八幡「やはり地球防衛ロボット"ジアース"は間違っている」 (135)


・俺ガイル×ぼくらの
・時系列はアニメ一期終了時、原作7巻まで

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1412420843

八幡「平塚先生、状況を教えてくれませんかね?」

平塚「ふむ。知り合いの研究員に泣きつかれてな。10人の少年少女を集めて来ないと実験ができないと」

雪乃「それで私達奉仕部に白羽の矢が立った、と」

八幡「私的な事情で奉仕部を利用するのはどうかと」

結衣「なんかゲームみたいなんでしょ?面白そうじゃん!」

雪乃「それにあなたは休日に外に出たくないだけでしょ、ヒキコモリ谷くん」

八幡「俺は来るべき時に備えて力を蓄えてるだけだ」

小町「良いじゃんお兄ちゃん!どうせすることなかったんだし!」

小町「それにお兄ちゃんと一緒に出掛けることも出来て嬉しいし、小町的にポイント高いし!」

八幡「それはいつもやってるだろ」

雪乃「奉仕部として依頼が来てる以上、どの道あなたは参加するか酸化するかしかないのよ」

八幡「ナチュラルに腐ってる事実を突きつけるのは辞めろ、照れちゃうだろ」

結衣「むしろ嬉しいんだ!?」


八幡「ところで平塚先生、それでこのメンツですが…」

葉山「やあヒキタニ君、君もバイトかい?いや、奉仕部の方だね」

八幡「ああ、お前らは金で釣られたのか?

葉山「そんなとこだよ」

海老名「はやとくんとヒキタニくんが二人で話してる…ぐ腐腐腐!」

三浦「海老名、擬態しろし!」

戸部「つーかゲームやるだけで日給一万とかマジパネェわ」

平塚「まあこの通り校内掲示で集まったんのだよ」

川崎「……一万は、でかい」

八幡「不釣り合いな川…川崎は、それで来たんだな」

川崎「う、うるさい!てかなんで名前つっかえかけた?」

八幡(名前忘れかけてすまんな、川なんとかさん)

戸塚「僕もお小遣い稼ぎに来ちゃったよ」

材木座「ケプコンケプコン!我も仕方なく来てやったぞ八幡」

八幡「戸塚、お小遣いなら俺がいつでも上げるし、そのためなら労働も厭わないぜ」

戸塚「もう八幡、茶化さないでよ~」

八幡(照れてる戸塚可愛い、とつかわいい)

材木座「はちまーん?我も居るよ、無視しないでよ、はちまーん!」


陽乃「そろそろ目的地につくわよ」

八幡「あれ、人数多いけどいいんですか?」

平塚「うむ、あちらに連絡したところ3人くらいまでなら大丈夫だそうだ」

八幡「え、3人?」

八幡「奉仕部の雪ノ下、由比ヶ浜、俺の3人。葉山、戸部、三浦、海老名さんの葉山グループで7人、川崎、戸塚、材木座の小遣い稼ぎで10人、あと小町に陽乃さんで合計12人でしょ」

八幡「1人足りてませんよね?」

平塚「……」クイクイ

八幡「いやでも少年少女て…」

平塚「心はいつも少年だ!」

八幡「確かに、少女と言うには年が…」

平塚「なんか言ったか、比企谷?」ドスッ

八幡「ぐふっ……なんでもありません!」


平塚「久しぶりだな、えーとなんて呼べいい?」

???「ココペリでいい」

平塚「そうか、彼はココペリ。私の大学の同期でな。君たちには彼が考案したゲームをしてもらう」

陽乃「このスタンドパネルみたいなものを使うのかしら?」

ココペリ「ああ、そうだ。これに手を当てて名前を言うと登録完了だ。やってみなさい」

雪乃「ゲームとは、どのようなことをするのでしょうか?まずはそちらの説明を先に」

陽乃「雪乃ちゃん、かたいかたい」

雪乃「ちょっと姉さん、押さないで」パネルポチー

陽乃「ほら名前名前」

雪乃「……雪ノ下、雪乃」ピローン

陽乃「雪ノ下陽乃」ピローン

結衣「由比ヶ浜結衣」ピローン

葉山「……葉山隼人」ピローン

三浦「三浦優美子」ピローン

海老名「海老名姫菜」ピローン

戸部「戸部翔」ピローン

川崎「川崎沙希」ピローン

戸塚「戸塚彩加です」ピローン

材木座「ゴラムゴラム、我の名は剣豪将軍、足利義輝である!」シーン

ココペリ「……本名言わないと反応しないよ」


雪乃「邪魔をするなら帰ってもらえるかしら?」シラー

材木座「すびまぜん!!……ざ、材木座義輝デス……」

戸塚「アハハ…、材木座くん残念だったね…」

八幡「……何やってんだあのバカは」

小町「これで小町とお兄ちゃんで最後だね」

八幡「ああ、そうだな」

八幡「比企谷八幡……」ピローン

八幡「!?」ゾクッ

八幡(なんだこの寒気は……!とてつもなく嫌な予感がする……!)

八幡「……小町、お前は参加するな」

小町「え、お兄ちゃん何言って……」

小町(お兄ちゃんの表情が、というか目が……いつもの以上に腐ってる!)

小町「どうしたの?急に機嫌悪くなっちゃって……」

八幡「……あとでハーゲンでもなんでも買ってやるから、これだけは参加するな、小町」

結衣「ちょっとヒッキー!小町ちゃんだけ仲間外れなんてかわいそーだよ!」

小町「……いえ、大丈夫ですよ、結衣さん!お兄ちゃんはきっと小町のことが受験生だから新しいゲームにハマらないように思って言ってるんでしょうから」

小町(お兄ちゃんのあんな険しい表情、見たことない)

八幡(……小町、すまんな)

陽乃「……」


平塚「ふむ。ではココペリ。ゲームの説明をしてくれ」

ココペリ「これから地球を滅ぼそうとする敵が現れる。君たちは地球を守るロボットに乗り、奴らを倒す」

八幡(よくあるロボットアニメみたいだな)

ココペリ「君たちの乗るロボットは強い。黒い塊。積層された装甲。圧倒的な力。無敵の存在。それを操縦し、10体の敵を倒せばゲームは終わり。君たちの勝ちだ」

平塚「おお……」

八幡(平塚先生、この中の誰よりも目が輝いてるぞ)

三浦「へー、まぁ面白そーじゃん。その肝心のロボットってどうやって見んの?」

ココペリ「そうだね。実際にコックピットに行った方が早いかもしれないな」

八幡(次の瞬間)ザー

八幡(一瞬、砂嵐が映り込み、その次には、俺たちはただ真っ黒の部屋に居た)


戸部「今の何!?瞬間移動!?やべーマジパネェっしょ!はやとくん!!」

葉山「ああ、本当に凄いな。どうなってるんだ」

雪乃「おかしいわ……さっきまで小さな研究室だったのに……。周りのものが一瞬で無くなるなんてあるわけないし……」

結衣「ゆきのん何ブツブツ言ってんの!それより凄いよ、あれ見て!」

八幡(真っ暗な部屋は、今度は全面が全てスクリーンになった。映し出されたのは、甲虫のよう鎧を持つ、人型のロボット)

八幡「……何が何だか分からない」

八幡(デスノートで月もミサもノートの所有権を失くしたときに尋問する、Lの気持ちがわかった気がするぜ)

平塚「……うおおおお!!もう我慢できない!!」

平塚「私も!私も契約させてくれ!!」

ココペリ「えぇ……。でも君は少女じゃあ……」

平塚「そ、そんな……年齢がそんなに大切なのか……?ロボットも男と同じだと言うのか……!?」ガクッ

八幡(ゲームやるだけなのにそこまで追い詰められるなんて…。誰か早く嫁にもらってあげて!)

ココペリ「……分かったよ、パネル出すから」

平塚「おお!!本当にやれるんだな!!」

雪乃「何もないところからスタンドパネルが……?」

平塚「平塚静!!」ピローン

ココペリ「……小町さんは良いんだね?」

小町「ええ、遠慮しておきます……」

ココペリ「そうかい。……そろそろ敵が来るよ」


八幡(今度は椅子が現れた。十数個の椅子が馬蹄状に並んでいる。ココペリはそのうちの一席に座った)

ココペリ「…さて、それじゃあ行くか」

八幡(ココペリと十数個の椅子はそのまま、宙へ浮かんだ。スクリーンは切り替わり、大海原を俯瞰しているような映像になった)

海老名「凄く綺麗な映像……まるで本物みたい」

川崎「弟たち、見たら喜ぶだろうなぁ」

戸部「っべぇー!!マジっべぇーわ!!」

材木座「早く!早く動かすのだ!!我は今相当興奮してるぞ!!」

ココペリ「そう急かさないでくれ……。ほら、敵の登場だ」

八幡(ドラえもんの通り抜けフープから出てくるような、円状の断面から徐々に下に下がっていく形で、敵は現れた。形状は四本足の蜘蛛みたいだ)

八幡「相手も大きさは同じくらいか」

戸塚「相手も大っきいね!八幡!」

八幡(戸塚、高揚した赤い顔でそんなこと言ったら、ぼくの八幡もおっきしちゃうよ!)

ココペリ「よし、……ジアース、発進」


八幡(俺たちが乗っているロボット、ジアースと言ったか、それはココペリの合図とともにゆっくり前進していった。奇妙なことにコックピットにその振動は全く伝わってこない)

八幡「……ってこれゲームなんだから当たり前か」

陽乃「本当に、ゲームなのかな?」

八幡「あ、いや、そりゃそうでしょ。だってこんなの現実だったら大変ですし、そもそも俺なんかがパイロットに選ばれるわけが無いですから」

雪乃「そうね、あなたのような人が地球を救うロボットに乗せるなんて、人類滅亡と同義だものね」

八幡「いやだからこれゲームだから!なんで現実と仮定してまで俺を貶めるんだよ」

雪乃「……あまりにも説明のつかない現象が多過ぎて、逆に現実味を感じてしまっただけよ」

材木座「ココペリ殿!このジアースとやらはどうやって動かしているのだ!?」

ココペリ「念じるだけさ。動けと思えば前に進むよ」

八幡「確かに現実味ねぇな」


ココペリ「奴ら、攻撃してくるぞ」

八幡(敵、蜘蛛は背中から光を発したかと思うと、それは光線になってジアースの甲殻に当たった)

八幡「うわあああああ!!」グラッ

八幡(さっきと違って今度は振動が伝わってきた。てか部屋ごと揺れるってどんだけ金掛けてんだよ!)

戸塚「当たっちゃったよ!大丈夫なんですか、ココペリさん!」

ココペリ「問題ない。ジアースは、強い」

八幡(スクリーンに円状の窓が映し出される。どうやら被弾箇所を映しているようだ。煙は出ているが外傷はない。)

八幡「それに戸塚が危なくなったら俺が守るから何の心配もすることないぞ」キリッ

戸塚「八幡……!」パァッ

ココペリ「こちらも反撃だ」

八幡(ジアースは蜘蛛の体に鎌のような腕でパンチを繰り出す。蜘蛛は堪らず距離を取ろうと後退するが、ジアースの猛攻がそれを許さない)

戸部「マジっべぇーわ!そこだべ!そこ!」

八幡(そして遂に蜘蛛をひっくり返し、動きを封じた。蜘蛛は脚をバタつかせなんとか抵抗するが、ジアースの厚い甲殻はビクともしない)

三浦「そいえばコレ、どーしたら勝ちだし」

ココペリ「基本は相手を動けなくして、装甲を引き剥がすんだ。そしてコレ、コレだ。この白い球体が敵の核。コレを見つけるんだ」

八幡(ジアースは鎌を指三つの手に変形させ、敵の核を握っていた。蜘蛛の方はまだ脚を動かしているが文字通り虫の息だ)

平塚「流石、製作者とあって、随分手慣れているな。こんな素晴らしいゲームをやり込めるなんて羨ましいぞ!」

ココペリ「……いや、これが初めての操縦だ」

材木座「モハハハハ、面白いことを言うな、ココペリ殿。製作者なのだから初めてというわけなかろう」

ココペリ「正真正銘、初めてさ。ただ十数回ほどチュートリアルを見てきたがね」

八幡(そう言うとココペリは、浮いている椅子をグルリと見回して、ふっと息をついた)

ココペリ「敵の核を見つけたら、こうして抉り出し、潰せ」

八幡(ジアースの手によって、白い球体は粉々に崩れ、それと同時に蜘蛛は力が抜けたように動かなくなった)

ココペリ「これでおしまいだ。あと10回同じことを繰り返す。次は君たちの番だ、頑張ってくれ」

八幡(椅子が下がっていき、スクリーンも元に戻った。部屋はまた真っ暗になった)

雪乃「あら、ココペリさん、もう操縦しないような言い方ね」

ココペリ「そうだ。もう操縦できな…いや、しない。僕の役目はこれで終わりなんだ」


ココペリ「それじゃあ、元の部屋に戻そうか」

ココペリ「……………」

八幡(ココペリは何か小声で言ったが、俺には聞こえなかった。次の瞬間、さっきと同じ砂嵐が流れた)

葉山「……ここは?」

八幡「俺たちが元居た部屋みたいだな」

結衣「ゆきのん大丈夫!?」

雪乃「ええ、ちょっと目眩がしただけよ」

戸部「それにしても!っべーしょマジ!あんな迫力のあるゲームマジ見たこないべ!」

三浦「あーしもロボにはきょーみ無いけどアレだったらやっていいし」

川崎「映像も綺麗だね。弟たちにも見せてやろう」

戸塚「平塚先生、どうしたんですか、ぼーっとしちゃって」

平塚「……ああ、すまない、余りの興奮に意識が飛んでいたようだ。ココペリに礼を言わねばな。ちょっと探してくるよ」

材木座「ふふふ、我こそは巨大ロボット、ジアースに選ばれしパイロット、材木座義輝である!地球の平和は我が守る!」

八幡「足利義輝はどうなったんだよ……。本名じゃないとダメだからって掌返し早すぎだろ」

陽乃「おっかしいなー。こんな凄い技術、企業が放っておくわけ無いから、お披露目会とかで見てるはずなんだけどなー」

八幡(みんな、興奮の色を隠せないようだ。あんなゲームを見せられちゃ当たり前ちゃっ当たり前なんだが……)

八幡「小町どうした?ずっと唸って」

小町「最後ね、ココペリさん、何か言おうとしてたよね。お兄ちゃん、気が付いた?」

八幡「ああ確かに。聞こえなかったけど」

小町「たぶんだけど」

小町「すまない、って言ってたと思う」

プロローグ投下終了。
こちらiPhoneからで改行の具合がよくわからん。
読みづらいかもしれない。

次からは地の文が付くのでマシになるはず……


とりあえず少しだけ書けたので投下。
地の文をつけて読みにくくないかテストも兼ねて。

あと>>1でアニメ一期基準だと原作6巻までだったわw
えーと文化祭終了時ってことでお願いします


俺たちは興奮冷めぬまま、ココペリさんの研究室から出て、大学の食堂に居た。
期待よりもはるかに上回る迫力に、それぞれが驚き、喜び、余韻に浸っているようだった。

……おい戸部。さっきから「っべー!」しか言ってねぇぞ。どこのミサワだ。
それに何故か材木座も同調し、ロボット談義を始めていた。
普通ならばありえない光景だな。

だがその気持ちもわからんでも無い。
なんだよあれ! ゲーセンどころかもはやアトラクションだ。
あれだけのものを他人と共有してしまったら、一緒にはしゃぎたくなるだろう。

しかしぼっち歴17年、百戦錬磨の俺には通用しない。
俺は忘れない。あまりに深すぎる知識故に、ドン引きの表情を見せたニワカオタクたちを……。

俺はその輪に加わらず、小町の近くに座っていた。

八幡「小町……そんなに気にするなんてらしくないぞ」

騒ぐ輩の一方で、対照的にただ黙り込むヤツも居た。

小町はどうもココペリさんが去り際に言い残した言葉が気になるらしい。
いつもならば「まぁいっか」とケロっとしそうなものなのだが。

小町「うーん、お兄ちゃんにはわかんないよね……」
小町(あんなに、悲しそうな、哀れむような謝罪なんて……)

雪乃「…………」

雪ノ下もまた、俯いて何か納得のいかない顔をしている。

結衣「ゆきのん、どうしたの?考え込んじゃって」

雪乃「ゲームというのはよく分からないのだけれど、ここまでリアルなものは見たことが無くて、ちょっと困惑しているの」

結衣「あー確かに。私もそんなにやる方じゃないんだけど、知らないうちに進化してるんだねー」

八幡「よくゲームをやる方の俺や材木座も、正直クオリティ高すぎてビビってるぜ。あのココペリって人ナニモンだよ」

解像度も限りなく本物に近く、臨場感満点のあのゲームを一体どうやって作ったのだろうか?
最近のゲームはやたら映像にこだわって中身が無いと揶揄されるが、これだけのレベルならば称賛されるべきだ。

雪乃「そうね。あんなもののために優れた技術を使うなんて、日本の将来が不安になったわ」

結衣「ばっさりだ!」

流石雪ノ下さん、容赦ないッスね。
もしココペリさんが聞けば悲しむだろう。


そこで、ココペリさんの姿が見当たらないことに気がついた。
平塚先生が探しているようだが、それほど遠くにいるとは考えにくい。

何か急用でもあったのだろうか?

目線をぐるりと回す。
休日ともあって、俺たち以外には誰も人はいないようだ。

ふと材木座と目が合ってしまった。
ロボット談義からそうそう話題が変わり、リア充の空気に取り残されたようだ。

渡りに船、と仲間になりたそうな顔をしている。
が、その表情はすぐ切り替わった。少し首を傾げ、口を開く。

材木座「八幡、我を呼んだか?」

八幡「は? 呼んでねーけど」

材木座「そうか? 材木座義輝という名前が聴こえた気がするのだが……」

八幡「そりゃ気のせいだろ。お前の名前知ってるやつなんて誰もいないし」

なんなら忘れたい。材木座との思い出と存在そのものを頭の中から滅却したいまである。

材木座「であるか……」

ふぬうと顎に指を当てる。なんだか表情がムカつく。どこの信長だ。

これ以上は目に毒だ。是非に及ばず。材木座から視線を剥がした。

空席の椅子とテーブルが上に整然と列をなしていてる。
一見、普通の、何一つ問題の無い光景。

そこに宙を浮いているぬいぐるみさえ無ければ。


???「やあ、君たちがパイロットだね」

俺がそのぬいぐるみに気がついたと思ったら、一瞬にして、皆のいる机の上に移動していた。

結衣「うわぁっ! なにこのぬいぐるみ!?」

ビクッと由比ヶ浜は仰け反り、頭のお団子が揺れる。胸のお団子もよく揺れる……。
いやいや、そうじゃなくて。

突如現れた謎のぬいぐるみに、皆呆気に取られているようだ。
当のぬいぐるみは、自由自在に宙を動き回り、ふーんとかほーとか言いながら俺たちの顔を確認している。

ぬいぐるみの形状は、鏡餅のような頭に長い耳がふたつ、リングがついている。
頭部の下にぺらぺらの体がおまけ程度くっついていた。

へんてこりんなデザインは見たことが無かったが、俺は頭を悩ます。
なんだろう……。この既視感は……。

小町「なんかキュゥべえのぬいぐるみっぽい」

八幡「それだ!」

思い出した! この顔は完全に某魔法少女のインキュベーターじゃないか!
そうとなれば早く小町から引き剥がさねば。小悪魔だからきっと魔力を持っているに違いない。声も似てるし。

???「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

させない! 小町は……私が守る!(裏声)

???「なんてね。冗談さ。僕の名前はコエムシ。ジアースのオペレーターみたいなものさ」

コエムシと名乗った、ぬいぐるみはそう言うと小さくお辞儀する。

結衣「あ、分かった! ココペリさんの仕業でしょ!? すごーい!」

由比ヶ浜はコエムシを掴むとぐにぐにと撫で回し、雪ノ下にもそれを促す。
しかし得体の知れないものを簡単に触る訳がなく、怪訝な顔で由比ヶ浜の手をのけた。

コエムシはされるがままだったが、雪乃の拒絶にちょっとショックだったようで、汚くないのになぁ…と小さく漏らした。


コエムシ「とにかく、僕は作りものじゃないし、ココペリの発明品とかでもないの! ちょって見ててご覧」

コエムシはえい、と何かを念じる仕草をする。
すると俺の頭の上に、突然影ができた。

流れるような黒髪に、整った目鼻立ち。服の上からでも分かる豊満なバスト。
町でいたら思わず振り向いてしまうほど美女が、俺の頭上から落ちてきた。

……ってこれ平塚先生じゃねーか!

八幡「グホッ……!」

平塚「痛てて……。一体なにが起きたんだ?」

突然天から現れた美女(アラサー)こと平塚先生は、事態を把握しようとしているらしい。

コエムシ「先ほど君たちをジアースに移動させたのは僕のおかげさ!」

コエムシはふふんと声を鳴らす。

平塚「うわっ! なんだこのダッコちゃん!」

全然似てないし、古すぎるんですが……。ダッコちゃんブームって昭和35年だぞ。
あとその件もさっきやった。

まあそんなことはどうでもいい。

八幡「先生、早くどいて下さい」

問題は美女(アラサー)こと平塚先生のお尻が俺の顔に乗っかっていることだ。
ハリのあるヒップがホットパンツのデニムの生地越し伝わってくる。

端から見ればラッキースケベなのだが、その重さたるや小町の比ではないので結構辛い。
いくら美女(アラサー)でも年を取るととやっぱり皮下脂肪とかも多くついてしまうのだろうか?

平塚「衝動のファーストブリット!!」

八幡「グホォッ……!」

平塚「……これ以上失礼なことを考えたら、分かってるな?」

な、なんで考えてること分かるんだよ……。
俺の視界は平塚先生(アラサー)が遠ざかる共に、現実世界も遠ざかっていった。


投下終了。
80行規制なんてあるんだね……。
何回も引っかかってしまったよ。
とりあえずPCの人読みにくくないか言ってくれると助かります。
ちょびちょび投下か一篇ずつドバッとかどちらが良いですかね?


あと最弱ロボットは小説版の灯台だと思います。
溶解液を股間から出すだけって悲しすぎるでしょ……。

なんだかんだで与えられたロボの強さで勝負は決まりそう。
弱い部類に入るキャンサー型を貰ったら優秀で年若いパイロットを集めなきゃ無理そう。
ところで、細かいことなんだが自分も初美>初見と誤字したんだが、灯台の攻撃って電撃じゃなかったっけ?
股間から溶解液はアニメにでてきたやつだったきがする。


少し投下。

>>39
そうだったっけ?
ごっちゃになってたわ


知らない天井だ。
真っ黒で奇妙な模様がうねるように描かれている。異世界めいていて現実味が無い。
ここが地獄か……?

戸塚「あ、八幡、目覚めた? 大丈夫?」

天国だった……! 目の前に天使がいるから間違いない。

八幡「大丈夫だ、天…いや戸塚。ここはどこだ?」

起き上がろうすると、頭がズキンと痛む。
戸塚は心配そうに「まだ寝てていいよ」と俺の肩に手を添えた。

材木座「ここはジアースの中だぞ」

……どうやら俺はコエムシによってここに運ばれたらしい。

俺が寝ているのは高そうなリクライニングチェアだ。他にも十数個ほど種類の違う椅子が円状に並んでいる。
戸塚もそのひとつ、可愛らしいカントリーチェアにちょこんと座っている。

戸塚「八幡、頭を強く打って気絶してたんだよ? コエムシが救急箱持って来てくれたんだ」

戸塚は十字のマークの木箱を取り出して言った。
そういえば頭に包帯が巻かれてあるし、膝かけもかかっている。

八幡「戸塚が手当てしてくれたのか?」

材木座「戸塚氏は部活でこのような手当てが得意なのだ。感謝するんだな」

八幡「そうか……ありがとな、戸塚」

戸塚「目が覚めて良かったよ」

弾けような笑顔が眩しい。
鼓動の音が激しくなる。心臓も弾けそうだ。

戸塚「あ、ちょっと待ってて。小腹空いたでしょ? お菓子取って来るから」

戸塚はソプラノの声でコエムシ、と呼ぶと、例のキュゥべえもどきが現れ、そのまま瞬く間に消えた。

マジで瞬間移動なのかよ……。
いや戸塚は本物の天使だった可能性も捨てきれない。なるほど天使なら仕方ないな。

ともかく戸塚もいなくなったので、俺は再びひとりだ。
もう一眠りするか。

材木座「ゴラムゴラム。八幡よ、やっと二人きりになれたな」

頭がまだ少しズキズキする。戸塚パワーでも回復し切れないとは、平塚先生恐るべしだ。
こういうときは寝るのが一番。

材木座「聞いて驚くなよ……。なんと我、最初のパイロットに封ぜられたぞ!」

早く戸塚来ないかな? 独りが寂しいなんて久しぶりだ。
うつらうつらとして気を紛らわそう。

材木座「我の名を呼んだかと問うた時があっただろう? あれが実はジアースの啓示だったのだ」

戸塚ってどんなお菓子が好きなんだろう。やっぱり可愛らしいチョコとかクッキーとかかな。それとも渋いせんべい系かな。
サンタを待つ子どものような気持ちで、夢の世界に行こう。

材木座「…………」

八幡「…………」

ガタッと物が動くような音がする。
そして耳元に微かに気配を感じた。

材木座「はちまーん!! おきろー!!」

八幡「うわあああ!!」

せっかく存在を抹消していたのに、むりやり視認させられた。
材木座義輝はいつもの暑苦しいコートで、鬱陶しいほどの存在感を出していた。

いつだって現実は無情である。

八幡「チッ、うるせーな」

材木座は年季の入った木製の学習椅子に腰かける。
肘を立て、してやったりと顔をニヤつかせる様は、なんとも憎たらしい。

こいつに怒鳴ったところで、某スノボー選手みたく、意味がないんだろうな。反省させてえ……。

材木座「盟友である我の言葉を聞かぬから裁きが下ったのだ。『律する小声の叫び(ジャッジメント・チューン)』がな!!」

なんだよその漢字とルビは……。
全然律しても無いし、小声でも無いし、俺は幻影旅団でも無い。

八幡「つーか盟友でもねーし。何の用だ?」

材木座「……実は我、緊張している」

八幡「はぁ?」

素っ頓狂な声が出た。
深妙な面持ちで、材木座は続ける。

材木座「ロボット格ゲーの心得がある我だが、このような大勢の前でやるのは初めてなのだ」

八幡「ゲーセン仲間とかいるだろ?」

材木座「今の居るメンバーは見知らぬ輩。リア充たちもおる。あやつらとは違う。一応ゲーマーとして失敗する訳にはいかん」

ああ、なるほど。
オタク故にその手のものにはプライドがあるというわけか。

リア充たちに唯一勝てる分野。意地でもあっと言わせたい。
「何コイツゲームごときにマジになっちゃってんの?」「上手過ぎて逆にキモい」と引かれることなったとしても、それは名誉の負傷だ。

リア充が女と遊んでいる間にも、材木座はゲーマーとして努力してきたのだ。
例え蔑まれようが誇れるものなのだ。

珍しく材木座に感心した。

……ま、話だけでも聞いてやるか。

材木座「だから楽に勝てる方法教えてよ〜。ハチえも〜ん」

前言撤回。コイツ、清々しいくらいに丸投げしやがった……。

八幡「知らねぇよ。格ゲーなんて守備範囲外だ。あとその呼び方辞めろ」

期待した俺がバカだったよ。
シッシッと手を払う。

材木座「待て待て。要はこの緊張を和らげる術を知りたいのだ」

見れば材木座のグローブをはめた手はプルプルと震えている。いつもより呼吸も荒いし、汗もかいている。
緊張しているのは本当だろう。……後半はコートを脱げば解決しそうだが。

八幡「……はあ。そうだな、平常心だ。いつも通りで居れば良い」

材木座「ありきたりなもので解決できるか! それに我はこの通りいつものままだぞ!」

八幡「いや違う。お前は普通を履き違えている」

普通の高校生は、四六時中コートを羽織ったりはしない。指ぬきグローブもはめてない。
だから材木座は普通じゃないのが普通なんだ。

八幡「材木座、お前はジアースに選ばれし者なんだろ? 剣豪将軍、足利義輝の生まれ変わりなんだろ? こんなことでビビってんじゃねぇよ」

材木座「な、なんだ急に」

八幡「キャラを守れつってんだよ。ラノベ作家なんだろ? 絵師が誰かも重要だがキャラクターも同じくらい重要だろ? つまりそういうことだ」

材木座はきょとんとし、しばらく停止していた。
それで何度か頷き「なるほど」と呟いた。

材木座「フフフ、八幡よ! お前の策、しかと受けとった! 我はこれからその準備にかかるとしよう!」

材木座「さらだばー!」

言うが否や颯爽と材木座は立ち去った。野菜食べ放題かよ。

が、しばらくして出口が無いことに気がついたらしく、情けない声でコエムシを呼んでいた。

八幡「だからキャラは守れよ……」


投下終了。
次回から戦闘に入れると思います。


投下します。
今回は書きながらなのでちょっと間隔が空くかもです。
目標は材木座篇終了!


しばらくして、戸塚が由比ヶ浜と一緒に現れた。

結衣「ヒッキーやっと起きたんだー。やっはろー」

由比ヶ浜がお馴染みのバカっぽい挨拶をして手を振った。
それ、寝起きも使うのかよ。

八幡「うす。てか口になんか付いてるぞ」

結衣「うっそ! ペペロンチーノ付いてる!?」

顔を紅くして、ハンカチでゴシゴシと口を拭った。
てかペペロンチーノとか、いつ食ったんだよ。オレ、身ニ覚エ、ナイ。

戸塚「ごめんね。夕方だから外で食べに行っちゃったんだ。代わりにお土産と、コンビニで食べ物と買って来たから……」

戸塚は手を合わせながら、頭を下げた。
お土産? とちょっと引っかかるが可愛らしい上目遣いの戸塚が見れたのでどうでも良くなった。

八幡「ま、まあ、気にすんな」

頬が綻びそうなのを誤魔化すように、目線を切りコンビニ袋とオシャレな紙袋を受け取る。
メロンパンやら午後ティーやら、入っている中、不意に何かがもぞっと動いた。

八幡「うおっ!」

コエムシ「きゅっぷぃ! 食べ物だと思った!? 残念コエムシちゃんでした!」

ふぉんとコンビニ袋から浮遊し、戯けてみせるコエムシ。
マスコットぽいことしやがって……。パンつまみ食いしてないだろうな?
ちなみに紙袋にはピサの斜塔の置物が入ってました。わけ分からん。

非難の眼差しを向けてみるが、コエムシは意を返さずに、けたけたと笑って、何処かへ消えた。

結衣「ヒッキー、超ビビってたしー」

由比ヶ浜も同じように笑みをみせる。堪えているようだが戸塚も肩が震えていた。
ちょっとは病人を労わってくれよ。

時刻を確認するともう夕方5時をまわっていた。

八幡「他の連中は?」

結衣「もうすぐくると思うよ。……あ、ほら」

言うがすぐに現れた。材木座を除いた9人だ。
夕飯を食べた帰りなのだろう、集団からはイタリアン料理の香りが仄かにする。

雪乃「認めないわ、瞬間移動なんて……! 科学的に不可能と証明されているし物理学に量子テレポーテーションというのはあるのだけれど、それは全く別のもので……!」

コエムシ「君らの常識はよく分からないけど、雪乃たちは瞬間移動でイタリアに行ったのは事実だよ?」

雪ノ下はぐぬぬと押し黙る。俺の居ない間になにしてんだよ。てか本場に行ってたんかい! ピサの斜塔がお土産ってガッツリ海外旅行してるレベルじゃねーか!

雪乃「今日はわけのわからないことだらけだわ……」

コエムシ「僕も君の頑固さは、わけがわからないよ」

雪ノ下はこめかみに手を押さえて俯くと、コエムシもそれに習うように俯く。
それに気が付いた雪ノ下は射殺するような忌々しい目つきで睨むと、コエムシは楽しそうに空を舞った。

お前ら、仲良しだな。

陽乃「まあまあ雪乃ちゃん、そうカッカしないの。良かったじゃない、まだピサは行ったことなかったでしょ?」

平塚「一瞬で海外に行けるなんてコエムシは本当に便利だな」

大人は順応性が高いのか、すぐに瞬間移動を受け入れていた。
いや、普通は逆じゃないんですかね?


コエムシ「ん、そろそろ敵がくるよ! みんな自分の椅子に座って」

円状に並んだ椅子にコエムシは誘導した。

葉山「どうだい、元気になったかい、ヒキタニ君?」

葉山が颯爽と俺の元へ歩いて来た。
海老名さんが「はやとくんが自らヒキタニ君に……! はち×はやいただきー」など何か騒いでいるが、ここは無視。

八幡「……ああ、これお前の椅子か。良いの使ってんな」

葉山「いや、対したこと無いよ」

んなわけあるか。高級感ハンパ無かったぞ、このリクライニングチェア。
ちょっと立つの名残惜しいと思いつつ、円状に並んだ椅子の中に、自分のものを見つけようと見渡した。

どうやら俺の椅子として設定されたのは、リビングのソファらしい。
腰を下ろすとお馴染みの感触が伝わってくる。

既に各々が自分の座るべき椅子に着席していた。
そういえばココペリさんの時は椅子は馬蹄状だったのに今度は違うんだな、とかどうでも良いことを考えていると、部屋の椅子に座る小町から声がかかる。

小町「お兄ちゃん、中二さんは? 最初のパイロットなのにどこ行ったの?」

八幡「さあな。そのうち来るだろ」

コエムシに目線を流しながら答えた。
するとぶんとコエムシが消える。

材木座の準備とやらが終わったようだ。
……自分で言っておいて何だが、良い予感がしない。
再びコエムシが現れた。そしてコックピット内の空気が変わる。


馬鹿でかい襟付きコートと漆黒の仮面を纏った、それはそれは痛々しい男が佇んでいたからだ。


???「ふはははは! 我こそは、地球を守る正義の象徴!」

場が凍る、とはこのことだろう。
誰もが口を開け、何こいつキモッ、という表情をしている。

???「剣豪将軍、材木座義輝!! ここに見参!!」

いつもなら素に戻る材木座であるが、仮面のお陰なのか、キャラは崩壊しない。
そして自分の椅子へ腰掛ける。

コエムシ「ようやくこれで全員だね」

そう言うと、全ての椅子が円状の並びを保ったまま、ゆっくりと浮上していった。
コックピットは暗幕が晴れるように闇が消え、やがてジアースの周囲を映し出した。

コエムシ「今ジアースは海の中だ。普段はここに身を隠している」

戦隊もののロボットと同じ設定ね。
コエムシは先ほどまでのおちゃらけた雰囲気押しとどめ、厳粛なナビゲーターになっていた。

コエムシ「君たちはこれからやってくる敵のロボットを倒して、地球を守らなくてはならない。もし負ければ地球は滅亡する」

どうやらルールのおさらいをするらしい。

コエムシ「戦闘の時は君たち全員をここに呼び出す。後はココペリのチュートリアルの通りだ。何か分からないことがあれば僕に聞くと良い」

区切って、余韻を残す。

コエムシ「地球の未来は君たち次第だ。健闘を祈るよ、義輝」

材木座「おう、我に任せておくが良い」

するとコックピットの画面が動き出した。細かい水泡がいくつもできて、やがて海上に出た。

ジェットコースターの登りのような高揚感に包まれる。本当に上昇しているかと錯覚させられた。

ジアースのいる場所は海上数キロ沖。遠くには海岸線、反対には小さな小島が幾つか見える。
ちょうど夕日が地平線までおりて来て、赤橙の海原が一面に広がっていた。

幻想的でノスタルジックな情景に誰もが息を飲む。
時が止まったかのような、そんな一瞬。いや永遠にも続くかとも思われた。

そして、静寂は切り裂かれる。

コエムシ「来たよ!」

夕暮れを遮る形で、円形の断面が現れ、敵が姿を見せた。

これがジアースの初戦である。
チュートリアルの直後だから流石に強敵はこないとは思うが、材木座が勝てるかわからない。
出来ることならば、リア充たちにドン引きされるくらい完勝して欲しい。

緊張と興奮はピークに達し、皆が敵の動向に注視している。

ついに地球を守る戦いが始まった。


全身を見せた敵ロボットは端的に言って物凄く強そうだった。
形状は人型であるが、ジアースとは全く異なる。

一番の特徴は大きな胸部だ。上部が開口した三日月の型をしている。
双肩からは類人猿を連想させる、自身の胴体と同じくらい巨大な両腕と頑丈な拳が威圧感をさらに際立たせる。

材木座「これホントに最初の敵……?」

キャラは守れよ、と思ったが材木座が唖然とするのも無理はない。
ココペリ戦の蜘蛛とは比較にならないほどの強敵・・孤月の登場に、皆驚きを隠せない様子だ。

コエムシ(スリット数15、光点は3か……)

コエムシ「気をつけて義輝! 相手はかなりの強敵だ」

八幡「そんなもの見れば分かる! チュートリアルの次戦にしてはあんまりだろ! 設定にバグでもあるんじゃないのか?」

材木座「いや、良いのだ、八幡。敵が強ければ強いほど熱くなるというものぞ!」

材木座は手ぬきグローブをぐっと強くはめ直し、仮面の位置を正す。

材木座「行くぞぉ! 我とともに敵を討ち払わん! ジアース、発進!!」

かけ声と共にジアースは敵ロボット孤月との距離を縮めていく。
最初に仕掛けてきたのは、孤月の方だった。

大きな右腕を思い切り振り下ろして来る。ジアースはその隙に、孤月の懐に潜り込もうとしたが、その振り下ろさせた右腕の衝撃で阻まれる。

ジアースと孤月の間に大きな水飛沫が上がった。

材木座「そうやすやすとは行かぬか!」

結衣「なんか……凄い!」

葉山「もう一撃、来るぞ!」

水の壁から、今度は左フックが飛んできた。
水飛沫は目隠しだったのだ。

ジアースは両腕で重い攻撃を受ける。
衝撃がコックピットにも伝わってきた。

凄まじい揺れが俺たちを襲う。体感震度5弱だ。皆悲鳴を上げ、恐怖で椅子の背もたれや肘掛けに掴まった。
ただ一人、パイロットの材木座を除いて。

雪乃「また右腕を振りあげてる。重量に物を言わせて押し潰すつもりだわ! 一旦距離を取るべきよ!」

雪乃が自分のソファに掴まりながら、早口で指示を出す。
揺れるのが怖いのか、少し声が上ずっていた。

しかし材木座はジアースを後退させようとさせない。

材木座「退かぬ。男の辞書に退くという文字は無い!」

いかん、材木座の奴、キャラに入り込み過ぎて、事態を冷静に分析できてない

まるで夜が来たように、コックピットが闇に包まれた。孤月の拳による影だ。
こんなものまともに受けてはひとたまりもないだろう。

やはり材木座は動かない。

流星のような勢いで、孤月が右腕のを振り下ろした。


再び、衝撃。
だがさっきよりも全然弱い。体感震度で言えば3程度だ。
そんなはずはない。振り上げた相手の拳は、位置エネルギーも加わって、先ほど左フックとは比べものにならないほどの威力のはずだ。

材木座「やはり、ジアースは強い!」

ジアースの両腕はしっかりと相手の拳の勢いを殺していたのだ。
孤月の右腕とジアースの両腕が、ジリジリと鍔迫り合う。
それも長くは続かなかった。あろうことか、徐々にジアースの方が押しているではないか。

コエムシ「ジアースの能力は、原則パイロットの能力に比例する」

そういえば材木座は体育祭の棒倒しで、戸部ら体育会系3人のブロックを一人で突破したことがあった。
まさかこんなところで馬鹿力が役立つとは……。

ジアースはそのまま孤月を押し切り、タックルを喰らわせた。
また大きな水飛沫が上がり、孤月の巨体は海に投げ出された。

日は既に落ちて、海面も空と同じく仄暗い。
三日月が、怪しくジアースを照らしていた。


八幡「すげえ……」

思わず口からこぼれ出す。
あの体格差を真っ正面から受け止め、相手を吹っ飛ばすとは。

陽乃「きゃー! 財津くんすごーい! 素敵!」

結衣「うん。やるじゃん、中二!」

戸部「っべぇーわ! ザイモクセイくんマジパネェ!」

普段なら絶対にあり得ない、材木座への賞賛の声。

材木座「フッ、どうと言うことないわ」

う、うぜぇ……。
それを素直に受ければ良いものを、材木座は余裕そうな顔で答えている。
というか誰も苗字覚えてないことにツッコまないのか、材木座。

戸塚「材木座くん、かっこ良かったよ!」

材木座「デュフフフ、そうかなぁ?」

……素直でも、やっぱり材木座はうぜぇわ。あとキャラは守れ。

雪乃「その気持ち悪い顔はちゃんと勝ってからにして欲しいのだけれど」

雪ノ下が指差す方向には、態勢を立て直す三日月型のロボット、孤月。

三浦「くだくだしてっから、アイツ復活してんじゃん」

平塚「形勢逆転したら、ラッシュをかける。戦闘の基本だな」

材木座「分かっておるわ。しかし距離が出来た以上こちらの優位!なぜなら……」

孤月の戦闘方法はどうやら肉弾戦のようだ。それも主に両手を使ったパンチが主流。
確かに一発の破壊力はあるが、タメが長く、隙が多い。そして渾身の一撃はジアースに真っ向から防がれている。

葉山「ジアースの方が腕は長いし、相手の攻撃を避けて、アウトレンジから攻めれば勝てるってわけだね」

材木座に補足して、爽やかスマイルを浮かべる葉山。
おいおい、葉山、材木座の見せ場を奪ってやるなよ……。

材木座「む、そ、その通りだ。強敵だったが、これで終いにしよう」

ところが妙なことに、孤月はその場に立ち尽くすのみ。
普通なら距離を詰めて反撃に出てくるのだが……。

月明かりをバックに、孤月は直立不動を保ったままだ。
三日月型の胸部が、不気味に月光を反射し、白くなっている。

いや、違う。
この光は反射じゃないっ……!

八幡「材木座! 避けろぉ!」

刹那、孤月の胸部から真っ白な三日月型の光線が放たれた。
ジアースは転がるように、間一髪それを回避した。

材木座「な、ななな!?」

光線の着弾先、数十キロ先には、三日月の形にかたどられていた、海。
周辺には島々もあったようだが諸共消滅していた。

こんなものジアースのレーザーの比ではない。当たれば即死亡の一撃必殺。

予想外のメインウェポンに、声を失った。


ふうちょっと休憩。
書き溜め尽きた。


平塚「どうやらこっちが本命っぽいな……」

三浦「ウチらのレーザーと全然違ぇし……。つーかコエムシ! こんなん反則じゃね? 敵だけ有利過ぎっしょ!」

コエムシ「確かにロボットには戦力差はあるけれど、それはルールの範疇だから問題は無いよ」

孤月はもう一度三日月に光を溜め始めた。

八幡「まずい! 材木座、あの光線はもう撃たせるな!」

材木座「分かっておる!」

ジアースは距離を詰めようと動き出す。
しかし孤月は頭部から細いレーザーを放射し、ジアースの足止めを図った。

コックピットはレーザーの衝撃で激しく揺れ、悲鳴が木霊する。

材木座「くそっ!」

こちらもレーザーを放ってみるが、相手の気を紛らわせることすら叶わない。
ジアースと孤月。長距離武器の性能差は歴然だった。

平塚「ならば正面突破しかあるまい」

ジアースは勢いをつけ、一気に孤月へと突進しようとする。
孤月の細いレーザーが直撃し、火花が散るのが見えるが、ゴリ押しで突っ込んだ。

多少速さは損なわれたが、それでも敵の光線の溜めを中断させるには十分な勢いは残している。
モニターには徐々に孤月の三日月のような胴体が近づいてくる。同時に月光の光も強くなる。

このまま行けるか!?

不意に、孤月の光が消えた。

次に凄まじい衝撃。

八幡「うわああああ!?」

浮遊感、そして叩きつけられた感覚が、コックピットに走った。
モニターは海と空を交互に映し出す。

孤月は光線を出す振りをして、ジアースをおびき出したのだ。
太い両手を支えにしたドロップキック。体操のあん馬の競技をしているかような格好だ。

材木座「あれはフェイクだったのか!」

葉山「いや、そうでもないみたいだ……」

孤月の三日月は眩しいくらい輝いていた。
それはつまり。

八幡「あれがくるぞぉ!」

空気を切り裂く雷音の如く轟いた。
思わず目をつぶってしまう、圧倒的な閃光。
それは世界の終わりのような一撃だった。

…………。

意識が飛びかけた。いや飛んでいたかもしれない。天に登っていたまである。
天地が翻したかのと錯覚するような衝撃だった。

そして、モニターには、半身を失ったジアース。

右肩から胸にかけてが全ての消失しており、股の部分が辛うじて残っている状態であった。
材木座がとっさに避けたのだろうが、ジアースはまさに満身創痍。あまりにも無様な姿。

敵機、孤月は幾つかの打撃痕はあるものの、ほぼ五体満足と言っても良い。

八幡「これは……負けだな」


押してダメなら諦めろ。
千里の道も諦めろ。
敵を知り己を知れば百戦諦めろ。

我が座右の銘を見ても勝ち目が無い。明らかに諦める。
なにもおかしいところもない。

ジアースの無残な姿に、コックピット内は皆一様にため息をつく。お開きムードが漂っていた。
足元にはよく見れば右腕の残骸が浮いている。大きさはまちまちで、それなりに形が残っているものもあった。

これが現実だったら、コックピットまで破壊されているかもしれない。
ゲームで良かった。

八幡「材木座、よく頑張った。痛いキャラを貫いてまでやろうという気概は、きっと葉山たちに伝わっただろう」

現に引かれはしたものの、当初の目的である緊張を紛らわせることは出来ていた。
何かのキャラに自分を重ね。空想の世界を救う。

見せ場もあった。体格差をものともしないあのタックルを見た時は深くにも材木座をちょっとかっこいいと思った。
無趣味な俺にとって、バカみたいに夢中になれるものがある楽しさは、とても眩しく見えた。

ポンとコスプレをしたパイロットの肩を叩く。

八幡「今回は残念だったが、また次回やればいいじゃないか」

コエムシ「次回……?」

材木座「八幡! 我は……俺は嫌だぞ!」

コエムシの声を遮って、仮面を外し、キャラを脱ぎ捨てた材木座が声を荒げた。

材木座「俺は勝ちたい! あいつがどんなに強くても、ここは勝たないとダメなのだ!」

鼻をすすりながら、思いをぶちまける。

材木座「ここでまでやって負けては俺はずっと勝てない気がするんだ! 弱い自分に言い訳して、敗戦を正当化して、前に進めない! ……そんなのは嫌だ!」

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、材木座義輝は慟哭す。

あの……これ……ゲームなんスけど。
こんなゲームにマジなっちゃってどうすんの?


サザっと引き潮みたいに皆引いていた。これには俺も苦笑い。
だがただ一人それに感化された人間がいた。

平塚「おお材木座よ! その通りだ! 諦めたらそこで試合終了だぞ! まだゲームオーバーになっていない以上チャンスはあるということだ!」

材木座「先生!」

平塚「材木座!」

ガバッと抱き合う二人。
材木座、もうお前が嫁に貰ってやれよ……。

勝負が決まり、三浦などはもう興味を無くし、ケータイをいじり始める始末。
敵も同様、茶番に付き合うプログラムはないらしく、トドメの一撃を三日月に溜め始めた。

ああ、これは終わったな。
隣の小町に夕飯どうするかなど聞いて時間を潰すことにした。

三浦「隼人、ちょっとこれ見て。東京湾沖に、謎の巨人現るだって。これウチらじゃね?」

葉山「何言ってんだ優美子、そんなわけ……」

材木座「よし! 行くぞ! ジアースよ、最後の攻撃だ!」

復活した材木座は、大声で鼓舞し、ジアースは何かを持つような動きをした。
孤月の光は最大になり、今にも光線を発射せんとしている。

平塚「タイミングが大事だぞ! 一回ポッキリの策だ!」

三日月型の胸部が前のめりになり、大きな両手を軸にして砲台のような形となる。
光線前の、予備動作だ。

材木座「そこだっ!」

ジアースは、自身の右腕の破片を、投擲した。さながら槍投げか、はたまた北欧神話のグングニールか。

材木座「くらえ!『幻紅刃閃(ブラッディナイトメアスラッシャー)!!!』」

ジアースの右腕は孤月の左腕に深く突き刺さった。
そのせいで重心のバランスが崩れ、前屈みに崩れ落ちる。

直後、孤月の光線が発射された。
倒れこむ海の中に撃っている形になるのだが、その破壊力をゼロ距離で放てば、当然孤月自身も無事ではすまない。

大きな爆破音がしたかと思うと、孤月の背中から光線の幾つかのが反射し、内部の核諸共空へ登っていった。

材木座「か、勝った!?」

平塚「勝ったぞー!」

再び抱き合う。師弟愛って美しいッスね。超どうでもいい。

ジアースのコックピットは暗くなり、戦闘の終了を告げていた。

コエムシ「よくやったよ、義輝! 君の勝ちだ。まさかあそこから勝つなんて驚いたよ」

材木座「そうであろうそうであろう! ま、我は最初から勝てると信じておったし、あのピンチも計算通りよ!」

ムッハハ、とよくわからない笑い声を上げる材木座に、周りは早く帰らせろという視線が集中した。

材木座「まあ待て。折角勝ったのだ、外に出て余韻にでも浸ろうではないか」

……地味にメンタル面も強くなってやがる。


結衣「さぶっ!」

材木座の頼みにより、一同が移動した場所は、ジアースの頭部だった。

アクアラインの向こう、日はどっぷり落ちて、海岸線はネオンに彩られている。
海上の風は肌寒く、先ほどの戦いの興奮の熱を冷やすよう。
まるで現実の世界だ。

材木座「……う」

死闘を終えたパイロットの材木座は、ジアースの甲殻の端まで歩いた。

そして、

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

と雄叫びを上げた。

八幡「うるせーよバカ!」

恨めしく材木座を睨もうとすると、後ろから凄まじい殺気を感じる。
ああ、これは振り返らない方が良さそうだ。

雪乃「突き落とされたいのかしら?」

絶対零度の視線を受け、材木座は堪らずヒィと肩をすぼめた。
しかしワザとらしい咳をいくつかして、向き直る。

材木座「むはは、嫉妬の声が気持ち良いぞ。我はジアースに選ばれし者であるからな」

ドヤ顔で胸を張る材木座。
な、殴りてぇ……。

三浦「つーか、これ順番だし。お前だけじゃないんだけど? つーか、パイロットだったら隼人のが似合うし」

今度は獄炎の女王の攻撃。物質は急激な温度差に耐えられず破壊されるだろう。
材木座もあわあわ言い出した。

葉山「とにかく勝てて良かったよ。今回は材木座くんのおかげでね」

ここで葉山が仲裁に入った。それに由比ヶ浜と戸塚がフォローする形で場は収まりそうだ。
葉山の言葉には色々含まれているのだろうな、と考えを巡らせる。

その時、ふと声がかかる。

陽乃「比企谷くんも、もう事の重大さは認識してるよね?」


背けていた可能性を突きつけられた。
薄々は感づいていた。瞬間移動も、コックピットの衝撃も、あまりにリアリティがありすぎる。

自分に言い聞かせるように、ゲームだと、設定だと。
ここに立っている以上、もう反論の余地はない。

それはつまり一連の出来事が、仮想世界におけるゲームではないこと。
少なくても今俺たちが乗っているジアースは、間違いなく現実だということ。

俺が小さく頷くと、陽乃さんはいつも人前に出る時の強化外骨格で、皆の注目を集めた。

陽乃「とりあえず、今日のところはお開きにしましょう! もう日もくれちゃったし。でしょ、静ちゃん?」

平塚「……ふぇ!? ああ、そうだ。諸君、気をつけて帰りたまえ」

平塚先生はどうやら放心していたようだ。多分、自分の世界に入っていたのだろう。だって材木座に向ける目が、同志を讃えるようだったから。
ホントに先生かよアンタ…。

材木座「八幡、八幡」

グイッと材木座に引っ張られ、無理矢理近くに寄せられた。
なんだよ、と仕方なく嫌そうな顔を向ける。

材木座「次の作品が決まったぞ!」

絶対ロボットモノだ。しかも主人公自分の。

材木座「巨大ロボに乗る足利義輝の生まれ変わりが」
八幡「もういい、分かった」

はあ……。やっぱり材木座は材木座だ。
だが、今日の戦いはほんの少しだけかっこいいと思ったのは事実。

八幡「……まあ、なんだ」

あそこまで熱くなれる材木座を、素直羨ましく思った。

八幡「ちゃんと、出来たら持ってこいよ」

とん、と。
軽く、拳を材木座に当てる。
そのはずが。

瞬間。

材木座の体はゆっくりと、崩れた。

八幡「え」

まるで闇に吸い込まれるように。
ジアースの甲殻から東京湾へ、音もなく転落していった。

材木座義輝は、数日後、遺体で見つかった。


投下終了。材木座篇終了。
戦闘が無駄に長引いてしまった。
支援感想ありがとうごさいました。
次はどのくらいになるか分かりませんがちょっとずつ投下するつもりです。

この孤月タイプのロボは小説で出てきた風車と人型を足して2で割った感じなきがする。

材木座……
ところでこれ、オリジナルのぬいぐるみは出る?


ひとつだけ投下。

>>66
ラノベ版のウシロ戦、弦月(ザ・ムーン)をちょっとだけ変えたのが孤月

>>67
原作のロボットか、それをちょっと変えるか、完全オリジナルの3パターンで考えてる
出来れば物語の流れとロボットの攻略法を合わせたい


庭の木の葉は色付いて、その命を終わらせる。
葉っぱのフレディとか、昔読んだ記憶がある。友達が居なかったのに何故か泣いてしまった幼い日。

一陣の風が吹くと木の葉はパラパラと散ってしまう。この風の冷たさどのくらいなのだろう?
最近、外に出ていないから、気温の変化が分からない。

時計を確認する。11時を既に過ぎていた。だいぶ惰眠を貪っていたらしい。
グダクダとベットから出て、顔を洗ってからリビングに向かう。

テーブルにはラップに包まれた朝食のパンやサラダと置き手紙。

『朝ごはん作っておきました。ちゃんと食べて元気になってね! 今の小町的にポイント高い!』

妹の心遣いが胸に染みる。最後の一言が余計だが。
秒針を刻む音が自然と大きく聞こえる。世界に俺がひとりだけ取り残されたようだ。
独りなのはいつものことなんですけどね。ぼっちだから。

特製コーヒーを作りながら、新聞を手に取る。
一面には、とある災害の続報だ。


東京湾に、巨大怪獣現る。
二体の謎の怪獣は東京湾沖で戦闘を行い、周囲の諸島を巻き添えに大暴れ。
津波や地震など二次災害を引き起こし、死者120人行方不明者60人重軽傷者500人超。



今でも鮮明に思い出される、あの日のこと。
巨大ロボット"ジアース"を操り敵のロボットと死闘を繰り広げた。

ゲームでは無かったのだ。
ジアースの存在も、コエムシの瞬間移動も。
材木座義輝の、死も。

八幡「うっ……」

拒絶反応が俺の体を襲う。急いでトイレに駆け込み、胃のもの吐き出す。何度か繰り返したせいでほとんど胃酸しか残っていない。
せっかくの小町の手料理が……。


本来、ぼっちというのは誰にも迷惑をかけない存在だ。人と関わらないことでダメージを与えない、究極的にエコでロハスでクリーンな生き物のはずだ。

……それがどうだ。ここ数ヶ月の比企谷八幡は。
奉仕部だの分実だの、人とコミュニケーションを取っているではないか。

冷静に考えてみるとぼっちである俺が、女の子2人で買い物や花火に行ったり、部活に入って誰かと交流したりしていること自体がちゃんちゃらおかしいのである。

やはり俺は間違っていたのだ。

俺が関わってしまった。
人にダメージを与えるどころか、人を殺めてしまった。
それも、見知らぬ赤の他人ではない。俺と関わりが深かった奴が。

材木座義輝を殺したのは俺だ。
一週間前、ジアースの頭部の端、確かに俺は材木座を、押した。
それで落ちて死んだ。

軽く押したとか、殺意がなかったという言い訳は通用しない。
事故であろうが俺が直接的な原因である以上、殺しは殺しなのだ。

俺は、人ととして、ぼっちとして、比企谷八幡として、やってはならないことをしてしまった。


投下します
今夜中にもう少し投下できるようにします


ここ最近の記憶が抜けている。
小町がよく話しかけたり、由比ヶ浜や雪ノ下が家に様子を訪ねて来たりしたような、しなかったような。

あ、でも戸塚は来た。これはしっかり覚えてる。目に焼き付けたまである。だって天使だもん。

ただ、戸塚でも家には上がらせず、また外に出かけることも断った。


マスコミは太平洋沖のココペリ戦を第一とし、材木座の戦いは『第二次怪獣災害』と呼んでいる。
100人以上の死者を出し、島をいくつも消失させた大災害。このことは世間を大きく騒がせている。

それ故に。
この世界が、世間が、俺を責めているように、感じてしまう。


コエムシ「それは自意識過剰だよ、八幡」


背後から突如、声が聞こえた。機械音と言うわけでは無いのに、何処か無機質な声。
ジアースのナビゲーター。通称コエムシは、ぬいぐるみの出来損ないみたいな体を浮遊させていた。

八幡「……勝手に家に入ってくんじゃねぇ。不法侵入で訴えるぞ」

コエムシ「僕はジアースのナビ。言い換えれば宇宙人。君たちの法に従う必要はないのさ」

八幡「何の用だ?」

今の俺の目はきっと朽ち果てた死体よりも腐っているだろう。
ジロリと睨むが、コエムシは楽しそうに言った。

コエムシ「人を殺した気分はどうだい?」

八幡「てめぇ!」

思わずコエムシに殴りかかった。
当然、俺の拳は躱され、空を切った。
コエムシはおちょくるように顔の周りにまとわりつき、それを何度か振り払った。

運動不足で、すぐさま息が上がる。

コエムシ「誰も、義輝の死が君のせいだなんて思っていないよ。少なくてもジアースに乗っていない普通の人たちは、ね」

八幡「……うるせぇ」


自意識過剰だ? そんなことは、今に始まったことじゃない。
俺の世界は何時だって俺ひとりだ。だから俺がやった失態は、全て俺が背負うべきなのだ。
これがぼっちの、選択肢の無い、選択なのだ。


コエムシ「ぼっち、ねぇ」

コエムシ(もうそんなこと言ってる場合じゃなくなってるんだけどね。まあなかなか面白い人種ではあるかな?)

コエムシ「……何かあったら僕に言ってよ。基本的には助けになるから」

巻き込んでおいて、よく言うぜ。
心の中でそう毒づいたが、そこで俺はまだジアースについて何も知らないということに気が付いた。

八幡「じゃあ、ジアースについて、知ってることを全て教えろ」

コエムシ「えー、それじゃあおもしろくないよ」

こいつ……言ってることが全然違うじゃねぇか!

コエムシ「君たちは何も考えずただ答えを知ろうとする。自分の頭でよく考え、ジアースについて仮説を立ててみな。それが当たっていれば、正解と言うし、違っていれば外れと言うよ」


それだけ言うと、コエムシはふっと姿を消した。
どうにもならない、蟠りだけが、俺の中に残ったがただひとつ言えることがあった。


コエムシは性格が悪い。


チャイムがなったのは、昼を過ぎたころだった。
適当に居留守を使おうとすると、返事を待たず扉が開く音がした。

平塚「比企谷ー! ちょっと出てこーい!」

人ん家のドア勝手に開けるなんて、身内か図々しい近所のおばさんくらいなんですが……。
不法侵入する何処ぞのマスコットよりもマシではあるが。

八幡「……なんスか?」

仕方なく玄関に向かった。足の裏がひやりと冷たい。フローリングで秋の深まりを感じた。

平塚「やあ比企谷。メールは見たか?」

八幡「あー、いえ。ずっと放置してました」

ここ一週間はほとんど触った記憶がない。あの日の夜から全ての行動の記憶が無いまである。
小町がお兄ちゃんのケータイがどうのと言ってた気がしないでもないような……。

平塚「今日は材木座の葬儀だ」

八幡「……そう、でしたか」

俺が命を奪った相手の名前。
またフラッシュバックされる、あの日の瞬間。
ゆっくり崩れ落ちるコート。手を伸ばしても無情に空を切る指。急速に闇に吸い込まれる大きな体。

八幡「うっ……!」

思わず胃が反応した。
それをなんとか飲み込む。

八幡「俺に行く権利なんて、無いです」

平塚「まだ自分を責めているのか。あれは、事故だ」

平塚先生は言い聞かせるように両肩にそっと手を添えた。


あの日。
俺たちがジアースに乗っていたことは、誰にも知られていない。平塚先生と陽乃さんが提案し、みんなが同意したことだ。
警察に話したところで、誰にも信じるはずも無いということもあるがそれ以上に、俺を庇うためでもあったのだろう。

巨大ロボットによる未曾有の大災害。俺たちが関わっている証拠も無い。
俺たちは大学に来ており、たまたま海岸線に居た材木座は、地震により海に転落した、ということになっている。
陽乃さんは警察にコネがあるらしく、多少の矛盾は握りつぶせる、ととんでもないことを平然と言っていた。



平塚「みんな普通では無かった。あまりに現実離れし過ぎていたのだよ。それに君が押したと言い張るのは無理だと断言できるほど、材木座の落ち方は不自然だった」


……もし、真実がどうであっても。
最後に触れたのは、引き金を引いたのは俺だと言える。また材木座にジアースを操縦させるように焚きつけたのも俺だ。
ぼっちであったはずなのに。誰にも迷惑をかけないつもりだったのに。


平塚「……それに、一番罪深いのは私だ」

すっと目を伏せた。

平塚「ココペリの実験に、生徒を無闇に参加させてしまった。その上、教師という立場でありながら、私的欲求が原因で引率の生徒を死なせるどころか、大災害を引き起こしてしまったのだからな」

俺の肩を掴む手が震える。
平塚先生の瞳は濡れていた。

平塚「しかも君をここまで追い詰めてしまった……」

深々と頭を下げた。

平塚「すまない、本当にすまない」

八幡「……平塚先生」

俺はなんて声をかければいいか分からなかった。
どうしたものか、目線を上げると、玄関のドアの向こうの車から、見覚えのある人物が降りてきた。

陽乃「遅いと思ったら、何お互いに罪の被り合いしてるの?」


黒を貴重としたアンサンブルに丈の長めスカート、喪服であるのに何処か華のある雰囲気。
完璧超人、雪ノ下陽乃は口を開く。

陽乃「静ちゃん、その話は散々したじゃない。それより比企谷くんはどうするの?」


陽乃さんは平塚先生を引き剥がし、俺に向き直った。
材木座の葬儀の出欠のことを問うた。結論は変わらない。


八幡「俺は出る資格が無いです。陽乃さんは出るんですね」

陽乃「一応、彼の最後に出会った人間だしね。あの日行った子たちは比企谷くん以外みんな出るんでしょう?」

平塚「そうだ。君の妹は兄次第と言っていたがな」

八幡「…………」

平塚「君は行く資格が無い、と頑なに言うなら、無理強いはしない」

平塚先生は、だが、と一旦言葉を切る。
タバコを探す仕草をしたが、ここが他人の家だと気が付いて、それをごまかす様に咳払いをした。

平塚「権利は無くても、義務はあるんだ。君の理論言い分に沿えば、そうなる」


俺のしたことの後始末。
それは材木座をしっかり見届けろと言うことだろう。
わかる。それは論理的に沿っているし、やらなければならないということも、わかる。


だが、気持ちがどうしても、追いつかない。
なぜだろう。常に論理武装を重ね、屁理屈を武器に立ち向かって来た俺が、これほどまでに気持ちで左右されるとは。


俺が悩んでいる様子を見て、平塚先生は陽乃さんと顔を見合わせて、溜息をついた。

平塚「近しい人を亡くすのは初めてだったな。……まだ時間はある。少し考えたまえ」

そう言うと、平塚先生はさっと車に戻って行った。
その足取りはきっちりとしていたが、何処となく背中は小さく見える。

陽乃「静ちゃん、今回のことは相当参ってるっぽいのよね」

陽乃さんが俺に耳打ちする。
相変わらずパーソナルエリアが近い人だ。不意に妹とは違う柔らかい部分が当たって、俺は身をのけぞった。
お葬式前なのになんでこんないい匂いすんだよ……。

陽乃さんは、ふふふと蠱惑的な笑みを浮かべる。
自分の思考やら意思やらその他諸々に、目を逸らして答えた。

八幡「まあ、生徒の安全を守れなければ、教師として責任を感じるのは無理のない話はですけど」

陽乃「それもあるけど。……一番は、キミだよ、比企谷くん」

なんか勘違いしそうな言い回しで、陽乃さんは俺を見つめ返す。
濡れた瞳がかち合って、ゾクリと悪寒が走った。

八幡「……陽乃さん、近いです」

するとすぐさま離れて、さもおかしそうにころころと笑い声をあげた。

陽乃「やっぱり、比企谷くんておもしろーい」


この人、こんな時でもおちょくってやがる……。


陽乃「でも静ちゃんが比企谷くんを心配してたってのは本当よ。あれから何度もラーメン屋に誘われて相談されたもの」

陽乃さんと平塚先生が二人でラーメンを啜りながら、俺の話をしている姿を思い浮かべた。
美女たちに心配されるのは、本来なら嬉しいのだが、二人ともクセが強すぎて、全く喜べない。


嫌な想像をしてしまって、自分でも露骨に口元が歪むのが分かった。
うへえ……。

陽乃「ひどーい! せっかく心配してるあげてるのにー!」

陽乃さんはぷくーっとふくれっ面を作ってみせる。
そもそもこの人は本当に心配していたかも怪しい。

ただ、平塚先生のことは気がかりではある。
正直これ以上負担をかけてしまうのは気が引ける。俺が原因で老け込んでしまい、誰も嫁に貰ってくれないという事態になりかねない。
何それ悲しすぎるだろ……。最悪俺が貰っちゃうよ!


八幡「何時からですか?」

陽乃「お、行く気になったかい?」

八幡「俺がしたことの顛末ですから。それに材木座には言われてたんです」


材木座『我がもし死んだ時、八幡、貴様には我の押入れの中を捨てる権利をやろう』


親に見られたくないもんがたくさんあるんだろうな……。
誰もが一度は想像する、自分が死んだ後の遺品の行方。体育の準備運動のペアの時、暇つぶしに冗談で語り合ったことがあった。

材木座の黒歴史を滅却すること。これもまた、俺の責務であると言えるだろう。
なんとなく、な後ろめたさよりも、明確な懺悔を。
対したことではないかもしれないけど、多分、材木座にとっては重要なことだから。


八幡「俺はするべきことがあることを思い出しました。だから材木座の葬儀に出席します」

陽乃「うーん、私的には、比企谷くんはウジウジしていた方が、それっぽくて良かったんだけどなあ」

じゃあ貴方は何しに来たんですかね……?
視線だけで言葉を伝えるも、陽乃さんはいたずらっぽく笑みを返すだけだった。

陽乃「ふふふ、じょーだんよ冗談。葬儀は夕方の4時から。3時には迎えに行くから準備しておくように」

陽乃さんはそれじゃぁね、と手を振って外へ歩き出す。
玄関から零れる秋光が、俺の体をほんの少しだけ暖めた。



陽乃(結局言えなかったな、材木座くんの死因のこと。まあ自分から葬儀に行くって言ったからいいか)

陽乃「……あとは、仮説な真偽を確かめるだけね」


投下終了。
サブタイトルとか考えたけどパイロットがバレてしまうというジレンマ。
戦闘はまだちょっと先です。


小町に葬儀に行くと伝えて、制服に着替えていると、平塚先生の車が迎えに来た。
後部座席には、小町と由比ヶ浜と雪ノ下が既に乗っており、必然的に俺は助手席となった。

結衣「ヒッキー、その、大丈夫?」

八幡「まぁな」


車が動きだし、シートベルトを締めながら、そのまま答えた。

由比ヶ浜は上目遣いながら、恐る恐る口にした言葉は、予想通りだった。
声をかけにくい雰囲気な俺に話しかける、その心遣いに痛み入る。

やっばりコイツ優しいな。


小町「お兄ちゃんの目がマシになってる! これは大丈夫な証拠だよ!」

八幡「俺の目は体温計か何かなの?」

後ろからのずいぶんな体調確認にジロリと睨み返す。

雪乃「いつも通りの冷たい目よ。熱は無いから安心しなさい」

八幡「お前は目も反応も、相変わらず冷たいのな」

それでも雪ノ下のどこか声音は穏やかで、言葉の棘は普段より影を潜めていた。

雪乃「あら、まだ冬眠し足りないかしら、ヒキコモリくん。てっきり『ご友人』の葬儀には参列しないものと思っていたけれど」

と、思っていたら違った。
由比ヶ浜が気を使ってくれたのにぶち壊す雪ノ下さんマジぱねえ。

八幡「てか友人、ってとこ強調しないでくんない。そんなんじゃないから」

平塚「そうなのか? 君たちの仲は友人と呼ぶのに相応しい関係であったが」

横の平塚先生が怪訝な顔をした。

八幡「違いますよ。俺もあいつも互いに友人は居いません」


本当に、そういうものではない。

友人とは、ご機嫌を伺いながら、仲の良さを確認し合い、その裏腹を探りつつ、猜疑と欺瞞を延々続ける間柄である。
俺と材木座は、機嫌を損ね合い、不仲を愉しみ、裏も表も見せつけながら、古傷を抉り合うような、そんな馬鹿げた関係である。

ならば、それは友人でも友達でも、ましてや親友でもない。


平塚「では、なんだと言うのかね」

八幡「……同類とか似たもの同士とか、そんな感じじゃないですかね?」

雪乃「自覚はあったのね……」

背後から呆れと確信に混じった声が聞こえてくる。

平塚「そうか」

平塚先生はそれだけ言って、おかしそうに笑みを浮かべた。
ウィンカー音が鳴り、車は駐車場に入った。


会場には幾つかの親戚らしき人影が見え、俺たちは受付を経て葬儀場に入った。
雪ノ下と先生は諸手続きをするので、後から来るそうだ。

結衣「あ、優美子たちだ。やっはろー」

抑えめな声で由比ヶ浜が、参列者の中で一際若く、材木座には不釣り合いに派手な二人組み駆け寄った。
ケータイを弄っていた三浦優美子はその手を止めて、それに応じた。

三浦「お、結衣。ヒキオ連れてきてんじゃん」

由比ヶ浜が自分のおかげではないことを言うのを、ほとんど聞き流して、三浦は俺の前に立ち止まった。


三浦「あんた、友達の葬式くらい出ないとかどうなん?」

思わぬ女帝からの攻撃に面を食らう。

八幡「いや、友達じゃなくて、似たもの同……」
三浦「あ?」

有無を言わさぬ迫力に押し黙った。
というか、材木座とは対して接点の無い三浦が葬式に来るだけでも意外なのに、俺に話しかけてくるなんて。
びっくりすぎて心臓が止まり俺の葬式も同時開催しそうだ。

三浦「ヒキオとザイモク? なんとかの仲とかどうでもいーけど、付き合いあるなら、葬式くらい出るのが礼儀っしょ?」

戸部「お、落ち着けって、優美子」

結衣「そうだよ。あんまり騒ぐのは良くない、よ……」

詰め寄る三浦を宥めようと、一緒に居た戸部や由比ヶ浜が言葉が声を掛けるも、全く通用しない。
由比ヶ浜に至っては途中から声が小さく萎んでいく有様だ。

静粛な会場では、一段と目立ち、注目を集めていた。

三浦「つーかこん中で一番絡みあったヒキオが来ないとかありえないんですけど。あーしたちはこうやって来てやってんのに。ホント、何考えてんの?」

腕を組みながらカツカツと長い爪を鳴らし敵意剥き出しで俺にガンつける。


そしてあの日に居た人間が微かに思っていた禁句を、ついに口にした。


三浦「大体、ヒキオが殺したようなものなんだし……」
「やめなっ!」


遮るように、別の声が響いた。
決して大きな声では無いのに、その鋭く冷めている言葉は、熱を帯びた三浦の怒号を冷やすようだった。


川崎「その話は今関係ないでしょ? ここは葬式会場。騒ぐ場所じゃない」

そう言って俺と三浦の間に入ったのは、川崎紗希だった。
今到着したのだろう、コートを脱ぐ時に乱れてしまったのか、青みがかった長いポニーテールのあちらこちらに枝毛が見える。
川崎は覇気の無い冷めた目で、三浦を睨みつけた。

川崎「アンタは地震で海に落ちる材木座を助けようとしただけだ。そうだろ?」

川崎の視線が俺に移る。
ああ、そんな話になってたんだっけな。
俺は三浦のそしりと、川崎の突然の援護に戸惑つつ、なんとか首肯して答えた。

川崎「コイツはちゃんと来た。何も悪くない」

また川崎は三浦に向き直る。三浦はあからさまに顔を歪め、不快感を露わにしていた。
それでもなお川崎は続ける。

川崎「それにコイツのこととやかく言ってるけど、アンタの連れだって葬式に来ないのによく言えたもんだ」

三浦の表情が、一瞬虚を突かれたかのようになり、そのあと一気に顔を赤らめ険しくなった。
並の人間なら思わずたじろぐような女王の怒りの魔眼。川崎はなんでも無いように対峙する。

三浦「あぁ? 海老名のことは関係ないっしょ?」

まさに一発触発である。三浦と川崎。両者一歩も引く様子は無い。
既に外野となっている俺ではもう手出しできない。なだめ役の由比ヶ浜や戸部も完全に萎縮してしまっている。小町なんて怯えて半分涙目である。

誰も寄せ付けない雰囲気を出し、二人は睨み合い続ける。


雪ノ下「何を騒いでいるのかしら?」


そこへ最悪のタイミングで、空気を読まない女ナンバーワンの雪ノ下が戻ってきた。
三浦と川崎が同時に、第三者に威嚇する。

三浦「あ? 外野は引っ込んでろし」

川崎「ちょっと雪ノ下は黙っててくんない」


ア、アカン……!


雪乃「黙るのは貴方達の方よ。さっきから醜い口喧嘩が聞こえてきてとても耳障りなのだけれど」

売られた喧嘩は倍返し、がモットーな雪ノ下さんは、予想通りに二人を煽り始めた。
総武高女子の頂点を決める三つ巴の戦い。
キャットファイトどころじゃない、ライオンと虎とチーターが全力で殺し合うようなものだ。

おかしい、俺は材木座の葬式に来ていたはずなのに。
どうしてこうなった!?
事の発端を思い返してみる。原因は何だ?

……俺でした(白目)

空気に耐えられず、目を逸らすと材木座の遺影があった。
その写真はうざいくらい印象的な、眩しいくらいの笑顔だった。

材木座『イェーイ! 八幡、楽しんでる〜!?』

遺影からそんな声が聞こえた気がした。
やはり材木座は死してなおウザい。

けれどそのウザさが今、どうしようもなく恋しくて堪らなかった。


三浦「そもそも因縁つけて来たのは川崎っしょ?」

川崎「三浦が的外れなこと勝手に騒いでるだけだ」

雪ノ下「だからそのピーピー喚く口を閉じろと言っているのが分からないの? 人の言葉が理解出来ないなんて貴方たちの知能は、そこらの犬以下しかないのかしら」

三浦川崎「「あ゛っ?」」


雪ノ下は二人を宥めるどころか、両方に喧嘩を売るファインプレーを見せた。
場を収める才能無さ過ぎだろ……。

三人はバチバチと火花を散らすどころか、大炎上しているレベル。消防車でも鎮火出来ない大火事の発生だ。
焼くのは火葬屋だけで十分だよ!


ぱんっ!


唐突に手を叩く音がした。あまりに淀みない音なので、皆の視線が集まった。

葉山「もうすぐ式が始まるよ。さ、優美子、行くよ」

葉山は半ば強引に三浦を二人から引き剥がし、席へと向かう。戸部もそれに続いていった。

戸塚「お葬式なのに、騒いじゃダメだよ……!」

続いて戸塚が涙ぐみながら川崎と雪ノ下に言い放った。
本来こういうことは得意でない戸塚が止めに入るとは。

戸塚「材木座くんに失礼だよ……!」

戸塚は少なくても材木座を友達だと思っていたはずだ。その葬儀で騒ぎを起こされれば、怒るのも当然と言える。
毒を抜かれたように、川崎と雪ノ下は息を吐いた。


川崎「悪かったよ」

雪ノ下「ごめんなさい。配慮が足らなかったわ」

八幡「……すまんな、戸塚」

戸塚はきょとんとした顔で、なんで八幡が謝るの? と首を傾げている。
葉山と一緒に来た戸塚は事の発端が俺であることを知らないようだ。

それは後で説明するとして、俺はもう一人にも謝罪しなければならない。


八幡「すまん、川崎。俺を庇ってくれてありがとな」

足早にその場を去ろうとする背中に礼を述べる。
すると川崎は驚いたように目を丸くして振り向いた。

川崎「べ、別に、アンタを庇ったわけじゃ……な、ないし……」

後半はほとんど聞き取れないくらいの声で返してきた。
それから急にかあっと顔を赤くして、ぷいっと去ってしまった。

川崎、なんでさっきよりキレてんだよ……。
俺に礼を言われるのは雪ノ下や三浦に喧嘩を売られるより屈辱的なのか? やだ、わたしの人格……嫌われ過ぎっ!?

やがて陽乃さんがお坊さんを連れてやって来て、俺たちも席に座った。


なんだがもう疲れてしまったが、ようやく材木座の葬式が始まるのだった。


さて一通り葬式の内容が終わる頃には、もう日が沈む時間になっていた。

帰りは平塚先生が車で送ってくれるということになっており、俺を除く学生は既にここにはいない。
俺は今葬儀会場からほど近い、材木座宅の家の前に来ていた。
そして少し前のことを思い出す。


葬儀では材木座の親戚たちが、悲しそう表情をしていた。
それで、また痛感した、自分の罪深さ。

やはり俺が殺したという事実は揺るがない。
材木座のご両親などは、涙も枯れて憔悴しきっていた。
それでも受け止めなければならない。俺がやってしまったことなのだから。

俺は葬式の間、ずっと思考の海に没していた。
真っ暗闇で自分の体すらまともに見えないような深海の中、様々な感情が水圧となって俺を押し潰す。

ただひたすら耐える時間だった。


唯一救われたのは、その材木座のご両親が俺のことを認めてくれたことだ。
材木座母曰く、「義輝がよくあなたの名前を叫んでるのを聞いたわ。『はちまーん!』って。家ではほとんど喋らなかったのに、ね」

材木座の遺品を漁っていたところ、生前に冗談で作った遺書らしきものに、俺の名前が刻まれていたらしい。
例えその気が無かったとしても、少しでも息子の意思を反映したいと、ご両親は考えたようだ。


材木座宅は閑静な住宅街の一角だった。
喪服を意味する白黒の提灯がぼうっと静かに玄関を照らす。

夜も遅いしあまり時間をかけたく無い。何より材木座のご両親に、これ以上迷惑をかけたく無い。
本当ならば日を改めたかったが、とある人物のせいで急遽すぐに来なければならなくなった。

八幡「陽乃さん、どういうつもりですかね?」

陽乃「うーんとね、比企谷くんと二人っきりになりたかったから、かな?」

何故か俺の隣にいる陽乃さんは、ウインクしながら微笑みをたたえる。
喪服姿の美しさも見事だが、その清楚かつ妖艶な佇まいに一瞬どきりと胸が跳ねる。

八幡「……いやいや、言い訳にもなってないですよそれ」

陽乃さんの行動原理がわからない。
特に葬儀が終わってからここまでの行為は、その言い訳にもなっていない冗談が、あたかも本当だと錯覚しそうなほどだ。


葬儀が終わった直後、俺は材木座のご両親に遺品の話をしていた。
そこにさらっと混ざり、陽乃さんは自分が保護者代わりになると、俺と付き添うことを提案した。
陽乃さんがあれよあれよと話を進め、結局俺が気が付いた時には、遺品整理の話が今夜ということになっていた。

ここまででも十分意味不明なのだが、さらに陽乃さんの奇行は続いた。
遺品整理について行きたいと言う戸塚を丁寧に断り、三浦の件を謝りに来た由比ヶ浜を言葉巧みに俺から引き剥がし、いちゃもんをつけて来た雪ノ下を適当にあしらった。
とにかく俺に近づく者は小町でさえも徹底的に退け、葬儀終了から現在まで陽乃さんは俺とずっと二人でいた。


裏があるのは間違いないが、その真意の鱗片すら見せない。
雪ノ下陽乃は強化外骨格の内に、一体どれほど深い闇が、化け物が、潜んでいるのだろう。

俺は思わず身震いをした。

陽乃「比企谷くんの、その、行動の裏を読もうとする考え方、好きだよ。……捕食者に怯える小動物みたいだもの」

陽乃さんは相変わらず笑みを浮かべているが、その属性が嗜虐的なものに変わっていた。
形の良い唇から、白い八重歯が見え隠れする。

「八幡くんと、陽乃さん。上がってくださいな」

材木座のお母さんの声が奥の部屋から聞こえた。
陽乃さんは今度は、悲しみを押し殺し何とか笑っている、といった表情を作り、その声に答えた。

陽乃「お邪魔します。……じゃ比企谷くん、遺品整理は任せたよ」

小声で俺にそれだけ言うと、陽乃さんは材木座のご両親の元へと向かった。


材木座の自室は、分かりやすくオタクの部屋だった。
アニメのポスターが四方に貼られており、本棚には所狭しと漫画やラノベが並べられていた。
小さなテレビには据え置きゲーム機が複数台、机にはパソコンと原稿用紙、ガラス張りのフィギュアケースまで完備してある。

なんというか、想像通りすぎて、ちょっと可笑しくなってきた。

ただ部屋の中自体はとても丁寧に掃除されており、ご両親がここで生前の材木座を思い出しながら整理をしていたことは想像に難くない。
掃除はしても材木座の部屋はそのまま残しておく、と材木座の母親が話していた。そして材木座本人の意思も尊重したい、とも。


俺がやる遺品整理とは、簡単に言うと材木座指定の遺品を、見えない袋に分別するというものだ。

とりあえず材木座が書いた遺書らしきものをポケットから取り出す。お葬式のときご両親からお借りした物だ。
筆で『八幡へ』と書かれてある。

……ああ、最初のは辞書のカバーに隠してあるのね。
材木座の名誉の為に言明は避けておくが、中身は要するにえっちぃ本だった。ジャンルは……、うん、そうだな、見なかったことにしよう。

袋にそれらを入れていく。

クローゼットを開けると、材木座がいつも来ていた厚手のコートが5着くらいずらっとかけてあった。
どこの漫画キャラだよ……。

そのコートのさらに奥にある厳重にガムテープで巻かれた段ボール。
雑に封印、とマジックで書かれてあるそれに、俺はどこか懐かしさを感じた。
俺もやったっけなぁ。脱中二病の為にこんなことを。

遺品とはいえ最終的には処分されるもの。段ボールのままでは出来ないので、テープをひとつひとつ剥がしていく。
ローブやらロザリオやら水晶やら出てくる中二グッズに苦笑しながら作業に勤しんだ。
おいおいこの模擬刀、俺も昔持ってたやつじゃねぇか。

八幡「はっ……いかんいかん」

ブンブンと首を振る。
考えてはダメだ。無心にならなければ。俺の得意分野だろ?

それでも、次から次へと出てくるどこか既視感のある品々が俺の心を揺さぶってくる。
不意に車の中で平塚先生に言った自らの言葉が蘇ってきた。


『似た者同士とかそんなんじゃないスかね?』


本当は予防線だった。
俺と材木座を表現するのに的確な表現であると自分でも思う。
けれど真意はそこではなかった。

それ以上親しい間柄であると認めてしまえば、辛くなるから。

自己保身と自己弁護には定評のある俺は、相変わらず俺のことしか考えていない。
けどそれで良い。それでこそ俺だ。ぼっちだ。比企谷八幡だ。

材木座の葬式に出る義務はあったが、悲しむ権利はないのだ。
そう自分に言い聞かせ、遺品整理を続行した。


材木座の遺書に記されたものは残りあとひとつとなった。
机の引き出しの二重底、と書いてある。
デスノート好きだな、お前。

流石に燃えるようにはなっていなかったが、二重底の作りが雑で上げるのに苦労した。
やっとのことで取り出せたのは、黒い日記帳だった。

材木座が日記をつけていることにちょっと驚いたが、これを袋に入れればようやく終いである。
ふうと息をつく。だいたい30分くらいだったが、妙に長く感じた。

手の力が抜け、するりと日記帳がカーペットに落ちた。
思わず気を抜いてしまったようだ。

拾おうとすると、日記帳が開かれており、ページには小さな写真らしきものが張ってある。

楽しそうに映る戸塚と俺。背後霊のように後ろから写り込んでいる材木座。
夏休みのいつの日か撮った、プリクラだった。


『今日は映画を見た後、戸塚氏と八幡を見つけたので一緒に遊んだ。
戸塚氏は本当に可愛い。男なのが悔やまれる。しかし可愛いので許す。
問題は八幡だ。なぜ我の戸塚氏とデートなどしていたのか!
だからプリクラに写り込んで邪魔をしてやったわ。ざまあみろ。

……今日は我の人生の中で一番楽しい夏休みだったと思う。
なんだかんだ言って八幡は我のこと好きだしな。戸塚氏は言わずもがな。
また三人で遊びたい』


八幡「……ばーか、誰がお前のこと好きだって?」

材木座の奴こんなこと書いてたのか。
てっきり日記なんて三日坊主で辞めているかと思ったのに。

悪態を付いて何とか胸の痛みをこらえようとした。

俺は材木座が死んでから、ずっと悲しみで泣いたことが無かった。
突き落としたあとの一晩、遺体発見後の数日、引き篭もってからの一週間。それに葬式の時だって涙を出さなかった。

それなのに。
これで、もう悲しまなくて済むと思ったのに。

喉の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。

楽しげに映るプリクラの中の戸塚と俺、そして材木座。
この笑顔の日はもう二度と来ない。
プリクラの輪郭がゆらゆら揺れる。熱いものが目に込み上げてくる。

だから無心になれと、強く念じていたのに。
材木座の死を悼む権利は、俺には無いのに。

押しとどめようとしても、なおさら溢れてくるものを、抑えられない。
そして耐えられず、俺はその場にうな垂れた。


八幡「すまん……すまん、材木座……!」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、俺は声を抑えて、ただ謝ることしか出来なかった。


陽乃「夜分遅くに押しかけてすみませんでした」

「いえいえ。遺品の整理を手伝って貰って助かりましたよ」

八幡「……ありがとうございました」

「おやすみなさい」

材木座のご両親は、優しい声音で別れの挨拶を述べた。
街灯がぽつりぽつりと人通りの少ない道路を照らし、俺と陽乃さんの二人で帰路についていた。

陽乃「……比企谷くんも、人の子かぁ」

にやにやと茶化すような視線が向けられる。
くっ、ちゃんと顔洗ったのに、まだ目が赤かったか……!

八幡「俺だって驚きましたよ。材木座に泣かされるとは……」

陽乃「へー泣いちゃったんだ!」

八幡「えっ?」

……は、謀られた!
恥ずかしくなり、声にもならない呻きを上げた。

八幡「あああああ〜!! もうホント、辞めて下さいよぉ!!」

それを見ていた陽乃さんはくつくつと笑う。
明らかに不謹慎なイジリだったが、彼女は全く意に介さない。心底楽しそうに容赦無く俺を弄んでくる。
雪ノ下陽乃はこういう人間だということを忘れていた……!

陽乃「ふふ、そうかそうか。比企谷でもやっぱり人の死は辛いかー」

八幡「そりゃそうですよ。……つっても俺も今さっき自覚したことですけど」

陽乃「寂しかったら、いつでもお姉さんに甘えても良いんだぞ〜」

腕を抱き寄せられ陽乃さんと顔が近くなった。

陽乃「なんなら、今、ここで」

道は大通りの入り口付近、ラブホテルの駐車場裏側。
三日月型になった黒目がちの瞳に思わず吸い込まれそうになる。女性特有の甘い匂いと柑橘系の香水が鼻をくすぐり、腕には柔らかく包み込む二つの双丘が……。

はっ! いかんいかん! 俺には戸塚という大切な人がいるんだった!
堕落しそうな甘言と陽乃さんを振り払い、距離を取る。

八幡「離れて下さい」

陽乃「相変わらずつれないなぁ」

八幡「分かり易すぎる冗談には引っかかりません」

陽乃「人は死を覚悟すると性欲が高ぶるのよ」

八幡「なんで俺を殺そうとするですかね……」


呆れながら言うと、陽乃さんは一瞬きょとんと目を瞬かせ、そしてすぐに顔を逸らして、歩みを進めた。
ふと陽乃さんの言葉の真意を探ってみる。

死を覚悟、ね。目の前の陽乃さんは、殺しても死ななそうな人の代表みたいなもんだが。

確かにここ最近、死を意識する機会が多くなっている気がする。ジアースによる災害の件、材木座の件では俺自身が生命を殺める経験をしてしまった。
人間いつか寿命がくるとは言え、わずか17歳で人生を終えた材木座。ならば俺はどのように償っていけば良いのだろうか。


八幡「つまり材木座の死は、死をもって償えと?」

陽乃「ふふふ。比企谷くん邪推し過ぎ、自意識過剰よ」

そんなつもりで言ったんじゃない、と苦笑しながら首を振る。
ゆっくりと空を見上げ、陽乃さんは何かを決心したように、息をついた。
そして俺に向き直って、言葉を発した。


陽乃「死ぬのは私よ。次のジアースのパイロットである、私が死ぬの」


陽乃さんの表情は、セリフとは裏腹にあまりにも穏やかだった。


小町「およ?おはよーお兄ちゃん。休日なのにどしたん? こんなに早く起きるなんて」

八幡「ああちょっとな」

生返事を返しながら、パンを片手に特性コーヒーを啜る。
本来ならばまだ布団を被っている時間なのだが、今日は些か事情があった。
目玉焼きに醤油をかけようとすると、その黒々とした液体に黒のアンサンブルを思い出す。


『死ぬのは私よ。次のジアースのパイロットである、私が死ぬの』


昨晩、材木座家からの帰り道で告げられた言葉が、頭の中で反芻された。
陽乃さんのあまりに穏やかで飾り気の無い自然な笑みが、街灯の明かりのコントラストによって彩られて、一瞬を切り取った絵画のように俺の胸に焼き付いていた。

あの言葉の真意。
あの笑みの真相。

発言の内容とその態度に、あまりにも落差がありすぎた。

ひとつだけ確信していることは、あの一瞬に限って雪ノ下陽乃は強化外骨格纏っていなかったということだ。

根拠として、俺には百戦錬磨のぼっちであり幾多の笑顔の裏を察知してきた自負がある。
俺の警戒網に引っかからない、自然すぎる笑顔。
それゆえ際立つ発言と態度の矛盾。真意が分からないからこそ、返ってそれが本物ではないかと思ってしまうのだ。

或いは雪ノ下陽乃ならばそれすらも巧みに使い分けることが出来るのだろうか?
それでは何故、自らの死の宣告という冗談をあの表情でしたのか。
俺をからかいたかっただけならば、あの場ですぐにバラしてしまうはずだ。


『……今週の土曜日、その理由を教えてあげる』


そう言って立ち去った陽乃さんの表情は見えなかったが、やはりいつも冗談とは少し違っていたように思えた。


思考を一旦止めて、まだ温かみ残ったコーヒーを口に入れた。
一息つくと小町が手を止めて心配そうにこちらを見ていた。

小町「……お兄ちゃん、お葬式のことあんま気にしない方が良いよ?」

八幡「え?」

小町「あの、派手な人……み、三川さんはああ言ってたけど」

八幡「三浦な」

どうやら俺が考え事をしている様子を、小町は落ち込んでいると勘違いしているようだ。
それにしても小町は相変わらず人の名前を覚えるのが苦手だな。川……川なんとかさんとごっちゃになってやがる。
……俺も人のこと言えねぇわ。

小町「小町的にも、中二さんのあれは事故だったと思うんだ。それでも責任の果たしたお兄ちゃんを、小町は誇らしいよ」

誠意を持った目でしっかりとした口調で言う妹の言葉は、不覚にも胸にじんと来て涙が出そうだった。

八幡「小町……」

小町「だからお兄ちゃんは、小町との約束もちゃんと果たしてくれるよね!?」

急に顔を上げて小悪魔的な笑みを浮かべた。ずびしっと人差し指を立てる。
約束……? はてそんなことあったかな……?

小町「あー忘れてるなー! ココペリさんの研究室のとき、ゲームに参加しない代わりに、何でも奢ってくれるって約束したじゃん!」

あーそんなこと言ったっけなぁ。
確かあの時は嫌な予感がしてら小町を契約させなかったんだっけ。
ぷくーっと頬を丸くする小町があざと可愛い。

八幡「今日の帰りに買ってくるよ。何がいい?」

小町「だから最近できたお菓子屋さんに小町を連れて……ってお兄ちゃん出かけるの!?」

なにその衝撃映像の番組のワイプに映る芸能人みたいな過剰すぎる驚き方。
確かに今までガチで引きこもってたけどさ。

小町の反応は八幡的にポイント低いが、本当は俺を励まそうとしてくれていたのだろう。
誰かさんとは違い、分かりやすくて安心する。やっぱり妹がナンバーワン!
さて誤魔化しても面倒なので仕方ないので白状する。

八幡「ああ、材木座の件で、ちょっとな」

嘘ではない。陽乃さんの発言によれば、材木座のことも関係している。
何よりこうすれば小町も迂闊に踏み込んでこない。

小町「……そっか。じゃあそのお店の場所メールで送っとくからよろしくね」

予想通り空気を読んだ小町はちょっと居心地悪そうな笑顔を浮かべて、それ以上は追求してこなかった。
パンの残った一欠片を口に放り込んで、席を立つ。

八幡「ごちそうさん」

小町「おそまつー」

約束は10時に千葉駅前。
普段ならば断固拒否する陽乃さんのお誘いなのだが、どうしようもない違和感を解消するためには直接会って確かめるしかない。

もしかしたらこの考え自体が狙いなのだろうか?
……ダメだ。ドツボに嵌る。これ以上考えても何もならん。

コエムシとも連絡が取れないし、発言の内容に関しても取り敢えず棚上げだ。

俺はすぐに頭を切り替え、出発の準備にとりかかった。


というわけで陽乃編です
今日中にもう少し話を進めたいと思います(できたら)

せっかくなのでサブタイトルもつけました。
ちなみに過去のサブタイトルは
ココペリ編『こうして、彼ら彼女らはそれに出会う。』
材木座編『だからこそ、材木座義輝は慟哭す。』

こんな感じです


駅付近のスタバには既に陽乃さんが居た。
白い襟のブラウスに目の荒いニットのカーディガン、ロングスカートに包まれてもわかるしなやかな脚。
ガラス正面のカウンターに腰掛けている姿は妙に様になっていて、まさしく完璧超人そこに在りと言った感じである。

駅を行きかう人々は男女問わずその美貌に目を奪われていて、ちょっとしたギャラリーが出来ている。
さてどうしたものかと逡巡していると店内から俺に気がついたらしい陽乃さんが、ひらひらと手を振って店からでてきた。

陽乃「ひゃっはろー」

八幡「……うす」

世紀末のような挨拶に軽く会釈をして応じた。

陽乃「女の子を待たせるなんていけないぞ!」

ぷくっと頬を膨らませて俺脇腹をツンツンしてきた。
あの、ちょっと、やめてください、本当に。こちょびたいし、周りからの視線が死線になってるから!
イチャついてなよ死ねよとも言いたげな負の感情に晒されて、正直もう帰りたい……。

やっぱり自宅こそ俺の生きる場所だろ、専業主夫的に考えて。引きこもり万歳。天皇陛下万歳。
神風特攻隊のように片道切符の帰り道にしようと回れ右すると、陽乃さんに腕を絡み取られる。

陽乃「比企谷くんなら来てくれると信じてたよ」

八幡「来たことを後悔してるとこです……」

陽乃「人目なんか気にしちゃって比企谷くんったらカワイイ」

陽乃さんは俺の腕に体を寄せながら目を細め笑う。
いつかの夜と同じように、とても柔らかいものに包まれて俺の右腕が幸せで堕落しそうになる。

同じ手は二度は喰らわん! 色気じかけの対策は万全である! 戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚……。

八幡「離して下さい。本当に帰りますよ?」

大天使戸塚サイカミエルの導きにより煩悩を浄化した俺は死角は無い。
陽乃さんを引っぺがそうとすると、今度は絡みつく手が丁度俺の腕の関節部分に掛かる。

陽乃「じゃあ帰れない体にしたげよっか?」

八幡「いたたたたたっ!!ギブです、ギブギブ!!」

気がつけば完全に関節技を決められて、骨の軋む音が情けない声とともに響いた。
飴と鞭。人心掌握の基本である。

陽乃「お姉さん、面白くない冗談は嫌いだよ」

陽乃さんは威嚇にも似た薄い笑みを浮かべた。
しかし面白くない冗談と言うならばこちらにも言いたいことがある。


八幡「俺だって嫌いですよ。面白くない冗談は」

陽乃さんとの間に、一瞬、間が出来る。
それでも薄い笑みは変わらない。

陽乃「比企谷くんは、見えてるものをわざと見落とすの、得意だよね」

八幡「……なんですか、その望遠鏡を覗き込みそうな特技は」

適当に誤魔化そうとしても陽乃さんの鋭い眼光からは逃れられない。

陽乃「じゃあお姉さんもう一度教えてあげる。比企谷くんが背けてる、とある事実」

駅の雑踏が消え失せる。
全身の血液が激しく脈動し、冷や汗がどこからともなく溢れ出る。
いくら拒絶してもそれを言葉にすることができず、ただ唾を飲み込むばかりだった。


陽乃「ジアースのパイロットとなった人間は死ぬ。そうでしょ、コエムシ?」


脳に流れ込む、砂嵐。

目の前にはまるで現実味の無い、真っ暗で椅子だけが並ぶ部屋。ジアースのコックピットとその主、コエムシ。
そして雪ノ下陽乃。

コエムシ「全く君の察しの良さには参るよ、陽乃」

始めてでは無いにしろ、突然の瞬間移動に脳の処理が追いつかない。
けれど異常な事態は、残酷にも俺の聴力を敏感にさせていた。


コエムシ「正解だよ。ジアースを操った人間は死ぬ。ココペリも義輝もそれで死んだ。次は陽乃が戦って死ぬ。助かる術はない」


脳内で反芻される、コエムシの言葉。
俺の中で何度も検証し強引に否定してきた可能性を、目の前の主はあっさりと事実だと認めてしまった。

コエムシ「ジアースは一戦闘駆動する代わりに、パイロットの命を奪うんだ」

陽乃「そうだったわね。もしかして人の命が原動力だったりするのかしら?」

コエムシ「その通りだ」

陽乃「そして契約の解除、戦闘の放棄、途中契約も出来ない」

コエムシ「……最後以外は全て正解。敵に負けるか、48時間以内に決着がつかなければ地球は消滅する」

陽乃「ふーん。でも途中契約による現契約者の延命は出来ないんでしょ?」

コエムシ「ああ。拳銃のマガジンをイメージしてもらえば良い」


それは、淡々と続いていた。

命を奪う。負ければ地球が消滅する。延命は出来ない。
ジアース。生命。地球。マガジン。パイロット。死ぬ。

会話の中身が全く頭に入ってこない。ただひたすらに単語が羅列され、脳内をぐちゃぐちゃに掻き回していた。


コエムシ「それにしても君は本当に変わってるね。これから死に逝く人間とは思えないよ」

陽乃「ふふふ。まるで人間の感情が理解できるみたいな言い方ね。宇宙人のくせに」

コエムシ「……過去のパイロットたちの人間の思考や行動はある程度パターン化されている。どれにも当てはまらない君の行動は、とても興味深かったよ」

陽乃「……なるほどね〜。ここ最近覗かれてるような気配を感じてたのは、そのせいだったのね」

八幡「……ありえない、でしょ」

言葉を絞り出せるようになるまで、数分を要した。
ジアースを操った人間は死ぬ?
バカな。ありえない。それを立証する材料を片っ端から挙げていく。

八幡「俺たちは地球を守るロボットに選ばれたんでしょ? 恩賞を与えられても良いくらいなのに、なぜ死ななければならないんだ?」

コエムシ「それはさっき話したろう? それがルールだし、君たちの命がジアースの動力なんだ」

八幡「材木座はともかくココペリは製作者で平塚先生の大学の同期のはずだ。行方不明になっているが、製作者が自分の命を脅かすようなゲームを作るとは思えない」

コエムシ「ココペリは製作者では無いよ。とっくに気が付いてるだろうけど。そんなに言うなら、ほら、ココペリの死体だ。見てごらん」

コエムシが念じるようにえいと体を揺さぶると、目の前に横たわった男の体が現れた。
長髪に丸ぶちメガネ、紛れもなく俺たちをジアースへと誘ったココペリ張本人た。

俺は恐る恐る、ココペリの脈を取ってみる。

八幡「……死んでる」

顔色は出会ったときとさほど変わらず、死体と言われなければ寝ていると勘違いしてしまいそうなくらいだ。
まるで精巧で緻密な蝋人形のようだ。

コエムシ「ジアースに保存してある間は時間を止めてるから、死体でも綺麗だろう?」

八幡「……この死体が作り物という可能性は?」

苦し紛れの願望に、コエムシが呆れたと溜息をついた。
かつかつ、とヒールの音が聞こえる。
陽乃さんから白いファイルを手渡された。

陽乃「私、警察にもコネがあるって言ったわよね? それは材木座くんのカルテよ」

カルテには材木座の死体が海岸に打ち上げられたときの状態が記されているようだ。
専門用語が細々と書かれている中、ひとつの項目に目を奪われる。

死因:不明(急性心臓発作)。


八幡「死因、不明って……」

陽乃さんはうな垂れた俺を見下ろしながら、カルテを指差した。

陽乃「そこには色々面白いことが書いてあったわ。例えば、ざ瘡や骨折は死亡後だとか、波に攫われたのに飲んだ水が少ないとか」

八幡「それってつまり……」

コエムシ「義輝はジアースから転落する前に死んでいた、ということさ」


ちょっとだけ投下します。
今日いけたらもうひとつくらい。

陽乃編のボツエピソードが多くて話が進まん……

陽乃「ま、もちろん材木座くんの死因は誤魔化して貰ったけど」

陽乃さんの手からカルテが消える。コエムシが元の場所に転送したようだ。

コエムシ「これで納得いったかい?」

もう認める他無かった。

ジアースを操った人間は死ぬ。
操らなければ地球滅亡。
地球を救うために死ぬか、負けて地球ごと消滅して死ぬか。

なんだそりゃ、どっちにしても死ぬじゃねぇか。
こんな理不尽が、不条理が、あっていいはずがない。まちがっている。

俯き唇を噛みしめた。視線を落とせば、遠からず訪れる己の成れの果てが横たわっている。
思わず身震いした。
くそっ! なんてもんに巻き込んでくれたんだっ!

普段ならば自分の失態を恥じる所だが、今回に限ってはココペリを憎まざるを得ない。
この男のせいで……!
元凶の体を恨めしく睨みつけた。

八幡「……なんで、こんな酷いことをする?」

そして低い声でコエムシに問うた。

コエムシ「なんで、では僕は答えないよ」

表情は変わらないのに、なぜかコエムシが小馬鹿にしたように笑っているふうに見えた。
自分で考えろ、ということか。どこまでもふざけやがって!
咳払いでなんとか怒りの声音を鎮め整えた。

八幡「お前はジアースのナビであると言った。ならばパイロットである俺たちには相応の説明をする義務があるはずだ」

コエムシ「無いよ。あったら最初にしているし、それに全部教えたら面白くないじゃないか」

面白いだと?そんな問題じゃないだろ。
思わず口走ってしまいそうな言葉を飲み込む。
ダメだこのままではコイツのペースだ。

押し黙った俺を見てコエムシはふふふと笑い声を上げた。

コエムシ「良いね、八幡のその表情。憎しみに必死に平静を装う姿は滑稽で、とても面白いよ」

ギリギリと奥歯の銀歯が擦り合う感覚が脳に響く。
このくらいの、煽りに、負けてたまるか。奴の思う壺だ。

怒りなんかに絶対負けたりしない!


陽乃「あ、私もコエムシに同感! 今の比企谷くん、目の腐り具合が絶妙に小悪党っぽくて加虐心をくすぐられるわ!」

八幡「なんでアンタはコエムシ側なんだよ!!」

まさかの裏切りに思わず大声あげた。
怒りには勝てなかったよ……。
てか割と主人公みたいなこと言ったはずなのに小悪党認定とかどういうことなの。

陽乃「だって二人だけ話してちゃってるんだもん。お姉さん、面白くないゾ!」

きゃぴるんとウインクをする陽乃さんの余りの場違いさに、俺の頭の頭痛が痛い。
この人、本当に死を覚悟した人なのか……?


ひとつだけ投下します。

10巻読んだらまさかのままのん登場でボツが増えました…


八幡「……陽乃さんはどうしてふざけていられるんですか?」

俺は雪ノ下陽乃を理解し切れない。
彼女の余裕というか、こんな時でも茶化したがる理由の根源が掴めなかった。

八幡「あなたは死を宣告されたようなものなのに……」

いくら完璧超人といえども、人の子であるはずだ。超人でも人は超えてないだろ?

八幡「一体、何を考えているんですか?」

少なくても。
いかに雪ノ下陽乃とはいえ。

死ぬのが怖く無いはずがない。

あの夜の言葉が本当だと言うのならば、あの時既に死ぬと分かっていたのならば。

陽乃さんから零れた、穏やかな笑みの真相とは。

俺の推測は核心まで迫っていた。
論理的にも雪ノ下陽乃という人物像にも一致している。
にも関わらず、釈然としない。

それは俺が材木座の葬式に行くことを躊躇った理由と共通しており、また真逆なことでもあった。

陽乃「…………」

陽乃さんはゆっくりと目を閉じて考える素振りをみせた。
表情からは読み取れない。まるで新しい仮面を被り直してるかのように顔は動かなかった。

コエムシ「僕も八幡に同感だよ。君はパイロットの末路を自分で調べ上げ、その上で平静を装うどころか、むしろ平生より上機嫌になった」

上機嫌……?
普段の陽乃さんを俺は知らない。けれどその言葉には違和感を覚える。

コエムシは陽乃さんを観察していたとさっき話していた。
瞬間移動を持ち、ジアースのナビゲーターのコエムシだ。きっと俺よりも正確に雪ノ下陽乃という人間を観察出来ているだろう、と思っていたのだが。

コエムシ「死を全く怖がる素振りを見せない、陽乃の死生観にとても興味があるよ」

葬儀の帰り、俺と陽乃さんのやりとりをコエムシは見ていなかったのだろうか。
それとも、やはり俺の早とちり……?

陽乃さんはふぅと息を着いて、ゆっくりと目を開いた。
その顔には薄い笑みが張り付いている。


陽乃「私は今まで、"私を"生きていなかった」

そして滔々と語り始めた。


私は誰かに操られている。
そう意識するようになったのはいつからだったろうか。


『貴方は雪ノ下家の長女なのよ』


一番古い記憶は、母のその言葉だった。
声音は穏やかなだけれど、威厳のある言葉。不思議な強制力を持つ、魔法の鎖。

私は母の教育によく応えた。
否、応えられてしまった。

周りは期待に違わぬ私を持て囃した。
けれど私は母の言う通りしてきただけだった。
だから褒められているのは"私"ではなく、雪ノ下陽乃を教育した母なのだ。

雪ノ下家の長女という、ただの名誉職。
そこに実質的な権限は無い。

結局のところ、それは母の意思であり、他人の願望をかたどった偶像に過ぎないのだ。
本当の意味での"私"はどこにも存在していなかった。

幾多の仮面を剥ぎ取っても雪ノ下陽乃の中に"私"は居ない。
ホンモノなど何処にも在りはしないのだ。
だって私が本物ではないから。


母に反抗したこともあった。
ある時期、母在りきの私を、雪ノ下陽乃を演じるのが嫌になったからだ。

まさか中学生の私が海外に逃げるなんて、母には想像もつかないだろう。
当時はそんなことを思いながらほくそ笑んだものだ。

数日後、妹が海外に飛ばされると聞くまでは。

表向きは雪乃の意思による海外留学、となっていたが、私にはそれは母がそうなるように仕向けたとしか思えなかった。
なんてことはない、要するに人質である。

帰ってこなければこのまま雪乃を教育するぞ、という母からの警告だった。

私は、観念した。
同じ境遇で育った可愛い妹を、自分のような操り人形に、なって欲しくなかった。

以降、私はひたすら母に従う日々を送った。

合気道をやれと言われれば、大会優勝で応えた。
ピアノをやれと言われれば、金賞を取って応えた。
県内一の高校に入れと言われれば、主席で総武校に入学して応えた。

積み上げた実績の分、胸に刻まれた穴はどんどん深くなっていく。
代わりに『私は信頼されている』とか、そんな欺瞞を詰め込んで。

周りが『文化祭を盛り上げたい』と願えば、委員長に立候補して叶えて応える。
周りが『誰かがあなたの悪口を言ってるよ』と密告すれば、二度と歯向かわない程度に叩き潰し応える。
周りが『君なら難関大学にだって受かる』と期待すれば、全科目満点で合格して応える。

母が言えば、雪ノ下陽乃は結果を残して応える。
周りが言えば、雪ノ下陽乃は願望を叶えて応える。
みんなのアイドル雪ノ下陽乃は、誰の願いでも叶えてしまう。

けれど。

けれど"私"が何を言っても、雪ノ下陽乃は応えてくれない。
"私"の意思に応えることと、雪ノ下陽乃の存在は互いに背反して相容れない性質だから。

こうして自己矛盾に陥った私は、次第に考えることを辞めていった。

乙です!
タイトルが名前欄にあるけど>>1のこだわりですか?


>>111
あった方が小説っぽいかと思っただけだよ
あと1レスしか投下しないときもあるけど勘弁くれ


投下します
今回こそ行けたらもうひとつ行けるようにします…


奥へ奥へ、深層心理のそのまた奥へ。誰にも見えないところまで。
ころころと"私"の意思を、奥に転がせ。心の奈落へころころと。陽の当たらない深淵へ。もっと、深く。奥の奥。


果たして"私"を見失う。

雪ノ下陽乃は"私"を封じ込めることに成功したのだ。

これでオールウェイズ陽乃ちゃん。
どこからどう見ても、……例え心の中を見透かされても……、完璧超人みんなのアイドル雪ノ下陽乃だ。

何十枚もの仮面を被ったお人形は、今日も明日も誰かのために踊るのだろう。
雪ノ下陽乃という役を演じ終えるまで。

それは途方もない話に思えた。


……けれど、呆れるほどにあっさりと、雪ノ下陽乃の終わりは訪れる。


材木座くんの死因を調べたのは、単なる好奇心だった。
別に死に方が不自然だったからとか、比企谷くんがどうだとか、そういうものではない。
ただ純粋に、知りたかった。

ジアースという異形な人形を。

もしかしたら、そこに私は微かな希望を抱いていたのかもしれない。
この圧倒的な力が、今度こそ"私"を見つけてくれるかもしれない。

だから死のルールを聞いた時、私は開放的な気分になったのだと思う。
雪ノ下陽乃を辞められる、母の呪縛から逃れられる、"私"を出すことができる。

越えられない壁を越えるどころか粉砕することができるかもしれない。
操り人形の持ち主の喉元に、手が届くかもしれない。



陽乃「まあ、ホントはそんな簡単なことじゃなかったんだけどね」

以上の内容を適当に掻い摘んで話した。
私は一呼吸置いて、聞き手の様子うかがってみる。

コエムシは相変わらず無表情だが、時折頷いたり相槌を打ったりしていた。
どうやら私の腹の中が聞けて満足しているよう。
むしろ無言がもっと聞かせろと催促してきているようにすら感じる。

同じように比企谷くんも、少し困惑した様子を見せながらも、ほとんど表情を出さず、ただじっと淀んだ目で私を見ている。
それはいつものように言葉の裏を探っているような、そんな素振りである。

……ちゃんと疑ってくれてるな、比企谷くんは。

私には中身が無い。雪ノ下陽乃とただの人形だ。
比企谷くんが表だと思う方も裏だと思う方も、どちらも雪ノ下陽乃の仮面なのだ。

そして皮肉なことに、それこそが、"私"の最大の誤算。


陽乃「ひたすら雪ノ下陽乃であることに必死だった私は、自ら隠した意思を、"私"を、忘れてしまったわ」

本当の"私"は何処いるのか。
本当の"私"は何がしたいのか。
本当の"私"は何を望んでいたのか。

もう分からなくなってしまった。
それは雪ノ下陽乃の望みである、と否定することが出来なくなっていた。

ジアースのルールを持っても、雪ノ下陽乃の仮面は外れることは無かったのだ。
では私はどうすれば雪ノ下陽乃を辞められるのか。

心当たりはふたつだけ。
そのひとつは、目の前に。

陽乃「……どう思う、比企谷くん?」

問われた比企谷くんは困ったように頭をガシガシとかいた。
どんよりとした黒目を右上に向け、何か考えを巡らせている。

これだけ短い間に色々あったのだ、並の人間ならば脳の処理が追いつかず、現実逃避をするのがせいぜいだろう。

だが、彼は見込んだ通りだった。

荒唐無稽なジアースのルールについても、理解したとまではいかないが少なくても上手く受け止めることが出来ている。
ココペリの死体を自ら確認し、冷静に事態の正誤を把握しようとしている。

その場の適応力はかなり高い。もし彼がグローバル企業なんかに入社したらメキメキと頭角を表すだろう。
将来の夢が専業主夫だなんて、勿体無い。家畜のように社会に貢献して欲しいものだ。あ、もちろん褒めているのよ。

さらに虐げられた経験による、確かな洞察力。悪意に敏感で私の表の顔をすぐさま見破る優れた観察眼。濁った目は、それだけ肥えてるということだ。

加えてここ最近の出来事では、精神面でも非凡なものを持つことがわかった。

文化祭ではヒール役を買って出て、不貞腐れた実行委員長に仕事を完遂させた。
材木座くんの死では、容疑者であるという負い目と親しい人間を亡くした悲しみを乗り越えた。

基本は高スペックだと自称するだけある。
私は比企谷八幡を、当初より大幅に高く評価していた。

腐っているから彼だからこそ、出来たことがある。

比企谷八幡は、私の妹である雪ノ下雪乃を変えた。
比企谷八幡は、私の幼馴染である葉山隼人を変えた。

どちらも雪ノ下陽乃という幻影を追っていた人物だ。
であるならば、雪ノ下陽乃という幻影に呑まれた"私"を、変えくれるのではないか。

彼は言うならば自意識の化け物だ。
自分の意思を過剰なほどにしっかりと持つ、私とは対極の存在である比企谷八幡に。

きっと期待しているのだ。
柄にも無く自分を語ったのは、もう自分を騙りたくなかったからだ。
私を、"私"を、見つけだしてよ。

八幡「あの、ひとつ確認にしても良いですか?」

人差し指を一本、前に出した。
焦らすのような仕草に、私はもどかしさを覚える。

陽乃「なんでも聞いて」

食い気味に聞いた私の声は、幾分弾んでいた。
自分が思っている以上に、彼の答えが気になっている。

そのことに、もはや驚いていなかった。
鼓動が早くなるのが分かる。わくわくと、夢を見る子供のように。


……だから。

八幡「雪ノ下、あ、妹の方ですけど」

最初のそこだけで。

八幡「本当は契約してないんじゃないですか?」

私は理解してしまった。


私は彼にとって、雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃に過ぎなかったのだ。

妹というフィルターを通して私を見てきたのならば、どうして彼は"私"を見破れるのだろうか。
目が眩んでいた。考えれば分かることなのに。気がつかなかった。


私の視界は心無しか一段と暗くなったように感じる。
隣ではコエムシが声を押し殺して、でも確実に誰かを嗤っていた。


私は行き場の無い感情を、ひとつのため息に詰めて吐き出した。
理解してくれるという幻想を、瞼の裏に閉じ込め、また仮面を被る。


陽乃「……どうしてそう思ったの?」

雪ノ下陽乃は思いのほかすんなり出てきた。

八幡「俺は雪ノ下陽乃という人間はよく分かりません。でも雪ノ下雪乃の姉で、且つ重度のシスコンだということだけは確かだと思います」

彼の言葉とても的を得ていて。
けれどそれは、とても残酷で。

私は私で雪ノ下陽乃しか出てこなくて。

陽乃「ふふふ。そうね。雪乃ちゃん大好きだもの。あ、もちろん比企谷くんも大好きだけど」

雪ノ下陽乃はいつものように笑えているだろう。

八幡「そう言うの良いですから……」

彼のあしらいもいつもと同じ。

八幡「それでジアースは全部で10戦するんですよね。でも俺たちはあの場で13人、小町を除いて12人居た。つまり2人戦わなくて済む。助かるんです」

理路整然と推論を話す彼の目には、きっと私は写っていない。

八幡「そして雪ノ下陽乃という貴方の人物像。まるで死を恐れない言動の数々。ならば答えは……」

陽乃「全ては雪乃ちゃんのため。それが比企谷くんの考える、"私"の正体ってワケね」

私は自ら先んじて彼の結論を口にした。

八幡「そんな感じです。雪ノ下は契約者じゃなくて、陽乃さんは妹が生きる地球を守るため死を受け入れた、と」

雪ノ下陽乃は思わせぶりな笑みを仮面としてつけているだろう。
その仮面の何十枚も下、奥底には彼に対する諦観が渦巻いていた。

こんな感覚はいつ以来だろうか。
肥大した期待を誰に押しつけ、勝手に失望したのは。
何かを落とすような、喪失感は。

過去に、もう自分を見つけてくれる人は居ないと、見切りをつけていたのに。
死を前にして、やはり諦めきれないと、臆した私は過ちを繰り返す。

ぽしゃんと私の心に呟きが落ちた。

ああ、そっかぁ。比企谷くんでも、"私"を見つけられないのか。

それはとても寂しくて。
とても辛くて。
苦しくて、虚しくて、凍えるようで、仮面をもっと重ねなければと、ひとり決意して終わる。


残された私の手札には、もうひとつの心当たりだけ。
文字通りの切り札を出すしかないようだ。

身を切る、札を。


投下終了です

リロードしてもスレが更新されないんで不安だけどたぶん大丈夫だよね
これいつ完走するんだろーか…


リアルが忙しくて更新が滞ってしまい申しわけありません。
ひとつですが投下します


俺の推測は、今話した通りだった。

陽乃「…………」

陽乃さんは俺の答えを聞いた後、薄い笑みを見せ、しばらく顔を後ろに向けている。

それが正解か否かを示しているのかわからない。
けれど、これが俺が出した解答だ。

陽乃さんは妹を守るため、死を甘んじて受け入れ戦うのだ、と。


陽乃さんの問いは、非常に答えにくいものであった。

理由は二つ。
今までの不可侵領域を超えた、雪ノ下家に関わるデリケートな問題だったということが一つ目。
もう一つは陽乃さんの狙いが不明瞭な点だったからだ。

そもそも雪ノ下陽乃という人物を正しく認識するはかなり難しい。

なんせ、あの陽乃さんだ。
例え本人の口から腹の中を話したとしても、信憑性に疑問符がつく。

陽乃さんは語ってる時も、纏っている雰囲気を崩さなかった。あの晩の笑顔のようではなく、完全に仮面を被っていた。
ということは、純粋な相談事では無いのではないか? と邪推してしまう。

それで思いついたのが、ジアースのルールの件だ。

ココペリは10戦戦うのだと言った。ならば小町を除いた俺たち12人の中で誰か2人生存できるということだ。
陽乃さんがこれを見逃す訳がない。なんとしてでもその生存枠に入ろうとするだろう。

だが、それを実際に知ったのはパイロットの指名を受けた後だった。
今までの話を聞いている以上では、抗いようの無い、死の宣告。
にも関わらず陽乃さんはそれを笑って受け入れたのだ。

ここまでの事情と俺から見た雪ノ下陽乃という人物像を照らし合わせる。
そうすると結びついてきたのはやはり妹の存在だった。

陽乃さんは妹の雪ノ下に歪ながらも確かな愛情を持っている。
俺の小町への溺愛っぷりにも劣らないシスコンなのだ。

ならば雪ノ下雪乃は契約をしていないと考えるのが妥当である。
方法は分からないが、とにかく溺愛する妹の雪ノ下は死ぬことはない。だから陽乃さんは平常心でいられるのだと。


やがて陽乃さんは向き直った。

陽乃「正解は……、ふふふ、保留・」

陽乃さんはいつものように、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
その表情はあまりに完璧過ぎて、逆に違和感を感じたのは気のせいだろうか。

コエムシ「……く、くくく」

そして、しばらくして、堪えきれなくなったとばかりに声をあげたのは、コエムシだった。

コエムシ「くくく、君たちは本当に面白い、面白いよ! くくく、くくく」

コエムシは声を上げながら真っ黒なコックピット内をひゅんひゅんと笑い転げていた。
この場合、笑い飛び回る、と言ったところか。
しかしそれほど笑う要素があったのだろうか?

八幡「……どこにツボったんでしょうね?」

この、なんで笑われてるか分からない感じ、ホント嫌だよな。
中学の頃、教室に入っただけで何故か笑の的にされたトラウマが蘇ってきた。
俺の背中に「人間失格」って紙を張った高橋、今でも絶対に許さない。

どんよりとした目線を陽乃さんに向けた。

陽乃「……ふふ」

俺はその顔に、ぞくりと戦慄した。まるで空間がぐにゃりと捻じ曲がったような錯覚に陥る。

笑み。
陽乃さんは笑っていた。けれど俺に見せていた余裕のあるそれではなくて。

陽乃「ふふふ」

コエムシ「くくく」

笑いは元々動物が威嚇するときにみせる表情であるという話を聞いたことがある。
まさにこれだ。思わず後ずさってしまうほど、その笑みは獰猛に満ちていた。

一方コエムシはそれを感じ取っているのか、わざと焚きつけるように不快感のある高笑いを続ける。

陽乃「ふふふ、本当に可笑しいことね。ふふふ」

コエムシ「くくく、そうだね、面白くてたまらないよ。くくく」

陽乃「ふふふ」

コエムシ「くくく」

やべぇ……。なんだこの険悪な雰囲気は……。
じりじりと放たれる負のオーラに、俺の体は自然と距離を放とうとする。

八幡「おわっ」

しかし後退しようとする足が何かにひっかかり、俺はバランスを崩して尻餅をついた。
陽乃さんとコエムシのオーラがつに具現化の域まで達し、俺の退路を塞いだのか!?

もちろんそんなことはなく、俺が躓いたのは、ココペリの亡骸だった。

あまりに綺麗すぎる亡骸は、やはり本物でないのでは、と疑ってしまう。
しかしあの雪ノ下陽乃が事実だと認識しているのだ。俺の推論とも辻褄があう。
これ以上の説得力はなかった。

今度は陽乃さんがこうなるのか……?

コエムシとの何か言い合ってるあの陽乃さんが、殺しても死ななそうな陽乃さんが、本当に死んでしまうのか?

あ、やべ、目が合った。
……そうだ、ココペリの脈をもう一度取らなきゃ(現実逃避)

さっきは手のひらの下の部分に指を当てただけだった。
出会った時と同じジャケットとタートルネックを捲り上げると、白じろでゴツゴツとした右腕が姿を見せた。
そこで、俺は思わず声を上げてしまった。

「なんじゃこりゃあ……」

数え切れないほどの傷が右腕がにびっしり刻まれていた。
小さな切り傷はもちろん、ナイフで斬りつけられたかのような一閃が、銃創らしき凹みが、痛々しく残っていた。

唐突な右腕の惨劇に、俺はただただ呆然と口を覆っていた。

コエムシ「彼も色々あったんだよ。傷なんて僕がどうとでも出来るのに、それを拒むんだから、わかんないよね。人間って」

ひゅんとコエムシが俺の脇に現れて言った。

コエムシ「現実逃避をしようとココペリを調べたら、さらに惨い現実を突きつけられるなんて、残酷だよね」

相変わらず軽い調子で言葉を並べるコエムシ。
俺が不快な時に出るヒクヒクとした口角の歪みを見て、楽しくてしょうがないとばかりにころころと笑った。

陽乃「……コエムシ」

陽乃さんの怒気のこもった呼びかけに、コエムシはへらへらと応じて、俺の側から離れていく。
口からは息が零れ、感情の高まりが少しだけ抜けた。

そして、心から安堵した。

“この不快感な奴が、隣からいなくなるから”ではなく。
右ポケットを上から触り、小さな膨らみを確認する。


多分、コエムシは、気がついていない。
俺がこけた時に、ココペリのジャケットから滑り落ちた、小さなものに。


俺が表情を歪めてしまったのは、それをポケットに入れるところを見られてしまったのかと思ったからだ。
あの様子だと心配は無さそうだが、完全に安心は出来ない。
ここはコエムシのテリトリーなのだから。

八幡「……コエムシ、俺は帰らせて貰うぞ」

あくまで今の俺は、コエムシの発言に期限を損ねた男を演じなければならない。
コエムシは宇宙人だ。何が出来て、何が出来ないのか全然検討がつかないのだ。

しかし、この場を離れる必要はある。

コエムシ「くくく、まあそう言わずに。もっと僕を楽しませてくれよ」

やはりそう簡単にはいかないか。
どうしたらコックピットから抜け出せるか考えを巡らせていると、陽乃さんから声が上がった。

陽乃「あら、私とのお喋りは飽きちゃったのかしら」

コエムシ「くくく、まだ君の貴重な余生を僕に割いてくれるのかい?」

陽乃「ふふふ、それじゃあ、……」

陽乃さんはコエムシに耳打ちする。
そうやってコエムシの注意を引きつけている間、今度は俺の方にウインクをした。

陽乃「……だから彼には先に帰って貰いましょう」

コエムシ「……なるほど、仕方ないなぁ」

陽乃「今からちょっとコエムシと二人で話したいから、悪いけれど比企谷くんには席を外して貰えるかしら?」

何か察してくれたのだろう。
得体の知れない奴と交渉できるとは流石陽乃さん、味方だとこれ以上なく心強い。
これに乗らない訳がなかった。

八幡「そうさせて下さい」

憮然とした表情を作り、陽乃さんに小さく会釈した。
そしてコエムシがえいと体を振ると仕草をすると、俺の視界は砂嵐に覆われた。



見えるのは四方に白い壁。
トイレの個室に転送されたようだ。

俺は急いでポケットの中を確認した。

およそ数センチの正方形、厚さは数ミリの小さな黒いチップ。
裏側には銀色の線が幾つか入っている。
これはおそらく、情報記憶媒体だ。

今ならば、陽乃さんが時間を稼いでくれるはずだ。
だから何としても調べなければ。
ココペリの持ち物ならば何か助かる手がかりがあるはずだ。

俺は小さな希望を大事にポケットの中に仕舞い込むと、携帯に陽乃さんからのメールが来た。

時間を稼げるのは一時間ほどらしい。
コエムシに読まれても悟られない様にイジリやらを混ぜて、俺だけが分かるような巧みな文章だった。

とにかく、この一時間でメモリーカードの中を調べなければ。
材木座のような犠牲をもう出すわけにはいかない。

俺は軽く頬を叩いて、トイレの扉を開けた。

八幡「くそっ! なんなんだよ、これはっ!」

柄にもなく大声を上げたせいで、隣の個室から壁ドンを食らう。
結局、陽乃さんが稼いでくれたタイムリミットをネットカフェで迎えることとなった。

結論から言おう。
俺はココペリの持っていたメモリーカードの中身を知ることは出来なかった。

最初は電気屋に行ってこのメモリーカードに会う接続ケーブルを探した。
ところが、そんなものは存在しなかった。
店員に尋ねてみると、このようなメモリーカードに対応している製品は無い、とのことだった。

わけがわからなかった。
普通、記憶媒体ならば何かに接続して使用するはずだ。
それなのに、ネットで調べてみると現在世界に出回っている製品のどれとも対応していない。

一体どういうことなのだ。
このメモリーカードの中身はどうやってみれば良いのだ。
それにココペリはなんでこんな特殊なものを所持していたのだ。

謎を解くどころか新たな謎を呼び込む、ミステリー小説のような展開だ。
くそ、そんなもん俺は呼び込みたくなかった……!


とにかく、現状手の打ちようがないことは分かった。
俺はネカフェから出て、帰路に就こうと思った瞬間、ケータイがメールの着信を告げていた。

陽乃さんからの確認のメールだ。
俺はダメだったことと詳しい旨はあとで話すことをそれとなく文章に織り込んで送信ボタンを押す。

八幡「はぁ」

ガシガシと頭を掻くと、ため息が漏れた。
何をやってるんだ俺は。


時間はもう夕方、帰宅ラッシュで人が多くなってきた。
俺はぼっちスキルを発動してするすると人混みを抜け、お目当てのショップモールへ向かう。

小町が言っていた新しくできたお店とやらはココらしい。
送られてきたメールで確認したので間違いない。

しかし、なんだこの、いかにもスイーツ(笑)が好きそうな店は。
いやスイーツを売っている店だからまあそりゃ当たり前だがな、和菓子を和スイーツとか言うの辞めにしようぜ?

女子中高生に受けそうな外装に、頭が痛くなりそうなメニューの名前。さらにカウンターには行列と、ぼっちの男子高校には苦行とも言える役が揃ってやがる。
今日は色々大変でだったが、これが一番辛いかもしれないぜ……。

さてブルーなテンションで行列なた加わり三十分くらい経ったであろうか。
列は結構進み、俺の前の人数は片手で収まる程度になっていた。
カウンターの方からチリンチリンとベルが鳴り、同時に「おめでとうございます、特賞です!」という店員さんの声が上がった。

何事かとスマホから顔を上げて見れば、先頭のお客さんが店員さんから人形を貰っていた。
どうやら開店キャンペーンなるものをやっていたらしい。

八幡「千円以上お買い上げのお客様に素敵なプレゼントがその場で当たる、ねぇ」

今まで気に止めてなかったが、なるほど、そんなことをやっていたのか。
しかし比企谷八幡、騙されるなこの類のもの、今まで一度だって当たったことあるか?

俺が当たるのはせいぜい校庭で遊んでいる同級生のボールくらいだ。
「ごめんキャッチボールしてて」とか言いながら拾いに来た伊勢谷くん、なんでサッカーボールが飛んできたんですかねぇ……。

昔のトラウマを軽く思い出し、浮つきそうな気持ちを抑える。
後ろの方では舌打ちをする声が聞こえ、どんだけ人形欲しいんだよと軽くツッコミを入れる余裕まで出てきた。

何はともあれ、この店ともあと少しでおさらばだ。
俺は小町からのリクエストを再確認し、注文に備えていると、またチリンチリンと鳴った。

また特賞の人形が当たったらしい。
ここに来て特賞当たりすぎだろ……。

後ろからはまたチッと舌打ちと共に地団駄を踏む音が聞こえてきた。
よっぽど欲しいんだろうなと思わず苦笑いが出る。

ようやく俺の番になった。
ちゃっちゃと終わらせたいと早口で簡潔に注文を済まし、お金を払い終えると、店員さんから丸い穴のついた箱を差し出された。

「それではここからひとつお引きください」

例のアレだ。
絶対に当たらないものだとは思うものの、クジを引く前はちょっと緊張してしまう。
二度ある事は三度あるとは言うものの、実際起こることは少ないわけで。

幾つかのカードがあるという感覚が手から伝わり、そのうちのひとつを選び、店員さんへと渡した。


「おめでとうございます! 特賞の当店オリジナルのパンさん人形です!」


…………マジかよ。
チリンチリンとベルを鳴らしながら店員さんは俺に片手に乗るサイズのパンさん人形が入った紙袋を渡す。

「運が良かったですね。これが最後のパンさんだったんですよ」

ウインクをしながら店員さんに言われれば、俺も少し顔が綻ぶ。
2連続の後に最後のひとつが当たったとなれば、これはかなりラッキーだと言える。

後ろで唸っていた人には悪いが、これも運なのだよ、はははっ!

こんな確率で当たるのはどれくらいだろうな、とか柄にもなく考えていると、ガシッと腕をひっつかまれる。

八幡「なんだよ!」

列の方から伸びてきた腕は、パンさん人形を持っている俺の腕をがっちり掴んで動かない。
俺はその手の主を確かめると同時に、その眼力に気圧されることになった。

雪乃「比企谷くん……。ちょっと、話したいことがあるのだけれど」

凄まじい形相の、雪ノ下雪乃に、俺は抵抗するまもなく連れられて行った。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月27日 (木) 13:27:15   ID: HVcagd-7

面白いです
今後に期待大です
是非完走して下さい

2 :  SS好きの774さん   2014年12月04日 (木) 08:59:32   ID: TWQxlo_0

超期待できます。

完走して欲しい。

3 :  SS好きの774さん   2014年12月09日 (火) 00:33:23   ID: U7fTBZu_

ぼくらの、か

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