしたってー?」ヌン
妹「わぁあっ!?」
女「やっほ」
妹「せ、先輩! やめてください……心臓に悪い」
女「ごめんごめん、妹ちゃんがしんみょーな顔してたからさぁ。兄の応援?」
妹「はい。先輩は?」
女「へへ。同じだね」
妹「……そうなんですか? えっと、クラスって……」
女「んにゃ、違うよ。純粋にあいつを応援してるだけ」
妹「……はぁ」
女「あいつも結構身長あるしねぇ。見てて楽しいよ」
妹「確かに……あっ、兄さん!」
女「おー、お見事。やるなぁ……」
妹「意外です。てっきり苦手なんだと思ってました」
女「やる時はやる奴だし。陸上も成績良いんだよ。知ってた?」
妹「いえ、知りませんでした。長距離種目……でしたっけ」
女「そうそう、男子五千メートル。県大会の常連だね。次の大会が楽しみだよ」
妹「五千メートルも……」
妹(知らなかった……兄さん、そんな距離を走ってるんだ)
女「……ところで、無粋なことを聞くようだけど……」
女「妹ちゃんが兄の応援なんて、珍しいじゃない。なんかあったの?」
妹「えっ……? えーと、なんて言えばいいか……」
女「なんか訳あり?」
妹「……そんなところです」
女「そっかぁ。ま、兄が知ったら喜ぶよ、きっと」
妹「……そうでしょうか」
女「うん。あいつ、シスコンだし」
妹「しす……で、でもあの兄さんが」カァ
女「……ほー。なんか変わったなぁ、妹ちゃん」
妹「それは……兄さんにも、同じことを言われました」
女「ははぁ、通りで。やっぱり兄が一枚噛んでるなー?」
妹「そんなこと……」
女「あるって。だって、兄を見てる時の妹ちゃんの顔……すっごく楽しそうだもの」
妹「……そんな顔してました?」
女「うん。気付いてなかった? 案外天然なの?」
妹「それは無いと思いますが……」
女「んー。まあ、なんにしても、いいんじゃない? クールな妹ちゃんもキュートだけど。微笑んでる顔とか、とっても可愛いよ」
妹「……ありがとうございます」
女「……ちょこっと、嫉妬しちゃうくらいね」
妹「先輩?」
女「なんでもなーい」
妹「先輩はどうして兄の応援に?」
女「暇だったからさぁ。あいつの頑張ってるとこ見るのも悪くないと思ってね」
妹「仲がいいんですね」
女「焼きもち焼いちゃう?」
妹「……別に」
女「分かりやすいなぁもう」
妹「ち、違いますって」
女「どうかなー?」
妹「ど、どうして私がそんな……嫉妬しなくちゃいけないんですか」
女「嫉妬とまでは言ってないけど……ねぇ」
妹「はい」
女「少し、外出て話さない?」
体育館外
女「あったかいねー」
妹「もう冬も終わりですね」
女「また明日からは寒くなるみたいだけど。よっこらしょっと」
妹「お隣失礼します」
女「どーぞ」
妹「それで、お話とは?」
女「あー、そうだね。話さないとね……と言っても、なにから話したものかな……」
女「……まあ、いいや。単刀直入に言うね」
妹「はい」
女「私ね、兄が好き」
妹「……え」
女「あいつは私をどう思ってるか分かんないけど……私は好き。ずっと好きだったんだ」
妹「どうして、兄さんなんですか?」
女「それは妹ちゃんもよく分かってると思うけど」
妹「……?」
女「……やっぱり天然だね。あいつのいいとこ、妹ちゃんだって知ってるでしょ?」
妹「兄さんのいいところ……」
妹(かっこいいところ。ぶっきらぼうだけど、本当は優しいところ。私のことを、考えてくれてるところ)
妹(……いくらでも。いくらでも言える)
妹「……」ズキリ
女「……それでね。近いうちに、告白するつもりなの」
妹「兄さんに……?」
女「うん。あいつと行きたい大学違うからさ。早く言っておかないと……ね」
妹「ち、近いうちと言うのは」
女「春休みまでには、かな。三年生になったら、もう受験生だし。あいつの負担になりたくないから……」
妹「……」
女「うわー、結構恥ずかしいな……妹ちゃんになら大丈夫だと思ってたのに」
妹「……そう、ですか」
女「……うん。それでね」
女「私を止めるなら、今のうちだよ。妹ちゃん」
妹「……どういうことですか?」
女「文字通りの意味だよ。私に告白してほしくないなら、正直に言って。そしたら順番を譲ってあげる」
妹「……よく分かりません。何故私にそんなことを言うんですか?」
女「本当に分からないかな? 天然――いやこの場合は鈍感なのかな。鈍すぎるのにも、限度があると思うけど」
女「分かってて、分からないふりをしてるだけじゃないの?」
妹「……」
妹(分からないふり? なにを?)
妹(私は……私は兄さんをどう思ってるのか)
妹(……分からない。本当に、分からない)
妹「私は……私には――」
女「……」
妹「――関係、ないことです。告白したいなら、お好きにどうぞ」
女「……。そう。分かった」スタッ
妹「……」
女「ありがと。そう言ってくれるなら、私は後悔せずに告白できるよ……それでいいんでしょ?」
妹「……はい」
女「……そっか」
女「中、もどろっか」
妹「……もう少し、ここにいます」
女「ん。分かった……じゃね」
妹「……はい」
スタスタ
妹「……」
妹「……はぁ……」
妹「……」
妹(先輩はどうしてあんなことを言ったんだろう)
妹(まるで私に話しておかなきゃいけなかったみたいに……)
妹(告白したいなら、好きにすればいい。私には関係ない)
妹(関係ない……はずなのに……)
妹「……っ」ポロ
妹(なんで)
妹(なんでこんな悲しいんだろう)
妹「う……ぁ……」ポロポロ
妹(先輩が兄さんに告白して、もし兄さんがそれを受け入れてしまったら)
妹(兄さんが先輩と付き合ってしまったら)
妹(兄さんは、もう……)
妹「…………」ポロポロ
妹(そんな。そんなの、嫌だ)
妹(私は……兄さんと一緒にいたい。もっと兄さんと話がしたい。笑ってほしい。頭を撫でてほしい)
妹(兄さんを独り占めしたい)
妹(……ああ。そうか)
妹(ようやく、分かった。私の気持ち)
妹(私は)
妹(兄さんが好きだ)
続く
よりによってssと全く関係ないスレに誤爆して今わりと死にたいです
兄「ふー」ガララ
男「おっ、お帰り」
部長「お帰り! どうだった?」
兄「なんとか勝った。おかげで試合数が増えちまったが」
男「やったじゃん」
兄「全くだ。……妹は?」
男「ん? 俺らが戻ってきた時にはいなかったね」
兄「なにぃ? 留守番頼んでたんだがなぁ……ったく何処行きやがった」
男「まあいいじゃん。なんか用事があったんじゃないかな」
兄「つっても部室を開けとくのはよー……」
ガララ
妹「……あ」
男「おっと」
部長「妹ちゃん、おかえりー」
兄「何処行ってた? ここ任せたって言ったろ」
妹「すみません……少し用があって」
兄「あっそ。まあいいけどよ、これからはあんまりそう言うのないようにな」
妹「はい。すみません」ペコリ
兄「……」
兄(目が真っ赤だ。何があった?)
妹「……あの兄さん」
兄「あ? なんだ」
妹「さっきの試合が終わってから……女先輩と会いましたか?」
兄「女と? 会ってねぇけど。なんで?」
妹「……いえ、なんでもないです」スタスタ
兄「……はぁ?」
兄「おい、ちょっといいか」
妹「……なんですか」
兄「いいからこい」ガララ
妹「……」スタスタ
兄「悪い、少し行ってくる」
男「え? あ、うん」
ピシャン
男「……なにがなにやら」
部長「ねー」
――
兄「何があった?」
妹「……なにも」
兄「そんなわけねぇだろ。なんだよその目」
妹「これは……」
兄「女と何かあったんだろ? 泣くようなことを言われたのか? なあ」
妹「違います! 女先輩は悪くありません。私が……私がいけないんです」
兄「じゃあ何したって言うんだよ?」
妹「……まだ、言えません。ごめんなさい」
兄「……喧嘩したのか?」
妹「……違います」
兄「……」
妹「女先輩から、近いうちに……お話があると思います」
兄「俺に?」
妹「はい……あなたに関係あることですから」
兄「……だったらなんで今話せないんだよ?」
妹「約束ですから。最初に言うのは……女先輩だと……っ」グスッ
兄「お、おい」
妹「っ……大丈夫、です。すみません」ゴシゴシ
妹「こんなんじゃ……駄目ですよね。もっとしっかりしないと……」
兄「なあ」
妹「はい」
兄「辛いことがあったら、ちゃんと言えよ?」
妹「……」
兄「女が、お前に酷いことするような奴だとは思えねぇけどよ。やばかったら俺に言え。どうにかしてやっから」
妹「……はい。ありがとうございます」
兄「うん。……大丈夫だな?」
妹「……」コクリ
兄「……よし。分かった」
兄「女が話してくれんだよな」
妹「はい。春休み前には、と」
兄「すぐじゃねぇか」
妹「そうですね。……あの、兄さんからせっつくようなことは」
兄「しねぇよ。なんとなく察しはついてんだ」
妹「え……」
兄「……いや、嘘だ。うん。なんも分からん」
妹「……」
兄「……部室戻るか」
妹「あ……はい」
続けたい
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