穂乃果「夏色のキセキ」 (402)

※地の文あり
※アニメ、SID、漫画等設定ごちゃ混ぜ


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「よし、これで終わりっと」

 ある夏の日の夕方、巫女装束の赤い裾を揺らしながら境内から集めたゴミを箒でちりとりに掃き入れてから、希は満足げに頷く。

「さて、と」

 あとは集めたゴミを袋に入れて所定の収集場所に持って行けば一日の彼女の仕事はおしまいなのだが、その前に必ず本殿に寄っていくのが日課だった。

 ぱん、ぱん。

 二礼二拍手、そして手を合わせて頭の中で願い事を唱える。

 まず思い浮かべるのは今は離れて住む家族の顔、どうか無病息災、平穏でありますように。

 次に大切な友人達、みんなに幸せが訪れますように、不幸がありませんように。

 志を同じくして集まった8人の仲間達、直近に迫った次のライブも成功しますよう、そしてみんなの夢が叶いますように...。

 ...そして、出来ることならこの楽しい時間がいつまでも――――

 コツン。

希「あいたっ!」

 頭に小さな衝撃が走る、上空からなにか小さくて堅い物が降ってきて頭に当たったという感覚、驚いて振り向くが境内に人影はない。

 足下を見ると石畳についさっき位置エネルギーを運動エネルギーに変換してきましたと言わんばかりに転がる小石、どうやらこれが衝撃の正体らしい。

 もう一度周囲を見渡すがやはり人の気配はない、が何もない空中から石が生まれるわけもない。

「よっぽど逃げ足の速い悪ガキでもおったんかな?」

 それにしても神社で巫女さんに石をぶつけるなんで罰当たりなことする人もいたものだと思いながらなんとなくその小石を拾い上げようと体を曲げて手を伸ばす。
 指先が小石に触れた瞬間、風もないのにざわりと辺りの木々が枝を揺らした。

「...!」

 何者かの気配を感じた気がして三度、周りを見渡すがやはり野良猫一匹見あたらない、今ここにいるのは間違いなく希、...それと強いて言えば本殿の中の神様だけのようだ。

「気のせい...やろか」

 カタン。

「おっと」

 腋に挟むように持っていた竹箒を落とした音でゴミ捨ての途中であったことを思い出す、暗くなる前に帰ろうと竹箒を拾い上げて社務所の方へと小走りで向かう。

 いつの間にか先ほどの小石をしっかり手の内に握り込んでいたことに彼女は気づいていなかった。


―――





第一話『ハナヨまっしぐら』

「きゃっ」

「いたっ!」

 夏休みでもぬけの殻になった学校の屋上に響いた二つの悲鳴は、ダンス練習の最中にぶつかった花陽と真姫のものだった、真姫はよろめきながらもバランスを保ったが花陽は勢いよく尻餅をついた。

真姫「花陽!」

凛「かよちん!大丈夫?」

花陽「いたた...、だ、大丈夫だよ」

真姫「ごめん、私が早く動きすぎたから」

花陽「ち、違うよ、花陽が遅かったの」

 腰をさすりながら立ち上がる花陽に凛が手を貸して支えるのを見ながら側にいたにこが嘆息する。

にこ「やっぱり体調悪いんじゃないの?だって...」

花陽「っ...」

 今日の練習だけで花陽が倒れるのは実に三度目であった、今真姫とぶつかって転んだのが一度、その前に穂乃果とが一度に、自分一人で足をもつれさせて倒れたのが一度。

 幸い目立った外傷はなさそうだがこうも短期間に連続してふらついていると体調不良を心配されるのも仕方がなかった。

花陽「...大丈夫だから」

海未「無理はしないでくださいね、今日は暑いですから、熱中症の危険もありますし」

花陽「......」

ことり「かよちゃん?」

花陽「あ、大丈夫だよ!」

ことり「まだなにも言ってないけど...、あんまり思い詰めちゃダメだよ?」

花陽「う、うん」

 μ'sの練習においてぶつかったり転んだりすることは特別珍しいことではない、ほとんど全員がダンスについては素人である故、振り付けもフォーメーションも手探りでトライ&エラーを繰り返しながら作り上げていくのが彼女たちのスタイルだった。

 しかし問題は今がライブイベントの直前であるということだ、既に振り付けを吟味する段階は過ぎ、リハーサル形式で全体を通して合わせている状態だ、そういう状況で何度もミスをして練習を中断いれば否が応にも責任を感じるものである。

 特に花陽はそういう傾向が強いことは周知でありメンバーも気を遣っているのだが、それを察した花陽が余計にプレッシャーを感じるという悪循環に陥っていた。

花陽「......」

ことり「......」

絵里「今日はここまでにしましょうか、本番前に疲れを溜めるのもよくないしね」

 見かねた絵里の一声で今日の練習は花陽の表情が晴れることなく解散になった。

――


花陽「はぁっ、はぁっ」

 μ'sの練習が終わってからすこし経った頃、神田明神へと続く男坂に、階段を駆け上る花陽の姿があった。

花陽「はぁっ、ふぅ...」

 頂上まで上った所で足を止めて、膝に手をついて荒い息を整える、髪が額に張り付くほどの汗がこの運動を始めてから長いことを示していた、疲れを溜めるのはよくないとして練習を早めに切り上げたが、それに真っ向から反していた。

 ――踊ってる途中、急に体が重くなって、足が動かなくなって、それで......、きっと花陽の体力が足りないせいだよね、休んでる暇なんかないんだ。

 本番は目前、今更トレーニングしたところで付け焼き刃にもならないかもしれないが、何もしないわけにはいかなかった。

 みんなの足を引っ張りたくないから――

希「おや」

 額の汗を拭い、先ほど上ってきた階段を今度は駆け下りようと向き直ったところで、あまり見つかりたくなかったμ'sメンバーのひとりと出会ってしまった。

希「かよちん、今日の練習はもう終わったん?」

花陽「あ、希ちゃん...」

 希はバイトがあると言って今日の練習を早抜けしていたのだが、そのバイト先がまさにここ神田明神だということをすっかり忘れていた。

希「あ、もしかして秘密の特訓やった?」

花陽「あ...えっと」

 悪戯っぽく微笑みかけてくる希だったが、突然図星をつかれて花陽は思わず言い淀む。

希「......今日の練習でなんかあったん?」

花陽「えっ」

希「だってそんな思い詰めたような顔しとったら、ね」

花陽「...」

希「力になれるか分からんけど、聞かせてくれん?こう言っちゃなんやけど後で他の子に訊けば分かることやし」

花陽「......うん」

希「ふぅん」

 男坂の階段に二人並んで腰掛けて話を聞いていた希が相づちをうつ。

花陽「花陽がどんくさいから、みんなの足を引っ張って」

希「そんなことないやん、海未ちゃんのキビシー特訓にもちゃんとついて来れてるし、かよちんが頑張って練習してることみんな知ってるで?」

花陽「でも...今日ちゃんと出来なかったのは事実だし」

希「うーん、もしかしたらそれはスランプってやつかな?」

花陽「スランプ...」

希「そうそう、スランプっていうのは大抵変な癖がついてたり余計な力が入ってたりするのが原因やから、一旦それから離れてリセットするのが常套手段やけど」

花陽「でも、もう本番まで時間ないし...」

希「そうやねぇ、でもちょっと気分転換してリフレッシュするぐらいできるんやない?例えば...焼き肉食べ放題とか」

花陽「そ、それは希ちゃんが行きたいだけじゃ...」

希「それとも、気分転換といったらやっぱりカラオケかな、かよちんの好きなアイドルソングを歌いまくろ、ウチも付き合うから、喉潰れるくらいにワーっと」

花陽「ぷっ、ライブ前なのに喉潰れちゃダメだよぉ」

希「ふふっ、かよちんはやっぱり笑ってる方がかわいいやん」

花陽「あっ...」

 言われて気づく。

 そういえば今日、笑った記憶全然無いや。

花陽「......ありがとう」

希「ううん、ウチには話聞いて励ますぐらいのことしかできんから」

花陽「...希ちゃんはすごいなぁ、花陽なんて自分のことだけで精一杯なのに周りのことも気にしてくれて、とっても頼りがいがあるし」

希「そんなこと...」

花陽「μ'sのみんなはすごい人ばっかりだよね

 凛ちゃんは運動神経抜群でしかもかわいいし

 真姫ちゃんはすごく歌が上手で作曲の才能まであるし

 ことりちゃんはとってもかわいい衣装を作ってくれるし

 海未ちゃんは事実上のまとめ役で自ら規範になってレッスンや体調管理もしてくれるし

 にこちゃんは誰よりも真摯にアイドルと向き合っていてかっこいいし

 絵里ちゃんはモデルさんも顔負けのスタイルな上事務的な仕事も一手にこなしてくれるし

 それに比べて花陽は......何の技術もないし地味だしトロいし寸胴だし、はぁ...」

希「あ、あれ、なんか思ってた反応と違う」

花陽「それにやっぱり、穂乃果ちゃんは特にすごいよね...

 最初廃校の告知を聞いた時、花陽ははじめからに諦めてた、廃校を食い止めようなんて考えもしなかった、花陽達が卒業するまでは存続してくれるならむしろありがたいなんて思ってた。

 でも、穂乃果ちゃんは最初に一歩踏み出した、それって誰にでも出来ることじゃないよね、度胸っていうか勇気っていうか、花陽には一番足りてないものを穂乃果ちゃんは持ってるような気がする......羨ましいな――

 次のライブも穂乃果ちゃんがセンターだし、花陽がセンターなんかになったら緊張して足動かなくなっちゃうから絶対無理だもん」

希「そんなことないよ、かよちんならきっと...」

 希はこんなに卑屈な自分をそれでも慰めてくれる、だが考えずにはいられなかった、なんで私はこんなにどんくさいんだろう、なんでこんなに自信が持てないんだろう、なんでこんなに、弱いんだろう。

 もしも穂乃果のようになれたら、もっと自信が持てるだろうか、もっと強くなれるだろうか。

花陽「穂乃果ちゃんみたいになれたら――――」




,。・:*:・゚'☆,。・:*:

「......!!」

 瞬間、世界の全てがほんの一瞬の間に変容した、そう感じた。

 気がつくと彼女は見知らぬ部屋にいた。

 『気がつくと』というと少々語弊があるかもしれない、睡眠や気絶などによって意識が断絶した感覚は一切無かった、つい今の今まで神田明神の階段に座って希と並んで会話していた記憶が、感覚が間違いなくある。

 彼女は『常に気がついていた』にも関わらずこれだけの変化の過程を一切知覚することができなかった、あえて例えるなら『時間を消し飛ばされる』とこういう感覚なのかもしれない。

 だが今の彼女にそんなことを考える余裕などなく、とにかく自分の状況を把握することで精一杯だった。

 とにかく部屋をぐるりと見回す、四方は壁、頭上は電灯のぶら下がった天井、フローリングにカーペットを敷いた床、屋内であることは間違いないらしい、先ほどまで隣にいた希の姿はなく、少なくともこの部屋の中には彼女以外は誰もいないようだ。

 窓際にベッド、その反対の壁際には本棚、カーペットの上に置かれた足の低いテーブル、生活感溢れる脱ぎ散らかされた形跡の服、さっきまで読んでいましたと言わんばかりに開いた状態で伏してある漫画本。

 と、観察しているうちにどうやらこの部屋は『見知らぬ部屋』ではないらしい事に気づく、どこか見覚えのあるレイアウト、この部屋には以前足を踏み入れたことがあると記憶が告げる。

 極めつけにカーテンレールにハンガーで掛けられている、大きく「ほ」とだけ書かれた独特のセンスのシャツ、こんな逸品を着こなす人物は一人しか知らない。

「ここ、穂乃果ちゃ......!?」

 再び違和感、自分の口を動かして紡いだはずの言葉がそのまま自分以外の人の声で耳に届いたのだ。

 これも聞き覚えのある声、というか今まさに思い浮かべたこの部屋に最も居てしかるべき人物の声だった。

「これって...」

 彼女の脳裏に一つの仮定が浮かぶ、それを証明するのは簡単だった。

 立ち上がって腕、足、見える限りの自分の体の部位を眺めてみる、肌の色が普段とちょっと違う...気がする、あと足下の見通しが良いような気もする、が確信には至らない。

 そこでもう一度部屋をじっくり見渡す、が目当ての物は見つからない、だが大抵の家庭にはおおよそ間違いなくそれがある場所がある、そして何度かこの家に来たことのある彼女はその場所がどこにあるかを知っていた。

 勢いよく部屋のドアを開けて廊下を駆け抜け、もう一度ドアを開けて中へ駆け込む。

「う......」

 洗面台の鏡の中で絶句しているのは、『彼女』...花陽の先輩であるはずの高坂穂乃果であった。

穂乃果「嘘ぉ――――――――!!!?」

雪穂「お姉ちゃんうるさい!」

――


「はっ」

希「あのな?あんまり人と比べて自分を低く評価せんと、かよちんにはかよちんの良いところが――」

「え、あれ?」

 穂乃果は困惑していた、つい今まで自分の部屋で漫画を読んでくつろいでいて、喉が渇いたのでお茶でも取りに行こうと漫画本を机の上に伏せて立ち上がろうとした矢先だったはずだ、が次の瞬間には外にいて、なにやら語っている希の隣に座っていた、何を言ってるか分からないだろうが彼女も何をされたか分からなかった。

希「――どうしたんかよちん、変な顔してるけど」

「の、希ちゃん?私......」

 さっきまで部屋に居たはず、ここはどこ、ここで何してるの、いくらでも湧いてくる疑問を希にぶつけようかと思ったが、彼女の言葉の中にそれよりも気になる部分があった。

 希の居る方と逆側を振り向いてみても、そのあだ名で呼ばれるべき人物は見あたらない。

「今私のことなんて呼んだ?」

希「は?急にどうしたの」

「いいから、私の名前を言ってみて」

希「......ジャギ?」

「そうじゃなくて!真面目に!」

希「...?小泉花陽、ちゃんやろ?」

花陽「.........マジ?」

 事態を確かめるべくまず自分の顔を触ってみる、ぷにぷに、さすがに触っただけで顔の造りまではわからない、ほっぺたが柔らかい、そこから首、肩と降りていって胸に辿り着く。

花陽「むむっ!」

 違和感、本来の自分の身体との相違点を感じて、揉む、己の乳を鷲掴む。

花陽「こ、この重量感、まさしく私にはないもの...!」

希「か、かよちん?大丈夫?」

 頭は、という言葉はギリギリ飲み込んだが突然の奇行に目を丸くする希、それを尻目に鼻息を荒くしながら自分の胸を揉む『花陽』。

花陽「の、希ちゃん、鏡持ってない?」

希「え?あ、あるけど......はい」

花陽「ありがと......おぉぉぉ!」

 希が貸してくれた手鏡に映っているのはたしかに、胸元をはだけさせた小泉花陽だった。

希「かよちんホントどうしたん」

花陽「私穂乃果!......かよちゃんになっちゃった!」

希「......よしかよちん、病院に行こう」

花陽「いやいやいやいや本当なんだって!さっきまで部屋にいたのに急に...あ、もしかして夢?」

希「一応現実やと思うけど...」

 『花陽』のあまりの豹変ぶりに自信が無くなる希、むしろ夢だったらいいのに。

花陽「うーん、どうやって証明すればいいんだろう」

希「穂乃果ちゃんが知っててかよちんが知らない情報を言えばええんちゃう」

花陽「なるほど!えぇっと......実は海未ちゃんって小学校三年生までおねしょしてたんだよ」

希「いや知らんけど」

花陽「海未ちゃんに電話して証明してもらう」

希「え、やめた方がいいと思うけど」

花陽「えっと、携帯どこだろ...っていうかなんで練習着のままなのかな、練習終わったの結構前だけど」

希「かよちんの荷物ならそっちに置いてあるみたいやけど」

花陽「あ、ほんとだ、......ごめんかよちゃん、開けさせてもらいます!」

 鞄を開けるとすぐのところにあったため携帯は簡単に見つかった、手間取りながら電話帳の「海未ちゃん」の項を見つけ出しコールする。

海未『もしもし、どうしました花陽』

花陽「ねえ、海未ちゃんって小学校三年生までおねしょしてたよね!」

海未『......は?』

花陽「ほら、ことりちゃんと三人で海未ちゃんの家に泊まっ――」

海未『わああああああああああああああ!!』

花陽「うわっ」

海未『誰から聞いたんですか!?いや、穂乃果ですね、穂乃果しかあり得ません!花陽、その話は誰にもしないでください!』

花陽「いやあの」

海未『いいですか!?絶対ですよ!あぁ、早く穂乃果に口止めしなくては』

 ブッ、ツーツー。

花陽「......」

希「......」

希「......うん、分かった本当みたいやね」

花陽「...ありがとう」

 携帯をしまいながら一息つく『花陽』を見つめながら、希は顎に手を当てて考える。

希「でもなんでそんな急に」

穂乃果「さあ?」

希「じゃあそうなると、今穂乃果ちゃんの体はどうなってんのやろうなぁ」

花陽「確かに、気絶してるのかな?」

希「体だけ腐ってたりして?」

花陽「うえっ、それはヤバいね早く戻らないと...」

希「それともう一つ、かよちんの『中身』はどこ行ったんやろうね」

花陽「......それって」

「はぁっ...はぁっ...、希ちゃーーん!」

希「あ、あれ...」

 叫び声が聞こえた二人が座っている階段の下に、特徴的な短いサイドテールを揺らしながら息を切らしている人物がいた。

花陽「私!?」



希「つまり、かよちんの中身が穂乃果ちゃんで」

花陽「うん」

希「穂乃果ちゃんの中身がかよちんと」

穂乃果「はい」

希「......なんか逆に胡散臭くなったな」

花陽「さっき信じるって言ったじゃん!」

穂乃果「本当だよぉ」

希「なんかもうモノマネにしか見えなくなってきたわ」

花陽「なんでわざわざそんなことする必要があるのさ!」

希「...まあさっき証明して貰ったから信じるけど」

穂乃果「証明?」

花陽「こ、こっちの話」

希「で、どうする?」

穂乃果「どう、って」

希「いや、ずっとそのままってわけにもいかんやろ?」

花陽「つまり、どうやって元に戻るかってこと?」

希「まあそういうことやけど、...もしかして戻りたくない、とか?」

花陽「だってわくわくしない?こんなこと滅多にないよ!」

希「滅多にっていうか普通ないと思うけど」

花陽「て言っても確かにずっとこのままじゃ不便だしいつかは戻らないとダメだよね」

穂乃果「不便だからなんだ...」

希「こういうのは入れ替わったときの状況を再現すると戻るっていうのが定番やけど、入れ替わったときって」

花陽「部屋で漫画読んでた」

穂乃果「ここで希ちゃんと話してたよね」

希「再現したところでどうにもならなそうやね」

花陽「ていうかそもそも原因はなんなの?何か心当たりないの?」

穂乃果「う、うん......特には」

希「......とりあえず二人で階段から転がり落ちてみる?丁度神社やし」

花陽「なんで!?」

穂乃果「嫌だよ!」

希「とまあ冗談は置いといて、戻り方が分からん以上一時の間はこの姿のままで生活することになるけど、どうする?」

花陽「どうする、って?」

希「二人が普段通りに振る舞ったら周りが混乱してしまうやろ?」

穂乃果「ていっても、このことを説明しても...」

希「まあそう簡単に信じては貰えんやろうね、ウチは目の前で見てたから一応信じるけど、そんなこと急に言われても普通イタズラかなにかとしか思われんよ」

穂乃果「一応なんだ...」

希「相手にされないならまだしも、下手すると頭おかしくなったと思われて精神病院行きって可能性も」

花陽「ええぇ!?それはやだよ」

穂乃果「私も...」

花陽「じゃあ秘密にした方がいいのかな」

希「そうやね、μ's的にもあんまり騒ぎにしない方が良いと思うし、......もしかしたら黒服の男達に連れて行かれて実験台にされるかも」

穂乃果「そ、それはさすがに......」

花陽「日本にもいるんだそういうの......」

穂乃果「いや冗談だからね?」

希「それじゃあ、家族やμ'sの子達にも変に思われんようになりきって過ごすってことで、いいかなかよちん?」

穂乃果「えっ?あ、うん」

花陽「それはそれでちょっと楽しそうだね」

穂乃果「そうかなぁ...」

希「ポジティブというか脳天気というか......まぁ、幸い夏休みで時間はあるしゆっくり考えてもいいんやないかな」

花陽「もし学校があったら大変だったね」

穂乃果「私二年生の授業受けることになっちゃうもんね」

希「...ともかく今日はもう遅いから、一旦帰ってまた明日それぞれ頭の中整理して話し合った方がいいかもしれんね、明日も練習あるし......って、練習!」

花陽「な、何!?」

希「ライブ!このままだと振り付けも歌のパートも入れ替わってしまうやん!」

花陽「え...あ、そっか」

穂乃果「端から見ると花陽が穂乃果ちゃんのパートを、穂乃果ちゃんが花陽のパートを踊ってるように見えるってことか...」

花陽「じゃあポジション交換すれば」

希「もう新曲は穂乃果ちゃんがセンターって発表してしまってるしこの土壇場で変えるのはちょっと」

花陽「それじゃあ...」

希「お互いの振り付けを交換して覚えなおすしかないね」

花陽「覚えなおすって、本番まであと五日しかないよ!?今日を除くと練習できる日は四日、で、イチから...?」

希「ゆっくり考えてる時間なんか無かったね...」

花陽「さすがにそれだけじゃ無理だよぉ」

穂乃果「でも...こうなっちゃった以上やるしかない、よね」

希「かよちん...」

穂乃果「ライブ中止にするわけにもいかないし、出来る限りのことはやった方がいいんじゃないかな...」

花陽「うん...うんっ!そうだよね、何もせずに諦めるなんてダメだよね!ごめんかよちゃん!」

穂乃果「ふぇ?」

花陽「それじゃあ明日から練習の後はここに集まって特別練習だ!よぉしファイトだよ!」

穂乃果「う、うん」

希「さて、決まったところで、とりあえず今日はいい加減暗くなるから帰ろうか」

花陽「そうだね、お腹も減ってきたし......ってあれ、穂乃果もう晩ご飯食べたのに」

穂乃果「私がまだだから、体はお腹減ってるんだよ」

花陽「なるほど、気分的には満腹なのに、変な感じ」

穂乃果「あれ、ってことは私今日は晩ご飯無し?うぅ...お腹減ってはないけど損した気分」

花陽「な、なんかごめん」

花陽「...っと、そういえば私、かよちゃんの家知らないよ」

穂乃果「そっか、送っていくよ、私は穂乃果ちゃんの家分かるから」

花陽「ごめんね、かよちゃん帰るの遅くなっちゃうね...」

穂乃果「しかたないよこんな状況だもん」

花陽「あ、もしかしたら穂乃果の部屋散らかってるかもしれないけど、気にせずくつろいでいいから」

穂乃果「う、うん、私の部屋もある物勝手に使っていいけど...あんまり家捜しとかしないでね?」

花陽「......聞きましたか希さん、これなにかありますよ」

希「ベッドの下、ベッドの下やで穂乃果ちゃん」

穂乃果「何もないから!ただ服とか見られるのが恥ずかしいだけで...」

希「よし、クローゼットの奥やで穂乃果ちゃん」

花陽「了解!」

穂乃果「ちょっとぉ!」




花陽「じゃあねー!」

希「気をつけて帰るんよ~、明日も早いから寝坊せんようにな~」

希「......ふぅ」

 ぶんぶんと元気に手を振りながら神田神社を後にする花陽と、やんわりと急かす穂乃果という妙な光景を苦笑いしつつ見送ってから、希は溜め息をつきつつ石段に座り直す。

希「入れ替わり、ねぇ」

 希はオカルトや超常現象といった類のことには、普通の女子高生よりも多くの興味を抱いているが、だからといって目の前で突然、人格が入れ替わりました!なんて言われてもおいそれと信じるわけではない、むしろ知識がある分その目は厳しいぐらいだ。

 少なくともクリスマスの夜に世界中の家に煙突から忍び込んでくる髭男の存在を信じている誰かよりは常識人だと自負している。

 人格入れ替わり、それを本人達以外に認識させるのは難しい、事前に綿密に打ち合わせをしておけばあとは演技力次第でいくらでもそれっぽく見せられる、そう考えてしまうと入れ替わりの証拠を提示するのは途端に難しくなる。

 離れた場所にいる二人が、なんのモーションも無く唐突に人格が入れ替わった、そんな荒唐無稽な話、いくら友人達であっても普通なら希は信じなかった。



『穂乃果ちゃんみたいになれたら』

 花陽の微かな呟き、その瞬間花陽の体を薄く青い光が包み込むのが見えた。

 花陽本人は気づいていなかったようなのではじめは気のせいかと思った、だがその現実離れした光景を裏付けるかのようにその直後から花陽の様子が急変した。

 あまりにも出来すぎている、出来すぎているからこそ彼女たちの話に耳を貸せた。

 ここが神社だから、神様が花陽の願いを叶えたとでも言うのだろうか?いや、彼女の呟きは願い、願望と言えるほど昇華されたものではなく、ただ卑屈になって思いつきをそのまま口に出しただけのようなものだ、それをこのようなひねくれた形で叶えるとは、もしこれが神の所業なら随分と意地の悪い神様もいたものだ。

 ともあれ、花陽のその『願い』が今回の一件の引き金ならば自ずと解決方法への糸口も見えてくる、しかし少々気になることもあった。


『ていうかそもそも原因はなんなの、なにか心当たりないの?』

『う、うん......特には』


 そんなはずはない、自分が呟いたことが直後にその通り起こったのだ、心当たりだらけのはずだ、花陽がそれを言わなかったのはなぜ?自分が原因かもしれないということを言って責められたくなかった?

希「それとも......」

短いけど今日はここまでです





関係ないけどこのあと0時からTOKOMX、BS11でアニメ「夏色キセキ」の再放送があるみたいですね
関係ないけど

こんばんは、>>1です、今更ですが酉付けときます


昨晩再放送された夏色キセキはご覧になりましたか?...訊くまでもありませんでしたね
ちなみに私はBD持ってるので見てません

見れば分かると思いますが台詞の横の名前は外見に準拠しています
書いてなかったので一応

今日もちょっとだけ投下します

――

穂乃果「すぅ......よし」

 『花陽』を家に送り届けた『穂乃果』は、老舗和菓子店穂むらの前で深呼吸して気合いを入れた、他人の家に我が物顔で押し入っていくというのは花陽にとっては少々ハードルの高い事だった。

 先ほど送った穂乃果は花陽の家に何の躊躇もなく入っていったようだったが。

 何度も家に入った後のことをシミュレートしてようやく決心を固める、入り口の引き戸に手をかけたその瞬間、扉は向こう側から開かれた。

雪穂「うわっ、お姉ちゃんなにやってんの、今探しに行くところだったんだよ?携帯も置いていってるし」

穂乃果「うぇ!?あ...うん、ご、ごめん、ね?ちょっと...運動しに?」

雪穂「はぁ、元気だねぇ、そういえばずっと携帯鳴ってたよ、誰か知らないけど早く連絡した方がいいんじゃない?」

穂乃果「あ、うん...おじゃ...ただいまぁ...」

高坂母「あ、穂乃果どこ行ってたの!さっさとお風呂入りなさいよ?」

穂乃果「う、うん」

 曖昧に返事する娘をよそに店の方にぱたぱたと駆けていく母、妹もいつの間にか部屋に引っ込んだらしい、一人取り残された花陽がこっそりついた溜め息は安堵によるものか憂鬱によるものか。

 なんとなく足音を殺しながら穂乃果の部屋に入ると、机の上に放置してある穂乃果の携帯が着信ありを示すランプを点滅させていた。

穂乃果「ひぇっ...」

着信 35件

海未ちゃん
海未ちゃん
海未ちゃん
海未ちゃん
 ・
 ・
 ・
 ・

 正確には分からないが、入れ替わってこの部屋を出てから今戻ってくるまで、せいぜい一時間半程度だったはず、なのにこの着信量は、この体の主は一体何をしでかしたというのか...。

 と考えているうちに

 ~♪♪

 再び鳴り出す無機質な音色

穂乃果「た、たすけてぇ――」

――

花陽「わぁ!寝坊した!」

 翌日、小泉家で花陽の体で目覚めた穂乃果は枕元の時計を見て叫んだ、朝練の集合時間まであと30分、すぐに向かえば間に合いはするが朝食を摂っている時間はなかった。

小泉母「珍しいねぇ、いつもご飯が炊ける頃には起きてくるのに」

花陽「ごめんご飯食べてる暇ない!このパン貰っていい?」

小泉母「え?...いいけど」

花陽「ありがと!いっへきはーふ!」

 テーブルにあったコッペパン(ピーナッツバター入り)をくわえてダイニングを飛び出す、と、玄関の段差に座って凛が待っていた、花陽によると通学路の途中なので毎朝迎えに来ているらしい。

凛「あ、おはよー!今日は遅かっ......」

 元気よく手を振り上げながら挨拶した格好のまま、固まる凛。

花陽「おふぁよーりんひゃん......どしたの?」

 もごもごとパンをくわえたまま喋る口元を凝視して、プルプル震えていたかと思うと、今度は驚異的スピードで接近し、おでこに手を差し込んできた。

凛「か、か、かよちん大丈夫!?熱は...なさそうだけど、頭とか打った?何か変な物食べてない?」

花陽「あ、あの、凛ちゃん」

凛「朝はお米を食べないと一日が始まらないと言っていつも遅刻ギリギリ、時には遅刻してまでご飯を食べるかよちんが...パンを...!」

花陽「あっ...」

 迂闊だった、花陽が重度の米キチ、もとい米好きなのは周知の事実、決してパンが嫌いなわけではないだろうが、目の前にご飯と並べられてパンの方を選ぶ道理は無い、花陽をよく知っている者であれば違和感は禁じ得ないだろう。

花陽「えっと......こ、これ、米粉パンなんだ!」

 苦しい、あまりに苦しい言い訳だった、が。

凛「...............そっかーびっくりしちゃった!」

花陽「あ、あはは」

凛「っと、早く行こ!真姫ちゃん待ってるよ」

花陽「う、うん」

 穂乃果は、口の中に広がる小麦粉の味を噛みしめながら凛の背中を追って家を出た。

――

穂乃果「お、おはよう」

海未「あ、おはようございます」

 通学路の途中に海未が立っているのが見えたので声を掛ける、どうやらここが待ち合わせ場所らしい。

 普段の朝練は神田神社集合での体力トレーニングだが本番前の今は学校に集合して午前は歌、午後はダンスの練習となっていた、その為夏休みだが二人とも制服で登校である。

海未「今日は早かったですね、いつもこれぐらい早く起きてくれればいいんですが」

穂乃果「う、うん」

海未「...あ、昨日の話、絶対誰にもしないでくださいね!ことりにもダメですよきっと忘れてるでしょうし、ていうかよく覚えてましたね穂乃果も」

穂乃果「え、うん」

 昨晩の電話、どうやらなにか秘密の口止めの為だったようだが花陽には結局何の話だったのか分からなかったので話しようがない。

海未「ていうか私も忘れてたのによくもまあ思い出させてくれましたね」

穂乃果「ご、ごめん...」

海未「あ、いえ、そこまで怒ってるわけでは......他の人に広めなければいいので」

穂乃果「うん...」

海未「...」

穂乃果「...」

海未「...穂乃果?」

穂乃果「え?」

海未「なんか元気無くないですか?もしかして体調悪んじゃ」

穂乃果「そ、そんなことないよ!元気いっぱいだよ!!」

 ボロを出さないようにあまり喋らないようにと思っていたがそれはそれで怪しまれる点になるらしい。

 アドリブって一番苦手なやつだよ...。

海未「ならいいんですけど、体調悪かったらすぐに言ってくださいね、穂乃果はなんていうか...遠足の前日に眠れなくて当日体調崩すみたいなタイプですから」

穂乃果「それは...気をつけます」

ことり「穂乃果ちゃーん、海未ちゃーん」

海未「あ、ことり、おはようございます」

穂乃果「おはよう」

ことり「おはよ~、穂乃果ちゃん今日は寝坊しなかったみたいだねぇ、髪がちゃんとセットされてる」

穂乃果「あ、うん...」

 こんなに言われるなんて穂乃果ちゃん普段どれだけ寝坊してるんだろう...、私の身体で寝坊してないよね...。

――

花陽「...っくしゅん!」

凛「お、誰か噂してるにゃー」

花陽「そうかな?」

凛「きっとかよちんのファンの人だよ~」

花陽「だといいねぇ」

凛「くしゃみ一回は褒められてるんだってよ」

真姫「非科学的な話してるわね」

凛「わ、真姫ちゃんおはよう」

花陽「おはよう真姫ちゃん!待っててくれたの?」

真姫「えっ、花陽が一緒に登校しようって言ったんじゃない...」

花陽「あれ、そうだっけ」

真姫「そうよ」

凛「かよちんも意外と抜けてるにゃー」

花陽「凛ちゃんには言われたくないよぉ」

凛「え、酷い」

真姫「......花陽は思ったより元気そうね」

花陽「うん、元気だよ?」

真姫「そ、よかった...ところで今日は眼鏡なのね、コンタクトは学校で付けるの?」

凛「あ、ホントだ」

真姫「今気づいたの?」

凛「かよちんは眼鏡かけててもかけてなくてもかわいいからね~」

真姫「いや、意味分かんない」

花陽「わ、忘れてた!!」

凛「家に忘れて来ちゃったの?」

花陽「あ、そ、そうみたい、朝ちょっと急いでて」

真姫「まあ本番じゃないんだし運動の邪魔にならないならいいんだけど」

花陽「多分、大丈夫だと思う」

真姫「そう、それにしても眼鏡のせいかしら、今日の花陽はいつもと雰囲気違って感じるわね」

花陽「そ、そうかなぁ?」

真姫「うん、花陽っていつ頃から眼鏡かけてたの?」

花陽「えっ?えっとぉ...小学校の頃から、かなぁ」

真姫「曖昧ね」

花陽「昔だから...」

真姫「それだと凛は眼鏡の花陽の方が見慣れてるのかしらね」

凛「うーんそうだねぇ、でも凛はどっちのかよちんも好きだよ?」

真姫「ブレないわね」

花陽「あはは...」

――

海未「おはようございます」

ことり「おはよ~」

穂乃果「お、おはよう」

にこ「ん、おはよ」

 部室の先客は一人、部長のにこだけであった、どうやって回線を引いたのかなぜかネットに繋がっているPCを弄っているようだ。

 モニタを横から覗き込んでみると、カラフルな衣装に身を包んだ女性四人が踊っている動画が流れていた、音はにこの頭にあるヘッドフォンに出力されているらしく聞こえないが、どうやらアイドル歌手のPVらしい。

穂乃果「あ!これ、フォーシーの新曲!」

にこ「あら?知ってんの?」

海未「フォーシー...聞いたことありますね」

ことり「あ~何年か前に流行ったアイドルだよね、フォーシーズン」

海未「フォーシーズン!私でも知ってます、一時期毎日のようにテレビから流れてましたよね」

ことり「最近は見ないけど、まだ活動してたんだね」

にこ「そ...」

穂乃果「失礼な!確かにテレビでの露出は減ったけどちゃんと新曲リリースしてるしラジオの冠番組だってずっとやってるし、この間もアルバム発売に合わせて全国ツアーを......、あ」

 しまった、後悔したがもう遅い、三人とも目を丸くして『穂乃果』を見つめている、花陽は己の性を呪った。

にこ「詳しいのね穂乃果、ファンだったの?」

穂乃果「へ!?う、うん、そう、かも?」

海未「知りませんでしたね、穂乃果がアイドルにそこまで興味があったなんて、スクールアイドルを始めてからですか?」

ことり「まるでかよちゃんみたいだったねさっき」

穂乃果「あ、あははは......」

 みたいどころか本人である。

にこ「穂乃果は誰推しなの?」

 まずい、花陽の経験が警鐘を鳴らす、オタクという生き物は同類を見つけた時に最も生き生きするのだ、花陽自身もそうだから分かる、にこの目はその時の目だった。

 いや、それだけなら問題ない、まだ誤魔化しようはいくらでもある、だが最大の問題は花陽も同類という点である。

 つまりは自分の好きな物について訊かれたりなんかしたら語らずにはいられないのだった。

穂乃果「ミハルちゃん!」

にこ「あ~、ぽいわねぇ」

海未「どの娘ですっけ?」

 海未も興味を示したらしく花陽とにこを挟むようにして反対側からパソコンの画面を覗き込んできた。

にこ「このオレンジの衣装の二つ結びの娘」

海未「へぇ...」

 海未はなぜかチラチラと『穂乃果』の顔とパソコンの画面を見比べながら曖昧な返事をする。

穂乃果「?」

ことり「にこちゃんは誰が好きなの?」

 今度はいつの間にかにこの後ろに回って頭上から画面を覗いていたことりが問う。

にこ「チナツね!」

穂乃果「わ~、ぽいね」

ことり「この背高い娘だよね」

にこ「そうそう、スタイル良くてファッションセンスもあるからズルいわよね~」

海未「私は...このポニーテールの娘が気になりますね」

穂乃果「アキラちゃん」

ことり「このウェーブ髪の娘は...なんだっけ」

にこ「フユミね」

 海未とことりが意外な食いつきを見せてくる、いや、これでも花の女子高生、自分もスクールアイドルをやっている手前、名前を聞いたことのあるアイドルに興味を持つのも当然か。

にこ「たしか部室にライブBD置いてた気が......あ、これだ」

 にこの収集したアイドルグッズが所狭しと詰め込まれている部室の壁一面を埋めているラックの中から、ひとつのディスクケースを取り出す。

穂乃果「あ!2012年のツアーラスト公演のBD!これのアンコールで、階段でミハルが転びそうになった時」

にこ「そう!とっさに受け止めたチナツを見て即座に反対側のアキラとフユミも同じポーズを取ったのよね!」

穂乃果「まるで最初からそういう演出だったみたいにね!」

にこ「仲間のミスもカバーして見せ場に繋げる、あれこそチームプレーよね~、それにしてもあそこに気づくなんて穂乃果もなかなかやるわね」

穂乃果「えへへ...」

希「ずいぶん楽しそうやね?」

 唐突な背後からの声に四人が一斉に振り向くと、いつ部室に入ってきたのか、すぐ後ろに希が立っていた。

ことり「わ!希ちゃん、いつの間に」

にこ「あんた、本当に神出鬼没っていうか...、挨拶ぐらいしなさいよね」

希「なんか楽しそうに話しとったから、邪魔せんようにと思ってな?」

海未「だからって気配を消さないでください忍びの者ですか」

希「まあまあ、それよりだいぶ懐かしい話してたみたいやけど」

穂乃果「希ちゃんもフォーシー知ってるの?」

希「ウチらの世代やったら名前は誰でも知ってるんやない?今の状況はウチもよく知らんけど」

にこ「アイドルの世は諸行無常、ってことね」

希「にこっちそんな難しい言葉を知ってたんやね」

にこ「私のことなんだと思ってんのよ」

海未「いえ、にこは良いことを言いました、だからこそ常に精進、技を磨き続け――」

凛「おっはよー!」

 海未が熱っぽく語り出してにこと希が揃って「しまった」という表情をしていたところに、人気のない校舎に響く元気な挨拶で凛が部室に現れる、それに続いて真姫と『花陽』も顔を出す。

真姫「おはよ」

花陽「おはよ~」

希「助かっ...いや、良いところに」

にこ「そ、そうそう、アイドルの話してたのよ花陽~、フォーシー知ってるでしょ?」

花陽「え?あ、う、うん...?」

にこ「...?反応薄いわね、いつもはアイドルって単語だけで鬼のように食いついてくるのに」

花陽「えっ!?あっ、も、もちろん知ってるよ!」

穂乃果「...あ、あとは絵里ちゃんだけだね!絵里ちゃんが遅いなんて珍しいね」

絵里「はぁ...おはよ...」

ことり「わ、噂をすれば」

希「でもなんか、元気ないね」

絵里「はぁ、日本の夏ってなんでこんなに暑いのよぉ」

海未「朝からそんなで大丈夫なんですか?午後はもっと暑くなりますよ」

絵里「ダメかもぉ、もうおうち帰りたい...」

花陽「...ほっ」

 絵里の登場のおかげで話が逸れてくれたことに、穂乃果はこっそり安堵の溜め息をついた。

今日はここまでです
まだ5thチケ取れてない人はくれぐれも寝坊なさらないように早く寝ましょうね

花陽イベのペースが異様に速くて焦っております>>1です
ちょっとだけ投下していきます

 結果から言うと、その日の練習は散々な物だった。

 お互いの振り付けは何度も見ているはずだが、やはりそれ専門に練習してきたわけではないので記憶だけでどうにかなるはずもなく...。

海未「たるんでます!」

穂乃果「ひゃい!」

 床に正座した『穂乃果』を見下ろして腕組みする海未の形相は、とてもアイドルとして見せられるものではない。

海未「本番まで時間ないんですよ!?あんなパフォーマンスではお客さんにお見せできません!」

絵里「仕方ないわよねぇ、こんなに暑い中じゃ動きも悪くなるわよ」

海未「絵里は甘いです!穂乃果にはこれぐらい言わないと」

ことり「子供の教育方針で揉める夫婦みたいだね」

海未「だ、誰が夫婦ですか!」

海未「だ、だいたい、今日の穂乃果は動きが悪いというよりまるで振り付けをすっぽり忘れてしまったみたいなたどたどしさでした、まさかとは思いますが...」

穂乃果「うっ」

絵里「いや、さすがにこれだけ練習してきたことを急に忘れるなんてあり得ないわよ」

海未「ですが穂乃果の頭ですから、全くあり得ないとも言い切れないのでは...」

花陽「酷い!」

にこ「意識が足りないのよ意識が」

真姫「にこちゃんもかなり危なっかしかったと思うけど」

にこ「......に、にこ流のアレンジよ」

凛「今日はなんか全体的に合ってなかった気がするにゃ」

希「そうやねぇ」

ことり「一人がズレちゃうとそれが全体に波及しちゃうんだよね、特に」

 センターだと。そう続けようとして、はっとしてことりは口をつぐんだが、花陽はそれを察してしまうタイプだった。

穂乃果「ごめん...」

ことり「あ、違うの、責めてるわけじゃなくて」

穂乃果「うん...」

花陽「...」

海未「とりあえず今日は解散ですけど、明日から気合い入れ直して来てくださいね、何度も言いますがもう本番まで時間ないんですから」

「「はーい」」

――


穂乃果「穂乃果ちゃん...ごめんね」

花陽「えっ?なにが?」

 練習が終わった後、穂乃果、花陽そして希の三人は神田明神に集まっていた、時間的には夕方というべきだろうが夏ゆえにまだ陽は高い。

穂乃果「穂乃果ちゃんは悪くないのに花陽のせいで怒られちゃって...」

花陽「えぇ、そんなの気にしてないよ!練習してないんだから仕方ないよ」

穂乃果「でももしこのまま本番で私がミスしたら、それが穂乃果ちゃんの評価に......」

花陽「それは私も一緒だもん、ね、練習頑張ろう?二人でさ」

穂乃果「一緒じゃないよ、センターは一番見られるんだよ、お客さんからも、メンバーからも、今日全体的に動きが悪かったのだって私のせいで...」

花陽「それは...そうかもしれないけど、これから練習すればきっと大丈夫だよ」

穂乃果「...やっぱり穂乃果ちゃんはすごいよ、私はそんなに強くなれないよ......それなのに花陽なんかがセンターを奪って......やっぱり私には無理だよ...」

 消え入りそうな声で呟きながら、抱えた膝に顔を埋める。

花陽「......かよちゃんはもしかして、自分がみんなの足を引っ張ってる、なんて思ってるの?」

穂乃果「...っ」

 びくりと肩が震える、図星だった、それを見て穂乃果は小さく嘆息する。

花陽「逆に考えたらどうかな、ひとりがみんなの足を引っ張るんじゃない、なにかアクシデントやミスがあってもそれをカバーする為にみんながいるの」

花陽「だって失敗しない人なんかいないんだから、もし失敗した時に一人だったらもうそれは失敗のまま終わりだけど、仲間がいて助け合うことが出来たら、ただ失敗するよりはずっと良いと思わない?」

穂乃果「あっ...」

 花陽の脳裏にある映像が浮かぶ。

 とあるアイドルのステージ、階段で躓いて転びそうになったメンバーを隣にいた仲間が支える、すると舞台の反対側にいた二人も同じように手を取り合うポーズをとった。

花陽「一人じゃ絶対に足りないから、お互いに必要な部分を補い合って、助け合うために私たちって九人いるんじゃないかなって思うんだ」

花陽「きっとかよちゃんも誰かの助けになったことがあるはずだよ、もしかしたら、自分で気づかないうちにも」

 暖かい微笑を湛える穂乃果に、後ろ向きのまま凍り付いていた心がゆっくり溶かされていくような感触を覚えた。

花陽「だからもっと頼っていいんだよ、もしかよちゃんがダンスが大変だって言うなら私がとことん練習に付き合う!それは足を引っ張ってるんじゃなくて、仲間として、かよちゃんがμ'sにとって必要だから助け合うの」

花陽「現に今、穂乃果もかよちゃんが必要なの、だから力を貸して?」

 ――ドクン

 心臓が跳ねる、真っ直ぐに見つめてくる瞳から目が離せなくなる、私ってこんなに綺麗な瞳をしてたっけ。

穂乃果「う、うん...」

花陽「ありがとうかよちゃん!」

 なんで自分にドキドキしてるんだろう...。

花陽「さ、そうと決まったら急がなきゃ、時間は待ってはくれないぞ~!」

 大輪の向日葵のような笑顔で無邪気に笑う『花陽』に驚いて、そんな自分に内心苦笑する。

 ......私って、こんな顔できるんだ。

穂乃果「うん」

希「いやぁ青春やねぇ」

 夕暮れの神田明神、二人で練習する花陽と穂乃果を傍目に見つつ俯く希、その目線の先には彼女の鞄の上に並べられた数枚のカード。

 タロットカード、占いで有名なカードだ、特に22枚の大アルカナはその名前ぐらいは知っている者も多いだろうが、それを使った希の占いは当たるという評判だった。

希「ふむ」

 規則的に並べられたカードの中の真ん中にある一枚を表にする、描かれているのは杖とランプを持ったローブ姿の老人、Hermit、隠者のカードである。

希「隠者の逆位置...これであっさり解決、とはいかんみたいやね、現にまだ入れ替わりは解けてないみたいやし」

 二人が練習している方に視線を送る、花陽の私物らしい小ぶりのかわいらしいCDラジカセから流れる音楽に合わせて、今は花陽が『花陽』に振り付けを教えているらしい。

穂乃果「そこ逆、右回りだよ」

花陽「あぁん、ややこしい」

穂乃果「で、隣の人との間隔に気をつけながら前後入れ替わって...」

花陽「はいはいはい!」

希「......あとは本人次第、ってことなんやろうか」

 二人から今度は神田明神の本殿へと視線を移して呟く。

花陽「おっ...と、危ない」

穂乃果「大丈夫?」

花陽「うん平気」

 練習はどうやら難航しているようである、なまじ一度覚えてしまっているためいきなり違う振り付けを覚えなおすのは余計に大変かもしれない。

希「それとも、本当に神様の気まぐれ...?」

穂乃果「そういえば...眼鏡、邪魔じゃない?」

花陽「うーん、やっぱりちょっと揺れるのが気になるかな」

穂乃果「だよねぇ、コンタクトの付け方分かる?」

花陽「分かんない、ていうか怖くて無理...」

穂乃果「私も最初は怖かったけどすぐ慣れたから大丈夫だよ、付け方教えてあげようか?」

花陽「でも...」

穂乃果「でも、このまま眼鏡で本番に出るわけにもいかないし...」

花陽「そ、そうだね......ちゃんと教えてね?」

 よほどコンタクトを入れるのが怖いのか軽く涙目になりながら上目遣いで『穂乃果』を見上げてくる。

穂乃果「う、うん」

花陽「それにしてもかよちゃんって本当に目悪いんだね、昨日お風呂入る時に外したら何にも見えなくてびっくりしちゃった」

穂乃果「両目とも視力0,2ぐらいだからねぇ」

花陽「うひゃ~、シャンプーとリンスが分からなくてすごく苦戦したよ~」

穂乃果「あ、それはボトルの横にデコボコがあるのがシャンプーだから触って区別するんだよ」

花陽「へぇ~知らなかった......それにしても」

穂乃果「?」

花陽「お風呂の時に思ったけどやっぱり大きいよね、生で見ると余計に」

穂乃果「あ、あんまり見ないでよ恥ずかしいよぉ」

花陽「食べてるものの差かなぁ?ご飯をいっぱい食べれば私も...」

 重さを感じるように下から持ち上げるようにして己の胸を揉む『花陽』。

穂乃果「ちょ、自分で胸を触ってる自分の姿なんか見たくないよやめてよ...」

希「随分余裕あるみたいや、ね!」

 いつの間にか背後に回っていた希が後ろから『穂乃果』の胸を鷲掴む、伝統芸能わしわしである。

穂乃果「や、やめ...ひゃぅ...!」

花陽「自分がセクハラされてるのを客観的に見るのって結構キツいものあるね」

穂乃果「冷静に感想を述べてないで助け...やぁっ...ん...!」

希「ちゃんと練習せんと明日また海未ちゃんに怒られるよ~?」

穂乃果「分かったから手を止めてぇ!」

――


 翌日、学校のトイレにて。

花陽「うぅぅぅ............やっぱ無理ぃ!」

穂乃果「大丈夫だよ、花陽でもできたんだから、ね?」

花陽「でもぉ...」

 人差し指にコンタクトレンズを乗せたままぷるぷる震えながら目尻に涙を溜めてこちらを振り返ってくる。

花陽「目に物を入れるなんて......できるわけないよぉ!」

 穂乃果ちゃんの意外な弱点...なんだけど外見が花陽なせいで違和感がないのが悲しい。

花陽「それにもしも失敗してかよちゃんの目を傷つけたりなんかしたら私...」

穂乃果「だ、大丈夫だよよっぽどのことがない限りそんな酷いことにはならない......と思うから」

花陽「もしこれでかよちゃんの目が見えなくなったら......穂乃果が一生かよちゃんの目になって生きていくよ、そしたら許してくれる?」

穂乃果「そ、そこまで深刻に考えなくても...」

花陽「やっぱり許してくれないよね...うぅ...」

穂乃果「ゆ、許す許しますから!」

花陽「...ありがとう、やってみる」

穂乃果「うん......あ、逆の手で上瞼を押さえて、レンズ持ってる手の中指で下瞼を押さえて、目線を逸らさずに」

花陽「............っ!」

穂乃果「あ」

花陽「......あれ、いけた?」

穂乃果「目を上下左右に動かしてみて違和感がなければ大丈夫」

花陽「うん、なんともないよ」

穂乃果「じゃあ左目も」

花陽「うん......、ほい!」

穂乃果「あとは軽く目を閉じてたら安定すると思うから」

花陽「おっけー」

穂乃果「コンタクト付けたまま目が乾燥するとよくないから時々目薬指してね、今はいらなそうだけど、あ、これコンタクト付けたままでも使っていい目薬だから」

花陽「うん...もう開けていいかな?」

穂乃果「あ、うん、いいよ」

花陽「ふぅ~、意外と簡単だったね!」

穂乃果「そ、そう...」

花陽「おぉ、いつものかよちゃんだ」

 鏡に映る自分の顔を見ながら感心して頷く。

花陽「ってまあ中身はいつものじゃないんだけどね」

穂乃果「そう...だね」

花陽「あ......」

 ふと、ふたりの間に沈黙が流れる。

 気楽に振る舞っていても元に戻る手立てがないという先の見えない不安は常につきまとっている、今はまだちょっとしたなりきりの範疇だがこの状態が長く続けば必然的に今のようなお互いの外見への”最適化”が行われていく、自分でない人が自分になり代わっていく、自分が自分でなくなっていく感覚。

 恐怖を覚えないわけにはいかなかった。

穂乃果「......そろそろ戻ら」

花陽「さっき、私『かよちゃんの目が見えなくなったら私が目の代わりになる』って言ったけどさ、それって元に戻れたらの話だよね、もしずっと戻れなかったら...」

穂乃果「穂乃果ちゃん...」

花陽「...なんでもない!そんな後ろ向きなのは私らしくない!よね、さ、早く戻らないとみんな心配しちゃうよ」

穂乃果「うん...」

 『穂乃果』は考えを振り払うように小さくかぶりを振って『花陽』を追ってトイレを後にした。

「――っは」

 後奏が終わり、余韻の残っている間無意識に止めていた息を吐く誰かの声を合図に、全員がポーズを解いていく。

 翌日、入れ替わった日から数えて三日目、今日も学校の屋上で練習が行われていた、練習ができる日は今日を合わせてあと三日である。

絵里「...ふぅ、今日はここまでにしましょうか、お疲れ様」

「「おつかれー」」

海未「昨日よりは大分マシ...と言ったところでしょうか、あ、ありがとうございます」

 ことりから渡されたタオルを受け取りながら海未が呟く。

穂乃果「ほっ」

海未「と言ってもまだ完璧じゃありませんからね!」

穂乃果「は、はい!」

ことり「まあまあ、はい、穂乃果ちゃんも」

穂乃果「あ、ありがとう」

海未「......穂乃果、今日は随分おとなしいですね」

穂乃果「うぇ!?」

ことり「そうだね~、正確には昨日からかな?」

 言動にはかなり気をつけていたつもりだが、やはり元の性格が違いすぎたか、10年来の幼なじみともなれば違和感を覚えるところがあるのだろう。

穂乃果「そ、そんなことないよ...?」

海未「本当ですか?」

穂乃果「う、うん」

海未「......その手をモジモジするのやめて下さい、子供っぽいですよ」

穂乃果「あっ」

海未「穂乃果がおとなしいなんてなにかよっぽどやましいことが...あ、もしかしてあの電話の件となにか関係があるんじゃ」

ことり「ん~?何の話?」

海未「はっ!なんでもないですよなんでも」

ことり「ふぅん?」

 笑顔のことりに見つめられてダラダラ汗を流しながら目を反らす海未、この幼なじみ三人組の間ではどうやら妙な力関係が成り立っているらしい。

ことり「...まぁいいけど」

海未「......ほっ」

ことり「それより、もしかして夏バテかな?バランス良く食べないとダメだよ~?」

海未「そ、そうです、いつもパンばっかり食べてるから――」

穂乃果「あははは...」

 ここぞとばかりに話を逸らして説教を始める海未に思わず乾いた笑いを漏らす花陽だった。

凛「...」

花陽「凛ちゃん?」

凛「えっ?どうしたのかよちん」

真姫「どうしたのじゃないわよ、帰りどこか寄っていこうって言ってきたのは凛の方でしょ」

凛「ありゃそうだっけ、二人はどっか行きたいところある?」

真姫「私は別に」

花陽「私も...」

凛「じゃあ凛イチオシのラーメン屋に」

真姫「この時間にラーメンなんか食べたら晩ご飯入らなくなるでしょ、それならパス」

凛「えぇ~、自分では案出さないくせにケチつけるのぉ?」

真姫「凛のくせに正論っぽいことを...」

絵里「寄り道の相談?なら私たちと一緒にかき氷食べに行かない?」

花陽「かき氷?」

凛「いいね!」

絵里「そうよ」

真姫「まあ、かき氷ぐらいなら」

凛「かよちんも行くよね?」

花陽「あー、え...っとぉ」

希「そんなに遠くないし時間はかからんと思うよ」

花陽「...うん、行こうかな」

にこ「穂乃果達も三人とも来るって」

絵里「じゃあ全員ってことね!」

凛「楽しみにゃぁ」

海未「楽しみにするのはいいですが、ちゃんとストレッチしてくださいね」

「「はーい」」

――


凛「ねえかよちん見て見て、べっ」

 食べかけのブルーハワイを片手に自分の舌を見せてくる。

花陽「ふふっ、真っ青」

凛「えへへ、かよちんのも見して~」

花陽「べ」

凛「...いちごだから分かんないね」

花陽「だよね~」

真姫「私もいちごにすればよかったわ...」

凛「あははっ!真姫ちゃん舌緑になってるー」

真姫「し、しょうがないでしょ!」

花陽「ぷっ」

真姫「花陽までっ!」

花陽「だってなんかかわいくって...あはははっ」

真姫「そんなわけないでしょ」

花陽「ごめんごめ...ぷふふっ...」

真姫「もうっ!」

凛「あ、真姫ちゃんどこ行くの?」

真姫「...お手洗いよ」

凛「いってらっしゃーい」

真姫「......花陽ってあんなに笑う子だったっけ」



絵里「知ってる?ブルーハワイって名前の由来、元々は――」

希「あぁ、たしか映画のタイトルなんよね、でそれがカクテルの名前になって、色が似てるかき氷もそう呼ぶようになったって言われてるみたいね」

にこ「へぇ、詳しいわね」

ことり「希ちゃんかしこい」

絵里「ちょっとぉ!台詞とらないでよ!」

希「知ってる?って訊いてきたやん...」


海未「穂乃果は...マンゴー味ですか?珍しいですね、いつもいちごばっかり頼むのに」

穂乃果「え?あっ...た、たまには違うのも食べたくなったんだよ!」

 忘れてた、穂乃果ちゃんっていちごが好きなんだっけ、でもかき氷のいちご味って本物のいちごとは全然...いやそういう問題じゃないか。

海未「そうですか」

穂乃果「海未ちゃんはコーラ?なんか意外」

海未「かき氷のコーラ味なら炭酸は入ってませんからね、コーラの味を楽しめる数少ない機会なので」

穂乃果「かき氷のコーラで本来のコーラの味をどのくらい味わえるかは...まあいいとして、宇治金時とか頼むのかなって思ってたけど」

海未「まあ確かに宇治金時も好きですが......穂乃果が好きじゃないじゃないですか...」

 穂乃果ちゃん宇治金時好きじゃないんだ、確かにちょっと渋い好みの分かれる味ではあるけど、甘い練乳とのギャップが楽しめておいしいのに。

 ...でもなんで海未ちゃんが穂乃果ちゃんの好みに合わせてオーダーしてるんだろう?

海未「...」

穂乃果「...」

海未「あ、あの...」

穂乃果「なに?」

海未「...なんでもないです」

ことり「じゃあことりが海未ちゃんの一口貰おっかな」

海未「ことり!?いつの間に!」

ことり「さっきからずっといたよ?」

海未「いや絵里達の方に行ってたじゃないですか」

ことり「うーん、この体に悪そうな甘さ、癖になるよね~」

海未「勝手に取らないでください」

ことり「はい、お返しにことりのレモン、一口あげる」

 先がスプーン状になった独特のあのストローで黄色いシロップのかかった氷を一掬い、海未の口元に持って行く。

ことり「あーん」

海未「あ、あー...ん」

 少し照れながらも、迷い無くことりの差し出すストローに食いつく。

 照れ屋の海未ちゃんがこの衆人環視であっさり『あーん』をやってのけるなんて、ちょっと意外...。

ことり「おいしいでしょー?」

海未「...すっぱいです」

ことり「そりゃあね」

 言いながら、こっそり『穂乃果』に向かってウインクしてくる、何か伝えたいのかもしれないがさっぱり分からない、本来の穂乃果ちゃんなら理解できるんだろうか。

穂乃果「...海未ちゃんとことりちゃん仲良しだねぇ」

ことり「今日の穂乃果ちゃんやっぱり...」

海未「はい...」

穂乃果「えっ?」

にこ「やっぱりちゃんとしたお店のはおいしいわね、夏祭りの屋台のやつって氷が粗くてあんまりおいしくないのよね~そのくせ高いし」

花陽「お祭り価格ってやつだね、それが分かってても雰囲気に乗せられて買ってしまうんだよね~」

ことり「いいね~夏祭り、みんなで浴衣着て行きたいね」

花陽「海未ちゃんなんかすごく似合うよね、浴衣っていうか和服」

海未「嫌味ですか?」

花陽「なんで!?」

凛「去年はかよちんと食べ物系屋台全制覇したんだよ!ね?」

にこ「ふふっ、さすが凛と花陽は色気よりも食い気ね」

穂乃果「そ、そんなことないよぉ!」

海未「なんで穂乃果が反応してるんですか」

凛「そうだよ、かよちんは色気もばっちりだもん」

にこ「いや、そういう意味じゃないんだけど」

ことり「でも確かに...」

にこ「ぐぬ」

海未「あの、この話題から離れません?」

花陽「浴衣と言えば、帯の後ろに団扇挿すの、あれなんでだろうね」

にこ「手に持つのが邪魔だからじゃないの?」

海未「それもあるでしょうが、コーディネートの一環でしてるのが主だって聞いたことあります」

ことり「本当は着崩れしやすくなっちゃうからあんまりよくないんだけど、でも風情がでるよね」

穂乃果「そうだねぇ、浴衣の柄に合いそうな色の団扇探したりしちゃうよね」

花陽「わかるわかる!...でもさ、あれやると背中痛くならない?」

穂乃果「あははっ、背筋伸びちゃうもんね」

花陽「そうそう、それが辛くていつも途中でやめちゃうの、でも他の娘がやってるのをみるとまたやりたくなって挿して、でまた痛くなって抜いてって繰り返してたら」

穂乃果「帯ゆるゆるになっちゃうよ」

花陽「そうなんだよ~、やっぱりあるあるなんだねぇ」

にこ「いやないけど」

海未「ていうか花陽今日は随分テンション高いですね」

花陽「うぇ!?そ、そんなことないよ?」

ことり「穂乃果ちゃんとかよちゃん、話弾んでたね~」

穂乃果「えっ、ふ、普通だよぉ?」

凛「...」

今日はここまでです

イベントこのペースが続くなら3枚取りは厳しい戦いになりそうですね

日が開いてしまってすみません、少しだけ更新します

もう半分ぐらいまで来てると思うので今週末中には終わらせたいですね

――


花陽「ごめーん、おまたせ」

 一旦解散した後各々の自宅に戻って練習着に着替えてから神田明神に『花陽』が到着すると、練習着姿の『穂乃果』と制服姿の希が並んで待っていた。

穂乃果「私の家の方が遠いから仕方ないよ」

花陽「ていうか希ちゃんまで」

希「せっかく事情を知ってるんやから手伝いぐらいさせてよ、っていってもたいしたことできないけど」

花陽「ありがとう希ちゃん」

希「ええって、それより今日は寄り道したから時間ないしはよ始めた方が良くない?」

穂乃果「そうだね」

花陽「よぅし!頑張ろう!」

花陽「1,2,3,4!」

 『花陽』のかけ声に合わせてステップを踏む、今回の新曲はアップテンポでいつもついていくのがやっとだった、のだが。

花陽「5,6,7,8!」

 今はついていけてる、どころか周囲を気にする余裕すらある。

 なんだか、身体が軽い、指先にまで力が行き渡るような感覚、運動神経の差なのかな...?

花陽「うん!かなりできてきたんじゃない?」

穂乃果「本当?よかったぁ」

花陽「うん、練習始めて二日にしては上出来だよ」

穂乃果「同じような部分もあるから完全にイチからってわけじゃないし、それに穂乃果ちゃんの体だとなんだか動きやすい気がする」

花陽「そう?私はあんまり差は感じないけどなぁ、体格もそんなに変わらないし、胸以外」

穂乃果「こ、こだわるね、実際そこまで違わないと思うけど」

花陽「いやいや、この体になって明確な違いを発見したんだよ......かよちゃんの胸は、動くと揺れる」

穂乃果「ちょっ」

希「ほう...」

花陽「穂乃果の体になってるからかよちゃんには分かると思うけど、穂乃果のは揺れないもん」

希「かよちん辺りから揺れるボーダーラインなんやろうか」

花陽「しかも一年生でこれだよ?まだ成長中だってこの前凛ちゃん言ってたし」

穂乃果「待ってなんで凛ちゃんが知ってるの」

花陽「将来的には絵里ちゃんや希ちゃんレベルになる可能性もあるって事だよね、末恐ろしい...」

希「ほう、ちなみにウチは一年生の時は今のかよちんよりちょっと大きかったかな~?」

花陽「そっかー、じゃあ希ちゃんレベルは厳しいかな」

希「でもここからの育て方次第では――――」

花陽「ひぃ!さ、さぁー練習しなきゃ練習!」

穂乃果「そうだねー!時間ないからねー!」

希「ちっ」

――


穂乃果「はぁ...疲れた...」

 自宅(この体の、だが)への帰り道の途中、花陽は思わず呟く。

 本来の練習の後再び神田明神で穂乃果と落ち合って暗くなるまでみっちり特別練習、体力的に大変なことは間違いないが、それよりも常に他人になりきり続けなければならない心的疲労の方が花陽にとっては堪えていた。

 花陽は嘘をつくのが苦手なのだ。

穂乃果「た、ただいまぁ」

 まだ慣れない他人の家での帰宅の挨拶をぎこちなくこなしつつ高坂家の扉を開けると。

高坂母「あ、穂乃果丁度良い所に、悪いけどこれ運ぶの手伝って!」

穂乃果「えっ」

 玄関にずらりと並べられた俵、他人ならともかく花陽がその中身を見紛うはずがない、米である、一般家庭で使用する量ではない、和菓子屋であることを考えれば餅米だろう。

 花陽の目測ではひとつの俵で30キロ、それが1,2,3......いっぱい。

穂乃果「こ、これ」

高坂母「ほら、そっち側持って」

穂乃果「あ、はい」

 あ、さすがに一人で持たせるわけじゃないのか...と安心するのもつかの間、言われるがままに厨房と玄関の往復作業に従事すること、約一時間。



穂乃果「はぁぁ...、もうダメ...」

高坂母「ふぅ、助かったわ~、はいこれお駄賃」

穂乃果「え?」

高坂母「あらいらないの?いつもは飛び跳ねて喜ぶのに」

穂乃果「あっ、や、やったー!あ、あははは......」

高坂母「?」

穂乃果「はぁ~、やっぱり違和感無くなりきるなんて無理だよねぇ...」

 ベッドに倒れ込みながらため息をつく、家でも部屋に居る間ぐらいしか心が休まらないのは負担の一端だろう。

穂乃果「...やっぱりこのままじゃダメだよね」

 がちゃり

雪穂「お姉ちゃん漫画貸してー」

穂乃果「ひゃい!?」

雪穂「どしたの変な声出して...、あ、巻数順に並んでる、整理したんだ珍しい」

穂乃果「え?あ、うんそうなの~」

雪穂「えーっとこれだ、じゃあまた後で借りに来るから」

穂乃果「は、はぁ~い...」

 この部屋でも心休まる時間はなさそうだ。

――


 1,2,3,4,5,6,7,8!

 音楽に合わせて頭の中で鳴るのは自分の声、昨日神田明神で練習した記憶を辿りながら腕を、足を、身体を目一杯動かす。

 やっぱり身体が軽い、練習の成果なのだろうか、自分の身体だったときよりも踊れてる気さえする。

「はっ...!はっ...!」

 息が切れるのも頬を汗が伝うのも気にならなくなる。

 踊るのって楽しい、そういう風に思ったのっていつぶりだろう。

 はじめはみんな初心者で、ほとんど差がなかったから気にならなかったけど、みんなあっという間に上達して、でも私はいつまでもドンくさいままで、必死で練習して少し上達したと思ったらみんなはもう次の段階に進んでて、置いて行かれる焦りと申し訳なさで頭がいっぱいになってた。

 でも今の私なら、ちゃんとできる、ちゃんと踊れる。

 それどころか、誰かに合わせるんじゃなくて、みんなが私に合わせてくれる、みんなが見てくれる...。

 センターってこんなに楽しいんだ!

にこ「今の、良かったんじゃない?」

海未「そうですね、まあ本番はもう明後日なんですからやっと出来上がったって感じですけど」

希「海未ちゃん厳しいなぁ」

絵里「特に穂乃果、動きがダイナミックでとても良かったと思うわ」

穂乃果「ほ、本当?」

花陽「やったね!」

穂乃果「うん!」

ことり「うふふ、二人ってそんなに仲良しだったんだね」

穂乃果「あっ」

 気づくと『花陽』と手を握り合って見つめ合っていた、ここ二日の個人練習で随分距離感が近くなっていたらしい。

花陽「そ、そうだよ~」

穂乃果「あははは...」

凛「...」

海未「ダベってないでちゃんとストレッチしてくださいね、本番前に怪我なんて洒落になりませんから」

穂乃果「は、はーい」

凛「...ねぇ穂乃果ちゃん、一緒にストレッチしよ?」

穂乃果「え?うん、いいけど」

凛「こっちこっち」

 手を引っ張られてみんなの居るところから少し離れたところに連れて行かれる。

穂乃果「凛ちゃん?」

凛「...穂乃果ちゃん、今日はあのシャツじゃないんだね、昨日も違う奴だったっけ」

穂乃果「あの...って」

凛「『ほ』ってでっかく描いてあるやつ」

穂乃果「あぁ...あれは...」

 あんな斬新なデザインの服恥ずかしくてとても着られない...とは言えない。

穂乃果「ちょっと汚しちゃって、洗濯中なの」

凛「ふぅん...」

 自分から訊いておきながら興味なさげに相づちが帰ってくる、目線が『穂乃果』の指先に注がれているのに気づいた。

穂乃果「?」

凛「...練習終わったら、帰らないで部室に残って」

 急に間を詰めてきたかと思うと、耳元で囁かれる。

穂乃果「えっ?」

凛「さ、早くやろ、ストレッチ」

穂乃果「...」

 見慣れたはずの凛の表情からは何も読み取ることは出来なかった。

短いですが今日はここまでです


明日のこの時間は夏色キセキ再放送の第二話ですね
今週はどんなキセキが起こるのでしょうか、楽しみですね

こんばんは

先日放送された夏色キセキ二話はご覧になりましたか?
『ココロかさねて』をラブライブでやるとしたら...やっぱりにこまきでしょうか、キャラソン的にも
ただ喧嘩してても息はピッタリという点を考えるとある程度付き合いの長いコンビの方が再現度は高いかもしれませんね

余談はさておき今日は早めに来れたのでがっつり進めたいと思います

――


凛「ごめんね急に呼び出して」

穂乃果「えっと...」

 日が傾いて少し薄暗くなった部室で机を挟んで二人向かい合う。

凛「ちょっと相談があって」

穂乃果「相談...?私に?」

凛「うん、だってかよちんのことだからかよちんには相談できないでしょ」

穂乃果「えっ、そ、そうだね」

凛「...最近かよちんの様子おかしいと思わない」

 いきなり核心であった。

穂乃果「そ、そう......かな?」

凛「なんか、明るすぎるっていうか、積極的すぎるっていうか」

 普段の自分はそんなに暗くて消極的だと思われているということだろうか、いや穂乃果と比べればそれ以上に積極的な人などそうそういないだろうし、そもそも自分のことを明るい人間だと思っていたわけでもないが、それでもちょっとショックである。

穂乃果「い、良いことじゃないかな?」

凛「急すぎるんだよね、だから穂乃果ちゃんなにか知らないかなって」

穂乃果「ちょっと分かんない、かなぁ」

凛「ホントに?」

穂乃果「うっ」

 凛のくりくりした目で見つめてくる。その無垢な瞳と見つめ合うは苦手だった、自分の弱い心を見透かされるような気がして。

 いつも、失敗することを恐れて予防線を張って、妥協して、諦めたふりをして、自分を誤魔化してばかりの私を見通されるような気がして。

 そして事実花陽が凛に隠し事ができた試しが一度もなかった。

凛「なんで目逸らすの」

穂乃果「だ、だってそんなに見つめてくるから」

穂乃果「だいたいなんで私なの?凛ちゃんに分からないことが私に分かるはずが...」

凛「最近かよちんと穂乃果ちゃん急に仲良くなったよね?」

穂乃果「そ、そんなことないよ、普通だよ」

凛「普通じゃないよ、なにか知ってるんでしょ?教えてよ」

穂乃果「し、知らないよぉ」

凛「......嘘」

穂乃果「...えっ?」

凛「その、指もじもじする癖、かよちんが隠し事してるときにいつもやるんだ」

穂乃果「あっ」

 慌てて手を解く、が、余計に怪しさを増しただけだった。

凛「かよちん、なんでしょ?」

穂乃果「......」

凛「何があったの?凛に教えて?」

 確固たる証拠は無い、まだしらばっくれることはできた。

穂乃果「......うん」

 だが花陽は凛に隠し事を出来たことが一度もないのだった。

――


花陽「いやー、意外と早くバレちゃったね」

穂乃果「ご、ごめんなさい...」

花陽「いや、責めてるわけじゃないんだけど...、凛ちゃんはなんで分かったの?」

凛「まず...一昨日の朝かな?朝食にパンくわえて出てきた時におかしいって思ったけど」

希「そりゃバレるわ」

穂乃果「それはバレるよ」

花陽「え~」

 静かな神田明神に『花陽』の声が木霊する、練習に使わせてもらっていてなんだがいつ来ても全然参拝客が居ないが大丈夫なんだろうか。

凛「それよりもさ、気になることがあるんだけど」

花陽「なに?」

凛「なんでこのこと秘密にしてるの?」

穂乃果「...!」

花陽「え?そりゃぁ...みんながいつ気づくか試すために」

希「穂乃果ちゃんさすがやね」

花陽「あれ、違ったっけ?」

希「あ~いや...うん」

花陽「あー、話したところで信じて貰うのは難しいし、大事にするのも良くないから黙ってようってことになったんだっけ」

凛「......確かに凛も未だに完全には信じ切れない気持ちもあるから、もしそんなこと言われてもすぐに信じるのは無理だったかもしれないけど......それでも言って欲しかったよ、身近な人がこんな大変なことになってるのに知らないままのうのうと過ごしてたって思うと...怖いよ」

花陽「大変なことって言っても別に...」

凛「もしかよちんか穂乃果ちゃんが急に遠くに引っ越すことになったらどうするの?それでもずっとかよちんのフリしたまま生きていくの?」

花陽「それは...」

穂乃果「待って!穂乃果ちゃんは悪くないから、悪いのは花陽だから...そういう風に言わないで」

穂乃果「え?」

希「かよちん...」

凛「どういう意味?」



凛「つまり、かよちんが『穂乃果ちゃんみたいになりたい』って言ったから入れ替わったってこと?」

 花陽と希は入れ替わりが起こる直前の様子を詳細に説明した。

花陽「私も初耳なんだけど」

穂乃果「うん...ごめん...」

凛「本当にそれ...それだけが原因なの?」

希「確固たる証拠は無いけど、入れ替わる瞬間を目の前で見てたウチの印象では間違いないと思う」

凛「そう...」

花陽「でも、なんとなく言ったことが意図せず現実になっただけで、かよちゃん自身が入れ替わりを起こそうと思ってなにかやったわけじゃないんだよね?じゃあかよちゃんが悪いわけじゃないんじゃない?」

穂乃果「それは...」

希「かよちん...無理に話さんでも」

穂乃果「ううん、ありがとう希ちゃん、でもちゃんと話すよ」

花陽「どういうこと...?」

穂乃果「花陽が悪いって言ったのは......この入れ替わりが元に戻らない原因が花陽にあるから、なの」

花陽「え?いまいち話が見えないけど...元に戻る方法が分かってるみたいに聞こえるけど?」

穂乃果「うん、入れ替わった原因が私の願いなら、戻る方法は多分......私の願いが成就すること、それしかないと思う」

花陽「?」

 穂乃果にはいまいちピンとこないようで呆けたような顔で首をかしげるが、すかさず凛が食いついてくる。

凛「それってつまり、かよちんの願いはただ穂乃果ちゃんの姿になりたいってことだけじゃない、ってことだよね」

穂乃果「......入れ替わったあの日、鏡で自分の姿を見て思ったの――」



 この姿なら、私もセンターになれる?

 いつも、ステージの真ん中で誰よりも輝いている穂乃果ちゃんみたいに、次のライブでは私が...?



穂乃果「多分その時点で、穂乃果ちゃんの体で次のライブでセンターをやりたい、そういう願いとして聞き届けられたんだと思う」

花陽「ふぅん」

穂乃果「ふぅんって」

花陽「てことはこのまま次のライブをやれば願いが叶って元に戻れるってわけだよね」

穂乃果「た、多分」

花陽「元々そのつもりでこうやって練習してきたわけだし、じゃあやることは変わらないじゃん、この機会を逃したら次いつライブやるか決まってないし」

穂乃果「それはそうだけど」

花陽「ていうかセンターやりたいんだったら言ってくれればよかったのに、回りくどいことしなくてもかよちゃんがやりたいって言ったらきっとみんなも――」

穂乃果「そ、そうじゃなくて......怒らないの?」

花陽「え?なんで?怒るところだった?」

穂乃果「だって私、自分のしたいことの為に穂乃果ちゃんの体を奪って、あまつさえそれで喜んでたんだよ?自分勝手でみんなに迷惑かけて、穂乃果ちゃんの今までの頑張りを無駄にするようなことをしてって頼んでるんだよ?」

花陽「いいんじゃない?迷惑かけても、...言ったでしょ、私たちは助け合うために九人いるんだって」

穂乃果「でも...」

花陽「穂乃果なんかいつもわがまま言ってお母さんとか海未ちゃんに怒られてるしそれに比べたらかよちゃんなんか謙虚も謙虚、だからたまのわがままぐらい快く聞いちゃうよ、あ、だから神様がご褒美に願いを叶えてくれたのかな」

穂乃果「そ、それはどうかな...」

花陽「ま、ともかく今まで通りってことでいいんだよね」

穂乃果「本当にいいの?」

花陽「うん、かよちゃんのこと信用してるからね」

穂乃果「う、うん」



凛「ねえかよちん、ひとつ約束して欲しいことがあるの」

穂乃果「えっ、な、何?」

凛「もう本番も直前だし急にこんなこと話しても余計にややこしくなるだけだと思うから、今すぐこのことみんなに話そう、なんて言わないけど、ライブが終わった後に、みんなにちゃんと説明するってそれだけ約束して?」

穂乃果「...うん、分かった」

凛「じゃあ、凛も勝手に喋ったりしないって約束するよ」

穂乃果「......ごめんね」

凛「...」



凛「ねえかよちん、ひとつ約束して欲しいことがあるの」

穂乃果「えっ、な、何?」

凛「もう本番も直前だし急にこんなこと話しても余計にややこしくなるだけだと思うから、今すぐこのことみんなに話そう、なんて言わないけど、ライブが終わった後に、みんなにちゃんと説明するってそれだけ約束して?」

穂乃果「...うん、分かった」

凛「じゃあ、凛も勝手に喋ったりしないって約束するよ」

穂乃果「......ごめんね」

凛「...」




希「...さて、今日はもう練習してる時間はなさそうやね、暗くなる前に帰ろっか」

花陽「あ、ほんとだお腹減るわけだ」

穂乃果「ごめんなさい...話が長くて...」

花陽「ううん、必要な話だったし、それに絵里ちゃんに褒められてたし一日ぐらいサボっても大丈夫だよ~」

穂乃果「そうかなぁ...」

凛「ねぇ、帰るってかよちんは穂乃果ちゃんの家に帰るんだよね」

穂乃果「そうだよ、この姿でうちに帰るわけにいかないから」

凛「じゃあ凛の家に来ない?うちなら勝手も分かるし穂乃果ちゃんの家に一人で居るよりくつろげるでしょ」

穂乃果「え、いいの?」

凛「うちの家族もμ'sのことは知ってるから『穂乃果ちゃん』なら大丈夫だよ」

穂乃果「じゃあ穂乃果ちゃんのおうちの人に訊いてみるね」

花陽「お母さんにメールしたら良いって、しょっちゅう海未ちゃんとかことりちゃん家に泊まりに行ってるからそういうところはユルいんだ」

穂乃果「はやっ!?いつの間に携帯を...」

凛「よし!そうと決まったら早く帰ろう!」

穂乃果「えっ、ていうか今日から泊まるの?ちょ、ちょっと待って着替えとか...!」

花陽「いいな~お泊まり」

 半ば引きずられるようにして凛に連れて行かれる『穂乃果』を見送りながら羨ましそうに口を尖らせる『花陽』を見かねて、希が提案する

希「...うち一人暮らしやから来てもいいけど」

花陽「ホント!?」

希「ちゃんとかよちんのご両親に許可とったらね」

花陽「あ、もしもしお母さん?うん、あのね今日友達のうちに泊まりたいだけど、うん、いや凛ちゃんじゃなくて希ちゃん、うん、そうμ'sの、うん、うん、大丈夫、分かった~、はーい、はい、じゃあね~」

希「行動速いなぁ、ていうかもう今から来る気なんやね」

花陽「いいって!」

希「はいはい分かりました」

花陽「やった~、おっとまりおっとまり~」

希「...とりあえずウチらも帰ろうか」

花陽「うん!」

――


穂乃果「お風呂いただきました~」

凛「あ、アイスいるー?」

穂乃果「いいの?」

凛「うん、ちょっと取ってくるね」

穂乃果「うん」

 ぱたぱたと部屋から遠ざかって行く足音を見送ってから床に腰を下ろして一息つく。

穂乃果「...凛ちゃんの部屋、変わらないなぁ」

 この部屋で過ごした時間はもうどれぐらいになるだろうか、余計な物が少なくてともすれば男の子っぽいって言われるような。

 でも例えば丸いお花型の電灯カバーとかパソコンのモニターに掛かってる埃避けのレースの布みたいなところで女の子らしさが垣間見えるのがとても凛らしい部屋、もしかしたら自分の部屋の次に落ち着く場所かもしれない。


 私、焦りすぎてたのかな...?

 今日、凛ちゃんにバレたことで少し考えた。

 今の自分から変わりたいってそればっかり思ってたけど、本当に急に変わってしまったら、ある日突然私が穂乃果ちゃんみたいなったら、それをみんなは、凛ちゃんは受け入れてくれるのかな、それは本当に”私”だって言えるのかな。

 凛ちゃんの部屋がいきなりパステルカラーのかわいいチャームやらぬいぐるみやらで埋め尽くされていたら私はどう思うだろう。

 ...それはそれでアリ?でもこうやってのんびりくつろぐことは出来ないだろうなぁ。

 変わらない方がいい事もあるのかな。



穂乃果「どうするのが良かったのかな...」

 大きな姿見に映った自分に問いかけても返ってくるのは沈黙だけだ。

凛「おまたせー!」

穂乃果「わっ!」

凛「え?何?」

穂乃果「ご、ごめん、ちょっと考え事してたら急にドアが開いたからびっくりしちゃって」

凛「...考え事って、入れ替わりのこと?」

穂乃果「えっと......」

 凛ちゃんは私のことになると本当に鋭い。

穂乃果「凛ちゃんは、こんな状態で私がセンターをやって、いいと思う?」

凛「...かよちんは止めて欲しいの?」

穂乃果「それは......」

凛「それでもセンターがやりたいから穂乃果ちゃんにああやってお願いしたんでしょ?」

穂乃果「...うん」

凛「だったら止めないよ、それがかよちんのやりたいことなら」

凛「かよちんのやりたいことが凛のやりたいことだから、応援するよ」

穂乃果「凛ちゃん......ごめんね」

凛「なんで謝るの?今日のかよちん謝りすぎにゃー」

穂乃果「そうだね......えへへ、私頑張ってみるよ」

凛「うん!」

凛「ほら、それよりアイス!なんか知らないけどダッツがあったから持ってきたにゃー」

穂乃果「なんか知らないけどって、それ家族の誰かのやつなんじゃ」

凛「いいのいいの、ストロベリーとグリーンティーあるけどどっちがいい?」

穂乃果「うーーーーーん、ストロベリーで」

凛「あ、取られたー」

穂乃果「え、交換しよっか?私はどっちでもいいけど」

凛「ううんいいよ、その代わり後で一口ちょうだい?」

穂乃果「うん」

――


花陽「はぁ~」

希「よー食べたねぇ、結構量あったと思うけど」

花陽「いやぁ最近なんかお腹空きやすくなったっていうか胃の容量が増えた?気がするんだよねぇ」

希「それ入れ替わったからじゃ」

花陽「あっ...」

希「...」

花陽「......べ、別にかよちゃんが太ってるとかそういうつもりで言ったわけじゃないからね!?」

希「いやウチ何も言ってないけど」

花陽「......今のことかよちゃんには言わないでね」

希「言わないから、それよりお風呂湧いてるからはよ入って来な」

花陽「え~、もうちょっと休憩させてよぉ」

希「牛になるよ?」

花陽「...牛にだったらなってもいいかな」

希「...どこ見てんの」

花陽「えへへへ」

希「はぁ...まさかかよちんの家でもそんな風にだらだらしてたんやないやろうね」

花陽「それは大丈夫!家ではちゃんとかよちゃんっぽく振る舞っておいたから」

希「そう自信満々だと逆に信用ならんのはなんでやろうね」

花陽「そういや知ってた?かよちゃんの家っておばあちゃん達と同棲してるんだよ、家に行って初めて知ったよ」

希「同居ね、同棲って...」

花陽「それと、お兄さんもいるんだよね、あんまり話はしてないけど、穂乃果兄弟いないからちょっと憧れる~」

希「姉妹すらいないウチからすると贅沢な話やけど」

花陽「それからかよちゃんの部屋って私アイドルのポスターとかグッズがいっぱい飾ってあるのかと思ってたんだけど、意外と普通だった」

希「にこっちの部屋はそんな感じやね」

花陽「あと――」

希「なんだかんだ結構楽しんでたみたいやね」

花陽「うんっと、それもあるんだけど......私、かよちゃんのこと全然知らなかったんだなぁって、この体になって初めて知ったことばっかりで、こんな私が仲間だ!なんて言っても説得力無かったよね...」

希「そんなことないと思うけど」

花陽「だから、みんなのこともっと知りたいな、かよちゃんだけじゃなくてみんなのこと」

希「穂乃果ちゃん...」

希「でも、そういうのって長く付き合って少しずつ知っていくってこともあるやろうし、焦る必要はないんやないかな」

花陽「たしかにそうかもしれないけど...、まあせっかくだしみんなともっと話してみようかなって思っただけだから」

希「そっか」

花陽「さて、それじゃお先にお風呂頂いてこようかな、あ、それとも一緒に入る?」

希「一人暮らしの家のお風呂は二人も入れるほど広くないよ、先に入ってきて」

花陽「はぁい」

希「......穂乃果ちゃんって」

花陽「あ!上がったらいっぱいお話しようね!」

希「はいはい、早く入っといで~」

花陽「はーい!」

希「...考えてるのか考えてないのかよー分からんなぁ」

――


海未「お疲れ様です、分かってるとは思いますが明日は本番です、今日は早く帰って早く寝てくださいね、明日は10時に現地集合、11時からリハーサルで午後2時から本番ですから、遅れないように、それじゃ、解散!」

「「お疲れ様ー」」

穂乃果「ふぅ...」

海未「穂乃果に言ったんですよ」

穂乃果「えっ?」

海未「最近帰りが遅いらしいじゃないですか」

穂乃果「な、なんでそれを...」

海未「幼なじみの情報網を舐めないでください、どうせ一人で勝手にトレーニングとか練習とかしてるんでしょう?まったく何の為にメニューを考えているんだか」

穂乃果「うぅ...ごめんなさい」

海未「はぁ、ほどほどにしてくださいね、それで体調を崩したら元も子もないんですから」

穂乃果「はい...」

ことり「何日か前に穂乃果ちゃんが急に振り付けを忘れちゃったみたいに動きが悪くなった時、海未ちゃんってばすっごく心配してどこか悪いんじゃないかってわざわざ穂乃果ちゃんのお家まで訊きに行ってたんだよ」

海未「なんで知ってるんですかことり!」

ことり「幼なじみの情報網を舐めちゃダメだよ~?」

海未「ぐぬ...」

ことり「でもさすが穂乃果ちゃんだよね~、今日は完璧だったもん、ね、海未ちゃん」

海未「...まあ、穂乃果はやると言ったらやる人ですから」

穂乃果「あ...」

 信頼されてるんだなぁ、穂乃果ちゃん。

穂乃果「...ごめんね」

海未「別に怒ってないですから謝らないでください、一度走り出した穂乃果を止めるのはどうやっても無理だってことぐらい承知してます」

ことり「そうだね~」

穂乃果「...褒められてるんだよね?」

ことり「それとかよちゃんも、最近スランプ気味だったみたいだけどばっちり完成させてきてたね」

海未「花陽は頑張り屋ですから大丈夫だと思ってましたよ、私は」

穂乃果「...」

海未「それに花陽はアイドルが”やりたい”と思ってμ'sに入ったんです、こう言っちゃ何ですがそもそも私たちは廃校阻止という目的を果たす手段としてμ'sを発足しましたが、花陽はスクールアイドル自体が目的なんですからことスクールアイドルのことに関して手を抜くはずありません」

穂乃果「...!」

ことり「へぇ、ずいぶん買ってるんだね、かよちゃんのこと」

海未「まぁ、偉そうに言いましたけど殆ど私の勝手な想像ですけどね」

海未「でも、ことりも衣装のことになると細かいことにこだわっていつまでも悩んでたりするでしょう?」

ことり「言われてみると...好きなことだからどうしても手を抜けなくなっちゃうんだ」

海未「それまでも適当にやってたというわけではありませんが、ああいう真剣にアイドルの事を考えている人が側にいてくれると身が引き締まります」

ことり「あの時、『アイドルへの想いは誰にも負けません!』って言ってたもんね」

穂乃果「あ、あれは...!」

 あれはただアイドルが好きってだけで、そんな熱い意気込みじゃ...。

海未「はい?」

 いや、違わない、アイドルが好きで、小さい頃からずっとアイドルになるのが夢で、何年も抱えてきた想いがやっと今叶っているのに、私は......。

ことり「穂乃果ちゃん...?」

穂乃果「私は...!」

凛「ほーのかちゃん!」

穂乃果「ひゃぁ!?...凛ちゃん?急に後ろから抱きついてこないでっていつも言ってるでしょ」

凛「えへへごめんごめん、それより早く帰ろう、それともどっか寄ってく?」

海未「凛!今日は早く帰ってくださいって言ったのを聞いてなかったんですか」

凛「そんなに遅くまで遊び歩いたりしないから大丈夫だよ~、穂乃果ちゃん早く行こっ」

穂乃果「ちょ、ちょっと引っ張らないでぇ」

凛「それと、海未ちゃん今よりも身が引き締まったらマズいと思うにゃー」

海未「は?...どういう意味ですか」

凛「じゃあね~」

海未「あ、ちょっと!」

ことり「......ことりはスレンダーな海未ちゃんも好きだよ?」

海未「なんの話ですか」




凛「さーて、どこ寄っていく?ファミレス?クレープ屋さん?あ、最近新しくラーメン屋さんができたんだよね~そこでもいいよ」

穂乃果「本気で寄り道する気だったんだ」

凛「今日は神社での練習もないんでしょ?じゃあちょっとぐらいいいじゃん」

穂乃果「うん...でも、私ちょっと行きたいところが」

凛「え、どこ?凛も行くよ」

穂乃果「えっ、いいよ、別に面白い場所じゃないし一人で大丈夫だよ」

凛「どうせ帰るのは凛の家なんだから一緒に行くよ、どこ?アイドルグッズのショップとか?」

穂乃果「いやでも...」

凛「かよちん、いまさら隠し事は無しだよ」

穂乃果「わ、分かった......」

――


凛「って、なんで神田明神なの!!?」

穂乃果「だから来ても面白くないって言ったじゃん」

凛「でも今日は練習する約束してないんでしょ?」

穂乃果「うん」

凛「じゃあなんでこんな所に」

穂乃果「...なんとなく、来なきゃいけないような気がして」

凛「なにそれ」

 呆れたように溜め息をつきながらも凛は『穂乃果』の後を追って階段を上る。

 神田明神の石段、ここ数日毎日訪れていた場所だが今日はこれまでと違って特に目的があって来ているわけではない、早く帰るようにという海未の指示を受けて今日は個人練習も無しにしたのだ。

 のだが。

凛「あ」

穂乃果「あ」

希「あれっ、かよちんに凛ちゃん」

花陽「なんでこんな所に?」

凛「かよちんがなんか来たいって言って、穂乃果ちゃん達は?」

花陽「明日のライブの成功祈願のお参りだよ」

穂乃果「お参り...」

希「普段から使わせて貰ってるからお礼も兼ねてな、二人も良かったら一緒にして行こ?」

穂乃果「うん、そうだね」

凛「あ、凛五円玉持ってないや...かよちん持ってる?」

希「あぁ、お賽銭はええよ、ウチがいつも掃除してるからその分でチャラにしてもらおう」

花陽「えっ、そういうのアリなの」

希「大丈夫大丈夫、ウチはいつもそれでやってるから」

凛「神様相手にすごい神経の図太さだにゃ」

希「いやぁそれほどでも」

穂乃果「多分褒められてないよ!」

希「いい?二礼二拍手一礼やで、拍手の後がお願いするタイミングね」

凛「はーい」

花陽「あ、鈴鳴らすの穂乃果がやっていい?」

希「別にいいけど」

花陽「やった!」

凛「ぷっ、穂乃果ちゃん子供だにゃー」

穂乃果「凛ちゃんもうちょっと歯に衣着せよう?」

花陽「じゃあいくよ――」



 がらん、がらん。

 大きな鈴の鳴らす音はともすればやかましいと思うほど猥雑さを含みながら、それでもなおこの空間を静謐さで満たしていく力があるように感じる。

 ぱん、ぱん。

 静まりかえった境内に四人分の柏手が響く。


 ――明日のライブが成功...大成功しますように!


 ――二人がちゃんと元に戻れますように。


 ――明日、失敗しませんように...。


 ――明日もみんなが楽しく過ごせますように。



,。・:*:・゚'☆,。・:*:

今日はここまでです
そろそろ大詰めという所ですね、一気に終わらせたいです


台風が来ていますが夏色キセキ10話ごっこはしないように!






「...のか......穂乃果!」

穂乃果「...は、はい!、わ、私!?」

海未「他に誰がいるんですか...、大丈夫ですか?さっきから黙り込んで」

穂乃果「あ、えっと...」

 薄暗い空間にμ'sのステージ衣装の9人、他にも数人の人影が見える。

凛「見て見て、お客さんいっぱい!」

花陽「リハの時はあんなに広い客席埋まるのかなって思ったけど、これは...」

ことり「プレッシャー感じちゃうね...」

 客席を映したモニタを見ている面々は身を硬くする。

真姫「あの真ん中の娘、歌上手いわね」

にこ「音楽科の生徒らしいわ」

真姫「なるほどね」

にこ「もしかしたら真姫ちゃんより上手いかもぉ」

真姫「...少なくともにこちゃんよりは上手いわね」

にこ「な、なにをぉ!」

希「にこっち、舞台袖では静かに」

絵里「本番前なんだからあんまりはしゃいじゃダメよにこ」

にこ「...」

 こちらはまだ余裕がありそうだが、少々浮き足立った雰囲気が感じられる。



 実は今回のライブはμ's自身で開いたものではない、外部の企画から参加者として声が掛かったのである。

 関東圏内で最近結成された期待の新星スクールアイドル達が一堂に会する、というコンセプトのイベントで、それ故A-RISEのように既に有名なグループは参加していないがそれなりに実力の認められた面子が揃っているらしく、スクールアイドルファンの中では結構な注目度のイベントとなっているようだ。

 μ'sにとっては初めての学校外でのライブ、そして初めての、他のスクールアイドルグループとの合同ライブになる。


 今ステージにいるのはμ'sのひとつ前の組、たしか神奈川県のスクールアイドルだっただろうか、高い歌唱力が持ち味らしいが、とにかくこれが終われば次は自分たちの番だ。

穂乃果「...もう、本番なんだね」

海未「そうですね、でも大丈夫ですよ、練習は十分積んできましたしリハーサルでも特に失敗はありませんでしたし」

 リハーサル...マズいなぁ、よく覚えてないや、というか今日集合した辺りからあんまり記憶ないよ、こんなんでセンターなんか務まるのかな...うぅ、やっぱり私には...。

海未「穂乃果...?緊張してるんですか?そういえば今日はずっと口数が少ないですが」

穂乃果「え?そ、そんなことないよ、大丈夫!」

 そりゃもちろん緊張してるよ!初めてのセンターだし今までやったライブよりも断然規模は大きいし、しかも穂乃果ちゃんの代わりにって思うとプレッシャーはこれまでの比じゃないよ!

 ...なんて言うわけにもいかないよねぇ。

海未「別に今更隠さなくても、顔色悪いですよ?」

穂乃果「こ、こんな暗いのに顔色なんか分からないでしょ」

海未「私には分かります」

穂乃果「うっ...」

 うわぁ...幼なじみってみんなこんななのかな...?

海未「穂乃果は昔から本番に弱いというか、大事な時に限って調子を崩したり自信喪失したりすることがよくありますからね」

 そうなんだ...意外っていうか、知らなかった、穂乃果ちゃんでもそういうことあるんだ、今までも私が気づいてなかっただけでそうだったのかな。

 まあ私の場合は喪失する自信が元々ないんだけど、なんて...。

海未「でも、穂乃果!」

穂乃果「は、はい!?」

海未「安心してください、あなたが落ち込んで立ち止まってしまったら、背中を押してあげます、あなたが暴走して転んでしまったら、立ち上がるために手を貸してあげます、そのために私...私たちがいるんですから」

穂乃果「...!」

 ――助け合うために私たちって9人いるんじゃないかな

海未「だから、自信がなくても、仲間のことは信じていてください、...それが出来るメンバーが揃っていると私は思いますよ」

 みんなに迷惑をかけたくない、足を引っ張りたくないと思うあまり、追いつきたいと思っていたみんなのことを壁を作って遠ざけていたのは私自身だった...?

穂乃果「...私もそう思う」

海未「それなら、ほら、顔を上げてください、うつむいてるアイドルがどこにいるんですか!」

穂乃果「...」

 まさか海未ちゃんからアイドルのことで教えられるなんて、私もまだまだだなぁ。

穂乃果「うん!」

スタッフ「前の組が捌けてアナウンスが流れたら、次入ってくださーい」

穂乃果「あっ」

海未「いよいよですね...、アレ、やらないんですか?」

穂乃果「アレ...?ああ、アレか」

穂乃果「みんな!」

 呼ぶと、全員察したのか自然と円になって『穂乃果』の一言を待つように視線が集まる。

 なにか言った方がいいのかな...、穂乃果ちゃんらしいこと?

 でも、入れ替わってみて思ったけど私穂乃果ちゃんのこと全然知らないんだ、だから穂乃果ちゃんらしい台詞なんてとっさに思いつかないよ。

 それじゃあ...。



穂乃果「みんな......思いっきり、楽しもう!」

 それがきっと、私の本音だから。

「「うん!」」

「いくよ...1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

「μ's、ミュージック――」

「「スタート!!」」



 ワアアアァァァァァァァァァァ――

 ステージに上るとつんざくような歓声に出迎えられる、改めて今まで学校内で行っていたライブとは規模が違うのだと思い知る、思わず尻込みしそうになるが。

 ...大丈夫、みんながいるから。

 ごくり、喉に空気の塊が詰まったような感覚を唾と一緒に飲み下して、一歩前に進み出る。

穂乃果「皆さんこんにちは!私たちは東京都千代田区にある音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sです!」

穂乃果「音ノ木坂学院は今、生徒数の減少から廃校の危機に瀕しています、私たちは少しでも音ノ木坂の知名度を上げて、廃校を阻止するためにスクールアイドルを始めました」

穂乃果「だから、音楽や芸能の専門の学校というわけではないし、そういう進路を目指している娘ばかりが集まったってわけでもありません、ダンスも歌も、本当に初歩的な所すら完璧じゃない、アイドルの初心者なんです、でも...」

穂乃果「アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!」

穂乃果「...みんなで作った新曲です、聴いてください」

穂乃果「『No brand girls』!」

 ――小泉花陽はアイドルが好きだ。

 花陽にとってのアイドルは、夢であり、憧れであった。

 そんな花陽がスクールアイドルグループに入れてもらった、もちろん嬉しくてしょうがなかった。

 けれど、運動神経や歌唱力に自信があるわけでも、特殊なスキルがあるわけでもなかった(少なくとも本人はそう思っている)花陽は日々劣等感と焦りを募らせていった。

 気づけばあれだけ憧れていたアイドルのことなのに、練習は辛さが先行していた。

 必死でやってもみんなには追いつけないで、むしろ足を引っ張って、自分でも辛いんだったらもう辞めた方が......、そう思ったこともあった。

 なにを馬鹿なことを!

 だってこんなに楽しいのに!

 運動神経がよくないとか、大きな声を出すのが苦手とか、そんなの最初から承知の上で、それでも気持ちだけは絶対に負けないって、そう言って入ったくせに。

 勝手に自分とみんなを比べて、勝手にコンプレックス抱えて、がむしゃらに走り続けたら自分自身を置いてけぼりにしていたみたい。

 ちらりと隣で踊っている『私』を振り返ると、キラキラ光って見えるぐらいの満面の笑みでアイコンタクトを送り返してくる。

 一週間前の私はきっとこんな顔出来なかっただろうけど、今ならこれに負けないぐらいの顔で笑えると思う。

 やっぱり私は、アイドルが好きなんだ。

 不安とか劣等感とか、そういう余計な殻に覆われて見えなくなってしまっていた本当の気持ち。



 やっと私は、私のことを見つけた――

穂乃果「はぁ...はぁ...」

 音楽が鳴り終わると、自分の息切れする声と心臓のばくばく言う音が聞こえてくる、続いて割れんばかりの歓声に包まれる。

 多分今までの中で一番のパフォーマンスだった、みんなの表情と体に満ちた充実感がそう告げていた。

絵里「穂乃果!すごかったわよ!」

穂乃果「うわぁ!?絵里ちゃん!?」

 絵里が横から凄い勢いで抱きついてくる、それだけではない。

海未「穂乃果、やりましたね」

ことり「すごいよ穂乃果ちゃん!」

「ほのかちゃーん!かっこいいよー!」

 客席からも聞こえる、そんなに私すごかったのかな?

 みんなからこんなに褒められるなんていままでなかったからちょっと照れくさいけど、嬉しいな...。

 嬉しい、はずなんだけど。

穂乃果「みんな...わ、私...」

 お客さんからも、海未ちゃん達からも、私は穂乃果ちゃんに見えてるわけで、そんなの最初から分かっていたはずなのに、むしろ私自身が望んだことなのに、どうして...。

穂乃果「うっ...くっ...」

 涙が出そうなの...?

絵里「穂乃果...?どうしたの?」

ことり「穂乃果ちゃん?大丈夫?」

 私が好きなことなのに、どうして私が私として舞台に上がっていないんだろう。

 私の夢なのに、他人の姿になってどうして叶えられるというんだろう。

 悔しい。

 自分の夢を信じきれなかった自分が、悔しいよ――

海未「穂乃果?」

穂乃果「や......」

 やめて...、これ以上名前を呼ばれたら、私...!

凛「かよちん!!」

穂乃果「えっ...?」

凛「凛は、かよちんのままのかよちんが一番好き!だから...だから戻ってきて――――っ!!」

「...っ!」



,。・:*:・゚'☆,。・:*:

 急に、今まで体を圧迫してきていた感触、絵里が抱きついてきていた感覚がなくなる、そもそもそんな事実はなかったかのように微かな余韻すらも残っていない。

「...これって」

凛「かよちん!」

「ひゃぁ!?凛ちゃん...って、私...」

 自分の声がさっきまでとは違っているのに気づいた、正確には戻っているのに。

凛「かよちん!かよちんなんでしょ!?」

花陽「うん、戻った...みたい」

凛「よかった、ほんとよかった...」

花陽「凛ちゃん...」

 抱きしめられているせいで凛の顔は直接見えないが、耳元で聞こえる声は涙声。

凛「ごめん、応援するって言ったのに、邪魔しちゃった」

花陽「そんなの...、謝るのは私の方だよ、心配かけちゃったよね、ごめんね」

凛「ほんとだよ...!ほんとに、かよちんのバカ...!」

花陽「うん、ほんとに」

凛「...おかえり、かよちん」

花陽「ただいま、凛ちゃん」

凛「えへへ」

花陽「ふふっ」

希「...お二人さん、良い雰囲気なところ悪いんやけど、まだここステージの上やで」

花陽「え?」

凛「あっ」

 ステージ上で同性に大胆告白したスクールアイドルとして、μ'sの名は一部で有名になったとか。

―――


海未「...何言ってるんですか?」

穂乃果「だから、一週間ぐらい前から私とかよちゃんの中身が入れ替わってたんだって!」

海未「そういえば昨日と一昨日凛の家に泊まっていたらしいですね、なるほどそういう遊びだったんですね」

穂乃果「遊びじゃなくて!本当なの!」

海未「...じゃあ、あなたは花陽なんですか?」

穂乃果「ううん、さっきのライブの後っていうか途中?で元に戻ったって言ったじゃん」

海未「はぁ...」

 返事とも溜め息ともつかない声を出す海未、他のμ'sの面々も困惑顔である。

真姫「花陽、本当なの?」

花陽「うん本当...あの、凛ちゃんそろそろ離れて?」

凛「やだ」

海未「花陽が言うなら本当なんでしょうか...」

穂乃果「この信用度の差」

にこ「そんな非現実的なことあるわけないでしょ」

ことり「でもここ最近穂乃果ちゃんの様子変だな~とは思ってたよね」

穂乃果「え、気づいてたの?」

海未「まあ...でも穂乃果の様子がおかしいのなんていつものことですからねぇ」

穂乃果「海未ちゃんは私のことをなんだと思っているの」

真姫「凛は知ってたのよね、ライブでの奇行から察するに」

凛「うん、凛が気づいたのは一昨日ぐらいだけど希ちゃんはその前から知ってたんだよね」

真姫「そうなの?」

希「まあ、入れ替わる瞬間に居合わせたからな」

真姫「ふぅん」

穂乃果「...なんか真姫ちゃんは好感触だね」

希「サンタさん信じてるぐらいやし」

凛「意外とメルヘンチックな頭してるにゃ」

花陽「凛ちゃんそれ本人に言っちゃダメだからね?」

海未「...何こそこそ話してるんですか、別に私だって信じてないわけじゃないですよ」

穂乃果「そうなの?」

海未「ええ、じゃないと凛の奇行に説明がつきませんし」

凛「あんまり奇行奇行言わないでよ...」

海未「でも元に戻ったってことはもう解決したってことですよね、だったら今更色々言うこともないんじゃないですか」

花陽「...」

希「...」

穂乃果「...面倒くさいから適当に流そうと思ってない?」

海未「......そんなことはありませんよ」

穂乃果「何今の間」

ことり「でも、入れ替わりっていうか、他の人に乗り移れたら面白そうだよね」

花陽「え、そうかな...」

穂乃果「誰か入れ替わりたい人がいるの?」

ことり「それは...海未ちゃんとか」

海未「私ですか!?」

にこ「普通芸能人とかじゃないのそういうのって」

ことり「それもいいけど、海未ちゃんの体を思い通りにできたら絶対着てくれないようなきわどい服とかコスプレをして写真撮れるし」

海未「ひぃ...!」

にこ「それわざわざ入れ替わってまでやることなの」

ことり「確かに...,、海未ちゃん今日うちに来ない?」

海未「行きませんよ!というか今後ことりの家には一人で行かないようにします」

ことり「えぇ~」

希「にこっちはやっぱりアイドルの人になってみたい?」

にこ「ん~、思わなくはないけど...やっぱにこ自身がアイドルにならなきゃ夢が叶ったとはいえないでしょ」

希「へぇ」

花陽「...」

にこ「真姫ちゃんは他の人になりたいなんて思ったことなさそうね」

真姫「...そんなことないケド」

にこ「そうなの?意外~、誰にとっても隣の芝は青いってことかしら」

真姫「...ふん」

ことり「ところで絵里ちゃんは?」

希「えりちなら怖い話だと思ったみていで隅っこの方で耳塞いでしゃがんでるよ」

絵里「.........」

ことり「ホラーだけじゃなくてオカルトも苦手なんだ...」

――


 ここ数日毎日訪れていた神田神社の境内、だが一人で来るのは久しぶりだった。

花陽「ふぅ...」

希「...あれ、かよちん」

花陽「あ、希ちゃん、今日はバイト?」

 石段を上りきると早速巫女服姿の希と鉢合わせた。

希「うん、ここ何日かは休ませて貰ってたからその分働かんとな、かよちんは?」

花陽「うーんと、ちょっとお礼をしに」

希「お礼?」

花陽「...色々大変だったけど、もともとは私の願いを叶えてもらったわけだし」

希「そっか...ウチも付き合うよ」

花陽「お仕事はいいの?」

希「大丈夫大丈夫」

 ぱん、ぱん。

 お礼参りの作法は分からないけどとりあえず柏手を鳴らして...お賽銭も持参である、五円だけど。

花陽「...」

希「...」

花陽「......それにしても、みんなに信じてもらえたかどうかは結局あやふやになっちゃったね」

希「まあ無理に信じてもらう必要もないんやない、海未ちゃんの言うとおりもう済んだことやし、凛ちゃんも気にしてなかったみたいやしね」

花陽「......希ちゃんは、入れ替わりを引き起こしたのはやっぱりここの神様だと思う?それとも別の何か?」

希「どうやろ、確かここの神様は、縁結び、商売繁盛、勝負事の御利益だったと思うけど...その中だと縁結び、と考えられなくもない、かな?まあ少なくとも人智を越えた力が働いたのは間違いないと思うけど」

花陽「そっかぁ、もしも的外れなお礼参りだったらちょっと恥ずかしいね」

 薄く頬を染めてはにかむ花陽を見て、希は小さくため息をつく。

希「...いい顔するようになったやん、5日前にここで会った時は夢も希望も無いって顔してたけど」

花陽「え、そんなに...?まあ、ちょっと吹っ切れたっていうか、目が覚めたっていうのはあるかもしれないけど」

希「それは楽しみやね」

花陽「楽しみ...?あ、希ちゃん付き合ってくれてありがとうね」

希「これぐらい別にええよ」

花陽「今日だけじゃなくて、振り付けの入れ替え練習のときもずっと居てくれたでしょ、とっても助かってたんだ、私たちだけだったらすごく心細かっただろうから」

希「そんな、ウチ結局何もできなくて、なんて謝ろうかって思ってたぐらいなのに」

花陽「希ちゃんがそう思ってなくても人の助けになってることがある、ってことだね」

希「...そっか」

花陽「じゃあ私はもう帰るね、邪魔しちゃってごめんね、バイト頑張ってね~」

希「うん、じゃあね」

希「...」

希「こりゃ今度はウチが追いかける側かな、ふふっ」

――


 その夜、小泉家。

花陽「自分の家のお風呂に入るのもひさしぶりだなぁ...あっ」

 目の端に捉えたのは脱衣所に置いてある体重計、女の子にとってはどれほど憎くても手放すことはできない存在である。

花陽「最近いっぱい運動したし、ちょっと減ってたりしないかな~」

 淡い期待を抱きつつ服を全部脱いで体重計に乗っかる、最近いっぱい運動したのは穂乃果の体でであるということには気づいていない。

花陽「.........!!?」

――


花陽「穂乃果ちゃん!!どういうこと!?」

穂乃果「えっ、なに?どうしたのそんなに慌てて」

花陽「慌てもするよ!だって、た、体重が...!」

希「えっ!?」

凛「かよちんの体重が!?」

穂乃果「フエチャッタノォ!?」

花陽「ライブ前だからって頑張ってダイエットしててそれなりに結果も出てたのに...」

穂乃果「ちなみにどれくらい増えたの?」

花陽「...[ピーーー]グラムぐらい」

凛「うわ、生まれて一ヶ月ぐらいの仔猫の体重ぐらいあるよそれ」

花陽「物に換算するのやめて!」

希「せっかく減ってたのに穂乃果ちゃんに体を渡していた間にそれだけ増えたってこと...?いったいどんな食生活してたん」

穂乃果「い、いやぁ、かよちゃん家のご飯おいしくってつい...」

花陽「それにしたって限度があるよぉ!おかげで元通りどころかプラスだよ」

穂乃果「ご、ごめん」

希「それにしてもかよちん、ダイエットなんかしてたん」

花陽「うん、だってライブの衣装お腹出ちゃうデザインだったから痩せなきゃーって思って」

希「で、食べる量減らしてたん?」

花陽「うん、辛かったけどライブの為だから頑張ったよ」

希「もしかして、スランプの原因それやない?」

花陽「え?」

希「急に食べる量減らしたからエネルギーが足りなくなって体が動かなくなったんと違う?」

花陽「それは...」

 あれ?運動神経とか体力が無いからちゃんとできないんだって思ってたけど、もしかして原因それ?

 今回の事件の原因の、さらにその原因はただの私の空回り...?

花陽「う、うわぁ...」

希「はぁ...これに懲りて今後は無理なダイエットはせんことやね」

花陽「は、はい...」

凛「かよちんはダイエットなんかしなくても全然かわいいのにー」

穂乃果「そうだよ~」

花陽「でも体重増えたままってわけにもいかないから、ちょっと運動量増やすね」

希「じゃあ穂乃果ちゃんはかよちんの体重が戻るまでは運動に付き合ってあげること」

穂乃果「えぇー!?」

凛「自業自得にゃ」

花陽「それじゃあ早速...」


 ぐぅぅぅぅぅぅぅ......。


希「...」

穂乃果「...」

凛「...」

花陽「......ご飯食べに行きませんか?」

希・穂「えぇぇぇ......」

凛「やっぱりかよちんはかよちんだったにゃ」



                                    第一話『ハナヨまっしぐら』 おわり

ここまでご清覧ありがとうございます
最後はかなり駆け足になってしまい申し訳ありません


さて、敢えて『第一話』と表記しているあたりから既にお察しでしょうが、続く予定です
ですがまだ殆ど描き溜めがないため少し期間が空くと思います、ご了承下さい
スレはこのままここを使う予定です、が、あまりにも更新できない期間が長くなるようなら一旦落とすかもしれません


それではまた、できるだけ近い日に会えますように

真姫「最近すっかり涼しくなってきたけど花陽は体調崩したりしてない?」

花陽「うん、大丈夫だよ」

真姫「そ、でも季節の変わり目は油断しちゃダメよ、外から帰ってきたらうがいや手洗いをすること、風邪のウイルスは冬だけじゃなく一年中――」

花陽「は、はい先生!気をつけます」

真姫「あと、睡眠不足も禁物ね、体調管理の基本は眠ることで、休息を得られる――」

花陽「せ、先生!あそこに休んだ方がよさそうな人が」

真姫「え、どこ?」


 次回 第二話 『ウミの団体戦』


真姫「部活に勉強に家の芸、生徒会もやるらしいわね」

花陽「その上なにか頼まれ事もしてるみたい...」

真姫「ちゃんと寝る時間あるのかしらね」

花陽「ていうかもう夏終わっちゃったよね、このスレタイ...」

真姫「細かいこと気にしちゃダメよ」

 間章1 『雨にオネガイ』



にこ「雨やまないわねぇ」

希「そうやねぇ」

 部室の窓から見える空はどんより雲に覆われ、そこから降り落ちる雫が地面や窓を叩く音が空間を満たしていた。

にこ「ここ三日はダンス練習出来てないわよね、どうにかならないの~」

希「秋雨前線が停滞してるらしいからなぁ」

にこ「全く、迷惑きわまりないわ」

希「て言っても自然のことやしどうしようもないやん」

にこ「そうだけどさぁ...」

にこ「ていうかあんたは帰らないの?」

 雨で練習が中止になった連絡を受けてほとんどの面子はさっさと帰宅したようだ、案外サバサバした連中である。

希「えりちが生徒会の仕事やってるから、それ待ち」

にこ「ふぅん...って、あんたも生徒会役員でしょ、なんでここに居んのよ」

希「そんなんサボりに決まってるやん」

にこ「おい」

希「冗談冗談、残ってる仕事は生徒会長じゃないとできないやつやからウチがいてもやることないんよ」

にこ「だからって絵里一人を置いてくることないでしょ、あんたら友達でしょ」

希「でもウチが生徒会室行ったらにこっちが一人になってしまうやん?」

にこ「は?」

希「ん?」

にこ「...」

希「...」

にこ「雨いつやむのかしらね」

希「さあ、ウチに訊かれても」

にこ「...そういえば、いつぞや穂乃果が『雨やめー!』って言ったらやんだことあったよね」

希「あぁ、あれはびっくりしたなぁ」

にこ「あれ私もできないかな」

希「無理やろ、ていうか偶然やんあんなん」

にこ「なによ、夢がないわね」

希「じゃあやってみれば?ここで」

にこ「え?」

希「さあ!大きな声で!発声練習だと思って!」

にこ「いや、じょうだ...」

希「どうせなら窓開けようか、ほら、張り切ってどうぞ!」

にこ「パソコンが濡れるからマジでやめて」

希「あ、うん」

にこ「...」

希「...」

希「......あ、神の一声は無理やけど、雨をやませるとっておきのおまじないがあるよ」

にこ「おまじない?胡散臭いわねぇ」

希「いやいや、日本中探してもこれほど信仰されてるおまじないは無いってぐらい信頼度の高い超一級のおまじないよ?」

にこ「それって――」


――


穂乃果「晴・れ・たぁーーー!」

海未「うるさいですよ穂乃果」

穂乃果「だって最近ずっと外で練習できてなかったからもううずうずしちゃってさぁ」

ことり「ことりも~、部屋で運動しようと思ったらお母さんにうるさいって怒られちゃって」

海未「室内で何やってるんですか...」

穂乃果「早く放課後にならないかなぁ」

――


穂乃果「お、一番乗りー!」

海未「よく一日中テンションが持続しますよね」

ことり「...ん?あれ、なんだろう?」

穂乃果「え?あっ、窓際になにか吊してあるね」

海未「これは...てるてる坊主ですね」

穂乃果「いち、に、さん...9個もあるよ」

ことり「しかも顔が描いてあるよ、かわいい~」

海未「というかこれ、私たちの似顔絵ですよね」

穂乃果「本当だ」

ことり「誰が作ったんだろうね~」

――


にこ「...希のスピリチュアルパワーもたまには役に立つのね」

希「二人で作ったんやからウチとにこっちのパワーやん?」

絵里「何の話?」

にこ「ん、ちょっとね」

希「ちなみに、てるてる坊主って天気を晴れに出来ないと首切られるらしいよ」

にこ「ちょっ、先に言いなさいよ!なんで顔なんか描いちゃったのよ!」

希「まあ晴れたんだから、結果オーライやん」

絵里「ねえ何の話ー?」



                            間章1 『雨にオネガイ』 おわり

本編がなかなか進まないのでおまけでお茶を濁しに来ました
申し訳ありませんが本編の方はもうしばしのお待ちを...


再放送が終わるまでには完結できますように...

第二話『ウミの団体戦』



海未「穂乃果!この書類書くところ間違ってますよ!」

穂乃果「えっ、うそ」

海未「嘘言ってどうするんですか、生徒会長なんだからちゃんとしてください」

穂乃果「うぅ...」

 音ノ木坂学院生徒会室では、副会長にたしなめられる生徒会長という光景が日常になりつつあった。

ことり「まあまあ、穂乃果ちゃんも慣れてないんだから、その辺で」

絵里「そうよー、ほら書き方教えてあげるから」

穂乃果「ぅ絵里ちゃーん」

海未「あんまり甘やかすと穂乃果の為になりませんよ」

希「そう言わんと、海未ちゃんもちょっと休憩したら?ずっと仕事してるやん」

海未「いえ、結構仕事溜まってますから」

希「そう...」

絵里「海未は真面目ねぇ」

希「えりちがそれを言うか」

ことり「ていうか海未ちゃん時間大丈夫?お家の方は...」

海未「あっ、もうこんな時間ですか!?すみません、私...」

ことり「うん、後は私たちでやっとくから大丈夫だよ」

海未「すみません、この分はちゃんとお礼しますから」

ことり「そんなの気にしなくていいよ~、頑張ってね」

海未「ありがとうございます、じゃあ、失礼します」

穂乃果「じゃあね~」

絵里「......海未の家って、そんなに門限厳しいの?」

ことり「というより、お稽古があるから」

希「そういや海未ちゃんのお家って日舞の家元だっけ」

穂乃果「ほぼ毎日お稽古やってるみたいだよ」

絵里「え、じゃあいつもμ'sの練習やった後も稽古してるの?大変ねぇ」

希「でも成績もそれなりなんよね?勉強いつやってるんやろ」

穂乃果「あ、それ穂乃果も謎なんだよねぇ、テスト前には勉強教えてくれるし」

絵里「さらに苦労増やしてるじゃない...」

希「海未ちゃん頑張りすぎじゃない」

ことり「一応弓道部にも所属してるし、μ'sを始める前から結構多忙だったんだけど最近は特にね」

絵里「生徒会頼んだのマズかったかしら...」

希「ちゃんと休む暇あるんやろうか、全然顔色変わらないから分からないけど、実は辛いんじゃ」

ことり「海未ちゃんって何にでも手を抜けないタイプだから...、出来る限りは私たちでカバーするけど、お家のことにはさすがに手出しできないし」

穂乃果「ま、本当にキツそうだったら無理矢理にでも休ませるから大丈夫大丈夫」

絵里「その前に穂乃果は海未の仕事増やさないようにしなさいよ」

穂乃果「うっ...」

ことり「あはは...」

希「...」

――


 後日


海未「助っ人、ですか」

「お願いっ!この学校で部員以外に剣道できる人って多分園田さんしかいないから」

 園田海未という人はつくづく暇というものに嫌われているらしい、それとも頼まれ事に好かれているのだろうか、とにかく海未は他人から見るとよほど頼りがいのある人物に見えるようだ。

海未「ですが...」

 海未自身も今の自分の生活が超過密スケジュールであることぐらいは自覚している、これ以上詰め込もうものなら忙殺という言葉を文字通り体現してしまいかねない。

 『体調管理も仕事の内』なんてことを素で言う彼女だからこそ自分のキャパシティの限界は理解していたし、なによりこれ以上は物理的に無理だということは承知済みだった。

海未「剣道部は確か部員五名のはずですよね、私が居なくても団体戦には足りる人数のはずですが」

剣道部部長「確かにこの間まではそうだったんだけど...でも最近一人辞めちゃってさ、今は三年が二人に二年が一人、一年が一人の計四人で足りなくなっちゃったんだ」

海未「それは...で、でも正式な部員ではない私が大会に出場するというのはどうも...」

部長「そこをなんとか!一年生の子は小学校からの経験者で結構強いんだ、他の面子もなかなか良い線行ってるし、そこに園田さんが入れば良いところまでいけると思うんだ」

海未「...別に無理に団体戦に出なくてもいいんじゃないですか、個人戦もあるでしょう?」

部長「確かにそうだけどさ、...私、高校になってから団体戦に出たことないんだ」

海未「えっ?」

部長「先輩達が少なくてね、五人揃ったのも数年ぶりだったんだよね、まあ剣道部に女子部員が少ないのなんてどこも同じだろうけど」

 音ノ木坂学院はそもそもお世辞にも大きいとは言えない学校である、その上に昨今の著しい生徒数の減少で多くの部活動が人数不足に陥っていた、剣道部もその一つということだろう。

 女子校という雰囲気が体育会系部活を盛り上げづらくしているというのも一因かもしれない。

 伝統だけはとにかく重ねている学校故に弓道場や剣道場などの設備は揃っているのがまさに宝の持ち腐れ感を漂わせて余計に虚しいばかりである。

部長「あなた達のおかげで廃校はなくなったけどすぐに入学者が増えるかどうかは分からないから、今の一年二年の子も今後団体戦に出られるかどうかは怪しいし、その上試合に勝てるようなメンバーが揃うかと考えるとかなり望み薄だよね、せっかくなら一勝ぐらいさせてあげたいじゃん」

海未「...」

部長「それに、剣道といったらやっぱり団体戦でしょ?」

 海未は部長の言葉を吟味するように、たっぷり三秒目を閉じ、そして口を開いた。

海未「......私は、アイドル研究部と弓道部を掛け持ちしている上に生徒会役員でもあるので暇が無いんです」

部長「あ、ははは...、これって全部私のエゴだもんね、やっぱりダメ――」

海未「なのでそれらを少しの間休ませてもらえるように頼んでみます、それでOKがもらえたら」

部長「え?じゃあ...」

海未「その時は、微力ながら力添えさせていただきます」

部長「本当に!?」

海未「ええ、武士に二言はありませんから」

部長「やった!ありがとう~、恩に着るよ」

海未「あ...一応ボケだったんですけど...」

部長「は?」

海未「いえなんでもないです...」

――


海未「と、いうわけなので剣道大会までの間練習に出る回数を減らさせてもらいたいのですが」

ことり「えっ」

にこ「あんたそれ...つまりμ'sの練習もやりながら剣道部にも行くってわけ?」

海未「ええ...やっぱりダメですか?」

絵里「いやそういう意味じゃなくて、今は特にイベントも控えてないし数日ぐらいなら練習を休んでもいいんじゃないって言ってるのよ」

海未「そういうわけにはいきません、一日休むと取り戻すのに三日かかるといいますし極力は来るつもりです、練習の進度も揃わなくなってしまいますし」

希「ホント真面目やねぇ」

海未「普通です」

穂乃果「...大丈夫なの?」

海未「はい」

穂乃果「そっか」

ことり「...穂乃果ちゃん」

穂乃果「うん...でも海未ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫だよきっと」

海未「ありがとうございます、まあ大会は来週なのでそんなにすぐ勘を鈍らせたりはしません、心配しないでください」

ことり「...」

穂乃果「...」

――


ことり「はぁ...」

穂乃果「はぁ...」

 二人分の溜め息が境内の空気にとけ込んでいく。

 静まりかえった夕暮れ時の神田明神、その本殿前に座り込む穂乃果とことりの姿があった。

穂乃果「...なんで海未ちゃんって私たちに何も相談せずに色々決めちゃうかなー」

ことり「大体のことはひとりでできちゃうから、かなぁ」

穂乃果「それにしたってちょっとくらい話してくれてもいいのに...いくら穂乃果が頼りないからってさぁ...」

ことり「そんなことないと思うけど」

穂乃果「でもさ、海未ちゃんだって絶対大変だって思ってるはずなのにすこしの助けも求めてこないし」

ことり「それは...そうだねぇ」

穂乃果「もー、結局私たちが心配でやきもきする羽目になるんだから」

ことり「そうだね、心配だよね...」

穂乃果「はぁ...」

ことり「はぁ...」

希「......なんか辛気くさい溜め息が聞こえると思ったら、なにしてんの二人してこんな所で」

ことり「希ちゃん!」

穂乃果「あ...今日バイトだって言ってたっけ」

 二人の前に現れたのは巫女装束に竹箒を携えた希だった、どうやら掃除中らしいが、思えば掃除以外の仕事をしている姿を見たことがない気がするが他の仕事はないのだろうか。

希「うん、で、二人は何の話してたん?見たところ随分お悩みの様子やったけど」

穂乃果「あー、えっと...」

ことり「...海未ちゃんのことなんだけど」

――

希「なるほどねぇ」

ことり「海未ちゃんのことだから自分のキャパシティを越えて無理するようなことはしないと思うけど、それでも今回ばっかりは...」

穂乃果「案外押しに弱いからしつこくお願いされると断れないんだよね、海未ちゃんって」

ことり「あぁ~、確かにそういうこと多いかも」

穂乃果「...なんでことりちゃん今気づいた風なの」

ことり「?」

希「それにしても海未ちゃんって聞けば聞くほど完璧超人というか体力オバケというか...何者なん」

穂乃果「でもそのせいで手伝いもできないんだから考え物だよね」

ことり「生徒会とかμ'sのことならまだ私たちで負担を減らすこともできるかもしれにけど、今回の剣道部のことや日舞のお稽古なんかは手の出しようがないもんね」

希「それにこういうタイプってこっちが心配して気を遣ってるのにそれに対して逆に気を遣ってきたりして下手にサポートもできなかったりするんよねぇ」

穂乃果「確かにあるかも、そういうこと」

希「お互い面倒くさいぐらい真面目な友達を持つと苦労するねぇ」

ことり「あはは...」

穂乃果「...」

ことり「...穂乃果ちゃん?」

穂乃果「...いつも助けて貰ってばっかりなのにこういうときに力になれないなんて、なんだか情けないなぁ」

ことり「穂乃果ちゃん...」

穂乃果「って言っても私が海未ちゃんになれるわけでもないしね」

希「穂乃果ちゃんがそれを言うのか」

ことり「でも実際、海未ちゃんがもう一人居でもしないとどうしようもないよね」

穂乃果「あはは、たしかにそれなら万事解決かもね」

ことり「海未ちゃんがもし双子ちゃんだったら...ふふっ、面白そう」

穂乃果「それじゃあうーちゃんとみーちゃんだね」

ことり「かわいいかも~」

希「...なんや深刻な顔してるからちょっと心配したけど大丈夫そうやね」



,。・:*:・゚'☆,。・:*:



希「......?」

時が経つのは早いですね
いつの間にか再放送にすっかり追い抜かれてしまいました
...ただのサボりすぎです


二話は一話と比べて多分短めですががちょいちょい投下していきます

それではまた

――


海未「...ふぅ」

 風呂は命の洗濯とはよく言ったものである、誰の言葉かは知らないけど。

 などと考えながら、熱め湯に浸かって海未はため息をつく、どうにもオヤジ臭い仕草だが残念ながらそれを見咎める者がいないため彼女がそれに気づくことはない。

海未「明日は...朝はμ'sの朝練で放課後は剣道部とお稽古がありますから、生徒会の用件は昼にやらないといけませんね。それに中間考査も近いですから穂乃果の勉強も見てあげないと」

 つらつらと明日の予定を並べ立てていく、うんざりしそうなハードスケジュールぶりだが海未は嫌そうな表情ひとつ見せない。

海未「それとこの間生徒会を早抜けした埋め合わせもしないと」

 呟きながら鼻まで湯船に沈んでいく。

 ぶくぶくぶく...。

 がらっ。

海未「えっ?」

園田母「あら、海未さんまた入ったの?」

 唐突に風呂場の戸を開けて顔を覗かせたのは海未の母親であった。

海未「は?」

園田母「あんまり長風呂しないようにね」

 それだけ言って引っ込んでしまった。

海未「え?...なんだったんですか」

海未「とりあえず...もう上がりますか」

 湯船から立ち上がって風呂場から出ようとしたところで、思ったように足が前に出ずつんのめりそうになり、咄嗟に壁に手をついた。

海未「っ...と、少し長風呂すぎましたかね...」

 のぼせた頭を抱えながら脱衣所にある棚からバスタオルを取り出し濡れた体を拭いていた所で、普段着替えを入れている籠が空なのに気づいた。

海未「あれ...、確か持ってきたと思ったんですが」

 そうは言っても無い物は無いのだから仕方ない、短く溜め息を吐いてバスタオルを体に巻き付ける

 少々はしたないかもしれないがわざわざ母親を呼びつけて取ってきて貰うというのも申し訳ない。

 なんとなく足音を殺しつつ廊下を自室に向かう、両親は共に居間にいるらしく出会うことはなかった。

 部屋の前で小さく肩を震わせる、もう秋も半ば、さすがにタオル一枚では肌寒い季節だ、湯冷めする前に早く服を着よう。

 そう思って戸を開けると。

海未「ん?」

海未「え?」

 私が私を見つめてました。

 詳しく言えば、部屋には畳の床に座ってタオルで濡れた髪を拭いている『園田海未』が居た。

 よく見れば着ているのは風呂に行く前に自分が準備したはずの寝間着のようだ、なるほど籠に着替えが無かったのはこのためか...って

「「ええええええええええ!!?」」

 二人の叫び声が見事なハーモニーで家に響き渡る。

海未「こ、これはどういう...だ、誰ですかあなた!?」

海未「それはこっちの台詞です!」

園田母「海未さん?騒がしいですけどどうかしました?虫でも出ましたか?」

海未「「!!」」

 母の声と共に廊下をこちらに向かってくる足音が聞こえる、この状況を見られるのはどう考えてもまずい。

海未「だ、大丈夫です!」

海未「なんでもないですからー!」

園田母「そう?もう外も暗い時間ですからあんまり騒がしくしないようにね?」

海未「「はぁーい」」

 娘のプライバシーを尊重する親で助かったと言うべきか、母の声は部屋のすぐ前で聞こえたが中を覗かれるようなことはなかった。

 気配が遠ざかって行くのを確認してから、息を殺していた二人が口を開く。

海未「...一体どういうことですか」

海未「私が訊きたいですよ」

海未「あなたは誰なんですか」

海未「...園田海未ですが」

海未「私もです」

海未「...」

海未「とても変装には見えません...よね」

海未「あなたがルパン三世でもない限りは」

海未「......とりあえず」

海未「服を着ましょうか」

海未「ええ」

 バスタオル姿の方の海未が箪笥に向かう。

 ♪~

 と、その時部屋に妙にファンシーな音楽が鳴り響く。

 そうそう、携帯の着信音をデフォルトにしていたら、ことりからあまりにかわいげが無いと怒られて勝手に変えられたのだった、よく知らないが最近流行の曲らしい。

海未「っと、携帯は...」

海未「あ、ちょっと、勝手に取らないでくださいよ!」

海未「勝手にもなにも私の携帯ですが...、穂乃果ですか、全くこんな時に」

 ピッ。

海未「だから勝手に出ないでくださいって!」

海未「だから勝手もなにも私の携帯ですって!」

穂乃果『海未ちゃーん?あれ、聞こえるー?』

海未「あっ、すいませんちょっと込み入ってて、何かありましたか?」

穂乃果『あーえっと、こっちは別に何もないんだけど、海未ちゃんの方に何か変わったことないかな~って』

海未「えっ?」

 思わず『海未』の方を振り返る、もう一人の自分は抗議を一旦諦めて今は上着を着ようともぞもぞしている最中のようだ。

海未「...どうして急にそんなことを」

穂乃果『あっ、ごめんね急に、希ちゃんがどうしてもかけてみてって言うから』

海未「希が...?」

海未「穂乃果ですか?何かあったんですか?」

 いつの間にか着替え終わったらしい『海未』が後ろから話しかけてくる。

海未「話し中なんだから静かにしてください」

海未「でも私に関係あることで電話かもしれないじゃないですか!」

海未「それだったら私にも関係あるでしょうが!」

穂乃果『あの~、海未ちゃん?なんか声が聞こえるけど誰かいるの?』

海未「あ~すみません、大丈夫ですなんでもないですから」

穂乃果『そう?あっでもなんか忙しいんだよね、ごめんねもう切るね』

海未「あっ、ま、待ってください」

穂乃果『えっ?』

 思わず呼び止めてしまった、黙っておけば少なくともこの場は何事もなく済ませられるだろうし、このことを他人に広めるべきでないのは間違いない。

 だがこの状況を一人で、いや二人だけで切り抜けられるだろうか?

 もしさっき母が部屋の中を覗いていたら、その時点でアウトだったのでは...?

 当人だけでは出来ることが限られすぎてしまう、誰かの協力が必要なのは明白だった。

 そう考えるとこの電話も何か偶然ではないものを感じてしまうのである。

海未「実は......ちょっと困ったことになってまして...」

冬色キセキ「夏色キセキの再放送が終わったようだな」

春色キセキ「ククク...奴は我ら四季色キセキの中でも最高の傑作...」

春色キセキ「早く劇中歌をカラオケに入れて欲しい」

――


穂乃果「おはよー海未ちゃん!」

海未「...おはようございます」

穂乃果「なんか元気ないね」

海未「まあ、気疲れでしょうか」

穂乃果「...本当に二人になったんだね」

海未「「ええまあ」」

 二人分の声が綺麗に重なる。

 通学路の途中、いつもの待ち合わせ場所で穂乃果と落ち合ったのは二人の海未であった。

 片方は普通の制服姿、もう一人は学校指定のコートに身を包みキャップを目深に被っている。

穂乃果「なんでコート?」

海未「シャツとスカートは二着あったんですがブレザーは一着しかなくて、仕方なく」

穂乃果「なるほど」

海未「それで、ことりは?」

穂乃果「さぁ、メールとかも来てないからすぐ来ると思うけど」

ことり「ごめーんおまたせ!」

海未「噂をすれば、ですね」

海未「どうしたんですか?」

ことり「ちょっとね...って本当に海未ちゃんが二人いる!すごーい!」

海未「すごーいって...」

ことり「ごめんね、ちょっと準備に手間取っちゃって」

 見ると、ことりの手には普段使っている学校指定の鞄とは別に、やたらと大きな手提げがもう一つ。

海未「...なんですかその大荷物は」

ことり「ん~、今は秘密!でもすぐに分かるよ~」

海未「なぜでしょう悪い予感しかしないんですが」

海未「奇遇ですね、私もです」

穂乃果「それより早く行こ、希ちゃんも待たせてるし」

海未「えっ、希も来るんですか?」

穂乃果「そうだよ、神田明神で待ち合わせ」

海未「はぁ...なんだか申し訳ないですね、私の為に」

ことり「気にしないで...って私が言うのも変かもしれないけど、仲間が困ってるんだから助けるのは当たり前だよ」

海未「...助かります」

――


希「おはようさん、四人とも」

穂乃果「おはよ希ちゃん!ごめんね待たせちゃって」

希「ううん、ウチもさっき来たばっかしやから」

海未「わざわざ来て貰ってすみません、希」

希「別に気にせんといて、...にしても本当に二人になったんやね」

海未「ええ、まあ」

海未「ていうかみんな意外とリアクション薄くないですか?もっと驚いてもいいと思うんですけど」

希「事前に知ってたからね、何も知らずに見たらそりゃ驚くと思うけど...しかし当然やけどそっくりやね二人とも」

海未「当たり前じゃないですか」

穂乃果「...本当にどっちも海未ちゃんなんだよね、実は双子でした、とかじゃなくて」

海未「私に双子なんかいたらそれこそ穂乃果やことりが知らないわけないじゃないですか」

穂乃果「だよね~...」

海未「それに昨日確認してみたんですが、どちらも私らしいという結論に」

穂乃果「確認って?」

海未「私しか知らないようなことを質問したり...」

希「へぇ、例えば?」

海未「それは...生年月日とか」

穂乃果「それだと簡単すぎない?海未ちゃんだけじゃなくて穂乃果達も知ってる事だし」

海未「じゃあどんな質問ならいいんですか?」

ことり「はい!」

穂乃果「はい、ことりちゃん!」

ことり「私が初めて自分で作ったぬいぐるみのモチーフはなんでしょう?」

海未「「熊です」」

海未「名前は確か...ランラン」

希「パンダだ...」

海未「色が特徴的でしたね、白黒の」

希「絶対パンダだ...」

海未「ストライプで」

希「パンダじゃなかった、なんだその奇抜な生き物」

穂乃果「ことりちゃん、正解は?」

ことり「......二人とも完璧です!」

希「ていうか何この幼なじみカルトクイズ」

海未「これで証明になったんでしょうか」

ことり「あの子の名前を知ってるのは私と海未ちゃんと穂乃果ちゃんだけだから、少なくとも私は両方とも海未ちゃんだって信じるよ」

希「ことりちゃんが太鼓判を押すなら両方本物ってことでみんな納得するやろ」

穂乃果「それにしても二人とも学校に行ってどうするの?」

ことり「二人で授業受けるわけにもいかないもんね」

海未「ええ、なので最初は片方は家に残ろうとも思ったんですが、親に見つかったら面倒ですし」

海未「うちの両親は平日も大抵家に居ますからね」

海未「かといって街をウロウロして補導でもされようものなら目も当てられませんし」

海未「なので片方は普通に授業に出て、もう片方は部室にでも隠れておこうかと」

希「部室は鍵掛かるからある程度安全やね、朝練で使うから鍵はにこっちが持ってるし」

穂乃果「でもそれだとずっと一人ってことだよね、暇そうだね」

海未「それは大丈夫です、溜まってる生徒会の仕事を消化しますんで」

海未「せっかく二人になったんで有効活用させてもらいます」

希「ポジティブやね」

海未「まあ、今のところ特に害はないですからね」

ことり「ところで海未ちゃん」

海未「「はい?」」

ことり「どっちがうーちゃんで、どっちがみーちゃんなの?」

海未「「は?」」

海未「何を言ってるんですか突然」

ことり「だってどっちも海未ちゃんじゃややこしいでしょ?だから呼び方を区別した方がいいと思って」

海未「それで?」

ことり「うーちゃんとみーちゃん」

海未「ってなんでですか!」

海未「そんな子供みたいなあだ名嫌ですよ、恥ずかしい!」

ことり「え~かわいいと思うけど」

海未「いやかわいいかどうかと恥ずかしさは別です」

希「でも区別がつかないと面倒なのも事実やんなぁ」

海未「それは...そうかもしれませんけど、わざわざ呼び方を変える必要な無いでしょう、服装とか見た目で区別すれば」

穂乃果「あ、それじゃあ髪型も変えようよ!うーちゃんの方は穂乃果とおそろいのサイドテールで!」

う「誰がうーちゃんですか!無理矢理定着させようとしてるでしょ!」

ことり「じゃあみーちゃんの方は三つ編みで♪」

み「区別が付けばいいんだから両方変える必要はないでしょう!完全に面白がってますよね!」

ことり「はーい完成~」

み「は、早い!?」

希「お楽しみの所悪いけど、このまま学校まで行くつもり?」

穂乃果「この時間でもさすがに同じ顔が並んで歩いてたら危ないよね、別々に時間ずらして行った方がいいかな」

希「じゃあウチはみーちゃんと少し待ってから行くから、三人は先に行って」

み「希まで...」

穂乃果「ごめんね希ちゃん」

希「ええよ~」

う「それじゃあ、お先に失礼します」

ことり「希ちゃん、みーちゃんまた後でね~」

希「ほなね~」

み「結構ごり押して来ますね...」

――


希「さて、二、三分待てばいいやろ、ちょっと休憩しよっか」

み「そうですね」

 そう言いながら希は適当な石段に腰を下ろす。

み「スカートが汚れますよ?」

希「ん?ええのええの、これぐらいはたけば」

み「はあ...」

 それ以上は何も言わなかったが、海未自身は座り込むつもりはないらしく希の側に立ちつくす。

み「...ところで、あの時穂乃果が私に電話をかけてきたのは希に言われたからだと言っていたんですが、偶然ですか?」

希「え?ああ...それは...虫の知らせ、的な?」

み「なるほど...スピリチュアルですね」

希「そ、そうやろ?あはは」

み「何かこうなった原因や理由に心当たりがあるのではと思ったんですが、そうなると一切の手がかり無しということですね」

希「あぁ...」

 心当たりは大いにあった、この事態が発生するその場に居合わせたのもそうだが、彼女は『こういう現象』に立ち会うのは初めてではなかった。

 『前回』との共通点や相違点から既に原因の当たりをつけつつあった。

み「まあでもいいんです、すぐにどうこうしたいってわけでもないので」

希「え、そうなん?」

み「ええ、なんだかんだで有効利用させてもらってますし...なんとなくなんですけど、嫌な感じがしないんです、悪意を感じないというか」

希「...そっか」

み「気がするだけなんですけどね」

希「スピリチュアルやね...ウチよりよっぽど」

み「?」

希「......海未ちゃんは、キツくない?」

み「え?何がですか?」

希「いや、海未ちゃんっていろいろ多忙やから、大変やないんかなぁって」

み「そうですねぇ...特にキツいとは思わないですけど」

 幼なじみ二人から、海未はとにかく弱音を吐かないと聞いていたがなるほど、さも平然と言ってのける。

希「...ホントに?」

み「別に楽々こなしているとは言いません、けど無理をしているとも思いません」

希「そう、ならええんやけど」

み「なんで急にそんな話を?」

希「んー、海未ちゃんはいつも忙しそうやから、労ってあげようかと思って」

み「はぁ...具体的にはどういう風に?」

希「え?えっと...ジュース奢るとか」

み「...思ったより地味ですね」

希「じゃあ、ウチが全身マッサージしてあげる」

み「謹んで遠慮させて頂きます」

希「えー、別に変なことはせんよ?」

み「日頃の行いを改めてから言ってください」

希「うーん、じゃあなんか別に考えとく」

み「はい、あまり期待しないで待ってますね」

希「ほぅ、海未ちゃんも言うようになったなぁ」

み「ふふっ、そうですね」

 口元を綻ばせる海未を見て妙な満足感を覚えつつ、希は時間を確認する。

希「さて、そろそろ行っても大丈夫やろ」

み「そうですね」

――


う「...」

み「...」

真姫「信じらんない」

にこ「って言っても実物をこう目の前に揃えられたら」

う「ちょっと、物みたいに言わないでください」

凛「凛知ってるよ、こういうの、びっくりドンキーって言うんだよ」

希「ハンバーグ屋か?」

真姫「それを言うならドッペルゲンガーでしょ」

凛「そうそれそれ」

にこ「よく分かったわね真姫ちゃん」

絵里「えっ、怖い話?怖い話なの!?」

ことり「はーい絵里ちゃんは隅の方に行ってようねー」

花陽「...希ちゃん、これって」

 各々好き勝手に喋り始める中、ひとり何かを察したらしい花陽が希に耳打ちする、『前回』の当事者である花陽には気づくものがあったのだろう。

希「うん、おそらくは一緒、やと思う、かよちんの時と」

 希には花陽とは別の理由で確信めいたものがあった、今回の『分裂』現象は以前の『入れ替わり』と原因を同じくするものであると。

花陽「やっぱり...でも、なんで...」

 花陽の疑問の意味が希には分かった、こうも不可思議な現象が短期間に連続して近しい間柄の二人に起こったとなるとただの偶然とは思えない、どうにも作為的な気配を感じてしまうのである。

 しかし、もしそうなら一体誰が?何が目的で?なぜ私たちが対象なのか?

希「...ま、その件はウチがちょっと心当たりを当たってみるから、かよちんは心配せんといて、それより今は海未ちゃんの事を、ね」

花陽「う、うん...」

 心当たりがあるんだ...、と素直に感心しつつ海未達の方を見やると、主ににこと真姫から質問攻めにあっているようだ。

にこ「ていうか、その髪型はなんなの?」

穂乃果「サイドテールの方がうーちゃんで、三つ編みの方がみーちゃんだよ」

う「あくまでその呼び方で押し通すつもりなんですね」

ことり「見分けがつかないと今後不便だと思って」

真姫「見分けって言っても、結局どっちも海未じゃない」

み「そうですけど、一応やることを分担するので見分けはついた方がいいのは確かです」

にこ「分担?」

う「ええ、二人一緒に授業を受けるわけにもいきませんし、練習にしても片方出来ればいいのに二人で同じ事をするのは効率悪いですからね」

にこ「そういうもんかしら」

う「なので、私が勉強関連とμ'sのこと」

み「それで私が残りの生徒会のことと家のこと、それから今は剣道の練習も担当です」

にこ「いやに順応早いわね」

う「ちょっと変な感じはしますけど、さしあたって困るわけでもないですし」

真姫「害はないっていっても自分と同じ顔同じ声の人間と生活するなんて、私はちょっと無理だわ」

凛「そう?結構楽しそうだけどなぁ」

真姫「凛はいいわよね、神経が図太くて」

にこ「いやいや、真姫ちゃんは一人っ子だからそう思うだけよ、現にうちの双子もそっくりだけどいっつも仲良しだし」

穂乃果「あ~、にこちゃん家の双子ちゃん、かわいかったねぇ」

ことり「うんうん!衣装の参考にもなったし!」

う「にこの妹達と衣装に一体何の関係が...」


 キーンコーンカーンコーン


 やや話の逸れ始めた所を断ち切るようにチャイムが響く、朝のホームルーム開始を知らせる合図である。

み「って、もうこんな時間ですか!?」

絵里「結局全く朝練は出来なかったわね」

希「えりち復活したんか」

絵里「ええ、ドッペルゲンガーって喋れないはずなのに海未はどっちも喋ってるから大丈夫だって気づいたの」

希「はぁ、怖い物苦手なくせに知識はあるんやね...、まあ朝練の方ははじめからできんやろうとは思ってたけど」

凛「それなら早く言って欲しいにゃあ!凛無駄に着替えちゃったよ!」

真姫「いいから早く着替えなさい、置いて行くわよ」

凛「チョットマッテテー」

にこ「えっと、みーちゃんの方は部室に残るんだっけ?鍵ちゃんと閉めときなさいよ、くれぐれも先生に見つからないようにね」

凛「そっか、みーちゃんは堂々とサボれるのかぁ、いいなぁ」

花陽「凛ちゃーん、先行っとくねー」

凛「ごめんなさいホント待って」

希「んじゃみーちゃんまた後でな~」

絵里「たまの休みだと思ってゆくっりしときなさい」

ことり「寒かったらそこのタオルケット使っていいからね」

穂乃果「じゃ、みーちゃん、行ってくるね」

う「...気をつけて」

み「そちらこそ」



 バタバタと騒がしい足音が遠ざかって行く。

み「既にうーちゃんとみーちゃんが浸透しつつありますね...」

 独り言、返ってくるのはもちろん静寂。

み「...ふぅ」

 別に疲れているわけでもないのになんとなくため息を吐きながら、側の椅子にちょこんと腰掛ける。

み「...この部室もひとりだと案外広いですね」

み「...おっと、電気がついていたら人がいるとバレてしまいますね」

 パチリ。

み「...」

み「...寒い」

――


み「さて、私は私の役割を果たしましょう」

 朝のうちに生徒会室から持ってきておいた書類の束を部室の机に広げる、電気がつけられないのでカーテンを開けて光を取り入れる、それでも薄暗いですが。

 足下が冷えるのでことりのタオルケットを借りて膝掛けに、これを取り出す際に枕も一緒に発見したがこれもことりの私物でしょうか?

 ともあれ、机に広げた書類と向き合う。

 生徒会とはいっても所詮はいち高校生、たいした仕事は任されない、イベント前だとそれなりに忙しいようだが幸い今は文化祭も体育祭も球技大会も控えていない、ひとりでも1日もあれば終わる量だと踏んでいた。

 踏んでいた...のですが...。

み「......なんだか捗りません」

 なにかと騒がしい穂乃果がいないので集中できるかと思ったのですが、むしろ普段よりも落ち着かない、いつもと環境が違うのがいけないのでしょうか...。

 こういう時は音楽でも聴きながらやるといいのかもしれないが、あいにく音楽プレイヤーの類は持っていない。

 そこで部室を見回すと、目に入ったのが窓際に鎮座しているPCである、PC前はにこの定位置であるがときどき花陽はじめ何人かが触っているのも見るのでにこ専用というわけでもないらしい。

 傍らにはヘッドホンも置いてあるし音楽くらいは聴けるだろう、それに中に何が入っているのかも興味が出てきた。

 ピッ!

 電源スイッチを押すと音を立てて起動を始める、意外と大きい音が鳴ってひやりとしたが誰にも聞かれなかったようだ。

 ほどなくOSが立ち上がる、パスワードもかかっておらずすんなりサインインできた。

み「うわ...なんだか雑然としてますね」

 複数人が共同で使っているせいだろうか、デスクトップのあちこちにアイコンが飛び散っていてかなり混沌としていた。

 こういうのを見ていると整理したい欲求が湧いてくるが、勝手に触るのも悪いのでとにかく目当てのメディアプレイヤーを探そう...として、ひとつのフォルダが目に留まった。

『μ'sの足跡』

 開いてみると中身は全て写真のようだった、写っているのはタイトル通りμ'sの面々。

 練習している様子や歌詞の案を出し合う会議の様子から、食事しながら喋っている所や試験勉強に頭を悩ませる姿などスクールアイドルの活動には関係ないものまで様々なシーンが収められている。

 カメラを意識したような写真はあまり多くない、とにかくがむしゃらに彼女たちの日常を切り取っていったかのような印象を受けた。

み「いつの間にこんなに写真を...」

 いったい誰が撮ったんでしょうか、穂乃果や凛ではないのはまず明らかでしょう、あの娘らは一歩引いた所から眺めて楽しむようなタイプではないのはよく知るところです、同じような理由でにこでもなさそうですね。

 そのイメージで言うとことりあたり合致しそうですが妙にクサいフォルダ名がことりのセンスではない気がします、彼女ならもっとファンシーに、例えば...。


『夢色グラフィティ』


 とか......なんか恥ずかしいですね、忘れましょう。

 花陽は...無いですね、これは断言できます、花陽の水着姿の写真があります、それも希とことりと悪ノリした絵里から半ば無理矢理着せられた布地の少ない際どいやつの、恥ずかしがり屋の花陽がこれを記録に残したいとは思わないでしょう。

 なんとなく推理しながら詳しく見ていくうちにこんな消去法をしなくても制作者がすぐ分かる法則に気づいた、写っている枚数が極端に少ない人物がいるのだ。

 撮影者は写真に写ることは出来ない、逆に言えば写っていない人物が撮影者ということだ、つまり...。

み「希、ですね」

 希が全く写っていないわけではないのできっと他の人が撮影した分も混ぜてあるのだろうが、大半は希の撮影のもののように見えた。

 それにしても結構な量ですね、私が写っているのだけでも数十枚、その殆どが撮られているのに気づいていません、驚くべき迷彩能力ですね、犯罪に使われないことを祈ります。

 これは...講堂での初めてのライブの時の写真、まだμ'sという名前すら無かった頃、この頃からあるんですね。

 こっちは一年生達とにこが加わってからのもの、本当にいつの間に撮ったんですかね、部室の中を写したものもありますけど...。

 そして九人になって...。

 たった数ヶ月間のことなのにこうやって振り返るとずいぶん色々なことがありましたね、ずいぶん長い付き合いな気がしてきます、具体的には五年ぐらい。

 ...それにしても写真を見ていて思うんですが、なんか私いつも穂乃果かことりと一緒に写ってますね、これじゃあ四六時中一緒にいるみたいじゃないですか。

 そりゃあ幼なじみですし、クラスも同じですし一緒にいる機会は多いと思いますけど別にそんないつでも行動を共にしてるってわけじゃないですから...。

 ...。

 ......。

 いやまあ学校では一緒にいることも多いかもしれませんけど!?

 ...それにしたって一緒にいすぎですかね、クラスは一緒、部活も一緒(前は違いましたけど)三人揃って生徒会、思い返せばいつも側には二人がいた気がします。

 もちろんトイレとかはひとりですけどね?

 ......そういえば今もひとりでしたね。

み「落ち着かない原因は...これですかね」

 呟きながら薄暗い部室を見渡す。

 キーンコーンカーンコーン

み「...仕事、全然進みませんでした」

 海未は、一限目終了のチャイムに向かってひとり嘆息するばかりであった。

この間新年会の二次会でカラオケに行ったら南風ドラマチックが入っていて思わず小躍りしました
おやすみなさい

――


み「すいません、この分は午後にちゃんとやるんで」

ことり「元々みんなでやるものなんだからあんまり気張らなくていいのに」

穂乃果「そうそう、普段から生徒会の仕事は海未ちゃんの力に寄るところが大きいんだから、たまの休みだと思ってゆっくりしててよ」

う「いえ、こういうことは出来る時にやっておかないと」

み「そうですね、もう一人の私は授業に出てるのに私だけ何もしないのも不公平な感じがしますし」

 昼休み、四人部室に集まって昼食をとる。

 ちなみにお弁当は一人分しかないのでもう一人分は登校中にコンビニで調達した、海未は栄養バランスがどうのカロリーがどうのと漏らしていたがそれしかないので仕方がない。

穂乃果「昼練が無いと昼休みゆったりできていいねぇ」

み「昼練なんてイベント直前でしかやらないじゃないですか」

う「というか穂乃果は授業中もゆったりしてたみたいですけど?」

穂乃果「うっ」

み「はぁ、また居眠りですか」

穂乃果「ち、違うよ!確かに眠かったけどなんとか耐えたんだから」

う「集中出来てないんじゃ一緒です、あんなに欠伸連発して」

穂乃果「そんなこと言ったって...」

み「せめて少しは抑えるとか隠すとかしましょうよ、はしたないですよ」

う「そうですよ、女子として恥ずかしいと思わないんですか」

穂乃果「ぐぬ...二人になってお小言のうるささも二倍に...」

み「うるさくさせているのは誰ですか!」

う「だいたい穂乃果はいつも――」

穂乃果「ひぃ、こ、ことりちゃぁん」

ことり「あはは...」

穂乃果「目を反らされた...!」

――


み「さて、言ったからにはちゃんとやらないと」

 昼休みが終わり穂乃果達が教室に戻って再び部室ひとりきりになる、またやる気が抜けていきそうなのを己に喝を入れてこらえつつ机に向かう。

み「...だいぶ暖かくなってきましたね」

 すっかり日も昇り電気を付けていなくても南向きの窓から入り込む太陽光だけでも十分明るい、気温もそれに合わせて上がっていき、それに食後の満腹感が加わると...。

み「......ふぁぁ」

み「......」


『せめて少しは抑えるとか隠すとかしましょうよ、はしたないですよ』

『そうですよ、女子として恥ずかしいと思わないんですか』


み「...誰にも見られていないからセーフですから」

 虚空に向かって言い訳する、もちろんそれも誰も聞いていないのだが。

 その拍子に視界の隅になにやら白い塊を捉える、朝発掘した持ち主不詳の枕である。

 どちらかというとクッションと言った方が近いだろうか、ふんわりと曲線を描くシルエットがその柔らかさを視覚に訴えてくる。

み「......さて、仕事をしないと」

 無理矢理クッションから視線を引きはがし書類に向かう。

み「...」

 カリカリ。

 書類にペンを走らせる音が部室に響く。

 カリカリ。

 カリカリ。

 カリ...。


――


希「ん?部室暗い、まだ誰もおらんのかな」

 放課後、部室に一番乗りした希がドアについた窓から中を覗き込む。

 ドアノブを回してみると。

 ガチャリ。

希「開いてるやん、誰かおんの~?」

 学校の部屋の入り口といえば大抵引き戸なのに何故か開き戸になっている部室の扉を開けて中に踏み込む。

み「――すぅ...」

希「あら...」

 そこで、白い枕に突っ伏するようにして寝息を立てている海未を発見した。

希「三つ編みってことはみーちゃんの方か、授業には出てない方よね」

み「んん...」

希「...やっぱり疲れてるんやないの?」

 眠りこける海未の隣に腰掛けながら呟く。

希「無自覚なのかもしれんけど、それであの娘らに心配かけてるんやから罪な子やなぁ」

 そっとクッションに半分埋まった頭を撫でてみると。

み「ん...む?......のぞみ?」

希「あ、起こしちゃった?」

 薄く開いた目をしょぼしょぼと何度か瞬かせて少しずつ焦点を合わせていく、希と目が合った所で、がばっと勢いよく頭を上げた。

み「い、今何時ですか!?」

希「放課後なったばっかりやけど」

み「うぅ...かなり寝てしまいました」

希「気持ちよさそうに寝てたなぁ、その枕そんなに良かった?」

み「ええ、一度頭を置いたらもう上げられなくなってしまって」

希「やろ?それウチがお昼寝用に持ってきたやつなんやけど、結構高かったんよ、六千円ぐらいしてなぁ」

み「へぇ...でもそれぐらいの価値はあるかもしれませんね、それぐらいには気持ちいいです」

希「やろ~、メーカー教えてあげよっか?」

み「ええ是非、ただその前に学校にお昼寝用の枕が何故必要なのかを問いただしたいところですが」

希「あ...しまった」

み「...まあ私自身まさにその用途で使ってしまった手前強くは言いませんけど」

希「さすが海未ちゃん心が広い」

み「しかし、ご飯を食べる時間も考えると昼休みにそんなに気合い入れてお昼寝するほどの時間がありますか?」

希「まあ、寝過ごしちゃったときは、そのままサボ...」

み「あ、あなた!仮にも生徒会副会長でしょうが!」

希「あはは...堪忍したって」

み「もう...」

希「代わりと言っちゃなんやけど、その枕好きに使っていいからね」

み「使いませんから、持って帰ってください」

希「おぅ、手厳しい」

み「......ところで希」

希「ん、何?」

み「その...私とことりと穂乃果の三人って、どんな風に見えます?」

希「えっ、どうしたん唐突に」

み「いや...ただなんとなく私たちが周りからどう思われてるのか気になっただけで」

希「ふぅん、まあ...仲良いよね、いつも一緒にいるし」

み「や、やっぱり!いつも一緒にいるように見えます!?」

希「うぇ!?なにその食いつき......ウチが三人を見るのって部活の時か生徒会の時がほとんどやからだいたい三人ともいるし」

み「確かに...そうですけど」

希「まあそうじゃなくても三人でセットみたいな感じはあるよね」

み「そう...ですよね、大抵一緒にいますしね実際...」

希「何かあったの?」

み「いえ、ただ大切な物は失って初めて気づくとかいうよくある話です」

希「はぁ...?」

ライブお疲れ様です、やっと腕の筋肉痛が治ってきました、歳です
おやすみなさい

――


ことり「ついに放課後だね!!」

う「え...なんですかそのテンション」

み「あ、もしかして朝言ってた」

ことり「そう!それだよ!察しが良いねみーちゃん...うふふふふ」

穂乃果「なんかこわいんだけど」

ことり「さあふたりとも、お着替えの時間ですよ~」

う「やっぱりそっち系のやつですか!」

み「あの、我々に拒否権は...」

ことり「うふっ」

う「ひぃ...」

み「ですよねー」



 で。


ことり「じゃーん!」

にこ「ほぅ...」

花陽「これって、この前のイベントで凛ちゃんが着たやつ...?」

 三つ編みの海未はウエディングドレスのようなレース修飾が美しい真っ白いドレス、一方サイドテールの海未はタキシードを着こなしている。

凛「でもあれって借り物だから、終わったら返したんじゃなかったっけ?」

ことり「うん、だから映像とか写真を参考にそっくりの物を作ったの」

真姫「なにその才能の無駄遣い」

絵里「この娘、留学でもさせて本格的に被服について勉強させた方がいいんじゃないの」

ことり「あははっ、もし話があっても留学なんかしないよぉ、みんなといたほうが楽しいもん」

絵里「...そう」

希「にしてもうーちゃんその格好、めっちゃ似合うね」

にこ「美少年って言ったら通るレベルね、髪長いのに違和感もないわ」

う「喜んでいいのか微妙ですが...」

希「えりちも相当だったと思うけど、それ以上かもなぁ」

絵里「うーん、金髪と黒髪の差かしら」

にこ「そこじゃないと思うけど」

希「えりちは服の上からでも目に見える女子力がなぁ」

う「......」


凛「みーちゃんもすっごく似合ってるよ」

花陽「ほとんど同じ服なのに凛ちゃんが着てるのとはまた雰囲気が違って見えるね」

真姫「そうね、清楚な感じがするわね」

凛「凛が清楚じゃないと言ってるように聞こえるけど」

真姫「少しでも清楚なつもりがあったの?」

凛「辛辣にゃ...」

花陽「わ、私はそういうつもりで言ったんじゃないからね?」

み「こういう装飾の多い服は着ているだけでも緊張しますね...」

う「ていうかもういいでしょう?あんまりじろじろ見られるのは...」

ことり「何言ってるの!?ここからが本番なんだから」

う「えぇ...」

ことり「ほら、ふたりとももっと近寄って!手を握り合って見つめ合うような感じで」

う「い、嫌ですよ!何が悲しくて自分と見つめ合わなきゃならないんですか!」

ことり「しょうがないなぁ、じゃあ目線はこっちで、ふたりの蜜月を邪魔する者を見るように冷たい流し目で」

み「蜜月ってなんですか!?」

希「と、文句を言いつつも従うんやね...」

絵里「海未ってことりに弱いわよね」

花陽「こ、これは...!」

にこ「海未×海未!!カップリングの常識を越えた、同一人物カプ!!?」

絵里「海未好きには最高の楽園ね」

花陽「9人いるμ'sのカップリングは本来、受け攻めを区別しない場合9×8÷2で36通り、でもこれはその枠を越えた新たな可能性!」

凛「...かよちんが何言ってるのかわかんないにゃ」

真姫「凛は知らなくていいのよ」

ことり「いいよぉふたりとも、手はこう、指を絡め合って、切なげな表情で!」

う「...」

み「...」

穂乃果「あ、諦めた」

ことり「うふふっ、ここからが本番だよぉ」

――

ことり「うーちゃんとみーちゃんの結婚に正式な理由で異議のある方は申し出てください、異議がなければ今後何も言ってはいけません」

真姫「...異議しかないんだけど」

ことり「何か言いましたかぁ真姫ちゃん?」

真姫「ひっ、ナンデモナイデス」

にこ「もう強制じゃない」

ことり「無いようなので進めます、うーちゃん、あなたはこの女性を、健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか?」

絵里「なんでスラスラ言えるのかしら」

う「...誓います」

凛「チカッチャウノォ!?」

花陽「きゃーーーーーーーーー♡」

穂乃果「か、かよちゃん落ち着いて?穂乃果の背中を叩くのを止めて?痛い痛い!」

ことり「みーちゃん、あなたはこの女性を、健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか?」

希「どっちも女性扱いなんだ」

み「誓います」

ことり「それでは、指輪の交換を」

うみ「はい」

にこ「指輪まで用意してあるし」

絵里「気合い入りすぎでしょ」

ことり「では、ベールを上げて...誓いのキスを」

う「えっ」

み「それは流石に」

穂乃果「あ、海未ちゃんが正気を」

ことり「キ ス を」

うみ「「...」」

穂乃果「と思ったけどダメだった」

み「...んっ」

希「あ、みーちゃんが目を」

にこ「マジか」

花陽「あわわわわわ」

絵里「...ごくり」

真姫「...って、やりすぎよことり!」

穂乃果「海未ちゃんたちも、目を覚まして!」

ことり「やんっ」

う「はっ」

み「わ、私は一体何を...」

ことり「惜しかったのに~」

真姫「微塵の反省も見られないわね」

絵里「これ、亜里沙に見せたら泣いて喜ぶわ」

にこ「なにちゃっかり写真撮ってるのよ」

希「見せちゃだめやからね、海未ちゃんがふたり写ってる写真なんて」

絵里「わ、分かってるわよそんなこと!」

にこ「いやー、人類の新たな可能性を見たわね」

花陽「はい!百合の世界は広大です」

凛「り、凛はどんなかよちんでも好きだよ?」

真姫「あんたたちの関係ってどうなの」

う「お、恐ろしい体験をしました...」

み「ですがなんでしょうこの感覚...、胸が高鳴るような...?」

 ...この時の体験を元に某デュエット曲の歌詞が書かれたとか書かれないとか。


――

※この先、オリキャラというかモブが数名登場します、苦手な方はご注意下さい

み「失礼します」

 なんとかことりの暴走を押しとどめ、元々決めていた役割分担通りにサイドテールの海未にμ'sの練習を任せ、三つ編みの海未は剣道場に来ていた。

部長「やっ、待ってたよ園田さん」

み「すみません遅くなってしまって、ちょっと立て込んでまして」

部長「いやいや来てくれるだけでもありがたいよ」

部長「ところでその髪型は...イメチェン?」

 そういえばことり達に弄られた髪型をそのままに来てしまいました、

み「あっ、えっと、そんな感じです」

部長「ふーん、いいよねぇかわいい娘はどんな髪型でも似合うから」

み「そ、そんな...」

部長「でも、個人的には普段の下ろしてるのが、らしくて好きかなぁ、なんて」

み「はぁ」

部長「いや、だからって三つ編みが悪いってわけじゃないよ?ただ見慣れてるってだけで...」

み「?」

 なんだか変に歯切れが悪い物言いですね、部長さんはもっと男勝りというか、物怖じしなさそうなイメージだったんですが。

部長「あー、その......私実は園田さんのファンなんだ!だからその......海未ちゃんって呼んでいいかな?」

み「あっ...」

 μ'sの音ノ木坂校内での評判はおおむね良好であった。

 出る杭は打たれると言うが、こういう目立つことをやるとそれを好ましく思わない人は少なからず居るものだ、が、こと音ノ木坂に関しては廃校の危機という背景もあってか全体的に応援ムードになっていた。

 特に家庭科部や吹奏楽部の協力は非常にありがたいものになっている。

 そんな中で、最近校内ではμ'sの中でも特に誰々が好き(そのことを”推し”と言うのだとこの間にこに教わりました)だという人どうしで集まってファンクラブじみた会も形成されつつあるとか。

 ようは部長さんも、私たちを応援してくれているということですよね、それならありがたい限りです。

み「はい、ありがとうございます、呼び方はなんでも構いませんよ」

部長「やった、それじゃあついでに私のことも名前で呼んでよ、剣っていうんだけど」

み「はい、喜んで、剣先輩」

剣「くぅ~~~、夢がひとつ叶ってしまった」

み「お、大げさな...」

一年生「あっ、先輩ズルいですよ抜け駆けは!」

 剣道場の奥からまた別の少女が駆け寄ってくる、動くたびに小刻みに跳ねる短い髪と快活な声からボーイッシュな印象を受ける。

 どこぞの後輩と似たような雰囲気だがひとつ明らかに違う点として、身長がずいぶん高い。海未よりも高いようだ。

一年生「こ、こんにちは!私、斉木風っていいます、風って呼んでください!」

み「風、さん、珍しいお名前ですね」

風「よく言われます、それで、私も、う、海未先輩って呼んでもいいですか?」

み「ええ、好きに呼んで頂いて結構ですよ」

風「ありがとうございます!私も海未先輩推しなんです!応援してます!」

み「あ、ありがとうございます」

二年生「風ちゃん、あんまりガツガツしてると引かれちゃうよ?」

み「あなたは...」

 さらに道場から現れたのは黒髪の長髪が印象的な少女。

 他の二人と比べるとおとなしいというか穏やかそうな雰囲気だが、その出で立ちからそこはかとなく『和』の空気が発せられている気がして妙に道場とマッチしている。

 そして、海未は彼女の顔に見覚えがあった。

二年生「こんにちは園田さん、えっと、私は...」

み「桜坂さん、ですよね、桜坂しずくさん」

しずく「わ、覚えててくれるなんて嬉しいな、クラス違うし、話したことも何度かしかないのに」

み「同じ学年なんだから名前ぐらい知ってますよ」

しずく「ふふっ、さすが園田さんって感じだなぁ」

み「えっ?」

剣「さて、とりあえず準備しようか」

み「あれ?3人だけですか...?」

剣「ああ、もうひとりは委員会でいつも遅れてくるから」

み「そうなんですか、随分と委員会活動に熱心な方なんですね」

剣「熱心って言えば、まあそうだね」

み「?」


――

希「海未ちゃんって実際のところ剣道強いの?」

穂乃果「え、どうして?」

希「弓道が上手いのは知ってるけど剣道してるところなんて見たことないし、お家も日舞の家元であっても剣道とは関係ないんやないの?」

ことり「たしかに海未ちゃんのお母さんは日舞の家元の家系だけど、お父さんは剣道の家元の次男さんでね、海未ちゃん家には剣道の道場もあるんだよ」

希「えっ、そうなん、ていうか婿入りやったんか海未ちゃん家」

穂乃果「園田道場って近所じゃ結構有名なんだけど、聞いたことない?」

希「う~ん、ウチこっちが地元やないからなぁ」

穂乃果「それじゃあ知らないか」

希「ってことは剣道歴は結構長いってこと?」

穂乃果「そうだねぇ、少なくとも小学校に上がった頃には袴穿いて竹刀持ってる姿を見てた気がする」

ことり「海未ちゃんが弓道始めたのは高校に入ってからだから、それよりもずっと長いってことだね」

希「じゃあ相当強いんかな」

穂乃果「んー、たぶん」

希「たぶんなんや」

穂乃果「海未ちゃんが剣道の試合してるところってあんまり見たことないんだよねぇ」

ことり「穂乃果ちゃん一時期海未ちゃん家の道場に通ってなかったっけ?」

穂乃果「うん、小学校低学年の頃海未ちゃんに誘われて始めたんだけど」

希「へぇー、ちょっとイメージ湧かんなぁ、穂乃果ちゃんが厳かに剣道に励む姿なんて」

穂乃果「まあ我ながらそれは思うけど...正直当時はチャンバラごっこの延長線ぐらいにしか考えてなかったし、ま、冬にも裸足でいないといけないのが辛くて半年ぐらいで辞めちゃったけど」

希「ああ、そこはすごく穂乃果ちゃんらしい」

ことり「それで、その頃も海未ちゃんが試合してるのは見なかったの?」

穂乃果「見なかったねぇ、穂乃果と遊び半分で試合はたまにしてたけど、門下生で同年代の子があんまりいなかったせいもあると思うけどね」

希「ちなみに直接試合した感じだと強かったの?」

穂乃果「うーん、割といつも互角ぐらいだったんだけど、きっと初心者の穂乃果に対して手加減してくれてたんだと思うし、あんまりよく分かんないかなぁ」

希「ふぅん、そっか」

ことり「というか本人に訊いてみた方が早いんじゃない?」

希「それもそうやね」

う「ほら、そこの三人!もう休憩時間は終わりですよ、早く集まってください!」

穂乃果「わ、もうそんな時間?」

ことり「は、はぁーい!」

希「......海未ちゃんが、手を抜くなんてことするのかなぁ」

穂乃果「希ちゃん、急がないと!」

希「っと、はいはーい」


――

 袴に着替えて準備運動を行う、怪我でもしてμ'sの活動に支障が出たら一大事なので入念に。

剣「海未ちゃん袴がよく似合うね、着慣れてるっていうか」

風「本当ですね!剣先輩なんか袴に着られてますもんね」

剣「うるさい!風には言われたくないよ!」

み「先輩後輩同士でも仲がいいんですね」

しずく「そうなの、面白いよね~」

み「面白...?」

風「しずく先輩は和服が似合うからって余裕そうですね」

しずく「え~、そんなことーあるけどぉ」

風「チッ...」

み「仲、いいんですかね...?」

剣「さてと、ひとまず一本試合形式でやってみようか、海未ちゃんにとっちゃ私らなんか初心者みたいなもんだろうけど、ちょっとお相手お願い」

み「いえ、私も大分ブランクがありますから、正直どこまで通用するかどうか」

風「あっ、はいはい!私やりたいです!」

しずく「えー、私はいいかなぁ、強い人とやるの好きじゃないから...」

剣「ふふーん、部長特権だ、私が一番にやらせてもらう」

風「職権乱用だー!」

剣「はいはい後でな」

しずく「私審判しますね」

剣「頼む、海未ちゃんの防具は貸し出し用のを使って、共有のだから気分良くないだろうけど」

み「いえ、ありがとうございます」

――

剣「さて、お手柔らかに頼むよ」

み「こちらこそ」

しずく「それじゃ、お互いに礼」

剣「お願いします」

み「お願いします」

 蹲踞の姿勢から立ち上がり、竹刀を構える、この姿勢になると精神が研ぎ澄まされていくような気がする。

 子供の頃から剣道の稽古はライフワークの一環だった、朝の冷たい空気の中で竹刀を構えて目を閉じると、道場の空気が張りつめて体の周りに膜が張ったように感じる、産毛の先まで神経が通ったように感覚が鋭くなるこの感じが好きだった。

 そして静かに息を吐き、目を開くと――

剣「めーん!」

 バシィ!

――

希「えっ、じゃあちゃんとした試合はしたこと無いってこと?」

う「ええ、うちの道場で稽古してはいますが部活などに所属してはいませんでしたし、機会がなかったと言いますか、特にやりたいとも思いませんでしたし」

希「それで助っ人なんて務まるん?」

う「きっと大丈夫です」

希「その自信はどこから...」

う「父にはよく褒められるんですよ?構えが綺麗とか太刀筋に迷いがないとか」

ことり「ちなみに海未ちゃんのお父さんは全国大会で上位に食い込むぐらいの実力者だよ」

う「体力と腕力にも多少自信はありますし、初めてでもそれなりにやれると思います」

希「そうだといいけど...」

――

――


剣「いやぁまさか試合をやったことがないとはねぇ」

み「すみません、剣道自体には自信があったので、やれば出来るものだと思ってたんですが...」

剣「確かに構えはすごく綺麗だったもんね、隙だらけだったけど」

み「うっ...すみません...」

風「ちょっと!海未先輩をいじめないでください!」

剣「いじめてないから」

み「私が甘く考えていたのが悪いんです」

風「そ、そんなことないですよ!」

剣「そうそう、出てくれるだけでもありがたいっていうか、全くの初心者よりは全然マシっていうか」

み「人数合わせ...初心者と比べられるレベル...」

 ピロリーン♪

剣「おい誰だ今写真撮った奴」

しずく「園田さんが落ち込んでるシーン、レアかなと思って」

剣「今すぐ消せ」

風「でも基礎は出来てるはずだし、ちょっと練習すればすぐ上達するんじゃないですか?」

み「本当ですか?」

風「あ、いや、分からないですけど」

み「そうですよね...」

風「あぅ...」

剣「とにかくやってみよう、私も出来る限り教えてみるからさ」

み「...はい」


――

――


穂乃果「あぁ~、お腹減ったぁ!」

ことり「今日はだいぶ運動したもんね~、大半体力トレーニングだったけど」

穂乃果「いっときはライブもないんだしこんなにハードにしなくてもいいんじゃないの?」

う「こういうのは日頃から積み重ねておくことで安定して実力を発揮できるんです」

凛「でもあんまりやってたら筋肉ムキムキになっちゃうにゃ」

花陽「ムキムキのアイドルは...流石に嫌かも」

う「そ、それもそうですね、じゃあ今度から腕立てや腹筋は減らしてランニングを増やしましょうか」

絵里「絶対量を減らすつもりはないのね」

穂乃果「んもう!そんなことよりお腹減ったから帰りにどっか寄っていこうよ」

う「自分から話振ったくせに...」

ことり「あっ、そういえばこの前ね、ワゴン車でパンを売ってるお店を見たの、近くを通ったらメロンパンのいい匂いがしてて気になってたんだぁ」

穂乃果「パン!?それは是非食べたい!どの辺にあったの?」

う「家に帰ったら晩ご飯があるでしょうが、それまで我慢しなさい」

穂乃果「ちょっとぐらいいいじゃん!海未ちゃんは私のお母さんか!」

う「誰がお母さんですか」

絵里「そうね、海未はどっちかというとお父さんよね」

花陽「じゃあことりちゃんがお母さんかなぁ」

穂乃果「...確かに!」

う「いやそういう話ではなく...」

希「...ところで、家に帰ったら~で思ったんやけど、海未ちゃん...うーちゃんは家に帰るん?」

う「え?」

希「いや、うーちゃんとみーちゃん二人とも家に帰ったら色々面倒やろ?その辺どうすんのかなーと思って」

う「確かにそうですね、考えてませんでした」

穂乃果「それならうちに泊まるといいよ!海未ちゃんならお母さん達も二つ返事でOKしてくれると思うし」

う「いえ、止めた方がいいと思います、穂乃果のご両親とうちの親は親しいですから連絡が行きやすいですし、そうなると話に食い違いが出て余計面倒なことになりかねません」

ことり「ことりの家も危ないかなぁ、一応教育者だからそういう所はしっかりしてるし」

真姫「ていうか家に連絡されたらダメなんじゃ、どこの家でも危険性は同じじゃない?今時親に確認も取らずに余所の子を泊めてあげる家なんて...」

絵里「...いや、その心配がない家があるわ、この中に一人だけ」

う「と、いうと?」


――



う「...お邪魔します」

希「はいいらっしゃい」

 絵里の提案でやってきたのは希の家、そういえば高校生にして一人暮らしだという話を以前聞いた気がします。

う「意外と広い部屋なんですね、一人暮らしというともっと狭い...六畳一間みたいなのを想像していましたが」

希「ウチの親が過保護でなぁ、防犯がしっかりしてる所じゃないと一人暮らしなんかさせないーって言い張って、そしたらこういう感じの物件しかなくって」

 そういえば入り口で暗証番号入力したりしてましたね、しかしこういうところだと家賃も良いお値段しそうなものですが希って実はお嬢様だったりするんでしょうか。

う「年頃の娘を一人暮らしさせるなんて心配なのも当然ですよ」

希「んー、まあそれも分かるんやけどね」

 親の心子知らずというか、心配される側の人というのは得てしてその気遣いに気づかないものですよね、穂乃果の世話をしているといつも思います。

希「その辺適当に掛けといてええよ」

う「あ、はい」

希「お腹空いてるやろ?なんかあったかな~」

 台所でかがみ込んで冷蔵庫を覗き込む希、普段から見知った相手でも家での仕草はなんだか新鮮に感じますね。

希「うーん、帰りになんか買ってくればよかったかなぁ」

う「希は普段から自炊を?」

希「時間と気力があるときだけやね~、バイトとかで遅くなった時はスーパーで半額になったお総菜買ってご飯だけ炊いて、とか」

う「大学生みたいな食生活ですね」

希「極力は自炊した方がいいとは思うんやけど、一人分だけ作るのも結構手間やし、なにより片づけが面倒なんよね」

う「そういうものですか」

希「あ、でもだいたい週に一回は手料理食べてるかな」

う「...自分で作った料理ではないみたいな言い方ですね」

希「うん、ウチが一人暮らしだって知ってからというもの、えりちがほぼ毎週末家に来てな、そのたびご飯作ってくれるん」

う「通い妻じゃないですか」

希「かよ...!?海未ちゃんの口からそんな単語が飛び出すとは...」

う「普段から二人は以心伝心というかあうんの呼吸というか、夫婦っぽいともっぱらの噂ですが......やっぱりそういう関係なんですか?」

希「誰やそんな噂してるの!?」

う「しかし、絵里が夫で希が妻だとばかり思っていましたが実際は逆だったんですね、意外でした」

希「も、もう!からかってるやろ!」

う「ふふっ、すみません、滅多にないチャンスだったので」

希「何のチャンスよもう...、海未ちゃんって意外とお茶目なところあるよね」

う「...意外、ですかね」

希「うん?」

 私だって冗談ぐらい言いますし、面白いものを見たらお腹を抱えて笑い転げることだってあります。

 でも口下手なせいでしょうか、周りから見ると私はどうやら相当な堅物に見えるらしく、そういうことをすると大真面目に受け取られて話がかみ合わなくなったり心配されたり...。

 幼なじみ達と一緒にいると、暴走しがちな穂乃果のブレーキをしたり、ときどき天然をカマしてくることりにツッコミを入れたり、そういう役回りが多いのでそんな印象が付いてしまっているんでしょうかね。

希「...意外やね」

う「え?」

希「海未ちゃんが先輩のことからかって笑うのも意外やし、海未ちゃん家に剣道場があることも知らんかったし、小学校三年生までおねしょしてたことも――」

う「ちょっ!その話は忘れてください!!」

希「ふっふっふ、仕返しやん」

う「くっ...」

希「とにかく、ウチ海未ちゃんの意外な話もっと聞きたいな、せっかくやし今日はいっぱいお話しよ?」

う「...そうですね、私も希に聞きたい話、いっぱいあります」

希「よし、そうと決まったらまずは腹ごしらえやな、ぱぱっと作るからちょっと待ってね」

う「あっ、私も手伝います」


――

み「...はっ!...やっ!」

 薄暗い道場に威勢の良いかけ声と竹刀を振るう音が響く。

 園田家の一角にある剣道場、日中は海未の父を師範として門下生達が稽古を行っているがこの時間にはもう誰も使っていないため貸し切りで使える、身内の特権である。

 海未は竹刀を振りながら剣道部での事を思い返す。


剣『見た感じ、昔から稽古を積んでいただけのことはあってフィジカル面は充実してるね、剣速はかなりのものだし、防御する反応も早い』


 あの後風やしずくとも立ち会ったが、はっきり言って全く勝負にならなかった。

 隙だらけだの攻撃が単調だの覇気がないだの散々言われたが、彼女らの証言を統合するとおおよそ「動きが見え見えすぎる」ということらしい。


剣『海未ちゃんに足りないのはおそらく、経験だ』


 対人戦の経験が無いから、どういう状況でどこに打ち込めば決まりやすいかとか、攻められている時にどう立ち回れば反撃できるかとか、そういう実戦の中で身に付いていくような技術が全く無い、という理屈のようだ。

 そしてそういうものは一朝一夕で身に付くものではない。


剣『とにかくそこを大会までに出来る限り補強するしかないね』


 きっと付け焼き刃にしかならないだろうけど...。

み「...っ」

 なんと情けない話でしょうか、助っ人などと呼ばれて意気込んで部活を休んでまで(もう一人の私が参加してはいますが)行ってみれば、全く役立たずじゃないですか。

 初めて竹刀を握ってからかれこれ10年近く、それなりに腕に自負はありましたがそれは今日完全に打ち砕かれました、私のなけなしのプライドがもうガタガタです。

 これでは私が剣道をやってきた意味も...。

 しかし泣き言を言っても始まりません、大会のエントリーは既に私の名前で出されてしまっていますし、音ノ木坂に他に剣道が出来る人がいるかどうかは怪しい所です。

 期待させておいてバッタモンを掴ませてしまった剣道部の皆さんには本当に申し訳ないですし、衆人環視の大会でボコボコにやられるかもと考えると胃が痛い限りですが、逃げ場もないというわけです。

み「...やぁっ!...はっ!」

 弱気を振り払うようにがむしゃらに竹刀を振っていると、道場の入り口に背の高い人影が覗いた。

「...海未か?」

み「あっ、お父さん」

園田父「珍しいな、舞の稽古はもう終わったのか?」

み「はい」

 父は先述の通りこの道場の師範であり、つまりは私の剣道の師でもあります。

 家柄上、日舞の習練は半ば強制でした(と言っても嫌々やっていたワケではありませんが)が、剣道については自由とされていました、その上で私は剣道を始めることにしました。

 それから数年、ここで稽古を積んできましたが、父はあまり多くのことを教えようとしませんでした、きっとするべきことは自分の力で考えろという事だと思います。

 その後、高校に入学して、私は剣道部に入るか弓道部に入るか迷っていました。迷った末弓道部に入ることを決め、父にそのことを伝えると。

園田父『そうか』

 とだけ返してきました、その時の父の表情がなんとなく寂しげに見えたのを覚えています。

 それ以降、別に剣道をすることを禁じられたわけではないのですが、長年続けてきた剣道から弓道に浮気したことに後ろめたさを感じてか、家の道場にもあまり近づかなくなっていました。

 ここで父と会うのも久しぶりですね。

園田父「もうそろそろ風呂が沸くから、準備しておきなさい」

み「あ、はい」

 父はそれだけ言って立ち去ってしまいます。

 別に仲が悪いとかいうわけじゃないですよ?ただ寡黙な人なんです、私もあんまり自分から積極的に喋る方ではないので結果こう事務的な会話になりがちなんですよね。

 さて、お風呂に入ってしまうともう汗をかくようなことはできなくなってしまうのでもう少しだけやっていきましょうか。


――

――


う「一人暮らしって実際楽しいものですか?」

希「うーんそうやねぇ、確かに夜更かししてても誰にも怒られないし、食べるものも好きに決められるし、ちょっとお金無駄遣いしてもバレないし、気楽というか自由ではあるね」

希「でもその分ちゃんと自分でセーブできるようにならなね、だらけようと思ったらいくらでもだらけられてしまうから」

希「ウチはしっかり者の友達が気に掛けてくれるからなんとかやっていけてる、かな」

う「絵里とは本当に仲が良いんですね」

希「そうやね、今までで一番の友達、かな」

希「......そ、それより、海未ちゃん一人暮らしに興味あるん?」

う「言った後に恥ずかしくなったでしょ」

希「言わんといてよぉ」

う「ふふっ、...私の姉はもう社会人で一人暮らしをしてるんですが、ことあるごとに海未も家を出て一人で生活してみろと言ってきて」

希「ちょっと待って海未ちゃんってお姉さんいるの?」

う「ええ、言ってませんでしたっけ」

希「初耳やん、μ'sのみんなって意外と兄弟姉妹おる娘多いな」

う「まあ私と姉とはかなり年が離れていて、私が小学生の頃に大学に進学して家を出てしまってそれ以降は会うのも年に2,3度ですからあんまり姉妹って感じでもないんですけどね、実際は穂乃果やことりの方が一緒に過ごした時間は長いぐらいだと思います」

希「海未ちゃんって長女っぽいイメージやったけど妹ちゃんやったんやなぁ 」

う「そんな風に見えますか?大人ぶってるつもりはないんですが...」

希「大人ぶって...というよりは頼りがいがあるって感じかな、海未ちゃんは面倒見もいいし、それに何事にもビシッと筋が通ってて、味方にいてくれると凄く心強く感じる」

う「...本当ですか?」

希「うん」

う「......私、昔は、凄く臆病で今の数倍は恥ずかしがりだったんです、何をするのも穂乃果とことりの後ろに隠れて付いていくばかりで、二人がいなかったら何も出来ない子でした」

う「もしそう思って貰えてるんだったら、私も少しは成長できたと思っていいんですかね」

う「いつまでも二人に甘えてはいられませんから」

希「甘え...」

う「剣道を始めたのはそのためもあったんですよ、いつも私を守ってくれた二人を今度は私が守りたい、なんて思って」

希「漫画の主人公みたいなこと言うね」

う「あ、これ恥ずかしいので二人には秘密ですよ?」

希「ふぅん...」

希「それにしても、海未ちゃん家に剣道の道場もあるなんて全然知らんかったよ、この辺じゃ有名なんやろ?」

う「有名かどうかわよく分かりませんが、道場は大きいですよ」

希「穂乃果ちゃんも一時期やってたんやろ?」

う「本当に一時期だけでしたけどね、同年代の子がいなかったので穂乃果を誘ってみたんですが」

希「寂しかったんやね」

う「......まあそうですけど」

希「今日の海未ちゃんなんか素直」

う「あの娘は我慢とか忍耐とか一番苦手なタイプですからね、やっぱり長続きしませんでしたね」

希「冬場が大変なんやって?穂乃果ちゃんが言ってたけど」

う「確かに冬は冷たい床の上を裸足でいなければならないので大変ですけど、本当に辛いのは夏ですよ」

う「冷房など無い蒸し風呂状態の道場で、熱気の籠もる面を着け、とにかく蒸れる小手を着け、重い胴と垂を着けて動き回るなんて、もうまさに地獄ですよ」

希「あ、海未ちゃんでもそういうのは辛いと思ってるんや」

う「当たり前です、仙人じゃないんですから、心頭滅却しても暑いものは暑いです」

希「完璧超人の海未ちゃんでもちゃんと弱点はあるんやなぁ、ちょっと安心した」

う「私のことなんだと思ってるんですか」


 ~♪


希「お、お風呂沸いたね、海未ちゃん先入ってええよ、服はウチの貸すから」

う「あ、はい、ありがとうございます」

希「...」

う「...」

希「...?」

う「あっ、希は言ってこないんですね...」

希「は?」

う「な、なんでもないです!行ってきます!」

希「あ、うん」

希「なんやったんやろ...」

希「.........」


花陽『さて、それじゃお先にお風呂頂いてこようかな、あ、それとも一緒に入る?』


希「...もしかして『それとも、一緒に入る?』的な台詞が来ると思って身構えてたんか?幼なじみ達にいつも言われてるから?」

希「なんやそのボケ!分かりづら!」




希「あ~、さっぱりさっぱり、久しぶりにお風呂に浸かると気持ちいいね」

う「えっ、希...」

希「......いや違うよ!?普段は一人しか入らないのに湯船を張るのがもったいないからシャワーで済ませてて、お湯に浸かるのが久しぶりってだけで体は毎日洗ってるからね!?」

う「そ、そうですよね、変に焦ってしまいました」

希「でも正直、外に出る予定のない休みの日は入らなくてもいいかなーって...」

う「いやいやいやダメですよ!女性としてダメです!」

希「冗談やん冗談、ちゃんと毎日洗ってるから」

う「希の冗談は分かりづらいです...」

希「ごめんごめん」

希「それにしてもその服サイズ合ってないんかな、ウチの服海未ちゃんが着るとダボっとして見えるね」

う「そうですかね?でも寝間着ならこれぐらいでも問題ないと思いますけど」

希「むー、身長同じぐらいやのにこんなに差があるとは、海未ちゃんは細くて羨ましいなぁ」

う「細いっていうか...薄いんですよね...フフフ」

希「あっ...、いや、海未ちゃんぐらい全然普通やん、ほら、ほどよい大きさっていうか?」

う「そんな無理にフォローしなくていいですよ、別にそこまで気にしてませんから」

希「そ、そうなん?てっきり地雷踏んだかと」

う「実は前はちょっと気にしてたんですが、μ'sのみんなを見てると気にならなくなってきました、人それぞれこれも個性ですよね」

希「さすが海未ちゃん菩薩のような心の広さや」

う「にこも凛もかわいらしいですよね」

希「自分より下を見つけて安心してるだけやった」

う「ふぁぁ...っ」

希「あらあら、大欠伸やね」

う「す、すみません...普段だともう寝る時間なので」

希「えっ、まだ10時やけど」

う「ええ、もう10時ですよね」

希「...そういや合宿の時もすごい早く寝てたね」

う「うちは朝が早いのでこれぐらいに寝ないと起きれないんですよ」

希「そらまた大変やね、ちょっと待ってねすぐにお布団敷くから」

う「あ、すみません......ちゃんと来客用の布団があるんですね」

希「しょっちゅうお客さんが来るからね、あ、一緒のベッドで身を寄せ合って寝る展開を期待してた?」

う「ち、違います!」

希「でも、穂乃果ちゃん達とお泊まりする時は一緒に寝てるんやろ?」

う「何で知ってるんですか!?」

希「うわ、適当に言ってみたけどマジやったんか」

う「最初は別々に寝ようとするんですけど、色々理由つけて結局潜り込んでくるんですよ、そうなったらもう無理矢理追い出すわけにもいかないじゃないですか」

希「幼なじみに愛されてるね、それになんだかんだ言いながら海未ちゃんも甘いなぁ」

う「...否定できませんけど」

希「はい、一応ウチが毎日寝てるのでよければベッド使ってもええけどどっちにする?」

う「いえ、こっちを使わせて頂きます、私普段から敷き布団ですし」

希「オッケー、じゃあもう歯も磨いたしもう電気消そっか」

う「えっ、いやいいですよ、希はまだ眠くないでしょう?私は明るくても寝られますから」

希「分かってないなぁ、お泊まりっていうのはこの電気消してからのお喋りが本番やん」

う「......あんまり遅くまではダメですよ、寝ちゃいますからね」

希「ふふっ、こりゃ海未ちゃんを退屈させんように頑張らなあかんな」

今年もスタンプラリーやってるみたいですね
一度は下田に行っておきたい
おやすみなさい



希「海未ちゃんって、好きな人いるの?」

う「な、なんでいきなりそんな話題なんですか!」

希「こういう時の定番やん、恋バナ」

う「音ノ木坂は女子校ですよ、そんな話ないです」

希「えー、でもえりちから聞いたよ?この前海未ちゃんが後輩の娘から...」

う「なんで話しちゃうんですか絵里ー!」

希「大人しそうな顔しといて裏ではやることやってたんやねぇ」

う「やってませんから!」

希「結局その娘とはどうなったん?」

う「丁重にお断りさせて頂きました」

希「えーもったいない」

う「なんですかもったいないって」

希「あ、もしかしてもう心に決めた人が...それどころか許嫁なんかおってもおかしくないやん海未ちゃん家なら」

う「ありませんよそんなの」

希「そっかー...恋愛とか興味ないん?」

う「そういうわけでは...ないと思うんですが、今は他にもっと大事なことがありますから、優先度は低いと思います」

希「それって...スクールアイドルのこと?」

う「そうですね、他にも勉強とか日舞とか色々です」

希「そっかぁ......」

希「ちなみに、好みのタイプとかは?」

う「まだ続けるんですかこの話題」

希「だってまだ海未ちゃんについて何も知れてないし」

う「...笑わないでくださいね?」

希「うん」

う「............お父さんみたいな人がいいです」

希「ほぅ」

う「やっぱ今のなしです!忘れてください!」

希「いやいや、親に似てる人をパートナーに選ぶってよく言うし全然変じゃないよ」

う「うぅ......なんだか希と話していると余計なことまで喋ってしまいます...」

希「ふふふ、あの堅物えりちをも懐柔した巧みな話術の賜物やん」

希「でもウチ海未ちゃんのお父さん知らんしなぁ、どんな人なん?」

う「もう話しません!」

希「えー、じゃあ今度海未ちゃん家お邪魔していい?直接会ってみる」

う「好きにしてください、私はもう寝ます」

希「ちょっと拗ねないでよ、ほら、今度は海未ちゃんからウチに質問していいから」

う「...そんな、急に言われてもあんまり思いつきません」

希「えっ、海未ちゃんウチにあんまり興味ない...?ちょっとショック」

う「う...、そうは言われても...」

希「なんでもええよ?ウチに答えられる範囲なら」

う「はぁ...それじゃあ、好きなお味噌汁の具は何ですか」

希「えっ......えっ?」

う「なんでもいいんでしょう?」

希「確かにそう言ったけども......お麩かなぁ」

う「なるほど、ありがとうございます」

希「なんか釈然としないんやけど...やっぱり海未ちゃんウチに興味ないんじゃ」

う「いやいや、かなりプライベートな質問でしょう、好きなお味噌汁の具」

希「これはプライベートっていうよりニッチだと思うけど...まあいいや、じゃあ次はウチの質問ね」

う「え、まだ続くんですか」

希「まだ一往復しかしてないやん、夜はまだ長いよ」

う「...眠くなったら本当に寝ますからね」

希「それじゃあもっと刺激的な話題にしないと」

う「おやすみなさい」

希「ちょ、冗談!冗談やん!」


――

――


『...み...ん、うみちゃん!』

海未『は、はい!』

『ちゃんとまっすぐ掘れてる?なかなか届かないねぇ』

海未『う、うん、たぶん』

『ズレちゃったんじゃ...あっ!』

海未『あっ...』

 長らく土の感触だけに触れてきた指先が、なんだか柔らかくて温かくてくねくね動くものを探り当てる。

 砂場に山を作って、両側から穴を掘ってトンネルを貫通させる遊び、昔よくやりましたね。

『繋がったぁ!』

海未『うん!』

 しばらく砂山の地下でお互いの手を触り合っていたが、不意に向こうから手が離される。

『あ!』

 山の向こうから声の主が顔を出す、あまり長くない髪を頭の右側で小さく結った少女...いや幼女と言った方が正しいか。

 寝そべって穴を掘っていたのであろう服や頬が砂だらけになっているのを気にも留めず、彼女は明後日の方向を見て目を輝かせている。

海未『ほのかちゃん?』

穂乃果『あっち!ブランコ空いたよ!』

 穂乃果の指さす方向には、誰かが遊んでいた勢いの残滓で微かに揺れるブランコ。

 さっきまでブランコを占領していた男の子達はサッカーボールに興味を引かれたらしい。

 なるほど遊具の中でも特に人気のブランコが使えるチャンスにテンションが上がっているようだ。

穂乃果『行こう、うみちゃん!』

海未『う、うん』

 今度は横から十字にトンネル掘りたかったのになぁ、なんて砂場に後ろ髪引かれつつも穂乃果の後を追ってブランコに向かう。

穂乃果『ひゃー!やっぱブランコは楽しいね!』

 穂乃果は立ち漕ぎでぐんぐん速度と振れ幅を上げていく、私は怖くて座り漕ぎしか出来ないので、勢いよくなびく穂乃果の髪を羨みながら横から見上げるばかりだ。

穂乃果『うみちゃん、見てて!』

海未『はい?』

 私の返事も待たずに穂乃果はぐっと一層力強く漕ぎ出したかと思えば、チェーンを掴んでいた手を離し、思い切り板を蹴った。

海未『あっ!』

 宙を舞う穂乃果は上体を綺麗に逸らしながら飛距離を伸ばしていく、その瞬間私の目には、穂乃果の周りにだけ太陽が余計に多くの光線を送っているのではないかと思うくらいにキラキラ輝いて見えた。

 穂乃果の輝く瞳は、足下でも、着地点でも、公園の向かいの家でも、ましてや背後の私などでもなく、もっと上の、もっと向こうを見ていた。

 私は思わず手を伸ばしたが、穂乃果はもうその遥か遠くを飛んでいた。

穂乃果『っと』

海未『......ほっ』

 やがて、穂乃果は手を着きながらもしっかりと着地する、私は小さく溜め息をついた。

海未『あ、危ないよほのかちゃん!』

 今更である。

 そんな心配も余所に穂乃果は笑顔でブンブンと手を振ってくる、まあ無事ならいいけれど。

穂乃果『うみちゃんもやってみなよ!面白いよ!』

海未『えっ』

 何を言い出すかと思えば、立ち漕ぎすら満足に出来ない私にとんだ無茶振りである。

海未『む、無理だよぉ』

穂乃果『大丈夫大丈夫!』

 何を以て大丈夫なのか甚だ疑問だ。

 だが、脳裏に浮かぶのはさっきの穂乃果の姿。

海未『...』

 おもむろに、お尻を乗せていた板に立ち上がる、不安定にブランコが揺れるたびに肩を震わせながらもなんとか直立の姿勢にはなる。

 そして、硬直。

 ブランコに立ったことが初めてなので揺らし方が分からない、というかこ状態で身動きを取れる余裕がない、変に動いてバランスを崩せば頭からひっくり返ってしまいそうな気がしてならない。

 木に登ったはいいが下りられなくなった猫状態とでも言うのだろうか。

穂乃果『うみちゃんがんばれー!』

 そんな私の状況を知ってか知らずか、穂乃果が脳天気な声を上げる、私にとってそういう事は逆にプレッシャーになると気づいて欲しい。

 地面からの距離はほんの数十センチ、幼稚園児が飛び降りても問題なく着地できる高さなのだが、もはやそこまで頭が回らない、押すも引くもできなくなって勝手に追いつめられていく。

 そして。

海未『う...うぅ...ぅえええええぇぇぇぇん』

穂乃果『うみちゃん!?』

 穂乃果からすれば、ブランコをしていた友達が突然泣きだしたように見えただろう。

穂乃果『どうしたの?大丈夫?』

海未『うわあああぁぁぁぁぁぁぁん』

 その後、私の泣き声を聞きつけた大人によって無事救出された、事情を説明した穂乃果は危ない遊び方をするなとお母さんからこっぴどく怒られたらしい。

穂乃果『ごめんねうみちゃん無理させちゃって、怖かったよね』

海未『あっ......ううん』

 穂乃果に謝られて、私は無意識に奥歯を噛みしめていました。

 悔しかったのです、ブランコからジャンプできなかったことが?

 いや、穂乃果と同じことができなかったのが、穂乃果と同じステージに立つことができなかったのが。

穂乃果『危ないのはよくないよね...今度から気をつけるから...』

海未『...』

 私が、穂乃果の足を引っ張っているように思えたのが、なにより悔しかったのだと思います。

 別に危険な行動を推奨するわけではありませんが、私の弱さが、穂乃果の足を止めてしまうのがたまらなく嫌だと、感じたのです。

海未『...』

 私は......。


――

――


う「...ほの...か」

 カーテンの隙間からまだ薄暗い空が見える、いつもとは違う天井を五秒ほど見つめてからゆっくりと上体を起こす。

 目をしょぼつかせながら、静かに寝息を立てる希の枕元にある目覚まし時計に焦点を合わせる、5時30分を回ったあたりか。

 少し、寝坊ですね、昨晩はなんだかんだ言って希の話に結構付き合ってしまいましたからね。

う「...なんだか懐かしい夢を見た気がします」

 私のことを知りたいとか言って、希に昔のことを根掘り葉掘り訊かれたからかもしれませんね。

う「んん...!、さて」

 未だ霞がかったような頭を覚ますように伸びをして、静かに布団から抜け出した。


――

――


希「...んん」

 寝ぼけ眼で頭上にあるはずの目覚まし時計を探り当て、顔の前に持ってくる。アラームが鳴る5分前、ちょっと勝った気分。

 ならあと5分寝ても大丈夫かなーなんて誘惑を振り払おうと顔を横に向けると、綺麗に畳まれたお布団一式が目に入る、そういえば海未ちゃんが泊まってたんだっけ、もう起きてるみたいだけど。

 カチャカチャ...カタカタ。

 耳をすますと隣の部屋...ダイニングキッチンの方から食器が擦れるような随分生活臭のする音が聞こえてくる事に気づく。

 それに、なんだかいい匂いも漂ってくる。

 ふと思い浮かぶのは、一人暮らしになる前、ここ東京から遠く離れた地で両親と一緒に暮らしていた頃、朝早くに起きて台所で作業をする母の背中。

 だが今ここには母はいない、いるのは来客であるところの。

希「......海未ちゃん!」

 慌ててベッドから身を起こしダイニングへの扉を開ける。

う「あっ、おはようございます」

 それに気づいて台所に立っている海未が振り向いて挨拶をしてくる、なぜか制服にエプロン姿だ。

希「お、おはよう...じゃなくて、なにやってんの?」

う「何って、朝食を作ってるんです、あ、台所とエプロン勝手に借りてすみません」

希「...いやそれはええんやけど、なんでそんなことを...海未ちゃん何時に起きたん?」

う「5時半ごろです」

希「ごっ...なんでまたそんな」

う「いつもの癖で早く起きてしまって、なので朝ご飯でも作ろうかと」

希「海未ちゃんはお客さんなんやから、そんなことしなくていいんよ?」

う「いえ泊めていただいているんですから、これくらいのことはやらせてください」

 そうだった、海未ちゃんはこういう娘なんだった、実家じゃないんだしせっかくだからちょっと楽しようとか、遅くまで寝ててもいいやとか、そんなこと考えもしないんだろうなぁ。

希「...何作ったん?」

 コンロに置かれた鍋を覗き込む、匂いで大体分かってはいたけど。

う「お味噌汁です、朝食ですから」

希「...お麩が入ってる」

う「好きって言ってたでしょう?」

希「でも、家にお麩なんか置いてなかったと思うけど」

う「ええ、なので下のコンビニにひとっ走り、あ、すみません鍵は勝手に借りました」

希「入り口のパスコードは?」

う「あぁ...昨日希が押してるのを横で見てたので」

希「案外抜け目ないね...」

希「...で、いくらやったん?お金出すよ」

う「えっ、いいですよ、私が勝手にやったことですから」

希「ダメ、ウチにそこまでしてもらう義理がないもん」

う「別にいいのに......150円ぐらいです」

希「お揚げも入ってる見たいやけど、これは?」

う「その分はいいですよ、折半ってことで」

希「ダメやって、お客さんにお金払わせるわけにはいきません」

う「ですが...」

希「その為に仕送り貰ってるんやから、年下の海未ちゃんに払わせるなんてなおのことできんよ、バイトもやってるし案外お金持ちなんよ?」

う「...分かりました、レシートがありますから」

 渋々という風にお財布からレシートを出して渡してくる、そんなに自分で払いたいのだろうか。

希「はい、確かに、それにしてもいい匂いやねぇ」

う「ご飯も炊けてますよ、よそっておきますから顔を洗ってきてください」

希「お、お母さん...」

う「誰がお母さんですか」

希「ん?これは...」

 食卓の上にノートと教科書が開かれている、希の物ではないが見覚えがある、2年生の時に使っていたもののようだ。

う「あぁ、すみません、すぐ片づけます」

希「勉強?偉いねぇ」

う「宿題です、夜にやる時間がないのでいつも朝にやってるんです」

希「朝からそんな時間ある方が信じられんけど」

う「そういえば希も昨晩は早く寝ていましたが宿題は無いんですか?」

希「あー大丈夫大丈夫、えりちに見せてもらうから」

う「元生徒会ですよね...それも副会長」

希「...過去の話やん」

う「明らかに常習犯の台詞でしたけど」

希「気のせい気のせい」

う「大丈夫なんですか?大学受験とか」

希「あーあー聞こえなーい」

う「子供ですか」

希「まあセンター試験なら鉛筆転がせば8割は取れるからイケるかなって」

う「あながち冗談に聞こえないのが怖いところですが...」

希「う~ん、おいしい」

う「そうですか?よかったです」

希「これならどこにお嫁に出しても恥ずかしくないね」

う「まだまだですよ、今日も本当は焼き魚までつけたかったんですが」

希「ザ・日本の朝食やね、でも最近の冷食もなかなか馬鹿にできんやろ?」

う「ええ、この唐翌揚げ、まるで揚げたてのようです」

希「冷食は一人暮らしの生命線やからね」

う「でもあんまりそればかりではよくないですよ」

希「言うと思った」

う「希はお昼は普段どうしてるんですか?」

希「購買のパンが多いかな余裕があればお弁当も作るけど」

う「食べるものが偏ってませんか?炭水化物は糖質ですからね、パンばっかり食べていると体に良くないですよ」

希「分かってはいるんやけど、なかなかねぇ」

う「冷蔵庫の中も見た感じだとお昼以外でもあんまり野菜とか摂ってないでしょう?一人暮らしでいちいち料理をするのは面倒なのも分かりますがこういうものばかりだと栄養が偏ってしまいますよ、体の為を考えて...」

希「で、でも、えりちが来た時はちゃんとしたもの食べれるし」

う「精々週に一回程度でしょう?全然足りないです、一日に摂取すべき量というのがあって、それを毎食バランス良く――」

希「...」

 今度からもうちょっと穂乃果ちゃんに優しくしよう、そう心に決めた希であった。


――

――


み「うーん...」

 この腕の張ったような痛み、間違いなく筋肉痛です。

 朝日の差す通学路を歩きながら唸る海未の表情は晴れない。

 剣道から離れて久しいとはいえ他のことで運動は続けていたので大丈夫だと思っていたのですが、使う筋肉が違うということでしょうね。

 一日で筋肉痛が来るなんで若い証拠ですね...なんて言ってられません。

 昨日、ただでさえ残念な戦いぶりだったというのにこれでは余計に動きが悪くなってしまいます...。

み「はぁ...」

穂乃果「おはよー」

み「あぁ、穂乃果、おはようございます」

穂乃果「ん?なんか元気ないね、寝坊でもした?」

み「まさか、穂乃果じゃあるまいし」

穂乃果「本人が目の前にいるんだけど」

み「ことりはまだですかね」

穂乃果「無視はよくないよ」

ことり「ごめんね~お待たせ」

み「噂をすれば、おはようございます」

穂乃果「おはようことりちゃん!」

ことり「おはよ~」

み「で、その手に持っている荷物は...」

 ことりの手には見覚えのある大きな手提げは今度は二つ、中身はあまり考えたくないですが。

ことり「えへへ~、それは後のお楽しみです」

み「すごいデジャヴなんですが」

穂乃果「昨日のとは違うの?」

ことり「違うよ~、うふふふ」

み「...」

穂乃果「にしても本当に大荷物だね」

み「そうですね、一つ持ちましょうか」

ことり「いいの?ありがとう」

み「大丈夫でぉう!!?」

ことり「う、海未ちゃん!?どうしたの!?」

み「な、なんでもないです...、思いの外重くて驚いただけです」

ことり「そ、そう?ごめんねことりが急に離したから」

穂乃果「海未ちゃん手震えてるけど...」

み「大丈夫、大丈夫ですから」

ことり「...」

穂乃果「...」

ことり「そ、そういえばみーちゃんは昨日剣道部に行ったんだよね」

穂乃果「そうそう、是非剣道部に入ってくれ~って勧誘されたりしてるんじゃないかなって話してたんだよ」

み「え”っ...あー、そういうことは無かったですけど...」

ことり「...?昨日何かあったの?」

み「いえ、何もありませんよ、何も」

ことり「...」

穂乃果「...」


――

――


穂乃果「あ、海未ちゃんおはよう!」

ことり「おはよ~」

う「おはようございます」

穂乃果「...ふふっ、なんか変な感じだね」

う「ああ、今日私に合うのは二度目ですか」

ことり「うん、一緒に登校してきて、部室で別れてきたよ」

う「私の知らない所で私が動き回っているというのは妙な気分ですね」

穂乃果「でもなんか元気なさげだったよね」

ことり「剣道部の方でなんかあったんじゃないかなぁって思うんだけど、話してくれないし」

う「そうですか...まあ話さないってことはたいしたことじゃないんでしょう、任せておけばいいんじゃないですか」

ことり「じ、自分に対する信頼厚いね」

穂乃果「あ、そういやうーちゃんは希ちゃん家に泊まったんだっけ、どうだったどうだった?」

う「どうと言われても...ただご飯食べてお風呂に入って寝ただけですし」

穂乃果「そうなの?私が行った時は映画見たりゲームしたり占いしてくれたり、いっぱい遊んだんだけど...平日だから仕方ないか」

ことり「えっ?穂乃果ちゃん、希ちゃんの家に行ったことあるの?いつの間に?」

う「ん...なんだか覚えがありますね、たしか夏頃に...」

穂乃果「そうそう、夏休みにかよちゃんと...」

ことり「あぁ!言ってたね!かよちゃんと体が入れ替わったとか」

う「あ~、そんなこと言ってましたね、あれは結局本当だったんですか?」

穂乃果「信じて貰えてなかったんだ...」

う「正直あの時は与太話としか思ってませんでしたけど、現状を鑑みるとあながちでたらめでも無いように思えますね」

穂乃果「いや本当だから」

ことり「じゃあ、海未ちゃんが二人になったことと、穂乃果ちゃんとかよちゃんが入れ替わったことには何か関係があるってこと?」

穂乃果「それは分からないけど...希ちゃんが調べておくって言ってたけど、特に続報は無いね」

う「調べるって...どうやって何を調べるのか想像つかないんですけど」

ことり「私たちの中では希ちゃんがこういう不思議なことの知識は一番ありそうだけどね」

う「それはそうですが・・・後で話を訊いてみましょうか」

穂乃果「そうだね~」



ヒデコ「穂乃果達がなんか変な話してる・・・」

フミコ「まあ、穂乃果達だしね」

ミカ「穂乃果達だもんね」


――

――


み「ふぅ、今日はかなり仕事が捗りましたね、あとは穂乃果にチェックさせて...」

ことり「みーちゃんおまたせー!」

み「あっ...」

う「あなた、知ってたなら逃げておけばよかったのに」

み「忘れてました...」



真姫「で、今日は何?メイド?」

う「やっぱりこの格好は慣れません...ていうかスカート短くないですか?」

ことり「前にメイド喫茶で着たときはクラシックなメイド服だったから、今回はミニスカメイドさんだよ!フリルも増量仕様!」

う「こういうのは私には似合わないと思うんですが...」

こ穂「「そんなことないよ!!」」

ことり「すっごくかわいいよ!」

穂乃果「ギャップ萌えだねギャップ萌え」

う「そ、そうですか...?」

真姫「海未って案外チョロいわよね」

凛「凛はツッコまないよ」

み「この服は...昨日と同じでは?私は着てませんが」

希「いや、あっちがメイドさんならこれはきっと執事服やない?」

絵里「その割りにはもこもこしてないわね!」

希「えりち...」

絵里「いや、冗談だから、そんな目で見るのをやめて」

み「執事服だろうが結局同じスーツなんじゃないんですか?」

ことり「ちっがうよ!全然分かってない!」

希「うわっこっち来た」

ことり「いい?新郎さんはその場の主役、一番目立つために目一杯おめかしするの、でも執事さんはあくまでご主人様の僕、優美でありながらも派手すぎないように、ほらこのタイの装飾とかも――」

み「わ、分かりました!よく分かりましたから!」

ことり「...まあいいや、本番はこれからだもんね」

み「やっぱりなにかさせられるんですね...」

ことり「うふふ、今日はことりも着替えます」

み「えっ?」


――

――


う「...お茶が入りました、ことりお嬢様」

ことり「ありがとう、ん~いい香り~」



絵里「ことりはお嬢様役なのね」

にこ「あの紅茶とティーセットは?」

希「ことりちゃんの持参みたいやね」



み「こちらが本日のデザートでございます、お嬢様」

ことり「わぁ!おいしそうなパンケーキ!」

み「メープルシロップといちごジャムもございます」



にこ「...あれは?」

希「...ことりちゃんの持参みたいやね、多分手作りの」

凛「凛知ってるよ、こういうの自作自演って言うんだよね」

にこ「ていうかどうやって持ってきてんのよ」



ことり「ちょっぴり冷めちゃってるけど、おいしいよ!」

み「ありがとうございます」



希「ちょっぴりどころかひえっひえやろうね」

凛「それでもおいしそう...」

絵里「さすがことりね」

み「もう...口元にシロップがついてますよ」

ことり「え?」

み「あっ、動かないでください拭いてあげますから」

ことり「んっ...、ふぅ、ありがとうみーちゃん」

み「もうちょっと落ち着いて食べてください、はしたないですよ」

ことり「えへへ、でもみーちゃんに構ってもらえるなら結果オーライかな」

う「...」

み「なっ...、わ、私は執事としての仕事をしているだけです!」

ことり「そっか~、ふふふっ」

う「あ、あの、ことりお嬢様!私の淹れたお茶も飲んでみてください!」

ことり「うん、いただきます」

う「ど、どうですか...?」

ことり「.........薄い」

う「えっ」

ことり「うーんっと、ちょっとこれは...薄すぎかなぁ」

う「やっぱり、緑茶と同じ方法じゃダメですよね...」

絵里「温いわね」

穂乃果「練習メニューが!?」

希「コントのネタがやない?」

絵里「何の話よ、じゃなくて、紅茶は緑茶よりも温度の高い熱湯で出すのよ、だから葉が開ききって無かったのね」

真姫「絵里、詳しいのね」

絵里「ふふん、私を誰だと思っているの?そう、かし



う「申し訳ありません...すぐに下げます」

ことり「あ、いいよぉ、飲めないほどってわけじゃないし」

う「いえ、こんな出来損ないをお嬢様のお口に入れるわけには」

ことり「大丈夫だよ、もったいないし、ほらっ」

う「あっ」

ことり「きゃっ!」

 ぱしゃっ

う「あっ...、す、すみません!お怪我は...、熱くなかったですか!?」

ことり「だ、大丈夫、かかってないから...、ごめんね、私が手を引っ張ったから」

う「そんな!私がちゃんと持っていなかったせいです!すぐに片づけますから」

み「...はぁ、見ていられませんね、あなたはもう下がってください、あとは私がやりますから」

う「なっ、あなたは関係ないでしょう!」

み「大ありです、お嬢様の安全を守るのも私執事の役目ですから」

う「私が居るとお嬢様が危険だとでも言いたいんですか」

み「その通りでしょう?」

う「くっ...」

み「それに......あなたに怪我をされても困りますし」

う「......えっ?」

み「お嬢様をひとりでお世話するのは大変ですから」

ことり「えー?ことりはいい子だよぉ?」

み「いい子は自分でそんなこと言いません」

う「あ...あ......ぅ...、ぞ、雑巾取ってきますーーー!」

み「えっ、別にいいのに」

ことり「ふふっ、うーちゃんの顔真っ赤だったね」

み「はぁ?」


――

――


花陽「ごふぅうぁお!」

凛「か、かよちん!血が!...鼻血!?」

真姫「ていうか花陽いたの...会話に入ってこないから気づかなかったわ」

凛「そ、そんなことより治療...保健室に!」

花陽「むじかくつんでれうみちゃん...しゅごいはかいりょくですぅ...」

にこ「でもなんか幸せそうね」

花陽「だいじょうぶだよりんちゃん、めがねかければおさまるから」

真姫「どういう理屈よ」

凛「凛はそんなかよちんも好きだよ」

真姫「私はあなた達の関係が心配よ」

穂乃果「いいなー!ことりちゃんばっかり~」

ことり「じゃあ次は穂乃果ちゃんがお嬢様ね、お嬢様ドレスも貸してあげる」

穂乃果「いいの?やったぁ!」

み「えっ、これまだ続けるんですか...」

絵里「海未もノリノリに見えたけど」

み「そ、そんなわけないでしょう!」

希「役になりきってたもんなぁ、現にうーちゃんもメイド服のまま雑巾探しに行っちゃったし」

み「あっ」


――

――


う「......な、何で私は自分に...、いや、ドキッっとなんてしてない、してないです...」

う「雑巾...教室まで取りに行きますか...」

 ひそひそ...ひそひそ...

う「......なんでしょう、視線を感じるような...話し声もするような」

う「とにかくはやく雑巾を見つけて帰りましょう」

 ガラッ

ヒデコ「えっ、海未ちゃん?」

う「あれ、あなた達まだ残っていたんですか?」

ミカ「勉強会だよ~、最近勉強時間がなかなか取れなくてさー」

う「あっ、みなさんにはいつも色々していただいて、本当に頭が下がります、ですがあんまり負担になるようなら...」

ミカ「いやっ、そういう意味で言ったんじゃないから!それは好きでやってることだしさ」

フミコ「それで、どうしたの?忘れ物かなにか?」

う「あ、そうです、雑巾を借りに来たんです」

ヒデコ「何?部室の掃除でもするの?」

う「ええ、まあ」

ミカ「なるほど、それでその格好なのかぁ」

フミコ「私はてっきり何かのプロモーションの一環かと」

ヒデコ「ミニスカだもんねぇ」

う「えっ...?あっ」

 こうして、雑巾を片手に廊下を疾走するメイド服姿の海未の噂は、一夜にして学校中の知る所となった。


――

――


み「ことりのコスプレ趣味っていつ頃から始まったんでしょうか、勘弁して欲しいです」

 嘆息混じりに愚痴りつつ、剣道場の戸を開く。

み「すみません、遅れました」

剣「お、海未ちゃん待ってたよ」

風「お疲れ様です!」

しずく「そういえば園田さんって生徒会にも入ったんだっけ、大変ね」

み「いえ、承知済みでやってることですから...っと、すぐ準備しますね」

三年生「悪い!遅くなった!」

み「にゃっ!!?」

 その時、さっき海未が入ってきた扉が威勢のいい声と共に勢いよく開かれた、その大声たるや道場内にいた全員が小さく飛び上がるほどであった。

剣「ひ、仁美、もうちょっと静かに入ってこれないの」

み「剣道部って元気のいい人が多いんですね...」

しずく「正直にうるさいって言っていいよ、あの人には」

風「にゃっ...」

み「...」

仁美「ん?あ、お前か、剣の言ってた助っ人ってのは」

み「ええ...って、あなた、確か風紀委員の」

仁美「ああ、元、風紀委員の志賀仁美だ、もう引退したけどな」

み「引退...」

仁美「というか、俺もお前のことは知ってるぞ、新しい生徒会の副会長だろう?」

み「お、俺...」

仁美「副会長が剣道もできたとはな、よろしく、それと風紀委員の後輩達のこともよろしく頼む、ちょっと頼りない奴らだが志は皆同じく崇高だぞ」

み「は、はぁ」

み「...剣道部って濃い人が多いですね」

しずく「まあ、否定はしないけど」

風「アレと一緒にはされたくないです」

み「先輩に対する当たり強いですよね」




剣「さてと、それじゃあ...」

仁美「園田!俺と試合やろう!」

み「うわっ」

 志賀さんって声が大きい上に体も大きいから話しかけられるだけでドキッとしますね。

剣「そうだな、海未ちゃんもそれでいいかな?」

み「はい、お手柔らかにお願いします」

 お世辞じゃなくて本気でそう思います。

仁美「おう、まかせとけ」

み「そういえば、志賀先輩は昨日はどうしていらっしゃらなかったんですか?今日も遅れていましたが」

仁美「ああ、風紀委員の後輩達の指導をしていたんだ、恥ずかしながら我が後輩達には未熟者も多くてな、引退した身ではあるがOGとしての立場から委員各員の意識と技術の向上に取り組んでいるんだ」

み「はぁ...随分と熱心なんですね」

 そんなに力を入れるほど風紀が乱れているとも思えないんですがこの学校、風紀委員って普段何をやっているんでしょうか。

剣「私が審判するから、ほら準備してー」

み「はい」

仁美「おう」




剣「お互いに、礼」

み・仁美「「よろしくお願いします」」

 志賀先輩はと言うと、とにかく大きい。まず身長が私より頭一つ近く高い、10cmぐらいの差でしょうか。

 ただ背の高さだけで言えば剣先輩も同じくらいですし、そこまでではないにしろ風さんも私より大分大きいです、しかし、それでも女性的な華奢さを感じさせる体つきをしている彼女たちに対して、志賀先輩は明らかに逞しい。

 女性に対してこういうことは言いたくないですが、ゴツい、という言葉が一番しっくり来るような体型なのです。

 それがさらに防具を身につけるのですからその威圧感たるや、もはや女子高生の放つものとは思えません。

 どう見ても猛者ですよね...、剣先輩には失礼かもしれませんがどうしてこの人が部長ではないのか不思議なくらいです、風紀委員と掛け持ちだからでしょうか?

 対して私は竹刀を持つ手がプルプル震えないように抑えるのが精一杯という体たらく。

 竹刀って結構重いんですよね、この筋肉痛の腕には文字通り荷が重いと言いますか...。

 とにかく、勝てる気が全くしないです、たった一日で私も弱気になったものです。

剣「はじめ!」

み「!!」

仁美「やぁーーー!!」

 剣の掛け声で我に返る、と同時に目に入ったのは自分に振り下ろされてくる剣先。

み「っ!」

 一瞬遅れながらも持ち前の瞬発力でギリギリでかわす、が、咄嗟の回避だったので体勢が崩れたところに次の一撃が見舞われる。

 バシィ!

 竹刀同士がぶつかり合う衝撃が腕にビリビリと伝わってくる。

み「重...っ!」

 その体格に見合う強烈な一撃に怯んでいる暇もなく、仁美は次を繰り出そうと竹刀を振り上げる。

 防御しなくては...!

み「いっ...」

 竹刀を持ち上げようとしたとき、腕に走った攣ったような痛みに一瞬気を取られた、致命的な一瞬であった。

仁美「てええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」

み「っ――!!?」

 がら空きだった海未の小手に渾身の一撃が刺さった...はずだった。

み「ぁ――――っ!」

 海未は竹刀を取り落として声にならない声を上げる。

風「海未先輩!」

剣「仁美、あんた防具のない所打っただろ」

 防具の籠手というものの防御範囲は手首と肘の間の精々半分程度である、それより肘側を覆う物は胴着の布一枚、実質無防備ということだ。

しずく「うわぁ...これは痣になるね、仮にもアイドルの体に」

仁美「うっ、す、すまん...」

剣「いいから、仁美は外の水道に海未ちゃんを連れて行って、風は保健室に行って氷と湿布貰ってきて」

風「はい!」

仁美「大丈夫か?歩けるか?」

み「だ...大丈夫です...」


――

――


み「うわ...」

 袖を捲ると、腕の打たれた部分は痛々しく赤に変色していた。

仁美「ほら、水で冷やせ」

み「はい...ちょっとぬるいですね」

 それでも、流水は徐々に熱を持った患部を冷ましていく。

仁美「痛むか?」

み「いえ、痛いのは痛いですが問題ないです」

仁美「すまない、どうにも狙いを付けるのは苦手で」

み「いえ、よくあることですし、いいですよ」

仁美「そう...か?」

み「それにしてもお強いですね、剣道歴は長いんですか?」

仁美「いや、そんなことを言われたのは初めてだ、俺が剣道を始めたのは去年だ、まだまだ初心者みたいなものだと剣によく言われる」

み「えっ、そうなんですか?」

仁美「聞いたかもしれんが去年、俺達が二年生だったとき剣道部には三年生が居なかったんだ――だから剣は去年からずっと部長をやっているわけだが――そして新入部員もまだいない、つまり部員一人の時期が剣道部にはあったんだ」

み「それは...、ですが既存の部活は部員が一名でもいれば廃部にはならないんですよね」

仁美「そうだな、だが一人では満足に練習も出来ないし、なにより部員一人の部に入部したがる奴がいるか?」

み「た、たしかに」

仁美「ま、そういうわけで勧誘活動を開始した剣が見つけたのが俺だったわけだ」

 明らかに常人ではない見た目ですからね、目を付けるのも当然ですね。

仁美「その時すでに風紀委員に入っていたから最初は断ったんだがあいつもなかなかしつこくてな、委員会優先でもいいならという条件で入部したんだ、ま、武道に興味もあったしな」

 ようは、剣道を始めて一年ちょっと(しかも副業として)の相手にすら、私は一方的に押し負けていたということですね。

 はっきりと負けてはいませんがあのまま続けても勝てたとは思えません。

 ...流石にへこみます。

仁美「しかし剣道というのは難しいものだな、正直身体能力には自信があったし、適当にやってもそれなりにやれると思ってたんだが、今まで剣どころがしずくにも風にも一度も勝てたことがない」

み「そ、そうなんですか...」

仁美「だからってわけじゃないが、素人目に見てもあいつら結構強いと思うんだよな、だから今度の大会はいけると思うんだよ、俺も最後の大会だし頑張らねえとな」

み「最後......そうですね」

風「せんぱーい!」

仁美「お、来たみたいだな」

み「ずいぶん早いですね」

仁美「この早さだとあいつ廊下も走って来たな?元とはいえ風紀委員を前にいい度胸だ、一発がつんとかましてやらないとな」

み「えっ」

仁美「冗談だよ」

み「あなたが言うと冗談に聞こえないです...」


――

――


 屋上にて。

「せんぱーい!」

ことり「ん?あれ...」

穂乃果「ことりちゃんどうかした?」

ことり「うん、あれ海未ちゃんじゃない?」

う「呼びましたか?」

ことり「いや、ほらあの水道のところにいるのみーちゃんじゃないかな」

う「...そのようですね」

穂乃果「なにしてるのかな、水浴び?」

う「そんなわけないでしょうこの時期に」

穂乃果「でもまだ運動すると結構暑いよ」

う「あなたは暑かったら野外で水浴びするんですか」

穂乃果「き、着替えがあれば...」

う「穂乃果...もうちょっと大人になりませんか?」

穂乃果「......はい」

ことり「一緒にいる人は剣道部の人かなぁ、なにしてるんだろう」

う「後で訊いてみればいいじゃないですか」

穂乃果「それもそうだね」



真姫「ところであの校庭の隅っこにある水場って何のためにあるのかしら」

凛「あれはね、汗かいた野球部が頭を洗うためにあるんだよ」

真姫「え”っ」

花陽「音ノ木坂に野球部無いじゃん...」

にこ「イメージ完全に坊主頭の男子よね」




絵里「そろそろ休憩終わるわよ」

希「あ、ウチ今日はバイトやから先に失礼するね」

絵里「あぁ、そうだったわね」

う「あの、帰りは遅くなるんですか?」

希「あー、そういやうーちゃんはうちに泊まるんやったね...、練習終わる時間よりもだいぶ遅くなると思うけど、どうしよっかなぁ」

う「バイト先って神田明神ですよね、近くで待っていましょうか」

希「いやそれだとかなり待たせることになるし」

う「別にいいですけど」

希「いや、それじゃウチも気悪いし......鍵渡しとくから先に帰っててええよ」

う「さ、さすがに家主の居ない家に入るのはちょっと」

希「ええよ、海未ちゃんなら信用できるし」

う「そういう問題じゃ...」

希「そういう問題やと思うけど、はいこれ鍵ね、マンションの入り方は分かるよね」

う「あ、あの」

希「それじゃあお先に、お疲れ様~」

う「ほ、本当にいいんでしょうか...」

絵里「いいんじゃない?それだけ信頼されてるのよ」

う「はぁ...」


――

――


み「はぁ...」

 未だ軽く痛む右腕を眺めて思わず溜め息が漏れる、結局今日はまともに練習もできずじまいであった。

 付け焼き刃と言えど少しでも鍛錬を積みまともに試合ができる程度には腕を上げておきたい今の海未にとっては手痛い時間の損失だ。

ことり「海未ちゃーん!」

み「あ...ことり、そちらの練習も終わったところですか」

ことり「うん、海未ちゃんが見えたから走って来ちゃった」

穂乃果「ことりちゃん待ってよぉ」

ことり「あ、ごめん」

 ことりがいるとなれば当然、同じ帰り道の穂乃果も後から追いついてくる。

み「ふふっ、なんだかいつもと逆ですね」

 微笑みながらも無意識に右腕を撫でる、幸い衣替えで長袖になったばかりだったため湿布の貼られた打ち身の跡も袖の下に隠れている。

 怪我のことは知られたくなかった、余計な気を使わせるだけだ。

 唐突な質問に海未の表情が強ばる、腕を撫でていた手は怪我した部分を軽く握るようにして止まっていた。

み「どう、と言われても...普通に練習していますが」

ことり「ふぅん...今日は?どんな練習したの?」

み「...実戦形式の練習が多いですね、試合まで時間もないですし」

 嘘である、今日は殆ど練習などできていない、一応自分以外はそういう練習だったため全くの嘘というわけでもないが。

ことり「...海未ちゃん、怪我とかしてないよね?」

み「えっ」

 心臓が跳ねる、まるで心を読まれているようだ、幼なじみの勘とでもいうのだろうか。

 家族にも匹敵する時間を共に過ごしてきた仲、ちょっとした仕草や表情の変化から考えを読み取れる、ということがあるかもしれない。

 それでも読み取れる限度があるはず、怪我という単語がピンポイントで出てくるだろうか。

 何かカマをかけている?

 とにかく、強く否定しておいた方がいいですね。

み「そ、そそそんなことあるわけないじゃないですか」

ことり「...」

穂乃果「...」

み「うぅ...」

 悲しいかな、園田海未は嘘がつけないタイプの人間であり、かつ顔に出やすいタイプの人間であった。

ことり「大丈夫なの?どこなの?痛くない?」

み「な、何のことでしょうか」

穂乃果「海未ちゃん...」

み「私は何の問題もないですって、ほら早く帰りましょう」

ことり「海未ちゃん!!」

み「...っ!」

ことり「なんで......隠すの?どうして話してくれないの?」

み「で、ですから私はなんともないと」

ことり「今日、見たんだ、海未ちゃんが剣道部の人たちと外の水道の所にいるの」

み「あっ...」

 先ほどの疑問が氷解する、なんてことはない、現場を見られていたのならなんでもお見通しなはずである。

穂乃果「まさか水浴びしてたってわけでもあるまいし、ねぇ」

 しかし、穂乃果が茶化すのを聞き流しながら、ふと気づく。

 先ほどことりは海未がどこを怪我しているのかは知らない風だった、つまりちらりと見た程度で一部始終を目撃したわけではないのではないだろうか。

 ならばまだ誤魔化しは効くかもしれない。

み「怪我をしたのは他の剣道部の方で...」

ことり「本当に?剣道部の人に訊けば分かることだよ?」

み「うぐ...」

 はい、ダメでした。

ことり「ねえ、本当は今も痛いんじゃないの?大丈夫なの?」

み「何の問題もないと言っているでしょう、気にしないでください」

ことり「気にするよ!ねえ、見せてみて?」

み「ちょっ、なんともないですって、本当に」

 腕を触ろうと伸ばしてきたことりの手を咄嗟に避ける。

ことり「あっ...」

み「これは私の問題です、放っておいてください」

 食い下がってくることりに、思わず語調が荒くなる、ほとんど認めてしまっている口調だがもはやそこまで気も回っていない。

ことり「そんなことない!海未ちゃんの問題は私たちの問題だよ!」

 それでも尚、ことりは続ける。

 俯いた海未の表情が普段から考えられないほど険しいことに気づかずに。

ことり「私、海未ちゃんが心配なの...」

 ギリッ。

 自分の歯を食いしばる音だと、咄嗟に分からなかった。

 ことりの言葉を聞いた瞬間頭の中で何かが弾けて、もはや目的と手段の判別もつかなくなった。

み「それが、余計なお世話だって言ってるんです!!」

ことり「...っ!」

 自分でもドキリとするぐらいの大きな怒声だった。

 ことりの息を呑む音が聞こえたが、とてもその表情を確かめる勇気はなかった。

穂乃果「海未ちゃん!そんな言い方...」

 肩を掴もうとしてくる穂乃果の手をかわす。

み「......先に帰ります」

 そして、逃げるようにして立ち去る他無かった。

穂乃果「ちょ、ちょっと海未ちゃん!」

ことり「......ぅ......うぅ」

穂乃果「あっ、~~~~~もう!」

 海未の背中を追おうと足に力を入れたところに聞こえてきた嗚咽、崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまったことりをその場に置いていくわけにもいかず、穂乃果は思わず足踏みをした。


――

――


希「ふぅ~、ちょっと遅くなってもうた」

 すっかり肌寒くなった外気から逃げるように足早に自宅のあるマンションの入り口をくぐる。

希「海未ちゃん起きてるかなぁ」

 携帯を取り出して時間を確認すると、22時30分を回っていた。

 昨日なら既に布団に入っていた時間だ、海未の普段の就寝時間を考えたら夜更かしもいい所だろう。

希「ていうか海未ちゃんもう寝ちゃってたら家に入れないやん、しまったなぁ」

 後悔しつつ入り口にある端末を操作し、自分の部屋のインターフォンを鳴らす。

 待つこと約10秒。

う「......えっと、これでいいんでしょうか...あ、どちら様で...って希ですか、お帰りなさい」

希「あ、うん、ただいま、よかった起きててくれて」

う「はい?」

希「ううん、エントランスのドア開けてもらえる?」

う「あ、はい、ちょっと待ってくださいね」

 とたとたと足音が遠ざかって...。

希「ちょ、ちょっと待って海未ちゃん!!」

 とたとた。

う「は、はい、どうかしましたか?」

希「いや、そこにある1階玄関ってボタン押したら開くから、ここまで降りてこなくても大丈夫だからね?」

う「あっ、そ、そうですよね、すいませんこういうの慣れてなくて」

希「ふふっええよ、海未ちゃんも意外と抜けてるとこあるよね」

う「うぅ、忘れてください...」

希「ただいまー」

う「おかえりなさい、お疲れ様です」

希「ありがと...って、ん?」

 かすかに、香ばしい良い香りが廊下の向こうの部屋、ダイニングキッチンの方から玄関まで漂ってくる。

希「もしかして...!」

う「希?どうかしました?」

希「しまったぁ...」

 食卓の上で芳しい香りを放つ料理――味噌汁は朝に食べたものと同じだろうか、中央でメインディッシュ然と座しているのは豚のしょうが焼きだろうか、しょうがの香りと飴色の光沢が希の空きっ腹を刺激する。彩りを加える数種の野菜を使ったサラダに、なんと言っても日本人の主食、白米――が並んでいる。

希「これは海未ちゃんが...?」

う「はい、あ、もう冷めてしまってると思うので温めなおしますね」

 いそいそと皿を電子レンジに入れて温め始める海未の後ろで希は頭を抱える。

希「海未ちゃんは働かないと死んでしまう病かなにかなんやろうか...」

う「はい?何か言いました?」

希「いや...だた、一応帰りにご飯買ってきたんやけど」

う「そうでしたか、それは明日の朝ご飯にしましょう」

希「そうやね...ただ、その、海未ちゃんはお客さんなんやからそういうことはしなくてもいいんよ?」

う「いえ、何もせず居座らせてもらう訳にはいかないですから、これぐらいは」

希「うぅーん」

 せっかくだからこの期に休ませようと思ったのにこれでは意味がない。それとも海未のしたいようにさせるのがいいのだろうか...、希は唸る他なかった。





希「ふぅ~食った食った、海未ちゃんは料理も上手なんやね、ホントに完璧超人やなぁ」

う「大したことないですよこれぐらい、少し練習すればできるようになります」

希「多分海未ちゃんの言う少しは普通の人にとっての少しとは違うと思う」

う「希こそ料理の練習をした方がいいんじゃないですか?一人暮らしを続けるなら必要になってきますよ」

希「うっ、耳が痛い」

う「というか二年も一人暮らしをしていれば自然とできるようになりそうなものですが」

希「いやいやむしろ最初の方はやる気もあっても、だんだん面倒くさくなってくるんやって」

う「単に希がものぐさなだけでは」

希「き、今日の海未ちゃんはなんだかエッジが利いてるなぁ...」

う「あ、すいません、なんだか希相手だとつい本...じゃなくて、余計なことまで喋ってしまって」

希「ふふっ、ええやん打ち解けてきたってことで」

う「...そうですね」

希「じゃ、ご飯を作ってくれた海未ちゃんには一番風呂に入る権利を与えよう」

う「それではお言葉に甘えましょうか」




 希が風呂から上がった時には既に23時30分に差し掛かろうかという時間であった。

希「海未ちゃんはどうする?もう寝る?」

う「なんだか目が冴えてしまって眠くないんですよね、それが」

 普段の就寝時間から考えれば夜更かしもいいところなのだが、希の帰宅を待っている時から不思議と眠気が来なかった。

希「そういやウチが帰ってきた時に起きててくれてよかったわ、遅くなってしもうたからもう寝てて閉め出されたんやないかと思って」

う「そんな、家主が居ない家で勝手に寝たりはしませんよ」

 と、いうことにしておこう。

希「真面目やねぇ、そのおかげで助かったから何も言わんけど...、ウチもまだ眠い感じじゃないし、眠くなるまでなんかしよっか」

う「何かって...宿題ですか?」

希「真面目すぎやん...、せっかくの泊まりなんやからもっと面白いことしようよ」

う「はぁ、でも宿題もちゃんとしてくださいね?」

希「は、はい...」

う「それで、何をするんです?」

希「そうやねぇ、海未ちゃんは普段穂乃果ちゃん達とお泊まりする時はどんなことしてる?」

う「えーっと、トランプをしたりゲームをしたりもしますが、基本的にはお喋りばかりしていますね」

希「女子高生の正しいあり方って感じやね」

う「大抵の場合私ははことりと穂乃果の話を聞いてるだけですが」

希「あの二人はお喋り好きそうやもんね」

 本当にそう、よくもまあそんなに話すことがあるといつも感心するほどだ、女子高生というのは誰しもそうなのだろうか?

う「そういう希はどうなんですか?絵里がよく遊びに来るんでしょう?」

希「そやねぇ、映画見たりとか」

う「映画...」

 なんだか大人っぽい印象を受ける、なぜか悔しい気持ちになる海未であった。

希「あ、興味ある?結構いろいろあるよ、一人だと暇なことも多くて知らず知らずにDVDとか本とかが増えて整理が大変なんよ、えっと...これこれ」

う「確かに結構ありますね......、『リング』『呪怨』『着信アリ』『エクソシスト』『シックスセンス』...ホラーばっかりじゃないですか」

希「あ、そっちはホラー用の箱やった、普通のはこっち」

う「はぁ、でもイメージ通りというか、ホラーがとか好きなんですね」

 スピリチュアル...とは少し違う気もするが。

希「まあ好きではあるけど、わざわざ買ってるのはえりちに見せるためやけどね」

う「...よくそれで友達でいられましたね」

希「毎回面白い反応するえりちが悪いんよ」

う「無茶苦茶な...、こっちは『時をかける少女』『ドッペルゲンガー』『転校生』...聞いたことのないものばかりですね、少し古いもののようですが」

希「それはウチの趣味」

う「やっぱり希ってつかみ所がないですよね」

 というより底が知れないというか。

希「そうかなぁ?全然普通やと思うけど......あっ、映画の他には占いとかもするよ」

う「あぁあのいつも持ってる...タロットカードですっけ」

希「そうそう、まあタロット以外にもいくつか知ってるけど...女の子は大抵占い好きやから話題作りにはもってこいなんよ」

う「そうですね、穂乃果なんか雑誌の占いコーナーで一喜一憂してるのをよく見ます」

希「穂乃果ちゃんは純粋やからなぁ」

う「単純と言った方が正しい気がしますが」

希「む、そういう海未ちゃんは占いには興味なし?」

う「興味がないというわけではないですが、病は気からというか、悪い結果だとなんでも悪い方に見えてしまう気がするので気にしないようにしてるんです」

希「確かにそういう一面もあるけど...占いっていうのは単なる未来予知じゃなくて道標を示すというか、自分を省みるきっかけというか、そういうののためにあると思うんよ......結局はその人の行動にかかってるわけやから」

 当然の話だ、住む環境も考えている事も違うのに同じ星座の人間がみんな同じように運が良かったり悪かったりするはずがない。

う「そういうものですか...でも希の占いはそれこそ未来予知のようによく当たると聞きましたけど」

希「誰が言ってたんそんな大げさなこと、占いの結果の受け取り方は人によりけりだからその人が好意的に受け取ってたってだけだと思うけど」

う「違うんですか?言っていたのは絵里ですが」

希「あぁ...えりちは結構こういうの信じ込むタイプやから」

う「確かにそんな感じですね......実のところその話を聞いていたので希の占いは怖いと思っていたんですが」

希「それで占いには興味ありませんオーラ出してたんやね」

う「そ、そんなつもりは...」

希「ふふっ、じゃあ試しに占ってみる?」

う「えっ、それは...」

希「なんか悩みとかないん?ちょっとしたことでもええよ?」

う「無い、とは言いませんけど」

希「だったら、少しは力になれるかもしれんし、ね?」

う「そう...ですね、せっかくですし」

希「よしきた!」

希「んじゃ、このカードを好きなだけ混ぜてね」

う「これがタロットカードですか、じっくり見るのは初めてです」

 海未は受け取ったカードを珍しげに眺めた後、丁寧に切り始める。

希「占って欲しいことを頭に思い浮かべながら混ぜるといいかも」

う「はい......なんだか甘い匂いがしませんか?」

希「ちょっとアロマをね、いい匂いやろ?」

う「それもなにか意味があるんですか?」

希「こういうのは気分が大事なんよ、ほらリラックスして」

う「す、すいません慣れてないもので」

 ややぎこちない動きでゆっくりとカードを手繰る海未を見て希は思わず苦笑する、その声に海未は余計に身を固くした。

う「こ、これでいいでしょうか」

希「はい」

 まとめたカードを手渡すと、希はカードの裏を大事そうに撫でて、目を閉じ一呼吸置く。


 それだけで彼女の雰囲気が、部屋の空気が変わった気がした。

う「あ...」

希「それじゃああなたの占って欲しいことを教えてください」

 穏やかな口調、しかしそれは有無を言わせないような力を孕んでいるように感じられた。

う「あの...私以外の人に関わることでもいいのでしょうか」

 じっ、と顔を見つめられる、心を見透かされるような気がして居心地が悪いが、吸い寄せられるように目を反らすことができなかった。

希「...はい、身近な人であれば...言ってみて」

う「その、ことりと穂乃果のことなのですが......私は、二人を守りたいんです」

希「守る...?二人は守られないといけないような状態ということ?」

う「そう...ですね、いつ何があるかわかりませんし」

 希は怪訝な表情をしたが、深くは訊かなかった。

希「...それで?」

う「はい、私たちはこれまでずっと一緒でした、ですがそれもいつまでもというわけにはいかないでしょう、そう遠くない未来で私たちは離ればなれになると思います」

 3人がここまで一緒に過ごして来られたのはひとえに家が近所だから、だ。

 実の姉妹でありながら非常に交流の少ない姉を思い浮かべる。

う「その時私はどうすればいいのか...分からなくて」

希「...分かりました、それじゃあ海未ちゃんと幼なじみ達について、過去と現在とそして未来に焦点を当てた占いにしましょう」

 希がカードを手に取り並べた形――スプレッドと呼ぶそうだ――はカードを横一列に3枚置くだけという実にシンプルなものだった。

希「海未ちゃんから向かって左が過去、真ん中が現在、右が未来を表します、それらの対比して未来がどうなるか、どうすべきかを占います」

う「は、はい」

希「それではまず、過去から」

 希が左側のカードをめくる。

希「『法王』の...逆位置」

う「どういう意味なんですか?」

希「......まあ、人間関係においては、険悪、とか」

う「えっ」

 予想外の言葉だった、端から見ても3人の仲の良さは折り紙付きと言える。

希「ごく近い過去だと思うけど、なにか心当たりは?」

う「そんな...なにも...」

希「気づかないうちに、というのもあるかもしれないけど...他と比べてみることでよりはっきりするかもしれないし、次に行こっか」

 『法王』をひとまず置いて、続いて真ん中のカードを表にする。

希「ふぅん、『正義』の逆位置」

う「まさか、また悪い意味ですか...?」

希「まあ、どちらかと言えば...混沌、縺れといった感じ」

う「もしかして私実は嫌われてるんでしょうか...」

希「いや...なるほど」

う「ど、どうかしました?」

希「今この世界には海未ちゃんが2人存在している、なので2人分の運命線がこんがらがって占いが混乱しているのかも」

う「つまり...?」

 運命線などという言葉は初めて聞いたが、占い師にはそれが見えるとでもいうのだろうか、なんとも胡散臭い響きである。

希「もう1人の海未ちゃんの方で何かあったのかも...とりあえず最後のカードも見てみましょう」

う「は、はい」

 最後の1枚は未来を指すカード、今回の占いで最も重要なカードと言えるだろう。

希「あっ...」

う「ちょっと、なんですか『あっ...』って!」

希「あ~えっと」

 描かれているのは雷が落ち炎が燃えさかっている塔のイラスト。

う「これは...私でも知っています、正位置でも逆位置でも悪い意味にしかならないという」

希「『塔』の逆位置...人間関係なら、喧嘩、仲違い状態と言った所かな」

う「......まとめると?」

希「過去になにか険悪になるようなことがあって今気まずい状態、そしてこの先仲違いに発展する、かな」

う「そんな...全然心当たりもないんですが」

希「まあ所詮は占いと思ってしまってもいいけど、気をつけておいた方が良いかもね」

う「気をつけると言っても...」

希「一度、2人とじっくり話してみた方がいいかもね」

う「普段から十分話していると思いますが」

希「普通のお喋りじゃなくて、お互いのことをどう思っているか、どうして欲しいかをね、気づかないうちに小さな誤解を積み重ねていたりするから、親しい仲だと余計に、言わなくても伝わると思ってしまいがちだからね」

う「...そうかもしれないですね」

希「普段の自分を省みる機会になれば嬉しいかな、占いってそういうものだから」

う「はい...そうしてみます」

希「はい!」

 ぱんっ!と希が拍手を鳴らす、その瞬間に部屋に満ちていた神妙な雰囲気が霧散した、部屋の広さが急に数倍に広がったように感じる。

希「ウチの占いコーナーはここまで、またのご利用をお待ちしております」

う「ありがとうございました」

希「ごめんね、なんか良くない結果が出てもうて」

う「いえ、希が悪いわけではないですから...少し喉が渇いてしまいました、お水を頂いてもいいでしょうか」

希「あ、すぐに用意するね」

う「いえ、それぐらい自分でしますよ」

希「そう?冷蔵庫の中のもの何でも好きに飲んでもいいからね、コップの場所は分かる?」

う「はい、大丈夫です」




希「......それにしても、よりによってタワーとは」

 並べたタロットカードを片づけようと塔のカードに触れて、違和感を覚える。カードの感触が、厚みが普段と違うと気づく。

希「あ、これ、2枚重なっとる」

 塔のカードの裏にぴったり重なってもう1枚のカードが張り付いていた。

希「ふふっ、なるほどね」

う「どうかしました?」

 手にコップを持って海未が戻ってくる、口元に笑みを浮かべる希を見て怪訝な顔をしてる。

希「ううん、なんでもない」

 希はタロットカードを慣れた手つきで纏めて片づける。

希「それより海未ちゃん、なんか映画でも見ようか」

う「え?もう遅いですしそろそろ寝...」

希「せっかくのお泊まりなんやからもうちょっと遊ぼうよ、ね?」

う「...もう、眠くなったら寝ますからね」

希「それ昨日も聞いた気がする」


――

――


『――南ことりさん』

海未『...ことり?』

 馴染みのある名前を耳にしてふと顔を上げる。

 海未は、この辺りの住人なら大抵がお世話になったことがある近所の総合病院に、祖母の薬を受け取りに来ていた。

 受付に目をやると、なにやら見覚えのある構造不明の髪型が揺れている、海未の知っている南ことりその人で間違いなさそうだ。

 病院に来ているということは病気や怪我だろうか?それにしては足取りは確かで元気そうだし、なにより親御さんの姿が見えないのがおかしい、受付の看護師さんもにこやかに対応していて、現在進行形での病人や怪我人に対する接し方ではないように見える。

 ならば海未と同じく誰かの薬を代理で貰いに来た、あたりと考えるのが妥当だろうか。

 でも、もしかしたら本当にどこか悪いのかもしれない...。

 これが穂乃果なら心配しなかったかもしれないが、ことりってなんとなく病弱そうだし...。

海未『...』

 いくら考えても不安が大きくなるだけで埒があかない、直接訊くしかないだろう。

 そう心に決めるのは一瞬だった。



海未『ことりっ!』

ことり『ひゃぁっ!?』

 何かから逃げるように小走りで家の方へ向かうことりに追いついて声を掛けると、肩を思いっきり跳ねさせながら素っ頓狂な悲鳴が上がった。

海未『やっぱり――ことりだ』

 最後に、同姓同名かつ他人の空似という僅かな可能性も残されていたが、杞憂だったようだ。

ことり『う、うみちゃん...』

海未『ぷっ、あはははは、何をそんなに怯えてるんですか、不審者だとでも思いました?』

 ことりがあまりにも青い顔をしているものだから思わず吹き出してしまった、驚かせてすまないという気持ちもあるにはあるが、イタズラが成功したような高翌揚感の方が大きい。

ことり『もう、海未ちゃんってばびっくりさせないでよぉ、ことり、もうすこしで転んじゃうかと思ったんだから』

 かわいらしく拗ねてみせることりに頬が緩みかけるが、いざ対面してみるとことりの姿の違和感に気づく。

 その正体は足下のスカート。

 夏真っ盛りのこの暑い日に膝下20cmはあるロングスカートのワンピース、これに鍔広の麦わら帽子でも被れば高原のお嬢様といった趣だが、このヒートアイランドのまっただ中ではどうにも暑苦しいし、第一子供らしくない。


海未『そんなに長いスカートをはいているから転ぶんです、夏なんだしもっと短くてかわいらしいスカートをはけばいいのに』

ことり『そういう海未ちゃんだって、今日はズボンじゃない』

海未『ことりは私と違ってスカートが似合うから言ってるんです、ほら、本当ならこれくらい、膝の上くらいまで...』

 ことりのスカートの裾をつまんで持ち上げ――。

ことり『きゃあっ!?』

 再び街にことりの悲鳴が響く、周囲の人たちの視線が集まるのを感じて、はっとして手を引っ込める。

海未『あ、べ、別にスカートをめくろうとかそういうわけじゃ...』

ことり『......そうだね、海未ちゃんの言うとおりこんな風にしたらかわいいのかな?』

 今度はことり自身がスカートを掴んで膝上までたくし上げる、白い足にドキリとするが、それよりもことりの硬直したような笑顔が気になった。


海未『...ん、膝に少し傷があるんですね、怪我でもしたんですか?あ、そうか、それで今日病院に』

ことり『......』

海未『ことり?』

ことり『ことりね、生まれつき足が悪かったの』

海未『えっ?』

ことり『左足の膝が弱くて、別に歩けないほどじゃなかったけど、小さい頃は足を引きずるみたいにしてて...5歳の時に手術してから今では普通に歩いたり走ったり出来るようになったんだけどね。でもときどき病院で検査しなきゃいけなくて』

海未『それで病院に』

ことり『うん、それで、今日の検査でもなんともないって言われたから心配しないで』

海未『そうだったんですか――』


 安心した?心配した?同情した?いや、呟くように相づちを打つ海未の中にあったのは...、

 動揺、困惑...劣等感。

 海未にとってのことりは『女の子』だった、か弱くて守られるべき存在だと思っていた、守るべき人だと考えていた。

 しかし、それだけのものを内に抱えたまま、ことりは笑っていた。

 大したことはない風に言っているが、普通に歩けないほどに足が悪かったこと、そして5歳という幼さで手術を受けたこと、海未にとっては想像しただけでも身震いしそうな体験だ。

 それをおくびにも出さずに、今までことりはのほほんと微笑んでみせていたのだ。

 弱い所を見せないというのはつまり、それだけ強いということだ。

 海未は自分の考えが侮りであったことに気づかされた。

 穂乃果の足を引っ張りたくなくて、強くなりたくて剣道なども始めてみたが、未だに弱いままだということを突きつけられたような気分だ。

 だから、せめてもの虚勢を張って、ことりの真似をして、穏やかに微笑んでやったのだ。

海未『――なおってよかったですね』


――

――


う「...はっ!」

 上体を起こして周囲を見回す、いつもの自室とは違う風景、そして昨日とも違う。

う「確か映画を見ていて...そのまま寝てしまったみたいですね」

 部屋を暗くして、ブランケットをかぶりながらクッションにもたれて見ていたのが災いしたようだ。

 傍らを見ると希がブランケットにくるまって眠っている、言い出しっぺがこれではどうしようもない。

う「......背中が痛い」

 呟きながらぼぅっとカーテンのかかった窓を眺める、早起きは得意だが寝覚めはよくないのでいつも起動まで時間がかかるのだ。

 そして......ふと気づく、やけに明るい、日が高いということだ。

 油断した、目覚ましに頼らずとも起きることができる生活習慣を続けて久しい海未にとっては寝坊などという言葉は他人事でしかなかった。

う「と、時計は...!」

 部屋をもう一度見渡すが時計は見あたらない、とそこではっとして枕元もといクッション元にあった携帯を手に取る。

う「は、8時半!?ちょっと希!起きてください!遅刻ですよ!!」

希「んぁ...?うみちゃんおはよ...」

う「おはようじゃないですよ!もう8時半ですよ!」

希「はちじはん...」

う「そうです!だから早く起き」

希「もうちょっとねかせて...」

う「ちょ、ちょっと!」

 ピンポーン

う「もう、こんな時に!」

絵里「おハロー、海未、希はまだ寝てる?」

 玄関のドアを開けると、見知った金髪少女がにこやかに手を振ってきた。

う「絵里!な、なんでここに」

絵里「ん?あぁ、私ここの合鍵持ってるから自分で入ってこられるのよ、突然押しかけるのもなんだから一応チャイムは鳴らしてるんだけど、希がちゃんと出迎えてくれることはあんまりないわね」

う「いやそうじゃなくて、これでは絵里まで遅刻してしまいます!」

絵里「遅刻?まだ9時前だけど」

う「そうですよ!もう始業時間ですよ!」

絵里「始業って...」

 絵里は怪訝な顔をしたと思ったら、口元を手で押さえながら苦笑してみせる。

絵里「ふふっ、海未ったら、今日は土曜日よ?寝ぼけちゃった?」

う「えっ?」

 手に握りしめたままだった携帯をもう一度見る。

う「あ...」

絵里「くすっ、海未もかわいらしい所あるわね」

う「や、やめてください...」

う「希、お客さんですよ、起きてください」

希「んぅ...」

絵里「いいのよいつものことだから」

う「いつも...こんな早い時間に来てるんですか?」

絵里「そうね、今日は海未がいるから普段より早めに来たけど」

う「えっ、なんで私がいると早くなるんですか」

絵里「だってご飯を作りに来てるのよ、海未なら早起きして先に朝ご飯作っちゃいそうじゃない、間に合ったみたいでよかったわ」

う「そうなら言っておいてくれればよかったのに」

絵里「あら、希から聞いてなかった?」

う「週末は大抵遊びに来るとは聞いていましたが...」

絵里「週末だってことを忘れていたもんね」

う「わ、笑わないでください!」

絵里「さて、それじゃあ早速作るから、海未はもう少し寝ていてもいいわよ」

う「いえ、手伝いますよ」

絵里「いいのよいつもやってることだし」

う「ですが」

絵里「海未、親切心はありがたいけど先輩の仕事を奪うのはあまり感心しないわ」

う「し、しかし、そうなると手持ち無沙汰になってしまいます」

絵里「何もしないってことも、結構大事よ?」

う「...え?」

絵里「何もしないをするのよ」

う「な、何を言ってるんですか」

絵里「ふふふ、ま、すぐ出来るからテレビでも見て待ってて」

 そう言って絵里は台所に引っ込んでしまった、絵里ってこういうキャラでしたっけ?

 とりあえず...昨晩見ていた映画のディスクが出しっぱなしですね、片づけておきましょう。

 途中で寝てしまったのでどんな話だったのかうろ覚えですが、最後はどうなったんでしょうか、希が起きたら聞いてみましょうか。

 さて......。

 することが、無くなってしまいました。

う「あの...絵里...なにかすることありませんか」

絵里「海未って案外堪え性ないわよね」

う「な!そんなことは!」

絵里「それじゃあもうちょっと待っててね」

う「ぐぬ...」

 とにかく希を起こしましょうか、勝手に色々触ることも出来ませんし。

う「希、起きてください」

希「ん......おめでとう...」

う「言うならおはようですよ、希」

希「あ、うみちゃん...おはよ」

う「おはようございます」

希「ううん、なんだかおめでたい夢を見てた気がする...いてて、背中が」

う「床で寝ちゃいましたからね」

希「海未ちゃん映画最後まで見なかったやろ、まあうちも寝てたけど...今度もう一回見ようね」

う「そうですね」

希「あ、えりちもう来てるん?」

絵里「来てるわよー」

希「いつもより早いね、あっコンポタ!うち漬けパンしたい!」

絵里「はいはい、言うと思ったからトースト焼いてるわよ」

 チーン!

 タイミング良くオーブントースターが甲高い音で焼き上がりを知らせる。

希「さっすがえりち」

絵里「早く食べたかったら準備手伝ってね」

希「了解!」

う「あの、私も」

希「よし、じゃあ海未ちゃんはコップ出して、牛乳もね」

う「は、はい」

絵里「さてと」

 慣れた手つきで朝食の後片づけを終えてキッチンから出てきた絵里が声を掛ける。

絵里「練習はお昼からだけど、それまで何かすることある?」

希「ん~、特には」

う「...宿題」

絵里「数学と英語で出てたわよね、希」

希「えー、どうやったかなぁ~」

う「すること、特にないんですよね?」

希「で、でも、練習前から疲れたくないし...」

う「そんなこと言って夜は夜で『練習で疲れたからやりたくない』とか言うんでしょう」

絵里「よく言ってるわよねぇそんなこと」

う「穂乃果と同じ思考回路ですね」

希「し、しまった、今ここは真面目率の方が高い...!」

う「こんなんで生徒会副会長がなぜ務まっていたのか不思議です」

希「こ、こんなんって酷い」

絵里「ちゃんとすれば基本スペックは高いんだけどね」

う「そもそも希はなんで生徒会に?絵里はまあ分かりますけど」

希「なんかうちが生徒会やってたらおかしいみたいな物言いやけど...元々はうちがえりちを生徒会に誘ったんよ」

う「えっ、本当ですか?」

絵里「ちょっと、語弊のある言い方しないでよ、希の方が先に生徒会に入ってたのは事実だけど――」


――


絵里「生徒会、ですか」

先生「そうそう、今の二年生で生徒会に入ってる子いないのは知ってるでしょ?」

絵里「いや、知らないですけど...」

先生「そう?まあそうなのよ、そうすると来年...というか今年の冬に今の三年生が抜けると生徒会に一年生しかいなくなるわけよ」

絵里「ですねぇ」

先生「するとだ、生徒会長も一年生になっちゃうのよ、どう思う?」

絵里「別にいいんじゃないですか」

先生「最近の若い子は冷めてるなぁ...後輩に学校を支配されてもいいのか?」

絵里「別に生徒会長が支配しているワケじゃないでしょう」

先生「...学年でひとりも生徒会役員がいないとなると学年主任として格好がつかないんだ」

絵里「それが本音ですか...ていうか先生学年主任だったんですね」

先生「で、どうだろう、生徒会」

絵里「なんで私なんですか?」

先生「成績優秀品行方正、その上帰宅部、絢瀬ほどの優良物件は他にいないだろう」

絵里「生徒会って部活と掛け持ち禁止でしたっけ?」

先生「いや、そんな規則はないが、部活生は誘いづらいだろ」

絵里「結局先生の都合ですか...」

先生「頼む、ちょっと考えてみてくれない?」

絵里「はあ...」

先生「あ、友達も誘って一緒に入ってくれたら更に嬉しいかな」

絵里「...」



絵里「...ふぅ」

希「やってみたらええのに、生徒会」

絵里「のわぁ!い、いたの!?」

希「青春といえば部活動オア生徒会と相場が決まってるやん、なんもやらんのはもったいないでー?」

絵里「希だって帰宅部じゃない」

希「ウチは...ほら、バイトやってるし」

絵里「ず、ずるい」

希「......そんなにやりたくないん?生徒会」

絵里「だって......生徒会長って壇上で挨拶したりとかするでしょ?」

希「するね」

絵里「それで私、こんな頭じゃない」

希「ん?」

絵里「その...元々目立つのがそんな余計に目立つようなことしたら...」

希「ぷっ、なに?そんなこと気にしてるん?」

絵里「な、そんなことって何よ!」

希「えりち、その髪ずっと嫌やと思ってたん?」

絵里「それは...」

希「おばあさんがいつも褒めてくれた自慢の髪だって言ってたよね」

絵里「...よく覚えてるわね、そんな話」

希「自分の大切な物なら、堂々としてなきゃ、ね?」

絵里「...希は私に生徒会に入って欲しいの?」

希「うん、だって生徒会のえりちってなんか似合うし」

絵里「そんなことないと思うけど」

希「先生もえりちならと思ったから誘ったんと違う?」

絵里「で、でも...」

希「他に、何か気に入らない所あるん?」

絵里「......分かった」

希「本当!?じゃあ早速――」

絵里「希が生徒会に入るなら私も入るわ」

希「――えっ?」

絵里「青春といえば生徒会なんでしょ、一緒に青春しましょう」

希「いやいやいやいやウチどう考えてもそういう柄じゃないやん!」

絵里「そんなことないわ、希って面倒見良いし、結構合ってるんじゃない?」

希「これでも軽い問題児で通ってるんよ?ウチが生徒会やるなんて言ったら先生達卒倒するで!?」

絵里「いいじゃない卒倒させに行きましょう」

希「えりちいつのまにそんな過激なこと言うようになったん...」

絵里「希がやらないなら私もやらないわ」

希「ひとりで入るのが怖いだけやないの...」

絵里「...」

希「だ、妥協案はないんですか」

絵里「無いわ」

希「この頑固者!」

絵里「何とでも呼びなさい」



絵里「え...えっ?」

希「証拠にこの、生徒会役員のみに着用を許された腕章を見よ!」

絵里「マジ?」

先生「マジだぞ、東條が生徒会に入りたいと言ってきた時は驚いたが、極端に成績が悪いとかじゃない限り入っちゃいけないなんて規則もないしな」

絵里「そ、そう、頑張ってね希」

希「えりちー?」

絵里「二年生に生徒会役員が生まれたんだから私が入る必要はないでしょ!」

携帯『希が生徒会に入るなら私も入るわ』

絵里「は?」

希「いやー、占いであの日一日自分の会話を録音しておくと吉って出てたんよねぇ、当たったなぁ」

絵里「どんな占いよ!」


――

絵里「――こうして、後の絢瀬政権が生まれたのよ」

う「絵里と希ってなんというか、大人びたイメージがありますけど、結構コミカルな日常を送ってたんですね」

希「ウチらだって去年は海未ちゃん達と同じ二年生やったんよ」

絵里「でもこの歳の一年って大きい違いよね~」

希「えりちは何歳視点なん...」

う「ふふっ、ふたりは本当に仲が良いんですね、昔の話、もっと聞きたいです」

絵里「いいわよ、でも」

希「次は海未ちゃんの番ね」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年10月18日 (土) 22:45:00   ID: 9g9xYOAT

ウミの団体戦って、海未ちゃんが大量発生する話じゃないよな?

2 :  SS好きの774さん   2014年10月19日 (日) 06:54:40   ID: BtVH_vWt

ノーブラかなぁと思ってたらやっぱりノーブラやった
なんか感動した

3 :  SS好きの774さん   2015年01月12日 (月) 17:22:36   ID: nbgzqFJf

期待

4 :  SS好きの774さん   2015年01月12日 (月) 22:46:27   ID: CJF5DR82

期待

5 :  SS好きの774さん   2015年04月24日 (金) 11:25:02   ID: 9Yf3xqhF

ゆっくりでいいんでがんばってください!

6 :  SS好きの774さん   2015年05月14日 (木) 14:07:21   ID: vMjzGvI-

いい雰囲気

7 :  SS好きの774さん   2015年07月02日 (木) 18:32:38   ID: 4aczGJYn

期待してます!

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