幼女とトロール (978)


短編予定ですが、よろしければお付き合いください。
 

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 その晩、私はお姉さんの声を聞いて目を覚ました。

いけない私…寝ちゃってた…獣人さんを助けに行かなきゃいけないのに…そう思って慌てた私をお姉さんが押し止めた。

「大丈夫、まだ浅い時間だ。慌てずに、静かに仕度しよう」

そう言って笑ってくれたので、私もうなずいて笑顔を返す。念願のふかふかベッドから這い出て着替えを済ませる。ポーチを肩に掛けて、中身を確かめた。

 水筒はこれから水を入れるから出しておいて…もしものときのためにポーチの掛け紐に、山で村の人に押し付けられたダガーの鞘を通してすぐに使えるようにした。

ポーチの中にはお姉さんに買ってもらったナイフとトロールさんの石もちゃんと入ってる。

トロールさんの石は革袋から飛び出てぶつけたりしちゃったらトロールさんが痛いかなと思って、袋の口の紐を閉め直した。

最後にマントを羽織って私の準備は完了だ。

終わったよ、と声を掛けようと思ってお姉さんを見やったら、お姉さんは感心したような顔をして私をみていた。

「はは、すっかり旅慣れたな」

そう言ったお姉さんは、そんなの持っていたんだと私が思うような真っ黒なマントに身を包んでいた。きっと夜に目立たないようにするための物なんだろう。

私のマントは暗い茶色だけど…平気かな?

 妖精さんは落ち着かない様子で部屋の中をパタパタと飛び回っている。妖精さんは準備がそんなに要らないし、これから獣人さんを助けに行くと思うと落ち着かないんだろう。

それから私たちはこっそり部屋を出て、階段を降りたところの宿のホールで専用の井戸から水筒に水を汲んで、物音を立てないように気をつけながら宿を出た

 外は砂漠の夜で凍えるような寒さだった。思わず私はマントにギュッとくるまる。それを見たお姉さんはクスっと笑って私に言った。

「回復魔法なんかより、防御魔法の基礎を先に教えてあげた方が良さそうだな」

あ、それってお姉さんや妖精さんが寒くなかったり暑くなかったりするやつだよね?それ、出来るといいな…そう思ってうなずいた私にお姉さんはまた笑顔を見せてくれた。

でもお姉さんはそれからすぐに表情を引き締める。

「それじゃぁ、行くか…見張りがいるかも知れないから用心だ」

私はもう一度お姉さんにうなずいた。

真っ暗で人の気配のない大通りを広場の方へと歩いて行く。下弦の三日月で月明かりも微かだから、身を隠すには良いんだけど、目が慣れて来るまでは私も周りがよく見えない。

 なんだか妙に胸がドキドキと大きな音を立てている。そのドキドキは広場に近づいて行くほどに大きくなってきて、心臓が口から出てきそうだって思うくらいだ。

すごく寒いはずなのに手の平にはじっとりと汗をかいているのが分かった。

そ、そりゃぁこんなの緊張するよね…私はいつの間にか握りしめていた拳をほどいて握り直す。でも…これはドキドキしているだけで、怖いわけではない。

私にはお姉さんも妖精さんもいる。怖いことなんてこれっぽっちもないんだ。
 


 そうして私たちは宿からしばらく歩いた。ぼんやりと暗がりに昼間見た覚えのある景色が現れた。確か、この先が広場のはずだったけど…

私はようやく夜の闇に慣れて来た目を凝らして遠くを見つめる。

そこには確かに磔台があった。それからそのすぐ近くに、ぼんやりと何かが見えた。あれ…なに?

そう思ったとき、そのぼんやりしたなにかがユラリと動いた。あ、あ、あれ…!誰か人がいるんだ…!

まずいよ、もしかして、誰かが獣人さんに戦争の仕返しでもするつもりで…!

私は慌ててお姉さんを見た。するとお姉さんは私の手をとって、そのままずんずんと広場に踏みいった。

磔台の前にいたのは私達のように頭からすっぽりとマントをかぶった人で、暗いこともあって、顔をうかがい知ることは出来ない。

「よう、なにやってんだ?」

急にお姉さんがそう声をあげた。私は急にお姉さんが声を出すから心臓が跳び跳ねるくらいに驚く。

マントの人も驚いたみたいで、慌てた様子でこっちを振り返った。少しの間、お姉さんもマントの人も喋らなかった。

私がその様子をハラハラしながら見ていたら、不意にマントの人が口を開いた。

「やはり…見間違えではありませんでしたね…」

マントの人はそう言うなり、かぶっていたフードを取った。私は、その顔を見て少しだけ驚いてしまった。

マントの人は、昼間、お姉さんが獣人さんに詰め寄った時に笛を吹いて来た、あの憲兵団の大きな勲章をつけていた女の人だった。

「久しぶりだな、兵長」

「勇者様…やはり、ご無事だったのですね」

兵長、と呼ばれたマントの人はお姉さんにそう声をかけるなりその場に跪いた。

「幾度も街の危機を救ってくださったのに、いつもことが終わる頃には雲隠れでお礼も申し上げられませんでした。この場を借りて、この街の憲兵団を代表しお礼を」

「いや、あれはあたし達だけじゃどうしようもなかった。この街に残って戦ったあんたたち憲兵団と、あんたたちを信じて街に残り、あんたたちへの補給を絶やさなかった街の人たちの勝利だ」

お姉さんはそう言って、兵長さんの肩をポンっと叩いた。

でもそれから、獣人さんの方を見て

「それで、説明してくれないか?」

と兵長さんに聞く。

そういえば、と思って私も獣人さんの方を見る。すると、昼間は鎖で磔台に縛られていた獣人さんが地面に座り込み、お肉やパンがいっぱいに盛られたお皿を手に呆然としていた。

「ゆ、勇者…?」

獣人さんがそう口にする。

その言葉に兵長さんが気がついて顔を上げ

「獣人の兵士よ。聞いてくれ、この方は、魔族と見れば斬りまくる鬼とも悪魔とも言われるような人じゃない」

と獣人さんにそう説明をする。

でも、私には獣人さんが言った言葉の理由がわかっていた。獣人さんはきっと、お姉さんのことを魔王だと思っていたはずなんだ。

昼間、あの紋章を見せたから…
 


「あなたは、魔王様ではないのか!?」

とたんに、獣人さんの口調が鋭くなる。お姉さんは、それを聞いても少しも動じなかった。でも、あのときと同じ、少しだけ悲しい顔をして両方の腕を捲くった。

「見ていてくれ。その目で見たものと、あたしの言葉を信じられなければ、それでも構わない」

お姉さんはそう言うと、両方の腕にグッと力を込めた。

左腕には赤い魔王の紋章が、右腕には青い勇者様の紋章が浮かび上がる。

「こ、これは…!?」

「な、なんてことだ…!」

兵長さんと獣人さんが揃って言葉を失っている。それを見たお姉さんは腕の力を緩めて、ふう、とため息をついた。

腕から光が消えて、お姉さんは袖を元に戻しながらしゃべりだした。

「あたしは、もともと勇者だった。でも、魔王城決戦で、魔王と対峙して、魔王を討った…そのときにあたしは託されたんだ」

「た、託された、と?」

「あぁ、うん。あたしは、魔王に魔界の…世界の平和を、託された」

お姉さんの言葉に、獣人さんは唖然とした表情を見せている。でも、兵長さんは違った。もちろんおどろいていたけど、すぐにハッとした表情を見せてお姉さんに聞いた。

「まさか…魔王は、勇者様に、力を返した、と…?」

「うん、たぶん、そうだったんだと思う…それしか方法がないんじゃないか、って、魔王は思っていたんだとあたしは感じてる…先の三回の魔王軍侵攻だけじゃない。

 これまで、魔界と人間界との戦いは何度だって繰り返されてきた。世界が二つに分かたれたその日から」

「そ、それはまさか、いにしえのこの大陸創造の伝説…?」

獣人さんが、ようやくって感じでそう口を開いた。うん、たぶん、そうなんだろうって私は知っていた。

それは、母さんが読み聞かせてくれた絵物語のことだろう。

「うん。かつて、この大地は魔族と人間族が入り乱れ、あちこちで争いが起こって、たくさんの命が失われてきた。大地と自然と共に生きる魔族と、

 山を切り開き、野を焼き払い、自分たちの生活の場を広げて田畑としてきた人間との争いだ。

 その争いを憂いた各国の代表が、魔導学者を集めて作り上げたのが、この二つの紋章…契約の呪印だ。

 この呪印の最初の依代となった『勇者』は、魔族たちを西の大地に、人間たちを東の大地に集めて、その間にその強大な魔力を使って巨大な山脈を作り出した。

 そしてその『勇者』は、魔界の安寧を願って施政者を立てた。そしてその者に、契約の呪印の片方を譲った。

 こうして、世界は二つに隔てられ、勇者は人間界に帰り、そして魔界には魔王が生まれた…」

そう…それが絵物語の内容。

大昔、平和を願った人達の希望を集めて出来上がったその紋章の力で、世界は平和になったはずだった。

そう、そのはずだったのに…

「世界と共に分かたれた二つの紋章が、ひとりの『勇者』の元に戻ってきた…それがすなわち、二つの世界に分かれて繰り返し続いてきた戦乱を収める手になる、と、魔王は考えた…」

「うん…あたしは、そうだと思ってる」

兵長さんの言葉に、勇者様は頷いた。

「先代魔王様が、あんたに世界を託した、ってことなのか?」

今度は獣人さんがお姉さんにそうたずねる。お姉さんは、コクっと頷いた。

「たぶん。あたしは、魔王とはそのときに一度会っただけだから、魔王の人となりは分からない。だから、本当に託されたのかは分からないけど…でも、あいつは言った。

 あたしに、魔界の住人を守ってやってくれ。世界に平和と繁栄を、って、ね」

お姉さんの言葉に、獣人さんも兵長さんも黙り込んでしまった。

お姉さんは、それでもなお、悲しい表情をして二人に言った。
 


お姉さんは、それでもなお、悲しい表情をして二人に言った。

「あたしはもう、人間でも魔族でもない。きっと世界でただ一人、世界の運命を左右することのできる存在になっちゃったし、

 もしかしたら裏切ったなんて思われてるかもしれないってのは分かってる。でも、あたしはあいつと…魔王とその従者に約束したんだ。

 あたしなりの答えを持って、魔族を守り、世界に平和と繁栄を紡がなきゃいけない。

 だから、ここでなにがあったのかを、あたしは知りたい。

 魔族のことはあたしの問題だ。それに、勇者として人間のが困っているのなら見過ごすわけにもいかない。

 兵長、どうして獣人族がこんなところで捕らえられてるんだ?

 あんたはどうして、そんな獣人族に飯なんか食わせてるんだ?」

ふと、お姉さんのその質問は、お祈りをしているみたいだな、って私には思えた。

まるで、「どうか私を嫌いにならないでくれ」って、そう言っているように私には聞こえた気がした。

どうしてなのかは、わからなかったけど…

 お姉さんの質問に、二人共少しの間黙っていたけど、不意に兵長さんが喋り始めた。

「二日前のことです…街の西側の衛門に、この獣人族が現れました。彼は、この街で行方知れずになった子供たちを数人連れており、すぐに私の部下が取り押さえたのです。

 ここ一ヶ月ほどの間、この街で子供達や若い女性が姿を消すという事案が複数起こっていて、私たちはその捜査を行っていました。

 最初は、行商人に紛れた組織的な人買いによるものと考え、街の出入りの際の検閲を強化しましたが、それでも一向に減ることなく、危機を感じていたところに、

 彼が現れた、という報があったのです…行方がわからなくなっていた内の子どもを三人と若い女性を連れて」

兵長さんはそう言って獣人さんをみやった。獣人さんは、しばらく黙って兵長さんとお姉さんを交互に見つめていたけど、少しして、地面に跪くと深々と頭を下げた。

「…確かに、あなたからは魔王様と同じニオイがする。あなたは、魔王様から魔界の王としての責任を引き継いだのだな…

 ならばこれより、私はあなたを次の魔王様であると思い、お話をさせていただきます…」 

獣人さんの言葉に、お姉さんは黙って頷いた。

「私は、この街へ侵攻した第三次攻撃で、機動諜報小隊を指揮していました。ご存知のとおり、勇者一行と憲兵団の防衛陣に対して玉砕。

 そのまま人間軍の反攻へとなる契機となった戦いですが…我が隊はあの玉砕後の残党救出のために活動しておりました、先代様のご指示です。

 ですが、その最中に我が隊十名が次々と命を落とすこととなりました。原因は定かではありませんでしたが、とある地域へと捜索に向かった者達が一斉に、です」

「小隊員が全部…?」

「はっ。私がついていながら、情けない…。私はそれから、単独でここから西、魔王軍が退避した中央山脈裾野の森林地帯に潜伏し、状況を探り続けました」

獣人さんは、そこまで言って、兵長さんをチラっとみやった。兵長さんは、獣人さんの話を聞いて何かの合点がいったような表情でうなずき、しゃべりだした。

「彼が連れてきてくれたのは子供が三人と、若い女性が一人。彼女たちは口々に、報告をしました。『私たちは、あの黒猫の人に助けてもらった』

 『西の森にはオークがいて、そいつらに攫われたんだ』と」

「オーク?」

「はっ、魔王様。我が救助隊を屠ったのは、人間ではなく、同じ魔族。オーク族の兵士たちでございました」

 私は、オーク族の集落に潜入したところで、粗末な小屋に人間が捉えられているのを見つけました。

 先代様は、かのような狼藉を決して許すようなお人ではございませんでした。

 戦争は手段であり目的ではないと、そうなんども仰っており、私もその心を理解していたつもりであります。

 そして、そのお心に従い、オーク族を討つよりもまずは人間を助けようと思った次第」

「取り調べにおいても、彼は同様の説明を私たちにしてくれました。私も、彼の言を信用に値すると判断したのですが…」

獣人さんの話のあとに、兵長さんはそう言葉を添えてから口ごもる。

「それなのに、磔、か…」

お姉さんがそう口にした。
  


そうか。

兵長さんは獣人さんの言葉を信じた。

きっと、悪い人じゃないって、そう思ったんだ。

それなのに、どうして磔なんかになっているんだろう?

私がそれに気がつくくらいだ。お姉さんもきっと不思議に思っているに違いない。

「はい…新しい憲兵団長の指示でした。あの方は、魔族を赦すわけにはいかないと…

 我々が後手に回っていた人拐いを見つけ出し、捕らわれていた者たちを助け出してもらっていただきながら、こんな磔なんてマネをさせて…

 私にもっと力があれば…獣人の戦士よ、申し訳ない…本当に、申し訳ない…!」

「人間の兵士よ、頭をあげてくれ。貴殿は俺を粗末には扱わなかった。毎夜こうして食事を持ってきてくれているではないか」

獣人さんはそんな兵長さんに恐縮してそう言葉を返している。

そんな様子を見て、お姉さんの表情が、すこしだけ穏やかになったのを私は見逃さなかった。

私も、なんだか暖かい気持ちになっていた。

お互い戦いあっていた兵隊さんたちなのに、こうやってお互いに謝り合うことができるなんて、なんだかとっても嬉しいことのように思えた。

 でも、そんな様子を一通り見ていたお姉さんは二人の話を割って質問した。

「それで…じゃぁ、西の森にはまだオークのやつらが潜伏しているんだな?」

「はっ、おそらくは。やつらは魔王軍から逃亡した者たち。魔界にも戻らず、この地で好き勝手に暴れようという魂胆のようでした」

「なるほど…そうか。それで、兵長。憲兵団の動きは?」

「はい。今朝より、団長が精鋭部隊を率いて西の森へと進軍しました。私は彼を庇ったからでしょう、街に留守番を言い渡されました」

「その団長、ってのも、クセ者だな…まぁ、憲兵団の団長は王都から派遣で回されてくるからなぁ。手柄を立てて王都に戻って出世するしか脳のないやつも多い」

「恥ずかしながら…」

お姉さんの言葉に、兵長さんが悔しそうにうつむいた。

兵長さんに、少し申し訳なさそうな顔をしたお姉さんは、気を取り直したみたいに表情を厳しくした。

お姉さんのことだ。オークって人たちも、その団長って人も、厳しくお仕置きするつもりでいるんだろう。

私だって、できるならそうしてやりたいって思うくらいだ。

魔王で勇者様なお姉さんが、そんなのを放っておけるはずなんてない。

私の思ったとおり、お姉さんは兵長さんと獣人さんに言った。

「その場所に案内してくれ。あたしが行って、全部ぶっ叩いてやる」

兵長さんと獣人さんは揃って顔をあげた。

「私も行きます!部下たちの無念を晴らさせてください!」

「勇者様、私もです!このような横暴、やはり許されてはならない!」

そんな二人の言葉に、お姉さんはやっぱり、なんだか嬉しそうに笑った。

 でもそんな時だった。

「兵長!兵長!!」

そんな叫び声が聞こえてきた。

獣人さんが慌てて磔台に飛び上がって、自分で鎖をグルグルと巻きつけて縛られている振りをする。

そうしている間に、私たちの目の前に、憲兵団の鎧を来た兵士さんが一人、姿を表した。
 


「どうした、このような時間に大声など、感心しないぞ」

「そ、そ、それが!屯所に魔族が!奇襲です!」

「なんだと!?門衛はどうしたんだ!?」

「わかりません!とにかく今、総出で迎撃していますが、混乱しきりで!至急戻って指揮をお願いします!」

「オークの連中か!?」

部下の人なんだろう、憲兵団の兵士さんの言葉を聞いて、獣人さんが鎖をほどいてそう言った。

「うわぁぁっ!」

「おい、彼は味方だ。とにかく屯所に戻るぞ!もしオーク族だとしたら、団長の部隊がしくじったってことになる…!」

「人間の兵士よ、俺の武器はあるか?」

「兵長と呼んでくれ!あぁ、受け取れ!」

兵長さんがそう言って、懐から抱えるほどの革袋を取り出して獣人さんに投げた。

「たかじけない!」

「あたしも行こう。憲兵団の精鋭が負けたんなら、よほどの勢力だ。あんた達にもしものことがあったら、あたし、寝覚め悪そうだしな」

「勇者様…!」

「魔王様…!!」

「二刻で屯所を奪還して、追撃隊を組織したら西の森へ向かうぞ」

「はい!」

お姉さんはそう指示をしてから、私を振り返った。優しくて、嬉しそうな顔をして私の頭を撫でたお姉さんは、

「悪い、ちょっと仕事してくるよ。羽妖精と宿に帰ってフカフカのベッドで眠っててくれ」

と言ってくれた。

ホントのことを言うとついて行きたいけど…でも、私が一緒に行ったってなんにもできやしない。

お姉さんを心配させちゃうだけだし、私は宿でおとなしくしていた方がいいよね。

「うん、分かった。お姉さん、気をつけてね」

私が言ったらお姉さんはまたガシガシと私の頭を撫でて

「あぁ、分かってる。昼飯までには戻るから…ほら、こいつで、昼飯用意して待っててくれな」

と、お金の入っている革袋を私に手渡してくれた。それからお姉さんはギュッと表情を引き締めると

「よし、行くぞ!獣人はあたしから離れるなよ!混乱してる状況じゃ、憲兵団に敵だと思われて斬られるかもしれない」

なんて指示を出しながら、兵長さんたちに先導されて通りの向こうの方へと走って行った。
 


 私はそんなお姉さんの後ろ姿を見送ってから、宿への道へと引き返す。

妖精さんがフードの中から出てきてパタパタと心配げにお姉さんの走って行った方を見つめている。

「大丈夫だよ、妖精さん」

「うん…でも、心配。魔王様、負けちゃイヤです…」

「負けるわけないよ!お姉さんは勇者様で魔王様なんだから!」

私はそう妖精さんに言ってあげた。

私たちは、お姉さんが帰ってきて安心できるように、美味しいご飯とそれから元気な姿で迎えてあげられる準備をしてあげなきゃいけない。

きっとお姉さんには、それが一番喜んでもらえるって、そう思うんだ。

 向こうの方に、宿の看板が見えてきた。

寒いし、今日のところはあのふかふかのベッドに戻って寝よう。それで、明日の朝は早起きをして、宿のおじちゃんに美味しいお昼ご飯を手に入れられるところを教えてもらわなくちゃ。

 そう思っていたときだった。

暗がりに、ユラリと何かの影が蠢いた。

私は、なんだかわからないけど、背中がツツッと寒くなるのを感じて、脚を止めた。

「よ、妖精さん!」

私はそう怒鳴りながら、ポーチの掛け紐につけておいたダガーを抜いた。

暗がりの中で影がユラリとまた動く。

来る…こっちに、来る!

私はダガーをギュッと握って構えた。

妖精さんも、ピカピカと光りながら警戒しているのがわかる。

「グフフフ、これはうまそうなガキじゃねえか」

暗がりから現れたのは、人間じゃなかった。

くすんだ苔色の肌に、尖った耳、突き出た下顎から上に伸びる牙が見える…これ…これって…!

オーク!?

も、もしかして、襲われているのは屯所ってところだけじゃないってこと!?

街中にオークが入り込んでるの!?

「よ、妖精さん!お姉さん呼んできて!」

私は叫んだ。でも妖精さんが

「ダメ!あなた一人じゃ、どうしようもない!私も一緒に戦う!」

と言い返してくる。で、でも、妖精さん、戦えるの!?

回復魔法しか見たことないけど…他に何かできるの?

そんな小さな体じゃ、このオークに叩かれただけで大怪我しちゃうよ!

そう思って妖精さんにもう一度お願いしようと声をあげようとしたとき、ガツン、と何かが私の背中からぶつかってきた。

痛い、と感じる暇もなかった。

私はその衝撃で、頭から血の気が失せていくのを感じた。

あぁ、しまった…後ろにもうひとりいたんだ…

お願い、妖精さん…お姉さんを…お姉さんを呼んできて…!

言葉にできていたのかどうなのか分からない。

とにかく私は、そうやって必死に妖精さんに伝えようとしながら、意識を失っていた。



 



つづく。

どうしよう、筆が乗ってきちゃって止まらない。

長編大作になりそうな予感…



次回、お姉さんの活躍期待?


何を遠慮してんだ。思うがままにやっちまえww
基本、キャタピラって大作志向の人なんだなw

むしろ大作にしない理由がない

というかなってるだろ既に!

>>110
キャラが固まってきたら走り出してしまいましてね…
世界観が広がってしまっています。

遠慮なく1,2スレ使い切って行くかもですw


>>111
すいません、当方、放っておくと1年掛けて4,5スレを消費する傾向がありまして・・・w



ってなわけで、高速で書き上がっちゃった続きです。
 






「おい、お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、しっかりしろ」

私は、そんな声と体に何かがぶつけられるような衝撃で目を覚ました。

視界がぼんやりとしてよく見えない。

何度か瞬きを繰り返して、ようやく自分がいる場所がはっきりと見えてきた。

 そこは、土壁でできた小さな小屋のような場所だった。目の前には竹か何かで作られた格子がある。

身を捩ろうと思って腕を動かそうとして、自分が後ろ手に縛られているのが分かった。

ここは…オーク族の集落、かな…?

街で、獣人さんが言ってた場所に違いない。

私は街で、宿に帰ろうと思って、オークに出くわして、それから…

 意識を失う前にことを思い出して、私はふと自分の頭の後ろの方の感じに注意を向ける。

確か私、思いっきり殴られたんだ…でも、痛みはない。

背中側にある壁に押し付けてみるけど、痛まない。

どうして…?あんなに強く殴られたのに、コブの一つもできていないの?

「大丈夫か、お嬢ちゃん?」

声がしたのでハッとしてそっちを向くと、すぐそばに憲兵団の軽鎧を来た女の人が私と同じように後ろ手に縛られている姿があった。

でも兵長さんじゃない。金髪で青い瞳の凛々しい顔立ちをしているけど、勲章もついていない…

「あ、あなたは?」

「私は砂漠の街の憲兵団員だ。騎馬部隊の小隊長をしている」

「女騎士さん…?そ、そうだ、憲兵団の人たちはオークの集落に戦いに向かって…」

「知っているのか?残念ながらこのザマだ…やつら、集落中に罠を仕掛けていたようだ。数でも練度でもこちらが優っていたのに…!」

女騎士さんはくっと悔しそうに声を漏らした。

でもすぐにその気持ちを立て直して私に聞いてきた。

「あれは、お嬢ちゃんの友達か何かか?」

「あ、あれって?」

私は、女騎士さんがそう言って見つめたその先に視線を走らせた。

 小さな小屋の、少しだけ高くなった天井。

その梁のところに、チラリと見える、小さな体…!あれ、妖精さんだ!

そっか、私の頭の殴られたところは、妖精さんが治してくれたんだ…!

それに気がついて妖精さんを呼ぼうと思ったけど、次の瞬間に女騎士さんがドンっとぶつかってきた。

「見張りがいる」

女騎士さんはそう言って格子の向こうを顎でしゃくった。

そこには、あの街で見たのと同じ、緑の肌に牙をはやしたオーク族が椅子に座ってウトウトと船を漕いでいた。
 


 妖精さん、お姉さんに知らせてくれたかな?で、でも、こんなところにいる、ってことは、知らせるよりも私が心配でついてきちゃったのかな?

それは嬉しいけど…お姉さん、間に合うかな?

このオーク族はトロールさんとは全然違う。

人をさらって、なにか悪いことをしているに違いない。

そうじゃなかったら、こんな檻になんて入れるはずがない。

 どうしよう、困ったな…お姉さんが来てくれないと、私、なにかされちゃうかもしれない…

あぁ、もう、どうして私は戦えないんだろう?

あの偽勇者さんのときにも思った。

怖いって気持ちもある。でも、こんなときに私は戦えない。

どんなに怖くっても、歯向かうことができない。

どんなに悔しくっても、それを叫ぶことしかできない。

まだ子供だから、と言われてしまえばそれまでかもしれないけど…でも、悪い人たちにいいように弄ばれて

自分の身も守れないで、トロールさんのときみたいに、なんにもできないまんまなのは…悔しいよ…

そう思ったら、知らず知らずの内に涙がこぼれてきた。歯を食いしばってこぼれないように我慢したけど、それもうまくいかないで、ポロポロと目から溢れ出てきてしまう。

「お嬢ちゃん、大丈夫、怖くなんてない。私がなんとかしてやる…気持ちをしっかり持つんだ」

女騎士さんがそう言って励ましてくれる。

ありがとう、女騎士さん。

でも、私怖いんじゃないよ…怖いんじゃなくて、今は、悔しいの…

 そう思っていたとき、ガタン、と音がして小屋の隅にあった扉が開いた。

椅子に座って寝こけていたオークがビクッと体を震わせて立ち上がる。

 まさか、お姉さん!?

一瞬そう期待したけど、小屋に入ってきたのは、同じオーク族達だった。

「グフフフ、さぁて、女ども、よく聞け。この小屋は俺たちの分け前になった。ありがたく思え」

オーク族の一人が笑いながらそう言う。

「貴様らには、我らオーク族の繁栄の糧になってもらうぞ、グヘヘヘ」

別のオーク族が言う。

 全部で、5人。お姉さんがいれば、片腕を振るうだけで終わるだろうけど…私なんかじゃ、いくらやったってひとりに噛み付くくらいしかできないだろう。

どうする?どうすればいいの、お姉さん…!?

「くっ、殺せ!」

女騎士さんがそう言ってうめいた。でも、それを聞いたオーク族はまた気味の悪い笑い声をあげて

「殺すものか。我らオーク族のために、子を産んでもらうまでは、な」

「さて、どちらから相手をしてもらおうか?」

と口々にそう言って格子に手をかけてこっちを覗き込んでくる。
 


「こんな幼女にまで手を出すつもりか!」

女騎士さんがそう吠える。

「んん?なんだ、お前が二人分頑張ってくれるというのなら、その子どもの方は見逃してやらんでもないぞ?」

「くっ…外道め!」

「グフフフ、まぁ、悪いようにはせんさ。せいぜい楽しませてもらおう」

オーク族は格子を開けてのそりのそりと中に入ってくる。

女騎士さんが…私のために、乱暴されちゃう…!

「やめて!」

私は叫んだ。

「抵抗するな…!わ、私は、大丈夫だっ…!」

女騎士さんがそう言った。歯を食いしばって、全然大丈夫そうなんかには見えない。

 オーク族が女騎士さんに群がって、軽鎧を剥ぎ取って行く。ダメ、ダメだよ…そんなの!

私はそう思って体を捩り手を縛っているロープから抜け出そうとする。

でも、固く縛られていて手首に食い込むばかりで緩む気配もない。

そんなとき、ゴトっと重いものが地面に落ちたような感覚があった。

見ると、お姉さんに買ってもらったポーチが地面にずり落ちていた。トロールさんの石が地面にぶつかったんだ…

 ま、待って…確か、このポーチにはお姉さんに買ってもらったナイフが入っていたはず…!

私は天井を見上げた。

妖精さん、お願い…ポーチからナイフを出して…ロープを切れば…私が助けを呼びに行ける…だから、お願い!

 天井にいた妖精さんは、すぐに私の気持ちがわかったみたいだった。音もなく、光を消して天井から落ちてくるように私の胸元に飛び込んできて、

そのままポーチのあたりまで這いおり中からナイフを出してくれる。

妖精さんはそのまま私の後ろに回って、私の手にナイフを持たせてくれた。

 「グヘヘヘ!なんだ、胸は小さいな」

「孕めば育つ。問題は、下の具合だ」

「俺はそのままでもかまわんがな」

オーク達は口々にそんなことを言いながら女騎士さんに群がっている。。

急がないと…!そうは思っても、背中側で縛られている自分の手首に巻き付いたロープをナイフで切るなんてことがそう簡単にできるはずもない。

ナイフの切っ先が腕や指に刺さって痛む。

だけど、痛がっている暇なんてない…!
 


私は自分の腕が傷ついているのが分かりながら、それでも無理矢理に手首とロープの間にナイフの刃を差し込んで、手をひねった。

ブツっと言う感触と共に手首が自由になったのが感じられた。

でも、このままこのナイフでオーク達と戦うの?

わ、私にそんなことができる…?

ううん、きっと無理だ…で、でも、どうにかしないと…!

 そう思っていたら、縛られた振りをしたままの手に何かが張り付く感じがした。

ペタペタと私の指先にまとわりついて、私の手からナイフを取ろうとしている。

これって、妖精さん?

妖精さん、何をするつもりなの…?

私はそうは思いつつも、妖精さんの促す通りにナイフを手放した。

ま、まさか、妖精さん、戦うつもりじゃないよね?

ふと、そんなことが心配になって私はそっと後ろを振り返った。

でも、なぜかそこに妖精さんの姿がなかった。

妖精さんの姿どころか、ナイフさえない。

う、うそ…!妖精さん、どこ言っちゃったの…!?

私はそう思って慌ててあたりを見回すけど、どこにもその姿がない。

妖精さん…?いったい、どうしちゃったって言うの!?

 「グフフフ!おら、脚を開け!」

オークの一人が女騎士さんにそう命令した。

「くっ…その汚らわしいものを私に近づけるなっ…!」

女騎士さんが体をよじってオークから少しでも離れようともがいている。

見れば、オークはいつの間にか履いていたズボンを脱いでいて、そこから…その、えぇっと、“アレ”をそそり立たせていた。

私は思わず、顔を背ける。

どうしよう、このままじゃ女騎士さんが…!

 「ゲヘヘヘ、貴様が拒むのなら仕方ない、そっちのガキにブチ込むとしようか」

「まっ、待て!わ、分かった…わ、私がやる…で、でも、少し待ってくれ…!」

女騎士さん…そんな!

「グフフ、素直にそういえば良いのだ。おら、まずはその口でキレイにしてもらうじゃないか」

くくくくく口で!?キレイにするってどういうこと!?そそそそ、そんなことするの…!?

大人のことはよくわからないけど、そんなことを女騎士さんが…私のために、私を守るために、そんなっ!
 


私は、よっぽどやめてって怒鳴ろうかと思った。でも、そうしてしまったらきっと私も同じ目に合わされてしまう。

そんなことになったら、女騎士さんの我慢が無駄になっちゃう。

でも、このままだと女騎士さんが…どうしよう…?どうしたらいいの、お姉さん!

「分かった…その汚物を、キレイに掃除してやることにしよう」

だけどそのとき、女騎士さんはそう、冷たくするどい口調で言い放った。

とたんに、オーク達の顔が憮然とした怒りの表情に歪む。

でも、次の瞬間だった。

女騎士さんが鋭く腕を振るったかと思ったら、オークの“アレ”に下から私のナイフが突きたてられていた。

よ、妖精さんが女騎士さんに渡してくれてたんだ!

「うっ…ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

オークが絶叫するのも構わずに、女騎士さんはその腹を蹴飛ばした。

お姉さんが握ったナイフが突き刺さったままだったオークの“アレ”が裂けて、血が吹き出す。

女騎士さんはその返り血を浴びながら、それでもそのオークが腰から下げていた剣を引き抜いていた。

「こ、この!」

「貴様ァ!」

オーク達が次々と腰の剣に手をかける。しかし、女騎士さんは目にも止まらぬ素早い動きで剣を振るい、オーク達を斬りつけて行く。

「ひぃぃっ!だ、誰かぁ!!」

その様子に、檻の外で見張りをしていたオークが悲鳴を上げて小屋の外に駆け出した。

「くっ!しまった!」

女騎士さんはそううなって私を振り返る。

「お嬢ちゃん、走れるか!?すぐにあいつらの増援が来る、逃げるんだ!」

に、逃げるって、どこへ!?

そ、そうだ、妖精さん…妖精さんは、どこ…!?

一緒に逃げないと!

そう思ってあたりを見回すと妖精さんはまた天井の梁の上にいて、何かをやっている。

「妖精さん、早く!逃げないと!」

私は妖精さんに怒鳴った。

「待って!」

妖精さんが小さな声でそう返事をしてくる。

 でも、そんな短い時間に、ドカドカと足音が聞こえて、さっきよりもたくさんの、小屋を埋め尽くす程のオーク達が駆け込んできた。

「くっ!」

「貴様…黙って子を産んでいればいいものを!」

「女の分際で!」

オーク達は剣や槍を構えて女騎士さんに詰め寄る。女騎士さんは剣を握ったまま、後ろ手に私を背中の方へ押しやって盾になってくれようとしている。

女騎士さんは強い。今の一瞬の動きを見ただけで分かった。でも、こんなに囲まれたら手も足もでない…

それこそ、きっと一歩でも踏み込んだたたちまちに串刺しにされちゃう。
 


 だけど、他にできることなんてない…戦うしかないよ…!

私はそう思って、傍らに倒れていたオークの体から剣を抜いた。

剣はずっしりと重くって、とても自由自在になんて振り回せそうにない。

でも、それでも…!

頑張っていればきっとお姉さんが来てくれる…それまでなんとか生き延びれば…!

「妖精さん!お願い、手伝って!魔法でもなんでもいいから!」

私は天井を見上げて妖精さんにそうお願いした。でも、妖精さんから返って来たのはよくわからない返事だった。

「大丈夫、もう終わる!」

もう、終わる?

な、何が?

妖精さん、さっきからそこで何してるの!?

私がそう聞こうと思ったときだった。

妖精さんのいる辺りからパパパっと言う眩しい光がほとばしった。

眩しくって思わず目をつぶってしまう。

何…?いったい、何があったの…?

私は少し痛んだ目を恐る恐る開けてあたりを見た。

 すると、そこに誰かの後ろ姿があった。

ううん、誰か、なんかじゃない。

あの背中、あの髪、あの服!

あれは…あれは!

「お姉さん!」

そう、そこにはお姉さんが立っていた。なんでか知らないけど、でも、確かにお姉さんだった。

「よう、待たせた!」

お姉さんは私に振り返ってそう声をかけてくれる。

「お姉さん!」

私はお姉さんに駆け寄って飛びついた。お姉さん、良かった…やっぱり来てくれた!

「騎士長、ケガは!?」

「兵長!これは返り血です、問題ありません!それよりも、ここを切り開いて生存者を助けましょう!」

お姉さんでも女騎士さんでもない声がしたので振り返るとそこには、女騎士さんと並ぶようにしている兵長さんの姿があった。

へ、兵長さんも!?

「魔王様、ここは私にお任せを。部下たちの仇、討たせてもらう!」

今度は反対の方から声がしたのでお姉さんの肩越しに見やるとそこには獣人さんの姿もあった。

どうして?どうして急に、三人してこんなところに現れたの!?

「まぁ、あんた達、ここはあたしに任せとけって。こうも囲まれてたんじゃ、暴れるに暴れられないだろう?」

お姉さんはそう言うと、左腕にグッと力を込めた。袖をまくっていなかったお姉さんの腕が赤く光る。

お姉さんはその腕を、まるで煙でも払うみたいにシュッと振るった。

次の瞬間、あの空間が歪むような何かがあたりに広がっていき、ドスン、というトロールさんの足音みたいな重くて大きい音がして、

オークたちも土壁も格子も妖精さんがいたはずの天井さえもが弾き飛ばされるように吹き飛んでいく。

 気がつけば私たちは、星空の下の外に立っていた。す、すごい…ひと振りで小屋もオーク達も吹き飛ばしちゃった…
  


「い、今の力は…!?あなたは、いったい…!?」

「騎士長、その話はあと!…来る!」

女騎士さんの言葉に兵長さんがそう言って剣を構える。

「なんだ!」

「女が暴れてるぞ!」

「武器を持て!取り押さえろ!」

「殺せ!」

外にはまだたくさんの小屋があって、あちこちから武器を携えたオーク達が飛び出して来ていた。

「くっ、なんて数!」

女騎士さんがまた唸る。でも、それを聞いたお姉さんが落ち着いた声色で言った。

「大丈夫。すぐに応援を呼ぶからな。妖精ちゃん、もっかい魔法陣頼む!」

「はいです、魔王様!」

「兵長、黒豹隊長、それからえっと、騎士長ちゃん!少しの間、この子を守ってやってくれ!」

「はい!」

「お任せを!」

お姉さんはそう言うが早いか、何かを唱え始めた。

それに反応するみたいに、私たちの周りの地面に何か光る物が動き回り始める。

その光る何か、は、まるで地面に絵を描くみたいに光の筋を残しながら素早く動き回っている。

こ、これって…魔法陣!?

そっか、お姉さん今、魔法陣、って言ってた。

この光、これは妖精さんがやってるの!?

「魔王様、できたです!」

「よくやった!…来い!」

どこからか妖精さんの声がした。

それを聞いたお姉さんが最後の一言、何かの呪文を唱える。

 するとまた、あたりがパパパっと眩しい光に包まれて、気がつけば私たちの周りには憲兵団の軽鎧を来たたくさんの兵隊さん達がいた。

「これは…転移魔法!?」

女騎士さんが驚いている。

そっか、お姉さんたちは転移魔法でここまで来てくれたんだ!

あの魔法陣の描いてある場所に転移できる、ってことなのかな?

あ、もしかして妖精さんはさっき、天井の梁にこの魔法陣を描いていたの?

私がそのことに気がついたとき、パッと目の前に妖精さんが姿を表した。

どこからか飛んできたんじゃない。本当に、何もないところにパッと出てきたみたいに。

「おぉ、妖精ちゃん!ありがとうな!おかげで間に合った!」

「お安い御用ですよ!」

お姉さんの言葉に、妖精さんがそう言って胸を張っている。
 


「よ、妖精さん、あの光は妖精さんなの!?」

私が聞いたら妖精さんはエッヘン、といっそう胸を張って

「私のとっておき!姿を消せるんだよ!」

妖精さんはそう言うと、パタパタと羽ばたきながら消えたり出てきたりを繰り返してみせた。

妖精さん、すごい!そんな魔法も使えたなんて!

「騎士長!第一分隊を連れて生存者の捜索と救助に当たれ!第二分隊は黒豹殿の指揮に従い、騎士長と第一分隊を援護!

 第三分隊は私と来い!集落東側に橋頭堡を取る!」

兵長さんがそう素早く指示を出すのが聞こえた。

「ははっ、さすがの手腕だな!」

お姉さんがそう言って笑った。

「お姉さん、みんな、大丈夫なの?」

私は兵長さんや女騎士さんが心配になってお姉さんに聞いた。するとお姉さんはニコっと笑顔を見せてくれて私に言った。

「大丈夫。あの街の憲兵団は、オークなんかに遅れをとったりはしないさ。

 ここに先に送られてきたやつらは、団長ってのが下手を打ったんだろうけど…兵長に任せておけば問題ないよ」

「へ、兵長さんはそんなに強いの?」

「あぁ、強いぞ!あたしの仲間だった剣士が足元にも及ばなかったくらいだ。剣の腕だけならあたしよりもすごいかもしれない。

 それに、兵長は指揮の才能もあるしな!」

お姉さんはそれからなんだか嬉しそうな顔をして、いきなり私の頭に頬ずりをしてきた。

「怖い思いさせたな…大丈夫、あとはあたし達に任せておけ」

私は急にそんなことをされたものだから、こんなときだっていうのに、なんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで抱き上げてくれているお姉さんの腕のなかでムズムズと体を動かしてしまっていた。

お姉さんはそんな私にまた優しく微笑んでから、キッと表情を引き締めて、低く、そして張りのある声でみんなに言った。

「集落周辺には物理結界を張った!魔王と勇者の名において、貴様ら無法者どもを粛清する!逃げられると思うなよ!」




 


つづく。



女騎士「くっ、殺せ!」

って書いてみたかったんです、はい。
  

忘年会シーズンで飲み歩き…

大変遅くなって申し訳ありませぬ。

続きです。

 





 それから私とサキュバスさんは食事の片付けを済ませて、二体のゴーレムを連れてお城を出た。今日は妖精さんも一緒だ。

昨日、区画を区切っておいた畑は、夜の内にゴーレム達が一面に耕してくれていて、すっかり良い状態になっている。

でも、これだけだとまだダメ。畝を作って、お芋を植える準備をしないとね。私はその事をサキュバスさんに説明した。

するとサキュバスさんはゴーレム達によくわからない言葉で何かを伝える。それを聞いたゴーレム達はずしずしと畑の中に入って行って、畝を作る作業を開始する。

ゴーレムを動かすのも魔法、なんだよね。私もこんなことが出来たらいいなぁ。

「サキュバスさん、ゴーレムを動かす魔法って難しいんですか?」

私たちはクローバーの生えた場所に藁を編んで作った敷物をしいてゴーレムの作業を眺めているだけだったので、そんな話をサキュバスさんにしてみる。

「そうですね…物体使役の魔法はかなり複雑な術式が必要です」

やっぱりそうだよねぇ…

「お姉さん達が、寒かったり暑かったりしなくなる魔法が基礎だって言ってたんですけど、それなら私にも出来ますか?」

「どうでしょうね…確かに基本的なところではありますが…少し試してみましょう」

私の言葉にサキュバスさんはそう言うと、昨日と同じように三つ葉を一本プチっと抜き取った。

「これを手にお乗せください」

私は言われるがままに、三つ葉を手のひらに乗せる。

「ではまず…その三つ葉を浮かせるところから始めましょう」

う、う、浮かせる?!そんなことができるものなの!?私は思わぬことそう驚いてしまう。

「そんなこと、出来るんですか…?」

「防御魔法の基本は、自らの体を自然の力で覆うことにあります。

 力には大きく分けて光と風と土と水がございますが、暑さ寒さを防ぐには、光の力か風の力が良いと思います」

「私達羽妖精の一族は風と光の魔法が得意なんだよ!」

私とサキュバスさんとの話に、妖精さんがそう言ってパタパタと胸を張っている。そっか、光の力でオーク達に拐われたときも姿を消したり出来たんだね。

私はそんなことに納得したけど、でも一方でそんな力をどうやって扱うのかなんて想像すら出来ない。

「サキュバスさん、ごめんなさい、どんな風にやれば良いんですか?」

「そうですね…まずは、風の力の練習を致します。風と言うのは空気の流れ。すなわち、風の力とは空気を操る力です」

サキュバスさんはそう言うと、指先で宙にくるっと円を書くようなしぐさを見せた。

すると、私の手のひらの上にあった三つ葉が風を受けたようにくるりと一回転する。

「す、すごい!」

「ふふふ。基礎の基礎ですから、感覚さえ掴むことが出来ればきっとすぐに出来るようになると思いますよ」

思わず声をあげてしまった私に、サキュバスさんはそう言って優しく笑ってくれた。

 それから私はゴーレム達が畑を作っているのを見ながら、サキュバスさんと妖精さんに魔法の授業をしてもらった。

でも、手のひらの上に置いた三つ葉は一向に動く気配を見せなかった。

私の肩に手を置いて魔力の流れを感じてくれたサキュバスさんによれば、自然の力を操るための魔力はきちんと動いているって話だ。

それでも三つ葉が動かないのは、たぶん自然の力をうまくつかめていないせいだろうって、サキュバスさんは私に教えてくれた。

あとはとにかく、コツをつかむまで練習あるのみ、だって。
 


 練習はある程度で切り上げて、そこからはお姉さんについて話した。でも結論だけで言うと、良い方法はこれっぽっちも浮かんでなんて来なかった。

私たちにできることって、なんだろう?

お姉さんの帰ってくる魔王城を守ること、お姉さんが安心できるこの場所を失くさないこと以外にできないような、そんな気がしてしまった。

 日が傾いてきたのでゴーレム達の作業を終えさせ、私達は西門の方へと戻る道を歩く。

私達を守るように、ゴーレム達が重そうな体でのしのしと地面を踏みしめていた。このゴーレム達は、サキュバスさんの魔法なんだよね…

あれ、でも昼間言っていた四つのうちの、どの魔法なんだろう?

「あの、サキュバスさん。ゴーレム達は土の魔法で動いてるんですか?」

私の言葉に、サキュバスさんはそう言えば、って顔をした。

「使役魔法は、特別なのですよ…これは、限られた一族にしか使えない…魔界の、謂わば神官のような一族の秘伝なのです」

「神官…?魔界にも神様がいるんですか?」

そう尋ねた私に答えてくれたのは妖精さんだった。

「魔界の神様は、人間の信じている神様とは違うんだよ!魔族にとっての神様って言うのは、自然そのものの事を言うんだ」

「自然、そのもの?」

「はい。自然を守り、命を育み与えてくれるたくさんの神々です。もっとも、信仰の文化だけで、神々が本当に存在していると考えているわけではありませんが」

「命を…」

「そうです。神官達の術は、命を操るものです。もちろん、死した者を生かすことなど出来ません…しかし、仮初めの意思を宿らせることはできます。

 禁術の類いではありますが…例えばこのゴーレム達のように、死した体を使役することも可能です。

 そのようなものを呼ぶ言葉が人間界にはありましたね…えぇと、たしか…」

サキュバスさんの言葉に、私はゴクリと喉を鳴らしてしまった。

「そ、その、それって…ゾンビ、ってこと?」

「あぁ、そうそう、その呼び名です。私達にしてみれば、ゴーレムの範疇なのですけどね」

私の背筋に一瞬走った悪寒を知ってか知らずか、サキュバスさんはいつものしとやかな笑顔でそう言い、続ける。

「命の力は扱いが難しいのです…もっとも、回復魔法はその一種ではありますが、これはまた少し別の扱いになりますね。

 怪我を治したり、昨日お見せした三つ葉を伸ばした魔法は生体の活性力を促すもので、命の力そのものを扱うと言うより、魔力を使って個体に直接働きかけます。

 そのため、広域に作用させることは難しいのですけどね。

 使役魔法の場合は、使役対象が損壊すればすぐにとけてしまう上、思い通りに使役するためには一体ずつ、慎重に術式を施さねばなりません。

 効率や労力を考えると、あまり使いどころがないと言うのが本当のところなのです」

ふ、ふぅん…なんだか途中からよくわからなかったけど…と、とにかく、難しいんだね…。

でも、じゃぁ、それを使えるサキュバスさんは神官の一族ってことなんだよね?

「もしかしてサキュバスさんって、魔界でもけっこう偉い人…だったりするんですか?」

私が聞いたらサキュバスさんは少し可笑しそうに笑って

「そうですね…私個人が偉いかどうかと言う問題を除けば、サキュバス一族は魔界でも古くから続く伝統ある一族ではありますね。

 サキュバスと言う魔族の事をご存知ですか?」

と私に聞き返してくる。サキュバスって、夢に出てくる、なんて話は聞いたことあるけど…具体的にどんななのかはよくわからない。私はそう思って首を横に振る。

するとサキュバスさんはまたクスッと笑って言った。
 


「サキュバス族は人間界では淫魔とも夢魔とも言われ、人の精力を奪うと言われているようですが…あながち間違えではございません。

 私達は確かに魔力を使って活性力を奪うことも出来ますし、反対に与えることも出来ます。人間界で言われるインキュバスも私達のことです。

 命の力を扱う一族として、私達には性別などはありません。母なる者として宿すことも父なる者として宿らせることも出来てしまうわけです…

 人間様にとってだけでなく、魔族にとってもこれは大変奇妙で不気味な事実であることでしょう」

またちょっと難しかったけど…要するに、サキュバス一族って言うのは、男の人でも女の人でもあるってことだよね?

私はサキュバスさんの話を理解してふと、サキュバスさんを見上げていた。

 きれいで透けるような白い肌。赤とも茶色とも取れない髪の色。頭に生えているちょこんとした角。

絵物語に出てくる「悪魔」っていうもののようなサキュバスさんの出で立ちだけど、私はもうひとつ、別のことを考えていた。

「悪魔」と「天使」は、大昔は同じ存在だった、って話のことだ。確か、天使にも男と女がないんだって聞いたことがある。

もしかしたら、天使っていうのは最初の勇者様が大陸を二つに分けたときに、人間界にいたサキュバスさん達の一族のことだったんじゃないかな?

もしそうだったとしたら、おかしな話だよね。山のこっち側にいたから聖なる天使で、山の向こう側にいるから悪魔だの、淫魔だのって呼ばれちゃうなんて…

そもそもは同じだったかも知れないのに…

 そんなことを考えていたら、サキュバスさんが不思議そうな表情で私の顔を覗き込んで来た。

「あ、い、いえ…なんでもないです!」

私が慌ててそう返すと、サキュバスさんは首をかしげて、でも笑ってくれた。

 魔王城に戻った私たちは、花壇に埋めたトロールさんの石の様子を見た。サキュバスさんの話だと、あと一晩もすればいいんじゃないかってことだ。

それを聞いた私は、やっぱり心からホッと安心するような心持ちになった。

それから私は妖精さんとサキュバスさんと一緒に台所に行って、夕食の準備を始めた。

そろそろお姉さんが戻ってくるはずだし…正直、不安だった。

また血だらけで帰ってきたらどうしよう、って思いが頭から離れなかった。

 鳥肉と野菜を煮込んだスープと魔王城の庭になっていた真っ赤で赤い果物を切り終えた。この果物、人間界では見たことがない。

サキュバスさんはリンゴって呼んでた。少しだけかじってみたら、人間界で言うところのアップルの実と同じ感じだ。

でも魔王城のこのリンゴはアップルよりも一回り以上大きくて、きれいな赤の実。人間界のアップルは大人の拳より小さいくらいで、緑と赤の中間の色をしてた。

あとはパンが焼け上がるのを待つだけ。
 


 私は香ばしい匂いを嗅ぎながら、胸の中の不安を一生懸命ごまかそうとしていると、突然バタン、と音がした。

見ると、台所のドアを開けたお姉さんが立っていた。

「魔王様!おかえりです!」

「お帰りなさいませ、魔王様」

「お姉さん!」

妖精さんとサキュバスさんの挨拶の返事を待たないで私はそう叫んで弾かれたみたいに駆け出してお姉さんに飛びついた。

「おっと!あはは、ただいま。良い匂いだな!あたし、腹減っちゃったよ!」

お姉さんは私を抱き留めながら、そんなことを言って笑ってる。

その顔を覗き込んでみると、お姉さんは穏やかな笑顔を浮かべていた。

良かった…今日は、ひどいことにはならなかったんだね…よかった、お姉さん…

そんな私の気持ちを感じてくれたのかどうか、お姉さんは私を見つめ返してきて、ゴシゴシと頭を撫でまわしてくれる。

革の手袋はつけたまま、だったけど。

「もう食べれそうかな?」

「うん、パンが焼きあがれば」

「そっか、なら、あたしは着替えを済ませてくるよ。ダイニングに運ぶ準備しておいて」

「分かった!」

私はとにかく元気にそう返事をしてお姉さんの腕から飛び降りた。

「では、人間様、お願いいたします。私は魔王様の御召し替えに着いて参ります」

「えぇ?着替えくらい一人で出来るって!子どもじゃないんだぞ!」

「そう仰らないでくださいませ。主の遣えるのが従者たる者の役目にございます。ささ、行きましょう」

「あぁ、もう!わかったって!」

サキュバスさん連れられて、お姉さんが台所を出て行った。その後姿を見送ってから私の肩に、妖精さんが降りてくる。

「さ!準備しよう準備!」

妖精さんの明るくて、うれしそうな声が聞こえてくる。お姉さんが元気に帰ってきてくれて、私と同じように妖精さんもうれしかったんだなってそう感じて

私もなんだかますますうれしくなった。

「うん!お姉さんにいっぱい食べてもらわないと!」

私は掛け声みたいに大きな声で、妖精さんにそう返事をした。



 


つづく。


とりあえずここまで。

今夜は集中して書けそうなので、深夜帯にもう一度投下できる…かも。
  

良いお年をお迎え下さい!

お疲れ様でした


いっそ、なろうの方が目に留まるんじゃないかな…と思う今日この頃



よいお年を

来年のご活躍をお祈りしております




……トロールさんの


あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いします!

>>241
今年もよろしくです!

>>242
レス感謝!
しかし、誰だ君は!?なぜその名を知っている!?
マジ怖いんですけど!

>>243
レス感謝です!!
今年もよろしくお願いします!


さて、続きの投下はないのですが、キャノピからお年玉をいただきました!
各キャラの設定画です!

スマホカメラの画像なんでサイズとかそういうのは許してね!


まとめ
1:http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki1.jpg
2:http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-3.jpg

幼女たん
http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-g.jpg

お姉さん
http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-y.jpg

妖精さん
http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-f.jpg

サキュバスさん
http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-s.jpg

未登場の人達
A:http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-w.jpg
B:http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-dg.jpg
C:http://catapirastorage.web.fc2.com/kiseki-m.jpg

  

あけましたry

(´・ω・`)…
(小説家に)なろうってサイトがだね…

>>245
あ、小説家に「なろう」のことだったのね…

いや、実はですね、時間を掛けてリメイク予定の「なろう」と言う名のへっぽこ探検家が相方とドタバタしながら
トレジャーハントしたり遺跡見つけたり悪の組織と戦ったりって言う話をごく内々で書いたことがありましてですね。

なんでその「なろう」を知っているのか!?と勝手にビビってしまった次第w
変な反応して申し訳なかった。

ちなみにそのナロウさんはアヤレナのカレン編のところで名前だけ登場してます(ステマ)

まさしく『ごーるでんなウィーク』でんな♪(^-^)
(きっとG.W中は操船で忙しかろうから、と見に来なかったのはナイショ)

続き待っとります♪

〉442さん
まさしく『ごーるでんなウィーク』でんな♪(^-^)
(きっとG.W中は操船で忙しかろうから、と見に来なかったのはナイショ)

続き待っとります♪

うんうん。こここそが『つづく。』の、タイミングよなぁ~♪
さぁすが、判ってらっしゃる(* ̄ー ̄)

でも、はよ続き読みたい(笑)


ふぅ…スランプです。

とりあえず、続きを書いてみました。


遅くなってさーせん。

 





「様子はどうだ?」

パタンとドアの音をさせて、魔道士さんが食堂に顔を出した。

「もう、三里くらいのところまで来てるです」

念信を聞き続けていた妖精さんが、すぐさま魔道士さんに答える。それを聞いた魔道士さんは、ふぅ、と肩の力を抜いた。

「三里か…まぁ、上手く行っている方だろう」

「大尉さん達は、大丈夫です?」

「さぁな。だが、あいつらなら上手くやる」

「…そうだと、いいです…」

魔道士さんの言葉に、妖精さんは心配げな表情を浮かべた。

 人間軍が東部城塞に入ったことが分かってから2日が経った。あの日以来、大尉さんと兵長さん、それから魔道士さんが交代で東部城塞に小さな攻撃を掛けている。

お姉さんの言葉を借りれば「嫌がらせ」みたいなもので、とにかく補給物資を狙って士気を削ぐんだ、と言っていた。

 同じように、西部城塞に陣を張っていた魔族の軍勢には、黒豹さんと虎の小隊長さん達が補給物資を狙った攻撃を散発的に繰り返している。

今は魔族の軍勢の方には攻撃は仕掛けていないから、すでにこのお城に向かって行軍が始まっているようだ。

それでも、この2日間の「嫌がらせ」で、それも遅れさせることが出来ているらしい。

東部城塞からも西部城塞からも、このお城までは二日掛かるとサキュバスさんが言っていたけれど、二日経った今でも両者の軍はお城には現れていない。

三里のところに来ていると言うけど、時間はもう夕方だ。夜には陣を張って休むはずだから、

きっと、明日までは本格的な戦闘にはならないだろうって言うのが、お姉さん達の読みだ。

 でも、それはあくまで本格的な戦闘に限ったことで、私達がやっているように、こっちにもこっそり忍び寄って小規模な攻撃を仕掛けて来るようなことがないとは言えない。

 それを警戒して、私と竜娘ちゃんは、十四号さんを始めとした勇者候補の皆とそれから零号ちゃんにしっかり警護されていた。

 ただ、十九号ちゃんと二十号ちゃんだけは、早々にお城から抜け出させていた。行った先は、人間界の魔道士さんの“師匠”と言う人のところだ。

なんでも“大賢者”なんて呼ばれていて、小さな村に私塾を建てて、勉強や魔法を教えているらしい。

もう随分なおじいちゃんだから戦争の助力は頼まずに、幼い二人を保護してもらうように頼んだのだそうだ。

 私や竜娘ちゃんもそこに避難するか、と聞かれたけど、私達は揃って首を振った。

まだ今は戦いの力にはなれないけど、とにかく私は、お姉さんと一緒に居て気持ちを支えるのが仕事だ。何があっても、それだけはまっとうしなきゃいけない。

 不意にパパっと部屋の中が光って、兵長さんと大尉さんが床に転げながら転移魔法で帰ってきた。

「ゲホゲホっ…ウウェッ…」

苦しそう咳込んだ大尉さんは、全身を真っ黒に焦がしている。
  


「大尉殿、大事はないですか?」

「あぁ、大丈夫、大丈夫。ちょっと欲張っちゃったら火炎魔法食らってさ。でもこれくらい、なんでないよ」

兵長さんの言葉に、大尉さんはそう言ってふぅ、と息を吐き立ち上がった。

「もう二つ、物資の馬車を燃やしてやったよ。これでたぶん、食料は半分になってると思う。

 ここに辿り着く頃にはお腹いっぱいには食べられなくなってるんじゃないかな」

「まぁ、配分は分からない。もしかしたら今夜の分を削って、明日の朝食を揃えて来るかもしれないしな」

大尉さんの言葉に、魔道士さんはそう答えた。

「まぁ、そうだけど…少なくともあの数であれだけの食料なら、少なくともこっちが兵糧攻めには合わないだろうから、それは安心できるね」

「あとは、腹を空かせた兵士達が平静を失ってこちらの食料庫でも襲いに来なければ良いのですが…」

少し不安げな顔で言った兵長さんに、魔道士さんが

「警戒はしておこう。まぁだが、当日ならともかく、わざわざこっちの食料庫を襲いに来るくらいなら、行軍を早めて夜襲でも掛けてくる方が現実的だろう」

と落ち着いた声色で言った。

 それを聞き、納得したように頷いた兵長さんは

「そうですね…とにかく、玉座の間に報告に行って参ります」

と言い、もう一度大尉さんの身が大丈夫かを訪ねてから、食堂を出て行った。

 それを見送った魔道士さんは、私達を振り返った言った。

「お前達も気をつけろよ。奴らの転移魔法の魔法陣はこの城にはなかったが…座標が割れているから、向こうも転送魔法で少数を送り込むことは出来る」

「来るのは…協会の精鋭の使い手か、王下騎士団の連中かな?」

十四号さんがそう聞く。すると魔道士さんは引き締まった表情で首を振った。

「そもそも来る可能性は低いがもし送り込んで来るんなら、恐らくあの半仮面のオークと人間の間の子ども達だろう。やつらもこっちの…十三号の弱点を心得てる。

 半人半魔のあいつらを相手にするのは十三号にとっては精神的な痛みが大きい。こっちの士気を削ぐには有効だ。

 それに、狂化の魔法陣を施された、人間と魔族、両方の魔法を使えるあいつらを送れば、簡単な戦いにはならないからな…」

「本当にそれをやってくるんだったら、とことん腐った連中だよ」

魔道士さんの言葉を聞いた十六号さんがそう嘆く。でも、それに口を挟んだのは零号ちゃんだった。

「たぶん、大丈夫。あそこにはもう、予備の子たちはいないはず」

「半人半魔の子どものことか?」

「そう。あのとき、私と一緒に全員が来た。だから、もう協会には残ってないと思う」

「そうか…それなら良いが…だが、警戒は怠るな」

零号ちゃんの言葉を聞いて少し表情を緩めた魔道士さんだったけど、最後にはそう言ってまたキュッと引き締まった声で言った。

 零号ちゃんや十四号さん達もコクリと頷く。

 そんな中で、竜娘ちゃんだけは、黙々と書庫から持ち出した古い本に目を落としていた。それは、古文書の類でも何かの学術書でもない。

私が読んで分かるくらいありきたりな筋書きの、寝物語でもよく聞くような古いお語がいくつも書いてある本だった。

この騒ぎになってからと言うもの、竜娘ちゃんは繰り返しその本を読んでいる。

例の話には関係さそうだけど、私は竜娘ちゃんが、このピリピリした空気を誤魔化して気持ちを落ち着けるためにそうしているように思えた。
 


 「まぁ、それはそうと、だ。大尉さん達戻って来たんなら、アタシらも戻ろうか」

不意に、膝を打って十六号さんがそう言った。

 そうだね…ここは、階下から続く一本道に繋がる廊下の途中にある。

トロールさんの土の魔法で作り変えられたお城の中は、戦闘を想定した区画とそうではない区画とにわけられ、

それぞれは転移魔法を使わないと行き来出来ないようになっていた。

ここは戦闘を想定した区画で、外の廊下をまっすぐ行ったところにある階段を登った先にはお姉さんのいる玉座の間がある。

もうひとつの区画は、私達の寝室や台所やお風呂、それにあのソファーの部屋だ。

 こうして構造を分けておけば絶対安心、と言う訳じゃないけど、魔王城の中のことに詳しい人でもいない限りは、そう簡単にはバレたりしないだろう。

「うん、ここはあたしにまっかせといて!」

大尉さんが自分に回復魔法を賭けつつそう言ってくれたので、私達は十六号さんの転移魔法でソファーの部屋へと移動した。

 こうして別の区画になって助かっていることが、もうひとつある。誰かに聞かれたりすることなく、“あの話”が出来るからだ。

私達は、それぞれソファーにもたれかかって、誰となしにため息を吐いた。分かっていたことだけど、大尉さん以外の人の前では、やっぱり気を使う。

どことなく疲れた感じがしてしまっていた。

「…それにしても…十三姉ちゃん、怒るだろうなぁ」

ふと、十六号さんがそう口にした。

「でも、万が一ってときには仕方ないだろ?」

それに十七号くんが口を挟む。

「まぁ、後で叱られるだけで済むんならそれでいい。十三姉さんを死なせてしまうよりはな」

十四号さんが二人の会話を遮って、静かな声でそう言った。

「十八号ちゃん達が言ってことは、私もおかしいと思ったです…そうじゃないと思いたいですけど…」

妖精さんは少し沈んだ表情だ。

「でも、私はそう思う…竜娘ちゃんの仮定は、あり得ること」

十八号ちゃんがそう言って竜娘ちゃんを見やった。

「そうですね…あの石版に刻まれていた方法が正しかったと言う事は証明出来ていますから…あの方にもそれは、当てはまることだと思います」

竜娘ちゃんは胸の前に本を抱えてそう言った。

「怒られるのは嫌だけど…お姉ちゃんが死んじゃうよりはいい」

そう言った零号ちゃんの表情は、硬い決心に満ちていた。

「大尉さんの話じゃ、あっちは準備が整ってるって言ってたしね…」

私も、昨日大尉さんからこっそり聞いた話を思い出していた。

 皆、それぞれの思いをそれぞれの胸に抱えているけれど、あの日の夜にはそれでもそのときが訪れたらやろうって決めた。

そのことだけは、変えるつもりはないようだ。もちろん私も、今更気持ちを変えるつもりはない。そのための準備はもう済んでいる。

 私は、知らず知らずに自分の腕ギュッと握りしめていた。十六号さんが言うとおり、きっとお姉さんは怒るだろう。

勝手な事をするなって、私達が背負い込むことじゃないだろって。

だけど、私達にしてみたら、そもそもお姉さんが背負い込むものでもないんだ、って言うのが正直な気持ちだった。

お姉さんに全てを押し付けて世界を平和にだなんて言うのは、魔導協会やサキュバス一族がお姉さんを悪者に仕立て上げたのと同じことだ。

そんな事をしてしまうくらいなら、その荷を私達は背負いたい。私は、ううん、私もトロールさんも妖精さんも、お姉さんに命を助けてもらった。

十六号さん達だって、お姉さんと魔道士さんに拾ってもらえなければ、どこかで命を落としていたかもしれないんだ。

 私達はお姉さんに助けられた。今度は、私達がお姉さんを助けてあげる番なのかもしれない。

 例えそれが、お姉さんを傷付けることになったとしたって…

 




 その晩、私は夜中に目が覚めた。寝心地が悪かったとか、悪い夢を見たとか、お手洗いに行きたかったとか、そういうことじゃない。

ただ本当にふと、目が覚めた、って感じだった。チラッと横目で見てみると、一緒に眠っていたお姉さんと零号ちゃんは、静かな寝息を立てている。

 それを見て私ももう一度寝ようとしてみたけど、なんだか胸の中がザワザワしていて、どうにも眠るなんてことが出来なくなってしまっていた。

 二人を起こさないようにそっとベッドから降りた私は、寝室の外に出て廊下を歩いた。昼間の暑さが嘘みたいにひんやりとした空気が心地良い。

そんな中を、私は東塔に向かっていた。

 近衛師団長が案内してくれたあの月が綺麗に見える塔の上の部屋だ。こんな風に気持ちが落ち着かないときにこそ、

あの場所から見える景色が見たいとそう思っていたからだった。

 石の階段をコツコツと登って行くと、その先に戸が見えた。でも、その戸は締まりきっていなくって、隙間からあの青白い光が漏れている。

私は不思議に思って、その戸に手を掛けてそっと開けてみる。その先には誰もいない青白く照らし出されている部屋があった。

ただ、普段は開けることのない窓が開いていて、そこから涼しい夜風が入り込んで来ている。

 ふと、私は、辺りの気配に注意を向けていた。もしかしたら、誰かがこの窓から入って来てお城の中に入り込んでいるのかもしれない、と、そう思ったからだ。

 そんな事をしていたら、風に吹かれた戸がパタンと音を立てて閉まった。一瞬、その音にびっくりして身をこわばらせてしまう。

でも、それからすぐに、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「誰か、いるのか…?」

この声…トロールさんだ。私がそのことに気が付いて辺りを見回すと、あの小さな石の体になったトロールさんがヒョコっと窓の向こうに顔を出していた。

「人間か」

トロールさんはそう言って、這い出すように小さな窓から部屋に入ってくる。

驚いたことにさらにその後ろから、珍しく小さな姿に戻っていた妖精さんまで姿を表した。

「人間ちゃん、私起こしちゃった?」

妖精さんは小さな声で私にそう聞いてくる。私はブンブンと首を横に振って

「ううん、私なんだか目が覚めちゃっただけ」

と答えると、ホッとした様子で

「良かった」

なんて胸を撫でていた。
 


「二人はこんなところで何してるの?」

今度は私がそう尋ねてみる。すると二人は顔を見合わせてから

「おいは、最近はよくここに来る」

「私は、眠れなくってなんとなくね」

と口々に言った。

 それから妖精さんが思い出したように

「人間ちゃんもおいでよ」

と声を掛けてくれた。

 私は妖精さんのそんな誘いに乗って、小さな窓をくぐってその外にある下の部屋の庇に這い出していた。

妖精さんトロールさんも、私に続いて庇の上にやってくる。

 外の空気は少し肌には冷たいけれど、やっぱり、それが返って私の気持ちを落ち着かせてくれる。

 眼下に広がる景色を見ていたら師団長さんの事を思い出して、なんとなく胸が痛んだ。

師団長さんの涙の意味を、行動の意味を、今となっては想像することしか出来ないけど…でも、たぶん、想像の通りで間違いないんだろうって思う。

師団長さんは、本当にお姉さんのことが好きだったんだろう。でも、一族を裏切ることもできなかった。そんな苦しみで、きっと涙を流していたんだ。

私には師団長さんの裏切りは衝撃的だったし、辛い思いもあった。でも、師団長さんの思いは、きっとそれ以上に苦しみに満ちたものだったんだろう。

それはきっと、お姉さんが苦しんでいるのと同じ思いだったんじゃないか、って、私はそう思った。

 二つの種族、二つの思いに板挟みになって何を信じたらいいのか、どうしたら良いのかが分からなくなる苦しみ。

師団長さんはそれを胸に一人で抱えていたのかもしれない。そう思ったら、私はふと、ひとつの考えに思い至った。

―――もし、その気持ちを私が聞けていたら、師団長さんはもっと別の選択ができたのかな…?

 でも、私はすぐに頭を振ってそんな思いを振り払った。そんなことを今考えたって仕方ない。もう、取り返しの付かないことなんだから…

 そんな私の様子を見てか、妖精さんがふわりと飛んで私の肩に腰を下ろした。

「どうしたの、人間ちゃん?」

「ううん、なんでもないよ」

私は妖精さんの言葉に、そう返事をして笑顔を見せてあげた。妖精さんはそれでも、私の顔色をうかがうように覗き込んで来る。

その表情はどこか心配げだ。なので私は、なるだけ大丈夫だよ、って思いを込めて

「妖精さん、小さくなってるの珍しいね」

と、全然違う話題に話を振ってみる。すると今度は、妖精さんの表情が、少しだけ寂しそうに歪んだ。

「うん…ちょっと、名残惜しくって…ね」

そっか…そうだよね…。結局、私達が動くとなったら、そういうことになるんだもんね…私は妖精さんの言葉にこもった思いを感じてそのことを思い出した。

「そうならないといいんだけど、ね…」

私は、そんなことを口にしていた。
 


可能性がないわけじゃない。でも、十八号ちゃんの話や竜娘ちゃんの話を聞けば、その可能性は高くはない。

それは、私にも分かっていた。

「うん…そうだね」

妖精さんもきっと同じに違いないのに、そんなふうに、私の言葉に答えてくれた。だけどその表情はやっぱり、どこか不安げで寂しげだ。

「終わりじゃ、ない」

不意に、トロールさんがそう言った。

「えっ…?」

「どういうこと?」

私と妖精さんは、思わずトロールさんにそう尋ねていた。

「そうなっても、終わりじゃない…たとえそうなっても…終わるわけじゃない」

トロールさんの表情は……石の肌のせいでよくわからないけど、でも、月が写りこむその瞳には、なぜだか力強さが感じられた。

「…そうだね…」

そんな言葉に、妖精さんがふぅ、とため息をついて言う。

「私たちは…それでも、魔王様のそばにいる。それからの魔王様を支えなきゃいけないんだよね…今、弱気になっていたって、仕方ないね」

それから妖精さんはチラっと私を見やった。

 言葉の意味は、分かる。

何がどうあっても、それだけは何も変わらない。

たとえお姉さんが拒否したって、私たちはお姉さんの力になりたいんだ。

 思えば、あの洞窟で守ってもらったのは私だけじゃない。

妖精さんもトロールさんも、お姉さんが来てくれなければ、今はここでこうしていることなんてなかったんだ。

「うん…そうだよ。洞窟で出会って、ずっと一緒だったんだから。これからだって、そうしてたい」

「そうだな…」

「そうだね!」

私の言葉に、トロールさんも妖精さんも、そう言ってうなずいてくれた。

 それから私達はしばらく、くだらないことを話して笑ったりしながら、三人で屋根の上から青い景色を眺めていた。

どれくらい経ったか、少し瞼がトロンと重くなってきたのを合図に私が部屋に戻るというと、妖精さんとトロールさんも一緒に戻ると言って、屋根から部屋へと降りた。

そしてそれから、私は妖精さんと一緒に部屋まで行って、そこでトロールさんとお別れをしてそれぞれのベッドに潜った。

 お姉さんと零号ちゃんは、部屋を出たときのまま、スースーと寝息を立てて眠っている。

そんなお姉さんに体を摺り寄せて、私は胸の中でお姉さんに伝えていた。

―――お姉さん、何があっても、一緒にいるからね…

お姉さんは、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ムニュムニュ言いながら私の方に寝返りを打ってくる。

お姉さんに抱えられるようにされた私は、そっと目を閉じ、お姉さんとベッドに身を任せた。

暖かな心地良さが私を眠りへと引っ張り込んでいく。

そうして私は、その日もようやく、寝付くことができた。

 そして、三日後。

ついに、そのときはやってきたのだった。



 


つづく。

いろいろ書いてみたんですが、とりあえずずいぶんと登場人物が増えたところで、

話の本筋を確かめたかったのか、この三人の関係性を再度把握したこのパートが一番しっくり来たので…



次回、戦争がはじまります(たぶん)。

すっごい期待してる!!

まあ確かに今の俺たちの世の中に魔法ができたらこうなりそうだよな…
悲しいことに



こういう方法で世界をリセットするか。
魔王も勇者もなんもかんも「ヒト」に戻してしまえ!
ってか。意外と清々しいかも。嫌な感じがしない。

ヒャッハーな世紀末チックな世界になるかもしれんがどうなるんだろうね。

期待値上がって仕方がないw

珍しく4レスもついてる!w
超感謝!!!!

>>745
あざっす!ただでは終わりません!w


>>746
魔法物ってとかくこういうイメージなんですよねぇ。
DBじゃないですけど、神龍に頼めばいいさー的な…

>>747
感謝!

「まおゆう」とか「はたらく魔王さま!」あたりでも似たような展開なんですよねぇ、結局。
ただ、キャタピラはただでは終わりませぬ。


4レスももらったので、頑張って書きましたw
引っ張られるのは自分が読み手だったときにじれったくなるため、書くときも基本あんまりしたくないんですが、
レスにお応えしてとにかく書きあがった分を投下しときます!

 





 あの日、零号ちゃんの紋章がダガーに移ったあとの部屋を埋め尽くすほどの青い光が収まったとき、私が目にしたのは、裸姿の女の人だった。

彼女は、ぐったりと床に倒れこんでいて、ランプの暗がりでは息をしているのかどうかも分からなかった。

 でも、そんなことを気にしている心の余裕は、私達にはあるはずもない。

まるで光の中からあふれ出てくるように、この女の人は現れた。

今のは、転移魔法なんかじゃない。

こんな魔法は、見たことがない。

 この人は、誰…?

いったい、どこから出てきたの…?

私は、そう思ってふと、零号ちゃんが手にしていたダガーを見やった。

そこには、勇者の紋章が、まるでお姉さんや零号ちゃんが扱っているときのように、煌々と短い刃に輝いている。

それはまるで、ダガーが意志を持って勇者の紋章を光らせているような、そんな風に私には見えた。

 「お、お、おい…」

十六号さんが誰となしに、詰まりながら口を開く。

「誰か、あれ、毛布…毛布だ」

「は、はいです!」

十六号さんの言葉を聞いて妖精さんが気を持ち直し、そう返事をしてベッドから毛布を引っ張ってきて女の人に掛けてあげた。

そんな様子を見ながら、十六号さんは竜娘ちゃんにどうにか、と言った様子で尋ねる。

「な…こ、こ、これ、誰…?」

すると、それを聞いた竜娘ちゃんも、どこか不安げな表情で答えた。

「恐らく…この方が“古の勇者”様、です」

「い、いにしえの…」

「勇者…?」

「この人が!?」

十六号さんと十七号くん、そして妖精さんがとぎれとぎれに驚きの声を口にした。

声を出せるだけ良い。

私なんて、のどがつっかえちゃって言葉らしい言葉は何一つ出てこない。

 「はい…古文書によれば、大陸を二つに分けた後、“古の勇者”様は、この短剣に身を封じたと書かれていました。

 封を解くには、二つの紋章をそろえなければならないと…そう書いてあったのですが…」

竜娘ちゃんも戸惑った様子でそう言い、そして女の人…勇者様を見やった。

「零号の紋章だけで、解けちゃったみたいだけど…」

「魔力の感じがする…もしかしたら、実態ではないのかもしれない」

「なんだよそれ…?ゴーレムとか、そんなのの類か?」

「分からない…こんな奇妙な感じの魔力は初めてで…」

こうなることが分かっていたのかどうか、十八号ちゃんも戸惑いを隠せない様子だ。
 


 「ずいぶんと幼い子達に呼び戻してもらえたようですね」

勇者様はそう言って、どこかで見たことのある…そう、お姉さんがうれしいときの笑顔とそっくりな表情を見せてそう言った。

「こっちの言葉は、ちゃんと聞こえてる?」

「はい、大丈夫。聞こえていますし、理解もできています」

勇者様は、十六号さんにそう返事をして、それからややあって突然私達に向かって頭を垂れた。

「呼び戻していただけて感謝します。ところで、性急で申し訳ありませんが、今は開歴何年ですか?あぁ、開歴という年号はまだ使われているのでしょうか?」

勇者様はそう言って、私達一人一人の顔を覗き込むようにして見つめてくる。そんな勇者様に、十四号さんは言った。

「現在は国歴と改められていますが、開歴に計算し直すと…およそ開歴180年くらいだと思います」

「180年…随分時が流れてしまっているのですね。でみは、この時代では、土の民と造の民達はどうなっているのでしょうか?

「ついこないだまで戦争をしてたよ…いや、もしあんたが“古の勇者”だっていうんなら、あんたが世界を分けたそのときから、戦争が何度となく起こってる」

そう言った十六号さんは、どこか憎らし気な顔をしている。まるで、勇者様のせいだ、とでも言いたそうだ。

確かにそう考えてしまうところもある。でも、戦いならそのさらに前から続いていたんだ。それこそ、世界を分けなきゃいけなくなるほどに。

「戦いがやまなかったのですか?」

勇者様は十六号さんの言葉を聞いて、表情を変えずにそう言った。それを見て、私はなんだか奇妙な感覚を覚える。

そう、なんて言うか…人間と話しているんじゃないって感じるような、そんな感覚だ。

 同じことを十六号さんも感じたらしい。さっき以上に敵意をみなぎらせた十六号さんは

「よくそんなのんきに言えるな!」

と声を荒げる。

 でも、それを再び十八号ちゃんが押し留めた。

「待って、十六姉さん」

十八号ちゃんはそう言うと、勇者様に聞いた。

「あなたのその姿は、魔法か何かですか?」

すると勇者様はやっぱり顔色を変えずに

「その通りです。抑揚がないのはご容赦ください。まだうまく制御が出来ていません。まだ寝起きですので」

と答える。

 「寝起きだぁ?」

十六号さんは、やっぱり気に入らないのかそう言葉を返す。すると今度は十四号さんが

「落ち着け、十六号。もし本当にそのダガーに自分を封印してたって言うなら、開歴って年号が使われだした前後の出来事だ。

 開歴自体が世界が分かれたときに始まった年号のはずだったから、かれこれ180年近く眠り続けてたってことになる」

と割って入った。それを聞いた十六号さんは、納得はしていないみたいだったけどそれ以上突っかかっても意味がなさそうだってことは分かったらしく、

「気に入らないな、まったく…」

と悪態をつきつつ、それでも何とか矛を収めて

「それで…何がどうなってるんだ?」

と勇者様に尋ね直す。

「はい。本来なら二つの紋章がなければ私は封じられたまま。ですが、増幅の理の紋章を戻していただけたことで、短剣の中で意思だけは覚醒している状態です。

 そしてその意思と増幅の理を用いて光と風を操り、この姿を顕現させています。故に、こに体は虚像に他なりません」

「ふぅん…いまいち信用出来ないな…」

勇者様の返答に十六号さんはそう答えた。
  


 すると突然、勇者様がガクッとその場に膝から崩れ落ちる。あまりに突然で、私は思わず

「わっ」

と小さな声を上げてしまっていた。

 でも程なくして、勇者様は再びゆっくりと立ち上がった。そして、今まで無表情だった顔を、一目見てわかるほどに申し訳なさいっぱいの表情に変えて

「ふぅ…うまく出来てる…かな?意識をこっちに反映させて見てる。確かに、人形まがいのままに話だなんて失礼だった。

 ただこれ、長い時間は持たないだろうと思う…でも今はこれで許して欲しい」

と言い、十六号さんに目礼した。

 あまりの急激な変化に、今度は十六号さんが

「あ、あぁ、うん…」

と戸惑いを隠しきれない様子で返事をした。

 それを見た勇者様は、それからみんなを見回して再度頭を垂れ、

「君たちも、申し訳なかった」

と謝る。

 私は、そんな様子にハッとした。なんだかその仕草がお姉さんによく似ていて、まるでお姉さんに謝られたように感じたからだった。

 零号ちゃんもそれを感じたらしく、ふとした様子で

「お、お姉…ちゃん…?」

と言葉を漏らした。するとすぐに勇者様がその言葉に反応する。

「ん…?君は…」

そう言いながら勇者様は足音もさせずに零号ちゃんに近づくと、その額にそっと手を置いた。

フワリと微かな風のようなものを感じたと思ったら、勇者様の全身が微かな青い光を纏う。

 零号ちゃんは、そんな勇者様にされるていることを、何事もなく受け入れていた。

 やがて零号ちゃんから手を離した勇者様は、その両腕で零号ちゃんを抱きしめた。

「わぷっ」

「驚いた…遠い子孫が居てくれただなんて…」

し、し、子孫…?零号ちゃんが…?

で、でも待って…零号ちゃんは、お姉さんの体から取り出された肉体の一部から生まれた存在だから…

その、つまり零号ちゃんがそうだって言うことは、お姉さんが、古の勇者様の子孫、ってことになるの…?

 「あの、わ、わ、私は…」

腕にだかれていた零号ちゃんがそんなふうに慌てて、自分の生い立ちと成り立ちを説明した。

すると、勇者様は、零号ちゃんから体を離し、深いため息とともに、お姉さんや十六号さんがするように、零号ちゃんの頭を撫でた。

「そう…じゃあ、君もそうだけど、君の体の元となったって子が私の妹の孫の孫の孫…くらいに当たるんだろうな…」

零号ちゃんを愛おしむようにして撫で付ける勇者様は、どこか切な気な表情だ。

 もし十四号さんが言うように180年もの間眠り続けていたんだとしたら…妹さんって言う人は、きっと遠い昔に死んでしまっているんだろう。

零号ちゃんに手を当てただけで彼女が妹さんの子孫だってことが分かるっていうのもなんだか不思議だけど…

でも、なぜだか、勇者様にはそんなことが出来ても納得してしまうような雰囲気があった。

 そんなことを思っていたら、勇者様は不意に顔を上げて私達の間に目配せをしながら

「それで…あたしの封印を半分解いてくれた理由を聞かせてくれないか?」

改まって言った。
 


 そう、そうだった。いけない、あまりのことに驚いて、大事なことをすっか忘れてしまっていた。私は、気を取り直して竜娘ちゃんを見やる。

竜娘ちゃんも私を見てコクっと頷くと、世界に今起こっていることを事細かに説明し始めた。

 勇者様は竜娘ちゃんの話を、まるで胸が避けてしまうんじゃないかっていうくらいに辛そうな表情で聞き、

「…これが、この大陸にこれまで起こったこと、そして今起こっていることの全てです」

と竜娘ちゃんが話を締めると、しばらくの間、その場で見動きせずに固まってしまった。

 あの謝罪文だという古文書にあった通りなら、勇者様は当時、他にすべもなく、世界を二つに分けて争いを止め、

二つの民の間に満ちた怒りや憎しみを拭うための方法を探す時間を作ろうとしたんだ。

勇者様は根本的な解決にはならなくても、二つの民が持つ憎しみや怒りを取り払うことは出来なくても、大きな戦いは一旦避けられると、そう考えていたんだろう。

 でも、現実はそうは行かなかった。争いを止めるために「管理者」と言う人達の手によって作られた基礎構文によって、世界には魔法があふれた。

そしてその魔法は、分け隔てたはずの世界を簡単に越え、戦いが繰り返されたんだ。

さらには繰り返される戦いで拭おうとした怒りや憎しみが、さらに深まってしまった…

 私はそのときになって、ふと、基礎構文とは何か、って話のことを思い出していた。

基礎構文はサキュバス族には“世界を世界たらしめている”ものとして話が伝わっていて…

そして、魔導協会のオニババが竜娘ちゃんに言ったのは“争いを促した忌むべきもの”…

 二つの言い伝えは、まさしく基礎構文がもたらしたものを確かに示していた。

そしてそれは、古の勇者様が想像した以上に、この世界に悪い作用をもたらしてしまっていたんだ…

 勇者様はしずんだ表情でしばらく黙り込んでいた。

しばらくして、勇者様は重々しくその口を開く。

「戦いを避けることはできないと、そうは思ってた。でも、まさか“円環の理”のせいで、そんなにも悲惨に戦いが続いていただなんて…」

勇者様はケンカの落としどころを間違えたんじゃないか、って、ついさっきまで十六号さんと話をしていたけど、それも少し違ったようだった。

竜娘ちゃんが教えてくれた謝罪文にもあったし、勇者様が言ったように、そのことは勇者様の想定内だったんだ。

魔族と人間との世界に分けて、解決はできなくても一旦は争いを回避できるとそう思ったんだろう。

勇者様はその場にひざまずいたまま、頭を抱えるようにして深いため息をついた。

でも、それからすぐに顔をあげた勇者様は、食い入るように私達を見つめて

「それで…あたしを呼び出してくれたのは、どうしてなんだ?」

と聞いてくる。

それに答えたのは、竜娘ちゃんだった。

「今ここには、勇者の紋章と魔王の紋章が揃っています。ですが、神代の民…勇者様が書き残したところの『管理者』達の末裔一派がそれを狙っています。

 神代の民の末裔は人間と魔族の連合軍を率いて、近日中にもこの城へ迫ってくるでしょう。

 私たちは戦うつもりですが…勝敗はどうなるか分かりません。いえ、今、二つの紋章を持っている方の意志に従えば、勝ってはいけない戦いです。

 もし私たちが敵わないと突き付けられたとき、私達には生き残るための方法が必要なのです。

 そのために、勇者様をここへお呼びいたしました」

「そう…ユウシャとかマオウとかマゾクとか…分からない言葉も多いけど、

 とにかくこれから、二つの紋章が揃ったここに、土の民と造の民が手を携えて攻め込んでくるってことだな?」

勇者様はそういうとほんの少しだけ口元をゆがめた。

みんなにはどう映ったか分からなかったけれど…私にはそれが、かすかな笑みのように見えていた。
 


「はい…皮肉ながら、二つの紋章を持っている、その…勇者様の子孫にある方は、この時代で一時は人間軍を率いて魔界へと攻め入った先鋒でしたが、

 戦いのあとは、二つの民の融和を願って尽力されてきました。

 ですが、勇者様がいらっしゃった時代に『管理者』達がしたように、今この時代でも、その末裔たちが人ならざる者を求めて暗躍しています。

 結果的に、私達と『管理者』の末裔は反目し合っている状態です。」

「そうか…そのあたしの子孫ってのは、あたし以上の苦しみを背負わされてるんだな…」

竜娘ちゃんの言葉に、勇者様は再び表情を曇らせて悲しみを浮かべる。

そんな勇者様に、竜娘ちゃんは続けた。

「いくつか伺いたいことがあり、そしてその内容次第では、勇者様にお願いしたい儀がございます」

それを聞いた勇者様は顔をあげ、そして悲しげな表情をなんとか引き締め返事をした。

「うん、わかった。すべてはあたしの責任だ。どんなことでも聞いてくれていい。知っている限り答えるし、頼み事っていうのもできる限り意に沿うようにしよう」

でも、その目にはやっぱり、言い知れぬ悲しみが満ちているように、私には思えてならなかった。




 






「い、いにしえの、勇者…?」

「その女が、そうだっていうのか…?」

「そんなことが…ありえるのですか…!?」

 その瞬間、部屋が凍り付いたように感じたのは、私だけじゃなかったはずだ。

サキュバスさんに魔導士さん、そして兵長さんがそれぞれ信じられない、って顔をしてそうつぶやく。

だけどそれを聞いた勇者様は、

「二つの紋章を使ってね。時間の流れの外にこの体を封印してた」

なんて、初めて私達が会ったときとは違って、随分と軽い調子でそう言い、右腕に浮かんだ勇者の紋章を掲げて見せた。

それから小首をかしげて

「もっとも、その“ユウシャ”って呼び名、しっくりこないんだけどさ」

と苦笑いを浮かべる。

 そんな様子に、三人とお姉さんは言葉を継げなかった。

何を言ったらいいかわからなくなるのも当然だろう。

 だって、目の前にいるのはこの大陸に伝わる伝承の登場人物なんだ。

生きていること自体がそもそも信じられないだろうし、そのうえ、何にもないときのお姉さん以上に奔放な感じがする。

もうずっとずっと昔の人のはずなのに、まるで本当にちょっとお昼寝をしてた、くらいの気軽さだ。

 「あんたが…古の勇者…?」

不意に、お姉さんが何とか口を動かして、そう勇者様に聞いた。

「今はそう呼ばれてるんだってね。うん、そう。あの高い山を作った張本人。たぶん、あなたの遠い先祖の、その姉さんだよ」

勇者様は、そう言って屈託なく笑い、それから

「ついこないだ、このおチビちゃんに紋章を返してもらえてね。それで、ようやく戻ってこれたんだ」

と、おびえた表情の零号ちゃんにかぶりを振って言った。

「あ、あいつらの魔法陣は…あんたが…?」

そんな勇者様に、お姉さんは声を震わせながらそう聞く。

「そう。もしものときのために描いておいたんだ。この紋章ほどじゃないけど、それなりに強い効果が見込めるからね」

勇者様は、肩をすくめてさらりと答えた。

 そう、あの日の夜に私たちは勇者様に魔法陣を描いてもらった。

それは勇者の紋章によく似ていて、勇者の紋章と同じように青く光る魔法陣だ。

基礎構文のことを話す前に、お姉さんの説得がうまくいかなかったときのために、お姉さんから魔王の紋章をはぎ取る必要があった。

そうしようと思えば、魔導士さんやサキュバスさんがそれを防ごうとするのも想像できる。

私達には、少なくともお姉さんを含めた三人を取り押さえられるだけの力を、勇者様の紋章に与えられていた。

そうでもなければ、私が魔導士さんの動きを抑えるために力を貸せるほどの魔法を扱えるはずがない。

このために、あの夜から私達はずっと長袖を着て過ごしていた。

暑い日も、日焼け防止を理由にして、長袖を着続けた。

腕に浮かぶこの魔法陣が見つからないように…
 


 「そ、それで、自分を封印してたって…?いったい、なんのために…?」

お姉さんは、剣を握りしめたままにさらにそう尋ねる。

「長い話になるけどね…伝わってる話だと、土の民と造の民との長い戦いがあった、ってのは知ってるよね?

 それを治めるために、“円環の理”を使って力場を作って、この紋章は生まれた。

 “円環の理”ってのは基礎構文っていうとチビちゃんは言ってたな。

 あぁ、それはまぁともかく、紋章の力があったって争いが止められるってわけじゃなかった。

 作り出した連中には、力づくで平和にしろだなんて言われて…まぁ、早い話が秩序そのものになれ、と言われたんだけど、

 そんなことが正しいとも思わなかった。

 結局あたしは答えを見つけられないまま、ただ二つ民を分けた。

 それじゃあ、根本的な解決にはならないだろう、って分かってたけどね…それ以上、血が流れるのを見てられなかったから。

 その代わりに、あたしはあたし自身を封印した。

 戒めの意味もあったし、封印された遠い感覚の中でも少しは考えることだってできた。

 あたしはそこで答えを探してた。 

 もし、民の側が答えを見つけられたのなら世界をもとに戻すつもりでいたから、二つの紋章をそれぞれに分けさせて管理するように言ったんだ。

 二つに分けた世界をもとに戻すためには両者が手を取り合って紋章を持ち寄らなきゃいけない…そんな風に考えたんだけど…

 結局、あたしのしたことは、戦いを回避させるどころかもっと大きな泥沼にさせちゃったみたいだ」

そういうと、勇者様は肩を落とした。

「だから、すまなかった…あなた達とこの大陸を苦しめたのは、他でもないこのあたしだ」

勇者様はそう言うと、お姉さんの前にひざまずいた。

「償いはなんでもしよう…罰を受けろというのなら甘んじて受けよう。

 でもその前に、あんた達の役に立たせてくれないか…?

 死ぬにしても、このまま世界をほったらかして逝ったんじゃ、死にきれない」

そして、顔をあげた勇者様は、お姉さんの目をまっすぐに見つめた。

その目をあの日私が見た勇者様の瞳だった。

そしてそれは、お姉さんと同じ目でもあった。

あの、悲しい顔をして笑うときにいつも見せる、苦しみと傷つく痛みにおびえる瞳だ。

 お姉さんは、それを聞いてしばらく黙っていた。

それまでの驚きと戸惑いの表情を浮かべていたお姉さんは、まるで今の話を何度も頭の中で整理しているような、そんな風に見えた。

そして、それがお姉さんの中で理解されてきたんだろう、やがてその表情が、泣き出しそうに歪み始める。

「それじゃぁ、あんたなら…二つの紋章を使うこともできるんだな…?」

お姉さんは、静かに、私が見ても分かるくらいに、心を落ち着けようとしながら勇者様に聞いた。

剣の切っ先が、かすかに震えている。

「うん」

そんな短い返事を聞いたお姉さんは、握りしめていた剣を震わせ、そして、ガチャリと床に取り落とした。

それを拾うでもなくお姉さんは床に崩れ落ちて、ついには全身を震わせはじめる。
 


「本当なんだったら…頼む…魔族を…土の民ってやつらを救うために、あたしが言うやつらを殺してきてくれないか…?

 二つの紋章を使えるんなら、それができるはずだ。

 頼むよ…あたし、約束したんだ。

 魔族を、魔界を、平和にするって…基礎構文を消したら、魔族が魔族でいられなくなるんだ。

 そんなの、あんまりだろ…?」

お姉さんは、床に這いつくばりながらそう勇者様に頼んだ。

懇願って言った方がいいのかもしれない。

そこにはいつものお姉さんの凛々しさも不敵さもない。

ただただ魔族を救いたいだけの、ただの人間の女の人の姿だった。

 でも、そんなお姉さんに、勇者様は言った。

「それで、何が変わるわけでもないよ」

その言葉に、お姉さんがビクっと体を震わせて顔をあげる。

その両頬は、大粒の涙でいっぱいにぬれていた。

「殺してしまったら、結局のところ何にもならない。一人や二人じゃないんだろう?

 大勢を殺せば、それだけでこの力は恐怖の対象になる。誰かがその惨劇を語り継ぎ、この力は神になる。

 あとは誰かがそれをあがめ始めれば、すべてが決まっちゃうよ。

 そしたら、やつらの思うツボだ。

 もしかしたら、そうさせるためにこんな軍勢をけしかけているのかもしれない。

 不安や恐怖で作られた秩序の下に生きるのは、平和とは言わない。

 あなただってそう思っていたはずだろ。そしてそれとは違う方法をずっと考え続けて来たはずだ。

 ここへきて、それを手放さないでほしい」

勇者様はそう言って、お姉さんの頬の涙をぬぐった。

「“円環の理”…基礎構文は、この世界に恐怖と怒りをのさばらせてしまった。その結果が今だ。

 あのチビちゃんがやったように、多少の痛みを伴っても消し去らなきゃいけない」

だけど、お姉さんの涙はあとからあとからあふれ出てきて止まらない。

勇者様は、なおもそれをぬぐいながら、私の方を見やった。

「あの子は、ずっとあなたと共にいてくれたんだろ?」

勇者様の言葉に、お姉さんも私の方を見て、それからコクっと頷く。
  


「あの子だけじゃないんだろうけど…あたしは、あなた達のような人をずっと待っていた。

 苦しみに耐え、痛みに耐えて、その先の何かを探せるような意志を持った人だ。

 確かに基礎構文を消し去れば、この大陸に満ちた円環の力は消える。

 あの、自然と一体になって生きるための魔族って人たちの姿も人間に戻る。

 その痛みは、想像を絶するだろう…

 だから、あたしはあなた達に頼みたい。

 そうなってもなお、彼らの味方で在ってほしい。

 あの子達があなたにしてくれたように、誰よりもあなたが、彼らの痛みに寄り添い、そばにいてあげてほしい。

 きっとそこから、世界は変わっていく…基礎構文によってゆがめられた世界が終わって、新しい次の世界が始まっていく。

 苦しく辛く、暗い時間が続くかもしれない。

 きっと、明日を照らす希望の光が必要だ。

 あなたと仲間たちとで、土の民の…いや、この大陸の光となってくれよ」

勇者様は、よどみなく、まっすぐにお姉さんにそう伝えた。

お姉さんは、全身をこわばらせてさらに震え、勇者様のシャツの襟首を握り、嗚咽をこらえながら

「あたしに…できるかな…?」

と、かすれた声で聴く。

そんなお姉さんに、勇者様は優しい声色で答えた。

「できるよ。あなたと、あなたのそばにいてくれる人達なら」

 それを聞いたお姉さんの手がずるりと勇者様の服から滑り落ちて、ついにお姉さんは床に崩れ落ちた。

そして、泣き出した。

まるで子どもみたいに…このお城に攻めてきて、お姉さんに諭された零号ちゃんとおんなじに、声をあげて…

 「魔王様…」

ふと、サキュバスさんがそうつぶやいた。

それを聞き、十四号さんがサキュバスさんを恐る恐るといったようすで開放する。

サキュバスさんは小走りでお姉さんのもとに駆け寄ると、その肩をそっと抱いた。

「魔王様…もう、もう充分です…」

そう言ったサキュバスさんも、顔を涙でいっぱいに濡らしている。

そんなサキュバスさんに縋りつくようにしてお姉さんは言った。

「ごめん、サキュバス…ごめん、ごめん…あたし…約束守ってやれないよっ…!」

「もういいんです…終わりにしましょう、魔王様…先代様も、きっと分かってくださいます…同じことを願われたと思います…だから…もう…」

サキュバスさんがお姉さんにそう言って、お姉さんの肩を強く抱き寄せる。
 


 私は二人の様子を、一緒に涙をこぼしながら見つめていた。

お姉さんが先代様を討ったとき、お姉さんは何を感じたんだろう?

私に出会うまで、何を思って旅をしていたんだろう?

サキュバスさんは先代様が目の前で息を引き取って何を感じたんだろう?

お姉さんがこのお城に帰ってくるまでの間、なにを思っていたんだろう?

そんな疑問が頭の中にあふれかえって、胸を締め付ける。

先代様とサキュバスさんは夫婦みたいなものだった、と聞いたことがあった。

夫を殺され、殺した相手の従者になって、それでもサキュバスさんはお姉さんに心を開いた。

サキュバスさんはお姉さんを誰よりも思いやって、誰よりも信頼しているし、

お姉さんも、サキュバスさんには誰よりも頼って甘えて、そしてサキュバスさんの気持ちを何よりも大切にしている。

それは、そばにいる私が一番よく分かっていることだった。

 そんなことを思って、ふと、私は気が付いた。

この二人こそ、きっと怒りや憎しみを超えた二人なんだろうって。

気持ちや、事実や、その他のいろんなものを一切合切に抱きとめて、それでも先のことを見据えて来た二人だからこそ、できたことなのかもしれない。

 そう考えたら、勇者様の言葉は確かにその通りだ。

お姉さんなら、ううん、お姉さんとサキュバスさんなら、魔法がなくなって魔族が人間に戻った世界でも、きっと大丈夫…

二人の姿を見ていて、私はそう強く感じて、そして不思議と安心した心地になっていた。

 どれくらい時間がたったか、お姉さんが泣き止んで、サキュバスさんに支えられておもむろに体を起こした。

そして、ふぅ、と息を吐いて、勇者様に言った。

「分かった…」

そんなお姉さんの手をサキュバスさんがギュッと握りしめる。

「基礎構文を消してくれ」

低く、かすれてはいたけど、お姉さんは力のこもった声でそう言った。

「うん、わかった。任せて」

勇者様は、相変わらずの優しい笑みでそう答える。

その返事を確かめたお姉さんは、黙って様子を見つめていた零号ちゃんを見やった。

「零号、頼む」

そう言われて零号ちゃんは、ようやくあのおびえた表情を解き、おずおずと、魔王の紋章を移し替えた自分のダガーを手に、三人の下へと歩み寄る。

 これで、勇者様に魔王の紋章が戻れば、世界が終わる。

そして、新しい世界が始まるんだ。

大変な世界になるかもしれない。

でも、今のままでは、いずれもっと大きな戦いが起こって、もっとたくさんの人が傷つくだろう。

そうでなくても、もう数えきれないほどの人たちが傷つき、苦しんできたんだ。

ずっとずっと昔から続いてきたしがらみをほどくことができるかもしれない機会がやってくる。

そのときには私も何かの役に立とう。

私は、知らず知らずに心の中でそう決意を固めていた。
 


 零号ちゃんが、自分のダガーから魔王の紋章をペラリと引きはがした。

そして、持ち替えた勇者様が封印されている古いダガーの刃に、その紋章をゆっくりと押し当てていく。

青い勇者の紋章の光をまとっていたダガーに赤い光が加わって、白く明るく輝き始めた。

 これで、勇者様の封印が解ける。

自分で自分を封印して、それで、ずっとずっと長い間眠り続けて来た。

あの古文書にあったように、自分のことを責め続けていたのかもしれない。

それも、今日で少しは楽になるのだろうか?

世界が二つに分かれた日から大陸に起こった出来事がなかったことになるわけじゃない。

それでも、新しい世界を切り開くために力を貸してくれた勇者様は、訪れた新しい世界で何を感じるんだろうか?

すべてが終わって、新しい世界が始まったら…勇者様は、何をするのかな?

普通の人として暮らすんだろうか?

それとも、まさか自殺したりはしない…よね?

いや、その心配はちょっとある…もしものときのために、みんなで勇者様を見張ってないといけないね。

基礎構文が消えたら紋章もなくなるし、強い力も消えてしまう。

そうなったら普通の一人の大人と同じ。

大陸の真ん中に人が踏み入れないような高い山を作り出したり、自分を封印したりもできないはずだからね。

 そんなことを考えていて、私はふと、頭の中に奇妙な疑問が湧いて出るのを感じた。

そう、紋章がなければ、自分を封印したりもできない…

 その疑問を自分の頭の中で繰り返して、私は、なぜその疑問が湧き出たのかを理解した。

勇者様は、自分で自分を封印した、とそう言った。

でも、それじゃあなぜ、二つの紋章も一緒に封印されなかったのだろう?

それとも、封印するのに紋章は必要ないのかな?

だけどそんな魔法が魔法陣やましてや魔族の自然魔法でできるわけがないし、そもそも勇者様は紋章の力で自分を封印したと言っていた。

 でも、それじゃぁ、どうして…どうやって…?

いったい、勇者様はどんな方法で、紋章を持たないままに紋章を使って自分自身をダガーの中に封印したっていうの…?

 ゾワリ、と背筋を何かが走った。

つい今まで感じていた安心感がボロボロと崩れていって気持ちが落ち着かなくなる。

考えすぎだと自分に言い聞かせてみても、その不安は私の中でどんどん膨れ上がっていた。

 もし…もしも…

そんなこと普通に考えたらありえないし、竜娘ちゃんが聞かせてくれた話にも疑うところはない。

でも、でもだよ…

もし、誰かが何かの理由で、勇者様から二つの紋章を引きはがして、それを使って勇者様の身を封印したのだとしたら…?
  


勇者様が紋章もなしに自分を封印するなんて、そんな方法しか思い浮かばない。

もしそうだとしたら…その理由って、なに…?

「ゆ、勇者様!」

私は思わずそう声をあげていた。

確かめられずにはいられなかった。

考えすぎならそれで良い。あとで謝ればいいんだ。

でももし、そうじゃなかったとしたら…私達はもしかして、取り返しのつかないことをしようとしているのかもしれない…!

「ん、どうしたの?」

勇者様は、相変わらずの優しい笑顔で私にそう聞き返してくる。

そんな勇者様に、私は聞いた。

「勇者様は…どうやって自分を封印したんですか…?紋章を持たないまま封印されていたってことは、封じ込めるときには紋章がなかった、ってことですよね!?」

私は、不安にせかされて早口で大声でそう聞いた。

 私の言葉に、今までのやりとりで出来上がっていた悲しみと決意の雰囲気に満ちた部屋の時間が止まったようだった。

みんなが一瞬、ぽかんとした表情を浮かべる。

でもそんな中で一人、当の勇者様だけが、ニタリ、と気味の悪い笑顔で私に笑いかけてきた。

「あなたは、頭のいい子だな」

次の瞬間、勇者様が突き出した指先から一筋の光が伸びてきて、私の胸を穿った。



 


つづく。


 


勢いで張り付けたら数行抜けてました。

申し訳ねえ。


>>749


 そんなとき、床に倒れこんでいた勇者様が、突然バチっと目を開けた。

「お、お、お、おい、あんた!大丈夫か…?っていうか、何モンなんだ…?」

それに気づいた十六号さんが、すかさずそう勇者様に聞く。

すると勇者様は部屋をぐるりと見まわしてから、パクパク、っと口を動かして、何かに驚いたような表情を見せた。

「しゃべれないのか…?」

「いいえ、十四兄さん。待って…」

何かをやりかけた十四号さんを十八号ちゃんが制して、勇者様に視線を戻す。

十八号ちゃんだけじゃない、みんなの視線を浴びながら、勇者様は何度か息を吸い込むと

「あー…うー…んー…」

と、まるで喉の調子を確かめるみたいに鳴らして、それから改まった様子で顔をあげて私達一人一人を見やった。


>>750

とつながります。
 

 





「勇者様は…どうやって自分を封印したんですか…?紋章を持たないまま封印されていたってことは、封じ込めるときには紋章がなかった、ってことですよね!?」

私は、不安にせかされて早口で大声でそう聞いた。

 私の言葉に、今までのやりとりで出来上がっていた悲しみと決意の雰囲気に満ちた部屋の時間が止まったようだった。

でもそんな中で一人、当の勇者様だけが、ニタリ、と気味の悪い笑顔で私に笑いかける。

「あなたは、頭のいい子だな」

次の瞬間、勇者様が突き出した指先から一筋の光が伸びてきて、私の胸を穿った。

 ドサリと体が床に転げた衝撃だけが感じられた。

体が動かない。痛みもない。

それなのに、妙に意識だけがはっきりとしている。

おかしいな…死んじゃうときってこんなものなのかな…?

 私は、床に転がったまま、目の前の景色をただ眺めているしかなかった。

「に…人間様…?」

最初に言葉を発したのはサキュバスさんだった。お姉さんの肩を抱いたまま、何が起こったのか、って表情で私を見つめている。

「ゆ…勇者様…?一体、何を…?」

次いで、竜娘ちゃんが絞り出すように勇者様に聞く。すると勇者様は立ち上がって、そして、嘲笑った。

「あはは…!ははははは!まったく、どいつもこいつもおめでたい奴らで助かったよ!どうしてその子のように考えなかったんだ!?」

そう言った勇者様の声は、もう、それまで聞いてきた勇者様のものとは全く違う、おどろおどろしい低く耳障りな声だった。

 部屋にいた全員が、そんな様子に凍りつく。

「何を…何を言ってる…?あいつに、何をした…!?」

お姉さんが、戸惑いながらも鋭い口調で勇者様にそう問いただす。すると勇者様は、ニタリとさっきの気味の悪い笑みを浮かべてお姉さんに聞き返した。

「あなたは、この世界に救うだけの価値があるか、と考えたことはないのか?」

その言葉に、お姉さんは固まった。戦いが始まった直後、お姉さんは同じことを私に言った。

お姉さんを傷付けるだけの世界を…お姉さんが救わなきゃいけない道理なんてないのかも知れない。私ですらそんな思いが一瞬でも過ぎったんだ。

お姉さん自身がどれだけそれを痛切に感じていたかは想像に難くない。

 身に覚えがあるお姉さんを見て、勇者様はまた笑った。興奮して…とても愉快そうに…

「あるだろう…?あたしもだ。戦いのやまない世界。あたしを利用したいだけの人間達ばかり。そんな世界を救ってやる価値も意味もあるわけがない。

 いっそ、基礎構文と一緒に消えてなくなってもらったほうがすっきりすると思うだろう?」

そう言った勇者様は、お姉さんを見つめて、そして言った。

「あたしは自分を封印したんじゃない。封印されたのさ。この世界を人のいないまっさらな状態にしようと思っていたところを二つの紋章を奪われてね」

勇者様の言葉に、お姉さんの表情が醜く歪んだ。

「待て…待てよっ…!じゃぁ、さっきの言葉は…?あいつらに手を貸してくれてたのは…!?」

「本当にめでたい子だな。決まっているだろう?二つの紋章を手にして封印を解くためだ。この大陸の滅ぼすためにな!」

そう言いのけた勇者様は、突然に太陽のように真っ白に輝いた。
 
誰もが目をそらす中で、体の動かない私だけがその様子を見つめる。光の中で、勇者様は姿を変えつつあった。

 サキュバスさんのような羽を生やし、竜娘ちゃんのような鱗の肌で全身を覆い、獣人族のように大きくて力強い体付きになり、頭からは天を衝くように鋭い角が現れる。

その姿はおおよそ勇者様だなんて呼べるようなものではなかった。

そう、あの姿はまるで、寝物語の中に出てくる魔王そのもの。

現実の魔王様とは全く違う、ただの恐怖と絶望の象徴のような姿だった。
 


 「そんな…そんな…」

その姿を見て、竜娘ちゃんがガクガクと震えて床に座り込んだ。

「嘘だろ…こんなことって…」

十六号さんも、言葉に詰まっている。

「くそっ…最悪だ…!」

魔導士さんは及び腰になりながらも身構えた。

「ふふ、あはははは!いい気分だ…!」

そんな周囲の反応をよそに、勇者様はそう声をあげて笑った。

その両腕には、二つの紋章がまばゆいばかりに光っている。

それを見るだけで、私にもわかった。

 まるで、世界が違う。

お姉さんが二つの紋章を使って見せた魔法もほかの人たちとは比べ物にならないくらいだったけど、こんな感覚ではなかった。

こんな…こんな絶望的な気配を感じさせるまでに強力ではなかった。

これが、古の勇者…世界を二つに分けた…人ならざる、神様にすらなれる存在…

 私達は…なんて…なんてことをしてしまったんだろう…

もっと慎重になって考えるべきだった。

竜娘ちゃんや魔導協会の話も、サキュバス族に伝わっていた話も、言い伝えにも疑うようなところはなかった。

唯一気になったのは、勇者様の話した封印に関することだけ。

いくら考えたところでこんなことになるだなんて、見抜けなかったかもしれない。

でも、私達だけで考えるんじゃなく魔導士さんやお姉さんに事前に相談していたら、この可能性に気が付けたかもしれない。

それなのに、私達は…

 後悔しても何にもならないなんてことは分かっていた。

だけど私達は何かを読み誤って、一番やってはいけないことをしてしまった…

 「サキュバス、零号を頼む」

部屋中に魔力の嵐が荒れ狂う中で、お姉さんが静かにそう言った。

右腕の勇者の紋章が、鈍く光り輝いている。

「ですが、魔王様…!」

「いいから、早くしろ!十六号、幼女の回復を急げ!」

ペタンと床に座り込んでいたサキュバスさんを叱咤し、私のすぐそばにいた十六号さんにそう声を掛けたお姉さんは、取り落としていた剣を拾い上げた。

「…嘘だと、言ってくれよ」

まっすぐに勇者様を見つめるお姉さんは、勇者様にそう言う。でも、それを聞いた勇者様は

「嘘だったよ。今まで話したすべてがね。全部、あたしが紋章を取り返すための芝居さ」

と嘲笑いながら答えた。
  


「そうかよ、残念だ…あんた、いい人そうだったのに」

お姉さんは引きつった笑みを浮かべならそう言って、勇者様に剣を突き付ける。

「でも、ためらわない。人間や魔族を相手にするのとは違う…あんたはここで殺さなきゃいけない」

「ふふふ、できるものならやってみ―――

勇者様が言い終わるよりも早く、お姉さんが床を蹴って勇者様に剣を突き立てた。

ガキンという鈍い音がして、その体に刃先をはじかれてしまう。

でも、お姉さんは少しもひるまずに左腕に纏わせた魔法陣を突き出して、勇者様の体に雷の魔法を浴びせかけた。

バリバリという音と閃光が部屋を包む。

けれど、勇者様は微塵も動揺していない。

「嘘だろ…」

お姉さんは、勇者様に雷の魔法陣を纏わせた拳を突き出したまま、そうつぶやいた。

そんなお姉さんに、勇者様が笑いかける。

「誰を相手にしていると思ってんだ?扱いきれない紋章一つで勝てる気でいるんなら、勘違いだってのを分からせてやろう」

勇者様はそう言うが早いか、背中の羽を軽く羽ばたかせた。

次の瞬間、部屋中の壁に見たことのない魔法陣がちりばめられる。

「くそっ!」

お姉さんはそう吐き捨てて結界魔法を展開させた。

それを待っていたかのように、勇者様はニタリと笑ってパチンと指を弾く。

途端に目の前が真っ白になって、そして体が吹き飛ばされそうな轟音が鳴り響いた。

実際、同時に体が振り回されるような感覚が私を襲う。

動かない体では、抵抗もできない。

怖い、と思う暇もなかった。

 気が付けば私は、結界魔法を展開させている十六号さんの背中を見つめていた。

世界がひっくり返って見えるのは、誰かが私を抱え込んでいるかららしい。

そしてそのひっくり返った世界には、それまであった部屋がなくなっていた。

部屋だけじゃない。

私達のいたあの部屋から上の魔王城全部が、跡形もなく吹き飛んでしまったようだった。

かろうじて残った床からは黒くすすけた煙が幾筋も登っている。

そんな中で、宙に浮かんだお姉さんが、同じく宙に浮いている勇者様に剣を振り下ろす姿があった。

勇者様はパッと伸ばした手の平に一瞬にして氷で出来た刃を出現させると、それを握ってお姉さんの剣を受け止めて見せる。
 
 「うおあぁぁぁぁ!」

突然そう雄叫びが聞こえた。

次の瞬間、鍔迫り合いを繰り広げていた勇者様に十六号さんが固めた拳を叩きつけていた。

「あんた…騙したのか…!アタシ達を…竜娘を…!姉ちゃんを…!」

十六号さんは全身から怒りを立ち上らせていた。そんな十六号さんにお姉さんが叫ぶ。

「下がれ、十六号!あんたじゃこいつの相手は無理だ!」

お姉さんの言葉通り、勇者様は十六号さんの拳を頬で受け止めていた。
 


 勇者様は、十六号さんの腕を引っ掴んでニヤリと笑う。

「なんだよ、それ?打撃ってのは、こうやるん―――

「だありゃぁぁぁ!!!」

勇者様が何かを言い掛けたそのとき、真後ろから十七号くんが突撃を仕掛けて勇者様の後頭部を蹴りつけた。

不意打ちをもらって、流石に勇者様も一瞬体制を崩す。

「やらせない…!」

そこに、十八号ちゃんが勇者様の周囲に幾重にも魔法陣を重ねた。吹き出した炎が一瞬にして勇者様を包み込む。

十六号さんに十七号くん、そしてお姉さんはすかさず距離を取って空中で体制を立て直していた。

 「トロール、続け!羽妖精、こいつを頼む!」

そう魔道士さんが叫んだときには、私はもう空中に放り投げられていた。

でも、ほとんど落ちる感覚もなくふわりと風が吹いてきたと思ったら、私は床だった場所にいた妖精さんに抱きとめられていた。

 その間に、勇者様をトロールさんの土魔法で押し寄せたお城の壁だった石の破片が襲い、

そしてそれに続けて魔道士さんがありったけの魔法陣を展開させて雷を降り注がせる。目を開けていられない閃光とともに、ドドドドン、と大気が震えた。

 オンオンとその音が響き渡るその中心に、真っ黒に焼け焦げた魔王のような勇者様の姿が浮いている。

でも、全身が真っ黒なのに、両腕の二つの紋章だけは煌々と輝いたままだ。

 「紋章を狙え!」

お姉さんがそう叫んで、見動きを止めていた勇者様に斬り掛かった。

腕の魔法陣を勇者様と同じくらいに光らせたお姉さんは、全身を大きく捩って、目一杯に大きく剣を振る。

でも、そんなお姉さんの剣は再び勇者様の鱗の皮膚に弾けた。

「あぁ、鬱陶しいな…」

勇者様のおどろおどろしい声が夜空に響き渡る。

 「怯んじゃダメ…!」

そう声が聞こえて何かが勇者様の体に取り付いた。それは、剣を携えた大尉さんだった。

だけど、勇者様に突き立てようとしたその剣は見るも無残に砕けてしまう。

「あははは!そんなことで、あたしの腕を落とせるとでも…!?」

勇者様が大尉さんを嘲る。でも、当の大尉さんはいつもは見せない不敵な笑みを浮かべていた。

「残念、あたしは囮」

「なに…?」

大尉さんの言葉に勇者様が一瞬の動揺を見せたその瞬間、何かがピカっと真っ暗な夜空に翻った。

焼け焦げていた勇者様の腕の皮膚が微かに切り裂かれ、そこから鮮血がピッと吹き出す。

そのすぐ傍らには、剣を振り終えた残心姿の兵長さんがいた。

 すぐさまその傷口に、大尉さんが腰から抜いた短剣を突き立てる。鱗に覆われた皮膚の裂け目に短剣がズブリと差し込まれた。

「雷撃魔法!」

大尉さんがお姉さんと魔道士さんにそう声を上げる。

大尉さんは舌打ちした勇者様に勢い良く蹴り飛ばされてしまうけど、その一瞬の隙にお姉さんと魔道士さんの雷の魔法が閃いて、

勇者様の腕に突き立った短剣へと導かれるように降り注がれた。
 


 勇者様はまばゆい稲妻の中で、ガクガクと体を波打たせている。これは、効いてる…!

そんな私の一瞬の気の緩みとは裏腹に、お姉さんが叫んだ。

「手を緩めるな!一気にあの腕斬り落とせ!」

お姉さんの号令を合図に、みんなが一斉にそれぞれの魔法を展開させて勇者様に浴びせかける。

雷や炎、石や風、みんなの得意な魔法が勇者様を押し包んだ。

 「あぁ、本当に…鬱陶しいよ…!」

だけど、そんな耳障りな声が聞こえて来たと思ったら、勇者様がパパパッと眩しく輝いた。

とたんに、みんなの魔法がまるでロウソクの火を吹き消したように空中にフッと消滅してしまう。

その直後、閃光の中を何かが一筋飛び抜けて、十六号さんの肩を貫いた。

それは、勇者様の腕に突き刺さっていた短剣だった。

「あぁ、もう…!なんでアタシばっかり…!」

弱々しくそう呟いた十六号さんが、体勢を崩して空から落ちてくる。

「十六号!」

「魔王様!私が受け止めます!」

お姉さんの悲鳴にそう応えたサキュバスさんが竜娘ちゃんを小脇に抱えるようにして駆け出すと、風魔法を使って十六号さんをふわりと受け止めた。

十六号さんは、サキュバスさんの腕からすぐに自分の足で降り立って、そのまま自分に回復魔法の魔法陣を展開する。

良かった、動けなくなるほどのケガではなさそうだ。

 「あぁ、まったく…邪魔だな、あんた達」

不意にまた、勇者様の声がした。

空中へと注意を戻すと、そこには焼け焦げた皮膚を内側から再生させ、大尉さんと兵長さんの連携攻撃でなんとか負わせた傷すら、もう跡形もなく消えていた。

「ちっ、攻めたりなかったか…」

お姉さんが歯噛みしながらそう呟く。

勇者様は、すこし苛立ったような表情でそんなお姉さんを睨みつけた。

 今の一連の攻撃は、確かに効いていたように感じられた。

殺すことはできなくても、そう、お姉さんが言ったように、あの腕の一本でも落とせれば、それだけでも十分なんとかなるくらいまでに力を削げる。

勇者の紋章か魔王の紋章、どちらか一つを失えば、それだけで少なくともお姉さん達がまとめて戦えば有利になれるかもしれない可能性が生まれる。

今のままじゃ、本当に神様か何かを相手に戦っているようなものだけど…一斉に攻撃を仕掛けて、傷を付けることができるんなら、あるいは腕くらい…

もちろん、勇者様がその気になればそんな機会が一瞬も訪れないままに、世界は滅ぼされてしまうだろう。

でも、今みたいな不意打ちでなら、やれるかもしれない…

私は、そんなことをうっすらと考えていた。

 だけど、それがあまりにも甘い考えだっていうのを直後に私は理解した。

勇者様は、耳障りな声で言った。

「本当に鬱陶しいなその力…二度と立て付けないようにしておくとしよう」

そして、その両腕を夜空へとたかだかと掲げる。
 


「なにかしてくるぞ…気をつけろ!」

お姉さんの掛け声に、全員が身構えて結界魔法をいつでも展開出来るように準備を取った。

そんなお姉さん達を見て、勇者様はニタリとあの笑顔で笑ってみせた。

 次の瞬間、パァっと、辺りがなにかに照らされ始めた。

太陽じゃない…月でもない…でも、それくらいの明るさで、空から光が降ってきているようだ。

 「な、なに…あれ…?」

私を捕まえてくれていた妖精さんが、空を仰いでそう言った。

私は、妖精さんの腕の中で動かない体のままに、空に目を向ける。

 そこにあったのは魔法陣だった。

それもとても大きな魔法陣。

普通の大きさじゃない。

東部城塞のときに、魔導士さんが空に描いてみせたあの大きな雷の魔法陣とは比べ物にならないほどの大きさだ。

そう、それこそまるで、空全部が魔法陣になったような、それぐらいの大きさがある。

見上げているだけでは、全体がどんな形をしているのかも掴めない。

空の向こうの彼方から、遥か遠くにある中央山脈の向こうにまで続いている。

 「これは…一体…?」

竜娘ちゃんを担いで私と妖精さんのところにやってきてくれたサキュバスさんが、絶望的な表情で空を見上げて口にする。

私や妖精さん、サキュバスさんだけじゃない。

お姉さん達も、サキュバスさんに抱えられた竜娘ちゃんも、恐ろしい物を見るように、夜空を覆うその魔法陣を見上げていた。

「あはははは!これが“円環の理”、基礎構文ってやつだ!」

勇者様が高らかに笑って言った。

 これが…これが、基礎構文…?

この世界を形作っている…魔法の力の源…

あの日の晩に竜娘ちゃんは、「基礎構文は結界魔法のようなもの」と、そう言っていた。

そのときは想像できなかったけど、こうして実際に目の当たりにするとよく分かる。

これは、この大陸全体を覆っている魔法陣なんだ。この世界を覆って、その中を魔法の力で満たしているんだ…
 


 「基礎構文を消そうってのか?」

お姉さんが勇者様にそう迫る。

そんなお姉さんに、勇者様は笑って言った。

「すこし違うな…この基礎構文をあたしの体に移し替えるんだ。

 そうすればあたしは力を失わない。あなた達はただの人間に戻るだけ。

 抵抗されると気分が悪いからな…力を失って、何もできないままにあたしが大陸を蹂躙していく様を眺めているといい!」

勇者様はまるで雷鳴のように轟くおぞましい、ビリビリと空気が震えるような大声で、そう宣言した。

 そんな…

そんなことをされたら、もう私達に希望なんてない。

今でも微かなのぞみしかないのに、もし、お姉さん達が今の魔法の力を失ったら…もう、大陸を好きに作り変えることが出来る勇者様に適う手立てなんてあるはずもない…

「させないぞ…この命に代えても、あんたを止める…!」

お姉さんは、そう言って剣を構えた。

他のみんなも、それぞれに構えを作って勇者様を取り囲む。

もう一度…さっきのようにあの硬い皮膚をほんの少しでも切り裂いて、そこに刃を突き立てることができたら…あの紋章のどちらかを体から切り離すことが出来る。

それを狙う他にない…

「あはっ、あはははは!やれるもんならやってみろよ…!せいぜい足掻け、苦しめ!そしてこのくだらない世界のために死ね!」

そういった勇者様は、両腕に光を灯すと、自分の周囲に次々と何かを顕現させ始める。

それは、光輝く矢のような形をしたなにかだった。

きっと、あれそのものが魔法なんだろう。

光魔法?炎の魔法?それとも、雷…?

あんな魔法は見たことがない…見たことがないけど、あの数は…

 私が危惧した通りに、勇者様はさらに無数の矢を作り出すと

「さぁ、終宴の始まりだ!」

と両腕をバッと広げて見せた。

 つぎの瞬間、光の矢が四方に目でも追えない程の速さで弾けた。

光の矢は魔道士さんやお姉さんの結界魔法をいとも簡単に突き破り、お姉さん達の体を穿っていく。

魔道士さんもお姉さんも十七号くんも十八号くんも、兵長さんや大尉さんさえも、全身に矢を受けて空中から叩き落とされた。

それだけではない。

光の矢は、城壁の外に草原のように広がっていた人間軍と魔族の兵士さん達にも降り注いだ。

お姉さん達のように構えを取って身を守ろうとしていなかった城外の兵士さんたちは、その光の矢を受けて次々と地面に崩れ落ちていく。

矢の明るい光に照らされて…血しぶきが、真っ赤な霧が一面から立ち上り、射抜かれた人達が地面でもがき苦しんでいる。

あんなのは戦いですらない…ただ、一方的に蹂躙してなぶり殺しにしているだけだ…

 「やめろ…やめろよ!」

お姉さんはいきり立って勇者様に斬りかかった。

同時に反対側からは兵長さんが鋭い機動で空中を移動して勇者様に迫る。さらにその援護のためか、魔道士さんが雷の魔法を、十八号ちゃんが炎の魔法を繰り出した。

勇者様は結界魔法を展開させて魔法の攻撃を弾き返し、両手に出現させた氷の刃でお姉さんと剣士さんの剣撃を受け止める。

さらに、そんな勇者様の背後から今度は大尉さんが剣で突きを繰り出した。

勇者様はお姉さんと兵長さんの剣を支えながら、ぐるりと体勢を入れ替えるとすぐ後ろに迫っていた大尉さんを蹴り飛ばし、

次いで出現させた結界魔法をお姉さんと兵長さんにぶつけて弾き飛ばした。
 


 「くそっ…くそっ、くそっ!」

お姉さんが歯ぎしりしながらそう吐き捨てる。

お姉さんだけじゃない。みんな、必死だ。

「数が足りませんね…妖精様。竜娘様をお頼みします。私も加勢に参ります!」

サキュバスさんがそう言って、竜娘ちゃんを妖精さんに頼んだ。

「でも…サキュバス様…!」

「ためらっているときではありません…もし本当に私達だけ魔法を奪れれば、もう本当に抵抗する術がなくなってしまいます!」

そう言うが早いか、サキュバスさんは羽を広げて夜空へと舞い上がっていく。

 「止めろ…こいつを止めるんだ!」

お姉さんは、光の矢に射抜かれて血まみれになった体を起こすと再び空中に飛び出して鋭く剣を振りかざす。

勇者様は三度その剣を氷の刃でまるでなんでもないかのように受け止めて笑った。

「まだやるか…諦めろよ、いい加減」

「黙れ!例え世界があたしをどう思おうと、あたしをどう扱おうと!あたしは、あたしの約束を守る…!

 あたしが大切だと思うものを守る!

 あんたみたいな重圧に負けるような情けないやつに、あたしはやられたりなんかしない!」

お姉さんはそう叫ぶや、勇者様の胸ぐらを引っつかむと雷の魔法陣を勇者様の体に直接描き出した。

バシバシバシっと勇者様の体に稲妻が駆け巡り、ブスブスという音とともに煙が上がり始める。

「無駄なんだよ、その中途半端な紋章をいくら使ってもさ」

けれど、勇者様はニタリと笑って自分の周りに魔法陣を浮かび上がらせた。

つぎの瞬間、バシっという音とともに、お姉さんの両腕と両足が氷に閉ざされてしまう。

勇者様の前で、お姉さんは無防備に体の自由を奪われてしまった。

「魔王様!」

すぐさまサキュバスさんが風の魔法を勇者様に浴びせかけた。

旋風が幾重にも勇者様にまとわりついて鱗に覆われた皮膚を切り裂こうとしているけど、切り裂くどころか傷付いている様子すら見えない。

それどころか勇者様は腕をひと振りし、つぎの瞬間には、どこからか飛んできた大きな石がサキュバスさんの背中を捉えて、サキュバスさんがガクリと空中で力を失い落ちてくる。

私達のいる床の上に激突する寸前に、さっき結界魔法で弾き飛ばされた兵長さんが飛び出してきてそんなサキュバスさんを抱きとめた。
 
 「サキュバス!」

お姉さんの叫び声が聞こえる。

「あの女、管理者の末裔だな?それなら、大昔の恨みをあの女に晴らしても構わないな…楽には殺さないようにしよう」

「させない…あんたは、あたしが倒す!」

「そんなザマでよくそんなことがほざけるね?」

お姉さんの言葉に、勇者様は可笑しそうに笑って、その腕をクッと後ろに引いた。

「あなたを殺せば抵抗する気も起きなくなるだろうな」

そう言うと勇者様は、見たことのない魔法陣をその拳に展開させ始める。

「くそっ…!」

そう吐き捨てるように口にしたお姉さんは、氷をなんとかしようと空中でもがいているけれど、落ちてくることもなければ氷を破壊することもできない。

浮いているのはきっと勇者様がわざわざ支えているに違いない。
  


あのままじゃ、お姉さんが危ない…

でも、十六号さんたちはさっきに光の矢で負った傷のせいで今すぐにはどうすることもできない。

サキュバスさんは気を失っているし、それを受け止めた兵長さんも、血をいっぱい流して床に座り込んでしまっている。

大尉さんすら、傷の回復に手一杯で戦闘への復帰はできそうにない。

 「さぁて、希望を失った人間がどんな顔になるのか、とくと拝見することにするよ」

勇者様はそう言うと、後ろに引いた拳にギュッと力を込めた。

「お姉さん!」

 そんなとき、地上から幾筋もの攻撃魔法が吹き上がってきて、お姉さんを狙っていた勇者様に直撃した。

炎の魔法も、氷の魔法も、風や、土、光の魔法もあった。

今の、何…?

いったい、どこから…?

私はそう思ってとっさにそれが飛んできた方に首を傾ける。

するとそこには、さっきの光の矢の直撃を免れた人間軍や魔族の人達が、勇者様を見上げている姿があった。

 お城の外の兵士さんたちが、お姉さんを助けてくれたの…!?

「手を緩めないで!あのバケモノが我らの敵です!」

そんなお城の外の人達の中に、そう叫ぶ人がいることに私は気が付いた。

それは、東部城塞でお姉さんを説得しようとしていた、お姉さんのかつての仲間の弓士さんだった。

「あぁ、クソっ…一体全体、どうなってやがる!」

そう別の声が聞こえたと思ったら、お姉さんの動きを封じ込めていた氷がバラバラに切り刻まれる。

そして、驚いた表情のお姉さんのすぐ隣にふわりと浮いて、剣士さんが姿を現した。

 「あんた…」

お姉さんは剣士さんを見やって、絶句している。

「なんでお前はこんなバケモノと戦ってやがるんだ…?お前は一体今まで、何をしようとしてやがったんだ…?」

剣士さんはまだすこし戸惑いの表情を浮かべながらも、その剣をまっすぐに勇者様に向けていた。

 人間軍や、魔族の人達…それに、弓士さんも、あの剣士さんも…勇者様と戦ってくれるんだ…

そうだよ、魔法が消えて困るのは私達だけじゃない。

魔族の人はもちろんだし、人間だって魔法で生活がなりたっているようなもの。

それに、魔法がどうとか関係なくなって、勇者様が世界を滅ぼそうとするなんてことを受け入れられるはずがない。

今、この場にいる誰もがお姉さんと同じことを考えずにはいられないだろう。

勇者様を倒さなければいけない、って。

「みんな…」

そう思った私は、ふとそう一言口に出していた。

とたんに、妖精さんが

「人間ちゃん!大丈夫!?」

と聞いてくる。

 あれ…?

そうだ、私…さっきまで動けなかったはず…しゃべることも、首を動かすことも出来なかったのに…

 そう気がついて、私はクッと体に力を込めてみる。

すると、私の意思通りに、手や足が動いてくれた。
 


「妖精さん、私…」

「大丈夫、傷は塞いだよ!」

体の感覚が無くて分からなかったけど、妖精さんがいつの間にか私の傷を治してくれていたらしい。

だから、体も動くようになったのかな…?

でも、さっきまでの感覚は一体なんだったんだろう?

意識だけが妙にはっきりしたまんまで、体だけが動かなくて…

 そんなことを考えていたら、不意に、すぐ近くでパッと何かが明るく光った。

「あ、あ、あなたは…」

妖精さんが息を呑むのが感じられて、私は妖精さんの顔を腕の中から見上げる。

「…あの空の巨大な魔法陣は…やはり、そうなのですね」

次いで別の方から声が聞こえたのでそっちに目をやると、そこには、どこかで見覚えのある黒いローブの中年の女の人が立っていた。

こ、こ、こ、この人、魔導協会の、オニババだ…

 「こ、こ、ここへ何しに来たですか!?」

妖精さんが私を床に投げ出し、私を庇うようにして身構える。

でもオニババはそんな妖精さんの様子に構わずにジッと空を仰ぎ見ていた。

夜空の大きな魔法陣の光に照らされていて、真っ青になっているのが分かる。

「基礎構文…まさか、このような形で存在しているとは思いも寄りませんでしたね…」

「り、理事長様…!」

不意に、零号ちゃんの声が聞こえた。

零号ちゃんはすぐさま私達のところに飛び込んできて、私と竜娘ちゃんを背中に庇う妖精さんとオニババとの間に立ちふさがる。

「零号ですか…いい表情になりましたね」

不意に、オニババは零号ちゃんを見やってそういった。

あまりの言葉に、零号ちゃんが戸惑っているのが分かる。 

でも、そんなことには構わず、オニババは妖精さんに聞いた。

「あのおぞましい姿をした者が、もしや、封じられし古の勇者様なのですか?」

「…そ、そうですよ」

妖精さんは言葉に詰まりながらもそう答える。

「基礎構文を己が身に移し替え、力を失った世界を滅ぼす…それが、古の勇者様の結論なのですか…?」

オニババは誰となしにそう言った。

お城の外にいた人達にもあの大声の宣言は聞こえたに違いない…だから、外の人達も攻撃をしてくれたんだ…

私はそう思いながら見つめた、オニババの体が震えていることに気が付く。

そんなオニババの姿が私には、世界が滅ぼされる、ってことよりも、むしろ勇者様がこんなことをしている、ってことに絶望しているように見えた。
 


 「なにか止める方法はないですか!?あなた、神代の民の末裔って言ってたです!」

妖精さんがオニババに必死になってそう尋ねる。でも、オニババは力なく首を横に振った。

「二つの紋章が揃ってしまった以上、抗うことなどできないでしょう…そのうえ基礎構文まで消滅してしまうとしたら…もはや我々には…」

基礎構文が勇者様に奪われてしまえば、確かにそうだ。

でも、違う。

その前にまだ、できることがある…!

さっきの私の疑問は、こんな形で真実になってしまった。

だけど、あの疑問が真実だったとしたら、きっとその方法があるに違いないんだ…!

「オニバっ…じゃない、理事長さん!」

私は、半分以上口から出そうになった呼び名を無理やり飲み込んで、オニバ…理事長さんに聞いた。

「勇者様を封印する方法があるはずなんです…!なにか、知りませんか!?

 勇者様はさっき言ってました。

 紋章を奪われてその力で封印された、って。

 だから、きっと勇者様を封じた誰かがいたはずなんです!

 何かの方法で勇者様から紋章を取り上げたはずなんです!

 もしかしたらその誰かっていうのが、魔導協会とサキュバス族の人達だったんじゃないんですか!?

 なんでもいい、何か、知ってることを教えてください…!」

私は必死になって理事長さんにそう食い下がる。でも、理事長さんはすこし慌てたような表情になりながら

「そんな物はありえません…紋章は所持者の意思なく引き剥がすことなど出来る物ではないのです。

 腕を斬り落とされ、所持者の意思から離れれば別ですが、あんな絶対的な力を相手にそんなことは不可能です…」

と首を横に振る。

「そんなことない!絶対に何か方法があるんです!そうじゃないと、勇者様が封印されたって説明が付かないんですよ!」

それでも私は、理事長さんにそう迫った。

そうだ、きっとなにか方法があるんだ…あの紋章を奪う方法が…きっと…

「待ってよ幼女ちゃん、もし紋章を奪っても、あれはあの女の人しか使えないんでしょ!?

 お姉ちゃんにも、私にも、竜娘ちゃんだって本当の力を引き出せないってそう言ってた…」

不意に、そう零号ちゃんが私に言った。それに続いて、竜娘ちゃんも

「はい、零号さんの言うとおりです…仮に紋章を奪うことが出来たとしても、それを使って封印を行うことは出来ないと思います…

 ですが、どちらかを奪えば私達にも勝ち目がある…その方法を探しましょう…!」

と表情を引き締める。

だけど、私はなにか…得体のしれない違和感を覚えずにはいられなかった。
 


 違う…違うよ。

何かがおかしい。

私は、そんな場合でもないのに口をつぐんで頭を回転させた。

 だって、そうでしょ…?

勇者様を封印するためには、紋章を奪ってさらには使えなきゃいけないんだ。

でも、もし、大昔に誰かが紋章を奪っていたとしても、勇者様はそのときはただの人間になってしまうはずだ。

ただの人間に戻った勇者様を、本来の力が出せない魔法陣を使ってまで封印しようとするものだろうか?

もしその当時に勇者様が紋章を取り上げられなきゃいけないようなことをしでかしていたのなら、封印なんてしないで殺してしまえば済む話だ。

それなのに、勇者様は言ってた。

自分は紋章を奪われて、その力で封印されてしまったんだ、って。

 だけどそうなると、今度は零号ちゃん達の言っていた問題が出てくる。

あの紋章はある一個人、つまり勇者様にしか完全に扱い切ることができない紋章なんだ。

紋章を奪った誰かに何かの理由があって勇者様を殺さずに封印しなきゃいけなかったとしても、

紋章の力を完全に扱うことができない状態でそんなことが可能だったのだろうか?

お姉さんですら、合わない魔王の紋章の力を出し切る前に体に拒否反応が出て戦いどころではなくなってしまっていたのに。

  それに、単純に奪い取る方法ってどんなことがあるんだろう?

今の勇者様は腕を切り落とすのだって難しい。剣の腕が一番だって言う兵長さんですら、鱗を弾いてその下の皮膚に薄っすらと血を滲ませただけ。

力づくで紋章を奪うような方法ではどうしようもない。

もしかしたらあの紋章の力を弱めたり、封じ込めたりする魔法があるんだろうか…?

 いや、でも、もしそんなことができるんなら、やっぱり勇者様を封印しなきゃいけない理由が分からない。

だって、勇者様は結果的に紋章を取り上げられているんだ。“封印する他に方法がなかった”わけじゃない。

紋章を取り上げて、勇者様を殺して、それで済んでしまう話なんだ。

どうしてその「誰か」は、勇者様から紋章を奪うことができたの?

どうして勇者様を殺さずに封印したの?

どうして扱いきれない紋章を使うことができたの…?

ダメだ…やっぱり、考えれば考えるほど、思考が同じところに戻ってきてしまう。

 もしかして勇者様は、何か嘘を言っているんだろうか…?

勇者様は私達を騙して利用して、紋章を自分の体に取り戻したんだ。そう考えると、今も嘘を言っている可能性は低くない。

あの紋章には私達の知らない弱点があって、それを隠すためにこんな矛盾する説明になってしまっているんだろうか…?

 もし勇者様の封印や紋章に関する話が嘘なら、その他の話はどこまでが本当のことだったの…?

大陸に伝わっている“古の勇者”の伝説は、どこまで本当なのだろう?

もしかつて勇者様が、今と同じように世界を滅ぼそうとして封印されたのなら、伝わっている物語も偽りだと考える他はない。

でも、そんなことをしたって何か良いことがあったんだろうか?

世界を滅ぼそうとした悪者を封印した、って話を語り継ぐ方がよほど良い気がする。
 


 それに竜娘ちゃんが聞かせてくれた勇者様の日記のこともある。

あれは、少なくともあの伝説と大まかな内容は一致していた。

あの勇者様の日記はきっと本当に勇者様の心境が綴られていたのだろうか…?

でも、そうなるとやっぱり勇者様が封印された理由が分からない。

あんな日記を残すような人が、どうして紋章を奪われて封印されることになってしまったのだろう?

だけど…もしあの日記が嘘ってことになると、伝説自体も嘘ってことになってしまう。

 何度も聞いた伝説が嘘だ、って言うより、勇者様が当時に世界を滅ぼそうとしたって話の方が信じられない。

そうじゃないと、伝説や勇者様の日記が私の知っている形で伝わっている説明がつかないんだ。

 それなら、勇者様は封印されている間に世界を滅ぼそうと決めたってことになる。

確かあのとき、封印されてもどこか遠くで意識が残ってる、って話をしていた。

長すぎる時を過ごして、勇者様の心のどこかが歪んでしまったのだろうか…?

 分からない…でも、きっと封印に関わることについて、勇者様が困る事実が隠れているに違いない。

どう考えても、やっぱり、封印に関する部分に嘘があるとしか思えない。

そしてその嘘に隠された何かは、きっと勇者様の弱点なんだ…

 不意に、夜空から一際大きな破裂音が聞こえて、私はハッと上を見上げた。

そこには、真っ黒に体を焼かれた剣士さんがこっちに向かって真っ逆さまに落ちてくる姿あった。

「あのバカ野郎…!」

魔導士さんがそう歯噛みする。

「おいが!」

トロールさんがそう叫びながら私達の前に現れて、瞬く間に体をあの大きなトロールに変えて落ちてくる剣士さんを受け止めた。

 見渡せば、勇者様の周りには飛ぶ魔法を使える人間軍や魔族のたくさんの人達が飛び交い、弓士さんや魔導協会のローブの人の指揮で勇者様に攻撃を仕掛けていた。

それでも、次々に魔法や打撃、剣撃で地表へと叩き落とされている。

その合間を縫って魔道士さんや十六号さん達、お姉さんが強力な魔法で攻め立てているけど、勇者様にはまったくと言っていいほどに堪えていなかった。

 「まったく…大人しく死ぬのが待てないのか…?」

勇者様がそう言って不気味に笑う。

「あんたの勝手にはさせない!」

お姉さんが、勇者様へと斬りかかった。

「何度も何度も、芸がないんだよ!」

そう叫んだ勇者様は、お姉さんの前に魔法陣を展開させると、そこから雷を迸らせてお姉さんの体を縫い上げた。

「ぐふっ」

お姉さんがそう声を漏らして減速し、空中でふらついて体勢を崩した。

「ま、魔王様!」

いつの間にか意識を取り戻していたらしいサキュバスさんが闇夜に飛び上がってその体を支えた。

「手を休めないで!」

弓士さんの号令で、人間軍と魔族の人達が再び勇者様に魔法を集中させるけど、それはほとんどなんの意味もなく勇者様にかき消されてしまう。

それどころか、勇者様の周囲に現れた渦巻きが近くにいた人達を切り刻み、吹き飛ばし、まるで小虫の群れのように散り散りにする。

魔導士さんや十六号さんたち、兵長さんに大尉さんが果敢に攻撃を繰り出すけど…そのどれもが勇者様には軽くあしらわれている。
 


 もうみんな、ボロボロだ…

十六号さん達は、もう最初程の力で魔法を扱えていないのが分かる。

魔導士さんも、魔法陣を展開させる速度が徐々に遅くなっていた。

お姉さんも、体中に作った傷を治す暇さえない様子だし、

人間軍や魔族の人達はもう、地上にその体が積み重なるほどに犠牲を出している。

 そんな中で、勇者様が笑った。

そして、大きくおどろおどろしい声で、

「あははははは!もう終わりか…最初の一撃で決められなかったのが残念だったな!

 あたしも、これ以上は退屈しそうだ!」

と私達を嘲るように言うと、夜空に紋章の輝く両腕を突き上げた。

その途端、頭上を覆うように広がっていた基礎構文が急激に強い光を放ち始める。

「さぁ、見ろ!これがこの大陸を割った力だ…!」

ズズン、と、地響きがした。

いや、地響きなんてものじゃない。

地面が…揺れてる…!?

私はその揺れに、思わず体勢を崩しそうになって床の上にしゃがみこんだ。

妖精さんや零号ちゃん、竜娘ちゃん達も同じようにして床に這いつくばっている。

そんな中で、空中にいる人達の視線が、同じ方向を見ていることに、私は気が付いた。

その見つめる先を目で追って、私は、震えた。

 お城の東の方。

そこにそびえている中央山脈が、まるで…そう、パンの生地をならしているかのように、みるみるうちに平たく変形を始めていた。

降り積もっていた万年雪がまるで空に吹き上がる雨のように舞い上がって、空に光る基礎構文の灯りに照らされる。

あれだけの雪が溶けたら…周りの街は水に押し流されてしまうかもしれない。

この地面の揺れだけで、建物が壊れてしまっているかもしれない。

そこに住んでる、何百、何千って人達が…今、命を失おうとしている…

その原因を作っているのが、ただのひとり、勇者様…

分かってはいた。

それがどれだけ途方もない力か、だなんて。

でも、こうして目の当たりにしてしまうと、それだけで膝が笑って、全身から力が抜けてしまうような、そんな感覚に襲われる。

 「砂漠の街は…ダメかもしれないね…」

妖精さんが、揺れる床に足を取られる私と零号ちゃん、そして竜娘ちゃんを抱きしめながらそう言う。

「私は…なんということを…私は…」

竜娘ちゃんは頭を抱えて、ただ取り乱しておいおいと泣き続けている。

「お姉ちゃん…」

勇者の紋章を失い、戦うことのできない零号ちゃんは、唇を噛み締めて、夜空に浮かぶお姉さんを見つめていた。

 だけど、絶望はそれだけでは終わらなかった。
 


見上げていた夜空から、フワリ、フワリと光り輝く雪のような何かが無数に舞い降り始めた。

それに呼応するように、夜空に広がっている基礎構文が、うっすらとその光を失いだす。

「そんな…」

妖精さんがポツリとそう口にした。

基礎構文が、消え始めてる…

ううん、消えかけているんじゃ、ない…

空から降る光の粒は、吸い寄せられるように集まっている。

あれはきっと、勇者様が基礎構文を自分の体に宿し始めているんだ。

私は、言葉も出せずにただ息を飲んだ。

 このままじゃ、私達は今のような些細な抵抗すらもできなくなる…

そうなったらもう、勇者様に滅ぼされるのをただ待つしかない…

そんなことって…あっていいの…?

 私は体から抜けた力が戻らずに、そんなことを考えながらただ呆然と空を見上げて妖精さんに抱きしめられているしかなかった。

もう、何も考えられなかった。何も、思い浮かべられなかった。

時間もない。

力もない。

戦う術もない。

もう、私にはどうすることもできない。

 「あぁ…」

魔導協会の理事長さんは、そう呻いて床に膝を付いた。

まるで祈りを捧げるように手を組んで、ガタガタと震えている。

 「おいおい…敵の様子がおかしいから来てみたら…どういう状況なんだよ、こりゃぁ…」

不意にそんな声がしたのでそっちをみやると、そこには隊長さん達の姿があった。

階下にいた六人と、そして黒豹さんが、呆然と空を見上げている。

「古の勇者様が、世界を滅ぼそうとしているです…」

妖精さんが、強ばった口元をなんとか動かして隊長さんたちにそう説明をする。

「なるほど…世界の危機、ってわけだ」

妖精さんの言葉に、そう応えた隊長さんは力なく笑った。それから

「あの空に浮いてやがるバカでかい魔法陣はなんだ?」

と聞いてくる。

「あれは、基礎構文と言うです。私達の魔力の源、らしいです…」

「ふむ…薄れて行くな…なるほど…要するに、あのバケモノを叩けばいいんだな?」

「無理です…あれは古の勇者様です…見てください、中央山脈がもう、半分もないですよ?」

「バカ言え。古の勇者だろうがなんだろうが、あそこで生きてやがるんだ。生きてるってことは、殺すことだってできらぁ」

隊長さんは、剣を握り締めて妖精さんにそう言い、笑った。

「雇い主が諦めてねえんだ。こっちが何もなしに戦いを投げたんじゃぁ、傭兵の名が廃る」

「傭兵に捨てる名があれば上等だ」

そんな隊長さんの言葉に、虎の小隊長さんが応えて空笑いをあげる。

そんな二人は、まっすぐな視線でサキュバスさんに支えられたお姉さんを見ていた。
 


 お姉さんは、体中の傷を回復魔法で治療している最中だった。

その目は、まだ、するどく勇者様を睨みつけている。

隊長さんの言うとおりだ…お姉さんはまだ、諦めてない…

戦う気力を削がれていない…

「なんだ、その目は…?」

そんなお姉さんの視線に気付いたのか、勇者様は憎らしげに言った。

「まだやる気か?」

問いかけに答えないお姉さんに、勇者様はさらにそう問い立てる。

すると、お姉さんは微かに口元を緩めて見せた。

「あんたを叩きのめすまで、やめるつもりはない」

「ふふっ、あはははは!身の程をわきまえろ!」

お姉さんの言葉に、勇者様はそう言うが早いか魔法陣を展開させた。

「さぁ、本当の紋章の力を思い知らせてやる」

刹那、お姉さんとそれを支えるサキュバスさんの周囲に無数の氷の刃が現れて、そのすべてが二人に殺到した。

逃げる隙間もなかったお姉さん達は、体中をズタズタに切り裂かれて血しぶきを上げる。

「お姉ちゃん!サキュバスさん!」

零号ちゃんがそう声をあげたときには、お姉さん達は再び体勢を崩して、床へと激突していた。

 ダメ、ダメだ…やっぱり、このままじゃダメ…

考えて…考えなきゃ!

きっと何かあるはず…腕を斬る以外にも、勇者様から紋章を奪う方法が…!

 そう思って、私は勇者様の一挙手一投足をジッと見つめる。

空から降ってくる光の粒が集まるほどに、勇者様の両腕の紋章が光をましているのが分かる。

それに対して、お姉さんの紋章は基礎構文と一緒に徐々に光が鈍くなってもいた。

 時間はない。
  
勇者様は封印に関することで、何か嘘を付いているはずなんだ。

そうでもなければ、納得がいかない。

勇者様から紋章を奪うことは難しい。

奪えたところで、勇者様を殺さずに封印する意味も分からない。

もし封印する理由があったとしても、他の人はあの紋章の力をきちんと扱うことは難しい。

 そう考えれば、「誰かが勇者様を封印した」ということ自体が疑わしい。

だとするなら、やっぱり勇者様は自分で自分を封印したのだろうか…?

確かに、日記や伝説のことを考えればその方が納得が行く。

でも、そうなると勇者様が紋章を持っていないままに紋章を使って自分を封印した、っていう、最初の疑問に立ち返ってしまう。

それに、もしそうなら勇者様自身が「紋章を奪われた」と言っていたことが嘘ってことになってしまう。

そんな嘘を吐く意味があるの…?

そこに弱点があるから…?

自分で自分を封印しなきゃいけなくなるような、そんな弱点を隠している、っていうの…?



―――隠している…? 
  


私は、自分の思考のその言葉に引っ掛かりを覚えた。

勇者様は、弱点を隠しているの?

ううん、違う。

勇者様は隠してなんかいない。

だって、勇者様が言ったんだ。

「自分は紋章を奪われて封印された」って。

それはつまり、そもそも自分には紋章を奪われるような弱点があるんだ、って言っているようなもの。

弱点を隠すつもりなら、そんなことを言うなんてことはしないはずだ。

でも、なんだろう…何か、変な感じがする…隠しているんじゃなければ、いったい、なんなの…?

 ダメだ…ますます分からない…あんまりにも情報が少なすぎて、時間がなさすぎて、過程が多すぎて、

決定的な何かを見つけ出せない…どうしよう…このままじゃ、みんな…

 私は、そんな強烈な焦燥感に身を焼かれるような感覚になって、思わず

「妖精さん!一緒に考えて!絶対に勇者様は何かを隠してる…!零号ちゃんも、竜娘ちゃんもトロールさんも…お願い!」

と、ひとかたまりになって瓦礫の影に身を潜めていた皆と、そばで弾け飛んでくる魔法を石の魔法で防いでくれているトロールさんにそう声をかけていた。

「で、でも、人間ちゃん…に、人間ちゃん…!?」

私の言葉に返事をしてくれようとした妖精さんが、私の方を向いて何故だか言葉に詰まった。

え…?なに…?

その表情があまりにも、その、なんていうか、怯えたような、驚いたような表情だったので、私も思わず身を固くしてしまう。

「幼女ちゃん…そ、そ、そ、それ…なに…?」

今度は零号ちゃんがそう言って、私を指さしながら声を震わせて言う。

それって…?なんのことを言ってるの…?

私は、それでも何かが変なのかな、と思って自分の腕に目を向けていた。

そして、息を飲んでしまった。

 私の腕に、何か、真っ白に光る筋が網の目のように浮かび上がっていたのだ。

魔法陣のような古代文字だったりって感じじゃない。

例えて言うなら…そう、まるで血管みたいに、本当に網目状に腕全体を覆っている。

ハッとして、私は袖をまくってみる。

光の筋は、腕の方から肩の方までずっと続いていた。

な、なんなの、これ…?

私はそう不安になりながら、来ていたシャツの襟を引っ張って、体の方も覗いてみる。

お腹も、胸にも、同じように光の筋が張り巡らされていた。

そして、その光の筋は…私の左の胸の辺りが出発点になっているようだった。

その出発点は、たぶん心臓のすぐ上で、それで、この場所は…

私は、片手で襟を抑えながら、さっき勇者様に魔法を打たれて服に空いた穴から指を入れて確かめる。

やっぱり、だ。

この光の筋の中心は、勇者様に魔法を打たれた場所だ。
 


 勇者様が、これを…?

もしかして、呪いの一種…?

それとも、遅効性の攻撃魔法か何か…?

私、今度こそ死んじゃうの…?

 一瞬にして自分に起こっている得体の知れない事態からの不安が込み上がる。

ドクン、と心臓が強く脈打った。

そしてつぎの瞬間には、私はその不安をぬぐい去った。

…これは、そういう物じゃない。

ドクンと、心臓が鳴る。

体の、心臓の辺りがポカポカと暖かくなる感覚を私は覚えた。

ドクンと、心臓がなる。

体の奥底から、何か得体の知れない力が込上がってくるのが感じられる。

こんな魔法は受けたことがないし、そもそもそれほど多くの魔法を知っているわけじゃない。

でも、私は今の自分の体に起こっていることが、悪いものではないっていう、根拠のない確信があった。

これ、勇者様がやったの…?

あのとき、私に魔法を放って傷つけるのと同時に、私に何かしていたって言うの…?

いったい、何のために…?

 そう思考を走らせたとき、私は、まるで頭の中でパツン、と何かが弾けるような、そんな衝撃にも似た閃きを覚える。

 あぁ、そうか…

私は、全身に溢れ出る力に後押しされたように、自然とその答えに導かれた。

もしかしたら、何かの魔法でそう気付かされたんじゃないか、って、そう思うくらいに考えもしなかったことだった。

 でも辿り着いてみたら、今はもう他の可能性なんて考えられないくらいに、私はその答えに確信を持っていた。

 そう、それなら、すべてが納得行く。でも、それなら、その役目は私じゃない…

 私はすぐさま立ち上がって駆け出し、サキュバスさんと一緒に床に崩れ落ちていたお姉さんを助け起こした。

 「お姉さん、大丈夫?」

「大丈夫だ、だから下がってろ…あたしが止める…あんなやつの思い通りになんてさせない…!」

そう言いながらも、お姉さんはすでに力が入らないのか剣を杖のように床に突き立てて、それにすがりながらでないと立ち上がれないような有様だった。

 そんなお姉さんに、私はそっと手を当ててあげた。そして、意識を集中させて、回復魔法を練習したときのように体に沸き起こる力をお姉さんへと送る。

光が消えかかっていたお姉さんの紋章に再び光が戻り始めた。

 そのときになって、お姉さんはようやく私を振り返って、そして引き攣った笑みを浮かべる。

「おい、なんだよ、それ…?魔法陣、なのか…?なんて言うか…血管みたいな…」

「何かは分からない…でも思い当たることはある。後で説明するよ…だから、今は戦わなきゃ」

私はお姉さんにそう伝えて全身の魔力をお姉さんに注ぎ込んだ。その途端に、お姉さんの腕の紋章が今まで見たことないくらいに輝き始める。

体を穿っていたあちこちの傷が、目を見張る速さで塞がっていく。

「あぁっ…なんだこれ…」

お姉さんは動揺しながらも、すでに私の魔力をうまく扱えているようだった。

剣を力強く握りしめ、つい今まで立つのでも精一杯だったお姉さんは、力強く床を踏みしめて上空の勇者様を見上げた。
 


「もう、時間がない…これを最後の一撃にする…あんたの力、あたしが使わせてもらうよ」

「うん、きっとそれがいい。私がやっても、きっとうまくやれないだろうし…」

私がそう答えたら、お姉さんは傍らで二人に回復魔法を掛けていた十六号さんの剣用のベルトをピッと引っ張り抜いて、

それから私を背負いあげると体が離れないように固定した。

 「トロール、妖精ちゃん、サキュバス。残ってるのはあたしらだけだ…掩護を頼む」

お姉さんは、そう言って三人を振り返った。

「おいも、まだやれる。今度こそ何とかするべき」

「や、やれと言われれば精一杯やりますけど、だ、大丈夫です…?」

「この身は魔王様の物。魔王様が行くと言うのなら、例え地獄への扉でも修羅が住まう世界でも、どこへなりともお供します」

三人はお姉さんに三人三様の返事を返した。

 お姉さんはそれにコクっとうなずいて、そして再び勇者様を見上げる。

勇者様は、基礎構文から降ってくる光の粒をさらにたくさん取り込みながらこっちの様子を伺っていた。

 そんな勇者様に向けて、お姉さんは空を蹴って一気に上空へと飛び上がった。

 私は魔力をお姉さんに送りながら、お姉さんの背中に魔法を使って、手探りしながら一対の翼を顕現させた。

右の翼は天使の翼、そして右の翼は、サキュバスさんと同じあのコウモリのような翼だ。

 「だぁっ!」

お姉さんは、急な加速で勇者様の懐に入り込むとその剣を下から切り上げた。それは、勇者様の氷の刃に簡単に弾かれてしまう。

でも、お姉さんは、続けざまに短剣を引き抜くと勇者様の喉元目掛けて振り下ろした。

「甘いんだよ!」

勇者様は、それを軽々躱してフワリとお姉さんから距離を開けた。

そしてニンマリと笑うと、黙って二つの氷の刃を一つにまとめ、長い槍のような形状に作り変えた。

「そんな強化魔法は見たことがないな…あなた達、何をした…?」

勇者様は、そう戸惑っているかのような嘯くような表情を浮べている。

そんなお姉さんに辺から行く本もの光の筋が降り掛かった。

これは、妖精さんの光魔法だ…!

 勇者様は、その攻撃を身を翻して回避する。だけど、その先にはトロールさんが固めた石の塊が在って、それが一斉に勇者様へと叩き付けられる。

一瞬、石の隙間から見えた勇者様の表情は驚きに満ちていた。私が目にしたくらいだ。お姉さんがそれを見逃すはずがない。

 お姉さんは紋章を真っ青に光らせて、私が背中の羽を羽ばたかせて勇者様へと突っ込んだ。今度は斜め下から勇者様を切り上げようとする。

しかし、その剣もまた、勇者様が氷の魔法で作った防壁に阻まれ、ガキンと動きを制される。

さらに勇者様は高笑いしながら無数の魔法陣を辺りに展開し、飛び込んで来た私とお姉さんに狙いを付ける。

ギクッと、思わず体を怖ばらせたその時だった。

 「何でもいい…とにかく撃て!」

そう叫ぶ魔道士さんが強力な雷魔法で勇者様の魔法陣を撃って掩護してくれる。

そしてそれに応えるように十六号さん達や大尉さんや兵長さん、隊長さんに外にいた兵士さん達が一斉に魔攻撃法を勇者様に向けて放った。
 


 勇者様はさらに身を翻そうとするけど、そんな一瞬の隙にお姉さんが展開させた結界魔法に進行方向を遮られて動きを止めた。

魔法への対処が出来なかった勇者様は、強烈な無数の魔法をボコボコと言う音をさせながら全身に浴びてしまう。

 そして初めて、勇者様の体がグラッと揺れた。

「でやぁぁぁぁぁ!」

それを見逃さなかったお姉さんは私が送った魔力のすべてを剣にまとわせて、そして一気に勇者様の胸元に突き出した。

 その切っ先はあの、どんな攻撃も寄せ付けなかった勇者様の胸に突き立った。

ほんの、ほんの少しだったけど…

 その剣の刃を勇者様は、ぎゅっと握った。手に力を込め、突き立った剣を押し込もうとしているお姉さんをグイグイと押し返していく。

「くそっ…これもダメか…!?」

お姉さんがそう呻いたとき、バッと目の前にサキュバスさんが現れて、お姉さんの握った剣に手を添えた。

「魔王様…!」

サキュバスさんはそうつぶやき一緒になって剣を勇者様の体へと押し込む。

「力なら任せろ!」

「魔王様!人間ちゃん!!」

そこに、トロールさんと妖精さんも駆けつけてくれる。

トロールさんは剣に手を添え、妖精さんはお姉さんの肩を支えて風魔法で大気を蹴る。

 剣を抑える勇者様の腕がブルブルと震えている。もう少し…あと、少しだ…!

「小癪な…この程度の力で…この程度で…!」

勇者様は、剣の刃を握って堪えながら苦悶の表情でそう繰り返す。

 剣は、ズブリ、ズブリと少しずつ深く深くに刺さり込んで行く。

「一気に行くぞ…これで終わりだあぁぁぁぁぁぁ!」

お姉さんは合図とともにまるで青い太陽なんじゃないかってほどに紋章を光らせて全身に力を込めた。

 ズブ、ズブブッと言う湿った感触があった直後、

「バッ…バカな…こんなことが…」

と勇者様が呻いた。

 そしれ、ズシャッと言う軽い衝撃とともに勇者様の体の向こうへと刃が抜けた。

 それでも、お姉さんは安心しない。

「トロール、サキュバス、妖精、離れろ!」

そう言うや否や、お姉さんは両腕に青く光る雷の魔法陣を展開させると、剣伝いに雷を勇者様の体内に送り込んだ。

「ふぐっ…あぁっ…ぐああああああああ!」

勇者様が低いザラッとした声で絶叫する。

勇者様は、ゲフっと口から血を吐きながら、それでも、お姉さんの剣の刃に手を添え直し、そして食いしばった歯を開いて叫んだ。

「おのれ…おのれ…!このままで…このまま生かしてはおかない…あたしと、基礎構文の道連れにしてやる!」 

勇者様は、そう言うが早いか、私とお姉さんごと自分を卵のような丸い魔力の塊に飲み込んだ。

 その光の魔力の中は、なぜか静かだった。雷のような電撃が来ると思っていたから、全身に力が入ってしまっていたけど、自然とそれを緩めてしまう。

この塊は結界の一種だろうか?

外の様子が見えない。音も聞こえない。

まるで光り輝く不思議な空間に包まれているような、そんな感じがする。
 


 これが攻撃や何かでないっていうのを理解した私は、はたと勇者様の考えに気づいた。

だから私は、まだ勇者様の体に雷魔法を送り続けていたお姉さんと私をつなぎとめていたベルトを外して、お姉さんから体を離した。

 途端に、出力を失ったお姉さんはガクリと膝が落ちそうになる。

そんなお姉さんをとっさに支えたのは、剣を刺されたままの勇者様だった。

その顔には、ほぐれた笑顔を浮かべていた。

あの日と同じ、お姉さんと良く似た悲しげな瞳をたたえたままの…

「おい…な、何してんだ…?」

お姉さんが私にそう聞いてくる。

「うん、お姉さん…私、勇者様に聞かなきゃいけないことがあるんだ」

私は、驚いた表情を浮べているお姉さんに笑いかけて、そのまま勇者様の前にすすみでた。

「勇者様…これで、良かったのかな…?」

すると勇者様は、鱗に覆われその下には獣人族のような巨大な筋肉を膨らませていた腕を私に伸ばしてきて、

そして、その手のひらだけを人間の姿に戻すと、クシャッと私の頭を撫でてくれた。

「本当に、あなたは頭の良い子だ…おかげで三文芝居がしやすかったよ」

そう言った勇者様の表情は、とっても優しい顔つきだった。

「途中はもうだめなんだって思いましたけど…」

「申し訳なかったけど…そう感じてくれてたのなら良かった」

「おい…何の話だよ…?何が、どうなってんだ…?」

お姉さんが目をパチクリさせながら私と勇者様に聞く。

私は、私からではない方がいいかな、と思って勇者様に視線を向けたら、勇者様は小首を傾げてなにかを考えるような仕草を見せてから、またクスっと笑って

「いろいろ話はしたいけど、もう時間がない。基礎構文が崩壊する前に決着を付けよう」

勇者様はそう言うと、別の魔法陣を無数に周りに張り巡らせた。そして、

「爆破と同時に結界魔法で身を守れよな」

と、今度は自分に剣を突き指しているお姉さんの髪を梳く。

「待てよ…何、言ってるんだ…?」

「本当に頑張ったな、これまで…」

戸惑いを隠せないお姉さんの、今度は頬を愛おしそうにつまんだ勇者様はそう言って、それから穏やかな口調で付け加えた。

「この世界はきっと荒れる。だから、あなたが居てくれて良かった。あなたと仲間たちとでこの大陸の光となってくれよ…あなた達なら、きっと出来る!」

そうして勇者様は優しく微笑んだ。
 
 バシバシと、辺りの魔法陣が音を立て始める。

私はまたお姉さんに飛びついて

「お姉さん、結界魔法!早く!」

と急かした。

「えっ…あ、あぁ…」

お姉さんはワケが分からない、って顔をしてたけど、お姉さんはすぐさま結界魔法を展開させる。

勇者様が自分に突き立った剣を握っていたお姉さんの手に、自分の手を添えて言った。

「ごめんな、そして、ありがとう。本当はもっと姉らしくしてやりたかったけど、状況が許さなかったからな」

突然、ポロリと勇者様の目から涙がこぼれる。

お姉さんは相変わらず身を固めてしまったままだ。
  


「もし…この先もう一度会えたら、その時は…」

勇者様は、そこまで言うと、ハッとして顔を上げた。

「…時間だ…それじゃぁね」

そう、落ち着いた様子で言った勇者様は、自分に突き立った剣をギュッと握りしめ、そして、それを手にしていたお姉さんを力一杯に蹴り飛ばした。

 次の瞬間、私達は、またあの夜空の元に飛び出していて、そんな私達を激しい爆発の炎と風圧が飲み込んだ。

ぐるぐると体が振り回され落下していく中で、私は、剣が突き刺さったままの勇者様の体が、まるで魔法で出来た翼やトロールさんの体が消えていくのと同じように、

光る霧のようになって消えながら地上に墜ちて行くのを見た。

「くっそ、魔力がもう空だ!おい、さっきの力、もう一回送ってくれ!」

風の音に混じって、お姉さんがそう叫ぶのが聞こえる。私達だって、落下中だ。魔法で着地をしないと、無事では済まない。

 私は、お姉さんの体にへばりついて意識を集中させる。体の奥底から湧いてくる力をお姉さんに送り込…めない。

 あ、あれ…おかしいな…焦ってる?集中が足りないのかな…?でも、もう一度試してみるけど、やっぱりさっきのような力が出せない。

ハッとして私は自分の体を見やった。そこのは、あの真っ白に光る不思議な模様は跡形もない。あの日に勇者様にもらった魔法陣も消えてしまっている。

 も、も、ももしかして…?!

私は夜空に目をやった。そこにはもう、あの輝く大きな魔法陣はない。基礎構文ももう、跡形もなく消え去っていた。

 そっか、もう魔法は使えないんだね…じゃぁ、これ、今、すっごいまずい状態じゃない…!?

「お姉さん、私も出来ない…!」

「何ぃぃぃ!?」

そう言っている間にお城の床がグングンと迫ってくる。

「おい、受け止めろ!」

下で隊長さんがそう叫んで、女戦士さん達が私とお姉さんの落下点に駆けつけた。

私は空中でお姉さんにギュッと抱きしめられた瞬間、ドスンと言う強烈な衝撃が体に走るのを感じた。

全身がガクガクして、頭もクラクラとする。

周りには、私達と一緒に倒れ込んでいる女戦士さん達の姿があった。
 
「あぁ、なんだよ…どうなってんだ?」

女戦士さんが打ち付けたらしい肩をさすりながら不思議そうにそう言い

「力が、入らない…?」

と女剣士さんも、自分の手を見て呟く。

「あっ…痛ってぇぇぇぇ!」

お姉さんが腕を抑えながらそんなうめき声を上げた。見ると、お姉さんの左腕がおかしな腫れ上がり方をしている。

お、お、お姉さん、それ、骨が…?

私がそう青ざめていたら、そこへ十六号さんが駆け寄ってきた。

「大丈夫か、二人共…?じゅ、十三姉、それ腕折れてんじゃないか!」

十六号さんはそう言うなりお姉さんの腕に両手を掲げて、しばらくしてから、

「あぁ、そうか…」

と口にして、夜空を見上げた。
 


 「…間に合わなかったって言うべきか…何とか間に合ったって言うべきか、悩むところだな」

そんな十六号さんに、お姉さんは笑ってそう言い、そのまま腕をかばいながら床にごろっと横たわった。

そして、安堵のため息をついてから、静かな声色で言った。

「終わった…終わっちゃったよ…」

ポロリと、お姉さんの目から涙がこぼれた。でも、そんなお姉さんはあの悲しい顔をしてはいなかった。かと言って、嬉しいんでも、喜んでいるんでもない。

ただ、その表情は私には、どこか清々しく見えるような、そんな気がした。

 「魔王様!」

そう声が聞こえて、私は、ふと顔を上げた。そこには、サキュバスさんがいた。でも…なんだか違和感がある。

それもそのはず、サキュバスさんには、あの頭に生えていた角がない。尖った耳も、背中の翼もない。

そこにいたのは、栗毛色の長い髪をした、人間のサキュバスさんだった。

「あぁ…サキュバス…だよな?」

「はい、私です…魔王様、よく、よく、ご無事で…」

サキュバスさんはそう言うなり、お姉さんの手を取って泣き出してしまった。

 基礎構文が消えてしまったら、魔族は魔族の姿を保っていられなくなってしまったんだ。

それを思い出して私は、辺りを見回した。

ソファーの部屋だった場所の隅に、見知らぬ男の人が二人に、それからたぶん鬼族の戦士だった女の人と、鳥の剣士さんだった二人の姿があった。

見知らぬ二人は、軽鎧の方が黒豹さんで、ゴテゴテした鎧にたくましい体をしている方が虎の小隊長さんだろう。

 お姉さんの言葉の通りだった。

戦いは終わった。

世界も、終わってしまった。

お姉さん先代様と交わした魔族達に平和をもたらす約束は、ついに叶わなかったんだ。

だからあんな表情で涙を流していたんだ。

でも、これで終わりじゃない、って、お姉さんはきっと分かってくれているんだろう。
 


「みんな…聞いてくれ」

お姉さんはすぐに、仰向けに寝転んだまま、駆け寄ってきていたみんなに向けてそう声を掛けた。

「ケガ人の手当てをする。あたし達の手当てが終わったら、その次は外の連中だ。

 重傷者がかなりいるはずだからなるだけ急いで指揮を取って、重傷者から優先的に罠用に作っておいた広間に引き入れて治療をさせてくれ」

そんなお姉さんの言葉に、みんなもようやく、一様に安堵の息をホッと吐いてみせた。

「まったく、人使いの荒さは変わってねえな」

「おし、アタシらが表の偵察してこよう。触れて回らなきゃいけないし」

「十六姉ちゃんは東を頼むよ。俺は西に行く」

「よし、西にはうちの剣士を付けよう」

「それなら私が東の方に着いて行きます」

「あぁ、頼むぞ鬼戦士」

「虎だった旦那は、兵長の意識が戻るまではここの指揮を頼む」

「わ、私も何かするよ!」

「零号様は私と一緒にお湯を沸かすのを手伝ってくださいますか?」

「私は…医療品と薬草を持って出します」

「確か倉庫に山ほどあったねぇ、あたしもそっちかな」

「おいも、手伝う」

みんなが口々にそう役割を確かめ合ったのを聞いて、お姉さんはクスっと嬉しそうに笑ってみせた。

「まったく…本当に休む間もないよな」

お姉さんはそう言いながらも、私の顔を見やって

「さっきの話は、後回しだ」

なんて満面の笑みで笑いかけてくれた。




 





 「おーい、誰かこっちに手を貸してくれ!」

「重傷者は二階の大広間へ!手当てがまだの軽傷者は、中庭の救護所が空いているので、そっちへ回って!」

「待たせたな、炊き出しだ!まだの連中にどんどん回してやってくれ!」

「おぉい、誰か責任者の所在知らんか?追加の輸送隊がついたんだ」

長かった夜が開けた。

 昨日の晩まで、人間軍と魔族の人達に埋め尽くされていた城壁の外には軍隊の駐留用のテントが張られて、あちこちが仮設救護所に成り代わっていた。

昨日まで武器を持っていた人達は、今日は包帯や固定具、止血の薬草なんかを持ってあちこちを駆け回っている。

魔王城の中の台所にも人が詰めかけ、残りの食糧を全部供出した炊き出しだも行われている。

それだけでは足りないけれど基礎構文が消えたあとのことを想定していて、

大尉さんが手を回していた救援隊の物資が時間を置いて馬車数台ずつ到着しては、食糧や医薬品を運んできてくれていた。

どうもこの救援隊を指揮しているのは、あの竜族将さんらしい。

大尉さんがどう頼んだかは分からないけれど、竜族将さんはこの物質輸送にかなり積極的に協力してくれているらしかった。

 お城も開放して、特に安静が必要な人達に休んでもらう場所になっている。

そう指示を出したのは、もちろんお姉さんだった。

私はお手伝いの合間の僅かな休憩時間に、昨晩に吹き飛んでしまったソファーの部屋まであがって、そこからお城の内外で動き回る人達を眺めていた。

そこには、土の民も造の民もない。ただの人間達が、傷付いた仲間のために行き交う姿があった。

 「よう、大丈夫か?」

不意にそう声がしたので振り替えると、そこにはお姉さんがいた。

お姉さんはあちこちに包帯を巻き、当て布を貼り付けられている。右腕はやっぱり骨折していて、首から三角布で吊り下げていた。

「うん、平気。お姉さんは?」

私がそう聞いてみたら、お姉さんは苦笑いを浮かべて

「いやぁ、あちこち痛くって…ケガが治らないなんて、初めてのことだからな」

なんて言って肩をすくめた。

 基礎構文が消えた。私達の世界にはもう、魔法が存在しない。

骨折も切り傷も火傷も、治るまでには長い時間がかかってしまう。

それを不便がり、やっぱり絶望を感じる人達もいるようだけど、そもそも生き物っていうのはそういう存在なんじゃないか、って私は思う。

畑で作物がゆっくり育つように、人の成長も、傷の治癒だって、本来はきっとそういうものだろう。

もし今を不便だと思うのなら、それはきっと、魔法の力に甘え過ぎてしまった結果だ。

 「ごめんねお姉さん。私を床にぶつけないようにしてくれたんだよね」

「あぁ、まぁ…うん、いいよ」

私がお礼を言ったら、お姉さんはそう言って照れ笑いを浮かべながらポリポリと頬を掻いた。

「外の人達の被害は分かった?」

「あぁ、死んだ奴はそう多くないみたいだ。地上にいた奴らはケガだけ。

 死んじゃったのは、上空から叩き落とされた連中で、着地をやれずに打ちどころが悪かったやつらだ。

 今のところは、八十九人…」

「そんなに…」
 


「いや、総数三万八千の中で、死んだのが八十九人だ。ケガした奴らはもっと膨大だけど、死者の数だけみたら、被害なんてなかったに近い」

そうか…あれだけの数の人達が勇者様に挑んだんだ。

勇者様にはそうするつもりがなくても、あの高さからお城じゃなく地面に落ちてしまえば助からない人がいたんだろう。

ううん、逆に、光の矢や、氷の刃を散々に降らせたのに、誰ひとり死んだ人がいないというのなら、勇者様にはそうする意思が本当になかったんだ。

…やっぱりそうだったんだね。

私が内心、勇者様の行動に納得していたら、ややあって表情を引き締め直したお姉さんが私に聞いてきた。

「教えてくれないか、昨日のこと」

あぁ、うん、そうだね…

あれからは、混乱する戦場を治めてケガ人の救護を組織立てるために、忙しく動いて、あの話をゆっくりとする時間なんてなかった。

「うん、分かった」

私はそう返事をして、お姉さんに向き直る。そして私は、勇者様が考えたのだろう物語をお姉さんに聞いてもらった。

「昔々ある大陸では、終わることのない戦いが続いていた。

 果てのない戦いによって人々は疲弊しきっていて、心の内の憎しみや怒りを見つめ直す余裕すらなく、ただ武器を取り敵を傷付けていた。

 ある日、戦いの最中に、世界を繰り返す憎しみと怒りに突き落とした“古の災い”が蘇って、大陸を滅ぼそうと暴れまわった。

 たくさんの人々が傷付いた…けれど、その憎しみと怒りが満ちた大陸でそんな感情に飲まれずに、

 平和を夢見た人とその仲間達が多くの人達の前に立って災いと戦い、遂にはこれを討ち破った…」

私の話に、お姉さんは真剣な表情で首を傾げて

「なんだよ、それ?」

と聞いてくる。そんなお姉さんに、私は笑って答えた。

「これから先、この大陸に伝わって行く…ううん、勇者様が、この大陸に伝えて行って欲しい、って、そう願った物語だよ」

「あいつが…?」

お姉さんは、なおも怪訝な表情で首を傾げている。

「うん…私達の見込みは、きっと甘かったんだと思う。基礎構文を消さなきゃ、紋章を扱えなかったお姉さんと私達は、人間軍と魔族の人達には勝てなかった。

 だから基礎構文を消して世界を壊して、人間と魔族の差異をなくして、新しい世界を紡いで行くしかないってそう思った。でも、勇者様は知っていたんだと思う。

 世界を飲み込んだ怒りや憎しみが、そんなことでは消えないってこと。

 悪くしたら、基礎構文が消えたあともその感情だけが残って、“古の勇者”様が現れる以前の世界に以上のひどい状態になる可能性だってあった」

お姉さんは意味を掴みかねている様子で私をジッと見つめながら話を聞いてくれている。

「…争い合う二つの人達がいるところにもっと強い恐ろしい何かがやって来たから、二つの人達が手を取り合ってその恐ろしい何かを討つ…良く出来た物語だよね」

私は、いつだったか十六号さんが言った言葉をなぞってそう言った。その言葉に、お姉さんの表情が曇る。

「…そう、それは、お姉さんが引き受けていた役目だった。魔導協会に押し付けられた役目、かな。

 大陸を滅ぼす悪として、大陸中の怒りと憎しみを背負う“生け贄のヤギ”…」

「待てよ」

不意に、お姉さんはそう言って私の話を止めた。曇った表情のままに、お姉さんは私に聞いてくる。

「それじゃあ、あいつは…あたしの代わりにそう言う悪い感情を引き受けて、進んで“生け贄のヤギ”になったってのか?」
 


「うん、そうだったんだと思う」

私は、お姉さんに頷いて見せてから、話を続けた。

「勇者様は言ってた。今の世界を作ってしまったのは、勇者様自身だって。正直、私もそう思うところがあった。

 それしか方法がなかったとしても…世界を2つに分けるなんてことは、悪い感情を放置して悪化させてしまうだけのものだったんじゃないかな、って。

 だから勇者様は、私達を騙して裏切って…世界を滅ぼそうとした。

 大陸中の悪い感情すべて背負って、それと一緒に世界から消えることが、自分の役目だって、そう考えたんだと思う…」

私がそう答えたら、お姉さんは

「そんな…」

と呟いて、力なくその場にへたり込んだ。私は、それでも話を続けた。

「でも…勇者様のおかげで世界は、大陸が二つに分けられる前の姿に戻った。

 中央山脈がなくなって、魔法がなくなって…長い間に歪んでしまった、いびつな悪い感情も消えた。

 勇者様は、そのために“生け贄のヤギ”を買って出たところもあるんだよ、きっと。

 勇者様はお姉さんに言ってたでしょ?世界の光になってやってくれ、って」

あるいは、もしかしたらそれが一番の理由かも知れなかった。

怒りや憎しみを奪い去っても、一つの大陸に住む、二つの違った文化を持つ民はそのままだ。放っておけば、いつまた衝突が起きるか分からない。

そしてその衝突にちょうど良い落としどころを付けられるかどうかは、勇者様には分からなかったんだ。

でも、勇者様はお姉さんの話を聞いて…お姉さん自身の言葉を聞いて、お姉さんなら二つの民の衝突を治められると感じたんだと思う。

もしかしたら、二つの民を融和することだって出来るんじゃないか、って感じたのかもしれない。

何しろ、私達は人間も魔族もなくお姉さんと一緒にいて、お姉さんを助けていたから。

 勇者様が“生け贄のヤギ”になったのは、勇者様自身が責任を取りたかっただけじゃない。

お姉さんを、大陸の未来に生きていて欲しかったからなんだ。勇者様もお姉さんと同じで、この大陸の平和をずっと望んで来た人だったはずだから…

「なんで、そう思ったんだ?」

「だって、そう考えるしか理屈が合わなかったんだ。

 どう考えたって、勇者様から紋章を奪う方法なんてない。

 だから、それ自体が嘘なんじゃないかな、って、そう思った。

 勇者様は、最初に封印から出たときにはもう、今回の事を計画していたんだと思う。

 封印の事を私が聞いて、紋章の受け渡しが上手く行かないと困るから、魔法で私を黙らせた。

 でも、代わりに私に、勇者様を討つ役割りをさせるために、あのおかしな紋章みたいなものも一緒に埋め込んだんだ。

 たぶん、だけど、あれは…基礎構文の一部だったんだと思う。

 消え始めた基礎構文を勇者様自身と私とに分けて、力を与えてくれたんじゃないかな。

 あの結末を迎えるために」

私は、お姉さんにそう言った。

直接確かめたわけじゃなかったし、想像によるところも大きい。

でも、不思議と私は、それが間違いなんじゃないか、とは思えなかった。
 


「それが本当だったら…」

お姉さんはポツリと口を開いた。

「あたし、あいつに随分とひどいこと言っちゃったな…」

「それで良かったんだと思う…勇者様が私達を裏切ったのはそのためだったんじゃないかな。

 恨みとか憎しみとか、そう言うのを背負うためには本当に私達を傷つけるくらいの気持ちじゃないといけなかったんだと思う。

 だって、そうじゃないとお姉さんは勇者様ですら助けようってそう思ったでしょ?」

私がそう言ったら、お姉さんは「あー」なんてうめき声をあげて

「まぁ、そうだよな…そんな話を事前にされたら…あたし、また傷付けるのを避ける方法を探してたと思う」

と納得してくれたようなことを言った。でも、それでもお姉さんは

「でも…やっぱり、そうと知ってたら…もっと何か、感謝とかそういうことを伝えられたんじゃないかな、とも思うよな」

なんてぼやく。

「きっと伝わってるよ」

「そうだと良いけど…」

お姉さんはそう応えて、「よっ」という掛け声とともに体を起こした。何かな、と思ったら

「さて…お呼びかな?」

とお姉さんが振り返ってそう言う。

お姉さんの視線を追うとその先には、サキュバスさんに妖精さん、トロールさんがいた。

 「魔王様、サボりはダメですよ!」

妖精さんがそんなことを言って笑う。

「魔王様、とお呼びするのも今更なんだか違う気が致しますね」

妖精さんの言葉に、サキュバスさんがそう笑顔を見せた。

「会議室で魔導士が呼んでる」

トロールさんは、いつもの様子でお姉さんにそう言う。

そしたらそれを聞いた妖精さんが

「魔法が使えないのに魔導士様、っていうのも、なんだかおかしいね」

なんて言ってまた笑った。

 そんな様子を見て、お姉さんはふぅ、と溜め息を吐きながら両肩をすくめて

「ほんと、勇者でも魔王でなくても、楽は出来ないな」

なんて言って笑った。
 


 勇者様が言った通り、竜娘ちゃんが想像した通り、この先のことも、きっと簡単じゃないだろう。

今はこの戦いの終わった戦場で、みんなが手を取り合って助け合おうとしている。

でも、魔法が消えたこの世界がどうなっていくのか、まだ誰にも分からない。

人間界の王国はこれからどうなって行くんだろう?

魔族から人間の姿に戻ってしまった魔族の人達の暮らしはどうなっていくんだろう?

まだまだ心配しなきゃいけないことはたくさんある。

私達は、基礎構文を消した当事者として、勇者様に願いを託された者として、それを考えていかなきゃいけない。

 それはもしかしたら、お姉さんが勇者や魔王をやっているとき以上に大変なことなのかもしれない。

でも、私は以前ほどそのことに心配はしていなかった。

だって、これからはもう、勇者や魔王なんかに何かを押し付けることなんてできないからだ。

これからは、みんなひとりひとりがその責任を負っていかなきゃいけなくなる。

お姉さんが全てを背負っていた頃とは違う。

戦いがすべてだった頃とも違う。

そこには、私に出来ることもきっとあるに違いないからだ。

 「魔王様、急ぐですよ!」

「ケガ人の扱いじゃないよなぁ、まったく」

妖精さんの言葉に、お姉さんがそう言って笑う。

「ケガをされていても政務ができますからね」

「そもそもあたしに政務って向いてないんじゃないのか?兵長とあんたが居れば十分だろ?」

そう言ったサキュバスさんに、お姉さんは、わざとらしい嫌そうな顔をして応えた。

「救援隊の物資の振り分けも頼みたいと言っていた」

「それこそ、兵長あたりがやればいいだろ!」

トロールさんの情報にお姉さんは笑いながらそう文句を言う。

 「ほら、お姉さん!お仕事お仕事!」

私もそう言って、お姉さんの服を引っ張った。

「あぁ、もう!分かった分かった!行くよ、行けばいいんだろ!」

お姉さんは私に引っ張られて、そんな事を言いながら立ち上がる。

 「ほんとにまったく…楽じゃないよ!」

お姉さんはそんなことを言いながら、満面の笑顔で笑ってみせた。

 そして私達は、荒れ果てたソファーの部屋を揃って後にした。

これから始まるのは誰も知らない新しい世界。

その世界を、私達は作っていかなきゃいけないんだ。

止まってる暇も、迷っている暇も、怯えて不安になっている暇もない。

私達は歩いていくんだ。

何が起こるかわからないけれど、きっと私達は大丈夫。

だって、私達はひとりじゃない。

いつだって、困ったときにはそばにいてれる仲間がいる。

だからきっと、私達は大丈夫!



 


以上です。

お付き合い、大変ありがとうございました!

 
 

おつ!!!



ああ、これこそキャタピラさんの物語だよ!

>「あなたは、頭のいい子だな」
読者視点でこのセリフの意味合いが途中で変わるのが好き。最初は「怖えぇ!」で次は「凄えぇ!」

物語のあちこちで仕掛けられるこういう表現こそが本を読む最大の楽しみだと思ってるのですっごい好き。
あと、基本的に優しい世界と人間たちの話しも。
だからキャタピラさんの書く物語を飽きもせずに読んでいられるんだと思う。これからもよろしくお願いします。

願わくば彼らの後日談なんか……いやいや蛇足になるかも……でもでも!!

とにかくお疲れ様でした。
どこぞの島のなんちゃらいうペンションの話しはゆっくりやっとくれwww

>>1に最大級の乙を!
楽しく、そしてすごく感動させてもらいました!

乙!
最後の展開まったく読めなかったぁ!

乙でした!!
読んでてすごく楽しかったです!

乙!
昨日、初めから読み始めて、時間を忘れて読み耽ってしまいました。
他作品あったら教えてください!

終わってしまったか…非常に乙!!
過去作とか知りたいな。もしくは新しいの立てたら告知して!

最初から思い出してたんだけど、これってだいぶ最初の方で終わらせるつもりだったんだよね…?さすがにそこから考えた話じゃないよね…?
続き書いて!まで言わせる予定だったのかな

>>807
書いた本人じゃなくて横からごめんね。
仮に最初の方で終わらせる予定で、そこから話を考えてから長引いたとしたら何かマズイのだろうか?

>続き書いて!まで言わせる予定だったのかな

これもよくわからないんだけど「続き書いて!」よりも「まだ先があるのか!」的な感想が多かったと記憶しているよ。

>>800
感謝!

>>801
お付き合いいただき超感謝!

アヤレナから読んで下さってる方にそう言っていただけると感慨もひとしお…!
どうも書いていると読者様に「そうきたか!」感を持って欲しい人種のようでして…楽しんで頂けている限りはこのスタイルで行きますw

後日談?そんなもの、このキャタピラが書かないわけがない!www
ちゃんと準備してるんでしばしお待ちの程を!

>>802
最大級の感謝を!!!
気力が持てばもうちょっと感動的に出来たなぁと今更思いますw

>>803
感謝!!!!
最後の方は書いててもどうなるか分からない感じでした…w

>>804
感謝!!!!!

>>805
感謝!!!!!!
ここへ来て新しい読者様が増えて頂けたのは嬉しいです!
過去作については以下1へ

>>806
感謝!!!!!!!
お付き合いいただきありがとうございます!
過去作などについては以下1へ

>>807
感謝!!!!!!!!
その辺りについて興味を持っていただけると書き手としては大変嬉しいです!
長々あとがきのような物を書かせていただきましたので以下2へ!

>>808
フォロー?感謝!
同じく、あとがきを書きましたので以下2へ!


【過去作など】

【機動戦士ガンダム外伝―彼女たちの戦争―】(このスレに誤爆しちゃったガンダム二次の超長編シリーズ物。読み切るには気合が要ります)
ペンション・ソルリマールの日報 - SSまとめ速報
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【信長「あー…天下統一とかダルい…光秀、今夜儂を暗殺してくんね?」】(このスレと同時並行で書いてた歴史モノ)
信長「あー…天下統一とかダルい…光秀、今夜儂を暗殺してくんね?」 - SSまとめ速報
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【三姉妹探偵】マリーダ「姉さん、事件です」【プルズ】 (マリーダさんが愛おしすぎて辛いから書いたもの)
【三姉妹探偵】マリーダ「姉さん、事件です」【プルズ】 - SSまとめ速報
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【ロムが】王「魔王を倒せ!」勇者「よし行くぞ!」魔王があらわれた!【壊れた】 (ドラクエ3ネタ)
【ロムが】王「魔王を倒せ!」勇者「よし行くぞ!」魔王があらわれた!【壊れた】 - SSまとめ速報
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【twitter】ボヤいたり、新作宣伝とかしてます。pixiv垢もあるけど放置中。
@catapira_ss

あとまだ何かあった気がするけど思い出せないw
酉は共通なんでそれで検索してもらった方が早いかも。


【あとがきのようなもの】

スレ建てした当時は一年も書くとは思いもよらなかった…
この話は本当に、お姉さんにくっついて、幼女ちゃんとトロールと妖精さんがあの洞窟を抜けた時点で終わるつもりでした。

ただ、その後お姉さん達がどんな苦労に直面するのか、というイメージだけはあって、
スレ内での「続き早よ!」というプレッシャ…励ましやら、まとめサイトのコメントやらを拝見して続投を決めさせていただきました。
「続きくれ」がなければ書かないつもりだった話なので、本当の意味で読んでくださった方に支えられたお話でございました。

結末に関しては書き始め当時からイメージこそあったものの、つい最近まで基礎構文を消すのは竜娘ちゃんのお仕事の予定でした。
ただ、スランプを乗り越えようと四苦八苦していたら変なスイッチが入ってしまって呼んでもないのに“古の勇者”様が復活する流れに…
なので、書き手的にも終盤は先が読めない部分がけっこうあったりして、辻褄合わせにちょっと苦労しましたw

とにかく最後までお付き合いいただき感謝感謝です!
キャタピラの次回作にご期待下さい!
 


ま た せ た な!(瀕死)

 






 「んんっ!この焼き物、これなんだ?」

「小麦を溶いたところに、お肉と野菜が入ってるんだよ!」

「それは食べればわかるよ!」

「このかかってるソースも美味しいです!」

「あぁ、確か何かを煮詰めて作るんだと言ってたな…えぇと、タマネギと麹と、なんだったか…」

十六号さんが焼き物をほおばってそう言い、

零号ちゃんがそれについて説明をしたので

私にそれが言葉を挟んだら

妖精さんが二口目を口に運んで舌なめずりをして言い、

それを聞いた隊長さんがそんな話をしてくれる。

 お姉さんと旅をしていた頃も、それからお城での生活になってからも、美味しいものはたくさん食べさせてもらったけど、

この鉄板で焼いた不思議な焼き物の香ばしさと味わい深さったらない。

それこそ、溶いた小麦粉にお肉と細かく刻んだ野菜が入っているだけのように見えたけれど、この味はそれだけでは出ないような気がする。

きっと、何かとっておきの下味を付ける出汁を使っているに違いない。

「まったく、どっちが子どもなんだか分かりゃしないね」

金獅子さんは、妖精さんにソースのレシピについてを思い出そうと頭を捻っている隊長さんの様子に、竜娘ちゃんの方を見やって肩をすくめて苦笑いをして見せる。

「あ、その…いえ…」

竜娘ちゃんは相変わらず緊張した様子だ。

「あぁ、もう!隊長!ソースも良いけど、早く話!」

そんな隊長さんにしびれを切らしたのか、大尉さんが珍しく隊長さんに命令っぽい口調でそう促す。

すると隊長さんは

「あぁ?」

なんてとぼけた反応をしながらも、手早く目の前のテーブルを片付けて、そこに一枚の羊皮紙を広げて見せた。

 「これが、例の?」

「あぁ、そうらしい」

大尉さんの言葉に、隊長さんはそう訳知り顔で返事をする。

 その羊皮紙には、

「拉致要人救出計画書」

と言う題名が書かれ、その下には細かい文字に難しい言葉でなにやら書き込まれていた。
 


「うん、確かに、王下特務隊の資料に間違いないね…」

と呟いた。そんな大尉さんに、金獅子さんが

「あんた達は元々、人間軍の諜報部隊だったんだろう?その王下特務隊ってのとは違うのかい?」

と尋ねる。

「うん。私達は、国王軍に所属する諜報活動を主任務として敵地への潜入や偵察なんかをやってた部隊。

 王下特務隊は同じく諜報活動をする組織だけど、軍部じゃないんですよ。国王直下の純粋な諜報組織で」

さしもの軽々しい大尉さんをもってしても、金獅子さんには敬語を使わないではいられないようだ。

だけど当の金獅子さんは、そんな大尉さんの説明に興味なんてなさそうに、ふぅん、と鼻を鳴らしたっきり、その話をやめにした。

代わりに金獅子さんは妖精さんや十六号さん達と食事の話に戻ってしまっていた隊長さんをチラっと睨みつけると

「まぁ、とにかく…」

と呟いた。とたんに隊長さんが

「痛ぇっ」

と悲鳴をあげる。見れば、テーブルの下で隊長さんは金獅子さんにしたたかに足を踏みつけられていた。

「詳しい説明、してやんなよ」

「あーあー、わかったよ」

 十六号さん達と盛り上がっていた隊長さんは、迷惑そうな表情を浮かべてそう言い、イスに腰掛け直して話を始める。

「ひと月前のことになるが、王都から西へ行った城塞都市で、偶然三班の連中と一緒になったんだ。大陸西側の拠点としては、あの街は都合が良かったからな。

 他の班のやつらもあの街を度々利用はしていたんだが…」

巡検隊の第三班は、女戦士さんと鬼の戦士さんが配属された班だ。

「で、やつらが見つけてきたのがその王下特務の諜報隊が作成した資料だ。

 『特級要人奪還作戦指示書』…後半に、その後の移送順路まで細かに指示がある」

隊長さんはそう言って資料を顎でしゃくった。

それを見て、私はもう一度資料に目を落す。

 確かにそこには、『特級要人』という人を奪還する作戦と、そしてその後の措置についてが事細かに書き込まれている。

措置の項目にさらによく目を通すと、そこには王都から北の城塞都市への移送が指示されていて、さらにそこからこの翡翠海の港街までの道筋も示されていた。

「俺達は王都西部城塞でそいつを見て、まず城主サマへあの手紙を送って、その足でここへ発った。

 道中、情報をかき集めて足取りの裏は取ってある。

 この街にたどり着いていることは間違いはない。

 だが、俺たちがここに着いたのは三日前で、まだロクに調査もできちゃいねえから、その後の足取りは追いきれてねえ。

 もしかすると、この街からどこか他所へ移っていないとも限らん。その点も含めた調査をして行く必要がる」

隊長さんは、そう言って空になったジョッキを控えめにテーブルに置いた。
 


「まあとにかく、俺達はもうニ、三、見て回らなきゃならねえ町や村がある。捜索にそう時間は割けねえから、来てくれて助かったよ。

 そこにある『特級要人』の容姿も俺達は知らねえしな」

「うん…見かけを知っていた方が探しやすいもんね」

私は隊長さんの言葉にそう応えて、相変わらず固まっている竜娘ちゃんを見た。

彼女は、ハッとして私を見ると、

「そ、そうですよね…」

とかすれた小さな声で言った。

まぁ、仕方ないよね…私も竜娘ちゃんの立場なら、いろいろと思い悩むに違いないし…

ここはなるだけ、そっとしておいてあげよう。

 「あぁ、それとな。このチビも一緒に連れ回してやってくれ」

私が竜娘ちゃんに視線を向けていたら、不意に隊長さんはそう付け加える。

見れば、隊長さんは柔らかな笑顔で、練り干しの串を両手に握り締めている零号ちゃんに頭を振っていた。

「零号ちゃんを?」

隊長さんの言葉に、大尉さんがそう反応する。

「ああ。もうじき一年だ。こいつも、あそこが恋しいらしくてな。尋ね人が見つかったら、一緒に連れて帰ってやってくれ」

「私ね、本当はもう少し見て回りたいなって思うところもあるんだけど、でもやっぱり早く姫ちゃんに会いたいんだ!」

零号ちゃんは、満面の笑みでそう言う。

「そっか。あんたが出立してすぐだったもんなぁ、産まれたの」

十六号さんがなんだか感慨深げにそう口にした。

 そう、お姉さんはあの戦いからしばらくして、一人の赤ん坊を産み落とした。

お姉さんと同じ癖のある黒い髪で、それから、瞳は琥珀のように輝く栗色の、大きな声でギャンギャン泣き続ける、とっても元気な女の子だ。

 そんな零号ちゃんと十六号さんの話を聞きつけた隊長さんはふと、

「しかしなぁ…話を聞いたときには驚いたもんだ」

なんて言葉を漏らし始める。

「そうだねぇ、まさかそうなってるとは…あたしもびっくりしたよ」

大尉さんもそう言って微妙な表情を浮べてコクコクと頷いた。と、それを聞くや

「あれはなぁ…最初に見たときはもう、怖かったし痛かったしでもう…」

なんて言って、十六号さんが身震いを始める。

「へぇ?こっちじゃぁ、割と有名な話だったけどね」

金獅子さんは、逆に三人の反応が不思議なようで、首を傾げながら言う。

「私は知らなかったですよ…」

そんな金獅子さんの言葉を聞いて、妖精さんはそう言って苦笑いを浮かべた。
 


 「それ、なんのこと?」

そんな大人達の様子に、零号ちゃんがポカンとした表情で尋ねる。

「あぁ、いや…まぁ、難しい話だ」

「そ、そうそう、大人の話ね」

「あれは…怖かったなぁ…」

「でも、大事なことだよ。そのうち教えてあげるさ」

「ま、まぁ、二人が幸せなら、いいですよね…ね?」

零号ちゃんの言葉に、大人達と十六号さんがなんだかちょっと強張った表情で口々にそう言って

「そ、そう言えば、この辺りのお酒ってどうなの?」

「ん、玉蜀黍で作ったってのが主流らしいな」

「あの強いやつだね。あれくらいの酒精があるのは結構好みだよ」

「辛いお酒は苦手ですよ」

なんて、一気に話題を変えに掛かった。

 話をはぐらかされてしまった零号ちゃんはなんだか不満そうな顔をしていたけど、

すぐさま十六号さんが差し出したチーズとベーコンに玉葱を生地の上に乗った焼き物を口にしてキラキラの笑顔を取り戻していた。

 すっごく遠回しだけど、私には何の事かはおおよそ検討が着いていた。お姉さんの赤ちゃんの「お父さん」のことだろう。

いや、そう呼ぶべきかどうかは曖昧だね…その、つまり、「お父さん」じゃなくて、「種たる母」、のことだ。

 要するに、赤ちゃんのお母さんであるお姉さんは、「種たる母」でもなり得たサキュバスさんとの間に、姫ちゃんを産んだんだ。

そんなことを聞かされたら、人間界に住んでいた人なら誰だって少しは驚くにきまっている。

だって、赤ちゃんは結婚した男女の間にしか出来ないものだって、そう考えるのが普通だからだ。

 愛し合う男の人と女の人が夫婦になれば赤ちゃんが出来る。赤ちゃんって言うのがどうやって出来るのかは大人は教えてくれないけど、

でもとにかくそれは男の人と女の人じゃないとダメなことで、女同士のお姉さんとサキュバスさんに赤ちゃんが出来るのは不思議なことなんだろう。
 


 そう言えば…

 そんなことを考えていて、私はふと、いつだったか皆でお風呂に入ったときのことを思い出した。

確かあのとき、私はサキュバスさんが服を引き剥がされた瞬間に、妖精さんに目隠しをされて何にも見えなくなった。

だけど、サキュバスさんの裸を見たお姉さん達は、何だかとっても驚いていた。

 もしかしたら、サキュバス族の人達は、何か特別な体をしていたのかも知れない。

きっとその特別な何かがあって、それは種たる母になるために必要な物で、そのおかげで女同士でも赤ちゃんを作ることが出来たんじゃないだろうか?

 でも、じゃぁ、その何かって何だろう…?赤ちゃんを作るために必要な物…もしかしたらそれが分かれば、赤ちゃんを作る仕組みも分かるかもしれない…

「あぁ、指揮官ちゃん」

不意に、金獅子さんがそんなことを頭に巡らせていた私に声を掛けてきた。ハッとして金獅子さんを見やったら、金獅子さんは曖昧な笑みを浮べて

「これ以上は大人が困っちゃうから、やめてちょうだい」

なんて言った。

 どうやら、考えていたことが顔に出ていたらしい。そう言えば、いつもこん話になると大人は皆何だか困ったような顔をする。

知りたいのはやまやまだけど、困らせるようなことはしたくはないかな…

 私はそう思って仕方なく

「はい」

と控え目に返事をしておいた。そしたら金獅子さんはクスっと笑って

「お年頃だしね…私の任務が終わってあそこに戻ったら、ちゃんと全部説明してあげるよ。それまでは我慢だ」

なんて言ってくれた。

「はい!」

私はそう言ってもらえたのが大人の仲間入りができるようで嬉しくて、思わず大きな声で返事をしてしまっていた。

 「まぁ、それはさておき、話を戻すとだ」

 そう言えば、随分話が横道に逸れちゃった。

私は気を取り直して隊長さんの話に意識を戻す。

「俺達は、明日にはこの街を出る。手を貸してやれねえからな。しっかり頼むぞ」

そう言った隊長さんは、緊張で固くなりっぱなしの竜娘ちゃんを見やってニヤリと笑みを浮かべた。



 





 それから、私達は宿の中部屋に入った。

女ばっかり五人の旅だったからどこの街でもこんな感じだったけれど、今晩はお風呂に入って出てきた頃合いで、部屋に零号ちゃんがやって来た。

 「十六号お姉ちゃんと一緒に寝るんだ!」

と言い出した零号ちゃんを、十六号さんはいつもやってたみたいに受け入れて、狭いベッドに体を押し合って潜り込んでいる。

「あぁ、零号は本当に大きくなったな」

「そう?髪の毛は長くなったけど…」

十六号さんの言葉に、零号ちゃんはそんなことを返しながら、

「十六号お姉ちゃんのお胸はおっきくなってないね」

なんておどけて付け加える。

「いいんだよ、アタシはこれで」

「でも、旅に出る前の頃はお姉ちゃんはドーンってなってたよ?」

「ありゃぁ、身ごもってたからだろ?」

「身ごもる?」

「赤ちゃんがお腹にいると、そりゃぁ胸だって張るんだよ」

十六号さんは零号ちゃんとそんな話をしながら、前のように腕枕をしてあげている零号ちゃんの髪を優しく撫で付けている。

 「ほら見て!隊長に仕入れてもらったんだ、昼間言ってた玉蜀黍のお酒!妖精ちゃんもどう?」

「うぅ、私、辛いのは苦手ですよ」

「ふっふっふー、そう言うだろうと思って、良い割り方を聞いてきた!この檸檬の果汁水に、砂糖をひとつまみして、お酒をドボドボっと…はい、これ試してみて!」

「んん、わかりました…んっ…んん!?これ、美味しいですよ!?」

「でしょ?お酒に甘いのを混ぜる飲み方はそっちにはあんまりなかったみたいだしね」

大尉さんと妖精さんは、まだベッドには入らずに部屋の隅のテーブルではしゃぎながらお酒を飲み交わしている。

赤ちゃんが出来る仕組みは早く知りたい気がするけど、お酒はまだ飲めなくってもいいかな…

楽しそうなんだけどね、何だか、自分が酔っ払うっていうのはちょっと怖い感じがするし…ね…

 それにしても昼間はあんなに暑かったのに、夜になると涼しい風が通り抜けていって気持ちが良い。

海風なんだ、と言う、ちょっとベトベトする感じの風ではあるけれど、

それでも肌を撫でていくその温度は昼間の太陽で火照った体を自然と冷ましてくれているような、そんな気がする。
 


「幼女ちゃん、あのね、海ってあったかくって入ると気持ちいいんだよ!」

と、風を楽しんでいた私に、零号ちゃんがそう声を掛けてきた。

「海?あれ、入ってもいいのかよ?」

零号ちゃんの言葉に、十六号さんがそう尋ねる。

「うん。昨日ね、漁師のおじさんと一緒に釣りについて行って、そのときに泳いだんだ!」

「釣りに、って…あんた達、ここを調査してたんじゃないのかよ?」

「調査のついでだ、って、隊長さんは言ってたよ」

零号ちゃんの言葉に、私は思わずプッと吹き出してしまっていた。

そんなのはきっと、隊長さんの方便に違いない。

この街に来たはいいのものの、探し人の容姿を知らないようじゃ調べられることには限度がある。

きっとそれ以上情報を集められなくって、私達を待つしかなくなり時間が余ってしまったから、そんなことをしていたんだろう。

「お風呂みたいに?」

私はそんなことを思いながら零号ちゃんに聞いてみる。すると零号ちゃんは

「うーん、そこまで暖かくはないかな…でも、温い感じ」

と首をかしげつつ教えてくれる。

だけどそれから思い出したように

「あ、でも、海の水は武器が錆びちゃうから、鎧もだけど着ていっちゃいけないんだって」

なんて言って不思議そうな表情で教えてくれた。

 確か、海の水は塩が入っているんだ、って話を聞いたことがある。

塩水は鉄やなんかを錆びさせてしまうから、それと同じことなんだろう。

 「あの…」

零号ちゃんと私がそんな話をしていたら、不意に竜娘ちゃんがそう声をあげた。

その顔は相変わらずに緊張している様子ではあったけど、これまでずっとその緊張に隠れていた戸惑いみたいな感覚がなくなっているように、私には感じられた。

竜娘ちゃんはギュッと唇を噛みしめてから、私達に頭を下げた。

「この度は…私のために、こんな遠いところまで来て頂いて、ありがとうございます」

そう言って顔をあげた竜娘ちゃんは、決意を固めた、って感じの力強い眼差しで、私達一人一人を見て言った。

「あれこれ考えていても仕方ないのかも知れません…どうしても会いたいと言う気持ちに嘘はありませんから…いつまでも、こんな事ではいけないですよね…」

「まぁ、それはそうだけどね…まぁ、無理はしなくってもいいんじゃない?」

「そうそう。分かんないけどさ、きっとそういうのは、いざそうなったときに自然に出てくるのが正解だったりするんだよな」

竜娘ちゃんの言葉に、大尉さんと十六号さんがそう応える。

「うん、私もそう思う。そのときにどんな気持ちになるのか…それに従っていいんじゃないかな」

「会いたかったんだから、ぎゅって抱きついちゃえばいいんだよ!」

私の言葉に、零号ちゃんも続いた。そして私達の意見を聞いていた妖精さんが

「大丈夫です、会うときも私達が一緒に居るですからね!」

と、竜娘ちゃんの背を押すように、優しい声色でそう言った。

私達の言葉を噛みしめるように聞いていた竜娘ちゃんは、コクっと一度だけうなずいて、それからまたペコリとお辞儀をした。

「ありがとうございます…」

「まぁ、まだこの街に居るかどうかが不確かなところがあるから、気の早い心配かも知れないけどね」

そんな竜娘ちゃんを見やって、大尉さんがジョッキを傾けながらそんなことを言う。
 


それを聞いた竜娘ちゃんは、ここ半月見せたことのない、まだ少しぎこちなさは残っているけど、とにかく、笑顔を浮べて大尉さんの言葉に応えた。

「明日は街中で聞き込みしないとなぁ…大変そうだ。ほら、零号。明日のために今日はもう寝るぞ」

「えぇー?お話してよ、面白いやつ」

「あんた、アタシの作り話聞いたら笑って寝ないじゃないかよ」

「だって可笑しいんだもん、十六お姉ちゃんのお話」

「それはそうですけど、そう言えば私達まだよく知らないです。良かったらお話してくれませんか?」

ふと、十六号さんと零号ちゃんの話を聞いていた妖精さんが思い出したようにそう言葉を挟んだ。

 そう、確かにそうだよね。

私達はまだ、その人がどんな人で、どんな見かけをしているのかを知らない。一度だって見たことがない。

それは、竜娘ちゃんから聞いておかないと探しようがないもんね。

「それで、どんな人なの?」

私の言葉に、みんなが竜娘ちゃんに視線を向けた。

そう、私たちは誰ひとり、その人の姿を知らない。

ただひとり、竜娘ちゃんの記憶の中にだけある、大切な人だ。

「はい…髪は、私のよりも暗くて…そう、ちょうど、栗色に近い色です。

 瞳はあの海のような翡翠色で…背丈は、大尉さんくらいだと思います。

 肌は、城主様や十六号様のような小麦色です」

栗色の髪に、緑の瞳。それに、小麦色の肌、か。

それが…私達の探しているその人…竜娘ちゃんの、お母さん、なんだね…

「んー、その特徴だけだと、正直言って候補になる人は山ほど居そう」

竜娘ちゃんの情報を聞いた大尉さんが苦い表情でそう呟く。

「でも、その人は戦争が始まった頃にこの街に連れてこられたですから、それも手がかりにはなりますよね」

「そうだけど、こういう街はそうでなくても人の出入りが激しいからね…もっとこう、細かい特徴ないのかな?

 目立つところにホクロがある、とか、傷がある、とか、そんな感じの」

妖精さんの言葉に、相変わらずの表情の大尉さんはそう言って竜娘ちゃんを見やった。

大尉さんの視線を向けられた竜娘ちゃんは、ふっと宙を見つめてから顔をしかめる。

「その他に、というのは…難しいです。一目見ればきっと分かると思うのですが…」

竜娘ちゃんの言葉に、私は残念な気持ちが半分、そりゃぁ当然だろうな、と思う気持ちも半分だった。

例えばもし、私の母さんがどんな人だったか、ってことを口で説明しようとしたら、私と同じ茶色の髪で、それを右側に結いて垂らしていて、瞳は青で、

なんてことしか言えない。

料理がうまいとか、麦刈が早いだとか、そんなことは人探しの手がかりに何かにはなりそうもないし…よくよく考えてみると誰かの容姿を言葉だけで伝えるのは難しい。

「そっか…だとしたら、特務隊の足取りを追うって方法も考えてみた方がいいかもしれないね」

竜娘ちゃんの言葉を聞いて、大尉さんがそう言った。

「特務隊の足取り、ですか」

妖精さんがそうなぞって言う。
 


「うん。特務隊が一緒にここに来ていたって言うんなら、もしかしたらそっちを覚えてる人はいるかもしれない。

 あいつら、出自を隠すためにマントやらを厚手に着込んでるし、王家の紋章の刺繍を付けてるはずだから、竜娘ちゃんのお母さんよりも、目にしたら記憶には残ると思うんだ」

なるほど、と私は思った。

あの作戦指示書と言うとおりに特務隊が動いていたんなら、その人たちを探せば自然と竜娘ちゃんのお母さんに繋がる手がかりも得られるかもしれない。

「どちらにしても、まずは聞き込みをするところから始めないといけませんね…」

そう言う竜娘ちゃんに、大尉さんはジョッキにお酒を注ぎ直しながら、ニンマリと笑っていった。

「大丈夫、宛はあるんだ。これでも諜報部隊の凄腕諜報員だったんだから、任せてよ!」



 





 「栗色の髪の女?」

翌日、街を出る隊長さんと金獅子さんに十四号さんを見送った私達は、街の商工業組合の窓口を訪ねていた。

大尉さんの話では、ここは街の外から来る人の多くが必ず顔を出す場所らしい。

仕事を求める職人さんや、他所から運んできた荷物を卸したりする商人さん達は、この組合の事務所を中心にしているらしい。

そう言えば、元魔王城、今は大陸西部同盟中央都市、なんて呼んでいるけど、あそこの城下にも同じように商人さんの窓口をする場所や、仕事を斡旋する部署もあった。

きっとそこと同じなんだろう。

「はい、瞳も栗色で、少し薄めの唇で…声の良く通る、朗らかな雰囲気の、二十代後半くらいの女性です」

竜娘ちゃんが、窓口のカウンターに背伸びをしながらそう説明する。私は、そんな竜娘ちゃんの格好が何だかかわいいな、なんて思って後ろで頬を緩ませていた。

あ、いや、まぁ、私も同じくらいの身長だから、カウンターの中の人と話をしようと思ったらきっとおんなじような事になるんだろうけど…

「栗色の髪の、か…」

「ねぇ、おじさん。思い当たらないかな?時期で言うと、ちょうど戦争が始まる前後くらいだったんだけど…」

大尉さんが腕組みをして首を傾げる係のおじさんにさらにそう情報を提供する。それを聞いたおじさんも

「開戦の前後、ねぇ…」

と口にはするものの、相変わらず腕を組み首をひねっていた。

 私達がおじさんの回答を待っていたら、当のおじさんはふとした様子で表情を変え

「その女、何者だ?お尋ね者かなんかじゃねえんだろうな?」

と怪訝な表情で大尉さんを見やる。

「いえ、その…私の母、なんです。戦争が始まる直前に生き別れになってしまって…」

おじさんの言葉に竜娘ちゃんが答えると、おじさんはなんとも分かりやすく全身の緊張を緩めて、悲しそうな表情を見せた。

「母ちゃん見つけにわざわざここまでやってきた、ってのか…?」

おじさんはそう言いながら後ろにいた私達に目を向ける。

「で、お付きのあんた達はなんなんだ?」

その問いに、私はおじさんの意図を汲み取った。その目は、悲しそうな表情を見せながらも、私達のことを微かに警戒しているようだった。

 「私と零号ちゃんは、竜娘ちゃんの古いお友達です」

おじさんの考えていることがそんことであるなら、なるだけ警戒を解いてもらえるようにしていかなきゃいけない。

「私は、旅の剣士。この子達を保護していたこの修道女様に雇われて道中の警備を仰せつかっている」

今度は大尉さんがそう応える。

 間違っても、元魔王城から来たなんて言ってしまってはいけない場面だ。人間界には、まだ、魔族に対する偏見がなくなっていない場所もある。

嘘はいけないことだけど、この場合はお互いに気持ちいいやり取りをしなきゃいけないことだから、少しくらいは嘘をつくことも必要かも知れない。
 


「はい…戦争が終わって、それから魔界でのあの事件で傷ついた兵士が我が“大地の教会”に参られた際に話を伺いまして、この街にまかり越した次第です」

大尉さんの言葉を聞いて、妖精さんがよどみない綺麗な敬語を並べてそう事情を説明する。ていうか妖精さんも敬語上手になったよね…

 なんて私は、明々後日なことに感動していたら、おじさんはくぅっと唸り声を上げて、手の甲で目頭を拭った。

 「なるほどな…戦争で離れ離れになった母親を探して、こんな街まできた、ってのか…若い頃には苦労はするもんだ、とは言うが、いやはや、恐れ入るよ…」

そんな感慨深気な様子でいうので、私はおじさんが何かを知っているんじゃないかと期待して一歩前に踏み出した。

でも、次におじさんの口から出た言葉は、申し訳なさの混じった、しょんぼりした返答だった。

「だがすまないな…それだけの特徴だと、とてもじゃねえが誰か一人を特定するのは難しい。

 それこそ栗色の二十代後半くらいの女なんて、街のやつでも部外者でも、一日何人も違うのと会う。時期に照らしても相当な数だ。

 この街に居着いているのだって、酒場には三人、大工の棟梁のとこで線引きしてるのも栗色の髪の女だし、魚漁ってる連中にもいる。

 魚を加工してる工場にだって四、五人いたはずだ。出て行った連中の中にもいたし、ここに物売りに来てる連中の中にも山ほどだ」

 昨日、大尉さんが言っていた通りだった。

それこそ思い返せば私のいた村にだって五人の内一人くらいの割合で栗色やちょっと明るい茶色、くすんだブロンド色の人がいたし、やっぱり昨日考えた通り、それだけを手掛かりにして探すのは骨が折れそうだ。

 もちろん、おおっぴらに魔界に売られていた経験のある人は?だなんて聞けないし、そんなことを竜娘ちゃんのお母さんが公言していない可能性もある。

 少しでも絞り込めそうな条件と言えば、やっぱり、昨日大尉さんが話していたことくらいしかないだろう。

「それなら」

そんなことを思っていたら、案の定、大尉さんがそう口を開いた。

「戦争前後に、王都の特務隊と一緒に来た人ってのはいないかな?」

「王都の…トクムタイ?」

大尉さんの言葉を繰り返しながらおじさんは首をひねる。

「そう。黒い装束に紫のマントを羽織ってて、胸のところに王家の紋章が入った軍人みたいな集団なんだけど、知らない?」

「黒装束に紫のマント…ふむ、見かけた記憶があるな…」

「ほ、本当ですか?!」

大尉さんの言葉を聞いて言ったおじさんに、竜娘ちゃんがそう声をあげる。

「あぁ…それこそ戦争が始まったって噂が届いた頃だったか…各地の貴族連中の家族やら従者が避難してきていた時期に、そんな奴らが混じっていたな…」

「その人達が連れていたはずなんです、私達の探し人!」

大尉さんがそう言ってぐっとカウンターに身を乗り出した。私も、思わずカウンターに飛びついておじさんの顔を見つめる。でも、おじさんは眉間にシワを寄せて言った。

「そうか…だが、すまないな。この暑い街で妙な出で立ちだと思ったっきりで、連れてたやつがいたかどうかは記憶にない…おそらく、ここへは顔も出してないだろう」

それを聞いた途端、竜娘ちゃんがしゅんと肩をすぼめた。大尉さんはそれでも

「なんでもいい、何か思い出せない?」

とおじさんに食いついてはいるけれど、おじさんは宙を見据えてから力なく首を振るばかりだった。

 「そんなお嬢ちゃんの生き別れの母親なんだったっら力になってやりたいのはヤマヤマだが…何分、その時期は本当に戦略的価値のないこの観光街に逃げてきた連中が多くてな。

 正直、全部を覚えてなんていられなかったし、この組合事務所に顔を出してねえんじゃ、なんとも答えかねる」

「そっか…ありがとう、おじさん」

大尉さんが肩を落としてそうお礼を言う。それに続いて竜娘ちゃんも

「ありがとうございました…」

と伏し目がちに口にした。
 


「…すまないな、力になれなくて。宛になるかは分からんが、戦争の時期にこの街へ来た中で特徴に合うやつを調べておこう。夕方にでも、また顔を出してってくれ」

そんな二人に、おじさんはそう言ってくれた。

 私達は組合事務所を出た。外は、朝だと言うのに相変わらず日差しが強くて、肌がジリジリと痛むように暑い。

それなのに、この街の人達はとても賑やかで、開けたばかりの店先で声を張り上げお客さんを呼び込んでいたり、忙しそうに荷車を引いていたりしている。

 ここに来るまでにもいくつか街を通ったけど、どの街も一年前の事件のせいでどこか沈んだ雰囲気があったように感じたけれど、この街はそんなことはどこ吹く風、だ。

 そんな中で、竜娘ちゃんはまるで雨の日の雲のように、どんよりと沈み込んでいる。

 無理もない。隊長さんの話し通り、どうやら特務隊って人達はかつてこの街へ来ていたようだ。

でも、竜娘ちゃんのお母さんがその人達と一緒にここへ来ているかは分からない。

来ていたとしても、まだこの街に居てくれているかどうかは霧の中、だ。

いくら賑やかな街で、太陽がこんなに眩しくたって、はつらつとなんてしていられないだろう。

 大尉さんも、手がかりの宛が外れてしまったためか、なんだか肩を落として難しい顔をしている。

 何か、声を掛けてあげなくちゃ…

 そんなことを思っていたら、私が口を開く前に、零号ちゃんが竜娘ちゃんの肩をポンポンっと叩いて

「よぉし、器の姫様!まずは酒場に行って見ようか!」

なんてあっけらかんとした様子で言った。

 そんな零号ちゃんの言葉の調子に、竜娘ちゃんは顔を上げて一瞬、ポカンとした表情を浮かべる。

「今のおじさんの話なら、酒場とか魚の工場とか漁やっている人の中にもいるんでしょ?手掛かりいっぱいだし、あっちこっち回ってみないとね!」

そんな竜娘ちゃんに、零号ちゃんはそう言いあっはっは!と声を上げて笑った。

 確かに、零号ちゃんの言うとおりだ。おじさんが言っていた人達が竜娘ちゃんのお母さんである保証はないけど、そうではない、とも言い切れない。

考えようによっては、最初の聞き込みでこんなにたくさんの情報を手に入れられたんだ。その一つ一つを確かめて回ってみる価値はある。

「そうだね…零号ちゃんの言うとおりだ。潰しの操作は骨が折れるけど…やってみる価値がないってことでもないよね」

零号ちゃんの言葉に、大尉さんがそう奮起する。そしてそれにつられるようにして、竜娘ちゃんも顔を上げると

「そうですね…この街に着いて初めての手掛かりなんですから、きちんと確かめておかなければいけませんよね」

と、沈んだ気持ちを素早く立て直して表情を引き締めつつそう言った。

 立ち直った二人の様子を確かめて、零号ちゃんが私を見やった。

何だか、一年前の十六号さんやお姉さんに甘えてばかりいた零号ちゃんとは違う、まるでお姉さんのような力強さが溢れているようで、私は思わずホッと胸をなでおろしてしまう。

 一年間も隊長さん達と一緒に各地を旅した零号ちゃんは、どうやらあの頃からは随分と成長しているようだった。

 私はそれが頼もしくも、嬉しくもあり、反面どこか悔しいと感じる。私だって、あの街で何もしていなかったワケじゃない。

畑のことや食糧の管理なんかも一杯やった私だって、それなりに成長したんだ、ってところをちゃんと見せていかないといけないな!

 「よし!そうと決まれば、さっそく探しに行こう!」

私はその気持ちに任せてそう声をあげた。すかさず零号ちゃんが

「おー!」

と明るく答えてくれる。

「それなら、どこに行ったら良いですかね?」

そんな私達の様子を見ていた妖精さんも、明るい表情で大尉さんにそう声を掛けてくれる。すると大尉さんは

「まずは酒場かな。何人かいるみたいだし、人の出入りの多い酒場なら、本人がいなくても情報があるかも知れないしね」

なんて言って、何だか可笑しそうな笑顔を浮かべて見せた。



 


つづく
 

おつです!
勇者様にお姉さんに零号
同じ顔が3人も・・・姉妹的な?

乙!



幼女ちゃんがだんだんお姉さんになっていく。
頼もしいやら寂しいやら。

>>895
レス感謝!

お姉さんと零号はほぼクローンなので同じ顔ですが、勇者様は遠い親戚なので
同じ顔というよりは似ている、レベルなんだと思います。

例えていうなら、お姉さんと零号は、プルとプルツーみたいなもんで
お姉さんと勇者様は、「セーラームーン」の天王はるかと「ふしぎ遊戯」の本郷唯って感じです。

>>896
感謝!!

>>897
レス感謝!!!
そうですね…この後日談は、子ども達の成長をテーマにしております故…・
子離れされる親の気持ちなのかもしれませぬな


ってなわけで、続きです!
 





「だから、それじゃぁダメなんだって!」

「うるさいな!姫はこれが好きなんだよ!」

「そうしたらかぶれちゃうから、せめて肌着は着せなきゃダメなんだって!」

「だから、それやるとグズるんだって言ってんだろ!」

「グズったら着替えさせるんだよ!常識でしょ!?」

「それをするのがどれだけ大変かあんたにはわかんないだろ!あたしこれから会議なんだぞ!?」

「だからその間はあたしが見てるんだって!」

「あんたのときに泣き出したら大変だから言ってんだろうがっ!」

「うぅ…グズっ、グズっ…」

「あぁ、ごめん姫!ほら、母さん居るぞ、泣くなよぉ!」

「あたしもいるからねぇ、ほら、居ない居なーい、ばぁ!」

「キャッキャッ」

「ふぅ…危ねぇ…」

「大きい声出すから…まったく…」

「あぁ?だいたいあんたがー

 ガチャリ、とドアが開く音がした。姫ちゃんの離乳食の器を片付けながら見やると、十六号さんが部屋に顔を出す。

「あぁ…またやってんの?」

お姉さんと勇者様の様子を見た十六号さんが、私に目配せをしてそう聞いてきた。

「うん、まぁ…今日はまだ軽いかな。姫ちゃんご機嫌だし…」

「良く飽きないですよねぇ、議長様も勇者様も…」

私と妖精さんが、返答と一緒にそれぞれの感想を述べる。それを聞いた十六号さんも、二人の様子に呆れ顔だ。

「姉ちゃん、防衛隊と親衛隊の幹部さん達揃ったぞ」

「お、もうそんな時間か。ありがとな十六号。じゃぁな、姫、お母さん仕事行って来るからな」

十六号さんに急かされて、お姉さんは姫ちゃんをベッドに戻すとほっぺたにチュッと口付けて、名残惜しそうに姫ちゃんから離れた。それから

「じゃぁ、あとはくれぐれも頼むな」

と私と妖精さんに声を掛けくる。

「うん」

「大丈夫ですよ」

私と妖精さんの返事を聞いたお姉さんは、疑惑の眼差しで勇者様に一瞥をくれると、ツカツカと靴音を響かせて十六号さんと一緒に部屋から出ていった。
 


 バタン、とドアが閉まったのを見計らって、勇者様が姫ちゃんの着ていた服をひッぺがし

「ほんとに困ったお母さんだよねぇ、痒い痒いになっちゃうよ」

なんて姫ちゃんに言いながら、綿の肌着を着せ始める。私と妖精さんは、そんな勇者様の様子をただただ見ているだけだった。

 私が勇者様と屋上で話をしてから、かれこれ二週間が経とうとしていた。

あの日、大人しく部屋に戻っていた勇者様は、翌日には私と零号ちゃんに渡りを付けて、姫ちゃんの乳母さんを買って出たのだ。

 もちろん、お姉さんがそれを諾と言うはずがない。

だけど、そんなやり取りの一部始終を見ていた私や零号ちゃん、兵長さんに十七号くん、

挙句にはお姉さんと同じ立場で勇者様に警戒を示していた十六号にまで、そうするべきだと主張されてしまった。

それでも一人剣幕荒く意気を吐いていたお姉さんは、兵長さんが

「勇者様が姫君を見ている最中は、必ず幼女さん、零号さん、妖精さん、十六号さんの内の二人が同席することにしてはどうか」

と言う妥協案を出してようやく渋々ながら納得した。

 出会ってから今まで、みんながこれほど強硬にお姉さんを説得した試しはなかった。

今回、そうせざるを得なかったのは、お姉さんの披露が限界まで来ている、と言うのが誰の目から見ても明らかだったからだ。

それは、勇者様に対してお姉さんと同じ立場を崩さなかった十六号さんですら、勇者様に任せる方がまだマシだ、と言わしめるくらいだった。

 結界、勇者様は姫ちゃんの乳母に収まったわけなんだけど、

勇者様に預けると分かっていて軽々しく姫ちゃんから離れるようなことをお姉さんがするはずもなく、

二週間、毎日こんな感じで意地の張り合いというか、口ゲンカというか、嫁姑紛争というか、とにかく姫ちゃんを間に挟んだ衝突が起こっていた。

 「こういうのって、教育的に良くないんじゃなぁい?」

とは、そういう問題に疎いはずの零号ちゃんの弁だ。

まぁ、二人は姫ちゃんの前では言葉では言い争っても笑顔だし、声を荒げるでもない。

まだまだ「まんま」しか分からない姫ちゃんにとっては、その辺りの心配はいらないはずだ…きっとそうだ…うん。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえたと思ったら、今度は零号ちゃんが顔を出した。

 零号ちゃんはふわぁと大きな欠伸をしてから

「おはよ…妖精ちゃん、交代…」

と目に浮かんだ涙をゴシゴシと拭って言う。

「早いね。私まだ大丈夫なのに」

妖精さんはそう言いながらも、テーブルのうえでまとめ作業をしていた書類を皮の書類入れに詰め込むと

「じゃぁ、人間ちゃん、また後でね。零号ちゃん、交代よろしく」

と言い残して部屋を出ていった。

 妖精さんの座っていたソファーに代わりに零号ちゃんがちょこんと座り、

肩に掛けていた布のカバンから手習い用の教科書と筆記用具を取り出してテーブルに並べた。

 この二週間に、もう一つ大きなことがあった。それは、勇者様が姫ちゃんの乳母になって四日目のこと。

今日のように言い合いをしながら姫ちゃんに離乳食を食べさせているときのことだった。
 


 部屋に駆け込んできた親衛隊員さんが、中央高地の貴族同士が小競り合いを起こした、と報告した。

それを聞いたお姉さん達は短い会議の末に、兵長さんを指揮官に立てた停戦監視団の追加派兵を決めた。

 そしてその翌日には、兵長さんは防衛隊の残りの七小隊の内の三つの小隊を連れて、

弓師さんが講話を仲介しているはずの貴族領境へと出立していった。

そのせいで、今、この中央都市に居る主だった幹部は大尉さんと魔道士さん、そしてお姉さんだけとなった。

大尉さんは普段の管轄の親衛隊と、兵長さんの管轄だった防衛隊の管理を一手に引き受け、

その他の兵長さんが執っていた仕事を幾つかに、各地の巡検隊から上がってくる報告書のまとめと状況分析もしなきゃならない。

魔道士さんは昼は手習い所、夜には本部に戻って来て対外的な事務処理なんかをやってくれている。

 だけど、バリバリに何でもこなしていた兵長さんの仕事はそれ以上で、

大尉さんと分けた残りの分は全部お姉さんが負わなきゃいけないことになった。

 さらに忙しくなったお姉さんの代わりに勇者様が姫ちゃんに付く時間も長くなり、

その上四人交代制で勇者様と姫ちゃんの様子を見ながら仕事や勉強をしていた私達の内、

十六号さんがお姉さんの小間使いに引っ立てられてしまったので、

結局は三人交代でこうして姫ちゃんの世話をする勇者様の見張りをすることとなった。

 今の生活を始めて一週間の私達でさえちょっとした疲労感と眠気が抜けないのに、お姉さんはこれ以上のことをここひと月は続けているんだ。

そりゃぁ、お昼寝を邪魔されて勇者様の首を落としたくもなるかも知れない…

って言うのは半分冗談だけど、でも、それくらい大変だったんだ、というのは身を以って理解できるような気がした。

 「お姉ちゃん、いつになったら分かってくれるかなぁ?」

不意に、教科書の数の問題を解いていた零号ちゃんがそんな声をあげた。

「お姉さんも意地っ張りだからね…」

私は、そんな曖昧な返答しか出来なかった。

 勇者様がお姉さんに乳母をやると言いに行った日、勇者様はお姉さんに、あの魔王城での戦いで魔族の人達、人間軍の人達、

そして私達を傷付けたことと、裏切るような行ないをしたことを正直に、誠意を持って謝った。

だけど、それを聞いたお姉さんの機嫌は治るどころか、いっそう態度を頑なにして勇者様の話のそんな話なんか聞かない、

どうでも良いなんて言い出す始末だった。

 私もいい加減、許してあげてもいいんじゃないか、って言ってみたけれど、お姉さんは首を横に振るだけ。

取り付く島もなかった。勇者様のやってしまったことは、それだけお姉さんを傷つけてしまったんだって言うのが分かって私はなんだか胸が苦しかった。

 だけど一方で、納得行かないところもある。

戦いが終わったあと、お姉さんは勇者様にお礼を言いたかった、なんてことを漏らしていたんだ。

お姉さんだって、勇者様の行動の理由が理解できていないわけじゃない。

ううん、むしろ、それまで勇者と魔王として世界のすべてを背負わされたお姉さんになら、勇者様の行動が納得出来ないなんてことは絶対にあるはずがない、とさえ思える。

それでも、お姉さんは勇者様を許してないし、相変わらず当たりは強い。今は仕方なく姫ちゃんの世話を任せてる、って感じだけど、

サキュバスさん達が戻って来てその必要がなくなったら…お姉さんは勇者様をどうするつもりなんだろう…?

 私はここのところはそんな先のことまで考えてしまって、魔道士さんに出されている勉強の課題にほとんど手が付けられない状態だった。

 そんな私達に構わず、勇者様は着替えを済ませた姫ちゃんをベッドから出し、積み木を積んだり崩したりして黄色い声をあげて喜んでいる姫ちゃんと一緒に遊んでくれている。

 姫ちゃんも、勇者様がお姉さんに似ているからかすっかりと懐いているし、勇者様も生き生きとしていて幸せそうだ。

あの喧々した関係は、長く続けておくべきことではないだろう。なるべく早くに、二人の橋渡しをしてあげないといけないな。

 私は遊んでいる勇者様と姫ちゃんの様子を見ながらそんなことを思っていた。
 


 そんなとき、不意にノックをする音がして、返事も待たずにドアがキィっと開いた。

部屋にやってきたのは、さっきお姉さんを連れて行ったばかりの十六号さんだった。

十六号さんは積み木で遊んでいる二人を見やるとクスっと笑い、それからすぐに私達の座っていたソファーへとやってきて、どっかりと腰を下ろした。

 同時に

「ふぃー」

なんて情けない吐息を漏らす。

「十六号お姉ちゃんもお疲れ様」

「あぁ、うん。ありがと、零号」

零号ちゃんの労いに、十六号さんはいつものように零号ちゃんのモフモフの髪をクシャクシャと撫で付ける。

「会議は良いの?」

私がお聞くと、十六号さんはあぁーなんて間延びした相槌を打ってから

「班長さんが、細々したことは十七号にやらせるから、『筆頭様』はしばしご休憩を、だってさ」

なんて憎々しげな表情で言う。

「そう言えば会議、って、例の盗賊団についてだよね?」

零号ちゃんの質問に、十六号さんは

「あぁ、うん」

なんて項垂れつつ、それでも話して聞かせてくれる。

「なんでも、棄て民って連中の集まりが東部城塞からの隊商を襲ったんだってさ」

「棄て民?」

聞いたことのない言葉だったので、私はそう聞き返す。

「うん、土の民の町や集落にはいろいろ掟があって、それを破って追い出されたようなやつや、

 そういう掟が嫌で自分からそういうとこでの生活を棄てた連中のことを言うんだってさ。東大陸で言えば、流浪人とかって言うやつ」

流浪人なら、知っている。定住する場所を持たず、宿から宿へ、日雇いの仕事を繰り返しながら生活をしている人のことだ。

どうやら西大陸にも同じような人がいるらしい。

「棄て民ってのは、ほとんどの場合は特別な技能を生かして、普通じゃできない仕事を受けて生活を立ててるらしいんだ。

 例えば、村人が迷惑がってる獣を弓術で狩猟したりとか、行商やってる連中も多いって話だけど、

 今回の盗賊団ってのは、どうも魔力を失って食い扶持に困った連中が寄り合い作って大きな街で盗みを繰り返してるみたいでね。

 先週は東部城塞にもそれらしい連中が出没してる、って話だったらしいんだけど、

 昨日、街道の隊商が狙われた、っていうんなら、次はこの街にも姿を現すかもしれない。

 今は防衛隊半分出張ってて警備に穴が空きやすいから、その対策を話し合うんだとさ」

十六号さんはそんな事を言って、ソファーにドカッと身を横たえる。それから

「二刻したら起こしてくれ…アタシも姉ちゃん頼まれた書類の整理であんまり寝れてなくってさ」

と欠伸混じりに言うなりすぐに目をつむってしまった。
 


 と、それに目ざとく気付いた勇者様が、姫ちゃんが積み木積みに夢中になってる間にササッとお姉さんのベッドから毛布を引っ張り出して、十六号さんに掛けてあげる。

「…ありがと」

「うん、どういたしまして」

十六号さんのお礼に、勇者様はさも、なんでもないよ、なんて雰囲気で答えるとまたすぐに姫ちゃんのところへと戻って行った。

 「十六号お姉ちゃん、最近勇者様にちょっと優しいよね」

零号ちゃんが二人のやり取りを見てそんな事を言う。すると十六号さんは片目だけを開いて

「いつまでもツンケンしてたら、暮らしづらいだろうしな…アタシは、こないだ謝ってるのを聞いてもう良いんじゃないかって、そう思った」

と毛布を体に掛けなおし

「姉ちゃんには悪いかな、ってちょっと思うんだけど…ま、それは、考えても仕方ないし…っと、まぁ、とにかく休むよ、おやすみぃ…」

なんて言い終えた頃にはすでに寝息を立て始めていた。

 どうやら十六号さんも疲労抜けてないみたいだ。このままだと、この街の機能維持に支障が出てしまうかも知れない。

そうなると困ってしまうのはこの街に住む人々だ。

「サキュバスちゃん達の誰でも良いから、早く帰って来ると良いね…」

零号ちゃんが誰となしにそう呟く。

「うん、そう思う…」

私もそんな零号ちゃんと同じ思いで、気付けば私達は揃ってため息を吐いていた。



 





 その日の夕方、妖精さんが交代に来てくれて、私はお姉さんと姫ちゃんの部屋を後にした。

盗賊団対策の会議はまだ続いているようで、部屋にはお姉さんは戻って来ておらず、勇者様が姫ちゃんの面倒を見ている。

 私の生活のために与えられている零号ちゃんと十六号さんとの相部屋にと向かう廊下を歩いていると、向こうの角から賑やかな声がして班長さん達が顔を出した。

「あぁ、これは従徒様」

班長さんがそう私に声を掛けてくれる。

「お疲れ様です、班長さん、皆さんも」

私は頭を下げてそう労ってから

「会議は終わりですか?」

と聞いてみる。

「ええ、ようやく、ですね。人員が停戦監視団で極端に減っているので、我々親衛隊も明日からは防衛隊と共同で市中の見まわりに当たる予定です」

そう言った班長さんは思い出したように、

「ただ、精鋭はここの警備に残しますから、御身の警護は抜かりありません」

と言い添えた。

 正直、本部の中にいるだけなら警護なんて必要ないんじゃないか、って思うけど、それでも私は

「お気遣い、ありがとうございます」

とお礼を伝えた。

 そんな話をしていたら、ふと角の向こうから別の足音が聞こえてひょっこりとお姉さんが顔を出した。

「よぉ、お疲れ様。見張りありがとうな」

お姉さんは私の顔を見るなりそう言って疲労の隠せていない表情にやおら笑顔を浮かべる。

「お姉さんもお疲れ様。姫ちゃん、今は寝ている最中だから大丈夫だよ」

私が部屋を出る前の様子を伝えてあげたら、お姉さんは苦笑いを浮かべて

「まぁ悔しいけど、言ってた通りあいつは子守には慣れてるみたいだしな」

なんて口にした。

 慣れてる…って、どういうことだろう?勇者様、そんな話は全然してなかったけど…

 「それ、勇者様が言ってたの?」

「そうだよ。あいつ、ちょうど今の幼女や零号くらいの頃に生まれたばかりの妹の世話を良くしてたんだって。聞いてないのか?」

「ううん、全然…」

私は、思わぬ話に驚きを隠せなかった。お姉さんと勇者様がそんな話をしていただなんて…

ううん、そんな話を出来るような間柄だったなんて、思っても見なかったからだ。

それに…もしかして、勇者様の妹って…

 私がいつだったかの勇者様の話を思い出しかけとき、それに気付いたらしいお姉さんが複雑そうな表情で言った。

「そ。あたしの大昔の先祖って人のことらしい」

やっぱり…それじゃぁ勇者様はそのとき面倒を見た妹の、遠い子孫の娘の面倒を見ている、ってことなんだね…

 それって、どんな気持ちなんだろう…?

 私はなんだか純粋にそんなことを疑問に思ってしまっていた。いや、でも、待って…そんなことより…
 


「お姉さん」

私は、気を取り直してお姉さんに声を掛けた。

「姫ちゃんは今寝てるし、夕飯まではまだちょっと時間あるし、良かったらお風呂に行かない?」

「お風呂?」

「うん、そう、お風呂」

特に今入らなきゃいけないわけじゃない。ただ、私はお姉さんに聞きたいことがあった。お姉さんが勇者様のことをどう思っているか…

さっき部屋でも感じた疑問だったけど、今のお姉さんと勇者様の話を聞いて、よりいっそう聞いておきたい、って気持ちが湧いてきていた。

「良いけど、あんた寝なくて良いの?」

お姉さんが心配そうな表情でそんな事を聞いてくる。でも私は

「寝る前に汗流したいし…お姉さん最近姫ちゃんと零号ちゃんに手一杯で、二人でゆっくりする時間なかったしさ」

なんて、ちょっとだけ甘えるようなことを言ってみる。するとお姉さんの表情がみるみる申し訳なさそうな表情に変わっていく。

「そうだな…あんたは頼りになるから、忙しさにかまけて頼ってばっかりで、最近は何にもしてあげられてなかったよ…」

お姉さんは私の思いつきの理由を真に受けてしまったようで、逆に私のほうが申し訳ない気持ちになってしまったけど、とにかく少しゆっくり話が出来そうだ。

 「久しぶりに背中流してあげるよ」

気持ちを切り返してそう言うと、お姉さんもすぐに笑顔を取る戻してくれて

「あぁ、うん。頼むよ!着替え取りに行って来るから先に風呂に行ってて」

と手を振りながら廊下を歩いて行った。

 私その足で相部屋に戻り、気替えを持って浴場へと向かう。

脱衣所で服を脱ぎながら、ふと、そう言えばお姉さんの部屋には未だ勇者様がいることを思い出して、一瞬不安になった。また言い合いをしてなきゃ良いんだけど…

 なんて思っていたら、お姉さんがすぐに脱衣所姿を見せた。私はホッと胸を撫で下ろして

「またケンカにでもなったらどうしようって思ってた」

と、正直にそう言う。するとお姉さんは苦笑いを浮かべて

「あいつ、姫と一緒に寝てたからな。文句言いたくても言えなかった」

なんて口先だけで強がるように言う。なんだかそれが可笑しくって、私はクスッと笑ってしまった。

 湿気を防ぐための樹脂の塗られた木の戸を引いて私達は浴室へと入る。

あの頃はサキュバスさんがあれこれと用意をしてくれていたけど、西大陸復興を大掛かりにやるようになってからは、妖精さんの呼びかけで集まってくれた元は妖精族の侍女さん達が、食事や洗濯、お風呂の用意まで幅広く私達の生活の基礎を支えてくれている。

 サキュバスさん仕込みなのか、今日はいい匂いがする薬草が浸された薬湯になっているようだ。

 お姉さんは手桶でザパっとお湯を被ると、そのまま浴槽へと身を沈める。

「あぁ、もう、お姉さん!先に体洗ってからじゃないと」

私が言ったらお姉さんは

「固いこと言うなよ。これは…そうだな、議長特権、だ」

なんて笑い飛ばす。

 私は作法通りに髪から全身までをきちんと洗って、お姉さんお待つ浴槽へと足を突っ込む。ちょっと熱めだけれど、それがまた心地よく感じられる。

「ふぅぅ」

思わず出てしまったそんなため息を聞いて、お姉さんはまた笑い声をあげた。
 


 「しかし、こうして二人で入るのも久しぶりだなぁ」

お姉さんの言葉が、浴室に響く。

「うん。姫ちゃん生まれてからは一緒に入ったことないかも」

「そんなにか?」

「そうだよ!いっつも私と十六号さんと妖精さんで入ってたんだもん」

「あぁ、そうだったかもなぁ…なんやかんや、サキュバスと交代で姫を見てなきゃいけなかったもんな」

私の主張に、お姉さんは心地良さそうに目を瞑りながら答える。ちょっとズルい気もするけど…でも、話を振るなら今だろう。

「そう言う意味では勇者様が帰ってきてくれて良かったでしょ?」

「んー、まぁそうだな。助かってるよ」

私の問い掛けに、お姉さんは思っていたよりも単純明快に、なんのよどみもなく同意した。

想像していた反応と違って、私は一瞬、ポカンとしてしまう。それでもなんとか気を取り直して

「そう言う返事、ちょっと意外…お姉さん、勇者様のこともっと怒ってるんだと思ってた」

と返してみる。するとお姉さんは何やら含み笑いを見せてきて

「怒ってるよ、ものすごい怒ってる。あいつ自覚がないんだから、正直腹の虫が収まらないってのが本音だ」

と言い切った。

 自覚が、ない…?勇者様に…?

 そんなことない…勇者様は自分のしてしまったことがどれだけのことか分かっている。

大陸の人々や私達を傷付けた、お姉さんを裏切ったことがどれだけのことか。

そして勇者様自身がどれだけそのことで思い悩んでいたかを私は勇者様から直接聞いたんだ。

自覚がないなんて思えない。

勇者様は乳母を買って出るとき、許されるとは思ってないけど、って前置きをしたうえで、そのことについて謝ってもいた。

あのときの勇者様の言葉と態度そのものが、勇者様がそのことをどれだけ重く受け止めているかを示していたはずなのに…

お姉さんにはそれが感じられなかったんだろうか…?

「お姉さん、勇者様はむひゅっ」

私が反論しかけた瞬間、お姉さんが私の両方ほっぺたを引っ張ってそれ以上の言葉を遮った。

「あんた最近あいつ寄りだから、これ以上は言わないぞ。下手に喋ってたらまたあれこれ推理されちゃいそうだし、

 あいつ本人にあたしが怒ってる理由の手掛かりなんか渡して欲しくないんだ」

「怒ってる理由を知られたくない、ってこと?」

「知られたくないワケじゃない。自覚して欲しいんだ、ってこと」

ほっぺたを離された私が聞くと、お姉さんはグッと体を伸ばしながらそう答えてくれる。それから思い出したように

「あぁ、でも、心配されていそうだからあんたにはちょっとだけ言っておくけど、あたしはあいつを殺そうとか幽閉しようとか追い出そうとか、

 そんなことは考えてないから。まぁ、いつまでも裏切ったなんてことを謝ってるようじゃ、あたしの機嫌は収まらないだろうけどな」

なんて言って、浴槽から這い出た。

 …待ってよ、お姉さん。お姉さんは勇者様が裏切ったことに怒ってるんじゃないの?

勇者様があの戦いでみんなを傷付けたことを怒っているんでもないの…?

それじゃぁ…それじゃぁお姉さんは、勇者様の何がそんなに気に入らない…?
 


 呆然とした頭でそんな事を考え始めていた私に、洗い場に出たお姉さんが声を掛けてきた。

「ほら、背中流してくれるって言ったろ?」

「あ、う、うん!」

お姉さんに言われた私は慌てて湯船から飛び出すと、絹の手ぬぐいを引っ掴んで菜の花の油の石鹸を付けて、お姉さんの背中をゴシゴシと擦る。

するとお姉さんは腰掛けに座ったまま膝を抱えるようにして屈み込み

「あぁぁぁぁ…疲れが落ちてくよ…」

なんて気合いの抜けきった声をあげた。

 私はそんなお姉さんの、以前よりもどこか小さく感じる背中を擦りながら、さっきのお姉さんの言葉の意味を考えていた。

 いったいお姉さんは何に怒っているんだろう?勇者様は、他に、お姉さんの機嫌を損ねるような何かをしていただろうか…?

分からない…だって、お姉さんと勇者様は、あの日、魔王城のソファー部屋で初めて会って、それからすぐに戦いになり、勇者様は姿を消した。

それ以上のことはなかったはず。あの短い間のどこかに、裏切ったこととは別の何かがあったっていうの…?

 そんなとき、パタン、とお風呂場の外扉が閉まる音が聞こえた。と、脱衣所と浴室を遮る木戸の向こうから

「姉ちゃん達、まだいる?」

と言う十六号さんの声が聞こえた。

 「お、十六号か!まだ居るぞ。あんたも入るか?」

お姉さんがそう声を掛けると

「うん!久しぶりに髪洗ってくれよ!」

なんて言うが早いか、十六号さんは素っ裸で木戸を開いて浴場に入ってきた。

「もうそんな歳じゃないだろ」

お姉さんがそう言うけど、十六号さんは笑って

「いくつになっても、大好きな姉ちゃんに優しくされんのは嬉しいもんだろ?」

なんてどこ吹く風で堂々とねだる。

「ははは、甘ったれめ。じゃぁ、あんたは幼女の髪を洗ってやれよ」

「え、私も洗っちゃったよ?」

「それじゃぁ、肩でも解してもらえよ。今日も見張りしながらうんと勉強してたんだろ?」

「よぉし、じゃぁヘロヘロになるまで解してやるからな!」

「えぇ!?…えっと、じゃぁ、お手柔らかに…」

私達三人はそんな事を言い合ってから誰となしに笑顔になって、お姉さんの背中を流し終えた私の肩を十六号さんが揉んでくれて、

その後ろに位置どったお姉さんが十六号さんの髪を洗い始める。
 

 
 「おいおい、姉ちゃん。もっと優しく頼むよ」

「文句あるなら自分でやれよな。もう十六だろ?」

「うひゃぁっ、十六号さん!そ、そこ、くすぐったいよ!」

いつもは妖精さんと十六号さんの三人で入っていてたまにこんなことをする機会もあったけど、

お姉さんが加わると感じが違ってなんだかいっそう嬉しく感じる。

そう言えば、巡検隊に着いて行ってた零号ちゃんもお姉さんとはずっと一緒にお風呂なんか入ってなかったな…声掛けてあげれば良かった…

 私がそんな事を考えていたら、不意に十六号さんが

「あぁ、そうそう。風呂が楽しみで忘れてたんだけど、アタシ伝令を伝えに来たんだった」

なんてことを言い出した。伝令、ってまた何かあったんだろうか?私だけじゃなくお姉さんも嫌な予感を覚えたのか、少し強張った口調で

「今度はなんだ?」

と十六号さんに尋ねる。すると十六号さんはあははと笑って

「今回は悪い話じゃないよ。さっき、大尉さんトコに、最後の巡検地の調査を終えて、帰路に就くって隊長さんの班からの手紙を持った早馬が届いたってさ」

 帰ってくる…?隊長さん達が…!?

その報告に、お姉さんも私も思わず歓声をあげていた。

「ホントかよ!今日届いた、ってことは、もう砂漠の街か中央高地のどっかには着いてるってことだよな!」

「隊長さん達が戻ってくるなら、きっと他の班も直に戻って来てくれるね!」

「あんたは十四号が目当てだろ?」

「ちっ…違わないかも知れないけど、そ、そうじゃなくって!」

急に十六号さんが冷やかしてくるから、私は逆上せたわけでもないのに顔と頭がグツグツと煮えたぎるように熱くなる。それを誤魔化すように

「みんなが戻って来れば、お姉さんの仕事も楽になるでしょ?」

と言葉を継ぐ。もちろん、十四号さんのことがなくったって、みんなが帰って来てくれるのがが嬉しいって思ったんだ。

本当に、本当なんだからね。



 





 隊長さん達、巡検隊一班が帰ってくる。

その報告は、本部の中に瞬く間に広がった。

 防衛隊や親衛隊にいる元は人間軍諜報部隊の人達が、その報に一段と喜んでいる様子だった。

もちろん、隊長さんや金獅子さん…そ、それに、十四号さんが帰ってきてくれるのは、その、確かにうれしいけど…

私は、そんな個人的な喜びの他にも、この本部の状況が少しでも楽になるんじゃないか、って期待を抱かずにはいられなかった。

お姉さんや魔導士さん、大尉さんが少しでも仕事のことを忘れて眠れる時間が作れるといいな、って、今の三人を見ていればそう思うのも当然だ。

 あくる日の早朝、私はお姉さんと姫ちゃんの部屋へと続く廊下を歩いていた。

 昨日はお風呂を出たあとすぐに夕食を摂ってベッドに潜った。

まだ登ったばかりの朝日が、窓の外からうっすらとした光で廊下を照らし出している。

 私は、寝ぼけ眼をこすりつつ、辿り着いた先のお姉さんの部屋のドアを開けた。

部屋の中はシンと静まり返っていて、みんなの寝息だけがかすかに聞こえてくる。

音を立てないようにフワフワのじゅうたんにそっと足を進めて部屋に入ると、

私の目に飛び込んできたのは姫ちゃん用のベッドにもたれかかるようにして眠っている勇者様の姿だった。

部屋の中を見渡すけど、お姉さんの姿はない。

零号ちゃんは座ったまま、妖精さんはソファーに転げて、眉間に皺を寄せながら寝息を立てている。

なんとも、苦しそうな表情だ…

 私はそっとドアを閉めて二人の下へ行ってソファーからずり落ちた毛布を妖精さんに掛け直し、座ったままの姿勢だった零号ちゃんの肩を優しくゆする。

「零号ちゃん、交代に来たよ」

「…んっ…ふぇぇ?」

そんな声をあげた零号ちゃんは、ギュッと瞑った目をゴシゴシとこすり、大きなあくびとともに伸びをした。

「……おはよ」

「うん、おはよう」

まだ焦点が合っていなさそうな目の零号ちゃんとそう挨拶を交わした私は、どうやら昨日の晩がどんなだったのかを想像できてしまっていた。

「姫ちゃん、寝なかったんだ…?」

「うん…首のところにあせもが出来ちゃって、それがイヤだったみたい。うとうと、ってしたと思ったら、思い出したみたいに泣くんだよ」

零号ちゃんはそう言って、首をグルグルと回して見せる。

私が肩と首をグイグイっと圧してあげると、零号ちゃんは

「あぁ、うぅぅぅ…」

なんて声をあげてから

「お姉ちゃんは結局、帰って来なかったよ」

と報告してくれる。

「そっか…」

私は、それを聞いて心配な気持ちが心の中で首をもたげたのを感じた。
 


 お姉さんはお風呂のあと、夕食を摂りながら書類仕事をする、と言ってた。

昨日の夕方に到着した隊商がこの街で売りたい物資の資料に目を通して、議会の名義で購入しなきゃいけないらしい。

隊商が運んできてくれるのは街の人達用の品物もあるけれど、今回のように議会名義で買い上げるものも少なくない。

 例えば、議会が指導を行っている畑づくりに必要な農具の類は、無償で貸してあげる決まりになっているから予備がいくらあっても足りないし、

もちろん、肥料やなんかも買い入れているし、あとは、馬とか、飼い葉とか、羊皮紙に、防衛隊や親衛隊が使う武器防具も買い入れている。

 私達の自身の身の回りのものなんかはお仕事に応じた給金で賄っている。

食事だけは、一度議会名義で食材を買い入れて、その金額分を給金からそれぞれ穴埋めしている。食材は一括で買った方が安く上がるからだ。

 まぁ、とにかく、そんな資料に目を通して何をどのくらい買うか、次回来るときに持ってきてもらうための注文は何にするか、なんてことを考えなきゃいけない。

本当は、数人で話し合いをしながらやることになっているんだけど、この状況じゃそれも難しい。

補佐官さん達が手伝ってはくれているんだろうけど…

それでも、昨晩帰ってこなかった、ということは、難航してしまったと考えるのが自然だった。

 「私、部屋に戻る前に執務室行って様子見てくる」

零号ちゃんが荷物をまとめながらそう言ってくれたので

「うん、お願い」

と私はなるだけ明るい顔でそう頼んだ。

 荷物をまとめた零号ちゃんは、ふと、自分の体に巻き付けていた毛布を腕に抱え、姫ちゃんのベッドに寄りかかって眠る勇者様にそっと掛けた。

それから私を振り返って

「勇者様、少し寝かしておいてあげてくれないかな?昨日、ほとんど寝れてないんだ」

なんて言う。

「うん、わかった。姫ちゃん起きたら、私が見るよ」

そう私が答えると、零号ちゃんは少しだけ安心したような表情を見せてくれた。

「じゃぁ、おやすみ」

「うん。ゆっくり休んでね」

私はそう言葉を交わして、部屋を出ていく零号ちゃんを見送った。

 それから私は、姫ちゃんのベッドに寄りかかっている勇者様へと歩み寄る。

零号ちゃんの気持ちは、私もよくわかっていた。

たぶん、勇者様は昨日ほとんど寝れていないんだろう。

目の下には大きな隈を作っているし、顔も、眠っているのにげっそりと疲れ切っているように見える。

それならこんなところで寝かして置くのはなんだかね…

 勇者様が一生懸命にやってくれているのは、すぐそばで見ている私達が一番よく分かっている。

それに、お姉さんは私達に見張ってろ、とは言ったけど、手伝っちゃいけない、とは一言も言っていない。

なにより、こんなに一生懸命にやって疲れている勇者様を放っておくなんてできない。

せっかく一緒にいて見張ってるわけだし、ほんの少しだけでもちゃんと休んでもらった方が、みんなのためにも良いと思った。

もちろん、何より勇者様のためでもあったけれど。

「勇者様、勇者様…」

私は勇者様を呼びながら、零号ちゃんにしたのと同じようにそっとその肩を揺すった。
 


 勇者様は私の言葉に、ますます困った表情をして

「でもさ…休んでるところであの子が戻ってきたら、それこそあたし、寝たまま首を刎ねられちゃうんじゃないかな…」

と身震いして見せた。

 ふと、昨日の晩のお風呂での話を思い出す。

お姉さんは、勇者様のことを斬ろうだなんてこれっぽっちも考えていない。

追い出すつもりも、殺すつもりも閉じ込めるつもりもない、ってそう言ってた。

まぁ、初日のことは…うん、ちょっと仕方ないんだろうけど…

と、とにかく、お姉さんが勇者様につらく当たるのは、たぶん、不信感なんかの類のせいではない。

 怒っているのは確かなんだけど…なんていうか、昨日の話ぶりからすると、お姉さんは勇者様のことを信じられないとは思っていない。

ううん、姫ちゃんを預けているっていうのは、それこそ何にも代えがたい信頼の証だ。

それでも、お姉さんは勇者様に怒っている…それって、やっぱりなんだか妙な話のように私には思えた。

「ねえ、勇者様。勇者様は、お姉さんを怒らせるようなことをした心当たりある?」

気が付けば、私は休んでもらおうとしていたことなんかすっかり忘れてそう勇者様に問いかけていた。

「怒らせるって、そりゃぁ、あの日のことを怒らない人はそういないんじゃないかなぁ…」

勇者様は、そう言って再びぶるっと体を震わせてみせる。

 でも、お姉さんはーーー

そう言いかけて、私は言葉を飲んだ。

お姉さんは、昨日私に言った。

私は最近、勇者様寄りだから、って。

確かに、そうだったかもしれない。

 思えば、勇者様が帰って来てから、私はお姉さんに強いことをいってばっかりだったような気がする。

お姉さんの気持ちを汲んでたのは、十六号さんだけだったけど、今はその十六号さんさえ、お姉さんの勇者様への態度には首をかしげるばかりだ。

 ヤキモチを妬いていた、なんて思うわけじゃないけど…でも、例えばお姉さんが姫ちゃんや零号ちゃんの相手をしているときに、

寂しさを感じないわけではなかった。

ーーー三人は、血がつながっているから、ね…

そう思わないわけではなかった。

でも、私はそれ以上にお姉さんと零号ちゃんや姫ちゃんがにぎやかにしているのがうれしいって、そう思えていたのも本当だ。

 だとしたら、勇者様ばかりをかばう私や零号ちゃんの言葉を聞いて、お姉さんは何を思ったんだろうか…?

昨日のあの言葉は、もしかしたら、お姉さんの心の中にあった、ほんの小さな本音だったのかもしれない。

 そう思えばこそ、私は、昨日お姉さんと話したことを、勇者様に言ってはいけないような気がした。

それは、お姉さんが望まないことだろう、ってそう思ったからだ。

 私は、お姉さんから勇者様に乗り換えようとか、そんなことを思っているんじゃない。

二人に仲良くしてほしい、ってそう思っているだけだ。

それなのに、私はこれまで勇者様の気持ちのことばかり考えていて、お姉さんの気持ちに沿ってあげられていなかった。

そんなことで、二人の間をとりもつことなんてきっとできない。

大事なのは、もっと、どちらにも寄らずに…いや、どっちにも寄り添って…?

む、難しいけど…その両方でいるような、そんな感じの立ち振る舞いなんじゃないか、ってそう思えた。
 


 「…たぶん、そのことじゃないんじゃないかな…」

それが、私が今言える精一杯だった。

でも、それを聞きつけた勇者様は

「えぇ?なにそれ、どういう意味…?」

と私を追及してくる。

 でも、ダメ…これ以上は、言えない…

「私にも、良く分からないんだけど、ね…」

…嘘は言ってない。お姉さんが何を思っているかは、今はまだ見当もついていないんだ。

 私の返事に、勇者様はやっぱり困った顔をして

「あたし、あれ以外に何か怒らせるようなことしたかな…だってさ、ほんとに、あの子とかあの短い間しか関わってないんだよ?

 芝居したことを怒ってないってなると、正直見当もつかないよ…」

なんて、なんだか情けない声でそう言った。

ーーー自覚ないんだよなぁ

昨日のお姉さんの言葉が思い出される。

昨日は、私も勇者様と同じことを思った。

 お姉さんが勇者様と言葉と剣を交わしたのは、あの晩だけのことだった。

お姉さんは勇者様の何に怒っているんだろう?

お姉さんは、勇者様に何を気が付いて欲しいんだろう…?

 どうやら、私にも勇者様にも、答えはまだ出そうにない。

でも、お姉さんは勇者様をひどい目に遭わせたりはしない、ってそう言っていた。

だから、たぶん、慌てることはないんだと思う。

多少、勇者様や見ている私達が辛くっても…もしかしたらそれは、お姉さん自身が勇者様に対してずっと抱えて来た気持ちの反動なのかもしれないから、ね…

「でも、きっとなにか思うところがあるんだよ。それより、ほんとにベッドで寝た方がいいって。

 そんなんじゃ、いざっていうときにウトウトして、姫ちゃん落っことしてケガさせちゃったりするかも。

 そしたらさすがに、お姉さん怒るよねぇ…」

「うっ…あなた、本当に意地悪になったよね…」

「ふふふ、なんだか、勇者様にはこんなこと言っちゃうんだ」

勇者様が辟易した顔で私を睨み付けてきたけど、私はそんな表情に思わず笑ってそう言ってしまっていた。

すると勇者様は何かをあきらめたのか、

「…分かった。じゃぁ、少しだけ。姫ちゃん起きたら、あたしも起こしてくれよ。あと、あの子が帰ってくる気配があったときも…」

と言いながら、のそり、と床から立ち上がった。

「うん、わかった」

私は素直に返事をする。

 でも、心の中ではそんなこと、ちっとも思ってなんていなかった。姫ちゃんの面倒はちょっとのことなら、私にだってできる。

お姉さんは事情を話せばきっと、勇者様が寝ていたって苦笑いで

「仕方ないな」

なんて言うんじゃないかな、ってそんな気がする。

そういえば、昨日もお風呂の前に姫ちゃんと眠ってた勇者様を起こさなかった、って話をしていたし、ね。

だから、勇者様には少しゆっくりしてもらおう。
 


 「んじゃぁ、おやすみ」

そういうと勇者様は、のそりのそりとお姉さんのベッドに体を横たえて、毛布をかぶり目を閉じた。

 そんな勇者様の顔は、どこかやつれて見える。

「こんな顔してたらお姉さんが―――

ふと、そう言いかけた言葉が頭を巡って、私はハッとして、息が詰まった。

「ん…何?顔が…どうしたって…?」

まどろみながらのおっとりした声で、勇者様がそう聞いてくる。

「…え、と、こんな顔してたら、お姉さん怒りそうかな、って。自分でやるって言ったんだから、しっかりやれよ、とか言って」

私がとっさにそう言い訳をすると、勇者様は目を閉じたまま眉間に皺を寄せ

「…それは、怖い…なぁ…」

なんて、小さな小さな、掻き消えそうなくらいの声で口にしたっきり、すーすーと穏やかな寝息を立て始めてしまった。

わ、悪いことしちゃったな…困った顔しながら寝ちゃったよ…こ、怖い夢でも見ないといいけど…

 私はそんなことを思いながらベッドに腰かけ勇者様に毛布を掛けなおす。

勇者様はどうやらすっかり寝入ってくれたようだ。

それを確かめて、私は姫ちゃんの眠るベッドの柵に体を預けて、のぞき込むようにして同じように眠る姫ちゃんを見つめる。

 血のつながった、家族、か…

 竜娘ちゃんのときにもそうだったけれど私はふと、死んだ両親のことを思い出していた。

 そりゃぁ、そうだよね。

 お姉さんが怒るのも、無理はない。

私だって、そう思ったくらいだ。

お姉さんが思わないはずがない。

―――随分と血色がいいじゃないかよ、えぇ?どこをふらついてると思ったら、まさか観光地で大工とはな

 あれはつまり、そういう意味だったんだね、お姉さん。

私は心の中でお姉さんにそう聞いてみた。

もちろん、答えてくれるはずもないんだけど、私の脳裏に映るお姉さんは、少しあきれたような表情で、私に笑いかけてくれたような、そんな気がした。



 


つづく。


レス数?
大丈夫、ギリなんとなかる計算だ…たぶんw
 

貼り付けミスってたーーー

>>910>>911の間に以下がありますた…orz


>>910

私は勇者様を呼びながら、零号ちゃんにしたのと同じようにそっとその肩を揺すった。

「んっ…?…あ、あぁ…あなたか。おはよう、どうしたの…?」

勇者様は、零号ちゃんよりもずいぶんとはっきりとした反応で、私にそう聞いてきた。

「ベッドで寝た方がいいよ。姫ちゃん、私が見てるからさ」

私は勇者様にそう言う。すると、勇者様は一瞬、困ったような顔をして

「それはできないよ。これはあたしの仕事だ」

と私に返事をしてきた。

「いいから、寝なさい」

私は、どうしてか勇者様にはそんな言い方をしてしまう。

本当に、ちょっと意地悪なのかな、と自分で自分を疑ってしまうけど、

でも、こういう言い方の方が勇者様には伝わるんじゃないかな、って感じているところがあるようにも思えた。


>>911

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