渋谷凛「私とロボットプロデューサー」 (35)


凛「お疲れ様でした」


トレーナー「お疲れ様。…あの凛ちゃん、時には気分転換も必要よ」


凛「お気遣いありがとうございます。それでは失礼します」バタン


凛(ふう…今日のレッスン、同じところを何度も指摘されちゃったなあ…)


凛(何だか最近調子が悪い…でも特に思い当たる原因もないし、なんだろうな)


凛(なんとなく不調っていうのが一番困るんだよね)

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P「渋谷さん」


凛「ひゃ!? …ぷ、プロデューサー……さん、居た、んですか?」


P「はい。先ほど着いたばかりで。何か考え事をしていたようなので、いつ声をかけようかと迷っていたのですが」


凛「あ、そ、そうですか…すみません、気が付かなくて…」


P「いえ。こちらこそ驚かせるような真似をしてしまい、申し訳ありません。下に車を停めてありますので、事務所まで送ります」


凛「いつもありがとう…ございます」


――


凛「ということがあってさ」


未央「うーん、ウチのプロデューサーは神出鬼没を地でいく男だねえ」


卯月「いつの間にか横にいたこととかもあったりしました…あれはびっくりしたなあ」


凛「まあ私もぼーっとしてたから…それにプロデューサーって、全然表情変わらないじゃない?」


未央「だねえ、まるでロボットみたいだよね!」


卯月「ちょっと未央ちゃん、失礼ですよ!」


凛「ロボットか…でも割と的を射ているかも」


卯月「凛ちゃんまで…」


未央「きっと私たちのロボットプロデューサーは自分の感情を取り戻すために人知れず戦い続けているのだよ!」


卯月「戦うって…何と戦ってるの?」


未央「うーん……体重?」


凛「それは私たちでしょ…」


未央「じゃあ重量制限?」


凛「ロボットっぽく言い直さなくていいから」


卯月「しかもどちらかというとロボットを造る人が戦ってるものですよね、それ」


未央「まあ確かに、ちょっと距離感は感じちゃうかな?」


凛「私もつい敬語使っちゃうしね。『さん』付けだし」


未央「私もつい使っちゃうんですのよね。『氏』付けだし」


卯月「使い慣れてなさがまるで隠せてませんよ… 後半なんか嘘丸出しですし…」


P「渋谷さん」


3人「!?」


凛「ぷ、プロデューサー…さん、いつからそこに?」


P「今、戻ってきたばかりですよ。それより渋谷さんは今から歌番組のオーディションです。今日は私が送っていきますので、下に行ってください」


凛「あ、もうそんな時間か」


P「島村さんと本田さんは申し訳ありませんが、今日は各自で現場に向かってください。渋谷さんの現場が一番遠いので」


未央「へーい」


卯月「じゃ未央ちゃん、途中まで一緒に行こうか」バタン


P「では渋谷さん、行きましょうか」


凛「あのプロデューサーさん、私たちの話聞いてたりした…しました?」


P「先程も申しましたが来たばっかりでしたので」


凛「そ、そうだよ…ですよね」


P「では、行きましょうか。それと私の車は重量オーバーで止まってしまうようなことはないので安心してください」


凛「」


――


車の中


凛(それにしてもオーディションか…正直今の状態だと自信ないなあ)


凛(プロデューサーに相談するべきかな…でも)


P「? 渋谷さん、私の顔になにか付いていますか」


凛「い、いえ、何でもない…ないです」


P「そうですか」


凛(相談しづらいなあ)


――


会場


ディレ「それじゃ2番と6番の方は合格! このあと別室で打ち合わせがあるからね。他の方はお疲れ様でした」


凛(やっぱり駄目か…正直自分でも満足のいく歌を歌えなかった)


P「…」


凛「すみませんプロデューサーさん。ちょっとトイレに行ってきます」


P「わかりました。私は車を出してきますので少し待っていてください」


凛「はい、お願いします」


――


廊下


凛(あれは…さっきの審査員のディレクター?)


ディレ「君は確か…さっき審査に出てたよね」


凛「はい。モバプロ所属の渋谷凛です。本日はありが…」


ディレ「うーん。君ね。顔はかわいいんだけどね。やっぱりそれだけじゃ駄目なんだよ」


凛「…え?」


ディレ「最近増えてきてるでしょ? 顔はかわいいけど、それだけみたいな。そんなアイドル」


ディレ「でもね、やっぱりアイドルとして生き残っていくにはそれだけじゃ駄目なんだよ。それで僕が重視してるのは歌なんだけどね」


凛「はあ…」


ディレ「君の歌はまだまだなんだよね。ブレスもめちゃくちゃだし、アタックの強弱、リリースもバラバラでツメが甘い。君はレッスンはちゃんと積んでいるのかな」


凛(悔しい…けど。この人の言う通りかもしれない…)


P「お言葉ですが」


2人「!?」


凛「ぷ、プロデューサーさん、いつから…」


ディレ「な、なんだね君は」


P「失礼いたしました。私はこちらの…渋谷凛のプロデューサーを務めております。こちら名刺でございます」


ディレ「ああ、これはご丁寧にどうも…じゃなくて! 君、お言葉ですが、というのは?」


P「はい。お言葉ですが渋谷凛は顔だけのアイドルではございません」


凛「ちょ、ちょっと、プロデューサーさん…」


ディレ「と、言うと?」


P「渋谷凛の歌には…魅力があります。それは私が一番良く知っています」


凛「!」


ディレ「魅力ねえ…それもよく聞くんだよねえ。歌が下手なアイドルが使う、常套句だ」


P「仰る通り、渋谷はまだ駆け出しのアイドルの身ですので、歌についてはまだまだ未熟かもしれません。ですが渋谷には渋谷なりの世界観があり、それが歌に込められている。そう感じます」


ディレ「ほう…」


P「それに、たった一度歌を聞いただけで、渋谷を判断していただいては困ります」


ディレ「しかし、アイドルとは…いや歌手とは、常にベストなパフォーマンスを見せるべきではないのかね?」


P「確かにそうかもしれません…ですが渋谷は新人であるが故にまだ不安定ですが、驚異的な速さで成長しております。次回のオーディションを楽しみにしてください」


ディレ「…なるほどね。最近へこへこ頭を下げてくる連中ばかりでうんざりしていたが…君のような骨の太い奴もいるんだな」


P「使われている金属がいいのかもしれません」


凛(プロデューサー…根に持ってる?)


ディレ「? まあいい。次のオーディションは楽しみにさせてもらうよ。勿論、公平に判断させてもらうがね」スタスタ


P「よろしくお願いいたします」ペコ


P「申し訳ありません、渋谷さんお待たせいたしました。行きましょうか」


凛「は、はい」


――


車の中


凛「あの、プロデューサーさん、さっきの…」


P「本心です」


凛「え?」


P「私は渋谷さんの何よりもまず、歌に惹かれました。渋谷さんならトップアイドルになることだって夢じゃない…そう思ったから声をかけました」


凛「それは…親バカ、じゃない?」


P「そうかもしれませんね」


凛(あれ、今ちょっと…笑った?)


P「私としては、親みたいな気持ちなんです。…ですから渋谷さん、何か悩みがあるんでしたら相談してください」


凛「…え?」


P「今日の渋谷さんはどこか歌いづらそうでした。ですから、何か悩み事でもあるのかな、と」


凛「あ…」


凛(そうか…やっぱりこの人は私の…)


凛(私の、プロデューサーなんだ)


凛「あの、もう多分大丈夫です」


P「本当ですか? 無理はしないでくださいね」


凛「無理はしてません。今度はすぐにプロデューサーさんに相談します」


P「そうしていただけると助かります。…まあ解決できるかは、わかりかねますが」


凛「頼りないなあ」


P「申し訳ありません。私、ポンコツアンドロイドですので」


――


凛「ということがあってね」


未央「うーん、きっと私たちのロボットプロデューサーは先の戦いで心の欠片をひとつ、取り戻したのかもねえ」


卯月「未央ちゃん、それはもういいですから…」


凛「だからまあ、私たちが思ってるほどプロデューサーも冷たくないのかも」


未央「えーしぶりんそんなこと考えてたのー?」


卯月「ここまで清々しい手のひら返しもそうはないですね」


未央「いやいやしまむー、私は最初っから、プロデューサーはハートフルロボットだと思っていたのだよ!」


凛「でもロボットなんだ…」


卯月「そのカテゴリーは何なんですか…?」


P「渋谷さん」


未央「…なんかもう慣れてきちゃったね」


卯月「…私はまだちょっとびっくりします」


凛「あれ? もうそんな時間?」


P「はい次の現場までお送りします。お二人は申し訳ありませんが…」


未央「へいへい。…最近しぶりんばっかり車でずるくない?」


P「立て続けに遠隔地の現場が続いているんです。要するに偶然というものです。…少し遠回りになってしまいますが、お二人も途中までお送りしましょうか?」


卯月「いえ、今日は大丈夫です。プロデューサーさんは凛ちゃんをおくってあげてください。いこっ未央ちゃん」グイグイ


未央「いや、私は車が、by carがいい…」バタン


P「それでは行きましょうか、渋谷さん」


凛「…うん」


――


車の中


凛「あの、前に『なんでも相談してくれ』って言いましたよね」


P「はい。…なにか悩み事が?」


凛「相談…というか、お願い事なんですけど」


P「聞きましょう」


凛「…敬語、やめない?」


P「え?」


凛「私としてはやっぱり敬語、疲れるっていうかさ…たぶん敬語をやめてくれたら、私の歌も今よりずっと上手くなるよ。うん。これだ」


P「そんな妙な理屈ありますかね?」


凛「敬語」


P「…リクツ、アルカナ?」


凛「ぷっ」


P「笑わないでくださ…クレ」


凛「プロデューサー、ホントのロボットみたいだね」


P「慣れてないもので…申し訳ありません」


凛「まあちょっとずつ慣れていけば、今はいいかな」


P「善処します。」


凛「あ、あと、『渋谷さん』もやめで。事務所のみんなみたいに『凛』って呼んでね」


P「ゼンショスル。リン」


凛「ぷっ」


凛(まだまだぎこちない関係だけれど)


凛(これからきっといくつもの困難にぶつかって、きっと二人で乗り越えていく)


凛(だからこれは、距離を詰めるための小さな一歩目)


凛(私とロボットプロデューサー)


おわり

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